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関連審決 不服2000-1945
関連ワード 特許を受ける権利 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  参酌 /  実施 /  交換 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 69号 審決取消請求事件
原告 株式会社ワイ・ワイ・エル
訴訟代理人弁理士 加藤朝道
同 内田潔人
同 石田康昌
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 藤本信男
同 田中秀夫
同 高木 進
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/04/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2000-1945号事件について平成13年1月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 株式会社ユニネットは、平成6年11月28日、名称を「ケーブルインコンジット導体」(その後「超伝導コイルシステム」に補正)とする発明につき特許出願をした(特願平6-316071号)ところ、原告は、同会社からその特許を受ける権利を譲り受け、平成8年12月5日、その旨を特許庁長官に届け出た。
原告は、平成12年1月12日に拒絶査定を受けたので、同年2月17日にこれに対する不服の審判の請求をし、不服2000-1945号事件として特許庁に係属したところ、原告は、同年3月21日付け手続補正書をもって明細書の補正(以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は、同年12月12日に本件補正を却下する旨の決定(以下「本件補正却下決定」という。)をするとともに、平成13年1月10日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その審決謄本は同月23日原告に送達された。
2 特許請求の範囲の請求項1の記載 (1) 平成9年3月18日付け及び平成11年12月14日付け各手続補正書による補正後、本件補正前の明細書(以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなることを特徴とする超伝導装置。
(2) 本件補正後の明細書(以下「補正後明細書」という。)の特許請求の範囲の記載(注、補正部分を下線で示す。) 低温部に配され 超伝導 ケーブル を構成 する 超伝導素線 と、常温部 に配された給電端子 との 間を接続 する 電流 リード を備え、
該電流リードを形成する複数本の電流 リード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の超伝導素線にそれぞれ接続してなることを特徴とする超伝導装置。
(以下、特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本願第1発明」といい、特に本件補正後の明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明をいうときは「補正後発明」という。) 3 審決の理由 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件補正は却下されたことを前提に、本願第1発明の要旨を上記2(1)記載のとおり認定した上、本願第1発明は、実願昭47-128318号(実開昭49-83971号)のマイクロフィルム(本訴甲第4号証、以下「引用刊行物」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定によって特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、「1.本願発明」の欄の記載は認め、「2.引用刊行物記載の発明」は争わないが、その余は争う。
また、本件補正却下決定の理由中、本件補正に係る請求項1の記載は認め、
引用刊行物の記載事項については争わないが、その余は争う。
審決は、引用刊行物記載の発明と本願第1発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、本願第1発明の進歩性についての判断を誤り(取消事由2)、また、本件補正却下決定も、補正後発明の進歩性を否定して、その独立特許要件の判断を誤ったものである(取消事由3)ので、これらの誤りに基づいてされた審決は、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は、「本願第1発明・・・と引用刊行物に記載された発明を比較すると、引用刊行物に記載された『銅線(5)』、『編組ケーブル(1)』および『素線(2)』が、それぞれ本願第1発明の『リード線』、『超伝導ケーブル』および『素線』に相当し、両者は『電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなることを特徴とする超伝導装置。』である点で一致する」(審決謄本2頁30行目〜末行)と認定するが、この認定中、引用刊行物記載の「銅線(5)」が、本願第1発明の「リード線」に相当するとの認定部分は明白な誤りであり、そのため、一致点の認定を誤ったものである。
