関連審決 | 審判1998-13643 |
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関連ワード | 技術的思想 / 新規性 / 29条1項3号 / 進歩性(29条2項) / 上位概念 / 同一の発明 / 発明の詳細な説明 / 遡及 / 出願分割 / 分割出願 / 実質的に同一 / 着想 / 参酌 / 技術的意義 / 発明の要旨認定 / 特許発明 / 実施 / 交換 / 構成要件 / 設定登録 / 審理範囲 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 拡張 / 変更 / |
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事件 |
平成
11年
(行ケ)
304号
審決取消請求事件
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原告 日本電気株式会社 訴訟代理人弁護士 熊倉禎男 同 辻居幸一 同 吉田和彦 同 渡辺光 同弁理士 西島孝喜 同 後藤洋介 同 池田憲保 同 山本格介 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 日下善之 同 小林信雄 同 大橋良三 同 馬場清 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/02/07 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第13643号事件について平成11年8月9日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,昭和62年8月26日に,発明の名称を「ディジタル移動通信システム及び移動端末」として特許出願をし(特願昭62-213906号),平成6年9月5日には,その一部につき,発明の名称を「ディジタル移動通信システム」(後に「ディジタル移動通信方法」と補正した。)として新たな特許出願(特願平6-210805号,特開平7-284145号,平成9年8月1日に特許第2679638号として設定登録。以下「原出願」という。)をした。 原告は,平成9年4月7日,原出願の一部について,発明の名称を「ディジタル移動通信方法」として新たな特許出願(特願平9-88383号。以下「本願出願」という。)をしたが,平成10年7月28日,拒絶査定を受けたので,平成10年8月27日審判の請求をした。特許庁は,これを平成10年審判第13643号事件として審理した結果,平成11年8月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,平成11年8月18日,その謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲(請求項1) 各移動端末が,時分割通信信号を第1のタイムスロットで受信し,前記第1のタイムスロットとは時間的に異なる第2のタイムスロットを使って時分割通信信号として送信することにより通信を行い,この通信中に前記第1及び第2のタイムスロットとは時間的に異なる第3のタイムスロットで受信される信号を観測し,この観測結果を通信中のゾーン切り換えに使うようにしたことを特徴とするディジタル移動通信方法。(別紙図面参照) 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願出願の特許請求の範囲請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,原出願に係る特許第2679638号の発明(以下,その特許請求の範囲1に係る発明を「原出願発明」という)と実質的に同一であるから,本願出願には,分割出願の適法要件が欠けており,出願日が遡及することがないので,本願発明の出願日は平成9年4月7日である。本願発明は,原出願に係る特開平7-284145号公報に記載された発明と同一であるので,特許法29条1項3号に該当する,というものである。 |
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原告主張の取消事由の要点
審決の分割出願の適否に関する認定判断のうち,原出願発明の特許請求の範囲の記載が, 「複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化し,各移動端末が,時分割通信信号を第1のタイムスロットで受信し,前記第1のタイムスロットとは異なる第2のタイムスロットを使って時分割通信信号として送信することにより通信を行い,この通信中に前記第1及び第2のタイムスロットとは異なる第3のタイムスロットで前記同一周波数で受信される制御信号を観測し,この観測結果を通信中のゾーン切り換えに使うようにしたことを特徴とするディジタル移動通信方法」 であること,本願発明と原出願発明と対比すると,両者は, 各移動端末が,時分割通信信号を第1のタイムスロットで受信し,前記第1のタイムスロットとは異なる第2のタイムスロットを使って時分割通信信号として送信することにより通信を行い,この通信中に前記第1及び第2のタイムスロットとは異なる第3のタイムスロットで受信される信号を観測し,この観測結果を通信中のゾーン切り換えに使うようにしたことを特徴とするディジタル移動通信方法 を構成要件とする点,及び, ゾーン切換えによる瞬断を小さくし且つ交換機の負荷を小さくすること を目的及び効果としている点で一致し, @ 原出願発明が,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化することを構成要件としている(その結果,第3のタイムスロットで受信される信号は前記同一周波数で受信される)のに対して,本願発明がこれを構成要件としていない点(相違点@) A 本願発明が,第2,第3のタイムスロットを第1及び第2のタイムスロットと時間的に異なるようにしているのに対して,原出願発明が何が異なるか明記していない点(相違点A) B 上記第3のタイムスロットで受信される信号を,本願発明が,特定していないのに対して,原出願発明が制御信号と特定している点(相違点B) で相違すること,また,相違点Aに係る両発明の構成が実質的には同一であることは,認める。 