関連審決 | 異議2000-72070 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 発明の詳細な説明 / 発明の概要 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
100号
特許取消決定取消請求事件
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原告 株式会社ニコン 訴訟代理人弁理士 渡辺隆男 同 大沢圭司 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 森正幸 同 北川清伸 同 山口由木 同 大橋良三 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/02/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告(1) 特許庁が異議2000-72070号事件について平成13年1月23日にした決定中,請求項1ないし3に係る特許を取り消した部分を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「顕微鏡」とする特許第2980157号の特許(平成7年8月17日特許出願,平成11年9月17日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許に対し,請求項1ないし4につき,特許異議の申立てがあり,その申立ては,2000-72070号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,平成12年10月6日,本件特許の出願に係る願書の訂正の請求をした(以下「本件訂正」といい,本件訂正による訂正後の明細書を「訂正明細書」という。)。特許庁は,上記事件につき審理した結果,平成13年1月23日,「訂正を認める。特許第2980157号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。同請求項4に係る特許を維持する。」との決定をし,平成13年2月10日にその謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの。これにより特定される発明を,以下「本件発明」という。)【請求項1】複数の第1対物レンズを光路に対して切り換えるためのレボルバ手段と,光路中に固定された第2対物レンズとを備え,前記複数の第1対物レンズから選択された所定の第1対物レンズと前記第2対物レンズとを介して物体の観察像を形成する顕微鏡において,前記複数の第1対物レンズのうちの1つは,極低倍用対物レンズであり,前記所定の第1対物レンズと前記第2対物レンズとの間には,光路に対して挿脱可能な極低倍用補助レンズが設けられ,前記極低倍用対物レンズと前記極低倍用補助レンズとによって極低倍用第1対物レンズを構成し,前記極低倍用補助レンズから前記第2対物レンズ間を平行光束となし,前記極低倍用第1対物レンズと前記第2対物レンズとを介して1倍以下の極低倍の観察像を形成することを特徴とする顕微鏡(以下「本件発明1」という。)。 【請求項2】 前記極低倍用対物レンズは,物体側から順に,正の屈折力を有する前群と負の屈折力を有する後群とを有し,前記極低倍用補助レンズは,全体として正の屈折力を有することを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡(以下「本件発明2」という。)。 【請求項3】 前記極低倍用補助レンズは,前記複数の第1対物レンズからの前記極低倍用対物レンズの選択に連動して光路中に挿入されることを特徴とする請求項1または2に記載の顕微鏡(以下「本件発明3」という。)。 【請求項4】 前記レボルバ手段には,前記極低倍用対物レンズと,前記極低倍用対物レンズとは異なる別の極低倍用対物レンズとが取り付け可能に構成されており,前記極低倍用補助レンズは,前記極低倍用対物レンズおよび前記別の極低倍用対物レンズに対して共通であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の顕微鏡(以下「本件発明4」という。)。 3 決定の理由 決定は,別紙決定書の写しのとおり,本件訂正を認めた上,本件発明1ないし3は,刊行物である特開昭58-24106号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開平2-178608号公報(以下「刊行物2」という。)に記載された周知技術及び発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると認定判断した(本件発明4については,特許を取り消すべき理由が発見できないとされた。)。 |