(2) 本願第1発明は、「リード線」について、「電流リードを形成する複数本のリード線」と規定するところ、「電流リード」の用語は、平成11年7月31日財団法人日本規格協会発行の「JIS超電導関連用語(JISH7005:1999」(甲第18号証)の番号815-06-47に、「電気絶縁(と冷却チャンネル)をもち、室温から極低温の装置に電流を送る導体」と定義されているとおり、
超伝導の分野において確立した語義を有する技術用語である。なお、上記JIS用語は、本件出願後である同年3月20日の改正に係るものであるが、本件出願前に頒布された刊行物である、平成2年3月31日社団法人電気学会発行の「超電導工学(改訂版)」(甲第12号証の1)の「超電導電磁石に電流を供給する方法としてまず考えられるのは、室温部に電源を置き、極低温部まで導かれた電流リード(リード線ともいう)を用い電流を供給する方法で、最も普通に行われている」(167頁末行〜168頁2行目)との記載、平成5年11月30日株式会社オーム社発行の「超伝導・低温工学ハンドブック」(甲第14号証)の「4.6.2 電流リード 極低温装置へ電流を供給するには電流リード(current 1ead)を用いる」(627頁左欄40行目〜42行目)との記載、1983年(昭和58年)Oxford University Press発行の「SUPERCONDUCTING MAGNETS」(甲第16号証)の「電源は、室温と液体ヘリウム温度の温度間隔に渡る、一対の電流リードによって磁石に接続されなければならない」(256頁の訳文本文8行目〜9行目)との記載等と整合するものであって、さらに、本件出願後に頒布された「Cryogenics 1998 Volume 38, Number 9」所載の「A small-scale experiment demonstrating the current lead resistance method of preventing a current imbalace」(甲第13号証)、平成10年12月20日共立出版株式会社発行の「近低温」(甲第15号証)、平成12年5月5日BICC General Superconductors発行のカタログ(甲第17号証)の各記載もこれに沿うものである。
そして、本願明細書(甲第3、第8号証)の発明の詳細な説明において、
「ガス冷却型の電流リードの他の構造として、図9に示すように、バルク材を用いる代りに、多数本の銅の細線を利用するものがある・・・。細線は最終的にはターミナルに束ねられ、超伝導コイルに接続されている。本発明においては、多数本の銅の細線を束ねることなく、図10に示すように、それぞれCIC導体の素線と接続される。図10を参照して、複数の銅の細線はそれぞれが電気的に絶縁され、各細線は接続部にて対応するCIC導体の素線にそれぞれ接続されている」(段落【0095】〜【0097】)と記載され、この記載に、各図の図示を総合すれば、本願第1発明の「電流リード」とは、低温部の超伝導素線と常温部の電流側給電端子との間を接続する導体全体であることが明らかであり、その一部のみをいうものではなく、また、電流リードと超伝導素線との接続部のことをいうのでもない。したがって、本願第1発明における「電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなる」との構成は、上記の意味での電流リードの全体の構成として規定されているものである。
(3) これに対し、引用刊行物(甲第4号証)においては、第5図に示す「銅線(5)」が上記の意味での電流リードであるとの記載はなく、かえって、「この考案は超電導ケーブルと他の導体とを接続する際の接続装置の改良に関するものである」(1頁11行目〜12行目)との記載から、これが超電導ケーブルと電流リードを構成する別の導体である銅板(3)との間の「接続装置」を指すことが明らかである(なお、引用刊行物にいう上記「超電導」は、本願第1発明の規定する「超伝導」と同義と解する。)。この接続装置に相当する部分は、本願第1発明においては、図10の「接続部」として示されているものであって、電流リードの全体の構成を示すものではない。すなわち、引用刊行物の銅線(5)は、銅板(3)と超伝導ケーブルとの間の接続装置の一部を成すものであって、銅板(3)と超伝導素線(2)との間の接続部において、分離された銅線を用いているものにすぎず、これをもって、この銅線(5)が「リード線」に相当するとはいえない。
