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関連審決 不服2001-16047
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12行ケ238審決取消請求事件 判例 特許
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平成14行ケ258審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 物の発明 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  着想 /  援用権(援用) /  優先日 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  同意 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  特許協力条約 /  国際出願 /  国内公表 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10116号 審決取消(特許)請求事件

原告 デーゲーエフ ストーエス アクチェン ゲゼルシ ャフト
訴訟代理人弁護士 窪田 英一郎
同 乾裕介
訴訟代理人弁理士 塩澤寿夫
同 渡辺紫保
被告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 森田 ひとみ
同 横尾俊一
同 一色 由美子
同 柳和子
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/09/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2001-16047号事件について平成16年6月29日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が,後記特許出願をしたところ特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が同請求不成立の審決をしたため,原告がその取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「無味の加水分解コラーゲンの使用及びそれを含む薬剤」とする発明につき,平成7年(1995年)8月19日(パリ条約による優先権主張 1994年[平成6年]8月23日,ドイツ連邦共和国),日本国を指定国の一つとして特許協力条約(PCT)に基づく国際出願をした。同国際出願については,国内段階に移行して特願平8-507790号の出願番号が付与され,平成10年5月6日に国内公表された(特表平10-504555号,甲7)。
特許庁は,本件出願に対し,平成13年6月1日付けで拒絶査定をした。
原告は,同年9月7日に拒絶査定不服審判を請求し,同請求は不服2001-16047号事件として特許庁に係属した。
原告は,同事件の係属中である平成16年4月13日に手続補正(甲9)を行い,特許請求の範囲変更した。
特許庁は,同事件について審理し,平成16年6月29日付けで「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年7月26日原告に送達された。なお,出訴期間として90日が附加された。
(2) 発明の内容 平成16年4月13日付け手続補正書(甲9)により変更された特許請求の範囲の請求項5の内容は, 「請求項1ないし4のいずれかに記載の薬剤であって,当該薬剤がさらにカルシトニン,カルシウム塩,及び/又はプロゲステロンを含むことを特徴とする薬剤。」 であり,請求項1の内容は 「平均分子量が1ないし40kDで無味の酵素的加水分解コラーゲンを含む閉経後骨粗鬆症治療用の薬剤。」 であるから,上記請求項5において請求項1を引用した場合の発明は, 「平均分子量が1ないし40kDで無味の酵素的加水分解コラーゲンを含む閉経後骨粗鬆症治療用の薬剤であって,当該薬剤がさらにカルシトニン,カルシウム塩,及び/又はプロゲステロンを含むことを特徴とする薬剤。」 である(以下,これを「本願発明」という。) (3) 審決の内容 ア 審決の内容は,別添審決謄本のとおりである。その要旨とするところは,本願発明は,その出願前に頒布された英国特許1227534号明細書(甲1-1。以下「刊行物1」という。),特開昭63-39821号公報(甲2。以下「刊行物2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない,としたものである。
イ 上記判断をするに当たり,審決は,本願発明と刊行物1に記載された薬学的組成物との一致点及び相違点について,次のとおり認定している。
(一致点) 「加水分解コラーゲンを含む骨粗鬆症治療用の薬剤であって,当該薬剤がさらにカルシウム塩を含む薬剤」である点。
(相違点) A 本願発明の加水分解コラーゲンは平均分子量が1ないし40kDで無味の酵素的加水分解コラーゲンであるのに対し,刊行物1のものは酸又はアルカリによって加水分解されたものであり,平均分子量範囲や味については記載がない点 B 本願発明では閉経後骨粗鬆症治療用と特定されているのに対し,刊行物1では単に骨粗鬆症の治療とされている点 (4) 審決の取消事由 審決は,以下の理由により,相違点に係る進歩性の判断を誤った違法なものとして取消しを免れない。