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原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,【1】手続の経緯,【2】訂正の適否についての判断,は認める。【3】特許異議の申立てについての判断については,《3-1》申立ての理由の概要,《3-2》本件の発明,《3-3》刊行物の記載事項は認める。《3-4》対比・判断については,《3-4-1》本件発明1の《対比》は認め,《判断》は争い,《3-4-2》本件発明2中の,8頁30行ないし9頁4行は認め,その余は争い,《3-4-3》本件発明3中の,10頁2行ないし15行の「記載され」まで認め,その余は争い,《3-4-4》本件発明4は認める。《3-5》むすび,については,本件発明1ないし3に関する部分は争う。 決定は,本件発明1と引用発明1との相違点についての判断を誤り,それにより,本件発明1の進歩性の判断を誤り,ひいては,本件発明2,3の進歩性の判断を誤ったものであるから,本件発明1ないし3に関する部分は,違法として取り消されるべきである。 1 本件発明1について(本件発明1と引用発明1との相違点についての判断の誤り)(1) 有限系対物レンズと無限系対物レンズの置換について 決定は,本件発明1と引用発明1との相違点を,「本件発明1は,光路中に固定された第2対物レンズを備え,第1対物レンズ(極低倍の観察像を形成する場合は「極低倍用第1対物レンズ」)から前記第2対物レンズ間を平行光束となしているのに対して,引用発明(判決注・本判決の引用発明1)では,第1対物レンズ(極低倍の観察像を形成する場合は「極低倍用第1対物レンズ」)を,光路中に固定された第2対物レンズを用いることなく,すなわち平行光束となす間隔を設けずに構成している点・・・で相違する。」(決定書7頁35行〜8頁2行)と認定し,この相違点につき,「倍率1倍程度のレンズ系を無限補正型の対物レンズ(極低倍用第1対物レンズに相当する)と結像レンズ(第2対物レンズに相当する)との組み合わせとして構成することが刊行物2(判決注・本判決の刊行物2)(《3-3-2》[2]参照)において公知である。従って,引用発明(判決注・本判決の引用発明1)の,低倍率観測対物レンズ(極低倍用第1対物レンズ)及び複数の対物レンズ(複数の第1対物レンズ)を,周知のように,光路中に固定された第2対物レンズとともに使用し,平行光束が第2対物レンズに入射するように設計することは当業者が容易になし得た事項である。」(決定書8頁13行〜19行)と認定判断したが,誤りである。 引用発明1は,別途の結像レンズ(本件発明1の第2対物レンズ)を介することなく物体の影像(以下「中間像」という。)を形成する(以下,このタイプの対物レンズを「有限系対物レンズ」という。),1倍の対物レンズである。そして,有限系対物レンズに関しては,対物レンズの光学機械的全長(50mm以下),すなわち,対物レンズの同焦点距離(45mm)と対物レンズのねじ部を含めた突出部の長さ(5mm以下)とを合わせた長さが,JISの規格(甲第12号証,甲第13号証)およびDIN(ドイツ工業規格)の規格によって標準化されている。このため,引用発明1は,1倍の有限系対物レンズを得ようとした場合に,上記規格の寸法に適合させるために,ターレット(本件発明1の「レボルバ手段」に相当する。)に取り付けられる第1レンズ部材2と,ターレットよりも像側で光路に挿脱することが可能な第2レンズ部材3に分けた構成(以下,この構成を「二部構成」という。)としたものである。 これに対し,引用発明2の対物レンズは,それ自体で平行光束を形成し(以下,このタイプの対物レンズを「無限系対物レンズ」という。),結像レンズにより中間像を形成する,4つのレンズ群(G1,G2,G3及びG4)よりなる1倍程度の対物レンズである。 刊行物2に,「倍率を変換するためには対物レンズを複数本取付けたレボルバを回動して目的倍率の対物レンズを選択することが通常行われる。」(甲第7号証2頁左上欄12行〜14行),「従来の倍率1倍程度の顕微鏡用対物レンズを他の中倍,高倍対物レンズと同焦点にしようとすると,鏡筒等の寸法上の制約とそれによって生じる収差の補正を同時に解決する必要がある為に作動距離を短くせざるを得ず,その為操作性が悪かった。」(2頁右上欄2行〜7行)と記載があるように,引用発明2は,低倍率の対物レンズと高倍率の対物レンズとを同焦点にするために,レンズ特性を特定したものであり,レボルバで回動されて目的倍率が選択できるのであるから,二部構成の場合を想定しておらず,明らかに機械的に一体(以下,この構成を「一部構成」という。)の対物レンズである。