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関連審決 審判1996-915
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術常識 /  優先権 /  分割出願 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  構成要件 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 180号 審決取消請求事件
原告 フォセコ,インターナショナル,リミテッド
訴訟代理人弁理士酒井正美
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 影山秀一
同 中村朝幸
同 大橋良三
同 大野克人
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/03/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成8年審判第915号事件について平成11年12月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,1988年(昭和63年)1月30日及び同年7月30日にイギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して,平成元年1月24日,発明の名称を「金属鋳造用鋳型及びそれに使用するフィルター内蔵スリーブ」とする発明につき特許出願をしたが,平成7年9月26日拒絶査定を受けたので,平成8年1月23日,これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は,これを平成8年審判第915号事件として審理し,その結果,平成11年12月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,平成12年1月31日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(別紙図面(1)参照) 「1.鋳型窩(62,74,82)と,上記鋳型窩と直接に連通する湯口(63,83)と,湯口内に位置して内部にフィルター(65,72,88)が固定され且つ上部が先ほど広げられている耐火材製のスリーブ(64,71,87)とを備えている金属鋳造用鋳型であり,上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,上記スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とする,金属鋳造用鋳型。
2.鋳型が砂で作られていることを特徴とする,特許請求の範囲第1項に記載の鋳型。
3.鋳型が金型であることを特徴とする,特許請求の範囲第1項に記載の鋳型。
4.湯口(83)がスリーブ(87)を適所に保持するための突起(86)を備えていることを特徴とする,特許請求の範囲第2項又は第3項に記載の鋳型。
5.フィルター(4,15,22,36,49,65,72,88)が内部に固定され且つ上部が先ほど広げられている耐火材製のスリーブ(1,11,21,31,41,64,71,87)であって,特許請求の範囲第1-4項の何れかに記載の鋳型に使用されるべきものであり,上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とするスリーブ。
6.フィルター(4,15,22,36,49,65,72,88)が,スリーブ(1,11,21,31,41,64,71,87)の下端から少なくとも0.5cm離れたところに付設されていることを特徴とする,特許請求の範囲第5項に記載のスリーブ。
7.フィルター(4,15,22,36,49,65,72,88)が,スリーブ(1,11,21,31,41,64,71,87)の下端から少なくとも1cm離れたところに付設されていることを特徴とする,特許請求の範囲第6項に記載のスリーブ。
8.フィルター(4,15,36,72,88)が,スリーブ(1,11,31,71,87)の下端からスリーブ高さの10ないし75%だけ上方に付設されていることを特徴とする,特許請求の範囲第5-7項の何れか1つの項に記載のスリーブ。
9.スリーブが,その内面にフィルターを付設するための1個又は2個以上の棚(14,35,42)を備えていることを特徴とする,特許請求の範囲第6-8項の何れか1つの項に記載のスリーブ。
10.スリーブ(41)が,その内面上にフィルター(49)を適所に 保持するための突起(44)を1個又は2個以上備えていることを特徴とする,特許請求の範囲第5-9項の何れか1つの項に記載のスリーブ。
11.突起(44)が,スリーブ(41)の内面(45)の周囲に沿って等しい間隔をおいて並んだリブであり,リブが下端(46)から上端(47)に向かって先細となっていることを特徴とする,特許請求の範囲第10項に記載のスリーブ。
12.スリーブが,下端にブレーカーコアを固定されていることを特徴とする,特許請求の範囲第5-11項の何れか1つの項に記載のスリーブ。
13.スリーブが,ブレーカーコアと一体に作られていることを特徴とする,特許請求の範囲第5-11項の何れか1つの項に記載のスリーブ。
14.スリーブが,鋳型湯口内で適所に保持されるための突起をその外面上に備えていることを特徴とする,特許請求の範囲第5-13項の何れか1つの項に記載のスリーブ。」 (以下,請求項1ないし15に係る各発明を,それぞれ「本願発明1」,「本願発明2」などといい,全体を「本願発明」と総称することがある。) 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願発明1は,特公昭47-14631号公報(以下「引用刊行物1」という。)及び特開昭62-21458号公報(以下「引用刊行物2」という。)にそれぞれ記載された発明(以下,順に「引用発明1」,「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,というものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,T(手続の経緯・本願発明),U(引用例)を認める。V(対比)のうち,本願発明1と引用発明1とが「上記鋳型窩と直接に連通する湯口」,「フィルター」を有する点で一致するとの部分を争い,その余の一致点及び相違点に関する部分を認める。W(当審の判断),X(むすび)を争う。
審決は,原告に,意見書を提出して反論する機会を与えなかった手続上の瑕疵(取消事由1),本願発明2ないし14についての判断を怠った瑕疵(取消事由2),引用発明1の認定を誤った瑕疵(取消事由3),相違点1及び3についての判断を誤った瑕疵(取消事由4,5),本願発明の顕著な作用効果を看過した瑕疵(取消事由6)がある。これらの瑕疵は,それぞれ,審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,審決は,取り消されるべきである。
1 取消事由1(手続上の瑕疵) (1) 原告は,審査段階において,当時の請求項1に係る発明について,審査官から,引用発明1に基づいて当業者が容易に発明することができた,との拒絶理由通知を受けていた。原告は,審判段階において,上記請求項1に係る発明について,そのフィルターを「海綿状のセラミックフォーム」に限定する構成要件を追加して新たな内容の発明とした。ところが,審判官は,新たに拒絶理由通知をしないままに,上記新たな内容の発明(本願発明1)について,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明することができた,とした。原告は,引用発明2に基づく拒絶理由については,意見書及び手続補正書を提出する機会(特許法159条2項により準用される同法50条)を与えられなかったのであり,審判手続には,重大な瑕疵がある。
(2) 被告は,フィルターが「海綿状のセラミックフォーム」であるとの構成要件については,同じ構成要件を有する請求項5に係る発明において,引用刊行物1及び2を引用して,当業者が容易に発明することができたと指摘していたから,原告に対して,改めて,拒絶理由を通知し,意見書を提出する機会を与える必要はなかった,と主張する。
しかしながら,請求項1に係る発明は,形式上,請求項5に係る発明と無関係であるから,引用刊行物2が,請求項5に係る発明について引用されたからといって,請求項1に係る発明について引用されたことにはならない。