(4) 被告は、引用刊行物における「銅線(5)」は、明らかに銅板(3)と編組ケーブル(1)の素線(2)とを電気的に接続するものであるとした上、この「銅線(5)」と本願第1発明におけるCIC導体の素線とブスバーを接続する複数本の銅の細線である「電流リード」とは何の相違もないと主張するが、本願第1発明の技術分野における「電流リード」が確立した技術用語であること、引用刊行物の「銅線(5)」とは「接続装置の中の銅線」であること、この接続装置とは本願第1発明でいう「電流リード」を用いた場合に本願明細書の図10に示す「接続部」に相当する部分であることを看過したものであり、失当である。
被告は、また、引用刊行物の「接続装置」に相当する部分は超電導素線との接続部分ではなく、超電導素線と銅板を接続する接続部全体であるとも主張する。しかし、このように、「接続装置」が「超電導素線と銅板を接続する接続部分全体である」と主張してみても、この「銅板」自体が本願第1発明では「電流リード」に相当するものである以上、引用刊行物の接続装置の「銅線(5)」が、「電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく」構成した本願第1発明の「電流リード」に相当するなどということは、論理的に全くあり得ない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り) (1) 審決は、「本願第1発明は、引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ」る(審決謄本3頁2行目〜3行目)と判断するが、誤りである。
(2) 引用刊行物には、本願第1発明において課題とする超伝導素線間の偏流防止とクエンチの防止、渦電流の防止のため、電流リード自体の構成をどのようにするべきかについて、いかなる問題提起も存在しない。すなわち、引用刊行物(甲第4号証)の「このように撚り線又は編組線ケーブルを・・・用いる場合に問題となるのは、超電導コイルを励磁する電源からのリード線(通常は銅で作られている)などの導体と超電導ケーブルとを接続する際の接続装置である。・・・従来の超電導ケーブルと他の導体との接続においては、相当注意して工作されたとしても、超電導ケーブル(1)の各々の素線(2)と銅板(3)との接続電気抵抗にバラツキが生じることは避け得なかった。このように各素線(2)の接触抵抗にバラツキが存在する場合には後述の欠点が生じる」(1頁19行目〜2頁18行目)、「一方、各々の超電導素線の許容電流Iqは、温度・印加磁界・冷却条件等により決定され、それ以上電流を流すと超電導状態が破れる。・・・従来の接続においては、
ケーブル全体としての許容電流は素線1本だけを用いる時の電流容量にケーブルを構成する素線の数を乗じた値より低く、ケーブル全体としての許容電流が小さくなるという欠点があった。この考案は、以上の欠点を解消し、超電導ケーブルを構成する各々の素線に均一な電流を流し、全体の許容電流を増す事を目的とする」(3頁15行目〜4頁13行目)との記載から明らかなとおり、引用刊行物記載の発明は、超電導ケーブルとリード線(銅板)との「接続装置」を改良することによって、各々の素線に均一な電流を流し、全体の許容電流を増すことを目的とするものであり、その開示するところは、リード線は従来どおりの銅板でよいとするものであって、リード線自体を改良することが不可欠であることについては、何ら示唆するところがない。
被告は、本願第1発明の「電流リード」は、「複数本のリード線」から形成されたものにすぎず、引用刊行物の「銅線(5)」と何ら相違のないものであると主張する。しかし、この主張は、前述のとおり、「銅線(5)」が、本願第1発明の図10に示す実施例でいえば、単に電流リードと超伝導素線(CIC導線の素線)の間の「接続部」に相当するものにすぎない点を看過したものであり、失当である。
(3) 本願第1発明は、その要旨として規定する構成によって、超伝導素線間の偏流がおのずと防止されるという驚くべき効果を達成する。これによって、従来必要とされてきた、複数の素線間の厳密な抵抗の一致が不必要となり、そのための調節やインダクタンスの厳密な整合も不要となることが判明している。しかも、このような顕著な効果が、簡単な構成によって達成されるという重ねての効果も存在する。
3 取消事由3(本件補正却下決定の判断の誤り) 本件補正却下決定(甲第5号証)は、補正後発明の独立特許要件につき、
「補正後発明は引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる」(2頁23行目〜24行目)と判断し、独立特許要件を欠くものとした。しかし、本件補正は、本願明細書(甲第3、第8号証)の特許請求の範囲に記載されている「電流リード」の定義を念のため明りょう化するため、「電流リード」が「低温部に配され超伝導ケーブルを構成する超伝導素線と、常温部に配され給電端子との間を接続する」ものであることを明確にしたにすぎず、実質的には、本件補正の前後を通じて、本願第1発明の内容は同一である。
