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事件 |
平成
12年
(ワ)
21863号
特許を受ける権利の確認請求事件
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原告X 訴訟代理人弁護士 菊池祐司 被告 株式会社日本システムデザイン 被告Y 被告ら訴訟代理人弁護士 辻惠 同 藤田正人 同 三浦 亜砂子 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2002/01/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
原告が,別紙目録記載の発明について特許を受ける権利を有することを確認する。 |
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事案の概要
原告は,被告らに対し,原告が後記「マイクロ波インダクタコイル」に係る発明をし,被告らに特許を受ける権利を承継させたことはないとして,原告が特許を受ける権利を有することの確認を求めた。 1 前提となる事実(証拠を示した事実以外は当事者間に争いがない。) (1) 原告は,平成2年1月から平成7年8月までの間,東芝ライテック株式会社(以下「東芝ライテック」という。)に勤務し,コイル等の高周波部品の開発に携わったが,その後退職し,現在は,電子回路,電子部品の開発,設計を業とする会社の代表者である。 被告株式会社日本システムデザイン(以下「被告会社」という。)は,電子計算機の導入,運用,管理に関するコンサルテーション業務等を営む会社であり,被告Yはその代表者である。被告Yと原告とは大学時代に知り合い,原告は,昭和63年の被告会社設立の際,被告Yの依頼によりその発起人の一人となり,その後の増資の際にも出資をした。 原告は,平成8年9月30日付けで被告会社の非常勤取締役に,平成9年12月1日付けでその常勤取締役に就任して取締役の報酬を受領していたが,平成10年9月25日に取締役を辞任し,同月30日に被告会社を退社した(原告が平成8年9月30日より前に被告会社の嘱託としてその業務に従事し,報酬を受領したかについては争いがある。)。 (2) 別紙目録記載の発明(以下「本件発明」という。)について,以下の特許出願(以下「本件特許出願」という。)がされた。 発明の名称 マイクロ波インダクタコイル 出願番号 特願平8-142773 出 願 日 平成8年6月5日 出 願 人 株式会社日本システムデザイン 発 明 者 X 発 明 者 Y 特許請求の範囲 【請求項1】 線径が20〜200μmの絶縁被覆金属導体細線を,隣接する当該絶縁被覆金属導体細線同士が当接するようコイル状に密着巻回してなり,両端に前記被覆絶縁金属導体細線の1又は数巻分被覆絶縁を剥離して形成された基板実装用の半田付け端子部を有するコイル部本体と,磁性体からなり,前記コイル部本体内に配設されたコア部とを具備したことを特徴とするマイクロ波インダクタコイル。 【請求項2】 請求項1記載のマイクロ波インダクタコイルにおいて,少なくとも数十ナノヘンリのインダクタンスを有し,かつ,寄生成分のキャパシタンスの増大を制御することにより,自己共振周波数が1GHz以上となるよう構成されたことを特徴とするマイクロ波インダクタコイル。 【請求項3】 請求項1記載のマイクロ波インダクタコイルにおいて,前記絶縁被覆金属導体細線の絶縁被覆材として,基板に実装する半田付けの際の温度に応じた耐熱性を有する絶縁被覆材を選択することにより,基板に実装する半田付けの際に,当該絶縁被覆材に,剥離,変形,炭化等の変化が生じないよう構成したことを特徴とするマイクロ波インダクタコイル。 【請求項4】 請求項1記載のマイクロ波インダクタコイルにおいて,前記コア部が両端部より中央部の径が太くなるよう形成されていることを特徴とするマイクロ波インダクタコイル。 【請求項5】 請求項1記載のマイクロ波インダクタコイルにおいて,前記コア部の両端周縁の角部が,曲線状若しくは直線状に面取りされた形状とされていることを特徴とするマイクロ波インダクタコイル。 (3) 本件発明は,原告が発明した(ただし,原告が単独で発明したか,いつ発明したかについては,争いがある。