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関連審決 審判1998-7293
関連ワード 新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  技術常識 /  抵触 /  援用権(援用) /  均等 /  実施 /  交換 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 162号 審決取消請求事件
原告 株式会社ヒラカワガイダム
訴訟代理人弁理士 本田紘一
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 粟津憲一
同 澤井智毅
同 大槻清壽
同 大野克人
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/03/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年審判第7293号事件について平成13年3月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和63年9月10日、名称を「立ボイラ」とする発明につき特許出願をした(特願昭63-227183号)が、平成10年4月21日に拒絶査定を受けたので、同年5月15日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第7293号事件として審理した上、平成13年3月7日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月28日原告に送達された。
2 平成10年6月8日付け及び平成12年8月1日付け各手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載された発明の要旨 【請求項1】上下に閉塞した立円筒状外罐内に上下に一部開口した立円筒状内罐を挿架し、該立円筒状内罐内燃焼室の燃焼火炎を含む全空間に複数の収熱水管を配設するか又は立ボイラのバーナ近傍の該収熱水管の一部分のみを省いて前記立円筒状内罐内燃焼室に燃焼火炎中を含んで複数の収熱水管を設けたことを特徴とする立ボイラ。
【請求項2】円筒状内罐には収熱水管内挿型燃焼室と下流側水管とを画成するための水管を1列又は複数列設けた請求項1記載の立ボイラ。
(以下、請求項1、2記載の各発明を、それぞれ「本願発明1」、「本願発明2」といい、これらを総称して「本願発明」という。) 3 審決の理由 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本願発明1、2は、いずれも特開昭62-242703号公報(審判甲第1号証、本訴甲第3号証、以下「引用例1」という。)及び実公昭39-1002号公報(審判甲第2号証、本訴甲第4号証、以下「引用例2」という。)記載の各発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決の理由中、引用例1、2の記載事項をそのまま摘記した部分の認定(審決謄本2頁3行目〜3頁3行目)、本願発明1と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定(同3頁6行目〜14行目)は認める。
審決は、引用例2記載の発明の認定を誤った結果、本願発明と引用例1記載の発明との相違点についての判断を誤った(取消事由)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は、本願発明1と引用例1記載の発明との相違点として、「本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(注、本願発明1)が、立ボイラのバーナ近傍の該収熱水管・・・を設けた構成であるのに対し、前記甲第1号証の刊行物(注、
引用例1)に記載のものは、燃焼室には収熱水管が設けられていない点」(審決謄本3頁10行目〜13行目)を認定した上、当該相違点についての判断中で、引用例2記載の発明は、「バーナー近傍の一部分を除いて火焔中に蒸発管群が設けられている」(同3頁27行目〜28行目)、「甲第2号証の刊行物において、『蒸発管群』の設置されいる(注、「設置されている」の誤記と認める。)『火焔』を含む全空間である囲繞された領域は、『燃焼室』と言うことができる」(同4頁2行目〜3行目)と認定するが、以下のとおり、誤りであり、この認定を前提として、
