関連審決 | 無効2001-35061 |
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関連ワード | 公然実施(29条1項2号) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 慣用技術 / 上位概念 / 下位概念 / 技術常識 / 技術的意義 / 実施 / 加工 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 要旨変更 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
410号
審決取消請求事件
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原告 昭和電工株式会社 原告 システム精工株式会社 両名訴訟代理人弁護士 花水征一 同 木村耕太郎 同 伊藤玲子 両名訴訟代理人弁理士 橋本正男 被告 ホーヤ株式会社 訴訟代理人弁護士 片山英二 同 本多広和 訴訟代理人弁理士 関谷三男 同 岩田弘 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/05/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が無効2001−35061号事件について平成13年8月6日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告ら 主文と同旨 2 被告 原告らの請求を棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 昭和アルミニウム株式会社(以下「昭和アルミ」という。)は,発明の名称を「研磨方法及び研磨装置」とする特許第2535089号の特許(平成2年4月27日出願,平成8年6月27日設定登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者であった。昭和アルミは,原告昭和電工株式会社に吸収合併され,平成13年3月30日に,その旨の登記がなされた(この事実は,争いがあるが,本件記録から明らかである。)。 原告システム精工株式会社は,昭和アルミから本件特許の一部を譲り受け,平成9年5月26日,その登録を了した。 被告は,平成13年2月15日,本件特許を請求項1ないし3のいずれに関しても無効にすることについて,審判を請求した。 特許庁は,この請求を無効2001-35061号事件として審理し,その結果,平成13年8月6日,「特許第2535089号の請求項1ないし請求項3に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担とする。」との審決をし,審決の謄本を同年8月17日に原告らに送達した。 2 特許請求の範囲(別紙図面参照) 【請求項1】太陽歯車と,該太陽歯車の同心外方部に配置された内歯歯車と,両歯車間に両歯車に噛合状態に配置された外歯歯車状の複数のワークキャリアーとが備えられ,該ワークキャリアーはその中心から偏心した位置に複数のワーク保持部を有し,太陽歯車と内歯歯車との作用でワークキャリアーを太陽歯車の回りで自転させながら公転させ,前記複数のキャリアーに保持されたすべてワークを一括して研磨加工する研磨加工部が備えられ,該研磨加工部は,研磨加工終了時に,すべてのキャリアーのすべてのワーク保持部が所定の定位置にて停止されるように駆動制御され,該研磨加工部に隣接して,この研磨加工部の駆動停止状態における各ワーク保持部の配置関係に対応する配置関係において各未加工ワークを待機させる未加工ワーク待機部が配置されると共に,同じく研磨加工部に隣接して,この研磨加工部の駆動停止状態における各ワーク保持部の配置関係に対応する配置関係において各加工済ワークを待機させる加工済ワーク待機部が配置され,かつ,前記未加工ワーク待機部に待機された各ワークを前記研磨加工部に一括移送する未加工ワーク一括移送装置と,前記研磨加工部で研磨加工された各ワークを一括して前記加工済ワーク待機部に移送する加工済ワーク一括移送装置とがそれぞれ備えられた研磨装置を用い,研磨加工部でワークの研磨加工を終了し,研磨加工部の各ワーク保持部の加工済ワークを加工済ワーク一括移送装置にて一括して取り出した後,未加工ワーク一括移送装置にて未加工ワークを研磨加工部の各ワーク保持部に一括して配置し,研磨加工部でのワークの研磨加工を再開することを特徴とする研磨方法(以下「本件発明1」という。)。 