審決は,本願発明と原出願発明との同一性判断において,その前提となる本願発明の要旨認定を誤り(取消事由1),仮に,それが認められないとしても,同一性の判断を誤り(取消事由2),その結果,分割の要件を欠いているとして本願出願の出願日の遡及を認めず,遡及が認められないというこの誤った前提に立ったため,原出願に係る特開平7-284145号公報に記載された発明と同一であるので特許法29条1項3号に該当する,との結論を導き出したものであり,違法であるから,審決は,取り消されなければならない。 1 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り) 審決は,相違点@及びBについて,「本願の明細書及び図面には,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化することが記載されているだけで,制御信号を異なる周波数とする等他の方法は何も記載されていない。従って,前者のディジタル移動通信方法が,実質的には,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化することを構成要件としていることは明らかである。」(審決書6頁8行〜15行),「前者の第3のタイムスロットで受信される信号が後者の制御信号と同じであることは明らかである。」(7頁6行〜8行)と判断した。しかし,審決は,本願発明を,出願願書に添付された明細書(以下「本願明細書」という。)の実施例に限定されるものとして解釈しているから,そもそも,発明の要旨の認定において既に誤っている。 特許出願のなされている二つの発明の間に同一性があるか否かについて認定判断する場合,それぞれの発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいてなされなければならず,特に,それらの記載の意味が明確である場合には,その記載どおりに認定しなければならない。例外的に,発明の詳細な説明における記載を参酌し得ることもあるものの,それは,特許請求の範囲に記載された用語の定義が発明の詳細な説明中においてなされている場合などといった特段の事情がある場合に限ってのことである。これは,既に確立している要旨認定の手法である。 ところが,審決は,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈上疑義のない文言について字句どおりに解釈せず,その文言を離れ,実施例に記載された内容のみをもって解釈しているから,明らかに本願発明の要旨の認定を誤っているものである。 被告は,本願発明が未完成であるかのような主張をしている。しかし,審決は,本願発明の発明の未完成について全く指摘していないから,被告の主張は,審決の審理していない事項を問題にするものであり,本訴における審理範囲を逸脱するものというべきである。 2 取消事由2(本願発明が原出願発明と同一であるとの判断の誤り) 仮に,取消事由1が認められないとしても,本願発明と原出願発明とは実質的に同一であるとする審決の判断は,誤りである。 (1) 審決が,相違点@及びBとして正しく認定しているとおり,原出願発明が,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化すること,第3のタイムスロットで受信される信号が「制御信号」であることを構成要件としているのに対して,本願発明は,上記事項を構成要件としていない点で,原出願発明と比べ,構成上,明らかに相違している。 原出願発明は,本願発明にない「複数の基地局の制御信号」が「同一周波数に時間的に多重化されている」という事項を構成要件としており,また,移動端末において観測対象とされているのは,「同一周波数に時間的に多重化された制御信号」であって,本願発明のように「受信される信号」ではないから,本願発明と原出願発明とは,その構成において大きく相違し,この相違点@に基づいて,両発明の技術的意義も大きく相違しているのである。 まず第1に,本願発明の眼目は,移動端末が,受信される信号を観測して,この観測結果を通信中のゾーン切り換えに使うようにしたことにある。このように,基地局ではなく,移動端末主導でゾーンの切り換えを行うことが,本願発明の技術思想の一つである。ここで,移動端末側において観測する信号(基地局からの電波)は,制御信号に限らないものであり,この技術思想は,原出願発明になく,本願発明によって初めて開示されているものである。要するに,本願発明は,移動端末において,基地局からの電波を,制御信号に限らず観測するというものである。 第2に,本願発明は,移動端末側で,通信中に,送受信に使用されていないタイムスロット,すなわち,送受信中のタイムスロット(第1及び第2のタイムスロット)とは時間的に異なる第3のタイムスロットを使用して,受信される信号を観測し,通信中にゾーン切り換えを行うものであり,このように,送受信に使用されていないタイムスロットの観測結果に基づいて,通信中,すなわち,通信に瞬断を生じさせることなくゾーン切り換えを行うという,もう一つの技術思想を明記している。 