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関連審決 無効2000-35389
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13行ケ239審決取消請求事件 判例 特許
平成18ネ10051特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成22行ケ10277審決取消請求事件 判例 特許
平成16ネ1589特許権侵害に基づく損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成14ワ13726損害賠償請求事件 判例 特許
関連ワード 反復(反復可能性) /  技術的思想 /  創作性(創作) /  頒布された刊行物 /  容易に発明 /  技術的範囲 /  特許の有効性 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  遡及 /  分割出願 /  置き換え /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  合理的な理由 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 199号 審決取消請求事件
原告 株式会社東京マルイ
訴訟代理人弁護士 湊谷秀光、弁理士 井澤洵
被告 株式会社ウエスタン・アームス
訴訟代理人弁護士 宗万秀和、高橋隆二、弁理士 神原貞昭
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/04/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が平成13年3月27日無効2000-35389号事件についてした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「ガス圧力式玩具銃」とする特許第2871583号発明(平成5年5月17日に出願された特願平5-114605号(原出願)の一部を、特許法44条1項に規定する新たな特許出願とするとして、平成8年4月4日付けで出願された特願平8-82168号に係り、平成11年1月8日に特許第2871583号として設定登録。本件発明)の特許権者であるが、原告は、平成12年7月18日、本件発明について無効審判請求をし、無効2000-35389号事件として審理されたが、平成13年3月27日、本件審判の請求は成り立たないとの審決があり、その謄本は同年4月9日原告に送達された。
2 本件発明の要旨【請求項1】本体に弾倉部と、弾丸が供給される装弾室と、内部に摺動部材が配され、上記本体に対して移動可能とされた空間部形成部材と、上記本体に対して移動可能とされ、上記空間部形成部材を移動させる状態をとるスライダ部とが設けられ、上記摺動部材が、上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態をとった後、該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ、上記スライダ部の後退及びその後の前進、及び、それに伴う上記空間部形成部材の移動が生じて、上記弾倉部からの弾丸が上記装弾室に送り込まれることになる状態をとることを特徴とするガス圧力式玩具銃。
【請求項2】本体に装着されるケースにガス導出口部が設けられるとともに、本体に設けられた空間部形成部材に該空間部形成部材の内部にガスを導入するガス導入口部が形成され、該ガス導入口部を介しての上記空間部形成部材内の内部と上記ガス導出口部との連通状態が、上記ケースが上記本体に装着されることにより得られることを特徴とする請求項1記載のガス圧力式玩具銃。 3 審決の理由の要点 (1) 原告(請求人)提出の証拠 審判甲第1号証の1:平成11年(ヨ)第22137号(差止仮処分命令申立事件)の申立書 審判甲第1号証の2:平成12年(ワ)第11906号(特許権侵害差止請求事件)の訴状 審判甲第1号証の3:平成12年(ヨ)第22048号(差止仮処分命令申立事件)の申立書 審判甲第2号証:本件特許に係る出願から特許査定に到る出願手続に係る書面 審判甲第3号証:特開平6-323786号公報(原出願についての公開公報) 審判甲第4号証:本件発明と原出願発明とに係る特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を左右に並置した書面 (2) 原告の主張の概要 原告は、審判甲第1号証の1〜3に示されるとおり、本件特許権に基づく差止仮処分や特許権侵害差止事件の当事者とされているので、本件特許についての利害関係を有するとし、本件特許を無効とすべき理由に関して、次のような主張をしている。
[主張A]請求項1に記載の本件発明(本件発明1)では、摺動部材が、「弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態をとった後」「空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ」るとされており、当該請求項1の記載によれば、摺動部材は、その位置の切換のために特段の部材を必要とすることなく、ガス圧の低下により、自動的に切り換えられると解されるが、発明の詳細な説明及び図面には、当該摺動部材の位置の切換のために、コイルスプリング28を用いた実施例のみが記載されており、コイルスプリング28が存在しない実施例は記載されていない。
したがって、当該コイルスプリング等、摺動部材の位置の切換部材について言及のない、本件請求項1及び2記載の発明(本件発明1、2)は、「発明の詳細な説明に記載したもの」とはいえず、また、特許請求の範囲に「発明の構成に欠くことができない事項」が記載されていることにもならないから、本件特許は特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号の規定を満たしていない出願に対して特許されたことになるし、審査過程における平成10年5月29日付で通知された拒絶理由(審判甲第2号証参照)も解消されていない。
[主張B]また、被告は、上記の特許法36条に係る拒絶理由は明細書の補正により解消されたと主張するが、当該補正は原出願(特願平5-114605号)の明細書に記載された事項の範囲内での補正ではないから、本件特許に係る出願は適法な分割出願ではなく、出願日の遡及が認められないことになるので、原出願に係る特許公開公報(審判甲第3号証)は、本件特許に係る出願より前に頒布された刊行物となり、本件特許に係る各発明は当該刊行物に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものである。
原告は、主張A及び主張Bに関連して、次の<イ>〜<ト>の各点を指摘している。
<イ> 本件発明の構成要件とされる「空間部形成部材」とは、「空間部が内部に形成された空間しかない部材」の意味であって、原出願明細書記載の「可動部材54」は「ガス通路制御部25を含むことが明らか」であり、本件発明でいう「空間部形成部材」は「可動部材54と同一概念ではなく」、また、原出願の明細書に「空間部形成部材」という表現は存在しないから、上記明細書の補正は、原出願の明細書に記載された事項の範囲内での適法な補正ではない。
さらに、本件明細書には、単一の実施例しか示されていないのに、「可動部54が空間部形成部材の一例をなす」とした、被告の主張には誤りがある。