(3) 被告は,審決時の請求項1に係る発明は,拒絶理由通知時における請求項1の構成に,同時期における請求項5に係る発明の構成要件たる「海綿状のセラミックフォーム」を付加したものであり,上記請求項5に係る発明に対しては,拒絶理由通知において引用刊行物2が引用されていたから,拒絶理由通知時に,審決時の請求項1に係る発明に当たる発明には,引用刊行物2が実質的に引用されていたことになる,と主張する。しかし,この理由は成り立たない。
第一に,拒絶理由通知時の請求項1に係る発明は,「海綿状の」という構成要件を有していないものである。
第二に,引用刊行物2は,請求項5に係る発明に対して引用されたものとはいえ,同発明中の「海綿状のセラミックフォーム」という構成要件に対して,引用されたものではなかったからである。すなわち,審査官は,鋳型の「突起」に関して,「セラミックス多孔体32」を「シェル36」が支えているという構成が公知であることを示すために,引用刊行物2を引用しているにすぎない。このことは,拒絶理由通知書に,請求項4ないし12に係る発明につき,「湯口がフィルターを収容した筒体を保持するための突起を備えた鋳型が記載されている」と記載していることによって,明らかである。
2 取消事由2(本願発明2ないし14についての判断を怠った瑕疵) (1) 本願発明2ないし14の中には,審決が引用した刊行物に全く開示されていない構成が含まれているものがあり,仮に本願発明1については特許を受けることができないとしても,これらの発明については,特許を受けることができるはずである。そして,原告は,審判請求理由補充書において,本願発明1のみならず,本願発明2ないし14についても,特許されるべき理由を詳しく述べていたのである。
審決は,本願発明1について審理しているのみで,本願発明2ないし14については,全く審理をしていないから,審決には,判断を怠った瑕疵がある。
(2) 特許法は,審判請求に際して納付しなければならない手数料を別表において定めており,原告は,その別表の定めるところに従い,4万9500円(基本料金)+5500円×(請求項の数)の計算式で算出した合計手数料12万6500円を納付している。この点からみても,特許庁は,本願発明2ないし14について審理すべき義務がある,というべきである。
3 取消事由3(引用発明1の認定の誤り) (1) 審決は,本願発明1と引用発明1とを対比し,両者は, 鋳型窩と,上記鋳型窩と直接に連通する湯口と,湯口内に位置して内部にフィルターが固定されているスリーブとを備えている金属鋳造用鋳型であり,上記フィルターが上記スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とする,金属鋳造用鋳型 である点において一致し, @ 本願発明1では,フィルターが海綿状のセラミックフォームであるのに対して,引用発明1では,フィルターはガラス,シリカあるいは石綿の繊維の如きシリカ繊維で交叉した糸からなる透かし布で構成されている点(相違点1) A 本願発明1では,スリーブは耐火材製であるとしているのに対して,引用発明1では,スリーブの材質については特に規定されていない点(相違点2) B 本願発明1では,スリーブの形状を,上部が先ほど広げられている形状としているのに対して,引用発明1では,スリーブ形状は,内部隆起7a部分以外はほぼ一定径の円筒形状であって,上部が先ほど広げられたものではない点(相違点3) において相違すると認定した。
しかしながら,引用発明1は,本願発明1の「鋳型窩と直接に連通する湯口」,「フィルター」の構成を有していないから,これらの構成を有する点を一致点とした審決の認定は,明らかに誤っている。
(2) 「鋳型窩と直接に連通する湯口」 (ア) 引用刊行物1に記載されている鋳型において,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1とが直結していることは,事実である(別紙図面(2)参照)。
しかし,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1との間には,透かし布(隔壁8)が張られているだけである。このような構成の場合,貯蔵空洞2へ流し込まれた溶融金属は,そこから鋳物用空洞1へ流入するときに乱流となって空気を巻き込み,そのため,溶融金属は,酸化して不純物を含んだ鋳物となることが避けられない。このような不都合を避けるために,通常,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1との間に湯道を設け,溶融金属の流れに抵抗を与えて溶融金属が乱流を生じないようにしているのである。
引用発明1は,技術常識に反するものであるから,このようなものをもって,本願発明1にいう「鋳型窩と直接に連通する湯口」の構成が開示されているということはできない。
(イ) 湯道なしで健全な鋳物を作ることは,引用刊行物1の作成された当時には,知られていなかった。そうである以上,引用刊行物1が湯道なしで鋳造する技術を開示しているのであれば,当然,湯道を用いないことに着目したことを記載しているはずであるのに,そこにその記載はない。したがって,引用刊行物1は,従来技術どおり湯道を用いた発明を開示しているとみなければならない。
(ウ) 被告は,1939年3月14日発行の米国特許第2150510号明細書(乙第3号証)及び1969年1月1日発行の英国特許第1138749号明細書(乙第4号証)を示して,従来技術として湯道を設けない技術が存在したことを主張する。
しかしながら,上記各明細書に記載された技術においては,溶融金属が乱流を起こして酸化物を巻き込み,良質の鋳物を能率よく作ることができないはずであり,そのために,湯口と鋳物キャビティとの間に湯道を設けざるを得ないのである(別紙図面(4)及び(5)参照)。
(3) 「フィルター」 引用発明1の「隔壁8」は,本願発明の,不純物の除去を目的とした「フィルター」ではなく,単に,鋳物を複数の部分に分離することができるように分離面を形成するための切断用部材であるにすぎない。
なお,仮に,引用発明1において,隔壁8が,溶融金属のフィルターとしての機能を有するとしても,同隔壁は,上記切断用部材であることを主要な役目としているのである。したがって,引用発明1の溶融金属のフィルターとしての機能だけに着目して,他の引用発明との関係を論ずるのは失当である。
4 取消事由4(相違点1についての判断の誤り) 審決は,相違点1について,「引用例1に記載されたフィルター(隔壁)は,記載事項@,Dからみれば明らかにフィルタの機能を有するものであり,一方,スポンジの如き連続気孔を備えたセラミックフォーム,即ち,海綿状のセラミックフォームがフィルタ機能を備えることが引用例2に明らかにされているのであるから,引用例1に記載されるフィルター(隔壁)に代えて,引用例2に記載される海綿状のセラミックフォームを用いることは,当業者にとって,格別の困難性を要することとは認められない。」(審決書11頁8行〜18行)と判断した。しかし,審決の上記判断は,誤っている。
引用発明1の「隔壁8」が本願発明1の「フィルター」でないことは,前述したとおりである。しかし,仮に,引用発明1の「隔壁8」が本願発明1の「フィルター」であると認められるとしても,それは,前述したとおり,主として,鋳物を途中で切断するための切断用部材としての目的を有するものである。したがって,引用発明1の「隔壁」の代替物は,鋳物切断用部材として使用可能なものでなければならない。
一方,引用発明2のセラミック多孔体32は,引用刊行物2の第4図及び第5図に拡大して示されているように,80〜90%のような高い空孔率を持った三次元網状構造の通気性のあるスポンジ状の厚みの大きい板(その厚みは,通常10〜22mmの範囲内にある。)である。したがって,セラミック多孔体32は,鋳物内に切断面を形成することができないことは明らかである(別紙図面(3)参照)。
そうであるならば,引用発明2で用いられるセラミック多孔体は,鋳物切断用部材として役立たないから,引用発明1の「隔壁」の代替物となり得ないことは,明らかである。
引用発明1の「隔壁」の代わりに引用発明2のセラミック多孔体を使用することは,当業者の容易になし得ることではない。
5 取消事由5(相違点3についての判断の誤り) (1) 審決は,フィルターとスリーブとの一般的関係から,「本願発明において,スリーブ形状を「上部が先ほど広げられたもの」となすことは,スリーブを設置する湯口の形状に応じ,さらに,フィルターとスリーブ内面との密着性,スリーブ内へのフィルターの組込み易さに関連する前記諸要素を考慮し,当業者が適宜に定め得る設計的事項と認められる。」(審決書15頁10行〜16行)と説示している。しかし,上記説示は,根拠のない一般論であって,失当である。
