運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  容易に想到(容易想到性) /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  異議申立 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 13年 (行ケ) 126号 審決取消請求事件
原告 光洋精工株式会社
訴訟代理人弁護士 上谷清
同 宇井正一
同 笹本摂
同 弁理士 篠崎正海
被告 日本精工株式会社
被告 株式会社牧機械製作所
両名訴訟代理人弁護士 久保田 穰
同 増井和夫
同 復代理人弁護士 橋口尚幸
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2000−35401号、無効2000−35420号事件について平成13年2月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告ら 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「動力舵取装置」とする特許第2603479号発明(昭和62年7月24日特許出願、平成9年1月29日設定登録)の特許権者である。
なお、原告は、上記特許に対する別件特許異議申立事件の係属中の平成10年9月28日、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の各記載を訂正する旨の訂正請求をし、特許庁は、同特許異議申立事件につき、平成12年12月21日、訂正を認め、上記特許を維持する旨の決定をし、その決定はそのころ確定した。
被告日本精工株式会社は同年7月24日に、同株式会社牧機械製作所は同月31日に、それぞれ本件特許につき無効審判の請求をした。
特許庁は、上記両請求を無効2000-35401号及び無効2000-35420号の併合事件として審理した上、平成13年2月16日に「特許第2603479号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし、
その謄本は同月28日原告に送達された。
2 上記訂正請求に係る訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨 舵輪に連設され車室内部に配設された舵輪軸を車室外部に配設されたラックピニオン式舵取機構にユニバーサルジョイントを介して連結してあり、前記舵輪に加えられる操舵トルクの検出結果に基づいて操舵補助用のモータを駆動する動力舵取装置において、
前記舵輪軸は、舵輪側から舵取機構側へ上部軸、連結部材及び下部軸の順に同軸に配設されてなり、該下部軸はトーションバーを介して連結される入力軸と出力軸とを備え、
前記上部軸から下部軸への伝動系中に介装された第1衝撃エネルギー吸収機構と、
前記トーションバーのねじれ変位を検出して前記操舵トルクを検出するトルクセンサと、
前記舵輪軸の前記トルクセンサの配設位置よりも舵取機構側の前記下部軸の前記出力軸に嵌着されたウォームホイール及び該ウォームホイールの軸心と直交して噛合されたウォーム軸を有する伝動装置と、
上部軸ハウジング、下部軸ハウジング及び該上部軸ハウジングと下部軸ハウジングとを連結する連結部材ハウジングからなる前記舵輪軸のハウジングと、
この上部軸ハウジング及び連結部材ハウジングの間に配設された第2衝撃エネルギー吸収機構とを備え、
前記下部軸ハウジングは前記舵輪軸のハウジングの舵取機構側端部に配設され、
前記伝動装置及び前記トルクセンサを収納すると共に、舵輪側及び舵取機構側の分割構成となっており、そのいずれかの外側に前記モータを装着してあることを特徴とする動力舵取装置。
