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関連審決 審判1998-18301
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  技術的意義 /  実施 /  交換 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 7号 審決取消請求事件
原告 ジレットカナダ カンパニー
訴訟代理人弁護士 吉武賢次
訴訟代理人弁理士 佐藤政光
被告 特許庁長官及川 耕造
指定代理人 村本佳史
同 杉原進
同 山口由木
同 茂木静代
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/01/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が平成10年審判第18301号について平成12年8月23日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和63年12月5日名称を「歯ブラシ」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和63年特許願第307656号)をしたが、平成10年7月31日拒絶査定を受けたので、平成10年11月24日にこれに対する審判(平成10年審判第18301号)を請求したところ、審理の結果、
平成12年8月23日に本件審判の請求は成り立たない旨の審決がなされ、その謄本は平成12年9月13日原告に送達された。
2 本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載) 請求項1 (請求項2は省略) フィラメントの横断面の最大幅Wを形成する長手方向の面を有する独立した複数の高分子からなるモノフィラメントを有し、そのフィラメントが、長手方向の面の少なくとも一部分に沿い、かつW/2の値の約20パーセント以下の深さだけ横断面の一部内に延びる染色された第1の有色部分と、横断面の他の部分を占める少なくとも一つの異なる色の第2の有色部分とを有し、フィラメントが使用されるにつれて上記第1の有色部分の色の濃さが変化し、フィラメントの摩滅を知らせる信号を与える歯ブラシ。
3 審決理由の要旨 審決の理由は、別紙1の審決書の理由写しのとおりである。その要点は、請求項1に係る発明は、実願昭57-174733号(実開昭59-77430号、甲第3号証)のマイクロフィルム(以下「引用例1」という。)及び実願昭60-82213号(実開昭61-196633号、甲第4号証)のマイクロフィルム(以下「引用例2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
原告主張の審決取消理由の要点
審決は、一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点の判断を誤った(取消事由2)ものであって、違法として取り消されるべきものである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 本願発明と引用例1に記載された発明との対比についてした審決の認定・判断のうち、「両者はフィラメントの横断面の最大幅Wを形成する長手方向の面を有する独立した複数の高分子からなるモノフィラメントを有し」(3頁23行、24行)との認定は否認する。
すなわち、引用例1に記載されたブリッスルはモノフィラメントではなく多層高分子構造体である。
モノフィラメントの「モノ」は被告の主張のように「1本」の意味もあるが、本願発明の「モノ」は「ポリ」に対するものであり、複合に対して一つの成分からなる意味も有しているものであって、審決は、本願発明において使用されている「モノフィラメント」の構成を誤認している。特に、本件出願においては、その明細書6頁9行ないし7頁1行に、「英国特許出願第2,137,080号は、プラスチック材料で作られ、摩耗に応じて色が変化する剛毛を、ブラシ用の毛として開示している。この英国特許出願が開示した毛は複合材料で作られている。すなわち、この毛は有色の材料で作られた芯を含み、この芯は外側から柔らかい被覆材料で完全に覆われている。この芯の被覆材料は上記有色の芯とは色が異なっている。この英国特許出願に開示された毛においては、芯は比較的堅くて強靱な材料で作られ、補強材料として作用し、毛の剛性を支配している。これに対して、芯の被覆材料は上記芯の材料より軟らかくて摩滅し易い材料で作られている。」と記載され、さらに、7頁14ないし17行に、「1つの顕著な欠点は、この毛を複合材料で作らなければならないから、モノフィラメントで作る場合よりも、製造経費が高額になることである。」と記載されている。
