運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2004-35047
関連ワード 自然法則 /  技術的思想 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  周知技術 /  公知技術 /  上位概念 /  技術常識 /  明確性 /  発明の詳細な説明 /  補正要件 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 17年 (行ケ) 10220号 審決取消請求事件
原告 株式会社ジャストコーポレーション
訴訟代理人弁護士 安原正之
同 佐藤治隆
同 小林郁夫
同 鷹見雅和
補佐人弁理士 平崎彦治
被告 株式会社日新
訴訟代理人弁護士 藤本徹
同 近藤幸夫
訴訟代理人弁理士 鳥居和久
同 田川孝由
同 鎌田文二
同 東尾正博
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/09/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2004-35047号事件について平成16年8月6日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「ケース」とする発明につき,平成11年6月21日に特許出願し(以下「本件出願」という。),拒絶理由通知に伴って同14年7月30日付け補正書及び同年10月31日付け補正書により明細書の補正を行って(以下,補正後の明細書を「本件明細書」という。),同15年1月31日に設定登録(特許第3394728号。以下「本件特許」という。前記の補正の後の請求項の数は5である。)を受けた。
原告は,平成16年1月27日,本件特許を請求項1ないし5に関し無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は,この請求を無効2004-35047号事件として審理し,その結果,平成16年8月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,審決の謄本は同月19日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲(前記の補正の後のもの。以下,請求項1ないし5の発明を「本件発明1」ないし「本件発明5」という。)。
【請求項1】 側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に,延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝とからなるケース。 【請求項2】 前記係合溝或いは箱体と,蓋体のいずれかに差し込んだスライダの抜け止め係止手段を設けたことを特徴とする請求項1に記載のケース。
【請求項3】 側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に,延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝とからなるケースにおいて,前記係合溝に連結板を介し対向する両側板の上縁部を前記ケースの閉鎖状態維持の係合状態に,かつ抜き差し自在に差し込むケース用スライダ。
【請求項4】 側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に,延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝とで構成したケースと,前記係合溝に連結板を介し対向する両側板の上縁部を前記ケースの閉鎖状態維持の係合状態に,かつ抜き差し自在に差し込んだスライダとからなり,上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向面に前記スライダの差し込みにともない押し戻され,かつ差し込み終了にともない係合関係になるような係止手段を設けたことを特徴とするケース。 【請求項5】 前記スライダの側板に盗難防止用のタグを設けたことを特徴とする請求項3に記載のケース用スライダ。
3 本件発明4については,願書に最初に添付した明細書(以下,「当初明細書」といい,願書に最初に添付した図面を「当初図面」という。また,両者を併せて「当初明細書及び図面」という。)における特許請求の範囲の記載は,次のようなものであったところ,平成14年7月30日付け補正書による補正(以下「本件補正」という。)により下線を付した部分が削除されたものである。
「【請求項4】 側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体との上縁に設けた並列係合溝とで構成したケースと,前記係合溝に前記ケースの閉鎖状態維持の係合状態に,かつ抜き差し自在に差し込んだスライダとからなり,上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向面に前記スライダの差し込みにともない押し戻され,かつ差し込み終了にともない係合関係になるような係止手段を設け,この 係止手段 を挟んで 対向 する 面間 に前記係止手段 の係合解除用解除具の差し込み間隙 を設けたことを特徴とするケース。」(下線を付した部分は,本件補正により削除された部分である。) 4 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである(ただし,審決書において,「特許法17条の2第3項」「特許法36条4項1号」「特許法36条6項」「特許法123条1項4号」とあるのは,それぞれ「平成14年法律第24号による改正前の特許法17条の2第3項」「平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項」「平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項」「平成14年法律第24号による改正前の特許法123条1項4号」の誤記である。なお,本判決においては,これらの平成14年法律第24号による改正前の特許法の規定については,審決書の引用部分を含めて,「改正前特許法17条の2第3項」「改正前特許法36条4項」「改正前特許法36条6項」「改正前特許法123条1項4号」と記載する。)。