3 審決の理由 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件発明は、特開昭59-63265号公報(審判・本訴とも甲第2号証)及び実願昭59-135011号(実開昭61-48870号)のマイクロフィルム(審判・本訴とも甲第3号証)記載の各発明並びに周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法123条1項2号の規定により無効とすべきものとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、請求人(注、被告)日本精工株式会社の、本件出願日は手続補正がされた平成8年9月5日とすべきである旨の主張を排斥し、本件の出願は現実の出願日である昭和62年7月24日にされたものであるとした判断(審決謄本14頁20行目〜15頁30行目)、請求人(注、被告)株式会社牧機械製作所の、上記訂正請求に係る訂正に起因する無効理由の主張を排斥した判断(同15頁31行目〜16頁25行目)は認める。
審決は、本件発明と甲第2号証記載の発明の構成の対比認定を誤った結果、
両者の一致点の認定を誤るとともに相違点を看過し(取消事由1)、両者の相違点1、3についての判断を誤り(取消事由2、3)、また、本件発明の作用効果についての判断を誤った(取消事由4)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り及び相違点の看過) (1) 審決は、「甲第2号証に記載の発明の『第1、第2の操舵シャフト』は、
その操舵のための機能から見て、全体として本件発明の『舵輪軸』に対応し、その配置及び機能から見て、『第2の操舵シャフト5』は本件発明の『下部軸』に対応するとともに、『第1の操舵シャフト2』は、第2の操舵シャフト5に対してステアリングホイール1側にある点において本件発明の『上部軸』に対応するものと認める」(審決謄本20頁33行目〜末行)と認定するが、誤りである。
すなわち、ラックピニオン式舵取り装置においては、三つのシャフト(舵輪軸、中間軸、ピニオン軸)が二つのユニバーサルジョイントにより連結されていることが技術常識である。甲第2号証の従来技術の記載(3欄11行目〜5欄6行目)においても、一般に、ラックピニオン式舵取装置は、舵輪(甲第2号証にいう「ステアリングホイール」)に一端が連結され他端が第1のユニバーサルジョイントに連結された同軸の舵輪軸(同「第1の操舵シャフト2」)と、車両のレイアウト上舵輪軸と所定角度を成して第1のユニバーサルジョイントを介して連結される中間軸(同「第2の操舵シャフト5」)と、車両のレイアウト上中間軸と所定角度を成して第2のユニバーサルジョイントを介して連結されるピニオン軸(同「第3の操舵シャフト7」)と、ピニオン軸に噛み合うラック軸とを有する構成から成るとされている。
これを本件発明の構成と対比すると、本件発明では、舵輪からユニバーサルジョイントに至る同軸構成のものを「舵輪軸」としているのであるから、これに対応するのは、甲第2号証記載の発明の「第1の操舵シャフト2」であって、審決の認定するように、甲第2号証の「第1の操舵シャフト2」及び「第2の操舵シャフト5」が、それぞれ本件発明の舵輪軸のうちの「上部軸」及び「下部軸」に対応するものではない。
(2) さらに、審決は、「甲第2号証に記載の発明の各ハウジングは、それらが覆う操舵シャフト2、5と本件発明を構成する舵輪軸との対応関係からみれば、ハウジング(A)は上部側にある第1の操舵シャフト2を覆う点で、本件発明の『上部軸ハウジング』に相当し、ハウジング(B)はその大半が下部側の軸を覆う点で、本件発明の『下部軸ハウジング』に相当するものと認められる」(審決謄本21頁1行目〜5行目)と認定するが、上記のとおり、甲第2号証の第2の操舵シャフト5は、本件発明の下部軸に相当するものではない以上、この第2の操舵シャフト5を覆っているハウジング(B)が下部軸ハウジングに相当しないことは明らかである。
