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関連審決 異議1998-73765
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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和59行ケ285 判例 特許
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事件 平成 11年 (行ケ) 248号 特許取消決定取消請求事件
原告 三共株式会社
原告 宇部興産株式会社
両名訴訟代理人弁護士品川澄雄 復代理人弁護士 吉澤敬夫
訴訟代理人弁理士 大野彰夫
同 中田泰雄
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 山口由木
同 大橋良三
同 深津弘
同 竹林則幸
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/03/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 特許庁が平成10年異議第73765号事件について平成11年6月23日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告らは,発明の名称を「8-メトキシキノロンカルボン酸誘導体の製造中間体」とする登録第2716952号の特許(以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許は,前後3回にわたり,元の特許出願の一部について新たな特許出願(以下「分割出願」ということもある。)がなされた,その最後の出願であり,その経緯は,次のとおりである。
原告らは,昭和61年3月31日,同年9月24日にした特許出願に基づく優先権を主張して,昭和62年3月30日に特許出願(特願昭62-76892号)をし,平成2年6月12日,これを分割してその一部につき新たな特許出願(特願平2-153306号)をし,さらに,平成6年3月28日,これを分割してその一部につき新たな特許出願(特願平6-56950号)をし,平成7年9月8日,さらにまた,これを分割してその一部につき新たな特許出願(特願平7-231343号,以下「本件出願」という。)をしたものである。
(2) 特許庁は,本件特許につき,特許異議の申立てを受け,これを平成10年異議第73765号事件として審理し,その結果,平成11年6月23日,「特許第2716952号の特許を取り消す。」との決定をして(以下「本件決定」という。),同年7月12日,その謄本を原告らに送達した。
2 特許請求の範囲 「1.一般式(XXXTTT) (式中,Y2はハロゲン原子を示し,R11は水素原子または低級アルキル基を示す)で表される化合物。
2.Y2がフッ素原子であり,R11が水素原子,メチルまたはエチル基である請求項1に記載の化合物。」(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」という。) 3 本件決定の理由 本件決定の理由は,別紙決定書の理由の写しのとおりである。要するに,本件発明1は,本件出願の出願日前である昭和61年9月18日に出願された特願昭61-220149号(以下「先願出願」という。)に係る特許出願の願書に最初に添付した明細書(以下「先願明細書」という。特開昭62-252772号公報参照)の参考例2に記載された「1-シクロプロピル-6,7-ジフルオロ-1,4-ジヒドロ-8-メトキシ-4-オキソ-3-キノリンカルボン酸」及び「1-シクロプロピル-6,7-ジフルオロ-1,4-ジヒドロ-8-メトキシ-4-オキソ-3-キノリンカルボン酸エチル」は,本件発明1における一般式(XXXTTT)中のY2がフッ素,R11が水素又はエチル基である場合の化合物と同一であると判断し,その結果,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条に基づいて定められた特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条1項及び2項に基づき,本件特許(本件発明1及び2に係る特許)は,拒絶査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,これを取り消す,としているものである。
原告ら主張の取消事由の要点
