審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ4556職務発明譲渡対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13ワ7196特許権譲渡対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13ワ10442報酬金請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ネ6451各補償金請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 冒認出願(冒認) / 特許を受ける権利 / 承継 / 発明者 / 職務発明 / 相当の対価(相当な対価) / 協議 / 自然法則 / 技術的思想 / 創作性(創作) / 共同発明 / 公然実施(29条1項2号) / 進歩性(29条2項) / 試行錯誤 / 技術常識 / 先行技術 / 技術的特徴 / 優先権 / 着想 / 実施料相当額 / クレーム / ライセンス / 登録意匠 / 抵触 / 存続期間 / 数値限定 / 均等 / 特許発明 / 実施 / 実施料 / 共同発明者 / 同意 / 設定登録 / 対価 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 合理的な理由 / |
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事件 |
平成
16年
(ワ)
14321号
特許権譲渡代金請求事件
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原告A 同訴訟代理人弁護士 永島孝明 同 明石幸二郎 同 安國忠彦 同補佐人弁理士 磯田志郎 被告 ファイザー株式会社 同訴訟代理人弁護士 中島和雄 同補佐人弁理士 松居祥二 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2005/09/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
被告は,原告に対し,金10億円及びこれに対する平成16年7月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
1 争いのない事実等 (1) 当事者等 ア 被告は,医薬品並びに医療用具の製造,販売及び輸出入等を業とする株式会社であって,世界有数の製薬会社である米国ファイザー社(Pfizer Inc.)の100パーセント子会社である。 被告の組織上,昭和60年11月1日ころには新薬開発センターの下に製剤研究室が置かれており,この製剤研究室は平成元年3月ころには製剤研究課に名称変更し,さらに同年9月には再び元の製剤研究室に名称変更した(乙46(特に断らない限り,書証の番号には枝番を含む。以下同じ。),弁論の全趣旨)。 イ 原告は,昭和44年,名古屋市立大学薬学部を卒業して,昭和新薬株式会社に入社し,昭和54年同大学で薬学博士号を取得した。原告は,平成元年1月,被告に入社し,当時の新薬開発センターにおいて,同年3月ころからは製剤研究課長として,同年9月からはその名称変更に伴って,製剤研究室長として勤務し,また平成11年1月からは企画調整室主任研究員として勤務し,平成12年3月に被告を退職した(弁論の全趣旨)。 ウ B(以下「B」という。)は,昭和42年愛知県立名南工業高校工業化学科を卒業して,被告(当時の商号ファイザー製薬株式会社)に入社して以来,一貫して錠剤等の製造及び研究に携わってきた。Bは,平成元年ころから平成10年末ころまで,当時の新薬開発センターの製剤研究課ないし製剤研究室において原告の部下であった(乙1,45(3頁))。 (2) 被告の特許権 被告は,次の特許権を有しており(以下「本件特許権」といい,その特許発明を「本件発明」,その特許明細書を「本件明細書」という。),本件特許公報中の発明者欄には,B及び原告の氏名が記載されている(甲1)。 特許番号 第3015677号 出願日 平成6年8月10日 登録日 平成11年12月17日 発明の名称 フィルムコーティングを施した分割錠剤 特許請求の範囲 (請求項1)「盤状の素錠の上面に錠剤の分割を容易にする少なくとも一本の溝からなる割線を設け,該上面は対向する縁部から割線へ向けて徐々に凹ませ,素錠の下面は周辺部から中心部に向けて徐々に盛り上げ,凹ませた上面および盛り上げた下面には各々曲面を形成させるが,上面の曲率半径を下面の曲率半径より小さくすることによって,周辺部より中心部の方が薄肉となるようにした上記素錠に,フィルムコーティングを施してなる,分割錠剤。」 (請求項2)「上下方向から眺めたときの輪郭が円形ないし楕円形である請求項1に記載の錠剤。」 (請求項3)「円形の直径が3oから12oの範囲である請求項2に記載の錠剤。」 (請求項4)「コーティングが50μmの膜厚のフィルムに形成されたときに,250s/p2ないし450s/p2の引っ張り強度,および,1%ないし4%の伸び率の物性を有するものである,請求項1ないし3のいずれか1項に記載の錠剤。」 (請求項5)「フィルムコーティングがセルロースエーテル系重合体を含むフィルム形成性ポリマーから形成される,請求項1ないし4のいずれか1項に記載の錠剤。」 (請求項6)「セルロースエーテル系重合体がヒドロキシプロピルメチルセルロースである,請求項5に記載の錠剤。」 (請求項7)「フィルムコーティングを形成するフィルム形成性ポリマーが顔料を含む,請求項5または6に記載の錠剤。」 (3) ノルバスク分割錠の開発,販売 被告は,ベシル酸アムロジピンを有効成分とする高血圧症薬「ノルバスク錠」を開発し,平成5年12月からその非分割錠の発売を開始し,平成8年以降は分割錠に一本化して販売している。本件発明は,このノルバスク分割錠5mg(その形状は別紙図1記載のとおりである。以下,ノルバスク分割錠5mgを「ノルバスク分割錠」という。)の開発の際にされたものである。 分割錠とは,錠剤の使用者が指で押して分割することのできるものをいい,スイス法人サンド・アクチエンゲゼルシャフト(以下「サンド社」という。)は,昭和62年2月27日,別紙図2記載の形状,すなわち一方の面が平面で,溝状の割線の入っている他方の面が凹面となっており,周縁部が面取りされている円盤状のパーロデル型分割錠につき意匠登録を受けた(なお,上記意匠における錠剤形状のように,円盤状の錠剤で,一方の面が中心に割線の設けられた凹面で,この割線がある面を下向きにして置き,これと反対側の面の中心部に下向きの力を加えるだけで容易に分割できるようなものは,「空手錠」などと呼ばれる。乙32,弁論の全趣旨)。 また,被告は,平成2年4月から,メシル酸ドキサゾシンを有効成分とする血圧降下剤「カルデナリン錠」を販売していたが,うち1mg,2mg,4mgの3種類の錠剤では,別紙図3の「外形・大きさ(mm)」欄記載のとおり,服用者等が指で圧力を加えることで2つに分割される分割錠となっており(以下,カルデナリン分割錠1mgを「カルデナリン分割錠」という。),それらの形状は,一方の面が平面,他方の面が凹曲面で,周縁部が面取りされている円盤状であり,この曲面の中央にV字状の溝があって,この溝に向かって徐々に凹むものであった(甲15)。 なお,ノルバスク分割錠は,カルデナリン分割錠と異なり,その表面にフィルムコーティングが施されており,本件発明の作用効果は,「均一かつ容易に分割できるフィルムコーティングされた分割錠剤であって,フィルムコーティング工程時にトラブルが生じない」(本件明細書3欄1行ないし3行。甲1)というものである。 (4) 報償金の支払 被告は,原告に対し,その社員就業規則及び職務発明報償基準に基づき,本件発明に対する報償金として,特許出願時に特許出願報償金5000円,平成12年11月28日に特許登録報償金1万円を支払った。 (5) 前訴 原告は,被告に対し,「細粒核」の発明に係る特許を受ける権利の譲渡による相当な対価の支払を求める訴訟を提起したが(東京地方裁判所平成13年(ワ)第7196号),原告が共同発明者とはいえないとの理由で,請求が棄却され,控訴も棄却された(平成14年(ネ)第5077号,弁論の全趣旨)。 2 事案の概要 本件は,原告が,被告に対し,本件発明は原告がBとともにその職務上行ったもので職務発明に属するところ,被告の発明考案規程に基づき,本件発明に基づく特許を受ける権利を被告に譲渡したと主張して,特許法35条に基づき,譲渡の対価53億9665万5000円の一部請求として,10億円及びこれに対する平成16年7月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 3 本件の争点 (1) 原告が本件発明の真の共同発明者か否か (2) 本件発明に対して会社が貢献した割合 (3) 共同発明者間で原告が寄与した割合 (4) 特許を受ける権利の譲渡の相当な対価の額 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(原告が本件発明の真の共同発明者か否か)について 〔原告の主張〕 原告は,本件発明の真の共同発明者の1人である。その理由は次のとおりである。 (1) 原告が真の共同発明者であることについての事実上の推定 本件特許公報中には共同発明者として原告の氏名が記載されているから,原告が本件発明の真の共同発明者の1人であると事実上推定されるというべきである。 のみならず,本件発明に係る特許出願に先立ち,被告の社内規定に従って,被告の親会社である米国ファイザー社に対して許可願が提出され,事前に特許出願の可否が審査されているところ,米国においては真の発明者でない者を発明者として願書に記載すると,後に特許されてもその特許権の行使が不可能となるから,真の発明者が誰かについて最大の注意が払われている。そうすると,許可願の提出を受けた米国ファイザー社においても,真の発明者が誰かの認定を誤らないよう,厳格に世界的に統一された審査を行っているはずである。 そうすると,前記推定は,かかる被告の特質によってより強固なものとなっているというべきである。 なお,被告は原告に対し,原告が共同発明者としての60億円の報酬の支払を求める仲裁を申し立てた後,社員就業規則及び職務発明報償基準に従って,本件発明に対する報償金を支払ったが,これは被告自身が原告が本件発明の真の共同発明者であることを認めていたからにほかならない。また,Bも,原告が上記報償金の2分の1を受領したことについて何ら異議を述べていないが,これはBも原告が本件発明の真の共同発明者の1人であることを認めていたからにほかならない。 (2) 原告の開発作業への関与全般 被告における製薬開発のプロジェクトは,通常,責任者である原告が開発課題を分析し,最適と思われる担当グループを選択し,実験担当者を指名し,指名された実験担当者が開発作業を行うという手順で行われる。 開発作業を進行させる過程では,1つのステップが終了するたびに,実験担当者は責任者である原告に報告を行い,予期しない問題が生じた際には,原告と協議して開発方針を決定しており,かつ,ポイントになる実験は原告の指示の下で行われていた。 原告は,このような管理的な関与に加え,自ら開発作業を行ったり,資料を調べたり,思考実験を行ったり,担当者の実験に立ち会ったりなどした。 (3) 先行するカルデナリン分割錠開発に対する原告の貢献 後記のとおり,原告は,ノルバスク分割錠の開発に当たって既に開発済みのカルデナリン分割錠に関するノウハウを応用したものであるが,カルデナリン分割錠の開発に当たって原告がした貢献は,次のとおりであった。 ア 平成元年当時,被告は,当時の厚生省(現厚生労働省)に有効成分の含有量に応じて4規格(種類)のカルデナリン錠0.5mg,1mg,2mg,4mgを承認申請していたが,その後,マーケティング部門から,カルデナリン錠を販売する規格が4つであるのは多すぎるので,0.5mg錠と1mg錠の双方を販売する代わりに,1mg分割錠を開発して販売できないかとの要望があり,分割錠を開発することになった。 そこで,原告は,既にカルデナリン非分割錠の実験担当者であったC(以下「C」という。)をカルデナリン分割錠の実験担当者に指名した。 イ 被告は,原告に対して,錠剤の使用者が指で押して分割することのできる分割錠の開発を要望したが,当時既にサンド社のパーロデル型分割錠2.5mgの形状について特許出願されていたので,これと異なる形状で分割錠を開発することが必要であった。 そこで,原告は,Cと協議し,株式会社畑鉄工所(以下「畑鉄工所」という。)に,錠剤の材料となる粉末を圧縮成形する際に用いる打錠用杵を,各種の錠剤の形状に合わせて試作させた。 ウ 原告は,Cに指示して,上記イの杵を用いて7ないし8種類の形状の錠剤を試作させ,分割のしやすさ(容易性),衝撃に対する摩損性やもろさに関する摩損度,硬度,曲げ強度,分割後重量変動係数などにつき物性測定を行った。なお,原告自身も,新しい形状の試作錠ができあがった際には,自分で分割したりして,自ら物性評価,検討を行った。 エ 前記ウの結果,原告の把握したカルデナリン分割錠開発の課題は次のとおりであった。 (ア) 分割の容易性 老人の使用者でも指で押して容易に分割することができ,また衛生上,PTPシートの上から指で押すことでも分割できる必要があり,曲げ強度は3s前後が適切であった。 (イ) 機械的強度 輸送中の衝撃で錠剤が分割されてはならず,摩損度,硬度が重要であった。とりわけ摩損度は0.8%以下が目標値となった。 (ウ) 分割後重量変動係数 分割後の半錠分の重量のバラツキが小さいことが必要で,これには割線の深さや,錠剤の形状が重要な点であった。 オ 原告は,割線のある面が凹面であり,他方の面が平面である錠剤で物性評価を行った結果,このタイプの錠剤では割線のある面を下にして他方の面から押圧すると,力が加わる部位が割線のある面の縁部に形成される2つの頂点(床面等と接触する点)となり,割線部への応力集中が生じやすくなるので,錠剤の曲げ強度が小さくなり,かつ分割精度が向上することを発見した。そして,このタイプの錠剤のうちパーロデル型分割錠の場合は,割線のある面の反対の面に斜め方向から押圧すると,錠剤の円周縁部が欠け(刃こぼれ現象),分割後の半錠分が同一の大きさに揃わず,1回当たりの薬剤投与量にバラツキが生じる問題があった。 そこで,原告は,実験の結果,割線のある面の周縁部から割線に向かう傾斜面を,平面ではなく曲面とする錠剤形状を選択した。 パーロデル型分割錠の刃こぼれ現象の原因の1つは,分割時に押圧力の集中する,割線のある面の円周縁部の2点の接触部分が相対的に強度不足となることである。すなわち,錠剤の曲げ強度が大きく,接触部分の強度が押圧による荷重を上回るという相対的な関係が生ずる場合にこの現象が起きるというものである。 また,この刃こぼれ現象の他の原因は,押圧力が錠剤の中心からずれ,片側又は斜め方向に作用することである。すなわち,割線のある面の荷重が前記2点の接触部分のうちの片側の1点に集中し,集中した方の接触部分の強度が押圧による荷重を上回った場合に,この現象が起きるというものである。割線のある面の傾斜部を平面から深い曲面に改め,かつ割線を深くすることで,割線部分の錠剤の厚さを小さくすることができ,錠剤の曲げ強度を小さくすることができるが,これによっても前者の原因について解決できるにすぎず,後者の原因については解決することができない。そこで,後者の原因について解決するため,原告はカルデナリン分割錠の割線のない面を凸曲面にすることを着想したのである。 カ さらに,原告は,カルデナリン分割錠開発の段階で既に本件発明の着想を得ていた。 (ア) すなわち,原告は,平成元年末ころ,分割錠のサンプルの前に通常平型分割錠及び通常凸型分割錠を並べ,各錠剤の上面を鉛筆の尻で押圧してみたが,通常凸型分割錠を押圧しているときに,下面の凸曲面の中心と床の平面が点接触をしており,上面の凸曲面の中心と鉛筆の尻の平面が点接触をしていることを発見し,割線のない面の表面の中心に押圧力を作用させるためには,この面を平面にするのではなく,凸曲面とするのがよいと着想した。原告は,錠剤の形状をこのように構成すれば,指で錠剤を押した場合でも,錠剤の中心に真っ先に押圧力が作用し,常にまっすぐ上から押圧力を作用させた場合と同様の効果(分割)が得られると考え,さらに割線のある面が凹面である分割錠で,割線のない面を凸曲面で形成した場合には,割線のない面の中心から割線のある面の中心にまっすぐ押圧力が作用する結果,割線部に応力集中が起き,錠剤の曲げ強度が小さくなると考えた。 (イ) ところが,凸曲面の曲率半径如何では錠剤の中心部が肉厚になって,かえって分割性が損なわれることが予想された。 次いで,原告は,割線のない面の曲率半径を割線のある面の曲率半径よりも大きくすれば,錠剤の中心部は薄肉になり,前記刃こぼれ現象は生じず,分割が容易になり,分割精度が向上するのではないかと考えた。 (ウ) しかし,この形状の錠剤を実現するためにはさらに新たに実験が必要であり,他方カルデナリン分割錠の開発の完了を急ぐ必要があった。 すなわち,被告は,平成元年末ころは既に当時の厚生省に対して非分割錠の承認申請を分割錠の承認申請に改める変更申請を行った直後で,再度錠剤の形状変更による承認申請を行うことは事実上不可能であり,他方,割線のない面を平面とすることでも十分な分割性が得られており,分割錠開発の所期の目標は既に十分に達成されていた。そこで,原告は,カルデナリン分割錠においては,割線のない面を平面とする形状を最終的に選択した。 キ 以上のように,原告は先行製剤であるカルデナリン分割錠の開発を手がけ,分割錠の開発について十分な経験を有していた。また,原告は,被告に入社する前に勤務していた昭和新薬株式会社において,エーザイのミオナール錠及びアベンティスファーマのセロクラール錠のそれぞれ後発品に当たる錠剤の開発に携わっており,ノルバスク分割錠の開発前に既に錠剤開発について経験を有していた。 なお,カルデナリン分割錠の開発において主たる役割を果たしたのは原告であって,Cは補助的役割を果たしたにすぎない。Cも,原告の指示に基づいて開発を行った旨を認めている。また,原告は石川県病院薬剤師会に招かれて,カルデナリン分割錠の製剤設計について講演を行い,この講演の際の専門家からの質問にも十分な回答をしたもので,これは原告が分割錠開発について十分な経験を有することを示すものである。 これに対し,Bはカルデナリン分割錠の開発に全く関与しなかった。 (4) ノルバスク分割錠の開発 ア ノルバスク分割錠の開発の決定 被告は,平成5年10月1日,当時の厚生省からノルバスク錠2.5mg,5mgにつき承認を受け,同年12月からこれらの販売を開始したが,これらはいずれも非分割錠であった。 しかし,一般に,1つの有効成分について2つ以上の規格の薬剤を購入すると,薬品棚のスペースが狭くなるなどの不都合が生じるので,医療機関等がかかる2つの規格以上の薬剤を購入する可能性は低い。また,当時販売されていたカルデナリン分割錠が好評を博していた。 そこで,被告は,平成6年春ころ,原告もメンバーとして加わった社内会議「Nagoya-Tokyo Creative Forum」で,ノルバスク5mg錠を,新たに分割錠として開発することを決定した。 原告はこの分割錠開発の責任者となって,Bら数名の研究員から成る製剤開発グループと開発に着手したが,まず,当時ノルバスク錠のフィルムコーティングの実験を担当していたものの,分割錠の開発経験のないBをノルバスク分割錠開発の実験担当者に指名した。 イ 開発の着手と問題点の洗出し等 原告は,ノルバスク分割錠の開発に被告が当時販売していたカルデナリン分割錠のノウハウを応用する方針を立てたが,ノルバスク錠には,光による変色を防止するために表面にフィルムコーティングが施されており,フィルムコーティングの施されていないカルデナリン錠の場合とは事情が異なっていた。 すなわち,コーティングを施す錠剤に平面部分が存在すると,隣接するフィルムが粘着して錠剤同士が結合するツウィンニングが生じるので,ほとんどのフィルムコーティングされた錠剤は両面が凸面となる形状を有しているところ,カルデナリン分割錠では一方の面が平面となっているので,この形状を基にノルバスク分割錠を製造すると,平面部分でツウィンニングが起きてしまうという問題などがあった。 原告は,平成5年7月ころ,フィルムコーティングされた分割錠の開発において次のとおりの留意すべき点を洗い出した。 @ 分割精度の確保 フィルムコーティングを施された分割錠では,分割するときに強い力が必要で,分割が不均一になりやすいので,これを解決する必要がある。 A 分割困難性 フィルムコーティングを施された分割錠では,分割するときに強い力が必要であるが,小さい力でも分割が可能なようにする。さらに,錠剤に直接触れることなく,PTPシートなどの包装の上から力を加えて分割できるようにする。 B フィルムコーティング工程における問題点 ツウィンニング,コアエロージョン(素錠の摩損),エッジチッピング(縁が欠ける現象)等の種々の問題を解決する必要がある。 C フィルムの付着 錠剤の分割時に,コーティングされたフィルムも完全に割線に沿って分割され,半分に分割された錠剤と一体となる必要がある。 ウ 錠剤形状についての原告の思考実験 原告は,思考実験の積み重ねにより,コアエロージョン及びエッジチッピングの問題はこまめに鋭角部分を除去するように打錠用杵を製作することである程度防止できるが,それ以外の問題は,錠剤の一方の面を中心のV字状溝に向かって徐々に凹む形状とし,他方の面を凸曲面とし,かつその曲率半径をもう一方の面の曲率半径よりも大きくして,周辺部よりも中心部が薄肉になる形状にすることで同時に解決できると考えた。 すなわち,ツウィンニングの態様には,割線のない面同士で結合する場合,割線のある面同士で結合する場合,割線のない面が他の錠剤の割線のある面に嵌り込んで結合する場合の3つがありうるが,割線のない面同士の結合の場合は,この面が球面状であることから点接触することになり,また割線のある面同士の結合の場合は,この面が凹曲面であることにより,それぞれツウィンニングの可能性は小さくなると考えられた。また,割線のない面が他の錠剤の割線のある面に嵌り込んで結合する場合については,割線のない面の曲率半径と割線のある面の曲率半径との間に差異を設けることにより,2つの弧の密着を回避することができて,ツウィンニングの可能性を小さくできると考えられた。 他方で,原告は,割線のない面を曲面とすることで,割線に応力を集中させることができ,押圧力を小さくし,分割精度を向上させることができると考えた。 そこで,原告は,割線のない面の曲率半径を,割線のない面同士のツウィンニングの可能性を小さくしつつ,割線のある面の曲率半径よりもなるべく大きくすることが望ましいとの結論に至ったが,原告にはカルデナリン分割錠の開発経験があったので,結論に至るまでの過程は比較的スムーズかつ短時間であった。 エ 本件発明に実験が果たす役割 そもそも原告がカルデナリン分割錠の開発段階で錠剤の形状を着想していており,フィルムコーティングを施したノルバスク錠への応用には,現実の実験までは不要であった。 すなわち,錠剤の分割性の予測は,錠剤の形状から予測でき,ツウィンニングについても,それが隣接する錠剤同士の接触面積の大きさに関係するものであるところ,かかる接触面積の大きさは錠剤の形状から把握できるものであったから,実際に実験を行わなくても,これらの問題について考察することができた。 そうすると,本件発明は原告が着想を終えた時点で完成しており,その後の実験は,この着想の正しさを確認する作業にすぎず,誰が行っても同一の結果が出るべき性質のものであった。なお,実験で実際に検討された事項は,本件発明の内容とはならない適切なコーティング剤の決定及び素錠(コーティング前の錠剤)の硬度にすぎなかった。 他方,Bは,原告が立案した実験計画に基づき,原告の指示に従って実験を行ったにすぎない。 そうすると,原告が日常的に実験を行っていなかったとしても,原告が真の発明者の少なくとも1人であることを否定することにはならない。 (5) Bに対する原告の実験指示 ア 原告は前記(4)ウの思考実験の後,平成5年7月初めすぎころ,Bに対し,カルデナリン分割錠の割線のある面の形状をそのまま利用し,割線のない凸面の曲率半径を16oないし24oとする形状の錠剤を試作することを提案したが,Bはこの提案に賛同しなかった。Bは,原告の同意を得て別の分割錠の形状の開発を行ったが,原告の提案に代わる錠剤形状を提案することはなかった。 イ その後,原告は,Bを通じて畑鉄工所に対し,打錠用杵の母型図を作成させ,当初は英国のホランド社に対し,その後に畑鉄工所に対して打錠用杵の試作を依頼した。 なお,畑鉄工所に発注した打錠用杵の刻印部分が「N05」となっているのは,原告の勘違いによるものであった。すなわち,ノルバスク5mg分割錠はノルバスク錠の2番目の錠剤であるから,その刻印は「N02」でなければならないところ,原告はカルデナリン4mg分割錠の母型図に「C04」とあるのを見て,この刻印が有効成分の含有量に従った同錠剤の略号であると勘違いし,ノルバスク5mg分割錠の刻印も略号である「N05」になるものと勘違いしたことに基づくものである。 錠剤技術の第一人者と評され,ノルバスク非分割錠の開発にも深く関わっているるBが自発的に打錠用杵の発注を行ったのであれば,その刻印は「N02」でなければならないが,現実に発注を行った際の母型図では刻印が「N05」となっていたから,これはBが自発的に発注したのではないことを示すものである。 ウ 原告は,平成5年9月末ないし12月,コーティングトラブル発生率,分割性,フィルムコーティング剤の品種及び配合割合とコーティングトラブル発生率・分割性をそれぞれ検証する実験計画を立案し,Bに示した。 Bは,上記実験計画に従って実験を行ったが,その内容は本件明細書のとおりであった。この実験に当たっては,原告は逐一Bに指示し,Bを始めとする研究員らが錠剤の試作及び各種測定を行った。 カルデナリン分割錠の開発の場合には,7ないし8種類の打錠用杵を試作し,繰り返し試行錯誤しながら実験が行われたが,ノルバスク分割錠の場合には,実験前にした原告の着想に予想どおりの効果があったため,打錠用杵の母型図は1種類しか作成されず,短時間に実験が終了した。 エ 原告は,単発打錠機で時間をかけてプラセボ錠(偽薬錠)を試作するというような非効率的な手順を採用せず,自らの判断でいきなり量産規模で試作することを工場に依頼した。 また,原告は,量産規模での錠剤表面の刻印の鮮明性,コアエロージョン,エッジチッピング,割線面のコーティングトラブルの有無を確認するため,Bに指示して,コーティング実験を行わせた。 このような量産規模での錠剤試作,実験については,原告は実験後にBからその結果を報告させ,各種資料を基に検討を加えた。 