要するに,無効審判手続において,原告(請求人)は,無効理由として, @ 本件発明1,2及び4は,明細書の記載が不備であり,改正前特許法36条4項,36条6項の規定を満たしていないので,改正前特許法123条1項4号によって無効とすべきである, A 本件発明4についての本件補正は,当初明細書及び図面に記載された事項の範囲内においてされたものではなく,改正前特許法17条の2第3項の規定を満たしていないので,特許法123条1項1号によって無効とすべきである, B 本件発明1ないし5は,本件出願前に頒布された刊行物である実開平7-29692号公報(甲5,審決書における「甲第1号証」。以下「刊行物1」という。),1994年AV総合カタログ(甲6,審決書における「甲第2号証」。以下「刊行物2」という。)及び特開平10-218273号公報(甲7,審決書における「甲第3号証」。以下「刊行物3」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるので,同法123条1項2号により無効とすべきである, と主張したところ,審決は, @ 本件発明1,2及び4については,本件明細書の記載に不備はなく,特許請求の範囲の記載が不明確であるともいえない, A 当初明細書の段落【0037】に,「ただし,係合解除具22は,上記の構成に限定されず」と記載されていることなどに照らせば,本件発明4についての本件補正は,当初明細書及び図面に記載された事項の範囲内においてされた補正である, B 本件発明1ないし5は,刊行物1ないし3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない, として,本件特許を,請求項1ないし5のいずれについても無効とすることはできないとしたものである。 審決が上記Bの結論を導くに当たり,本件発明1と刊行物1記載の発明との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。
(一致点) 「側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体のそれぞれの端部に上方に突出する並列係合溝とからなるケース。」である点。
(相違点) 本件発明1は,「蓋体と箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に,延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝」を有しているのに対し,刊行物1記載の発明は,「蓋体と箱体のそれぞれの端部に凸部が形成された並列係合部」を有する点。
原告主張の取消事由の要点
審決は,原告主張の無効理由についての認定判断を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響することは明らかであるから,取消しを免れない。
1 本件発明1,2及び4に関する本件明細書の記載不備の無効理由についての判断の誤り(取消事由1) 本件発明1,2及び4の特許請求の範囲の記載は,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に記載された発明の効果を生ずるための必須の構成を欠いており,特許請求の範囲の記載内容では,当該各発明について本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に掲げられている課題を解決することが不可能であり,発明の効果を奏さない。結局,特許請求の範囲における本件発明1,2及び4の記載内容では発明の把握ができないのであるから,発明としては明確性を欠き,あるいは未完成であって,改正前特許法36条6項の要件を満たさない。
また,本件発明1,2及び4についての本件明細書中の「発明の詳細な説明」欄の記載は,【発明の属する技術分野】,【従来の技術及びその課題】,【課題を解決するための手段】,【発明の実施の形態】及び【発明の効果】の各項の記載内容の整合性がとれておらず,発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものがその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから,改正前特許法36条4項の要件を満たさない。
しかるに,審決は,次のとおり,上記の各点についての認定判断を誤ったものであり,この誤りは審決の結論に影響することが明らかであるから,審決は取り消されるべきである。
(1) 本件発明1について (ア) 作用効果の認定の誤り 本件明細書には,ケースとスライダとを組み合わせることによって初めて,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄における【発明の効果】の項に記載された作用効果を得るものであることが明示されている。しかし,特許請求の範囲における本件発明1の記載では,単にケースのみしか特定されておらず,スライダに関しては,何の記載もなく,特定されていない。したがって,本件発明1は,単に開閉が自由自在に行えるケースのみをその構成要素とするものにほかならず,本件明細書の【発明の効果】の項に記載の作用効果を得ることはできない。
(イ) 「並列係合溝」の特定に関する誤り 本件発明1は,ケースのみしか特定されておらず,スライダについては記載がないので,スライダがどのようにケースに係合するのかは全く不明である。
審決は,「並列係合溝」との記載のみで,これに「何らかの係合のための部材」が係合することが特定されていると判断するが,係合溝に何らかの部材が係合する可能性があればよいともいうべき認定判断は,全く不当である。
また,審決は,「万引き等商品の不正な持ち出しを躊躇させる等本件特許発明の目的及び効果が達成できるものである。」と判断する。しかし,審決が認定した本件発明1の上記目的及び効果は,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄における【従来の技術及びその課題】の項にも,【発明の効果】の項にも全く記載されていない,審決独自の認定にかかるものであって,このような審決の認定判断は明らかに違法である。
また,審決の判断は本件発明1の効果を『人間の感情』に依存するとするものであるが,審決の認定するような効果を有するのであれば,本件発明1はそもそもその「発明性」を否定されるべきものである。すなわち,『「発明」とは,自然法則を利用した技術的思想のうち高度のものをいう』(特許法2条1項)とされるが,本件発明1は,「自然法則を利用」したものではなく,万引きを「躊躇」するという「人間の感情」を利用したものであり,かつ何ら「高度」なものではないということになるからである。本件発明1は,仮にスライダを用いることを前提としているものとしても,スライダは何らロックされてはおらず,スライダを自由に抜き指しできる構成をその内容とするものなのである。したがって,商品を万引きしようとする者は,ケースのスライダを抜いてケースを開放し,その中の商品のみを持ち去ることが容易に行えるものである。それにもかかわらず,万引き行為を『躊躇』させるから目的及び効果を達成できるなど,およそ「発明」とはいえないものである。したがって,本件発明1の目的・効果を上記のように認定し,発明性を認めた審決は誤っていることは明白である。
(ウ) このように,本件発明1は,特許請求の範囲においてはケースのみが特定され,スライダの特定がされていないから,本件明細書記載の効果を奏さないものであり,特許請求の範囲における本件発明1の記載と,明細書の「発明の詳細な説明」欄における発明の効果の記載に齟齬があるものであって,改正前特許法36条6項,4項の要件を満たさないことは明白である。
この点を看過し,本件発明1の作用効果として明細書に記載のない,独自の認定を行った審決には取り消されるべき違法がある。
