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関連審決 異議1999-73092
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  技術常識 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 191号 特許取消決定取消請求事件
原告 日本ソリッド株式会社
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 宮崎恭
同 山口由木
同 安藤勝治
同 林栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/04/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成11年異議第73092号事件について平成12年4月28日にした決定を取り消す。
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「セメントの混錬方法」とする特許第2876441号の発明(平成4年10月8日特許出願、平成11年1月22日設定登録。以下「本件特許発明」という。)の特許権者である。
本件特許発明について、特許異議の申立てがなされ、特許庁は、この申立てを平成11年異議第73092号事件として審理し、原告は、平成12年1月18日、
本件特許発明の願書添付の明細書の訂正を請求した(以下「本件訂正請求」という。)が、特許庁は、平成12年4月28日、「特許第2876441号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし、その謄本は同年5月22日に原告に送達された。
2 本件特許発明の要旨 (1) 本件訂正請求前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。) 「コンクリート構造物を作る際にセメント混錬時に還元剤を存在せしめて、六価クロム等を放出させないことを特徴とするセメント混錬方法。」 (2) 本件訂正請求(甲第5号証)による特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「訂正後発明」という。下線は、訂正箇所を示す。) 「コンクリート構造物を作る際にセメント混錬時に該セメントの六価クロム量に対し 還元剤を15〜30倍 存在せしめて、六価クロム等を放出させないことを特徴とするセメント混錬方法。」 3 決定の理由 別紙決定書の理由写し記載のとおり、本件訂正請求に係る訂正の適否の判断として、訂正後発明は、引用例1(特開昭50-43123号公報、甲第2号証)記載の発明及び引用例2(特開昭53-15264号公報、甲第3号証)記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、当該訂正は認めることができないとした。そして、本件訂正請求前の本件発明は、引用例1記載の発明に記載されているから、本件発明の特許は、同法29条1項3号の規定に違反してされたものであるから、取り消されるべきであると判断した。
原告主張の決定の取消事由の要点
決定は、本件訂正請求に係る訂正の適否の判断に当たり、訂正後発明と引用例1記載の発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、相違点についての進歩性の判断を誤った(取消事由2)ために、当該訂正を認めなかったものであり、違法であるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の誤認) (1) 決定は、訂正後発明と引用例1記載の発明とを対比して、引用例1記載の発明における「生コンクリート製造又はセメント製品製造の際」は、訂正後発明における「コンクリート構造物を作る際」に対応するものであるとして、両者は、「コンクリート構造物を作る際」との点で一致している旨認定している(決定書3頁10行ないし17行)が、以下のとおり誤りである。
(2) 「コンクリート構造物」と「セメント製品」とは全く別異のものである。
すなわち、「コンクリート構造物」は、一般的に現場打ち工法により、構造物全体をその最終設置場所に構築することにその特徴がある。また、規模が大きく、建設に要する時間、費用が多額であり、用途的には、ほとんどが公共施設である。そして、一部を除いて、多量生産的でなく一品生産的なもので、現地で構築するために、自然との闘いを強いられるものがほとんどであり、同1条件にある同種のものは少ない。土木構造物の安全性、耐久性を実証試験を行って定めた例は少なく、模型、供試体の試験を通じて得られた成果を基に、既設の同種の構造物の経験を背景に持ち、設計施工上の制約を定めて推定しているのが現状である。
さらに、コンクリート構造物は、細、粗骨材として、例えばフライアッシュ、鋼砕スラグ、銅砕スラグ、建設廃棄材等の有害金属を含有する可能性があるものを使用する場合がある。すなわち、コンクリート構造物は、目的とするコンクリート構造物によって、材料、配合、練混ぜ等が個々に異なる上に、施工も現場で行うため、降雨快晴等の天候、昼夜、季節等の自然の影響を受け、コントロールが不可能であり、このことから特にコンクリート構造物の強度が変化することが問題点とされているのである。訂正後発明における「コンクリート構造物」とは、具体的には一般の建築物、橋梁、高架道路、高架鉄道の橋脚等の建築物、トンネル、坑道、地下鉄工事、崖、切通しの法面保護等のトンネル工事、港湾工事、護岸工事、海上空港、海底油田掘削用プラットホーム等の水中工事、一般道路、高速道路等の道路舗装、ダム等マスコンクリート等の構造物を指称するものである。
これに対して、「セメント製品」は、製造工程が一貫して管理されている工場で、継続的大量に製造される製品をいう。管理された工場で製造されることが重要であり、土木学会では、そのため工場製品と定義している。このような「セメント製品」の特徴として、材料、配合練り混ぜ、製造設備、施工などの管理を良好に行いやすいこと、製造、取扱いなどの作業を機械化しやすく、省力化が可能であること、作業の容易な場所でコンクリートの打設が行え、天候に左右されることが少ないこと、JISによって標準化され、実物試験をすることができるものが多いこと等が挙げられる。引用例1(甲第2号証)記載の発明における「生コンクリート製造又はセメント製品」とは、引用例1にも記載されているように、石綿スレート、