ア 取消事由1(相違点Aについての判断誤り) 審決は,相違点Aについて,「刊行物1の酸又はアルカリで加水分解することによって得られる加水分解コラーゲンに代えて,既に市販されている上,無味無臭というヒトが摂取する上で有利な性質をもつ刊行物2の酵素的に加水分解された水溶性コラーゲン(例えばゲリターゾル)を利用することは当業者が容易に行うことであり,さらに当該市販品は5乃至40キロダルトンの範囲の分子量を有するものが大部分であることからすれば,その分子量の範囲を1〜40kDとした点も当業者が通常選択する範囲であって格別の創意を認めることはできない」(3頁24〜31行)と判断したが,誤りである。
以下に述べるとおり,刊行物1に記載の加水分解コラーゲンを刊行物2に記載の加水分解コラーゲンに置換することは,当業者にとって困難なことである。
(ア)「遊離アミノ酸を含む」点について a 刊行物1に記載の加水分解コラーゲンは,コラーゲンを酸又はアルカリにより加水分解することによって得られ,粘着性がなく,ゲル化力を失い,遊離アミノ酸を4〜15%含む加水分解コラーゲンであるのに対し,刊行物2記載の加水分解コラーゲンは,コラーゲンを酵素的に分解することにより得られる加水分解コラーゲンである。酸又はアルカリによってコラーゲンを加水分解した場合には,コラーゲンをランダムに分解するために,アミノ酸等の低分子のペプチドが生成されるのに対し,酵素的に加水分解した場合には,酵素が特定の部位に対して選択的に分解を行うため,遊離アミノ酸は実質的に生じない(甲6)。したがって,刊行物2の加水分解コラーゲンは,遊離アミノ酸を実質的に含まない加水分解コラーゲンを意味する。
刊行物1に記載の加水分解コラーゲンが「粘着性を有しない」,「ゲル化力を有しない」,「4〜15%の遊離アミノ酸を含む」の要素を有することと,コラーゲンが生物により十分同化されるものであることは同義であり,この3要素は,いずれも加水分解コラーゲンが生物に十分に同化するために必要不可欠な要素である。
「4〜15%の遊離アミノ酸を含む」という要素を刊行物1に記載の加水分解コラーゲンから除去するという発想は,刊行物1には何ら開示も示唆もされておらず,当業者にとって到達が極めて困難である。
なお,審決は,刊行物1について「カルシウム及びリンイオンの供給源を吸収しうる同化可能な媒体として作用するのは分解されたコラーゲンである」(4頁10〜12行),「4〜15%の遊離アミノ酸は,コラーゲンが粘着性及びゲル化力を失う程度に分解する目安として設定された結果として存在するにすぎない」(同16〜17行)とするが,加水分解コラーゲンが同化可能な媒体として作用することと,4〜15%の遊離アミノ酸が加水分解コラーゲンが生物に十分に同化するために必要不可欠な要素であることとは,何ら矛盾しないし,刊行物1において,粘着性がないこと,ゲル化力がないことおよび4〜15%の遊離アミノ酸を含むことは,いずれも独立した要素として記載されており,いずれか一つの要素が他の要素の目安であることを示唆する記載とはなっていない。
以上より,4〜15%の遊離アミノ酸を含むことは,刊行物1に記載の加水分解コラーゲンの必須要件であって,これを遊離アミノ酸を実質的に含まない刊行物2の加水分解コラーゲンに置換することは,当業者にとって容易になし得ることではない。
b 被告は,刊行物1に記載の加水分解コラーゲンに含まれる4〜15%の遊離アミノ酸が,カルシウムやリンイオンの同化に必須の役割を果たすと解すべき余地はないと主張する。
しかしながら,アミノ酸がカルシウムの吸収を促進する作用を有することは,刊行物1が作成された当時,あるいは本件出願前から,既に当業者に一般的に知られていたことである(甲12〜17)。したがって,刊行物1に接した当業者は,刊行物1はカルシウムの同化を促進するという作用効果を得ることを目的として,4〜15%の遊離アミノ酸を要件としていると考えるはずである。
刊行物1記載の実施例1〜7の生成物にはホスホリルイオンは含まれないため,分解されたコラーゲンのポリペプチド鎖の横方向の塩基部分上にホスホリルイオンが固定され,固定されたホスホリルイオンの残った酸部分がカルシウムイオンによって中和されるというメカニズムにより,カルシウムが固定される可能性はない。
しかし,実施例1〜7の生成物であっても,カルシウムの同化を促進する作用があるものと解されるから,実施例1〜7においては,上記のメカニズム以外の方法でカルシウム同化が促進されていると解さざるを得ないところ,上記の周知事項を考慮すれば,当業者は,実施例1〜7の生成物の場合にカルシウム同化促進の役割を担うのは4〜15%の遊離アミノ酸であると,当然に理解するはずである。
(イ) 分子量について 審決は,「刊行物1の分解されたコラーゲンは粘着性がなくゲル化せず水溶性という性質を示すが,刊行物2の加水分解コラーゲンも水溶性であり,多量の水と結合する能力(ゲル化能)がないという同じ物性を有している。そうすると両者の分子量はほぼ同程度と考えられるところ,刊行物2の加水分解コラーゲンの分子量は2乃至80キロダルトンであるから,刊行物1の分解されたコラーゲンの分子量も少なくともその範囲内のものであることは当業者が容易に理解することである」(3頁13〜19行)とするが,刊行物1記載の加水分解コラーゲンと刊行物2記載の加水分解コラーゲンがいずれも水溶性がありゲル化力を失うという性質を有していたとしても,そのことは両者の分子量が一定以下であることを示すにすぎず,両者の分子量が重なり合うことを当然に意味するものではない。
むしろ,コラーゲンを酸により分解した場合と酵素的に分解した場合を比較すると,一般的に,酸による分解により生じる生成物の分子量は,酵素的分解により生じる生成物の分子量よりも小さい(甲6)。