(2) 引用発明1の「隔壁」は,透かし布であって柔軟なものであるから,筒体内に押し込むこと自体は容易であっても,押し込んだだけで筒体内に固定されるというものではなく,何らかの固定手段が必要となる。したがって,引用発明1において,筒体の上部を先ほど広がる形状にする必要性は,全くない。
(3) 引用刊行物2によれば,その第4図に示されているように,セラミック多孔体32は,シェル36内に固定されるものとしている。したがって,シェル36が,本願発明の「スリーブ」に対応するものである。引用発明2のシェル36は,その高さがセラミック多孔体の上面よりわずかに突出するだけであって,シェル内径の半分以下である。このように高さが内径の半分以下の低いものを「スリーブ」とはいわない。だからこそ,引用刊行物2は,これを「シェル」といって,「スリーブ」と区別しているのである。このように,引用刊行物2には「スリーブ」についての記載はないから,引用刊行物2に「スリーブ」の記載があることを前提とする審決の判断は,前提において誤っている。
6 取消事由6(顕著な作用効果の看過) (1) 本願発明1は,セラミックフォームを固定したスリーブを鋳型の湯口内に付設すると,鋳型内の湯道を省略することができる,という知見に基づいてなされたものである。より具体的にいうと,セラミックフォームを固定しているスリーブを湯口内に付設し,湯口に溶融金属を流し込むと,セラミックフォームの特異な多孔構造により酸化物等の介在物が除去され溶融金属の乱流が防がれ,溶融金属が鋳物形成用型窩内へ静かに流れ込むことになるので,鋳型内に湯道を形成する必要がなくなることが見出されたのである。
このように,湯道なしで良質の鋳物を製造できるようにした鋳型は,これまで湯道の設計に苦労してきた鋳型に比べると,製作が容易であり溶融金属が節約できるのでその効果は大きい。このような効果を併せ考えると,本願発明1は,引用発明1と引用発明2とから容易に発明できたものでないことが一層明らかとなる。
(2) 本願発明1は,セラミックフォームフィルターが三次元網状構造から成り,内部にジグザクな通路を含んでいるために,溶融金属に含まれている介在物を効率よく除去できるだけでなく,溶融金属における乱流の発生を防ぐという効果を奏するものである。また,耐火材製のスリーブは,脆いセラミックフィルターの損傷を防ぎ,セラミックフィルターの鋳型への付設を容易にするだけでなく,フィルターより上方に突出した部分が,フィルター上に溜まっ溶融金属の冷却を防ぐので,押湯を形成することができ,したがって,引け巣のない良質の鋳物を作ることができるという効果を奏するものである。本願発明1のこのような効果は,引用発明2のセラミックフォームフィルターによっては達成できない顕著な効果である。
被告の反論の要点
審決の認定判断は,すべて正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(手続上の瑕疵)について (1) 審査官は,本願出願の審査手続において,平成6年11月10日付けで,請求項1ないし3に係る発明については引用刊行物1を,請求項4ないし12に係る発明については引用刊行物1及び2を,それぞれ引用して,当該各発明が進歩性を欠いているとの拒絶理由通知をした。請求項5に係る発明は,請求項1を引用する形式で記載されるとともに,フィルターがセラミックフォームであることを構成要件としているものであり,審査官は,同構成要件について,引用刊行物2に記載された発明に存在することを拒絶理由の一つとして通知していたものである。
原告は,審判段階になって,本願明細書の補正をし,そこで補正された請求項1に係る発明は,拒絶査定された請求項1に係る発明に,フィルターが海綿状のセラミックフォームであるとした点及びスリーブ形状を上部が先ほど広げられているとした点を新たな構成として付加したものということができる。そして,フィルターが海綿状のセラミックフォームであるとした点については,審査官が,上記のとおり,既に,引用刊行物2に記載された発明に存在するとして拒絶理由の通知をしていたところである。また,スリーブ形状を上部が先ほど広げられているとした点については,当業者の設計的事項にすぎないものである。
したがって,審判官は,補正された請求項1に係る発明(本願発明1)については,実質的にみて,既に,審査段階において,引用発明1及び2に基づいて進歩性を欠くとの理由で拒絶理由通知をしているとの判断の下に,原告(請求人)に対して,改めて,拒絶理由を通知して意見書を提出する機会を与えることをしなかったのである。審判官の上記判断に誤りはない。
(2) 原告は,拒絶理由通知時の請求項1に係る発明は,「海綿状の」という構成要件を有しないのである,引用刊行物2は,請求項5に係る発明中の「海綿状のセラミックフォーム」という構成要件に対して,引用されたものではない,審査官は,拒絶査定においては,鋳型の「突起」に関して,「セラミックス多孔体32」を「シェル36」が支えているという構成が公知であることを示すために,引用刊行物2を引用しているにすぎない,このことは,拒絶理由通知書に,請求項4ないし12に係る発明につき,「湯口がフィルターを収容した筒体を保持するための突起を備えた鋳型が記載されている」と記載していることによって,明らかである,と主張する。
確かに,拒絶理由通知書及び拒絶査定には,原告主張のとおりの各記載がある。
しかし,上記各記載は,引用刊行物2に,上記摘示事項のみが記載されていると指摘しているにすぎないわけではなく,黙示的に,「海綿状のセラミックフォーム」という構成についても摘示しているのである。このことは,引用刊行物2に,フィルターが海綿状のセラミックフォームであることが明瞭に記載されていることからも,明らかである。
2 取消事由2(本願発明2ないし14についての判断を怠った瑕疵)について (1) 特許法49条1号は,「その特許出願に係る発明が・・・第29条・・・の規定により特許をすることができないものであるとき。」と規定して,特許出願を拒絶査定すべき理由を挙げ,一方で,同法121条1項は,「拒絶をすべき旨の査定を受けた者は,その査定に不服があるときは,・・・審判を請求することができる。」と規定し,また,同法157条2項4号は,審決は,「審決の結論及び理由」を記載した文書をもって行うと規定している。特許庁が,上記規定に従って審理を行うならば,原査定における拒絶の理由の適否について審理し,ある請求項に係る発明について拒絶の理由がないとしても,他の請求項に係る発明について特許法29条に該当し特許することができないため,原査定の拒絶理由が依然として解消していない場合には,当該出願に係る審判請求については,「請求は成り立たない。」との結論が下されることになるのである。その場合,審決書に記載すべき理由は,「請求は成り立たない。」との結論についての理由,すなわち,原査定が妥当であるとする理由であるから,原査定における拒絶理由が妥当であると判断された請求項に係る発明について,なにゆえに,特許法29条に該当し特許を受けることができないかという理由を示せば十分である。言い換えれば,審決書には,結論に至る判断根拠が,その理由として明確に示されていれば足りるのであって,すべての請求項に係る発明についての判断結果までをも,審決書に記載する必要はないのである。
(2) 特許法195条で,審判を請求する者が所定の手数料を納付することを別表で定めているとしても,上述したとおり,審決書には,「審決の結論及び理由」を記載することが必要とされ,本件においても,審決書には,「請求は成り立たない。」とする結論についての理由,すなわち,請求項1に係る発明が特許法29条2項の規定に該当し特許を受けることができないとの理由が明確に示されているのである。
仮に,審判官が,他の請求項に係る発明について,原査定の拒絶理由が妥当ではないとの判断をし,そのことを審決書に記載したとしても,「請求は成り立たない。」との審決の結論が覆るわけではないばかりか,請求人に,審決結果に対応すべく明細書を補正する機会が新たに生じるわけでもない。したがって,すべての請求項に係る発明についての判断結果を審決書に記載しなければならないとする理由はない。
しかも,審決書に,請求項1に係る発明についての判断結果しか示されていないとしても,このことによって,他の請求項に係る発明については判断されていない,審理されていない,ということになるものではない。
3 取消事由3(引用発明1の認定の誤り)について (1) 「鋳型窩と直接に連通する湯口」 (ア) 引用発明1は,フィルターを固定した筒体を鋳型の湯口に付設し,しかも,鋳型内の湯道が省略された技術である。