このようなことから、本願発明における「モノフィラメント」が複合材料で作られた「複合フィラメント」と区別されていることは明らかである。
これに対し、引用例1のブリッスルは複数層から構成されており、しかも、ブリッスルが多層複合高分子構造体からなる旨記載されているから、複合(多層)のブリッスルであり、本願発明でいう「モノフィラメント」には該当しない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 審決は、「染色される第1の有色部分の深さは、当業者がモノフィラメントの材質、染料の種類、染料の固着性、製造工程等の各種ファクターを考慮して、
実験等によりブリッスルの摩滅を知らせるために必要な最適な深さが選択されるものであるから、請求項1に係る発明のように第1の有色部分の深さを限定することは、当業者であれば上記各種ファクターを考慮して適宜限定することができる程度の技術事項にすぎないものである。」(4頁下から3行ないし5頁3行)と判断しているが、第1の有色部分の厚さは、適宜限定することができる程度の技術事項にすぎないものではない。
使用者に歯ブラシの使用限界を示す摩耗の視覚的信号を与えるには、モノフィラメントの半径(W/2)に対する第1の有色部分の厚さの比が絶対に必要な条件である。本願発明では、一般的な歯ブラシ用モノフィラメントにおいては、そのモノフィラメントの半径(W/2)に対する摩耗量すなわち第1の有色部分の厚さの比が20%以下で一般に使用限界となることが判明したことにより、第1の有色部分の厚さを「W/2の値の約20%以下」と規定したものである。
しかるに、引用例1記載のものは、外層の厚さをW/2の33%にしたものにすぎず、引用例2記載のものも、長手方向表面に沿い、W/2の値の20%以下の断面積の部分内に延びる第1の有色部分を形成したものではなく、両引用例に第1の有色部分の厚さをW/2の20%以下とすることを示唆する記載はない。
したがって、両引用例記載のものをいかに組み合わせても本願発明を構成することは不可能であり、さらに、第1の有色部分の厚さを、歯ブラシの使用限界が視覚的信号により効果的に与えられるような上記特定値とすることは両引用例記載のものから容易になし得たものでもない。
この第1の有色部分の深さの選定は、Aの宣誓供述書(甲第5号証)でも明らかなように、適宜選定することができる程度の技術事項ではない。
実際、歯ブラシの使用寿命の視覚的表示を得るために染料の正確な浸透深さを確認することは、非常に困難なことであり、また長時間を要したものである。
(2) 被告は、(a)モノフィラメントの第1の有色部分の深さは、使用者に摩滅を示すための有効な色変化となるような深さでなければ使用限界を判定することができないものとなって不適当であることは、自明のことである、(b)モノフィラメントの摩滅量と歯ブラシの使用限界との関係は、モノフィラメントの材質、形状(太さや硬さ)、染料の種類、染料の固着性、製造工程等の多くのファクターによって異なるものであって、一義的に定まるものではない、と主張する。
確かに、使用者が歯ブラシの使用限界を示す摩滅量の視覚的信号を得るための、
モノフィラメントの摩滅量と歯ブラシの使用限界との関係は、モノフィラメントの材質、形状(太さや硬さ)、染料の種類、染料の固着性、製造工程等の多くのファクターによって異なるものである。しかしながら、本願発明においては、ブリッスルが引用例1記載のような複合材料の代わりに「モノフィラメント」(単一材料ないし単層のフィラメント)により構成されており、モノフィラメントの外周部における第1の有色部分と内部のその他の部分とは同一材質により構成されている。したがって、モノフィラメントの摩滅量と歯ブラシの使用限界との関係に第1の有色部分とその他の部分との材質の違いを考慮する必要がなく、モノフィラメントの摩滅量と歯ブラシの使用限界との関係に関与するファクターをより少なくすることができる等の利点を有する。