<ロ> 本件明細書【0023】末尾の「斯かるコイルスプリング28・・・押圧されるロッド26を有したガス通路制御部25は・・・摺動部材を形成している」という、摺動部材に関する記載は分割出願に際して新たに追加された事項であって、「原出願に存在しない」し、「摺動部材という意味不明の用語を分割出願に認める必要」もなく、「論理上、ガス通路制御部25は摺動部材の一例ではなく、
唯一の実施例」であるから、被告の「ガス通路制御部25が摺動部材の一例をなす」という主張は誤っている。
また、上記イの「空間部形成部材」の構成と合わせて考えると、「空間の中で部材が摺動すれば弾丸の装填が行われる」ことになるが、このような発明は原出願の明細書に存在しない。
<ハ> 被告は、本件明細書では「中央空間部20は可動部材54の内部に設けられており、また、ガス通路制御部25が、ロッド26と弁部材27とを含んで構成されていて、可動部材54の内部に設けられている」という事項(aの事柄)が記載されていることになると主張するが、原出願明細書では、ガス通路制御部25は、ロッド26と弁部材27とを含む他に、「コイルスプリング28によって、装弾室4a側に向けて付勢されている」と記載されているのであるから、当該「コイルスプリング28が欠落している」上記の事項は原出願明細書に記載されているとはいえない。
<ニ> 原出願明細書(【0023】)によれば、「銃身2と弾丸BBとの間に生じる比較的小なる隙間を通じて銃身2内にガスが漏れ出し、弾丸BBの・・・移動が加速されるとともに、中央空間部20内におけるガス圧が低下する。」と記載されているが、このような説明は、紙鉄砲において、「紙がゆるければポトンと落ちる」ほどゆるい場合を想定したものかを明確にすべきである。
<ホ> 被告は、「ガス圧の低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進」することは、「ガス圧の低下に伴ってロッド26が前進する」ことを含む旨主張するが、ガス圧の「低下に伴ってのみ、ロッド26が前進するものとなることはない」のだから、上記主張は意味不明である。
ロッドが前進するのは、A「ガス圧の低下」によるか、B「コイルスプリング28の付勢力」によるか、C「ガス圧の低下とコイルスプリング28の付勢力の両方」によるのか、「三つのうちの一つ」であると考えられ、被告の主張は、上記CがAを含むと言うのに当たるが、「それは本件の実施例ではコイルスプリング28の付勢力が必要なことを認めながら、請求項1には記載しなくてもよいと矛盾する主張をしている」ことになる。したがって、被告が主張するような、「可動部材54内におけるガス圧の低下に伴って、その位置が切り換えられること」にはならない。
<ヘ> 被告は、「ガス圧の低下に伴って」とは、ガス圧の低下を、摺動部材の位置が切り換えられる原因若しくは手段としてとらえているのではなく、「ガス圧の低下と時を同じくして」の意味である旨主張している。
しかし、そのような意味に解すべき記載は、本件明細書及び原出願の明細書のどちらにも存在しない。むしろ、本件明細書の【0028】〜【0030】、原出願明細書の【0023】や【0024】の記載によれば、「ガス圧の低下に伴って、
ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進する」ことが明記されており、「ガス圧の低下」と、摺動部材の「位置が切り換えられ」ることとは、「原因と結果の関係」とみるべきで、被告の上記主張に係る「(請求項でコイルスプリング28の付勢力に言及する必要がないとする)弁明を受け入れるべき事情はない」。
<ト> 原出願明細書の【0013】の記載は、「中央空間部20、ガス通路制御部25、その付勢のための手段(28)、が可動部材54の内部にて有機的に結合し合っているということを意味している」が、この不可分の関係にある構成を、
被告は、分割出願に際して「分散して記載し」、かつまた、上記イ、ロで指摘した「空間部形成部材及び摺動部材」という「造語を新たに導入し、それぞれの観念を膨らませて」、「原出願には存在しない」「新発明を創作した」のであり、本件特許は不適法な分割出願に基づくものである。
(3) 被告(被請求人)提出の証拠と答弁の概要 一方、被告は、次の審判乙第1号証〜審判乙第5号証を提出するとともに、本件請求項1中に、摺動部材の位置切換手段については言及がないが、当該切換は、
実施例に記載されている如くのコイルスプリング28の付勢力等の何らかの手段によって」なされればよいのであって、原告の主張には、何らの妥当性もなく、本件特許の有効性に影響を及ぼすものではない旨の主張をしている。
審判乙第1号証:本件特許に係る出願審査過程における平成10年5月29日付拒絶理由通知書 審判乙第2号証:審判乙第1号証の拒絶理由に対応して提出された手続補正書 審判乙第3号証:同じく意見書 審判乙第4号証:本件特許に係る出願の願書に最初に添付された明細書及び図面 審判乙第5号証:原出願(特願平5-114605号)の願書及び当該願書に最初に添付された明細書並びに図面 (4) 審決の判断 (4)-1 まず、原告が主張A及び主張Bに関連して指摘した、<イ>〜<ト>の各点について検討する。
<イの点について> 原告は、「空間部形成部材」とは、「空間部が内部に形成された空間しかない部材」の意味であるとするが、一切の物体を含まないもののみが「空間」であると限定すべき合理的な理由はない。そうすると、内部に「ガス通路制御部25」を含む空間部を「中央空間部20」とすることが不適切とはいえない。
一方、原告が指摘するとおり、原出願明細書に「空間部形成部材」という表現は存在しないけれども、同明細書には「可動部材54は、その内部に、中央空間部20,中央空間部20から可動部材54の前端部に向かって伸びる弾丸発射用ガス通路21,・・・が設けられるとともに、ガス通路制御部25が設けられたものとされ・・・」(【0013】の冒頭)という記載があり、当該記載のとおり、内部に「中央空間部20」が設けられる「可動部材54」を「空間部形成部材」と称することは、原出願明細書に記載された事項の範囲を外れるものとはいえない。
また、「可動部材54」については、例えばその細部の形状等に関して、実施例として示されているものの他にも各種のものが想定できることは明らかであり、
「可動部材54が空間部形成部材の一例をなす」とすることが「誤り」であるとはいえない。
<ロの点について> 「摺動」という用語は、特許関連の公報等の各文献において、例えば一方の部材が他方の部材に対して接触しながら移動していくような状態を表現する用語として、極めて一般的に使用されており、この用語が「意味不明」というには当たらない。そして、原出願明細書(【0013】)に「ガス通路制御部25は、弾丸供給用ガス通路22から中央空間部20を貫通して弾丸発射用ガス通路21内に伸びるロッド26と、ロッド26に嵌合せしめられて中央空間部20内に位置する弁部材27とを含んで構成され」、「ロッド26は、・・・コイルスプリング28によって・・・付勢され」、「弁部材27は、・・・ロッド26の移動に応じて弾丸発射用ガス通路21と弾丸供給用ガス通路22との間を移動せしめられ」るとされており、上記イの指摘に関してみたとおり、「ガス通路制御部25」は、中央空間部20を形成する「可動部材54」に対して接触しながら移動(すなわち「摺動」)することになる。