オ 被告の主張するBの実験について Bは,実験を行うまでは,割線のない面が平面の方が押圧力が均等にかかって分割しやすく,割線のない面を凸面にすると分割性が悪化するのではないかと考えていたのだから,コーティングしていない分割錠で分割性の比較実験を行い,その後にコーティング実験を行うはずである。しかし,Bは,コーティング実験の後に分割容易性,正確性について種々実験を行っており,実験手順が不合理である。 またBは,カルデナリン分割錠の剤型を起点としてノルバスク分割錠の開発を行い,ツウィンニングなどを問題にしているが,ノルバスク分割錠開発においては,@ 正確に分割できること,A 容易に分割できること,B フィルムコーティング可能な剤型にすることを同時に満たすことが必要であった。Bの着想は専らフィルムコーティングに関するものであって,@及びAを考慮していない。 さらに,錠剤のフィルムコーティングの材料の選択につき,ポリマーの分子量の小さなものを用いることは,本件発明の特許請求の範囲中に記載されている事項ではないし,本件明細書上フィルムコーティングに特別な技術は必要とされていないから,Bがこの事項について着想したとしても,同人が本件発明の発明者であることの根拠とはならない。 カ Bの分割錠開発経験について Bは,平成元年1月前までは,内服薬以外の製剤である外用製剤のフェルデン軟膏,座薬及びテープの開発を主に担当しており,分割錠の開発研究は何ら行っていなかった。 また,Bは分割錠とはその機能が異なる割線錠の開発や,錠剤のコーティングの経験を有していたにすぎない。 なお,Bは,平成元年7月に当時のD所長(以下「D所長」という。)にノルバスク分割錠の開発について相談された際,両面が凸面の錠剤を分割錠とするのでは固くて分割しにくいと説明し,同開発を断っているが,これはBが空手錠に関する知識を有していなかったことを示すものである。 キ 書証の成立についての主張 (ア) 乙9の「SIGNED(SUPERVISOR)」の欄には何ら記載がないが,乙9の原本とされる甲28には,同欄に当時のD所長の署名がされている。このように,被告は原本でないものを原本として提出しているものである。 被告がかかる欄にD所長の署名がない書証を提出したのは,原告が名古屋弁護士会あっせん・仲裁センターに対する仲裁申立て時に,D所長に迷惑を掛けないという配慮から,同人の署名部分をマスキングして同センターに提出した書証をそのまま利用したからである。 (イ) 提出済みの乙8とその原本とされる甲29の1との間では,1頁右上の「発明者のドラフト」の記載の有無,同頁下段の○印及び下線等の有無,2頁左上の「r」の有無,3頁中段の○印の有無,同頁中段の「表面のふくれ,blister」の記載の有無,4頁中段の○印及び下線の有無などが異なるから,乙8は信用できない。 (ウ) 提出済みの乙12とその原本とされる甲29の2との間では,上段日付印右横の「15,○」の有無,下段の文字切れの有無が異なるから,乙12は信用できない。 (エ) 提出済みの乙28は,その原本とされる甲29の4と対照すると,下部の文字切れがあり,明らかに写しである。被告は写しを原本として提出しており,乙28は信用できない。 (6) 特許出願に対する原告の協力 原告は,平成6年1月ころ,Bに対し,本件発明の特許出願の準備を行うよう指示し,実験データ等の資料を作成させた。 また,原告は,同年5月ころ,当時の被告の知的財産管理部のE(以下「E」という。)に対し,本件発明に係る特許請求の範囲は,数値限定のない一般的なものにすることを希望したが,反対に,Eから,何らかの限定を加えないと特許されないおそれがあるので,コーティングの組成や物性で限定を加えた請求項を追加するのはどうかと提案された。 そこで,原告は,信越化学工業株式会社(以下「信越化学工業」という。)に,コーティングフィルムの引っ張り強度や伸び率の測定を依頼し,得られた実験結果を前記知的財産管理部に提出した。Bは,伸び率に関する知識がなく,引っ張り強度や伸び率のデータを被告の知的財産管理部に提供することを考えつかなかったものであるが,原告はこれらの数値を特許請求の範囲中に加えることを思いつき,請求項4に係る発明についても多大な貢献をしたものである。 被告は,原告が提出した実験結果などの資料を基に出願書類を作成し,同年8月10日に,特許庁に対し,本件特許の出願をした。 〔被告の主張〕 原告は本件発明の真の共同発明者ではない。その理由は次のとおりである。 (1) 原告が真の共同発明者であることについての事実上の推定 ア そもそも,事実上の推定がされるのは,前提事実から推定事実が導かれる経験則が高度の蓋然性を有する場合である。しかるに,特許公報中に表示された発明者が1人の場合には,その者が冒認者である場合は極めて例外であるから,その者が真の発明者であるという経験則がかなり高度の蓋然性を有するということができるが,特許公報中に表示された発明者が複数の場合,すなわち共同発明の場合には,これらの者が全て真の発明者であるとの経験則が高度の蓋然性を有するとはいえない。我が国の法制上,発明者として表示された者のうちに真の共同発明者ではない者が含まれていたとしても,特許権の効力に影響せず,また特許権行使の障害となることもないから,特許出願に当たってその者が真の共同発明者であるか否かについてさほど慎重に検討しないことは少なくない。 また,原告は,被告に対し,本件発明と同様に特許公報中に発明者として表示されている製剤関係の発明につき,特許を受ける権利の譲渡対価請求訴訟を提起し,第一審判決及び控訴審判決において,原告が真の発明者でないとして同請求が棄却されているから,前記のような経験則を適用して事実上の推定をすることには疑問がある。 のみならず,原告は一個人であるとはいえ退職前に本件発明に関係する社内資料を社規に違反して持ち出しており,両当事者間の証拠との距離の大小はさしたる意味を有せず,両当事者間における証拠との間の距離の大小に基づいて企業たる被告に重い反証責任が課されるべき事案ではない。 そうすると,原告の氏名が本件発明に係る特許公報中に発明者として表示されている事実から原告が本件発明の真の共同発明者であることは事実上推定されない。 イ 被告においては,米国出願の場合には,発明者宣誓書の提出等,厳格な手続で発明者の認定を行っていたものの,国内出願の場合についてまで米国における出願実務と一致させる指示は米国ファイザー社からもされておらず,原則的に日本における実務慣行に任されていた。 すなわち,被告は,昭和58年以前は米国ファイザー社と日本企業との合弁会社(当時の商号は台糖ファイザー株式会社であった。)であり,同年以後は米国ファイザー社の完全子会社となったが,完全子会社となった後も比較的近年まで,本社幹部は全て日本人で,本件発明の特許出願当時である平成6年当時も,米国型経営の浸透はさほどでなく,従来の日本的な特許管理がされていた。 原告がBの上司である立場に乗じて,米国ファイザー社に対する本件発明の特許出願許可申請書に共同発明者として署名したため,以後そのまま原告が共同発明者として出願手続が進行してしまったにすぎず,原告が本件発明の真の共同発明者であるか否かについては被告の社内で何ら審査が行われなかった。 ウ 被告が平成12年11月28日に原告に対して登録時報償金を支払ったのは,原告から仲裁申立てを受けたからではない。同月末が被告の決算期末であったため,当該決算期間中に登録された他の出願に係る報償金支払と合わせてしたものにすぎない。 また,Bが原告に対する報償金分配について異議を述べていないのは,分配当時,組織内で生まれた発明については組織の管理者も発明者とするのが通例なのかもしれないと思ってことさらに異議を述べなかったからにすぎない。 (2) 原告の開発作業への関与全般 原告の本件発明等への関与は,あくまでも製剤研究部門の管理職としての一般的な職務内容に属するものにすぎず,管理職としての後見的な協力,援助に止まるから,これを果たしたからといって薬剤開発プロジェクトから生じた特許発明について当然に共同発明者となるわけではない。 ノルバスク分割錠の開発は,開発担当者であるBが新薬開発センターのD所長と合議して決定した基本的スケジュールに従ってされたものであって,Bが原告と具体的な開発スケジュールについて合議したことはなかった。また,Bが原告と開発の節目で予期せぬトラブルについて合議したことも,トラブル解決のための実験につき原告から指示を受けたこともない。 原告は,管理職として時折各担当の実験室を巡回視察したことはあっても,目的意識を持って特定の実験に立ち会ったことはほとんどなく,少なくともノルバスク分割錠の開発に関して実験に立ち会ったことはなかった。 (3) 先行するカルデナリン分割錠開発に対する原告の貢献 カルデナリン分割錠の開発は,次のとおり,Cが独力で行ったものであり,原告の直接的な創作的貢献は皆無であった。 ア 被告の社内においては,原告が入社した平成元年1月のかなり以前から,カルデナリン分割錠の開発が課題となっており,昭和63年当時既に空手錠の開発が意図されていたほか,カルデナリン錠2mgは,同1mgとの識別のため,昭和59年ころの臨床試験用のサンプル製造の段階で既に割線錠となっていた。 Cは,原告が被告に入社する以前から,既に製剤研究室においてカルデナリン錠の開発を担当し,同分割錠の開発の検討を行っていたのであって,原告がCをカルデナリン分割錠開発の実験担当者に指名したのではない。 イ Cは,自ら打錠用杵の専門業者と相談しながら6種の杵型を考案したのであって,原告と協議して杵型を考案したのではない。 ウ 分割の容易性,摩損度,硬度,曲げ強度,分割後重量変動係数などは,分割錠の開発において担当者が当然に留意すべき通常の事項であって,原告がことさら指示しなくてもこれらについて実験を行うべきものであった。Cはこれらの事項の実験について原告から指示されたことはない。なお,Cはカルデナリン分割錠の開発において,通常平型分割錠は,明らかにパーロデル型分割錠よりも分割性が劣るので,試作しなかった。 エ 前記〔原告の主張〕(3)エの(ア)ないし(ウ)は,いずれも,原告独自の知見に基づくものではなく,Cの知見に基づくものである。 オ Cは原告の示唆に基づいてカルデナリン分割錠の割線のある面を平面から曲面に変更したわけではない。 また,割線のある面を平面から曲面に変更することでどうして円周縁部の刃こぼれ現象が解消するのか疑問である。仮にパーロデル型分割錠において押圧力が悪い場合に刃こぼれ現象が生じており,これがカルデナリン分割錠において解消していたとすれば,その原因は割線のある面を平面から曲面に変更したことではなく,割線を深くして,分割しやすくしたことにある。 Cがカルデナリン分割錠の割線のある面を曲面に変更したのは,サンド社の権利との抵触を回避するためであって,刃こぼれ現象の解消のためではない。 当時はサンド社の権利との抵触を避けることが焦眉の事態であって,それほど分割性の改善は要請されていなかった。 カ 原告がカルデナリン分割錠開発の過程で,割線のない面を凸曲面にすることや,割線のない面の曲率半径を割線のある面の曲率半径より大きくすることを着想したことはなかった。 (ア) 割線のある面が凹面の分割錠(空手型分割錠)において,割線のない面が平面のものより凸曲面のものの方が分割しやすく曲げ強度も小さいことは,Bが対照実験を行って初めて得た知見であって,原告が初めて得た知見ではない。 Bは,この対照実験を行うまでは,後者の分割錠よりも前者の分割錠の方が押圧力が均等にかかって分割しやすいのではないかと常識的に考えていた。すなわち,錠剤の使用者が指で押す場合に割れやすいと感じる感覚と,機械的な数値である曲げ強度とは必ずしも一致しない。割線がない面を凸曲面で構成した場合には,凸曲面の頂点の一点に押圧力を集中して加えることになるから,押圧により指の接触局部が受ける反力は,この面が平面である場合に受ける反力よりも大きくなり,必ずしも感覚的に割れやすいとは感じられない。 取り立てて分割性改善の要請もなかった当時の状況において,着想の契機もなく,かつかかる対照実験を行う前から,後者の分割錠の方が分割しやすいと着想したとするのは不自然である。 (イ) 原告主張によっても,刃こぼれ現象は割線のある面を曲面とすることによって解消し,分割も容易となったはずなのに,それ以上に割線のない面も凸曲面にしたり,割線のない面の曲率半径を割線のある面の曲率半径より大きくする必要まであるのか疑問であり,着想の契機を見出せない。 原告の説明では,空手型分割錠において割線のない面を凸曲面で構成する着想は,専ら分割容易性,分割精度向上の観点からのものであって,フィルムコーティングの際のツウィンニング防止の観点からこの面を凸曲面とする着想とは,着想の契機ないし次元を異にする。 両者の着想はたまたま同一形状の錠剤をもたらすものであるが,前者の着想を得たからといって後者の着想を得たことにはならない。 そうすると,原告が分割容易性等の観点から着想を得ていたとしても,当時に本件発明の着想を得ていたとはいえない。 (ウ) 原告が主張するカルデナリン分割錠について自らの着想を具体化しなかった理由は不十分であって,着想自体がなかったことを裏付けるものである。 すなわちカルデナリン分割錠の剤型選択に当たっては,サンド社の権利に抵触しない剤型にすることが最重要課題であったから,原告が開発当時に割線のない面を凸曲面とする着想を得ていたのなら,この面を平面にする剤型よりも前記サンド社の権利に係る剤型との形状の相違がより明確になるので,多少販売開始が遅れても被告社内で歓迎されたはずである。 