関連審決 | 不服2001-15789 |
---|
関連ワード | 技術的思想 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 慣用技術 / 発明の詳細な説明 / 分割出願 / 技術的意義 / 置き換え / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
17年
(行ケ)
10026号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 富士通株式会社 訴訟代理人弁護士青木一男 同 田中成志 同 平出貴和 同 長尾二郎 同 板井典子 同山田徹 被告 特許庁長官中嶋誠 指定代理人治田義孝 同 小曳満昭 同 宮下正之 同 大野克人 |
|
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/09/21 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
請求
特許庁が不服2001-15789号について平成16年9月9日にした審決を取り消す。 |
|
当事者間に争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成3年12月16日に特許出願(特願平3-332242号)をし,平成11年4月19日には,その一部につき,新たな特許出願(特願平11-111391号)をし,さらに,平成12年10月30日,上記分割出願の一部につき,発明の名称を「分波器」として新たな特許出願(特願2000-331145号,以下「本件出願」という。)をしたが,平成13年8月7日に拒絶査定を受けたので,同年9月6日,拒絶査定に対する不服審判を請求した。特許庁は,これを不服2001-15789号事件として審理し,平成14年11月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をしたが,東京高等裁判所は,前審決の審決取消請求事件(平成14年(行ケ)第638号)について審理をした結果,平成16年6月16日,上記審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という。)をし,これが確定した。 特許庁は,不服2001-15789号事件について更に審理した上,平成16年9月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同月21日,原告にその謄本を送達した。 2 平成13年6月18日付け手続補正書によって補正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の要旨 【請求項1】チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと, 前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージと, 前記パッケージの外部表面上の第1の辺に設けられ,前記第1の弾性表面波フィルタにつながる第1の外部信号端子と, 前記第1の辺と対向する前記パッケージの外部表面上の第2の辺に設けられ,前記第2の弾性表面波フィルタにつながる第2の外部信号端子と, 前記第1または第2の辺以外の前記パッケージの外部表面上の第3の辺のほぼ中間点に設けられ,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタの両者につながる共通外部信号端子とを有する, ことを特徴とする分波器。 3 審決の理由 (1) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明が,特開昭62-171327号公報,特開平3-220911号公報及び特開平3-284006号公報(以下,順に「引用例1」〜「引用例3」という。)に記載された各発明(以下,順に「引用発明1」〜「引用発明3」という。)及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。 (2) なお,審決は,本願発明と引用発明1との対比について,「それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを収納する一つの長方体の収納容器と,前記収納容器の外部表面上の第1の辺に設けられ,前記第1の弾性表面波フィルタにつながる第1の外部信号端子と,前記第1の辺と対向する前記収納容器の外部表面上の第2の辺に設けられ,前記第2の弾性表面波フィルタにつながる第2の外部信号端子と,前記第1または第2の辺以外の前記収納容器の外部表面上の第3の辺のほぼ中間点に設けられ,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタの両者につながる共通外部信号端子とを有する,分波器装置。」(審決謄本4頁最終段落〜5頁第1段落)との点で一致し,一方,「(@)第1及び第2の弾性表面波フィルタが,本願発明にあっては,『チップ上に設けられ』たものであるのに対して,引用例1にあっては,チップ上に設けられたものではない点。(A)収納容器が,本願発明にあっては,『第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージ』であるのに対して,引用例1にあっては,送信,受信の各弾性表面波フィルタなどを一つの収納空間に収納するアルミニウム等で構成される台座(101)と蓋(102)からなるものである点。 (B)分波器装置が,本願発明にあっては,分波器であり,引用例1にあっては,分波器モジュールである点。」(同5頁第2段落,以下,順に「相違点(@)」〜「相違点(B)」という。)で相違すると認定している。 |
|
原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明と引用発明1との相違点についての判断を誤り(取消事由1〜3),その結果,本願発明が引用発明1及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論を導き出したもので,違法であるから,取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点(@)についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点(@)について,「引用例1においても,各弾性表面波フィルタ(107〜109)は『チップとして実装してもよい』旨記載・・・されているように,各弾性表面波フィルタ(107〜109)をチップ上に設けることが示唆されており,」(審決謄本5頁下から第2段落)と説示するが,誤りである。 