関連審決 | 無効2003-35049 |
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関連ワード | 物の発明 / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術常識 / 当業者に自明な事項 / 参酌 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10187号
審決取消請求事件
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大阪府池田市ダイハツ町1番1号 原告 ダイハツ工業株式会社 訴訟代理人弁理士 吉田稔 同 田中達也 同 仙波司 同 塩谷隆嗣 同 古澤寛 同 鈴木泰光 被告 スズキ株式会社 訴訟代理人弁護士 大野聖二 同 弁理士 山田勇毅 同 森田耕司 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/09/14 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2003-35049号事件について平成16年1月20日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「トレーリングアーム式リアサスペンション」とする特許第3196011号の特許(平成8年6月10日出願(以下「本件出願」という。),同13年6月8日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。 被告は,平成15年2月12日,本件特許を無効にすることについて審判を請求した。 特許庁は,この請求を無効2003-35049号事件として審理し,その結果,平成16年1月20日,「特許第3196011号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,審決の謄本は同月30日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲 【請求項1】 「車幅方向に間隔を隔てて配置され,かつ車両高さ方向に揺動可能なように前端部が車両本体に回転可能に連結されている一対のトレーリングアームと,これら一対のトレーリングアームのそれぞれの後端部にゴムブッシュを介して取付けられた一組のブラケットとを有し,かつこれら一組のブラケットには,車幅方向に延びるアクスルハウジングの両端部が取付けられている,トレーリングアーム式リアサスペンションであって, 上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させ,車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができるように構成していることを特徴とする,トレーリングアーム式リアサスペンション。」(以下,この発明を「本件発明」という。) 3 審決の理由 (1) 別紙審決書の写しのとおり。なお,本判決においても,「刊行物」「刊行物に記載の発明」「相違点1」「E1の構成」「要因1」「技術常識1」などの語を,審決の用法に従って用いる。 審決の理由は,要するに,本件発明は,本件出願前に頒布された米国特許第4858949号明細書(甲6の1。訳文が甲6の2。「刊行物」)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,同法123条1項2号に該当するというものである。 (2) 審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,本件発明と刊行物に記載の発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。 (一致点) 「車幅方向に間隔を隔てて配置され,かつ車両高さ方向に揺動可能なように前端部が車両本体に回転可能に連結されている一対のトレーリングアームと,これら一対のトレーリングアームのそれぞれにゴムブッシュを介して取付けられた一組のブラケットとを有し,かつこれら一組のブラケットには,車幅方向に延びるアクスルハウジングの両端部が取付けられている,トレーリングアーム式リアサスペンションであって,上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させた,トレーリングアーム式リアサスペンション」である点。 (相違点) @ トレーリングアームへのブラケットの取付け位置が,本件発明は,「一対のトレーリングアームのそれぞれの後端部」であるのに対して,刊行物に記載の発明では,一対のトレーリングアームのそれぞれの,どの位置にブラケットが取付けられているか明示されていない点(相違点1)。 