本願発明1は引用例1、2記載の各発明に基づいて容易に発明をすることができたとの誤った判断に至ったものである。
なお、審決は、本願発明2についても、引用例1記載の発明との相違点として、本願発明1に関する上記相違点と同一の点を認定した上、「この相違点については、同じく[請求項1について]の項において、既に述べたとおりである」(審決謄本4頁29行目〜30行目)とするから、本願発明2についても、本願発明1に関する判断と同じ誤りがあるというべきである。
(2) 引用例2(甲第4号証)には、「バーナーから噴射される火焔の中心が蒸発管群の前列中央部に当り・・・火焔を両側後部の蒸発管に向って分流せしめ」る(1頁左欄本文7行目〜11行目)、「前列蒸発管の中央部を過熱する火焔を左右に分流して後列蒸発管A1に当て」る(1頁右欄8行目〜10行目)との記載があること自体は、審決の指摘するとおりであり、また、火炎が学術的な意味としては、燃焼中で光を発する部分を意味する用語であり、本来、燃焼ガス又は燃焼排ガスと区別されるものであることは確かである。
しかしながら、以下に述べるとおり、引用例2の「火焔」は、上記の本来的な意味の火炎ではなく、「燃焼ガス」を含む意味で用いられていると解される。
ア ボイラの技術常識及び技術水準 従来、ボイラにおいて、燃焼室内に伝熱面である水管を配置することは、伝熱面が高負荷となり、最終的には水管が破損すると考えられていたために禁止されていた。すなわち、昭和29年6月20日燃料及燃燒社発行の「燃料の節約と汽罐の保全」(甲第6号証)には、「(4)焔が傳熱面にふれない内に燃焼を完了させること」(260頁本文11行目)、「(5)焔を汽罐受熱面や炉壁面に直接ふきつけてはならぬ。焔を汽罐受熱面や炉壁に強くふきつけたならば、罐板又は水管を過熱し、或は炉壁を熔損或はコークス性物を附着し、延いては罐効率が低下し、煤を生成することにもなるだろう」(261頁本文1行目〜4行目)と記載が、昭和30年11月15日産業図書株式会社発行の「汽罐取扱いの実際」(甲第7号証)には、「最も近い蒸発管(水管)とは、火炎の先端が衝突することを避けるためなるべく離し、少なくとも1500oの距離をおく」(60頁14行目〜15行目)との記載があるほか、平成12年3月株式会社弘文社発行の「よくわかる!2級ボイラー技士試験」(甲第8号証)及び同月31日社団法人日本ボイラ協会発行、労働省安全衛生部安全課監修の「二級ボイラー技士教本(初版第4刷)」(甲第9号証)にも同様の記載があり、火炎中に水管を配置しないことは、
本件特許出願の前後を通じて、一貫してボイラの技術常識とされてきたところであり、引用例2記載の発明も、その例外ではない。
したがって、引用例2の発行された昭和37年当時のボイラの設計理論は、上記甲第6〜第9号証に示されるように、燃焼が完全に完結する「燃焼室」が水管前に設けられているものであって、「火焔」がそのまま蒸発管に入ることは、
当業者の常識として到底考えられないところである。
しかも、引用例2記載の発明は、重油を燃やすバーナを用いたボイラであるところ、重油を燃やした火炎が、燃焼室で燃焼を完結しないまま蒸発管に入ったとすると、火焔中に含まれる液状の油が蒸発管にそのまま付着してしまい、ボイラが運転不能となることは当業者にとって自明である(石谷清幹作成の「宣誓供述書」と題する意見書〔甲第12号証〕参照)。
イ 「火炎」と「燃焼ガス」が混用される事情 燃焼現象は、「燃焼火炎」の部分と燃焼が完結した「燃焼ガス」とに物理的に分けられ、本来両者を区別すべきであるが、上記のような従来のボイラーの設計理論では、燃焼が完結する燃焼室と燃焼完結後の燃焼ガスにより加熱される水管部とに区分けされており、「燃焼ガス」だけを加熱に利用していたため、両者を区別することなくあいまいにそれらの用語を使っても、当業者間においては、その技術的意味が十分に理解されてきた。そのような事情から「火炎」と「燃焼ガス」とが混用される傾向があり、例えば、特開昭60-205105号公報(甲第5号証)には、第1図の実施例に関し、「平面火炎バーナ(2)から発した火炎は・・・ボイラ前方よりの戻り煙室(4)へ入り・・・後煙室(6)へ出る」(2頁左上欄19行目〜右上欄3行目)との記載があるが、ここでいう「火炎」が「燃焼ガス」の意味であることは明らかである。