またカルデナリン分割錠については,最初の承認申請時から割線錠として申請されていたので,当時の厚生省の実務上,分割錠としてどのような形状を有しているかに関わりなく,割線を有してさえいれば,変更申請をしなくても,原申請に基づく承認のみで製造販売が可能であった。したがって,同錠については当時の厚生省に対する変更申請は行われていない。 原告が自らの着想を真に有用だと考えていたのであれば,カルデナリン非分割錠2mg,同4mgも分割錠へ変更する機会を捉えて,Cに実験等を行わせ,形状の改善の提案ができたはずであるし,少なくともCに自らの着想を伝達していたはずである。 原告が機会があれば類似の製剤開発で特許出願したいと常に希望を有していたのであれば,直ちに出願準備に取り掛かっていたはずであるのに,原告は出願準備をしていないのは不自然である。 キ なお,カルデナリン分割錠の形状は,公然実施により本件特許出願前に公知になっているから,カルデナリン分割錠の割線のある面の形状の考案をしたからといって本件発明の共同発明者であるとすることはできない。 また,石川県病院薬剤師会における講演論文の原稿は,原告の指示に基づき,Cが専ら自らの研究結果に基づいて作成したものにすぎない。 (4) ノルバスク分割錠の開発 ア ノルバスク分割錠の開発の決定 Bはノルバスク分割錠の開発が話題となる会議に出席しており,ノルバスク分割錠の開発について問題点などのプレゼンテーションを積極的に行った。 平成6年1月10日に行われた被告の社内会議「Nagoya-Tokyo Creative Forum」では,専らBがノルバスク分割錠開発について説明した。なお,この会議の報告書(乙25)の送付先に原告は含まれておらず,Bがノルバスク分割錠の開発担当者として社内的に認知されていた。 その後に行われたノルバスク分割錠開発に関する第2回の社内会議でも,Bが同様にプレゼンテーションを行った。 イ 開発の着手と問題点の洗出し等 (ア) Bはノルバスク分割錠の開発が決定される以前からノルバスク非分割錠の開発担当者であった上,既に平成元年ころから,新薬開発センターのD所長との間で,ノルバスク分割錠の開発の要請についての下検討などを行っていた。 (イ) カルデナリン分割錠は,被告における空手型分割錠の唯一の先駆品であって,被告の開発者であればだれでもまずカルデナリン分割錠の形状を出発点として分割錠の開発を行うことは当然のことであった。 現に,被告のマーケティング部門は,平成元年来カルデナリン分割錠と同形状のノルバスク分割錠を開発して欲しいと要望していた。 また,カルデナリン分割錠の形状自体は市販により平成5年7月ころには既に公知となっており,分割後の重量偏差などの物性のデータも,原告の石川県病院薬剤師会での講演によって開示されていたから,カルデナリン分割錠の開発ノウハウは既に被告のみのものではなかった。 (ウ) 原告は平成5年7月ころにノルバスク分割錠開発の留意点を洗い出してはいない。原告が主張する留意点は,いずれも本件明細書中に記載のあるもので,原告はかかる記載に従って後付けの主張を行っているものである。 ウ 錠剤形状についての原告の思考実験 原告がノルバスク分割錠について思考実験を行って,割線のない面を凸曲面にし,割線のある面の曲率半径を割線のない面の曲率半径より小さくする形状を着想した事実はない。 また,そもそも,原告がいう形状どおりにノルバスク分割錠(素錠)を製造したとしても,これにフィルムコーティングを施した場合にトラブルが生じないか,コーティング後に適正に分割できるかは,予測困難な事柄であって,形状を着想したのみでは発明として完成しているとはいえない。 なお,原告が被告に入社する前に,錠剤を開発した経験及び錠剤にフィルムコーティングを施した経験を有していたかは疑わしい。 エ 本件発明に実験が果たす役割 (ア) 分割精度の確保及び分割困難性について 分割錠の割線のない面を凸曲面とすることで割線部分に応力が集中することなどの着想は,実験を行った結果初めて得られるものであって,原告が実験もせずに着想したとするのは不自然である。 (イ) フィルムコーティング工程におけるツウィンニング等の問題点について 割線のない面を凸曲面にし,割線のない面の曲率半径を割線のある面の曲率半径より大きくする形状を着想することは,少なくともフィルムコーティングのトラブル解決の試行錯誤の経験を踏まえて初めてなし得るものであるところ,原告がかかる試行錯誤の経験もなしにこの形状を着想するというのは極めて不自然である。 ツウィンニング防止のために必要な錠剤曲面の曲率半径の程度や,コーティングパンに投入する錠剤の量,コーティングパンの回転速度,割線のない面を凸曲面にしても分割性に支障がないか,分割容易な割線の深さはどの程度か,いかなるコーティング剤を使用すれば分割が容易でかつフィルムの残りの問題が生じないかなどは実際に実験をしてみなければ判明しない事項である。 Bは,平成5年7月以前に,既に割線のない面を凸曲面にし,割線のない面の曲率半径を割線のある面の曲率半径より大きくする形状を着想していた。 すなわち,Bは,新薬開発センターのD所長から,マーケティング部門がカルデナリン分割錠と同一の形状のノルバスク分割錠を開発して欲しい旨を聴いていたので,平成2年ないし3年ころ,カルデナリン分割錠及びノルバスク非分割錠を用いて小規模のフィルムコーティング実験を行った。 ところで,フィルムコーティングにおいては,コーティングパン中で錠剤が十分に回転することが最も基本的な条件であり,むらなくフィルムコーティングするためには,できるだけ丸い錠剤であることが必要である。製剤分野の技術常識では,丸くない錠剤,とりわけ平面部分を有する錠剤は,フィルムコーティング中に回転しないおそれがあり,コーティングに適さないと考えられていた。ところが,Bは,平成2年ないし3年の上記フィルムコーティング実験を行った際,平面を有するカルデナリン分割錠でもコーティングパン中でかなり回転することを発見し,これがツウィンニング等の問題を考慮する契機となった。 また,この実験の結果,Bは,カルデナリン分割錠が割線のない面同士で結合したり,カルデナリン分割錠の割線のある面とノルバスク錠が結合している現象(ツウィンニング)を確認した。 (ウ) フィルムの付着の問題点について コーティングフィルムの種類の検討もしないうちから,錠剤とともにフィルムも完全に分割されることを想定するのは,単なる抽象的な願望にすぎない。 (5) Bに対する原告の実験指示 ア(ア) 原告が着想に当たって参考にしたとする資料(甲8)は,各種標準形の錠剤について直径と曲率半径との関係を示したものにすぎず,ツウィンニング防止や分割容易性に対する配慮が必要なノルバスク分割錠の開発においてそのまま適用できるものではない。錠剤の両面が浅い凸型でツウィンニング防止等とは無関係な標準剤型の場合の錠剤の直径と曲率半径の間の関係の公式などは全く参考にならない。 また,仮にこの公式を採用して曲率半径の数値を得たとしても,この作業は何ら創意に基づく着想と評価できない。 (イ) Bは,被告で外用製剤の開発に携わっていたほか,錠剤の製造方式を乾式から湿式に改めたりするなどの功績により,被告の新薬開発センターにおける錠剤製造技術の第一人者と目されていた。 なお,Bが,平成元年7月当時に新薬開発センターD所長からノルバスク分割錠の開発の相談を受けた当時,被告の社内ではノルバスク非分割錠5mg及びカルデナリン分割錠を既に開発中で,未発売であったにすぎない。 (ウ) Bは原告からノルバスク分割錠の形状に関する着想の説明を受けていない。もっとも,Bは,割線錠の開発経験が豊富で,錠剤のフィルムコーティングにも精通していたから,独自に本件発明の錠剤の形状を着想するのに困難はなく,平成5年7月29日には,畑鉄工所に対する打錠用杵の発注許可を原告から得る際,むしろ原告に対して自己の着想を開示した。 イ(ア) Bは,原告から,畑鉄工所に母型図を完成させるよう指示されたことはない。 また,Bは,畑鉄工所に対し,母型図の製図のみでなく,杵の試作も依頼した。Bは畑鉄工所に割線のない面の曲率半径の決定を任せなかった。 Bは,平成5年7月29日,畑鉄工所に対し,割線のない面を凸曲面とし,その曲率半径を17.5oとするよう具体的に指示して,打錠用杵を自発的に発注したが,母型図の原案として,カルデナリン4mg分割錠の母型図に,下面の上に曲率半径17.5oの凸曲面を描き加え,さらに刻印を「C04」から「N05」に変更すべき旨の指示を付記した。 なお,確かに本件発明の特許請求の範囲には曲率半径の数値が限定されているわけではないが,発明の着想段階においては,具体化のために何らかの特定の数値を設定して実験を行うことが必要であり,かかる数値は着想の創意性に無関係ではない。 (イ) 畑鉄工所に打錠用杵の試作を発注したのは,ホランド社の杵の納入が遅れたからではない。なお,畑鉄工所に対する発注は平成5年7月29日であった。 (ウ) 原告は,特許部長にサンド社との権利との抵触につき検討を依頼した平成3年11月1日当時,刻印中の数字が有効成分の含有量とは関係しないことを知っていたから,発注した打錠用杵の刻印が「N05」であったとしても,これが原告の勘違いによるものとはいえない。 Bは,ノルバスクの2.5mg非分割錠が「N01」,5mg非分割錠が「N02」であったので,5mg分割錠の刻印を含有有効成分量の5mgにちなんだ「N05」にしたものである。 ウ(ア) 原告はノルバスク分割錠開発の実験の計画を立案していない。また,Bはノルバスク分割錠開発の実験について原告から逐一指示を受けたことはなかった。 (イ) フロイント産業株式会社(以下「フロイント産業」という。)にフィルムコーティング実験を実施させることを立案したのはB1人であり,その実施も原告の許可を得てBが指揮したのであって,原告は実験に立ち会っていない。 社外の企業であるフロイント産業に実験を依頼することは被告の研究活動管理上の重要事項なので,Bは管理者たる原告の許可を得たのであって,原告は管理職としての権限に基づいて行動したにすぎず,Bは原告から技術的アドバイスを受けなかった。なお,このフィルムコーティング実験は生産規模では行われていない。 このフィルムコーティング実験は,錠剤の形状に関する着想の正しさを検証する意義を有する極めて重要なものであったから,原告がこの着想を行ったのであれば,少なくともこの実験くらいは立ち会って直接自分の目で確認するはずであるが,原告はこれをしなかった。 (ウ) 単発打錠機で試作することが不必要であるのなら,Bに対して単発打錠機用の杵の発注を許可しなければよかったはずであるが,単発打錠機用の杵の発注は現実にされている。また,原告が単発打錠機による試作が不要であるとする一方で,単発打錠機用の杵の発注をBに命じているとするのも不合理である。 エ Bは,対照実験用の試作のために,生産を行っている工場に迷惑を掛けるわけにいかないので,実験用に単発打錠機用の杵を発注した。しかし,被告においてノルバスク分割錠の開発が本決まりになった後,工場が試作を引き受けてくれることになったので,量産規模で試作が行われた。 オ Bの着想では分割性に対する配慮が欠けていることについて ノルバスク分割錠の開発当時,被告の社内においては,カルデナリン分割錠の形状の分割性がよいことを前提に,フィルムコーティングが必要なノルバスク分割錠でコーティングトラブルを起こさないようにすることが最初に解決すべき課題であった。そのため,フィルムコーティングのトラブル回避が優先的課題となったのは当然である。 のみならず,Bは分割性にも十分考慮して,ノルバスク分割錠の割線のない面の曲率半径を17.5oにし,割線のある面の曲率半径10oの2倍弱にした。 (6) 特許出願に対する原告の協力 打錠用の杵も納入されておらず,錠剤のフィルムコーティング実験もまだ行われていない平成6年1月ころに特許出願の準備を行ったというのは極めて不自然である。 被告の知的財産管理部からの指示に基づいて錠剤のコーティングフィルムの引っ張り強度及び伸び率等の測定を信越化学工業に依頼したのはBであり,原告ではない。 2 争点(2)(本件発明に対して会社が貢献した割合)について 〔原告の主張〕 本件発明は,原告の着想によるところが大であり,原告は休日及び勤務時間外も本件発明に係る研究に従事した。 他方,被告においては従前から分割錠の開発が行われており,本件発明もその一環としてされたものである上,本件発明に係る実験は,被告の協力を得て,被告の施設を使用してされたものであり,かつ,本件特許の取得のために被告において尽力がされている。 そうすると,本件発明に対する被告の貢献割合は70パーセントを上回らない。 〔被告の主張〕 被告が本件発明に貢献したことは認めるが,その貢献割合は争う。 3 争点(3)(共同発明者間で原告が寄与した割合)について 〔原告の主張〕 本件発明は原告の着想によるところが大であり,Bは原告の指示に従って研究及び開発に従事していたにすぎないから,共同発明者間での原告の寄与割合は80パーセントを下回らない。 〔被告の主張〕 争う。 4 争点(4)(特許を受ける権利の譲渡の相当な対価の額)について 〔原告の主張〕 (1) 被告は,平成8年6月からノルバスク錠を本件発明の実施品である分割錠に一本化して販売しているところ,平成8年6月ないし平成12年3月末のノルバスク分割錠の売上総額は1743億316万9000円を下らない。 また,平成12年4月から本件特許権の存続期間満了時(平成26年8月9日)までのノルバスク分割錠の売上総額は,平成11年度の年間売上高664億7517万6000円に14.3年を乗じた約9500億円を下らない。 そうすると,本件特許権存続中の被告のノルバスク分割錠の売上総額は合計1兆1243億316万9000円を下らない。 (2) 被告はノルバスク分割錠の販売を開始して以降,大幅にノルバスク錠の売上を伸ばしており,これはノルバスク分割錠の高い評価を裏付けるものである。また,本件発明はノルバスク錠以外のフィルムコーティングを施した分割錠について利用できるものである。そして,本件発明は錠剤の形状に関するものであるから,これを実施者において実施することは容易である。 これらの事情を考慮すると,本件特許権の実施料率は2パーセントを下らない。 そうすると,本件特許権の実施料相当額は前記(1)の金額に2パーセントを乗じた,224億8606万3380円を下らない。 したがって,原告が受けるべき本件発明の承継に対する相当な対価の額は,本件発明に対して会社が貢献した割合及び共同発明者間で本件発明に原告が寄与した割合を勘案して,以下の計算式のとおり,約53億9665万5000円を下らない。 (計算式)22,486,063,380×(1-0.7)×0.8=5,396,655,000(円) 原告は,このうち10億円の支払を求める。 〔被告の主張〕 被告が平成8年からノルバスク錠を分割錠に一本化して販売し,平成8年6月から平成12年3月末までのノルバスク分割錠の売上総額が約1743億316万9000円であることは認める。その余は争う。 ノルバスク錠の医薬成分については,米国ファイザー社が物質特許を有しており,剤型如何にかかわらず,同社が完全な独占権を有している。したがって,被告がこれに重ねて本件特許権による超過利益を取得する余地はない。 なお,本件特許権の設定登録の日である平成11年12月17日以前の利益は特許を受ける権利の譲渡の対価の算定基礎とならない。 |
