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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成11ワ28963特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  特許発明 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 12193号 特許権侵害差止請求事件
原告 日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 山上和則
同 吉利靖雄
同 野上邦五郎
同 杉本進介
同 冨永博之
補佐人弁理士 豊栖康弘
同 青山葆
同 河宮治
同 石井久夫
同 豊栖康司
同 田村啓
被告 豊田合成株式会社
訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
同 黒田健二
同 吉村誠
補佐人弁理士 平田忠雄
同 樋口武尚
同 糟谷敬彦
同 岡本芳明
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/02/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成13年10月16日(同月15日付け請求の趣旨変更の申立書送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の特許権を有する原告が,被告が製造・販売していた別紙物件目録1記載の発光ダイオードチップ(以下「被告チップ」という。)及び同チップを組み込んだ別紙物件目録2記載のLED製品(以下「被告LED製品」といい,被告チップと併せて「被告製品」と総称する。)は,原告の上記特許権に係る発明の技術的範囲に属しており,その製造・販売は同特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特許法102条2項に基づく損害賠償金合計135億9708万9666円の,それぞれの一部請求として,被告チップにつき5000万円,被告LED製品につき5000万円の合計金1億円の支払を求めている事案である。
1 争いのない事実(1) 原告は,下記の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
記 特許番号 第2770720号 発明の名称 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子 出願日 平成5年10月8日 登録日 平成10年4月17日(2) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報(甲2。以下「本件公報」という。)参照。)の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「基板上にn層とp層とが順に積層され,同一面側にn層の電極とp層の電極とが形成されて,それら電極側を発光観測面側とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において,前記p層の電極が,p層のほぼ全面に形成されたオーミック接触用のAu合金を含む透光性の第一の金属電極と,前記第一の金属電極の表面の一部に形成されたボンディング用の第二の金属電極とからなり,前記第二の金属電極は,第一の金属電極と共通金属としてAuを含み,前記p層とのオーミック接触を阻害するAlもしくはCrを含まないことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」(3) 本件特許発明構成要件を分説すれば,次の@ないしC記載のとおりである(以下,分説した各構成要件をその番号に従い「構成要件@」などのように表記する。)。
@ 基板上にn型窒化ガリウム系化合物半導体層とp型窒化ガリウム系化合物半導体層とが順に積層されている発光素子である。
A 同一面側にn型窒化ガリウム系化合物半導体層のn電極とp型窒化ガリウム系化合物半導体層のp電極とが形成されて,それら電極側が発光観測面側とされている。
B 前記p層の電極は,p層のほぼ全面に形成されたオーミック接触用の Au合金を含む透光性の第一の金属電極と,前記第一の金属電極の表面の一部に形成されたボンディング用の第二の金属電極からなっている。
C 前記ボンディング用の第二の金属電極は,前記透光性の第一の金属電極と共通金属としてAuを含み,前記p層とのオーミック接触を阻害するAl若しくはCrを含まない。
(4) 本件特許発明は,次のような作用効果を有する。
ア p層の上に形成する第一の電極(透光性電極)をp層のほぼ全面に形成した全面電極とし,p層とオーミック接触可能なAu合金を使用しているために,電流をp層全体に均一に広げ,p-n接合界面から均一な発光を得ることができる。しかも,前記第一の金属電極を透光性としていることにより,電極側から発光を観測する際に,電極によって発光が妨げられることがないので,発光素子の外部量子効率が格段に向上する。