引用例1には,各弾性表面波フィルタ(107〜109)について,「チップとして実装してもよい」との記載はあるが,この記載は,チップ実装が可能になったと仮定した場合について述べたものであって,弾性表面波フィルタをチップ上に実装する技術が開示されているとはいえない。このことは,前判決において認定しているところである。 被告は,審決は,引用例1に,弾性表面波フィルタをチップ上に実装する技術が開示されているとしているのではなく,単に示唆があるとしているだけであり,前判決も,示唆があることまでは否定してはいないし,引用例1に上記の示唆があることは明らかであると主張するが,失当である。引用例1には,「弾性表面波フィルタをチップ上に実装する技術」の示唆はなく,そのような希望が示されているにすぎないのである。 (2) 審決は,「分波器あるいはアンテナ共用器において,各弾性表面波フィルタ(チップ)をチップ上に設けられたものとし,さらにこの各弾性表面波フィルタ(チップ)を収納容器の同一収納空間に収納することも,本願出願前より周知の技術的事項(必要で有れば,実願平1-70235号(実開平3-10643号)のマイクロフィルム・・・,原査定の拒絶理由で引用された特開平3-205908号公報参照)であるから,引用例1において,送信,受信の各弾性表面波フィルタをチップ上に設けられた構成とすることは当業者が容易になし得ることと認められる。」(審決謄本5頁下から第2段落)と説示するが,誤りである。 すなわち,審決が挙げた上記周知例のうち,まず,甲21(実開平3-10643号〔実願平1-70235号〕のマイクロフィルム,以下「甲21刊行物」という。)には,二つの弾性表面波フィルタを,同一の収納空間に収納することの開示はない。弾性表面波フィルタをチップ実装することと,二つの弾性表面波フィルタを,同一の収納空間に収納することとは全く別のことである。甲21刊行物の第1図の記載によれば,基板上に分波器を構成するチップがチップ実装されているが,蓋等で封止されておらず,考案の詳細な説明には,「チップ81及びチップ82をキャップ等で保護してもよい。例えば,絶縁体等で形成されるキャップで気密封止する。これによって,外部衝撃や,水蒸気及び不純物等による腐食などからチップを保護できる。」(19頁第2段落)との記載がある。したがって,甲21刊行物の記載から,チップが封止されてもよいことは分かるが,二つのチップを同一の収納空間に収納するのか,各チップごとに収納するのかが不明である。 また,甲22(特開平3-205908号,以下「甲22刊行物」という。)の第5A図及び第5B図には,二つのチップが同一の収納空間に収納される様子が示されているが,その中身のチップは,分波器を構成する受信フィルタと送信フィルタとの組合せではなく,送信側フィルタを2チップの構成とし,それら二つを1パッケージに納めるものである。第1A図は,分波器で,同一の収納空間に受信部のフィルタと送信部のフィルタが収納されており,信号レベルが大きく異なっているのでアイソレーションの課題が存在しないわけではないが,受信部の5のフィルタは受信部の主たるフィルタではなく,周波数が低い側の特性を急峻にするためだけのもので,動作周波数帯域が極めて狭く,そのため,送信部のフィルタとのアイソレーションの課題が意識されないものとなっており,大きく信号レベルの違う本願発明におけるアイソレーションの課題は存在しない。したがって,あえて,信号レベルが大きく異なりアイソレーションの課題を解決しなければならなくなるような,受信部の主たるフィルタと送信部のフィルタとを同じパッケージに収納する構成とすることは,到底考え難いものである。 そうすると,甲21刊行物及び甲22刊行物をも勘案しても,受信部のフィルタと,送信部のフィルタとを同一収納空間に収納することが,当業者において容易であるとはいい得ない。 (3) 引用発明1において,仮に,弾性表面波フィルタをチップ化して,これを実装したとしても,そのチップはケースに収納されたものではないので,上記のようにチップ間で相互作用を起こし,アイソレーションの問題が生じる。チップ間の相互作用を避けるためには,チップ間に間隙を置いたり,金属板を挿入したりしなければならないが,そうしたチップ実装によって生じるアイソレーションの課題については引用例1では何ら触れられていない。そして,チップ間に間隙を置いたり,金属板を挿入したりすることは,できるだけ小さいモジュールを構成しようとする引用例1の目的に反することになる。したがって,引用発明1にチップ実装を組み合わせるとの動機付けは存在しない。 (4) 以上のとおりであるから,本願発明は,引用発明1の分波器モジュールに,チップ実装する技術を組み合わせただけで発明をすることができたものとはいえず,その動機付けもないから,引用発明1と周知の技術的事項に基づいて,「引用例1において,送信,受信の各弾性表面波フィルタをチップ上に設けられた構成とすることは当業者が容易になし得ること」(審決謄本5頁下から第2段落)とはいい得ない。 2 取消事由2(相違点(A)についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点(A)について,引用例2及び3から,「収納容器として,チップ上に設けられた弾性表面波素子を収納するために,キャビティを備えるセラミック製パッケージを用いることも本願出願前より周知の技術的事項」(審決謄本5頁最終段落)であるとし,これを前提に,「上記引用例1におけるアルミニウム等で構成される収納容器に代えて,前記周知の技術的事項(前記引用例2,3に見られるような『キャビティを備えるセラミック製パッケージ』とする技術的事項)を採用して本願発明のように構成することは当業者が容易になし得ることと認められる。」(同6頁第1段落)と判断するが,誤りである。 すなわち,引用発明1の分波器モジュールは,複数の回路を台座の上で一体化するものであるので,外部からノイズが入ったり,分波器モジュールのノイズが外に出たりしないように,台座や蓋をアルミニウムで構成することによって,複数の回路を電気的にシールドしている。このように,電気的シールドが求められる分波器モジュールの収納部材を,アルミニウムからセラミックに置き換えることが当業者にとって容易であるとはいえない。 また,引用例1の実施例に記載されているような薄型扁平な形状をセラミックで実現しようとしても,技術的に難しい。なぜならば,焼成工程での反りの問題があって実現が困難であり,仮に,実現できたとしても歩留まりが低く非常に高コストとなって現実的でないからである。 (2) 弾性表面波フィルタのチップサイズである数ミリ角といったサイズのものをセラミックの収納容器に収納することは,引用例2及び3に示されるように周知であると認められる。しかし,収納容器は,ただ部品を入れておくだけのものではなく,収納する素子の電気的な特性に影響を与えるものである。引用例1の実施例に記載されているような3.5p×2.5pのモジュール基板のサイズのものを収納するのに,金属に代えてセラミックの収納容器にする場合,どのようにして内部と外部とを電気的に分離するか,どのようにして全体を接地するかが不明であり,技術的な困難さがある。 