【請求項2】太陽歯車と,該太陽歯車の同心外方部に配置された内歯歯車と,両歯車間に両歯車に噛合状態に配置された外歯歯車状の複数のワークキャリアーとが備えられ,該ワークキャリアーはその中心から偏心した位置に複数のワーク保持部を有し,太陽歯車の回転駆動によりワークキャリアーを太陽歯車の回りで自転させながら公転させ,前記複数のキャリアーに保持されたすべてワークを一括して研磨加工する研磨加工部が備えられ,該研磨加工部は,太陽歯車,内歯歯車及びワークキャリアー相互間の歯数比が1:3:1に設定され,かつ,太陽歯車が,その回転駆動開始後,4の整数倍数回回転された時点で,回転を停止し研磨加工を終了するように駆動制御されるようになされることによって,研磨加工終了時に,すべてのキャリアーのすべてのワーク保持部が所定の定位置にて停止されるようになされ,該研磨加工部に隣接して,この研磨加工部の駆動停止状態における各ワーク保持部の配置関係に対応する配置関係において各未加工ワークを待機させる未加工ワーク待機部が配置されると共に,同じく研磨加工部に隣接して,この研磨加工部の駆動停止状態における各ワーク保持部の配置関係に対応する配置関係において各加工済ワークを待機させる加工済ワーク待機部が配置され,かつ,前記研磨加工部で研磨加工された各ワークを一括して前記加工済ワーク待機部に移送する一方,前記未加工ワーク待機部に待機された各ワークを前記研磨加工部に一括移送する1個ないし複数個のワーク一括移送装置が具備されてなることを特徴とする研磨装置(以下「本件発明2」という。)。 【請求項3】太陽歯車と,該太陽歯車の同心外方部に配置された内歯歯車と,両歯車間に両歯車に噛合状態に配置された外歯歯車状の複数のワークキャリアーとが備えられ,該ワークキャリアーはその中心から偏心した位置に複数のワーク保持部を有し,太陽歯車の回転駆動によりワークキャリアーを太陽歯車の回りで自転させながら公転させ,前記複数のキャリアーに保持されたすべてワークを一括して研磨加工する研磨加工部が備えられ,該研磨加工部は,太陽歯車,内歯歯車及びワークキャリアー相互間の歯数比が1:3:1に設定され,かつ,太陽歯車が,その回転駆動開始後,4の整数倍数回回転された時点で,回転を停止し研磨加工を終了するように駆動制御されるようになされることによって,研磨加工終了時に,すべてのキャリアーのすべてのワーク保持部が所定の定位置にて停止されるようになされ,該研磨加工部に隣接して,この研磨加工部の駆動停止状態における各ワーク保持部の配置関係に対応する配置関係において各未加工ワークを待機させる未加工ワーク待機部が配置されると共に,同じく研磨加工部に隣接して,この研磨加工部の駆動停止状態における各ワーク保持部の配置関係に対応する配置関係において各加工済ワークを待機させる加工済ワーク待機部が配置され,かつ,前記未加工ワーク待機部に待機された各ワークを前記研磨加工部に一括移送する未加工ワーク一括移送装置と,前記研磨加工部で研磨加工された各ワークを一括して前記加工済ワーク待機部に移送する加工済ワーク一括移送装置とがそれぞれ備えられ,研磨加工部でワークの研磨加工を終了し,研磨加工部の各ワーク保持部の加工済ワークを加工済ワーク一括移送装置にて一括して取り出した後,未加工ワーク一括移送装置にて未加工ワークを研磨加工部の各ワーク保持部に一括して配置し,研磨加工部でのワークの研磨加工を再開するように,動作制御されるものとなされていることを特徴とする研磨装置(以下「本件発明3」という。)。 3 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,昭和アルミが平成7年7月17日付けでなした手続補正(以下「本件補正」という。)が,本件特許の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下「当初明細書」又は「当初図面」といい,その両方を併せたものを「当初明細書等」という。また,当初明細書の特許請求の範囲に記載された発明を「当初発明」という。)に記載した事項の範囲内においてなされたものではなく,明細書又は図面の要旨を変更するものであるとして,本件特許について,平成5年法律第26号による改正前の特許法40条により,平成7年7月17日に出願されたものとみなし,その上で,本件発明1は,被告により公然実施された研磨装置による方法と同一であって,特許法29条1項2号に該当し,本件発明2及び3は,同研磨装置と周知慣用技術から当事者が容易に発明をすることができたものであり,いずれも特許法29条2項に該当するものであるから,いずれも無効とすべきである,と認定判断した。 |
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原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由【1】ないし【3】は認める。【4】1については,審決書5頁30行ないし32行,6頁4行ないし5行,同8行の「ワークキャリアー単位で」から10行まで,同15行ないし18行,同22行ないし30行,同37行の「ワーク一括装置については」から7頁13行までを争い,その余は認める。【5】は争う。 審決は,本件補正が当初明細書等に記載した事項の範囲内でなされたものであるにもかかわらず,これを明細書の要旨を変更するものであると誤って認定したものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして,取り消されるべきである。 