したがって、補正後発明の進歩性を否定し、独立特許要件を欠くとした判断が誤りであることは、上記1、2から明らかである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 原告は、本願第1発明の「電流リード」とは、低温部の超伝導素線と常温部の電流側給電端子との間を接続する電流リード全体のことをいい、その一部のみ、
あるいは電流リードと超伝導素線との接続部のことをいうものではない旨主張するところ、本願明細書(甲第3、第8号証)において、「低温部の超伝導素線と常温部の電流側給電端子との間を接続する導体」を「電流リード」と称していること自体は認められるものの、他に「電流リード」についての説明はないから、本願第1発明の「電流リード」が、上記電流リードの全体を意味するとの主張は、発明の要旨に基づくものとはいえない。
また、原告の援用する甲第12〜第17号証においても、「電流リード」が高温端から低温端に至る導体全体のみを意味することは示されていない。むしろ、
甲第15号証82頁〜84頁には、高温端に接続された「銅リード」と低温端に接続された「HTSCリード」を接続した電流リードが記載されており、低温部と高温部を接続する複数の導体の一部をも「リード」と称している。
他方、引用刊行物(甲第4号証)には、「第5図は・・・一実施例を示す図で、編組したケーブル(1)と銅板(3)との接続を示し、編組ケーブル(1)の接続端において絶縁をはがされた各々の素線(2)は銅線(5)の絶縁をはがされた一端に数回巻付け接触電気抵抗を小さくしてハンダ付けされている。また銅線(5)は絶縁を被った部分を残して他端を銅板(3)に接触電気抵抗を小さくするように接触させハンダ付けされている。上記の銅線(5)の絶縁を被った部分(c)が・・・各超電導素線(2)に直列に挿入された抵抗体となる。なお、各超電導素線(2)は銅板(3)にいたるまで互いに絶縁を施されている」(6頁4行目〜16行目)と記載され、第5図には、銅線(5)が束ねられていないことが示されている。これらの記載からみて、引用刊行物における「銅線(5)」は、明らかに銅板(3)と編組ケーブル(1)の素線(2)とを電気的に接続するものであり、この「銅線(5)」と本願第1発明におけるCIC導体の素線とブスバーを接続する複数本の銅の細線である「電流リード」とは何の相違もないから、「銅線(5)」が「常温部の電流側給電端子と低温部の超伝導素線との間を接続する」導体の少なくとも一部を構成することは明らかである。
したがって、審決が、「常温部の電流側給電端子と低温部の超伝導素線との間を接続する」導体の一部を構成する引用刊行物の「銅線(5)」を「リード線」に相当すると認定したことに誤りはない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)に対して 原告は、引用刊行物はリード線自体の改良については、何ら示唆するところがない旨主張するが、本願第1発明の「電流リード」は、「複数本のリード線」から形成されたものにすぎず、これが引用刊行物の「銅線(5)」と何ら相違のないものであることは前述のとおりである。
また、原告は、本願第1発明の顕著な効果についても主張するが、本願第1発明と引用刊行物記載の発明とでは、表現上の差違以外の相違はないものであるから、本願第1発明の効果は、引用刊行物記載の発明において既に達成されている効果でしかない。現に、引用刊行物(甲第4号証)にも、「導体からの電流を各超電導素線に均一に分流が可能」(8頁6行目〜7行目)との効果が記載されているところである。
3 取消事由3(本件補正却下決定の判断の誤り)に対して 補正後発明が、本願明細書記載の本件第1発明と実質的に同じであることは原告の自認するところであり、本件補正において限定のため加えられた構成に係る技術事項、すなわち、超伝導素線と給電端子とをどのような温度部に配するかは、
超伝導コイルを形成する他の構成との関係において当業者が適宜選択すべき設計的事項であって、補正後発明のような構成にすることにより格別の効果を奏するものではない。したがって、上記1、2で述べたところと実質的に同じ理由により、本件補正却下決定の判断に誤りはないというべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 原告は、超伝導の分野において「電流リード」は技術用語として確立した意味を有することを前提に、本願第1発明における「電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなる」との構成は、「電流リード」、すなわち「低温部の超伝導素線と常温部の電流側給電端子との間を接続する導体の全体」の構成を規定するものである旨主張するので、以下のとおり、検討する。なお、原告が本件補正前の本願明細書(甲第3、第8号証)の記載を前提として取消事由1の主張をしていることにかんがみ、以下の検討もその前提で行う。