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当裁判所の判断
1 証拠によって認められる事実 前記争いのない事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。 (1) 被告の組織 被告の組織上,平成元年ころの被告の研究部門には,創薬研究は行わず,製剤等の商品関連の研究を中心に行う新薬開発センターがあり,当時この新薬開発センターの下部組織に製剤研究課が置かれ,平成元年9月には,製剤研究課は製剤研究室に改められた。 平成元年当時の新薬開発センターの所長はDであり,製剤研究課においては,原告が入社する前はFが課長を務め,原告が入社した後の同年3月からは原告が製剤研究課長ないしその名称変更に伴って製剤研究室長となり,B及びCはいずれも当時その部下であった(乙1(1頁),46,弁論の全趣旨)。 (2) カルデナリン分割錠の開発 ア 被告(当時の商号は台糖ファイザー株式会社)において,遅くとも昭和59年7月ころから,メシル酸ドキサゾシン(その含有量はドキサゾシンとして2mg)を有効成分とする血圧降下剤「カルデナリン錠」の分割錠の開発を行っていたが,当時試作された分割錠の形状は平型フチ角であった(乙21)。 イ 当時存在した割線入り分割錠は,カッターなどを用いないと分割できないものが多かったが,サンド社は,昭和60年12月3日,別紙図2記載の形状,すなわち一方の面が平面で,溝状の割線の入っている他方の面が凹面となっており,周縁部が面取りされている円盤状のパーロデル型分割錠につき意匠の登録出願をし,この意匠は昭和62年2月27日に登録された。なお,この意匠における錠剤形状のように,円盤状の錠剤で,一方の面が中心に割線の設けられた凹面で,この割線がある面を下向きにして置き,これと反対側の面の中心部に下向きの力を加えるだけで容易に分割できるものは「空手錠」などとも呼ばれていた(乙32,弁論の全趣旨)。 サンド社は,昭和61年6月3日,上記登録意匠と同様の形状の錠剤について特許出願をし(特願昭61-130011。なお,優先権主張は昭和60年6月4日である。),平成7年に実用新案登録出願に切り替え(実願平7-6660),この出願に係る考案は平成8年6月21日に公開された(実開平8-1012)が,その後に拒絶査定が確定した(甲4,弁論の全趣旨)。 前記サンド社のパーロデル型分割錠は,指で押すだけで分割できるという技術的特徴を有するものであった(弁論の全趣旨)。 ウ 昭和63年3月ころ,被告の当時の製剤研究室長が,上記サンド社の特許出願に係る特許公開公報を発見し,当時の調査部長であったGに対し対処方を相談したところ,これに対しGは,他の特許出願,文献を含めた先行技術の調査,上記サンド社の特許出願についての特許庁に対する審査請求を行うなどの方策を講じてサンド社の特許権を成立させないようにする方法と,特許権成立後に実施料を支払う方法の2つがある旨を回答した(乙20)。 エ Cは,当時のF製剤研究課長から命じられて,カルデナリン分割錠の開発に従事していたが,遅くとも平成元年9月以降,割線のない面を平面とする空手錠(有効成分1mg)に関し,6種類の形状の打錠用杵の杵型を考案して錠剤を試作し,直径及び厚み,重量偏差,硬度,曲げ強度,摩損度の測定実験を行った。 なお,ここでCは,重量偏差の測定を,試作された錠剤を10錠ずつ割線において手で分割し,その重量を測定して行った。硬度の測定においては,錠剤破壊強度測定器を用い,錠剤の側面から割線方向に徐々に押圧して,錠剤が破壊されたときの強度を測定した。また,曲げ強度の測定においても同測定器を用い,割線のある面を下にし,割線のない面の上から垂直方向に徐々に下向きに押圧して,錠剤が分割されたときの強度を測定した。また,摩損度の測定においては,錠剤摩損度試験器を用い,毎分25回転,4分間の条件で回転させて,その前後の試料の重量を測定して比較した。 その結果,Cは,割線のある面に縁から割線に向けて曲面の傾斜を付けたもの(なお,試作した分割錠には割線の深さにより2種類あった。)が,硬度より曲げ強度が小さく,分割後の半錠分の重量偏差が最も小さく,かつ摩損度が小さいことを確認した。 そこで,Cは,自らの実験報告書中で,割線のある面に縁から割線に向けて曲面の傾斜を付けた分割錠で割線を特に深くえぐってはいないものが最もよいと結論付けたが,同実験報告書中では,割線が通常の分割錠よりも深くなっているので,試作の規模を大きくして打錠し,試験を行う必要があると思われる旨を付言した(乙19,22)。 オ 被告は,平成2年4月から,カルデナリン錠の販売を開始した。このカルデナリン錠にはメシル酸ドキサゾシンの含有量に応じて4種類(0.5mg,1mg,2mg,4mg)の錠剤の型が設けられ,うち1mg,2mg,4mgの3種類の錠剤では,別紙図3の「外形・大きさ(mm)」欄記載のとおり,服用者等が指で圧力を加えることで2つに分割される分割錠となっており,それらの形状は,一方の面が平面,他方の面が凹曲面で,周縁部が面取りされている円盤状であり,この曲面の中央にV字状の溝があって,この溝に向かって徐々に凹むものであった(甲15)。 カ 原告の講演 原告は,平成5年2月20日,金沢都ホテルで病院薬剤師,製薬メーカーの開発担当者などを集めて開かれた石川県病院薬剤師会第3回例会に出席し,カルデナリン分割錠の製剤設計をテーマに発表を行った。 もっとも,この発表の資料や原稿は,原告の指示を受けたCが作成した(甲7,乙19)。 (3) ノルバスク分割錠の開発 ア 被告は,ベシル酸アムロジピンを有効成分とする高血圧症薬「ノルバスク錠」を開発していたところ,平成元年7月ころ,被告の当時の新薬開発センター所長であったDは,被告のマーケティングを担当する第一臨床開発部から電話で,ノルバスク錠2.5mg,5mgを分割錠にできないかとの相談を受け,当時ノルバスク非分割錠の開発を担当していたBと協議した。 ノルバスク錠は,カルデナリン錠と異なり,表面にフィルムコーティングが施されているものであるところ,Bは,D所長に対し,ノルバスク錠を当時の非分割錠の形状のままで分割錠に変更するのでは,錠剤が固くて分割しにくいし,形状をカルデナリン分割錠の形状に変更したのではフィルムコーティングに困難が予想され,また光に対する安定性を向上させるためにフィルムコーティングを施しているのに,素錠断面が露出する分割は問題であるなどと意見を述べた。 そこで,D所長は,同月28日,被告の第一臨床開発部長宛にメモランダムを送り,担当者との検討の結果,ノルバスク錠を分割錠にすると次のような問題点があるので,分割錠にする必要性自体を再検討して欲しいこと,分割錠にする件についてはライセンス先の住友製薬の製剤研究部門の意見も聴取して欲しいこと,1.25mg錠が必要な場合でも現行の非分割錠1.25mgで対応することが望ましいこと,及び,被告の医薬開発統括部において,再検討の結果どうしても分割錠が必要であると判断した場合には,至急住友製薬の製剤研究部門と検討作業を開始することを伝えた(乙1(2頁),2)。 (ア) 現行の非分割錠2.5mg及び5mgは硬度が大きく,しかも設計量の割に直径が小さく,厚いので,現行の非分割錠の形状で分割錠にしても割れにくい。 (イ) 現行の非分割錠の直径及び曲率半径を変更し,かつ割線部分の溝を深くする方法も考えられる。 しかし,直径を大きくすると表面積も大きくなるのでフィルムコート層が減少し,他方曲率半径を大きくすると平面性が高くなるので,端角部分のフィルムコーティングにムラができやすくなる。その結果,フィルムコーティングによって光から素錠を保護する効果が減弱する。 なお,錠剤を薄くすると,PTPシートへ錠剤を挿入する作業工程で2つの錠剤が1つの枠に同時に入ってしまうなどの問題が生じることがある。 (ウ) ノルバスク錠のフィルムコーティングは,素錠の味をマスクする目的でするフィルムコーティングの場合とは異なって,光から素錠を保護する目的で行うので,フィルムコート層が比較的厚くなっている。 そのため,現行の非分割錠の形状を維持するにしても,変更するにしても,フィルムコーティングを施していない素錠に比して割れにくく,しかも分割した場合に,フィルム部分が均等に分割されず,外観上問題になる。 しかも,分割後の錠剤については,光から素錠を保護する効果を保証できない。これにより,厚生省の審査過程でクレームが付くことが予想される。 また,2.5mg錠では,小さい錠剤に割線及び刻印を施すことになるので,技術的トラブルの発生頻度が高くなることが予想される。 イ ノルバスク分割錠の開発は,いったんは見送られたが,D所長からなおマーケティングの方で分割錠の要請が強いことを聞いていたBは,開発の方向性を模索し,平成2年ないし3年ころ,少量のカルデナリン分割錠にノルバスク非分割錠1.25mg,2.5mgを用い,小規模なフィルムコーティング実験を行ったところ,カルデナリン分割錠の割線のない面(平面)同士の間や割線のある凹曲面とノルバスク非分割錠との間でツウィンニング現象(隣接するフィルムが粘着して錠剤同士が結合する現象)が生じることを発見した(乙1,36(1頁))。 ウ 被告は,平成5年12月からノルバスク錠の販売を開始した。発売開始当初は,すべて非分割錠であり,その形状は,直径が8oの円盤状で,両面が凸曲面のものであり,両面の曲率半径は10oのものであった(甲13(10頁),20)。 エ 被告は,ノルバスク分割錠を開発することとなり,医薬マーケティング統括部長Hは,平成5年6月28日,新薬開発センター所長に対し,ノルバスク分割錠の開発上必要な,錠剤の安定性,色調変化,分割時の形状の変化などの試験について検討するよう依頼した(乙3)。 オ Bは,これを受けて,平成5年6月ころ,ノルバスク分割錠の形状として,直径を8o,割線のある凹曲面の曲率半径を10oとした錠剤について,割線のない凸曲面の曲率半径をそれぞれ10o,15o,17.5o,20oとする形状を検討し,それぞれ簡単な図面を作成した(乙33,45(1頁))。 カ Bは,平成5年7月8日,対照実験に用いるため,畑鉄工所に対し,単発打錠機KT-2型で用いるカルデナリン分割錠用(錠剤の直径8o)の杵の製造を発注した。打錠用杵は上杵と下杵を1組で用いるものであるが,Bは,この発注の際,V字割線入り凹曲面用の上杵及び平型錠剤用の下杵を指定し,また同分割錠4mgと同非分割錠4mg(ただし,上面及び下面が平面のもの。)の母型図を添付した(乙1(4,5頁),4)。 キ Bは,平成5年7月29日,畑鉄工所に対し,さらに前記カの単発打錠機用杵の製造を発注したが,この際,V字割線入り凹曲面用の上杵及び曲率半径17.5oの凸曲面用の下杵を指定し,また前記カと同様にカルデナリン錠の母型図を添付した。ただし,Bは,カルデナリン分割錠の母型図に,カルデナリン分割錠の割線のない面に,この面が曲率半径17.5oの凸曲面であることを示す円弧を描き加え,また刻印の「C04」を「N05」に変更することを指示する旨の記載を書き加えた。なお,この母型図中では,分割錠の割線のある面の凹曲面の曲率半径は10oであった。 Bが凸曲面の曲率半径を17.5oと指定したのは,@ ツウィンニングを防止するためには反対側の凹曲面の曲率半径よりかなり大きくする必要があるが,2倍の20oにすると凸曲面が平面に近くなり,かえってツウィンニングの原因となるので,10oと20oの中間の15oを基準とすべきこと,A 分割容易性を考慮すると中心部を幾分肉薄にする必要があることを理由としていた。 