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関連審決 異議1998-74968
関連ワード 発明者 /  創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  寄せ集め /  公知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 72号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社日立製作所
原告 日立化成工業株式会社
両名訴訟代理人弁理士 吉岡宏嗣
同 鵜沼辰之
同 鈴木康仁
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 石井 あき子
同 柿崎良男
同 森田 ひとみ
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/05/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 特許庁が平成10年異議第74968号事件について平成12年1月4日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは、平成3年11月26日に出願され、平成10年1月30日に設定登録された、名称を「低熱膨張性加圧成形用樹脂組成物」とする特許第2740990号発明(以下、この特許を「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
本件特許につき特許異議の申立てがされ、平成10年異議第74968号事件として特許庁に係属したところ、原告らは、平成11年6月15日、願書に添付した明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求をした。
特許庁は、同特許異議の申立てについて審理した上、平成12年1月4日に「特許第2740990号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は同月26日に原告らに送達された。
2 設定登録時の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】エポキシ樹脂、硬化剤、硬化促進剤及び充填剤を必須成分とする低熱膨張性加圧成形用樹脂組成物において、前記エポキシ樹脂がビフェニール骨格あるいはナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂から選ばれるものであり、前記硬化剤が分子内にフェノール性水酸基を2個以上含むフェノール系化合物であり、前記エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、150℃における粘度が3ポイズ以下にあり、前記充填剤は、その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μmの実質的に球状の溶融シリカ粉末であり、且つ、この充填剤は、組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲で配合されて成り、当該樹脂組成物は、加圧成形過程における最低溶融粘度が3000ポイズ以下であると共に加圧後は熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲にあることを特徴とする低熱膨張性加圧成形用樹脂組成物。
【請求項2】請求項1において、硬化促進剤はエポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分に0.1〜5wt%の範囲で配合され、加圧成形温度の150〜200℃で硬化反応を促進させた場合に、硬化反応の活性化エネルギーが17kcal/mol以上の値を示すリン系化合物、含窒素系化合物またはその有機酸塩または有機ボロン塩であることを特徴とする低熱膨張性加圧成形用樹脂組成物。
【請求項3】請求項1又は2において、充填剤はあらかじめその表面がシラン、アルミキレートまたはチタネート系のカップリング剤の単分子層以上の厚みで被覆処理されていることを特徴とする低熱膨張性加圧成形用樹脂組成物。
【請求項4】請求項1〜3のいずれかにおいて、エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分の0.1〜20wt%がシリコーン系化合物、ポリブタジエン系ゴム、
熱可塑性エラストマー又は熱可塑性樹脂で変性または改質されることを特徴とする低熱膨張性加圧成形用樹脂組成物。
3 本件決定の理由 本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、(1)訂正請求に係る訂正の適否につき、訂正事項が、本件明細書に記載した事項の範囲内のものとは認められず、平成5年法律第26号により改正された特許法126条1項ただし書の要件を満足しないから、上記訂正は、平成6年法律第116号附則6条1項により、なお従前の例によるとされる訂正の要件を満足せず(注、「訂正事項が、本件明細書に記載した事項の範囲内のものとは認められないから、平成6年法律第116号附則6条1項が、同法の施行前にした特許出願に係る特許の願書に添付した明細書又は図面の訂正については、なお従前の例によるとすることにより、平成11年法律第41号による改正前の特許法120条の4第3項において準用する同法126条2項が読み替えられて準用される平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1項ただし書の規定に適合せず」の趣旨と解される。)、認められないとし、(2)本件発明の要旨を、上記本件明細書の特許請求の範囲の記載のとおり認定した上、@その請求項1に記載された発明(以下「本件発明1」という。)は、特開昭63-108021号公報(甲第3号証、以下「刊行物1」という。)、特開平2-224360号公報(甲第4号証、以下「刊行物2」という。)、特開平3-177416号公報(平成3年8月1日発行、甲第5号証、以下「刊行物3」という。)、特開平3-255154号公報(平成3年11月14日発行、甲第6号証、以下「刊行物4」という。)、特開平3-220227号公報(平成3年9月27日発行、
甲第7号証、以下「刊行物5」という。)、特開平2-110958号公報(甲第8号証、以下「刊行物6」という。)、特開昭64-11355号公報(甲第9号証、以下「刊行物7」という。)及び特開平3-66151号公報(平成3年3月20日発行、甲第10号証、以下「刊行物8」という。)の各記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、A同請求項2に記載された発明(以下「本件発明2」という。)は、刊行物1〜8及び特開昭63-128020号公報(甲第11号証、以下「刊行物9」という。)の各記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、B同請求項3に記載された発明(以下「本件発明3」という。)は、刊行物1〜9並びに特開平2-209949号公報(甲第12号証、以下「刊行物10」という。)及び特開平1-101363号公報(甲第13号証、以下「刊行物11」という。)の各記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、C同請求項4に記載された発明(以下「本件発明4」という。)は、刊行物1〜11の各記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件発明1〜4に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条1項2号に該当し、取り消されるべきものである(注、「特許法29条2項の規定により拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条に基づく特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消されるべきものである」との趣旨と解される。)とした。
原告ら主張の本件決定取消事由
本件決定の理由中、訂正請求に係る訂正が認められないとの判断、本件発明1〜4の要旨の認定、刊行物1の記載事項の認定(決定書8頁6行目〜11頁末行)、本件発明1と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点@〜Dの各認定、同相違点@、Aについての個別の判断は認める。