厚形スレート等の板状物、セメント石綿管、パイルヒューム管、石綿スレート管、
コンクリート管等の管状物、セメント瓦等の瓦類、コンクリートブロック、軽量コンクリートブロック等のブロック状物、マンホール等の容器状物のいわゆるセメント工場で製造されるセメント製品である(1頁左欄15行ないし右欄1行)。
また、引用例1記載の発明の「生コンクリート製造」におけるその用途は、その特許請求範囲の記載からして、上記の「セメント製品」を製造するための「生コンクリート」であることは明白である。
そして、「セメント製品」は、JISで定められた工場においてセメントと有害金属を含まない骨材、砂及び砂利(限定骨材)によって製造される製品である。すなわち、「セメント製品」は、定められた材料、配合において、練混ぜ、製造設備、施工など製造工程が一貫して管理されているJIS認定工場で製造されるものである。
このように、「コンクリート構造物」は、上記のとおり、直接現場において施工するため自然の影響を受ける等の要因によりその性状を確認することは事実上不可能であるのに対し、「セメント製品」は、工場で一定の規格に基づいて製造するものである。
(3) 以上のとおり、「コンクリート構造物」と「セメント製品」とは全く別異の技術の範疇に属するものであり、技術的・施工環境的にも全く別異のものであるにもかかわらず、決定は両者を同一であるとしており、かかる誤りは決定の結論に影響を及ぼす重大な誤りである。
(4) この点に関し、被告は、「コンクリート構造物」とは、単にコンクリートを主材料とする構造物のことであるから、施工現場で、生コンクリート(未硬化コンクリート)を製造して、施工現場で生コンクリートを打設して構築するもののほかに、生コンクリート製造プラントで製造された生コンクリートをコンクリートミキサー車で施工現場まで搬送し、その生コンクリートを施工現場で打設して構築するものもコンクリート構造物である旨主張している。
しかしながら、「セメント製品」及び「コンクリート製品」は一貫して管理された工場で、材料及び製作方法・製品等すべて規格化されているのに対し、「コンクリート構造物」は、該構造物の形状、用途等により、原材料の種類及び配合を適宜変更するのが常で、現場で直接一体的に構築するものをいうのであり、「セメント製品」及び「コンクリート製品」のように、JISの規格限定が随所にされている製品と、それらの制約がない「コンクリート構造物」の相違は歴然であり、これを同一とする被告の主張は誤りである。 また、被告は、工場又は施工現場で製造されたコンクリートブロック等のコンクリート製品は単品では「コンクリート構造物」とはいえないけれども、施工現場で複数のコンクリート製品を上下左右方向に連結して構築するもの(例えば、コンクリートブロック塀等)は「コンクリート構造物」といえる旨主張している。
しかしながら、被告は「工場又は施工現場で製造されたコンクリートブロック等のコンクリート製品は単品ではコンクリート構造物とはいえない」と認めていることからも、かかる主張は全くの誤りである。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り) (1) 決定は、訂正後発明と引用例1記載の発明との相違点(訂正後発明においては、セメントの六価クロム量に対して還元剤を15〜30倍存在せしめ、六価クロム等を放出させないようにしたのに対して、引用例1記載の発明においては、セメントの六価クロム量に対して還元剤をほぼ当量存在せしめ、六価クロムを放出させないようにした点)についての判断として、引用例2を挙げて、「一方、
六価クロムと他の有害重金属を同時に安定無害化処理するために、六価クロムと他の有害重金属(例えば鉛)を含む物質に硫酸第1鉄、水、セメントを加えて攪拌し、硬化させる際、無害化処理の還元反応が固体中の反応であり、六価クロム等の排出基準等の安全性を考慮して、六価クロム量の約19.2倍以上の硫酸第1鉄を添加する構成が引用例2に記載されている。」(決定書3頁30行ないし35行)とし、その上で、「引用例2記載の発明における六価クロムに対する還元剤の添加量の技術的意義は、訂正後発明における技術的意義と相違するものではなく、引用例1に、引用例2記載の発明の構成を適用して、前記相違点にあげた訂正後発明の構成のようにすることは、当業者が容易になし得る程度のものである。」(決定書4頁1行ないし5行)と判断しているが、この判断は、以下のとおり誤りである。
(2) 引用例2(甲第3号証)には、「六価クロムと他の有害重金属を含む物質」なる記載はなく、これが「六価クロムを含む汚泥」であることは明らかである(甲第3号証2頁右上欄16行、17行)。このように「汚泥」を「物質」と拡大解釈したことは、明らかに誤りである。
すなわち、引用例2記載の発明における対象物は、「クロム酸鉛を含む汚泥等」であり、具体的にはクロムメッキ工程におけるクロム酸鉛浴槽で発生するクロム酸鉛を含有する汚泥である。そして、この発明は、六価クロムの溶出防止とともに、
鉛の溶出を抑えることを目的とするものであり、この鉛を処理するために、酸性の硫酸第一鉄を大量に注入し、汚泥を酸性にするのである。また同時に、汚泥を固化させるためにセメントを添加するものであるが、セメントを添加することは、汚泥のpHがアルカリ性側に移行するため、汚泥中の鉛が再溶出する現象が生じ、セメント添加量を増やして汚泥を固化させようとすると、鉛の溶出量が増大する結果を招来する。もちろんセメントを添加した状態でpHを酸性にすれば鉛の溶出は防止することができるが、セメントは固化しなくなる。
したがって、引用例2記載の発明にあっては、セメントの添加は、単に酸性側の汚泥を不溶質の水酸化物とするためのpH中和と、その処理汚泥を固化するために使用するものであり、高強度の固型体とすることは、全く意図していないものである。ちなみに、引用例2記載の発明の実験を見れば明らかなように、汚泥量に対し硫酸第一鉄を30重量%も添加している。そして、甲第3号証の表-3の実験番号2と4を対比すれば明らかのように、セメントと併用する場合、硫酸第一鉄を添加することによって、圧縮強度が低下することが具体的に開示されている。
また、引用例2記載の発明にあっては、セメント中の六価クロムの溶出を防止するという技術思想は全くなく、汚泥中のクロム酸鉛を対象とするものである。
一方、訂正後発明におけるセメントに対する硫酸第一鉄の添加量は、六価クロム量に対して15〜30倍であるが、コンクリート量に対する添加量としては0.075%に過ぎない。これは、セメント中の六価クロム量が少ないことと、セメント中に鉛が存在しないために酸性にする必要がないからである。もっとも、セメントを酸性とすれば、上述のとおりセメント自体固化せず、コンクリート構造物を構築することは不可能であることは周知である。
