関連審決 | 審判1997-13875 |
---|
関連ワード | 発明者 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 相違点の判断 / 発明の詳細な説明 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 公知事実 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
事件 |
平成
11年
(行ケ)
219号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 株式会社オー・ケー・イー・サービス 訴訟代理人弁理士 丸山英一 同 山本隆也 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 谷川洋 同 小林信雄 同 大橋良三 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/12/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成9年審判第13875号事件について,平成11年6月10日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
|
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成5年5月27日,発明の名称を「特定小電力無線機を用いた長距離単向通信方式」とする発明について特許出願をしたが,平成9年7月11日に拒絶査定を受けたので,平成9年8月20日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを平成9年審判第13875号事件として審理した結果,平成11年6月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,平成11年6月28日にその謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲 「送信部に電波法で認定された送信出力10mWの特定小電力無線送受信機を仕様変更することなく認定品そのままのものを用いた送信機と送信アンテナを具有しており,受信部は前記送信部から数Km離れた位置に設けられ,該受信部にはハイゲインアンテナを具備し,該ハイゲインアンテナで前記送信機から送信された雑音レベルに近い微弱な無線信号を受信し,無線信号周波数に同調した当該ハイゲインアンテナにより無線信号を選択して増幅し,選択された微弱な無線信号を優れた低雑音指数を有するプリアンプで雑音を抑圧して増幅し,受信主増幅器で復調に必要なレベルまで更に増幅して信号復調回路で復調し,出力回路に一定レベル以上の送信信号と同等の信号を出力することを特徴とする特定小電力無線機を用いた長距離単向通信方式」(別紙図面(1)参照) 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平3-190403号公報(以下「引用刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開昭60-200627号公報(以下「引用刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができない,というものである。 |
|
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,1(本願発明)を認め,2(引用発明)を,引用刊行物1,2に審決認定の記載があるとの限度で認める。3(本願発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定),4(相違点についての判断),5及び6(結論部分)を争う(ただし,一部認めるところがある。)。 審決は,本願発明及び引用発明1,2のそれぞれを誤認したため,相違点B,Cについての認定判断を誤り(取消事由1,2),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点Bについての認定判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用発明1とでは,「受信部のアンテナ」が,本願発明においては「ハイゲインアンテナ」であるのに対して,引用発明1においては「利得アンテナ」である点で相違することを,相違点Bとして正しく認定しつつ(審決書8頁5行〜8行),これにつき,「刊行物1,特に第1図には送信アンテナの長さを1/2λとし,受信部のアンテナの長さを5/8λとすることが記載されている。この記載からみると,受信部のアンテナの利得は,送信アンテナの利得より高いことが理解できる。したがって,刊行物1発明における「受信部のアンテナ」は送信アンテナと比較して利得が高い「ハイゲインアンテナ」といえるから,この点については実質的な相違点とはいえない。」(審決書9頁17行〜10頁6行)として,誤った判断をした。 (ア) 引用刊行物1には,審決が摘示するように,第1図(別紙図面(2)参照)に,送信アンテナの長さを1/2λ,受信部のアンテナの長さを5/8λとすることが記載されている。しかし,同刊行物には,同時に,利得についてより直接的に,「5/8λアンテナ3よりは1/2λアンテナ6の方が利得がよい」(2頁左下欄2行〜3行)とも記載されているのであるから,引用発明1においては,送信アンテナの利得の方が,受信アンテナの利得より大きくなっていることは,明らかである。 したがって,引用刊行物1の,送信アンテナの長さを1/2λとし,受信部のアンテナの長さを5/8λとするとの記載から,受信部のアンテナの利得は,送信アンテナの利得より高いことが理解できるとし,引用発明1の「受信部のアンテナ」は,送信アンテナと比較して利得が高い「ハイゲインアンテナ」といえるとした審決の認定は,その前提において既に誤っているという以外にないのである。 (イ) 「ハイゲインアンテナ」は,「高利得アンテナ」とも称され,当業界において,基準アンテナに比較して数倍高い利得を有しているアンテナを指称する語として一般に用いられているものである。「ハイゲインアンテナ」の種類としては,例えば,1/2λや5/8λのダイポールアンテナをすべて位相を揃えて直列に接続して構成する多段同位相半波長ダイポールアンテナ(甲第7号証の246頁参照),5/8λのアンテナ(ダイポールアンテナ)を多段に構成したもの(甲第9号証の15頁参照),ビームアンテナ(甲第8号証の73頁27行〜28行及び甲第9号証の13頁参照)などがある。 