本件決定は、本件発明1につき、刊行物1記載の発明との相違点B〜Dについての個別の判断を誤り(取消事由1〜3)、同相違点@〜Dに係る進歩性の判断を誤った(取消事由4)結果、本件発明1が、刊行物1〜8の各記載に基づき当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであり、また、本件発明1の構成を直接又は間接に引用する本件発明2〜4についても、本件発明1の構成に係る部分が当業者において容易に発明をすることができたとの誤った前提の下に、刊行物1〜9(本件発明2)又は刊行物1〜11(本件発明3、4)の各記載に基づき当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点Bについての判断の誤り) (1) 本件決定は、本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点Bとして認定した「充填剤である球状の溶融シリカ粉末が、前者(注、本件発明1)においては『その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μm』であるのに対して、後者のもの(注、刊行物1記載の発明)は、『90重量%以上が0.5〜100μmの粒径を持つ』ものであって、平均粒径の特定はなされていない点」(決定書13頁5行目〜10行目)につき、「刊行物1の発明におけるシリカ粉末は、『90重量%以上が0.5〜100μmの粒径を持つ』ものであるから、その中から、95重量%以上が粒径0.5〜100μmのものを採用することは容易である。そして、粒径0.5〜100μmのものが95重量%以上存在すれば、粒径0.1〜100μmのものは当然に95重量%以上存在することになる。したがって、本件発明1のように、その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあるシリカ粉末を採用することは容易である」(同18頁7行目〜16行目)、刊行物7には「半導体封止用のエポキシ樹脂組成物に配合される球状の溶融シリカ粉末の平均粒径を5〜15μmとすることが記載されている(特許請求の範囲等参照)。5〜15μmという値は、2〜20μmに含まれる値である。してみれば、刊行物1の発明において球状の溶融シリカ粉末として、その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあるとともに、平均粒径を2〜20μmとすることは、刊行物1、7の記載から容易なものと認められる」(同18頁末行〜19頁9行目)、「この点に基づく効果・・・は、刊行物1の第3頁左下欄第17行〜第3頁右下欄第5行の記載、刊行物7の第2頁右下欄第19行〜第3頁左上欄第4行の記載から予測できるものにすぎない」(同19頁11行目〜14行目)と判断した。
しかしながら、以下のとおり、上記判断は誤りである。
(2) 本件発明1は、充填剤である溶融シリカ粉末の粒径範囲の下限を0.1μmまで広げるとともに、粒径0.1〜100μmのものを、刊行物1記載の90重量%よりも多い95重量%以上にし、かつ平均粒径が2〜20μmの実質的に球状の粉末を使用することを必須の技術事項としている。この技術事項を必須としたのは、本件明細書(甲第2号証)の【0009】項に記載されたとおり、溶融シリカ粉末の最大充填分率(樹脂組成物中に充填された充填剤の真の体積と充填剤が占有する見かけの体積の比の最大値)を高くし、これによって本件発明1の目的である樹脂組成物の流動性を損なわずに充填剤を高充填し、熱膨張係数を更に小さくすることを達成するためである。
他方、刊行物1(甲第3号証)は、「充填材(注、充填剤と同義と認められる。以下同じ。)の90重量%以上が粒径0.5〜100μmの範囲に限定される理由は、0.5μm以下の微粒子が多くなると樹脂組成物がチクソトロピツク性を示すようになり、粘度上昇や流動性の低下が起こり、・・・樹脂の充填不良が発生するためである」(3頁左下欄17行目〜右下欄5行目)との記載に照らして、
0.5μm以下の微粒子が多いと充填不良が生ずること、すなわち、樹脂組成物の粘度が高くなって、流動性が低下することを示唆しているから、溶融シリカ粉末の粒径範囲の下限を、刊行物1において否定している0.1μmにまで広げ、樹脂組成物の流動性を損なわずに充填剤を高充填し、熱膨張係数を更に小さくするという本件発明1の効果は容易に想到することができない事項であるといわざるを得ない。
したがって、「本件発明1のように、その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあるシリカ粉末を採用することは容易である」との本件決定の判断は誤りである。
(3) また、本件発明1が溶融シリカ粉末の平均粒径を「2〜20μm」としたのは、上記の充填剤としての溶融シリカ粉末の粒径範囲、後記溶融シリカ粉末の配合範囲及び樹脂組成物の加圧後の熱膨張係数の範囲の各技術事項を満たす条件の下で、具体的な平均粒径が選択されることを意味するのであるから、単に刊行物7(甲第9号証)に記載された平均粒径の範囲と重複する部分があるからといって、
その平均粒径を「2〜20μm」とすることが容易に想到されるものではなく、
「平均粒径を2〜20μmとすることは、刊行物1、7の記載から容易なものと認められる」との本件決定の判断は誤りである。
(4) さらに、刊行物1(甲第3号証)の3頁左下欄17行目〜右下欄5行目には、上記(2)のとおり「充填材の90重量%以上が粒径0.5〜100μmの範囲に限定される理由は、0.5μm以下の微粒子が多くなると樹脂組成物がチクソトロピツク性を示すようになり、粘度上昇や流動性の低下が起こり、・・・樹脂の充填不良が発生するためである」と記載されており、また、刊行物7(甲第9号証)の2頁右下欄19行目〜3頁左上欄4行目には、平均粒径を5〜15μmに規定した理由について何らの記載もない。
したがって、本件決定が「この点に基づく効果(注、相違点Bに基づく効果)・・・は、刊行物1の第3頁左下欄第17行〜第3頁右下欄第5行の記載、刊行物7の第2頁右下欄第19行〜第3頁左上欄第4行の記載から予測できるものにすぎない」(同19頁11行目〜14行目)と判断したことは誤りであり、刊行物1と刊行物7の記載に基づいて、95重量%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあり、かつ、平均粒径が2〜20μmの実質的に球状の溶融シリカ粉末を使用することにより、最大充填分率を高くして、熱膨張係数を一層小さくし、これによって樹脂組成物の流動性を損なわずに充填剤を高充填し、従来材に比べて熱膨張係数が極めて小さな成形品を得るという、本件発明1の技術事項及び効果を予測することはできない。
2 取消事由2(相違点Cについての判断の誤り) (1) 本件決定は、本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点Cとして認定した「充填剤である球状の溶融シリカ粉末が、前者(注、本件発明1)においては『組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲で配合されている』のに対して、後者(注、刊行物1記載の発明)では組成物全体に対する配合量は特定されていない点」(決定書13頁11行目〜15行目)につき、刊行物8には「半導体封止用のエポキシ樹脂組成物に配合される球状の溶融シリカ粉末を組成物全体に対して88重量%(80体積%)とすることが記載されており・・・しかも、刊行物8の請求項2には、85〜94重量%の使用量も記載されている。85〜94重量%の使用量は、88重量%が80体積%と換算されることからみて、約77〜88体積%の使用量に相当する。これらの使用量からみて、80vol%を超え92.5vol%以下の配合量は、当業者が容易に採用できるものと認められる」(同19頁19行目〜20頁9行目)、「該配合量に基づく本件発明1の効果(本件特許公報【0010】参照)は、刊行物1の第2頁右上欄第18行〜第2頁左下欄第1行の記載から予測できるものにすぎない」(同頁10行目〜13行目)と判断した。
しかしながら、以下のとおり、上記判断は誤りである。
(2) まず、本件決定は、刊行物8(甲第10号証)の特許請求の範囲の請求項2に「85〜94重量%」の使用量が記載されているとするが、同請求項には「無機質充填剤の含有量が、熱硬化性樹脂組成物全体の85〜94重量%である」と記載されているのであって、シリカ粉末の使用量が85〜94重量%であるとはされていない。同請求項3の「無機質充填剤がシリカ粉末、アルミナ粉末である請求項(1)または(2)記載の半導体装置」との記載によれば、請求項2の「無機質充填剤」は、シリカ粉末とアルミナ粉末の混合物とも、あるいはアルミナ粉末単独とも解することができる。しかも、一般に、同じ重量でも比重が小さければ体積がかさ張ることは、広く知られていることである。
また、本件発明1において、充填剤である溶融シリカ粉末の配合量をvol(容量)%で規定する理由は、樹脂組成物の粘度や流動性が樹脂組成物中に占める充填剤の容量に大きく依存することに着目しているからであり、配合量を重量%で規定すると、充填剤の種類によって異なる比重に合わせて配合量を別々に規定しなければならない。
そうすると、刊行物8の特許請求の範囲の請求項2に記載された「85〜94重量%」の無機質充填剤をシリカ粉末単体とした上、シリカ粉末の88重量%が80体積%と換算されることから、「85〜94重量%」は約77〜88体積%の使用量に相当するとする判断は、論理的な根拠を欠くものであるといわざるを得ない。
(3) 刊行物8(甲第10号証)の第2表(20欄)には、シリカ粉末の含有量が70体積%の実施例(実施例5)、77体積%の実施例(実施例6)及び86体積%の実施例(実施例7)が開示されており、このうち、実施例7のシリカ粉末含有量「86体積%」は、本件発明1の充填剤(溶融シリカ粉末)の含有量「80vol%を超え92.5vol%以下」に含まれる。したがって、刊行物8の上限範囲と本件発明1の下限範囲の一部が一致する。
しかしながら、本件発明1は、溶融シリカ粉末の平均粒径が2〜20μmであることを必須の技術事項とするものである。これに対し、刊行物8には、シリカ粉末の平均粒径が明示されていないが、第1表(17欄)のデータに基づいて算出すると、いずれの実施例においても平均粒径は24μm以上になる(甲第23号証)。
