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関連審決 異議1998-71272
関連ワード 物の発明 /  容易に発明 /  相違点の認定 /  周知技術 /  発明の詳細な説明 /  容易に想到(容易想到性) /  構成要件 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 214号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社ハドソン
訴訟代理人弁理士 平田忠雄
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 西川一
同 西野健二
同 小林信雄
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/12/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年異議第71272号事件について平成11年5月24日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「情報表示システム」とする特許第2653541号の特許(平成2年5月16日出願。平成9年5月23日登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。本件特許について,平成10年3月16日に特許異議の申立てがあり,その申立ては,平成10年異議第71272号事件として審理された。原告は,上記の事件の審理の過程で,同年9月22日に本件特許の明細書の訂正を請求し(以下,「本件訂正」という。),平成11年4月20日に本件訂正の訂正書の補正を請求した(以下「本件補正」という。)。特許庁は,上記事件につき,平成11年5月24日,「特許第2653541号の特許を取り消す。」との決定をし,同年6月14日にその謄本を原告に送達した。
2 決定の理由の要点 別紙決定書の理由の写し記載のとおりである。要するに,本件訂正請求に係る発明(本件補正による補正後のもの。以下「訂正発明」という。)は,実願昭62-201096号(実開平1-103000号)のマイクロフィルム(甲第4号証,以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)及び特開平1-156619号公報(甲第5号証,以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「刊行物2発明」という。)並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正請求は認められない,本件発明は,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので,本件発明は特許を受けることができない,というものである。
3 特許請求の範囲 (1) 訂正発明に係る特許請求の範囲(下線部が訂正請求に係る個所である。) 「電柱,信号機,ビルの看板等に設置され,アドレス信号とともに渋滞状況等の有用な情報を発信する情報発信手段と, 前記アドレス信号,および前記有用な情報を受信し,かつ,地図データ,および必要とする情報の種類を入力されることにより情報処理を実行する情報処理手段と, 前記情報処理手段の前記情報処理の結果に基づいて前記必要とする情報の種類に対応した情報を表示する表示手段を備え, 前記情報処理手段は,現在地 より 目的地 まで 到達 するのに 複数 のルート があるとき ,前記複数 のルート から 曜日別 と時間帯 の渋滞状況 のデータ に基づいて 最短時間 で目的地 まで 到達 する ルート を決定 する 構成 を有し, 前記表示手段 は,前記複数 のルート を表示 し,かつ ,前記最短時間 で目的地まで 到達 する ルート によって ドライバー を誘導 する ことを特徴とする情報表示システム。」 (2) 本件発明の特許請求の範囲 「電柱,信号機,ビルの看板等に設置され,アドレス信号とともに渋滞状況等の有用な情報を発信する情報発信手段と, 前記アドレス信号,および前記有用な情報を受信し,かつ,地図データ,および必要とする情報の種類を入力されることにより情報処理を実行する情報処理手段と, 前記情報処理手段の前記情報処理の結果に基づいて前記必要とする情報の種類に対応した情報を表示する表示手段を備えたことを特徴とする情報表示システム。」
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由のうち,「T.手続の経緯」(2頁2行〜13行)は認める。