1 審決は,本件補正が,@特許請求の範囲において,「複数のキャリアーに保持されたすべてのワークを一括して研磨加工する研磨加工部が備えられ」との構成を記載し,A特許請求の範囲において,「研磨加工部で研磨加工された各ワークを一括して前記加工済ワーク待機部に移送する一方,前記未加工ワーク待機部に待機された各ワークを前記研磨加工部に一括移送する・・・ワーク一括移送装置」との構成を記載し,B第1図において,2つの保持穴を有する三つのワークキャリアーの,すべてのワークを一括して移送するワーク一括移送装置とした,との補正事項を含むと認定し,これらの補正事項@ないしBが,「未加工ワーク一括移送装置及び加工済ワーク一括移送装置が,研磨加工部の複数のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーからすべてのワークを一括して取り出し,また,該加工部の複数のワークキャリアーへすべてのワークを一括して配置する(判決注・以下,この構成を「本件補正構成」という。)ごとく補正することを含む」(審決書5頁17行〜21行)と認定した上で,「願書に最初に添付された明細書及び図面を全体としてみても,当業者の技術常識からして前記補正事項が記載されているものとは認めることができない。」(審決書7頁6行〜8行)と認定判断したものである。 本件補正の内容及び本件補正が本件補正構成を含むとの前段及び中段の認定は認めるが,後段の認定判断は誤りである。 当初明細書には,特許請求の範囲(3)として,「複数個のワークを一括して研磨加工する研磨加工部に隣接して,複数個の未加工ワークを待機させる未加工ワーク待機部と,複数個の加工済ワークを待機させる加工済ワーク待機部とが配置され,かつ未加工ワーク待機部に待機されたワークを前記研磨加工部に一括移送する一方,研磨加工部で研磨加工されたワークを一括して加工済ワーク待機部に移送する1個ないし複数個のワーク一括移送装置が具備されてなることを特徴とする研磨装置。」(甲第4号証1頁19行〜2頁9行。以下「請求項3」ともいう。)との記載がある。 当初明細書には,当初発明の課題として,「複数個のワークを一括研磨加工する研磨加工機本体へのワークのローディング,アンローディングに要する時間の短縮を図り,もって研磨加工機の処理効率の向上を図ることが可能な研磨装置を提供することを目的とする。」(同号証5頁12行〜17行)との記載があり,当初発明の作用として,「研磨加工部でのワークの研磨が完了すると,これらの加工済ワークが研磨加工部から一括移送装置により一括して加工済ワーク待機部に移送され,かつ未加工ワーク待機部に待機されたワークが一括移送装置により一括して研磨加工部に移送され,これらのワークの研磨が再開される。」(同号証8頁18行〜9頁3行)との記載がある。 また,当初明細書には,実施例として,「ワークキャリアー(15)は,・・・太陽歯車(13)と内歯歯車(14)との間のドーナツ状のスペース内に1個ないし複数個配置され・・・。また,このワークキャリアー(15)には,・・・円形の保持孔(19)が1個ないし複数個設けられている。」(同号証11頁6行〜14行)との記載がある。当初図面第1図に記載されているワークキャリアーは1個のみではあるものの,審決も認めているように,本件のような研磨装置において,1個のワークキャリアーのみしか存在しないことは一般的ではなく,たとい図面には1個しか記載されていないとしても,そこに示されている研磨装置は複数のワークキャリアーを具備しているものとするのが,当業者の技術常識である。 ワークキャリアーが複数存在する場合,ワークキャリアー単位ではなく,すべてのワークキャリアーのすべてのワークを一括してローディング,アンローディングすることが,「研磨加工機の処理効率の向上を図る」との当初発明の目的に沿うことは明らかであり,上記請求項3の「ワーク一括移送」が,すべてのワークキャリアーのすべてのワークを一括移送するとの意味であること,及び,作用についての上記記載中の「これらの加工済ワーク」が複数のワークキャリアーのすべてのワークを意味することは明白であり,当初明細書には本件補正構成が記載されている。 当初明細書に記載されている実施例における処理方法についても,「基板(A)が未加工ワーク待機用テーブル(21)のワーク受け部(23)内に順次配置されていく(原告ら注.この場合,複数の基板が配置されるのは一括してのことではないので,「順次」との用語が使用されている。)。配置完了後,未加工ワーク一括移送装置(4)が・・・下降し,チャッカー(26)で基板(A)を一括してチャックし,上昇する。・・・前記未加工ワーク一括移送装置(4)は,上昇後,研磨加工部(1)側に平行移動し,下部定盤(11)上に位置する。