このことは,刊行物2の出願人である株式会社ミツトヨの顕微鏡カタログであるMitutoyo FINESCOPE ファインスコープ(システム顕微鏡) Catalog No.4100D(甲第14号証)に,FSシリーズの無限系対物レンズの同焦距離が95mmであることが記載されており(甲第14号証8頁),この距離は刊行物2の「レンズ第1面(レンズL1の前面)より物体面までの距離が97.3mm」(3頁左下欄14行〜16行)との記載とほぼ等価であることからも明らかである。なお,「同焦距離」とは,訂正明細書(甲第11号証)記載の「同焦点距離」と同義であり,「対物レンズをレボルバに装着する際の胴付面と試料を載置するステージ面との間の光軸に沿った距離」(甲第11号証2頁9行〜11行)を意味するものである。 引用発明1と引用発明2の対物レンズは,ともに1倍程度であるから,引用発明1の有限系対物レンズを,引用発明2の無限系対物レンズ系に適用する際に,一部構成である無限系対物レンズをわざわざ二部構成にしてその一部を光路に対して挿脱可能にする必然性がない。 また,無限系対物レンズは,有限系対物レンズのように物像間距離が規格で決められていない。このため,引用発明2のように,1倍程度の低倍率では挿脱可能な補助レンズを備える必然性がない。 したがって,引用発明1において,光学器械的全長の制約の関係から挿脱可能な補助レンズを使用しているからといって,同発明に,挿脱可能な補助レンズを使用することなくレボルバに取り付けできる引用発明2を適用する際に,挿脱可能な補助レンズを使用する必然性はないのであるから,当業者が引用発明1と引用発明2とに基づいて,本件発明1を想到することはできない。 (2) 挿脱可能な補助レンズの配置位置について 仮に,引用発明2の対物レンズを二部構成にすることが容易であるとしても,引用発明1と同2とから本件発明1に想到することはできない。 引用発明1は,物体面から中間結像面までの距離を一定にするため,光線が収束していく途中に第2レンズ部材3(補助レンズ)を光路に対して挿脱可能にしている。 刊行物1が開示するこの技術思想を引用発明2に適用すれば,光線が収束していく途中に補助レンズを光路に対して挿脱可能に配置することとなる。すなわち,引用発明2において,光線が収束していく範囲は,結像レンズと中間像位置との間であるから,補助レンズの位置は結像レンズと中間像位置の間となるのであって,結像レンズよりも物体側となることはあり得ない。したがって,「引用発明(判決注・本判決の引用発明1)に,周知例のような無限遠型の対物レンズを構成すべく第2対物レンズを適用する場合,第2対物レンズは平行光束となった物点からの光束を光軸上の一定の位置に観察像として結像するものであるから,極低倍用補助レンズから射出して前記第2対物レンズに至る物点からの光束を平行光束となすことは当業者が普通に採用する事項である。」(決定書8頁21行〜26行)との決定の判断は誤りである。 被告は,引用発明2の結像レンズには平行光束が入射しなくてはならない旨主張する。確かに,対物レンズを無限系のものにしようとすれば,結像レンズには平行光束が入射しなくてはならない。 しかし,低倍用の対物レンズをレボルバ手段に取り付け,かつ,補助レンズを結像レンズと中間像面との間に配置することで,高倍率,中倍率の無限系対物レンズの中間像位置に,低倍の中間像を得ることが可能であり,しかも,補助レンズを結像レンズより物体側に配置するよりも像面側に配置する方がより低倍となるのであるから,補助レンズを結像レンズよりも物体側に配置した本件発明1を容易に想到することはできない。 (3) レボルバ手段のネジ部を通る光線について 本件発明1では,極低倍用補助レンズがレボルバ手段に取り付けられる極低倍用対物レンズと第2対物レンズとの間に設けられる。この極低倍用補助レンズからの光線が平行光束になっているので,極低倍用対物レンズからの光束は平行光束にする必要がなく,光学設計の自由度が広がる利点がある。より具体的にいえば次のとおりである。 レボルバ手段には複数の対物レンズが取り付けられるため,レボルバ手段に設けられるすべてのネジ径は一定であり,極低倍用対物レンズのネジ径もそれに合致する必要がある。引用発明2では,第1群(G1)から結像レンズへ至る光線が平行光束になるのであるから,レボルバ手段のネジ部を光線が通る際にも平行光束になっている。これでは,ネジ部の径が対物レンズの開口数を制限してしまう。一方,本件発明1では,ネジ部を通る光線が収束していても発散していてもよい。例えば極低倍用対物レンズからの光束が発散していれば,対物レンズの開口数を上げ,解像度を上げることもできる。 したがって,当業者が引用発明1と引用発明2とに基づいて,本件発明1を想到することはできない。 2 本件発明2,3について 本件発明2,3は本件発明1を引用する形式の発明であり,本件発明1についての進歩性の判断が誤りである以上,本件発明2,3についての進歩性の判断も誤りである。 |
