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関連審決 審判1999-14663
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  技術的意義 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 183号 審決取消請求事件
原告 株式会社たつみ産業
訴訟代理人弁理士 阿部 美次郎
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 蔵野 いづみ
同 田中弘満
同 山口由木
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第14663号事件について平成13年3月13日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成8年2月16日、名称を「浄化槽設置方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願平8-29761号)が、平成11年9月7日に拒絶査定を受けたので、同月14日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成11年審判第14663号事件として審理した上、
平成13年3月13日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年4月2日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨 浄化槽を地中に設置するための方法であって、前記浄化槽を受ける基礎コンクリート板を、予め、工場において作成しておき、次に、地中に掘られた穴の底部に、前記基礎コンクリート板を、一枚のみ、設置し、次に、前記一枚の基礎コンクリート板の一面上に、前記浄化槽を直接に設置する浄化槽設置方法。
3 審決の理由 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本願発明が、実願昭62-120309号(実開昭64-25397)のマイクロフィルム(甲第4号証、以下「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用刊行物の記載事項及び引用発明の各認定、本願発明と引用発明との一致点及び相違点1〜3の各認定並びに相違点2及び同3についての各判断は認める。
審決は、本願発明と引用発明との相違点1についての判断を誤り(取消事由1)、さらに、引用発明及び周知技術からは予測できない本願発明の特有の作用効果を看過した(取消事由2)結果、本願発明が引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) (1) 審決は、本願発明と引用発明との相違点1として認定した「基礎コンクリート板の構成について、請求項1に係る発明(注、本願発明)が、一枚ものであるのに対し、引用刊行物に記載された発明(注、引用発明)では、プレキャストコンクリート版からなるスラブ板(1)を複数枚連結することにより浄化槽と同等寸法に形成したものである点」(審決謄本4頁20行目〜23行目)につき、「浄化槽の如くのタンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成することは・・・周知技術にすぎず、また、上記コンクリート板を一枚もので形成するか、部材を複数枚連結して形成するかは、上記タンク体の大きさ、施工現場の状況、道路,鉄道による物流に関する各種制限・・・等に基づき随時決定する程度の設計的事項にすぎないから、当該技術事項を考慮すれば、引用刊行物に記載された発明において、基礎コンクリート板を一枚ものとすることは当業者であれば適宜想到できたものである」(同4頁32行目〜5頁4行目)と判断し、上記周知技術に係る周知例として、特開昭59-41570号公報(甲第5号証、以下「周知例1」という。)、特開昭48-71023号公報(甲第6号証、以下「周知例2」という。)及び特開昭61-196077号公報(甲第7号証、以下「周知例3」という。)を挙げた。
しかしながら、以下のとおり、審決の上記判断は誤りである。