(3) この硫酸第一鉄の添加による製品の強度に関して、引用例1記載の発明にあっては、「この試験からすると溶出される六価クロムの酸化還元当量に大体近い量の硫酸第一鉄溶液を添加することによりセメント製品はその廃液中に六価クロムが溶出されないことが解った。又その一定日数の材齢後の圧縮強度もこの程度の鉄塩の添加によって殆ど変らずJIS規格に合格するものを得ることができる」(甲第2号証3頁左上欄11行ないし17行)と記載されており、酸化還元当量以上の硫酸第一鉄を用いると、圧縮強度が低下することが示唆されている。
また、引用例2記載の発明において記載された固化した汚泥についても、上記のとおり、甲第3号証の表-3には、セメント使用時において硫酸第一鉄を汚泥に対し30重量%加えると圧縮強度が低下することが、具体的に数値によって開示されている。
引用例1及び引用例2のこれらの記載に基づけば、セメント使用時に硫酸第一鉄を大量に使用すれば、セメント製品等の圧縮強度が低下することが示唆、あるいは開示されているのである。
(4) これに対して、訂正後発明に係る「コンクリート構造物」にあっては、従来の知見に反して、圧縮強度が低下しないという卓越した技術的効果を奏するものである。
(5) 以上のとおり、訂正後発明は、コンクリート構造物を作る際に、セメントの六価クロム量に対し還元剤を15〜30倍存在させても、該コンクリート構造物の圧縮強度を低下させることなく六価クロムの溶出を防止する技術であるのに対して、引用例2記載の発明は、汚泥中の六価クロムと鉛の溶出を防止し、固化処理する技術である。
それにもかかわらず、決定は、引用例2記載の発明の硫酸第一鉄の使用量が、訂正後発明における六価クロム量に対する還元剤の使用量に相当することのみをもって、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の構成を適用して、相違点に挙げた訂正後発明の構成のようにすることは、当業者が容易になし得る程度のものであるとしているが、この判断の誤りは決定の結論に影響を及ぼす重大な誤りである。
(6) なお、被告は、引用例1には、還元剤である硫酸第一鉄7水塩の量が六価クロム量の約7〜21倍に相当するものが記載されており、この程度の還元剤の添加では、圧縮強度はほとんど変わらないことが示されている旨主張している。
しかしながら、被告がした還元剤の量の試算した結果は、仮定に基づくものであり、10%硫酸第一鉄7水塩溶液100mlに含まれる硫酸第一鉄7水塩の量は、
製品100kgから溶出される六価クロムの酸化還元当量に大体近い量であることが甲第2号証の試験結果の試算(甲第9号証)よりいえるものである。
このように、引用例1によれば、製品からの六価クロムの溶出量の酸化還元当量(還元剤硫酸第一鉄量は六価クロム重量の約8.8倍、又は還元剤硫酸第一鉄7水塩量は六価クロム重量の約16倍)程度の鉄塩の量では圧縮強度もほとんど変わらず、排水基準の0.5ppm以下となったことが示されており、引用例1記載の発明では、このように六価クロムを酸化還元反応で処理する場合、還元剤が酸化還元当量を必要とするものである。
これに対して、訂正後発明は、コンクリート構造物を作る際に、セメントの六価クロム量に対し、15〜30倍の「還元剤硫酸第一鉄」を使用することで、ブリージング水や排水中に三価クロム等が流出する事態を予防し、かつ圧縮強度を低下させない工法である。
しかるところ、引用例1記載の硫酸第一鉄7水塩(式量278)と訂正後発明における硫酸第一鉄(式量152)とでは比較の対照にならない。そこで、訂正後発明における硫酸第一鉄の使用する範囲(セメントの六価クロム量に対し15〜30倍)を、引用例1に記載の硫酸第一鉄7水塩に変えてその範囲を表すと、27〜55(15×278/152=27、30×278/152=55)倍の硫酸第一鉄7水塩となる。したがって、引用例1記載の発明の硫酸第一鉄7水塩における「7〜21倍」の範囲と、訂正後発明の数値範囲に相応する「27〜55倍」とでは、
一致することがなく、比較対照とならない。
被告の反論の要点
1 取消事由1(一致点の誤認)に対して (1) 訂正後発明における「コンクリート構造物」との構成に関し、訂正明細書には、原告が主張するような定義は記載されていない。そして、「コンクリート構造物」とは、一般的にコンクリートを主材料とする構造物のことであり、「コンクリート」とは、セメント、水、骨材、更に混和材料を適当な割合に調合して練り混ぜたもので、セメントと水の化学反応により硬化体となるものを意味するものである。また、「セメント」とは、一般的には接合剤の総称であるが、土木・建築分野においては、モルタル、コンクリートに使用される無機質の水硬性セメントを意味し、この中には、ポルトランドセメント、混合セメント、特殊セメント(膨張セメント、高硫酸塩スラグセメント、着色セメント、白色セメント、フライアッシュ等)の種類があり、骨材は、その粒度により細骨材と粗骨材に分類され、その種類として、砂、砂利の他、フライアッシュ、鋼砕スラグ、銅砕スラグ、建設廃棄材等の有害金属を含有する可能性があるものも含まれる。混和材料とは、コンクリートの性質を改良するためにセメントに加えられるもので、AE剤、減水剤などがある。
(2) 一方、引用例1における「本発明は生コンクリート又はセメント製品の製造において、使用する粗、細骨材セメント及びAE剤等を水をもって練り混ぜるに際し」(甲第2号証2頁右上欄9行ないし11行)という記載、実施例1の「生コンクリートを練り混ぜこれをトラック上のミキサ又はコンクリートトランスファーカーによって諸処に運搬供給をするコンクリートプラントにおいて」(甲第2号証3頁右下欄4行ないし7行)という記載からみて、引用例1記載の発明における「生コンクリート製造又はセメント製品製造の際」の構成中の「セメント製品」とは、「コンクリート製品」といえるものであり、「生コンクリート製造」は、現場打ちのコンクリート構造物を構築するための生コンクリート製造をも含むものである。
そして、「コンクリート構造物」とは、単にコンクリートを主材料とする構造物のことであるから、施工現場で生コンクリート(未硬化コンクリート)を製造して、施工現場で生コンクリートを打設して構築するもののほかに、生コンクリート製造プラントで製造された生コンクリートを、コンクリートミキサー車で施工現場まで搬送し、その生コンクリートを施工現場で打設して構築するものも、「コンクリート構造物」である。また、工場又は施工現場で製造されたコンクリートブロック等のコンクリート製品は、単品では「コンクリート構造物」とはいえないけれども、施工現場で複数のコンクリート製品を上下左右方向に連結して構築するもの(例えば、コンクリートブロック塀等)は「コンクリート構造物」といえるものである。