原告は,東芝ライテック在職中の遅くとも平成5年5月ころまでに,デジタル携帯電話用の高周波ハイブリッドIC及びこれに必要な小型のチョークコイルの開発の過程で,本件発明を完成したと主張し,被告らは,本件発明は,原告が被告会社に嘱託として就職した後に,被告Yと共同で発明したと主張する。)。 (4) 原告は,平成9年10月20日,被告会社から200万円を受領した(金員受領の趣旨については争いがある。)。また,被告らと原告は,平成11年6月8日,被告Yは,原告が有する被告会社の株式を450万円で譲り受けること,原告は被告会社の有する製品その他に関する正当な権利を侵害せず,被告会社は原告に50万円を支払うこと,被告らと原告は他に一切の債権債務のないことを確認し,相互に一切の請求をしないことなどを約する旨の合意書を作成した(乙5)。 2 争点(特許を受ける権利の承継の有無) 本件発明は,原告が被告会社に嘱託として就職した後,その業務の過程で被告Y及び原告が共同して発明した職務発明であり,被告会社は,特許を受ける権利を,就業規則27条の規定により承継取得したか(抗弁)。 (被告らの主張) (1) 原告は,平成7年10月1日以降,被告会社の嘱託として電子部品の開発を行った。本件発明は,被告Yと原告が,被告会社の業務研究の過程で共同で発明した職務発明であり,被告会社の就業規則27条2項に基づき,被告会社が,特許を受ける権利(共有持分)を承継取得した。 (2) 原告は,平成9年10月20日,本件特許に関し,職務発明に対する報奨金として200万円を受領した。また,被告会社を退社した後,平成11年6月8日に,原告と被告らの間には他に一切の債権債務の存しないことを確認する合意書を作成した。これらの事実からも,原告が特許を受ける権利(共有持分)を被告会社に移転する意思が存在したことは明らかである。 (原告の反論) (1) 否認する。 本件発明は,原告が被告会社に就職する前の平成5年5月までに,単独で発明した。被告Yは本件発明に関与していない。 平成8年9月30日以前に原告が被告会社の役員,従業員又は嘱託となったことはなく,特許を受ける権利を被告会社に譲渡したこともない。原告が平成9年10月20日に被告会社から受領した200万円は,職務発明に対する報奨金ではなく,役員賞与である。 (2) 本件特許出願の経緯は,以下のとおりである。原告は,東芝ライテック在職中に本件発明をした。東芝ライテックは,本件発明について,その一部が他社の特許出願に抵触するおそれがあることから,これを商品化しないことを決定した。 ところが,松下電子工業株式会社(以下「松下電子」という。)が,原告の開発した小型チョークコイルの購入を希望したので,原告は,東芝ライテック在勤中であるけれども,その製造を第三者に委託し,被告会社を通じてこれを松下電子に販売するように図った。原告は,東芝ライテックを退職した後,本件発明に類似する発明について特許出願が行われることを阻止する目的で,特許出願のみを行って審査請求は留保することを考え,被告Yに説明して特許出願に必要な書類を作成した。 ところが被告らは,原告に無断で出願人を被告会社とし,被告Yを共同発明者に加えて,平成8年6月5日に本件特許出願をした。 |
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争点に対する判断
1 原告が本件発明をした(被告Yと共同で発明したか否かはさておき)ことについては,当事者間に争いがない。そこで,本件発明は,原告が被告会社に嘱託として就職した後,原告が職務を行う過程で発明した職務発明であって,被告会社は,就業規則27条の規定により,特許を受ける権利を承継取得したか否かについて検討する。 2 まず,本件発明がされた時期,経緯について検討する。 前提となる事実,証拠(甲1ないし4,28,32,34ないし36,37,39ないし45,乙1ないし3,6ないし16,18ないし22及び本文中記載のもの。ただし,甲28,32,34ないし36,37のうち下記認定事実に反する部分は採用しない。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認定することができる。 (1) 東芝ライテック在職中の原告の就業状況 ア 原告は,大学卒業後,東京無線器材株式会社に就職し,約10年間電子回路技術等の研究に従事した後,平成2年1月に東芝ライテックに転職し,同社において,小型チョークコイルや超小型ハイブリッドICの研究等に従事した。