(3) 審決は、本件発明と甲第2号証記載の発明の構成の対比認定を上記のとおり誤ったため、両者の一致点の認定(審決謄本21頁21行目〜22頁1行目)を誤るとともに、甲第2号証に記載の発明では、トルクセンサと伝動装置が「第2の操舵シャフト」に設けられているのに対して、本件発明では甲第2号証の第1の操舵シャフトに相当する「舵輪軸」に設けられているとの相違点を看過した違法がある。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) (1) 審決は、本件発明と甲第2号証記載の発明との相違点1のうち、本件発明の舵輪軸が、舵輪側から舵取機構側へ上部軸、連結部材及び下部軸の順に同軸に配設されるのに対し、甲第2号証記載の発明では、第1、第2の操舵シャフトはユニバーサルジョイントで結合されているとの部分に関して、「一般に複数軸を連結配置するにあたり、特段の要請がない限り同軸に配置することが従来より多用される周知の設計手法であることを勘案すると・・・第1、第2の操舵シャフトを、上部軸、連結軸、下部軸の3部材構成とすることは、当業者にとって、格別の困難性を有する事項とは認められない」(審決謄本23頁7行目〜13行目)と判断する。
(2) しかし、甲第2号証記載の発明の第1、第2の操舵シャフトを同軸構成とすることは、ラックピニオン式舵取装置に関する当業者の技術常識に反するといわざるを得ない。すなわち、審決の上記判断を前提とすると、同軸構成とされた第1、第2の操舵シャフトの一定の角速度は、第2のユニバーサルジョイントによって正弦波状の角速度に変換されて第3の操舵シャフトに伝達され、好ましくないトルク変動を生ずることとなり、操舵フィーリングの悪い危険な舵取装置となってしまう。これは、甲第2号証に記載の発明と本件発明の構成との対比認定の誤り(上記1(1))に起因した誤りである。
(3) 被告らは、上部軸側に甲第2号証記載の構成を採用し、下部軸部分については甲第3号証の構成を採用することにより本件発明は容易に想到することができた旨主張する。しかし、本件発明は、舵輪軸を、上部軸、連結部材及び下部軸の3部同軸構成とし、その各部に対応するハウジングについても3部構成とした点に特徴があるところ、甲第2、第3号証記載の各発明においては、本件発明の舵輪軸に対応するシャフト部材として2軸構成のものしか示されておらず、このようなシャフトでは、衝撃エネルギー吸収機構、トーションバー及びウォームホイールの伝達機構を一括して設けることはできない。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り) (1) 審決は、本件発明と甲第2号証記載の発明との相違点3として、「本件発明はウォームホイール及び該ウォームホイールの軸心と直交して噛合されたウォーム軸を有する伝動装置を用いるものであるのに対し、甲第2号証のものは、軸に嵌着されたギアを含む伝動装置を用いるものの、ウォーム及びウォームホイールを用いるものでない点」(審決謄本22頁20行目〜23行目)を認定した上、この相違点について、甲第3号証には、「出力ステアリングシャフトに、ウォームホイール(16)が設けられ・・・ているパワーステアリング装置」が記載されているとの認定(同20頁20行目〜26行目)に基づいて、「甲第3号証には、コンパクトに構成するための技術として、別異の目的のために採用するクラッチの有無にかかわらず、ウォームホイール(16)を設け、このウォームホイールの軸心と直交して噛合されたウォーム(15)を備えたウォームギア伝動装置の採用を把握することができるのであるから、相違点3は、甲第2号証のものに、甲第3号証に記載される技術を適用して当業者が容易になし得たものと認める」(同23頁24行目〜30行目)と判断するが、誤りである。
(2) すなわち、甲第3号証記載の発明においては、ウォームホイール(16)はスリーブ(32)に設けられており、出力側ステアリングシャフト(22)に設けられていない。出力側ステアリングシャフト(22)には電磁クラッチ(35)が設けられているにすぎない。そもそも甲第3号証記載の発明は、出力側ステアリングシャフトからの突出部をできるだけ少なくしてシャフトから横方向のスペースが少なくて済むようにしたものと解され、この電磁クラッチの存在を無視することはできない。そして、相違点3についての審決の上記判断は、甲第3号証記載の発明のこのような誤った認定に基づくものであって、誤りというべきである。