したがって,刊行物1を見た当業者は,刊行物1記載の加水分解コラーゲンの平均分子量と刊行物2記載の加水分解コラーゲンの平均分子量は重なり合うものではなく,前者は後者よりも小さい可能性が高いと考えるはずであるから,前者の加水分解コラーゲンをこれと平均分子量が異なる可能性のある後者の加水分解コラーゲンに置換することは,当業者が容易になし得ることではない。
イ 取消事由2(相違点Bについての判断誤り) 審決は,相違点Bについて,「骨の主成分はカルシウム,無機質,骨コラーゲンであることは周知であるところ,刊行物1は加水分解コラーゲンがリンやカルシウムイオンの供給源を吸収しうる同化可能な媒体として作用するとされ,ヒトの骨粗鬆症の治療,及び他のカルシウム同化が困難な場合の臨床試験は良好な結果を示したとされているのであるから,これを骨の構成成分の骨基質量と骨塩量が減少する病気である骨粗鬆症の典型である閉経後の骨粗鬆症に対して適用することは当業者が容易に行いうることである」(4頁20〜26行)と判断したが,誤りである。
刊行物1に記載の加水分解コラーゲンを閉経後骨粗鬆症に適用することは,当業者にとって困難なことである。
(ア) 老人性骨粗鬆症と閉経後骨粗鬆症は,原因及び発生メカニズムが全く異なる(甲3)。老人性骨粗鬆症は,高齢者の骨代謝において骨形成が低下し骨密度が減少する症状であり,治療方法としては,骨形成の低下を補うに足りる十分な量のカルシウムの投与や,骨形成を促進する薬剤の投与が有効である。他方,閉経後骨粗鬆症は,エストロゲンの分泌量減少のために骨破壊が過剰となり,骨密度の急激な減少が生じるものであり,骨形成の低下が生じない(甲5)ため,カルシウム単体での投与や骨形成を促進する薬剤の投与によっては有効な治療効果を得ることができず(甲4,10),エストロゲン自体の投与や,その他骨破壊を抑制する作用を有する薬剤の投与が有効である。
(イ) 刊行物1の記載からみて,刊行物1の「加水分解コラーゲン」は,カルシウムとの組合せにおいて「カルシウム治療」に用いられ,カルシウム同化を促進する補助剤として使用されるもので,それ自体が有効成分として機能するものではない。また,刊行物1の作成当時,閉経後骨粗鬆症に対してはカルシウムの投与が有効でないことが一般的に知られていた。
以上を総合すると,刊行物1記載の「骨粗鬆症」が,骨形成が低下する症状である老人性骨粗鬆症の意味で用いられていることは明らかで,閉経後骨粗鬆症を意味すると解することはできない。
したがって,当業者が,カルシウム同化を促進する補助剤として加水分解コラーゲンを使用する旨の記載がある刊行物1を見ても,カルシウム同化の促進によっては有効な治療効果を得ることができない閉経後骨粗鬆症に対して,当該加水分解コラーゲンを適用するとの発想に至ることは,容易になし得ることではない。
(ウ) 被告は,カルシウム摂取が閉経後骨粗鬆症に有効であることは,本願優先日前に広く知られていたと主張する。
しかしながら,閉経後骨粗鬆症の患者がカルシウムを摂取しても,エストロゲンの欠乏により過剰となった骨破壊は正常に戻らず,骨破壊が骨形成を上回っている状態は解消されないから,カルシウム摂取によっては骨密度の減少を防止できない。閉経後骨粗鬆症がある程度進行した患者の場合,骨破壊の抑制のためのエストロゲン等,および,既に減少した骨密度の回復のためのカルシウムをいずれも投与する必要があり,カルシウム単独の投与では治療効果を得ることはできない。
被告の提示した乙1〜5,乙7は,老人性骨粗鬆症と閉経後骨粗鬆症の相違を認識することなく,ただ漫然と「骨粗鬆症に対してはカルシウムが有効である」と述べたものにすぎず,乙6には,閉経後骨粗鬆症に対してはカルシウムの補充と並行してエストロゲン置換療法が有効である旨が記載されており,乙8には,エストロゲンの欠乏により腸からのカルシウム吸収率が低下することが記載されているが,エストロゲンの欠乏によって骨破壊が過剰となることを何ら否定するものではなく,乙9は,甲10でも引用されているDawson Hughesらの論文が「カルシウム補給によって閉経後の骨量の減少のうち約1/2が除去されることが認められている」ことの根拠として引用されているなど,引用の正確性に疑問があるもので,これらの証拠は,閉経後骨粗鬆症に対してカルシウム単独投与が有効であることを明確に示したものであるとはいえない。
(エ) 本願発明の加水分解コラーゲンは閉経後骨粗鬆症の患者における破骨細胞の活性を低減させ,過剰となった骨破壊を抑制するという作用を有するものであることが確認された(甲11)。これに対し,刊行物1には,加水分解コラーゲンがこのような作用を有することを示唆する記載は全く存在しない。
したがって,本願発明の加水分解コラーゲンは,当業者が予測できない顕著な効果を奏するものであり,本願発明に進歩性があることは明らかである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論 原告が,本願発明の進歩性についての審決の認定判断が誤りであるとして主張するところは,次のとおりいずれも失当である。
(1) 取消事由1(相違点Aについての判断誤り)に対して ア「遊離アミノ酸を含む」点について 刊行物1には,カルシウム及びリンを含むイオンの供給源を吸収し得る同化可能な媒体として作用するのは加水分解コラーゲン生成物中のコラーゲンポリペプチド鎖であることが明記されており,遊離アミノ酸がカルシウムやリンを含むイオンの同化に必須の役割を果たすと解すべき余地はない。刊行物1記載の加水分解コラーゲン中の遊離アミノ酸は,酸やアルカリによる加水分解反応がランダムに起こる結果,低分子コラーゲンと同時に不可避的に生成してくる成分であって,製剤上意義のある成分はカルシウムやリンの同化促進作用に寄与する加水分解コラーゲンそのものである。刊行物1記載の加水分解コラーゲンにおける遊離アミノ酸の存在が,刊行物2記載の酵素加水分解コラーゲン(遊離アミノ酸を含まない。)を刊行物1記載の加水分解コラーゲンに置換する動機付けを否定するものではない。