したがって、本件発明1は、シリカ粉末の平均粒径の範囲が刊行物8記載の発明と全く異なり、細かい粒径成分が多いものであるところ、このことは、本件発明1によれば、上記1(相違点B)に係る95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあるとの技術事項と相まって、シリカ粉末の配合量の範囲を全体的に高い範囲にずらして高充填を実現できるということを意味する。
これに対し、刊行物8には、シリカ粉末の平均粒径を2〜20μmとし、
0.1〜100μmの粒径範囲にあるものを95%以上とすることにより、溶融シリカ粉末の配合量の範囲を全体的に高い範囲にずらして高充填を実現できるという記載はないから、当業者が、刊行物8の記載に基づいて、本件発明1の溶融シリカ粉末の80vol%を超え92.5vol%以下の配合範囲を採用することは困難である。
また、上記配合範囲を採用することによって、本件発明1は、刊行物1の記載からは予測することができない顕著な効果を奏するものである。
3 取消事由3(相違点Dについての判断の誤り) (1) 本件決定は、本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点Dとして認定した「樹脂組成物が、前者(注、本件発明1)においては、『・・・加圧後は熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲にある』のに対して、後者(注、刊行物1記載の発明)では・・・『加圧後の熱膨張係数は1.3×10-5/℃以下』である点」(決定書13頁16行目〜14頁3行目)につき、「刊行物1には、加圧後の熱膨張係数を『1.3×10-5/℃以下』とすることが記載されているから、その範囲内の値である『1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃』という範囲を選択することは容易なものと認められる。
なお、この範囲を選択したことに基づく格別の効果は認められない」(同22頁1行目〜7行目)と判断した。
しかしながら、以下のとおり、上記判断は誤りである。
(2) 原告らが、「封止材の熱膨張係数とパッケージの耐クラック性」と題する書面(甲第24号証)記載の方法により、熱膨張係数をそれぞれ1.5、1.3、
1.1、0. 9、0.7、0.45とする6種類の樹脂組成物について、Fe系又はCu系リードフレームを備えたパッケージの耐クラック性試験を実施した結果は、グラフ(甲第25号証)記載のとおりであり、Fe系リードフレーム、Cu系リードフレームのいずれの場合にも、熱膨張係数が1.0×10-5/℃の付近以下の範囲で、クラックが発生するヒートサイクル数が急激に増大することが認められた。したがって、熱膨張係数が1.0×10-5/℃の付近において、耐クラック性能が急激に高くなる臨界的効果が顕著に現れていることは明らかである。
そうすると、本件発明1は、樹脂組成物の熱膨張係数の範囲を「1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲」と特定することにより顕著な効果を奏するのであるから、このような本件発明1の構成は、刊行物1に熱膨張係数につき「1.3×10-5/℃以下」という記載があっても容易に想到することができるものではない。
(3) また、本件明細書(甲第2号証)に記載された各実施例と刊行物1、2、
4〜7、9〜11に記載された各実施例との、充填剤(シリカ粉末)配合量と熱膨張係数との関係は、「図 本件及び引例の充填剤配合量と熱膨張係数の関係」と題するグラフ(甲第26号証)のとおりであり、これによって明らかなように、本件発明1に係る実施例の充填剤配合量の範囲と他の刊行物の充填剤配合量の範囲とはおおむね重なっておらず、特に、熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下であって、充填剤配合量が88重量%(80体積%)以上である範囲では、他の刊行物には、本件発明1と全く重なるものがない。
したがって、このことからも、本件決定の上記判断は誤りというべきである。
4 取消事由4(進歩性の判断の誤り) (1) 本件決定は、本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点@〜Dにつき、
刊行物2〜8のいずれかの記載を引用して、各相違点に係る本件発明1の構成とすることが容易である旨個別的に判断した上、「以上のとおりであるから、本件発明1は、刊行物1〜8の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる」(決定書22頁8行目〜10行目)との結論に直ちに至っているものである。
しかしながら、本件決定の相違点B〜Dについての個別的な判断自体が誤りであることは上記1〜3のとおりであるが、それに加え、本件決定は、相違点@〜Dに係る本件発明1の構成の有機的な結合の困難性及びこれらの有機的な結合により奏される格別顕著な効果についての判断を経ずに、上記のとおり、本件発明1の進歩性を否定したものであり、その点においても誤りがあるというべきである。
(2) すなわち、本件明細書(甲第2号証)の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項は、「発明の構成に欠くことができない事項」である(平成2年法律第30号による改正前の特許法36条5項2号)から、本件発明1は、上記請求項1に記載された事項のすべてから把握される技術思想であるというべきであり、したがって、本件発明1の進歩性を判断するに当たっては、請求項1に記載された事項のすべてから把握される技術思想である本件発明1が、出願時の公知技術等に基づいて容易に想到することができるものであるかどうかが判断されなければならない。
そして、本件発明1は、刊行物1記載の発明との相違点@〜Dに係る各構成を備えるものであり、以下のとおり、これらの各構成が有機的に結び付いて、刊行物1〜8記載の各発明を寄せ集めても奏することができない格別顕著な効果、すなわち、充填剤の高充填を達成するとともに、樹脂組成物の高流動性を同時に満たすという効果を奏するものである。
ア 相違点@、Aに係る構成の組合せ 本件発明1は、相違点@に係る「エポキシ樹脂が、『ビフェニール骨格あるいはナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂から選ばれるもの』である」(決定書12頁16行目〜18行目)構成と、相違点Aに係る「エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、150℃における粘度が3ポイズ以下にある」(同13頁1行目〜3行目)構成との組合せを要件とするものであるが、この構成の組合せを備えないときには、充填剤を高充填しても高流動性を維持できるという本件発明1の特有の効果を奏することはできない。
すなわち、スパイラルフロー値によって表される樹脂組成物の流動性は、単にエポキシ樹脂の種類又はこれに硬化剤を加えた樹脂成分の粘度に依存するものではなく、エポキシ樹脂と硬化剤の組合せにも依存する。成形時に起こる硬化反応がエポキシ樹脂と硬化剤の組合せによって相違し、硬化反応の違いによってスパイラルフロー値が異なるのである。また、具体的な硬化剤の選択は、樹脂組成物の硬化前の取扱い性や硬化後の樹脂の耐熱性等も考慮して行われ、硬化後の耐熱性を考慮すると軟化温度の高い硬化剤を選択することになるが、そうすると、粘度が上昇するので所望のスパイラルフロー値を得ることができなくなることがある。
本件発明1は、このような技術的背景に基づいて、相違点@に係る「エポキシ樹脂がビフェニール骨格あるいはナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂から選ばれる」構成と、相違点Aに係る構成を含む「硬化剤が分子内にフェノール性水酸基を2個以上含むフェノール系化合物であり、前記エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、150℃における粘度が3ポイズ以下」にあるとの構成の組合せを要件とするものであり、双方の構成を同時に備えることにより、高い流動性を確実に維持することができるのである。このことは、原告日立化成工業株式会社従業員作成の「エポキシ樹脂と樹脂粘度について」と題する書面(甲第18号証)及び実験成績証明書(甲第31号証)の記載によって明らかである。
そして、刊行物1〜8には、相違点Aに係る「エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、150℃における粘度が3ポイズ以下」にあるとの技術事項が記載されていないのみならず、上記のような具体的な技術思想も何ら記載されていない。
イ 相違点@〜Bに係る構成の組合せ 本件発明1は、相違点@、Aに係る構成に加えて、相違点Bに係る「充填剤である球状の溶融シリカ粉末が・・・『その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μm』である」(決定書13頁5行目〜8行目)構成を同時に備えることが必要である。
すなわち、相違点@、Aに係る構成に加えて、相違点Bに係る構成による充填剤の形状及び粒度分布等の要件を満たすことにより、充填剤の最大充填分率を90%以上の高い値にでき、高い流動性を維持できるのであるから(本件明細書(甲第2号証)【0009】項)、相違点@〜Bに係る構成も有機的に結合して、本件発明1の効果を実現しているのである。