原告が東芝ライテックに在職した期間中,東芝ライテックを出願人とし,原告を発明者(共同発明を含む。)とする多数の特許出願がされた(甲5ないし13,20,21)。 イ 原告は,平成3年11月ころまでに,円柱型のフェライトコア,メルフ型抵抗又は円柱型のチップ抵抗に被覆銅線を巻回してその両端1ターン分の被覆を剥離し,半田メッキをして電極を形成した高周波チョークコイルを発明した。原告が,東芝ライテックの知的財産権の担当部署に,同発明が他社の特許に抵触するかの確認を求めたところ,前記発明は,株式会社村田製作所(甲24)及び株式会社東芝(甲25,26)が既に出願した特許発明に抵触する可能性があり得ると判断された(甲22,23)。 東芝ライテックは,ポリウレタンの被覆銅線又は高耐熱被覆銅線を用いて形成したコイルにフェライトコア又はセラミックコアを内蔵し,コイルの両サイドほぼ1ターン分を半田メッキの実装端子とした高周波チョークコイル(品番RFCM332-11,RFM332-12,RFF602-12)を商品化し,平成4年4月版及び平成5年7月版の同社のパンフレット(甲29,31)に掲載したりした。しかし,その後,東芝ライテックは,前記高周波チョークコイル(品番RFM332-12,RFF602-12)の販売を打ち切ることを決定した。 原告は,被告Yに対し,東芝ライテックの替わりに被告会社が前記高周波チョークコイルの製造販売を継続するよう要請した。被告会社は,原告の要請を受けて,平成6年6月ころから,高周波チョークコイルの販売を行うための打合せを行い,東芝ライテックより製品カタログ,サンプル写真及び製品を受領し,東芝ライテックのために製造を行っていた株式会社内田製作所(以下「内田製作所」という。)に製造を委託して,高周波チョークコイル(品番RFM332-10-2,RFF602-10-2)の販売を開始した。原告は,東芝ライテック在勤中であったが,この事業の監修を行い,取引先の拡大や製造に関する打合せを行って,被告会社に指示や助言を与えたり,販売活動を行ったりした。 ウ 前記高周波チョークコイルについては,東芝ライテックが販売していたころから,フェライトコアがコイルから抜けてしまう問題(以下「コア抜け」という。)が指摘されていた。平成6年6月末ころから平成7年11月ころまでの間,被告会社,内田製作所及び原告は,その解決策について検討を重ねた。コア抜けの原因は,フェライトコアを固定する揮発性の接着剤が,フロン洗浄の際に消失することであることなどが指摘され,内田製作所で解決を図ることとされた。平成6年7月ころ,被告会社は,日本電子機材株式会社を介して,松下電子の使用する高周波チョークコイルの注文を受けたが,依然としてコア抜けが解決されず,在庫品は使用できなかった。 エ 平成6年7月ころの被告会社と原告との検討では,洗浄しても取れない接着剤を使用する,コイルをきつく巻く,コイルの巻数を増やす,基盤に接着する段階でハンダを多めに乗せ,コイルの両端を盛り上がらせて抜けないようにする,コイルの両端を曲げて抜けないようにする,コイルの巻数を13回にし,両端の円周の重なり部分を5分の1程度にすることなど,様々な方策が提案がされた。また,同年10月の被告会社と内田製作所との検討では,フェライトコアの表面を滑らかにすること,フェライトコアの形状を樽型にすることなどの方策が提案された。さらに,同年11月の検討では,フェライトコアの角取りを行ったところ,コイルに挿入しやすくなり,両側が削れた分,真ん中が盛り上がるので,多少抜けにくくなったことが報告された。 オ 平成7年3月末ころ,松下電子から被告会社に対し,従来製品と比較して,直径及び長さをいずれも半分程度に縮めた小型の高周波チョークコイルの試作及び量産化についての打診があった。原告は,被告会社に対し,ワイヤの径や製品の用途を確認すべきこと,被告会社が製造元を決めるべきであることなど積極的な助言をした。 被告会社においては,同年4月以降,小型高周波チョークコイルについて,松下電子が要求する長さ,径,インダクタンス,自己共振周波数,抵抗値等を実現できるかについての検討を行った。また原告は,技術的な事項について被告会社と打合せをするほか,フェライトコアのメーカー等との交渉を行った。 カ 松下電子は,前記打診の際,被告会社に対し,洗浄工程でフェライトが取れないようにする技術の完成時期を確認し,その技術を使用した量産化を希望した。