上記のとおりの本願発明における二つの技術思想は,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するまでもなく,特許請求の範囲の記載から一義的に明確に理解できるところである。 (2) 本願明細書をみても,上記の技術思想が開示されていることが明らかである。すなわち,次のとおりである。 本願明細書(甲第2号証)には,「通話に使われる送信及び受信タイムスロットとは異なるタイムスロットで他の基地局からの電波を観測する。」(第6段落)と記載されている。本願発明は,ゾーン切換えの手順を基地局主導から移動端末主導に変え,移動端末主導に変化させることにより,基地局の負担を軽減するディジタル通信方法を提案するものである(本願明細書の第6段落及び第11段落参照)。 また,本願発明は,通話には,空き時間が不可避的に生じることを利用して,各移動端末において,通話の空き時間中に,他の基地局の電波を観測し,空き時間における観測結果に基づいて,基地局を切り換えるディジタル通信方法を開示している,すなわち,通話中に生じる空き時間を基地局の切り換えに有効に利用することをも提案しているのである(第6段落の作用の項参照)。 本願明細書の【従来の技術】(段2段落)の項において従来技術として引用されている昭和60年電子通信学会発行「自動車電話」197頁ないし200頁(甲第9号証)には,基地局において,移動端末からの受信電波の強さを監視して,ゾーンの切り換えを基地局主導の下に行う方式が記載されている。この場合,基地局では,移動端末からの通話チャネルの受信レベルを常時監視するものであることも明記されている。本願明細書の記載を甲第9号証の上記記載をも参照して理解すれば,本願発明が,移動端末において,基地局からの通話チャネルの受信レベルを監視し,移動端末主導の下にゾーンを切り換えに利用するという技術を包含していることは,当業者にとって極めて明らかなことである。 以上によれば,本願発明に係る移動端末において,空き時間中に観測するのは,他の基地局からの受信電波であればよく,これを他の基地局の制御信号に限る必要は全くなく,まして,同一の周波数に多重化された制御信号に限定する必要も全くないことは,明白である。 (3) 被告は,本願明細書と原出願に係る願書に添付した明細書(以下「原出願明細書」という。)とが,特許請求の範囲の欄と発明の詳細な説明の欄の【課題を解決するための手段】の項(第5段落)を除いて全く同じであることを根拠に,本願発明と原出願発明とが実質的に同一である旨主張する。 しかしながら,原出願発明は,原出願明細書(本願明細書でも同じ)の実施例に記載されている事項に対応する発明であるから,原出願発明の特許請求の範囲に記載された「制御信号」は,本願発明の第3のタイムスロットで受信される信号と一義的に対応するものではないのであり,この点からも,本願発明と原出願発明とが実質的に同一であるといえないことは,明らかである。 目的及び基本的着想が一致する対象発明と引用発明との同一性を論じた判決として,最高裁判所昭和50年7月10日第一小法廷判決(昭和42年(行ツ)第29号)がある。上記判決においては,必ず主搬送波を用いる引用発明と,必ずしも主搬送波を必要としない対象発明について,「両発明は,その基本的着想を共通にするものではあるが,その着想を具体化した発明そのものとしては,各その構成要件を異にするものであって,これを同一発明とみることはできない。」とする東京高等裁判所の認定判断を是認し,しかも,両発明が常にその実施の態様において重複する場合があり得ることを認めつつ,両者は同一の発明ではないと判示している。 上記最高裁判決の論理は,本件の場合にも当てはまるものであり,本願発明と原出願発明とが,上記のとおり,その構成において大きく相違し,技術的意義も大きく相違している以上,本願発明が,原出願発明と同一ではないことは明白である。 |
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被告の反論の要点
審決の認定判断は,正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)について 原告は,審決は,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈上疑義のない文言について字句どおりに解釈せず,その文言を離れ,実施例に記載された内容のみをもって解釈しているから,明らかに本願発明の要旨の認定を誤っていると主張するが,失当である。 審決は,本願発明及び原出願発明の要旨認定(構成の認定)を,本願明細書及び原出願明細書の特許請求の範囲の記載のとおりに行なっている。そして,両発明を対比して相違点を抽出した上で,その相違点に関して,発明の要旨(構成)を明細書に記載された具体的客観的解決手段をよりどころとして比較し,両者の具体的客観的解決手段が全く同じであることから,実質的に相違しているとはいえないと判断し,実質的に同一であるとの結論に至ったものである。 被告が本願発明の未完成について指摘しているという原告の主張は,誤解あるいは曲解である。被告は,本願発明が成立していることを前提とし,本願発明に係る特許請求の範囲の欄の請求項1に記載された事項に基づいて本願発明を解釈する際に,発明として成立する範囲に限られると述べているのである。 