イ 第二の電極(ボンディング電極)は,第一の金属電極との共通金属としてAuを含有しているので,第一の金属電極と接着性がよく,ワイヤーボンディング時に用いられる金線からできるボールとも接着性がよい。また,Auは素子通電中に第一の電極へのマイグレーションが少なく,第一の電極を変質させることが少ない一方で,Auの中にAl若しくはCrを含有させた合金を第二の電極とすると,通電中,比較的短時間でマイグレーションが発生して第一の金属電極を変質させてしまう。そこで,第二の電極をAu単体,またはAuを含みAl若しくはCrを含まない合金とすることにより,第一の電極及びボールとの接着性がよく,通電中にマイグレーションを引き起こしにくい電極を実現できる。
(5) 被告は,平成12年2月1日ころから平成13年4月30日ころまで,被告製品を製造し,販売していた。
(6) 被告チップは,構成要件@ないしBを充足する。
2 争点 被告チップが構成要件Cを充足し,本件特許発明技術的範囲に属するかどうか。
すなわち,被告製品のボンディング用電極17が構成要件Cを充足するかどうか。
3 原告の主張ア 本件明細書の【発明の詳細な説明】欄には,「第二の電極は第一の金属電極との共通金属としてAuを含有することにより,第一の金属電極と接着性が良く,ワイヤーボンディング時に用いられる金線よりできるボールとも接着性がよい。またAuは素子通電中に第一の電極へのマイグレーションが少なく,第一の電極を変質させることが少ない。ところが,Auの中にAl若しくはCrを含有させた合金を第二の電極とすると,これらの金属は,通電中,比較的短時間(例えば500時間)でマイグレーションが発生して,第一の金属電極を変質させてしまう。従って第二の電極をAu単体,またはAuを含みAl若しくはCrを含まない合金とすることにより,第一の電極,およびボールとの接着性が良く,通電中にマイグレーションを引き起こしにくい電極を実現できる。」との記載がある(本件公報第4欄43行ないし第5欄7行)。
この記載からわかるとおり,本件特許発明においては,第一の電極とp層とのオーミック接触が阻害されないように,第二の電極に「Au単体」または「Auを含みAl若しくはCrを含まない合金」が用いられるべきで,Al若しくはCrを合金成分として含むAu合金を用いることは避けなければならないということが,要件として開示されている。したがって,構成要件Cの「p層とのオーミック接触を阻害するAl」における「Al」とは,金又はバナジウムとの合金を形成するアルミニウムのことである。
イ ところで,平成13年(2001年)1月10日付けMST(財団法人材料科学技術振興財団分析評価事業部)作成の分析結果報告書(甲9)によれば,被告チップについて,深さ方向分析及び各層中あるいは各層界面近傍で定性分析を行ったところ,電極17の表面が露出した部分(平面図で見れば内側。甲9の「Photo.1」及び「Photo.3」各参照。)の最表面部分及びケイ素酸化物の保護膜で被覆された部分(同外側。前同「Photo.2」及び「Photo.4」各参照。)のSiOX/Au界面において,微量のAlが検出された一方で,電極17の深さ方向のほぼ中心部及び半導体層との界面近傍にそれぞれ相当するスパッタータイムの分析データをみると,Alは全く検出されていない。また,平成12年(2000年)12月25日付けMST作成の分析結果報告書(甲10)によれば,ESCA(X線光電子分光法/XPS)により定性分析及び定量分析を行ったところ,被告チップにおけるAlは,O(酸素)と結合してAl2O 3(酸化アルミニウム)の状態で存在するとされている。
以上のとおり,被告チップにおけるAlは,酸化アルミニウムの状態で電極17の最表面に微量存在するにすぎず,金又はバナジウムとの合金を形成するアルミニウムとして検出されたわけではない。
ウ そうすると,被告製品の電極17に存在するAlは,構成要件Cにおける「p層とのオーミック接触を阻害するAl」に該当しないというべきであり,被告チップは構成要件Cを充たすことになる。したがって,同チップは本件特許発明構成要件をすべて充足し,本件特許発明技術的範囲に属することになる。
4 被告の主張ア 本件明細書の段落【0005】には,発明が解決しようとする課題に関し,「パッド電極の金属材料の一部が通電中に透光性電極中に拡散することにより,透光性電極が変質し透光性が失われると共に,p型層とのオーミック性が悪くなる。」との記載があり,また,同段落【0007】には,課題を解決するための手段として,「パッド電極に特定の元素を含まず,Auを含む電極金属を使用することにより,上記問題が解決できることを見出し,本発明を成すに至った。」との記載があって,問題の解決手段として,「ボンディング用の第二の金属電極」に特定の元素,すなわち,Al若しくはCrを含まないことが明記されている。さらに,同段落【0016】には,「Cr,Alは第一の電極11に対し,マイグレーションが発生しやすく,これらの金属を第二の電極12に含有させると,たとえAuを含んでいても第一の電極11の特性が失われてしまう。」との記載がある。