特定小電力無線局において通常使用されるアンテナは,たかだか20cm程度の長さのアンテナである。しかし,本願発明では,特定小電力無線機の送信部から送信される微弱な信号を長距離位置において受信するべく,この特定小電力無線機を用いた長距離単向通信方式における受信側アンテナを,そのような従来一般のアンテナよりも高利得となるように,「ハイゲインアンテナ」としているのである。 このように,本願発明における「ハイゲインアンテナ」は,そのアンテナ単体で高利得となるように構成されているアンテナであって,送信側アンテナ及び受信側アンテナとの間の相対的な比較において規定されるものではない。したがって,本願発明と引用発明との間に,受信部のアンテナにおいて実質的な相違はないとした審決の判断は,誤りというしかないのである。 (ウ) 被告は,仮に,審決が引用発明1の認定を誤ったと認定されるとしても,同刊行物には,結局のところ,「10mWの小電力無線機を用いた長距離通信方式」においてアンテナを工夫して長距離通信を行う技術が記載されているということができるのであり,相違点Bに係る本願発明の構成も,アンテナを工夫して長距離通信を行う点で同様であるから,その意味で,審決が相違点Bについて実質的に相違点といえないとしたことに誤りはないと主張する。 しかしながら,被告の上記主張は,審決の認定していない事項をその内容とするものであるから,これを審決取消訴訟において持ち出すことは許されないところである。 また,引用発明1においては,親機側(送信側)のアンテナを従来の5/8λアンテナから1/2λアンテナに変更することを特徴としているのであるから,送信側のアンテナを工夫しているのである。このように,通話距離を長くするために送信側のアンテナを5/8λアンテナよりも利得のよい1/2λアンテナとする引用刊行物1の記載をどのように解釈しようとも,本願発明のように,特定小電力無線機の送信機から送信される信号を遠距離位置において受信するために,送信機には何ら手を加えることなく,受信機側を工夫し,その受信機のアンテナとしてハイゲインアンテナを用いることによって長距離通信を行うという解釈に結び付けることはできない。 (2) また,審決は,「刊行物2(判決注・引用刊行物2)には,無線通信において,受信アンテナを大きくすることが記載され,さらに,刊行物2,特に第2図(判決注・別紙図面(3)参照)には,複数のアンテナを用いて受信信号を合成して利得を高くする技術(引用発明2)が記載されている。これらのことから,刊行物1発明(判決注・引用発明1)における「受信部のアンテナ」を,「大型のアンテナ」であって「ハイゲインアンテナ」とすることは,当業者であれば,適宜なし得ることである。」(審決書10頁11行〜19行)と判断するが,この判断は,誤りである。 引用刊行物2に開示されているのは,多方向多重無線回線のアンテナ分岐回路に関する発明であり,そこでは,複数のアンテナを用いて多方向からの電波を受信し,また多方向へ電波を送信することにより,多方向多重無線を行うように構成されているのである。したがって,引用刊行物2に,複数のアンテナを用いて受信信号を合成するとの記載があるとしても,それは,多方向多重無線を行うためであり,「利得を高くする」目的で構成されているのではない。 また,引用発明1は,長距離通信を行う目的で,従来の小電力型無線機の5/8λアンテナを,1/2λアンテナへと変更する手段を採用することによって,アンテナ長さを短くする技術を開示しているものであるから,引用発明1において,アンテナを大きくする技術を採用することは,およそあり得ないことである。「受信部のアンテナ」として,引用発明2のような「大型のアンテナ」を採用することは,引用発明1と相容れない正反対の技術なのである。 このような状態の下では,引用発明1に同2を組み合わせるとの動機付けが生じる余地はなく,したがって,これらを組み合わせることを容易とすることはできないのである。 2 取消事由2(相違点Cについての判断の誤り) 審決は,本願発明と引用発明1とを対比して,「受信主増幅器」の前段増幅器として,本願発明においては「選択された微弱な無線信号を優れた低雑音指数を有して雑音を抑圧して増幅するプリアンプ」が設けられているのに対して,引用発明1においては前段増幅器を設けることについて特に明記されていない点で相違することを,相違点Cとして正しく認定しつつ(審決書8頁9行〜14行),これにつき,「刊行物発明(判決注・引用発明1)は,電波出力が10mW以下で通話距離を拡大しようとするものであるから,一般的に,送信出力が決められ,通信する距離が長い場合には,受信する信号を受信部で増幅することは,当業者であれば,適宜なし得るところ,刊行物2(判決注・引用刊行物2)には,アンテナで受信した信号を受信機の前段に設けた低雑音増幅器で増幅することが記載されているから,刊行物1発明(判決注・引用発明1)において,アンテナで受信した信号を受信主増幅器の前段に低雑音増幅器を設け,雑音を抑圧して優れた増幅を行うことは,当業者であれば,適宜なし得ることである。」(審決書11頁1行〜12行)として,誤った判断をした。 本願発明においては,「ハイゲインアンテナ」を用いることによって,ハイゲインアンテナの特性によって,目的とする無線信号周波数を雑音レベルに比較して増幅させ,これを「低雑音増幅器」であるプリアンプによって更に増幅し,目的とする無線信号周波数を良好に取り出すことができるのである。つまり,本願発明において,「低雑音増幅器」であるプリアンプは,「ハイゲインアンテナ」の使用によって初めて効果を発揮するのであり,その構成は「ハイゲインアンテナ」と切っても切り離せない密接な関係を有しているのである。 言い換えると,本願発明は,受信部において,ハイゲインアンテナとプリアンプとが協働関係にあることによって,特定小電力無線機を用いて長距離単向通信を行うという所期の目的を達成するものであり,本願発明のプリアンプは,ハイゲインアンテナによって雑音レベルから増幅された無線信号を,更に雑音を抑圧して増幅するものであり,本願発明は,これらハイゲインアンテナ及びプリアンプによってそれぞれ増幅された無線信号を,後段の受信主増幅器及び信号復調回路を経て一定レベル以上の送信信号と同等の信号を出力し得るようにしているのである。 他方,引用発明2の「低雑音増幅器」は,アンテナによる受信自体はもともと良好であったものの,アンテナによって受信された搬送波が受信機まで搬送される過程で,その途中に介在されるサーキュレータや分配機等のために減衰した分の信号を補う目的で挿入されたものである。そして,「ハイゲインアンテナ」ではない引用発明1の1/2λアンテナによって受信された信号を「低雑音増幅器」で増幅しようとしても,1/2λアンテナの選択性が0dBのため,目的とする無線信号周波数がそのアンテナによって増幅されないので,雑音から分離できず,目的とする無線信号周波数を取り出すことはできない。 したがって,引用発明2の「低雑音増幅器」を引用発明1に適用するにしても,両者を技術的に結び付けるための動機付けが全く見当たらないものであるから,両者を組み合わせることを適宜なし得るものとすることはできない。仮に,両者を組み合わせる発想があったとしても,目的とする無線信号周波数を取り出すことが技術的に困難であるから,両者を組み合わせることを当業者が適宜なし得ることとすることができないことは,この点からみても,明らかである。 |