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被告の反論
決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。 1 原告の主張1(本件発明1と引用発明1との相違点についての判断の誤り)について(1) 有限系対物レンズと無限系対物レンズの置換について 決定は,刊行物1を主たる引用例とした上で,周知の例と公知の例(引用発明2)とを根拠として「引用発明(判決注・本判決の引用発明1)の,低倍率観測対物レンズ(極低倍用第1対物レンズ)及び複数の対物レンズ(複数の第1対物レンズ)を,周知のように,光路中に固定された第2対物レンズとともに使用し,平行光束が第2対物レンズに入射するように設計することは当業者が容易になし得た事項である。」(決定書8頁16行〜19行)と判断した。すなわち,二部構成の有限系対物レンズである引用発明1の低倍率観測対物レンズを二部構成の無限系のものに変更することは,周知の事項及び刊行物2の公知の事項からみて容易であると判断したものである。 この点について,原告は,引用発明1と引用発明2の対物レンズは,ともに1倍程度であるから,引用発明1の有限系対物レンズを,引用発明2の無限系対物レンズ系に適用する際に,一部構成である無限系対物レンズをわざわざ二部構成にしてその一部を光路に対して挿脱可能にする必然性がない,また,無限系対物レンズは,有限系対物レンズのように物像間距離が規格で決められていない,このため,引用発明2のように,1倍程度の低倍率では挿脱可能な補助レンズを備える必然性がない,と主張する。 しかし,引用発明2は,G1ないしG4のレンズ群からなる低倍率の無限系対物レンズであり,それらの光学的な構成は開示されているが,それらの機械的構成については規定されておらず,それらを一体構成にする必然性は,刊行物2からは認められない。そして,引用発明1は,その発明の目的を達成するために,二部構成の対物レンズとしたものであるから,有限系のものである引用発明1の対物レンズを引用発明2のように無限系の光学的構成に設計変更しようとする場合,機械的構成としては引用発明1の目的を達成するために,刊行物1に記載されたとおりに対物レンズを二部構成とすべきことは当然であり,刊行物1,2に何らの示唆もされていない一部構成とすることはあり得ない。 したがって,原告の上記主張は失当であり,決定の判断に誤りはない。 (2) 挿脱可能な補助レンズの配置位置について 原告は,引用発明1は,物体面から中間結像面までの距離を一定にするため,光線が収束していく途中に第2レンズ部材3(補助レンズ)を光路に対して挿脱可能にしている,この技術思想を引用発明2に適用すれば,光線が収束していく途中に補助レンズを光路に対して挿脱可能に配置することとなる,と主張する。 しかし,原告の主張は,次に述べるとおり,失当である。 引用発明1の光学系を無限系に設計変更した場合,設計変更した後の低倍用第1対物レンズの光学系は,固定された結像レンズ(本件発明1の「第2対物レンズ」に相当)を必ず併用するものとなる。 この結像レンズは,レボルバに装着される低倍用対物レンズに対してのみならず,レボルバに装着される他のすべての対物レンズに対しても共通して用いられ,しかも,鏡筒中に固定されているものであるから,これに入射する光束は,どの対物レンズを選択した場合でも中間像位置を不変とするように,平行光束でなければならない。そして,無限系に設計変更した場合の対物レンズは,レボルバ手段に装着される低倍用レンズとレボルバ手段とは別の場所に設けられた低倍用補助レンズとで二部構成され,その二部構成のものが同時に光路中に出入りすることとなる。 このような無限系における対物レンズ(低倍用対物レンズも含まれる。),結像レンズ及び接眼レンズの関係から,当業者であれば,無限系の低倍用対物レンズを構成する二部構成の一部である低倍用補助レンズを結像レンズの後ろ側(接眼レンズ側)に配置するような光学系に設計変更することはしない。 すなわち,結像レンズは,平行光束が入射するとき,その性能を発揮するよう設計されているから,仮に,結像レンズの後ろ側に低倍用補助レンズを挿入するように低倍用の対物レンズを設計するとしたならば,まずレボルバに装着される部分となる低倍用対物レンズから射出し結像レンズに入射する光束が平行光束になるように大幅に設計変更しなければならない。仮にそのように設計変更したとしても,対物レンズの一部である低倍用補助レンズを挿入しない状態で結像レンズから出た光束が中間像位置に収束してしまうから,低倍用補助レンズを挿入する余地がなくなり,二部構成に係る引用発明1の趣旨を反映することが不可能となる。 