原告は,引用発明1は,技術常識に反するものであるから,このようなものをもって,本願発明1にいう「鋳型窩と直接に連通する湯口」の構成が開示されているということはできない,と主張する。
しかし,本願発明1と同様に,「鋳型窩と直接に連通する湯口」の構成を有しているのであるから,本願発明1と同様な技術であり,湯道の省略に伴う効果においても,本願発明1との間に格段の差があるということはできない。
(イ) 原告は,湯道なしで健全な鋳物を作ることは,引用刊行物1の作成された当時,知られていなかった,と主張する。
被告は,従来の鋳造技術において,多くの場合,湯道が設けられていた点について特に争うつもりはない。しかし,乙第3号証によれば,1939年3月14日発行の米国特許第2150510号明細書には,注湯カップ16が,その下端において,鋳造キャビティーの上端と直接連通しており,溶融金属は,注湯カップ16から直接鋳造キャビティー内に注湯され,湯道が設けられていない技術が記載されていることが明らかである(別紙図面(4)参照)。また,乙第4号証によれば,1969年1月1日発行の英国特許第1138749号明細書には,溶融金属が,ゲート又はフィーダー4から直接鋳型内に注湯され,湯道が設けられていない技術が記載されていることが認められるのである(別紙図面(5)参照)。
(2) 「フィルター」 引用刊行物1には,審決が摘示したとおり,「・・・レードルから落下する溶融金属の容器に貯蔵空洞が同時に役立つ場合に貯蔵空洞の底にある網目の小さい布は同時に弱い平面を作る隔壁及び押湯内に残る不純物を除くフイルタの役をなす。」,「貯蔵空洞が第1図の場合の如く同時に溶融金属の容器の役をなす時は布8はフイルターの役をなす。」との記載があり,これによれば,引用発明1の「隔壁8」は,明らかに,「フィルター」としての機能を備えていることになるのである。
引用発明1の「隔壁8」が鋳物を途中で切断するための切断用部材としての役割を有することをもって,これは「フィルター」ではない,とする原告の主張は,誤りである。
4 取消事由4(相違点1についての判断の誤り)について 引用発明1のフィルター(隔壁8)と,引用発明2の海綿状のセラミックフォームは,いずれも,溶融金属のフィルターとして同様な機能を有するから,フィルターとしての観点からみれば,引用発明1のフィルター(隔壁)を引用発明2の海綿状のセラミックフォームに置き換えることに困難性がないことは,明らかである。
5 取消事由5(相違点3についての判断の誤り)について (1) 引用発明1及び2においては,スリーブは,フィルターと密着するとともに,フィルターの組込みが容易であることが必要であるとされている。スリーブとフィルターとを密着させるためには,フィルター設置個所におけるフィルター外径とスリーブ内径差ができるだけ小さくなるように設計しなければならないことは明らかである。一方,スリーブの長さが大であり,スリーブ内を移動させてフィルターをスリーブ内の所定位置へ取り付けるようなものにあって,フィルターの組込みを容易に行なおうとする際には,フィルターを装入するためのスリーブ上端及びフィルターを移動させるための通路(移動経路)となるスリーブ内径が,フィルター外径より大であることが要求される。しかも,フィルターを設置する個所においては,前記のとおり,フィルター外径とスリーブ内径差ができるだけ小さくなるようにしなければならないことも明らかである。そのような要求を満たすためにスリーブ形状・寸法を設計する場合,スリーブを先広にすることは,スリーブへのフィルターの設置の仕方に応じて,当業者が適宜に定め得る設計的事項であるというべきである。
したがって,スリーブを先広にすることは,引用発明1と同2とから当業者が容易になし得たことである。
(2) 原告は,引用発明1の「隔壁」が透かし布であって柔軟なものであることを根拠に,引用発明1において,筒体の上部を先ほど広がる形状にする必要性は全くない,と主張する。しかし,審決は,引用発明1の構成のままのものにおいて,透かし布を付設する際に,筒体の上部を先広の形状にする必要があると述べているわけではない。
(3) 原告は,引用刊行物2には「スリーブ」についての記載はないから,引用刊行物2に「スリーブ」の記載があることを前提とする審決の判断は,前提において誤っている,と主張する。
しかしながら,本願明細書には,スリーブについて,湯口内に位置するものであること,内部にフィルターが固定されていること,耐火材性であること等に加え,「スリーブの長さはフィルターの厚みと同じか又はそれに近くて,スリーブがフィルターを取り巻く輪の形となっていてもよい。」(甲第4号証16頁12行〜14行)と記載されており,この記載によれば,スリーブの高さは,その内径との関連で定められるべきものではなく,フィルター厚みとほぼ同程度でもよいとされているのである。したがって,セラミック多孔体の上面よりわずかに突出する高さ,すなわち,セラミック多孔体の厚さとほぼ同程度の高さの引用発明2のシェルは,正に,本願発明1でいうスリーブに相当する。
6 取消事由6(顕著な作用効果の看過)について スリーブ内にフィルターを付設し,これを湯口内に設置した鋳型は,引用発明1に示されており,しかも,同発明には,湯道系を用いていない鋳型が図面に明示されている。したがって,原告のいう,鋳型内の湯道を省略することができるという効果は,引用発明1においても当然に奏する効果であるといわざるを得ない。
フィルターという観点からすれば,引用発明1の隔壁と引用発明2のセラミック多孔体とは,同等な作用効果を奏するものであるから,作用効果の点からは,隔壁の代わりにセラミック多孔体を用いることに何らの困難性もない。
引用発明1も,フィルターを固定した筒体を鋳型の湯口に付設したものであって,しかも,鋳型内の湯道が省略されているものであるから,湯道の省略に伴う効果については,本願発明1と引用発明1とに格段の差があるとはいえない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(手続上の瑕疵)について (1) 原告は,審判官は,フィルターが「海綿状のセラミックフォーム」であるとの構成要件が追加され,以前のものとは異なるものとなった請求項1に係る発明について,改めて拒絶理由通知をすることなく,当初の請求項1についての拒絶理由に挙げられていた引用刊行物1のみならず,同2も挙げて,これらに記載された技術に基づいて当業者が容易に発明することができた,とした,原告は,引用刊行物2に基づく拒絶理由については,意見書及び手続補正書を提出する機会を与えられなかったのであり,審判手続には,重大な瑕疵がある,と主張する。
(2) 証拠(甲第4〜6号証,乙第1,2号証)によれば,次の事実が認められる。
(ア) 出願当初の明細書の特許請求の範囲請求項1及び5の記載は,次のとおりであった。
「1.鋳型型窩(62,74,82)を持った金属鋳造用鋳型であって,鋳型型窩と直接に連通する湯口を持ち,湯口内には,格子状セラミックフィルター(65,72,88)が固定されている耐火材製のスリーブ(64,71,87)が付設されていることを特徴とする,金属鋳造用鋳型。」 「5.スリーブ(1,11,21,31,41,64,71,87)がその中に格子状セラミックフィルター(4,15,22,36,49,65,72,88)を固定されていることを特徴とする,特許請求の範囲第1-4項に記載の金属鋳造用鋳型に使用される耐火材製のスリーブ。」 (イ) 審査官は,本願発明に対し,平成6年11月10日付けで,拒絶理由通知を発した。そのうち,請求項1及び5に係る発明についての進歩性に関する記載は,次のとおりであった。
「この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記 (引用文献等については引用文献等一覧参照) ・請求項1〜3 ・引用文献等 No.1 ・備考 引例1には,湯口内にフィルタが固定された筒体を設置した鋳型が記載されている(第2図参照)。
・請求項4〜12 ・引用文献 1,2 ・備考 引例2には,湯口がフィルターを収容した筒体を保持するための突起を備えた鋳型が記載されている。
・・・ 引用文献等一覧 1.特公昭47-14631号公報(判決注・引用刊行物1) 2.特開昭62-21458号公報(判決注・引用刊行物2) ・・・」 (ウ) 原告は,平成7年3月3日付けで,特許請求の範囲請求項1及び5を次のとおりに補正した。