2 取消事由2(本願発明が原出願発明と同一であるとの判断の誤り)について (1) 原告は,第1に,本願発明の眼目は,移動端末が,受信される信号を観測して,この観測結果を通信中のゾーン切り換えに使うようにしたことにある,第2に,本願発明は,移動端末側で,通信中に,送受信に使用されていないタイムスロット,すなわち,送受信中のタイムスロット(第1及び第2のタイムスロット)とは時間的に異なる第3のタイムスロットを使用して,受信される信号を観測し,通信中にゾーン切り換えを行うものであるとし,本願発明における二つの技術思想は,特許請求の範囲の記載から一義的に明確に理解できるところである旨主張する。 しかし,原告が主張する技術思想は,特許請求の範囲の記載からも,本願明細書からも,導き出すことができない。特許請求の範囲の欄の請求項に記載された出願発明の構成の文言の解釈は,無制限になし得るものでなく,発明として認められる範囲内,すなわち,明細書に具体的に記載されている事項の範囲内でなければならないのである。その際,本願発明を理解するために明細書及び図面全体の記載を参酌すべきであることは,いうまでもないことである。 原告の主張は,本願明細書(原出願明細書でも同じ)に具体的解決手段が記載されていない,したがって,発明として成立(存在)していないものを,特許請求の範囲の欄の記載を単に抽象化しただけで,上位概念の発明であるから保護すべきである,というに等しい。 (2) 原告は,本願明細書は,移動端末側において,制御信号に限らず,基地局からの電波を観測する,という技術的思想を開示していると主張する。しかし,「制御信号に限ら」ない電波を観測するとの技術は,本願明細書のどこにも見当たらない。 原告は,第6段落の記載を引用して,本願発明の原出願発明との相違点の特徴を主張する。 しかし,本願明細書の第6段落(本願発明の作用を記載している部分である。)の記載は,原出願明細書の第6段落の記載と全く同一であり,これによれば,本願発明と原出願発明の作用は全く同一である。したがって,両者の作用が同一であることから,両者の構成が同一であることを推定することができても,その構成が違うこと,まして特定事項が相違することを推定することはできない。 原告は,どのタイムスロットで何を観測すれば,その観測結果をゾーン切り換えに利用できるかは明白であると主張するが,それは単に可能性があることをいうだけのものでしかない。「どのタイムスロット」の「何を観測」するかによって,具体的解決手段は違うのであり,そこに工夫,すなわち,新たな発明が必要になるのである。しかし,本願明細書(原出願明細書も同じである。)のどこにも,「複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化すること」以外に具体的な解決手段は開示されておらず,原告の主張を裏付けるものは何も示されていない。 本願明細書と原出願明細書とは,その記載において,特許請求の範囲の欄と発明の詳細な説明の欄の【課題を解決するための手段】の項(第5段落)を除いて,全く同じである(もっとも,厳密にいうと,後者において,「システム」(5か所)あるいは「システム及び移動端末」(1か所)と記載されている部分が,前者においては,「方法」(4か所)あるいは「ディジタル移動通信方法」(2か所)と記載されている点で相違するものの,発明の名称の欄及び特許請求の範囲の欄の各記載によれば,後者の発明も,本願発明と同様に「ディジタル移動通信方法」であるから,上記の「システム」あるいは「システム及び移動端末」の記載は誤記にすぎないものと思われる。)。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)について (1) 本願発明と原出願発明と対比したとき,両者は, 各移動端末が,時分割通信信号を第1のタイムスロットで受信し,前記第1のタイムスロットとは異なる第2のタイムスロットを使って時分割通信信号として送信することにより通信を行い,この通信中に前記第1及び第2のタイムスロットとは異なる第3のタイムスロットで受信される信号を観測し,この観測結果を通信中のゾーン切り換えに使うようにしたことを特徴とするディジタル移動通信方法 を構成要件とする点で一致し, @ 原出願発明が,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化することを構成要件としている(その結果,第3のタイムスロットで受信される信号は前記同一周波数で受信される)のに対して,本願発明がこれを構成要件としていない点(相違点@) A 本願発明が,第2,第3のタイムスロットを第1及び第2のタイムスロットと時間的に異なるようにしているのに対して,原出願発明が何が異なるか明記していない点(相違点A) B 上記第3のタイムスロットで受信される信号を,本願発明が,特定していないのに対して,原出願発明が制御信号と特定している点(相違点B) で相違すること,相違点Aに係る両発明の構成が実質的には同一であることは,当事者間に争いがない。 (2) 上記争いのない事実によると,原出願発明は,本願発明にない「複数の基地局の制御信号」が「同一周波数に時間的に多重化されている」という事項を構成要件としている点(相違点@),また,移動端末において観測対象とされているのは,「同一周波数に時間的に多重化された制御信号」であって,本願発明のように「受信される信号」ではない点(相違点B)で相違しているのであるから,本願発明は,一方で,原出願発明を完全に包摂し,しかも,他方で,原出願発明の,「複数の基地局の制御信号」が「同一周波数に時間的に多重化されている」という構成を欠き,移動端末において観測対象とされるのが,「同一周波数に時間的に多重化された制御信号」でなく,単に「受信される信号」という構成となっている点で,いわば原出願発明を拡張した発明ということができる。 (3) 審決は,相違点@及びBについて,「本願の明細書及び図面には,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化することが記載されているだけで,制御信号を異なる周波数とする等他の方法は何も記載されていない。従って,前者(判決注・本願発明)のディジタル移動通信方法が,実質的には,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化することを構成要件としていることは明らかである。」(審決書6頁8行〜15行),「前者(判決注・本願発明)の第3のタイムスロットで受信される信号が後者(判決注・原出願発明)の制御信号と同じであることは明らかである。」(7頁6行〜8行)と判断している。要するに,審決は,相違点@及びBに係る本願発明の具体的構成が,本願明細書に記載されていないことを根拠に,上記構成を本願発明の要旨として認定することができないとしているものである。しかし,この判断は,誤りである。 特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,特許出願に係る発明の要旨の認定は,特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができないなどといった特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に従ってされるべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁)。 相違点@及びBに係る本願発明の構成は,移動端末において観測対象とされる信号が,原出願発明の「同一周波数に時間的に多重化されている」,「複数の基地局の制御信号」という構成を欠き,単に「受信される信号」となっているというものであるから,文言上,その技術的意義は明瞭である。特許請求の範囲の記載と明細書の記載との間に齟齬があるとしても,それは,発明の要旨認定とは別の問題である。その他,本件全証拠によっても,本件において本願発明の要旨認定につき上記特段の事情に該当するものを認めることはできない。 そうすると,相違点@及びBに係る本願発明の構成を本願発明の要旨として認定しなかった審決の判断は,誤っているものという以外にない。 ただし,この審決の判断の誤りが,結論に影響を及ぼさないことは,後述するとおりである。 2 取消事由2(本願発明が原出願発明と同一であるとの判断の誤り)について (1) 特許法44条1項は,分割の要件に関し,「特許出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定している。上記規定によれば,分割が適法になされるためには,分割前の原出願がその願書に添付した明細書又は図面の記載において2個以上の発明を包含し,分割出願に係る発明がその2個以上の発明の一部でなければならないこと,すなわち,分割出願に係る発明が,分割前の原出願の願書に添付した明細書又は図面に記載されていなければならないことが明らかである。 原告の主張は,要するに,本願発明は,そもそも,特許請求の範囲の記載自体で原出願発明と相違しており,しかも,本願発明にあって原出願発明にない「同一周波数に時間的に多重化」しない構成,移動端末における観測対象が「制御信号」以外の信号としている構成に特徴があり,この特徴によって原出願発明と技術的思想を異にするから,原出願発明とは同一でなく,出願分割が適法である,というものである。これは,その前提として,本願発明が,原出願明細書に記載されているとの主張を,当然に含んでいるものというべきである。なぜならば,原告は,本願の出願が原出願の適法な分割としてなされたと主張しているのであり,この主張が認められるためには,分割前の原出願明細書の記載中に,少なくとも本願発明及び原出願発明が存在していたことが大前提として必須であり,本願発明が原出願発明と実質的にも同一でないから本願の出願を適法な分割出願と認めよ,という議論は,本願発明は,原出願明細書中に記載されており,しかも,原出願発明と同一でないという議論になる以外にないからである(なお,原告の主張中には,移動端末側において観測する信号(基地局からの電波)は,制御信号に限らないものであり,この技術思想は,原出願発明になく,本願発明によって初めて開示されているものであるとの主張があるけれども,もし,真実,そのとおり主張しているのであるとすれば,自ら,特許法44条1項の要件を具備していないことを認めていることになる。)。 (2) 甲第1号証によれば,審決は,本願発明と原出願発明との相違点についての判断において,「@について, 本願の明細書及び図面には,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化することが記載されているだけで,制御信号を異なる周波数とする等他の方法は何も記載されていない。従って,前者(判決注・本願発明,以下同じ)のディジタル移動通信方法が,実質的には,複数の基地局の制御信号を同一周波数に時間的に多重化することを構成要件としていることは明らかである。 Aについて, 原出願の明細書及び図面には,第2,第3のタイムスロットと第1,第1及び第2のタイムスロットの異なりについて時間が記載されているだけで,周波数等他の方法は何も記載されていない。従って,後者(判決注・原出願発明,以下同じ)のディジタル移動通信方法が,第2,第3のタイムスロットを第1,第1及び第2のタイムスロットと時問的に異なるようにしていることは明らかである。 