また,複数の弾性表面波フィルタを一つの収納空間に収納する場合,用いられる周波数が高いので,複数の素子が近づくと相互作用を起こすことを避けるため,両者をシールドすることが不可欠であるところ,引用例2及び3は,複数の弾性表面波フィルタを一つの収納空間に収納することを予想していないため,フィルタ間の相互作用をなくすためにシールドするという課題が全く意識されていない。 (3) したがって,審決の上記判断は,誤りである。 3 取消事由3(相違点(B)についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点(B)について,「分波器装置を分波器そのもの,あるいは分波器モジュールとすることは,何れも周知・慣用技術であり,引用例1における分波器モジュールを分波器とすることは,当業者が適宜になし得るものと認められる。」(審決謄本6頁第2段落)と説示するが,誤りである。 すなわち,引用例1は,「送信用入力端子と,送信弾性表面波フィルタと,送受信を結合する分岐回路と,受信前段弾性表面波フィルタと,受信低雑音増幅器と,受信後段弾性表面波フィルタと,受信用出力端子と,を同一の台座に配設すると共にそれらを上記の順序で接続し,かつ,上記分岐回路にアンテナ用端子を設け,それらを一体としてモジュール化したことを特徴とする弾性表面波分波器モジュール」(特許請求の範囲第1項)であって,二つの帯域通過弾性表面波フィルタを独立したパッケージに入れ,ストリップ線路もしくは小型の集中定数チップ等で形成されたインピーダンス整合回路のある基板上に設置され,増幅器等の素子を同一基板上に組み込むことによりモジュール化された,大きな寸法のものである。 このことは,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の〔従来の技術〕において,「分波器の構成ではなく増幅器等の素子を同一基板に組み込むことによりモジュール化されたりした」(段落【0004】)などと記載されているとおり,本願発明の分波器とは,技術的に全く異なるものである。 また,引用例1においても,「分波器」とは分波器そのものを意味し,「分岐回路,送信フィルタ,受信前段フィルタ,受信後段フィルタ及び低雑音増幅器を含めた分波器全体」が分波器モジュールを意味することが明らかである。 本願発明の「分波器」においては,チップ実装がされ,小型化が図られているのに対し,引用発明1の「分波器モジュール」は,チップ実装はなく,本願発明のような小型化がされているわけでもなく,技術の上でも寸法の上でも異なるから,引用発明1の「分波器モジュール」から分波器のみを取り出して,チップ実装の技術を組み合わせて,本願発明の「分波器」に想到することは困難である。 この点について,被告は,本件訴訟に至って,本願発明の「分波器」は,引用発明1の「分波器モジュール」のような上記「周辺回路」を含んだ構成のものを排除していないと解するのが妥当である旨主張するが,上述したところに照らし,失当であることが明らかである。 (2) 引用例1は,分波器及び周辺回路をモジュール化しようとするのが目的であるので,分波器モジュールから,分波器の部分だけを取り出すという変形をすること自体が引用例1の目的に反するものであるから,そのような変形をして分波器単体部分を取り出すことを可能にする動機付けがあるとはいえない。 被告の主張するところは,技術の流れからして,まず単体の分波器があり,それぞれ個別に増幅器や受信後段弾性表面波フィルタといったものが存在していたのであるから,モジュールに一体化する前の分波器単体だけの状態に戻すことに阻害要因はないということかもしれない。しかし,引用例1は,混合器、 電力制御ロジック回路を分波器モジュールに設けることにより,無線機全体を更に小型化する技術的思想が紹介されていることからも明らかなとおり,分波器モジュールに低雑音増幅器に加えて,一体化できるものはなるべく一体に形成して小型化を図ろうとするものである。分波器を部分的に取り出そうとすることは,このような引用例1の技術的思想に反するものである。 |
|
被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(相違点(@)についての判断の誤り)について (1) 原告は,前判決を根拠に,引用例1には,「チップとして実装してもよい」との記載があるが,この記載は,チップ実装が可能になったと仮定した場合について述べたものであって,弾性表面波フィルタをチップ上に実装する技術が開示されているとはいえない旨主張する。 しかし,審決は,引用例1に,弾性表面波フィルタをチップ上に実装する技術が開示されているとしているのではなく,単に示唆があるとしているだけである。前判決も,示唆があることまでは否定してはいないし,引用例1に上記の示唆があることは明らかである。 (2) 原告は,甲21刊行物について,チップが封止されてもよいことは分かるが,二つのチップを同一の収納空間に収納するのか,各チップごとに収納するのかが不明である旨主張する。 しかし,当業者は,甲21刊行物の各チップ81,82の周りの多数の導電パターンの上から各チップを個別に封止するような方法を採用するはずがなく,デバイス全体を一括して封止すると考えるのが妥当であるから,原告の上記主張は失当である。 仮に,甲21刊行物から,同一収納空間に収納することの構成までを読み取ることができないとしても,甲22刊行物の存在等をも勘案すれば,少なくとも,二つのチップを同一の収納空間に収納することは容易である。 また,原告は,甲22刊行物の第5A図及び第5B図に示されているのは,分波器を構成する受信フィルタと送信フィルタとの組合せではなく,送信側フィルタを2チップに分ける構成とし,これら2チップを同一の収納空間に収納するものであるとの理由で,受信部のメインのフィルタと送信部のフィルタとを同一の収納空間に収納する構成とすることは到底考え難い旨主張する。 確かに,原告が指摘するように,甲22刊行物においては,分波器を構成する受信フィルタと送信フィルタとの組合せではなく,送信側フィルタを2チップ構成とし,その一つと受信部のフィルタとを同一の収納空間に納めるものである。しかし,チップ上に形成される各弾性表面波フィルタは,それぞれ異なるフィルタ特性を有しており,同刊行物には,「送信フィルタ4と・・・フィルタ5を同一チップまたは同一パッケージ内に形成する。」(5頁右上欄末行〜左下欄2行目)との記載もあることから,同刊行物は,本願発明の要旨において「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージと,・・・」と規定される構成と共通しているということができる。 