4 取消事由4(作用効果についての判断の誤り) (1) 審決は、「甲第3号証の小型化をみれば、小型化は、一般に他部材へのさらなる空間を提供するものであるから、その採用により新たな空間を必要とする衝撃エネルギー吸収機構に役立つことは、当業者にとって予測される効果と云うべきである」(審決謄本24頁7行目〜10行目)と判断するが、誤りである。
(2) 本件発明は、第1、第2衝撃エネルギー吸収機構を備えているので、衝突時の安全性が高い上に、小型短寸に構成することができ、軽自動車への適用が可能となり、また、モータからの伝動装置にウォーム軸及びウォームホイールを使用したことにより伝動装置を装着する部分の舵輪軸の軸方向の寸法を短寸化することができ、その分を衝撃エネルギー吸収機構の吸収ストロークに当てることが可能となるため、安全性を高めることができるとの作用効果を奏する。これに対し、甲第3号証記載の発明においては、出力側ステアリングシャフトに電磁クラッチが設けられていることは上記3のとおりであって、その分、舵輪軸の軸方向の寸法の長大化をもたらしている。すなわち、甲第3号証において「小型化」といっているのは、
軸方向の寸法の短寸化を意味するものではないから、舵輪軸の軸方向の寸法の短寸化を予測することは困難であり、ましてや、衝撃エネルギー吸収機構の吸収ストロークとの関係については何らの示唆もなく、本件発明の上記作用効果は甲第3号証から予測されるものとはいえない。
被告らの反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)について 本件明細書(甲第4号証添付)に示された本件発明の上部軸、連結部材及び下部軸の構成並びにその作用効果に基づいて、本件発明と甲第2号証記載の発明を比較すれば、原告が取消事由1として主張する点は、いずれも理由がなく、審決の認定が正しいことは明らかである。
すなわち、第1の操舵シャフト2はその中間にエネルギー吸収機構を備えており、舵輪側の可動部分が上部軸に相当し、固定部分が連結部材に相当するのであるから、本件発明の衝撃エネルギー吸収機構を備える上部軸及び連結部材の部分と、甲第2号証記載の発明の操舵シャフト2は、各要素の配置についても、機能的にも一致している。そして、本件発明では、衝撃エネルギー吸収機構を有する上部軸及び連結部材の下方に下部軸を設け、下部軸には入力側にトルクを検出する機構を備え、出力側にモータ及び伝動機構により操舵補助を行う機構が備えられているところ、甲第2号証記載の発明の第2の操舵シャフトも、本件発明の下部軸と、その配置及び機能において一致している。また、甲第2号証記載の発明の第1、第2の操舵シャフト及びこれと一体を成す衝撃エネルギー吸収機構と操舵補助機構は、
本件発明と同じく車室内に配設されている。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について (1) 甲第2号証記載の発明の下部軸が上部軸と同軸でない点は、本件発明の進歩性に関し重要な相違ではない。舵輪軸を途中で傾ける必要があるかどうか、また途中で傾けるとしても、どの位置で、どの程度の角度で傾けるかは、車室の設計及び舵輪軸の設計により適宜変更され得ることにすぎない。甲第2号証記載の発明では、たまたま車室内の舵輪軸を途中で傾けているが、下部軸までを同軸状に配置することが可能な車室の設計であれば、下部軸まで同軸とすることに何の困難性もない。現に、甲第3号証は、上部軸と同軸に下部軸を設け、その下部軸の下端にモータとウォーム及びウォームホイールを配設している。結局、本件発明は、ウォーム及びウォームホイールにより伝達機構を小型化して操舵補助モータと伝動機構を車室内に配置させるようにした点に特徴があるのであり、上部軸と下部軸が同軸であるか否かに実質的な意味があるわけではない。
(2) 原告は、甲第2号証記載の発明の第1、第2の操舵シャフトを同軸構成とした場合、第3の操舵シャフトに好ましくないトルク変動を生ずる旨主張するが、
本件明細書にはそのような問題点は何も記載されておらず、この点を発明の要素とする思想は全くうかがわれない。ユニバーサルジョイントの数についても何も記載されていないのであるから、下部軸からラックピニオンまでの構成は技術常識に委ねられているものと解される。甲第2号証に開示された衝撃エネルギー吸収機構と操舵補助機構を車室内に収容する技術思想が、甲第2号証の第1の操舵シャフトと第2の操舵シャフトを同軸にしたのでは成り立たないというなら格別、そのような事情は存在しない。かえって、甲第2号証は、電動機の回転力を加える軸自体への入力トルクを測定して電動機を制御すれば、原告の主張するようなトルクの変動に関する相違は生じないことを教示している。
(3) 甲第3号証は、下部軸までを同軸構成とした舵輪軸を開示しているところ、同号証の第2図では、明記されてはいないものの、その下端の先に車輪の軸に連結される機構が存在することは当然である。その間に軸を傾ける必要があるときは、技術常識により2個のユニバーサルジョイントを介してラックピニオン舵取機構に連結される。すなわち、衝撃エネルギー吸収機構を内蔵する上部軸側として甲第2号証の構成を採用し、下部軸部分については甲第3号証の構成を採用することにより、本件発明は容易に想到することができたものである。そもそも車室内にある舵輪軸の下部軸部分までを同軸に配置できるかどうかは、車室の形状により定まる問題であって、発明の進歩性とは関係がない。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について (1) 原告は、審決の甲第3号証記載の発明の認定の誤りを主張するが、同号証記載の発明のスリーブは、出力側ステアリングシャフトと同軸のステアリングシャフトよりも直径のやや大きな筒状部材であり、電磁クラッチが連結している通常の運転状態において、ステアリングシャフトと一体的に回転する。すなわち、ステアリングシャフトとスリーブが一体として下部軸の出力軸を構成すると見ることができるのであって、審決が、甲第3号証記載の発明のウォームホイールは出力側ステアリングシャフトに設けられていると認定したことに誤りはない。また、モータとステアリングシャフトの間のどこかにクラッチを使用することは技術常識であり、
それをどこに配置するかは単なる設計事項にすぎない。そもそも、甲第3号証記載の発明が解決しようとした従来技術の最大の問題点は、歯車箱が大型高重量であったことにあるところ、大型高重量の歯車箱に換えてウォーム及びウォームホイールを採用することで、電磁クラッチをどの位置に設けようとも、十分に小型化の効果を有することが明らかである。したがって、甲第3号証記載の発明の認定において電磁クラッチの存在を無視することはできないとの原告の主張も失当である。
(2) さらに、原告は、審決は、上記の誤りに基づいて相違点3についての判断を誤った旨主張するが、その前提において失当であることは上記(1)のとおりである上、特開昭61-37580号公報(乙第1号証)には、電動パワーステアリング装置について、モータの回転軸にウォームを設け、舵取機構の軸にウォームホイールを設けることにより、「装置の小型化を図る」ことが明記されている(2頁右上欄8行目〜11行目、同欄17行目〜左下欄1行目、第1図)。実願昭59-75395号(実開昭60-188064号)のマイクロフィルム(乙第2号証)も、
同様にパワーステアリング装置につき、モータの回転力をウォームとシャフトに一体に結合されたウォームホイールにより伝達する機構が明記されている(8頁11行目〜9頁6行目)。このような周知技術も参照し、甲第2号証記載の発明の歯車による伝動機構を、ウォーム及びウォームホイールの構成に変更することは、当業者にとって何らの困難性もない事項というべきである。
4 取消事由4(作用効果についての判断の誤り)について 原告は、甲第3号証から、舵輪軸の軸方向短寸化を予測することは困難であり、衝撃エネルギー吸収機構の吸収ストロークの関係については何らの示唆もない旨主張するが、そもそも、衝撃エネルギー吸収機構の設置は法規上の要請であり、
その構成は周知技術となっていた。衝撃エネルギー吸収のために、どの程度の吸収ストロークが必要かは、下部軸の構成とは独立にあらかじめ定まる事項にすぎない。上部軸と連結部材に必要な長さを確保した上で、車室内に下部軸と下部軸に取り付けられるモータ及び伝動機構を配設する余裕があるか否かが問題なのであり、
下部軸及び伝達機構等を小型化することができれば、本件発明の目的効果は自ずから達成される。したがって、本件発明には、原告の主張するような予測困難な作用効果など存在しない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)について (1) 原告は、甲第2号証の「第1の操舵シャフト2」及び「第2の操舵シャフト5」が、それぞれ本件発明の舵輪軸のうちの「上部軸」及び「下部軸」に対応するとした審決の対比認定は誤りであって、そのため、審決は、両者の一致点の認定を誤り、相違点を看過した旨主張するので、以下判断する。
(2) まず、甲第2号証には、「一般に車輌の操舵機構は第1図に示すようになっている。すなわち、ステアリングホイール1は右又は左に偏った位置にあり、ステアリングホイール1に接続した第1の操舵シャフト2を、傾けずに直接、操舵用のラック・ピニオン3に連結できないので、第1のユニバーサルジョイント4を用いて第2の操舵シャフト5を角度αだけ傾けて接続し、第2の操舵シャフト5に更に第2のユニバーサルジョイント6を介して第3の操舵シャフト7を接続している。互いに連結されたシャフト間に傾きがあると、入力側のシャフトに一定のトルクを加える場合でも出力側のシャフトには常時変動するトルクが生ずる。そこで、
ステアリングホイール1からのトルクがラック・ピニオン3に変動を生ずることなく伝わるように、第2の操舵シャフト5と第3の操舵シャフト7とをαだけ傾けることにより、トルク変動を相殺するようにしている。電動パワーステアリング装置の電動機等を設置する場合、設置位置を第1の操舵シャフト2にするとドライバのステアリング操作の妨げになるし、第2の操舵シャフトに取付けると、ラック・ピニオン3には変動するトルクが伝わるので、従来より取付位置を第3の操舵シャフト7にしている。しかしながら、第3の操舵シャフト7は短いし、その囲りのスペースが狭いので、シャフト7に電動機等を取付けるためには、第2の操舵シャフト5と第3の操舵シャフト7との傾きαを変えなければならない。したがってその場合には第1の操舵シャフト2と第2の操舵シャフト5との傾きαと第2の操舵シャフト5と第3の操舵シャフト7との傾きαを等しくするため、操舵機構全体を作り直す必要がある。しかも、第3の操舵シャフト7の位置するエンジンルーム内は狭いから取付スペースの確保が難かしいし、エンジンの発する熱によりモータのトルク低下、故障等を生じやすい」(3欄11行目〜5欄6行目)、「本発明においては、電動機を第2の操舵シャフトに連結し、この位置よりもステアリングホイール側の第2の操舵シャフトにトルク検出器を設けて、このトルク検出器の出力に応じて電動機の出力を制御する。これによれば、第3の操舵シャフト(7)にトルク変動を生ずることなく、電動機等を最も好ましい第2の操舵シャフト(5)の位置に配置しうる」(5欄16行目〜6欄3行目)との記載が認められる。
この記載に第1、2図の図示を総合すれば、一般的なラックピニオン式舵取機構は、ステアリングホイールによって与えられた回転トルクを伝達する基本構成として、ステアリングホイールに一端が連結され他端が第1のユニバーサルジョイントに連結された同軸の第1の操舵シャフトと、これと所定角度を成して第1のユニバーサルジョイントを介して連結される第2の操舵シャフトと、更にこれと所定角度を成して第2のユニバーサルジョイントを介して連結される第3の操舵シャフトという3軸構成から成り、第3の操舵シャフトに伝達された回転トルクは、ラックピニオン機構によって軸方向のトルクに変換されるという構成を有するものであったこと(以下、このような3軸構成に係る各操舵シャフトを、舵輪側から順に「コラム軸」、「インタミ軸」及び「ピニオン軸」ということがある。)、甲第2号証記載の発明は、このような基本構成自体は踏襲した上で、電動パワーステアリング装置の電動機等の取付位置を、従来の第3の操舵シャフトから取付スペース等の点で最も好ましい第2の操舵シャフトに変更することによって、取付スペース等に係る課題を解決したものであることが認められる。そして、現実の車両におけるラックピニオン式舵取機構においては、舵輪の位置やスペースの関係で舵輪からラックピニオン機構までを同軸に、すなわち1軸構成とすることは困難である一方、