「1.鋳型窩(62,74,82)と,上記鋳型窩と直接に連通する湯口(63,83)と,湯口内に位置して内部にフィルター(65,72,88)が固定されている耐火材製のスリーブ(64,71,87)とを備えている金属鋳造用鋳型であって,上記フィルターがセラミックフォームであって,上記スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とする,金属鋳造用鋳型。」 「5.フィルター(4,15,22,36,49,65,72,88)が内部に固定されている耐火材製のスリーブ(1,11,21,31,41,64,71,87)であって,特許請求の範囲第1-4項の何れかに記載の鋳型に使用されるべきものであり,上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とするスリーブ。」 (エ) 審査官は,平成7年9月26日,「この出願は,平成6年11月10日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって,拒絶をすべきものと認める。なお,意見書及び手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせない。」「備考 <請求項1〜3について>引用例1に,セラミックからなる多孔性の材料によるフィルターを,従来,隔壁に使用していたことが記載されていることから,引用例1の第2,5,6図記載の発明において,隔壁として「布」の代わりにセラミックフォームからなるフィルターを使用することは,当業者であれば容易に想到したことと認められる。したがって,本願請求項1〜3に係る発明は,引用例1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められ,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。」,「<請求項4〜9について>引用例2の第5図に記載された発明における「シェル36」が「セラミックス多孔体32」を支える箇所が,本願請求項4〜9に係る発明における「突起86」に相当する(出願人は,上記箇所は,突起でない旨主張するが,その機能からみて,突起と同様のものと認められる)。したがって,本願請求項4〜9に係る発明は,引用例1,2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められ,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。」などとして拒絶査定をした。
(オ) 原告は,審判手続の過程で,平成8年1月23日付けで,特許請求の範囲請求項1及び5を次のとおりに補正した。
「1.鋳型窩(62,74,82)と,上記鋳型窩と直接に連通する湯口(63,83)と,湯口内に位置して内部にフィルター(65,72,88)が固定され且つ上部が先ほど広げられている耐火材製のスリーブ(64,71,87)とを備えている金属鋳造用鋳型であり,上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,上記スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とする,金属鋳造用鋳型。」 「5.フィルター(4,15,22,36,49,65,72,88)が内部に固定され且つ上部が先ほど広げられている耐火材製のスリーブ(1,11,21,31,41,64,71,87)であって,特許請求の範囲第1-4項の何れかに記載の鋳型に使用されるべきものであり,上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とするスリーブ。」 (3) 上記(2)(ア),(イ)によれば,本願発明1の,フィルターが「海綿状」である点,フィルターの固定場所が「スリーブの下端近く」である点は,審査官が拒絶理由通知を発した時点で,当時の請求項1に存在しなかったのみでなく,当時の請求項5にも存在しなかった事項であることが明らかであるから,引用刊行物2は,当時の請求項1及び5のいずれとの関係においても,この点に関する公知文献として引用されていなかったものというほかない。
上記(2)(ウ)によれば,原告は,平成7年3月3日付けで,特許請求の範囲請求項5を,「フィルター(4,15,22,36,49,65,72,88)が内部に固定されている耐火材製のスリーブ(1,11,21,31,41,64,71,87)であって,特許請求の範囲第1-4項の何れかに記載の鋳型に使用されるべきものであり,上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とするスリーブ。」と補正しているので,この時点で,新たに,請求項5に,「上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,スリーブの下端近くに付設されている」との構成が付け加えられたことが明らかである。
上記(2)(エ)によれば,審査官は,拒絶査定時において,「鋳型窩(62,74,82)と,上記鋳型窩と直接に連通する湯口(63,83)と,湯口内に位置して内部にフィルター(65,72,88)が固定されている耐火材製のスリーブ(64,71,87)とを備えている金属鋳造用鋳型であって,上記フィルターがセラミックフォームであって,上記スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とする,金属鋳造用鋳型。」という構成の,当時の請求項1に係る発明については,引用刊行物1に記載された発明のみに基づいて進歩性を否定しているのに対し,「フィルター(4,15,22,36,49,65,72,88)が内部に固定されている耐火材製のスリーブ(1,11,21,31,41,64,71,87)であって,特許請求の範囲第1-4項の何れかに記載の鋳型に使用されるべきものであり,上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とするスリーブ。」という構成の,当時の請求項5に係る発明については,引用刊行物1のみならず同2も挙げて,これらに記載された発明に基づいて進歩性を否定しているのであるから,拒絶査定当時の請求項5に係る発明の「上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって」という構成に対して,引用刊行物2に記載された発明に基づいて進歩性を否定していることが明らかである。
しかも,引用刊行物2に,「そして,このシェル収容凹所30には,所定のセラミックス多孔体32を収容した,底部に溶湯通孔34を有する有底筒体状のシェル36が嵌め込まれて,第3図の如く,溶湯通路を仕切るようにして,セットせしめられるようになっている。ところで,かかるシェル36に収容されるセラミックス多孔体32は,第4図に示される如く,連続気孔を有する三次元網状骨格構造からなるものであって,例えばコージエライト,アルミナ,若しくはSiC等を主成分として構成された,空孔率が高く(例えば,80〜90%程度),スポンジの如き連続気孔を備えたセラミックフォームであり,その全表面において,ギザギザ形状となっているものである。」(3頁左下欄14行〜右下欄8行)との記載があることは,争いのないところであり,審査官が,上記記載中の「セラミックス多孔体32」をもって,請求項5に係る発明の「格子状セラミックフィルター」に相当するものとし,原告も,その趣旨で理解していたことは,弁論の全趣旨により明らかである。
上記(2)(オ)によれば,原告は,審判手続の過程で,平成8年1月23日付けで,特許請求の範囲請求項1を,現在の,「鋳型窩(62,74,82)と,上記鋳型窩と直接に連通する湯口(63,83)と,湯口内に位置して内部にフィルター(65,72,88)が固定され且つ上部が先ほど広げられている耐火材製のスリーブ(64,71,87)とを備えている金属鋳造用鋳型であり,上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって,上記スリーブの下端近くに付設されていることを特徴とする,金属鋳造用鋳型。」(本願発明1)という構成に補正しており,拒絶査定時の請求項5にあった「上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって」という構成が,請求項1に付け加えられたことが明らかである。