2 取消事由2(相違点(A)についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用例1の分波器モジュールは,複数の回路を台座の上で一体化するので,アイソレーションが問題となり,外部からノイズが入ったり,分波器モジュールのノイズを外に出さないために,台座や蓋をアルミで構成することによって,複数の回路を電気的にシールドしているが,このように,電気的シールドの要求のある分波器モジュールの収納部材を,アルミニウムからセラミックに置き換えることが当業者に容易であるとはいえない旨主張する。 しかし,引用例1の特許請求の範囲に係る発明は,アイソレーションを意図して収納容器をアルミニウム製としたものではないから,アイソレーション特性の相違は,引用発明1の収納容器材料をセラミックとできない理由にはならない。しかも,審決は,引用例1から,引用例1の特許請求の範囲に係る発明自体を引用しているのではなく,「長方体の分波器容器に対し,外部信号端子をその第1図のように配置した発明(構成)」を引用発明1として引用しているのであるから,その引用発明1に,周知のセラミック収納容器を採用できない理由はない。 収納容器をアルミニウムとした場合とセラミックとした場合とで,結果的に内部回路と外部回路の間のアイソレーション特性が相違するということはあり得るが,そのことは,引用例1に接した当業者がそこに記載された分波器モジュールの収納容器として周知のセラミックパッケージの採用を試みることに対する阻害要因とはならないというべきである。なぜならば,引用例1には収納容器がアルミ製であることの技術的意義に関する記述がなく,引用例1に接した当業者は,引用発明1において収納容器がアルミ製であることが必須であるとは考えないし,仮に,アイソレーション特性の相違に想到したとしても,収納容器をセラミック製とした上で別途必要な箇所に導体を配する等の対応策をも直ちに想到し得るところであって,収納容器をセラミック製とすること自体に問題があるとは考えないからである。そもそも,収納容器をセラミック製とすること自体に問題があるのであれば,本願発明が成立することもない。 (2) 原告は,複数の弾性表面波フィルタを一つの収納空間に収納する場合,用いられる周波数が高いので,複数の素子が近づくと相互作用を起こすことを避けるため,両者をシールドすることが不可欠であるところ,引用例2及び3は,複数の弾性表面波フィルタを一つの収納空間に収納することを予想していないため,フィルタ間の相互作用をなくすためにシールドするという課題が全く意識されていない旨主張する。 しかし,引用例2及び3に複数の弾性表面波フィルタ間の相互作用をなくすためのシールドに関する記載がないことから明らかなとおり,複数の弾性表面波フィルタ間の相互作用は,収納容器材料とは関係がないので,引用発明1に,引用例2及び3に示されるセラミックの収納容器を採用できない理由にならない。 なお,複数弾性表面波フィルタ間の相互作用の問題がセラミックの収納容器を採用することに対する阻害要因とならないことは,甲21刊行物からも明らかである。すなわち,甲第21刊行物においては,分波器の複数の弾性表面波フィルタを収納容器の同一の収納空間に収納したものが記載されており,当然に複数弾性表面波フィルタ間の相互作用が問題となり得るが,その収納容器の一部を構成すると考えられる基板部分はセラミック製とされ,キャップ部分は絶縁体とされているのであって,アルミ等の導電体製とはされていない。 (3) また,引用例1のような薄型扁平な収納容器をセラミックの材料で実現しようとしても,焼成工程での反りの問題があって実現が困難であり,仮に,実現できたとしても歩留まりが低く非常に高コストとなって現実的でないから,技術的に難しいと主張する。 しかし,引用例1の実施例のもののサイズを変更できない理由はなく,引用例1の弾性表面波フィルタをチップ上に設けられるものとした場合,引用例1に記載された実施例のサイズよりも相当程度小さなサイズにすることができることは明らかである。 なお,引用例1の実施例のもののサイズのままであったとしても,歩留まりの問題があることは格別,セラミックの収納容器とすること自体が技術的に不可能なわけではない。 いずれにせよ,原告の主張は失当である。 3 取消事由3(相違点(B)についての判断の誤り)について (1) 審決は,本願発明の「分波器」が,「分波器モジュール」のような周辺回路を含まないことを前提に,相違点(B)を認定したものであるが,本願発明の「分波器」を周辺回路を含まない構成のものに限定解釈しなければならないというものでもない。すなわち,「分波器」なる用語自体は,「ある周波数帯域を有する電力を周波数によって分離あるいは合成する装置」といった程度の語義を有するにすぎず,周辺回路を含まないことまでを規定するものではない。現に,引用例1(甲4)においても,「分岐回路,送信フィルタ,受信前段フィルタ,受信後段フィルタ及び低雑音増幅器を含めた分波器全体」(2頁右下欄7行目〜9行目)のように,周辺回路を包含した構成をも「分波器」と呼んでいる。また,本願発明において,各外部信号端子が各弾性表面波フィルタと直接接続される旨の記載はないし,他に,周辺回路に相当するものを含んだ構成のものを排除する旨の記載もない。さらに,本件明細書及び図面には,「周辺回路」と呼ぶべき「インピーダンス整合回路」をも含んだ構成が実施例として記載されている。 以上によると,本願発明の「分波器」は,引用発明1の「分波器モジュール」のような周辺回路を含んだ構成のものを排除していない,言い換えると,周辺回路を含まない構成のものに限定されないと解するのが妥当である。 (2) 引用例1の特許請求の範囲に記載された発明においては,周辺回路までも一体としてモジュール化されているが,モジュールの構成要素に何を含めるかは,目的(小型化,性能,製造コスト,製造の容易性),用途,汎用部品としての市場ニーズなど,種々の要望を考慮して適宜選択決定されることであるところ,分波器装置において,上記周辺回路を含まない構成のものとすることも,選択決定事項であって何ら格別なことではない。 (3) 原告は,引用例1は,分波器及び周辺回路をモジュール化しようとするのが目的であるので,分波器の部分だけを取り出すという変形をすること自体が引用例1の目的に反するものであるから,そのような変形をして分波器単体部分を取り出すことを可能にする動機付けがあるとはいえない旨主張する。 しかし,引用例1の特許請求の範囲に記載された発明が分波器及び周辺回路をモジュール化しようとしたものであるとしても,審決は,引用例1から,上記特許請求の範囲に記載された発明を引用したのではなく,「長方体の分波器容器に対し,外部信号端子をその第1図のように配置した発明(構成)」を引用したのであるから,上記周辺回路を含まない構成とすることが動機付けに反するとの原告の主張は,前提を欠く。 審決が引用した上記発明(構成)が,引用例1の特許請求の範囲に記載された発明と切り離しては意味をなさないといったような事情がある場合には,引用例1から審決が上記のとおり引用した発明(構成)のみを取り出して引用することはできないというべきかもしれないが,上記発明(構成)には,そのような事情は全く存在しない。