(2) 平成3年4月財団法人浄化槽設備士センター編集・発行の「小規模合併処理浄化槽施工技術特別講習会用テキスト」(甲第8号証、以下単に「講習会用テキスト」という。)に「浄化槽の機能に著しい影響を与えると考えられる施工不良による障害例をあげると、次のとおりである。 1)流入部が高く、流出部が低く施工されている場合 2)流入部が低く、流出部が高く施工されている場合 3)槽が左右いずれかに傾いている場合」(41頁24行目〜43頁2行目)と記載されているとおり、浄化槽は、流入部と流出部との相対関係や槽自体の配置に施工不良があると機能障害を生ずるものであり、本願発明が、基礎コンクリート板を一枚のみ設置するとの構成を採用したのは、このような浄化槽の設置に特有の不適正工事に起因する機能障害を回避するためである。
なお、平成11年4月2日付け手続補正書(甲第3号証)による補正後の本願明細書(甲第2号証、以下、同補正後の本願明細書を単に「本願明細書」という。)には、不適正工事に起因する浄化槽の機能障害についての説明及びこれを回避するために上記構成を採用した旨の記載はないが、「講習会用テキスト」(甲第8号証)は、当業者に広く知れ渡った刊行物であり、これに記載された不適正工事に起因する浄化槽の機能障害は、浄化槽設置に携わる当業者にとって常識的な技術事項に属し、明細書に記載がなくとも当然に考慮する事項である。
そして、上記のような施工不良(不適正工事)に起因する機能障害は浄化槽に特有の問題であり、審決が周知技術として挙示するタンク体ではおよそ考慮する必要のないものである。浄化槽設置には、このような機能障害の回避という特有の技術的課題が存し、本願発明の基礎コンクリート板を一枚のみ設置するとの構成は、この技術的課題を解決するために採用したものであるのに対し、浄化槽以外のタンク体においてはそのような技術的課題自体が存在しないのであるから、仮に、
浄化槽以外のタンク体において、基礎となるコンクリート板を一枚もので形成することが周知技術であり、かつ、コンクリート板を一枚もので形成するか、部材を複数枚連結して形成するかは設計的事項にすぎないとしても、そのようなタンク体における周知技術を、浄化槽に係る引用発明に適用して本願発明の構成とすることは容易にし得るものではない。
(3) 加えて、引用刊行物(甲第4号証)の「スラブ板1は・・・両側縁部には長手方向に沿って適宜間隔をおいて欠切部1cが形成されており、この欠切部1c内にはフック鉄筋1dが突出されている。又、スラブ板1の短手方向にも適宜間隔をおいて凹状の連結溝1fが形成されており、この連結溝1f内にもフック鉄筋1dが突出形成されている。このスラブ板1を複数長手方向に連結溝1f内のフック鉄筋1dを介して連結することにより前記浄化槽Cと同等寸法のスラブ板が形成される」(5頁19行目〜6頁12行目)との記載に照らし、引用発明において、一枚もののスラブ板を用いることが全く意図されていないことは明らかである。さらに、引用刊行物の「工場生産にて造形されたスラブ板1・・・を使用する」(5頁17行目〜18行目)との記載によれば、引用発明におけるスラブ板1の個々の小片は工場生産されるものと認められるが、引用刊行物の上記「このスラブ板1を複数長手方向に連結溝1f内のフック鉄筋1dを介して連結することにより前記浄化槽Cと同等寸法のスラブ板が形成される」との記載及び「図中Jは、対向するフック鉄筋1dを連結する連結金具である」(6頁13行目〜14行目)との記載に照らして、浄化槽の全体を受ける一枚のスラブ板を工場生産による一枚ものとすることはあり得ない。
したがって、引用発明には、タンク体に係る一枚ものの基礎コンクリート板を用いる周知技術を適用することを阻害する要因があるというべきであり、この周知技術を引用発明に適用することは容易にし得るものではない。
(4) 被告は、タンク体において、基礎部分の不等沈降を回避することにより水平設置状態を保つということは当然考慮する技術的事項であり、常に存在する技術的課題である旨主張する。
しかしながら、発明は、解決すべき具体的・直接的な課題から、高度に抽象的・間接的な目的まで、様々な段階の課題を有しているものであるが、公知・周知技術の組合わせにより進歩性を判断するに当たっては、具体的・直接的な課題に着目して、当該組合わせを正当化する動機付けがあるか否かが検討されなければならない。そうした場合、本願発明や引用発明における具体的・直接的な課題は、不適正工事に起因する浄化槽の機能障害を回避することであって、単に基礎部分の不等沈降を回避することにより水平設置状態を保つという包括的・抽象的な課題ではないし、また、このような包括的・抽象的な課題から、不適正工事に起因する浄化槽の機能障害の回避という具体的・直接的な課題が示唆されるものでもない。したがって、基礎部分の不等沈降を回避することにより水平設置状態を保つという課題が、引用発明に、基礎コンクリート板を一枚ものとする周知技術を組み合わせることを正当化する動機付けとなるものではない。