本件決定の理由中,(1)(経緯・本件特許発明)を認め,(2)(本件出願の優先権主張)のうち3頁6行ないし4頁8行の部分を認め(したがって,「本件特許に係る出願書類をみると,願書面には,その優先権を主張する旨の記載はないし,また,その優先権を主張する旨及び先の出願を表示した書面等も提出されていない。」(決定書4頁1行〜5行)ことは認めるものである。),同頁8行ないし17行の部分を争う。(3)(対比・判断)のうち,両発明が同一であることを認め、特開昭62-252772号が本件特許より先願であること及び7頁17行ないし末行の部分を争う。(4)(むすび)を争う。
本件決定は,本件出願は,いわゆる国内優先権の主張を伴う特許出願であるとはいえないから,特許法44条2項により,元の特許出願の時(昭和62年3月30日)になされたものとみなされるにとどまると判断し,この判断を前提に,本件発明1は先願明細書に記載された発明と同一であるとの結論を導き出した。しかし,本件決定は,優先権主張に関する判断において誤っており,この誤りがその結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されなければならない。
1 特許法41条2項及び44条2項の解釈の誤り (1) 国内優先権の利益を定めた特許法41条2項は,優先権主張を伴う特許出願に係る発明のうち,優先権主張の基礎とされた先の出願に記載された発明に関して,同法29条の2,39条1項等の適用については,優先権主張を伴う特許出願は当該先の出願の時にされたものとみなす,と規定している。言い換えると,適法な手続の下に優先権主張を伴ってなされた出願の出願日は,同法29条の2所定の先願権等については,先の出願の時に遡及すると規定しているのである。
一方,分割出願の効果を定めた特許法44条2項は,分割出願は,元の特許出願の時にしたものとみなすと規定し,適法な手続の下にされた分割出願は,元の特許出願の時に遡及すると規定している。
それぞれ上記のような内容を有する特許法41条2項及び44条2項の両規定の下では,適法な手続の下に分割出願がなされると,その分割出願は,元の特許出願の時に遡及し,元の特許出願について適法な手続の下に優先権主張がなされていれば,分割出願は,さらに,優先権主張の根拠とされた先の出願の時に遡及することになる。
このことは,本件出願についても当てはまる。昭和62年3月30日になされた特許出願(特願昭62-76892号)に関し,平成2年6月12日(特願平2-153306号),平成6年3月28日(特願平6-56950号),平成7年9月8日(特願平7-231343号)に,それぞれ適法な手続の下で,順次,元の特許出願の一部について分割出願をし,また,昭和62年3月30日になされた特許出願については,昭和61年3月31日,同年9月24日にした特許出願に基づく優先権主張が適法な手続の下になされているから,本件出願は,昭和61年3月31日になされた特許出願の時に遡及することになる。
本件出願の出願日は,特許法29条の2所定の先願権等の関係においては,このようにして,昭和61年9月18日の先願出願よりも前の出願となるので,先願出願をもって本件出願を取り消すことはできないのである。
(2) 特許法44条は,元の特許出願の出願人が,元の特許出願の一部について分割出願をする場合,同法41条4項所定の優先権主張の手続をしなければならないとは規定していない。まして,分割出願の前提となっている,元の特許出願が,同法41条4項所定の優先権主張の手続をしているときに,元の特許出願の一部についてなされる分割出願について,重ねて41条4項所定の優先権主張の手続をなすべきである,などと規定してはいない。
特許法41条4項は,「第1項の規定による優先権を主張しようとする者は,その旨及び先の出願の表示を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない。」と規定しているものの,ここにいう「特許出願」が「分割出願」を包含するといっているわけではないから,本項が分割出願にも適用されるのが当然であるとすることはできない。
このような状況で,元の特許出願について既に同法41条4項に従って優先権の主張をしている場合,その元の特許出願から分割出願をするに当って,改めて優先権主張の手続を行わなければならないとの解釈を,同法41条4項及び44条から,導き出すことはできないというべきである。