イ 分子量について 原告が援用する甲6には,酸やアルカリ,熱による分解では分子量の制御ができないことに起因する低分子ペプチドの生成,及びそれに由来する味の指摘はあるものの,これらの分解方法によって得られる加水分解コラーゲンの平均分子量の大きさ自体についての一般的な記述はないから,甲6を根拠にして,化学的加水分解によって得た加水分解コラーゲンの平均分子量が酵素によって得たものの平均分子量より常に小さいとすることはできない。
(2) 取消事由2(相違点Bについての判断誤り)に対して ア カルシウム摂取が閉経後骨粗鬆症に有効であることは,本願優先日前に周知であった(乙1〜9)。甲4の実験では,カルシウム摂取不足ないし標準的摂取のグループを作って比較していない以上,カルシウム剤単独投与が女性の脊椎小柱の無機物質含有量の減少に対し全く有効でないとの結論を導くことはできない。
甲5には,閉経後骨粗鬆症の患者にカルシウム治療が有効でないとの記載は見当たらないし,測定対象となった3人の患者で測定された骨形成率の値が閉経後骨粗鬆症の患者のすべてに共通の値であるとする根拠もない。カルシウムが骨の原料となることは周知であるから,骨形成率を維持ないし向上させるためにはカルシウムは必須とされるのであって,閉経後骨粗鬆症患者の骨形成率が普通であることがカルシウム摂取の意義を否定することにはならない。本願優先日以前,通常の意味の骨粗鬆症の治療としてカルシウム投与は常識であったのであり,甲4,5は,この技術常識を左右するようなものではない。
イ 骨粗鬆症の原因別に厳密に異なる治療が行われるのではなく,症状に応じて,ビタミンD,カルシトニン,エストロゲンなどと同様,カルシウムも使用されていたのが本願優先日当時の技術常識であった(乙1〜9)から,カルシウムと加水分解コラーゲンの製剤が骨粗鬆症に有効であるとの刊行物1の記載から,これを閉経後骨粗鬆症に対しても有効であると期待し,適用することは,当業者にとって容易である。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(審決の内容) の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,以下においては,原告主張の取消事由ごとに審決の適否について判断することとする。
2 取消事由1(相違点Aについての判断誤り)について (1) 審決及び引用刊行物に対する概括的検討 ア まず,刊行物1の記載について検討するに,刊行物1(甲1-1。その邦訳が甲1-2であり,下記a以下の引用個所は甲1-2の記載による。)には,下記の事項が記載されている。
記 a「天然コラーゲンの5%-20%溶液を,単独で,又は緩衝媒体と結合させて,3-3.5又は8-8.5のpHをそれぞれもたらす酸性又はアルカリ性pH調節剤の作用に付し,45〜90分間,常圧で110℃まで昇温するか,又は圧を上昇させながら150℃まで昇温した後に中和する,コラーゲン分解物の調製方法。」(9頁,請求項1) b「ゲル化しておらず,かつ4-15%の量の遊離アミノ酸を含む,前記請求項のいずれかに記載の方法によって調製されたコラーゲン分解物。」(9頁,請求項5) c「カルシウムイオン供給源と結合した,請求項5に記載のコラーゲン加水分解物を含む薬学的組成物。」(10頁,請求項7) d「リンを含むイオンの供給源をさらに含む請求項7に記載の薬学的組成物。」(10頁,請求項8) e「それ自体が患者に投与される天然コラーゲンは,ファネラ(phanera)(爪,髪,および類似部)の成長を刺激する作用を発揮することが既に立証されている。しかし,生成物が重大な欠点を有するため,この作用は今まで利用されていなかった。それは,その食品への適用の可能性(its possible dietectic applications)を制限する,不快な臭いを有する。それは,溶液中できわめて粘着性があり,このことは,特に,それを,粉末または粒状から始めて口腔内に適用するためには,きわめて煩わしい。更に,それは,その組成を考慮すると,所望の最適活性を有さず,そして,これは,その構成成分であるタンパク質が過度に重いか,過度に重合しているため,生体によるその同化適性が乏しいことに起因すると考えられる。
本発明の本質的特徴によれば,前述の欠点を回避し,適用の幅をきわめて広範かつ多様な分野に広げる,多くの新たな性質を有する新規生成物の調製のための方法が提案される。」(1頁4〜5段落) f「本発明(の本質)は,天然コラーゲンを,その粘着性およびゲル化力を失い,遊離アミノ酸含有量が4〜15%になるポイントまで,原料の解重合及び部分的な加水分解を引き起こす効果を有する分解工程に付すことにある。
本発明による分解方法は,………結果的にその生成物が望ましくない物性を失い,生物により十分同化されるようになるまで,ポリペプチド鎖を,鎖同士が遊離するのに十分な限定的破壊(limited breaking)を引き起こす。」(2頁2〜3段落) g「別の特徴によれば,本発明は,カルシウム治療(calcitherapy)において利用され得る新規薬剤を目的とし,組成物は,上記の方法によって分解されたコラーゲンと,固体や液体のような何らかの適当な状態で,かつ下記のような何らかの適当な化学状態のリンを含むイオン(phosphoric ions)およびカルシウムイオンのいずれをも含む。」(2頁6段落) h「本発明により分解されたコラーゲンの固体組成物およびリン酸カルシウムの固体組成物を形成することができ,又は別々にホスホリル化(phosphorylated)もしくはリン酸塩化(phosphated)されたコラーゲンを調製し,乳酸塩(lacetate)又はリン酸塩のようなカルシウム塩と結合させる(associate)ことができ,又は再び分解されたコラーゲン,リン酸塩化された化合物,及びカルシウム塩を同時に溶液に加え,その結果,すべての場合に,分解されたコラーゲンのポリペプチド鎖の横方向の塩基部分(lateral basic functions)上に,ホスホリルイオン(phosphoryl ions)が固定され,かつこのように固定されたホスホリルイオンの残った酸部分のカルシウムイオンによって中和され得ることがここで見出された。