そして,下降し,基板(A)をキャリアー(15)の保持孔(19)内に一括配置後チャッカー(26)を解除して,上昇し,・・・研磨加工部(1)では,上部定盤(12)が下降作動し・・・基板(A)の研磨処理がなされる。・・・しかるのち,・・・基板の一括チャック,上昇を行って,・・・基板受け部(24)内に一括配置する。」(甲第4号証14頁14行〜16頁9行)と記載されており,複数のワークキャリアーのすべてのワークが一括して移送され研磨処理されることが記載されていることに,疑問の余地はない。 2 審決は,すべてのワークキャリアーのすべてのワークを一括して研磨加工することについては当初明細書等に記載があることを認めていながら,すべてのワークキャリアーのすべてのワークを一括して移送することについては当初明細書等に記載がないと認定した。しかし,明細書中に用いられている用語は原則として,通常用いられる意味で,かつ,統一して解釈すべきであり,当初明細書中の「一括」との用語について,研磨加工に関しては,複数のワークキャリアーのすべてのワークの研磨加工を意味し,移送に関しては,ワークキャリアー単位でのワークの移送を意味すると解することは不自然である。 一括移送の意味をワークキャリアー単位と解すると,ワーク保持部を1個のみしか有しないワークキャリアーが複数存在した場合(このような例のあることは審決も認めている),1ワークキャリアー単位での移送を前提にすると,1個のワークしか移送しないことになり,当初発明における,複数個のワークを「一括移送」する,との用語と矛盾を生じることになる。審決は,このような矛盾は生じないとして,「ワークキャリアーに保持孔が1個具備している場合において,1個のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーからすべてのワークを一括して移送することを前提とするものが記載されているにすぎない。」(審決書6頁24行〜27行)という。しかし,なぜ,移送の対象となるワークキャリアーを,ワークキャリアーの保持孔が複数の場合と1個の場合とで,単数にしたり複数にしたりして区別する必要があるのか,その技術的理由は全く不明である。 審決は,当初発明における「一括」との用語について,研磨加工部については,「一括」は,複数のワークキャリアーのすべてのワークを同時に加工することを意味し,移送については,「一括」は,たとい複数のワークキャリアーが存在していても,その内の一つのワークキャリアーに関して用いられることを意味し,ただし,ワークキャリアーが複数で,かつ,各ワークキャリアーにワーク保持孔が一つの場合のみはすべてのワークキャリアーについての搬送を意味する,という,通常の用語の使用では考えられない極めて複雑な解釈の仕方をとっている。このような解釈が明細書の解釈として正当であることは,あり得ないというべきである。 |
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被告の反論の要点
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 「一括」とは,複数のものを「一つにくくる」こと,又は,「一まとめにする」ことを意味するものである。したがって,多数あるものの内の一部であっても,複数のものが一つにくくられ,一まとめにしてあれば,その一まとめを「一括」というのであり,その多数あるものの全部が一つにくくられ,一まとめにされない限り,「一括」とはいわない,というわけのものではない。すなわち,「一括」という語句のみから,「全部」か「一部」かの技術的意味を特定できるものではない。 当初明細書において用いられている「一括」の語句には,研磨加工部での研磨加工における「一括」と,ワーク移送における「一括」とがある。研磨加工とワーク移送とは,その作業形態・機能を異にするものであるから,「一括」の技術的意味を判断する場合は,それぞれにおいて,どのように加工され,移送されるのかを,その作業形態・機能単位で理解して,そこで使用されている「一括」の技術的意味が他の構成との関係で,どのようなものであるかを判断すべきであって,単に,当初明細書に「一括」という語句が記載されているからといって,その「一括」の技術的意味を,当初明細書を通じて,統一して解釈しなければならない理由はない。 当初明細書に,原告らが摘記した記載があることは事実である。しかし,「一括」の意味が,多数あるもの全部を一つにくくることに限られるものではない以上,原告らが摘記した記載から,本件補正構成が一義的に導き出せるものではない。 当初明細書の請求項3に記載された全構成は,当初図面第1図に記載されている単一のワークキャリアーと当該単一のワークキャリアーに配置されている複数のワークを移送するワーク一括移送装置を備えた研磨装置を,その上位概念の構成として記載したものであって,本件補正後の第1図(甲第5号証)に記載されている複数のワークキャリアーと当該複数のワークキャリアーに配置されているすべてのワークを移送するワーク一括移送装置を下位概念の構成として含むとしても,当該下位概念の構成が記載されていると一義的に理解できるものではない。