上記に照らせば,本件明細書に開示されている技術思想は,「ボンディング用の第二の金属電極」に「Auを含み」,かつ,オーミック接触の阻害の原因となる「Al若しくはCrを含まない」ようにすること以外にない。したがって,構成要件Cの「前記p層とのオーミック接触を阻害するAl若しくはCrを含まない」との文言は,「Al若しくはCr」が「p層とのオーミック接触を阻害する」との発明者の認識を記載したものであり,これら特定の元素(すなわちAl及びCr)を含むものを本件特許発明技術的範囲から積極的に排除した趣旨と解すべきである。
そうである以上,現にAlが検出された被告チップが本件特許発明技術的範囲に属しないことは明らかである。
イ 原告は,前記のとおり,構成要件Cの「p層とのオーミック接触を阻害するAl」とは,金又はバナジウムとの合金を形成するアルミニウムのことであり,被告製品から検出されたAlは,金又はバナジウムとの合金を形成していない酸化状態のAlであるから,上記「Al」には該当しないと主張する。
しかしながら,@原告が拠り所とする前記甲9(MST作成の分析結果報告書)においては,分析方法としてAES(オージェ電子分光法)が用いられているところ,原告が別件訴訟で提出した証拠である平成10年(1998年)2月12日付けMST作成の分析結果報告書(乙4)におけるAESの実験条件に比して,試料電流が10分の1に減少し,スパッタ速度が2倍に速まった上,測定領域が100分の1に縮小されており,その検出感度は低いといわざるを得ない。A現に,甲9においては,被告チップのMgドープp型AlGaN層に含まれているはずのAlが検出されておらず(甲9の「Fig.6」及び「Fig.7」各参照),不自然な実験結果であるばかりか,上記乙4においては,被告チップの電極17における表面露出部分に相当する箇所につき,Alが検出されたとの実験結果が示されている。Bまた,甲10における分析方法であるESCA(X線光電子分光法/XPS)は,もともと,試料の最表面を分析する分析手法である上に,Alは空気中の酸素により酸化されやすい金属であるから,その最表面が酸化状態(Al2O 3)であったとしても別段不思議ではなく,そのことが直ちに内部まですべて酸化状態であることを示すものではない。Cそれどころか,平成13年8月1日付け株式会社松下テクノリサーチ作成の分析・解析報告書(乙11)によれば,被告チップにつきSIMS(二次イオン質量分析)解析を行ったところ,同チップのボンディング用電極(すなわち電極17)表面に高濃度のAlが存在し,また,電極内部には,その10分の1程度の濃度のAlが深さ方向に対して一定濃度で存在する上に,この電極内部のAlのほとんどはO(酸素)とは結合せず,Auと合金化しているとの結果が示されている。
以上によれば,被告チップの電極17には,酸化状態のAlにとどまらず,金との合金を形成するAlが存在するというべきであって,同チップが構成要件Cを充足しないことは明らかである。
ウ 仮に,構成要件Cの「Al」を,原告主張のように「金又はバナジウムとの合金を形成するAl」と限定的に解したとしても,「合金」という言葉の通常の用語例からすれば,構成要素の少なくとも1つが金属元素であれば「合金」であると考えられるから,「金又はバナジウムとの合金を形成するAl」とは,金属であることに争いのない金又はバナジウムと混在するAl元素であれば足り,当該Al元素の存在状態が酸化アルミニウムであるか,金属たるアルミニウムであるかは関係ないことになる。
したがって,仮に構成要件Cについて原告主張のような解釈を採ったとしても,被告チップが構成要件Cを充足しないことに変わりはない。
当裁判所の判断
1 平成12年(2000年)12月26日付けMST作成の分析結果報告書(甲8)においては,被告チップについてEPMA(電子線マイクロアナリシス)による定性分析及び定量分析を行ったところ,定性分析の結果では,被告チップの電極17の露出部及びSiO2部(ケイ素酸化物で被膜された部分)にいずれもAlが存在することが示されており,定量分析の結果では,電極露出部にはSiO2部に比して重量比で約6倍強,原子濃度比で約2.7倍近くのAlが存在することが示されている。また,平成12年11月13日付け株式会社松下テクノリサーチ技術部長作成の分析・解析報告書(「報告書番号 No.A1204431」と記載されたもの。乙1。)においては,XMA(X線マイクロ分析)による定性分析及び面分析を行ったところ,被告チップの電極17のボンディング用ボール以外の部分からAlが検出されたことが示されている。さらに,同日付け松下テクノリサーチ技術部長作成の分析・解析報告書(「報告書番号 No.1204430」と記載されたもの。乙2。)によれば,AES(オージェ電子分光法)による定性分析等を行ったところ,被告チップの電極表面から少なくとも約3nm(ナノメートル)までの深さの間にAuの約3分の1から4分の1程度の量のAlが検出されたことが示されている。