したがって、「ガス通路制御部25が摺動部材を形成している」とすることが「原出願に存在しない」とはいえないし、「摺動部材」という「用語を分割出願に認め」ないとすることもできない。
さらに、「ガス通路制御部25」も、先の「可動部材54」と同様に、例えば形状等に関して各種のものが想定できるから、原告の「論理上、ガス通路制御部25は摺動部材の一例ではなく、唯一の実施例」とする指摘は妥当なものでなく、また、上記イの「空間部形成部材」の構成と合わせた場合の「空間の中で部材が摺動すれば弾丸の装填が行われる」ことになる発明が、「原出願の明細書に存在しない」という指摘が適切なものでないことも上述したところから明らかである。
<ハの点について> 上記イ及びロの各点についての検討でみたとおり、原出願明細書には、「可動部材54は、その内部に、中央空間部20,・・・が設けられるとともに、ガス通路制御部25が設けられ」、「ガス通路制御部25」は「ロッド26と、ロッド26に嵌合せしめられて中央空間部20内に位置する弁部材27とを含んで構成され」ること(【0013】)が明記されている。そうすると、被告が、本件明細書に記載されているとする、「中央空間部20は可動部材54の内部に設けられており、また、ガス通路制御部25が、ロッド26と弁部材27とを含んで構成されていて、可動部材54の内部に設けられている」という事項は、原出願明細書に開示されたとおりのものといえる。むしろ、「ガス通路制御部25」の構成部材として、「コイルスプリング28」に言及することは、原出願明細書記載の趣旨から外れるというべきであって、しかも、原出願明細書(【0012】)の「ガス通路制御部25におけるロッド26は」「コイルスプリング28によって」「付勢されている」という記載については、本件明細書(【0014】)においても、全く同様に記載されているのだから、本件発明では「コイルスプリング28が欠落している」とする指摘は妥当ではない。(なお、特許請求の範囲の請求項において、上記「コイルスプリング28」に相当するものの言及を欠くことの適否については、後述する<ホの点について>で検討する。) <ニの点について> 本件発明と紙鉄砲とでは、玩具銃としての基本的な構造や弾丸の形状が全く相違しており、これらを同日に論じることは明らかに不適切であるし、「銃身2と弾丸BBとの間に生じる比較的小なる隙間」を具体的にどの程度のものとするかは、技術常識に従って、適宜設定できる設計事項である。
<ホの点について> 本件明細書(【0029】)及び原出願明細書(【0024】)の「中央空間部20内におけるガス圧の低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進する」という記載によれば、原告が、ロッド前進の契機として挙げるA、B、Cの三要因(A「ガス圧の低下」、B「コイルスプリング28の付勢力」、C「ガス圧の低下とコイルスプリング28の付勢力の両方」)は、互いに排他的なものではなく、いずれも誤っているわけではないし、いずれの見方による発明も存在し得る。
したがって、ロッド前進の契機は、上記A、B、Cの「三つのうちの一つ」に限定して考えるべき必然性がなく、「ガス圧の低下」もロッド前進の契機とみることが誤りとはいえない以上、「ガス圧の低下に伴って」摺動部材の「位置が切り換えられ」とすることも誤りとすることはできない。そうであれば、「(被告は)実施例ではコイルスプリング28の付勢力が必要なことを認めながら、請求項1には記載しなくてもよいと矛盾する主張をしている」とする原告の指摘は妥当なものとはいえない。
なお、ロッド26前進のために「コイルスプリング28の付勢力」を必要とすることは、本件発明のみならず、原出願の発明においても同様であるが、原出願のいずれの請求項においても、当該付勢力を与える手段について直接的な言及があるわけではない。
<ヘの点について> 既にみたとおり、「ガス圧の低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進する」のであるから、原告が指摘するように、「ガス圧の低下」と、ロッド(摺動部材の一部)の「位置が切り換えられ」ることとは、「原因と結果の関係」とみることもできるのは当然であるが、「ガス圧の低下」とほぼ同時にロッドが前進することになるのも明らかであって、「ガス圧の低下と時を同じくして」ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進すると解することも誤りとまではいえない。しかも、上記<ホの点について>で述べたとおり、「ガス圧の低下に伴って」という記載をいずれの意味に解するかは、請求項でコイルスプリング28の付勢力に言及する必要性の有無と直接的に関係することではない。
<トの点について> 「中央空間部20、ガス通路制御部25、その付勢のための手段(28)、が可動部材54の内部にて有機的に結合し合っている」という、
原告の指摘は、それ自体誤りではない。しかし、上記<ホの点について>で述べたとおり、ロッド前進の契機を、上記A、B、Cの「三つのうちの一つ」に限定して考えるべき必然性がないところから、分割出願に際して、「ガス通路制御部25」を、「その付勢のための手段(28)」とは「分散して記載」することを否定すべき理由もない。
また、「空間部形成部材」及び「摺動部材」という用語は分割出願に伴って「新たに導入」された「造語」であるという指摘も誤りではないが、上記<イ>及び<ロ>の各点について検討したところから明らかなように、本件発明に関して、上記各用語の「それぞれの観念を膨らませて、原出願には存在しない」「新発明を創作した」とするには当たらない。
(4)-2 主張Aについて 原告は、上記のとおり、「空間部形成部材内におけるガス圧の低下」のみを契機として摺動部材の位置が切り換えられる発明は、発明の詳細な説明や図面に開示がない旨の主張をしているが、「ガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ」という記載を、ガス圧の低下により、摺動部材が特段の部材を必要とすることなく、自動的に切り換えられる意味と解すれば、そのような発明は、確かに発明の詳細な説明に記載されていない。
しかし、上記請求項の記載に対応する発明の詳細な説明の記載(【0023】、
【0029】)をみると、「このように装弾室4a内に装填された弾丸BBは、・・・ロッド26をコイルスプリング28の付勢力に抗する方向に押圧する。・・・斯かるコイルスプリング28の付勢力に抗する方向に押圧されるロッド26を有したガス通路制御部25は、可動部材54内に摺動自在に配された摺動部材を形成している。」「・・・ガス圧の低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進するものとなり」とされている(審判甲第2号証及び審判乙第4号証参照)。
これら発明の詳細な説明の記載は、本件発明において、摺動部材の位置の切換の契機となる部材(実施例ではコイルスプリング28)が使用されることを明示するとともに、ガス圧の低下に伴って摺動部材の位置の切換が行われることを明示しているといえる。しかも、当該切換の契機となる部材としては、コイルスプリングに限らず、他の周知の付勢機能を持つ部材でもよいことは明らかであるし、また、かかる付勢機能を持つ部材に関する言及を欠く本件発明が、発明の詳細な説明に開示された発明とは別の発明を構成するものでないことは、上記<ホの点について>で検討したところから明らかである。
したがって、本件請求項1の記載は、発明の詳細な説明の記載に裏付けられているとともに、当該詳細な説明の記載に対応するものであって、本件発明1は、「発明の詳細な説明に記載された」発明といえる。