|
被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点Bについての認定判断の誤り)について (1) 引用発明1の受信部のアンテナの利得は,送信アンテナの利得より高いのであるから,受信部のアンテナは,利得(ゲイン)が高い(ハイ)ので,この受信部のアンテナを「ハイゲインアンテナ」といえる,とした審決の認定は,必ずしも誤りとはいえない。 すなわち,引用刊行物1には,審決が引用した記載に関連して,「1/2λアンテナ6は1/2λ(>5/8λ)と長くなる」(2頁左下欄3行〜4行)との記載がある。一般的には,「1/2λ(<5/8λ)」が正しいことは明らかである。 しかし,引用刊行物1において「1/2λ(>5/8λ)」と記載されている理由を検討すると,同刊行物の小電力型無線機においては,使用周波数は380MHzと254MHzが例示されており,254MHzの1/2λ(約60cm)と380MHzの5/8λ(約50cm)を選択すると,「1/2λ(>5/8λ)」となる。したがって,「1/2λ(>5/8λ)」との記載が,必ずしも不合理とはいえず,「1/2λ(>5/8λ)」との記載を前提とすれば,引用刊行物1には,従来用いていた5/8λである約50cmのアンテナの長さを1/2λである約60cmとすることで,通話距離を従来の100mから1000m,さらに1000mより長くする技術,すなわち,アンテナの長さを長くすることで通話距離を長くする技術が引用刊行物1に記載されていると理解することができる。ただし,以上のことは,2つの周波数を使用して同時に通信する場合にいえることであって,1つの周波数を使用して交互に通信する場合には,5/8λが1/2λより長いことは明らかである。 このように,引用発明1の小電力型無線機においては,使用周波数として380MHzと254MHzが例示されているのであるから,2つの周波数を使用して通信する場合において,254MHzにおける1/2λ(アンテナ長さ約60cm)と380MHzにおける5/8λ(アンテナ長さ約50cm)を選択したとすれば,アンテナ長さにおいて,「1/2λ」の方が「5/8λ」より大きくなるのであり,必ずしも審決が誤っているとはいえない。 (2) 仮に,審決が引用発明1の認定を誤ったと認定されるとしても,同刊行物には,結局のところ,「10mWの小電力無線機を用いた長距離通信方式」においてアンテナを工夫して長距離通信を行う技術が記載されているということができるのであり,相違点Bに係る本願発明の構成も,アンテナを工夫して長距離通信を行う点で同様であるから,その意味で,審決が相違点Bについて実質的に相違点といえないとしたことに誤りはない。 引用刊行物2には,「ハイゲインアンテナ」という用語は記載されていないものの,「自局の受信アンテナを大きくする」(2頁右上欄8行),「アンテナの寸法を大きくする」(2頁右上欄11行)との記載があるから,引用発明1と同様に,アンテナの長さを大きくすることで受信アンテナの利得を高くする技術,すなわち,受信アンテナを「ハイゲインアンテナ」とするという技術が記載されているということができる。 また,引用刊行物2によるまでもなく,一般の無線通信において,送信機,受信機のいずれか,又は,両方において,送信機と受信機との距離に応じて,アンテナの利得が適宜決められることは,例えば,テレビ放送を受信する場合において,遠方のテレビ受信機ほど,テレビ放送の電波が弱まるため,高利得アンテナ(ハイゲインアンテナ)を用いることは,よく知られていることである。 原告は,引用発明1に同2を組み合わせるという動機付けが生じる余地はない旨主張する。 しかし,甲第8号証や甲第9号証によれば,利得が数倍の「ハイゲインアンテナ」が,従来から汎用的に使用されていることが明らかなのであるから,引用刊行物1の「利得アンテナ」の利得を数倍高くして「ハイゲインアンテナ」とすることは,当業者であれば適宜なし得る,設計的事項に属する事項というべきである。 2 取消事由2(相違点Cについての判断の誤り)について 原告は,ハイゲインアンテナとプリアンプとの協働関係について,単にアンテナを長く大きくしても,それだけでは本願発明が意図している雑音に埋もれかねないような極めて微弱な信号を雑音から分離して取り出すことはできない,と主張し,特に,プリアンプの機能について,極めて微弱な信号を雑音から分離して取り出すと主張する。しかし,この主張は誤りである。 低雑音指数を有する「プリアンプ」とは,プリアンプにおける増幅器自体が発生する雑音が低い,すなわち,内部雑音が低いということであって,アンテナから入力される外部雑音は,微弱な信号とともにプリアンプで増幅されるから,いかに低雑音指数を有するプリアンプといえども,極めて微弱な信号を雑音から分離して取り出すことはできない。また,微弱な信号を強力な信号とする一般的な受信機においては,アンテナに始まり最終の増幅器に至るまで,何段にもわたって微弱な信号を増幅している。したがって,原告が主張するハイゲインアンテナとプリアンプとの協働関係は,特別な関係ではなく,アンテナとプリアンプとのごく一般的な関係にすぎない。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点Bについての認定判断の誤り)について (1) 本願発明と引用発明1とを対比すると,「受信部のアンテナ」が,本願発明においては「ハイゲインアンテナ」であるのに対して,引用発明1においては「利得アンテナ」である点で相違すること(審決認定の相違点B)は,当事者間に争いがない。 (2) 審決は,上記相違点について,「刊行物1,特に第1図には送信アンテナの長さを1/2λとし,受信部のアンテナの長さを5/8λとすることが記載されている。