(3) 「コンクリート構造物」に求められる圧縮強度は、その用途に応じて大きく変化するものである。そこで、訂正後発明の「コンクリート構造物を作る際」の構成中の「コンクリート構造物」という構成は、使用するセメント、細、粗骨材の種類、コンクリートを混練する場所、コンクリートを打設する場所、コンクリート構造物の規模、必要強度等を限定する意味は一切ないものである。
したがって、引用例1記載の発明における「生コンクリート」及び「セメント製品」も当然前記のようなコンクリート構造物を構築するために使用する場合があるものであるから、引用例1記載の発明における「生コンクリート製造又はセメント製品製造の際」と、訂正後発明における「コンクリート構造物を作る際」が対応するものであるとした決定の認定に何ら誤りはない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)に対して (1) 原告が決定の進歩性の判断が誤りであるとする理由は、結局のところ、次のアないしウの点にあると解される。
ア 引用例2記載の発明と訂正後発明における対象物は全く異なるものであり、両者の技術的課題も全く別異のものである。
イ 引用例1には、六価クロム量に対し還元剤を当量以上注入すると、
圧縮強度の低下を来たすことが記述され、また、引用例2には、硫酸第一鉄の添加が19.2倍以上の場合は、圧縮強度が低下することが記載されているのであるから、訂正後発明におけるように「コンクリート構造物」を製造するためのセメントの混練において、六価クロム量に対し還元剤を当量以上存在させることは、当業者が容易に想到することができない。
ウ 訂正後発明は、六価クロム等を流出させることがなく、しかも圧縮強度の低下もないという効果を奏する。
(2) 以下、順に反論する。
ア アの点に対して 引用例1(甲第2号証)には、「その目的とするところは、セメント中に存在する6価クロムが粗、細骨材と水と練り混ぜる際に溶出し、これらが洗浄水や廃水中に溶出して、廃水中に6価クロムが存在することのないよう、生コンクリート又はセメント製品中の6価クロムを第一鉄塩によって3価クロムとなし、セメント製品中のアルカリによって水酸化クロムとして前記生コンクリート又は製品中に不溶性の形として封じ込み洗浄水や廃水中に6価クロムを溶出せしめないことにある。」(2頁右上欄15行ないし左下欄5行)、「微量の6価クロムを除去するためには先ず3価クロムに還元して水酸化クロムとして他のセメント成分とともに取り除くことが必要である。」(2頁左下欄17行ないし20行)と記載されており、引用例1記載の発明は、セメント中の六価クロム等をセメント混練中に三価クロム等に変換し、三価クロムをコンクリート構造物中に封入固化するものである。
また、引用例2(甲第3号証)には、「この発明における六価クロム、鉛の溶出防止のメカニズムは、硫酸第1鉄及びセメントが汚泥中のクロム酸鉛乃至既に遊離している六価クロム、鉛と反応し、六価クロムは還元され毒性の少ない三価のクロムとなり、不溶性の水酸化クロムを生成し、鉛は水酸化鉛になると考えられる。」(2頁左上欄19行ないし右上欄5行)、「水酸化クロム(Cr(OH)3)、水酸化鉛(Pb(OH)2)は不溶性でありセメントの中に完全に封入され外に出てこない。」(2頁右上欄9行ないし11行)と記載されており、引用例2記載の発明も、汚泥中の六価クロム等をセメントとの混練中に三価クロム等に変換し、三価クロムをセメント中に封入固化するものである。
したがって、訂正後発明、引用例1記載の発明及び引用例2記載の発明は、いずれも、セメントにより固化する材料中のクロムその他の有害物質を還元し、固化された製品からの六価クロム等の流出を防止、安全な製品を提供しようととする課題を有する点で共通しているのであり、引用例2記載の発明と訂正後発明の技術的課題が全く別異のものであるとすることはできない。
そして、引用例2(甲第3号証)には、「硫酸第1鉄の理論的添加量は、六価クロムの量の16倍であった。然し乍ら固体中の反応という特殊な状況及び国が定めた判定基準により、用いられる硫酸第1鉄の量は、含有される六価クロムの量の約19.2倍以上にすべきことが判った。」(2頁右上欄18行ないし左下欄3行)と記載され、環境汚染防止のために還元剤を理論的添加量より多めに添加することが示されているのである。
一方、引用例1記載の発明も、固体中の反応であり、廃水中の六価クロムの量が国が定めた判断基準以下でなければならないことは明らかであるから、甲第2号証記載の発明において、甲第3号証に記載の、環境汚染防止のために還元剤を理論的添加量より多めに添加する技術を適用することが困難であるとはいえない。
イ イの点に対して 引用例1(甲第2号証)には、圧縮強度に関して、「6価クロムの酸化還元当量に大体近い量の硫酸第一鉄溶液を添加することによりセメント製品はその廃液中に6価クロムが溶出されないことが解った。又その一定日数の材齢後の圧縮強度も、
この程度の鉄塩の添加によって殆ど変わらずJIS規格に合格するものを得ることができることがわかった。」(3頁左上欄11行ないし17行)と記載されているが、当量以上の還元剤の添加により、圧縮強度が低下するとは記載されていない。
さらに、引用例1の実施例1には、「製品1t当り、硫酸第一鉄7水塩10%溶液を1ないし3 程度を混入して練り混ぜを行い生コンクリートの製造を行うようにした爾後廃水中のCr6+の量は排出基準以下となり、かつコンクリートの色及び26日養生後の圧縮強度も従来と殆ど変りなく」(3頁右下欄12行ないし17行)と記載されている。硫酸第一鉄7水塩10%溶液1ないし3 中の硫酸第一鉄7水塩の量は100〜300gであるから、コンクリート製品の0.001〜0.003%に当たり、この程度の還元剤の添加では、圧縮強度はほとんど変わらないことが示されている。
