関連審決 | 審判1995-22577 |
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関連ワード | 特許を受ける権利 / 承継 / 発明者 / 有用性 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 分割出願 / 実質的に同一 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / 異議申立 / 国際出願 / |
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事件 |
平成
11年
(行ケ)
430号
審決取消請求事件
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原告 アルバニーインターナショナル コーポ レイション 訴訟代理人弁理士山下穣平 同 緒方尋巳 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理 人村本佳史 同 祖山忠彦 同 森田ひとみ 同 大橋良三 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/02/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成7年審判第22577号事件について平成11年7月22日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,1989年4月24日にイギリス国にした国際出願(PCT/GB90/00623)に基づく優先権を主張して,平成2年4月23日,発明の名称を「製紙機フェルト」とする発明について特許出願をしたが(以下「本願出願」といい,その発明を「本願発明」という。),拒絶査定を受けたので,平成7年10月17日,これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は,これを平成7年審判第22577号事件として審理した結果,平成11年7月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年9月1日,その謄本を原告に送達した。 なお,出訴期間として90日が附加された。 2 特許請求の範囲「1.製紙機の形成部,プレス部または乾燥部で使用する製紙機用布であって,繊維構造を有するものにおいて,前記繊維構造の繊維が主に,テレフタル酸,1,4-ジメチロールシクロヘキサンおよびイソフタル酸のコポリマーであるポリエステル材料の構成からなり,ポリエステル材料がポリエチレンテレフタレートを含有してなる布に比べて長い寿命を示し,かつ,前記繊維が260℃よりも高い融点を有していることを特徴とする製紙機用布。 2.クリープ伸びが1.1gpdで10%よりも小さいことを特徴とする請求項1に記載の製紙機用布。 3.前記繊維が,25gpdよりも大きい初期モジュール,15%よりも大きい破断時の伸び率,および2gpdよりも大きい粘着力を有していることを特徴とする請求項1に記載の製紙機用布。 4.前記繊維が,265℃よりも高い融点,30gpdよりも大きい初期モジュラス,25%,よりも大きい破断時の伸び率,および2.2gpdよりも大きい粘着力を有していることを特徴とする請求項1に記載の製紙機用布。 5.前記繊維が,280℃よりも高い融点,32gpdよりも大きい初期モジュラス,30%よりも大きい破断時の伸び率,および2.3gpdよりも大きい粘着力を有していることを特徴とする請求項1に記載の製紙機用布。 6.前記ポリエステル材料が有効量の安定剤を含有していることを特徴とする請求項1に記載の製紙機用布。 7.前記安定剤が0.5%から10.0%の量で存在することを特徴とする請求項6に記載の製紙機用布。 8.前記安定剤がカーボジイミドであることを特徴とする請求項6に記載の製紙機用布。 9.前記カーボジイミドが,ベンゼン-2,4-ジイソシアネート-1,3,5-トリス(1-メチルエチル)ホモポリマーであることを特徴とする請求項8に記載の製紙機用布。 10.前記カーボジイミドが,ベンゼン-2,4-ジイソシアネート-1,3,5-トリス(1-メチルエチル)および2,6-ジイソプロピルジイソシアネートであることを特徴とする請求項8に記載の製紙機用布。 11.前記繊維が,円または他の形状の横断面を有するモノフィラメントであることを特徴とする請求項1に記載の製紙機用布。 12.前記繊維が,機械方向に延びるモノフィラメントであることを特徴とする請求項11に記載の製紙機用布。 13.前記繊維が,機械横断方向に延びるモノフィラメントであることを特徴とする請求項11に記載の製紙機用布。 14.製紙機の形成部,プレス部または乾燥部で使用する製紙機用布であって,繊維構造を有するものにおいて,前記繊維構造の繊維が主に,テレフタル酸,1,4-ジメチロールシクロヘキサンおよびイソフタル酸のコポリマーであるポリエステル材料の織成からなり,ポリエステル繊維材料が製紙機用布への織成の能力に基づいて選択されたものであり,かつ前記繊維が260℃よりも高い融点を有していることを特徴とする製紙機用布。 15.製紙機の形成部,プレス部または乾燥部で使用する製紙機用布であって,繊維構造を有するものにおいて,前記繊維構造の繊維が主に,テレフタル酸,1,4-ジメチロールシクロヘキサンおよびイソフタル酸のコポリマーであるポリエステル材料の織成からなり,前記ポリエステル材料から作製された布がポリエチレンテレフタレートから作製された製紙機用布に比べて改良された耐摩滅性と使用期間を示し,かつ前記繊維が260℃よりも高い融点を有していることを特徴とする製紙機用布。」(以下,請求項1ないし15に係る各発明を,それぞれ「本願発明1」,「本願発明2」などといい,全体を「本願発明」と総称することがある。)3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおりである(なお,審決書2頁15行に「構成」とあるのは,「織成」の誤記であると認める。)。要するに,本願発明1は,昭和46年5月20日丸善株式会社発行「化学繊維V」(73頁ないし112頁)(以下「引用刊行物1」という。)に記載された技術(以下「引用発明1」という。)及び特開昭58-23915号公報(以下「引用刊行物2」という。)に記載された技術(以下「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができない,そして、その余の各発明については,特許法49条1項1号の規定により拒絶されるべきである,とするものである。 |
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原告主張の取消事由の要点