また,ノルバスク分割錠5mgの本来の識別番号に従えば刻印が「N02」となるのにもかかわらず,Bが刻印を「N05」と指定したのは,当時既に存在したノルバスク非分割錠2.5mg(刻印「N01」)を同5mg(刻印「N02」)と区別することができ,フィルムコーティングの適否の判断が容易で,かつ錠剤の内容を理解しやすかったためであった(乙1(5頁),5,45(1,2頁))。 ク Bは,前記カ及びキのとおり発注した打錠用杵を用い,単発打錠機でプラセボ錠を試作し,その後フィルムコーティング試験を行う予定でいたが,その後,製剤工場が量産規模でプラセボ錠を試作することになった。 そのため,Bが発注した打錠用杵は,この時点では使用されなかった(乙1(5頁))。 ケ 平成6年1月10日に開催された被告の社内会議「Nagoya-Tokyo Creative Forum」においてノルバスク分割錠の開発がテーマに取り上げられ,Bがプレゼンテーションを行った(乙24,36)。 この際,Bは,ノルバスク分割錠の開発には,@ フィルムコーティングの問題が予想されることや,A 分割性の問題,B 光に対する安定性確保の問題があることなどを指摘した。このうち,上記@の問題は,分割を容易にするため錠剤の硬度を低くしたときのコアエロージョン(フィルムコーティング工程中に素錠が摩損すること)や,エッジチッピング(素錠が欠けること)の問題や,ツウィンニングの問題,刻印内部へのコーティングごみの付着(Logo Bridging)の問題などであり,上記Aの問題は,錠剤の分割容易性の問題や,分割後の半錠分の重量偏差の問題であった(乙24,25)。 コ 原告は,平成6年1月14日,製剤工場経口製剤課長に対し,カルデナリン分割錠用の打錠用杵を用いてプラセボ錠を165万錠,330s規模で試作するよう依頼し,その後同プラセボ錠の試作が行われた(乙1(5頁),6)。 サ(ア) 被告は,同年1月ないし2月ころ,フロイント産業に前記コで試作したプラセボ錠にフィルムコーティングする実験を依頼した(乙1(5頁))。 (イ) フロイント産業は,その浜松事業所で,B及び被告の製剤部経口製剤課I課長立会いの下に同年2月24日及び25日にプラセボ錠のフィルムコーティング実験を行ったが,その内容及び結果は次のとおりであった。なお,いずれの実験においても,コアエロージョンやエッジチッピングは見られず,原告の立会いはなかった(乙1(5頁),7の1及び2,38)。 a 2月24日 水系フィルムコーティング装置(アクアコーター)AQC-130を用い,コーティング液の処方をTC-5R 6.0%,TiO2(二酸化チタン)1.2%,タルク0.6%,エタノール46.0%,精製水46.2%とし,またポリシング液の処方をポリシングワックス103 18.2g,エタノール1.1s,精製水0.7sとして,まずコーティング液をSTスプレーガンでプラセボ錠130sに噴霧し,さらにポリシング液でポリシングした。 実験の結果,錠剤面は良好にフィルムコーティングされ,刻印もほぼ鮮明であったものの,錠剤が割線のない平面同士で結合するツウィンニングが数十%発生した。 b 2月25日 水系フィルムコーティング装置をAQC-100に変更し,プラセボ錠合計55sを用い,前記aと同様に2回実験を行った(ただし,スプレーガンはNATガンが使用された。)。 1回目の実験は,前記aの実験とほぼ同程度のツウィンニングが生じたため,実験途中で中止された。 2回目の実験は,1回目の実験よりもスプレー液の噴霧速度を下げて行われ,その結果,ツウィンニングはほとんど解消したが,他方刻印にごみが詰まる現象が発生した。 (ウ) フロイント産業は,前記(イ)の実験後の平成6年2月28日,被告に対し,フロイント産業で水系フィルムコーティング装置AQC-48を使用する実験も検討するが,被告でも錠剤形状を検討して欲しい旨の意見を述べた(乙1(5頁),7の1)。 シ Bは,その後,前記キの発注によって納入された打錠用杵を用いてノルバスク分割錠のプラセボ錠を試作し,平成6年3月24日,フロイント産業にこのプラセボ錠3.8sを用いた再実験を実施させたが,この実験には,Bは自ら立ち会ったが,原告の立会いはなかった。 すなわち,水系フィルムコーティング装置AQC-48Tを用い,コーティング液の処方をTC-5(RW)6.0%,TiO2(A-HR)1.2%,タルク0.6%,95%エタノール46.0%,精製水46.2%としてフィルムコーティング実験を行ったところ,錠剤のツウィンニングはあまり見られず,フロイント産業からの錠剤形状変更検討要請もなかった(乙1(6頁),7の3)。 ス Bは,平成6年3月28日,「Nagoya-Tokyo Creative Forum」の事務局である情報企画部長に宛てて,ノルバスク分割錠の開発の件につき,開発の現況及び問題点を報告した。 Bは,同報告中で,開発の現況につき,@ スプレー液噴霧速度などのコーティング条件,A 水系フィルムコーティング装置の機種による影響,B 錠剤形状,C コーティング液の処方,D 素錠の硬度とコーティング錠の分割性の関係を検討していると述べたが,このうち上記Bの点は,カルデナリン分割錠と同様の錠剤形状にするか,それともこの錠剤形状を一部変更した形状にするかというものであった。 また,Bは,同報告中で,開発上の問題点として,コーティング工程中でツウィンニングが発生する問題,同工程中でコアエロージョンが生じる問題,同工程で刻印部分がゴミで詰まる問題,フィルムコーティングにより錠剤の強度が上がり,分割しにくくなるという問題,錠剤分割時にフィルムが残るという問題を挙げた。 さらに,Bは,同報告中で,現時点ではプラセボ錠で検討している段階なので,これらの問題点が全て解決できないと開発のタイムスケジュールが明らかにならないと付言した(乙25)。 セ(ア) 平成6年4月ころに開催された被告の社内会議「Nagoya-Tokyo Creative Forum」において,ノルバスク分割錠の開発が再びテーマに取り上げられ,Bが開発上の問題点等についてプレゼンテーションを行った(乙36(4頁),弁論の全趣旨)。 (イ) Bは,プラセボ錠を用いた開発の際に発生した問題とその原因,対策について報告したが,その骨子は次のとおりであった(乙28。なお,原告の主張する文字切れはコピーの際の不手際によるものと考えられ,乙28の信用性を左右するものではない。)。 a フィルムコーティング工程でツウィンニングが発生する問題(表中の「発生したトラブル」欄@) フィルムコーティングの条件が原因の1つと考えられたので,噴霧速度を小さくしたり,乾燥空気量を大きくしたりして,フィルムコーティングの条件を変更したが,当時問題解決にまでは至っていなかった。 また,素錠の形状が原因の1つと考えられたので,打錠用杵の形状を変更したところ,この問題は解消した。 b フィルムコーティング工程で素錠が摩損する(コアエロージョン)問題(表中の「発生したトラブル」欄A) 素錠の形状が原因の1つと考えられ,その対策として打錠用杵の形状の変更が検討されたが,当時は実施されていなかった。 また,その強度不足が原因の1つと考えられたので,フィルムコーティング初期のパン回転数を小さくしたり,噴霧速度を小さくしたりして,フィルムコーティング条件を変更したが,当時問題解決にまでは至っていなかった。 c フィルムコーティング工程で割線及び刻印部分が詰まる問題(表中の「発生したトラブル」欄B) 素錠の割線及び刻印のデザインが,その角度,幅,深さにおいて不良であることが原因の1つと考えられたので,同デザインを変更し,特に割線等の幅を広くすることが考えられた。 また,素錠への付着力不足があり,フィルムコーティング剤の処方が原因の1つと考えられたので,フィルムコーティング剤にポリマー分子量の小さいものを用いることが考えられたが,当時問題解決にまでは至っていなかった。 さらに,乾燥過多,噴霧量が少ない,スプレーガンとの距離が大きいといったフィルムコーティング条件が不適当であることも原因の1つと考えられたので,噴霧速度を大きくしたり,乾燥空気量を小さくしたり,スプレーガンの位置を調整して,フィルムコーティングの条件を変更し,問題を解決した。 d 分割時の錠剤の割れやすさの問題(表中の「発生したトラブル」欄C) これは,素錠にフィルムコーティングを施すことにより錠剤強度が大きくなって,錠剤が分割しにくくなるという問題で,特にPTPシートの上から分割しようとするときにさらに問題となるものであった。素錠の強度を小さくすると分割しやすくなるが,他方でフィルムコーティング工程中でコアエロージョンが生じやすくなるという欠点があった。そこで,打錠用杵の形状を変更して,錠剤をコアエロージョンが生じない程度に分割が容易になるような形状にすることが考えられたが,当時はまだこの解決策は実施されていなかった。 また,素錠の強度を小さくすることも解決策として考えられたが,当時問題解決にまではに至っていなかった。 さらに,コーティングフィルムの強度が大きく,フィルムコーティング剤の処方が原因の1つと考えられたので,フィルムコーティング剤としてポリマー分子量の小さいものを用いることが考えられたが,当時問題解決にまでは至っていなかった。 e 錠剤分割時のフィルムの残りの問題(表中の「発生したトラブル」欄D) フィルムの強度が強いこと,すなわちフィルムコーティング剤の処方が原因であると考えられたので,フィルムコーティング剤にポリマー分子量の小さいものを用いることが考えられたが,当時問題解決にまでは至っていなかった。 (ウ) Bは,前記(ア)のプレゼンテーションの際,ノルバスク分割錠開発における問題点として,@ 素錠をフィルムコーティングすると錠剤強度が大きくなって分割しにくくなり,特にPTPシートの上から分割する場合にはさらに分割しにくくなること,A フィルムコーティングすると錠剤分割時にどうしてもフィルムの残りが発生するところ,これを少なくするためにポリマー分子量の小さい高分子材料をコーティング剤に用いるなどしても,十分な効果が期待できないことを述べた(乙26)。 ソ Bは,フィルムコーティング後に分割錠を割れやすくし,かつ分割時にフィルムが割線に沿って正確に割れるようにするためには,コーティングフィルムの引っ張り強度があまり大きくない方がよいと考えた。 ポリマーを用いたフィルムでは,分子量の小さいポリマーのものの方が分子量の大きいポリマーのものよりも引っ張り強度が小さいのが技術常識であったので,Bは,フィルムコーティング用の皮膜剤の候補として考えていた信越化学工業製のヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)TC-5の中から,ポリマー分子量の比較的大きいTC-5Rとポリマー分子量の比較的小さいTC-5Eを選択し,両者の配合割合を変えて5種類のコーティング剤を処方した。 その後,Bは,処方したフィルムコーティング剤で前記キの形状(割線のない面が凸曲面,割線のある面が凹曲面で,前者の曲率半径が後者の曲率半径よりも大きい形状)のプラセボ素錠にフィルムコーティング実験を行い,ツウィンニング,コアエロージョン,エッジチッピング,刻印の詰まりなどを検査したが,皮膜剤全体に占めるTC-5Eの配合割合が100パーセントの処方によるフィルムコーティング剤を用いたときに僅かにコアエロージョンが見られたほかは,何らの問題も生じなかった。その後,Bがさらに再試験を行ったところ,皮膜剤全体に占めるTC-5Eの配合割合が100パーセントの処方によるフィルムコーティング剤を用いた場合でも,コアエロージョンは見られなかった(乙8(表-2),36,40(2頁),弁論の全趣旨)。 また,Bは,このフィルムコーティングされた錠剤を用いて,錠剤の曲げ強度,フィルム付着の有無やPTPシート包装時の分割容易性につき,実験を行った。 その結果,皮膜剤全体に占めるTC-5Eの配合割合が100パーセントの処方によるフィルムコーティング剤を用いたときが最も曲げ強度が小さく(2.6),最も分割しやすく,かつ分割後にフィルム付着が認められなかった(乙8(表-3))。 さらに,Bは,皮膜剤全体に占めるTC-5Eの配合割合が100パーセントの処方によるフィルムコーティング剤を用いてフィルムコーティングを施した分割錠につき,分割前の原錠と分割後の半錠分の重量の標準偏差,変動係数を測定したところ,半錠分の変動係数は2.0パーセントであった(乙8(表-4),36(5頁),40。なお,原告の主張する○印の有無等は,Bが文書をいったん作成した後にメモを書き加えたものと推認できるから,乙8の信用性を左右するものではない。)。 タ Bは,被告の知的財産管理部のEから,特許付与を受けるためにはコーティングフィルムの引っ張り強度の数値を得ることが必要であるとの助言を得ていたので,遅くとも平成6年5月19日ころまでに,信越化学工業に対し,TC-5R対TC-5Eの比を変えてフィルムコーティング剤を処方した場合のフィルムの引っ張り強度等を測定するよう依頼した。 これに対し,信越化学工業の担当者Jは,同年5月19日,Bに対し,ファクシミリで,依頼された測定実験は社内の研究所に依頼する予定である旨を連絡するとともに,酸化チタンを添加したTC-5フィルムの機械的性質についての一般的な資料を送信した。 その後,信越化学工業の合成技術研究所では,TC-5R対TC-5Eの比を変えてフィルムコーティング剤を処方した場合のフィルムの引っ張り強度,伸び率などの測定実験を行い,同年7月20日,被告に対して実験結果を報告した(甲24,乙34,35,36(5頁))。 チ Bは,製剤研究室のKとともに,さらに次のとおりの実験を行った。 (ア) 平成6年5月10日ないし同月17日の間 試作したノルバスク分割錠を分割し,分割後の錠剤に有効成分が均一に含有されているか否かを確認する実験(甲16) (イ) 同年5月ないし7月の間 試作したノルバスク分割錠を分割し,分割後の錠剤を最大60日間室内散光下に放置して,有効成分含有量等の変化が生じるか否か(光安定性)を確認する実験(甲17) (4) 本件発明の特許出願 ア 原告は,遅くとも平成6年6月29日ころ,知的財産管理部のEに対し,本件発明について特許出願をする件につき電話で相談し,その後,従来技術の欠点や本件発明による改良点,実験結果などを記した特許出願のための,「フィルムコーティングをほどこした分割錠」と題する日本語での資料を送付した。上記資料は,Bが作成したものである。 なお,この資料中には,錠剤の形状につき,割線のある凹曲面の曲率半径rを割線のない凸曲面の曲率半径Rより小さくする(r ウ 原告は,同年7月7日,Eに対し,本件発明につき,被告の親会社である米国ファイザー社に対する特許申請許可願の日本語及び英語の文案を送付した。 上記特許申請許可願の文案には,発明者としてB及び原告の名前が記されている(甲28,乙9。なお,原告の主張するD所長のサインの有無等は,乙43に照らし,乙9の信用性を左右するものではない。)。 エ Eは,同日,被告の担当者として,湯浅法律特許事務所のL弁理士に,本件発明の特許出願の依頼をした。Eは,この依頼書の中で,発明者に比較例,実施例をできる限り多く追加するよう依頼したが,結果をあまり期待できないこと,特に被告ではフィルムコーティング剤の組成を変化させて実験したデータ等を作成できないので,外部の業者からデータをもらう必要があることなどを指摘した(乙12。なお,原告の主張する日付印横の記載の欠如等は,単にコピーの際に欠落したものにすぎず,乙12の信用性を左右するものではない。)。 オ なお,被告の製剤研究室ないし製剤研究課においては,当時,発明に技術的な貢献をしているか否かを審査することなく,真の発明者のほか,その上司を発明者に含めており,特に本件特許のように我が国にのみしか出願しない場合においては,被告において必ずしも正確に発明者を認定しない慣行となっていたところ,平成9年になって,知的財産室長から発明者を特定するためのプロセスが提案されるに至った(甲31,乙10,43)。 (5) 本件発明の内容 被告は,平成6年8月10日,本件発明の特許出願を行い,平成11年12月17日,特許登録された。本件発明の特許請求の範囲は前記第2の1(2)記載のとおりである。また,本件明細書(甲1)には,従来フィルムコーティングされた分割錠剤が実用化されていなかったのはフィルムコーティング工程におけるツウィンニングなどの様々なトラブルの発生,分割の困難性,フィルムの付着,分割の不均一性のような問題があったためであること,本件発明が解決しようとする課題は,フィルムコーティング工程においてツウィンニング等のトラブルの生じない,フィルムコーティングを施した分割錠剤の実用化等であることが記載され,錠剤形状とコーティングトラブルの発生率(試験例1),フィルムコーティング剤であるHPMCの品種及び配合割合とコーティングトラブルの発生率(試験例2),錠剤形状と分割性(試験例3),HPMC品種及び配合割合と分割性(試験例4),フィルムの物性の測定(試験例5),分割錠剤の重量偏差(試験例6)についての実験結果も記載されている。 (6) 報償金の支払 被告は,原告に対し,本件発明に基づく特許出願報償金5000円を支払ったほか,特許登録報償金として,平成12年12月20日に1万円を支払った(乙48)。 なお,このころ,被告は,決算期に合わせて,年1回,毎年11月ころにまとめて,特許公報の発明者の記載に従って,特許登録報償金の支払を機械的に行っていた(乙47)。 2 争点(1)(原告が本件発明の真の共同発明者か否か)について (1) 以上の認定事実を前提に本件発明の発明者について判断する。 ア 「発明」とは「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうから(特許法2条1項),真の発明者(共同発明者)といえるためには,当該発明における技術的思想の創作行為に現実に加担したことが必要である。 したがって,@ 発明者に対して一般的管理をしたにすぎない者(単なる管理者),例えば,具体的着想を示さずに,単に通常の研究テーマを与えたり,発明の過程において単に一般的な指導を与えたり,課題の解決のための抽象的助言を与えたにすぎない者,A 発明者の指示に従い,補助したにすぎない者(単なる補助者),例えば,単にデータをまとめたり,文書を作成したり,実験を行ったにすぎない者,B 発明者による発明の完成を援助したにすぎない者(単なる後援者),例えば,発明者に資金を提供したり,設備利用の便宜を与えたにすぎない者等は,技術的思想の創作行為に現実に加担したとはいえないから,共同発明者ということはできない。 イ 前記1(5)認定のとおり,本件発明は,均一かつ容易に分割できるフィルムコーティングされた分割錠剤であって,フィルムコーティング工程時に,ツウィンニング,コアエロージョン,エッジチッピングなどのトラブルが生じないことを目的とするものである。また,当時分割錠そのものは存在していたものの,フィルムコーティングされた分割錠剤は実用化されていなかった。 そして,フィルムコーティングを施していない分割錠とフィルムコーティングを施した分割錠とでは,分割容易性の点やフィルムコーティング工程中に発生するトラブルを避ける必要性がある点において両者の性質を同視することはできないのであって,前者の開発がされたからといって,これを後者の開発に生かして直ちに後者の開発が完了するという性格のものではない。そうすると,フィルムコーティングされた錠剤において,いかなる形状であれば均一かつ容易に分割できるか否か,また,フィルムコーティング工程においてツウィンニング等のトラブルが生じないか否かを事前に予想することは,困難であったものと解される。 そして,本件発明のうち特許請求の範囲請求項1ないし3に係る発明については,割線のある面を凹曲面,割線のない面を凸曲面とし,かつ前者の凹曲面の曲率半径を後者の凸曲面の曲率半径より小さくする分割錠及びこれが上下方向から眺めたときに輪郭が円形又は楕円形となるような形状を有する錠剤であれば均一かつ容易に分割できるか否か,また,これらの形状であればフィルムコーティング工程においてツウィンニング等が生じないか否かが当業者において自明であることを認めるに足りる証拠はない。なお,本件発明の進歩性は,均一かつ容易に分割できることとフィルムコーティング工程でトラブルの発生を回避することを両立させた点にあるが,本件全証拠によっても,かかる両立が当業者において自明であるとは到底いうことができない。むしろ,これらの事項は具体的な実験によって初めて確認できる事項というべきである。 また,本件発明のうち特許請求の範囲請求項4ないし7に係る発明については,請求項1及び2に記載された錠剤の形状に加えて,コーティングフィルムの引っ張り強度及び伸び率,フィルムコーティング剤の組成等が構成に加えられているものであって,これらを発明するためには実験による発見ないし検証が不可欠ということができ,実際にフィルムコーティング実験等を行わなければ,上記作用効果を奏するか否かが判明しないことは明らかである。 したがって,本件発明においては,課題の解決のための方向性が設定されただけでは,予想通りの結果が得られるとは限らず,錠剤の形状についての着想のみでは,実験を経ていない以上発明が具体化したとはいえない。そして,本件発明は,実験の積み重ねによって課題の解決のための方向性が具体化されていく性質のものであり,これによって初めて発明が具体化し,完成したものであって,実験が重要な要素をなしているということができる。 ウ 前記1(3)認定のとおり,@ 被告においてノルバスク分割錠の開発が決定され,これを受けて,Bが,平成5年6月ころ,ノルバスク分割錠の形状を検討し,同年7月には,ノルバスク分割錠用の単発打錠機用杵及び対照用のカルデナリン分割錠用の単発打錠機用杵の製造を発注したこと,A Bは,平成6年1月及び4月,社内会議でノルバスク分割錠の開発についてのプレゼンテーションを行って,その問題と原因及び対策を検討し発表したこと,B Bは,同年2月から7月にかけて,試作したプラセボ錠にフィルムコーティングする実験やHPMCを使用したフィルムコーティング実験を行ったほか,信越化学工業に引っ張り強度及び伸び率の測定実験を依頼し,試作したノルバスク分割錠の分割及び光安定性実験等を行ったものである。このように,Bは,平成5年6月ころから,既に完成したカルデナリン分割錠の形状を基にノルバスク分割錠の形状を検討し,その開発を進めていたものであり,自ら開発計画を立案し,プラセボ錠の試作,開発実験や検証等を行って課題の解決のための方向性を具体化していったものである。 他方,そもそも原告が錠剤の形状を着想したと認めるに足りる証拠はない。また,前記のとおり,本件発明は,錠剤の形状についての着想のみでは到底具体化したとはいえないものであり,その後の実験によって初めて本件発明が具体化し,完成したものというべきであるところ,原告において自ら実験したり実験の具体的な内容についてBに指示を行ったりしたことを認めるに足りる客観的証拠はなく,重要な実験に立会いすらしなかったものである。特に,本件発明のうち請求項4ないし7に係る発明については,実験による発見ないし検証が不可欠であることは,前記イのとおりであるところ,原告においてかかる実験の具体的な内容について指示を行ったことを認めるに足りる証拠はない。 このような観点からすれば,本件発明に係る技術的思想の創作行為について,最も大きな技術的寄与を果たしたのはBであるというべきである。他方において,原告は,本件発明につき具体的着想を示したとはいえず,製剤研究室長として,部下であるBに対して一般的な指導を与えたりしたに止まるから,発明者に対して一般的管理をしたにすぎず,共同発明者の評価に値する技術的思想の創作行為に現実に加担したということはできない。 エ そうすると,原告は,本件発明の真の共同発明者ということはできないから,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がない。 (2) 原告の主張について ア 原告の開発作業への関与全般について 原告は,開発課題の分析,実験担当者の指名や開発の1つのステップが終了するたびに報告を受けるなどの管理的業務に当たったほか,自ら開発作業を行ったなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2))。 しかしながら,前記(1)アで判示したとおり,真の発明者(共同発明者)といえるためには,当該発明における技術的思想の創作行為に現実に加担したことが必要であるところ,原告が組織管理上必要な課題を分析したり,適当な実験担当者を指名したり,開発のステップが終了するたびに報告を受けて実験担当者と職務管理上必要な一般的協議を行ったりしたのみでは,管理職としての一般的な管理業務の域を超えるものではなく,本件発明における技術的思想の創作行為に現実に加担したと評価することはできない。 そして,前記(1)ウのとおり,原告が自ら開発作業に加わり,発明者の評価に値する技術的思想の創作行為に現実に加担したということはできない。また,原告が本件発明に係る実験を行ったBに対して,実験の具体的指示を行ったなどの事実を認めるに足りる証拠はない。 そうすると,原告の上記主張は理由がない。 イ 先行するカルデナリン分割錠開発に対する原告の貢献について (ア) そもそも,本件発明は,フィルムコーティングを施した分割錠である点においてカルデナリン分割錠とは異なるものであり,それが本件発明の課題であるから,カルデナリン分割錠開発への貢献と本件発明は直接に結びつくものとはいえない。 (イ) 原告は,Cをカルデナリン分割錠開発の実験担当者に指名したとか,Cと協議して畑鉄工所に打錠用杵を試作させたとか,Cに指示して分割容易性などの実験を行わせたり,自ら分割して物性評価,検討を行ったとか,開発の課題を把握し,これを解決するための形状を着想したなどと主張し(前記第3の1〔原告の主張〕(3)アないしオ),原告の陳述書(甲13)中には原告の上記主張に沿う部分(4頁ないし7頁)がある。 しかし,上記陳述書を除いては,Cが原告によって初めてカルデナリン分割錠の開発実験担当者に指名された事実を認めるに足りる証拠はなく,かえって前記1(2)のとおり,カルデナリン分割錠の開発は原告が被告に入社する前から開始されており,Cは原告の入社前後を通じて継続してカルデナリン分割錠の開発担当者であったものである。 また,上記陳述書を除いては,原告がCに対し,発注すべき打錠用杵の形状を具体的に指示したり,実験の具体的内容を指示したといった事実を認めるに足りる証拠はなく,かえって前記1(2)のとおり,Cは実験を通じて単独でカルデナリン分割錠の形状を着想し,打錠用杵の形状を決めたものであり,また実施すべき実験を自ら決めていたものである。 そうすると,上記陳述書(甲13)中の該当部分は信用できず,上記原告の主張は採用できない。 (ウ) 原告は,平成元年末ころに,分割錠のサンプルを鉛筆で押圧してみたときに,分割錠の割線のない面を凸曲面とすると,割線のない面の中心から割線のある面の中心にまっすぐ押圧力が作用し,割線部に応力集中が起き,錠剤の曲げ強度が小さくなることを発見し,さらに割線のない面の曲率半径を割線のある面の曲率半径よりも大きくすれば,刃こぼれ現象が生じず,分割が容易になり,分割精度が向上すると考えて,新たな分割錠の形状を着想したなどと主張し(前記第3の1〔原告の主張〕(3)カ),原告の陳述書(甲13)中には上記主張に沿う部分(7頁ないし9頁)がある。 