Bについて, 前者の第3のタイムスロットで受信される信号が後者の制御信号と同じであることは明らかである。 3 従って,本願発明と原出願発明は実質的に同一である。」(審決書6頁7行〜7頁8行)と説示し,「本願発明と原出願の特許発明(特許第2679638号,以下「原出願発明」という)はU及びVで述べるように実質的に同一であるので,分割出願は認められず,本願出願日は1で認定したように平成9年4月7日である。」(3頁12行〜16行)との結論を導き出しているものである。 審決の上記認定の記載によれば,審決は,相違点@ないしBについて,本願明細書及び原出願明細書の各記載を検討した上で,相違点@ないしBに係る本願発明の構成に対応する技術が本願明細書に記載されていないと認定したものであることが明らかである。 本願明細書と原出願明細書のそれぞれの記載を対比した場合,特許請求の範囲の欄の記載及び発明の詳細な説明中の【課題を解決するための手段】の項の記載に相違がある点,並びに,後者においては,「システム」(5か所)あるいは「システム及び移動端末」(1か所)と記載されている部分が,前者においては,「方法」(4か所)あるいは「ディジタル移動通信方法」(2か所)と記載されている点を除いて,全く同じであることは,原告も争っていないところである。甲第2号証及び甲第7号証によれば,本願明細書及び原出願明細書の各記載は,別表(本願明細書と原出願明細書との対比)に掲げたとおりであると認められる(下線を付した部分が両者間に相違のある部分である。)。 そうであるならば,このような状況の下で,審決がなした,相違点@ないしBに係る本願発明の構成に対応する技術が本願明細書に記載されていないという認定判断は,とりもなおさず,同じ技術が原出願明細書にも記載されていないという認定判断でもあることになることが明らかであるから,審決は,審決書に明示されてはいないものの,相違点@ないしBに係る本願発明の構成に対応する技術が原出願明細書に記載されていないとも認定判断しているものとみることができるものというべきである。 (3) そこで,上記の審決の黙示的な認定判断の当否について検討する。 (ア) 原出願明細書の記載をみると,発明の詳細な説明の欄の【産業上の利用分野】,【従来の技術】,【発明が解決しようとする課題】の項には,原出願発明に関連する具体的技術内容についての記載はない。 【課題を解決するための手段】の項には,原出願発明に係る特許請求の範囲の記載と同様の記載があり,この構成を採用することによって,課題を解決するとの趣旨の記載があるのみである。 (イ) 【作用】の項の記載は,「本願発明は移動端末の方で受信電波の強さを観測して,通話中のゾーン切り換えをするようにした。通話中に他の基地局からの電波を観測するためには複数のチャンネルが時分割多重されていて通話中でも空き時間がなくてはならない。通話に使われる送信及び受信タイムスロットとは異なるタイムスロットで他の基地局からの電波を観測する。このような構成とすることにより,移動端末は通話の空き時間を利用して他の基地局からの電波を観測でき,通話をしながらゾーン切り換えの準備ができ,交換機の負担も軽くなる。」(2頁3欄33行〜42行)というものであり,これに続いて,【実施例】の項となって,「次に図面を参照して本願発明について一層詳しく説明する。図1に本願発明のディジタル移動通信システムのチャンネル及びフレーム構成の例を示す。・・・図2には具体的に基地局を切換える場合の制御手順の例を示す。」(同欄44行〜4欄16行)という記載となっている。 原出願明細書の上記記載によれば,原出願明細書の発明の詳細な説明の欄の【作用】の項においても,原出願発明の奏する作用・効果の記載を上記の形でしているのみで,原出願発明についてそれ以上に具体的な記載をしておらず,【実施例】の項において,初めて,原出願発明に係る具体的な技術を記載するとしていることが明らかである。 (ウ) 【実施例】の項の記載は,「図1に本願発明のディジタル移動通信システムのチャンネル及びフレーム構成の例を示す。図1(a)の通話チャンネルは複数有りそれぞれが8チャンネルの時分割多重になっている。また図1(b)の制御チャンネルは9基地局の時分割多重になっている。通話チャンネルと制御チャンネルの多重度即ちフレーム長が異ならしてあるのは,通話チャンネルに同期して制御チャンネルを観測しても複数フレームを観測すれば全ての制御チャンネルを観測できるようにする為である。端末の動作の例を図1(c)に示す。タイムスロットT1のチャンネル(CH)1で受信しタイムスロットT2のチャンネル2で送信して通話を行っており,チャンネル3に相当するタイムスロットT3で制御チャンネルを受信している。図1に示すフレームのタイミングでは制御チャンネルにはB3を受信するが,次のフレームではB2を受信し,その次はB1を受信する。このように本実施例では,フレームごとに異なった制御チャンネルを受信するので9フレームで全ての制御チャンネルを観測できる。」(2頁3欄46行〜4欄14行)というものであり,原出願明細書の他の部分を含めても,上記の部分に記載された通話チャンネルと制御チャンネルとを用いるディジタル移動通信方法が,本願発明のディジタル移動通信方法のチャンネル及びフレーム構成の実例として示されている唯一のものである。 また,制御手順として,「図2には具体的に基地局を切換える場合の制御手順の例を示す。今端末は基地局1と通話しているものとする。端末は通話中に制御チャンネルをモニターし基地局2の制御信号の方が基地局1のものよりも強くなると端末は基地局2に対して接続要求信号を送信する。基地局2ではこれに対して通話チャンネルを指定する。端末はこのチャンネルにテスト信号を送信する。もしこのテスト信号が基地局2で正しく受信されると基地局2はテストO.K信号をかえす。 これらのやり取りは全て通話の空き時間を利用して行われる。端末はテストの結果がO.K.であったので基地局1に対して切換え要求信号を送信する。基地局1ではこれを交換機に報告し交換機からの切換え指示に従って切換え指示を端末に対して送信する。ここで初めて端末は通話チャンネルを基地局2のものに切換える。このようにすることで通話の瞬断なしにゾーンを切換える事ができる。」(4欄15行〜30行)との記載があり,前記の本願発明のディジタル移動通信方法のチャンネル及びフレーム構成の実施例について,基地局を切換える場合の制御の手順を示している。 また,移動端末について,「図3には本願発明のシステムに使われる移動端末の一例を示す。参照数字10はチャンネル切換え手段を,参照数字20は通話回路を,参照数字30は基地局選択手段を,また参照数字40はゾーン制御手段をそれぞれ示す。ゾーン制御手段40はマイクロプロセッサーで実現されており全体の回路を制御している。アンテナ100から受信された時分割信号はハイブリッド回路70を介してミキサ11でIF信号に変換され復調器50で復調された後,時分割多重信号受信回路21で音声信号に変換されて端子101から出力される。一方端子102から入力される音声信号は時分割多重信号送信回路22で時分割信号に変換された後に,変調器60で変調されミキサ12でRF信号に変換されてハイブリッド70を介してアンテナ100から送信される。時分割多重の方法や変復調の方法は通常用いられているどの様な方法でも良いのでここでは詳述しない。受信スロットが終了するとマイクロプロセッサー40からの指示によりシンセサイザー13は発振周波数を変更し制御チャンネルの信号を受信できるようにする。この信号はパワー検出器31で検波され1スロット分積分されて平均パワーが求められマイクロプロセッサー40の指示でタイミング良く開いたゲート回路32を経て最大値検出回路33へ入力される。最大値検出回路ではそれぞれの制御チャンネルの平均受信電力を比較し最大の平均受信電力を与えるチャンネルの番号をマイクロプロセッサー40へ出力する。マイクロプロセッサー40は最大の受信電力を与える(判決注・「与えき」は「与える」の誤記と認める。)基地局が通話中の基地局と異なる場合には接続要求信号を空きスロットに加算器41を介して送信し先に述べたゾーン切換え手順を開始する。」(2頁4欄31行〜3頁5欄9行)との記載があり,前記の本願発明のディジタル移動通信方法のチャンネル及びフレーム構成の実施例について,移動端末が制御信号を受信した後の手順が示されている。 (エ) 以上を総合すると,原出願明細書には,通話チャンネルと制御チャンネルとを用いた原出願発明の実施例は一つしか記載されていないこと,その唯一の実施例というのは,制御チャンネルにおいて,9基地局の時分割多重になっており,端末のタイムスロットT3において制御チャンネルの信号,すなわち,制御信号を受信し,シンセサイザーにおいて,発振周波数を変更して制御信号を受信できるようにし,受信された制御信号がパワー検出器31で検波され,ゲート回路32を経て最大値検出回路33へ入力され,最大値検出回路では,複数の基地局のそれぞれの制御信号の平均受信電力を比較して最大の平均受信電力を与えるチャンネルの番号をマイクロプロセッサー40へ出力し,マイクロプロセッサー40は,最大の受信電力を与える基地局が通話中の基地局と異なる場合にはゾーン切換え手順を開始するというものであること,が認められる。 そして,原出願明細書のその他の部分をみても,「制御信号」以外の信号を発信し受信する場合の通信方法及び手順についての記載や示唆を見いだすことはできない。 (オ) 原告は,本願明細書には,「通話に使われる送信及び受信タイムスロットとは異なるタイムスロットで他の基地局からの電波を観測する。」(第6段落)と記載されている,本願発明は,ゾーン切換えの手順を基地局主導から移動端末主導に変え,移動端末主導に変化させることにより,基地局の負担を軽減するディジタル通信方法を提案するものである,また,本願発明は,通話には,空き時間が不可避的に生じることを利用して,各移動端末において,通話の空き時間中に,他の基地局の電波を観測し,空き時間における観測結果に基づいて,基地局を切り換えるディジタル通信方法を開示している,すなわち,通話中に生じる空き時間を基地局の切り換えに有効に利用することをも提案しているのである,と主張する。 しかしながら,原告の主張を原出願明細書の記載についての主張とみなして検討してみても,原出願明細書に開示されている「制御信号」に係る技術を,「制御信号」以外の信号をも包含する「基地局からの電波」という上位概念の語によって言い直しているにすぎない。そして,原出願明細書に「制御信号」以外の信号に係る技術が記載されていないことは前述したとおりであるから,原出願発明において,「制御信号」以外の信号をも包含する「基地局からの電波」という上位概念の語によって言い直した特許請求の範囲の記載を,原出願明細書に記載された事項であるということができるものではないことは,論ずるまでもないことである。 原告は,その主張において,「制御信号」に基づく原出願発明の技術的思想と,「制御信号」以外の信号に基づく本願発明の技術的思想の相違を強調しているけれども,両者が,原告主張のように著しい相違を有するものであれば,この両発明を併せ記載しているはずの原出願明細書に,後者について格別の記載も見当たらないのは不自然であるというほかない。 いずれにせよ,原告の上記主張は,失当である。 (カ) 原告は,本願明細書の【従来の技術】の項において従来技術として引用されている昭和60年電子通信学会発行「自動車電話」197頁ないし200頁(甲第9号証)には,基地局において,移動端末からの受信電波の強さを監視して,ゾーンの切り換えを基地局主導の下に行う方式が記載されている,この場合,基地局では,移動端末からの通話チャネルの受信レベルを常時監視するものであることも明記されている,本願明細書の記載を甲第9号証の上記記載をも参照して理解すれば,本願発明が,移動端末において,基地局からの通話チャネルの受信レベルを監視し,移動端末主導の下にゾーンを切り換えに利用するという技術を包含していることは,当業者にとって極めて明らかなことである,と主張する。 しかしながら,原告の主張を原出願明細書の記載についての主張とみなして検討してみても,仮に,客観的にみて周知慣用の技術であって,しかも,問題となっている発明に適用し得るようなものが存在するとしても,これらの技術をその発明に係る明細書又は図面に明示されているものと同視することが許されるのは,明細書又は図面に記載がなくともこれがあると認識できる程度に自明となっているような場合に限られるものというべきである。なぜならば,いずれの技術分野においても,周知慣用の技術が無数に存在することは,当裁判所に顕著であり,明細書又は図面に記載があると認識できる程度に自明となっていない場合であるにもかかわらず,後になって明細書又は図面にこれらの技術を取り込むことを許すならば,原出願の明細書又は図面に記載された範囲内で許されるべき分割出願の権利範囲をいたずらに拡大することを認めることになり,後願の者等の第三者に不当な不利益を負わせることになり,このような結果が許されないことは明らかであるからである。 本件についてみると,原出願明細書の発明の詳細な説明の【従来の技術】の項の記載は,「小ゾーン移動通信システムいわゆるセルラシステムは周波数利用効率の高い方式として世界各国の自動車電話システムに用いられている。自動車電話の需要は急速な伸びを示し近い将来深刻な周波数の不足が予想される。この周波数の不足を抜本的に解決する為にはゾーンの大きさを縮小し同じ周波数を空間的に幾度も再利用することが必要である。例えばゾーンの半径を1/10にすれば周波数の利用効率は100倍になる。このようにゾーン半径を大幅に縮小した場合には移動体が通話中に他のゾーンヘ移動する為に生じるゾーン切換えの頻度が大幅に増加するから,ゾーン切換えの方法が大きな問題になる。現在のNTTの自動車電話システムに於いては基地局が移動端末からの受信電波の強さを監視して電波が弱くなると交換機に切換え要求信号を送信する方式をとっている。この方式の詳細は昭和60年電子通信学会発行の単行本「自動車電話」の197ぺージから200ぺージに詳述されている。この従来の小ゾーン移動通信システムでは交換機からの指令により周辺のゾーンで受信電波の強度を測定し最も強いゾーンに切換えた後に導通試験を行うので,切換える度に約0.8秒の音声の瞬断が生じる。」(1頁2欄5行〜2頁3欄10行)というものであり,【発明が解決しようとする課題】の項の記載は,「従って従来のゾーンの切換え方法ではゾーンサイズを縮小すると通話品質に大きな劣化を生じることになる。また,ゾーンサイズを縮小するとゾーン切換えの為の交換機の処理量が大幅に増加するのも見逃せない点である。そこで,本願発明の目的は,上述の従来のゾーン切換え方法の欠点を除き瞬断が殆どなくまた交換機の負荷も軽減できるディジタル移動通信システムを提供することにある。」(3欄12行〜20行)というものである。 原出願明細書の上記記載によれば,原出願明細書は,「基地局が移動端末からの受信電波の強さを監視して電波が弱くなると交換機に切換え要求信号を送信する方式」が昭和60年電子通信学会発行の単行本「自動車電話」の197ぺージから200ぺージに記載されていることを述べているだけであって,上記文献に記載された技術と原出願明細書において開示している発明との関係については,後者が前者の欠点を除いたものであるという点を除き,他に何も触れていない。 そうすると,上記文献に記載されている原告主張の技術が,明細書又は図面に記載があると認識できる程度に自明となっているといい得る場合でないことは,明らかというべきである。 原告の上記主張は,採用できない。 (4) 以上検討したところによれば,本願発明は,原出願発明における,「同一周波数に時間的に多重化」する構成,移動端末における観測対象を「制御信号」としている構成に対応する構成において相違しているものであるけれども,原出願明細書には,本願発明のこれらの構成に対応する技術が開示されていないのであるから,本願発明が,原出願明細書に記載されている発明でないことは,明らかであり,したがって,本願出願が特許法44条1項の出願分割の要件を満たしていないことも明らかである。 審決の認定判断は,本願発明と原出願発明とは実質的に同一であるとした点で明らかに誤りを犯すものではあるものの,本願明細書及び原出願明細書について技術的検討を正しく加えた上,その正しく加えられた検討に基づいて,本願出願が特許法44条1項の出願分割の要件を満たしていないとしたのであるから,上記誤りの存在をもって審決を違法なものとすることはできない,というべきである。 3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見あたらない。よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 宍戸充 |
裁判官 | 阿部正幸 |