被告の反論の要点
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対して 「モノフィラメント」とは、「1本のフィラメント」を意味する用語である。引用例1記載の複合ブリッスルは、外層を内層とは異なる色の着色層とするために2層高分子構造体で成形する手段を採用しているが、ブリッスルとして成形されたフィラメント自体は、外層部を内層部とは異なる着色層とした1本のフィラメント(モノフィラメント)として構成されるものである。このことは、引用例1に「多層複合高分子構造体の素材としては、ポリアミド,ポリエステル,ポリオレフィン,ポリ塩化ビニル,ポリ塩化ビニリデンなどの合成高分子樹脂が挙げられ、モノフィラメントとして溶融紡糸可能な合成樹脂であれば、特に限定されるものではない。」(3頁19行〜4頁4行)、「一例を示すと、色が異なる2種類の合成樹脂を別々に溶融してノズルに供給し、モノフィラメントの状態で引取って冷却後、延伸しながら熱処理及び油剤処理を施し、直線状に巻き取ってブリッスルを形成する。」(6頁17行〜7頁2行)と記載されていることからも明らかである。したがって、引用例1記載のブリッスルがモノフィラメントであるとした審決の認定には誤りはない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)に対して モノフィラメント(ブリッスル)の第1の有色部分の深さは、使用者の歯磨きにより、モノフィラメントの先端が摩滅して歯磨き機能を十分に達成することができない程度になった状態において、使用者に摩滅を示すための有効な色変化(第1の有色部分の摩滅による色変化)となるような深さでなければならない。第1の有色部分の深さが浅すぎれば、歯ブラシとして十分な機能を維持しているにもかかわらず、第1の有色部分は摩滅して使用限界を示すものとなるから不適当であり、一方、第1の有色部分の深さが深すぎれば、歯ブラシとしては既に使用限界に達しているにもかかわらず、モノフィラメントの第1の有色部は色変化せず、使用限界を判定することができないものとなって不適当であることは、自明のことである。
ブリッスルとして使用するモノフィラメントの摩滅量と歯ブラシの使用限界との関係は、モノフィラメントの材質・形状(太さや硬さ)、染料の種類、染料の固着性、製造工程等の多くのファクターによって異なるものであって、一義的に定まるものではない。
したがって、モノフィラメントの第1の有色部分の深さは、上記種々のファクターを総合勘案して、モノフィラメントの第1の有色部分の摩滅による色(色調)の変化が歯ブラシの使用限界と一致するような深さとなるように所望の深さが選択されるものであって、本願発明のようにモノフィラメントの第1の有色部分の深さをW/2の値の約20パーセント以下の深さに限定することには、何らの臨界的意義がないものである。
引用例1の実施例は、その1例を示したものであり、実施例のようなものであれば、歯ブラシの最適な交換時期を知らせるための外層の厚さ(第1の有色部分の深さ)は0.05o(W/2の33%)が適当であるとしたものであって、本願発明のようにモノフィラメントの第1の有色部分の深さをW/2の値の約20パーセント以下の深さに限定することは、当業者であれば適宜決め得る程度の限定範囲にすぎない。
当裁判所の判断
1 本願発明について (1) 甲第2号証の1、2によれば、本願明細書には次の各記載があることが認められる。
@[産業上の利用分野]の欄:「本発明はブラシ用の毛(すなわちフィラメント)に係り、より詳細には、改良された新規な歯ブラシ用の毛、及びこの毛を含む改良型の新規な歯ブラシに関する。」(甲第2号証の1の2頁10行ないし13行) A[従来の技術]の欄:「歯ブラシの毛の摩滅は歯ブラシの口腔内部を清浄にする能力を著しく減退させるファクタである、・・・歯科医は公衆に対して、