(2) 本件発明2について そもそも,本件発明2の特許請求の範囲においても,単にケースのみしか特定されておらず,スライダに関しては何の特定もなく,ケースのみをその構成要素とするものである。つまり,本件発明2は,開閉が自由自在に行えるケースをその構成要素とするものにほかならず,本件発明2は,明細書の【発明の効果】の項に記載の作用効果を得ることはできない。
したがって,本件発明2も,本件発明1と同様に改正前特許法36条6項及び4項の要件を満たさない。しかるに,審決は「本件発明2において,スライダの抜け止め係止手段を設けることを記載して請求項1を引用しても特許請求の範囲の記載が不明確となるものとはいえない。」と認定しており,誤りがある。
(3) 本件発明4について 本件発明4の効果は,本件明細書の段落【0056】に記載されるように,「店側の解除具によってスライダとケースとの係止手段の係合関係を解除して,引き抜いたスライダを店側に残すため,ケースを販売或いは貸出しケースとして使用することができる。」というものであり,「スライダ」と「ケース」に加え「店側の解除具」によって作用効果を得られるとされている。しかるに,本件発明4の特許請求の範囲の記載においては,店側の解除具あるいは係合解除用解除具についての特定がなんらされていない。
発明は,目的,構成,作用,効果により把握されるべきものであるから,本件明細書の【発明の効果】の項で「店側の解除具」によって作用効果を得られるとされている以上,特許請求の範囲における本件発明4の構成においても,店側の解除具あるいは係合解除用解除具についての特定がされていなければならない。にもかかわらず,本件発明4の特許請求の範囲では,解除具に関しては何ら特定がされていない。
したがって,本件発明4は,改正前特許法36条6項及び4項を満たさないものであって,これらの瑕疵を看過した審決には取り消されるべき違法がある。
2 本件発明4に関する補正要件違反の無効理由についての判断の誤り(取消事由2) (1) 当初明細書における段落【0037】の記載は,あくまで「係合解除具」そのものの構成に関するものであって,「係合解除具」は当該実施例に限定されない旨記載されているにすぎず,「スライダ」の構成あるいは「差込間隙」の有無に関するものではない。審決は,当初明細書の内容を読み誤った不当なものである。
(2) そもそも,補正が許される範囲は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でなければならず,これは,明細書,特許請求の範囲又は図面に明示的に記載された事項,あるいは明示的に記載されていなくても記載から自明な事項でなければならないとされている。特に,特許請求の範囲の記載を削除する場合,多くは当初の明細書に記載された事項を上位概念化することになるが,かかる特許請求の範囲の補正が許されるためには,当該上位概念が願書に最初に添付した明細書又は図面の記載から自明な事項でなければならない。
この点,当初明細書には,ケース及びスライダに関し,係合解除用解除具の差し込みのための間隙23が存在するものしか記載されていない。本件発明4の係合解除用解除具の差し込みのための間隙を有しないケース及びスライダに関しては,当初の明細書には何ら記載されてはいないし,間隙を有しないケース及びスライダを示唆する記載も一切ないのである。
したがって,当初明細書における本件発明4の請求項中の「この係止手段を挟んで対向する面間に前記係止手段の係合解除用解除具の差し込み間隙」なる文言を削除した補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面の記載から自明な事項とは到底いえず,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲を逸脱したもので,改正前特許法17条の2第3項に違反した補正である。
(3) 被告は,仮に審決の認定判断に誤りがあったとしても,当初明細書の段落【0030】ないし【0032】の記載に本件発明4が記載されているとする。被告のかかる主張は,そもそも審決の当初明細書の段落【0037】に関する認定判断に誤りがあることを前提とするから,審決に誤りがない旨の主張と論理的に両立しない自己矛盾の主張である。また,被告の指摘する部分は,第3の実施形態に係るものであり,「図4から図6に示」す(段落【0025】)とされているとおり,すべて係合解除具を差し込む「間隙」が明示されている。すなわち,段落【0030】ないし【0032】の記載は,係合解除具を差し込むための「間隙」が存在することを前提として,係止手段の構成を述べるにすぎない。さらに,当初明細書の段落【0030】,【0031】,【0032】の記載に関しては,審決では何ら判断されていない事項であるため,審決が違法でない理由として主張できるものではない(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)。
(4) 被告は,当初明細書の【請求項2】及び段落【0008】の記載を引用し,ここに本件発明4が記載されていると主張するが,当初明細書の請求項2の記載は,本件発明4の内容とは全く異なっており,被告の主張は失当である。
当初明細書の請求項2は,「上記係合溝或いは箱体,蓋体のいずれかに差し込んだスライダの抜け止め係止手段を設けたことを特徴とする請求項1に記載のケース」とされているが,ここにいう「抜け止め係止手段」とは,請求項4にいう「係止手段」とは異なるものである。すなわち,本件発明4の係止手段は,スライダがロックされるように,「スライダと上記ケース或いは係合溝との対向面に」「係止手段を設け」るものとされており,スライダとケース又は係合溝との相互に係止手段が設けられるものがその内容となっている。だからこそ,「スライダ」と「ケース又は係合溝」に設けられた係止手段の係合関係を解除するための,係合解除具の差込「間隙」が必要となるのである。これに対して,当初明細書の請求項2では,係合溝,箱体,蓋体のいずれかに抜け止め係止手段を設けることとされており,スライダには係止手段が設けられておらず,係合溝か箱体か蓋体のいずれかにのみ係止手段が設けられているものをその内容とするのである。そうすると,当初明細書の実施例でいうところの,「ストッパ13」(蓋体に設けられているもの。
段落【0024】,図1,図3,図6,図17など。なお図6及び17には「31」と記載されているが「13」の誤りと思われる。)が請求項2で記載されている「係止手段」と考えざるを得ない。当初明細書には,請求項2の係止手段に関し,その他には何ら記載がなされていない。
このように,被告が指摘する当初明細書の記載は,いずれも,本件補正後の請求項4の内容(係合解除具を差し込むための「間隙」の存在を否定するもの)が記載されているといえないことが明白である。
(5) 上記のとおり,本件発明4に関する本件補正は当初明細書及び図面に記載された事項の範囲内においてされたものではなく,改正前特許法17条の2第3項の規定を満たしていない。審決は,これを看過した誤りがあり,当該誤りは審決の結論に影響するから,取消を免れない。
3 本件発明1ないし5に関する進歩性欠如の無効理由についての認定判断の誤り(取消事由3) 審決は,本件発明1ないし5の作用効果の認定を誤り,かかる誤った認定に基づいてこれらの発明と引用例との間の相違点をことさら強調するという誤った判断をし,その結果として,周知技術の存在を勘案しても本件発明1ないし5は当業者が容易に想到できるものではないとの誤った結論を導いたものであるから,違法として取り消されるべきである。
(1) 本件発明1との相違点についての認定判断の誤り 審決は,本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点につき,「本件特許発明1の延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合溝の具体的構造は,請求人が提出した甲第1号証,甲第2号証及び甲第3号証のいずれにも記載も示唆もされていない。」(審決書10頁36行〜38行)とする。
しかし,本件発明1における,「7字状」との要件は,係合溝を形成する為の形状にすぎず,「7字状」そのものに意味があるものではない。すなわち,本件各発明の「スライダ」は,連結板を介して対向する両側板の上縁部が並列係合溝に嵌って,ケースを閉鎖状態に維持することができ,かつ抜き差し自在に差し込めるように構成しているのであって,「7字状」であることによる特有の作用効果はなんら存在しない。
本件発明1の「並列係合溝」は,刊行物1の「一対の凸部」に該当し,本件発明3,4,5の「スライダ」は,刊行物1の「係止部材」に該当するものであって,両者はともに組み合わせることによってケースを閉鎖状態に保持するという共通の作用効果を有するのである。
したがって,刊行物1に,「一対の断面略T字状の凸部」を有するケースとこれに係合する係止部材に関する記載があり,これらは本件発明1と共通の作用効果を有するのであるから,本件発明1は,刊行物1に基づいて(あるいは刊行物1ないし3に基づいて)当業者が容易に発明をすることができたというべきである。
上記のとおり,本件発明1は特許法29条2項に違反して特許されたものである。しかるに,審決は,明細書に何ら記載されていない独自のしかも誤った作用効果を認定しており,審決は,本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点についての認定判断に誤りがある。
(2) 本件発明2ないし5との相違点についての認定判断の誤り 上記(1)記載のとおり,審決は,本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点についての認定判断を誤っており,本件発明2ないし5と刊行物1の発明との相違点についても同様に認定判断を誤り,当該誤りは結論に影響するものであるから,取り消されるべきである。
被告の主張の骨子
審決の認定判断には,誤りがなく,審決を取り消すべき違法の点はない。
1 本件発明1,2及び4に関する本件明細書の記載不備の無効理由についての判断の誤りについて(取消事由1について) 本件発明1の特許請求の範囲に記載された事項は,それ自体明確であるから,改正前特許法36条6項の規定に違背するものではない。
この点について,審決は,「請求項中に係合部材について記載がないからといって直ちに明細書の記載に不備があるということはできない。」(審決書4頁24行〜25行)と正しく判断しており,審決を取り消すべき事由は存しない。
次に,原告は,審決が,本件発明1の「並列係合溝」という特定事項から,「万引き等商品の不正な持ち出しを躊躇させる等本件特許発明の目的及び効果が達成できるものである。」と判断した点につき,審決の判断は,本件発明1の効果を『人間の感情』に依存するものであって,審決の認定するような効果を有するのであれば,本件発明1はそもそもその「発明性」を否定されるべきものであるとし,さらに本件発明1は,「自然法則を利用」したものではなく,万引きを「躊躇」するという「人間の感情」を利用したものであって,かつ何ら「高度」なものではないと主張する。
しかしながら,本件発明1における「側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に,延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた並列係合構とからなる」という請求項1の特定事項の中で,「人間の感情」等を特定するものはない。したがって,原告は,一体いかなる要素が「自然法則を利用」していないというのか,原告の上記主張は全く理解不能である。
2 本件発明4に関する補正要件違反の無効理由についての判断の誤りについて(取消事由2について) (1) 請求項には,特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項を記載すればよく,明細書に記載された実施例だけに発明特定事項が限定されるわけではない。また,改正前特許法17条の2第1項の補正は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内であればよく,補正前の発明特定事項を削除し,権利範囲を拡大してはならないというものではない。
したがって,特許請求の範囲の記載から,係合解除具の構成を削除する補正が,改正前特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないということにはならず,この点に関する審決の認定判断には,何ら誤りはない。
(2) 審決は,当初明細書の段落【0037】の記載を根拠に,本件発明4について,特許請求の範囲において「係合解除具」に関する構成を削除して「ケース」及び「スライダ」に関する構成とした本件補正が,当初明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてされたものであるとしたが,正当である。
(3) 仮に,審決の上記認定判断に誤りがあったとしても,「ケース」及び「スライダ」に関する本件発明4に関しては,当初明細書(甲4)に次のような記載がある。
まず,当初明細書の【請求項2】には,「上記係合溝或いは箱体,蓋体のいずれかに差し込んだスライダの抜止め係止手段を設けたことを特徴とする請求項1に記載のケース。」との記載がある。
また,当初明細書の段落【0008】には,「上記の課題を解決するために,この発明は,側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体との上縁に設けた並列係合溝とからなる構成を採用したり,上記係合溝或いは箱体,蓋体のいずれかに差し込んだスライダの抜止め係止手段を設けた構成を採用する。」との記載がある。
また,当初明細書の段落【0030】には,「上記のように構成すると,第2の実施形態のように,並列係合溝9に係合状態にスライダBを差し込んでケースAの開放を阻止する。」,段落【0031】には,「その際スライダBの差し込みにともない周壁8に当接する係止片25を押し戻し,スライダBの差し込み終了にともない係止部24に係止片25の自由端が合致するので,周壁8による押し戻しの解除された係止片25が復帰(元の姿勢に)して,係止部24に係止片25の自由端が図6に示すように嵌り込み係合する。」,段落【0032】には,「この係合関係によって第3者によるスライダ8の引き抜きが阻止されるので,ケースAを開放することができない。すなわち,ケースAに収納してある商品の盗難を防止することができる。」との各記載がある。
このように,「ケース」及び「スライダ」に関する構成である本件発明4は,当初明細書及び図面に記載されている。
3 本件発明1ないし5に関する進歩性欠如の無効理由についての認定判断の誤りについて(取消事由3について) 本件発明1ないし5における並列係合溝は,側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出し,さらにその延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けられたものであるから,下縁で開閉するように設けられた箱体と蓋体の上縁を係合させるための特定事項であって,それぞれの側壁の上縁から連なり,その上方に突出した延長を内方に7字状に屈曲させた屈曲壁により,並列した係合溝が設けられていると記載されていれば,延長を内方に7字状に屈曲させた並列した係合溝間に何らかの係合部材を係合させることは技術常識として理解できる。
並列した係合溝間に係合部材を係合させないなら,係合という用語は意味をなさないし,並列した係合溝間に何らかの係合部材が係合すれば,これを引き抜くことを躊躇させる効果を奏するケースであることも技術常識として理解できる。
審決は,この並列係合溝の特定事項を正しく認定判断し,刊行物1ないし3にこの特定事項が記載されていないとして,本件発明1ないし5の進歩性を認めたものであり,審決の進歩性の認定判断には何ら誤りはない。
当裁判所の判断
1 本件発明1,2及び4に関する本件明細書の記載不備の無効理由に係る判断の誤りをいう点(取消事由1)について 原告は,本件発明1,2及び4について,特許請求の範囲の記載は,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に記載された発明の効果を生ずるための必須の構成を欠いており,発明としては明確性を欠き,あるいは未完成であって,改正前特許法36条6項の要件を満たさず,また,本件明細書中の「発明の詳細な説明」欄の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから,改正前特許法36条4項の要件を満たさないと主張するので,この点につき検討する(なお,原告は,「未完成発明」との文言を用いるが,審判手続においていわゆる特許法29条柱書にいう発明未完成ではなく,明細書の記載不備をいうものとして主張しているものであるから(審決書4頁5行〜8行。審決が原告の主張をこのように解したことについては,本件訴訟において原告は不服を述べておらず,改正前特許法36条についての判断を誤ったものとして非難している。),その趣旨において判断する。)。
(1) 原告は,本件発明1について,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,【発明の効果】はケースとスライダとを組み合わせることによって初めて得られるものであることが明示されているが,特許請求の範囲における本件発明1の記載では,単にケースのみしか特定されておらず,スライダに関しては何の記載もなく特定されていないから,【発明の効果】の項に記載の作用効果を得ることはできない,と主張する。
しかしながら,本件発明1の特許請求の範囲には,「並列係合溝」は,「蓋体と箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に,延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた」ものであることが記載されている。この記載によれば,「並列係合溝」は,蓋体の側壁の上縁から連なって上方に突出する屈曲壁と,箱体の側壁の上縁から連なって上方に突出する屈曲壁とによって設けられるものであり,それぞれの屈曲壁は,延長が内方に7字状に屈曲しているのであるから,その内方に7字状に屈曲して形成される凹部,すなわち,並列係合溝は,蓋体及び箱体のそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出する部分よりも内側に位置し,並列して配置された構成と認められる。このように,特許請求の範囲の記載から,ケースに設けられる「並列係合溝」の具体的形状を特定することができる。そして,並列係合溝は,単なる「溝」ではなく,「係合溝」とされていることから,当業者であれば,当該溝に係合する何らかの係合部材の存在を認識することができるものと認められる。
上記のとおり,並列係合溝は,「7字状」すなわち溝が屈曲壁の内側に位置しているものであるから,当該係合溝に係合される何らかの係合部材も,屈曲壁の内側にて係合するものとなる。当該構造においては,係合部材,すなわちスライダが外側から係合する従来の構造に比べると,スライダが外部に露出していないだけ,スライダの引き抜きに対する防止効果に優れているということができる(甲3。本件明細書の段落【0027】【0028】参照)。すなわち,従来品はスライダが露出しているため,係合部に金属片を差し込むなどにより係合を外したり,スライダを破壊することが容易であるのに対して,このような露出がないため,係合を外したり,スライダを破壊することが難しいということができる。また,審決の認定するとおり,「係合部が外部より見えにくい」という構造であることから,「万引きを躊躇させる等」との効果もある。したがって,本件発明1については,特許請求の範囲の記載の構造から,商品の不正な持ち出し(盗難)の防止という課題の解決(甲3。本件明細書の段落【0002】)が達成できるものということができる。
本件発明1は,その設置箇所及び形状から格別の作用効果を奏し得る並列係合溝を備えたケースをその内容としたものであり,並列係合溝に係合する係合部材を構成要件としなくとも,当該特有の形状を有する並列係合溝を備えることにより,当業者にその構成と機能ないしは作用効果とを認識させることができるのであるから,特許請求の範囲の記載に不備があるということはできず,改正前特許法36条6項の要件を満たさないものではない。
また,上記のとおり,本件発明1については,特許請求の範囲の記載から係合溝の設置箇所及び形状を特定できるものであり,かつ,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,係合溝の設置箇所及び形状に関する段落【0007】のほか,【発明の実施の形態】中に「第1の実施形態」に関し,図1及び図2の説明がされているものであるから(段落【0012】〜【0015】。甲3。),当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということができる。したがって,改正前特許法36条4項の要件を満たさないということもできない。
なお,原告は,本件発明1について,「万引き等商品の不正な持ち出しを躊躇させる等本件特許発明の目的及び効果が達成できるものである。」とした審決の判断は,本件明細書に記載のない審決独自の認定にかかるものであり,また,上記効果は『人間の感情』に依存するものであって,審決の認定するような効果を有するのであれば,本件発明1は,「自然法則を利用」したものではなく,万引きを「躊躇」するという「人間の感情」を利用したものであって,かつ何ら「高度」なものではないから,そもそもその「発明性」を否定されるべきものであると主張する。しかし,本件明細書には,【従来の技術及びその課題】として「例えば,レンタルショップでレンタル商品であるビデオテープやディスクなどの収納ケースを並べて陳列した際,ケースの収納商品の盗難防止機能,すなわちケースを開放して収納商品の抜き取りを防止する手段がないため,商品の不正な持ち出し(盗難)が発生する。」との記載(段落【0002】。甲3)があることからすれば,本件発明1の構成を採用することにより,係合部が内側に位置することで,係合部材が外側から係合する従来の構造に比べると,係合部材が外部に露出していないことから,一見しただけでは係合を解除する方法が明らかでなく,引き抜きに対する防止効果に優れているということができるから,「商品の不正な持ち出しを躊躇させる」という審決の認定した効果をもって,審決独自の認定ということはできない(ちなみに,当初明細書(甲4)の段落【0022】には,「陳列時のケースAからスライダBを引く抜くことは,不正感によりちゅうちょさせて盗難防止になる。」との記載がある。)。また,当該効果は,本件発明1の構成から生ずるものであるから,人間の感情に依存するものということもできない。
(2) 原告は,本件発明1,2は,特許請求の範囲の記載においてケースのみを特定し,スライダの特定がされていないから,本件明細書記載の効果を有さないものであり,本件発明1,2の記載と発明の効果の記載に齟齬があるものであって,改正前特許法36条6項,4項の要件を満たさないと主張する。
たしかに,本件発明1,2は,特定の並列係合溝を設けたケースのみに係るものであり,特許請求の範囲においてはスライダの形状が特定されていない。しかし,本件発明1,2の特許請求の範囲においては,その設置箇所及び形状から格別の作用効果を奏し得る並列係合溝を備えたケースが記載されているものであり,これと係合する係合部材の形状が想定し得るものであるから,並列係合溝に係合する係合部材を構成要件としなくとも,並列係合溝と当該係合部材との協働によりもたらされる作用効果が本件明細書に記載されている以上,特許請求の範囲の記載に不備があるということはできず,改正前特許法36条6項の要件を満たさないものではない。原告の主張は採用できない。
また,本件発明2についても,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということができ,改正前特許法36条4項の要件を満たさないということもできない。
(3) 原告は,本件発明4について,本件明細書の段落【0056】に記載されるように「スライダ」と「ケース」に加え「店側の解除具」によって作用効果を得られるとされているにもかかわらず,特許請求の範囲の記載は,店側の解除具あるいは係合解除用解除具についての特定が何らされていない,と主張する。
しかしながら,本件発明4は,特許請求の範囲に記載された構成のみから一定の技術思想が把握できるものであり,かつ,これにより「ケースに収納してある商品の盗難を防止することができる」という作用効果を奏することが認識できるのであるから,改正前特許法36条6項の要件を満たさないものではない。原告の主張は採用できない。
また,本件発明4についても,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということができ,改正前特許法36条4項の要件を満たさないということもできない。
(4) 上記のとおり,本件発明1,2及び4については,いずれも改正前特許法36条6項,4項の規定を満たしていないということはできない。したがって,この点についての審決の判断の誤りをいう原告の主張は,いずれも採用することができない。
2 本件発明4に関する補正要件違反の無効理由に係る判断の誤りをいう点(取消事由2)について (1) 原告は,審決が当初明細書の段落【0037】の記載を根拠として,本件補正が当初明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてなされた補正であると判断したことについて,当初明細書の記載を読み誤ったものであり,誤った判断であるから,取消を免れないと主張する。
そこで,検討するに,原告が改正前特許法17条の2第3項に違反する補正であると主張するのは,前記第2の3に記載のとおり,当初明細書における請求項4の 「側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体との上縁に設けた並列係合溝とで構成したケースと,前記係合溝に前記ケースの閉鎖状態維持の係合状態に,かつ抜き差し自在に差し込んだスライダとからなり,上記スライダと上記ケース或いは係合溝との対向面に前記スライダの差し込みにともない押し戻され,かつ差し込み終了にともない係合関係になるような係止手段を設け,この 係止手段 を挟んで 対向 する 面間 に前記係止手段 の係合解除用解除具 の差し込み間隙 を設けたことを特徴とするケース。」 の記載から,下線を付した部分を削除した点である。
次に,当初明細書(甲4)をみるに,段落【0025】から【0037】の間に,次のような記載がある。
「【0025】この発明の第3の実施形態では,図4から図6に示すように,第2の実施形態のスライダBと第1の実施形態のケースA或いは係合溝9との対向面には,スライダBの差し込みにともない押し戻され,スライダBの差し込み終了にともない係合関係になってスライダBの引き抜きを阻止する係止手段21が,また係止手段21を有する対向面間に係止手段21の係合解除具22の差し込み間隙23が設けてある。
【0026】上記係止手段21は,図示の場合……係止部24と,……係止片25とで構成されている。」 「【0027】なお,図示の場合ケースA側に係止部24を,スライダB側に係止片25を設けたが,限定されず逆にして設けることもでき,……」 「【0029】さらに,上記の間隙23は,図示の場合,連結板12と両側板11とで囲まれた空隙を利用したが,スライダBや係合溝9の配置位置によって溝などを設けて形成することもある。」 「【0034】上記係止手段21の係合関係を解除するための間隙23に差し込む係合解除具22は,図9,図10及び図11に示すように間隙23に差し込む板状体31と,この板状体31から連なって前方に突出すると共に,前方の係止片25を押し戻して係止部24から係止片25を脱出(係合関係解除のため)させる(図11に示すように)長尺片32と,手前の係止片25を押し戻して係止部24から係止片25を脱出(係合関係解除のため)させる(図11に示すように)短尺片33を並設して形成する。
【0035】その際,長尺片32は,図10に示すようにスライダBから突出するガイド34によって前方の係止片25の下側センターに案内されるように長尺片32を屈曲させ,そして係止片25の一側縁から下向きに突出するガイド片35によって長尺片32の先を係止片25の下面センターに案内する。
【0036】一方短尺片33は,先端を先細り状にして,係止片25の両側縁から下向きに突出する並列ガイド片36間に嵌入して係止片25の下面センターに案内する。
【0037】ただし,係合解除具22は,上記の構成に限定されず,係止手段21が1個の場合,一枚の板状体を用いて行なう。」 当初明細書の上記記載によれば,段落【0037】に「ただし,係合解除具22は,上記の構成に限定されず,係止手段21が1個の場合,一枚の板状体を用いて行なう。」とあるのは,単に「間隙23に差し込む係合解除具22」について,その形状は,段落【0034】及び図9,図10及び図11に記載されているものに限らず,他の形状でもよいことを説明しているものである。すなわち,段落【0037】の記載は,差し込み間隙が存在することを前提として,間隙に差し込む係合解除具の形状について論じているものであるから,当該記載をもって,差し込み間隙が設けられていない構成が記載されているということはできない。
上記によれば,審決が,当初明細書の段落【0037】の記載を根拠として,係合解除具の差し込み間隙を設ける構成に関する記載を削除する本件補正を,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされた補正であると認定した点には,誤りがあるといわざるを得ない。
(2) 被告は,仮に,当初明細書の段落【0037】の記載を根拠として本件補正を当初明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてなされた補正であるとした審決の認定判断が誤っていたとしても,当初明細書の【請求項2】,段落【0008】,段落【0030】ないし【0032】の各記載に照らせば,本件補正は当初明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてなされたものということができる旨を主張する。
そこで,当初明細書及び図面(甲4)の記載を検討すると,当初明細書には,次の記載がある。
「【請求項2】上記係合溝或いは箱体,蓋体のいずれかに差し込んだスライダの抜止め係止手段を設けたことを特徴とする請求項1に記載のケース。」 「【0008】上記の課題を解決するために,この発明は,側面に商品の出し入れ用の開口を有する箱体と,この箱体の下縁側に適宜のヒンジを介し前記開口を開閉するように設けた蓋体と,この蓋体と前記箱体との上縁に設けた並列係合溝とからなる構成を採用したり,上記係合溝或いは箱体,蓋体のいずれかに差し込んだスライダの抜止め係止手段を設けた構成を採用する。」 「【0020】この発明の(第1の実施形態のケースに用いる)第2の実施形態のスライダBは,図3に示すように,閉鎖状態におけるケースAの並列係合溝9,9に係合させて抜き差し自在に差し込むように構成されている。
【0021】すると,並列係合溝9,9に係合状態に差し込んだスライダBによってケースAの開放を阻止するので,棚に陳列したケースAに収納してある商品の盗難を防止することができる。
【0022】ただし,スライダBを引き抜くことによって並列係合溝9,9とスライダBとの係合関係が解除されて蓋体4の開放が可能になるが,陳列時のケースAからスライダBを引き抜くことは,不正感によりちゅうちょさせて盗難防止になる。
【0023】上記のスライダBは,図示の場合,並列係合溝9,9に上縁部を嵌合して屈曲壁10,10の内側に嵌入する左右一対の側板11,11と,この両側板11の対向面上下縁間の中間を接続する連結板12とで構成(端面H形に)したが,並列係合溝9の配置,例えば並列突出壁の外側に溝を設けた場合,この溝に係合して両突出壁の外側に嵌装する溝形であってもよい。要するに,差し込むスライダに並列係合溝が係合してケースの開放を阻止するものであればよい。
【0024】なお,図示のようにストッパ13(図示の場合周壁8の〔判決注:「周壁8に」の誤記と認める。〕設けたが,屈曲壁10に設けてもよい)にスライダBの差し込み先行端を当接させて定位置にスライダ8〔判決注:「スライダB」の誤記と認める。〕を停止させるようになっている。その際,ケースAを傾けてもスライダBが滑走して抜け落ちない接触抵抗があるようにしておくと望ましい。」 「【0030】上記のように構成すると,第2の実施形態のように,並列係合溝9に係合状態にスライダBを差し込んでケースAの開放を阻止する。
【0031】その際スライダBの差し込みにともない周壁8に当接する係止片25を押し戻し,スライダBの差し込み終了にともない係止部24に係止片25の自由端が合致するので,周壁8による押し戻しの解除された係止片25が復帰(元の姿勢に)して,係止部24に係止片25の自由端が図6に示すように嵌り込み係合する。
【0032】この係合関係によって第3者によるスライダ8〔判決注:「スライダB」の誤記と認める。〕の引き抜きが阻止されるので,ケースAを開放することができない。すなわち,ケースAに収納してある商品の盗難を防止することができる。」 また,当初図面には,図3として,閉鎖状態におけるケースAと,ケースAの並列係合溝9,9に係合させて抜き差し自在に差し込むように構成されたスライダB(端面H形)が図示されている。
上記によれば,当初明細書における【請求項2】は,係合解除具を差し込む「間隙」をその構成要件とすることなく,スライダの抜止め係止手段のみを請求項1の発明に付加した発明を特許請求の範囲としたものであり,「発明の詳細な説明」欄においては,段落【0008】の記載が【請求項2】の発明に対応している。そして,実施例について,段落【0020】ないし【0024】の記載及び図3が示されている。
上記によれば,本件発明4に関して,当初明細書における請求項4の記載から差し込み間隙に関する記載を削除した本件補正は,当初明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてなされた補正であって,改正前特許法17条の2第3項の要件を満たすものであるから,審決は結論において誤りはないというべきである。したがって,本件発明4につき,審決が当初明細書の段落【0037】の記載を根拠として改正前特許法17条の2第3項の要件を満たす旨判断した点につき,原告がその誤りをいう点は,結局,審決の結論に影響しないものというべきである。
(3) この点に関して,原告は,当初明細書において被告が指摘する記載部分のうち,段落【0030】ないし【0032】の記載は,段落【0025】に「図4から図6に示すように」とされているように,第3の実施形態に係るものであり,係合解除具を差し込むための「間隙」が存在することを前提として,係止手段の構成を述べるにすぎないと主張する。
たしかに,上記(2)において判示したとおり,係合解除具を差し込むための「間隙」の存在を前提としない第2の実施形態(請求項2の発明に対応)についての説明は,段落【0020】ないし【0024】の記載及び図3において行われており,段落【0030】ないし【0032】の記載は「間隙」の存在する第3の実施形態についてされているものである。しかしながら,いずれにしても,当初明細書においては,被告の指摘部分のうち【請求項2】及び段落【0008】が係合解除具を差し込むための「間隙」の存在を前提としない構成を記載しており,また,段落【0020】ないし【0024】の記載及び図3においても当該構成についての説明がされているものであるから,本件補正は改正前特許法17条の2第3項の要件を満たすものであり,原告の主張する点は,この点に関する取消事由が審決の結論に影響しないことを左右するものではない。
(4) また,原告は,当初明細書の請求項2では,係合溝,箱体,蓋体のいずれかに抜け止め係止手段を設けることとされていることから,当初明細書及び図面に記載の「ストッパ13」が「抜け止め係止手段」に相当するものであるのに対し,本件補正後の請求項4における「係止手段」は,スライダとケース又は係合溝との相互に設けられるものであって,両者は異なるものであると主張する。
しかしながら,上記(2) に掲げたとおり,「ストッパ13」に関し,当初明細書には,段落【0024】に次のように記載されている。
「【0024】なお,図示のようにストッパ13(図示の場合周壁8の〔判決注:「周壁8に」の誤記と認める。〕設けたが,屈曲壁10に設けてもよい)にスライダBの差し込み先行端を当接させて定位置にスライダ8〔判決注:「スライダB」の誤記と認める。〕を停止させるようになっている。その際,ケースAを傾けてもスライダBが滑走して抜け落ちない接触抵抗があるようにしておくと望ましい。」 上記記載によれば,ストッパ13は,スライダBを定位置に停止させるものであって,「抜け落ち」を防止するものでないことが明らかである。したがって,「ストッパ13」をもって,原告のいうような抜止めのための手段であるということができないことは明らかである。原告の主張は,採用できない。
(5) なお,原告は,当初明細書の段落【0030】ないし【0032】の記載に関する被告の主張について,審決の認定に誤りがない旨の主張と論理的に両立しない自己矛盾の主張であり,また,最高裁判例(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)を引用して,審決では何ら判断されていない事項であるため,審決が違法でない理由として主張できるものではないと主張する。
しかしながら,原告の主張が予備的なものであることは,その主張自体から明らかであって,自己矛盾の主張であるということはできないし,審判手続においては,当初明細書及び図面(甲4)における記載事項全体が審理の対象とされていたものであるから,審決取消訴訟において,審決が明示的に採り上げた箇所以外の記載を含めて,審決の判断の当否を論ずることができるのは当然である。原告の引用する判例は,審判手続において審理判断されなかった公知技術との対比における無効原因を審決取消訴訟において主張することの許否について判示したものであって,事案を異にするものであるから,本件に適切でない。
3 本件発明1ないし5に関する進歩性欠如の無効理由に係る認定判断の誤りをいう点(取消事由3)について (1) 原告は,審決は,本件発明1における係合溝の「7字状」の形状の作用効果についての認定判断を誤り,本件発明2ないし5についても同様に認定判断を誤ったことで,本件発明1ないし5について進歩性欠如についての判断を誤ったものであると主張する。すなわち,本件発明1における係合溝の「7字状」の形状は単に係合溝を形成する為の形状にすぎず,「7字状」であることによる特有の作用効果を有するものではなく,これに対応する係合部材(本件発明3ないし5の「スライダ」)は,連結板を介して対向する両側板の上縁部が並列係合溝に嵌って,ケースを閉鎖状態に維持することができ,かつ抜き差し自在に差し込めるように構成しているのであるから,本件発明1の「並列係合溝」は,刊行物1の「一対の凸部」に該当し,これに対応する係合部材(本件発明3ないし5の「スライダ」)は,刊行物1の「係止部材」に該当するものであって,両者はともに組み合わせることによってケースを閉鎖状態に保持するという共通の作用効果を有するのであるから,本件発明1は刊行物1に基づいて(あるいは刊行物1ないし3に基づいて),当業者が容易に発明をすることができたものであるというのである。
しかしながら,本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点に係る「並列係合溝」は,「蓋体と箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に,延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた」ものであって,蓋体の側壁の上縁から連なって上方に突出する屈曲壁と,箱体の側壁の上縁から連なって上方に突出する屈曲壁とによって設けられるものであり,それぞれの屈曲壁は,延長が内方に7字状に屈曲しているのであるから,その内方に7字状に屈曲して形成される凹部,すなわち,並列係合溝は,蓋体及び箱体のそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出する部分よりも内側に位置し,並列して配置されたものとなると認められる。そして,並列係合溝は,単なる「溝」ではなく,「係合溝」とされていることから,当該溝に何らかの係合部材を係合させるものである。既に述べたとおり(前記1(1)参照),並列係合溝は,「7字状」すなわち溝が屈曲壁の内側に位置しているものであるから,当該係合溝に係合される係合部材も,屈曲壁の内側にて係合するものとなり,しかるときは,係合溝に係合する部材(本件発明3ないし5にいうスライダ)が屈曲壁内部に挿入されるため,係合溝とスライダの係合部が表面に露出せず,箱体と蓋体内に隠れる構造となっていることにより,係合部に金属片を差し込むなどにより係合を外したり,スライダを破壊することが難しく,また,一見しただけではスライダの構造が分からないからスライダの引き抜きに対する防止効果にも優れているということができ,商品の不正な持ち出し(盗難)の防止という課題の解決(甲3。本件明細書の段落【0002】)が達成できるものということができる。
上記のとおり,刊行物1記載の発明との相違点に係る並列係合溝の形状は,単なる係合部の形状にとどまるものではないから,これを単なる設計上の事項とすることはできない。
このような構成の並列係合溝は,刊行物1ないし3のいずれにも記載されていないのであるから,本件発明1については,刊行物1ないし3に基づいて当業者が容易に発明できたということはできない。
(2) 本件発明2ないし5は,本件発明1の構成をその構成の一部として含む発明である。したがって,上記(1)に説示したのと同様の理由により,本件発明2ないし5も,また,刊行物1ないし3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということはできない。
(3) 上記のとおり,本件発明1ないし5に関する進歩性欠如の無効理由に対する審決の判断に誤りはない。
4 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由は,いずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二