ウ 相違点B〜Dに係る構成の組合せ 本件発明1は、相違点Cに係る「充填剤である球状の溶融シリカ粉末が・・・組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲で配合されている」(決定書13頁11行目〜14行目)構成及び相違点Dに係る「樹脂組成物が・・・加圧後は熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲にある」(同頁16行目〜19行目)構成を備えるものである。
一般に、熱膨張係数は小さい方が好ましいことは周知であり、このことから、刊行物1の「1.3×10-5/℃以下」との記載のように、各刊行物には、下限を限定しない範囲が記載されているが、刊行物1を含め、いずれの刊行物においても、実証されているのは1.0×10-5/℃以上であり、1.0×10-5/℃未満の熱膨張係数を実現したものは全く存在しない。したがって、これらの刊行物における1.0×10-5/℃未満の範囲は、単に熱膨張係数の希望値であるにすぎない。
これに対し、本件発明1の実施例における熱膨張係数は、いずれも「1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲」に含まれており、
実証データに基づくものであるから、上記各刊行物における単なる希望値とは区別されるべきものである。
そして、このように相違点Dに係る構成の熱膨張係数を要件とすることができるのは、主に、相違点Cに係る構成の充填剤の配合量が「80vol%を超え92.5vol%以下の範囲」であるという要件を満たすことによるものであるが、相違点Cに係る構成の充填剤の配合量を実現するためには、相違点Bに係る構成の充填剤の粒径分布及び平均粒径等の要件を満たさなければならないのである。
したがって、相違点B〜Dに係る構成も有機的に結合して、本件発明1の効果を実現しているのである。
エ 相違点@〜Dに係る構成の組合せ 本件発明1は、上記相違点@、Aに係る構成の組合せ、同@〜Bに係る構成の組合せ及び同B〜Dに係る構成の組合せに加え、同@〜Dに係る構成をすべて備えることにより、充填剤を高充填しても高い流動性を維持できるという格別の効果を奏することができるものである。
「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフ(甲第27号証)は、本件発明1の各実施例と刊行物1、3、5〜7、10(甲第3、第5、第7〜9、第12号証)にそれぞれ記載された実施例を追試して、充填剤(シリカ粉末)配合量と流動性の関係を調べて図示したものであるが、これに示されるとおり、本件発明1の各実施例が、他の刊行物の実施例に比べ、充填剤の配合量の範囲がかなり大きいにもかかわらず、他の刊行物の実施例と同等又はより高いスパイラルフロー値を示しており、高い流動性を有していることが明らかである。このことは、本件発明1の各実施例と刊行物8(甲第10号証)の実施例を追試した結果を記載した各実験成績証明書(甲第29、第36号証)及び「追試実験(甲第36号証)の充填剤について」と題する書面(甲第48号証)によっても明らかである。
そして、このような顕著な効果を奏するためには、相違点@〜Dに係る構成の組合せを必要とするものである。
(3) 本件発明1の相違点@〜Dに係る技術事項は、上記のとおり、そのすべてを必須の事項とし、有機的に結び付くことによって、初めて、樹脂組成物の流動性を損なわずに充填剤を高充填し、従来技術に比べて熱膨張係数が極めて小さな成形品を得ることができるという顕著な効果を奏するものである。
ところが、本件決定は、このような本件発明1の有機的に結合した構成を相違点@〜Dに分解し、個別に各刊行物と対比判断したにすぎない。しかしながら、刊行物1〜8に、個々の相違点に係る技術事項のかけらが記載されていたとしても、それらの技術事項を結合する動機付け又は契機となる記載はないから、刊行物1〜8に記載された発明に基づいて本件発明1を容易に想到することはできない。本件決定は、各構成の有機的な結合の困難性及びこれらの有機的な結合により奏される格別顕著な効果についての判断を看過したものであるから、その進歩性の判断は誤りである。
(4) 被告は、本件発明1の各実施例の「粒度分布をRRS粒度線図にプロットした場合の直線の傾き」(勾配n)はすべて0.75であるが、これは本件発明1の構成要件ではないから、上記「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフ(甲第27号証)に示された効果は、実施例の効果であって、
本件発明1自体の効果ではない旨主張する。
しかしながら、本件明細書(甲第2号証)には、「勾配nが0.6〜1.0の範囲が好ましい理由は、粒度分布を0.1〜100μmの範囲に限定した場合、n=0.6が直線がとりうる最小の勾配であり、また、nが1.0以上になると粒度分布が狭すぎて充填剤自体の最大充填分率があがらないためである」(【0010】項)との記載があるから、本件発明1の相違点Bに係る「充填剤は、その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μmの実質的に球状の溶融シリカ粉末であり」との要件及び相違点Cに係る「充填剤は、組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲で配合されて成り」との要件をともに満たせば、勾配nが0.6〜1.0の範囲になっていることが本件明細書に実質的に記載されているといえる。粒度分布が狭すぎて充填剤の最大充填分率が上がらなければ、配合量を増やすことができず、最低溶融粘度が3000ポイズ以下であるとともに熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲にあるという相違点Dに係る要件を満たすことができないことになるから、nが1.0以下であることは、この点からも明らかである。
したがって、相違点B〜Dに係る各要件を満たすことにより、本件発明1の効果はn=0.75の実施例と同等であるか、又は大きく外れるほどの差異は生じないから、被告の上記主張は相違点B〜Dの結合から生ずる意義を看過した形式論にすぎない。
被告の反論
本件決定の認定及び判断に誤りはなく、原告ら主張の本件決定取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点Bについての判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第3号証)には、「本発明は、線膨張係数並びに弾性率の小さい半導体封止用エポキシ樹脂組成物・・・を提供することを目的とする」(3頁左上欄2行目〜6行目)、「溶融石英は・・・それ自身の線膨張係数が比較的小さいため、樹脂組成物の線膨張係数の低減に有効であり・・・充填材の90重量%以上が粒径0.5〜100μmの範囲に限定される理由は・・・100μm以上の粗い粒子が多くなると封止の際、Au線の変形や切断が起きたり、薄型のパッケージを封止する際に粗い粒子が金型中で目詰まりを起こし、樹脂の充填不良が発生するためである」(3頁左下欄12行目〜右下欄5行目)と記載されており、また、刊行物7(甲第9号証)には、「充填剤として溶融シリカを用いるのは・・・半導体封止材料に用いた場合に電気特性や耐湿信頼性が良いこと、比重や熱膨張係数が小さいこと等による。また、平均粒径が5〜15μm、最大粒径が100μm以下とするのは粒径が余り大きな充填剤を使用すると半導体装置を封止する際に金線やインナリードの変形あるいは切断が起きたり、封止樹脂の肉厚が薄い部分で成形材料の充填不良が起こるためである」(2頁右下欄15行目〜3頁左上欄4行目)と記載されている。
刊行物1及び同7は、いずれも半導体封止用組成物において、球状溶融シリカ粉末を同じ目的で利用する技術であるから、これらに開示された充填剤の90重量%以上が0.5〜100μmの粒径範囲にあるようにすること、最大粒径を100μm以下(最小値の記載はない。)とすること、平均粒径を5〜15μmとすること等の知見を更に検討し、開示された範囲から、更に適切な範囲を選択しようとすることは、当業者が通常行うことである。そして、本件発明1の充填剤についての「その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μmの・・・溶融シリカ粉末」との粒径に係る要件は、上記刊行物に示された範囲内のものであって、これを決定するに当たり格別の創作力を要するものではない。
(2) 原告らは、刊行物1(甲第3号証)の「充填材の90重量%以上が粒径0.5〜100μmの範囲に限定される理由は、0.5μm以下の微粒子が多くなると樹脂組成物がチクソトロピツク性を示すようになり、粘度上昇や流動性の低下が起こり、・・・樹脂の充填不良が発生するためである」(3頁左下欄17行目〜右下欄5行目)との記載を根拠として、溶融シリカ粉末の粒径範囲の下限を、刊行物1において否定している0.1μmにまで広げることは容易に想到することができない事項である旨主張する。
しかしながら、刊行物1の上記記載は、「0.5μm以下の微粒子が多くなると」粘度上昇や流動性の低下が起こるとしているのであって、0.5μm以下の粒子が存在してはならないということではなく、充填剤の残りの10重量%未満のうちに、多くない程度であれば0.5μm以下の粒子が存在してよいのである。
このことは、原告ら自身の出願に係る刊行物11(甲第13号証)において、「0.5μm未満の充てん剤が多くなると充てん剤の配合量を増やした場合に封止樹脂の溶融粘度が著しく上昇し」(5頁左上欄1行目〜3行目)との、刊行物1の上記記載と同様の記載があるにもかかわらず、「該充てん剤の溶融シリカは、