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(@)についての判断の誤り)について (1) 原告は,本願発明と引用発明1との相違点(@),すなわち,「第1及び第2の弾性表面波フィルタが,本願発明にあっては,『チップ上に設けられ』たものであるのに対して,引用例1にあっては,チップ上に設けられたものではない点。」について,審決が,「引用例1においても,各弾性表面波フィルタ(107〜109)は『チップとして実装してもよい』旨記載・・・されているように,各弾性表面波フィルタ(107〜109)をチップ上に設けることが示唆されており,」(審決謄本5頁下から第2段落)と説示する点を争い,引用例1には,「弾性表面波フィルタをチップ上に実装する技術」の示唆はなく,そのような希望が示されているにすぎない旨主張する。 しかし,審決は,引用例1の「チップとして実装してもよい」との記載から,引用例1に,「弾性表面波フィルタをチップ上に実装する技術が開示されている」としているわけではない。後述するとおり,周知の技術的事項を認定し,この周知の技術的事項と引用例1の上記記載を総合して,引用発明1から相違点(@)に係る本願発明の構成に想到することが容易であるとしているのである。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 (2) 審決は,「分波器あるいはアンテナ共用器において,各弾性表面波フィルタ(チップ)をチップ上に設けられたものとし,さらにこの各弾性表面波フィルタ(チップ)を収納容器の同一収納空間に収納することも,本願出願前より周知の技術的事項(必要で有れば,実願平1-70235号(実開平3-10643号)のマイクロフィルム・・・,原査定の拒絶理由で引用された特開平3-205908号公報参照)であるから,引用例1において,送信,受信の各弾性表面波フィルタをチップ上に設けられた構成とすることは当業者が容易になし得ることと認められる。」(審決謄本5頁下から第2段落)と説示し,原告はこれを誤りであるとして争うので,検討する。 甲21刊行物には,「送信信号と受信信号を分波する分波回路パターンが表面に形成された誘電体基板上に,前記送信回路をろ波する送信用弾性表面波フィルタ,及び前記受信信号をろ波する受信用弾性表面波フィルタが搭載された弾性表面波フィルタ共用器において,前記誘電体基板上に直接,固定され,かつ前記分波回路パターンに接続され,前記送信用弾性表面波フィルタ及び受信用弾性表面波フィルタが形成されたチップを,設けたことを特徴とする弾性表面波フィルタ共用器。」(実用新案登録請求の範囲)との記載がある。 また,同刊行物の第1図には,弾性表面波フィルタ共用器の基板上に,受信用の弾性表面波フィルタチップ81と送信用の弾性表面波フィルタチップ82が固定された構成が図示されており,「チップ81及びチップ82をキャップ等で保護してもよい。例えば,絶縁体等で形成されるキャップで気密封止する。これによって,外部衝撃や,水蒸気及び不純物等による腐食などからチップを保護できる。」(19頁第2段落),「送信用弾性表面波フィルタ及び受信用弾性表面波フィルタが形成されたチップをパッケージ内に封止せずに直接,誘電体基板上に固定したため,封止を行った場合に生じる寄生容量を除去でき」(同頁最終段落)との記載がある。 上記記載によると,甲21刊行物には,送信用のフィルタチップと受信用のフィルタチップを基板上に直接固定して,回路パターンに接続する技術が開示され,かつ,二つのチップを同一の収納空間に気密封止することが示唆されているものということができる。 さらに,甲22刊行物の第5A図及び第5B図には,送信側の弾性表面波フィルタを2チップの構成とし,それら二つを同一収納容器に収納した弾性表面波装置が記載されていること,第1A図には,分波器で,受信部のフィルタを1チップの構成とし,その一つと,送信部のフィルタのチップとを同一の収納空間に収納した弾性表面波装置が記載されていることが認められる。そして,同刊行物には,「以上を具体的な回路図で示したのが第1A図である。図では,送信系(Tx)と受信系(Rx)が単一アンテナを共用するための分波器に関して示した。送信フィルタ4と第3B図の特性を持ったフィルタ5を同一チップまたは同一パッケージ内に形成する。」(5頁右上欄17行目〜左下欄2行目),「本発明(注,甲22刊行物の特許請求の範囲記載の発明)は第1B図のようにフィルタ4,5を必ずしも同一チップに形成する必要はなく,第5B図のように別チップに形成したものを同一パッケージに実装してもまったく同等の機能を得られる。」(6頁左上欄末行〜右上欄4行目),「複数の基板の構成法の一つは,第6図のように,個別の基板からフィルタ素子をチップ化し,キャン形パッケージあるいはセラミックパッケージ,樹脂モールドパッケージなどに実装する方法である。」(8頁右下欄7行目〜11行目)との記載もある。 以上認定した事実によると,「分波器あるいはアンテナ共用器において,各弾性表面波フィルタ(チップ)をチップ上に設けられたものとし,さらにこの各弾性表面波フィルタ(チップ)を収納容器の同一収納空間に収納することも,本願出願前より周知の技術的事項・・・である」(審決謄本5頁下から第2段落)との審決の認定に誤りはない。 そして,引用例1には,「また,弾性表面波フィルタはパッケージに実装されたものとして扱っているが,信頼性の向上等により弾性表面波フィルタのチップ実装が可能になった場合には,当然チップとして実装してもよい。」(5頁右上欄1行目〜5行目)との記載があるところ,上記周知の技術的事項に照らせば,引用発明1において,弾性表面波フィルタをチップとして実装することが可能であるということができるから,「引用例1において,送信,受信の各弾性表面波フィルタをチップ上に設けられた構成とすることは当業者が容易になし得ることと認められる。」(審決謄本5頁下から第2段落)とした審決の判断に誤りはないものというべきである。 (3) 原告は,甲21刊行物の記載から,チップが封止されてもよいことは分かるが,二つのチップを同一の収納空間(キャップ)に収納するのか,各チップごとにキャップをするのかが不明である旨主張する。 甲21刊行物の第1図の記載によれば,各フィルタチップの周囲には,回路パターンが配置され,ワイヤボンディング87により各チップと接続されていることが認められるが,このような状態の各チップを個別に封止しようとすると,各チップと接続されているワイヤボンディング87の処理に窮することとなる。したがって,上記記載に接した当業者は,二つのチップをキャップの同一の収納空間に気密封止すると理解するものと認めるのが相当であるから,原告の上記主張は,採用できない。 