さらに、引用例1(甲第2号証)には、「発明者は試験的にセメント1:砂3の比に配合して各区がコンクリートブロックの100Kgに相当する量を配合し、その各々に加える使用水中に次の量の硫酸第一鉄溶液(7水塩として10%)を添加して」(2頁右下欄18行ないし3頁左上欄2行)と記載され、製品100Kgに硫酸第一鉄溶液を100〜300m使用したサンプルが示され、「この試験からすると・・・その廃液中に六価クロムが溶出されないことが解った。又その一定日数の材齢後の圧縮強度も、この程度の鉄塩の添加によっては殆ど変らず」と記載されている(3頁左上欄6行ないし16行)。この試験でサンプル中の硫酸第一鉄7水塩(FeSO4・7H 2O)は10〜30gである。そして、サンプル製品中の6価クロムの量は正確にはわからないが、引用例1には「通常セメント中にクロムイオンが存在して製品1t中に3酸化クロムとして20gにも及ぶ量が存在する」(1頁右下欄15行ないし17行)と記載されており、製品1t中に3酸化クロム(Cr2O 3)として20g存在すると仮定すると、製品100Kg中の6価クロムCr6+の量は約1.4gであるから、還元剤である硫酸第一鉄7水塩の量は6価クロム量の約7〜21倍に相当し、この程度の還元剤の添加では、圧縮強度はほとんど変わらないことが示されているのであるから、還元剤を六価クロムイオンの量の19.2倍使用した場合においても圧縮強度がほとんど低下しないことは容易に予測することができる。
なお、この点に関して、原告は、訂正後発明では、セメントの六価クロム量に対し15ないし30倍の「還元剤硫酸第一鉄」を使用するものである旨主張しているが、訂正後発明は、還元剤の種類を限定したものではない。そして、還元剤が「硫酸第一鉄7水塩」の場合は、原告も認めるとおり、六価クロムに対する酸化還元当量は六価クロム重量の16倍であり、「硫酸第一鉄7水塩」を16倍程度用いることは、引用例1(甲第2号証)に明確に示されているのである。
一方、引用例2(甲第3号証)において、硫酸第一鉄を添加しない実験2と硫酸第一鉄を添加した実験4とを比較すると、原告主張のように、固化物の圧縮強度は低下していることが認められるが、実験4は、セメント500g及び汚泥1000gに対し硫酸第一鉄300gと、硫酸第一鉄を固化物全体の約17重量%も添加しているのであり、還元剤を六価クロムイオンの量の19.2倍使用したことにより圧縮強度が低下したというよりも、固化物全体に対し還元剤を大量に添加したことにより圧縮強度が低下したと見るべきである。
したがって、引用例2に還元剤の添加により圧縮強度が低下した例が記載されているからといって、引用例1記載の発明のコンクリート構造物の製造の際のセメントの混練において、六価クロム量に対し還元剤を酸化還元当量以上添加することが、当業者にとって困難であったとはいえない。
ウ ウの点に対して 訂正明細書(甲第5号証、乙第2号証)には、訂正後発明について、還元剤を添加した時の圧縮強度が、還元剤を添加しない時の圧縮強度に比較して低下しないものであることは記載されておらず、原告が主張する「圧縮強度が低下しないものである」ことは、訂正後発明の特有の効果であるとすることはできない。
また、仮に訂正後発明が圧縮強度が低下しないものであるとしても、上記イで述べたとおり、引用例1(甲第2号証)には、六価クロム量に対し還元剤を16〜19.2倍存在させることにより、六価クロム等を流出させることがなく、しかも圧縮強度の低下もないコンクリート構造物が得られることが記載されているのであるから、訂正後発明の効果が格別顕著であるとはいえず、訂正後発明の構成のように「還元剤の量を六価クロム量の15〜30倍でかつ、圧縮強度が低下しない量」とすることは、当業者が容易になし得ることである。
理 由1 取消事由1(一致点の誤認)について (1) 原告は、決定は、訂正後発明と引用例1記載の発明とを対比して、引用例1記載の発明における「生コンクリート製造又はセメント製品製造の際」は、訂正後発明における「コンクリート構造物を作る際」に対応するものであるとして、
両者は、「コンクリート構造物を作る際」との点で一致している旨認定している(決定書3頁10行ないし17行)が、「コンクリート構造物」と「セメント製品」とは全く別異のものであり、また、引用例1記載の発明の「生コンクリート製造」におけるその用途は、その特許請求範囲の記載からして、「セメント製品」を製造するための「生コンクリート」であることは明白である旨主張している。
(2) しかしながら、訂正後発明の要旨は、前記「事実」欄第2の2(2)に記載のとおりのものであり、訂正明細書(甲第5号証、乙第2号証)の記載をみても、訂正後発明における「コンクリート構造物」との構成は、その種類や製造工程等について何ら限定されていないことが認められ、また、訂正後発明における「セメント混錬時」との構成についても特段の限定はなく、訂正明細書実施例には、
セメント、骨材、砂、水を混錬する例が記載されている(段落【0012】)ことが認められる。
そうとすれば、一般的に、「コンクリート構造物」とは、コンクリートを主材料とする構造物のことであり、また、被告が主張するように、「コンクリート」は、
セメント、水、骨材、更に混和材料を適当な割合に調合して練り混ぜたもので、セメントと水の化学反応により硬化体となるものを意味し、「セメント」は、土木・建築分野においては、モルタル、コンクリートに使用される無機質の水硬性セメントを意味し、骨材は、その粒度により細骨材と粗骨材に分類され、その種類として、砂、砂利の他、フライアッシュ、鋼砕スラグ、銅砕スラグ、建設廃棄材等の有害金属を含有する可能性があるものも含まれ、混和材料は、コンクリートの性質を改良するためにセメントに加えられるもので、AE剤、減水剤などがあることが明らかである。
他方、甲第2号証によれば、引用例1には、「生コンクリート製造又はセメント製品製造において、セメント、骨材及び水の練り混ぜに際し」との記載(特許請求の範囲)、「本発明は生コンクリート又はセメント製品の製造において、使用する粗、細骨材セメント及びAE剤等を水をもって練り混ぜるに際し」(2頁右上欄9行ないし11行)との記載、実施例1の「生コンクリートを練り混ぜこれをトラック上のミキサ又はコンクリートトランスファーカーによって諸処に運搬供給をするコンクリートプラントにおいて」(3頁右下欄4行ないし7行)との記載があることが認められる。これらの記載内容からすると、引用例1記載の発明における「生コンクリート製造又はセメント製品製造」の構成中の「セメント製品」は、「コンクリート製品」と特段異なる用語として使用されているものではなく、「コンクリート製品」といい得るものであって、工場や施工現場で製造された複数のコンクリート製品を施工現場で合体させて一つの構造物を構築するものも、「コンクリート構造物」に当たることは明らかである。また、「生コンクリート製造」とは、現場打ちのコンクリート構造物を構築するための生コンクリート製造をも含むものであり、施工現場で生コンクリート(未硬化コンクリート)を製造して、施工現場で生コンクリートを打設して構築するもののほかに、生コンクリート製造プラントで製造された生コンクリートを、コンクリートミキサー車で施工現場まで運搬供給して、その生コンクリートを施工現場で打設して構築するものも、「コンクリート構造物」に当たることも明らかであるというべきである。