(3) 分割出願の際に,国内優先権を主張する旨の表示がしてあれば,第三者にとって便利であることは,事実である。しかし,分割出願の際に,国内優先権を主張する旨の表示がなくても,元の特許出願において,国内優先権を主張する旨の表示がしてあれば,元の特許出願に当たることによって容易に優先権主張の有無を判別することができるから,第三者に不測の損害を与える可能性は,少ないということができる。また,第三者が,元の特許出願に当たらなければならないことで,過大の不便さ,煩雑さを強いられるというものでもない。
(4) 被告は,分割出願は元の特許出願とは別個独立の出願であるという前提に立って,分割出願に係る国内優先権主張についても,当然に特許法41条4項の適用があり,改めて国内優先権主張の手続をとる必要があると主張し,分割出願は元の特許出願とは別個独立の出願であることの理由として,審査請求の手続,特許査定等の授与,明細書の要旨変更の判断,元の特許出願がその分割後に取り下げられたときの分割出願への効果を挙げる。
確かに,被告が挙げる審査請求の手続,特許査定等の授与等の事項に関しては,分割出願は元の特許出願とは別個独立の出願であるものとして取り扱われている。
しかし,これらの事項において,分割出願が元の特許出願とは別個独立の出願であるものとして取り扱われていることには,それぞれの事項毎に,固有の理由があるのであるから,被告の挙げる事項においてそのように取り扱われているからといって,すべての事項を一括して統一的に取り扱うべきことになるわけではない。事項毎に個別に,分割出願が元の特許出願と別個独立の出願として取り扱われるべきものであるか否かを検討すべきである。
分割出願において,改めて国内優先権主張の手続を行う必要があるか否かということは,審査請求の手続と同様に,手続的な事項である。そして,分割出願の審査請求の手続においては,出願人の意思を確認する必要があるのに対して,分割出願国内優先権主張の手続においては,出願人の意思は明確であり,改めて出願人の意思を確認する必要がない。
そうである以上,分割出願は,国内優先権主張の手続に関する限り,元の特許出願と別個独立のものということはできないというべきである。
2 パリ条約4条G(2)の適用の看過 (1) 特許法26条は,「特許に関し条約に別段の定があるときは,その規定による。」と規定しており,この規定によって,「特許出願人は,その分割された各出願の日付としてもとの出願の日付を用い,優先権の利益があるときは,これを保有する。」とのパリ条約4条G(2)の分割出願についての規定は,日本の特許法の一部を構成するものとなっている。
したがって,分割出願については,改めて手続をしなくても,優先権の利益を受けられるのである。
(2) パリ条約4条A(1)は,「優先権を有する」と規定し,パリ条約4条G(2)は,「これを(優先権の利益を)保有する」と規定し,もとの(通常の)出願と分割出願とで,優先権の取り扱いを明確に区別している。
パリ条約第4条A(1)の「有する」(日本語訳)は,フランス語及び英語で,「jouira」,「enjoy」と表現されており,通常の意味の「保有する」である。これに対して,パリ条約4条G(2)の「保有する」は,フランス語及び英語で,「conservant」及び「preserve」と表現されており,「既に存在するもの,状態をそのまま持続させる」という意味である。
したがって,パリ条約4条G(2)の規定は,分割出願について,既に存在する優先権をそのまま持続保持させるとの規定であり,改めてパリ条約4条D(1)の手続をしなくても,優先権の利益を受けられる旨の規定と解すべきである。
3 特許法44条4項の趣旨の解釈の誤り 平成11年5月14日法律第41号により新設された特許法44条4項は,元の特許出願について提出された国内優先権主張のための書類等を,分割出願と同時に提出されたものとみなすと規定している。
しかし,上記改正においては,分割出願について,優先権主張をする旨及び必要な表示を明示する等の手続をしなくてもよい旨の規定が追加されたのみであり,上記規定を実効あらしめるための何らの法的措置もとられなかった。したがって,上記規定は,従前の制度を確認し,明確にしたにすぎないものというべきである。
被告の反論の要点
1 特許法41条2項及び44条2項の解釈の誤り,について (1) 特許法41条4項は,「第1項の規定による優先権を主張しようとする者は,その旨及び先の出願の表示を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない。」と規定している。この規定の下では,同条1項による優先権を主張する手続を行わなかった場合には,特別の定めがない限り,優先権の利益を享受することはできないと解すべきである。