使用している歯ブランが廃棄し交換すべき時期に達しているか否かについて注意するように熱心に訴えているが、この努力は実を結んでいない。その原因は、この歯科医の教えを実行するためには、使用者が歯ブラシの廃棄条件を覚えていて、継続的に歯ブラシの摩滅の程度を管理し、使用している歯ブラシの状態を評価しなければならないからである。それ故に、この問題を解決するためには、使用者に対して、歯ブラシが使用に適しない程度まで摩滅し、廃棄交換すべき時期に達したことを確実に教え得る手段を提供することが必要であり、かつ有効である。」(3頁12行ないし14行及び5頁10行ないし6頁1行) B[発明が解決しようとする課題]の欄:「本発明は、歯ブラシの使用者に対して、使用している歯ブラシが摩滅し、交換すべき時期に達したことを、目に見える形で知らせることができる手段を提供することを意図しているものである。本発明においては、上記歯ブラシの摩滅を知らせ得るようにするために、摩滅に応じて色が変化する毛を使用する。英国特許出願第2,137,080号は、プラスチック材料で作られ、摩滅に応じて色が変化する剛毛を、ブラシ用の毛として開示している。この英国特許出願が開示した毛は複合材料で作られている。すなわち、この毛は有色の材料で作られた芯を含み、この芯は外側が軟らかい被覆材料で完全に覆われている。この芯の被覆材料は上記有色の芯とは色が異なっている。・・・この芯の被覆材料は、歯ブラシを使用しているうちに、歯ブラシの毛の端部の丸い部分で摩滅し、この部分で芯から剥離又は破断し、この芯の被覆材料が毛の端部の丸い部分で剥離又は破断した時に上記有色の芯が露出し、この有色の芯の露出によって、その歯ブラシを廃棄すべき時を使用者に知らせることができるものである。
上記英国特許出願の毛・・・の1つの顕著な欠点は、この毛を複合材料で作らなければならないから、モノフィラメントで作る場合よりも、製造経費が高額になることである。また、この毛の他の欠点は、この毛の構造に起因するものである。すなわち、この毛は、芯の被覆材料が摩滅して、この毛の端部で剥離又は脱落した時にこの毛の色が急変し、この毛の色の急変によってこの毛が摩滅したことを知らせる構造であるが、このように芯の被覆材料が突然に剥離又は脱落した時には、この毛の堅くて強靭な芯の材料が既に露出した状態になっているから、その歯ブラシを廃棄しない限り、この露出した芯が歯周組織に損傷を与える危険がある。また、毛を歯ブラシに使用する場合には、その毛は、使用中に芯の被覆材料を剥離又は脱落させることができる摩滅の程度と、この毛の芯の被覆材料が歯を清掃し得る能力とを、密接に関連させることができるものでなければならない。・・・上記相関性を制御するために、芯の被覆材料の厚さを調節し、及び(又は)芯の被覆材料として使用する材料を調節しなければならず、そのためには、芯の被覆材料で芯を被覆する工程を正確に監視しなければならず、さらに、使用する材料も上記特性を競合しないように均一に実施できるように選定しなければならないという問題点があった。また、そのための経費を上記複合材料の毛の製造経費に加算しなければならないということも問題であった。
本発明は、歯ブラシの使用者に対して、使用している歯ブラシが摩滅し、交換すべき時期に達したことを、目に見える形で知らせる得る歯ブラシを提供することを目的としてしている。」(6頁3行ないし9頁9行) C[課題を解決するための手段]の欄:「上記目的を達成するために、本発明の歯ブラシは、基本的に、モノフィラメントで作られた毛を含み、このモノフィラメントで作られた毛は縦の面を含み、この縦の面はこの毛の断面の周囲の境界部分を形成し、この縦の面及び(又は)境界部分は有色部分を形成し、この有色部分は毛の使用に伴なう摩滅の程度を目に見える形で使用者に知らせる作用をすることができる。この毛は、天然材料又は合成材料を用いて製造することができ、顔料又は染料を用いて初期に着色することも、このような着色を行わないようにすることも可能である。本発明の毛は上記有色部分の色又は色の濃さの差を、最初に使用者が目で見ることができ、歯ブラシを連続的に使用して、その歯ブラシの毛が摩滅した時に、上記有色部分の色又は色の濃さが変化して、その歯ブランの毛が所要の清掃特性を発揮し得ない状態になったことを使用者に知らせる信号の作用をすることができる。」(9頁11行ないし10頁8行) D[実施例]の欄: D-1 「実施例について図(別紙2図面参照)を参照して説明すれば、第1図に示す歯ブラシは本発明の好ましい形態である新規な毛を使用している。・・・毛束16は独立しているフィラメントすなわち毛20(第2図)を有する。・・・歯ブラシに使用する毛はプラスチック材料で作るのが好ましく、より詳細には、ポリアミド繊維、又はポリエステル繊維で作るのが好ましい。本発明の毛の縦の長さ、横断面の寸法、及び毛の端部の形状は選択可能であり、毛の剛性、弾力性、及び形状も選択可能である。本発明の好ましい毛の長さは約3ないし6センチメートルでほぼ均一であり、この毛の横断面の寸法は約100ないし約350ミクロンでほぼ均一であり、この毛の先端部又は端部は滑らかな形状又は丸い形状である。