また、実願昭55-34073号(実開昭56-136904号)のマイクロフィルム(甲第13号証)には、「バーナ8の燃焼によって生じた高温の燃焼ガスは・・・排出される」(4頁5〜10行)と記載があるところ、これは「燃焼火炎が生じその燃焼完結後に生じた燃焼ガスが水管に入り」と記載すべきところを、当然のこととして簡略化して記載したものであるし、特公昭46-6442号公報(甲第14号証)には、「小円筒を・・・多数点在配置して燃焼ガス火炎と直接触れ合うようにし・・・ふく射伝熱面積の増加によって燃焼ガス温度を有効かつ安全に低下させる」(1欄本文20行目〜22行目)との記載があるところ、「ふく射伝熱」とは、水管が火炎内に入ることやこれと接触することを意味するものではないから、当業者であれば、火炎が水管内に入っているとは理解しないものである。
ウ 乙第19、第20号証について 被告は、米国特許第2841124号明細書(乙第19号証)及び特開昭62-84258号公報(乙第20号証)の記載を根拠として、火炎がそのまま蒸発管に入ることは、本件特許出願前における当業者の常識に何ら反しない旨主張する。しかし、本願発明1の「収熱水管の一部分のみを省いて前記立円筒状内罐内燃焼室に燃焼火炎中を含んで複数の収熱水管を設けた」との構成は、「燃焼室の燃焼火炎を含む全空間に複数の収熱水管を配設する」もののうち、「収熱水管の一部分のみを省い」たものであるから、「燃焼室の燃焼火炎を含む全空間に複数の収熱水管を配設する」場合と同様に、燃焼作用と収熱作用の二つの作用を行わせるものである。ところが、上記乙第19、第20号証には、燃焼室の記載もなく、本願発明とは作用効果が相違するのであって、被告の主張を基礎付けるものとはいえない。むしろ、乙第19、第20号証も、上記イで引用した刊行物と同様、火炎と燃焼ガスの用語を混用した例と見るべきである。
被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 「火炎」とは、可燃性物質が空気などの酸化剤と化学反応を起こし、燃焼中のものであること、高温となって光を発するものであることという二つの条件を満たすものである。他方、「燃焼ガス」とは、一般には、燃焼したときに生ずる燃焼生成物を含む気体であって、燃焼排ガスまたは廃ガスとも呼ばれるものであるが、まれには燃焼中のガス、したがって特に高温となって光を発するものであれば、「火炎」の中に含まれる気体をも場合によっては含む概念である。このように、「燃焼ガス」の概念についてあいまいさがあるとしても、「火炎」の概念自体は明確である。
引用例2(甲第4号証)の記載に照らしても、その記載の発明は、「本考案の三角柱型支柱兼用火焔分流蒸発管A2を第2図平面図のように設置し前列蒸発管の中央部を過熱する火焔を左右に分流して後列蒸発管A1に当て加熱度を上昇し蒸発管群A1の加熱を平等にせんとする」(1頁右欄7行目〜11行目)ことによって、「過熱部蒸発管の焼損を防」ぐ(同欄13行目)とともに、三角柱型支柱兼用火焔分流蒸発管A2自体は、「他の蒸発管A 1より材質を強靱にし容積を大きくして焼損を防」ぐ(同欄14行目〜15行目)ものであって、すなわち、火焔が蒸発管に当たって蒸発管が焼損するという問題を解決したものと理解すべきものである。
そもそも、引用例2には、「燃焼ガス」などというあいまいな用語は使用されていない上、引用例2記載の「火焔」が温度の低い「燃焼を完了した燃焼ガス」であれば、上記のように蒸発管の焼損を防ぐ必要性はない。さらに、引用例2(甲第4号証)には、「バーナから噴射される火焔の中心が蒸発管群の前列中央部に当たり」(1頁左欄本文7行目〜9行目)、「火焔の中心部の加熱度が最も高くこの部分の蒸発管が過熱状態となり」(同頁右欄2行目〜3行目)との記載があるところ、ここでの「火焔」が「燃焼を完了した燃焼ガス」だとすると、上記の記載は、燃焼ガスには「中心(部)」なるものが存在し、その温度が最も高いという意味不明なものとなってしまう。
したがって、引用例2記載の発明は、「バーナー近傍の一部分を除いて火焔中に蒸発管群が設けられている」(審決謄本3頁27行目〜28行目)、「甲第2号証の刊行物において、『蒸発管群』の設置されいる『火焔』を含む全空間である囲繞された領域は、『燃焼室』と言うことができる」(同4頁2行目〜3行目)とする審決の認定に誤りはない。