上記の状態で,無理に結像レンズの後方に低倍用補助レンズを付加すると,中間像位置がレボルバに装着された他の対物レンズの中間像位置と異なってしまうという致命的な不都合が発生する。 また,引用発明2の低倍用対物レンズは物体からの光束が,第4レンズ群G4ないし第1レンズ群G1の順に通過するとき,最良の光学性能を発揮するよう設計されている。引用発明1の光学系を,対物レンズを無限系としつつ二部構成の光学系に変更する際,当業者であれば,無限系低倍用対物レンズとして設計された第4レンズ群G4ないし第1レンズ群G1中に,あえて性能を低下させるような結像レンズを配置することはしない。 (3) レボルバ手段のネジ部を通る光線について 原告の主張は,本件発明1ではネジ部を通る光線が収束していても発散していてもよいことを理由として,引用発明2に比して,光学設計の自由度が広がる利点がある,及び,対物レンズの開口数を上げ,解像度を上げることもできる,とするものである。 引用発明2は,(1)で述べたように,光学的構成を規定するものではあるが,機械的構成を規定するものではなく,レンズG4からどのレンズ群までをレボルバに装着するのかについては規定していない。レンズG4ないしG1すべてがレボルバ手段に装着されるという前提での原告の主張は誤りである。また,引用発明1の低倍用対物レンズを無限系対物レンズに設計変更した場合に二部構成となることは,(1)で述べたとおりであるから,原告主張の作用効果は,引用発明1のレンズ系を無限系に設計変更することによって必然的にもたらされるものにすぎない。 本件発明1は,極低倍用第1対物レンズの構成を規定しておらず,ネジ部を通る光線の収束や発散を規定していないのであるから,本件発明1の作用・効果についての原告の主張は,本件発明1の構成に基づく主張ではなく,原告主張の作用・効果を同発明の作用・効果と認めることはできない。 2 原告主張2(本件発明2,3について)について 本件発明1についての決定の判断には,上記のとおり誤りはないから,本件発明2,3についての決定の進歩性判断にも誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明の概要について(1) 甲第2,第11号証によれば,訂正明細書の発明の詳細な説明の欄における記載事項の大要は,次のとおりであると認められる。 【0001】【発明の属する技術分野】本発明は顕微鏡に関し,特に試料被検面を極低倍で広視野観察することが可能な無限遠系顕微鏡に関する。 【0002】【従来の技術】通常,顕微鏡のレボルバに装着されるようになった交換可能な対物レンズは,その全長が同焦点距離内に納まるように設計されなければならない。なお,同焦点距離とは,対物レンズをレボルバに装着する際の胴付面と試料を載置するステージ面との間の光軸に沿った距離である。 【0003】【発明が解決しようとする課題】したがって,たとえば倍率が1以下の極低倍用の対物レンズを設計しようとすると,所要の焦点距離が大きくなり,その全長を同焦点距離内に納めることは困難である。その結果,従来の顕微鏡では,1倍以下の極低倍用対物レンズは存在しなかった。 【0005】本発明は,前述の課題に鑑みてなされたものであり,高倍から極低倍に亘る各倍率で試料の観察または撮影が可能な顕微鏡を提供することを目的とする。 【0006】【課題を解決するための手段】(特許請求の範囲請求項1と実質同文)【0007】(同請求項2,3と実質同文)【0008】【発明の実施の形態】本発明では,顕微鏡のレボルバに装着されるようになった交換可能な複数の第1対物レンズのうちの1つとして,極低倍用対物レンズを備えている。また,レボルバに装着された第1対物レンズと第2対物レンズとの間の光路に対して挿脱可能な極低倍用補助レンズを備えている。そして,試料を極低倍で観察する場合には,レボルバを回転させて極低倍用対物レンズを光路中に位置決めするとともに,極低倍用補助レンズを光路中に挿入する。 【0009】・・・極低倍用対物レンズの全長が同焦点距離内に納まるように設計した上で,実際の第1対物レンズの全長は補助レンズまで合わせた長いものとなり,極低倍用第1対物レンズの合成焦点距離を大きく確保することができる。その結果,合成焦点距離の大きい極低倍用第1対物レンズと第2対物レンズとを介して,たとえば1倍以下の極低倍の観察像を形成することができる。 【0011】なお,極低倍用対物レンズと極低倍用補助レンズとで合成される極低倍用第1対物レンズは,物体側から順に,正,負,正の3群構成にするのが望ましい。以下,この理由について説明する。極低倍では,視野が広いため物体面からのビームが大口径となる。この大口径の光束をレボルバのネジ径以内に絞る必要があるため,最初に正の屈折力を有するレンズ群を配置する。次の負正のレンズ群は,この極低倍用第1対物レンズを逆から見たとき,平行光束を物体面に集光させている。