上述したとおり,審査官は,「上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって」という構成をも含む,拒絶査定当時の請求項5に係る発明に対して,上記構成に対するものとしては,引用刊行物2を引用した上,進歩性を否定しているのであるから,原告は,審判段階において,請求項1を補正して,「上記フィルターが海綿状のセラミックフォームであって」という構成を付け加えて本願発明1のものにすれば,同発明についても,拒絶査定において請求項5についてされたのと同様に,引用刊行物2を引用例として進歩性が否定されることが,当然のこととして予想できたはずである。
なお,フィルターの固定場所が「スリーブの下端近く」である点については,その内容からして,改めて,拒絶理由通知をしなければならないような事項でないことは,弁論の全趣旨から,明らかである。
(4) 原告は,請求項1に係る発明は,形式上,請求項5に係る発明と無関係であるから,引用刊行物2が,請求項5に係る発明について引用されたからといって,請求項1に係る発明について引用されたことにはならない,と主張する。
しかしながら,請求項1に係る発明が,形式上,請求項5に係る発明と別発明であるとしても,拒絶査定で引用刊行物2に記載された発明に基づいて進歩性がないとされている技術事項を,請求項1に係る発明に加えたことで,当該技術事項が進歩性を帯びるなどといったことは,あり得ないことである。当該技術事項の加わった請求項1に係る発明(本願発明1)は,当然に,引用刊行物1,2に記載された発明に基づいて進歩性がないとされていたことになるというべきである。
(5) 原告は,審査段階において,引用刊行物2は,請求項5の発明の「海綿状のセラミックフォーム」という構成について引用されておらず,鋳型の「突起」に関して引用されていたにすぎなかった,と主張する。
拒絶理由通知において,引用刊行物2が引用されたのが,「海綿状のセラミックフォーム」という構成との関連においてでないことは,原告主張のとおりである(拒絶理由通知時の請求項5は「海綿状のセラミックフォーム」の構成を有していなかったから,いかなる刊行物であれ,これとの関連で引用されることはあり得ない。)。しかしながら,前認定のとおり,拒絶査定においては,引用刊行物2は,上記構成の進歩性を否定するためにも引用されていることが明らかであり,原告は,この拒絶査定を不服として審判の請求をしたのである。仮に,同刊行物を上記構成との関連でも引用することをあらかじめ明らかにしないままで,拒絶査定をなした点を,手続上の瑕疵と呼ぶとしても,これをもって,審決を違法にするほどのものとすることはできない,というべきである。
原告の主張は採用することができない。
2 取消事由2(本願発明2ないし14についての判断を怠った瑕疵)について (1) 原告は,本願発明2ないし14の中には,審決が引用した刊行物に全く開示されていない構成が含まれているものがあり,これらの発明については,特許を受けることができるはずである,そして,原告は,審判請求理由補充書において,本願発明1のみならず,本願発明2ないし14についても,特許されるべき理由を詳しく述べていたのである,審決は,本願発明1について審理しているのみで,本願発明2ないし14については,全く審理をしていないから,審決には,判断遺脱の違法がある,と主張する。
平成5年法律第26号による改正前の特許法49条(以下,単に「特許法49条」という。)は,次のとおり規定している。
「審査官は,特許出願が次の各号の一に該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。
1 その特許出願に係る発明が第25条,第29条,第29条の2,第32条,第38条又は第39条第1項から第4項までの規定により特許をすることができないものであるとき。
2 その特許出願に係る発明が条約の規定により特許をすることができないものであるとき。
3 その特許出願が第36条第4項若しくは第5項及び第6項又は第37条に規定する要件を満たしていないとき。
4 その特許出願人が発明者でない場合において,その発明について特許を受ける権利承継していないとき。」 上記規定によれば,特許出願に係る発明が,特許法29条等の,出願人が特許を受けることのできない事由を定めた規定に該当し,特許をすることができないものであるときは,審査官は,その特許出願について拒絶査定をしなければならない。このことは,昭和62年の特許法改正前の一発明一出願の制度においては,当然のことであった。同改正により同制度が廃止され,関連する複数の請求項に係る発明を一つの願書で特許出願をすることが認められた後においても,同条は,次に述べる理由により,一つの特許出願における複数の請求項に係る発明のいずれか一つが,上記特許法29条等の規定に該当し,特許をすることができないものであるときは,その特許出願全体を拒絶すべきことを規定しているものと解すべきである。
特許法49条は,前記のとおり,「その特許出願に係る発明が・・・第29条・・・の規定により特許をすることができないものであるとき」は,「その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と規定して,平成5年法律第26号による改正前の特許法51条(以下,単に「特許法51条」という。)の「特許出願について拒絶の理由を発見しないときは,出願公告をすべき旨の決定をしなければならない。」との規定とともに,一つの特許出願について,拒絶査定か出願公告をすべき旨の決定かのいずれかの行政処分をなすべきことを規定している。この点は,昭和62年改正により,一つの特許出願において複数の発明を複数の請求項に記載することができるとの改正がなされたときにも,何ら変更されていない。また,このことは,特許法が,特許無効の審判について,「2以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる。」(123条1項柱書き)と明文で規定し,特許査定という行政処分をなした後には,各請求項ごとに,無効審判の申立てをすることができることを明記しているのに対し(現行特許法では,特許査定後の特許異議の申立てについても,「2以上の請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」(113条本文)と明文で規定し,特許査定という行政処分をなした後には,各請求項ごとに,異議申立てをすることができることを明記している。),前記49条及び51条においては,これと対照的に「特許出願について」拒絶査定ないし出願公告をすべき旨の決定をすることを明記していることからも明らかというべきである。
特許法が上記のようなものとして49条の規定を設けた制度的な理由は,大量の特許出願について迅速な処理をすべき要請があることにあるであろう。もっとも,他方では,このような制度によると,一つの特許出願における複数の請求項に係る発明の一つについて,特許法29条等が規定する,出願人が特許を受けることができない事由がある場合には,その他の請求項に係る発明について,特許付与を受ける機会が奪われることになり,出願人にとって不利益な結果となることが懸念されるところである。しかし,特許法は,審査官に拒絶査定の前に拒絶の理由を通知すべき義務を負わせ(50条),出願人は,拒絶理由通知を受ける前はいつでも,同通知を受けた後は所定の期間内に,明細書又は図面について補正をする機会を与えられているのであり(17条の2第1項,4項),審判段階においても,同様に拒絶理由の通知の制度(159条2項)と明細書又は図面の補正の機会が与えられているのであるから,出願人は,これにより拒絶理由通知により拒絶されることが予想される請求項に係る発明を補正したり,削除したりすることができ,柔軟な対応が可能となるのである。また,特許法は,出願人に分割出願の制度も認めており,出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限っては,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができるのである(44条1項)。したがって,出願人は,拒絶理由通知の制度,並びに,同通知の前及び同通知の後の所定の期間内における補正又は分割出願の制度により,適切な対応をすることが可能なのであるから,特許法49条についての上記解釈により出願人が不当に不利益を被る結果となることについては,そうならないようにするための十分な手続的な手当てがなされているとみることができる。
本件の場合,審決は,本願発明1につき,特許法29条2項の規定に該当し特許を受けることができないと判断しているのであるから,これによって本願出願が全体として特許法49条1号に該当し,拒絶をすべきものとなることは明らかである。仮に,審決が本願発明2ないし14について具体的に判断をしたとしても,本願発明1が49条1号に該当する以上,本件出願全体を拒絶すべきものであるという結論には影響しない。