審決の理由中,1(手続の経緯・本件発明),2(引用例に記載された発明),3(対比・判断)のうち本願発明1と引用発明1との一致点と相違点の認定部分を認め,その余を争う。 原告の認める本願発明1と引用発明1との一致点と相違点の認定部分は,次のとおりである。 (一致点) 下記の相違点以外のすべての点。より具体的にいうと,「布」であって「繊維構造を有するもの」において,「繊維構造の繊維が主に,テレフタル酸,1,4-ジメチロールシクロヘキサンおよびイソフタル酸のコポリマーであるポリエステル材料の構成からな」るという点(相違点)@ テレフタル酸,1,4-ジメチロールシクロヘキサンおよびイソフタル酸のコポリマーであるポリエステル材料からなる繊維が,本願発明1においては,製紙機の形成部,プレス部または乾燥部で使用する製紙機用布であって,繊維構造を有するものに用いられるのに対して,引用発明1においては,布に用いられる点A 布の寿命が,本願発明1においては,ポリエチレンテレフタレートを含有して成る布に比べて長いのに対して,引用発明1においてはこの点が明確でない点B 上記繊維が,本願発明1においては,260℃よりも高い融点を有するものであるのに対して,引用発明1においては,この点が明確でない点 審決は,上記相違点@ないしBについての認定判断を誤っており(取消事由1〜3),これらの誤りは,いずれも結論に影響を及ぼすものであるから,違法として,取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点@についての認定判断の誤り)(1) 相違点@に係る進歩性判断の前提となる引用発明2の認定の誤り(ア) 審決は,引用刊行物2には,ポリエステルモノフィラメント,ポリエチレンテレフタレート(以下,略記号である「PET」で表記することがある。)を主体とするポリエステルモノフィラメントを,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物として使用し得ることが開示されている(審決書9頁11行〜16行参照)と認定するが,この認定は誤りである。 引用刊行物2に開示されている技術において,抄紙装置用として使用されているのは,具体的には,PET繊維のみである。そして,本願出願の優先権主張日当時の技術水準においては,高温多湿の環境下に置かれる抄紙装置用布として使用される材料の重要な性質として,加水分解安定性のほかに物理的強度を有する必要があることは,当業者にとって常識であった。したがって,ポリエステルであれば,その種類,性質を問わず,任意のポリエステル材料を抄紙装置用布として使用するというような技術が,引用刊行物2に開示されているなどということは,あり得ることではない。 (イ) 審決は,引用刊行物2に,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物に使用されるポリエステルモノフィラメントを耐加水分解性のものとする必要があることが記載されていると認定するが(審決書9頁17行〜10頁10行参照),この認定は誤りである。 審決は,抄紙装置用布に使用されるモノフィラメントには,物理的強度が必要であるのに,この強度を無視し,耐加水分解性のみに注目しており,正確性を欠いている。 上述したとおり,高温多湿な環境にさらされる抄紙装置用布につき,加水分解安定性のほかにモノフィラメントとして十分な物理的強度が要求されることは,本願出願の優先権主張日当時の技術水準において当業者にとって常識であったのである。このことは,引用刊行物2において,「極限粘度[η]が0.6未満の場合は工業用ポリエステルモノフィラメント(判決注・「フイラメント」とあるのを「フィラメント」と表記する。以下同じ。)としての十分な強度および伸度が得られず工業用ポリエステルモノフィラメントとしては実用に耐えないものになる。」(4頁左下欄16行〜末行)との記載により,抄紙装置用布に使用されるポリエステルモノフィラメントを実用に耐えるものにするために,当該モノフィラメントとしての十分な強度及び伸度を必要とすることが示唆されていることからも,明らかである。 (2) 組合せの動機付けの欠如 審決は,相違点@について,「1,4-シクロヘキサンジメタノールとテレフタル酸およびイソフタル酸からなる共重合体ポリエステルからなる繊維を製紙機用布に使用することは,上記繊維が耐加水分解性であることを考慮すると当業者が容易に想到し得る程度のことと認められる。」(審決書10頁15行〜20行)と判断したが,この判断は誤っている。 本願出願の優先権主張日当時,当業者の間においては,後記PCHDT繊維を製紙機用布として織り込むことは不適当であると広く認識されていたものであるから,PCHDT繊維を製紙機用布に織り込むという動機付けは,生まれようがなかった。 米国特許第4,610,916号明細書(甲第12号証)及び同第4,748,077号明細書(甲第13号証)には,ポリフェニレンサルファイド(以下,略記号である「PPS」と表記することがある。)モノフィラメントを織物として織り込むときに,その低い強度のため,よじれを生じたり,フィラメントが破壊を起こしたりするという困難を生じることが記載されており,この事実は,本願出願の優先権主張日当時,公知の事項となっていたのであるから,当業者は,PPSモノフィラメントを製紙機用布に織り込むことが不適当であると認識していたはずである。そして,米国特許第4,610,916号明細書及び同第4,748,077号明細書に開示されたPPSモノフィラメントの引張特性のデータは,ドイツ特許第1,222,205号明細書(甲第11号証)に記載されている「1,4-シクロヘキサンジメタノール」のポリマー(略記号は「PCHDM」である。「1,4-シクロヘキサンジメタノール」と本願発明1の「1,4-ジメチロールシクロヘキサン」とが実質的に同一であることに争いがないので,以下,両者のポリマーを「PCHDT」と表記することがある。)からなるPCHDT繊維の引張特性のデータとほぼ同程度の数値であるので,当業者は,PCHDT繊維についても製紙機用織物に織り込むことが不適当であると認識していたはずである。 このように,PPSモノフィラメントにせよ,PCHDT繊維にせよ,その引張り強度が不十分であれば,その耐加水分解性を考慮するまでもなく,その繊維を製紙機用布に織り込むには適さないのである。 当業者が,PCHDT繊維についても製紙機用布に織り込むことが不適当であると認識していたことは,PCHDTの構造,物理的及び化学的性質が,ドイツ特許第1,222,205号により1966年8月4日に公告されてから本願出願の優先権主張日である1990年(平成2年)4月23日に到るまで約24年を経過し,また,引用刊行物1が1971年(昭和46年)5月20日に発行されてから本願出願の優先権主張日に到るまで約19年を経過しているにもかかわらず,このように長い期間,PCHDT材料の製紙機用織物への適用が実用化されてこなかったことからも裏付けられる。 2 取消事由2(相違点Aについての認定判断の誤り) 審決は,引用刊行物1の表3.17に記載されている1,4-シクロヘキサンジメタノール(75%トランス)とテレフタル酸およびイソフタル酸からなる共重合ポリエステル繊維(PCHDT繊維)であって,イソフタル酸のmol%が17のものからなる布は,PETからなる布と比べて,優れた耐加水分解性を有し,しかも,高い熱変形温度をも有するなどといった性質によって,長い寿命を示す,と認定しているが(審決書11頁13行〜12頁1行参照),この認定は誤りである。 本願発明1の製紙機用布の寿命は,モノフィラメントの残存引張り強度(%)が半減する期間(the half life of the percent retained tensile strength)で定義されているから,審決がいうような熱変形温度によって,製紙機用布の寿命に実質的な影響を受けることはない。引用刊行物1には,製紙機用布の寿命等について何ら記載されていないから,加水分解条件下におけるフィラメント糸の残存引張り強度(%)の半減する期間で表わされる製紙機用布の寿命に関して,PCHDT繊維からなる布がPET繊維からなる布に比べて長い寿命を示すかどうかは,引用発明1における化学的な耐加水分解や熱変形温度をどのように考慮しても,当業者にとって容易に推測し得ることではないのである。 要するに,製紙機用布の寿命は,PCHDT繊維からなる布がPETより成る布に比べて長いという点に関する限り,本願発明1と引用発明1とを比較することは困難なのである。 