A 本件発明は,「上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させ,車両旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができるように構成している」のに対して,刊行物に記載の発明では,「上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させている(E1の構成)」ものの,「車両旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができるように構成している(E2の構成)」ことについては,言及されていない点(相違点2)。 |
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原告主張の取消事由の要点
1 本件発明の技術的意義 (1) 本件発明は,審決の挙げる要因1ないし4を不可分一体に備えることに加えて,更に次の要因5を備えることにより,車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現するという技術的意義を有する。 要因1:各ブラケットに対するアクスルハウジングの端部の取付中心位置を,ゴムブッシュが各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させていること 要因2:ゴムブッシュが各ブラケットを支持する支持中心位置が,トレーリングアームの前端部の連結点の中心位置より,上方側に偏って揺動すること 要因3:ゴムブッシュのゴムが十分な厚みを有し弾性変形することで,アクスルハウジングの支持位置を変化させること 要因4:要因3の前提条件として,アクスルハウジングの剛性はある程度大きいこと 要因5:車両の直進時におけるトレーリングアームの前端位置に対するアクスルハウジングの位置を,上下方向に大きく離れないように設定すること (2) 本件特許の願書に添付された明細書及び図面(以下「本件明細書」という。甲2)には,上記の要因1ないし5がすべて記載されている(要因2,要因3,要因5について図2,3,要因4について段落【0028】)。このように,本件発明は,車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現することができるという技術的意義を有するものであり,かかる技術的意義は,刊行物から予測できない格別なものである。 2 刊行物に記載の発明における阻害要因の存在 審決は,刊行物に記載の発明において,本件発明に想到するについて明らかに阻害要因となる次の各点を全く考慮していない違法がある。 (1) 刊行物には,ラバー・ブシュ108について,「締付けアセンブリ28の前方及び後方ブシュ・コア104,106にあるラバー・ブシュ108を含むラバー・ブシュ継手は,アクスル24に捩り応力を加える力に強力に耐えるが,しかし,そのような力でわずかに屈して,締付けアセンブリ28の限られた大きさの関節運動を可能ならしめる。」(訳文(甲6の2)の11頁1行〜5行)との記載があり,当該記載のラバー・ブシュ継手は,外側部材と内側部材との間にゴムを充填して,可能な限りの両者の強固な連結状態を保持すると同時に,両者の関節運動を許容するものである。したがって,ラバー・ブシュ108は,外側部材と内側部材との関節運動を許容する限度のわずかな厚みを有するにすぎず,外側部材と内側部材との軸心は,基本的に軸直交方向にずれ動かないものであって,アンダーステアを達成するために必要な,アクスルハウジングと直交する面内方向への弾性変形を生じさせるものではない。 したがって,刊行物の記載事項には,ゴムブッシュの十分な変形が必要であり必ずアンダーステアを実現するという本件発明を想起する上での阻害要因が存在する。 (2) 刊行物に示されたサスペンションは,アクスルハウジングの位置がトレーリングアームの前端部の位置より下であり,要因5を備えていない。アクスルハウジングとトレーリングアームの前端部の上下位置関係が刊行物のようになっていると,明らかにオーバーステアとなる。 このように,明らかにオーバーステアとなる刊行物のサスペンションは,本件発明に到達するための阻害要因となる。 3 刊行物に記載の発明がアンダーステア傾向にあるとした審決の認定の誤り 審決は,「要因1(E1の構成)を有する刊行物に記載の発明は,少なくともアンダーステア傾向にはある,即ち,車両旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けようとする傾向にはあるといえる。」(審決書10頁1行〜3行)としているが,合理的説明がない。 