(2) 原告は、「電流リード」が技術用語として確立していたとの主張を裏付けるものとして、前掲甲第12号証の1、甲第13〜第18号証を援用するところ、
本件出願前の発行に係る甲第12号証の1、甲第14、第16号証に原告の引用に係る記載(前記第3の1(2)参照)があることが認められ、これらの記載においては、「電流リード」を、常温部にある電源部から低温部にある超伝導コイルに電流を供給する導体を指すものとして用いられていたことがうかがわれるものの、それ自体、「電流リード」の用語の使用例にすぎず、その一般的な意義を定義する趣旨のものとは認められない。また、JIS用語上の取扱いを見ても、平成11年3月20日改正後の定義として、「電気絶縁(と冷却チャンネル)をもち、室温から極低温の装置に電流を送る導体」(甲第18号証)とされていることは原告の主張するとおりであるが、本件出願当時に通用していた定義では、「電流を導入する役割をもつ金属線 参考 超電導機器に使用する場合には、通電によって発生するジュール熱と、これを通して伝わる侵入熱との調整に配慮が必要」とされていたにすぎない(平成3年3月31日財団法人日本規格協会発行の「JIS超電導関連用語(JIS H7005-1991)」〔乙第1号証〕)。そうすると、本件出願当時、超伝導の分野において、「電流リード」の用語は、主として、常温部にある電源部から低温部にある超伝導コイルに電流を供給する導体を指すものとして用いられていたことがうかがわれるが、原告の主張する意味で、一義的に明確な定義が付与されていたとまでは認めるに足りないというべきである。
(3) そこで、本願第1発明の「電流リード」の意義を検討するに、本願明細書(甲第3、第8号証)の特許請求の範囲の記載において、「電流リード」に関しては、「電流リードを形成する複数本のリード線・・・」と規定するにとどまり、その意義を明らかにするものとはいえないので、更に発明の詳細な説明の記載を見ると、「【0090】超伝導コイルは低温中にあり、それの電源は常温にある。【0091】電気伝導の良い銅、アルミなどで接続されるが、常温から低温への熱伝導及び電流による発熱は大きな研究課題である。このため、『電流リード』と称呼される装置が用いられる。【0092】図8を参照して、常温中の電源は、電流リードを介して低温中の超伝導コイルに接続される。電流リードは、上面は常温で、下面は液体Heの温度とされる。【0093】常温と低温の間の領域において、電流リードは、蒸発したガスHeにより冷却され、冷却に伴う電流リードの電気抵抗の低減によるジュール発熱の低減、常温側からの熱を熱交換することによって外部に排出する等の作用をなしている」との記載が認められる。
これによれば、本願第1発明において、「電流リード」の用語は、常温部にある電源部から低温部にある超伝導コイルに電流を供給する導体を指すものとして用いられていることが認められ、このことは、上記(2)で認定した甲第12号証の1、甲第14、第16号証における用法とも、また、本件補正の内容とも符合するものである。したがって、本願発明の新規性ないし進歩性の判断に当たっても、
「電流リード」をこの意義に解するのが相当である。なお、原告の「電流リード」の意義に関する上記主張は、本願第1発明の構成が「電流リード」の全体の構成を規定するものかどうかの点を別とすれば、上記認定のとおりの趣旨をいうものと解され、また、この認定の限りでは被告も争うものではない。
(4) 進んで、本願第1発明の構成が、「電流リード」の全体の構成を規定するものかどうかについて、判断する。
ア まず、本願第1発明の要旨に規定する「電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなる」との文言自体の解釈として、当該リード線が、「電流リードの一部を形成する」ものであっても、「電流リードを形成する」こと自体に変わりはないのであるから、電流リードを形成するリード線の一部分のみを「束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなる」構成のものも、本願第1発明に含まれると解するのが相当である。
イ また、本願明細書(甲第3、第8号証)の発明の詳細な説明の記載を参酌しても、「【0063】図6に、2本の素線におけるクエンチによる分流の様子を示す。・・・【0064】素線1を流れている電流I1は、クエンチ部にて分流する。この大きさは抵抗R1とR Cによって決まるが、抵抗R 1が大きくなると素線2に分流する割合が大きくなる。【0065】実際には多くの素線間でこの現象が生じる。このような分流が行なわれることによって、素線電流が均一化され、コイルが安定に運転できるようになる。【0066】しかし、このような構造を採用すればクロムメッキの厚さや、クロムメッキの厚さに応じた転流等を検討することが必要とされ、このため解析は複雑になり、実験が要求される。・・・【0068】結局、この種の研究の要旨は、渦電流損を低減するには完全に絶縁すれば良いが、
素線の偏流が生じることから、コイルの要求仕様に応じて、クロムメッキ等の調整を行うことがCIC導体の最も重要な設計法である。【0069】しかしながら、