その95重量%以上が粒径0.1〜100μmの範囲に」ある樹脂組成物を特許請求の範囲の請求項6に記載し、0.5μm未満の充填剤が多いと不都合が生ずる場合であっても、粒子径の下限値を0.1μmにまで広げられることを示していることに照らしても明らかである。
したがって、刊行物1に上記記載があるからといって、溶融シリカ粉末の粒径範囲の下限を0.1μmにまで広げることが否定されているわけではない。
のみならず、本件発明1に係る「充填剤は、その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にある」との要件は、0.1μmの粒径の粒子を必ず含むことを意味しないし、0.1μm以下のものを含まないということをも意味しない。例えば、粒径がすべて0.5〜100μmであって0.1μmのものを全く含まなくても、上記要件を満足するし、5%以下であれば、0.1μm未満のものが存在してもよいことになる。
そこで、上記要件に該当する態様の一つ、例えば、95%が粒径0.5〜100μmの範囲にあるという態様が容易に採用できるものであれば、上記要件を採用することは容易であるというべきであるから、仮に、下限値を0.1μmにまで広げることが困難であるとしても、そのことは、本件発明1において上記要件を採用することが困難であることの理由とはなり得ない。
2 取消事由2(相違点Cについての判断の誤り)について (1) 本件決定の説示のとおり、刊行物8(甲第10号証)には、特許請求の範囲の請求項2に、球状の無機充填剤を熱硬化性樹脂組成物全体の85〜94重量%使用することが記載されており、また、そのような充填剤に該当するシリカ粉末の含有割合の88重量%が80体積%に換算される旨が示されている(6頁左上欄14行目〜15行目)。
また、刊行物1(甲第3号証)には、線膨張係数の大きい封止樹脂につき、その線膨張係数を小さくすることが要請され、そのためには、充填剤の配合量を増やせばよいが、そうすると、粘度が上昇し、流動性が低下するという問題が生ずることが記載されており(2頁右上欄11行目〜左下欄1行目)、さらに、刊行物7(甲第9号証)には、配合剤を90重量%以上配合してもかなり良好な流動性を確保することも可能であることが記載されている(3頁左上欄14行目〜18行目)。
これらの記載に照らせば、刊行物1記載の発明において、充填剤である球状の溶融シリカ粉末を、組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲で配合することは、当業者が当然に検討する範囲内のものであるというべきである。
(2) 原告らは、刊行物8の特許請求の範囲の請求項2に記載された「無機質充填剤」は、シリカ粉末とアルミナ粉末の混合物とも、アルミナ粉末単独とも解することができる旨主張するが、刊行物8の実施例(5頁右上欄5行目〜6頁右上欄1行目)には、無機質充填剤として、シリカ粉末を単独で使用することが記載されているから、上記請求項2に記載された使用量は、無機質充填剤がシリカ粉末単独である場合にも採用できる値として記載されていることが明らかである。
また、原告らは、刊行物8には、シリカ粉末の平均粒径を2〜20μmとし、0.1〜100μmの粒径範囲にあるものを95%以上とすることにより、溶融シリカ粉末の配合量の範囲を全体的に高い範囲にずらして高充填を実現できるという記載はなく、その各実施例におけるシリカ粉末の平均粒径は、計算上24μm以上となるから、刊行物8の記載に基づいて、溶融シリカ粉末の80vol%を超え92.5vol%以下の配合範囲を採用することは困難である旨主張する。
しかしながら、上記(1)のとおり、刊行物1に、線膨張係数を小さくするために充填剤の配合量を増やすことが記載されているほか、昭和60年5月10日株式会社昭晃堂発行の垣内弘編著「新エポキシ樹脂」(乙第1号証)に、樹脂の熱膨張係数をできるだけリード材質のそれに近づけることが必要であり、充填剤の混入量を増やす手法がとられていることが記載され(427頁15行目〜19行目)、
また、刊行物7(甲第9号証)に、封止樹脂の熱膨張係数を小さくするために溶融シリカ等の無機質充填剤の配合量を増量することが記載されている(2頁左上欄14行目〜右上欄1行目)ことに照らせば、平均粒径や粒径範囲のいかんを問わず、
シリカ粉末等の充填剤の配合割合を高くすることにより熱膨張係数を小さくすることは周知の技術手段というべきである。したがって、仮に、刊行物8の実施例における平均粒径が本件発明1の平均粒径と異なっているとしても、そのことによって、刊行物8に開示されたシリカ粉末の配合量を採用することが困難であるということはできない。
なお、上記のとおり、シリカ粉末等の充填剤の配合割合を高くすることにより熱膨張係数を小さくすることは周知の技術手段というべきであるから、本件発明1の配合割合による効果は予測できるものである。
3 取消事由3(相違点Dについての判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第3号証)の「一般に、封止用樹脂には熱膨張係数の低減を目的に樹脂よりも熱膨張係数の小さい無機充填材が配合されている。そこで線膨張係数を小さくするためには、充填材の配合量を増せば良い」(2頁右上欄15行目〜19行目)、「溶融石英は・・・それ自身の線膨張係数が比較的小さいため、樹脂組成物の線膨張系数の低減に有効であり、・・・適している」(3頁左下欄12行目〜17行目)との記載によれば、一般に、樹脂組成物の熱膨張係数が低ければ低いほど望ましいことは明らかであるから、刊行物1記載の発明の熱膨張係数である「1.3×10-5/℃以下」の範囲のうち、より低い値である「1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃」を採用することは容易である。
(2) 原告らは、熱膨張係数をそれぞれ1.5、1.3、1.1、0. 9、0.7、0.45とする6種類の樹脂組成物について、Fe系又はCu系リードフレームを備えたパッケージの耐クラック性試験を実施した結果(甲第24、25号証)に基づき、Fe系リードフレーム、Cu系リードフレームの双方の場合とも、熱膨張係数が1.0×10-5/℃の付近以下の範囲で、クラックが発生するヒートサイクル数が急激に増大し、耐クラック性能が急激に高くなる臨界的効果が顕著に現れているとして、本件発明1は、樹脂組成物の熱膨張係数の範囲を「1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲」と特定することにより顕著な効果を奏するのであり、このような本件発明1の構成は、刊行物1に熱膨張係数の記載から容易に想到することはできないと主張する。
しかしながら、刊行物1(甲第3号証)に、半導体装置を構成する封止樹脂、リードフレーム、チップ等の線膨張係数の違いによって発生する熱応力のために封止樹脂のクラックが発生すること、樹脂の線膨張係数を小さくできれば、熱応力を大幅に低減できることが記載されており(2頁左上欄19行目〜右上欄19行目)、樹脂組成物の熱膨張係数が低いとき、すなわち、樹脂組成物とシリコンチップ、リードフレーム等との線膨張係数の差が小さいときには、耐クラック性能が向上することは、刊行物1の上記記載から予測できることである。
また、本件発明1に係る樹脂組成物は、原告らが実施した上記試験(甲第24、25号証)におけるような、シリコンチップをFe系リードフレーム又はCu系リードフレームに搭載して封止する封止材料としてのみ使用されるものではないから、そのような特定の場合に、熱膨張係数が1.0×10-5/℃を境として、耐クラック性能が急激に高くなるとしても、それが、例えばシリコンチップと接触しない用途等の他の用途を含む本件発明1全体において見られる現象ということはできない。
したがって、熱膨張係数を「1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃」としたことに基づく格別の効果があるとはいえない。
(3) 原告らは、本件明細書(甲第2号証)に記載された各実施例と刊行物1、
2、4〜7、9〜11に記載された各実施例との、充填剤(シリカ粉末)配合量と熱膨張係数との関係(甲第26号証)において、本件発明に係る実施例の充填剤配合量の範囲と他の刊行物の充填剤配合量の範囲とはおおむね重なっておらず、特に、熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下であって、充填剤配合量が88重量%(80体積%)以上である範囲では、他の刊行物には、本件発明と全く重なるものがない旨主張する。
しかしながら、原告らの主張する充填剤(シリカ粉末)配合量と熱膨張係数との関係(甲第26号証)においては、本件決定が充填剤配合量の点(相違点C)で引用した刊行物8(甲第10号証)の実施例が含まれていないから、本件発明に係る実施例の充填剤配合量の範囲と他の刊行物の充填剤配合量の範囲とはおおむね重なっていないとすることはできない。また、他に、上記の充填剤(シリカ粉末)配合量と熱膨張係数との関係から、加圧後の熱膨張係数を「1.3×10-5/℃以下」とする刊行物1の記載に基づき熱膨張係数を特定することが困難である理由は見いだせない。
4 取消事由4(進歩性の判断の誤り)について (1) 原告らは、本件発明1は、刊行物1記載の発明との相違点@〜Dに係る各構成が有機的に結び付いて、充填剤の高充填を達成するとともに、樹脂組成物の高流動性を同時に満たすという格別顕著な効果を奏する旨主張するが、以下のとおり誤りである。