さらに、審判甲第2号証及び審判乙第1〜3号証によれば、出願当初における「上記摺動部材が、・・・ガス圧により位置が自動的に切り換えられて」という特許請求の範囲の記載が、審査過程における拒絶理由の、「(ガス圧により)自動的に切り換え」る構成がどのようなものか不明瞭とする指摘に対応して、上記のとおり、「ガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ」と補正されたことがうかがえ、
そして、このように補正されたことによって、上記拒絶理由は解消されたものといえる。
したがって、本件明細書の記載が、特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号の規定を満たしていないとすることはできないし、審査過程で通知された拒絶理由が解消されていないとすることもできない。
(4)-3 主張Bについて 上記<イ>〜<ト>の各点や主張Aについて検討したところから明らかなように、「ガス圧の低下に伴って」摺動部材の「位置が切り換えられ」る本件発明の構成は、原出願の明細書にも実質的に記載されているといえるから、本件出願を適法な分割出願ではないとすることもできない。
(4)-4 本件発明2について 本件発明2は、請求項1の本件発明を引用して、これを更に限定しようとするものであり、上記で検討した本件発明1についての判断は、本件発明2についても同様である。
(5) 審決のむすび 以上のとおり、原告が主張する理由及び提出した証拠によって、本件特許を無効とすることはできないし、また、他に無効とすべき理由も発見しない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(分割の適否についての判断の誤り) 以下に述べるとおり、本件請求項1における「空間部形成部材」、「摺動部材」及び「摺動部材が・・・ガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ」との事項は、
いずれも原出願の明細書に記載されていないから、本件分割を適法とした審決の判断は誤りである。
(1) 「空間部形成部材」について 審決は、原出願の「明細書には「可動部材54は、その内部に、中央空間部20,中央空間部20から可動部材54の前端部に向かって伸びる弾丸発射用ガス通路21,・・・が設けられるとともに、ガス通路制御部25が設けられたものとされ・・・」(【0013】の冒頭)という記載があり、当該記載のとおり、内部に「中央空間部20」が設けられる「可動部材54」を「空間部形成部材」と称することは、原出願明細書に記載された事項の範囲を外れるものとはいえない。」としたが、引用記載を除き、誤りである。
すなわち、「空間」とは、物体が存在しない相当に広がりのある部分を意味するものであり、「形成」とは、形が出来上がること、形づくることを意味するものであるから、「空間部形成部材」とは、一般に空間の形成に係る部材を意味するものであり、例えば、@空間部を形成するための部材、A内部又は外部に空間部が形成されている部材、B一切の物体を内部に含まない空間を有する部材、C物体を内部に含んでいる空間を有する部材、等の様々な概念を持つものが浮かび上がる。審決は、上記Cの解釈を採用して上記認定判断をしたが、本件明細書において「空間部形成部材」としたことにより、原出願の明細書に記載のない上記@、A又はB等の意味における「空間部形成部材」を含むことになるから、原出願の明細書の記載の範囲を越えている。
原出願の明細書(甲第3号証)には、「可動部材54は、その内部に、中央空間部20,中央空間部20から可動部材54の前端部に向かって伸びる弾丸発射用ガス通路21,中央空間部20から可動部材54の後端部に向かって伸びる弾丸供給用ガス通路22、及び、中央空間部20からグリップ6に向かって伸びる共通ガス通路23が設けられるとともに、・・・弾丸供給用ガス通路22における後端部には、比較的小なる径とされた連通路が設けられている。」(【0013】の第1文)と記載されているだけで「空間部形成部材」についての技術的思想が存在しない。そうすると、可動部材の内部に形成されている主要な構成は「通路」であり、
「通路」とはガスの通る道であるから、可動部材をガス通路部材とはいえても、
「空間部形成部材」と置き換えることはできない。
(2) 「摺動部材」について 審決は、「「ガス通路制御部25」は、中央空間部20を形成する「可動部材54」に対して接触しながら移動(すなわち「摺動」)することになる。したがって、「ガス通路制御部25が摺動部材を形成している」とすることが「原出願に存在しない」とはいえないし、「摺動部材」という「用語を分割出願に認め」ないとすることもできない。」としたが、誤りである。
「摺動、圧力、弁、切換、開閉」をキーワードとして抽出された19件の特許・実用新案の文献(甲第4号証)をみると、特許用語として通用する「摺動」とは、
ピストンとシリンダー、軸と軸受のような関係を示す用語として使われている。本件明細書(甲第5号証)には、「ガスが、弾丸発射用ガス通路21内に配されたガス通路制御部25を形成するロッド26の周囲に形成される外周溝を通じて、装弾室4a内に供給される」(【0027】)との記載があり、ロッド26の周囲にはガス通路の外周溝があるから、「ガス通路制御部25」は可動部材54に接触する必要なく移動するものであり、このような移動を摺動ということはできない。したがって、本件明細書において、原出願の明細書に全く記載のない「摺動」を用いたことは、ピストンとシリンダーのように摺動するものも本件発明1の技術的範囲に含めることになるから、原出願の明細書の記載の範囲を越えている。
(3) 「摺動部材が・・・ガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ」について 審決は、「「ガス圧の低下に伴って」摺動部材の「位置が切り換えられ」る本件発明の構成は、原出願の明細書にも実質的に記載されているといえる」としたが、
誤りである。
すなわち、本件明細書及び原出願の明細書が開示する発明は、摺動部材により弾丸の存在を検出し、弾丸移動後のガス圧の低下に伴って、コイルスプリングが弾性復元する付勢力を受けて摺動部材の位置が切り換えられる構成のものであるところ、本件発明1における「ガス圧の低下に伴って位置が切り換えられる摺動部材」とは、シリンダー内に配置されたピストンの位置がシリンダー内のガス圧の低下を原因として切り換えられるという構成を想起させるが、このようにガス圧の低下を原因結果のすべてとして切り換えられる摺動部材は、原出願の明細書の記載の範囲を越えるものである。
2 取消事由2(特許請求の範囲の記載要件についての判断の誤り) (1) コイルスプリングの記載がないことについて 本件明細書の記載によれば、装弾室内に弾丸BBが装填された状態において、ロッド先端は弾丸BBに当接しており、後端にはコイルスプリング28が作用している。そこで、弾丸BBが発射のために移動すると弾丸BBの支えがなくなるが、弁部材27によって開状態とされた弾丸発射用ガス通路21と蓄圧室33とが連通状態におかれているから、発射のためのガス圧が作用して弁部材27は弾丸発射用ガス通路21の開状態を保つ。弾丸BBが環状部材4の前方側部分へ移動せしめられ、更にガス圧により銃身内を移動せしめられると、ガスが漏れ出して中央空間部20内におけるガス圧が低下し、この低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進する。そうすると、「中央空間部内におけるガス圧の低下」と「ロッドに作用するコイルスプリングの付勢力」がロッドの前進に関与し、