(2) 原告は、ボイラにおいて、燃焼室内に水管を配置することが禁止されていた旨主張し、その根拠として甲第6〜第9号証を援用するが、これら甲号各証には、燃焼室内に水管を配置することが法令等により禁止されていたことを示す記載はなく、単に、使用バーナの特性に適合しない形状の燃焼室においては、火炎が放射伝熱面等を直射し、これらを損傷したり、不完全燃焼を起こすおそれのあることを指摘しているにすぎない。
また、昭和33年発行の米国特許第2841124号明細書(乙第19号証)には、「温水ボイラ部分に冷水が入っても亀裂を生じず、放射状の炎に直接接触させる・・・管を持つこじんまりした小型重畳水平部ガス燃焼ボイラ」(訳文本文20行目〜25行目)との記載が、特開昭62-84258号公報(乙第20号証)には、「第一の伝熱管群は、燃焼手段に最も近接して、例えば燃焼手段によって形成される火炎中・・・に配置される」(2頁右上欄15行目〜17行目)との記載があり、これらの記載によれば、本件特許出願前に、火炎をボイラの水管に直接接触させる技術が複数公開されているといえるから、火炎がそのまま蒸発管に入ることは、当業者の常識に何ら反するものとはいえない。
(3) 原告は、甲第5、第13、第14号証を援用して、「火炎」と「燃焼ガス」の用語が混用されている旨主張するが、甲第5号証は原告(当時の商号・株式会社平川鉄工所)の特許出願に係る公開公報であって、「火炎」と「燃焼ガス」をあいまいに用いていたのは原告自身にほかならない。また、甲第13号証に記載の「燃焼ガス」は、バーナ8の燃焼によって生ずるという事実を述べただけのものであり、甲第14号証には「燃焼ガス」、「火炎」及び「燃焼ガス火炎」の各語句が、場合に応じて使い分けられているものであって、いずれも原告の主張を裏付けるものとはいえない。
(4) 原告は、引用例2記載の発明において、重油を燃やした火炎がそのまま蒸発管に入った場合、ボイラが運転不能となる旨主張するが、甲第12号証の意見書がその根拠とする点は、いずれも失当である。すなわち、同号証において、燃料消費量の増加をいう点は、ボイラの運転を不可能にするような問題ではないし、排気ガスや煤塵による環境障害をいう点についても、既存の対処技術をもってすれば、
それがボイラを運転を不能にするほどのものでないことは明らかである。これらの対処技術は、例えば、昭和57年3月15日燃料及燃焼社発行の「ボイラの燃料・燃焼工学入門-燃焼編-」(乙第15号証)、特開昭53-78975号公報(乙第16号証)、特公昭46-11210号公報(乙第17号証)に紹介されている。
当裁判所の判断
1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は、引用例2の「火焔」は、「燃焼ガス」を含む意味で用いられている旨主張するので、まず、「火炎(火焔)」及び「燃焼ガス」の一般的な意味について検討する。
昭和62年7月15日財団法人日本規格協会発行の「JIS用語辞典 機械編第2版」(乙第11号証)によれば、JIS用語上、番号22001「炎」の意味は「燃焼により高温になって発光しているガス状の部分」とされ、「参考」欄の「今までに使用していた用語」として「火炎」を挙げていること、番号24002の「燃焼ガス」の意味は「燃焼したときに生じる、燃焼生成物を含む気体」とされていることが認められる。そうすると、「火炎」の本来的な意味としては、上記JIS用語にあるとおり、「燃焼により高温になって発光しているガス状の部分」をいうと認めるのが相当であり、原告も一般論としてこれを争うものではない(以下、この意味での「火炎」を、特に「燃焼火炎」ということがある。)。
これに対し、特開昭60-205105号公報(甲第5号証)には、「第2図は本発明の他の一実施例で燃焼室(3)に面して、平面バーナ(2)を垂直に配設し、奥行きの浅い燃焼室(3)において完全燃焼せしめ、バーナ火炎はすぐにそのまま直線方向に進み、水管(5a)、(5b)と熱交換した後煙室(6)から排出される」(2頁右上欄5行目〜10行目)との記載があるところ、ここでの「火炎」は、燃焼室(3)で「完全燃焼」した後に、更に水管部に進み、後煙室(6)から排出されるとされており、当該「火炎」が「燃焼ガス」を含む意味で用いられていることは明らかである。同号証は、原告の出願に係る公開公報であるが、ボイラの製造販売を業とする原告において、本件出願の4年以上前に、上記のような用語を明細書上で用いていたことからすると、ボイラの設計に関する限られた技術分野に関する限り、当業者において、「火炎」を「燃焼ガス」を含む意味に用いる場合も、例外的には存在したと認めるのが相当である。