したがって、引用例1記載の発明における「生コンクリート製造又はセメント製品製造において、セメント、骨材及び水の練り混ぜに際し」との構成が、訂正後発明における「コンクリート構造物を作る際に」「セメント混錬時」との構成に相当するものであることは、明らかであって、これと同旨の決定の認定には誤りはないものと認められる。
(3) 以上によれば、原告の上記の取消事由1の主張は、採用することができないものであって、原告の主張を首肯するに足りる訂正後発明に係る明細書上の記載や証拠は見いだすことができない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 原告は、決定は、訂正後発明と引用例1記載の発明との相違点(訂正後発明においては、セメントの六価クロム量に対して還元剤を15〜30倍存在せしめ、六価クロム等を放出させないようにしたのに対して、引用例1記載の発明においては、セメントの六価クロム量に対して還元剤をほぼ当量存在せしめ、六価クロムを放出させないようにした点)についての判断として、引用例2を挙げて、「一方、六価クロムと他の有害重金属を同時に安定無害化処理するために、六価クロムと他の有害重金属(例えば鉛)を含む物質に硫酸第1鉄、水、セメントを加えて攪拌し、硬化させる際、無害化処理の還元反応が固体中の反応であり、六価クロム等の排出基準等の安全性を考慮して、六価クロム量の約19.2倍以上の硫酸第1鉄を添加する構成が引用例2に記載されている。」(決定書3頁30行ないし35行)とし、その上で、「引用例2記載の発明における六価クロムに対する還元剤の添加量の技術的意義は、訂正後発明における技術的意義と相違するものではなく、引用例1に、引用例2記載の発明の構成を適用して、前記相違点にあげた訂正後発明の構成のようにすることは、当業者が容易になし得る程度のものである。」(決定書4頁1行ないし5行)と判断しているが、これらは誤りである旨主張している。
(2) 原告が、決定における上記の進歩性判断が誤りであるとする理由は、次のアないしウの点に整理することができる。
ア 引用例2(甲第3号証)記載の発明と訂正後発明における対象物は全く異なるものであり、両者の技術的意義及び課題も全く別異のものである。
イ 引用例1(甲第2号証)には、六価クロム量に対し還元剤を当量以上注入すると、圧縮強度の低下を来たすことが示唆され、また、引用例2(甲第3号証)には、硫酸第一鉄の添加が19.2倍以上の場合は、圧縮強度が低下することが記載されているのであるから、訂正後発明におけるようにコンクリート構造物を製造するためのセメントの混錬において、六価クロム量に対し還元剤を当量以上存在させることは、当業者が容易に想到することができない。
ウ 訂正後発明は、六価クロム等を流出させることがなく、しかも圧縮強度の低下もないという格別顕著な効果を奏する。
(3) 上記の原告の主張に係るアないしウの要点について、以下検討する。
ア アの点について 甲第5号証、乙第2号証によれば、訂正後発明の技術的意義に関して、訂正明細書には、【従来の技術】として、「従来六価クロム等による土壌汚染あるいは河川等の汚染が問題となっていた。また最近まであまり問題とされなかったセメント中の六価クロム等が近年汚染源として注目されるようになった。・・・従来コンクリート構造物を作る場合、ブリージング水を集めて六価クロム等を無害な三価クロム等に化学変換させていたが、三価クロム等の状態で自然界に存在させても自然界の条件によっては再度六価クロム等に変換する恐れがあった。」(段落【0002】、【0003】)との記載、【発明が解決しようとする課題】として、「そこで本発明者は、これらの欠点を解消すべく種々研究を重ねてセメント中の六価クロム等の有害物質、あるいは処理した三価クロム等を自然界に放出しない工法について完成させた。」(段落【0004】)との記載、【課題を解決するための手段】として、「本発明は、セメントの混錬時に還元剤を存在させて行い、コンクリート構造物を作ることによってセメント中に存在させる六価クロム等を三価クロム等に融合変換させてコンクリート構造物中に封入する方法である。・・・従来六価クロムを三価クロム等に化学変換するためには酸性側(例えばPH3)において有効とされていたが為にセメント等のアルカリ性物質にしようとしても効果がないものと考えられていた。しかしながら意外にもアルカリ性領域内においても好適に還元が作用して六価クロム等を三価クロムイオン等に融合変換し得ることを見出したのである。」(段落【0005】、【0006】)との記載、【発明の効果】として、
「本発明方法によればセメント中の六価クロム等をセメント混錬中に三価クロム等に融合変換し、その状態でコンクリート構造物中に封入固化することができるので、ブリージング水や排水中に三価クロム等を流出することがないので土壌、河川、海洋等の自然界を汚染することがなくなる。」(段落【0013】)との記載がそれぞれあることが認められる。
甲第2号証によれば、引用例1記載の発明の技術的意義に関して、引用例1には、「発明者は、・・・セメント製品を製造する際に可溶性の6価クロムをセメント製品の中に不溶性の形として封じ込んでしまえば、セメント製品の排水中に6価クロムが溶存することもなく、・・・排出基準以下の排水となし得ることができるのであろうと考え本発明を完成するにいたった。本発明は生コンクリート又はセメント製品の製造において、使用する粗、細骨材セメント及びAE剤等を水でもって錬り混ぜるに際し、所要の水に、セメント中に存在する6価クロムの少なくとも酸化還元当量以上に相当する第一鉄塩を溶解せしめて練り混ぜることを特徴とする廃水中にクロムイオンを生じないセメント製品の製造に係り、その目的とするところは、セメント中に存在する6価クロムが粗、細骨材と水と練り混ぜる際に溶出し、