中央空間部内におけるガス圧がコイルスプリングの付勢力よりも低下する状態となると、ロッド26が前進するものと解される。したがって、本件発明1では、コイルスプリング又はこれと同等の付勢手段が必須不可欠の構成要件であって、これを欠いた発明は、本件明細書の発明の詳細な説明中に記載されていないのに、本件請求項1には、コイルスプリング又はこれと同等の付勢手段について何ら記載されていない。そうすると、本件発明1は、特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号に規定された要件を満たすものではない。
被告は、コイルスプリングについて、本件発明1の実施例が備えるもので、本件発明1にとっての必須の構成要件ではないこと、コイルスプリング等の付勢手段を必須の構成要件としない本件発明1を説明する上で、コイルスプリング等の付勢手段を必要としない旨を本件明細書中に記載する必要はないと主張する。しかし、本件明細書には、実施例に使用されたコイルスプリング28の作用が詳細に記載されているのみであって、このコイルスプリングが本件発明1の必須の構成要件ではないことを説明する記載はないし、本件発明1の必須の構成要件ではない蓄圧室に充填される液化ガスや蓄圧室を有するケース30については、代替構成が記載されている(甲第5号証【0040】)のに、ロッド移動の契機となる上で重要なコイルスプリングの代替手段について何ら言及されていないことからみて、被告の主張は特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号の趣旨を無視するもので失当である。
(2) 摺動部材を戻す条件の記載がないことについて 本件請求項1には、摺動部材の位置が切り換えられると記載され、ここでの「切換」とは、銃身部内への弾丸の移動後に摺動部材に起こるべき位置の変化を記載したものと認められるから、次の弾丸が装弾室に供給された後に発射操作が行われ、
再び銃身部内へ弾丸が移動した後にも、摺動部材の位置が切り換えられ、同様の作動が継続するものである。ところが、この「切換」とは、一方向の作動を意味するにすぎず、次の「切換」のためには、摺動部材が元の位置に戻っている必要があるから、帰りの切換を行う条件についても本件発明1の必須の構成要件であって、これを欠いた発明は本件明細書の発明の詳細な説明中に記載されていない。そうすると、本件請求項1の記載は、特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号に規定された要件を満たすものではない。
被告は、本件発明1では摺動部材の位置の切換が、少なくとも一度行なわれれば足りるものであると主張する。しかし、本件発明1が摺動部材の位置の切換が一度しか行われないものであるとすれば、本件明細書記載の実施例は本件発明1の実施例ではないし、本件発明1には実施例の説明による裏付けがないことになる。被告の上記主張の根拠は本件請求項1に記載も示唆もない。
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(分割の適否についての判断の誤り)に対して 「空間部形成部材」、「摺動部材」という各用語が原出願当初明細書に記載されていなくとも、本件の特許請求の範囲に記載された発明が、原出願当初明細書に記載されていれば分割の要件に違反するものではない。実体を変更することなく別の用語により表現することは、出願人の裁量の範囲に属する。詳細は、以下のとおりである。
(1) 「空間部形成部材」について 原出願の願書に最初に添付された明細書(原出願当初明細書、乙第1号証)には、実施例について、「さらに、スライダ部50における第2の部分50B内には、可動部材54が配されている。可動部材54は、装弾室4aと圧力室形成部との間に位置し、第2の可動円筒部材52B内に収容された後方側部分と、環状部材4における装弾室4aを形成する部分に選択的に係合せしめられる前方側部分と、
比較的大径とされた中間部分とを有し、後方側部分により第2の可動円筒部材52Bに対する係止部が形成されている。・・・斯かる可動部材54は、スライダ部50が基準位置にあるもとでは、環状部材4における装弾室4aを形成する部分に前方側部分が係合する位置におかれる。」(【0012】)、「可動部材54は、その内部に、中央空間部20,中央空間部20から可動部材54の前端部に向かって伸びる弾丸発射用ガス通路21,中央空間部20から可動部材54の後端部に向かって伸びる弾丸供給用ガス通路22、及び、中央空間部20からグリップ6に向かって伸びる共通ガス通路23が設けられるとともに、ガス通路制御部25が設けられたものとされており、・・・。」(【0013】の冒頭)と記載され、
本件の願書に最初に添付された明細書(本件当初明細書、乙第2号証)には、実施例について、上記記載と同様な記載があり(【0012】及び【0013】参照。)、さらに「従って、可動部材54は、空間部が内部に形成された空間部形成部材を形成していることになる。」(【0013】末尾文)と記載されている。これらの記載からみて、本件請求項1に記載された「空間部形成部材」は、その実体の一例が原出願当初明細書にも、また本件当初明細書にも記載されている。
(2) 「摺動部材」について 本件明細書における「摺動部材」とは、摺動することを必要とする部材であるとか、摺動しなくてはならない部材を意味するものではなく、別段の支障なく摺動を行い得る部材を表すように用いられ、摺動を行い得る部材とは、状況に応じて他の物に対して接触しながら移動することができる部材を意味する。これに対し、原出願当初明細書には、「ガス通路制御部25は、弾丸供給用ガス通路22から中央空間部20を貫通して弾丸発射用ガス通路21内に伸びるロッド26と、ロッド26に嵌合せしめられて中央空間部20内に位置する弁部材27とを含んで構成されている。ガス通路制御部25におけるロッド26は、弾丸供給用ガス通路22内に収容されたコイルスプリング28によって、装弾室4a側に向けて付勢されている。
ガス通路制御部25における弁部材27は、環状弾性シール部材を形成しており、
ロッド26の移動に応じて弾丸発射用ガス通路21と弾丸供給用ガス通路22との間を移動せしめられて、それら弾丸発射用ガス通路21及び弾丸供給用ガス通路22を開閉制御するものとされている。」(【0013】後半)と記載され、また、
本件当初明細書(乙第2号証)には、実施例について、同様の記載があり(【0014】参照。)、更に「斯かるコイルスプリング28の付勢力に抗する方向に押圧されるロッド26を有したガス通路制御部25は、可動部材54内に摺動自在に配された摺動部材を形成している。」(【0023】末尾)と記載されている。これらの記載からみて、原出願当初明細書及び本件当初明細書に記載されたガス通路制御部25は、状況に応じて可動部材54に対して接触しながら移動することができる部材であるから、摺動を行い得る部材である。そうすると、本件請求項1に記載された「摺動部材」は、その一例であるガス通路制御部25が原出願当初明細書にも、本件当初明細書にも明瞭に記載されている。
(3) 「摺動部材が・・・ガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ」について 原告の主張は、摺動部材について、シリンダー内のピストンのようなものと勝手に決めつけて、シリンダーとピストンの関係を前提として論ずるもので、根拠がない。