この記載からみると,受信部のアンテナの利得は,送信アンテナの利得より高いことが理解できる。したがって,刊行物1発明における「受信部のアンテナ」は送信アンテナと比較して利得が高い「ハイゲインアンテナ」といえるから,この点については実質的な相違点とはいえない。」(審決書9頁17行〜10頁6行)と認定判断し,被告も,主位的には,引用発明1の受信部のアンテナの利得は,送信アンテナの利得より高いから,受信部のアンテナは,利得(ゲイン)が高い(ハイ)ので,この受信部のアンテナを「ハイゲインアンテナ」ということができると主張する。 (3) 本願発明にいう「ハイゲインアンテナ」の技術的意味について 本願発明に係る特許請求の範囲には,「該受信部にはハイゲインアンテナを具備し」との記載があることが認められる。 「ハイゲインアンテナ」という用語は,「ハイゲイン」と「アンテナ」という語を結合して成るものであり,「ハイゲイン」の「ゲイン」(gain)がアンテナにおける電力利得(power gain)を意味することは,甲第7号証,甲第8号証及び弁論の全趣旨から明らかである。そして,「ハイゲイン」の「ハイ」が「high」を意味することは,いうまでもないことであるから,「ハイゲインアンテナ」とは,「高利得アンテナ」,言い換えると,高い電力利得(単に「利得」ということが多い。)を有するアンテナを意味するということになる。 もっとも,「ハイゲインアンテナ」という用語が,当業者間で,一般に,単なる「ハイゲイン」(高利得)のアンテナという意味とは異なった,特別な技術的意味を有するものとして用いられていることも,一応考え得るところである。しかし,本件全証拠を検討しても,「ハイゲインアンテナ」と呼称される特定の種類のアンテナが存在することを示す資料は,見いだすことができない。 そこで,本願明細書の発明の詳細な説明について検討する。 甲第2号証によれば,本願明細書の発明の詳細な説明には,「ハイゲインアンテナ」に関し,「従来の特開平3-190403号公報に記載の技術は,波長5/8λから1/2λとアンテナ長さを短くして電波を1kmまで飛ばそうとするものであるが,本発明は,この従来技術とは逆に,従来のアンテナを同相になるような多段に重ねてなるハイゲインアンテナを使用することにより,10mWという小電力であっても,1km以上の長距離で電波を受信する技術である。」(第12段),「実施例1 本発明者は,本発明のハイゲインアンテナを用いて遠距離通信が可能かどうかを調べた。その結果,通信距離と電界強度の関係を電波伝搬に関する理論や各種のノモグラフ等により検討した結果,数Km離れた位置での遠距離通信が十分可能な電界が得られることを見出した。」(第15段),「(条件)通信可能かどうかの調査対象距離を5Km,8Kmの2地点とし,送受信機(即ち,送信アンテナ)の高さを海抜2mとなるようにし,また受信アンテナとしては,従来のアンテナを位相をそろえて3段に重ねてなるハイゲインを用いた。」(第17段1行〜4行),「2は受信部であり,前記送信部1から数Km離れた位置に設けられる。201は送信部1の送信用アンテナ102から送信される微弱な無線信号を受信するためのハイゲインアンテナであり,例えばグランドプレーンアンテナが用いられる。」(第29段1行〜4行),「10は陸上設備で,受信用ハイゲインアンテナ201か設けられている。ハイゲインアンテナ201としては例えばビームアンテナでもよい。」(第59段1行,2行)などといった記載があることが認められる。 甲第8号証によれば,昭和42年6月10日株式会社コロナ社発行「アンテナ・電波伝搬」には,「6・3 ビーム・アンテナ」の項に,「一様に励振された数多くの半波長アンテナ素子を同一平面内に縦横に規則的に列べることにより,その面に垂直な方向に鋭い指向性をもつアンテナを構成することができる。このようなアンテナ・アレイ(antenna array)による指向性アンテナをビーム・アンテナ(beam antenna)という。」(71頁12行〜18行),「以上述べたビーム・アンテナはその構造からも明らかなように,短波および超短波の範囲の高利得指向性アンテナとして適している。」(73頁下から2行〜末行)との記載があることが認められる。また,甲第9号証によれば,1996年3月作成の,第一電波工業株式会社発行「Ham World Antennas & Accessories Catalog」には,高利得のアンテナとして,「ビームアンテナ」(13頁),「グランドプレーンアンテナ」(15頁)が掲載されていることが認められる。 本願明細書の上記認定の記載,特に,「本発明は,・・・従来のアンテナを同相になるような多段に重ねてなるハイゲインアンテナを使用することにより,10mWという小電力であっても,1km以上の長距離で電波を受信する技術である。」,「従来のアンテナを同相になるような多段に重ねてなるハイゲインアンテナ」,「201は・・・ハイゲインアンテナであり,例えばグランドプレーンアンテナが用いられる。」,「ハイゲインアンテナ201としては例えばビームアンテナでもよい」との記載及び上記甲第8,9号証の記載によれば,本願明細書においては,10mWという小電力で1km以上の長距離で電波を受信するために,従来のアンテナを同相になるような多段に重ねた構造のアンテナ,ビーム・アンテナ,グランドプレーンアンテナを使用することにし,これらを「ハイゲインアンテナ」と総称していることが認められる。 そうすると,発明の詳細な説明の上記記載によっても,結局,本願発明の「ハイゲインアンテナ」とは,高利得(高い電力利得)を有するアンテナという程度の意味を有するものであると理解するほかはない。そして,甲第2号証によれば,このような理解を妨げるべき資料は,本願明細書の記載中に見いだせないことが,明らかである。 そこでさらに,「ハイゲインアンテナ」の「ハイゲイン」,すなわち,「高利得(高い電力利得)」の意味について検討する。 上述したとおり,「ハイゲインアンテナ」とは,高い電力利得を有するアンテナであり,ここに「高い」という以上,高低を決める基準となるアンテナが存在するはずであるから,基準とするあるアンテナに比較して利得が高いものであるということができる(原告自身も,「ハイゲインアンテナ」は,「高利得アンテナ」とも称され,当業界において,基準アンテナに比較して数倍高い利得を有しているアンテナを指称する語として一般に用いられているものであるとしている。)。 