(2) 以上の認定を踏まえて、引用例2の記載を見るに、引用例2(甲第4号証)に、「本考案の三角柱型支柱兼用火焔分流蒸発管は貫流型重油汽罐の蒸発管を加熱するバーナーから噴射される火焔の中心が蒸発管群の前列中央部に当りこの位置に配置された蒸発管の過熱による歪みを阻止する支柱となりかつ火焔を両側後部の蒸発管に向って分流せしめ蒸発管の加熱を平等に近くして熱効率を向上することを目的とするものである。本考案の実施例を図面に基づいて説明する。第1図は正面図の貫流型重油汽罐の蒸発管群A1の前列中央に下部を給水框Wに上部を蒸気集合框Sに連結する三角柱型支柱兼用火焔分流蒸発管A2を設置した構成を要旨とする」(1頁左欄本文6行目〜18行目)、「本考案の三角柱型支柱兼用火焔分流蒸発管A2を第2図平面図のように設置し前列蒸発管の中央部を過熱する火焔を左右に分流して後列蒸発管A1に当て加熱度を上昇し蒸発管群A 1の加熱を平等にせんとする」(同頁右欄7行目〜11行目)との審決が摘記した記載があることは当事者間に争いがない。
そうすると、引用例2において、「火焔」が、本願発明の「収熱水管」に相当する「蒸発管」に当たる構成が明示されていることは明らかであるところ、ここでいう「火焔」が、常用漢字による「火炎」と異なる意味内容を含意すると解すべき事情はないから、上記(1)の「火炎」の概念がそのまま妥当するというべきである。そうすると、引用例2の「火焔」は、原則として、燃焼火炎の意味に解するのが相当であるが、当業者において例外的に用いられるように、「燃焼ガス」を含む意味で使用されている可能性も否定することはできない。
(3) そこで、進んで、引用例2が、「火焔」を「燃焼ガス」を含む意味で用いる例外的な場合に当たるかどうかを検討する。なお、この判断に当たっては、刊行物2に係る実用新案登録出願が現実にされた昭和37年当時の技術水準等を基準とすべきである。
ア 昭和29年6月20日燃料及燃燒社発行の「燃料の節約と汽罐の保全」(甲第6号証)には、「(4)焔が傳熱面にふれない内に燃焼を完了させること」(260頁本文11行目)、「(5)焔を汽罐受熱面や炉壁面に直接ふきつけてはならぬ。焔を汽罐受熱面や炉壁に強くふきつけたならば、罐板又は水管を過熱し、
或は炉壁を熔損或はコークス性物を附着し、延いては罐効率が低下し、煤を生成することにもなるだろう」(261頁本文1行目〜4行目)と記載が、昭和30年11月15日産業図書株式会社発行の「汽罐取扱いの実際」(甲第7号証)には、
「最も近い蒸発管(水管)とは、火炎の先端が衝突することを避けるためなるべく離し、少なくとも1500oの距離をおく」(60頁14行目〜15行目)との記載が、平成12年3月株式会社弘文社第7版発行の「よくわかる!2級ボイラー技士試験」(甲第8号証)及び同月31日社団法人日本ボイラ協会発行、労働省安全衛生部安全課監修の「二級ボイラー技士教本(初版第4刷)」(甲第9号証)には、いずれも同文で、「使用バーナの特性に適合しない形状の燃焼室においては、
火炎が放射伝熱面あるいは炉壁を直射し、これらを焼損したり、不完全燃焼を起こしたりする」(甲第8号証255頁19行目〜21行目、甲第9号証273頁7行目〜10行目)との記載がそれぞれ認められる。なお、これら記載中の「焔」及び「火炎」が、燃焼火炎の意味で用いられていることは明らかである。
そして、上記甲第6〜第9号証が、いずれもボイラの一般的かつ基本的な構成を教示するという性質の文献であることを併せ考えると、引用例2に係る実用新案登録出願当時である昭和37年以前から、本件出願後である平成12年ころに至るまで、一貫して、収熱水管(蒸発管)を燃焼火炎中に設けないことが、ボイラの設計に関する技術常識とされていたと認めることができる。
イ この点について、被告は、乙第19、第20号証に基づいて、燃焼火炎がそのまま蒸発管に入ることは当業者の常識に反するものでない旨主張する。