現状では、コイルの要求仕様に応じて、クロムメッキ等の調整を行なうための完全な設計法は確立されていない。【0070】本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、渦電流損等のAC損を低減すると共に、素線の偏流を完全に回避し、且つ容易に設計可能な装置を提供することを目的とする」、「【0097】本発明においては、多数本の銅の細線を束ねることなく、図10に示すように、それぞれCIC導体の素線と接続される。図10を参照して、複数の銅の細線はそれぞれが電気的に絶縁され、各細線は接続部にて対応するCIC導体の素線にそれぞれ接続されている。【0098】すると、電流リードも含めた超伝導コイルの等価回路は、図11に示すものとなる。【0099】図5に示した前記等価回路においては、抵抗が超伝導コイルのものであったため、冷却すると零になるが、本実施例では、コイルを冷却しても電流リード部の電源側付近は常温からそれ以下の温度であるため、抵抗は有限値として残る。・・・【0105】電流リードの銅の細線の抵抗のバラツキは幾何学的なバラツキ程度であるから・・・素線の電流比i1/i 2の値はほとんど1と等しくなる。・・・【0107】問題は上式(9)が成立するかどうかであるが・・・【0109】ほんのわずかの抵抗でも十分に上式(9)が成立することが推測される」、「【0118】本実施例において、電流リード部に冷却しない部分をもうけると、その部分では冷却しないので、ガスHeを消費しない。その部分は常温なので比較的抵抗が大きく、より電流がバランスする。これはブスバーの一部とも考えられる。【0119】図8に示すように、電流リードは2個必要であるが、上式(9)の条件が成立すれば、電流リードの一方のみを本実施例に従い製作しても良い」との記載が認められる。
この記載に、図6、10、11の図示を総合すれば、本願第1発明は、
超伝導ケーブルを構成する複数本の素線の電流の均一化を図ることが技術的に困難であるとの課題を解決するため、その要旨に規定する構成を採用することとし、電流リードに有限値として残るわずかな抵抗を利用して、上記素線の電流の均一化を図ったものと認められる。そうすると、本願第1発明における電流リードに係る構成は、その抵抗の利用に主眼があると認められるものであるから、原告の主張するように、常温部にある電源部から低温部にある超伝導コイルに至る全体にわたって、「複数本のリード線が束ねられることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続」されていることまで要求するものとは解されず、他にこのような解釈を基礎付ける記載もない。しかも、「電流リードの一方のみを本実施例に従い製作しても良い」との上記記載にいう「本実施例」が、本願第1発明の構成を意味することは、前後の文脈から認められるところである。
ウ 以上の認定判断に加え、前掲甲第15号証の「図3.15(c)の・・・銅リードとHTSCリード」(84頁2行目〜3行目)との記載にあるように、電流リードの一部を「リード」と呼ぶ用例も存在することは、被告の主張するとおりであり、この点も併せ考えると、本願第1発明の「電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなる」との構成は、常温部にある電源部から低温部にある超伝導コイルに電流を供給する導体(電流リード)の全部に適用することを規定するものとはいえず、その一部のみに適用されているものを含むというべきである。
(5) 上記の認定判断に基づいて、引用刊行物記載の発明について見るに、引用刊行物(甲第4号証)には、「第4図は、この考案に係る接続装置の原理を説明する等価回路図であるが・・・上記の回路に電流I0を通電した場合、定常状態において各超電導素線に分流する電流は次式によって与えられる。(注、式略)即ち電流は各素線に均一に分流することになり、超電導ケーブルの許容電流は1本の素線の許容電流Iqに素線の数nを乗じた値にほぼ等しくなる。第5図は、第4図において示された原理に基いてなされた一実施例を示す図で、編組したケーブル(1)と銅板(3)との接続を示し、編組ケーブル(1)の接続端において絶縁をはがされた各々の素線(2)は銅線(5)の絶縁をはがされた一端に数回巻付け接触電気抵抗を小さくしてハンダ付けされている。また銅線(5)は絶縁を被った部分を残して他端を銅板(3)に接触電気抵抗を小さくするように接触させハンダ付けされている。上記の銅線(5)の絶縁を被った部分(C)が、第4図において示された、各超電導素線(2)に直列に挿入された抵抗体となる。なお、各超電導素線(2)は銅板(3)にいたるまで互いに絶縁を施されている」(4頁15行目〜6頁16行目)との記載が認められ、第5図には、銅線(5)が束ねられていない構成が示されている。なお、引用刊行物にいう「超電導」が本願第1発明にいう「超伝導」と同義であることは明らかである。