分割出願は,後述のとおり,元の特許出願とは別個独立の出願である。したがって,元の特許出願でした手続の効力がそのまま当然に分割出願承継されるなどということはあり得ない(その出願の時が元の特許出願の時にまで遡及する効果は,法の具体的な規定(特許法44条2項)により付与されているのである。)。そして,国内優先権を主張しようとする者が行う特許法41条4項所定の手続は,出願に付随してなされるとはいえ,出願とは別個の手続であることも,後述のとおりである。
原告らは,たとい,分割出願である本件出願に係る元の特許出願において国内優先権主張の手続を適法にし,適法な分割出願として本件出願をしているとしても,分割出願である本件出願において,国内優先権主張の所定の手続をしていない以上,本件出願について国内優先権の利益を享受することはできない。
(2) 国内優先権を主張しようとする者は,その旨及び先の出願の表示を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出するか,特許出願の願書にその旨及び必要な表示を記載することが必要である,とされている(特許法41条4項及び特許法施行規則27条の4参照)。上記国内優先権の利益を享受するための手続は,出願人の意思のみに委ねられた権利行使の手段であって,出願に付随するとはいえ,これとは別個の,利益享受のみを目的とした手続上の行為であると解されるものである。国内優先権の利益を享受するための手続は,出願に付随するとはいえ,これとは別個の手続上の行為である,と解すべきことは,一度行った優先権主張であっても先の出願から1年3か月以内であれば出願人の意思により国内優先権主張の取り下げができること,国内優先権主張を伴う出願自体を取り下げても,そのままでは国内優先権主張の手続の効果が存続し,先の出願がみなし取り下げとなることから,出願人の利便を考慮して,これを防止するために,「同時に当該優先権の主張が取り下げられたものとみなす」との規定(特許法42条3項)が設けられていることからも,明らかである。
(3) 分割による新たな出願は,元の特許出願とは別個独立したものであり,元の特許出願における手続の効果がこれに当然に承継されるというものではない。分割出願においても,優先権による利益を受けるためには,そのための手続を,元の特許出願に伴うものとは別個に,元の特許出願に伴うものと同様に行う必要がある。元の出願における手続の効果が分割出願に当然に及ぶものでないことの例としては,出願の審査請求をしなければ,その審査は開始されず,特許査定あるいは拒絶査定等も,元の特許出願とは独立に行われ,また明細書の要旨変更についても,元の特許出願を参酌することなく分割出願の当初明細書又は図面を基準として判断され,元の特許出願がその分割後に取り下げられ,放棄され,無効にされても,分割出願には何ら影響を及ぼさないことなどを挙げることができる。元の出願における優先権主張についてもこれらと同じことがいえるのである。そして,このように,分割による出願が,元の特許出願とは別個独立の出願であり,元の特許出願における手続の効果が当然には承継されるものでないために,特許法44条2項ただし書きにおいて,「出願と同時」に手続を行うことが法定されている手続(発明の新規性の喪失の例外,国内優先権主張及びパリ条約による優先権主張の手続)を,通常の出願におけると同じように,分割による出願と同時に行い得るように手当しているのである。
2 パリ条約4条G(2)の適用の看過,について (1) パリ条約優先権の主張の手続は,特許法43条に規定されており,国内優先権の主張の手続についての特許法41条4項の規定とは明確に区別されている。
さらに,パリ条約4条G(2)は,分割出願において,改めて優先権主張の手続をとらなくても,元の特許出願における優先権主張の利益を享受できるとは規定していない。
(2) 特許法41条4項にいう優先権主張の基礎とされる出願は,同条1項に規定する日本国に先にされた出願であり,4項は,国内優先権の利益を享受しようとする者は,国内優先権を主張する旨及びその日本国に先にされた出願の表示を記載した書面を特許出願と同時に提出しなければならないことを規定している。
一方,パリ条約優先権の主張の基礎とされる出願は日本国以外の同盟国に出願されたものであり,パリ条約4条D(1)前段は,その主張をするための手続として,その出願の日付,その出願された同盟国名を明示した申立てをすべきことを規定している。特許法43条1項は,これを受けて,パリ条約同盟国の国名及び出願の年月日を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない,と規定している。