2 取消事由2(特許請求の範囲の記載要件についての判断の誤り)に対して (1) コイルスプリングの記載がないことについて 本件発明1は、本件請求項1に記載された必須の構成要件を備えて成る技術的思想創作であり、本件明細書に記載された実施例は、本件発明1である技術的思想を具現化した構成の一例であって、本件発明1の説明に供されるとともに、本件発明1が具現化し得ることを示すものである。この実施例には、本件発明1の必須の構成要件に加えて、それ以外の構成要件が含まれるのは当然である。原告指摘のコイルスプリング28は、本件発明1を具現化した実施例が備える構成要件ではあるが、本件発明1の必須の構成要件ではない。また、特許請求の範囲に記載された構成要件が発明の必須の構成要件を表すのであるから、コイルスプリング等の付勢手段を必須の構成要件としない本件発明1を説明する上で、本件明細書中にコイルスプリング等の付勢手段を必要としない旨を記載する必要はない。
(2) 摺動部材を戻す条件の記載がないことについて 本件請求項1の記載から明らかなように、本件発明1は、摺動部材の位置の切換を反復的に継続することを要件とするものではなく、摺動部材の位置の切換が、少なくとも一度行われれば足りる。本件明細書には、実施例において摺動部材であるガス通路制御部25の位置の切換が反復的に行われるものとして説明されているが、このことは、本件発明1においても摺動部材の位置の切換を反復的に継続することが要件となることを意味しない。本件発明1は、本件請求項1の記載によって特定されるのであって、本件明細書に記載された実施例によって特定されるのではない。
本件発明1では、摺動部材が付勢手段によってではなく、例えばコイルスプリングの付勢力等の何らかの手段によって位置の切換がなされる。このことは、摺動部材の位置の切換を反復的に継続することに直結するものではなく、本件発明1はこれを前提とするものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(分割の適否についての判断の誤り)について (1) 「空間部形成部材」について (1)-1 乙第1号証によれば、原出願当初明細書に以下の記載があることが認められる。
【課題を解決するための手段】の項に、「本発明に係る自動弾丸供給機構付玩具銃は、グリップ部内に配される弾倉部と、グリップ部内に配される蓄圧室と、銃身部の後端部に設けられ、弾倉室における一端の近傍に配される装弾室と、銃身部に対して設けられ、その銃身部に沿って移動し得るものとされたスライダ部と、スライダ部における銃身部の後方となる部分内に設けられた可変容積圧力室と、さらに、可動部材及び可動部材内に移動可能に設けられたガス通路制御部とが備えられ、可動部材が、装弾室と可変容積圧力室との間に配されるとともに、ガス通路制御部が、蓄圧室から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路を開閉し、その第1のガス通路を開状態として、蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態、及び、蓄圧室から可動部材内を通じて可変容積圧力室に至る第2のガス通路を開閉し、その第2のガス通路を開状態として、蓄圧室からのガスを可変容積圧力室に供給してスライダ部を後退させ、それに伴って可動部材を後退させ弾倉の一端から装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態をとるものとされて、構成される。」(【0006】) 【作用】の項に、「本発明に係る自動弾丸供給機構付玩具銃にあっては、蓄圧室から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路、及び、蓄圧室から可動部材内を通じて可変容積圧力室に至る第2のガス通路を開閉制御するガス通路制御部が、装弾室と可変容積圧力室との間に配されてグリップ部の上方に位置する可動部材内に設けられたものとされる。」(【0007】) 【実施例】の項に、「スライダ部50における第2の部分50B内には、可動部材54が配されている。可動部材54は、装弾室4aと圧力室形成部との間に位置し、第2の可動円筒部材52B内に収容された後方側部分と、環状部材4における装弾室4aを形成する部分に選択的に係合せしめられる前方側部分と、比較的大径とされた中間部分とを有し、後方側部分により第2の可動円筒部材52Bに対する係止部が形成されている。可動部材54は、第2の可動円筒部材52Bを介して、
スライダ部50に係合支持されており、固定部材51に一端が取り付けられたコイルスプリング55の他端が取り付けられて、全体が、コイルスプリング55によって固定部材51に近接する方向に付勢されている。斯かる可動部材54は、スライダ部50が基準位置にあるもとでは、環状部材4における装弾室4aを形成する部分に前方側部分が係合する位置におかれる。」(【0012】) 「可動部材54は、その内部に、中央空間部20,中央空間部20から可動部材54の前端部に向かって伸びる弾丸発射用ガス通路21,中央空間部20から可動部材54の後端部に向かって伸びる弾丸供給用ガス通路22、及び、中央空間部20からグリップ6に向かって伸びる共通ガス通路23が設けられるとともに、ガス通路制御部25が設けられたものとされており、・・・」(【0013】) (1)-2 これらの記載及び原出願の願書に最初に添付された図1ないし図10(乙第1号証図面1〜10)が図示するところ(図1及び4は、本判決別紙1)によれば、原出願の明細書における発明では、可動部材の内部に設けられたガス通路制御部が、蓄圧室から可動部材の内部を通じて装弾室に至る第1のガス通路及び蓄圧室から可動部材の内部を通じて可変容積圧力室に至る第2のガス通路を開閉制御するものであり、可動部材は、第2の可動円筒部材52B内に収容された後方側部分及び比較的大径の中間部分及び環状部材4における装弾室4aを形成する部分に選択的に係合する前方側部分を有し、その内部には、中央空間部20、中央空間部20から可動部材54の前端部に向かって伸びる弾丸発射用ガス通路21、中央空間部20から可動部材54の後端部に向かって伸びる弾丸供給用ガス通路22、及び中央空間部20からグリップ6に向かって伸びる共通ガス通路23が設けられていることが認められる。
そして、これら中央空間部20、弾丸発射用ガス通路21、弾丸供給用ガス通路22、共通ガス通路23は、いずれもガスが流れる空間部であるから、可動部材は、その内部に空間部が形成された部材であると認められる。そうすると、「空間部形成部材」が原出願当初明細書に実質的に開示されていたというべきである。
(1)-3 してみれば、本件請求項1において、原出願の明細書に記載された「可動部材」に代えて「空間部形成部材」を用いた点をもって、原出願明細書に記載された事項の範囲を外れるものとはいえないとした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
(2) 「摺動部材」について (2)-1 乙第1号証によれば、原出願当初明細書には、「ガス通路制御部25は、弾丸供給用ガス通路22から中央空間部20を貫通して弾丸発射用ガス通路21内に伸びるロッド26と、ロッド26に嵌合せしめられて中央空間部20内に位置する弁部材27とを含んで構成されている。ガス通路制御部25におけるロッド26は、弾丸供給用ガス通路22内に収容されたコイルスプリング28によって、