軸を傾けることによって生ずるトルク変動の問題を回避する必要もあり、これらの要請を満たすためには、上記のような3軸構成とする技術的な必然性があるということができる。そして、通常の車両においてこれと異なる軸構成が採用されていた例を示す証拠もないから、上記の3軸構成は、ラックピニオン式舵取機構における標準的な技術となっていたと解するのが相当である。
(3) 他方、本件発明においては、電動パワーステアリング装置を備えたラックピニオン式舵取機構に関するものという点では甲第2号証記載の発明と共通するものの、本件発明の要旨に規定するとおり、「舵輪に連接され車室内部に配設され」、「車室外部に配設されたラックピニオン式舵取機構にユニバーサルジョイントを介して連結してあり」、かつ、「舵輪側から舵取機構側へ上部軸、連結部材及び下部軸の順に同軸に配設されて」成る「舵輪軸」及び当該舵輪軸に取り付けられる電動装置等に係る構成がもっぱら規定されているにとどまり、本件明細書の発明の詳細な説明を総合しても、ステアリングホイールによって与えられた回転トルクをラックピニオン機構に伝達する間の基本構成は明示されておらず、第1図(甲第5号証)においても、舵輪軸の出力側がユニバーサルジョイントに連結されている部分までの図示はあるものの、その先の構成は示されていない。
しかし、ラックピニオン式舵取機構の標準的な技術として、舵輪からラックピニオン機構に至るまでに、コラム軸、インタミ軸及びピニオン軸の3軸を二つのユニバーサルジョイントを介して連結するという基本構成が採用されていたことは上記(2)のとおりであるところ、本件発明においても、上記のような一般的なラックピニオン式舵取装置の軸構成と異なる構成があえて採用されていると見るべき事情はうかがわれない。むしろ、上記のような3軸構成は当然の前提として本件明細書においてその記載が省略されたにすぎないと解され、このことは、本件明細書(甲第4号証添付、2頁末行)において、従来技術として特開昭59-63265号公報、すなわち甲第2号証を引用していることからも裏付けられる。そうすると、本件発明は、このような3軸構成を前提として理解されるべきものであるから、上部軸、下部軸及び連結部材を含む「舵輪軸」は、「舵輪に直接連接された同軸のシャフト」にほかならず、これを上記の3軸構成の中に位置付けた場合、その全体が、コラム軸すなわち甲第2号証記載の発明の「第1の操舵シャフト2」に相当するというべきである。
被告らは、本件発明の上部軸及び下部軸と、甲第2号証記載の発明の操舵シャフト1、2は、配置及び機能において一致する旨主張するが、上記のようなラックピニオン式舵取機構において標準的な技術とされていた全体構成を無視したものといわざるを得ず、採用することはできない。
(4) 以上のとおり、甲第2号証の「第1の操舵シャフト2」及び「第2の操舵シャフト5」が、それぞれ本件発明の舵輪軸のうちの「上部軸」及び「下部軸」に対応するとした審決の対比認定は、誤りというべきであり、これを前提とする両者の一致点の認定(審決謄本21頁21行目〜22頁1行目)もまた誤りというべきである。その結果、審決は、甲第2号証記載の発明の「操舵トルク検出手段」が第2の操舵シャフトに設けられている一方、本件発明の「トルクセンサ」が第1の操舵シャフトに相当する舵輪軸に設けられているとの相違点を看過したことは明らかである。
したがって、原告主張の取消事由1は理由がある。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について (1) 原告は、取消事由2として、甲第2号証記載の発明の第1、第2の操舵シャフトを同軸構成とすることは、ラックピニオン式舵取装置に関する当業者の技術常識に反する旨主張するところ、この点は取消事由1と密接に関連するので、念のため判断するに、以下のとおり、甲第2号証記載の発明の第1、第2の操舵シャフトを本件発明の舵輪軸のように同軸構成とすることが当業者の容易に想到し得たこととはいえない。