ア 相違点@、Aに係る構成の組合せについて 本件発明1の相違点@に係る「エポキシ樹脂がビフェニール骨格あるいはナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂から選ばれるものである」との構成により、高流動性が得られることは、刊行物2(甲第4号証)におけるビフェニール骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂に相当する化合物の溶融粘度の記載(3頁左下欄9行目〜下から2行目)や、刊行物5(甲第7号証)におけるナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂に相当する化合物の溶融粘度の記載(2頁右下欄下から2行目〜3頁左上欄5行目)に基づいて容易に予測し得るところである。
また、樹脂成分の粘度が高ければ、最終組成物の粘度もそれだけ高くなり、スパイラルフロー(流動性)が劣ることは当然であるから、最終組成物の粘度を、本件発明1の相違点Aに係る「エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、
150℃における粘度が3ポイズ以下にある」との構成におけるように特定することも容易なことである。
そして、より良く目的を達成するために、当業者において、目的に沿った技術手段を複数組み合わせることは通常行われていることであり、本件発明1の相違点@、Aに係る構成を組み合わせて高流動性を達成することも容易である。
イ 相違点@〜Bに係る構成の組合せについて 原告らは、本件発明1が、相違点@、Aに係る構成に加えて、相違点Bに係る「充填剤は、その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μmの実質的に球状の溶融シリカ粉末である」との構成による充填剤の形状及び粒度分布等の要件を満たすことにより、充填剤の最大充填分率を90%以上の高い値にでき、高い流動性を維持できるとして、相違点@〜Bに係る構成も有機的に結合して、本件発明1の効果を実現している旨主張する。
しかしながら、本件明細書(甲第2号証)には、粒度分布が直線性を示し、その勾配nが0.6〜1.0の範囲の値を示すことにより、充填剤の最大充填分率を90%以上の値にでき、樹脂組成物の粘度上昇、流動性の低下が起こりにくい旨が記載されている(【0009】項)が、粒度分布が直線性を示し、その勾配nが0.6〜1.0の範囲の値を示すことは、本件発明1の構成要件ではない。
また、球形の形状に基づく流動性については、刊行物1(甲第3号証)に、角張った充填剤よりも球状の充填剤の方が粘度上昇や流動性の低下を引き起こさない旨が記載されている(2頁左下欄11行目〜16行目)ことから予測できるものであり、さらに、本件発明1の粒径を採用することが容易であり、それに基づく流動性が予測可能であることは、上記1(取消事由1について)のとおりである。
そして、上記のとおり、より良く目的を達成するために、目的に沿った技術手段を複数組み合わせることは通常行われていることであり、当業者が、相違点@、Aに係る構成に加えて、相違点Bに係る構成要件を満たすことにより、更に高い流動性を達成することは容易なことである。
ウ 相違点B〜Dに係る構成の組合せについて 原告らは、本件発明1の相違点Dに係る「加圧後は熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲にある」との構成につき、いずれの刊行物も、熱膨張係数につき下限を限定しない範囲が記載されているが、実施例において1.0×10-5/℃未満の熱膨張係数を実現したものは全く存在しないから、本件発明1の熱膨張係数は、これらの刊行物における記載とは区別されるべきものであるとした上、このような構成を要件とすることができるのは、主に、相違点Cに係る構成の「充填剤は、組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲で配合されて成る」との要件を満たすことによるものであり、この充填剤の配合量を実現するためには、相違点Bに係る構成の充填剤の粒径分布及び平均粒径等の要件を満たさなければならないから、相違点B〜Dに係る構成も有機的に結合して、本件発明1の効果を実現している旨主張する。
しかしながら、加圧後の熱膨張係数を1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲に特定することが容易にし得るものであることは、上記3(取消事由3について)のとおりである。また、刊行物8(甲第10号証)に、充填剤の配合量を組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲とすることが記載されていることは、上記2(取消事由2について)のとおりであるから、加圧後の熱膨張係数を1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲とすることは、従来、既に実現されていたものということができる。
したがって、加圧後の熱膨張係数を1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲とすることは格別の効果といはいえず、相違点B〜Dに係る構成を組み合わせることに困難はない。
エ 相違点@〜Dに係る構成の組合せについて 原告らは、「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフ(甲第27号証)に基づいて、本件発明1の各実施例が、他の刊行物の実施例に比べ、充填剤の配合量の範囲がかなり大きいにもかかわらず、刊行物1、
3、5〜7、10(甲第3、第5、第7〜9、第12号証)にそれぞれ記載された実施例と同等又はより高いスパイラルフロー値を示しており、高い流動性を有しているとし、本件発明1がこのような顕著な効果を奏するためには、相違点@〜Dに係る構成の組合せを必要とするものであるから、有機的に結合した構成を相違点@〜Dに分解し、個別に各刊行物と対比判断したにすぎない本件決定は、各構成の有機的な結合の困難性及びこれらの有機的な結合により奏される格別顕著な効果についての判断を看過したものである旨主張する。
しかしながら、本件明細書(甲第2号証)には、本件発明1の各実施例の「粒度分布をRRS粒度線図にプロットした場合の直線の傾き」(勾配n)がすべて0.75であることが記載されている(実施例1〜3につき【0017】項、同4〜6につき【0019】項)ところ、粒度分布が直線性を示し、その勾配nが0.75であれば、樹脂組成物の粘度上昇、流動性の低下が起こりにくいが、これが本件発明1の構成要件ではないことは、上記イのとおりである。したがって、上記「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフ(甲第27号証)に示された効果は、実施例の効果であって、本件発明1自体の効果ではない。
また、刊行物8(甲第10号証)には、実施例1〜4につき、樹脂組成物全体に対するシリカ粉末の含有割合が80体積%であり(6頁左上欄15行目)、175℃で測定した溶融粘度が260ポイズ(実施例1)、240ポイズ(同2)、310ポイズ(同3)、330ポイズ(同4)である(同頁右下欄17行目〜18行目、7頁下欄第3表)ことが記載されているところ、本件明細書(甲第2号証)の「本発明の加圧成型用樹脂組成物は通常150〜200℃に加熱された金型のキャピテー部に移送して硬化を行なう」(【0011】項)との記載に照らして、175℃は加圧成形過程における温度といえるから、刊行物8の実施例1〜4は、本件発明1に含まれる、充填剤が組成物全体に対して80vol%をわずかに超え(例えば80.01vol%)、加圧成形過程における最低溶融粘度が3000ポイズであるものと比べ格段に高い流動性を有している。なお、原告らがした追試の結果(甲第29号証)においても、刊行物8の実施例1は、180℃における溶融粘度が350ポイズを示している(2頁表2の「追試No.3」)から、本件発明1に含まれる上記のものと比べ、なお、格段に高い流動性を有するものである。したがって、本件発明の効果が従来例と比較し格別顕著であるということはできない。
さらに、原告らは、本件決定が、本件発明1の相違点@〜Dに係る構成を個別に各刊行物と対比判断したから誤りであると主張する。
しかしながら、本件明細書(甲第2号証)には、相違点@ないしDに係る構成要件技術的意義がそれぞれ独立して記載されているだけであり、原告らの主張するような、格別顕著な効果が各構成の有機的な結合により奏されるとの技術思想は記載されていないから、原告らの上記主張は明細書に記載されていない事項に基づく主張であるといわざるを得ない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点Bについての判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第3号証)の特許請求の範囲の請求項1に「エポキシ樹脂に変性剤としてシリコーン重合体、充填材として球状の溶融石英粉を配合した半導体封止用エポキシ樹脂組成物において、充填材の90重量%以上が0.5〜100μmの粒径をもち、その粒度分布をRRS粒度線図で示した場合に、勾配nが0.6〜1.5の範囲で直線性を示す球状の溶融石英粉であることを特徴とする半導体封止用エポキシ樹脂組成物」との記載があること(決定書8頁6行目〜17行目)は当事者間に争いがなく、刊行物1には、さらに、このような構成を有する発明の実施例として、実施例1〜3(4頁左下欄4行目〜5頁左上欄7行目、4頁右下欄第1表、図面第1図)の記載があり、また、RRS粒度線図につき、「RRS粒度線図とは、Rosin-Rammlerの式に従う粒度分布を表わす粒度線図のことである。すなわち、R(Dp)100exp(-b・Dpn) ただし、R(Dp):最大粒径から粒径Dpまでの累積重量% Dp:粒径 b、n:定数 RRS粒度線図における勾配とは、RRS粒度線図の最大粒径からの累積重量%が少なくとも25重量%と75重量%の範囲にある二点を結んだ直線で代表されるRosin-Rammlerの式のn値のことをいう」(3頁右上欄5行目〜17行目、なお、刊行物9(甲第11号証)のRRS粒度線図についての記載(3頁右上欄11行目〜左下欄4行目)に照らして、「R(Dp)100exp(-b・Dpn)」は「R(Dp)=100exp(-b・Dpn)」の誤記と認められる。)との記載があることが認められる。