本願発明に係る特許請求の範囲に,「送信部に電波法で認定された送信出力10mWの特定小電力無線送受信機を仕様変更することなく認定品そのままのものを用いた送信機と送信アンテナを具有しており,受信部は前記送信部から数Km離れた位置に設けられ,該受信部にはハイゲインアンテナを具備し,該ハイゲインアンテナで前記送信機から送信された雑音レベルに近い微弱な無線信号を受信し,」との記載があることからすると,特許請求の範囲の記載でみる限り,本願発明の受信部の「ハイゲインアンテナ」と比較されるものは,電波法で認定された送信出力10mWの特定小電力無線送受信機に用いられる一般的な送信アンテナしかなく,そうであれば,本願明細書の発明の詳細な説明中に異なった結論に導く明確な根拠が見いだせない限り,本願発明にいう「ハイゲインアンテナ」とは,電波法で認定された送信出力10mWの特定小電力無線送受信機に用いられる一般的な送信アンテナに比べて高い利得を有するアンテナを意味しているものと考えれば,必要にして十分なものであるということができる。 そして,発明の詳細な説明を検討しても,前記認定の本願明細書の発明の詳細な説明の記載からみる限り,「ハイゲインアンテナ」の電力利得の程度には何らの限定も存在せず,甲第2号証によれば,本願明細書のその余の記載をみても同様であることが明らかである。 以上のとおりであるから,結局のところ,本願発明の「ハイゲインアンテナ」の「ハイゲイン」は,電波法で認定された送信出力10mWの特定小電力無線送受信機に用いられる一般的な送信アンテナに比べて高い利得を有することを意味しているにすぎないものというべきである。 (4) 引用刊行物1に,受信部に「ハイゲインアンテナ」を使用する技術の開示があるかについて検討する。 (ア) 甲第4号証によれば,引用刊行物1には,その特許請求の範囲の欄に,「(1)無線回線を介して信号の授受を行なう小電力型無線機において,0dBの利得とする略半波長の利得アンテナ(1/2λアンテナ)を用い,通話可能範囲を広くしたことを特徴とする小電力型無線機のアンテナ。」(1頁左下欄5行〜9行)との記載が,発明の詳細な説明の欄に,「この発明は,電波出力10mW以下の小電力型無線機に用いられるアンテナに係り,更に詳しくは信号の授受可能範囲,つまり通話距離を拡大するようにした小電力型無線機のアンテナに関するものである。」(1頁左下欄下から6行〜2行),「近年,小電力型無線機としてはコードレス電話を始めとして種々提案されているが,その小電力型無線機のアンテナとしては通常5/8λアンテナが使用されている。・・・小電力型無線機1,2は小型で,携帯用,つまり移動局であることから,アンテナ3の長さをできるだけ短くし,使い易くできるからである。」(1頁右下欄1行〜11行),「その目的は電波の出力を10mW以下に抑え,通話エリアを広くすることができるようにした小電力型無線機のアンテナを提供することにある。」(2頁左上欄5行〜7行),「第1図および第2図において,電波出力10mW以下である小電力型無線機の親機(接続装置)4には略半波長の利得アンテナ(1/2λアンテナ)6が用いられている。また,その1/2λアンテナ6は特に周波数380MHz帯域または254MHz帯域で0dbの利得としている。ここで,コードレス電話システムの親機から子機側に電波が発射されると,1/2λアンテナ6の場合,電波が達する距離が屋外では,例えば見通しがよければ約1000mで,屋内では約200mになり,つまり通話距離が長くなる。すなわち,1/2λアンテナ6と5/8λアンテナとを比較すると,5/8λアンテナ3よりは1/2λアンテナ6の方が利得がよいからである。なお,1/2λアンテナ6は1/2λ(>5/8λ)と長くなるが,コードレス電話の場合,親機4は固定されているため,使い易さ等の問題にならない。このように,親機4から1000m離れた子機51,・・・,5 Nには親機4からの電波が達し,通話可能であるため,例えば広いゴルフ場やレジャー施設場等内において子機の移動範囲が広く,その子機の扱い者にとって有用である。なお,上記実施例では,親機4のアンテナを1/2λアンテナ6としているが,子機51,…,5 Nにその1/2λアンテナ6を用いれば,通話距離はさらに長くなる。 また,使用周波数が380MHz帯域または254MHz帯域である場合について説明したが,他の周波数の場合であってもよいが,その周波数によって,アンテナの長さは異なることになる。」(2頁右上欄10行〜左下欄下から2行)との各記載があることが認められる(上記「1頁左下欄下から6行〜9行」,「2頁左上欄5行〜7行」,「2頁右上欄10行〜左下欄末行」は,いずれも,引用刊行物1からの引用の部分を示すものとして,審決が記すところである。審決書の「1頁左下欄下から6行ないし2行」における「5」は「6」の誤記と認める。)。また,同刊行物の第1図には,同刊行物に係る発明の一実施例として,親機のアンテナを長い1/2λアンテナとし,短い子機のアンテナに向けて電波を送信している図が示されていることが認められる(別紙図面(2)参照)。 (イ) 引用刊行物1の上記認定の記載によれば,同刊行物には,従来,小電力型無線機のアンテナとしては,携帯用という用途にふさわしくするためアンテナの長さをできるだけ短くしようとの発想から,通常5/8λアンテナが使用されていたこと,しかし,送信側の親機のアンテナを長くして,従来の5/8λアンテナ3より利得の高い1/2λアンテナ6を使用すれば通話可能範囲を広くすることができることが記載されていることが,明らかである。 そうすると,「刊行物1、特に第1図には送信アンテナの長さを1/2λとし、受信部のアンテナの長さを5/8λとすることが記載されている。この記載からみると、受信部のアンテナの利得は、送信アンテナの利得より高いことが理解できる。」(審決書9頁17行〜10頁2行)とした上,これを根拠に,「刊行物1発明における「受信部のアンテナ」は送信アンテナと比較して利得が高い「ハイゲインアンテナ」といえるから,この点については実質的な相違点とはいえない。」(審決書10頁3行〜6行)とした審決の認定は,少なくともその限りでは,引用刊行物1における「5/8λアンテナ」と「1/2λアンテナ」との技術的意味の誤解に基づき犯された,明らかな誤りという以外にない(なお,甲第2号証によれば,原告自身も,本願明細書において「従来の特開平3-190403号公報(判決注・引用刊行物1)に記載の技術は,波長5/8λから1/2λとアンテナ長さを短くして電波を1kmまで飛ばそうとするものである」と記載していたことが認められ,引用刊行物1における「5/8λアンテナ」と「1/2λアンテナ」との技術的意味を誤解していたことが明らかである。)。 (5) 被告は,予備的に,引用刊行物1には,「10mWの小電力無線機を用いた長距離通信方式」においてアンテナを工夫して長距離通信を行う技術が記載されているということができるのであり,相違点Bに係る本願発明の構成も,アンテナを工夫して長距離通信を行う点で同様であるから,その意味で,審決が相違点Bについて実質的に相違点といえないとしたことに誤りはない,と主張する。 (ア) 本願発明にいう「ハイゲインアンテナ」とは,電波法で認定された送信出力10mWの特定小電力無線送受信機に用いられる一般的な送信アンテナに比べて高い利得を有するアンテナを意味するにすぎないことは,前述したとおりである。そして,相違点Bに係る本願発明の構成というのは,受信部のアンテナを「ハイゲインアンテナ」にしたというにすぎないものである。 (イ) 前記(ア)認定のとおり,引用刊行物1には,従来,小電力型無線機のアンテナとしては,携帯用という用途にふさわしくするためアンテナの長さをできるだけ短くしようとの発想から,通常5/8λアンテナが使用されていたこと,しかし,送信側の親機のアンテナを長くして,従来の5/8λアンテナ3より利得の高い1/2λアンテナ6を使用すれば通話可能範囲を広くすることができることが記載されているのであり(引用刊行物1が「10mWの小電力無線機を用いた長距離通信方式」に関する技術であることは,当事者間に争いがない。),同記載によれば,引用刊行物1に,「10mWの小電力無線機を用いた長距離通信方式」においてアンテナを工夫して通信距離を長くする技術が記載されていることは,明らかである。そして,一般的にいって,送信側から受信側に送られる電波が弱ければ,送信側の発信能力又は受信側の受信能力,あるいは双方を高めればよいことは,当たり前のことであり,本件においても,アンテナを工夫して通信距離を長くするに当たり,送信側のアンテナを長くするなどして送信側の利得を高めるか,受信側のアンテナを長くするなどして受信側の利得を高めるかは,いわば,具体的事情によって変わる都合に応じて選択すべき,単なる設計事項にすぎないものというべきである(引用刊行物1自体にも,親機4のアンテナを1/2λアンテナ6として長くすることにより通話距離を長くすることのほか,前認定のとおり,「なお,上記実施例では,親機4のアンテナを1/2λアンテナ6としているが,子機51,…,5 Nにその1/2λアンテナ6を用いれば,通話距離はさらに長くなる。」(甲第4号証2頁左下欄12行〜15行)として,子機51,…,5 Nのアンテナを1/2λアンテナ6として長くすることにより,通話距離を更に長くすることも記載されている。)。そうだとすると,引用発明1の「利得アンテナ」と本願発明の「ハイゲインアンテナ」との間には,「ハイゲインアンテナ」という用語を用いるか否かという相違があるだけで,発明の特許性の有無を検討するに当たって,格別の検討に値する実質的な相違はないというべきであり,その意味で,「この点については実質的な相違点とはいえない。」(審決書10頁5行〜6行)とした審決は,結論において誤っていない,ということができる。 (ウ) 原告は,被告の上記主張は,審決の認定していない事項であるから,これを審決取消訴訟において持ち出すことは許されない旨主張する。 審決取消訴訟においては,拒絶査定不服の審判にせよ無効審判にせよ,その審判手続において審理判断されなかった公知事実との対比における拒絶理由ないし無効理由は,審決を違法とし,又はこれを適法とする理由として主張することができないものであると解されている(最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照)。 (エ) 本件についてみると,甲第1号証によれば,相違点Bに関して,審決は,次のとおり認定判断したことが認められる, (a) 本願発明と関連性を有する公知刊行物として特開平3-190403号公報(引用刊行物1)及び特開昭60-200627号公報(引用刊行物2)を選択した(これらは,いずれも,平成10年12月16日付け拒絶理由で引用された刊行物である。)。 (b) 引用刊行物1には,「@電波出力10mW以下の小電力型無線機に用いられるアンテナに係り,更に詳しくは信号の授受可能範囲,つまり通話距離を拡大するようにした小電力型無線機のアンテナに関すること(1頁左下欄下から6行ないし2行) A電波の出力を10mW以下に抑え,通話エリアを広くすることができるようにした小電力型無線機(2頁左上欄5行ないし7行) B第1図および第2図において,電波出力10mW以下である小電力型無線機の親機(接続装置)4には略半波長の利得アンテナ(1/2λアンテナ)6が用いられている。(中略)ここで,コードレス電話システムの親機から子機側に電波が発射されると,1/2λアンテナ6の場合,電波が達する距離が屋外では,例えば見通しがよければ約1000mで,屋内では約200mになり,つまり通話距離が長くなる。(中略)このように,親機4から1000m離れた子機51,…,5 Nには親機4からの電波が達し,通話可能であるため,例えば広いゴルフ場やレジャー施設場等内において子機の移動範囲が広く,その子機の扱い者にとって有用である。(中略)また,使用周波数が380MHz帯域または254MHz帯域である場合について説明したが,他の周波数の場合であってもよいが,その周波数によって,アンテナの長さは異なることになること(2頁右上欄10行〜左下欄下から2行)」(審決書3頁15行〜4頁末行)が記載されていると認定した。 (c) 本願発明と引用発明1とを対比して,両者は,「上記「受信部のアンテナ」が,本願発明においては「ハイゲインアンテナ」であるのに対して,刊行物1発明においては「利得アンテナ」である点で一応相違する。」(審決書8頁5行〜8行)と認定し,これを相違点Bとした。 (d) 相違点Bについての判断において,「刊行物1,特に第1図には送信アンテナの長さを1/2λとし,受信部のアンテナの長さを5/8λとすることが記載されている。この記載からみると,受信部のアンテナの利得は,送信アンテナの利得より高いことが理解できる。したがって,刊行物1発明における「受信部のアンテナ」は送信アンテナと比較して利得が高い「ハイゲインアンテナ」といえるから,この点については実質的な相違点とはいえない。」(審決書9頁17行〜10頁6行)と判断した(なお,原告の,本願発明における「受信部のアンテナ」は「大型のアンテナ」であるとの主張に関連して,引用刊行物1及び同2に記載された技術を組み合わせて,引用発明1における「受信部のアンテナ」を「大型のアンテナ」であって「ハイゲインアンテナ」とすることは,当業者であれば適宜なし得るとの進歩性の判断もしている。)。 (オ) 上記認定によれば,審決は,引用刊行物1の記載を正しく認定してこれを基に引用発明1を認定し,本願発明と引用発明1との対比において,相違点Bを正しく認定したものの,同相違点の判断に際し,引用発明1における「5/8λアンテナ」と「1/2λアンテナ」との技術的意味を誤解したため,「引用発明1における受信部のアンテナの利得は,送信アンテナの利得より高い」と誤った認定をし,この誤った認定を,相違点Bは実質的な相違点とはいえないとの結論を理由付ける事実として採用してしまった,ということができる。 審決が引用刊行物1につき前記(エ)(b)認定の記載を引用して掲げていることは,とりもなおさず,審決が,引用発明1は,「10mWの小電力無線機を用いた長距離通信方式」においてアンテナを工夫して通信距離を長くする技術であることを認定していたことを示すものというべきである。 そうすると,被告の,引用刊行物1には,「10mWの小電力無線機を用いた長距離通信方式」においてアンテナを工夫して長距離通信を行う技術が記載されていることを前提とする予備的主張は,本願発明と対比されるべき主たる公知事実として,審判段階で取り上げられなかったものを新たに主張しようとするわけのものではなく,被告がしようとしているのは,審判段階で既に取り上げられていた公知事実を前提に,そこから結論を導き出すための根拠とする事由を,引用刊行物1に記載されていると誤って認定した事項から,引用刊行物2に記載された事項,あるいは,周知事項に変更することにすぎない,ということが可能である。 以上の事情を考慮するならば,本訴において,引用刊行物1に「10mWの小電力無線機を用いた長距離通信方式」においてアンテナを工夫して長距離通信を行う技術が記載されていることに基づいて相違点Bについての判断の当否を認定判断したとしても,必ずしも,原告に保障されている,専門行政庁たる特許庁の審理判断を受ける利益が害されるとはいえず,前記最高裁判決の趣旨に反するともいえないと解するのが相当である。 そうである以上,被告の予備的主張を,審決の認定していない事項を根拠とするものであるとして,それを理由に,本訴において主張し得ないものとすることはできない,というべきである。 原告の上記主張は,採用できない。 (カ) 原告は,引用発明1においては,親機側(送信側)のアンテナを従来の5/8λアンテナから1/2λアンテナに変更することを特徴としているのであるから,送信側のアンテナを工夫しているのである,このように,通話距離を長くするために送信側のアンテナを5/8λアンテナよりも利得のよい1/2λアンテナとする引用刊行物1の記載をどのように解釈しようとも,本願発明のように,特定小電力無線機の送信機から送信される信号を遠距離位置において受信するために,送信機には何ら手を加えることなく,受信機側を工夫し,その受信機のアンテナとしてハイゲインアンテナを用いることによって長距離通信を行うという解釈に結び付けることはできないと主張する。 しかしながら,送信部あるいは送信部と受信部にハイゲインアンテナを使用する技術が開示されているとき(前記認定のとおり,引用刊行物1には,「なお,上記実施例では,親機4のアンテナを1/2λアンテナ6としているが,子機51,…,5Nにその1/2λアンテナ6を用いれば,通話距離はさらに長くなる。」という記載がある。),送信部は従来どおりのアンテナで,受信部をハイゲインアンテナとしてみようと考えることは,このような思考を妨げる特殊な事情でもない限り,極めて当たり前のことというべきである。そして,本件全証拠を検討しても,上記特殊な事情は見いだせない。原告の上記主張は,失当である。 2 取消事由2(相違点Cについての判断の誤り)について (1) 本願発明と引用発明1とを対比したとき,「受信主増幅器」のプリアンプとして,本願発明においては,「選択された微弱な無線信号を優れた低雑音指数を有して雑音を抑圧して増幅するプリアンプ」が設けられているのに対して,引用発明1においては,プリアンプを設けることについて特に明記されていない点で相違すること(審決認定の相違点C)は,当事者間に争いがない(審決書8頁9行〜14行)。 (2) 本願発明にいう「選択された微弱な無線信号を優れた低雑音指数を有して雑音を抑圧して増幅するプリアンプ」という構成の技術的意味について考察する。 「プリアンプ」が,「主増幅器」の前に置かれる増幅器(amplifier)を意味すること,「増幅器」が「増幅作用を行わせる装置」であることは,当裁判所に顕著である。そして,これを,無線技術の分野についていえば,受信する微弱な無線信号を増幅する作用を有する装置であることは,明らかである。 上記「微弱な無線信号を優れた低雑音指数を有して雑音を抑圧して増幅する」との文言のうち,「優れた低雑音指数を有して雑音を抑圧して」との文言は,文言自体の一般的用法に従って解釈する限り,構成に触れるところのないものであるから,本願発明に係るプリアンプの有する機能を示し得るだけである。 そうだとすると,本願明細書の発明の詳細な説明中に異なった結論に導く明確な根拠が見いだせない限り,本願発明にいう「プリアンプ」とは,一般的な低雑音増幅器を主増幅器の前に設置した構成であると考えれば,必要にして十分なものであるということができる。 本願明細書の発明の詳細な説明について考察する。甲第2号証をみると,本願明細書の発明の詳細な説明において,実施例についての説明中で,「202は受信信号の雑音を抑圧するための低雑音指数のプリアンプである,203は雑音を抑圧された信号を更に増幅するための受信主増幅器であり,204は信号出力レベルに必要な範囲まで復調するための信号復調回路である。」(第29段4行〜6行),「受信部2では,送信部1より送信されたデータ信号を受信用ハイゲインアンテナ201で受信し,受信されたデータ信号は低雑音指数プリアンプ202に送られ,信号をよりよく取り出すために出力に不必要な雑音は抑圧される。雑音を抑圧されたデータ信号は,受信主増幅器203に送られ出力に可能なレベルにまで増幅される。」(第31段1行〜5行)などという記載があるものの,不必要な雑音をどのように選択し,どのように抑圧するのかその具体的な手法についての記載は,全く見いだせない。 このように,発明の詳細な説明の上記記載中にも,特許請求の範囲に係る上記解釈と異なった結論に導く何らの根拠も見いだせない以上,「優れた低雑音指数を有して雑音を抑圧して」とは,前述の,一般的な低雑音増幅器が通常に有するべき機能あるいは性質を説明しているにすぎないものというべきである。 (3) 甲第5号証によれば,引用刊行物2には,「一般にはアンテナ分岐回路はそれぞれのアンテナで受信された受信波は減衰する事なく受信機に導かれるのが理想であるが,分岐回路4及び5で数db前後の減衰が生じるので受信波の搬送波/雑音が低下して品質が低下する。」