被告会社は,平成7年4月ころ,中央を太くした樽型又はフットボール型のフェライトコアの製造を検討したが,フェライトのメーカーから無理であるとの回答を得た。同年6月ころには,コイルのメーカーとの間で,コア抜けを防止するための工夫として,自己融着線を使うことや,コイルの巻終わり部分を少し内側へ入れ込む方法等を検討した。同年9月には,コイルの製作を発注した西北電気機器株式会社(以下「西北電気」という。)との間でも,コア抜けについて検討した。 また,被告会社は,平成7年4月ころから,コイルの銅線被覆の材質についても検討を行い,同年5月,被告会社が納品した小型高周波コイルの試作品について松下電子が検査を行ったところ,被覆が損傷したことから,ポリウレタン銅線ではなく,耐熱性の高いポリエステル銅線を使用することとした。 (2) 被告会社在職中の原告の就業状況 ア 原告は,平成7年8月末,東芝ライテックを退職し,高周波機器及び部品の設計販売等を業とする会社の業務に従事したが,これと並行して,同年10月1日付けで被告会社の嘱託として勤務することとなり,システム営業部第1営業グループのグループリーダーとして,月額30万9000円の報酬を受けるようになった(前記報酬は,平成8年3月分まで,原告の妻に対する外注加工費の名目で支払われた。)。 平成7年11月には,被告会社は,新たに開発した小型高周波チョークコイル(商品名RFチョークコイル601-9-4)が松下電子の携帯電話の回路部品に採用され,販売数が増加したことなどから,西北電気に対して,コイル製作の自動化を進めさせ,また,フェライトコアの精度上の問題から,製造メーカーの変更を行うなどしたが,原告は,被告会社の営業部長の肩書きで,これらの業務を行った。 イ 被告会社は,平成8年3月15日,東京都知事に対し,中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法に基づき,移動体通信市場向け「マイクロ波インダクタ・コイル」の開発について,研究開発等事業計画の認定申請を行った。 同申請書中の技術的記載事項は,原告の知見に基づくものであり,研究開発等事業の実施者として,原告らの名が記載されている。上記申請に対しては,同年4月26日付で,東京都知事の認定がされた。 また,被告会社は,前記認定を受けて,同年5月9日,東京都知事に対し,創造的技術助成金800万円の交付申請を行った。同申請書中の技術的記載事項も,原告の知見に基づくものであり,同申請書中には,主任研究員として,原告の名が記載され,平成7年より被告会社に在勤しているとされている。 ウ 被告会社は,前記助成金の交付を受けるためには,本件発明について特許出願を行った方が有利であると考えた。平成8年4月ころから,原告は被告会社のために,出願明細書の原案を作成したり,図面の下書きをするなどして出願の準備を進めた。原告は,出願事務を担当するサクラ国際特許事務所との間で打合せを行ったり,ファクシミリを交換するなどして明細書案の訂正,修正を重ね,同年6月5日,本件特許を出願した。なお,原告は,サクラ国際特許事務所との打合せ等において,被告会社の開発技術部長の肩書きを使用した。 原告は,明細書案を作成するに当たり,東芝ライテックから問題視されることのないよう,発明の名称を「高周波チョークコイル」ではなく「マイクロ波インダクタコイル」とし,特許請求の範囲の記載についても,東芝ライテックにおける出願と表現を変えた。 エ 原告は,平成8年9月30日付けで被告会社の取締役(非常勤)に就任し,同年10月1日には,被告会社システム営業部技術担当部長を委嘱された。原告は,被告会社の非常勤取締役として,平成8年10月分から平成9年6月分までは月15万円,同年7月分から同年11月分までは月20万円の報酬を受け,これとは別に同年10月20日に,200万円の支給を受けた。 原告は,同年12月1日,被告会社の常勤取締役に就任し,同月分から平成10年6月分までは月60万円,同年7月分から9月分までは月30万円の報酬を受けたが,同年9月25日には被告会社の取締役を辞任し,同年10月1日付けで被告会社を退職した。 被告らと原告は,平成11年6月8日,原告の有する被告会社の株式の譲渡及び被告らと原告の間の紛争の解決に関し,概要以下のとおり合意した。 @ 原告は,被告Yに対し,原告の有する被告会社の株式(株式数合計90株)を金450万円で譲渡し,被告Yはこれを譲り受ける。 