このように,日本国以外の同盟国に出願された第1国出願を優先権主張の基礎とするパリ条約優先権主張の手続と国内優先権の主張の手続との間には,適用条文に相違があるのであり,特許法43条に規定する前者の手続を特許法41条4項に規定する後者の手続で代用し得るものではない。
3 特許法44条4項の趣旨の解釈の誤り,について 特許法44条4項は,「第1項に規定する新たな特許出願をする場合には,もとの特許出願について提出された書面又は書類であって,新たな特許出願について・・・第41条第4項・・・の規定により提出しなければならないものは,当該新たな特許出願と同時に特許庁長官に提出されたものとみなす。」と規定している。
この規定が新設される前には,分割出願において,国内優先権の利益を享受しようとする際には,元の特許出願におけると同様に,出願と同時にその所定の手続をしなければならなかったのに対し,同規定により,上記手続をしなくても,分割出願と同時に「提出したものとみなす。」ことに変更されたのである。
改正前においては,分割による分割出願に際して,国内優先権主張の手続を改めてしなくても,その手続をしたものとみなせるような特別の規定は存在しなかったからこそ,このよう規定が新設されたのである。
当裁判所の判断
1 特許法41条2項及び44条2項の解釈の誤り,について (1) 原告らが,原告らは,昭和61年3月31日,昭和61年9月24日にした特許出願に基づく優先権を主張して,昭和62年3月30日に特許出願(特願昭62-76892号)をし,平成2年6月12日,これを分割してその一部につき新たな特許出願(特願平2-153306号)をし,さらに,平成6年3月28日,これを分割してその一部につき新たな特許出願(特願平6-56950号)をし,平成7年9月8日,さらにまた,これを分割してその一部につき新たな特許出願(本件出願)をしたものの,本件出願に当たり,特許法44条4項による国内優先権主張の手続をしなかったことは,当事者間に争いがない。
(2) 特許法41条は,いわゆる国内優先権について,1項において,「特許を受けようとする者は,次に掲げる場合を除き,その特許出願に係る発明について,その者が特許又は実用新案登録を受ける権利を有する特許出願又は実用新案登録出願であって先にされたもの(以下「先の出願」という。)の願書に最初に添付した明細書又は図面(先の出願が外国語書面出願である場合にあっては,外国語書面)に記載された発明に基づいて優先権を主張することができる。・・・」,2項において,「前項の規定による優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち,当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明についての第29条,第29条の2本文,第30条第1項から第3項まで,第39条第1項から第4項まで,第69条第2項第2号,第72条,第79条,第81条,第82条第1項,第104条・・・及び第126条第4項・・・の規定の適用については,当該特許出願は,当該先の出願の時にされたものとみなす。」,4項において,「第1項の規定による優先権を主張しようとする者は、その旨及び先の出願の表示を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない。」と,それぞれ規定している。
上記諸規定によれば,「特許を受けようとする者」は,特許法41条1項により国内優先権の主張をすることができるものの,この主張をするためには,その特許出願に伴って同条4項所定の手続をすることが必要であり,これをしなければ優先権の利益を享受することができないことが,明らかである。
一方,特許法44条は,分割出願につき,1項において,「特許出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と,2項において,「前項の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす。ただし、新たな特許出願が第29条の2に規定する他の特許出願又は実用新案法第3条の2に規定する特許出願に該当する場合におけるこれらの規定の適用並びに第30条第4項第36条の2第2項第41条第4項及び第43条第1項(前条第3項において準用する場合を含む。)の規定の適用については、この限りでない。」と規定している。