(2頁左上欄13行〜17行),「そこで,受信品質を低下させない為に下記の様な手段を取っていた。(1) 相手局からの放射電力を増加させる為に,送信電力を増加したり送信アンテナを大きくする。・・・(2)自局の受信アンテナを大きくする。」(同頁右上欄)2行〜8行),「アンテナ1,2及び3で受信された各子局からの受信波はサーキュレータ10,11,12及び受信帯域ろ波器14,16,18を通ってアンテナ1,2及び3の直ぐ近くに配置された低雑音増幅器19,20及び21に加えられる。ここで,それぞれに増幅された受信波は結合回路23,受信帯域ろ波器25,サーキュレータ26及び27を通って受信機29に加えられる。」(2頁右下欄10行〜17行)との各記載があることが認められる。 引用刊行物2の上記認定の記載によれば,同刊行物には,受信アンテナを大きくして受信品質の低下を防止する技術,アンテナで受信された受信波が,まず低雑音増幅器に送られ,ここで増幅されてから受信機に送られる技術が記載されていることが明らかである。 上記の引用刊行物2記載の技術(引用発明2)に接した当業者が,引用発明1において,受信する信号を受信部で増幅しようとする場合に,引用発明2を採用して,受信した無線信号を,まず,低雑音増幅器に送り,その後に,主増幅器に送るという構成に想到することは,本件出願当時,ごく容易なことであったというべきである。 (4) 原告は,本願発明は,「ハイゲインアンテナ」を用いることによって,ハイゲインアンテナの特性によって,目的とする無線信号周波数を雑音レベルに比較して増幅させ,これを「低雑音増幅器」であるプリアンプによって更に増幅し,目的とする無線信号周波数を良好に取り出すことができる,つまり,本願発明において,「低雑音増幅器」であるプリアンプは,「ハイゲインアンテナ」の使用によって初めて効果を発揮するのであり,その構成は「ハイゲインアンテナ」と切っても切り離せない密接な関係を有していると主張する。 しかしながら,本願発明にいう「ハイゲインアンテナ」が,電波法で認定された送信出力10mWの特定小電力無線送受信機に用いられる一般的な送信アンテナに比べて高い利得を有するアンテナを意味しているにすぎないものであることは,前述したとおりである。そして,本願明細書の発明の詳細な説明中の発明の効果の項の記載は,「以上の説明から明らかなように,本発明によれば,低電力の特定小電力無線送受信機から送信される微弱な無線信号を,1km以上離れた位置でも低雑音高感度で受信が可能であり,かつ各種のデータや情報を長距離単向通信できる特定小電力無線機を用いた長距離単向通信方式を提供することができる。」(第73段)というものであり,他には何も記載されていない。これらのことからすれば,本願発明においては,高い利得の「ハイゲインアンテナ」を使用することによって,送信される微弱な無線信号を従来のアンテナの場合より遠い所で低雑音高感度で受信でき,これにより,各種のデータや情報を遠くへ単向通信で送ることができるとしているにすぎないことが,明らかである。したがって,本願発明が,「ハイゲインアンテナ」を用いることによって,ハイゲインアンテナの特性によって,目的とする無線信号周波数を雑音レベルに比較して増幅させ,これを「低雑音増幅器」であるプリアンプによって更に増幅し,目的とする無線信号周波数を良好に取り出すことができる,などという作用効果を問題とする発明でないことは,いうまでもないところである。 原告の上記主張は,前提において既に誤っている。 原告は,引用発明2の「低雑音増幅器」は,アンテナによる受信自体は,もともと良好であったものの,アンテナによって受信された搬送波が受信機まで搬送される過程で,その途中に介在されるサーキュレータや分配機等のために減衰した分の信号を補う目的で挿入されたものであるとして,引用発明2の「低雑音増幅器」を引用発明1に適用するにしても,両者を技術的に結び付けるための動機付けが全く見当たらないものであるから,両者を組み合わせることを適宜なし得るものとすることはできないばかりか,仮に,両者を組み合わせる発想があったとしても,目的とする無線信号周波数を取り出すことが技術的に困難であり,この点からみても,当業者が適宜なし得るものとはいえない,と主張する。 しかしながら,本件においては,引用発明2として,「低雑音増幅器」が用いられている理由まで引用しているわけではない。また,引用刊行物2に記載されている具体的な技術を,文字どおり,そのまま引用発明1に適用できるかどうかを検討しているのでもない。本願発明の進歩性を検討するに当たって考慮されるべきは,引用発明1と同2とに接した当業者が,これらを契機として本願発明に容易に想到し得たかどうかであり,引用発明2の技術課題が特殊なものであるため,組み合わせることが妨げられるといった特別の事情が認められない限り,当業者において,容易に,引用発明1に同2の技術を適用し得たものというべきである。 そして,引用発明2において,「低雑音増幅器」を搬送波を受信するまでの減衰を補うために使用するか,受信した後に増幅器に達するまでの減衰を補うために使用するかで,「低雑音増幅器」の作用に変わるところがないから,引用発明1に同2の技術を適用することを妨げる特別の事情ということはできない。 原告は,「ハイゲインアンテナ」ではない引用発明1の1/2λアンテナによって受信された信号を「低雑音増幅器」で増幅しようとしても,1/2λアンテナの選択性が0dBのため,目的とする無線信号周波数がそのアンテナによって増幅されないので,雑音から分離できず,目的とする無線信号周波数を取り出すことができないとして,これを,引用発明2の「低雑音増幅器」と引用発明1とを技術的に結び付けるための動機付けがない根拠としている。 しかしながら,上述したとおり,本願発明は,「ハイゲインアンテナ」を用いることによって,ハイゲインアンテナの特性によって,目的とする無線信号周波数を雑音レベルに比較して増幅させ,これを「低雑音増幅器」であるプリアンプによって更に増幅し,目的とする無線信号周波数を良好に取り出すことができる,などという作用効果を問題とする発明でないから(そのようなことは,本願明細書に何ら記載されていない。),雑音からの分離,目的とする無線信号周波数の取出しをいう原告の主張は,前提において既に失当である。 3 以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
---|---|
裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 宍戸充 |