また,原告は,甲22刊行物の第5図Bには,二つのチップが同一の収納空間に収納される様子が示されているが,その中身のチップは,分波器を構成する受信フィルタと送信フィルタとの組合せではなく,送信側フィルタを2チップの構成とし,それら二つを一つの収納空間に納めるものであるとし,大きく信号レベルの違う本願発明の場合のようなアイソレーションの課題は存在しない旨主張する。 しかし,上記(2)判示のとおり,「分波器あるいはアンテナ共用器において,各弾性表面波フィルタ(チップ)をチップ上に設けられたものとし,さらにこの各弾性表面波フィルタ(チップ)を収納容器の同一収納空間に収納すること」が周知の技術的事項であるか否かを検討しているのであって,その「各弾性表面波フィルタ(チップ)」が,必ず分波器を構成する受信フィルタと送信フィルタとの組合せでなければならないものとはいえない。 (4) 原告は,引用発明1において,仮に,弾性表面波フィルタをチップ化して,これを実装したとしても,そのチップはケースに収納されたものではないので,上記のようにチップ間で相互作用を起こし,アイソレーションの問題が生じるところ,チップ間の相互作用を避けるためには,チップ間に間隙を置いたり,金属板を挿入したりしなければならないが,そうしたチップ実装によって生じるアイソレーションの課題については引用例1では何ら触れられていない,そして,チップ間に間隙を置いたり,金属板を挿入したりすることは,できるだけ小さいモジュールを構成しようとする引用例1の目的に反することになるとして,引用発明1にチップ実装を組み合わせるとの動機付けは存在しない旨主張する。 ア 二つの弾性表面波フィルタをそのまま一つのパッケージに収納した場合に,アイソレーションの問題が生じることは,周知の技術的課題であって,このことは,原告自身も認めるところである。そして,アイソレーションの問題は,本願発明の「パッケージ」の内部,外部のいずれについても解決されなければならない問題である。 そこで,本願発明の特許請求の範囲をみると,「前記パッケージの外部表面上の第1の辺に設けられ,前記第1の弾性表面波フィルタにつながる第1の外部信号端子と,前記第1の辺と対向する前記パッケージの外部表面上の第2の辺に設けられ,前記第2の弾性表面波フィルタにつながる第2の外部信号端子と,前記第1または第2の辺以外の前記パッケージの外部表面上の第3の辺のほぼ中間点に設けられ,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタの両者につながる共通外部信号端子とを有する」と記載されているから,パッケージの外部に関しては,課題を解決するための構成が記載されているものということができる。 しかし,パッケージの内部に関しては,本願発明の特許請求の範囲の記載に,「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージ」というのみで,二つの弾性表面波フィルタをそのままパッケージ内のキャビティに収納する構成とすることで事足りるかのような記載となっており,アイソレーションの課題を解決するための具体的な構成についての記載はない。 イ なお,念のために本件明細書(甲2)をみると,その発明の詳細な説明には,次の記載がある。 (ア) 「【従来の技術】2つの帯域通過弾性表面波フィルタチップ(それぞれの帯域中心周波数f1,f 2とする)を用いて分波器を構成する場合,それぞれのチップは気密封止されたパッケージ内に搭載され,ストリップ線路もしくは小型の集中定数チップ等で形成されたインピーダンス整合回路のある基板上に設置されるのがこれまでの普通であった。この方法は,それぞれのフィルタが独立したケースに納められているためお互いのアイソレーションが良い。」(段落【0003】) (イ) 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上記従来の構成では,パッケージが2つあるため,その占有面積が大きく小型化が難しい。また,基板上に素子を配置するため整合回路は素子を避けて設ける必要があり,これも無駄なスペースとなる。できるだけ小型化するため,2つのフィルタを同一チップ内に形成し一つのパッケージに入れることが望ましいがこの場合,2つのフィルタの相互作用を避けるため弾性表面波の伝搬路を別々に設ける必要があり,無駄なスペースができる。また,単体の時に比べチップ面積が大きくなるため,製造歩留りも悪くなる。さらに,2つのフィルタのアイソレーションをとることも難しい。そこで,本発明は,アイソレーションを良好に保ちつつ極力小型化することが可能な分波器を提供することを目的とする。」(段落【0005】〜【0007】) (ウ) 【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために,本発明は,図1,図5に示すように,それぞれ異なる帯域中心周波数f1,f 2の特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子A1およびA 2,B 1およびB 2および接地端子GND1,GND 2を有する複数の弾性表面波帯域通過フィルタチップF 1,F 2を,ひとつのパッケージPCK内に収納し一体化して構成する。」(段落【0008】) (エ) 「例えば,図5に示すように,前記弾性表面波帯域通過フィルタチップF1 ,F 2 は前記パッケージPCK内において前記フィルタチップF 1 ,F 2 の信号入出力端子A1およびA 2 ,B 1およびB 2,接地端子GND 1,GND 2 ,前記パッケージPCK内に設けられた信号入出力端子C1およびC 2,D 1およびD 2,および接地端子GNDを介して信号線lS ,l Gにより電気的に接続して構成する。 また,図5,図6に示すように,前記各フィルタチップF1,F 2の各信号入出力端子A1およびA 2 ,B 1およびB 2 ,および前記パッケージPCKの信号入出力端子C1およびC 2,D 1およびD 2は,それらを結ぶ信号線が略一直線上に位置するようにする。また,図8に示すように,前記一方のフィルタチップF1側における各信号入出力端子A1,A 2と前記パッケージPCKの信号入出力端子C 1,C 2とを結ぶ信号線と,前記他方のフィルタチップF2側における各信号入出力端子B 1,B 2と前記パッケージPCKの信号入出力端子D 1,D 2とを結ぶ信号線とが,互いに略直角をなして交わる2つの直線X,Y上に位置するよう前記各信号入出力端子 A1,A 2 ,B 1,B 2,C 1,C 2,D 1,D 2を配置する。また,図7に示すように,前記各フィルタチップF1,F 2の信号入出力端子A 1,A 2 ,B 1,B 2 と対応する前記パッケージPCKの信号入出力端子C1,C 2,D 1,D 2とを結ぶ信号線相互の間に必ず接地線lGが介在するよう前記各信号入出力端子A 1,A 2 ,B 1,B 2 ,C 1,C 2,D 1,D 2を配置する。また,図9に示すように,前記パッケージPCK内における前記各フィルタチップF1,F 2間には接地された金属仕切板Sを設ける。」