審決は本願発明2ないし14についての判断を怠った,とする原告の主張は,理由がない。
(2) 原告は,特許法は,審判請求に際して納付しなければならない手数料を別表において定めており,原告は,その別表の定めるところに従い,49,500円(基本料金)+5,500円×(請求項の数)の計算式で算出した合計手数料12万6500円を納付しているのであるから,この点からみても,特許庁は,本願発明2ないし14について審理すべき義務があるというべきである,と主張する。
しかしながら,上述したとおり,審決においては,「請求は成り立たない。」とする結論についての理由,すなわち,請求項1に係る発明が特許法29条2項の規定に該当し特許を受けることができないとの理由が明確に示されている。特許法49条が上記のとおりのものである以上,これで必要にして十分である。その余の請求項に係る発明についての判断結果を審決書に記載すべき理由はない。審決書に,請求項1に係る発明についての判断結果しか示されていないとしても,このことは,他の請求項に係る発明については審理されていない,ということを意味するものではない。
3 取消事由3(引用発明1の認定の誤り)について (1) 「鋳型窩と直接に連通する湯口」 (ア) 引用刊行物1に記載されている鋳型において,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1とが直結していることは,当事者間に争いがない。
(イ) 原告は,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1との間には,透かし布(隔壁8)が張られているだけである,このような構成の場合,貯蔵空洞2へ流し込まれた溶融金属は,そこから鋳物用空洞1へ流入するときに乱流となって空気を巻き込み,そのため,溶融金属は,酸化して不純物を含んだ鋳物となることが避けられない,このような不都合を避けるために,通常,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1との間に湯道を設け,溶融金属の流れに抵抗を与えて溶融金属が乱流を生じないようにしているのである,引用発明1は,技術常識に反するものであるから,このようなものをもって,本願発明1にいう「鋳型窩と直接に連通する湯口」の構成が開示されているということはできない,と主張する。
しかしながら,後記認定のとおり,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1との間に存在する透かし布(隔壁8)は,ガラス繊維,石綿繊維のシリカ材料の糸から成るもので,フィルターの役目を果たしているものであり,この点では,本願発明1が,湯口と鋳型窩との間にフィルターを固定しているのと変わりがない。したがって,引用刊行物1に明示の記載がないとしても,直ちに,貯蔵空洞2へ流し込まれた溶融金属は,そこから鋳物用空洞1へ流入するときに乱流となって空気を巻き込み,そのため,溶融金属は,酸化して不純物を含んだ鋳物となることが避けられない,といえるものではないことは,明らかである。透かし布(隔壁8)がフィルターの役目を果たしている以上,多かれ少なかれ溶融金属の流れに抵抗を与えることが予想されるものというべきである。
引用刊行物1に記載されている鋳型において,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1とが直結している以上,そこには,「鋳型窩と直接に連通する湯口」が開示されているという以外にない。
原告は,引用発明1が技術常識に反するというけれども,引用刊行物1に上記のとおり明確に記載されているものを記載されていないとすることはできないのである。原告の主張は,透かし布(隔壁8)がフィルターの役目を果たしていることを考慮に入れないことに基づく主張であり,失当である。
(2) 「フィルター」 (ア) 引用刊行物1に,次の記載があること,及び,その4頁ないし6頁には,第1ないし6図として,鋳造部品を分離する多孔性隔壁に関連する図が記載されていることは,当事者間に争いがない。
@ 「第一に本発明の隔壁は交叉した糸よりなる布或は織物にて構成され該糸は次のガラス,シリカ及び石綿の三つのシリカ繊維の一つにて形成される。ガラス繊維の織物はフィルタ或は金属の拡散として鋳造に応用される。」(2欄13行〜17行) A 「本発明の他の特長によればレードルから落下する溶融金属の容器に貯蔵空洞が同時に役立つ場合に貯蔵空洞の底にある網目の小さい布は同時に弱い平面を作る隔壁及び押湯内に残る不純物を除くフイルタの役をなす。」(2欄24行〜28行) B 「本発明の他の重要な効果は布或は織物の隔壁は鋳型の部分特に押湯の筒体内に容易に組込まれる事である。」(4欄35行〜37行) C 「第1図は砂型の重要部分を概略示す。1は鋳型内に設けた空洞を示し2は溶融金属を含有する貯蔵空洞を示し其れは硬化中に一部供給して収縮を避け又其れは型から取出した後押湯と称する部品に附着する突起を形成する。之等二つの空洞は導溝にて連通する。第1図に於いては此の導溝の断面は貯蔵室の断面より少し小さく此の縮小は鋳造の隆起5により得られる。・・・第1図に示す鋳型は水平接合部6にて接する下部シャシー3a及び上部シャシー3bよりなり其等のシャシーは原型の周囲に詰められた砂及びバインダの混合物3で充たされる。溶融金属を例えばレードル4により上部シャシーの砂内に穿った空洞と連通する容器内に流入する。図の場合には此の容器は貯蔵空洞自身である。」(4欄42行〜5欄14行) D 「第2図は同一要素を同一符号で示す。図示の例に於いて貯蔵空洞2は直接鋳型の砂内に形成されずに予め作った鋳型の要素の空洞により形成され其れは押湯の予め作られた筒体で示される空洞体7の形を有する。斯かる筒体は一般に円筒体で広く知られている。其の底部附近に斯かる筒体は屡々内部隆起7aを有し其れは少し断面を縮小して押湯の抵抗の少い帯域を作り押湯の分離を容易にする。
本発明によればガラス繊維シリカ或は石綿類の鉱物繊維の如きシリカ材料で交叉した糸からなる布8は予め作られた筒体に横方向の平面内に引張られ其の製作の時に筒体内に組込まれる。此の布は押湯の筒体底部に非常に接近して置かれる。」(5欄15行〜28行) E 「貯蔵空洞が第1図の場合の如く同時に溶融金属の容器の役をなす時は布8はフイルターの役をなす。」(5欄41行〜43行) (イ) 引用刊行物1の上記記載,特に,Aの「本発明の他の特長によればレードルから落下する溶融金属の容器に貯蔵空洞が同時に役立つ場合に貯蔵空洞の底にある網目の小さい布は同時に弱い平面を作る隔壁及び押湯内に残る不純物を除くフイルタの役をなす。」,Dの「第2図は同一要素を同一符号で示す。図示の例に於いて貯蔵空洞2は直接鋳型の砂内に形成されずに予め作った鋳型の要素の空洞により形成され・・・本発明によればガラス繊維シリカ或は石綿類の鉱物繊維の如きシリカ材料で交叉した糸からなる布8は予め作られた筒体に横方向の平面内に引張られ其の製作の時に筒体内に組込まれる。」,Eの「貯蔵空洞が第1図の場合の如く同時に溶融金属の容器の役をなす時は布8はフイルターの役をなす。」の各記載によれば,第2図において貯蔵空洞2と鋳物用空洞1との間に存在する「布8」(隔壁8)が,フィルターの役割を果たすことは,明らかである。
引用発明1の「隔壁8」が本願発明1にいう「フィルター」に当たらないとする,原告の主張は,失当である。
4 取消事由4(相違点1についての判断の誤り)について (1) 引用発明1において,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1との間に存在する「布8」(隔壁8)が「フィルター」の役割を果たすことは,前述したとおりである。
(2) 引用刊行物2(特開昭62-21458号公報)に次の記載があることは,当事者間に争いがない。