また,上記構成を,当初明細書等から自明な事項として理解できるものということもできない。 2 当初明細書に,当初発明の実施例として,ワークキャリアーが1個ないし複数個並びにワークキャリアーの保持孔が1個ないし複数個ある場合が示されていることは事実である。しかし,1個のワークキャリアーに配置された複数のワークをすべて一括して移送する移送装置は,当初図面の第1図に記載されているものの,複数のワークキャリアーに配置されたワークをすべて一括して移送する移送装置は,当初明細書等のどこにも具体的に記載されていない。 複数のワークキャリアーが配置されていることが記載されていることと,その複数のワークキャリアーにあるワークをどのように移送するかは,全く別のことであり,従来例のようにワークを1個づつ移送するか,ワークを複数個単位で移送するか,あるいは,他の方法で移送するか,種々の移送形態が考えられる。当初明細書にワークキャリアーを複数個にする記載があるからといって,その複数個のワークキャリアーに配置されたワークにつき,すべて一括して移送されるものであると,一義的に理解できるわけではない。 なお,審決は,移送における「一括」の用語を,1個のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーを備えた場合と,複数のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーを備えた場合とに区別して判断をしているが,このように区別して判断することに,何ら誤りはない。 3 原告らは,本件補正構成が当初発明の目的に添うと主張する。しかし,ワークキャリアー単位での一括移送装置であっても,当初明細書記載の従来例に比べて,ワークのローディング,アンローディングに要する時間の短縮を図り,もって研磨加工機の処理効率の向上を図ることが可能なのであるから,当初発明の目的から本件補正構成が直ちに導き出せるというわけのものではない。 なお,原告らは,前記補正事項@ないしBが本件補正構成を含むと審決が認定した,と主張するが,審決は,前記補正事項@及びAを組み合わせた構成と前記補正事項Bを別個の補正事項として,それぞれ要旨変更であると認定したものである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由について (1) 当初明細書等(甲第4号証)及び本件手続補正書(甲第5号証)によれば,本件補正が,前記補正事項@ないしBを含むこと,及び,これら補正事項によれば,本件補正後の発明が本件補正構成を含むことは,明らかである。 (2) 当初明細書には,「特許請求の範囲」として,「(1)・・・未加工ワークを前記研磨加工部に一括移送する・・・研磨装置。(2)・・・研磨加工された複数個のワークを一括移送する・・・研磨装置。(3)・・・未加工ワーク待機部に待機されたワークを前記研磨加工部に一括移送する一方,研磨加工部で研磨加工されたワークを一括して加工済ワーク待機部に移送する・・・研磨装置。」との記載がある。ここで「一括移送」とは,移送の対象とされるワークが複数でなければ意味をなさない用語であるから,当初発明は,研磨加工部に配置されるワークが複数であることを前提とする発明であることは明らかである。 (3) 当初明細書には,「実施例」として,「ワークキャリアー(15)は,・・・太陽歯車(13)と内歯歯車(14)との間のドーナツ状のスペース内に1個ないし複数個配置され・・・。また,このワークキャリアー(15)には,・・・保持孔(19)が1個ないし複数個設けられている。」(甲第4号証11頁6行〜14行)との記載がある。すなわち,当初明細書には,ワークキャリアーについても,1個のワークキャリアーの保持孔についても,それぞれ1個の場合と複数の場合があることが明記されている。これらが共に1個であれば,研磨加工部に配置されるワークも1個となり,上記前提に反することになるから,当初発明の対象外のものとなる。したがって,ワークキャリアーが1個の場合には,保持孔は複数でなければならず,一つのワークキャリアーの保持孔が1個である場合には,ワークキャリアーが複数でなければならないことになる。そして,上記記載において,「保持孔(19)が1個」の場合もあることを明示的に記載した以上,1個の保持孔を有する複数のワークキャリアーは,当初発明の実施例として明確に記載されているというべきであり,その場合に「一括移送する」とは,複数のワークキャリアーに配置されたすべてのワークを「一括移送する」ことしかありえないから,「ワークキャリアーに保持孔が1個具備している場合において,1個のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーからすべてのワークを一括して移送することを前提とするものが記載されている」(審決書6頁24行〜27行)との審決の認定は,「前提とする」かどうかの点を除いては,誤りがない。 