そこで,負正のレンズ群は,逆から見て,正負のレンズ群を離して配置するいわゆるテレフォトタイプの構成をとるように配置されている。また,極低倍用対物レンズの選択と極低倍用補助レンズの光路中への挿入とを連動させることにより,一般の顕微鏡と同じように操作することができ,操作性が向上するので好ましい。 【0021】【効果】以上説明したように,本発明の顕微鏡では,極低倍用対物レンズと極低倍用補助レンズとで極低倍用第1対物レンズを構成しているので,極低倍用対物レンズを同焦点距離内に納まるように設計した上で,事実上の第1対物レンズの全長は長くとることができ,極低倍用第1対物レンズの合成焦点距離を大きく確保することができる。こうして,極低倍用第1対物レンズと第2対物レンズとを介して,極低倍の観察像を形成することができる。その結果,本発明の顕微鏡では,高倍から極低倍に亘る各倍率で試料の観察または撮影が可能となる。 (2) 上記(1)で認定したところと甲第2,第11号証とによれば,本件発明については,次のようにいうことができる。 対物レンズには,対物レンズだけで中間像を形成する有限系対物レンズと,対物レンズには平行光束を作らせ,その平行光束を鏡筒中に配置した結像レンズによって収束して中間像を形成する,無限系対物レンズとがある。本件発明は,後者に関するものである。 顕微鏡は,一般には試料を高倍率で拡大観察するものであるものの,ときには広視野(低倍率)で観察したいこともある。しかし,従来,低倍率(1倍以下)の対物レンズを高倍率レンズと同じ位置(レボルバに装着する関係上同じ位置となる。)に設け,かつ,同じ位置に中間像を形成することは,困難であった。すなわち,低倍率とするには,あたかも,現実には複数のレンズで構成される対物レンズと,光学上等価な想定上の単レンズが物体面から離れた位置にあるかのようにしなければならない(この点は,有限系,無限系に共通である。)のに,個々のレンズ位置がレボルバとの関係で定まっているため,上記等価な単レンズの位置を自由に選択することは,レンズの収差を考慮すると困難であった(収差を考慮しなければ可能かもしれないが,観察に耐える像を形成できなければ,顕微鏡として価値がないから,収差を無視することはできない。)。 そこで,本件発明は,極低倍率用対物レンズに限っては,その一部を,レボルバに配置せず,レボルバと中間像の間に,挿脱可能となるように配置したものである。 本件発明においては,対物レンズの一部がレボルバよりも接眼レンズ側にあるため,対物レンズ全体の長さを長くすることができ,極低倍率対物レンズがつくりやすくなるのである。 2 原告の主張1(本件発明1と引用発明1との相違点についての判断の誤り)について(1) 有限系対物レンズと無限系対物レンズの置換について(ア) 刊行物1には,「観測対物レンズと通称される低い結像倍率を有する光学装置は一般的によく知られている。この種類の光学装置は型通りの一般的倍率を有する顕微鏡対物レンズよりも大きな光学機械的全長を備えている。」(甲第6号証2頁左上欄8行〜13行),及び「光路の追加的偏位を伴うことなく観測顕微鏡の全長を光学的構成部品によって短かくする方法もよく知られている。この種類の観測対物レンズは普通寸法の観測視界を有する対象物体を見る時,そのペッツヴァル総和が観測効果の増大と共に増加するから,容認し得る光学的公差を遙かに超過するという欠点を備えている。」(同2頁右上欄19行〜左下欄6行)との記載がある。 (判決注・刊行物1の「ペッツヴァル総和」と後記刊行物2の「ペッツバール和」は同義であり,ペッツバール和が大きいほど,収差が大きくなり,レンズ性能は悪くなる。甲第6,第7号証参照。) 刊行物2には,「倍率1倍程度の顕微鏡用対物レンズを他の中倍,高倍対物レンズと同焦点にしようとすると,鏡筒等の寸法上の制約とそれによって生じる収差の補正を同時に解決する必要がある為に作動距離を短くせざるを得ず,その為操作性が悪かった。また,対物レンズにおいて,長い作動距離を得ようとすると,レンズ系中に極端に強い屈折力を持つ負のレンズを配置しなければならない。その為,ペッツバール和は負の値に増大し像面の平坦性が失われる。また,同時に,二次スペクトル量が増大して色収差や球面収差が大きくなる。」(甲第7号証2頁右上欄2行〜13行),及び「[発明の効果]・・・本発明によれば,焦点距離fが長いにもかかわらず,レンズ系の像側第1面より物体面までの距離が短い」(同4頁右上欄1行〜4行)との記載がある。 上記の刊行物2記載の「鏡筒等の寸法上の制約」とは,上記のとおり,「レンズ系の像側第1面より物体面までの距離が短い」ことが発明の効果として記載されていることからみて,倍率1倍程度の顕微鏡用対物レンズではレンズ全長を短くすることが困難であることを意味するものであり,その意味では前記の刊行物1記載の「一般的倍率を有する顕微鏡対物レンズよりも大きな光学機械的全長を備えている」ことと格別異なるものではない。