3 取消事由3(相違点Bについての認定判断の誤り)(1) 審決は,本願発明1において,繊維が260℃よりも高い融点を有するものとすることについて,本願明細書に何らの記載もないことからすると,この数値は,抄紙装置用の布が高温条件下に置かれることに配慮して,どの程度の耐熱性が必要であるかということであるから,当業者が実験等により適宜に決定する設計的事項にすぎない,と判断したが(審決書13頁12行〜19行参照),この判断は誤りである。 本願発明1においてPCHDT繊維の融点を260℃より高い温度に規定したのは,従来の製紙機用布に使用されているPETが255℃の融点を有しているので,PETとの潜在的な重複を排除することにある。したがって,相違点Bに係る本願発明1の構成は,審決がいうような設計的事項という次元の議論で説明できる事項ではないのである。 (2) また,審決は,引用刊行物1に記載されているPCHDT繊維を製紙機用布として使用する際に,耐熱性に配慮して,同刊行物に記載されている繊維の中で,イソフタル酸のmol%が最も低く,融点が最も高いCHDM(75%トランス)とテレフタル酸83/イソフタル酸17のモル比のポリエステルフィラメント糸を選択することに格別の困難性があるとはいえず,その結果,繊維が260℃よりも高い融点を有するものとなることは自明のことであり,その数値は本願発明1の繊維の融点範囲に包含されると判断したが(審決書13頁末行〜14頁12行参照),この判断も誤りである。 引用発明1のPCHDTから成る繊維あるいは布は,その耐熱性がPETから成る繊維あるいは布に比べてかなり劣るという事実が知られているのである。このような耐熱性の低いPCHDT繊維あるいは布を,PETフィラメントに代えて,製紙機用布として使用する発想が生れ得ないことは,明白である。 4 取消事由4(顕著な効果の看過) 本願発明1の特徴は,製紙機用布として,本願発明1に係るPCHDT繊維から成る布が,PET繊維から成る布に比べて長い寿命あるいは耐摩滅性を有することにある。本願発明1のPCHDT繊維から成る布の寿命は,モノフィラメントの残存引張り強度(%)が半減するまでの期間でもって定義されており,原告は,上記布の寿命によって,通常の化学的性質としての耐加水分解性とは区別して,いわば物理的性質としての耐加水分解性として評価することができるといっているのである。このように,本願発明1のPCHDT繊維は,そのモノフィラメント糸の引張り特性がPET繊維に比べてかなり弱いものであるにもかかわらず,上記物理的性質としての耐加水分解性,及び,残存引張り強度(%)の半減期間で示される布の寿命が,PET布のそれより優れているという,当業者にとって予測できない驚くべき性能を示すものであり,実施例のデータ及び本願出願の願書に添付した図面第2図ないし第4図において実証されているのである。 審決は,上記のような本願発明1の顕著な効果を看過しているというべきである。 5 取消事由5(本願発明2ないし15についての判断遺脱) 審決は,「本件出願は,本件第1発明が特許を受けることができないので,その他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,特許法第49条第1項第1号の規定により拒絶されるべきものである。」(審決書14頁末行〜15頁4行)と説示して,本願発明2ないし15について具体的に証拠に基づいて検討せずに出願を拒絶するとの結論を導いているから,審決には判断の遺脱がある。 |
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被告の反論の要点
審決の認定判断は,いずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(相違点@についての認定判断の誤り)について(1) 相違点@に係る進歩性判断の前提となる引用発明2の認定の誤り,について(ア) 原告は,ポリエステルであれば,その種類,性質を問わず,任意のポリエステル材料を抄紙装置用布として使用するというような技術が,引用刊行物2に開示されているなどということは,あり得ることではない,と主張するが,失当である。 (イ) 原告は,審決は,抄紙装置用布に使用されるモノフィラメントには,物理的強度が必要であるのに,この強度を無視し,耐加水分解性のみに注目しており,正確性を欠いている,と主張するが,失当である。 引用刊行物2に「抄紙装置用のカンバス織物などに使用されるポリエステルモノフィラメントは,高温多湿の状態すなわち苛酷な加水分解条件下にさらされると強度が低下するという欠点をも有している。」(2頁左上欄3行〜7行)と記載されていることからも明らかなとおり,引用発明2においては,モノフィラメントについて,苛酷な加水分解にさらされることによって生じる強度の低下が問題とされているのであり,通常の状況下での強度の低下が問題とされているのではない。 また,引用刊行物2に,従来技術として記載されている特公昭55-9091号公報(乙第3号証),特開昭50-95517号公報(乙第4号証),特開昭46-5389号公報(乙第5号証)をみると,製紙機の乾燥用布を含む工業用ベルトの材料として要求されている特性は,加水分解及び熱に対する安定性であり,機械的強度については格別問題視されていない。 そもそも,抄紙機のカンバス用糸として使用されるポリエステルは,耐蒸熱性に劣り湿熱下で劣化しやすいことが広く知られ,その点が問題とされていたのであって,機械的強度に関しては,格別に欠点とはみなされていなかったのである。 抄紙機のカンバスは,厚地の織物であって,使用時には熱,水分,酸等の負荷に加えて高速走行するものであるため,所定の太さと撚りを与えて合繊糸とされ各種の加工がなされるのであるから(乙第6号証参照),糸の状態における引張強さの値そのものがカンバス織物としての利用可能性の評価を左右するものではないことは,明白である。 (2) 組合せの動機付けの欠如,について 原告は,ドイツ特許第1,222,205号明細書の引っ張り強度や破断伸び率のデータを示し,PCHDT繊維が製紙機布の製造における厳しい環境には不適であると主張する。 しかし,同文献には,PCHDT繊維やその製紙機布への利用についての記述は全くないのであるから,原告の上記主張は,単なる憶測にすぎない。 原告は,上記ドイツ特許明細書と米国特許第4,610,916号明細書及び同第4,748,077号明細書とを結び付けて,同様の主張をしている。 しかし,この主張も,論理的必然性を欠き,推論を導く根拠自体も明らかでない。さらに,PPSモノフィラメントは,もろいという欠点があるものの,米国特許4,748,077号明細書をみると,その欠点に対して,二つの樹脂をブレンドすることによって解決し,製紙機用ベルトとして有用な織物としていることが記載されているのであって,もろいという性質が製紙機用布としての用途を否定するものではないことが明らかである。 仮に,耐加水分解性以外に機械的強度や引張り特性にも注意が払われるべきであるとしても,引用発明1のPCHDT繊維からなる布は,耐加水分解性があるのであるから,これを,耐加水分解性があることが重要な物性として求められている製紙機用布に使用してみようとする動機付けは,十分にあるということができる。そして,機械的強度や引張り特性に関しては,延伸処理や熱処理,その後の製品に至る過程での加工によって改善することが可能であるから,機械的強度や引張り特性の要素は,製紙機用布への適用に当たって,阻害要因とはなり得ないのである。 2 取消事由2(相違点Aについての認定判断の誤り)について 原告は,PCHDT繊維から成る布がPET繊維から成る布に比べて長い寿命を示すかどうかは,引用発明1における化学的な耐加水分解や熱変形温度をどのように考慮しても,当業者にとって容易に推測し得ることではないと主張するが,失当である。 PCHDTは,フィルムの形態であれ繊維の形態であれ,ポリエステル分子中に大きいシクロヘキサン残基を有する以上,PETと比較すると,良好な耐加水分解性を有するものであると認められる。このことは,引用刊行物1の表3.13(102頁)の68%トランス異性体を含むポリ(1,4-シクロヘキシレンジメチレンテレフタレート)繊維の物理的性質に関連し,「これらの繊維の強伸度曲線は,室温あるいは洗たく温度において,水によってきわめてわずかの影響しか受けないことがわかる。」(103頁2行〜3行)と記載されていることからも裏付けられる。 また,引用刊行物1には,「PCHDTは,高融点であるため,15〜25mol%の他成分を導入しても,依然として繊維およびフィルムとして有用である。」(91頁7行〜8行)との記載があって,これにより,PCHDTの高融点を有するという性質は,ポリマーが繊維状であるかフィルム状であるかを問わず維持されるものであり,したがって,PCHDT繊維は,高温条件下の使用に耐える繊維であることが,開示されているのである。 そうであるならば,PCHDT繊維から成る布が,PETから成る布と比べて,優れた耐加水分解性を有し,しかも,高い熱変形温度をも有するなどといった性質によって長い寿命を示す,とした審決の認定に誤りはない。 3 取消事由3(相違点Bについての認定判断の誤り)について(1) 原告の主張は,本願発明1において「繊維が260℃より高い融点を有していること」という構成を採用したことについて,格別な技術的困難性があったことを,自ら否定しているものである。上記温度に臨界的意義があるといえないことは,明らかである。 (2) 引用発明1におけるイソフタル酸改質PCHDT繊維の布を,引用発明2におけるPET繊維の布の代りに使用しようとする発想は,取消事由1について述べたところによれば,引用発明1におけるイソフタル酸改質PCHDT織物が耐加水分解性を有することから優に生じ得るものである。 4 取消事由4(顕著な効果の看過)について 引用発明1のPCHDTは,繊維の形態においても,高融点で,しかも耐加水分解性という性質を維持しているのであるから,本願発明1の構成を採用すれば,耐加水分解性が向上し,それに付随して布の寿命も向上することは,当業者にとって当然に予測し得た範囲内の事項である。 5 取消事由5(本願発明2ないし15についての判断遺脱)について 原告の主張は争う。 |
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当裁判所の判断
1 本願発明1の概要 甲第2ないし4号証によれば,本願明細書の発明の詳細な説明(出願当初の明細書においては「発明の説明」と記載されていた。平成6年6月14日付けの手続補正書から「発明の詳細な説明」と記載されるようになった。)の欄には,次の記載があることが認められる。 「この発明は,製紙機の形成部,ブレス部あるいは乾燥部に使用するのに適した製紙機布に関し,とくに通気乾燥布および乾燥スクリーンのような,製紙機の乾燥部で使用される製紙機布に関する。」(2頁右上欄4行〜7行)「製紙機の乾燥部において,布ならびに紙シートは,過酷な化学的環境で高温にさらされる傾向がある。製紙工業で使用されている乾燥用布すなわち「乾燥用スクリーン」は,伝統的には,ポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンサルファイド,およびポリプロピレンのような種々の材料から形成されてきた。これらの材料は異なった性質と価格を有し,これが市場での相対的位置に影響している。製紙機に乾燥用布として使用される材料の重要な性質は,その材料が良好な加水安定性(hydro1ytic stabi1ity)および良好な寸法安定性を有しているということである。」(2頁右上欄21行〜左下欄8行)「この発明の1つの態様によれば,製紙機の形成部,プレス部または乾燥部で使用するのに適した製紙機用布であって,繊維構造を有するものにおいて,前記繊維構造の繊維が,ヒンダードカルボキシル基を有するポリエステル材料であり,かつ前記繊維が260℃よりも高い融点を有していることを特徴とする製紙機用布が提供される。」(2頁左下欄末行〜右下欄6行)2 取消事由1(相違点@についての認定判断の誤り)について(1) 相違点@に係る進歩性判断の前提となる引用発明2の認定の誤り,について(ア) 引用刊行物2に,次の記載があることは,当事者間に争いがない(審決書6頁12行〜7頁18行参照)。 @ 「本発明は工業用ポリエステルモノフィラメントの製造方法,とくに加熱及び加水分解に対する安定性の高度に改良されたポリエチレンテレフタレートを主体とするポリエステルモノフイランメントを製造する方法に関する。ポリエステルモノフィラメントは,そのすぐれた物理的諸性質のため,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物,コンベアベルト,濾過布,ファスナー,芯地などとして広く使用されている。しかしながら,抄紙装置用のカンバス織物などに使用されるポリエステルモノフィラメントは,高温多湿の状態すなわち苛酷な加水分解条件下にさらされると強度が低下するという欠点をも有している。」(1頁右下欄13行〜2頁左上欄7行)A 「本発明を実施するに際して,芳香族モノカルボジイミドを添加する溶融ポリマの温度と紡糸機内の平均滞留時間の関係はとくに重要である。ポリマ温度が270℃未満では十分なカルボキシル末端基封鎖が行なわれず,従つて目的とする耐加水分解性,耐熱性を得ることができないし,310℃を超えると,芳香族モノカルボジイミド自体の分解や,ポリマ劣化などのため,モノフィラメントの性能が著しく低下し,もはや工業用ポリエステルモノフィラメントとしての十分な強伸度ならびに耐加水分解性,耐熱性が得られない。」(3頁左下欄17行〜右下欄8行)(イ) 引用刊行物2の上記記載,特に,「ポリエステルモノフィラメントは,そのすぐれた物理的諸性質のため,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物,コンベアベルト,濾過布,ファスナー,芯地などとして広く使用されている。」との記載によれば,引用刊行物2で,「ポリエステルモノフィラメント」は,一般に,優れた物理的諸性質を有しているので,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物等に広く使用されているということが述べられていることは,明らかである。 そうすると,審決が,引用刊行物2には,ポリエチレンテレフタレートを主体とするポリエステルモノフィラメントに限らず,一般にポリエステルモノフィラメントは,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物として使用し得ることが開示されていると認定した(審決書9頁11行〜16行参照)ことは,正当であることが明らかである。 (ウ) 原告は,引用刊行物2に開示されている技術において,抄紙装置用として使用されているのは,具体的には,PET繊維のみである,そして,本願出願の優先権主張日当時の技術水準においては,高温多湿の環境下に置かれる抄紙装置用布として使用される材料の重要な性質として,加水分解安定性のほかに物理的強度を有する必要があることは,当業者にとって常識であった,したがって,ポリエステルであれば,その種類,性質を問わず,任意のポリエステル材料を抄紙装置用布として使用するというような技術が,引用刊行物2に開示されているなどということは,あり得ることではない,と主張する。 確かに,引用刊行物2に,「本発明は,工業用ポリエステルモノフィラメントの製造方法,とくに加熱及び加水分解に対する安定性の高度に改良されたポリエチレンテレフタレートを主体とするポリエステルモノフィランメントを製造する方法に関する。」(1頁右下欄13行〜17行)と記載されているとおり,同刊行物による出願に係る発明自体は,PETのモノフィランメントに関するものである。しかし,上記「ポリエステルモノフィラメントは,そのすぐれた物理的諸性質のため,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物,コンベアベルト,濾過布,ファスナー,芯地などとして広く使用されている。」(1頁右下欄18行〜2頁左上欄2行)との記載は,同刊行物による出願に係る発明とは別に,一般的に,「ポリエステルモノフィラメント」について述べたものであることが記載内容自体から明らかである。 本願出願の優先権主張日当時の技術水準についてみる。 乙第6号証によれば,昭和54年6月25日日本繊維機械学会発行「産業用繊維資材ハンドブック」には,「抄紙機ドライパートにおけるカンバス使用の目的は,プレスパート(圧搾都)から受けとった湿紙を保持し運搬しながら,乾燥シリンダに圧着させ,効率よく乾燥を促進し,所定の水分および品質をもった紙に仕上げてカレンダおよびリール(巻取り)へ送り出すことにある。」(326頁2行〜5行),「上述の目的を果たすために,抄紙条件によって多少は異なるが一般には次のような特性が要求される。耐久性,すなわち抗張力,耐蒸熱性,耐酸性,耐熱性,耐摩耗性等がすぐれていること。長さ方向,巾方向において寸法安定性が良好であること。紙の品質をよくするため表面が平滑あるいは柔軟であること。乾燥をよくするため通気性・・・が良好であること。走行安定性が良好であること(片寄りや蛇行のないこと),紙質を損わず,耐久性に富んだ継手を備えていること。」(同頁7行〜13行),「カンバス用糸としては用途,目的に応じて各種天然繊維・人造繊維が単独あるいは混撚して使用され,合糸された太さとしては,マルチフィラメント糸で2000〜6000D,モノフィラメント糸で0.4〜0.6mmφ,スパン糸で0.5〜4s(綿番手)程度のものが通常使用されている。」(同頁15行〜18行)との記載があり,より具体的には,抄紙用カンバスに必要な繊維として,天然繊維では,綿及びアスベストが,人造繊維では,ポリアミド系,ポリエステル系,ポリアクリル系及びポリオレフィン系の合成繊維,ガラス,金属といった無機繊維が存在する(同頁20行〜25行参照)との記載があることが認められる。 また,同書籍の表3.36に「各種繊維の性能比較表」が示され(328頁),この表によると,上記繊維は,引張強力,耐熱性,耐蒸熱性,耐酸性,耐アルカリ性,耐摩耗性,水分による伸縮安定性などといった性能について,例えば,ポリエステル系合成樹脂の繊維の場合には,引張強さ,耐酸性,水分による伸縮安定性が良好であり,耐熱性,耐摩耗性が比較的良好であるものの,耐蒸熱性,耐アルカリ性は並の性能であること,ポリアクリル系合成樹脂の繊維の場合には,耐蒸熱性が良好であり,引張強さ,耐熱性,耐酸性,水分による伸縮安定性が比較的良好であるものの,耐アルカリ性,耐摩耗性が並の性能であること,ポリオレフィン系合成樹脂の繊維の場合には,引張強さ,耐蒸熱性,耐酸性,耐アルカリ性が良好であり,耐摩耗性,水分による伸縮安定性が比較的良好であるものの,耐熱性は並の性能であることが認められる。 さらに,同書籍には,ポリエステル系合成樹脂繊維の特性の説明として,「A. ポリエステル 耐熱性,耐酸性にすぐれ,他の性能も通常条件下では安定しているので,綿に代わる繊維として,最も広く用いられている。ただし湿熱下では劣化しやすいので,他の繊維を混用し補強する場合がある。」(327頁),「前に述べたような特性を有する各種繊維を適宜組み合わせて用いるとともに織構造もいろいろ変化させて製織することにより,表面性,通気性,耐久性,寸法安定性等にすぐれた多種多様のカンバスが製造されている。」(328頁15行〜17行)との記載もあることが認められる。 上記書籍の上記認定の各記載によれば,高温多湿の環境下に置かれる抄紙装置用布として使用される材料の重要な性質として,抗張力,耐蒸熱性,耐酸性,耐熱性,耐摩耗性,水分による伸縮安定性等に優れていることが求められること,使用される繊維には,天然繊維,人造繊維,無機繊維といった多数の種類があって,それぞれ上記特性に一長一短があり,その中では,ポリエステル系合成樹脂繊維が,他の繊維に比較すると相対的に優れていることが認められ,乙第6号証が昭和54年6月25日発行のものであることを考慮すれば,上記事実は,本願出願の優先権主張日当時,既に,当業者の間で広く知られていたものと認めることができる。 そうすると,抄紙装置用布として使用される材料の重要な性質としては,上記のとおり多数のものがあり,その中で寸法安定性といった特定のもののみが重要であるということができないこと,また,ポリエステル系の素材が他の素材に比較して相対的に優れていることは,むしろ,本願出願の優先権主張日当時,既に技術的常識に属する事柄であったというべきである。 原告の上記主張は,採用できない。 (エ) 審決が,引用刊行物2に,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物に使用されるポリエステルモノフィラメントを耐加水分解性のものとする必要があることが記載されていると認定している(9頁17行〜10頁10行参照)のに対し,原告は,高温多湿な環境にさらされる製紙機用布につき,加水分解安定性のほかにモノフィラメントの物理的強度が要求されることは,本願出願当時の技術水準において当業者にとって常識であったとし,抄紙装置用織物に使用されるモノフィラメントには,物理的強度が必要であるのに,審決は,この強度を無視し,耐加水分解性のみに注目しており,正確性を欠いている,と主張する。 引用刊行物2に,「ポリエステルモノフィラメントは,そのすぐれた物理的諸性質のため,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物,コンベアベルト,濾過布,ファスナー,芯地などとして広く使用されている。しかしながら,抄紙装置用のカンバス織物などに使用されるポリエステルモノフィラメントは,高温多湿の状態すなわち苛酷な加水分解条件下にさらされると強度が低下するという欠点をも有している。」(1頁右下欄18行〜2頁左上欄7行)との記載があることは,上記のとおりである。同記載によれば,抄紙装置用のカンバス織物などに使用されるポリエステルモノフィラメントは,一般的には,優れた物理的諸性質を有するけれども,高温多湿の状態すなわち苛酷な加水分解条件にさらされると強度が低下するという欠点があるということになるのであり,同刊行物において,ポリエステルモノフィラメントについて改良されるべき問題とされているのは,ポリエステルモノフィラメント自体の強度ではなく,それが本来有する優れた強度を低下させることになる高温多湿の状態での加水分解をどうするか,という点であることが明らかである。 また,抄紙装置用布として使用される材料について,モノフィラメントの物理的強度など特定のもののみを重要な性質とすることができるわけのものではないことは,前記認定のとおりである。 この点について,原告は,引用刊行物2に,「極限粘度[η]が0.6未満の場合は工業用ポリエステルモノフィラメントとしての十分な強度および伸度が得られず工業用ポリエステルモノフィラメントとしては実用に耐えないものになる。」(4頁左下欄16行〜末行)と記載されており,抄紙装置用布に使用されるポリエステルモノフィラメントを実用に耐えるものにするために,当該モノフィラメントとしての十分な強度及び伸度を必要とすることが示唆されていると主張する。 しかしながら,モノフィラメントの物理的強度のみが重要な性質であるわけでないといっても,ものには限度というものがあるのであって,実用に耐え得ないようなものが除外されることは,自明である。上記記載は,単に,実用に耐え得ない設計的範囲を明確にしているにすぎないことが,記載自体から明らかである。 したがって,原告の主張は,失当であり,審決が,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物に使用されるポリエステルモノフィラメントを耐加水分解性のものとする必要があることが記載されていると認定したことに誤りはない。 (2) 組合せの動機付けの欠如,について(ア) 引用刊行物1(甲第5号証)に,次の記載があることは,当事者間に争いがない(審決書3頁12行〜6頁7行参照)。 @ 「(ii)イソフタル酸との共重合ポリエステル 熱的性質 図3.16はイソフタル酸で改質したPCHDT(68%トランス)の熱的性質を示す。この場合,イソフタル酸のホモポリエステルは非晶性である。したがって,テレフタロイル基に基づく結晶性が消滅するにつれてポリマーは有機ガラス状となる。図3.16から明らかなように,結晶規則性はイソフタル酸含有量が増大するにつれて急激に阻害される。このとき融点Tm,溶融状態から冷却した場合の結晶化温度Tcが急落する。・・・ 物理的性質 1,4-シクロヘキサンジメタノール(68%トランス)とテレフタル酸83/イソフタル酸17のモル比のポリエステルから得られたフィルムの物理的性質が・・・測定された。表3.4に,二軸延伸,熱固定した改質PCHDTと,PETフィルムの物理的性質を示す。PETフィルムに比べ,PCHDTフィルムは低密度,低強度,低吸水性,高透明度,高い熱変形温度を示す。」(91頁下から4行〜93頁6行)A 「f.1,4-CHDMポリエステルの環境安定性 1,4-シクロヘキサンジメタノールを含むポリエステルの顕著な特徴は,耐加水分解性である。このことは,バルキーなシクロヘキサン環の立体効果から当然予想される。」(95頁3行〜5行)B 「図3.19は,PCHDTフィルムが,PETフィルムに比較して良好な耐加水分解性をもっていることを明らかにしている。この図は,分子量の尺度である対数粘度の保持率を相対湿度10%,110℃での暴露時間に対してプロットしてある。このPCHDTフィルムは,17mol%のイソフタル酸を含む。」(96頁下から2行〜97頁2行)C 「すでに述べてきた数多くの1,4-シクロヘキサンジメタノールのポリエステルのうち,酸成分が完全に,あるいは大部分テレフタル酸であるポリマーのみについて,繊維および織物の研究が行われた。」(97頁下から11行〜9行)D 「b.1,4-シクロヘキサンジメタノールとテレフタル酸および他のジカルボン酸との共重合ポリエステルの繊維および織物(@) 物理的性質 フィラメント糸 表3.17に,テレフタル酸および他の酸との共重合ポリエステルから得られたフィラメント糸の物理的性質を示す。 これらの改質酸成分はモル比にして17〜50mol%である。糸の強度は,第二酸成分が40mol%に達するまでほとんど変化しない。しかし,伸度はかなり増大する傾向を示す。流動温度(強度ゼロとなる温度)は,第二酸成分17mol%においても,著しく低下する。」(107頁9行〜108頁1行) 引用刊行物1の上記認定の各記載によれば,同刊行物においては,PCHDTは,ポリエステル系合成樹脂であり,そのフィルム形態のものは,PETフィルムに比べて,低強度であるものの,耐加水分解性に顕著な特徴を有し,その理由が,PCHDTのバルキーなシクロヘキサン環の立体効果にあることであるとされていることが認められる。 (イ) 一方では,上記のとおり,引用発明1において,PCHDTは,ポリエステルの一種であり,PETに比較して良好な耐加水分解性を有することが開示されており,他方では,前記認定のとおり,引用発明2において,一般に,ポリエステルモノフィラメントは,その優れた物理的諸性質のため,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物,コンベアベルト,濾過布,ファスナー,芯地などとして広く使用されているものの,抄紙装置用のカンバス織物などに使用する際の苛酷な加水分解の環境下において強度が低下するという欠点を有していること,高温多湿の環境下に置かれる抄紙装置用布として使用される材料の重要な性質として,抗張力,耐蒸熱性,耐酸性,耐熱性,耐摩耗性,水分による伸縮安定性等が優れていることが求められるものの,使用される各種繊維にはその特性に一長一短があり,その中では,ポリエステル系繊維が,他の繊維に比較すると相対的に優れていることが開示されていることからすれば,これらの両発明に接した当業者が,抄紙装置用のスクリーン,カンバス織物等の材料として,同じポリエステル系繊維で,PETに比較して良好な耐加水分解性を有するというPCHDTを使用してみようと考えることは,ごく容易なことということができる。 したがって,抄紙装置用のスクリーン,カンバス織物等の材料としてPCHDTを使用することを妨げる特別の事情が認められない限り,引用発明1と2とを組み合せて,相違点@に係る本願発明1の構成とすることは,当業者にとって容易なことであったということができる。そして,本件全証拠を検討しても,上記特別の事情を認めさせる資料を見いだすことはできない。 (ウ) 原告は,米国特許第4,610,916号明細書(甲第12号証)及び同第4,748,077号明細書(甲第13号証)には,PPSモノフィラメントを織物として織り込むときに,その低い強度のためよじれを生じたり,フィラメントが破壊を起こしたりするという困難を生じることが記載されており,この事実は本願出願当時,公知となっていたことから,当業者は,PPSモノフィラメントを製紙機用織物に織り込むことが不適当であると認識していたはずであり,そして,上記各証拠に開示されたPPSモノフィラメントの引張特性のデータは,ドイツ特許第1,222,205号明細書(甲第11号証)のPCHDT繊維の引張特性のデータとほぼ同程度の数値であるので,当業者は,PCHDT繊維についても製紙機用織物に織り込むことが不適当であると認識していたはずであると主張する。 甲第12号証によれば,米国特許第4,610,916号明細書(特許日1986年(昭和61年)9月9日)には,「技術分野 本発明は新規なモノフィラメントを形成する2つの樹脂のブレンドに関するものであり,1つの樹脂はポリフェニレンサルファイドである。また,かかるモノフィラメントの単一行程の押出方法が提供される。これらのモノフィラメントから製造された工業用織物は,とくに製紙機用ベルトとして有用性を有しており,またこれらの織物が提供される。ポリフェニレンサルファイト(PPS)モノフィラメントは標準押出技術を用いて製造される。これは,顕著な化学的及び熱的抵抗を有しているので,工業用フィラメントとして多くの潜在的応用分野を有している。とくに,PPSは,製紙機用の織物の製造に使用することができる。これらの織物が使用される苛酷な化学的かつ熱的環境のため,PPS織物は,従来の材料からなる織物に比べて,長い寿命と良好な全体的性能を有している。」(抄訳文1頁3行〜17行),「発明の背景 PPSの結晶性の高レベルのため,そのモノフィラメントは脆い傾向があり,織り上げるのに困難である。とくに,PPSのノット強度とループ強度が低いので,とくに,モノフィラメントを織物に織成するときに,モノフィラメントの処理の間とかく問題を生じる。モノフィラメントが織成の間糸巻から離れたときに,撚り及びループが形成して,これらはしっかりと締めつけられると,よじれを形成し,フィラメント破壊を起こす。」(抄訳文1頁19行〜2頁4行)との記載があることが認められる。 上記明細書の上記認定の事実によれば,同明細書には,PPSモノフィラメントは,もろい傾向があり,しっかりと締めつけられると,よじれを形成し,フィラメント破壊を起こすなどという欠点があることが認められるものの,それにもかかわらず,二つの樹脂をブレンドするという工夫を加えることによって製紙機用ベルトとして有用であることが開示されているということができる。 また,昭和54年6月25日日本繊維機械学会発行「産業用繊維資材ハンドブック」(乙第6号証)に,「前に述べたような特性を有する各種繊維を適宜組み合わせて用いるとともに織構造もいろいろ変化させて製織することにより,表面性,通気性,耐久性,寸法安定性等にすぐれた多種多様のカンバスが製造されている。」(328頁15行〜17行)との記載があることは,前述したとおりである。 そうすると,引張強さが必ずしも良好な繊維でないとしても,別の点での長所を生かし,他の繊維と組み合わせたりして優れた製紙機用ベルトとする技術が知られているのであるから,PCHDT繊維についても,それ自体では強度の点でPET繊維に比べて劣るとしても,耐加水分解性において優れており,強度の低下を防止することができるとされている以上,引張強さが必ずしも良好ではないという上記事項も,これを製紙機用織物として用いることを妨げることにはならないものというべきである。 原告は,当業者が,PCHDT繊維について製紙機用布に織り込むことが不適当であると認識していたことは,PCHDTの構造,物理的及び化学的性質が,ドイツ特許第1,222,205号により1966年8月4日に公告されてから本願出願の優先権主張日である1990年(平成2年)4月23日に到るまで約24年を経過し,また,引用刊行物1が1971年(昭和46年)5月20日に発行されてから本願出願の優先権主張日に到るまで約19年を経過しているにもかかわらず,このように長い期間,PCHDT材料の製紙機用織物への適用が実用化されてこなかったことからも裏付けられる旨主張する。 しかしながら,仮に,長期間,PCHDT材料の製紙機用織物への適用が実用化されてこなかったことが事実であるとしても,そのことは,それだけでは,当業者がPCHDT繊維について製紙機用布に織り込むことが不適当であると認識していたことに結び付くものではない。実用化するか否かを決める要因には種々のものがあり得ることが明らかであるから,長期間,実用化されていないという事実自体が有する証明力にはおのずから限界があるものという以外にないからである。 以上のとおりであり,原告主張の取消事由1は,理由がない。 3 取消事由2(相違点Aについての認定判断の誤り)について 本願発明1の特許請求の範囲(甲第2〜4号証によれば,出願当初の明細書においては「請求の範囲」と記載されていたのが,平成6年6月14日付けの手続補正書から「特許請求の範囲」と記載されるようになったことが,明らかである。)に,「ポリエステル材料がポリエチレンテレフタレートを含有してなる布に比べて長い寿命を示し,」との記載があることは,当事者間に争いがない。 上記記載自体では,「ポリエステル材料がポリエチレンテレフタレートを含有してなる布」にせよ「長い寿命」にせよ,その技術的意味が特定されているとはいえないことは,明らかというべきである。 本願明細書の発明の詳細な説明をみる。 甲第2号証によれば,上記「ポリエステル材料がポリエチレンテレフタレートを含有してなる布」及び「長い寿命」の技術的意味に関連するものとしては,「この発明の製紙用布の1つの特徴は,この布が作られている材料が容易には加水分解されないために,製紙機の高温部分,とくに乾燥用布および乾燥機スクリーン布として使用するのに最適であることである。予期できないこととして,この発明の材料は,現在使用されている通常のポリエステル材料と比較して著しく高度な安定性を有し,そしてこの発明の製紙機用布の材料がその耐用寿命の半分の時点で保持する引張り強さが,現在の工業的標準のものの1.5から2倍になるということがある。」(3頁左下欄4行〜13行)との記載が,実施例2についての説明において,「押出された材料の布サンプルが,モノフィラメントを機械方向および機械横断方向の両方向に織ることに寄って,乾燥機スクリーン布として形成された。この布は,単独の,および安定剤を有するポリ(エチレンテレフタレート)からなる現行の布と向い合わせで走行された。この発明の布の寿命は,ポリ(エチレンテレフタレート)のような従来の材料から作られたものに対して顕著に向上していることが見出された。」(同4頁右下欄5行〜12行)との記載があること,それ以外に記載がないことが明らかである。 本願明細書の上記記載状況によれば,実施例で用いた本願発明1の実施品である「布サンプル」と特定の「現行の布」とを,向い合わせで走行させるという試験を行ったところ,前者は,後者に比べて,耐用寿命の半分の時点で保持する引張り強さが大きいという結果がでたということになる。しかし,そこでは,それ以上のこと,特に,比較した「布サンプル」や「現行の布」の成分混合比,繊維の形状,布の形状,走行条件等については,何ら明らかとなっていない。 本願明細書の上記記載状況の下では,発明の詳細な説明において,ある特定の「布サンプル」とある特定の「現在使用されている通常のポリエステル材料」あるいは「現行の布」とで使用期間と引張り強さとの関係を比較し,前者が後者に比べて良好な結果が出たとされていることをとらえて,これを一般化し,特許請求の範囲に,「ポリエステル材料がポリエチレンテレフタレートを含有してなる布に比べて長い寿命を示し,」と記載したものとみるほかない。 このような場合,「ポリエステル材料がポリエチレンテレフタレートを含有してなる布に比べて長い寿命を示し,」という記載に特許性の有無にかかわるような格別の技術的意味を見いだすことはできないというべきである。すなわち,「ポリエステル材料がポリエチレンテレフタレートを含有してなる布に比べて」という文言からは,発明を特定する上で価値を有する格別の意味を読み取ることはできず,「長い寿命を示し,」については,せいぜい,実用に耐え得ないような短い寿命のものは除かれるといった程度の意味を読み取ることができるにすぎない,という以外にない。 本願発明1の「ポリエステル材料がポリエチレンテレフタレートを含有してなる布に比べて長い寿命を示し,」との構成が上記のようなものである以上,これを同発明の進歩性の根拠とすることができないことは,論ずるまでもないところというべきである。 4 取消事由3(相違点Bについての認定判断の誤り)について 本願明細書の発明の詳細な説明の欄には,本願発明1において,繊維が260℃よりも高い融点を有するものとすることについて何らの記載もないことは,当事者間に争いがない。 そして,原告は,本願発明1において繊維の融点を260℃より高い温度に規定したのは,従来の製紙機用布に使用されているPETが255℃の融点を有しているので,PETとの潜在的な重複を排除することにある旨述べている。 そうすると,本願発明1の特許請求の範囲の「前記繊維が260℃よりも高い融点を有している」との記載に,特許性の有無にかかわるような格別の技術的意味を見いだすことができないというべきであり,このことからすれば,当業者が実験等により適宜に決定する設計的事項にすぎないとした審決の判断に誤りはないものというべきである。 そうすると,原告のその余の主張について検討するまでもなく,取消事由3もまた,理由がないことが明らかである。 5 取消事由4(顕著な効果の看過)について 原告は,本願発明1の特徴は,製紙機用布として,本願発明1に係るPCHDT繊維から成る布が,PET繊維から成る布に比べて長い寿命あるいは耐摩滅性を有することにある,本願発明1のPCHDT繊維から成る布の寿命は,モノフィラメントの残存引張り強度(%)が半減するまでの期間でもって定義されており,原告は,上記布の寿命によって,通常の化学的性質としての耐加水分解性とは区別して,いわば物理的性質としての耐加水分解性として評価することができるといっているのである。このように,本願発明1のPCHDT繊維は,そのモノフィラメント糸の引張り特性がPET繊維に比べて,かなり弱いものであるにもかかわらず,上記物理的性質としての耐加水分解性,及び,残存引張り強度(%)の半減期間で示される布の寿命が,PET布のそれより優れているという,当業者にとって予測できない驚くべき性能を示すものである,と主張する。 PET繊維とPCHDT繊維とを,耐加水分解性を問題にする必要のない場面での引張り強度において比較すると,後者は,前者に比べて劣るという欠点があることは,当事者間に争いがない。 しかしながら,前記のとおり,PET繊維にせよPCHDT繊維にせよ,ポリエステルモノフィラメントは,物理的諸性質が優れており,そのため,抄紙装置用のスクリーンやカンバス織物,コンベアベルト,濾過布,ファスナー,芯地などとして広く使用されていたのであり(引用刊行物1),このようなポリエステルモノフィラメントにおいて,従前から使用されるPET繊維の代わりにPCHDT繊維を採用して,耐加水分解性を向上させたときには,抄紙装置用のカンバス織物などに使用する際の苛酷な加水分解の環境下において強度が低下するという欠点を克服することができることは明らかであるから,寿命が相当程度向上すると予想し得ることも,明らかというべきである。 そして,前記認定のとおり,発明の詳細な説明によっても,実施例で用いた本願発明1の実施品である「布サンプル」と「現行の布」とを,向い合わせで走行させるという試験を行ったところ,前者は,後者に比べて,耐用寿命の半分の時点で保持する引張り強さが大きいという結果がでたというだけであるから,これをもって,本願発明1の顕著な作用効果であると評価することはできないという以外にないのである。 原告主張の取消事由4も,理由がない。 6 取消事由5(本願発明2ないし15についての判断遺脱)について 原告は,審決が,本願発明2ないし15について具体的に証拠に基づいて検討せずに出願を拒絶するとの結論を導いているから,審決には判断の遺脱がある,と主張する。 平成5年法律第26号による改正前の特許法49条(以下,単に「特許法49条」という。)は,次のとおり規定している。 「審査官は,特許出願が次の各号の一に該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。 1 その特許出願に係る発明が第25条,第29条,第29条の2,第32条,第38条又は第39条第1項から第4項までの規定により特許をすることができないものであるとき。 2 その特許出願に係る発明が条約の規定により特許をすることができないものであるとき。 3 その特許出願が第36条第4項若しくは第5項及び第6項又は第37条に規定する要件を満たしていないとき。 4 その特許出願人が発明者でない場合において,その発明について特許を受ける権利を承継していないとき。」 上記規定によれば,特許出願に係る発明が,特許法29条等の,出願人が特許を受けることのできない事由を定めた規定に該当し,特許をすることができないものであるときは,審査官は,その特許出願について拒絶査定をしなければならない。 このことは,昭和62年の特許法改正前の一発明一出願の制度においては,当然のことであった。同改正により同制度が廃止され,関連する複数の請求項に係る発明を一つの願書で特許出願をすることが認められた後においても,同条は,次に述べる理由により,一つの特許出願における複数の請求項に係る発明のいずれか一つが,上記特許法29条等の規定に該当し,特許をすることができないものであるときは,その特許出願全体を拒絶すべきことを規定しているものと解すべきである。 特許法49条は,前記のとおり,「その特許出願に係る発明が・・・第29条・・・の規定により特許をすることができないものであるとき」は,「その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と規定して,平成5年法律第26号による改正前の特許法51条(以下,単に「特許法51条」という。)の「特許出願について拒絶の理由を発見しないときは,出願公告をすべき旨の査定をしなければならない。」との規定とともに,一つの特許出願について,拒絶査定か特許査定かのいずれかの行政処分をなすべきことを規定している。この点は,昭和62年改正により,一つの特許出願において複数の発明を複数の請求項に記載することができるとの改正がなされたときにも,この点は,何ら変更されていない。また,このことは,特許法が,特許無効の審判について,「2以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる。」(123条1項柱書き)と明文で規定し,特許査定という行政処分がなされた後には,各請求項ごとに,無効審判の申立てをすることができることを明記しているのに対し(現行特許法では,特許査定後の特許異議の申立てについても,「2以上の請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」(113条本文)と明文で規定し,特許査定という行政処分がなされた後には,各請求項ごとに,異議申立てをすることができることを明記している。),前記49条及び51条においては,これと対照的に「特許出願について」拒絶査定ないし特許査定をすることを明記していることからも明らかというべきである。 特許法が上記のようなものとして49条の規定を設けた制度的な理由は,大量の特許出願について迅速な処理をすべき要請があることにあるであろう。もっとも,他方では,このような制度によると,一つの特許出願における複数の請求項に係る発明の一つについて,特許法29条等が規定する,出願人が特許を受けることができない事由がある場合には,その他の請求項に係る発明について,特許付与を受ける機会が奪われることになり,出願人にとって不利益な結果となることが懸念されるところである。しかし,特許法は,審査官に拒絶査定の前に拒絶の理由を通知すべき義務を負わせ(50条),出願人は,拒絶理由通知を受ける前はいつでも,同通知を受けた後は所定の期間内に,明細書又は図面について補正をする機会を与えられているのであり(17条の2第1号,4号),審判段階においても,同様に拒絶理由の通知の制度(159条2項)と明細書又は図面の補正の機会が与えられている(17条の2第1号,4号)のであるから,出願人は,これにより拒絶理由通知により拒絶されることが予想される請求項に係る発明を補正したり,削除したりすることができ,柔軟な対応が可能となるのである。また,特許法は,出願人に分割出願の制度も認めており,出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限っては,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができるのである(44条1項)。したがって,出願人は,拒絶理由通知の制度,並びに,同通知の前及び同通知の後の所定の期間内における補正又は分割出願の制度により,適切な対応をすることが可能なのであるから,特許法49条についての上記解釈により出願人が不当に不利益を被る結果となることについては,そうならないようにするための十分な手続的な手当てがなされているとみることができる。 本件の場合,審決は,本願発明1につき,特許法29条2項の規定に該当し特許を受けることができないと判断しているのであるから,これによって本願出願が全体として特許法49条1号に該当し,拒絶をすべきものとなることは明らかである。仮に,審決が本願発明2ないし15について判断をしたとしても,本願発明1が49条1号に該当する以上,本願出願を拒絶すべきものであるという結論には影響しない。 審決に本願発明2ないし15について判断の遺脱がある,とする原告の主張は,理由がない。 7 結論 以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 宍戸充 |
裁判官 | 阿部正幸 |