同じく,上記記載において,「ワークキャリアー(15)は,・・・太陽歯車(13)と内歯歯車(14)との間のドーナツ状のスペース内に1個・・・配置され」と,ワークキャリアーが1個であるものも明示的に記載した以上,複数の保持孔を有する一つのワークキャリアーも,実施例として明確に記載されていることは明らかであり,この場合に「一括移送する」とは,一つのワークキャリアーに配置されたすべてのワークを「一括移送する」ことしかありえないから,そのような「一括移送」の技術も当初明細書に記載されていると認めることができる。 また,ワークキャリアーと保持孔の個数がいずれも複数であるものは,実施例として明示的に記載されているとはいえないものの,いずれもが一つである場合と異なり,これを排除する理由がなく,かつ,多数のワークを研磨加工する方が効率がよいことが自明であるので,「複数のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーについては該明細書(判決注・当初明細書)に記載があるものとすることができる。」(審決書5頁28行〜29行)との審決の認定には誤りがないというべきである(この認定については当事者間に争いがない。)。 (4) 当初明細書には,「複数個のワークを一括研磨加工する研磨加工機本体へのワークのローディング,アンローディングに要する時間の短縮を図り,もって研磨加工機の処理効率の向上を図ることが可能な研磨装置を提供することを目的とする。」(甲第4号証5頁12行〜17行),及び,「加工済ワークが移送装置により一括して加工済ワーク待機部に移送され,かつ・・・未加工ワークが移送装置により一括して研磨加工部に移送されて,・・・研磨加工部への未加工ワークのローディングに要する時間,及び研磨加工部からの加工済ワークのアンローディングに要する時間の短縮が可能で,研磨加工部のアイドルタイムを大幅に短縮してワークの研磨処理効率の向上を図ることができる。」(同号証20頁1行〜13行)との記載がある。当初明細書のこれらの記載により,当初発明は,ワークのローディング,アンローディングに要する時間の短縮を図ることを目的とし,同目的を達成したものと認めることができる。そして,ワークキャリアーと保持孔の個数がいずれも複数である場合に,ワークキャリアー単位で移送したり(この場合,ワークキャリアーの個数回の移送作業が必要となる。),各ワークキャリアーの一つのワークを全ワークキャリアーにわたって移送したり(この場合,各ワークキャリアーの保持孔の個数回の移送作業が必要となる。)するよりも,すべてのワークの移送を同時に行う方が,ローディング,アンローディングに要する時間を短縮するという,当初発明の目的によりよくかない,よりよい効果を奏することは自明である。 また,前示二つの実施例により,複数のワークキャリアーのそれぞれのワークを一括して移送すること,及び,一つのワークキャリアーの複数のワークを一括して移送することが,当初明細書に記載されており,これら二つの方式を組み合わせるに当たり,技術的に解決すべき格別な問題点が存在したことをうかがわせる資料も見いだすことができない。 そうであれば,当初明細書記載の「一括移送」とは,ワークキャリアーと保持孔の個数がいずれも複数である場合には,すべてのワークキャリアーのすべてのワークを一括して移送することを意味すると解するのが最も自然であり,それが常識的な解釈というべきである。 そのことは,当初図面第1図に,一つのワークキャリアーが二つの保持孔を有しており,「ワーク待機部2,3のテーブル21,22並びにワーク一括移送装置4,5が,それぞれ研磨加工部の研磨領域全体と同じ水平方向の広がりをもつものが記載されている。」(審決書6頁31行〜33行)こととも符合するものである。同図において,ワークキャリアー単位で移送すると仮定すると,ワーク一括移送装置4,5は,一つのワークキャリアーと同程度の大きさで十分であることに照らし,これらが研磨領域全体と同程度の広がりを持つことの技術的意義を理解することができないことになってしまうからである。すなわち,当初図面第1図には,一つのワークキャリアー及びそれに対応した移送装置しか記載されていないのは事実であるものの,特許出願の願書に添付した図面とは,発明の理解を容易ならしめるための手段であって,そこに図示することが要求されるのは,そのために必要な限度の事項であることにかんがみれば,同図はワークキャリアー,ワーク,上部定盤,下部定盤,移送装置及びワーク待機部の配置関係,太陽歯車の回転方向,上部定盤及び下部定盤の移動及び回転方向,並びに移送装置の移動方向を示すにすぎず,ワークキャリアー及び移送装置の数まで示すものとは認めることができないのであり,上記説示のとおり,ワークキャリアー及び移送装置については,複数存在するもののうちの一つを図示したと解するのが相当である。 (5) 広辞苑によれば,「一括」とは,一般に,「一つにくくること。一まとめにすること。」