(2) すなわち、ラックピニオン式舵取機構においては、コラム軸、インタミ軸及びピニオン軸の3軸を順次ユニバーサルジョイントを介して連結する3軸構成が一般的に採用されており、かつ、そのような構成には技術的必然性があることは前示のとおりである。しかも、上記1(2)で引用した甲第2号証の記載によれば、同号証記載の発明においては、第1、第2の操舵シャフトを同軸構成(傾きα=0)とすることは予定されていないというべきであるし、仮に、これを同軸に構成した場合、第1、第2の操舵シャフト間の傾きに由来するトルク変動と、第2、第3の操舵シャフト間の傾きに由来するトルク変動とを相殺するという前提が崩れ、第3の操舵シャフト7に伝達される回転トルクに影響を及ぼし、好ましくないトルク変動を生ずる結果となることは明らかである。したがって、審決が、「一般に複数軸を連結配置するにあたり、特段の要請がない限り同軸に配置することが従来より多用される周知の設計手法である」(審決謄本23頁7行目〜8行目)として、甲第2号証記載の発明の第1、第2の操舵シャフトを本件発明の舵輪軸のように同軸構成とすることが容易に想到し得たとした判断は誤りというべきである。
(3) 進んで、この点に関する被告らの主張について検討する。
ア まず、被告らは、上部軸と下部軸が同軸であるか否かに実質的な意味はない旨主張するが、本件発明は、上部軸と下部軸を「同軸に配設」することをその要旨として規定する以上、これを無視することができないのは当然であるし、本件発明を実質的に見ても、上部軸と下部軸を同軸構成とすることは、舵輪軸の長さ方向の寸法を短くするとともに、所望の衝撃エネルギー吸収特性を得るという発明の目的(本件明細書〔甲第4号証添付〕3頁5行目〜15行目参照)に関わるものと解されるのであって、いずれにせよ被告らの上記主張は採用することができない。
イ 次に、被告らは、本件明細書には原告の主張するようなトルク変動の問題点は記載されておらず、むしろ、甲第2号証は、そのような問題は生じないことを教示している旨主張する。しかし、本件発明は、上記のような3軸構成を前提として、そのコラム軸に相当する舵輪軸に操舵補助用のトルクを補助するという構成を採用していると解されるものであるから、上記1(2)で引用した甲第2号証の記載から明らかなように、トルク変動の問題を意識する必要がなく、したがって、その記載がないのは当然である。これに対し、甲第2号証記載の発明の第1、第2の操舵シャフトを同軸構成とするのは、上記のような前提を覆すものであるから、本件明細書において直接には意識されていないトルク変動の問題を惹起することとなるのであって、このことは、本件明細書のトルク変動に関する記載の有無によって左右されるものではない。また、甲第2号証には、インタミ軸である第2の操舵シャフトに電動パワーステアリング装置の電動機を設置してもトルク変動の問題が生じないとの記載(6欄1行目〜7欄13行目)は認められるが、これが上記のような3軸構成を前提としていることは当該記載から明らかであって、このような前提を変えてしまう構成の変更、すなわち第1、第2の操舵シャフトを同軸に構成することについて、何らの示唆も与えるものとはいえない。被告らの上記主張はいずれも失当というべきである。
ウ さらに、被告らは、上部軸側に甲第2号証記載の構成を採用し、下部軸部分については甲第3号証の構成を採用することにより本件発明は容易に想到することができた旨主張する。しかし、この主張によれば、甲第2号証記載の発明の第3の操舵シャフトの先に更に第3のユニバーサルジョイントを介して第4の操舵シャフトを設けることになってしまい、そのような構成が、甲第2号証に記載も示唆もされていないことは明らかである。しかも、被告らの上記主張に係る容易想到性については、審決の判断を経由していないものであるから、いずれにせよ、本件訴訟において採用することはできない。
3 以上のとおり、原告主張の取消事由1及び2は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、審決は取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利