第2図及び第4図に本発明の毛を略図で示す。これらの図に示すように、毛20は縦の面22を含み、この縦の面22は先端部又は端部18を有し、毛の横断面24の境界を形成している。横断面24は2つの有色部分26、28を含み、この有色部分26、28は異なる色、又は濃さの異なる色を有する。有色部分26は少なくとも縦の面22が延びている形状である。この有色部分26を横断面24に沿って縦の面22から内側方向に横断面24の部分の中まで延ばし、この有色部分26に染料浸透距離又は染料浸透範囲30(第4図)を形成することは好ましいことである。有色部分26はリング状であり、この部分の色又は色の濃さをほぼ均一にすることは好ましいことである。このいずれの場合でも、有色部分28は横断面24の有色部分26以外の部分にある。この構造であるから、有色部分26を顕著な色又は色の濃さにすれば歯ブラシの使用者の目に入り易くなる。これに対して、有色部分28の色又は色の濃さは顕著ではない。歯ブラシを使用しているうちに有色部分26が徐々に摩滅し、それに伴なって、有色部分26の最初の色又は色の濃さが変化し、摩滅が著しくなれば、有色部分26の色又は色の濃さの変化も顕著になる。この有色部分26の色又は色の濃さの顕著な変化によって、その歯ブラシの毛が使用に耐えない状態になったことを、歯ブラシの使用者に知らせることができる。・・・選択された毛の染料浸透度及び染料定着度はその毛の摩滅特性と関連があるから、色の濃度の変化によって、その毛の摩滅による劣化を、高い信頼度で示すことができる。一般論としては、ナイロンのブラシの毛については平均的な有色部分26(第2図)は染料浸透深度30であり、この毛の断面の最大幅を符号Wで表わし、その毛の染料浸透深度30が、式W/2で表わされる値の約20パーセントである場合には、この毛の染料浸透度及び染料定着度と、この毛の摩滅特性とを、適当に関連させることができる。殆ど全ての毛の場合、上記の式W/2で表わされる値はその毛の半径になる。一般的には、染料浸透深度30の平均的な値は10パーセント又はそれ未満である。・・・」と記載され(10頁10行ないし13頁1行及び14頁17行ないし15頁10行)、
D-2 本願発明の内容と実施方法とを明らかにするための試験例として(19頁9行ないし25頁13行)、
第1試験例:断面直径が200ミクロン、長さが3.50センチメートルのタイネックス・ナイロンで作った円形の毛を、エリスロシンの溶液で染色し、染色部分は断面がリング状、かつ、円周方向に延び、厚さがこの毛の半径の約2.5パーセントであるもの、
第2試験例:第1試験例と同一の円形の毛をエリスロシンの溶液で染色し、染色部分は断面がリング状、かつ、円周方向に延び、厚さがこの毛の半径の約8パーセントであるもの、
第3試験例:断面直径が200ミクロンのナイロン12-6で作った円形の毛を、サンセット・イエローFCF及びエリスロシンの溶液で染色し、染色部分の厚さが毛の半径の約4パーセントであるもの、
第4試験例:第3試験例と同様の円形の毛を、インジゴチンの溶液で染色し、
染色部分の厚さが毛の半径の約22.38パーセントであるもの、
第5試験例:第4試験例と同一の円形の毛を、インジゴチンの溶液で染色し、
染色部分の厚さが毛の半径の約11.6パーセントであるもの、及び、
第6試験例:第5試験例と同一の円形の毛を、インジゴチンの溶液で染色し、
染色部分の厚さが毛の半径の約5.47パーセントであるものを開示し、
第7試験例について、「第1試験例の毛を用いて、ヘッド部に12束4列に配列した毛束にそれぞれ18本ないし20本の毛を含めた歯ブラシを製作し、使用者がそれぞれ選んだ練歯磨を用いて、通常の習慣に従って歯を磨くという条件の下で、試験を行い、試験開始後、4週間、8週間、及び12週間経過した時を、それぞれ、第1期、第2期、及び第3期とし、この各期毎に、歯ブラシの摩滅の程度を、ブラシ面部分の形状及び毛の色の変化により点検した。そのデータをカイ二乗法により解析して、色と形状との相関性を求めた結果、色と形状との相関度は0,47であり、明瞭な相関性が存在することが明らかになった。」旨記載されていることが認められる。