分割出願は,特許法44条1項の,「特許出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」との規定に基づいてなされるものである以上,元の特許出願とは別個の,それ自体独立した特許出願であると解すべきであるから,元の特許出願における手続の効果がこれに当然に承継されるということはあり得ないというべきである。そして,同条2項は,分割出願について本文で,「もとの特許出願の時にしたものとみなす」との遡及効を定めつつ,さらに,ただし書きによって,同法41条4項国内優先権主張の手続に関しては,分割出願は,「もとの特許出願の時にしたものとみなす」ものとされないことを明らかにしているのである。
以上によれば,分割出願について国内優先権の主張をしようとする者は,特許出願をしたのみでは,元の特許出願に伴う国内優先権主張の効果を享受することはできず,改めて,同法41条4項所定の国内優先権主張の手続をとるほかないことが明らかである。
(3) 原告らは,国内優先権の利益を定めた特許法41条2項は,優先権主張を伴う特許出願に係る発明のうち,優先権主張の基礎とされた先の出願に記載された発明に関して,同法29条の2,39条1項等の適用については,優先権主張を伴う特許出願は当該先の出願の時にされたものとみなす,と規定している,言い換えると,適法な手続の下に優先権主張を伴ってなされた特許出願は,同法29条の2所定の先願権等については,先の出願の時に遡及すると規定しているのである,一方,分割出願の効果を定めた特許法44条2項は,分割出願は,元の特許出願の時にしたものとみなすと規定し,適法な手続の下にされた分割出願は,元の特許出願の時に遡及すると規定している,それぞれ上記のような内容を有する特許法41条2項及び44条2項の両規定の下では,適法な手続の下に分割出願がなされると,その分割出願は,元の特許出願の時に遡及し,元の特許出願について適法な手続の下に優先権主張がなされていれば,分割出願は,さらに,優先権主張の根拠とされた先の出願の時に遡及することになる,と主張する。
分割出願の効果を定めた特許法44条2項本文が,分割出願は,元の特許出願の時にしたものとみなすと規定し,適法な手続の下にされた分割出願は,元の特許出願の時に遡及すると規定していることは,原告らが主張するとおりである。しかしながら,前述したとおり,特許法が,ほかならぬその44条2項のただし書きにおいて,「ただし、・・・第41条第4項・・・の規定の適用については、この限りでない。」と規定して,優先権主張のために必要な手続を定めた規定の適用については,同法44条2項本文のみなし規定が適用されないことを明文で定めている以上,分割出願をするに当たっては,同法41条4項国内優先権主張の手続に関して,改めて同法41条4項所定の国内優先権主張の手続をとらない限り,優先権主張の効果を享受できないことが明らかである。
原告らの主張は,特許法の明文の規定を無視するものであり,前提において既に誤っているという以外にない。
(4) 原告らは,特許法44条は,元の特許出願の出願人が,元の特許出願の一部について分割出願をする場合,同法41条4項所定の優先権主張の手続をしなければならないとは規定していない,まして,分割出願の前提となっている,元の特許出願が,同法41条4項所定の優先権主張の手続をしているときに,元の特許出願の一部についてなされる分割出願について,重ねて41条4項所定の優先権主張の手続をなすべきである,などと規定してはいない,特許法41条4項は,「第1項の規定による優先権を主張しようとする者は,その旨及び先の出願の表示を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない。」と規定しているものの,ここにいう「特許出願」が「分割出願」を包含するといっているわけではないから,本項が分割出願にも適用されるのが当然であるとすることはできない,と主張する。
しかしながら,前述したとおり,特許法44条は,2項ただし書きによって,分割出願をする場合,同法41条4項所定の優先権主張の手続をしなければならないと明文で定めているのである。
原告らの上記主張も,前提において既に誤っているという以外にないものである。
(5) 原告らは,分割出願の際に,国内優先権を主張する旨の表示がなくても,元の特許出願において,国内優先権を主張する旨の表示がしてあれば,元の特許出願に当たることによって容易に優先権主張の有無を判別することができるから,第三者に不測の損害を与える可能性は,少ないということができる,また,第三者が,元の特許出願に当たらなければならないことで,過大の不便さ,煩雑さを強いられるというものではない,と主張する。