(段落【0009】〜【0013】) ウ 上記記載によると,本願発明は,「アイソレーションを良好に保ちつつ極力小型化することが可能な分波器を提供することを目的とする。」ものとされており,パッケージ内部におけるアイソレーションを良好に保つために,例えば,上記(エ)に記載されているような手段が開示されていることが認められる。 しかし,本願発明の特許請求の範囲の記載は,上記第2の2のとおり,「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージ」というものであって,それ自体,一義的に明確であるから,そのような構成のものとして,本願発明の発明の要旨を把握するほかなく,本件明細書に開示された上記のような手段を構成とするものではないといわざるを得ない。 エ そうすると,本願発明が,チップ間に間隙を置いたり,金属板を挿入したりするといったアイソレーション問題を解決するための構成になっていない以上,引用例1に,そのような構成についての記載がないことを理由とする原告の主張は,その前提を欠いているというほかなく,採用の限りでない。 (5) 以上検討したところによれば,引用発明1から相違点(@)に係る本願発明の構成に容易に想到し得るとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は,理由がない。 2 取消事由2(相違点(A)についての判断の誤り)について (1) 原告は,本願発明と引用発明1との相違点(A),すなわち,「収納容器が,本願発明にあっては,『第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージ』であるのに対して,引用例1にあっては,送信,受信の各弾性表面波フィルタなどを一つの収納空間に収納するアルミニウム等で構成される台座(101)と蓋(102)からなるものである点。」について,引用発明1の分波器モジュールは,複数の回路を台座の上で一体化するものであるので,外部からノイズが入ったり,分波器モジュールのノイズが外に出たりしないように,台座や蓋をアルミニウムで構成することによって,複数の回路を電気的にシールドしているものであるから,このように,電気的シールドが求められる分波器モジュールの収納部材を,アルミニウムからセラミックに置き換えることが当業者にとって容易であるとはいえない旨主張する。 しかし,引用例1(甲4)を精査しても,引用例1において,台座や蓋をアルミニウムで構成することによって,複数の回路を電気的にシールドしていることをうかがわせる記載を見いだすことができない。かえって,引用例1の実施例の欄には,「第1図において,各素子を取付ける台座101は,例えばアルミニウム板であり,本実施例では,3.5p×2.5pのものを用いた。」(3頁右上欄第2段落)との記載があり,この記載によれば,引用発明1が,台座をアルミニウムに限定していないことが明らかである。 また,仮に,引用発明1の分波器モジュールにおいて台座や蓋をアルミで構成することでシールド効果があるとしても,必ずしも,台座や蓋自体にシールド効果を持たせる必要があるものではなく,シールドする必要があるときには別途考慮すれば足りることであるから,シールドの必要性は,引用発明1においてセラミック製の収納容器を用いることの阻害事由になるとはいえない。 したがって,原告の主張は採用することができない。 (2) 原告は,引用例1の実施例に記載されているような薄型扁平な形状をセラミックで実現しようとしても,焼成工程での反りの問題があって実現が困難であり,仮に,実現できたとしても歩留まりが低く非常に高コストとなって現実的でないから,技術的に難しいと主張する。 しかし,審決は,「本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)と上記引用例1に記載された発明とを対比すると,引用例1における『送信弾性表面波フィルタ(107)』『受信前段弾性表面波フィルタ(108)及び受信後段弾性表面波フィルタ(109)』『送信入力端子(111)』『受信出力端子(112)』及び『アンテナ端子(110)』は,それぞれ本願発明における『第1の弾性表面波フィルタ』『第2の弾性表面波フィルタ』『第1の外部信号端子』『第2の外部信号端子』及び『共通外部信号端子』に相当するものと認められる。また,引用例1における『台座(101)と蓋(102)』からなる収納部材は,その内部空間に『送信弾性表面波フィルタ(107)』や『受信前段弾性表面波フィルタ(108)及び受信後段弾性表面波フィルタ(109)』等を収納するものであるから,本願発明における『パッケージ』に対応し,両者は『収納容器』として共通するものであり,さらに,該引用例1はその全体構成を『分波器モジュール』とし,本願発明では『分波器』とするものであるが,両者はいずれも分波器としての機能を包含するものであって『分波器装置』といえるものである。」(審決謄本4頁下から第2段落)と認定しているのであって,引用例1の実施例に記載されているような薄型扁平な形状のものを引用発明1として,本願発明と対比しているのではないことが明らかである。要するに,審決が引用発明1としているのは,引用例1の記載から抽出される技術的思想であって,引用例1の第1図は,そのような技術的思想を抽出するに当たっての一資料にすぎないものである。 したがって,引用例1の実施例に記載されているような薄型扁平な形状のものを本願発明と対比しようとする原告の上記主張は,その前提を誤っているから,その余の点につき検討するまでもなく,採用できない。 (3) また,原告は,収納容器は,ただ部品を入れておくだけのものではなく,収納する素子の電気的な特性に影響を与えるものであって,引用例1の実施例に記載されているような3.5p×2.5pのモジュール基板のサイズのものを収納するのに,金属に代えてセラミックの収納容器にする場合,どのようにして内部と外部とを電気的に分離するか,どのようにして全体を接地するかが不明であり,技術的な困難さがある旨主張する。 しかし,上記(2)と同様,引用例1の実施例に記載されているような3.5p×2.5pのモジュール基板のサイズのものを前提に,相違点(A)についての容易想到性を検討すべきものではないから,原告の上記主張は,失当である。 (4) 以上のとおり,審決のした相違点(A)についての判断に原告主張の誤りはなく,取消事由2は,理由がない。 3 取消事由3(相違点(B)についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,本願発明の「分波器」が,「分波器モジュール」のような周辺回路を含まないことを前提に,本願発明と引用発明1との相違点(B),すなわち,「分波器装置が,本願発明にあっては,分波器であり,引用例1にあっては,分波器モジュールである点。」を認定したことの誤りを主張するので,まず,「分波器」と「分波器モジュール」の用語の意義について検討する。 