組成物の投与により,一日当たり1,000mgオーダーのカルシウム,及び一緒に投与されるリンを含むイオンの両者を多量に導入することができ,これによりカルシウム治療における新しい治療方法をもたらすのに必要な手段が提供される。カルシウム及びリンを含むイオンの供給源を吸収し得る同化可能な媒体(vehicle)として働く本発明によって分解されたコラーゲンを使用することにより,この投与が可能になる。
それ故,一部が解重合され,かつ加水分解された本発明によるコラーゲンに基づく生成物が,カルシウムの投与を目的とする組成物の成分として特に興味深い適用であることがわかる。」(3頁2〜4段落) i「本発明の生成物は,薬理試験および臨床試験に付された。
………。
ヒトの骨粗鬆症の治療,及び他のカルシウム同化が困難な場合の臨床試験は,良好な結果を示した。………。」(同7頁下から3〜1段落) 以上の記載から,刊行物1には,特定の方法(上記a)によって調製されるコラーゲン分解物の発明(上記b,以下「第1発明」という)が開示されているほか,当該コラーゲン分解物が更にカルシウムイオン供給源及びリンを含むイオンの供給源を含む薬学的組成物の発明(上記d,以下「第2発明」という)が開示されていることが認められる。
そして,刊行物1の記載によれば,発明の「本質的特徴」は,@不快な臭いを有し,A粘着性があり,B過度に重いか過度な重合のため生体による同化適性が乏しい,という天然コラーゲンの有する欠点を回避し,適用の幅を広げる新規生成物の調製のための方法を提供する点にあり(上記e),具体的には,天然コラーゲンを,粘着性及びゲル化力を失い,遊離アミノ酸含有量が4〜15%になるポイントまで,解重合及び部分的な加水分解を引き起こす効果を有する分解工程に付すことによって,@及びAの望ましくない物性を失い,Bについては生物により十分同化されるようになるまで,ポリペプチド鎖の鎖同士が遊離するのに十分な限定的破壊を引き起こすものである(上記f)ことが認められる。これらの記載が,上記第1発明に関するものであることは明らかである。
また,刊行物1には,発明の「本質的特徴」以外に,発明の「別の特徴」についても記載されている。当該記載によれば,発明の目的はカルシウム治療において利用され得る新規薬剤を提供することにあり(上記g),当該新規薬剤は,分解されたコラーゲンのポリペプチド鎖の横方向の塩基部分上に固定されたホスホリルイオンの残った酸部分が,カルシウムイオンで中和されることにより,コラーゲン分解物がカルシウムを吸収し得る同化可能な媒体として働き,カルシウムの投与を目的とする組成物の成分として作用し(上記h),ヒトの骨粗鬆症の治療等に有効である(上記i),とされている。これらの記載が,上記第2発明に関するものであることも明らかである。
イ 次に,刊行物2の記載を検討すると,刊行物2(甲2)には,下記の事項が記載されている。
記 「酵素的に加水分解されたコラーゲンは,例えば,本出願人によりゲリタ-ゾル(Gelita-Sol)の商品名で製品化され,そして市販されている。これらの酵素的に加水分解されたコラーゲンの多くは,3万乃至4万5千(30乃至45キロドルトン)の平均分子量を有している。この分子量の分布範囲は,2千ないし8万(2乃至80キロドルトン)である。ただし,5千乃至4万の範囲の分子量を有するものが大部分を占める。これらの酵素的に加水分解されたコラーゲンは,ほぼ無味無臭であるか,あるいは少なくとも,きわだった風味を有していない。」(3頁右上欄4〜15行) ウ 刊行物1の第2発明に使用される加水分解コラーゲンは,第1発明のものであると解される(上記アのa〜d)から,天然コラーゲンの有する不快な臭いが防止されたものであると認められるところ,刊行物2には,酵素的に加水分解されたコラーゲンは,ほぼ無味無臭であって,その多くが30〜45kDの平均分子量を有し,分子量分布としては5000〜40000,すなわち5〜40kDの範囲の分子量を有するものが大部分を占めることが記載されている(上記イ)。そして,刊行物2に記載された酵素的に加水分解されたコラーゲンも,刊行物1記載の加水分解コラーゲンと同様,コラーゲンの加水分解物である以上,そのポリペプチド鎖の横方向の塩基部分にホスホリルイオンを固定することができ,残った酸部分にカルシウムイオンを固定することができるものであることが想起される。
そうすると,刊行物1に第2発明として記載された薬剤組成物における加水分解コラーゲンと刊行物2に記載された加水分解コラーゲンとは,不快な臭いが防止されているという共通の性質を有し,ポリペプチド鎖の横方向の塩基部分がホスホリルイオンを固定することができるという共通の機能を有するものといえる。したがって,刊行物1に第2発明として記載された薬剤組成物の成分であるコラーゲン加水分解物(酸又はアルカリの添加,加熱及び中和という処理方法による化学的コラーゲン加水分解物)に代えて,刊行物2に記載された酵素的加水分解コラーゲンを使用してみることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって格別の困難があるとは考えられない。そして,刊行物2に記載された酵素的加水分解コラーゲンの平均分子量である30〜45kDが,本願発明における平均分子量1〜40kDと重複することも明らかである。