「U.訂正及び補正の適否」のうち,「1.訂正の内容」,「2.補正の内容」,「3.補正の適否についての判断」(2頁14行〜7頁16行)は認める。「4.訂正の適否についての判断」(7頁17行〜15頁13行)のうち,訂正発明及び刊行物1,2の記載の認定(7頁18行〜10頁8行)並びに相違点の認定(11頁13行〜12頁11行)は認め,その余は争う。「V.特許異議申立てについての判断」(15頁14行〜19頁10行)のうち,刊行物1,2に記載した発明の認定(16頁11行〜17頁14行)は認め,その余は争う。
決定は,訂正発明と刊行物1発明との相違点1ないし3についての認定判断を誤り(取消事由1〜3),これらの誤りが,それぞれ,結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,決定は,違法なものとして,取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての認定判断の誤り) (1) 決定は,相違点1(「請求項1に係る発明(判決注・訂正発明。以下同じ。)では,電柱,信号機,ビルの看板等,刊行物1よりも広い設置個所を設置対象としているのに対し,刊行物1では情報発信手段は信号機に設置する点。」(決定書11頁14行〜17行))につき,刊行物1発明において,「情報発信手段の具体的な設置個所として,信号機と同じく道路に面した高所に設置し得る電柱,ビルの看板等に着目することに何ら格別の創意を要し得たものとは認められない。」(決定書13頁4行〜8行)と判断したが,誤りである。
(2) 訂正発明は「電柱,信号機,ビルの看板等に設置され,アドレス信号とともに渋滞状況等の有用な情報を発信する情報発信手段」を構成要件としている。これは,電波法の規制を受けないように情報発信手段の出力を小さくすることに伴い,情報発信手段を数百メートル以下の間隔で設置することを可能にするために,信号機だけでなく,電柱,ビルの看板等をも利用するようにしたものであり,衛星を利用したシステム(GPS)を利用せずに済むようにすることによって,コストを下げることを意図するものである。
これに対し,刊行物1の第1図及び第3図に示されるシステムは,方位センサ及び走行距離センサを有しており,刊行物2の第1図及び第4図に示されるシステムは,GPSアンテナ3を有していることから,刊行物1発明及び刊行物2発明は,いずれも,訂正発明が使用することを否定した衛星を利用したシステムの使用を前提にしている。
したがって,これらをどのように組み合わせたとしても,訂正発明の前記相違点1に係る構成に当業者が容易に想到することはできない。
2 取消事由2(相違点2についての認定判断の誤り) (1) 決定は,相違点2(「請求項1に係る発明では,情報処理手段は,「現在地より目的地まで到達するのに複数のルートがあるとき,前記複数のルートから曜日別と時間帯の渋滞状況のデータに基づいて最短時間で目的地まで到達するルートを決定する構成を有」するに対し,刊行物1における情報処理手段はそのような構成を有しない点。」(決定書11頁19行〜12頁5行))につき,実願昭55-165998号(実開昭57-88300号)のマイクロフィルム(以下「甲第6号証刊行物」という。)を挙げて,「車両用情報表示装置において,目的地まで到達するのに複数のルートがあるとき,前記複数のルートから走行時間帯別のデータに基づいて最短時間で目的地まで到達するルートを決定するようにしたものは本願出願前周知」(決定書13頁10行〜14行)であるとした。
しかし,甲第6号証刊行物記載の車両用情報表示装置は,過去に走行したルートについて走行時間のデータを蓄積し,これによって過去に走行した複数のルートから最小走行時間で目的地まで走行することができるルートを決定してそのルートを表示するものであるから,すべての道路において,すべての曜日のすべての時間帯で走行しなければ,目的を実現するデータを蓄積することができず,このようなことは,現実には全く不可能である。甲第6号証記載の発明では,未走行ルートのデータが蓄積されていないため,未走行ルートを選択することができない。
これに対し,訂正発明は,あらかじめ準備されて外部メモリに蓄えられた曜日別と時間帯の渋滞状況のデータに基づいて最短時間で目的地まで到達するルートを決定するという独自の構成を有し,この独自の構成に基づき運転者が自ら複数のルートをすべての曜日とすべての時間帯に走行しなければならないという要求を運転者に課する必要がないという効果,及び,初めて走行するルートであっても最短時間で目的地まで運転者を誘導することができるという効果を奏する。
したがって,刊行物1発明と甲第6号証刊行物記載の発明とを組み合わせたとしても,訂正発明の相違点2に係る構成に当業者が容易に想到することはできない。
(2) 決定は,車両用情報表示装置において,目的地まで到達するのに複数のルートがあるとき,前記複数のルートから走行時間帯別のデータに基づいて最短時間で目的地まで到達するルートを決定するようにしたものが本願出願前周知であると認定する根拠として,甲第6号証しか挙げていない。しかし,わずか1件の刊行物だけでは,周知と認めるには足りないというべきである。