「また,このようなモールド構造において,湯口形成凹所22の底部,換言すれば湯道形成凹所24に対する接続部近辺に位置して,周方向に延びるシェル収容凹所30が,それぞれのモールド20に形成されている。そして,このシェル収容凹所30には,所定のセラミックス多孔体32を収容した,底部に溶湯通孔34を有する有底筒体状のシェル36が嵌め込まれて,第3図の如く,溶湯通路を仕切るようにして,セットせしめられるようになっている。ところで,かかるシェル36に収容されるセラミックス多孔体32は,第4図に示される如く,連続気孔を有する三次元網状骨格構造からなるものであって,例えばコージエライト,アルミナ,若しくはSiC等を主成分として構成された,空孔率が高く(例えば,80〜90%程度),スポンジの如き連続気孔を備えたセラミックスフォームであり,その全表面において,ギザギザ形状となっているものである。」(3頁左下欄10行〜右下欄8行) 「また,このようなセラミックス多孔体32を収容するシェル36は,注湯される金属溶湯に接するものであるところから,耐火性に優れ,しかも溶湯品質に悪影響をもたらさない材料から形成された,外表面が平滑なものであり,」(第3頁右下欄12行〜16行) 「そして,このシェル36は,収容されるセラミックス多孔体32の少なくとも側面を覆うような高さにおいて形成された,有底筒体形状を為すものであり,また収容されるセラミックス多孔体32の側面との間の隙間が可及的に減じられた内面形状とされている」(3頁右下欄18行〜4頁3行) 「所定の鋳造操作を行なうと,・・・シェル36にて支持されたセラミックス多孔体32が配置されているところから,かかるセラミックス多孔体32を通過せしめられ,・・・溶湯注湯操作によって混入するスラグや鋳物砂等の金属酸化物や非金属介在物が,該セラミックス多孔体32のフィルタ効果によって効果的に濾別せしめられ,以て鋳造キャビティ(26)には,清浄化された金属溶湯が導かれるようになるのである。それ故に,金属溶湯の注湯作業に細心の注意を払わなくても,得られる鋳物製品は,其の品質が著しく向上せしめられており,また砂噛みによる製品歩留まりの低下等の問題も,効果的に抑制され得るのである。」(第4頁右上欄10行〜左下欄8行) 引用刊行物2の6頁には,垂直鋳込方法に関連し,第2図として,キャビティ形成側の正面部分図,第4図として,セラミックス多孔体とそれを収容するシェルの斜視図,第5図として,一部拡大図が記載されていることも,当事者間に争いがない。
引用刊行物2の上記各記載によれば,引用発明2として,「スポンジの如き連続気孔を備えたセラミックスフォーム」,すなわち,海綿状のセラミックスフォームがフィルタ機能を備えることが記載されていることは,明らかである。
(3) そうすると,当業者が,鋳型のフィルターに関し,引用発明1のフィルターを,引用発明2の海綿状のセラミックフォームに変えて,相違点1に係る本願発明1の構成を推考することには格別の困難はなかったものというべきである。
(4) 原告は,引用発明1の「隔壁」の代替物は,鋳物切断用部材として使用することが可能なものでなければならないことを前提とし,引用発明2のセラミック多孔体32は鋳物内に切断面を形成することができず鋳物切断用部材として役立たないから,引用発明1の「隔壁」の代替物となり得ない,として,引用発明1と2との組合せが容易であるとした審決を非難する。
本願発明1の進歩性を検討するに当たってなすべきは,引用刊行物1及び2において認められる技術的思想に接した当業者が,これらを契機として本願発明1に容易に想到し得たかどうかである。引用刊行物1に記載されている具体的な装置から,「隔壁8」のみを取り外して,そこに,引用刊行物2に記載されている「セラミックス多孔体32」を当てはめて,本願発明1に係る構成にすることができるか,ということではない。
引用発明1の「隔壁8」に代えて,引用発明2の「セラミックス多孔体32」を適用しようとした場合,具体的な面で設計上の工夫が必要となることは避けられないものであろう。しかし,そのような工夫を行うことは一般に行われるところであって,それが必要であることをもって,二つの技術を組み合わせることが困難であるとすることはできない。上記「隔壁8」と「セラミックス多孔体32」とについても,必要な上記工夫のために,両者の組合せが妨げられるといった特別の事情が認められない限り,本願発明1に容易に想到し得たものというべきである。そして,上記特別の事情に該当すべき事情は,本件全証拠によっても認めることができない。
原告の主張は,失当である。
5 取消事由5(相違点3についての判断の誤り)について (1) 一般に,スリーブにフィルターを装着するという構成を採用した場合に,フィルターの着脱を容易にするために,スリーブを先広にしてみようとすることは,鋳型の場合に,これを妨げる特別の事情でもない限り,当業者にとって当然に考えるような設計事項であったものというべきである。
そして,本件全証拠によっても,上記特別の事情を見出すことができない。
(2) 原告は,引用発明1の「隔壁」は,透かし布であって柔軟なものであるから,筒体内に押し込むこと自体は容易であっても,押し込んだだけで筒体内に固定されるというものではなく,何らかの固定手段が必要となる,したがって,引用発明1において,筒体の上部を先ほど広がる形状にする必要性は全くない,と主張する。
しかしながら,引用発明1の「隔壁」が透かし布であって柔軟なものであるかどうかによって,フィルターの着脱を容易にするために,スリーブを先広にしてみようとすることを妨げる事情とはなり得ない。原告の主張は,失当である。
原告のその余の主張も,採用できないことは,前述したことに照らし,明らかである。
6 取消事由6(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本願発明は,セラミックフォームを固定したスリーブを鋳型の湯口内に付設すると,鋳型内の湯道を省略することができる,という知見に基づいてなされたものである,より具体的にいうと,セラミックフォームを固定しているスリーブを湯口内に付設し,湯口に溶融金属を流し込むと,セラミックフォームの特異な多孔構造により酸化物等の介在物が除去され溶融金属の乱流が防がれ,溶融金属が鋳物形成用型窩内へ静かに流れ込むことになるので,鋳型内に湯道を形成する必要がなくなることが見出されたのである,このように,湯道なしで良質の鋳物を製造できるようにした鋳型は,これまで湯道の設計に苦労してきた鋳型に比べると,製作が容易であり溶融金属が節約できるのでその効果は大きい,このような効果を併せ考えると,本願発明は,引用発明1及び2から容易に発明できたものでないことが一層明らかとなる,と主張する。
しかし,原告主張の効果は,鋳型内の湯道を省略すれば生まれるものと,当然に予想される効果である。
そもそも,前述したとおり,引用発明1には,貯蔵空洞2と鋳物用空洞1との間に,フィルターの役目を果たす透かし布(隔壁8)を設けて,「鋳型窩と直接に連通する湯口」という技術が開示されており,そのフィルターがセラミックフォームであるかどうかはともかく,湯道なしで鋳物を製造する鋳型が示されているのである。したがって,鋳型内の湯道を省略することによる効果をいう原告の主張は,前提において既に失当である。
(2) 原告は,本願発明1は,セラミックフォームフィルターが三次元網状構造から成り,内部にジグザクな通路を含んでいるために,溶融金属に含まれている介在物を効率よく除去できるだけでなく,溶融金属における乱流の発生を防ぐという効果を奏するものである,また,耐火材製のスリーブは,脆いセラミックフィルターの損傷を防ぐなどのといった効果を奏するものである,本願発明1のこのような効果は,引用発明2のセラミックフォームフィルターによっては達成できない顕著な効果である,と主張する。
しかしながら,本願発明1にいう「海綿状のセラミックフォーム」フィルターが,「三次元網状構造から成り,内部にジグザクな通路を含んでいる」という構成は,特許請求の範囲に記載されていないものである。もし,上記構成が,「海綿状のセラミックフォーム」に当然に備わる構成であるならば,この構成が有することの明らかな効果は,「海綿状のセラミックフォーム」の有することの明らかな効果ということになり,そうでないとすれば,特許請求の範囲に記載されていない事項について主張しようとする効果ということになる。
原告は,耐火材製のスリーブは,脆いセラミックフィルターの損傷を防ぎ,セラミックフィルターの鋳型への付設を容易にするだけでなく,フィルターより上方に突出した部分が,フィルター上に溜まっ溶融金属の冷却を防ぐので,押湯を形成することができ,したがって,引け巣のない良質の鋳物を作ることができるという効果を奏するものである,と主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,本願発明1のどの構成に係るどのような効果をいわんとしているのか理解することができない。仮に,原告主張の効果を文言どおりのものとして理解できるとしても,そのような効果は,本願明細書に記載されていない。
なお,本願発明の構成に基づく効果を,引用発明2に基づく効果と比較しても,本願発明の特許性を論ずる上で,何の意味もないことである。
いずれにせよ,原告の主張は,失当である。
7 結論 以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 宍戸充
裁判官 阿部正幸