(2) 以上に認定した本願明細書の記載事項によれば、@従来、歯ブラシが摩滅し、交換すべき時期に達したことを、目に見える形で知らせるべく摩滅に応じて色が変化する毛を使用する歯ブラシとして、英国特許出願第2,137,080号のものがあること、A上記英国特許出願の歯ブラシの毛は複合材料で作られており、
モノフィラメントで作る場合よりも、製造経費が高額になること、芯の被覆材料が摩滅した時に、堅くて強靭な芯の材料が露出した状態になり、歯周組織に損傷を与える危険があること、芯の被覆材料の摩滅の程度と歯を清掃し得る能力とを密接に関連させることができるように、芯を被覆する工程の正確な監視と使用材料の選定の経費が加算されるという問題があったこと、B本願発明は、歯ブラシの使用者に対して、使用している歯ブラシが摩滅し、交換すべき時期に達したことを、目に見える形で知らせ得る歯ブラシを提供することを目的とし、特許請求の範囲に記載された構成とすることにより、毛の染料浸透度及び染料定着度をその毛の摩滅特性と関連を持たせ、毛の色の濃度の変化によって、その毛の摩滅による劣化を高い信頼度で示すことができるという効果を奏するものと認められる。
2 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 原告は、本願発明のブリッスルは「モノフィラメント」であるのに対し、
引用例1のブリッスルはモノフィラメントではない旨主張する。
しかしながら、甲第3号証によると、引用例1には、「多層複合高分子構造体の素材としては、・・・モノフィラメントとして溶融紡糸可能な合成樹脂であれば、
特に限定されるものではない。」(3頁19行ないし4頁4行)、「モノフィラメント の状態で引き取って冷却後、延伸しながら熱処理及び油剤処理を施し、直線状に巻き取ってブリッスルを形成する。」(6頁19行ないし7頁2行)(下線はいずれも判決)との記載があることが認められ、引用例1記載のブリッスルが「モノフィラメント」であることは明らかであるから、審決の認定に誤りはない。
(2) 原告は、本願発明にいうモノフィラメントの「モノ」は「ポリ」に対するもであって、複合に対して一つの成分からなることを意味しており、本願発明の「モノフィラメント」は複合材料で作られた「複合フィラメント」と区別されるものであると主張し、本願明細書中には本願発明の「モノフィラメント」が複合フィラメントと区別されることを示す記載(本願明細書6頁9行ないし7頁1行)がある旨主張する。
なるほど、甲第2号証の1によると、本願明細書中の原告が引用する前記箇所には、従来例(英国特許出願第2,137,080号)について、「この英国特許が開示した毛は複合材料で造られている。・・・1つの顕著な欠点は、この毛を複合材料で作らなければならないから、モノフィラメントで作る場合よりも、製造経費が高額になることである。」と記載されていることが認められる。この記載中の「モノフィラメント」の語は、複合材料で作られたフィラメントを念頭において記述されているとも解される。
しかしながら、「モノフィラメント」に「1本のフィラメント」の意味があることは、当裁判所に顕著な事実であり、原告も争わないところである。本願明細書の特許請求の範囲には、単に「モノフィラメント」と記載されているだけであり、本願明細書中に「モノフィラメント」の定義を記載した箇所はない(なお、この点に関する原告の主張は、「モノフィラメントの「モノ」は被告主張のように「1本」の意味もあるが、上記「モノ」は「ポリ」に対するものであり、複合に対して一つの成分からなる意味も有しているものであって、本出願において使用されている「モノフィラメント」の構成を誤認している。」というものであり、その趣旨は、
本願発明の「モノフィラメント」は「1本」のフィラメントであり、かつ、「一つの成分」からなるものに限定されるということと解される。)。
また、本願明細書において、上記英国特許出願の複合材料で作られたブラシの毛の問題点として、製造経費が高額になること、芯の被覆材料が摩滅した時に、堅くて強靭な芯の材料が露出して歯周組織に損傷を与える危険があること、芯の被覆材料の摩滅の程度と歯を清掃し得る能力とを密接に関連させるのに経費が加算されることが指摘されたのに引き続き、本願発明の目的が、「歯ブラシの使用者に対して、使用している歯ブラシが摩滅し、交換すべき時期に達したことを、目に見える形で知らせ得る歯ブラシを提供する」ことであるとされているが、複合材料で作られたブラシの毛の問題点として指摘された事項と本願発明の目的との間に直接的な関連があるか否かについては必ずしも明確ではない。