また、被告は、浄化槽もタンク体の一種であり、「タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成する」周知技術を浄化槽に適用することを阻害する特段の要因はない旨主張するが、上記(3)のとおり、その主張は誤りである。
2 取消事由2(本願発明の特有の作用効果の看過) (1) 審決は、本願発明の作用効果につき「請求項1に係る発明(注、本願発明)に係る構成によって奏し得る効果も、引用刊行物に記載された発明(注、引用発明)及び周知技術に固有の機能に基づき普通に予測できる範囲内のものであって格別なものがあるとは認められないから、請求項1に係る発明は、引用刊行物に記載された発明と周知技術から当業者が容易に想到できた程度のものである」(審決謄本5頁27行目〜31行目)と判断したが、以下のとおり、誤りである。
(2) すなわち、本願発明は、「地中に掘られた穴の底部に、前記基礎コンクリート板を、一枚のみ、設置」(本願発明の要旨)する浄化槽設置方法であるから、
浄化槽の全体を受ける一枚の基礎コンクリート板の下面全体を、穴の底部(底面)において均等に受けることとなり、基礎コンクリート板が不等沈降することを回避することができる。したがって、本願発明は、「講習会用テキスト」(甲第8号証)に「浄化槽の機能に著しい影響を与えると考えられる施工不良による障害例」として挙げられた浄化槽の傾斜(槽が左右いずれかに傾いている場合)を防ぎ、そのような施工不良(不適正工事)に起因する機能障害という浄化槽特有の問題を解決し得るという作用効果を奏するものである。
これに対し、引用発明は、基礎コンクリート板に当たるものとして、「複数枚のプレキャストコンクリート版からなるスラブ板(1)を連結して浄化槽(C)と同等寸法の基礎面となるスラブ板を形成」(審決謄本3頁35行目〜37行目)するものであるところ、複数枚のスラブ板によって構成される浄化槽配置面を同一水平面とすることは極めて困難であるのみならず、仮に、設置時には複数枚のスラブ板を互いに同一水平面を構成するように設定したとしても、浄化槽を設置した際、又は浄化槽設置後の使用状態において、浄化槽の重み等により、複数枚のスラブ板がそれぞれ異なった沈降量で沈降してしまう危険性があり、不等沈下を回避することは困難である。したがって、引用発明においては、複数枚のスラブ板によって均一な平面を構成又は維持することができず、浄化槽の傾斜に起因する機能障害の問題を解決することができない。
このように、本願発明は、相違点1に係る構成により、引用発明及び周知技術からは予測できない特有の作用効果を奏するものである。
(3) 被告は、本願発明が上記作用効果を奏することが本願明細書に記載されていない旨主張するが、本願の上記作用効果の主張は、本件の特許出願についての審査及び審判手続において引用刊行物(甲第4号証)の引用があったことにより、これとの対比説明のため初めて必要となったものであり、しかも、上記1の(2)のとおり、当業者に広く知れ渡った刊行物である「講習会用テキスト」(甲第8号証)の記載に基づくものであって、本願発明が上記作用効果を奏することを当然に理解するものであるから、上記作用効果の主張は認められるべきである。
また、被告は、上記作用効果が、基礎コンクリート板を一枚ものとする構成を採用することによって奏することが明らかなものであり、引用発明に基礎コンクリート板を一枚ものとする周知技術を適用して得られる構成においても、同様の効果を奏することが当然に予測し得る旨主張するが、引用発明に上記周知技術を組み合わせることを正当化する動機付けが存在しないことは、上記2の(4)のとおりであるから、被告の上記主張は失当である。
被告の反論
審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について 原告は、浄化槽設置には、不適正工事に起因する機能障害の回避という特有の技術的課題が存在するのに対して、浄化槽以外のタンク体においてはそのような技術的課題自体が存在しないから、基礎となるコンクリート板を一枚もので形成するというタンク体における周知技術を、浄化槽に係る引用発明に適用して本願発明の構成とすることは容易にはし得るものではない旨主張する。
しかしながら、浄化槽のみならず、一般に地中に設置された液体や気体を入れる容器、すなわちタンク体において、基礎部分の不等沈降を回避することにより水平設置状態を保つということは、当然考慮する技術的事項であり、常に存在する技術的課題である。このことは、周知例1(甲第5号証)に「第11図において基礎コンクリート8の四隅に設けたレベル調整ねじ20,20,‥‥をハンドルを用いて廻し、各所の調整ねじ20を微調整して地下タンク13の水平を正確に出す」(3頁右上欄17行目〜左下欄2行目)と記載され、一枚ものの基礎コンクリート板を水平に保持することによりタンクの水平設置状態を保つことが記載されていることからも明白である。