3 取消事由3(相違点3についての認定判断の誤り) (1) 決定は,相違点3(「請求項1に係る発明では,表示手段は,「複数のルートを表示し,かつ,前記最短時間で目的地まで到達するルートによってドライバーを誘導する」のに対し,刊行物1では,表示手段はそのような構成を有しない点。」(決定書12頁7行〜11行)につき,「複数のルートを表示し,かつ,前記最短時間で目的地まで到達するルートによってドライバーを誘導」し得るように表示した点に格別の創意を要したものとは認められない旨判断したが(決定書14頁19行〜15頁3行),誤りである。
(2) 決定は,「目的地までの走行にあたり,目的地まで到達するルートを複数表示し,そのなかの最適ルートによって,ドライバーを誘導することは,ナビゲーション装置において周知であり」(決定書14頁10行〜13行)と認定した。しかし,このようなナビゲーション装置は,特開昭63-53700号公報(以下「甲第7号証刊行物」という。)により公知であるとはいえても,わずか1件の刊行物だけでは,周知であるとまではいえない。
(3) 訂正発明は相違点2に係る構成に加えて,「表示手段は,前記複数のルートを表示し,かつ,前記最短時間で目的地まで到達するルートによってドライバーを誘導する」という相違点3に係る構成を備えることにより,未走行ルートが最短時間のルートとして決定された場合でも,複数のルートを表示し,その未走行ルートに基づいてドライバーを誘導することができるという作用効果を奏する。
これに対し,甲第7号証刊行物には,複数のシナリオ(略最適径路)からタッチパネル等の入力により任意のシナリオを選定する最適径路指示装置が開示されているものの,甲第6号証刊行物記載の発明では,未走行ルートのデータが蓄積されていないのであるから,これに甲第7号証刊行物記載の発明を組み合わせたとしても,未走行ルートを表示し,それに基づいてドライバーを誘導することはできない。
したがって,刊行物1発明に,甲第6,第7号証各刊行物記載の発明を組み合わせても,相違点3に係る訂正発明の構成に当業者が容易に想到することはできない。
被告の反論
決定の認定判断は,正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点1についての認定判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第4号証)には,車両の現在地情報を含む外部情報を利用する車載用航法装置として,電波航法システム(GPS),路線間情報システム,自動車情報通信システム(AMTICS)の3つのシステムが並列的に述べられ,これら3つのシステムに対応して,衛星,位置ビーコン,サインポストを外部情報送信機として位置付ける旨が,明確に記載されている。これらの3つのシステムのうち,路線間情報システム,自動車情報通信システム(AMTICS)は,いずれも衛星を利用しないシステムである。
(2) 刊行物2(甲第5号証)には,「また,上記GPS測位装置による測位操作以外に,移動体の移動経路に沿って要所に設けられた発信設備(サインポスト)から発せられる移動経路に関するデータを取り入れ,このデータを適宜に使用することで,自己の現在位置や移動方位を知ることも可能である。」(2頁左上欄16行〜右上欄1行),「第4図は,GPSナビゲーション機能(第1の機能),サインポスト式ナビゲーション機能(第2の機能)および自立型ナビゲーション機能(第3の機能)を併有する,従来のこの種の装置を示すブロック図である。」(2頁右上欄10行〜14行),「一方,各種の障害物の存在のために第1の機能を選択することができないときには,第2の機能または第3の機能を選択して,走行距離センサ(1)や方位センサ(2)から取得されるデータ,または,移動経路沿いのサインポストから発信される信号によるデータに基づいて,自らの現在位置や移動方向の確認や決定をすることになる。」(2頁右下欄4行〜11行)と述べられている。
これらの記載を見れば,刊行物2発明は,測位装置として,必ずしもGPSナビゲーション機能を前提とするものではなく,衛星を利用しないサインポスト式ナビゲーション機能で十分測位を行い得るものであることが明らかである。