以上のとおり,原告・被告双方から提出された書証によれば,それぞれ原理の異なる実験手法を用いた複数の実験結果において,少なくとも被告チップの電極17の最表面といってよい部分からAlが検出されたことが示されており,定量分析における細かな精度の問題を除けば,定性分析の結果それ自体(すなわち,Alが存在すること)に疑問を差し挟むべき事情も見当たらないから,本件においては,証拠上,少なくとも被告チップの電極17の最表面(とりわけ電極が露出している部分)にAlが存在する事実が認められるというべきである。
また,甲10においては,X線照射により放出される光電子のエネルギー分布を測定し,数10Å程度の深さの試料表面における元素の種類,存在量,化学状態等を分析する手法であるESCA(X線光電子分光法/XPS)を用いて定性分析及び定量分析を行ったところ,被告チップにおけるAlは,主として,O(酸素)と結合してAl2O 3(酸化アルミニウム)の状態で存在していると考えられる旨の結果が示されており,その実験手法や測定精度に特に疑問を差し挟むべき事情も見当たらないから,被告チップの電極17最表面に存在する上記Alは,酸化状態で存在する蓋然性が高いと認められる。
2 原告は,前記認定事実を前提にしても,これらのAlは酸化状態(Al2O3)のAlであり,本件特許発明が排除する「金又はバナジウムとの合金を形成しているアルミニウム」(前記第1の3ア)ではないから,構成要件Cの充足性には影響がない旨主張する。
しかしながら,本件明細書の【発明の詳細な説明】欄の記載によれば,そもそも,本件特許発明がされるに至った前提には,基板側を発光観測面とするp-n接合型の発光素子は,電気的ショートを避けるために電極とリードフレームの間隔を大きくする必要があり,したがって,自然とチップサイズが大きくなって高コストになるという欠点があること,これに対し,被告チップのように電極側を発光観測面とする発光素子は,1チップを1つのリードフレーム上に載置できるためチップサイズを小さくできるが,その反面,発光観測面側の電極により発光が阻害されやすい欠点があること,その欠点を克服するため,従来,p層側を発光観測面とする発光素子のp層に形成する電極を金属よりなる透光性の全面電極(第一の電極)とし,その全面電極の上にボンディング用のパッド電極(第二の電極)を形成する技術が提案されていたこと,しかしながら,このような構造の電極を有する発光素子においては,通電中にパッド電極の金属材料によるマイグレーション(金属内部又は異種金属接触部を原子が移動すること)が発生し,透光性電極の透光性が失われるとともに,p層と透光性電極とのオーミック接触性が悪くなるという問題のあったことが認められる(本件公報第3欄12行〜第4欄5行)。
そして,本件明細書には,このような問題を解決する具体的手段として,「パッド電極の材料について数々の実験を重ねた結果,パッド電極に特定の元素を含まず,Auを含む電極金属を使用すること」(同第4欄15行以下)が見出された旨の記載がある。また,本件明細書には,Ni及びAuで形成した透光性電極を第一の電極とし,その上に様々な材料でボンディング用の第二の電極を形成した後,通常の発光ダイオードとして発光させ,500時間連続して点灯させた後に,第一の電極の状態を調べた結果が記載されているところ,そこでは,上記第二の電極の,@第一電極と接触する側の電極材料,及び,Aボールと接触する側の電極材料として,それぞれ,Au,Ni,Ti,In,Pt,Al及びCrの7種類の金属が,少なくとも,層を形成(積層)する時点においては,単体の金属として存在することを前提にした記載がされている(同第6欄12行目以下)。
以上のような本件明細書の記載からすると,本件特許発明発明者ないし出願人は,ボンディング用電極におけるAl若しくはCrの存在がp層とのオーミック接触を阻害する原因になるとの認識に立った上で,元素としてのAl及びCrそのものを本件特許発明の構成要素から排除することを意図したとみるのが自然であり,したがって,構成要件CにおいてAlについて付された「オーミック接触を阻害する」との文言は,Alの属性についての発明者ないし出願人の認識を表したものであって,「Al」に特段の限定を加える趣旨のものではない(すなわち,構成要件Cにおける「Al」は元素としてのAlそのものを指す。)と解するのが相当である。
そうであれば,最表面に酸化状態で微量存在することが認められるにとどまるとはいっても,被告チップに現にAlが存在することが認められる以上,被告チップは,構成要件Cを充足せず,本件特許発明技術的範囲に属しないというほかはない。したがって,被告チップを組み込んだ被告LED製品も,また,本件特許発明技術的範囲に属しない。