エ したがって,刊行物1に記載の加水分解コラーゲンを刊行物2に記載の加水分解コラーゲンに置換し,本願発明の相違点Aに係る構成を得ることは,当業者にとって容易に想到できることであるというべきであり,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は,相違点Aに関する審決の判断は誤りであると主張するが,以下に述べるとおり,いずれも採用できない。
ア 遊離アミノ酸について 原告は,4〜15%の遊離アミノ酸を含むことは,刊行物1の加水分解コラーゲンの必須要件であって,これを遊離アミノ酸を実質的に含まない刊行物2の加水分解コラーゲンに置換することは,当業者にとって容易になし得ることではないと主張する。
(ア) 上記(1)アで述べたように,刊行物1において,化学的加水分解の方法によって調製されるコラーゲン分解物の発明(第1発明)は,過度に重いか過度に重合しているため生体による同化適性が乏しいという,天然コラーゲンの有する欠点を回避することを目的の一つとするものであり,4〜15%の遊離アミノ酸を含むことは,コラーゲン自体が生物に十分同化される程度の分解度を表しているという点で技術的意義があるものと認められる。これに対し,コラーゲン加水分解物を含む薬学的組成物の発明(第2発明)については,分解されたコラーゲンのポリペプチド鎖の横方向の塩基部分上に固定されたホスホリルイオンの残った酸部分がカルシウムイオンで中和されることにより,コラーゲン分解物がカルシウムを吸収し得る同化可能な媒体として働くことが,当該薬学的組成物がカルシウム治療のために有効であることを説明する機序として明記されているのである。第1発明のコラーゲン加水分解物が遊離アミノ酸を含有することは,当該コラーゲン加水分解物を成分として有する第2発明の関係では,第2発明の薬剤がカルシウム同化を促進する媒体としての作用効果と何らかの関連性を有するものとはされていない。
ところで,審決の容易想到性の論理付けにおいては,骨粗鬆症治療のための「薬剤」に係る本願発明に到達するための出発点となるのは,刊行物1の記載のうち,「別の特徴」として記載された,コラーゲン加水分解物を含む薬学的組成物の発明(第2発明)であることが明らかである。そして,上記のとおり,第2発明においては,コラーゲン分解物が4〜15%の遊離アミノ酸を含むことは,当該薬学的組成物のカルシウム同化促進作用と関連付けられていないのである。そうすると,第2発明の薬学的組成物の成分中のコラーゲン加水分解物を,遊離アミノ酸を実質的に含まない刊行物2記載の酵素的加水分解コラーゲンに置換することに特段の阻害事由はないといえるのであって,原告の主張は理由がない。
(イ) この点につき,原告は,甲12-1("Nutrition", vol.8, no.6 (1992), p.400-405),甲13(昭和63年4月30日薬業時報社発行,深井三郎著「今日の新薬(第5版)」,597〜599頁),甲14(特開平5-252902号公報),甲15(特開平5-161480号公報),甲16(特開2002-281941号公報),甲17(特表2001-500161号公報)を援用し,アミノ酸がカルシウムの吸収を促進する作用を有することは,刊行物1が作成された当時,あるいは本件出願前から,既に当業者に一般的に知られていたことであるから,刊行物1を見た当業者は,刊行物1はカルシウムの同化を促進するという作用効果を得ることを目的として,遊離アミノ酸の含有を要件としていると考えるはずであると主張する。
しかし,(1)アで述べたように,刊行物1には,第2発明の薬学的組成物が有するカルシウム同化促進の作用の機序として,分解されたコラーゲンのポリペプチド鎖の横方向の塩基部分上に固定されたホスホリルイオンの残った酸部分が,カルシウムイオンで中和されることにより,コラーゲン分解物がカルシウムを吸収し得る同化可能な媒体として働くということが明記されているのである。そうすると,刊行物1の記載によれば,第2発明においてカルシウム同化を促進するのはポリペプチド鎖を有するコラーゲン分解物そのものであるとされているのであり,遊離アミノ酸がそのような機能を果たすことを示唆する記載はない。
原告が主張するような技術常識(遊離アミノ酸がカルシウム同化を促進する機能)が仮に存在していたとしても,それは刊行物1に明記された機序(コラーゲン分解物のポリペプチド鎖にホスホリルイオンが固定され,更にカルシウムイオンが固定される,というもの)と明らかに異なるのであるから,刊行物1に接した当業者が,原告の主張するような理解をすると認めることはできない。
(ウ) また,原告は,刊行物1の実施例1〜7の生成物はホスホリルイオンを含まないから,当業者は,これらの実施例において,カルシウム同化促進の役割を担うのは遊離アミノ酸であると理解するはずであると主張する。
しかし,原告の上記主張は,刊行物1の実施例1〜7の生成物にカルシウム同化促進という作用効果があることを前提とするものであるが,そもそもこの前提に誤りがある。
上記(1)アのとおり,刊行物1には,まず「本質的な特徴」として,化学的加水分解の方法によって調製されたコラーゲン分解物に関する第1発明が記載されている(上記(1)アの記載e,f)。そして,これに続けて,「別の特徴」として,第1発明の化学的加水分解コラーゲンに加えて「リンを含むイオン及びカルシウムイオンのいずれをも含む」薬学的組成物が第2発明として開示され,当該組成物のカルシウム同化促進作用の機序が説明されているのである(上記(1)アの記載g,h)。