甲7(分波器についての技術説明書)によると,一般に,「分波器」とは,通過周波数の異なる二つのフィルタを用いて,周波数の異なる複数の信号を分離する回路又は装置を意味するものと認められる。 引用例1(甲4)には,「モジュールとは,複数の部品や素子から組み立てられていて,ある定まった機能を果たす単一の部品単位と考えられる組立て回路であり,通常は複数のIC等が1つのパッケージ内に納められているものである。」(2頁左上欄下から第2段落)との記載があり,上記記載を考慮すると,「分波器モジュール」とは,分波装置としての機能を果たすために,「分波器」を中心とする複数の部品や素子から組み立てられる,一つのまとまった部分ということができる。 そうすると,「分波器」と「分波器モジュール」とは,別の概念であって,直ちにこれらを同一視することはできないものというべきである。 (2) 原告は,本願発明の「分波器」においては,チップ実装がされ,小型化が図られているのに対し,引用発明1の「分波器モジュール」は,チップ実装はなく,本願発明のような小型化がされているわけでもなく,技術の上でも寸法の上でも異なるから,引用例1の「分波器モジュール」から分波器のみを取り出して,チップ実装の技術を組み合わせて,本願発明の「分波器」に想到するのは困難である旨主張する。 しかしながら,チップ実装の点は,取消事由1に関する上記1(2)で判示したとおり,弾性表面波フィルタをチップとして実装することが可能であり,「引用例1において,送信,受信の各弾性表面波フィルタをチップ上に設けられた構成とすることは当業者が容易になし得ることと認められる」のであり,小型化の点については,単なる設計事項の問題にすぎないから,原告の上記主張は,採用の限りでない。 (3) 原告は,引用例1は,分波器及び周辺回路をモジュール化しようとするのが目的であるので,分波器モジュールから,分波器の部分だけを取り出すという変形をすること自体が引用例1の目的に反するものであるから,そのような変形をして分波器単体部分を取り出すことを可能にする動機付けがあるとはいえない旨主張する。 ア 引用例1(甲4)には,次のとおりの記載がある。 (ア) 「また,実線202で囲んだ部分が従来の分波器を構成し,破線203で囲んだ部分が後述する本発明において弾性表面波モジュールとして一体化する部分を示す。」(2頁右上欄16行目〜19行目) (イ) 「従来の分波器202は,比誘電率の高いセラミック等を充填した空洞共振器を縦続接続(送信フィルタ204として4〜5個,受信フィルタ205として5〜6個を縦続接続)したフィルタを用いていたため,容積が非常に大きくなるという問題があった。また,従来の分波器に用いられていた空洞共振器は容積が非常に大きいため,受信低雑音増幅器208や上記を同様に空洞共振器によって構成される受信後段フィルタ209(空洞共振器を3個程度縦続接続したもの)は,別回路素子として構成し,これらの回路素子を無線機のマザーボード上で接続するようになっていた。」(同頁左下欄6行目〜18行目) (ウ) 「本発明(注,引用例1の特許請求の範囲に係る発明である。)は,上記のごとき従来技術の問題を解決するためになされたものであり,分岐回路,送信フィルタ,受信前段フィルタ,受信後段フィルタ及び低雑音増幅器を含めた分波器全体の小型化を達成することが出来ると同時にデッドスペースの低減を図り,小型自動車電話等への適用が可能な小型分波器モジュールを提供することを目的とするものである。」(同頁右下欄6行目〜13行目) (エ) 「上記の目的を達成するため,本発明においては,送受信用フィルタとして弾性表面波フィルタを用い,かつ,送信用,受信前段用及び受信後段用の弾性表面波フィルタと受信低雑音増幅器と入出力端子,アンテナ端子等を同一の台座上に一体化することにより,受信低雑音増幅器から受信後段フィルタまでを含めた分波器全体を1つのモジュールとして一体化するように構成している。」(同頁右下欄15行目〜3頁左上欄2行目) (オ) 「上記のように本発明の分波器モジュールにおいては,アルミ板等の台座101の上に,アルミナ基板上に形成した分岐回路,受信低雑音増幅器,送信入力端子用回路,受信出力端子用回路等を装着し,またパッケージに実装した3個の弾性表面波フィルタ107,108,109を台座101に装着し,各端子を対応する各回路基板の端子に固定することによって,受信低雑音増幅器から受信後段フィルタまでを含めた分波器全体を1つの台座上に一体化している。そのため,弾性表面波フィルタを用いたことによるフィルタ自体の小型化と共に,モジュール内実装に伴うデッドスペースを無視出来る程小さくすることが出来るので,従来のようにマザーボード上に各部品を装着して接続するのに較べてモジュール全体の大きさを大幅に小型化することが出来,そのため,無線機全体の小型化にも大きく寄与することが出来る。」(3頁左下欄末行〜右下欄17行目) (カ) 「分岐回路や受信低雑音増幅器と同様の回路基板を用い,同様のプロセスで形成出来る部品については,一般にモジュール内に含める方が無線機全体の小型化に対する寄与が大きくなる。」(4頁左下欄9行目〜13行目) (キ) 「このモニタ回路も分岐回路と同様に,一般にアルミナ基板にマイクロストリップ線路等で形成されるものであるから,分波器モジュール内に含めて一体化することが可能である。」(同頁右下欄11行目〜14行目) イ 上記記載によると,従来は,送信フィルタと受信フィルタとから構成される分波器と,受信低雑音増幅器や受信後段フィルタといった分波器以外の部分とを別回路素子として,無線機のマザーボード上で接続するようにしていたところ,引用発明1において,送受信用フィルタとして弾性表面波フィルタを用いるとともに,受信低雑音増幅器から受信後段フィルタまでを含めた分波器全体を一つのモジュールとして一体化するように構成したことにより,分波器モジュールを小型化できるようになったことが開示されている。 ウ 要するに,原告のいう,分波器モジュールから,分波器の部分だけを取り出すという変形とは,分波器とその他の部品とを分離することであって,単に,引用発明1を従来の技術に戻すということにすぎないのである。そして,進歩した技術を進歩する前の技術に戻すことに格別の動機付けが必要とはいえないから,動機付けに係る原告の上記主張は,採用できない。 (4) 以上によると,「相違点(B)について,分波器装置を分波器そのもの,あるいは分波器モジュールとすることは,何れも周知・慣用技術であり,引用例1における分波器モジュールを分波器とすることは,当業者が適宜になし得るものと認められる。」とした審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。 4 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
---|---|
裁判官 | 青柳馨 |
裁判官 | 宍戸充 |