そして、浄化槽は、タンク体の一種であり、「タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成する」(審決謄本4頁32行目〜33行目)周知技術を浄化槽に適用することを阻害する特段の要因もないので、これを引用発明の浄化槽に適用し、その基礎コンクリートを一枚ものとするようなことは、格別の困難を伴うことなく容易に想到できたことである。
したがって、原告の上記主張は失当であり、審決の相違点1についての判断に誤りはない。
2 取消事由2(本願発明の特有の作用効果の看過)について 原告は、本願発明が、浄化槽の傾斜を防ぎ、不適正工事に起因する機能障害という浄化槽特有の問題を解決し得るという特有の作用効果を奏する旨主張するが、上記作用効果を奏することは本願明細書(甲第2、第3号証)に記載されていない。
また、原告が、本願発明の特有の作用効果と主張するものは、基礎コンクリート板を一枚ものとする構成を採用することによって奏することが明らかなものである。
そして、基礎コンクリート板を一枚ものとすることは、上記1のとおり周知技術であって、引用発明に上記周知技術を適用して得られる構成においても、同様の効果を奏することが当然に予測し得るものであるから、審決が「請求項1に係る発明(注、本願発明)に係る構成によって奏し得る効果も、引用刊行物に記載された発明(注、引用発明)及び周知技術に固有の機能に基づき普通に予測できる範囲内のものであって格別なものがあるとは認められない」(審決謄本5頁27行目〜29行目)と判断したことに誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 周知例1(甲第5号証)には、「地下タンク貯蔵所設置工法」(特許請求の範囲(1))及び「地下タンク貯蔵所」(同(2)〜(4))の発明が記載され、その第3、第6、第7、第10〜第12図には、「符号8」で表される「基礎コンクリート」(4頁左下欄10行目)が一枚のコンクリート板で形成されていることが示されている。また、周知例2(甲第6号証)には、「コンクリート構築物構築工法」(特許請求の範囲)の発明が記載され、「地下タンク設置用支承台を構築する場合」(1頁右下欄8行目)につき、「鉄筋コンクリートをもって帯板状型枠(4)を作り、この型枠(4)をもって・・・矩形状囲いBを形成する。(第3図)」(1頁右下欄19行目〜2頁左上欄1行目)、「次に囲いB内へコンクリートを流し込み、型枠B(注、「型枠(4)」の誤記と認められる。)の上縁迄満たす。(第5図)」(2頁左上欄7行目〜8行目)との各記載があるところ、これらの記載と第3、第5、
第6図とを併せ考えれば、周知例2には、型枠(4)及び同型枠で形成された矩形状囲いB内に流し込んだコンクリートとで、地下タンク設置の際の基礎コンクリート板を一枚ものとして形成することが開示されているものと認められる。さらに、周知例3(甲第7号証)には、「ガソリンタンク、石油タンク、その他のタンクを地中に埋設する方法に関する」(1頁左下欄13行目〜14行目)発明が記載され、「このタンクユニットは・・・タンク10をバンド20でベース30に固定してユニット化したものであって・・・地業4上に降ろして設置する。その後に・・・ベース30・・・内にコンクリートを流し込む」(2頁左上欄末行〜右上欄7行目)、「ベース30の構成は、ベース枠31と複数のタンク枕枠33とで構成され、ベース枠31内には鉄筋32が所定の構造に組込まれている」(同頁右上欄19行目〜左下欄2行目)との各記載があるところ、これらの記載と第1〜第5図とによれば、周知例3には、内部に鉄筋32を組み込んだベース枠31内にコンクリートを流し込んで、地中に埋設するタンクのベース(基礎コンクリート板)を一枚ものとして形成することが開示されているものと認められる。
これらの記載によれば、タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成することは、本件特許出願当時、周知技術であったものと認められる。
そして、このように基礎コンクリート板を一枚もので形成した場合には、
複数枚の基礎コンクリート板を連結する構造に比べ、水平状態に設置しやすく、かつ、水平設置状態を維持しやすいことは技術常識上明らかであることに加え、上記周知例1(甲第5号証)に「第11図において基礎コンクリート8の四隅に設けたレベル調整ねじ20,20,‥‥をハンドルを用いて廻し、各所の調整ねじを微調整して地下タンク13の水平を正確に出す」(3頁右上欄17行目〜左下欄2行目)との記載があることにかんがみれば、タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成することの技術的意義の一つは、水平状態で設置すること及び水平設置状態を維持することを容易にする点にあり、かつ、