そうすると,刊行物1の実施例1〜7の生成物は,その原料組成にリンを含まないから,第1発明であるコラーゲン加水分解物に関する実施例として示されているにとどまり,カルシウム同化促進という作用効果を有する第2発明の実施例として示されているわけではない。刊行物1において,第2発明の実施例として示されているのは実施例8だけである,と解されるのである。
よって,原告の上記主張も採用できない。
イ 分子量について 原告は,甲6(特開平3-84076号公報)を援用して,コラーゲンを酸により分解した場合と酵素的に分解した場合を比較すると,一般的に,酸により分解した場合に生じる生成物の分子量は,酵素的分解により生じる生成物の分子量よりも小さいから,刊行物1に接した当業者は,刊行物1記載の加水分解コラーゲンの平均分子量は刊行物2記載の加水分解コラーゲンよりも小さい可能性が高いと考えるはずであり,前者の加水分解コラーゲンを,これと平均分子量が異なる可能性のある後者の加水分解コラーゲンに置換することは,当業者が容易になし得ることではない,と主張する。
しかし,甲6には,分子量に関しては,「酸やアルカリまたは熱による分解は,何れも化学的な分解方法であるため,分解されるゼラチンの分子量を制御することができず,アミノ酸等の低分子のペプチドが生成し,その結果強い味が生じてしまう」(2頁左上欄7〜11行),「これに対し,酵素製剤で分解する方法は,上記のような欠点が少ない」(2頁左上欄下から3〜2行)と記載されているにすぎず,化学的に加水分解されたコラーゲンと酵素的に加水分解されたコラーゲンの平均分子量を対比した記載はないから,甲6は,刊行物1の化学的に加水分解されたコラーゲンの平均分子量が,刊行物2の酵素的に加水分解されたコラーゲンの平均分子量よりも小さいとする根拠にはならない。
加えて,(1)ウで述べたように,刊行物1に記載されたコラーゲン加水分解物に代えて刊行物2に記載された酵素的に加水分解されたコラーゲンを用いる動機付けとなるのは,両者が不快な臭いがないという共通の性質を有する上,構造的にも,コラーゲン分解物のポリペプチド鎖に横方向の塩基部分がある点で共通するため,刊行物2の酵素的加水分解コラーゲンもその塩基部分にホスホリルイオンが固定されることを通じてカルシウムイオンを同化し得るとの着想が得られることである。そして,刊行物1を精査しても,加水分解コラーゲンの分子量が,ポリペプチド鎖の横方向の塩基部分の存否に影響を及ぼすことを示唆する記載は存在しないから,分子量が異なっていたとしても,そのことによって,刊行物1の化学的加水分解コラーゲンに代えて刊行物2の酵素的加水分解コラーゲンを使用することの阻害要因にはならない。
以上のとおり,分子量の違いを理由とする原告の主張も,採用することができない。
3 取消事由2(相違点Bについての判断誤り)について 原告は,刊行物1に記載された薬学的組成物はカルシウム同化を促進する機能しか有しないため,骨粗鬆症の治療に有効であるとしてもその対象は老人性骨粗鬆症のみであると主張する。そして,このことを前提に,刊行物1の化学的加水分解コラーゲンを刊行物2記載の酵素的加水分解コラーゲンに置換したものも,その効果は老人性骨粗鬆症に対してのみであると考えられるから,閉経後骨粗鬆症の治療薬である本願発明とは作用効果が異なるのであり,審決はこの点を看過した誤りがあると主張する。
しかし,以下に述べるとおり,原告の主張は採用できない。
(1) 乙1(特開平1-151515号公報)には,「本発明は,ヒトおよび他の動物における骨の強化(build)法,即ち,骨粗鬆症および関連障害の治療法に関する。
詳細には,本発明は,或るカルシウム塩の投与によるこのような治療法に関する」(1頁右下欄10〜13行)と記載されており,「例U」として,「閉経後の骨粗鬆症に罹患した女性の被検者は,本発明の方法によって治療する」(7頁左上欄2〜3行),「ヒトの被検者の椎骨の密度をコンピュータ連動断層撮影によって測定する。
その後,1日当たり約180ml(6オンス)の飲料組成物(カルシウム約195mg含有)を被検者に1年間投与する。次いで,被検者の椎骨の質量を再測定したところ,骨密度の増加を示す」(7頁右上欄下から2行〜左下欄4行)と記載されている。また,乙6(特開昭61-178917号公報)には,「閉経後の骨粗鬆症の多くの機構が,提示され,試験され,考察された。最新の理論によれば,食物,カルシウム摂取,年齢,感染性,ビタミンDの状態,骨付着と骨吸収のホルモン制御,並びにエストロゲン,アンドロゲン,副甲状腺ホルモン,成長ホルモン及びカルシトニンの役割に係わっている。閉経期後の骨粗鬆症の現在の治療法であるフッ素,ビタミンD及びカルシウムの補充により,肉体的能力を増大させ,並びに最初の選択として,エストロゲン置換療法を有効にさせる」(2頁右下欄下から4行〜3頁左上欄7行)と記載されている。さらに,乙9(1999年[平成11年]4月1日ライフサイエンス出版発行,折茂肇外編「最新骨粗鬆症(別刷)下」,485〜489頁)には,「Cummingsはカルシウム摂取と骨量の関連について従来の研究の成果を定量的に解析し,閉経後早期の骨量はカルシウム摂取量が大きいほど高く,横断研究によって両者の間に有意の正の相関があることを認めた。カルシウムの摂取量の少ないものほどカルシウム補給の効果は大きい傾向があった(Cummings, R.G., 1990)」(486頁左欄11〜17行)と記載されている。
以上の記載から,本願優先日当時,閉経後骨粗鬆症の治療にカルシウムの投与が有効であるとの知見が存在していたことが認められる。