(3) したがって,刊行物1,2記載の発明は,外部情報送信機として,訂正発明と同様のサインポストを使用する例を含むものであるから,これらが,「衛星を利用したシステムの使用を前提にしている」との原告の主張は明らかな誤りである。刊行物1発明及び刊行物2発明を組み合わせ,その際に,「信号機と同じく道路に面した高所に設置し得る電柱,ビルの看板等に着目すること」に,何らかの創意を要し得たものとは認められない,とした決定の判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2についての認定判断の誤り)について (1) 原告は,甲第6号証刊行物記載の発明では,「すべての道路において,すべての曜日のすべての時間帯で走行」しなければ,目的を実現するデータを蓄積することができない,として,これを前提に,それは全く不可能なことである,と主張する。しかし,同号証刊行物記載の発明は,すべての走行時間帯におけるすべての走行ルートの中から最小燃費ルートあるいは最小走行時間ルートを選択することを目指すものでなく,過去に走行した際の走行データを参照して,その中から最小燃費ルートあるいは最小走行時間ルートを決定することを目指すものであるから,原告の主張するように,目的地までの最小燃費ルートあるいは最小走行時間ルートを選択するに当たり,目的地までの「すべての道路において,すべての曜日のすべての時間帯で走行」する必要はない。原告の主張は誤りである。
そもそも,決定が甲第6号証刊行物を引用した趣旨は,「車両用情報表示装置において,目的地まで到達するのに複数のルートがあるとき,前記複数のルートから走行時間帯別のデータに基づいて最短時間で目的地まで到達するルートを決定するようにしたものは本願出願前周知であ」(決定書13頁10行〜14行)ることを示すことにある。刊行物1発明では,外部情報発信手段から発信された渋滞状況のデータに基づき,運転者が目的地までの最適経路を決定していると認められ(したがって刊行物1発明は,初めて走行するルートについても適用できる。),その渋滞状況のデータとして,周知の走行時間帯別のデータを採用することは,容易であるとしているのであって,甲第6号証刊行物記載の発明が,「初めて走行するルートについては最短時間の計算が全くできない発明である」か否かは,訂正発明が刊行物1発明及び周知事項から想到容易であるとする決定の判断に何ら影響を及ぼすものではない。
(2) 原告は,「車両用情報表示装置において,目的地まで到達するのに複数のルートがあるとき,前記複数のルートから走行時間帯別のデータに基づいて最短時間で目的地まで到達するルートを決定するようにしたものは本願出願前周知であ」ることを,わずか1件の刊行物(甲第6号証)だけで認定することはできない,と旨主張する。
しかしながら,甲第6号証刊行物記載の発明が,技術内容において,「複数のルートから走行時間帯別のデータに基づいて最短時間で目的地まで到達するルートを決定する構成」を有することは,同号証刊行物の記載内容(5頁2行〜6頁19行)から明らかである。
周知技術として例示された文献が,カタログや雑誌等であるならともかく,甲第6号証刊行物は,国内において広く行き渡っている特許文献であり,特許文献は当業者が技術開発に従事するに当たって第一に参照するはずの文献であること,同号証が発行された後本願出願日までに相当の期間が経過していることを考慮するならば,同号証に記載された技術的事項は,本願出願日までに,その技術分野において,広く知れわたっているものとみるのが当然である。したがって,決定が,甲第6号証刊行物を,周知技術であることの根拠とした点に,誤りはない。
3 取消事由3(相違点3についての認定判断の誤り)について 原告は,「目的地までの走行にあたり,目的地まで到達するルートを複数表示し,そのなかの最適ルートによって,ドライバーを誘導することは,ナビゲーション装置において周知であ」(決定書14頁10行〜13行)ることを,わずか1件の刊行物(甲第7号証)により周知ということはできない旨主張する。しかし,取消事由2(2)について述べたと同様の理由により,原告主張は失当である。
「目的地までの走行にあたり,目的地まで到達するルートを複数表示し,そのなかの最適ルートによって,ドライバーを誘導すること」及び「最短時間で目的地まで到達するルートによってドライバーを誘導すること」が周知である以上,これらの周知技術を刊行物1発明に施すことにより,「初めて走行するルートであっても最短時間で目的地まで運転者を誘導することができる」という効果を奏することは,当然に予測し得ることと認められるから,この点においても,決定の判断には誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての認定判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物1発明及び刊行物2発明は,いずれも,訂正発明が利用することを否定した衛星を利用したシステムの使用を前提にしているから,これらを組み合わせたとしても,訂正発明の相違点1に係る構成に当業者が容易に想到することはできない旨主張する。
(2) 甲第4号証によれば,刊行物1には,「車両の現在地情報を含む外部情報を利用する車載用航法装置に関しては,現在までに様々な提案がなされており,計画が具体的に進展しているものとして,以下に示す3種類がある。そのひとつは,米国国防総省が開発を進めている電波航法システム(GPS)であり,4個以上の衛星からの電波を受信し,緯度と経度及び高度の3次元の測位を行うものである。