そのことも、本件特許出願当時、周知であったものと認められる。
(2) ところで、原告は、本願発明が、基礎コンクリート板を一枚のみ設置するとの構成を採用したのは、「講習会用テキスト」(甲第8号証)に記載されたような施工不良(不適正工事)があることに起因して生ずる機能障害を回避するためである旨主張するが、本願明細書(甲第2、第3号証)に、そのような不適正工事に起因する浄化槽の機能障害についての説明及びこれを回避するために上記構成を採用した旨の記載がないことは、原告の自認するところである。この点について、原告は、さらに、「講習会用テキスト」に記載された不適正工事に起因する浄化槽の機能障害は、浄化槽設置に携わる当業者にとって常識的な技術事項に属し、明細書に記載がなくとも当然に考慮する事項である旨主張する。
しかしながら、「講習会用テキスト」(甲第8号証)には、「浄化槽の機能に著しい影響を与えると考えられる施工不良による障害例をあげると、次のとおりである。・・・3)槽が左右いずれかに傾いている場合」(41頁24行目〜43頁2行目)との記載があるところ、原告主張のとおり、「講習会用テキスト」に記載された不適正工事に起因する浄化槽の機能障害が、浄化槽設置に携わる当業者にとって常識的な技術事項に属するのであれば、上記のような、浄化槽が「左右いずれかに傾いている」ことによる機能障害を生じさせないために、浄化槽の設置に当たり、水平状態で設置し、かつ、設置後も水平状態を維持することは、同当業者に周知の技術的課題であるということになる。そして、そうであれば、引用発明の「プレキャストコンクリート版からなるスラブ板(1)を複数枚連結して形成した」(審決謄本4頁7行目〜8行目)基礎コンクリート板に代えて、上記のとおり、水平状態で設置すること及び水平設置状態を維持することを容易にするという技術的意義を有する「タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成する」周知技術を適用して、本願発明の相違点1に係る構成とすることは、同当業者にとって容易であるというほかはない。
原告は、浄化槽以外のタンク体においては、施工不良(不適正工事)に起因する機能障害を回避するという技術的課題自体が存在しないのであるから、そのようなタンク体における周知技術を、浄化槽に係る引用発明に適用して本願発明の構成とすることは、当業者であっても容易にし得るものではない旨主張するが、上記のとおり、浄化槽設置に携わる当業者にとって、浄化槽が「左右いずれかに傾いている」ことによる機能障害を生じさせないために、浄化槽の設置に当たり、水平状態で設置し、かつ、設置後も水平状態を維持することが周知の技術的課題であると認められるのであるから、仮に、浄化槽以外のタンク体においては、そのような技術的課題自体が存在しないとしても、そのことは、浄化槽設置に携わる当業者が、浄化槽設置に係る上記技術的課題の解決のため、上記技術的意義を有する周知技術を適用することに何ら妨げとなるものではない。
なお、仮に、原告の上記主張が、浄化槽の設置と浄化槽以外のタンク体の地中への設置とが技術分野を異にし、浄化槽設置に携わる当業者にとって、浄化槽以外のタンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成すること、又はその技術的意義が周知ではないとの趣旨を含むものであるとすれば、以下のとおり、誤りである。
すなわち、浄化槽もタンク体の一種であるから、浄化槽の設置と浄化槽以外のタンク体の地中への設置とが技術分野を異にするということ自体、にわかに首肯し得ないのみならず、仮に、両者の技術分野を分けて考えることができるとしても、浄化槽設置方法に係る引用発明を記載した引用刊行物(甲第4号証)に、実施例に関し、「上記実施例にあっては、埋設溝H内に浄化槽Cを設置する場合について述べたが、浄化槽Cに限らず、他の地下埋設物(例えば地下タンク等)においても同様な構造部材を採用し同様に設置を容易に行なうことができる」(11頁18行目〜12頁2行目)との記載があること等にかんがみて、両者の技術分野は密接に関連し、極めて近接することは明らかである。そして、当業者、すなわち、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(特許法29条2項)であれば、「その発明の属する技術の分野」のみならず、これと密接に関連し、極めて近接する技術分野についても、ある程度の知識を有するものというべきであり、そうとすれば、浄化槽以外のタンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成すること、並びにその技術的意義の一つが、水平状態で設置すること及び水平設置状態を維持することを容易にする点にある程度のことは、浄化槽設置に携わる当業者にとっても周知であることは明白である。