そして、刊行物1の第1表(4頁右下欄)に掲記された実施例1〜3等に係る最低溶融粘度及びスパイラルフローの各値に照らして、実施例1〜3のうちでは、充填剤として「球-2」を使用した実施例2が流動性において最も優れていることは明らかであるところ、刊行物1の図面第1図には、実施例2に係る充填剤の粒度分布をRRS粒度線図で示したグラフ(「球-2」と記載されたもの)があり、同グラフは、(Dp=50、R(Dp)=0.3)点付近から(Dp=0.9、R(Dp)=90)点付近を結ぶ線分として表示されているが、R(Dp)(累積重量%)が90付近を超える範囲(Dp(粒径)が0.9μmより小径である範囲)及びR(Dp)が0.3付近に達しない範囲(Dpが50μmより大径である範囲)についてはグラフの表示がない。しかしながら、RRS粒度線図の意義に関する刊行物1の上記記載に照らして、全充填剤粒子の粒度を計測すれば、上記グラフは、R(Dp)=0からR(Dp)=100までの範囲で表示し得ることは明白であり、したがって、同図の実施例2に係るRRS粒度線図のグラフにおいて、R(Dp)が90付近を超える範囲及び0.3付近に至らない範囲について表示されていないのは、単に記載を省略したことによるものにすぎないことが容易に理解されるということができる。
そこで、刊行物1の図面第1図に、(Dp=50、R(Dp)=0.3)点付近から(Dp=0.9、R(Dp)=90)点付近を結ぶ線分として表示されている実施例2に係る充填剤のRRS粒度線図のグラフを、殊更その勾配を変更せずに、R(Dp)が90を超える方向に延長した場合には、Dp=0.1のときのR(Dp)の値が95を相当程度超えていることは明白である。また、仮に、当業者が、上記のような外挿法によらず、球状充填剤(球-2)のグラフの欠けている部分の粒度分布としてどのようなものが望ましいかについて検討したとしても、一般に、半導体の封止用樹脂の線膨張特性等を向上させるには、充填剤の充填量を増加させるべきこと、最大の充填量すなわち最密充填を与える粒度分布は、「Fuller曲線」(甲第35号証の3、昭和40年3月5日株式会社朝倉書店発行「粉体工学ハンドブック」102頁第7.8図「最密充填を与える連続分布のRosin-Rommler線図によるプロット」)に従うものであることは、いずれも、本件特許出願前に周知であったことが認められる。これによれば、この最大の充填量を与える「Fuller曲線」に従う粒度分布は、RRS粒度線図のR(Dp)が90重量%を超える領域では、その勾配nは、直線ではなく、勾配nの値が大きくなる方向に変化するものであることが明らかに看取できるから、上記第1図に接した当業者は、上記のとおり周知の「Fuller曲線」の粒度分布に照らして、球状充填剤(球-2)のグラフの欠けている領域は、勾配nが大きくなる方向に変化するものが望ましいことを容易に理解し得たものといえる。この場合において、球状充填剤(球-2)は、「その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲」にあることは、上記第1図の(球-2)の粒度分布を示すグラフを「Fuller曲線」に従って延長することにより、たやすく理解できることにすぎない。なお、刊行物1で使用された球状充填剤(球-2)は、実際にも、上記第1図の欠けている領域において、直線状を示すか、「Fuller曲線」に近似する粒度分布を有するものと認められる。
そうすると、実施例2に係る充填剤のRRS粒度線図のグラフにおいて、
R(Dp)が0.3に達しない部分についての表示が省略されていること、すなわち、
0実施例2は、充填剤の95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあることは明らかであり、このことは、刊行物1の記載から容易に認識し得るものということができる。そして、上記のとおり、刊行物1の実施例1〜3のうち、実施例2が流動性において最も優れていることを併せ考えれば、充填剤の95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあるようにすることは容易にし得ることといわざるを得ない。
(2) 原告ら作成の「平均粒径の定義」と題する書面(甲第23号証)には、
「特にエポキシ樹脂組成物の分野においては、平均粒径とは、累積重量50重量%の粒径をいい」(1枚目1行目〜2行目)との記載があるところ、刊行物1(甲第3号証)の図面第1図表示の上記実施例2に係る充填剤のRRS粒度線図のグラフにおいて、R(Dp)=50のときのDpの値がおおむね6前後であって、2〜20の範囲内にあることは明白である。
そして、上記のとおり、刊行物1の実施例1〜3のうち、実施例2が流動性において最も優れていることを併せ考えれば、充填剤の平均粒径を本件発明1の特許請求の範囲が規定する2〜20μmの範囲内とすることは容易にし得ることといわざるを得ない。
(3) 原告らは、刊行物1(甲第3号証)の「充填材の90重量%以上が粒径0.5〜100μmの範囲に限定される理由は、0.5μm以下の微粒子が多くなると樹脂組成物がチクソトロピツク性を示すようになり、粘度上昇や流動性の低下が起こり、・・・樹脂の充填不良が発生するためである」(3頁左下欄17行目〜右下欄5行目)との記載を挙げて、溶融シリカ粉末の粒径範囲の下限を、刊行物1において否定している0.1μmにまで広げ、樹脂組成物の流動性を損なわずに充填剤を高充填し、熱膨張係数を更に小さくするという本件発明1の効果は容易に想到することができない事項であると主張する。
しかしながら、刊行物1の上記記載は、粒径0.5μm以下の微粒子が多くなると、粘度上昇や流動性の低下が起こるとしているのであって、粒径0.1〜0.5μmの充填剤を含むことを、その多寡にかかわらずすべて否定しているとは解されない。のみならず、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1記載のとおり、
本件発明1は、充填剤であるシリカ粉末の粒径に関しては「95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μm」であることを要件とするものであり、したがって、例えば、粒径が0.5μm以下のものを全く含まない場合であっても、全体として95%以上が粒径100μm以下であり、かつ、平均粒径が2〜20μmの範囲にあれば、この要件を満たすことは明らかであって、
そのような態様において奏する効果も本件発明1の効果というべきであるから、原告らの上記主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものというべきである。
また、原告らは、本件発明1が、溶融シリカ粉末の平均粒径を「2〜20μm」としたのは、溶融シリカ粉末の粒径範囲(95%以上が0.1〜100μm)、溶融シリカ粉末の配合範囲(組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下)及び樹脂組成物の加圧後の熱膨張係数の範囲(1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲)の各技術事項を満たす条件の下で、具体的な平均粒径が選択されることを意味するのであるから、単に刊行物7(甲第9号証)に記載された平均粒径の範囲と重複する部分があるからといって、その平均粒径を「2〜20μm」とすることが容易に想到されるものではない旨主張するが、刊行物1(甲第3号証)の記載自体によって、平均粒径を「2〜20μm」とすることが容易に想到されることは上記(2)のとおりであるから、原告らの上記主張は採用することができない。
原告らは、さらに、刊行物1と刊行物7の記載に基づいて、95重量%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあり、かつ、平均粒径が2〜20μmの実質的に球状の溶融シリカ粉末を使用することにより、最大充填分率を高くして、熱膨張係数を一層小さくし、これによって樹脂組成物の流動性を損なわずに充填剤を高充填し、従来材に比べて熱膨張係数が極めて小さな成形品を得るという、本件発明1の技術事項及び効果を予測することはできない旨主張するが、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された「95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μm」であることに基づく本件発明1の効果が、