3 以上のとおり,本件においては,構成要件Cにおける「Al」は元素としてのAlそのものを指すものと解するのが相当であるから,被告チップは本件特許発明技術的範囲に属せず,原告の本訴請求はいずれも理由がないというべきである。
もっとも,付言するに,仮に構成要件CのAlについて,原告の主張するように,「オーミック接触を阻害する」Alすなわち「金又はバナジウムとの合金を形成するアルミニウム」に限定されるとの解釈を採ったとしても,原告の本訴請求は,理由がない。
すなわち,上記のような本件明細書中の各記載を総合すれば,本件特許発明発明者ないし出願人が,同明細書の記載当時,第二電極に存在するAl若しくはCrが第一電極に移動することが同電極の透光性を失わせる原因であり,これを防ぐため,第二電極の組成要素からAl及びCrを排除することが必要であると考えていたことは間違いない。そうすると,仮に構成要件Cについて原告の主張する解釈を採ったとしても,上記発明者ないし出願人は,Al及びCrの存在形態についてまで特に意識していたわけではなく,これらが電極に存在することがあるとすれば,単体の金属として,あるいは他の金属と合金を形成して存在することが多いという事情を前提に同明細書を記載したにすぎないとみるのが相当である。
したがって,仮に被告チップの電極17中にAlが存在するとして,現に存在するAlが,例えば,時間の経過とともに空気中の酸素と結合して酸化された状態になったとしても(金属であるアルミニウム(Al)が,時間の経過とともに空気中の酸素と結合して酸化アルミニウム(Al2O 3)になりやすいことは,技術常識である。),それで構成要件充足性が左右されるものではない。
そうすると,一般に,特許権侵害訴訟においては,特許権者が原告として対象物件の各構成要件充足を主張・立証することを要するものであるから,原告が自ら本件明細書の【特許請求の範囲】を上記のように記載し,本件訴訟において,構成要件Cの「p層とのオーミック接触を阻害するAl」における「Al」について,金又はバナジウムとの合金を形成するアルミニウムを意味すると主張するのであれば,被告チップが本件特許発明技術的範囲に属するというためには,被告チップの電極17の最表面から検出されたAlが検出の時点において酸化された状態であったことを主張・立証するだけでは足りず,このAlが当初から,単体の金属又は他の金属との合金として電極17に存在したものではなく,金又はバナジウムとの合金を形成する可能性のないAlであったことをも,主張・立証しなければならないというべきである。
しかるところ,前記認定のとおり,本件において証拠上認定できるのは,被告チップの電極17の最表面にAlが存在する事実,及び,このAlは酸化された状態で存在している蓋然性が高い事実にとどまるものであって,このAlが当初から単体の金属又は他の金属との合金としては存在していなかったことまでも認定し得るものではない。したがって,本件では,原告において,被告チップが構成要件Cを充足することを立証し得たということはできない。
3 以上によれば,いずれにせよ,本件においては,被告チップが構成要件Cを充足していると認めることはできないから,被告チップ及び被告LED製品は,いずれも,本件特許発明技術的範囲に属すると認めることができない。したがって,原告の請求は,理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)物件目録1下記のとおりの発光ダイオードチップ[図面符号の説明]1窒化ガリウム系化合物半導体発光ダイオードチップ2サファイア単結晶からなる基板3AlNからなるバッファ層4SiがドープされたGaN層5InGaN層6GaN層7InGaN層8GaN層9InGaN層10GaN層11InGaN層12GaN層13MgドープAlGaN層14MgドープAlGaN層15n電極16透光性電極17ボンディング用電極[構成の説明]図面A及び図面Bに示す発光ダイオードチップは,サファイア単結晶からなる基板2の上に,AlNからなるバッファ層3が形成され,このバッファ層3の上に,SiドープのGaN層4,InGaN層5,GaN層6,InGaN層7,GaN層8,InGaN層9,GaN層10,InGaN層11及びGaN層12を形成している。さらに,GaN層12の上に,MgドープAlGaN層13及びMgドープAlGaN層14を順次積層している。
上記層14の上には透光性電極16及びボンディング用電極17が形成されており,その一方,前記層4〜層14の1部がエッチング除去され,露出したSiドープGaN層よりなる層の表面には,n電極15が形成されている。
n電極15,透光性電極16及びボンディング電極17は図面Aに示す位置関係にあり,n電極15とボンディング電極17との間に電流を流すことにより,430nm〜530nm付近の青〜緑色を発光する。
(別紙)図面A図面B品番物件目録2
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之