これらが洗浄水や廃水中に溶出して、廃水中に6価クロムが存在することのないよう、生コンクリート又はセメント製品中の6価クロムを第一鉄塩によって3価クロムとなし、セメント製品中のアルカリによって水酸化クロムとして前記生コンクリート又は製品中に不溶性の形として封じこみ、洗浄水や廃水中に6価クロムを溶出せしめないことにある。」(2頁左上欄19行ないし左下欄第5行)、「この試験からすると溶出される6価クロムの酸化還元当量に大体近い量の硫酸第一鉄溶液を添加することによりセメント製品はその廃液中に6価クロムが溶出されないことが解った。又その一定日数の材齢後の圧縮強度も、この程度の鉄塩の添加によって殆ど変わらずJIS規格に合格するものを得ることができることがわかった。以上のことから、技術常識である酸性における酸化反応でなくとも6価クロムの還元除去が行われることは確実であり、これは従来の技術常識では全然予想し得なかったことである」(3頁左上欄11行ないし右上欄1行)」とそれぞれ記載されていることが認められる。したがって、引用例1記載の発明は、セメント中の六価クロム等をセメント混練中に三価クロム等に変換し、三価クロムをコンクリート構造物中に封入固化するものであることが認められる。
次に、甲第3号証によれば、引用例2記載の発明の技術的意義に関して、引用例2には、「特許請求の範囲」に「(1)クロム酸鉛を含む汚泥等に硫酸第1鉄とセメントとを添加混合して固化することを特徴とするクロム酸鉛を含む汚泥等の安定無害化処理方法。(2)硫酸第1鉄を、クロム酸鉛を構成する六価クロムの量の19.2倍以上とした特許請求の範囲(第1項)記載のクロム酸鉛を含む汚泥等の安定無害化処理方法。」と記載され、さらに、「この発明は、クロム酸鉛を含む汚泥等の安定無害化処理方法に関し、特にクロム酸鉛を構成する六価クロム、鉛が遊離して汚泥の投棄による公害を惹起するのを、硫酸第1鉄とセメントとの併用によって抑止する。」(1頁左下欄15行ないし19行)、「この発明における六価クロム、鉛の溶出防止のメカニズムは、硫酸第1鉄及びセメントが汚泥中のクロム酸鉛乃至既に遊離している六価クロム、鉛と反応し、六価クロムは還元され毒性の少ない三価のクロムとなり、不溶性の水酸化クロムを生成し、鉛は水酸化鉛になるものと考えられる。」(2頁左上欄19行ないし右上欄第5行)、「水酸化クロム(Cr(OH)3)、水酸化鉛(Pb(OH) 2)は不溶性であり硬化したセメントの中に完全に封入され外に出てこない。」(2頁右上欄9行ないし11行)とそれぞれ記載されていることが認められる。したがって、引用例2記載の発明も、汚泥中の六価クロム等をセメントとの混練中に三価クロム等に変換し、三価クロムをセメント中に封入固化するものであることが認められる。
以上によれば、訂正後発明、引用例1記載の発明及び引用例2記載の発明は、いずれも、セメントにより固化する材料中の六価クロムを還元し、三価クロムを固化された生成物中に封入することによって、六価クロムや三価クロムの流出を防止して、安全な生成物を提供して環境汚染を防止しようとするという技術的課題、意義を有している点で共通していることが認められ、原告主張のように、引用例2記載の発明と訂正後発明ないし引用例1記載の発明との間で、技術的課題、意義が別異のものである、と解することができないことは明らかである。
そして、引用例2には、「硫酸第1鉄の理論的添加量は、汚泥中に含有される六価クロムの量の16倍であった。然し乍ら固体中の反応という特殊な状況及び国が定めた判定基準により、用いられる硫酸第1鉄の量は、含有される六価クロムの量の約19.2倍以上にすべきことが判った。」(甲第3号証2頁右上欄18行ないし左下欄3行)と記載されており、環境汚染防止のためには還元剤を理論的添加量より多めに添加することが開示されていることが認められる。
一方、引用例1記載の発明も、固体中の反応であり、かつ、廃水中の六価クロムの量が国が定めた判定基準以下でなければならないことは明らかであり、また、引用例1には、上記のとおり、「本発明は生コンクリート又はセメント製品の製造において、使用する粗、細骨材セメント及びAB剤等を水でもって練り混ぜるに際し、所要の水に、セメント中に存在する6価クロムの少なくとも酸化還元当量以上に相当する第一鉄塩を溶解せしめて練り混ぜることを特徴とする廃水中にクロムイオンを生じないセメント製品の製造に係る」と記載されており、引用例1記載の発明は、セメント中に存在する6価クロムの「少なくとも酸化還元当量以上に相当する」第一鉄塩を用いることを特徴とすることが示されている。
したがって、引用例1記載の発明において、引用例2に記載される「環境汚染防止のために還元剤を理論的添加量より多めに添加する」という技術的思想を適用することは、格別困難であるとは認めることができない。
イ イの点について 引用例1(甲第2号証)には、上記判示のとおり、「本発明は生コンクリート又はセメント製品の製造において、使用する粗、細骨材セメント及びAB剤等を水でもって練り混ぜるに際し、所要の水に、セメント中に存在する6価クロムの少なくとも酸化還元当量以上に相当する第一鉄塩を溶解せしめて練り混ぜることを特徴とする廃水中にクロムイオンを生じないセメント製品の製造に係る」と記載されており、引用例1記載の発明は、セメント中に存在する6価クロムの「少なくとも酸化還元当量以上に相当する」第一鉄塩を用いることを特徴とすることが示されているが、この六価クロム量の当量以上の還元剤を添加することを特徴とする引用例1記載の発明によって、圧縮強度が低下することについては何ら記載されていないことが認められる。引用例1には、発明者がした試験の結果の一例として、「6価クロムの酸化還元当量に大体近い量の硫酸第一鉄溶液を添加することによりセメント製品はその廃液中に6価クロムが溶出されないことが解った。又その一定日数の材齢後の圧縮強度も、この程度の鉄塩の添加によって殆ど変わらずJIS規格に合格するものを得ることができることがわかった。」(甲第2号証3頁左上欄11行ないし17行)と記載されていることが認められるのであり、この記載は、六価クロム量の「当量に大体近い量」の還元剤の添加によって圧縮強度がほとんど変わらず、
JIS規格に合格するものを得ることが判明したことを示すものであって、六価クロムの「当量以上」の還元剤の添加によって圧縮強度が低下するとの知見を示したり、このことについて触れるものでないことは明らかであるから、この記載をもって、圧縮強度が低下することが示唆されているものと見ることはできない。
また、甲第2号証によれば、引用例1の実施例1には、「製品1t当り、硫酸第一鉄7水塩10%溶液を1ないし3 程度を混入して練り混ぜを行い生コンクリートの製造を行うようにした爾後廃水中のCr6+の量は排出基準以下となり、かつコンクリートの色及び26日養生後の圧縮強度も従来と殆ど変りなく」(3頁右下欄12行ないし17行)と記載されていることが認められ、硫酸第一鉄7水塩10%溶液1ないし3 中の硫酸第一鉄7水塩の量は100〜300gであるから、