しかし,前記1(2)エ認定のCがカルデナリン分割錠の開発実験を終了した時点で,カルデナリン分割錠の開発は概ね所期の目的を果たして完了していたものと見られ,その後これに加えてさらに錠剤形状を改良すべき特段の事情も見当たらない。この点,前記1(2)ウ認定の調査部長とのやり取りで対処方が協議されたことからすれば,被告において,カルデナリン分割錠開発当時,サンド社の権利に抵触しないことが第一に求められ,他方で,パーロデル型分割錠以上の分割容易性を実現することが開発の第一の目的ではなかったものと推認できる。 そうすると,確かにカルデナリン分割錠はこれを分割して使用するためのものであるから,その開発において分割容易性が重要であるのは当然であるものの,カルデナリン錠についてさらなる改良の着想の契機は乏しかったといわざるを得ず,その後の平成元年末ころに至っても原告が独自に開発を継続していたというのは不自然である。 のみならず,仮に原告が平成元年末ころに分割錠の形状のさらなる改良を着想したとすれば,Cが着想したカルデナリン分割錠の形状よりも,パーロデル分割錠の形状から離れた形状と評価し得る余地があるから,少なくとも原告はこのころに社内で新たな形状の提案をするか,あるいは開発担当者のCにアイデアを伝えていたはずであるところ,本件全証拠によってもかかる提案ないしアイデア伝達の事実を認めることはできない。そうすると,原告が本件のノルバスク分割錠と同様の錠剤形状を着想しながら,その着想を他に開示することなくそのまま温めていたというのは不自然である。 なお,ほぼ同一の錠剤形状につき,フィルムコーティングの施されていないカルデナリン分割錠では新たな実験が必要なので社内での検討を見送ったと主張する一方で,さらに問題の多いフィルムコーティングの施されたノルバスク分割錠では実験の重要性が小さいと主張するのは奇異な感を免れない。 以上によれば,上記陳述書(甲13)中の該当部分は信用できず,上記原告の主張は採用できない。 ウ ノルバスク分割錠の開発に対する原告の貢献について (ア) 原告は,社内会議でメンバーに加わったとか,Bを開発の実験担当者に指名したなどと主張するが(前記第3の1〔原告の主張〕(4)ア),かかる事実をもって発明者の評価に値する技術的思想の創作行為に現実に加担したとは評価できないから,原告の上記主張は失当である。 (イ) 原告は,フィルムコーティングされた分割錠の開発における留意点を洗い出し,カルデナリン分割錠の開発経験に基づいて,錠剤形状につき思考実験を行ったため現実の実験は不要であったなどと主張し(前記第3の1〔原告の主張〕(4)イないしエ),原告の陳述書(甲13(11ないし15頁))及びMの鑑定意見書(甲26(4ないし8頁))中には上記主張に沿う部分がある。 しかし,まず前記1(2)のとおり,カルデナリン分割錠の形状の着想及び実験はCが行ったものである。また,確かに,本件発明のうち請求項1ないし3に係る発明は,錠剤の直径を除くと数値等の限定のない比較的抽象的な内容のものではあるが,コーティングパンに投入する錠剤の量,回転速度などの条件には変化の幅があり得,着想された錠剤形状で分割錠を製造した場合に,フィルムコーティング工程中でツウィンニング等のトラブルが生じないか否かは,実験を行わなくても自明な事項と認めるに足りる客観的証拠はないし,分割精度,分割容易性,フィルムが残る問題についても同様である。 なお,前記1(3)アのとおり,Bは,平成元年7月の時点で,既にノルバスク錠を分割する件につき検討し,ツウィンニング等の問題を指摘していた。また,本件発明は,千葉大学大学院薬学研究院教授Nの鑑定書(乙37)によれば,思考実験のみにより完成させることができる性質のものではないから,思考実験をしたことをもって,共同発明者ということはできない。 そうすると,上記各書証(甲13,26)中の該当部分はいずれも信用できず,上記原告の主張は採用できない。 エ Bの実験に対する原告の指示について (ア) 原告は,割線のない面を凸曲面とするノルバスク分割錠の打錠用杵の母型図を作成させたなどと主張し(前記第3の1〔原告の主張〕(5)ア,イ),原告の陳述書(甲13)中には,原告はホランド社に対して打錠用杵を発注しようと考えていたが,凸曲面の曲率半径を16oないし24oの範囲で,とりあえず杵設計製造のノウハウを蓄積している畑鉄工所に,この数値を決定させ,母型図を作成させるよう指示した旨の上記主張に沿う部分(15頁)がある。 しかし,打錠用杵の製造を発注しないにもかかわらず,第三者である畑鉄工所に最終的な錠剤の形状を決定させ,図面だけを作成させたというためには,何らかの合理的な理由が必要と思われるところ,上記陳述書中にはかかる理由について何ら記載がない。また,凸曲面の曲率半径はツウィンニング等のトラブルの解決と関連する重要な事項であるから,その数値の決定を,一定の範囲を区切っているとはいえ他社に任せることは不自然である。 そうすると,上記陳述書(甲13)中の該当部分は信用できず,上記原告の主張は採用できない。 (イ) 原告は,コーティングトラブル発生率などにつき実験計画を立案してBに示し,Bらに逐一指示して錠剤の試作や各種測定を行わせたなどと主張し(前記第3の1〔原告の主張〕(5)ウ),原告の陳述書(甲13)中には上記主張に沿う部分(17頁)がある。 しかし,前記(1)ウのとおり,原告は重要な実験に立会いすらしなかったものであり,上記陳述書(甲13)中の該当部分は信用できず,上記原告の主張は採用できない。 (ウ) 原告は,単発打錠機で時間をかけて試作するという非効率的手段を採らず,いきなり量産規模で試作することを自らの判断で工場に依頼し,量産規模でのトラブルの有無を確認するために,Bに指示して実験を行わせたなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(5)エ)。 しかし,原告の判断でいきなり量産規模での試作が依頼されたり,量産規模でのフィルムコーティング実験が行われたことを認めるに足りる証拠はない。 そうすると,原告の上記主張は採用できない。 (エ) 原告は,Bがコーティング実験の後に分割容易性等の実験を行っているのはその順序が不合理であるなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(5)オ)。 しかし,前記1(3)ア,ケ,スのとおり,Bが問題にしていたのはフィルムコーティングを施したときに錠剤の強度が増して分割しにくくなることなどであるから,正にフィルムコーティングを施した後にフィルムコーティングが与える影響が問題になっていたのであって,実験の順序が不合理であるとはいえない。 (オ) 原告は,カルデナリン分割錠の形状を起点にしてノルバスク分割錠の開発を行ったのは,分割性に対する配慮が欠けているなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(5)オ)。 しかし,前記1(2)のとおり,平成5年当時には既に分割性に定評のあるカルデナリン分割錠が存在したので,その形状を出発点として開発が進められていたにすぎないし,また前記1(3)キのとおり,分割容易性なども考慮して割線のない凸曲面の曲率半径が決定されている。さらに,概ね形状を決定した後も,前記1(3)セのとおり,Bはフィルムコーティングされたプラセボ錠を用いて分割容易性などを確認している。そうすると,かかる原告の主張は前提を欠くものであって採用できない。 なお,BがD所長から相談を受けた平成元年7月の時点では,カルデナリン分割錠及びノルバスク非分割錠はいずれも開発中で,被告の社内には存在したから(前記1(2),(3)ア),カルデナリン分割錠の形状を前提に検討を進めたことは,これらが当時発売されていなかったとしても不合理ではない。 (カ) 原告は,フィルムコーティング剤の材料にポリマー分子量の小さなものを用いることは特許請求の範囲中に記載されていないとか,本件明細書上フィルムコーティングに特別な技術は必要とされていないなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(5)オ)。 しかし,本件明細書(9欄46行ないし10欄39行【0043】)中には,皮膜剤全体に占めるポリマー分子量の小さな皮膜剤の配合割合が100パーセントであるタイプ(表5のEタイプ)の分割錠において,皮膜の引っ張り強度が減少し,分割時に素錠とフィルムとを一体に分割することが可能となり,分割面の外観及び形状が良好となり,かつフィルム付着の問題が解消された旨の記載があり,請求項4ないし7に係る発明は,低分子量ポリマーが皮膜の引っ張り強度を小さくすることを念頭に置いてなされたものということができる。 そうすると,フィルムコーティング剤の材料にポリマー分子量の小さな皮膜剤を用いることは,請求項4ないし7に係る発明に関係するもので,特許請求の範囲中にそのこと自体が記載されていなくても,本件発明と無関係ではない。 また,フィルムコーティングをどのようなフィルムコーティング剤で,どのような条件で行うかは,ツウィンニングや分割容易性などと関わり得る重要な事柄であって,本件発明と関係がある。発明の完成に必要な創作行為への現実の加担は,特許請求の範囲や特許明細書中に記載された必要最低限の事項に限定されるわけではなく,着想の具体化に必要な一切の事項に及ぶものと解すべきであるから,本件明細書中に「コーティングは,慣用のコーティング法によって,例えば,市販されている機器を用いて,膜厚が10〜50μmとなるように行う。」(6欄25行ないし27行【0026】)などとあること(甲1)によっても,前記結論が左右されるものではない。 (キ) 原告は,Bはノルバスク分割錠の開発前は分割錠の開発に従事しておらず,空手型分割錠に関する知識を有していなかったなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(5)カ)。 しかし,前記1(3)アのとおり,Bは既に平成元年ころにはノルバスク非分割錠開発の担当者で,平成元年7月にはこれを分割錠に改める件につき既に検討を加えていたし,当時Bが空手型分割錠の開発に消極的であったのは,フィルムコーティングを施したノルバスク分割錠の実現には多数の障害が予想されたからにすぎないのであって,これをもって本件発明につきBが真の発明者ではない論拠とすることはできない。 オ 特許出願の際の原告の貢献について 原告は,Eから,何らかの限定を加えないと特許されないおそれがあるのでコーティングの組成や物性で限定を加えた請求項を追加するのはどうかとの提案を受けて,信越化学工業にコーティングフィルムの引っ張り強度などの測定を依頼したなどと主張し(前記第3の1〔原告の主張〕(6)),原告の陳述書(甲13)中には上記主張に沿う部分(18,19頁)がある。 しかしながら,信越化学工業の担当者がBに対し,フィルムの引っ張り強度等について連絡したのがEからの回答より相当以前であったこと(乙34)に照らし,上記陳述書(甲13)中の該当部分は信用できず,上記原告の主張は採用できない。 カ 願書への発明者の記載及び報償金の支払について 原告は,被告が,本件特許出願時に願書に「発明者」としてBの氏名のほかに原告の氏名を記載したことをもって,原告が共同発明者であることの根拠と主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(1))。 特許を受けようとする者は,発明者の氏名を願書に記載しなければならず(特許法36条1項2号),これは正確に記載されるべきである(同法49条7号,123条1項6号参照)。しかしながら,本件においては,前記1(4)オ認定のとおり,被告の製剤研究室ないし製剤研究課において,当時,発明に技術的な貢献をしているか否かを審査することなく,真の発明者のほか,その上司を発明者に含めており,特に本件特許のように我が国にのみしか出願しない場合には,被告において必ずしも正確に発明者を認定しない慣行となっており,平成9年になって,知的財産室長から発明者を特定するためのプロセスが提案されるに至ったこと及び原告が当時製剤研究室長としてノルバスク分割錠の開発ないし部下であるBの実験を管理しこれを総括する立場にいたことに照らし,上記事実が前記認定を左右するものとはいえない。 また,原告は,仲裁申立て後に被告が原告に報償金を支払ったことは,被告において原告が共同発明者であることを認めていた証拠である旨主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(1))。 しかしながら,前記1(6)認定のとおり,当時,被告においては,決算期に合わせて年1回まとめて登録時の報償金を支払っており,出願の際の発明者の記載に従って機械的に支払がされていたものであるから,これをもって,被告において原告が共同発明者であることを認めたことになるものとはいえない。 3 結論 以上の次第で,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 部眞規子 |
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裁判官 | 中島基至 |
裁判官 | 田邉実 |