とされており,ワークキャリアーと保持孔の個数がいずれも複数である場合には,「一括」の意味を,移送においても,すべてのワークキャリアーのすべてのワークを「一つにくくる」と解するのが最も合理的である。 審決は,「複数のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーを具備し遊星歯車機構を用いる研磨装置において,ワークを移送するにあたり,すべてのワークキャリアーから一斉にではなく,ワークキャリアー単位で複数のワークを移送する,すなわち,一定の単位でワークを一括して移送するものも存在する。」(審決書6頁6行〜10行)と認定し,被告も「多数あるものの内の一部である複数のものが一つにくくられ,一まとめにしてあれば,その一まとめを「一括」という」と主張する。確かに,多数あるものの内の一部である複数のものを一つにくくる際に,「一括」という用語を用いることはある。しかし,「一括」の用語をそのような意味で用いるのは,どの部分を一つにくくるのかを明示した場合か,明示しなくともどの部分であるかが明確である場合であるのが通常であって,そのような場合でないのに,何の断りもなく,一部分を一つにくくることを「一括」と表現することは,普通には行われないことであるということができる。また,「ワークキャリアー単位で複数のワークを移送する」技術が審決認定のとおり存在するとしても,その場合に,ワークキャリアー単位であることを断らずに「一括」と表現した例が存在することは,本件全証拠によって認めることができない。 (6) 以上によれば,本件補正構成は,当初明細書等に記載された構成というべきであり,「複数のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーからすべてのワークを一括して移送することを前提としている前記補正事項は記載されていない。」(審決書6頁28行〜30行),及び「ワーク一括移送装置については,・・・複数個の移送手段を一組とするものが複数組配置されていることが記載されているものとは前記の図面の記載から認めることができない。」(審決書6頁37行〜7頁4行)との審決の認定はいずれも誤りであり,これら誤った認定に基づく「願書に最初に添付された明細書及び図面を全体としてみても,当業者の技術常識からして前記補正事項が記載されているものとは認めることができない。」(審決書7頁6行〜8行)との認定も誤りである。 (7) 被告は,研磨加工における「一括」と移送における「一括」を統一的に解釈しなければならない理由がないと主張し,審決も「研磨加工部おける「一括」と移送装置における「一括」とは,同一の文献の中であっても必ずしも同一の意味で用いかれる(判決注・「用いられる」の誤りである。)ものでもない」(審決書6頁15行〜16行)として,これと同旨の認定をしている。「複数のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーを具備し遊星歯車機構を用いる研磨装置においては,・・・ワークキャリアー単位で複数のワークを研磨することは当業者の技術常識に反するものである。」(審決書6頁11行〜14行)のに対し,研磨加工部に配置したワークの一部を移送することは不可能ではないから,研磨加工における「一括」と移送における「一括」を常に同義に解釈しなければならないものではないのは,事実である。しかし,そうであるからといって,研磨加工における「一括」も移送における「一括」も,共に技術的に可能なものである以上,両者を別の意義に解釈しなければならないということになるわけのものではないことは当然である。そして,当初明細書等の記載を具体的に検討すれば,そこにおいては,移送における「一括」についても,すべてのワークキャリアーのすべてのワークの「一括」の意味で用いられていると解すべきものと認められることは,上記説示のとおりである。審決が,「ワークキャリアーに保持孔が1個具備している場合において,1個のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーからすべてのワークを一括して移送すること」(審決書6頁24行〜26行)が当初明細書等に記載されていると認定したにもかかわらず,複数のワーク保持部を有する複数のワークキャリアーについては,すべてのワークではなく,ワークキャリアー単位でワークを移送するものであると解釈したことは,著しく変則的な解釈といわざるを得ず,このような解釈を採用することはできない。 2 結論 以上に検討したところによれば,審決は,本件補正が当初明細書の要旨を変更すると誤って判断したものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。 よって,原告らの本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由があることが明らかであるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |