運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1998-35105
関連ワード 容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的特徴 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 11年 (行ケ) 328号 審決取消請求事件
原告 株式会社第一興商
訴訟代理人弁護士 土肥原光圀
同 龍村全
同 櫻林正己
訴訟代理人弁理士 原島典孝
同 神谷牧
被告 ブラザー工業株式会社
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 佐尾重久
同 田中伸一郎
同 飯田圭
訴訟代理人弁理士 富澤孝
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/03/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が,平成10年審判第35105号事件について,平成11年8月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨。
2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「電子音楽再生装置」とする特許第2508394号(平成2年10月2日出願。平成8年4月16日設定登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。原告は,平成10年3月17日,本件特許を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,これを平成10年審判第35105号事件として審理し,その結果,平成11年8月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をして,同年9月8日,その謄本を原告に送達した。
2 本件特許の特許請求の範囲 本件特許の特許請求の範囲は,次の「請求項1」のみである。
「【請求項1】楽曲のデジタル楽音情報を格納した楽音情報記憶部と, 背景情報を格納した映像記憶部と, 記憶された前記各情報を読み出し伴奏音の再生と共に背景映像並びに歌詞の画像表示を行うように装置の動作制御を行う制御部とを備える電子音楽再生装置において, 前記楽音情報記憶部に格納されるデジタル楽音情報は,種々の楽器の演奏情報と歌詞表示指示情報と,を有し, 前記歌詞表示指示情報は,歌詞の表示・消去指示情報と,前記演奏情報の主旋律の進行に適合した歌詞文字表示の色変化を行わせる色変え指示情報と,色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように,前記演奏情報の主旋律の進行に適合する異なった色変えの幅を指示する色変え幅情報と,を含むよう構成され, 制御部は,前記各指示情報に基づき歌詞の画像表示制御を行うと共に,色変え幅情報に基づいて,現在色が変わっている位置から指定された幅だけ色変えを行うよう制御することを特徴とする電子音楽再生装置。」 3 審決の理由の要点 別紙審決書の理由の写し記載のとおりである。要するに,@本件特許の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明の構成に不可欠の事項を欠如しているとまではいうことができず,本件特許は,平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)36条4項に違反しない,A本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が容易に実施することができる程度のものでないとまではいうことができず,本件特許は,旧特許法36条3項に違反しない,B本件発明は,特開平2-242294号公報(審判甲第1号証。本訴甲第4号証。以下「甲第4号証刊行物」という。),実願昭63-58823号(実開平1-72782号)のマイクロフィルム(審判甲第2号証。本訴甲第5号証。以下「甲第5号証刊行物」という。)及び特開昭63-48595号公報(審判甲第3号証。本訴甲第6号証。以下「甲第6号証刊行物」という。)に記載された各発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない,として,請求人(原告)の主張する無効事由をすべて斥けるものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,@本件明細書に旧特許法36条4項違反があるか否かについての判断を誤り(取消事由1),A本件明細書に旧特許法36条3項違反があるか否かについての判断を誤り(取消事由2),B甲第4号証刊行物に記載された発明の認定を誤った結果,本件発明の進歩性の判断を誤った(取消事由3)。これらの誤りがそれぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(旧特許法36条4項違反についての判断の誤り) (1) 歌詞の情報の記憶位置についての記載不備 審決は,カラオケ装置などの電子音楽再生装置において,「歌詞」を表示する仕組み自体は,当業者にとって周知であるから,本件明細書の特許請求の範囲に「歌詞」を表示する仕組みが記載されていないことをもって発明の構成に欠くことができない事項を欠いているとまではいえない,と認定判断した。しかし,この認定判断は誤りである。
本件発明は,「レーザディスクなどを用いた音楽再生装置においては,楽音情報とは別個に記録されている映像情報に基づき歌詞表示およびその色変え表示が行われている。従って,再生中の楽曲の主旋律と歌詞表示の色変りとがほぼ完全に一致するように微調整することは極めて困難であった。」(甲第3号証の2の2頁15行〜18行)こと,「また,MIDI情報を用いたカラオケ装置においても同様に歌詞情報及びその歌詞表示の色変えタイミング情報は,楽器の演奏情報とは別個に映像情報として記憶していた。従って,上記レーザディスクなどを用いたカラオケ装置と同様に主旋律の流れと歌詞表示の色変えのタイミングとを完全に一致させることは極めて困難であり,その正確な一致を図ることは,長時間を要する微調整を行う必要があった。」(甲第3号証の2の2頁21行〜26行)ことに着目して,上記の不都合を解消することを課題とし,これを解決するためになされたものである。本件発明は,この課題を解決するための工夫として,歌詞に関する情報のうち,歌詞そのものの情報(実施例でいう「歌詞の基本データ」)と,歌詞の表示消去および色変えに関する情報(歌詞表示指示情報)とを分離し,後者を演奏情報とともに格納したものであるから,上記各情報がどこに記憶されるかが,特許請求の範囲に記載されるべき事項となるのは,当然のことである。
ところが,後者の歌詞表示指示情報については,楽音情報記憶部に記憶されることが,本件明細書の特許請求の範囲に記載されているのに対し,前者の歌詞の基本データについては,本件明細書の発明の詳細な説明に映像記憶部に記憶する旨が記載されているだけで(甲第3号証の2の3頁27行〜28行,4頁21行〜22行,7頁2行〜4行),特許請求の範囲には,どこに記憶されるかについての記載がない。
審決は,特開昭60-214178号公報(甲第7号証)を挙げて,「歌詞」を表示する仕組み自体が当業者において周知であるとした。しかし,原告がここで問題にしているのは,歌詞そのものの所在が特許請求の範囲に記載されていないということであり,歌詞を表示する仕組みに関することではない。審決は,原告が主張するこの点について何らの判断も示していない。
同公報には,背景映像をビデオディスクに記憶する一方,歌詞に関する情報は演奏情報とともに他のメディア(CDなど)に記憶することが開示されている。これは,歌詞そのものの情報は映像情報記憶部に記憶するという,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された構成とは明らかに異なるものであるから,同公報記載の技術が周知であったとしても,そのことをもって,特許請求の範囲に,「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項」が記載されているとみることはできない。
(2) 主旋律の進行と,歌詞文字の色変えとを一致させる仕組みについての記載不備 審決は,主旋律の音を発音するタイミングと,歌詞文字の色変えを進めるタイミングとを一致させる技術的仕組みに関して,「本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載全体をみるとそれらタイミングを一致させる技術的仕組み自体について特許を受けようとしているものとは認められ」ない(審決書11頁3行〜6行),と認定判断した上で,記載不備はないとの結論を導いている。しかし,この認定判断は誤りである。
本件発明の目的は,歌詞の文字毎の色変え画像表示をその楽曲の主旋律の進行にほぼ一致させて行う,ことであり,その効果は,主旋律の音の再生タイミングに対応して正確に文字の色変化を行わせることが可能となる,ということであるから,本件発明において,カラオケ伴奏音楽における主旋律の音を発音するタイミングと,歌詞文字の色変えを進めるタイミングとを一致させる技術的仕組みは,本質的な要素である。
本件明細書に記載された唯一の仕組みは,歌詞表示指示情報を演奏情報中に組み込むことであり,当該仕組みに関し,特許請求の範囲には,「前記楽音情報記憶部に格納されるデジタル楽音情報は,種々の楽器の演奏情報と歌詞表示指示情報と,を有し,」とあるだけで,演奏情報と歌詞表示指示情報とがどのような関係にあるのかについての明確な記載はないから,「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項」が特許請求の範囲に記載されていない,というべきである。
2 取消事由2(旧特許法36条3項違反についての判断の誤り) (1) 記憶媒体及び再生装置についての記載不備 審決は,情報記憶手段,映像再生装置に関して「本件出願当時周知の技術で言えば,少なくとも背景映像についてはCD,レーザーディスク,ビデオテープ等の記憶(記録)媒体とそれらの読出(再生)装置が適しているということができ」る(審決書12頁4行〜8行),と認定判断したが,誤りである。
上記レーザーディスクなどを用いた音楽再生手段は,歌詞に関する情報が一体的に映像情報として記憶されているもので,本件明細書に記載された発明とは構成が異なっている。審決は,このことを看過した結果,当業者が,本件出願当時周知の技術によって本件発明を容易に実施することができると誤認したものである。
(2) 背景映像データのデータ形式についての記載不備 審決は,背景映像データのデータ形式について,「記録されるデータ形式は,利用しようとする記憶(記録)媒体に適した例えば標準化されたもので十分と認められる。」(審決書13頁2行〜5行)と認定しているが,誤りである。
本件明細書に記載された発明は,歌詞そのものの情報だけが背景映像と共に映像記憶部に格納される,という特異な構成のものであるから,従来のカラオケ装置で採用されていた背景映像と同様な映像データが利用できるのか否か不明である。
(3) 歌詞のデータ形式についての記載不備 審決は,歌詞の基本データのデータ形式について,「少なくとも例えば上記周知例に記載されている2つのもののうち歌詞の各々の文字のディジタルコードを記録するキャラクターコードモードとすれば,所望の表示ができることは明らかである。」(審決書13頁6行〜10行)と判断したが,誤りである。
審決が上記周知例として挙げる特開昭60-214178号公報は,歌詞に関する情報が背景映像とは別個に記憶されているもので,歌詞そのものの情報(本件明細書の実施例にいう「歌詞の基本データ」)を映像記憶部に記憶した本件発明とは異なる。上記周知例に記載された技術から本件発明における歌詞の基本データの構成を類推することはできない。
(4) 背景映像と歌詞の重畳表示についての記載不備 審決は,背景映像に歌詞を重ねて表示する機能に関し,「本件発明は,この従来技術の歌詞の色変え表示について改良したものであるから,映像情報と歌詞情報については同時に重ねて画像表示することを主眼としたものであることは明らかである。」(審決書14頁2行〜6行)と認定判断したが,誤りである。
審決のいう従来技術として本件明細書に記載されているのは,歌詞に関する情報が一体的に映像情報として記載されている構成だけである。一方,本件発明は,歌詞に関する情報のうち,色変えに関する情報を分離して楽音情報記憶部に格納したものであるから,残る歌詞そのものの情報(歌詞の基本データ)が映像記憶部に格納される場合,それがどのようなデータとしてどのように格納され,どのようにして画面に表示されるのかは,発明の詳細な説明には全く記載がなく,不明である。
(5) 背景映像データと歌詞の基本データの回路構成とデータ処理の内容についての記載不備 審決は,背景映像データと歌詞の基本データの回路構成とデータ処理の内容に関し,「周知のスーパーインポーズをするための装置の回路とデータ処理内容で十分と認められる。」(審決書14頁8行〜10行)と認定判断したが,誤りである。
上記認定判断において引用された周知例は,歌詞に関する情報は背景映像とは別に記憶されているものであるから,歌詞そのものの情報を映像記憶部に格納した本件発明とは,前提となる構成が異なる。上記周知例の記載から本件発明を容易に実施することは,できることではない。
(6) 画面表示された歌詞の一部分を特定する手法についての記載不備 審決は,楽曲自体の選択や画面に表示しようとする1曲の歌詞のうちの一部分(一画面分)の特定に関し,「上記周知例に説明されている手法と同様の手法で特定できることは明らかであるから,1曲の歌詞のうちの一部分を特定する点の説明がないから本件発明を当業者が容易に実施できないということはできない。」(審決書14頁11行〜15行)と認定判断したが,誤りである。
審決は,審決が周知例とするものと本件発明との間には前記のとおりの重大な相違点があるのに,この相違点を看過した結果,誤って,本件発明は,周知技術から容易に実施できると判断したものである。
(7) 映像再生装置の回路及び画像データ処理についての記載不備 審決は,映像再生装置が画像を作り出す仕組み,表示中の歌詞画像を少しずつ色変えをするための映像再生装置の回路及び画像データ処理に関し,「本件明細書並びに図面に概括的に記載されて」いる(審決書14頁16行〜17行)と認定判断したが,誤りである。
本件明細書並びに図面中に,上記「概括的」な記載に当たるものは存在しない。
3 取消事由3(甲第4号証刊行物記載の発明の認定の誤りによる進歩性判断の誤り) (1) 審決は,甲第4号証刊行物には,本件発明に不可欠の構成である「「前記歌詞表示指示情報は,歌詞の表示・消去指示情報と,前記演奏情報の主旋律の進行に適合した歌詞文字表示の色変化を行わせる色変え指示情報と,色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように,前記演奏情報の主旋律の進行に適合する異なった色変えの幅を指示する色変え幅情報と,を含むように構成され,制御部は,前記各指示情報に基づき歌詞の画像表示制御を行うと共に,色変え幅情報に基づいて,現在色が変わっている位置から指定された幅だけ色変えを行うよう制御する」構成を具備していない」(審決書26頁7行〜18行)と認定判断した。しかし,上記認定判断は誤りである。
(2) 審決は,甲第4号証刊行物に, 「『楽曲情報を格納した記憶部と, 背景色に関する情報を格納した記憶部と, 記憶された前記各情報を読み出し伴奏音の再生と共に,背景色並びに歌詞の画像表示を行うように装置の動作制御を行う制御部とを備えるカラオケ装置において, 前記記憶部に格納される楽曲情報は種々の楽器の演奏情報と,音楽再生と歌詞の進行をリンクさせるトリガ信号と,を有し, 前記トリガ信号は,前記音楽再生の進行に適合した歌詞文字の表示を行うと共に,表示された歌詞文字の色変化を行わせるように構成され, 前記制御部は,前記トリガ信号に基づき歌詞の表示・消去を行うと共に,色変えを現在色が変わっている位置から音楽再生の進行に伴って一文字ずつでなく徐々に変更するように制御することを特徴とするカラオケ装置。』」(審決書22頁12行〜23頁8行)が記載されている,と認定している。審決が甲第4号証刊行物記載事項につきこのように認定していることからすれば,審決が甲第4号証刊行物に記載されていない構成として実質的に認定した事項は,@「色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように,演奏情報の主旋律の進行に適合する異なった色変えの幅を指示する色変え幅情報」と,A「色変え幅情報に基づいて,現在色が変わっている位置から指定された幅だけ色変えを行う」こと,であると解することができる。
(3) しかしながら,甲第4号証刊行物には,「文字の色変更あるいは文字消去の場合には色変更の開始位置から終了位置までの指定された色をカラーコードを変更することによって文字の色変更を行い(31),ディスプレイ9に表示する(30)。このとき,変更された文字の色が背景と同一であれば文字が消去されるのと同じ効果を奏し,違うときには文字が徐々に色変わりをするように見える。また,グラフィック処理を行っているので,一文字づつ不連続に変更するのでなく,連続的に徐々に色を変更することが可能である。」(同刊行物4頁右上欄7行〜17行)との記載があり,ここでいう「色変更の開始位置から終了位置まで」という情報は,本件発明における「色変え幅情報」にほかならない。このような色変えの開始位置から終了位置までを指示する情報(コマンド)をトリガ信号が有し,この情報(コマンド)を次々に実行することにより,色変更の開始位置から終了位置までの全体につき,一文字単位でなく,連続的に徐々に,色変えすることになるのである。
そうだとすれば,甲第4号証刊行物に記載された発明におけるトリガ信号は,本件発明の「歌詞表示指示情報」に該当するもの,すなわち,「歌詞の表示・消去指示情報と,前記演奏情報の主旋律の進行に適合した歌詞文字表示の色変化を行わせる色変え指示情報と,色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように,前記演奏情報の主旋律の進行に適合する異なった色変えの幅を指示する色変え幅情報」とを含むものということになり,その制御部は,本件発明にいう,「前記各指示情報に基づき歌詞の画像表示制御を行うと共に,色変え幅情報に基づいて,現在色が変わっている位置から指定された幅だけ色変えを行うよう制御する」という構成のものということになるのである。
したがって,甲第4号証刊行物が前記(2)@,Aの構成を具備していない,との審決の認定判断は誤りであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