また,もうひとつは,・・・路車間情報システムである。これは,路上に立てた位置ビーコンから誘導無線又は準マイクロ波を使って現在地情報を送信するものであり,・・・そして,もうひとつは,・・・自動車情報通信システム(AMTICS)である。同システムは,信号機の柱に設置したサインポストを使って現在地情報を送信するものであり」(甲第4号証3頁5行〜4頁3行)との記載があることが認められる。
刊行物1の上記認定の記載によれば,同刊行物には,3種類の「車両の現在地情報を含む外部情報を利用する車載用航法装置」が記載されており,このうち,衛星を利用したシステムは,「電波航法システム(GPS)」だけであって,他の二つである「路車間情報システム」及び「自動車情報通信システム(AMTICS)」が衛星を利用するシステムでないことは,明らかである。上記3種類のシステムを必ず併用しなければならない理由も見当たらない。したがって,刊行物1には,衛星を利用しない車載用航法装置が記載されていると認めることができる。
原告は,刊行物1の第1図及び第3図に示されるシステムが方位センサ及び走行距離センサを有していることを根拠に,刊行物1発明が衛星を利用したシステムの使用を前提にしている旨主張する。しかしながら,刊行物1(甲第4号証)中の,「第3図に示す従来の車載用航法装置1は,方位センサ2と走行距離センサ3から得られる走行データにもとづいて,中央処理装置4が車両の走行経路を推定し」(2頁1行〜4行),「車両に搭載したセンサ類だけを頼りに航行するいわゆる自立航法では,方位センサ2や走行距離センサ3等の誤差累積が避けられない」(2頁13〜15行),「累積誤差の訂正能力には限界があるため,究極的には車外からの現在地情報により車両の絶対的な現在地を確定する,いわゆる外部情報利用の航法装置が,自立航法を補完する形で導入される可能性が高い」(2頁末行〜3頁4行)との記載からみて,刊行物1には,方位センサ及び走行距離センサによる自立航法を補完するものとして外部情報を利用する航法装置が開示されていることは認められるものの,これを補完するための外部情報を獲得する航法装置は衛星を利用するものに限られないことは前記のとおりであるから,方位センサ及び走行距離センサを有していることと,衛星の利用とは必然的な関係にはないものというべきである。原告の主張は採用することができない。
(3) 甲第5号証によれば,刊行物2には,「移動体の移動経路に沿って要所に設けられた発信設備(サインポスト)から発せられる移動経路に関するデータを取り入れ,このデータを適宜に使用することで,自己の現在位置や移動方位を知ることも可能である。」(2頁左上欄17行〜右上欄1行)との記載があることが認められる。ここにいう「要所」とは,車両に対してデータを送信できるような位置一般であり,このような位置であればそれに格別の制限はないと解することができ,訂正発明の「電柱,信号機,ビルの看板等」も,「電柱,信号機,ビルの看板」だけでなく,車両に対して外部情報を送信できるような位置一般を意味し,そのような位置であれば,それに格別の制限はないものと解することができるから,刊行物2発明の「要所」と訂正発明の「電柱,信号機,ビルの看板等」との間には格別の差異がないというべきである。
そして,刊行物1発明の「サインポスト」と刊行物2発明の「発信設備(サインポスト)」とは,その名称及び機能に照らして同一のものと認められるから,刊行物1のサインポストの設置位置を,刊行物2のように「要所」すなわち「電柱,信号機,ビルの看板等」とすることに,格別創意工夫を要するものということはできない。
原告は,刊行物2が衛星システムの利用を前提とするものであるとして,これを刊行物1に組み合わせることが容易でない旨主張する。しかし,刊行物2が衛星システムの利用を前提とするものであるとしても,そのことは,刊行物1のサインポストの設置位置を,刊行物2のように拡大することについて,何らの妨げになるものではないことは明らかである。原告の主張は採用することができない。
(4) したがって,相違点1についての決定の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(相違点2についての認定判断の誤り)について (1) 甲第6号証によれば,同号証刊行物には,「複数の走行ルートについて前記走行距離に応じて前記経過時間・・・を記憶するメモリ回路と,前記メモリ回路から前記各走行ルートについて前記の各記憶内容を入力処理し,走行時間帯における・・・最小走行時間ルートを表わす最適ルート信号を出力する演算回路と,前記最適ルート信号を入力して・・・最小走行時間ルートを表示する表示部とを備えた」(実用新案登録請求の範囲),「本考案による車両用情報表示装置によれば,過去に走行して記憶した各走行ルートの時間帯に応じた車速・・・のデータに基いて走行ルートを表示するようにしたため,ある目的地までの・・・最小走行時間ルートの選択を容易にすることができる。」(7頁4行〜9行)との記載があることが認められる。