A 原告は,被告会社に対し,被告会社が有する製品その他に関する正当な権利を侵害する行為を行わないことを約し,被告会社は,原告に対し金50万円を支払う。 B 被告らと原告は,被告らの業務,原告又は原告が従事する会社の業務に関し,相互に相手方の営業上の信用を害する虚偽の事実告知等をしない。 C 被告らと原告は,本合意書に定める事項により,被告らと原告との間の諸問題はすべて解決されるものであり,他に一切の債権債務のないことを確認する。被告らと原告は,名目の如何を問わず,相互に一切の請求をしない。 (3) 本件発明と後記原告ライテック発明との対比 ア 前記(1)で認定したところによれば,原告が,東芝ライテック在職中,両端の銅線の被覆を剥離して半田付け接続部を形成することで,そのまま基盤に実装することのできる小型の高周波チョークコイルを開発し,RFCM332-11,RFM332-12,RFF602-12として商品化したこと,その構成は,東芝ライテックの知的財産権担当部署により先行発明に抵触するとされた甲22,23記載の高周波チョークコイルとほぼ同一であることが認められ,前掲各証拠によれば,原告を発明者とする東芝ライテックの特許出願のうち,高周波チョークコイルに関係するものとしては,甲13,20及び21に記載されたものがあることが認められる(これら,原告が東芝ライテック在職中にした発明を,以下「原告ライテック発明」と総称する。)。 イ 本件発明中請求項1の発明は,絶縁被覆銅線の両端の1又は数巻分の絶縁被覆を剥離するものであり,また,絶縁被覆金属導体細線の線径を限定しているのに対し,原告ライテック発明は,おおむねコイル両端の1巻分の被覆を剥離して半田付け部とすること,絶縁被覆金属導体細線の線径を限定していない点において相違する。 ウ 請求項2の発明は,インダクタンス及び自己共振周波数に限定が加えられているのに対し,原告ライテック発明は,限定をしていない点において相違する(この範囲に入る製品(RFF602-12),入らない製品(RFCM332-11,RFM332-12)が存在する。)。なお,前記のとおり,被告会社と原告は,平成7年4月以降においても,松下電子の依頼に基づいて,小型高周波チョークコイルを開発する過程で,同社が要求するインダクタンス及び自己共振周波数を実現するため,様々な検討を加えている。 エ 請求項3の発明は,半田付けの際の温度に応じた耐熱性を有する絶縁被覆材を選択するものであるのに対し,原告ライテック発明には,同構成を採用したものはない(東芝ライテックの製品の一部には,高耐熱被覆の銅線が使用されているが,これが「半田付けの際の温度に応じた耐熱性」を有するかは明らかでない。)。なお,前記のとおり,被告会社及び原告は,平成7年4月以降においても,小型高周波チョークコイルの銅線被覆の材質についての検討を加えたり,検査の際に被覆が損傷したことから,耐熱性の高いポリエステル銅線を使用するに至ったという経緯がある。 オ 請求項4の発明は,両端部よりも中央部の径が太くなるよう形成されるという構成を採用することにより,コアをコイル本体に挿入し易くし,かつ,コア抜けを防止しようとするものであり,また,請求項5の発明は,コア部の両端周縁の角部が,曲線状若しくは直線上に面取りされた形状とされるという構成を採用することにより,コアをコイル本体に挿入し易くし,かつ,より確実に強固に半田付けにより固着しようとするものである。これに対し,原告ライテック発明には,同構成を採用したものは存在しない。 この点,甲34ないし甲37には,原告は,コア抜けを防止するために,フェライトコアを研磨して表面を滑らかにし,角の面取りをするという方法を東芝ライテック在勤中に想到したこと,セラミック製のメルフ抵抗はそれ自体が樽型になっているため,押し込むと抜けにくいことから,原告は,東芝ライテック在勤中に,フェライトコアを樽型にできないかとメーカーと交渉したことが記載されている。しかし,前記のとおり,平成6年6月ころ,被告会社が高周波チョークコイルを販売するに当たり,依然としてコア抜けの問題点が存在し,その解決案として,フェライトコアに研磨をかけることやコアの形状を樽型にすることなどの試みがされていたことに照らすと,原告が,それ以前に,請求項4及び5の発明を完成していたとする前記陳述記載は不自然であり,採用することはできない。 