そうすると、本願明細書における従来技術についての記述の中で、「モノフィラメント」の語が「単一成分」からなる「1本」のフィラメントを念頭において使用されているという一事をもってしては、本願発明の「モノフィラメント」が「複合材料からなるフィラメント」と区別されるものであることが当業者に明らかであるとはいい難い。また、前示のとおり、「モノフィラメント」は、「1本のフィラメント」の意味を有するものであるから、「複合材料からなるフィラメント」と区別しようとする場合は、「単一材料(単一層)からなるフィラメント」などと明確に表現することが可能かつ適切であったにもかかわらず、本願明細書では、単に「モノフィラメント」との表現を用い、本願発明における「モノフィラメント」は「複合材料からなるフィラメント」と区別されるものである旨の定義を行っていないのであるから、本願発明における「モノフィラメント」を原告主張のように「単一材料(単一層)からなるフィラメント」の意味に限定して解することはできないというべきである。
なお、仮に、本願発明における「モノフィラメント」が「複合材料からなるフィラメント」とは区別されるものと解しても、甲第4号証によれば、引用例2のブリッスルは単一材料、単一層からなるモノフィラメントであることが認められるから、一致点の認定の誤りがあるとしても審決の結論に影響するものではない。
3 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 原告は、第1の有色部分の厚さをW/2の値の約20%以下とすることは、使用者に歯ブラシの使用限界を示す摩耗の視覚的信号を与えるのに絶対に必要な条件であり、一般的な歯ブラシ用モノフィラメントにおいては、そのモノフィラメントの半径(W/2)に対する摩耗量すなわち第1の有色部分の厚さの比が20%以下で一般に使用限界となることが判明したことにより、第1の有色部分の厚さを規定したものである旨主張するので、検討する。
ア 甲第2号証の1、2によれば、本願明細書には、第1の有色部分厚さをW/2の値の約20%以下とすることに関連して、@「選択された毛の染料浸透度及び染料定着度はその毛の摩滅特性と関連があるから、色の濃度の変化によって、
その毛の摩滅による劣化を、高い信頼度で示すことができる。一般論としては、ナイロンのブラシの毛については平均的な有色部分26(第2図)は染料浸透深度30であり、この毛の断面の最大幅を符号Wで表わし、その毛の染料浸透深度30が、式W/2で表わされる値の約20パーセントである場合には、この毛の染料浸透度及び染料定着度と、この毛の摩滅特性とを、適当に関連させることができる。」との記載、及び、A第7試験例の、「第1試験例(断面直径が200ミクロン、長さが3.50センチメートルのタイネックス・ナイロンで作った円形の毛を、エリスロシンの溶液で染色し、染色部分は断面がリング状、かつ、円周方向に延び、厚さがこの毛の半径の約2.5パーセントであるもの)の毛を用いて、ヘッド部に12束4列に配列した毛束にそれぞれ18本ないし20本の毛を含めた歯ブラシを製作し、使用者がそれぞれ選んだ練歯磨を用いて、通常の習慣に従って歯を磨くという条件の下で、試験を行い、試験開始後、4週間、8週間、及び12週間経過した時を、それぞれ、第1期、第2期、及び第3期とし、この各期毎に、歯ブラシの摩滅の程度を、ブラシ面部分の形状及び毛の色の変化により点検した。そのデータをカイ二乗法により解析して、色と形状との相関性を求めた結果、色と形状との相関度は0,47であり、明瞭な相関性が存在することが明らかになった。」旨の記載があるのみであり、それ以外の説明はないことが認められる。
イ 前記ア@の記載は、ナイロンの毛の染料浸透深度が、式W/2で表わされる値の約20パーセントであれば、染料浸透度及び染料定着度と、この毛の摩滅特性とを関連させることができ、色の濃度変化により毛の摩滅劣化を高い信頼度で示すことができることを説明しているだけで、第1の有色部分の厚さがW/2の約20%以下で一般に使用限界となることは示されておらず、そもそも磨耗量と使用限界との関係を示すものでさえない。
また、前記アAの記載については、第1の有色部分の厚さが毛の半径の約2.5%の特定材質、特定形状、特定染色状態の毛は、使用後の状態が良好か不良かを、