そうであれば,カルシウムイオンとコラーゲン加水分解物を含む組成物が骨粗鬆症に使用されるとの刊行物1の記載に接した当業者にとって,同様の組成物が閉経後骨粗鬆症に対しても有効であると期待し,実際に適用してみることは,容易に着想し得ることであると認められる。
(2) 原告は,閉経後骨粗鬆症においては骨形成の低下が生じておらず(甲5-1:J.Clin "Endocrinol Metab.", Vol.18 (1958), p.1246-1267),このため,カルシウム単体での投与や骨形成を促進する薬剤の投与では有効な治療効果が得られないことが知られていた(甲4-1:"Annals of Internal Medicine", 1987 ;106 ; 40-45,甲10:1998年[平成10年]6月10日真興交易活繽聡o版部発行,柳沼サ編「産婦人科医のための骨粗鬆学」,279-293頁)と主張する。
本件明細書(甲7)の3頁下から8〜3行にも記載されているように,閉経後骨粗鬆症も老人性骨粗鬆症も,作られる骨量よりも破壊される骨量の方が多いために骨量が低下して生じる病気であることが知られているから,甲5が,閉経後骨粗鬆症の患者の骨形成率が健常者と同程度であることを示しているとしても,骨破壊が骨形成を上回っている以上,骨形成を補助すべくカルシウムを補給することは,当業者が当然に想起することであるといえる。このことは,閉経後骨粗鬆症の治療にカルシウムの補給が有効であるとの知見が本願優先日当時に存在していたこと(上記(1))からも裏付けられる。
そして,甲10に,「閉経直後の骨密度減少にはCa補給は有効ではない。おそらく,これは,この時期には摂取されたCaが骨形成のために十分に利用されえないことによる。これは骨吸収が大きいためである。ビタミンD3合成の低下による腸からのCa吸収の減少も一因である」(291頁1〜4行)と記載され,乙4(特開平5-262655号公報)に,「食品や飲料に含まれるカルシウムは,そのすべてが人体に吸収されるわけではなく,通常,食品や飲料に表示されるカルシウム含量と,実際に人体に吸収されるカルシウムの量は大幅に異なることが知られている」(段落【0008】)と記載されていることからすれば,原告が援用する甲4-1及び甲10において,カルシウム単体での投与で閉経後骨粗鬆症の有効な治療効果が得られなかったとされているのは,カルシウムの吸収効率や利用効率が悪いことが原因の一つであると理解するのが相当である。
このように,カルシウム単独では,カルシウムの吸収効率や利用効率が悪いとしても,刊行物1にカルシウム同化を促進する補助剤として加水分解コラーゲンが記載されているのであれば,刊行物1のような組成物にすることによりカルシウムが有効に吸収,利用され,効果を奏することは十分に予想できる。
したがって,原告の援用する甲5-1,甲4-1及び甲10の記載によって,閉経後骨粗鬆症に対して加水分解コラーゲンを適用することが妨げられることにはならない。
(3) 原告は,刊行物1には,カルシウム同化を促進する補助剤として加水分解コラーゲンを使用することが記載されているから,刊行物1の骨粗鬆症は老人性骨粗鬆症の意味で用いられているとして,閉経後骨粗鬆症に加水分解コラーゲンを適用するという発想に至ることは容易ではないと主張する。
しかし,上記(1)のとおり,閉経後骨粗鬆症の治療にもカルシウム補給が有効であるとの知見が本願優先日当時に存在していたと認められるから,刊行物1において,カルシウム同化を促進する補助剤として加水分解コラーゲンを使用することが記載されているからといって,刊行物1に記載された「骨粗鬆症」が老人性骨粗鬆症の意味で用いられているということはできない。
(4) 原告は,被告の援用する乙号証はいずれも,閉経後骨粗鬆症に対してカルシウム単独投与が有効であることを明確に示していないと主張する。
しかしながら,乙1は,実施例として閉経後骨粗鬆症についてカルシウム塩の投与が有効であることを記載しており,乙6及び乙9の記載もこれを裏付けるものと認められる。なお,乙9は,原告の指摘する箇所の引用が正確でないとしても,そのことによって他の記載部分までもが不正確であるということにはならない。このように,少なくとも,乙1,6及び9の記載によれば,閉経後骨粗鬆症にカルシウムの補給が有効であるとの知見が本願優先日当時に存在していたと認められるから,原告の主張は採用できない。
(5) 原告は,甲11(平成16年4月13日付意見書)を援用し,同意見書に記載された実験結果によれば,本願発明の加水分解コラーゲンは閉経後骨粗鬆症の患者における破骨細胞の活性を低減させ,過剰となった骨破壊を抑制するという作用を有することが明らかにされているのに対し,刊行物1には,加水分解コラーゲンがこのような作用を有することを示唆する記載は全く存在しないから,本願発明の加水分解コラーゲンは,当業者が予測できない顕著な効果を奏するものであると主張する。
しかしながら,本件明細書(甲7)には,カルシトニンと共にコラーゲン加水分解物を多く含む食事がカルシトニン単独投与の場合よりも高い骨コラーゲン代謝をもたらすことについての試験結果が示されているにすぎない(5頁下から5行〜6頁1行)。加水分解コラーゲン単独の効果については,原告が甲11の意見書を援用して主張する閉経後骨粗鬆症の患者における破骨細胞の活性を低減させ,過剰となった骨破壊を抑制するという効果を含め,本件明細書には,一切記載されていない。
したがって,原告の上記主張は,明細書の記載に基づかないものであり,採用できない。
4 結語 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉
裁判官 長谷川浩二