カ 以上のとおり,本件発明と原告ライテック発明とを対比すると,前者は新たな構成を付加したりしている点で相違する。これは,被告会社の嘱託である原告が,原告ライテック発明との抵触を回避するために限定を加えたり,被告会社で検討をしている過程で解決手段に想到したためであると認められる。 (4) 総括 以上の認定した事実を総合すると,本件発明は,原告が被告会社に嘱託として就職した後に,被告会社の業務である小型高周波チョークコイルの製造,販売及び営業上の必要から発明したものであることが明らかであり,原告が,東芝ライテック在職中の遅くとも平成5年5月ころまでに,これを発明していたと認めることはできない。 3 次に,被告会社が特許を受ける権利を適法に承継したか否かについて検討する。 (1) 前掲各証拠及び前記認定事実によれば,以下のとおりの事実が認められる。 ア 被告会社の就業規則27条には,特許及び登録に関して,次のように規定されている。 @ 社員が特許・・・を受けようとするときは,予め会社に申し出て承認を得なければならない。 A 前項の場合,その性質が会社の業務範囲または研究事項に属し,その発明考案が業務上得られたものであるときは,その特許・・・を受ける権利は全て会社に帰属するものとする。 B 前項の規定により会社が特許・・・を受け,会社に顕著な利益を与えたときは,相当の報奨金を支給する。 イ 原告は,平成7年10月1日付けで被告会社の嘱託として勤務したが,システム営業部第1営業グループのグループリーダーとして,小型高周波チョークコイルの量産化のために,積極的な業務活動を行った。 ウ 被告会社は,平成8年4月ころ,東京都からの助成金を得るには,本件発明について特許を出願することが有利であると判断したが,原告は,被告会社のために,開発技術部長の肩書きを使用して,自ら,出願明細書の原案を作成したり,図面の下書きしたり,特許事務所と打合せを行ったりして,明細書案の訂正,修正を重ね,本件特許出願の準備を積極的に行った。 エ 原告は,平成8年9月30日付けで被告会社の取締役(非常勤)に就任し,同年10月1日には,被告会社システム営業部技術担当部長を委嘱された。原告は,被告会社の非常勤取締役として,平成8年10月分から平成9年6月分までは月額15万円,同年7月分から同年11月分までは月額20万円の報酬を受け,これとは別に同年10月20日に,200万円の支給を受けている。また,同年12月1日,被告会社の常勤取締役に就任し,同月分から平成10年6月分までは月額60万円,同年7月分から9月分までは月額30万円の報酬を受けている。 以上認定した事実を総合すれば,原告は,被告会社のために,本件発明について,明細書案を作成して特許事務所と打合せをするなど,本件特許出願手続を中心的に進めていたと認められ,このことに照らすならば,原告は,平成8年4月ころ,就業規則27条の規定により,本件発明に関する特許を受ける権利を,被告会社に承継させることを承諾したと認めるのが相当である。 (2) 原告は,本件特許出願当時,被告会社の役員,従業員又は嘱託のいずれでもなく,また,特許を受ける権利を被告会社に譲渡することを承諾したことはなく,さらに,原告が平成9年10月20日に被告会社から受領した200万円は,職務発明に対する報奨金ではなく,役員賞与である旨主張する。 しかし,前記のとおり,本件特許出願当時,原告は,被告会社の嘱託として(乙1によれば就業規則は嘱託にも準用される。),高周波チョークコイルの開発,量産化という被告会社の業務に従事していたことが認められる。また,被告会社から200万円の支給を受けたとき,原告は被告会社の非常勤取締役として月額15万円の報酬を受けていたが,嘱託,非常勤取締役,常勤取締役の期間を通じて,原告が,特別の金員の支給を受けたことは,これ以外にはないのであって,これを通常の役員賞与と解するのは不自然であり,本件発明について特許を受ける権利を譲渡したことに対する対価と考えるのが合理的である。 4 結論 以上のとおり,本件発明は,原告が被告会社に嘱託として就職した後,原告が職務を行う過程で発明した職務発明であって,原告は,被告会社が,特許を受ける権利を承継取得することを承諾していたと認めることができる。したがって,原告の請求は理由がない。 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 谷有恒 |
裁判官 | 佐野信 |