色と形状により明瞭な相関性を持って評価することができることは開示されていると認められるものの、2〜6の他の試験例について同様の試験は行っていないから、第1の有色部分の厚さがW/2の約4%、約5.47%、約8%、約11.6%、約22.38%の各々の場合について、使用後の状態が良好か不良かを、色と形状により明瞭な相関性を持って評価することができるか否かは不明であり、まして、第1の有色部分の厚さをW/2の約20%以下と限定することに技術的意義があることや、第1の有色部分の厚さがW/2の約20%以下で一般に使用限界となることは何ら示されていない。
ウ 以上によれば、本願明細書に、本願発明が第1の有色部分の厚さをW/2の値の約20%以下と限定していることの技術的意義や、一般的な歯ブラシ用モノフィラメントにおいては、そのモノフィラメントの半径(W/2)に対する摩耗量すなわち第1の有色部分の厚さの比が20%以下で一般に使用限界となることは開示されていないから、原告の主張は本願明細書に根拠を有するものではなく、失当といわざるを得ない。
(2) 原告は、第1の有色部分の深さの選定は、Aの宣誓供述書でも明らかなように、適宜選定し得る技術事項にすぎないものではない旨主張する。
しかしながら、第1の有色部分の深さに関してAの宣誓供述書に記載されている内容は、@モノフィラメントの歯ブラシ用ブリッスルは、一般に多層のブリッスルよりも耐用性能で優れていること、及び、A「ブリッスル内への染料の浸透深さの決定及び制御は多くの変数が含まれるので非常に困難なことである。これは材料の影響、製造工程の影響、前処理(焼きなまし)の影響である。PBTのような或材料では、染料が材料内に実質的に浸透しないのでリング状に染色することはできない。ナイロン612における染料浸透深さが約20%以上の場合には全く(6ヶ月以上)フィラメントに変化は生じなく、染料浸透深さが5%以下の場合にはブリッスルに極めて早く(2〜3週)変化が生じる。さらに、染料の浸透深さが低いものは、色の強さが深さの関数であるため色がぼんやりしたブリッスルとなる。この色がぼんやりしたブリッスルは不適当である。基本的には、最適点は明らかではない。ジレットの研究者は染色技術及び深さの開発に3〜4年を要した。私は、モノフィラメントブリッスルの大きな製造者であるPMMを助けジレットのために表示タイプのブリッスルを開発した。最適なモノフィラメントブリッスルを作るための工程を発見するのに1年以上を要した。」というものであり、第1の有色部分の深さの選定が困難であることは供述されているが、第1の有色部分の厚さがW/2の約20%以下で一般に使用限界となることや、第1の有色部分の厚さがW/2の約20%以下という限定に臨界的意義があることは供述されていない。
(3) さらに原告は、本願発明においては、ブリッスルが引用例1記載のような複合材料の代わりにモノフィラメントにより構成されているから、モノフィラメントの摩滅量と歯ブラシの使用限界との関係に関与するファクターをより少なくすることができる旨主張する。
しかしながら、本願発明の「モノフィラメント」が単一材料(単一層)の意味に限定されるものと解し得ないことは前示のとおりであるから、複合材料のものと対比してその優位性や作用効果を主張することは、本件請求項の記載に基づかない主張であって、失当である。
(4) 以上のとおり、第1の有色部分の厚さがW/2の約20%以下で一般に使用限界となり、第1の有色部分の厚さをW/2の約20%以下と限定することには技術的意義がある旨の原告の主張は、採ることができない。そして、モノフィラメントの摩滅量と歯ブラシの使用限界との関係は、モノフィラメントの材質、形状、
染料の種類、製造工程等のファクターによって異なるものであることは原告の認めるところであるから、「第1の有色部分の深さをW/2の約20%以下と限定することは、当業者であればモノフィラメントの材質、染料の種類、染料の固着性、製造工程等の各種ファクターを考慮し、実験等により適宜限定することができる程度の技術事項にすぎないものである。」旨の審決の判断に誤りはないというべきである。
4 結論 以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらないから、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 橋本英史