コンクリート製品の0.001〜0.003%に当たるものであり、したがって、
コンクリート製品の0.001〜0.003%程度の還元剤の添加では、圧縮強度はほとんど変わらないことが示されていることが認められる。
さらに、甲第2号証によれば、引用例1には、「発明者は試験的にセメント1:砂3の比に配合して各区がコンクリートブロックの100Kgに相当する量を配合し、その各々に加える使用水中に次の量の硫酸第一鉄溶液(7水塩として10%)を添加して」(2頁右下欄18行ないし3頁左上欄2行)と記載され、製品100Kgに硫酸第一鉄溶液を100〜300m使用したサンプルが示され、「この試験からすると・・・その廃液中に六価クロムが溶出されないことが解った。又その一定日数の材齢後の圧縮強度も、この程度の鉄塩の添加によっては殆ど変らずJIS規格に合格するものを得ることができた」と記載されていること(3頁左上欄6行ないし17行)が認められる。
上記試験でサンプル中の硫酸第一鉄7水塩(FeSO4・7H 2O)は10〜30gであると認められるところ、サンプル製品中の6価クロムの量は正確には分からないものの、引用例1には「通常セメント中にクロムイオンが存在して製品1t中に3酸化クロムとして20gにも及ぶ量が存在する」(1頁右下欄15行ないし17行)と記載されていることから、製品1t中に3酸化クロム(Cr2O 3)として20g存在するとして計算することは、当業者が通常採択する方法であると認められ、この場合には、被告が主張するように、製品100Kg中の6価クロムCr6+の量は約1.4gであるから、還元剤である硫酸第一鉄7水塩の量は6価クロム量の約7〜21倍に相当することが認められ、引用例1には、この程度の還元剤の添加では、圧縮強度はほとんど変わらないことが開示されているものと認めることができる。
そうすると、引用例1(甲第2号証)には、六価クロム量の7〜21倍程度の還元剤の添加では、圧縮強度はほとんど変わらないことが示されているのであるから、引用例2記載の発明におけるように、還元剤を六価クロムイオンの量の19.2倍使用した場合においても圧縮強度がほとんど低下しないことは、当業者であれば容易に予測することができるものと認められる。
なお、引用例2(甲第3号証)の記載において、硫酸第一鉄を添加しない実験2と硫酸第一鉄を添加した実験4を比較すると、固化物の圧縮強度は若干低下していることが認められるが、被告が主張するとおり、実験4はセメント500g及び汚泥1000gに対し硫酸第一鉄300gと、硫酸第一鉄を固化物全体の約17重量%も添加しているものと認められるから、引用例2の上記実験例においては、還元剤を六価クロムイオンの量の19.2倍使用したことにより圧縮強度が低下したというよりも、固化物全体に対し還元剤を大量に添加したことにより圧縮強度が低下したものと推認することができる。
したがって、引用例2の実験例として、還元剤の添加により圧縮強度が低下したものがあることが記載されているからといって、引用例1記載の発明におけるセメントの混練において、六価クロム量に対し還元剤を酸化還元当量以上添加することが、当業者にとって困難であったということはできない。
以上のとおり、原告のイの主張、すなわち、「引用例1には、六価クロム量に対し還元剤を当量以上を注入すると、圧縮強度の低下を来たすことが示唆され、また、引用例2には、硫酸第一鉄の添加が19.2倍以上の場合は、圧縮強度が低下することが記載されているのであるから、訂正後発明におけるようにコンクリート構造物を製造するためのセメントの混練において、六価クロム量に対し還元剤を当量以上存在させることは、当業者が容易に想到することができない」旨の主張は、
採用することができない。
付言すると、原告は、訂正後発明では、セメントの六価クロム量に対し15ないし30倍の「還元剤硫酸第一鉄」を使用するものである旨主張しているが、訂正後発明は、「還元剤」の構成として、その種類を限定して規定したものではなく、還元剤として「硫酸第一鉄7水塩」を用いることも含むことは、訂正明細書(甲第5号証、乙第2号証)の記載から明らかであるところ、還元剤が「硫酸第一鉄7水塩」の場合には、原告が主張するように六価クロムに対する酸化還元当量は、六価クロム量の約16倍であるから(甲第9号証参照)、還元剤をセメントの六価クロム量の16倍程度用いること(これは訂正後発明の数値範囲内のものである。)は、当業者にとって引用例1に明確に示されているものと認められる。
ウ ウの点について 一般に、「コンクリート構造物」が強度のある構造体であることは明らかであり、コンクリート構造物自体が構造物として必要な圧縮強度を備えていなければならないことは当然であって、訂正後発明においても、製造後のコンクリート構造物が必要な圧縮強度を備えているべきことはいうまでもない。
しかしながら、訂正明細書(甲第5号証、乙第2号証)には、訂正後発明について、還元剤を添加した時の圧縮強度について触れるところがなく、これが「還元剤を添加しない時の圧縮強度と比較して低下するものでない」ことについては、何ら記載されていないことが認められる。したがって、訂正後発明の作用効果として、
還元剤の添加にかかわらず圧縮強度が低下しないものであるということは、訂正明細書に記載がなく、訂正明細書上そのように解すべき根拠が示されているとはいえないものである。
なお、仮に訂正後発明が圧縮強度が低下しない効果を奏するものであるとしても、上記イに判示したように、引用例1(甲第2号証)には、六価クロム量に対し還元剤を16倍程度、あるいは、7〜21倍程度存在させることにより、六価クロム等を流出させることがなく、しかも圧縮強度の低下もないコンクリート構造物が得られることが示されているものと認められるのであるから、引用例1記載の発明と比して、訂正後発明の効果が格別顕著であるということはできない。また、訂正後発明において、還元剤の量を六価クロム量の「15〜30倍」とする、その数値範囲の臨界的な意義については、訂正明細書(甲第5号証、乙第2号証)には何ら記載されていないものと認められるから、訂正後発明の構成のように、「還元剤の量を六価クロム量の15〜30倍」とすることは、当業者が容易になし得ることであると認められる。
(4) 以上のとおり、原告の取消事由2の主張は、採用することができず、他に、決定の上記(1)の進歩性の判断内容について、誤りであることを首肯するに足りる主張及び立証はない。
3 結論 以上の次第で、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 橋本英史