確かに、1958年(昭和33年)発行の米国特許2841124号明細書(乙第19号証)には、「温水ボイラ部分に冷水が入っても亀裂を生じず、放射状の炎に直接接触させる」(訳文本文20行目〜21行目)との記載が、特開昭62-84258号公報(乙第20号証)には、「第一の伝熱管群は、燃焼手段に最も近接して、例えば燃焼手段によって形成される火炎中・・・に配置される」(2頁右上欄15行目〜17行目)との記載が、それぞれ認められ、これらの記載中の「炎」及び「火炎」が、燃焼火炎の意味で用いられていることは明らかである。
しかし、上記乙第19号証は、「本発明は、小型ガス燃焼ボイラに関する。本発明は、この特定の具体的な応用分野である小型家庭用ボイラへの応用について特に説明がなされるが・・・大型ボイラ、あるいは工業用ボイラにも応用されるということを理解されたい」(訳文本文1行目〜5行目)との記載にあるように、基本的には小型ガス燃焼ボイラを対象とするものであって、大型ないし工業用ボイラへの適用については言及されているものの、ガス以外の燃料を用いるボイラを対象とするものとは認められない。他方、引用例2記載の発明が、「貫流型重油汽罐」、すなわち燃料に重油を用いたボイラを前提とするものであることは、考案の名称、実用新案登録請求の範囲の記載及び考案の詳細な説明のいずれにおいても明らかであるから、乙第19号証は、引用例2に記載された「火焔」の意味を解釈する場合の資料として適切とはいえない(なお、重油を用いたボイラの特殊性については、後記エにおいて再説する。)。
また、上記乙第20号証には、「従来、湯沸し器、風呂釜、温水ボイラなどの流体加熱装置においては、バーナ等の燃焼手段を有し、燃焼室にて燃料を燃焼させた後、燃焼ガスを伝熱管群に導き、伝熱管群の内部を流れる水等の流体を加熱するようになっていた」(1頁右下欄8行目〜12行目)との記載があるところ、この記載に示された従来技術の内容は、上記アで認定したとおりの、収熱水管を燃焼火炎中に設けないというボイラの設計に関する技術常識にむしろ符合するものである。そうすると、本願発明の新規性又は進歩性を否定するための公知刊行物として引用するのであればともかく、同号証のみから、収熱水管を燃焼火炎中に設ける構成が周知ないし慣用の手段となっていたことを認めるには足りず、したがって、上記アの認定を左右するものとはいえない。
ウ そうすると、引用例2の「火焔」の意味を考えるに当たっては、上記アに述べたとおり、収熱水管を燃焼火炎中に設けないというボイラの設計に関する技術常識の存在を前提として検討する必要があるというべきところ、引用例2(甲第4号証)には、従来技術に関する記載として、「従来の貫流型重油汽罐においてバーナーが噴射する火焔は・・・蒸発管群A1を加熱するが火焔の中心部の加熱度が最も高くこの部分の蒸発管は過熱状態となり左右両側に向って加熱度がやや低下し後列の左右両側の蒸発管群A1は奥部に向って加熱度が漸次低下し蒸発管群の加熱を不均等にする」(1頁左欄末行〜右欄6行目)との記載があり、これによれば、従来例においてさえ、蒸発管を「火焔」中に配し、前列のみならず後列の蒸発管を「火焔」によって加熱することが開示されている。しかし、この「火焔」を、燃焼火炎の意味に解したとすると、引用例2の実用新案登録請求の範囲に記載された発明だけでなく、従来の貫流型重油汽罐までもが、ボイラの前記技術常識に反する構成を採用していたこととなり、このような解釈は、にわかには採用し難いものといわなければならない。なお、引用例2という同一の刊行物の解釈に当たって、従来例に関して用いられている用語を、その余の記載部分における用語と別異の意味内容に解すべき理由がないことは当然である。
エ 以上の点に加え、ボイラ等に関する多数の著書のある大阪大学名誉教授石谷清幹作成の「宣誓供述書」と題する意見書(甲第12号証)中には、「一般に重油バーナでは、霧化された重油が空気流に載せられて燃焼室中に送入され、火焔が形成される。したがってバーナ直後の火焔は多量の微細油滴を含有し、これが火焔中で燃焼し、燃焼室内の終端に到って燃え尽きる。・・・仮に燃焼中の火焔が燃焼室内で燃焼を(「燃焼と」とあるのは誤記と認める。)完結せず、蒸発管を直撃すると仮定すると、蒸発管の管壁には火焔中の油滴が吹きつけられて付着し、その油滴は管壁によって急冷されるので燃焼を継続できず、不完全燃焼状態におちいり、次の4種の障害をもたらす。