しかしながら,第三者について原告ら主張のようにいうことが許されるならば,分割出願に際して,再度,優先権主張をするよう求めることが,出願人に過度の負担を強いることになるというわけではない,ということも許されるであろう。原告らの主張するような事情が,分割出願における優先権主張の手続についての上記解釈の正しさを左右するものとなることは,あり得ないというべきである。
(6) 原告らは,分割出願は,国内優先権主張の手続に関する限り,原出願と別個独立のものということはできない,と主張する。
しかしながら,前述したとおり,特許法44条2項ただし書きにおいて,「ただし、・・・第41条第4項・・・の規定の適用については、この限りでない。」と規定して,同法44条2項本文の例外規定としているのであるから,特許法が,国内優先権主張の手続に関し,元の出願と分割出願とを別個独立のものとして取り扱っていることが明らかである。この規定を無視して,国内優先権主張の手続に関し,分割出願と元の出願とが別個独立したものではない,ということができないことは,論ずるまでもないところである。
2 パリ条約4条G(2)の適用の看過,について 原告らは,特許法26条は,「特許に関し条約に別段の定があるときは,その規定による。」と規定しており,この規定によって,「特許出願人は,その分割された各出願の日付としてもとの出願の日付を用い,優先権の利益があるときは,これを保有する。」とのパリ条約4条G(2)の分割出願についての規定は,日本の特許法の一部を構成するものとなっている,したがって,分割出願については,改めて手続をしなくても,優先権の利益を受けられる,と主張する。
工業所有権の保護に関する千八百八十三年三月二十日のパリ条約(以下「パリ条約」という。)4条G(2)は,「特許出願人は,また,自己の発意により,特許出願を分割することができる。この場合においても,特許出願人は,その分割された各出願の日付としてもとの出願の日付を用い,優先権の利益があるときは,これを保有する。各同盟国は,その分割を認める場合の条件を定めることができる。」と規定しており,上記規定によれば,特許出願人は,分割出願について,元の特許出願のときに遡及し得る利益を保有するとされているものの,そのような優先権を伴う分割出願を認める条件については,同盟国の立法にゆだねられていることが明らかである。
このように,特許法26条が,「特許に関し条約に別段の定があるときは,その規定による。」と規定しているとしても,そもそも,パリ条約4条G(2)から,分割出願については,改めて手続をしなくても,当然に優先権の利益を受けられるとの解釈を導き出すことはできず,優先権を伴う分割を認めるための条件をどのようなものとするかは,各国の国内法にゆだねられているのである。原告らの主張は,採用できない。
3 特許法44条4項の趣旨の解釈の誤り,について 原告らは,新設された現行特許法44条4項は,元の特許出願について提出された国内優先権主張のための書類等は,分割出願と同時に提出されたものとみなすと規定している,しかし,上記改正においては,分割出願について,優先権主張をする旨及び必要な表示を明示する等の手続をしなくてもよい旨の規定が追加されたのみであり,上記規定を実効あらしめるための何らの法的措置もとられなかった,したがって,上記規定は,従前の制度を確認し,明確にしたにすぎないものというべきである,と主張する。
原告らの「上記規定を実効あらしめるための何らの法的措置もとられなかった」との主張が何を意味しているのか,必ずしも明らかではない。
しかしながら,現行特許法44条4項を規定することによって,平成12年1月1日以降にされた分割出願については,結果として,改めて特許法41条4項の定める手続をしなくてもよいとされることになったのであり,その意味で,同規定が実効あるものであることは,明らかである。また,同規定が,分割出願の形で行われる特許出願に当たって特許法41条所定の優先権主張をするためには,改めて同条4項の規定する手続をとらなければならないことを前提として設けられたものであることは,その文言自体で明らかである。原告らの主張は,採用できない。
4 結論 以上によれば,原告ら主張の取消事由は,いずれも理由がないことが明らかであり,その他本件決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告らの本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 宍戸充