そうすると、引用刊行物における「銅線(5)」は、一端を超電導素線(2)のそれぞれに、他端を銅板(3)に接続されているものであり、この銅板(3)が、「電流リード」の一部を構成するものなのか、電源端子であるのかは明らかでないが、常温部にある電源部と電気的に接続されていることは自明である。
そうすると、上記「銅線(5)」は、「電流リード」の全部を構成する部材であるか、銅板(3)とともにその一部を構成する部材であるかはともかく、少なくとも、「電流リードを形成する」ものであることは明らかというべきである。
以上によれば、引用刊行物に記載された「銅線(5)」が本願第1発明の「リード線」に相当するとした審決の認定に誤りはなく、したがって、両者が「電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなることを特徴とする超伝導装置。」である点で一致する(審決謄本2頁35行目〜末行)とした審決の一致点の認定にも誤りはなく、原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について (1) 審決が、本願第1発明と引用刊行物記載の発明との一致点として認定した「電流リードを形成する複数本のリード線を束ねることなく、超伝導ケーブルを構成する複数本の素線にそれぞれ接続してなることを特徴とする超伝導装置」(審決謄本2頁35行目〜末行)との構成は、審決の認定する本願第1発明の要旨そのものにほかならず、他方、審決は、両者の相違点の存在を全く認めていないのであるから、結局、引用刊行物記載の発明は、本願第1発明のすべての構成を備えることを認定したものにほかならない。そうすると、このような審決の認定判断を実質的に見れば、審決は、本願第1発明の新規性を否定したものと解され、本願第1発明が、特許法29条1項3号に該当するものとして特許を受けることができないとの審決の実質的な判断内容それ自体において誤りがないことは、上記1のとおりである。
もっとも、審決は、他方で、「本願第1発明は、引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定によって特許を受けることができないものである」(審決謄本3頁2行目〜4行目)としており、その特許法の適条は適切ではないが、原告はこの点について何ら主張していないばかりか、むしろ、審決の上記説示を前提として進歩性の判断の誤りを主張するので、念のため、この点の原告の主張をそれ自体として取り上げて、以下のとおり、検討する。
(2) 原告は、まず、引用刊行物には、そもそも、本願第1発明において課題とする超伝導素線間の偏流防止とクエンチの防止、渦電流の防止のため、電流リード自体の構成をどのようにするべきかについて、いかなる問題提起も存在せず、その開示するところは、リード線は従来どおりの銅板でよいとするものであって、リード線自体を改良することが不可欠であることについては、何ら示唆するところがないと主張する。
しかしながら、引用刊行物(甲第4号証)には、「この考案は、以上の欠点を解消し、超電導ケーブルを構成する各々の素線に均一な電流を流し、全体の許容電流を増すことを目的とする」(4頁11行目〜13行目)との記載がされており、これによれば、引用刊行物記載の発明は、各々の素線に均一な電流を流すものであって、偏流防止に関する本願第1発明と同様の目的を有するものということができる。また、引用刊行物の銅線(5)が本願第1発明のリード線に相当することは上記のとおりであるから、引用刊行物も本願第1発明のリード線に相当する構成の改良を開示していることは明らかである。
原告は、次に、本願第1発明によれば超伝導素線間の偏流がおのずと防止されるという驚くべき効果を達成すると主張するが、引用刊行物(甲第4号証)には、「この考案に係る接続装置は・・・導体からの電流を各超電導素線に均一に分流が可能で、超電導ケーブルの許容電流を最大限に増加させることができるものである」(8頁2行目〜9行目)との記載があり、これによれば、引用刊行物記載のものにおいても、電流を各超電導素線に均一に分流することが可能であり、超伝導素線間の偏流がおのずと防止されるという本願第1発明の効果と同様の効果を奏するということができる。
(3) したがって、原告の取消事由2の主張は、いずれにしても理由がないというべきである。
3 取消事由3(本件補正却下決定の判断の誤り)について 原告は、取消事由1、2を前提として、本件補正は、本願明細書(甲第3、
第8号証)の特許請求の範囲に記載されている「電流リード」の定義を念のため明りょう化したものであり、本件補正の前後を通じて、本願第1発明の内容は実質的には同一であるから、補正後発明の進歩性を否定し、独立特許要件を欠くとした本件補正却下決定の判断も誤りである旨主張する。しかしながら、取消事由1、2が理由のないことは上記のとおりであるから、取消事由3は、その前提を欠き、失当というほかはない。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利