アンダーステア傾向にあるというためには,ゴムブッシュが十分な厚みを有していて,その厚み方向に十分な変形が可能となっていることが必要であるが,前記2(1)において指摘したとおり,刊行物に記載のラバー・ブッシュ108は,継手としての外側部材と内側部材との間の関節運動を許容する限度のわずかな厚みを有するにすぎないし,また,前記2(2)において指摘したとおり,刊行物のサスペンションはアクスルハウジングとトレーリングアームの前端部の位置関係から明らかにオーバーステアとなる。 したがって,「刊行物に記載の発明は,少なくともアンダーステア傾向にはある」とした審決の認定は誤りである。 4 「技術常識1」の誤り 審決は,「上記のアンダーステアを得るための要因2〜4は,本件明細書にそれらの要因についての記載がなくとも,当業者であれば必要に応じて容易に実施できる旨を被請求人自身が主張するように,当該技術分野における技術常識」である(審決書10頁4行〜7行)という。 しかし,原告は,本件明細書に要因2ないし4に加えて要因5までもが明確に記載されていることから,要因2ないし4が特許請求の範囲に記載されていないとしても,本件明細書に記載された事項を参酌すれば,当業者であれば要因2ないし4を一体採用して本件発明を実施できるという趣旨を述べたものである。 刊行物には,要因1は開示されており,また,刊行物の図1に要因2が表れているとはいえようが,要因2ないし4が一体となった構成は開示されていない。 要因2ないし4が不可分一体となってアンダーステア特性が得られるという点は,刊行物には記載されておらず,周知事項でもなく,本件明細書において初めて開示されたものである。 したがって,審決が,アンダーステアを得るためには要因2ないし4を一体に備える必要があることを技術常識としたことは,誤りである。上記の点は,本件明細書において初めて開示されたことであるから,この点を「技術常識1」とした審決は,まさに「後知恵」により進歩性の判断をしていることを自ら認めていることにほかならない。 5 進歩性の判断の誤り 審決は,「刊行物に,アンダーステアにするという事項が明記されていないとしても,刊行物に記載の発明においても,安全面等からアンダーステアとするという上記技術常識2は当然考慮されるべきであるから,構成E1を有しアンダーステア傾向にある刊行物に記載の発明において,上記技術常識1を参酌し,アンダーステアとなるように,即ち,構成E2を有するようにして,上記相違点2で示した本件発明の構成に到ることは,当業者が容易に想到し得たものであるといえる。」(審決書10頁11行〜17行)とする。 しかしながら,上記のとおり,審決は,刊行物に記載の発明がアンダーステア傾向にあるという前提自体誤って認定したものである上,アンダーステアを得るために要因2ないし4が不可分一体に備わっている必要があることは本件明細書において初めて認識されるものであるのに,これを「技術常識1」と誤って判断し,さらに,刊行物に記載の発明には本件発明に到達する上での阻害要因が存在するにもかかわらず,これを考慮しなかった結果,本件発明につき刊行物に記載の発明から当業者が容易に想到することができたとの誤った結論を導いたものであり,違法である。 |
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被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。 1 本件発明の技術的意義について そもそも本件発明における「E2の構成」,すなわち「車両の旋回方向と同方向に後輪を向けるように構成している」は機能的記載であって,特許請求の範囲に示された具体的構成は,「E1の構成」(要因1)しかない。原告は,あたかも要因2ないし4が本件発明を構成する内容であるかのようにいうが,これらは特許請求の範囲に記載されていない。 原告は,本件明細書には要因2ないし5がすべて記載されているとした上で,刊行物には要因2ないし4が一体となった構成が開示されていないというが,原告の主張は失当である。 すなわち,まず,原告は,本件明細書における図2及び図3を挙げて,本件明細書には要因2が記載されていると主張するが,図面に示された位置関係がたまたま要因2を充足しているとしても,これらの図面の説明としても本件明細書の他の記載においても,要因2が車両の旋回時にアンダーステアを得るために必要であることについては何ら記載されていない。この点は,本件明細書において,特許請求の範囲に記載されているものではなく,特許請求の範囲に記載された構成との関連性についても何ら記載されていない。このように要因2が本件明細書に記載されているとの原告の主張は失当である。 要因3及び要因4は,そもそもこの種のトレーリングアーム式サスペンションであれば本来的に有している技術常識であって,アンダーステアになる場合だけでなく,オーバーステアになる場合にも前提とされる技術であり,要因1及び要因2とは無関係に当該技術分野において技術常識とされる事項である。 また,原告の主張する要因5は,本件明細書には何ら記載されていないし,そもそも,乙3の図面において説明するとおり,アンダーステアを実現するための要件とは無関係な事項である。 上記のとおり,要因2ないし4を一体的に備えることが本件発明の内容であるとは認められない以上,仮に刊行物にこの点が記載されていないとしても,本件発明の進歩性の判断とは無関係である。 2 刊行物に記載の発明における阻害要因の存否について (1) 刊行物には,「締付けアセンブリ28の前方及び後方ブシュ・コア104,106にあるラバー・ブシュ108を含むラバー・ブシュ継手は,アクスル24に捩り応力を加える力に強力に耐えるが,しかし,そのような力でわずかに屈して,締付けアセンブリ28の限られた大きさの関節運動を可能ならしめる。このような限られた大きさの関節運動により,トレーリングアーム16と上記アクスルクランプ86との間で相対的運動が発生する」(訳文(甲6の2)11頁1行〜6行)と記載されているように,ラバー・ブッシュの変形によってトレーリングアームとアクスルランプとの相対的運動が発生する旨記載されているから,刊行物に記載のラバー・ブッシュの変形により,アクスルハウジングの端部の位置を所定方向に変位させることが可能というべきである。 (2) 原告は,刊行物に記載の発明について,要因5が欠けているとして,明らかにオーバーステアになるというが,要因5がアンダーステアに影響しないことは既に述べたとおりである。そして,後記3において述べるとおり,刊行物に記載の発明は要因2を充足し,アンダーステア傾向にあるから,アンダーステアとするための阻害要因が存在するとはいえない。 (3)したがって,刊行物に記載の発明においては,本件発明に想到するについての阻害要因は存在しない。 3 刊行物に記載の発明がアンダーステア傾向にあるとした審決の認定について (1) 刊行物に記載のサスペンションにおいては,図1により,アクスルハウジングの端部の取付中心位置に相当するアクスル24の取付中心位置は,ゴムブッシュがブラケットを支持する支持中心位置に相当するラバーブッシュが装着される各ブッシュコア104及び106の中心位置より下方に位置することが分かる。したがって,刊行物に記載の発明は要因1(E1の構成)を有することが明らかである。 次に,要因1(E1の構成)を有するサスペンションが少なくともアンダーステア傾向にあるとする点であるが,これは,本件発明を前提に考えれば,当然の認定である。すなわち,本件明細書に,「本願発明では,要は,各ブラケットに対するアクスルハウジングの端部の取付中心位置が,ゴムブッシュが各ブラケットを支持する支持中心位置よりも下方に配置されておればよく,これら双方の中心位置の相互寸法の具体的な値も限定されない。」(段落【0034】)と記載されているように,本件発明によれば,要因1を充足することが,アンダーステアを達成するための要件として,特許請求の範囲に記載されているわけである。 したがって,刊行物に記載の発明が要因1(E1の構成)を備える以上,少なくとも,アンダーステアとするための条件が整っており,後は,下記に述べるように技術常識に基づいて当業者が任意になし得るという意味で,「アンダーステア傾向にある」ものである。 (2) また,刊行物の図1及び図7をみると,ゴムブッシュに相当するラバー・ブッシュ108は,ブッシュコア104及び106に位置するから,ゴムブッシュ(ラバーブッシュ)が各ブラケットを支持する支持中心位置は,トレーリングアームの前端部の連結点の中心位置38より高く,上方側に偏って揺動するものであることが分かる。 したがって,刊行物に記載のサスペンションが要因2を充足していることは明らかであるから,この点からいっても,刊行物に記載の発明がアンダーステアとなることは,明らかというべきである。 (3) 上記のとおり,刊行物に記載の発明がアンダーステア傾向にあるとした審決の認定に誤りはない。 4 「技術常識1」について 既に述べたとおり,アンダーステアを得るための要因2ないし4については本件明細書に記載がなく,これらの事項は本件出願時において当業者に自明な事項にすぎない。 原告は,要因3及び4が本件明細書に開示されていると主張するが,本件明細書の図2及び図3におけるゴムブッシュの厚さがアンダーステアに影響する点に関しては,本件明細書には何の説明もなされておらず,また,アクスルハウジングは通常鋼などの金属製であるから,ゴムブッシュのゴムはアクスルハウジングの剛性より格段に小さいことは自明の事項にすぎない。これらの点は,本件出願前に周知の事項である。 5 審決の進歩性の判断について 本件訴訟において,原告は,相違点2についての審決の判断を争っているものである。 しかし,本件発明における相違点2に係る構成,すなわちE2の構成は,アンダーステアにすることであるが,機能的構成であって具体的な構成ないし手段を特定するものではない。 アンダーステア機能については,審決の認定したとおり,自動車のステアリングの設計において安全面等からオーバーステアを避けてアンダーステアとすることは技術常識である。このことは,例えば,自動車工学全書編集委員会編「自動車工学全書11 ステアリング,サスペンション」(株式会社山海堂昭和55年8月20日初版発行。乙4。審決における甲第5号証)に,「一般にはアンダステアリングでないと操縦ができない。オーバステアリングの車は外乱を受けたときそれを修正しようとしても操舵と応答の間に大きな位相差を生じ制御できなくなる。また少し舵を切っただけでも激しい旋回に入りスピンを起こす危険な車となる。」(31頁29行〜31行)と記載されているとおりである。 したがって,相違点2,すなわちE2の構成は,そもそも自動車のサスペンション機能として望ましい技術常識を特定しているだけであって,この点で進歩性を有するといえないことは,当然の結論である。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明の技術的意義 原告は,本件発明は,要因1ないし4を備え,これらの要因が一体となって機能し(加えて,要因5も備えることから),車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現するという技術的意義を有する旨を主張する。 本件明細書(甲2)には,次の趣旨の記載がある。すなわち,図5に示す従来の技術(実開昭60-5906号公報に所載のもの)においては,ブラケット3eに対するアクスルハウジング4eの取付中心位置O1は,ゴムブッシュ2,2がブラケット3eを支持する支持中心位置O2,O2よりも,寸法Laだけ上方に位置しており(段落【0003】),車両7eの旋回時においては,アクスルハウジング4eには捩じり力や曲げ力が生じることから,ゴムブッシュ2,2のゴムが弾性変形し(段落【0006】),その結果,車両7eの後輪Wc,Wdが,車両7eの旋回方向とは逆向きとなるアクスルステアとなっていた(段落【0008】)ところ,本件発明は,ブラケットに対するアクスルハウジングの端部の取付位置と,ゴムブッシュがブラケットを支持する支持中心位置との高さ関係を,従来の技術とは上下逆の関係として,従来とは逆に,車両旋回時には,外輪側に位置するアクスルハウジングの一端部を車両前方へ移動させるように,また,内輪側に位置するアクスルハウジングの他端部を車両後方へ移動させるように,ゴムブッシュのゴムが変形するようにし,後輪を車両の旋回方向と同方向に向け,アンダーステアとすることができるようにした(段落【0015】),というのである。 これを本件発明(本件明細書の請求項1。前記第2,2)に即していえば,上記の従来技術に対して,本件発明は,「各ブラケットに対するアクスルハウジングの端部の取付中心位置を,ゴムブッシュが各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させている(要因1)」という点が相違し,これにより,後輪を車両の旋回方向と同方向に向け,アンダーステアとなるようにした旨をいうものと解される。 ところで,上記請求項1においては,要因1(E1)は明示されているが,要因2ないし5は全く記載されていない。 また,上記請求項1の「車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができるように構成している(E2)」点については,そもそも「車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができる」というのは車両旋回時においてアンダーステアの状態となるということと同義であり,原告のいうように車両旋回時に必ずアンダーステアを実現できるというのが本件発明の作用効果であるというのであれば,上記請求項1におけるE2の構成の記載は,単に作用効果を実現できる構成であることをいうのみであって,その記載自体に技術的な意味を見いだすことはできない。そして,本件明細書を子細に検討しても,前記のとおり,要因1がそのような構成に関与し得ることが認められるものの,本件発明が,車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現するといった説明もないし,まして,そのために,要因1以外の要因が必要であるとか,要因1ないし4が一体となって実現される結果であることや要因5が必要であるといったことについては,これを開示し,あるいは示唆する記載は全く存在しない(なお,原告は,本件明細書の図2及び図3を挙げて,要因2,要因3,要因5が記載されていると主張するが,図面に示された位置関係がたまたま要因2を充足しているとしても,これらの図面の説明としても本件明細書の他の記載においても,要因2が車両の旋回時にアンダーステアを得るために必要であることについては何ら記載されていないし,また,要因3との関係でも,ゴムブッシュの厚さがアンダーステアに影響する点に関しては本件明細書には何の説明もなされておらず,要因5についての説明も全くない。また,要因4について原告の引用する段落【0028】の記載も,アンダーステアを実現するための要因として説明されているものではない。)。 上記によれば,原告の主張する本件発明の技術的意義,すなわち,要因1ないし4が一体となって機能し,また要因5を備えることによって,車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現するということは,本件明細書からこれを窺い知ることができない。本件発明の技術的意義についての原告の上記主張は,本件明細書の記載を離れてするものであって,採用の余地がない。 2 刊行物に記載の発明における阻害要因の存否について 原告が主張する点は,刊行物のラバー・ブシュ108の構造,アクスルハウジングとトレーリングアームの前端部との高さ位置関係からみて,刊行物のサスペンションはオーバーステアとなるから,本件発明に想到するについての阻害要因があるというものであるが,この主張は,本件発明が要因1ないし5を備えることを内容としていることを前提として,そのような要因を備えない刊行物に記載の発明には阻害要因があるとするものである。 しかしながら,前記1において説示したとおり,そもそも本件発明については,特許請求の範囲(請求項1)において,要因1(E1)は明示されているものの他の要因2ないし5については記載されているものではなく,また,本件明細書全体をみても,車両の旋回時に必ずアンダーステアとなるために要因1以外の要因が必要であるとか,他の要因がどのように協働してアンダーステアを実現するかといったことは全く開示も示唆もされていないのである。したがって,本件発明に想到するについて刊行物に阻害要因がある旨をいう原告の主張は,本件発明が要因1ないし5を備えることを内容としているという前提自体誤っているものである上,阻害要因として挙げる要因3,要因5との関係での刊行物に記載の事項の内容(ラバー・ブシュ108の構造,アクスルハウジングとトレーリングアームの前端部との高さ位置関係)も,要因3,要因5が本件発明において車両の旋回時におけるアンダーステアの実現のための要件として規定されていない以上,そもそも阻害要因の存在を基礎付ける事項たり得ないものである。上記によれば,原告が阻害要因として主張する上記主張は,そもそもその前提を欠くものとして理由がないことは明らかであるから,その内容につき具体的に検討する必要もないものであるが,念のためにその内容を検討しても,下記のとおり採用することができないものである。 (1) 刊行物の「ラバー」の語が本件発明の「ゴム」の語と同義であることは明らかであり,サスペンションの機構上,刊行物に記載されたラバー・ブシュ108は,本件発明のゴムブッシュと対応する。 そして,刊行物の,ラバー・ブシュ108の剛性がアクスルの剛性よりも相対的に低いことは,部材を構成する素材の性質上明らかであるから,アクスル24に捩じり力を加える力が働けば,変形の限度はともかくとして,まず,ラバー・ブシュ108が,弾性変形可能な範囲において変形するものと認められる。このことからみて,「外側部材と内側部材との軸心は,基本的に軸直交方向にずれ動かない」とする,原告の主張は失当であり,採用できない。 そして,刊行物の図7に示されるラバー・ブシュ108の厚みが小さく,変形の限度が大きくないとしても,本件発明においても,ゴムブッシュの厚みや変形の限度について,格別特定するところはないのであるから,この点において,両者に差異があるとはいえない。 (2) 原告は,刊行物記載のサスペンションは,要因5を備えていないから,明らかにオーバーステアとなるというが,そもそも,原告の主張する要因5は,内外輪それぞれの側におけるアクスルハウジングの高さ位置の変動が大きくないことをいうのみであって,要因5の存否自体が直ちにアンダーステアの実現の成否に結び付くものではない。 そして,後記3において説示するとおり,刊行物記載のサスペンションは車両の旋回時においてアンダーステアの状態となるというべきであるから,刊行物に記載の発明ではオーバーステアとなることが明らかであるとする原告の主張は,失当である。 3 刊行物に記載の発明がアンダーステア傾向にあるとした審決の認定について 刊行物の図1(甲6の1)に示されるサスペンションにおいても,締付けアセンブリ28に対するアクスル24の端部の取付中心位置は,ラバー・ブシュ108が各アセンブリ28を支持する支持中心位置よりも下方に位置させているもので,本件発明と同様にE1(すなわち要因1)を備えている(このことは原告も争っていない。)