(3) 原告は、引用発明に、タンク体に係る一枚ものの基礎コンクリート板を用いる周知技術を適用することを阻害する要因があるから、上記周知技術を引用発明に適用することは容易にし得るものではない旨主張する。
しかしながら、引用刊行物(甲第4号証)に、実用新案登録請求の範囲(1)として「基礎面を形成するスラブ板と、該スラブ板上に適数個配設される架台と、
該架台上に載置される浄化槽等の地下埋設物とを主体として構成され、前記スラブ板,架台,浄化槽等がそれぞれ別体にて工場生産にて造形されたものであることを特徴とする浄化槽等の設置構造。」(審決謄本1頁末行〜2頁3行目)との、「従来技術及びその問題点」として「従来、浄化処理手段を内蔵した浄化槽等を設置するにあたり、例えば第9図に示すように、地面Eに埋設溝Hを形成させておき、この埋設溝Hの底面に砂利石またはコンクリート等により基礎部51を造形し、この基礎部51の上面にコンクリートベース52を構築し、このコンクリートベース52上に浄化槽C本体に一体化されている架台53を介し浄化槽Cを載置固定した後、埋設溝Hを埋めて浄化槽Cを地中に埋設状に設置することが行なわれており、
従来においては、設置現場において埋設溝Hを掘削後、その底面に基礎部51とともにコンクリートベース52をコンクリートの流込工法等により構築して・・・いたため、現場においてコンクリート打ち作業が必要となり、浄化槽Cを設置するための前作業が多く、相当の工期を必要とし、かつ基礎となるコンクリートベース52及び補強柱等のコンクリートの強度を十分に確保するためにコンクリートの品質管理を厳重に行なう必要があり、土木作業及び品質管理に多大な労力を要するという問題点があった」(同2頁8行目〜21行目)との、「作用」として「スラブ板,架台,浄化槽等は工場生産にて造形されたものであるため、個々に造形されたこれらの構造物を個々に現場に搬入して、現場に構築された埋設溝の底面に先ずスラブ板を敷設し、そのスラブ板の上部に架台を配置させることにより基礎が完了し、その後に架台上に浄化槽等を載置することにより浄化槽等の設置作業が完了し、現場において従来のようにコンクリート打ちを行なう必要がなく、浄化槽等の設置を容易かつ短時間に行ない得るものである」(同頁22行目〜28行目)との、「考案の効果」として「本考案の浄化槽設置構造は、基礎面を形成するスラブ板と、該スラブ板上に適数個配設される架台と、該架台上に載置される浄化槽等の地下埋設物とを主体として構成され、前記スラブ板,架台,浄化槽等がそれぞれ別体にて工場生産にて造形されたものであるため、各構造部材を現場に搬入し、現場の所定位置に適宜設置することにより浄化槽等の設置作業が完了し、設置工期が極めて短縮されるとともに、設置のための労力が軽減され、従来のようにコンクリート打ち等の現場作業を省略することができ、設置コストを軽減し得る効果を有する」(同3頁23行目〜30行目)との各記載があることは当事者間に争いがない。これらの記載によれば、引用刊行物に記載された引用発明は、浄化槽等設置に係る従来技術において、設置現場におけるコンクリート打ち作業が必要であることに伴い、前作業が多く、相当の工期を必要としていたこと、コンリートの品質管理を厳重に行う必要があったこと、土木作業及び品質管理に多大な労力を要していたことを解決すべき課題として、浄化槽等の設置構造の主体であるスラブ板、架台、
浄化槽等をそれぞれ別体で工場生産により造形されたものとする構成を採用することにより、設置現場においてコンクリート打ちを行う必要がなく、浄化槽等の設置を容易かつ短期間に行うことができる等の作用効果を奏するものと認められる。
確かに、引用刊行物(甲第4号証)には、原告が引用する「スラブ板1は・・・両側縁部には長手方向に沿って適宜間隔をおいて欠切部1cが形成されており、この欠切部1c内にはフック鉄筋1dが突出されている。又、スラブ板1の短手方向にも適宜間隔をおいて凹状の連結溝1fが形成されており、この連結溝1f内にもフック鉄筋1dが突出形成されている。このスラブ板1を複数長手方向に連結溝1f内のフック鉄筋1dを介して連結することにより前記浄化槽Cと同等寸法のスラブ板が形成される」(5頁19行目〜6頁12行目、)、「工場生産にて造形されたスラブ板1・・・を使用する」(5頁17行目〜18行目)、「図中Jは、対向するフック鉄筋1dを連結する連結金具である」(6頁13行目〜14行目)との各記載があり、他方、基礎コンクリート板に相当するスラブ板を一枚もので形成することは記載されていない。しかしながら、原告引用の上記記載部分は引用刊行物の実施例に係るものにすぎず、引用刊行物の上記実用新案登録請求の範囲(1)、「従来技術及びその問題点」、「作用」及び「考案の効果」の各記載中には、それぞれ、スラブ板を複数枚連結する構成、スラブ板を一枚もので形成することの問題点又はスラブ板を複数枚連結することによって奏する作用効果について何らの記載もない。そして、引用刊行物の上記実用新案登録請求の範囲(1)、「従来技術及びその問題点」「作用」及び「考案の効果」の各記載に基づく上記認定の引用発明の課題、構成及び作用効果にかんがみ、また、引用刊行物(甲第4号証)の「スラブ板の長手方向長さが例えば9m必要な場合は、4mのスラブ板1と、5mのスラブ板1とを組み合わせば良く、その他3m,4m,5m等の各長さに形成したスラブ板1を用意しておけば、適宜組み合わせにより、必要長さのスラブ板を得ることができる。」(6頁16目行〜7頁2行目)との記載に照らして、引用発明において、浄化槽が一枚のスラブ板と同等の長さであれば、一枚もので形成したスラブ板を用いることに何らの支障もないことは明白である。
そうとすれば、引用発明に、タンク体に係る一枚ものの基礎コンクリート板を用いる周知技術を適用することを阻害する要因があるとの原告の主張は到底採用することができない。
(4) したがって、本願発明と引用発明との相違点1につき、「浄化槽の如くのタンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成することは・・・周知技術にすぎず・・・当該技術事項を考慮すれば、引用刊行物に記載された発明において、基礎コンクリート板を一枚ものとすることは当業者であれば適宜想到できたものである」(審決謄本4頁32行目〜5頁4行目)とした審決の判断に原告主張の誤りはない。
2 取消事由2(本願発明の特有の作用効果の看過)について 原告は、本願発明は「地中に掘られた穴の底部に、前記基礎コンクリート板を、一枚のみ、設置」(本願発明の要旨)する構成により、浄化槽の全体を受ける一枚の基礎コンクリート板の下面全体を、穴の底部(底面)において均等に受けることとなり、基礎コンクリート板が不等沈降することを回避して、「講習会用テキスト」(甲第8号証)に挙げられた浄化槽の傾斜(槽が左右いずれかに傾いている場合)を防ぎ、そのような施工不良(不適正工事)に起因する機能障害という浄化槽特有の問題を解決し得るという作用効果を奏するのに対し、引用発明においては、複数枚のスラブ板によって均一な平面を構成又は維持することができず、浄化槽の傾斜に起因する機能障害の問題を解決することができないから、本願発明は、
上記構成により、引用発明及び周知技術からは予測できない特有の作用効果を奏する旨主張する。
しかしながら、基礎コンクリート板を、プレキャストコンクリート版から成るスラブ板を複数枚連結する構成とする引用発明においては、原告主張のとおり、
基礎コンクリート板の不等沈降を回避できず、均一な平面を構成又は維持することができないという欠点があるとしても、引用発明の基礎コンクリート板に、上記「タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成する」周知技術を適用して、一枚もので形成した基礎コンクリート板とした場合には、原告の上記主張に係る本願発明の作用効果と同様の作用効果を奏することは、上記1の(2)の説示により明らかなところである。
なお、原告は、引用発明に上記周知技術を組み合わせることを正当化する動機付けが存在しないとも主張するが、この主張を採用し得ないことも、上記1の(2)の説示のとおりである。
したがって、「請求項1に係る発明(注、本願発明)に係る構成によって奏し得る効果も、引用刊行物に記載された発明(注、引用発明)及び周知技術に固有の機能に基づき普通に予測できる範囲内のものであって格別なものがあるとは認められないから、請求項1に係る発明は、引用刊行物に記載された発明と周知技術から当業者が容易に想到できた程度のものである」(審決謄本5頁27行目〜31行目)とした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
3 以上によれば、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利