また,前記の刊行物1記載の「ペッツヴァル総和が観測効果の増大と共に増加するから,容認し得る光学的公差を遙かに超過する」ことと,前記の刊行物2記載の「ペッツバール和は負の値に増大し像面の平坦性が失われる。また,同時に,二次スペクトル量が増大して色収差や球面収差が大きくなる。」ことも格別異なるものではない。 そして,引用発明1が有限系対物レンズであり,引用発明2が無限系対物レンズであることは当事者間に争いがないから,上記認定の下では,有限系対物レンズであると無限系対物レンズであるとを問わず,倍率1倍程度の低倍率対物レンズでは,収差を僅少に抑えた上で対物レンズ全長を短くすることが困難であると認識されていたということができる。そして,刊行物1の「これらの諸目的とその他の目的は大きな視界を有する顕微鏡的対象物体を特別に観測するため二部構造の光学装置から成る顕微鏡用観測対物レンズにおいて達成される」(甲第6号証2頁右下欄11行〜14行)との記載に照らせば,引用発明1は,低倍率対物レンズを二部構成とすること,すなわち,「対物レンズの一部は顕微鏡の光路へ挿入するために対物レンズ旋回ターレットの中へ取付けられると共に,その他の部分はそのターレットと顕微鏡筒との間において上記光路の中へ挿入される。」(2頁右下欄14行〜18行)との構成,を採用することによって,上記困難とされる点を解決したものと認められる。 このことを踏まえて,決定の判断を検討する。 決定は,「引用発明(判決注・本判決の引用発明1)の,低倍率観測対物レンズ(極低倍用第1対物レンズ)及び複数の対物レンズ(複数の第1対物レンズ)を,周知のように,光路中に固定された第2対物レンズとともに使用し,平行光束が第2対物レンズに入射するように設計することは当業者が容易になし得た事項である。」(決定書8頁16行〜19行)と判断した。これは,要するに,引用発明1の有限系対物レンズを出発点として,そこにおける低倍率対物レンズの特色を生かした,無限系対物レンズを設計することが,当業者にとって容易であるとの趣旨である。 低倍率対物レンズの全長を短くすることが,有限系対物レンズ,無限系対物レンズを問わず,困難であると認識されていたこと,及び,引用発明1が,二部構成の低倍率対物レンズの構成を採用することによりこの困難を解決したことは,前示のとおりである。 そうであれば,引用発明1において上記困難の解決に寄与した,低倍率対物レンズを二部構成とするとの技術思想は,有限系対物レンズだけでなく,無限系対物レンズにも当てはまることは明らかというべきであるから,この技術思想を無限系対物レンズに適用すること,すなわち,引用発明1の対物レンズを,無限系対物レンズとして設計することが困難であるとの理由を見出すことはできず,上記決定の判断に誤りがあるということはできない。 加えて,刊行物2には,「無限補正型は,例えば金属顕微鏡等の落射照明において,対物レンズと結像レンズの間にハーフミラーを設置することによって生じる像のズレを排除できる等の有利な点を有する。」(甲第7号証2頁左上欄7行〜10行)との記載があり,無限系対物レンズの優位性が記載されている。そうである以上,刊行物1記載の上記技術思想を無限系対物レンズに適用して,上記困難を解決するとともに,上記優位性を有する対物レンズを得んとすることは,当業者がなお一層容易に想到できることというべきである。 (イ) 原告は,引用発明2の対物レンズは,それを構成するすべてのレンズがレボルバに装着される一部構成である,と主張する。確かに,刊行物2には前記したように「レンズ系の像側第1面より物体面までの距離が短い」ことを発明の効果として記載しており,この効果は一部構成である場合の効果というべきであるから,この点からすれば,引用発明2の対物レンズが一部構成であることを認めることは可能である。しかしながら,刊行物2には,対物レンズを一部構成としなければならないことを直接述べる記載もそのことにつながる記載もなく,通常の対物レンズが一部構成であることから,一部構成を踏襲しただけのものと解するのが合理的である。かえって,前示のとおり,刊行物2には,一部構成の低倍率対物レンズの全長を短くすることの困難性が記載されているのであるから,上記事実は,刊行物1及び刊行物2の両者に接した当業者が,引用発明2の対物レンズを二部構成とすることを妨げる要因となるものではない。 また,原告は,引用発明1と引用発明2の対物レンズは,ともに1倍程度であるから,引用発明1の有限系対物レンズを,引用発明2の無限系対物レンズ系に適用する際に,一部構成である無限系対物レンズをわざわざ二部構成にしてその一部を光路に対して挿脱可能にする必然性がない,無限系対物レンズは,有限系対物レンズのように物像間距離が規格で決められていない,このため,引用発明2のように,1倍程度の低倍率では挿脱可能な補助レンズを備える必然性がない,などと主張する。しかし,原告のこの主張が理由がないことは,上記に説示したところから明らかであり,原告の主張は失当である。 (2) 挿脱可能な補助レンズの配置位置について 刊行物2には,「対物レンズをいわゆる無限補正型にして,結像レンズ(チューブレンズ)によって拡大像を得る」(甲第7号証2頁左上欄3行〜5行)との記載があり,これによれば,引用発明2における対物レンズとは結像レンズを含まないものであることが明らかである。また,同刊行物には,対物レンズの実施例として「物体側より遠い側から近い側に向って,順に,第1群(G1),第2群(G2),第3群(G3)及び第4群(G4)なる4つのレンズ群で構成される」(同3頁右上欄9行〜12行)ものが開示されている。 そうすると,これら4つのレンズ群からなる対物レンズは,その後に結像レンズによって中間像を得るために,結像レンズに平行光束を入射させることを前提として設計された対物レンズであるということになるから,上記4つのレンズ群については,この順序で配置し,かつ,レンズ群間には別途のレンズを配さないものとされているとするのが,ごく自然に出てくる理解というべきである。 そうである以上,引用発明1の技術思想を無限対物レンズにおいて実現しようとして,引用発明2の対物レンズを二部構成とするに当たっては,二部を構成するそれぞれを,4群からなるレンズの像側の一部と物体側の残部とするよりなく,その一部のレンズの配置位置は,物体側の残部のレンズと結像レンズの中間しかあり得ないのである。 原告は,引用発明1の第2レンズ部材3(補助レンズ)が収束光路中に配されていること,及び,補助レンズを結像レンズと中間像間に配置する低倍率対物レンズ構成が可能であることを前提に,引用発明1は,物体面から中間結像面までの距離を一定にするため,光線が収束していく途中に第2レンズ部材3(補助レンズ)を光路に対して挿脱可能にしている,この刊行物1が開示する技術思想を引用発明2に適用すれば,光線が収束していく途中に補助レンズを光路に対して挿脱可能に配置することとなる,と主張する。しかし,甲第6号証によれば,そもそも引用発明1における,第1レンズ部材2から第2レンズ部材3に至る光路が収束光路でなければならないことをうかがわせる記載は存在しないことが認められるから,原告の上記主張は,前提において既に失当である。のみならず,(1)で述べたように,引用発明1は,一部構成の低倍率対物レンズの設計困難性を解決するために二部構成を採用したものであり,第2レンズ部材3が収束光路中であることや,発散光路中であることとは無関係の発明というべきであって,収束光路であるか発散光路であるかは,引用発明2を二部構成とした際に,本件発明の極低倍用補助レンズに相当する像側レンズ群の配置位置を決定するうえで参考となるものではない。原告の上記主張も理由がない。 (3) レボルバ手段のネジ部を通る光線について 原告の主張は,本件発明1ではネジ部を通る光線が収束していても発散していてもよいことを理由として,同発明は,引用発明2に比して「光学設計の自由度が広がる利点がある」,及び「対物レンズの開口数を上げ,解像度を上げることもできる」とするものである。 しかしながら,決定は,本件発明1が引用発明2と同一であると認定したのでもなく,引用発明2のみに基づいて当業者が容易に発明できたと判断したものでもないのであるから,引用発明2のみとの比較は主張自体失当というべきである。 そして,引用発明2の低倍率対物レンズを二部構成とし,像側レンズ群を光路に自在に挿脱できるようにすることが,当業者にとって想到容易であることは既に述べたとおりである。引用発明2の低倍率対物レンズを二部構成に変えたものにおいては,像側レンズ群に平行光が入射することはなく(像側レンズ群を出射した光が平行光束であるから),ネジ部を通る光線は必然的に収束光または発散光とならざるを得ないのであるから,原告主張の作用効果は,引用発明2を二部構成とすることにより当業者が容易に予測できる作用効果にすぎない。 原告の上記主張も理由がない。 (4) 以上のとおりであるから,本件発明1と引用発明1との相違点についての決定の認定判断に,原告主張の誤りを認めることはできない。したがって,上記誤りが認められることを前提とする本件発明1の進歩性の判断についての原告主張も,認めることができない。 3 原告主張2(本件発明2,3について)について 本件発明2,3についての原告の主張は,本件発明1についての原告の主張に理由があることを前提として初めて成り立つ主張である。本件発明1についての原告の主張に理由がないことは上述のとおりである。本件発明2,3についての原告の主張も理由がないことが明らかである。 4 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 宍戸充 |