(4) 被告は,甲第4号証刊行物には,「色変更の開始位置から終了位置まで」がどのような情報に基づき,どのように指定されるのかについて,具体的な記載は一切存在しない,と主張する。しかし,本件発明においても,「色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように色変えの幅を指示する色変え幅情報」が具体的にどのような構造のものであるかについては本件明細書に記載がないことからすれば,本件明細書において「色変え幅情報」として開示されているものも,色を変える幅(どれだけ)を指定するものが色変え幅情報である,ということに尽きることになる。そうである以上,甲第4号証刊行物記載の発明における「色変更の開始位置から終了位置まで」という情報も,本件発明における「色変え幅情報」に相当するというべきである。
被告は,甲第4号証刊行物には,色変更について,「色変更の開始位置から終了位置まで」が色変更の都度規定されているべきものであるとも何ら述べられておらず,その必要性を示唆する記載もない,と主張する。しかし,トリガ信号が読み取られた際に,どれだけ色を変えるかについての情報がなければ,色変えを実行することができないのは技術的に自明のことであるから,「色変えの開始位置から終了位置まで」を表す情報は常に存在している,ということができるのである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(旧特許法36条4項違反についての判断の誤り)について (1) 歌詞の情報の記憶位置についての記載不備について 本件発明は,歌詞の画像表示に係わる様々な情報に関して,アナログ映像情報としてではなく,デジタル楽音情報として,演奏情報とともに格納される歌詞表示指示情報を設定し,さらに,これに含まれる色変え幅情報を設定し,これにより,色変えの範囲(幅)を異ならせて,主旋律の進行によりよく適合させて色変えを行うようにした,ということを技術的特徴の本質とし,特許請求の範囲に記載されたとおりの構成を有するものである。もちろん,このような技術的特徴を有する本件発明に係る電子音楽再生装置を具体的に製造する場合においては,上記技術的特徴に関する構成以外の構成も,実現する必要があることは当然である。しかし,この構成自体は何ら本件発明を特徴付けるものではないから,その実現は,本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に明記された仕組み,あるいは,当業者において知られた技術的事項を利用しつつ,当業者が適宜なし得るところである。このような事柄を特許請求の範囲に記載する必要のないことは,当然である。
本件発明においては,歌詞の画像表示にかかわる様々な情報のうち,歌詞表示指示情報以外のもの,例えば歌詞フォントデータ等が,電子音楽再生装置のどこに,いかなる情報とともに,いかなる態様で記憶されているものか,あるいは,歌詞表示指示情報によるもの以外の歌詞の画像表示が,このような歌詞表示指示情報以外の歌詞の画像表示にかかわる情報に基づき,どのように行われるものであるかは,本件特許の「発明の構成に欠くことができない事項」ではなく,したがって,特許請求の範囲に記載する必要はない。
審決が,歌詞の基本データがどこに記憶されるのかについての判断をしていない,との原告の主張は,「歌詞そのものの情報」が本件特許の「発明の構成に欠くことができない事項」であるとの誤った認識を前提にしている点において,失当である。
(2) 主旋律の進行と,歌詞文字の色変えとを一致させる仕組みについての記載不備について 本件発明は,演奏すなわち主旋律の進行をなさしめる演奏情報と同時に,対応する歌詞表示指示情報を読み出し,実行するものであるから,歌詞表示を演奏に同期させるために歌詞表示指示情報を演奏情報に組み込むという具体的な技術的仕組み自体を採用するかどうかは,本件発明の技術思想にとって必須のものではなく,その実施の際において当業者が適宜検討,選択すべき事項にすぎない。
例えば,「系の任意の部分や装置」の「同期化」の方法として「共通のクロックによって系の任意の部分や装置が,その動作のタイミングをそろえるように制御されること」は,本件特許出願以前から,当業者において,ごく普通に行われてきた周知ないし慣用の技術(乙第1ないし第4号証)である。このような共通のクロック管理により,音楽の再生処理の際の特定のタイミングと同期して,歌詞の色変え指示情報に基づく処理を行うように同情報にタイミング信号を与えることは,当業者が本件特許出願当時の周知ないし慣用の技術に基づき適宜行い得る単なる設計的事項に過ぎない。
したがって,タイミングを一致させる技術的仕組みまでも特許請求の範囲に記載することが不可欠ということはできない,とした審決の認定判断は正当である。
2 取消事由2(旧特許法36条3項違反についての判断の誤り)について 原告の主張は,その前提とする本件発明の認識が誤っており,そのような誤って認識した本件発明について,当業者の技術常識に基づくことなく,殊更に,実施できないといっているものにすぎない。
3 取消事由3(甲第4号証刊行物記載の発明の認定の誤りによる進歩性判断の誤り)について (1) 甲第4号証刊行物には,「色変更の開始から終了位置まで」がどのような情報に基づいてどのように指定されるのかについて,具体的な記載は一切存在しない。色変更について「色変更の開始位置から終了位置まで」が色変更の都度規定されているべきものであることについても何ら述べられておらず,その必要性を示唆する記載もない。
かえって,甲第4号証刊行物には,「楽曲情報に,音楽再生の進行に伴って歌詞表示を進行し,および任意に背景色を変更するトリガ信号を混在させるという手段も用いた。」(同刊行物2頁左下欄14行〜16行),「楽曲情報に混在されたトリガ信号がシーケンサからグラフィック制御装置に入力され,これを処理することによって再生中の歌詞の位置を歌詞の色を変更したり記号によって指示する。このトリガ信号は音楽再生の進行状態を歌詞表示部分に連絡し,音楽再生と歌詞の進行とをリンクさせるという機能を有する。」(同刊行物3頁左上欄1行〜7行),「楽曲情報には音楽再生と歌詞とを対応させて現在再生している部分をディスプレイ9上に示すためのトリガ信号や,ディスプレイ9の背景色を変更するためのトリガ信号が混在されており,この信号は矢印10のようにシーケンサ4から順次グラフィック制御装置6に入力される。この場合,歌詞の進行についてはパターンROM5から矢印などの記号を読み出して,音楽の再生部分に対応する歌詞の位置を指示したり,終了した歌詞の色を変更させたりすることによって音楽再生と歌詞の表示とをリンクさせる。」(同刊行物3頁右下欄3行〜13行)との記載があり,同刊行物のこれらの記載によれば,同刊行物には,楽曲情報に混在されるトリガ信号の記録間隔(出現タイミング)を変化させる,あるいは,コマンドのトリガ数値を変化させる,という具体的な技術的構成を採用し,これにより,色変えをカラオケ楽曲の主旋律の進行に適合させるということが開示されていると解される。すなわち,甲第4号証刊行物には,「楽曲情報に混在されたトリガ信号」によって,具体的に,どのようにして歌詞の色変えをカラオケ楽曲の主旋律の進行に適合させるのかについて,必ずしも当業者が容易に理解できる程度には開示されているとはいえないものの,同刊行物の第2図のフローチャート及び「トリガ信号に応じてカウントを積算し(24),コマンドのトリガ数値がカウント値と一致もしくはカウント値が大きい場合には(YES)次処理に移行し,」との記載(同刊行物4頁左上欄8行〜11行」によれば,楽曲情報に混在されるトリガ信号の記録間隔(出現タイミング)を変化させること,あるいは,コマンドのトリガ数値を変化させることにより「文字の色変更」処理の実行タイミングを調整して,歌詞の色変えをカラオケ楽曲の主旋律の進行に適合させている,と解するのが自然である。
甲第4号証刊行物記載の発明における「色変更の開始位置から終了位置まで」という情報は,本件発明における「色変え幅情報」にほかならないとの,原告の主張は誤りである。
(2) 原告は,本件発明においても,色変え幅データが具体的にどのような構造のものであるかについては本件明細書に記載がないから,色を変える幅(どれだけ)を指定するものであればどのようなものであっても,色変え幅データということになり,甲第4号証刊行物記載の発明における「色変更の開始位置から終了位置まで」という情報も,本件発明における「色変え幅情報」に相当することになると主張する。
しかしながら,甲第4号証刊行物においては,最終的な効果として文字の色変更が「色変更の開始位置から終了位置まで」の範囲でなされることが示されているのみであり,その範囲での文字の色変更がどのように行われるかについて,ましてや,どのような情報に基づいて行われるかについては,全く示されていないから,原告の主張は誤りである。
原告は,トリガ信号が読み取られた際に,どれだけ色を変えるかについての情報がなければ,色変えを実行することができないのは技術的に自明であるから,「色変えの開始位置から終了位置まで」を表す情報は常に存在していると主張する。
しかしながら,原告の主張は,単に原告の願望を示すものにすぎず,誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由3(甲第4号証刊行物記載の発明の認定の誤りによる進歩性判断の誤り)について (1) 甲第4号証によれば,同号証刊行物(特開平2-242294号公報)には,次の記載があることが認められる。
ア〔産業上の利用分野〕 「本発明は,カラオケ情報をデータベースとし,これを音楽再生するカラオケ装置に係り,音楽の進行に対応してディスプレイに歌詞を表示または制御するための歌詞表示装置に関する。」(同刊行物1頁右欄下から4行〜末行) イ〔従来の技術およびその課題〕 「一般に,カラオケではアンプを通してスピーカから楽曲が流れると共に,CRTなどのディスプレイに楽曲に対応した歌詞が順次表示されるものであるが,現在のところはこれらはコンパクトディスクなどに収容されたPCM信号を独立した装置によって再生しているものがほとんどであり,二進符号化したデジタル情報によって処理しているものはなかった。ところで,本発明では二進符号化された歌詞情報および楽曲情報をデータベースとしてホストコンピュータに保存し,これを公衆回線によってダウンロードする手段も予定しているが,従来のこの種の技術としては,ビデオテックス通信網を用いて視覚情報と聴覚情報とを伝送する手段が知られている。しかし,この手段では一画面中の一部分づつ表示していったり,一部分づつ消去しようとすれば,表示・消去の書き換え速度が遅くなるので,全画面単位で書換えをしなければ,楽曲の進行に適切に対応することができない。従って,一画面単位内で歌詞のみを適当に消去したり,背景色を適当に変更することはできないという欠陥がある。さらに,利用者側の端末の種類によって画面書換えの速度が異なるので,端末一様に所定の速度で同期させることは不可能である。
本発明はこのような従来の課題を解決しようとするもので,二進符号によってカラオケ情報を記憶・処理する構成において,ディスプレイ上に表示された歌詞のうち,音楽再生が終わった歌詞を一文字づつではなく,徐々に消去したり,表示された歌詞の背景色を適宜変更することができ,さらに楽曲と正確に対応した歌詞の進行が可能なカラオケ用ディスプレイの歌詞表示装置を提供することを目的とする。」(同刊行物2頁左上欄1行〜右上欄14行) ウ〔課題を解決するための手段〕 「本発明は上記目的を達成するために,二進符号化した楽曲情報および歌詞情報からなる複数のカラオケ情報をデータベースとしたカラオケ装置において,特定のカラオケ情報を演算・処理する中央制御装置と,この中央制御装置によって演算・処理された情報によって順次音楽再生を行うと共にディスプレイへの歌詞表示を制御するシーケンサと,常時必要な歌詞情報を記憶するグラフィックビデオメモリと,上記シーケンサからの順次命令によってグラフィックビデオメモリを制御するグラフィック制御装置と,予め文字・記号などが図形として記憶され,上記グラフィックビデオメモリの記憶内容に対応した文字などを上記グラフィック制御装置を介して読み出し可能なパターンROMと,ディスプレイを制御するビデオ制御装置とからなり,音楽再生に対応して上記ディスプレイに表示された歌詞を進行させるという手段を用いた。また,楽曲情報に,音楽再生の進行に伴って歌詞表示を進行し,および任意に背景色を変更するトリガ信号を混在させるという手段も用いた。さらに,音楽再生の進行に伴って背景色のカラーコードを適宜変更することにより,背景色の変更を行うという手段も用いた。さらにまた,音楽再生の進行に伴って,再生が終了した部分に対応する歌詞を順次背景色と同一色に変更するという手段も用いた。」(同刊行物2頁右上欄16行〜右下欄2行) エ〔実施例〕(別紙図面参照) 「第2図は,本実施例の構成に基づいた歌詞表示の詳細な動作を示すフローチャートで,文字や記号を図形として扱い,これを処理する手順を示したものである。・・・先ず音楽の再生が開始されると同時に(21),当初の背景色を決定すると共に,トリガ信号のカウントをゼロに初期設定する(22)。次に再生が開始されると順次歌詞情報のなかの文字コード(コマンド)を読んで,あるいはソースポインタを参照しつつこれをバッファにいれる(23)。続いてトリガ信号に応じてカウントを積算し(24),コマンドのトリガ数値がカウント値と一致もしくはカウント値が大きい場合には(YES)次処理に移行し,そうでない場合にはブロック24に戻る(25)。YESのばあいにはコマンドが文字表示に関するものか否か(26),歌詞の色変更あるいは文字消去に関するものか否か(27),ディスプレイ画面のクリア,即ち音楽再生の終了に関するものか否か(28)をそれぞれ判断し,YESの場合にはそれぞれの分岐に移行し,全てNOの場合にはブロック24に復帰する。次に,文字表示の場合には文字数,文字の位置や文字パターンの指定によってパターンROM5からG-VRAM7の記憶に対応する文字(図形)を読み出し,文字サイズに応じてドットを拡大・縮小し,背景色のカラーコードと共にG-VRAM7に書き込み(29),続いてビデオ制御装置8を介してディスプレイ9に表示したのちに(30)ブロック23に復帰し,次のコマンドを処理する。文字の色変更あるいは文字消去の場合には色変更の開始位置から終了位置までの指定された色をカラーコードを変更することによって文字の色変更を行い(31),ディスプレイ9に表示する(30)。このとき,変更された文字の色が背景と同一であれば文字が消去されるのと同じ効果を奏し,違うときには文字が徐々に色変わりをするように見える。また,グラフィック処理を行っているので,一文字づつ不連続に変更するのでなく,連続的に徐々に色を変更することが可能である。」(同刊行物3頁右下欄17行〜4頁右上欄17行) (2) 上記(1)の認定によれば,甲第4号証刊行物には,中央制御装置等によりカラオケ情報を演算・処理し,演算,処理された制御用情報に基づき,制御装置が,音楽再生の進行に伴ってディスプレイ上に歌詞を表示し,表示された歌詞について,歌詞を1文字づつではなく徐々に色変わりさせる等の動作の実行を制御する歌詞表示装置を具備したカラオケ装置が記載されているということができる。
また,上記(1)エで認定したとおり,甲第4号証刊行物の実施例の項には,上記歌詞を徐々に色変わりさせる動作を,「色変更の開始位置から終了位置までの指定された色をカラーコードを変更することによって」(同刊行物4頁右上欄8行〜9行)実行するとの記載がある。
一般に,制御装置において,ある動作を実行させるためには,当該動作に関する制御用情報が具備されるべきことが技術常識であることは,弁論の全趣旨で明らかであるから,甲第4号証刊行物の上記カラオケ装置においても,「色変更の開始位置から終了位置までの指定された色をカラーコードを変更するとによって文字の色変更を行い(31),ディスプレイ9に表示する(30)」(同刊行物4頁右上欄8行〜11行)ために動作を制御する情報が具備されていることは,明らかであるというべきである。この色変更に関する情報には,行われるべき作業の開始位置及び終了位置を指定するだけの,単なる位置に関する情報(以下「位置情報」という。)と,この位置情報によって特定された範囲において行われるべき作業の内容(色変え)を指定する情報(以下「区間情報」という。)が存在することは,甲第4号証刊行物の上記認定の記載と,上記制御の対象となる動作の内容とから明らかである。
上記位置情報は,単に色変更開始及び色変更終了の位置を表すだけのものであるから,本件発明の「色変え指示情報」に,同刊行物記載の発明における上記区間情報は,上記位置情報によって特定された範囲において行われる作業が色変えであることを表すものであるから,本件発明の「色変え幅情報」に相当するものというべきである。
甲第4号証刊行物における中央制御装置などの制御装置は,本件発明と同様に上記各情報を実行処理するものであるから,本件発明と同様の制御を行うこととなることが明らかである。
(3) 被告は,甲第4号証刊行物に記載された発明においては,楽曲情報に混在されるトリガ信号の記録間隔(出現タイミング)を変化させること,あるいは,コマンドのトリガ数値を変化させることにより,文字の色変更処理の実行タイミングを調整して,歌詞の色変えをカラオケ楽曲の主旋律の進行に適合させているとした上で,同刊行物に示された「色変更の開始位置から終了位置までの指定された色をカラーコードを変更することによって文字の色変更を」行う,という情報は,本件発明の「色変え幅情報」に当たらないと主張する。
しかしながら,本件明細書の特許請求の範囲において,「色変え幅情報」を規定するのは,「前記歌詞表示指示情報は,歌詞の表示・消去指示情報と,前記演奏情報の主旋律の進行に適合した歌詞文字表示の色変化を行わせる色変え指示情報と,色変えを行う文字が所定の幅ずつ色変えが行われるように,前記演奏情報の主旋律の進行に適合する異なった色変えの幅を指示する色変え幅情報」との文言のみであり,そこでは,「色変え幅情報」の内容を特に限定していない。そうである以上,特許請求の範囲のみに基づいてみる限り,本件発明における「色変え幅情報」には,歌詞の色変えをカラオケ楽曲の主旋律の進行に適合させるためにトリガ信号を用いる場合の情報も含まれると解すべきは当然というべきである。そして,念のために本件明細書(甲第3号証の2)の他の部分の記載を検討してみても,上記認定の妨げとなるものを見いだすことはできない。甲第4号証刊行物記載の発明が,トリガ信号を用いていることは,同号証の「色変更の開始位置から終了位置までの指定された色をカラーコードを変更することによって文字の色変更を」行う,という情報が,本件発明の「色変え幅情報」に当たると解することを何ら妨げるものではない。被告の主張は,採用することができない。
(4) 以上のとおりであるから,甲第4号証刊行物には,本件発明の「色変え指示情報」及び「色変え幅情報」が記載されていないとした,審決の認定判断は誤りであるというべきであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
そうすると,その余の原告の主張について検討するまでもなく,原告の本訴
請求は理由があることが明らかであるので,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