のであるから,仮に,本件発明のように,E1の構成(すなわち要因1)を備えていることによって,「車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができるように構成している(E2)」というのであれば(既に述べたとおり,「車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができる」というのは,車両旋回時においてアンダーステアの状態となるということと同義である。),刊行物に記載の発明においても同様に,車両の旋回時においてアンダーステアの状態となるというべきである。 なお,刊行物の図1(甲6の1)においては,上記に加えて,トレーリングアーム16がラバー・ブシュ108を介して締付けアセンブリ28を支持する中心位置は,トレーリングアーム16がボルト38に連結される点の中心位置より上方であり,原告のいう要因2を備えることが認められる。そうであれば,なおのこと,刊行物の発明においても車両の旋回時においてアンダーステアの状態となるというべきである。 したがって,刊行物に記載の発明がアンダーステア傾向にあるとした審決の認定に誤りがあるということはできない。 4 「技術常識1」について 原告の主張は,要因2ないし4が不可分一体となってアンダーステア特性が得られるという点は,本件明細書において初めて開示されたものであるとして,この点を技術常識であるとした審決の認定を非難するものであるが,既に述べたとおり,本件明細書には,アンダーステアを得るために,要因2ないし4が必要であるとか,それらが一体となってアンダーステアが実現されるといったことについて記載されていないのであるから,原告が「技術常識1」についての審決の認定を非難する点は,その前提において失当であるのみならず,本件発明の進歩性の判断の結論に影響するものではない。 5 審決の進歩性の判断について 原告は,前記2ないし4(刊行物に記載の発明における阻害要因の存在,刊行物に記載の発明がアンダーステア傾向にあるとした認定の誤り,技術常識1の認定の誤り)の主張を前提として,相違点2についての審決の判断を非難するものであるが,その前提として主張するところがいずれも理由がないことは既に検討したとおりである。 審決は,「相違点2」として,刊行物に記載の発明では,「上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させている(E1)」ものの,「車両旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができるように構成している(E2)」ことについては言及されていない点を挙げる(審決書8頁31行〜37行)。 ここで,本件発明の請求項1の「E2」の記載は,本件発明を機能的に特定するものであって,具体的な構成を特定するものとは認められない。そこで,そのように機能するための具体的な構成について本件明細書をみるに,前記1において説示したとおり,要因1(すなわち「E1」の構成)がこれに関与し得るものであることは認められるものの,それ以外の要因が必要であるとか,要因1ないし4が一体となって,車両の旋回時,必ずアンダーステアを実現するといったことについて開示し,あるいは示唆する記載は全く存在しない。 そうすると,本件明細書の記載に基づけば,本件発明における上記「E2」の記載は,「E1」の構成とした場合にもたらされる機能を表現した以上のものと理解することはできない。仮に,E1の構成としただけで直ちにE2の結果を得られないものであるとしても,自動車のステアリングの設計において安全面等からアンダーステアとすることが技術常識(審決書10頁8行〜10行にいう「技術常識2」。自動車工学全書編集委員会編「自動車工学全書11 ステアリング,サスペンション」(株式会社山海堂昭和55年8月20日初版発行。乙4)30頁〜31頁)であること,そして本件明細書にはこれを実現するための具体的構成が特定されていないことを考慮すれば,本件発明におけるE2の記載は,アンダーステアを実現するにするために当業者が技術常識に照らしてとり得る自明の技術事項をいうものと理解するほかはない。 そうであれば,刊行物に記載の発明においても,当業者が技術常識に鑑み「E2」の構成とすることに何ら困難はないというべきであり,相違点2についての審決の判断に誤りはない。 6 結論 以上検討したところによれば,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りは見当たらない。 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 三村量一 |
裁判官 | 古閑裕二 |