甲第6号証刊行物の上記認定の記載によれば,同刊行物記載の発明は,過去に走行した際の走行データをメモリに記憶し,これを参照して,その中から時間帯に応じた最小走行時間ルート等を決定しようとするものであることが認められるから,決定が,同号証に基づき,「目的地まで到達するのに複数のルートがあるとき,前記複数のルートから走行時間帯別のデータに基づいて最短時間で目的地まで到達するルートを決定するようにしたものは本願出願前周知であ」(決定書13頁10行〜14行)るとしたことに誤りはないというべきである。
原告は,甲第6号証刊行物記載の発明では,すべての道路において,すべての曜日のすべての時間帯で走行しなければ,目的を実現するデータを蓄積することができない旨主張する。しかしながら,最適ルートの決定のためには,参照するデータの情報量が多いことが望ましいことはもちろんであるものの,すべての道路において,すべての曜日のすべての時間帯で走行した結果のデータを収集しなければ,甲第6号証刊行物記載の発明の目的を達成することができないとする根拠はない。 原告は,訂正発明は,その構成により,初めて走行するルートであっても最短時間で目的地まで運転者を誘導することができるなど,甲第6号証刊行物にはない顕著な効果を奏する旨主張する。しかし,訂正発明にいう「曜日別と時間帯の渋滞状況のデータ」が,いかにして作成されたデータであるのか,どのような形態のデータであるのかは,訂正明細書の特許請求の範囲にも,同発明の詳細な説明及び添付の図面にも一切記載がない。訂正発明がすべての道路についてのデータを有していると解すべき根拠はない。原告の主張は,訂正明細書の記載,特にその特許請求の範囲の記載に基づかないものという以外にない。
そうだとすると,訂正発明の「曜日別と時間帯の渋滞状況のデータ」と,甲第6号証刊行物の発明の「時間帯ごとの走行距離に応じた経過時間」との両者を区別することは,「曜日別」であるか否かの点のみであり,この点を加えることを想起することは,決定認定のとおり容易であると認められる。
(2) 原告は,ある事項がわずか1件の刊行物に記載されているというだけでそれを周知と認めることはできない,と主張する。しかしながら,ある技術が周知であるか否かは,単にその技術を記載した刊行物の数のみによって決まるものではなく,当該事項の属する技術分野,当該刊行物の性質,頒布時期等も考慮されるべきである。本件においては,周知とされた上記事項の属する技術分野を前提に,甲第6号証刊行物が本件出願日(平成2年5月16日)の約8年前であるに昭和57年に頒布された特許文献であることを考慮すれば,本件出願日当時,同事項は周知であった,と認めることができるものというべきである。
(3) 以上によれば,刊行物1発明及び上記周知の事実から,相違点2に係る訂正発明の構成に想到することが容易であるとした,決定の判断に誤りはないというべきである。原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点3についての認定判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物1,2発明と,甲第6号証刊行物及び甲第7号証刊行物に記載された発明とを組み合わせても,相違点3に係る訂正発明の構成には至らない旨主張する。しかしながら,原告の主張は,訂正発明と甲第6号証刊行物との差異についての前記2の主張を前提とするものであり,訂正発明の「曜日別と時間帯の渋滞状況のデータ」と甲第6号証の「時間帯ごとの走行距離に応じた経過時間」とは,「曜日別」であるか否かの点を除き差異がなく,かつ,曜日別の点を加えることを想起することが容易であることは前記説示のとおりであるから,原告の主張は前提を欠くものであって,採用することができない。
(2) 原告は,甲第7号証だけでは,「目的地までの走行にあたり,目的地まで到達するルートを複数表示し,そのなかの最適ルートによって,ドライバーを誘導すること」を周知と認めることはできない旨主張する。しかし,同号証は,本件出願の約2年2か月前である昭和63年3月7日に頒布された特許文献であるから,2で述べたと同様の理由により,上記事項が周知であることの根拠となり得るものというべきである。
(3) 原告主張の取消事由3も理由がない。
以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,
その他決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 宍戸充
裁判官 阿部正幸