装弾室4a側に向けて付勢されている。ガス通路制御部25における弁部材27は、環状弾性シール部材を形成しており、ロッド26の移動に応じて弾丸発射用ガス通路21と弾丸供給用ガス通路22との間を移動せしめられて、それら弾丸発射用ガス通路21及び弾丸供給用ガス通路22を開閉制御するものとされている。斯かるガス通路制御部25を構成するロッド26は、例えば、図3のA,B及びCに示される如く、断面形状が三叉形状とされた後端部分26aと、半球状の先端部が設けられた中実棒とされる本体部分26bとを有し、後端部分26aが弾丸供給用ガス通路22内に位置せしめられるとともに、本体部分26bが後端部分26aから装弾室4aに向けて直線的に伸びるものとされ、本体部分26bに弁部材27が嵌合せしめられている。」(【0013】後半及び【0014】)との記載があることが認められる。
(2)-2 この記載及び原出願の願書に最初に添付された図1、図3ないし図9(乙第1号証図面1、3〜9)が図示するところによれば、ガス通路制御部25における弁部材27は、環状弾性シール部材を形成し、ロッド26の移動に応じて弾丸発射用ガス通路21と弾丸供給用ガス通路22との間を移動せしめられるものであるが、この移動の際に、弁部材がこれらのガス通路を確実に開閉するように、弁部材を形成する環状弾性シール部材の周囲が中央空間部20の内壁に摺動するように移動させて、弁部材及びそれを装着したロッド26の中心軸のぶれ(ロッドの上記移動方向に直交する方向への微小な移動や振動)が発生しないように成すことは、当業者であれば技術常識ともいうべき当然の事項と認めることができる。そうすると、ガス通路制御部25が中央空間部20を形成する可動部材に対して摺動することは、当業者であれば上記明細書及び図面から当然に読み取ることのできる事項と認めるべきである。
原出願の願書に最初に添付された図1、図4ないし図9が図示するところでは、
上記環状弾性シール部材が位置を変更する際に、該シール部材の周辺が中央空間部20の内壁に触れないように移動するように見えなくもないが、本件当初明細書中にはその旨の記載はないし、また、願書に添付された図面は設計図面のように正確に記載されたものではないことが通例であることを勘案すれば、上記図1、図4ないし図9における環状弾性シール部材の周辺と中央空間部20の内壁が触れないように見えるとしても、上記認定を妨げるものではない。
(2)-3 そうすると、本件請求項1において、原出願の明細書に記載された「ガス通路制御部」に代えて「摺動部材」を用いた点をもって、原出願明細書に記載された事項の範囲を外れるものとはいえないとした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
(3) 「摺動部材が・・・ガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ」について 原出願当初明細書の上記引用箇所の記載から、ガス通路制御部がロッド26と弁部材27から構成されるものであることは明らかであり、乙第1号証によれば、原出願当初明細書に更に、「環状部材4における前方側部分に移動した弾丸BBが、
蓄圧室33からのガス圧により銃身2内に移動せしめられるものとなると、銃身2と弾丸BBとの間に生じる比較的小なる隙間を通じて銃身2内にガスが漏れ出し、
弾丸BBの銃身2における前端部側に向かう移動が加速されるとともに、中央空間部20内におけるガス圧が低下する。斯かる中央空間部20内におけるガス圧の低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進するものとなり、それに伴って弁部材27が、図6に示される如くに、弾丸供給用ガス通路22から弾丸発射用ガス通路21に向けて移動せしめられる。」(【0023】の最終文及び【0024】第1文)との記載のあることが認められる。
この記載によれば、ガス通路制御部がガス圧の低下に伴って位置が切り換えられることが原出願の明細書に記載されていると認められ、かつ「ガス通路制御部」に換えて「摺動部材」を用いたことに誤りがないことは前示のとおりである以上、摺動部材がガス圧の低下に伴って位置が切り換えられることも、原出願当初明細書から当業者であれば自明な技術的事項であったということができる。
そうすると、審決が「「ガス圧の低下に伴って」摺動部材の「位置が切り換えられ」る本件発明の構成は、原出願の明細書にも実質的に記載されているといえる」と判断した点に、誤りはなく、本件分割が適法であるとした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
2 取消事由2(特許請求の範囲の記載要件についての判断の誤り)について (1) コイルスプリングの記載がないことについて (1)-1 甲第5号証によれば、本件明細書には、【発明が解決しようとする課題】の欄に、「従来提案されている・・・蓄圧ボンベからのエアが利用されて移動するスライダが備えられた玩具銃にあっては、トリガが引かれると、先ずスライダの後退移動が行われ、それに続いて弾丸の発射が行われるようにされており、このようにスライダの移動が弾丸の発射前に行われると、弾丸の発射時に銃身部がスライダの移動による影響を受けることになって、銃身部から発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまう虞がある。斯かる点に鑑み、本発明は、蓄圧室が備えられ、その蓄圧室に充填されたガスが利用されて、装弾室に装填された弾丸の発射及び装弾室に弾丸を供給するための動作が行なわれるにあたり、装弾室に装填された弾丸の発射が行われた後に、装弾室に弾丸を供給するための動作が開始されることになるガス圧力式玩具銃を提供する。」(4欄8〜23行)との記載があることが認められる。
この記載によれば、本件発明は、蓄圧ボンベからのエアを利用して移動するスライダを備えた玩具銃において、スライダの移動が弾丸の発射前に行われると、銃身部から発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまうという従来の問題点を解決するために、装弾室に装填された弾丸の発射が行われた後に、装弾室に弾丸を供給するための動作を開始することを目的とするものであると認めることができる。
(1)-2 甲第5号証によれば、本件明細書には、【発明の実施の形態】について、「図4に示される如くに、装弾室4a内に弾丸BBが装填されるとともに、・・・装弾室4a内に装填された弾丸BBは、環状突出部4bと環状部材4に係合する可動部材54の前方側部分とによって、装弾室4a内に適正に位置固定される。このように装弾室4a内に装填された弾丸BBは、可動部材54内に設けられたガス通路制御部25におけるロッド26の先端部に当接して、ロッド26をコイルスプリング28の付勢力に抗する方向に押圧する。」(9欄5〜19行)との記載があることが認められる。
この記載と図4(本判決別紙2)が図示するところによれば、弾丸BBが装弾室内に適正に位置固定されると、ロッド26が後退してコイルスプリング28を図4が図示する状態に縮めて、ロッド26を前進させるように押圧しているものと認められる。