1 燃料消費量増加による運転不能 2 当該ボイラにおける安全上の諸障害 3 煙突から排出される排気ガスと煤塵による環境障害 4 ボイラ、集塵装置、煙路、煙突に付着して滞留する煤塵を掃除して得られる廃棄物による環境障害」(1頁21行目〜2頁5行目)との記載があり、ここでいう重油バーナを用いたボイラの燃焼過程に関する技術事項は、昭和57年3月15日燃料及燃焼社発行の「ボイラの燃料・燃焼工学入門-燃焼編-」(乙第15号証)の「重油が噴霧燃焼するにはまず噴霧(霧化)され、つぎにこれがガス化されて空気と混合接触しいわゆる燃焼範囲にある混合気となり燃焼する」(149頁14行目〜16行目)との記載とも合致するものであって、その記載内容の合理性が認められるものである。
そうすると、引用例2記載の発明のような重油バーナを用いたボイラにおいて、燃焼火炎中に蒸発管を置くということは、必然的に、重油の微細油滴中に収熱管を置くことを意味するから、燃焼させるために噴霧(霧化)した重油をわざわざ収熱管に付着させ、その燃焼を阻害するばかりでなく、様々な障害を生じさせる結果となるといわざるを得ず、このような構成のボイラは、その実施が不可能とはいえないまでも、技術常識に照らして余りに不合理といわざるを得ない。このような観点から考えても、引用例2の「火焔」が、燃焼ガスを含む意味で用いられていることが強く推認されるというべきである。
なお、被告は、上記のような障害は、既存の対処技術をもってすれば、
ボイラの運転を不能にするほどのものではない旨主張するが、対処が不可能ではないとしても、引用例2記載の発明の上記のような理解が不合理であることに変わりはないし、被告が対処技術の例として挙げる乙第15〜第17号証は、引用例2に係る実用新案登録出願後に発行されたものであって、その用語の意味を確定する場合に参考とし得るものではない。
オ 以上のほか、被告は、引用例2に「燃焼ガス」の用語が用いられていないこと、温度の低い「燃焼を完了した燃焼ガス」であれば、そもそも蒸発管の焼損を防ぐ必要性はないこと、「燃焼を完了した燃焼ガス」に温度の高い「中心(部)」というものが存在することとなり、意味不明となることを理由として、引用例2記載の「火焔」は燃焼火炎である旨主張する。しかし、仮に、引用例2中に「燃焼ガス」の用語が併用されていたとすれば、「火焔」と「燃焼ガス」とを区別して使用していたことを推認させる事情となり得ると解されるが、逆に、「燃焼ガス」の用語が全く用いられていないこと自体、燃焼火炎と燃焼ガスの混用を疑わせるものというべきである。また、燃焼ガスであっても、燃焼によって生ずる以上、
燃焼火炎に近い位置と遠い位置があり、中心(部)というべき部分が存在することは明らかであるし、ボイラの技術常識においては、燃焼ガスによって蒸発管の加熱を行うのであるから、燃焼直後の燃焼ガスは十分高温であって、蒸発管を過熱状態にし得るものであることも明らかである。被告の上記主張はいずれも失当といわなければならない。
カ 以上の認定判断に、前掲甲第12号証の「ボイラの歴史上百年来火炎は必ず燃焼室内でその燃焼を完結するので、例え、火炎だけで説明しても、専門家には、その意味が理解できた」(3頁4行目〜5行目)との記載を総合すると、引用例2の「火焔」は、原告の主張するとおり、燃焼火炎と燃焼ガスの混用に係るものと見るべきものであって、少なくとも、「火焔」が蒸発管に当たるとの記載部分については、燃焼ガスの意味で「火焔」との用語を用いていると考えるほかないというべきである。そして、引用例2の全記載及び図面の図示を総合しても、この解釈と矛盾抵触するところはない。
(4) 審決が、本願発明1、2は、いずれも引用例1、2記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした判断は、引用例2の「火焔」を燃焼火炎の意味に解した上、引用例2記載の発明が「バーナ近傍の一部分を除いて火焔中に蒸発管群が設けられている」(審決謄本3頁27行目〜28行目)構成を有することを前提とするものであることは明らかである。そうすると、その前提において誤りがある審決は、ひいて相違点についての判断を誤ったものといわなければならない。
2 以上のとおり、原告主張の取消事由は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利