(1)-3 甲第5号証によれば、本件明細書には更に、「図5において実線により示される如くに装弾室4aに装填された弾丸BBが、蓄圧室33からのガス圧によって、図5において一点鎖線により示される如く、環状突出部4bを越えて、銃身2と弾丸発射用ガス通路21とを遮断する状態をもって環状部材4の前方側部分に移動せしめられる。斯かる際、弾丸供給用ガス通路22を閉状態となす弁部材27に作用する蓄圧室33からのガス圧により、ロッド26のコイルスプリング28の付勢力に従う移動が阻止されるので、弁部材27の弾丸供給用ガス通路22を閉状態となす位置が維持される。そして、環状部材4における前方側部分に移動した弾丸BBが、蓄圧室33からのガス圧により銃身2内に移動せしめられるものとなると、銃身2と弾丸BBとの間に生じる比較的小なる隙間を通じて銃身2内にガスが漏れ出し、弾丸BBの銃身2における前端部側に向かう移動が加速されるとともに、中央空間部20内におけるガス圧が低下する。このような中央空間部20内におけるガス圧の低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進するものとなり、それに伴って弁部材27が、図6に示される如くに、弾丸供給用ガス通路22から弾丸発射用ガス通路21に向けて移動せしめられる。そして、このように中央空間部20内におけるガス圧の低下によるロッド26の前進により弁部材27が、図7に示される如くの弾丸発射用ガス通路21を閉状態となす位置におかれるまでの間において、銃身2内に移動せしめられた弾丸BBが銃身2から発射される。弁部材27が、弾丸発射用ガス通路21を閉状態として、弾丸供給用ガス通路22を、中央空間部20及び共通ガス通路23を介して、ケース30内に設けられた上方ガス通路38に連通させる位置におかれると、弾丸供給用ガス通路22内に充填される蓄圧室33からのガス圧が、弾丸供給用ガス通路22の後端部に設けられた連通路を通じて、固定部材51を可動部材54から離隔させる方向に押圧しつつ、固定部材51内に流入するものとなる。このように固定部材51内に流入する蓄圧室33からのガス圧により、スライダ部50が後方に向けて押し出される状態が得られる。」(10欄31行〜11欄19行)と記載されていることが認められる。
この記載と図5ないし図7が図示するところ(本判決別紙2)によれば、弾丸BBが、蓄圧室33からのガス圧により、環状突出部4bを越えて環状部材4内を移動しても、弾丸供給用ガス通路22を閉状態となす弁部材27に作用する蓄圧室33からのガス圧により、ロッド26に対するコイルスプリング28の押圧に従う移動が阻止されているが、弾丸BBが蓄圧室33からのガス圧により銃身2内に移動せしめられると、銃身2と弾丸BBとの間に生じる比較的小なる隙間を通じて銃身2内にガスが漏れ出し、弾丸BBの銃身2における前端部側に向かう移動が加速されるとともに、中央空間部20内におけるガス圧が低下し、このガス圧の低下により、コイルスプリング28の付勢力がガス圧に抗してロッド26を前進させ、その結果、弁部材27は、図6が図示するように弾丸供給用ガス通路22から弾丸発射用ガス通路21に向けて移動せしめられ、弾丸発射用ガス通路21を閉状態とする図7が図示する位置になるまでに、銃身2内に移動せしめられた弾丸BBが銃身2から発射されるものと認められる。つまり、弾丸が銃身内を移動することによって生ずる中央空間部20内におけるガス圧の低下を利用して、弁部材の位置を切り換えることにより、蓄圧室のガス圧が弾丸供給用ガス通路22に充填され、ガス圧が固定部材51を可動部材54から離隔する方向に押圧してスライダ部を後方に押し出すものであるから、本件発明の前示の目的を達成するために、弾丸が銃身内を移動することによって生ずる中央空間部20内におけるガス圧の低下を利用するものであると認められる。
(1)-4 原告は、本件発明1では、コイルスプリング又はこれと同等の付勢手段が必須不可欠の構成要件であるところ、本件請求項1には、コイルスプリングについても、これと同等の付勢手段についても何ら記載されていないから、本件請求項1の記載は、特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号に規定された要件を満たすものではないと主張する。
しかし、前示のとおり、本発明の目的を達成するためにロッドの前進のタイミングを与えるものは、弾丸が銃身内を移動することによって生ずる中央空間部20内におけるガス圧の低下であって、本件発明1ではこれを利用して摺動部材の位置を切り換えることにより、弾丸の発射後にスライダの移動を開始するようにしたものであると認めることができる。本件明細書では、ロッドの付勢手段としてコイルスプリングが開示され、これに代わる付勢手段については開示されていないが、ロッドを付勢するための技術手段としてコイルスプリングでなければならないとする技術的理由はない。また、前示の本発明の目的を達成する上で、摺動部材の位置の切換のタイミングは、上記のガス圧の低下により与えられるのであって、コイルスプリングは常にロッドを前進させるように作用しているから、上記タイミングがコイルスプリングにより与えられるものではない。
そうすると、本件請求項1には、「弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内におけるガス圧の低下」によって「摺動部材の位置が切り換えられる」という結果が生じるとの因果関係が記載されているというべきであり、コイルスプリング又はこれと同等の付勢手段の記載がないことを理由として、本件請求項1の記載が特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号に違反するものであるとすることはできない。
(2) 摺動部材を戻す条件の記載がないことについて 本件発明1は、前示のとおり、従来技術の前記問題点を解決するために、装弾室に装填された弾丸の発射が行われた後に、装弾室に弾丸を供給するための動作を開始することを課題とし、その課題を解決するための手段として、弾丸が銃身内を移動することによって生ずる中央空間部20内におけるガス圧の低下を利用して摺動部材の位置を切り換えるものである。そうすると、かかる摺動部材の位置を戻すことは、次の弾丸の発射に向けて必要な操作であるものの、本件発明1の上記課題とこれを解決するための手段との関係においては、直接関わるものではない。したがって、本件請求項1の記載に、摺動部材を戻す条件の記載がないことを理由として、本件請求項1の記載が特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号に違反するものであるとすることはできない。
原告は、本件発明1では摺動部材の位置の切換が一度しか行われないものであるとすれば、本件明細書記載の実施例は本件発明1の実施例ではないし、本件発明1には実施例の説明による裏付けがないことになると主張する。しかし、本件請求項1の記載には、摺動部材の位置の切換が一度しか行われないとは記載されていないから、本件明細書記載の実施例が摺動部材の位置を戻すことを予定するものであるものの、これが本件発明1の実施例でないということはできず、摺動部材を戻す条件について限定のない本件発明1に、実施例の裏付けがないとすることもできない。原告の主張は理由がない。
したがって、本件明細書の記載が、特許法(平成6年改正前)36条5項1号及び2号の規定を満たしていないとすることはできないとした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(平成14年4月16日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実