刊行物1の記載自体によって容易に予測し得ることは以上に説示したところから明らかであり、原告らの上記主張も採用することができない。
なお、本件発明1の効果が格別のものでないことは後記4(取消事由4について)のとおりである。
2 取消事由2(相違点Cについての判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第3号証)には「樹脂封止型半導体に発生する熱応力は、各構成材料の線膨張係数の違いによって発生する。そこで、各構成材料の中で特に線膨張係数の大きい封止樹脂の線膨張係数を小さくすることができれば、熱応力を大巾に低減することができる。一般に、封止用樹脂には線膨張係数の低減を目的に樹脂よりも線膨張係数の小さい無機質充填材が配合されている。そこで線膨張係数を小さくするためには、充填材の配合量を増せば良い」(2頁右上欄11行目〜19行目)との、刊行物4(甲第6号証)には「封止樹脂の線膨張係数を下げるには・・・充填剤の添加量を増加させる方法が知られている」(2頁左上欄14行目〜16行目)との、刊行物7(甲第9号証)には「熱応力を低減するためには各構成材料のうちで熱膨張係数が最も大きな封止樹脂の熱膨張係数を小さくすることが必要である。半導体封止用成形材料にはもともと成形品の熱膨張係数を小さくするため無機質充填剤(一般には溶融シリカが用いられている)が配合されており、充填剤を増量すれば熱膨張係数を小さくすることが可能である」(2頁左上欄14行目〜右上欄1行目)との、昭和60年5月10日株式会社昭晃堂発行の垣内弘編著「新エポキシ樹脂」(乙第1号証)には「樹脂とリードとの熱膨張係数に大きく差があると・・・クラックが発生し不良となる。そのため、熱膨張係数をできるだけリード材質のそれに近づけることが必要であり、充てん剤の混入量を増やすこと・・・がとられている」(427頁15行目〜19行目)との記載がそれぞれあり、これらの記載によれば、本件特許出願前において、半導体封止用樹脂組成物の熱膨張係数を小さくするために、充填剤の充填量を増やすことは、周知の技術手段であったものと認められる。
そして、刊行物8(甲第10号証)には、「半導体装置における上記耐熱衝撃信頼性および耐湿信頼性等の諸特性を向上させるためには・・・熱硬化性樹脂組成物中の無機質充填剤の含有割合を上げたものを用いると効果的である」(3頁左上欄2行目〜7行目)との記載があるほか、実施例1〜4(5頁第1表)及び実施例7(6頁第2表)に、シリカ粉末を82〜86体積%配合した半導体装置封止用エポキシ樹脂組成物が記載されている。
そうすると、刊行物1記載の発明について、その熱膨張係数等の特性を更に向上させるため、充填剤(溶融シリカ粉末)の配合量を増加させることは容易に想到し得るところであり、かつ、その具体的な配合量を、上記82〜86体積%と重複する範囲である「組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲」とすることにも格別の困難はないというべきである。
(2) 原告らは、刊行物8におけるシリカ粉末の平均粒径は、計算上、いずれの実施例においても24μm以上になる旨主張するとともに、刊行物8には、シリカ粉末の平均粒径を2〜20μmとし、0.1〜100μmの粒径範囲にあるものを95%以上とすることにより、溶融シリカ粉末の配合量の範囲を全体的に高い範囲にずらして高充填を実現できるという記載はないから、当業者が、刊行物8の記載に基づいて、本件発明1の溶融シリカ粉末の80vol%を超え92.5vol%以下の配合範囲を採用することは困難である旨主張する。
しかしながら、充填剤の95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあるようにすること及びその平均粒径を2〜20μmの範囲内とすること自体が、刊行物1の記載に基づいて容易にし得るものであることは、上記1のとおりである。
また、上記のとおり、半導体封止用樹脂組成物の熱膨張係数を小さくするために、
充填剤の充填量を増加させることが、周知の技術手段であるところ、刊行物8には、シリカ粉末を82〜86体積%配合した半導体装置封止用エポキシ樹脂組成物が記載されているのであるから、この記載に基づいて、刊行物1記載の発明の充填剤(溶融シリカ粉末)の配合量を、「組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲」にすることも容易にし得るところであって、仮に、刊行物8の実施例におけるシリカ粉末の平均粒径が24μm以上であったとしても、それがゆえに、上記配合範囲を選択することが困難となるいわれはない。
なお、本件発明1の効果が格別のものでないことは後記4(取消事由4について)のとおりである。
3 取消事由3(相違点Dについての判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第3号証)には、「封止品に熱的ストレスが加わると半導体装置を構成する封止樹脂、リードフレーム、チップ等の線膨張係数の違いによって発生する熱応力のために、封止樹脂のクラックが発生したり・・・チップ表面の配線の切断、短絡、位置ズレ等が起こり易く、素子特性の変動や信頼性低下が問題になっている」(2頁左上欄19行目〜右上欄7行目)との記載及び前示「樹脂封止型半導体に発生する熱応力は、各構成材料の線膨張係数の違いによって発生する。
そこで、各構成材料の中で特に線膨張係数の大きい封止樹脂の線膨張係数を小さくすることができれば、熱応力を大巾に低減することができる」(同頁右上欄11行目〜15行目)との記載があり、これらの記載によれば、樹脂で封止された半導体装置において、熱応力に起因するクラックの発生、チップ表面の配線の切断、短絡、位置ズレ等を防止するには、半導体装置を構成する封止樹脂、リードフレーム、半導体チップ等のうち、封止樹脂の熱膨張係数(線膨張係数)を小さくし、リードフレーム、半導体チップ等との各熱膨張係数の差を小さくすることが有効であることは当業者が容易に理解し得るところである。
他方、原告ら作成の「金属・セラミックス等の熱膨張係数」と題する書面(甲第21号証の1)並びにそこに記載事項の出典として掲記されている昭和60年11月30日丸善株式会社発行の東京天文台編纂「理科年表 昭和61年」(同号証の2)及び昭和63年11月16日応用技術出版株式会社発行の村上元監著「表面実装形LSIパッケージの実装技術とその信頼性向上」(同号証の3)によれば、熱膨張係数は、シリコンチップが0.24×10-5/℃、Cu系リードフレーム、Fe系リードフレームがそれぞれ1.77×10-5/℃、0.71×10-5/℃程度であることが認められ、かつ、その性質上、これらの事項は当業者に周知であったものと推認される。
そうすると、上記のとおり、熱応力に起因するクラックの発生、配線の切断、短絡、位置ズレ等を防止すべく、リードフレーム、半導体チップ等との熱膨張係数の差を小さくするための封止樹脂の熱膨張係数として、上記リードフレーム及び半導体チップ(シリコンチップ)の各熱膨張係数の最大値(1.77×10-5/℃)と最小値(0.24×10-5/℃)との間の数値である1.0×10-5/℃〜0.3×10-5/℃の範囲を選択することに、格別の創意工夫を要しないことは明白であり、本件発明1の「加圧後は熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲にある」との構成は、刊行物1の記載から当業者が容易に想到し得るものというべきである。
(2) 原告らは、本件発明1の上記構成は容易に想到できないとし、その根拠として、熱膨張係数をそれぞれ1.5、1.3、1.1、0. 9、0.7、0.45とする6種類の樹脂組成物について、Fe系又はCu系リードフレームを備えたパッケージの耐クラック性試験(甲第24、第25号証)において、熱膨張係数が1.0×10-5/℃付近以下の範囲で、クラックが発生するヒートサイクル数が急激に増大し、熱膨張係数が1.0×10-5/℃の付近において、耐クラック性能が急激に高くなる臨界的効果が顕著に現れている旨主張する。
しかしながら、上記(1)の説示に照らし、封止用樹脂の熱膨張係数として、
最大1.77×10-5/℃、最小0.24×10-5/℃の中間の範囲を選択することに何らの創意工夫を要しないことは明らかである。そして、このように限られた範囲内であれば、その範囲にわたって適宜数のサンプルを作成し、各サンプルの特性を比較して、更に良い結果を得ることのできる範囲を選択することは、当業者が通常行うことであるから、仮に、封止用樹脂の熱膨張係数が1.0×10-5/℃付近以下の範囲で耐クラック性能が急激に高くなる効果が生ずるとしても、本件発明1の熱膨張係数である「1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲」を選択することが困難であるということはできない。
(3) また、原告らは、本件明細書(甲第2号証)に記載された各実施例と刊行物1、2、4〜7、9〜11に記載された各実施例との、充填剤(シリカ粉末)配合量と熱膨張係数との関係が「図 本件及び引例の充填剤配合量と熱膨張係数の関係」と題するグラフ(甲第26号証)のとおりであるとした上、これによって明らかなように、本件発明1に係る実施例の充填剤配合量の範囲と他の刊行物の充填剤配合量の範囲とはおおむね重なっておらず、特に、熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下であって、充填剤配合量が88重量%(80体積%)以上である範囲では、他の刊行物には、本件発明1と全く重なるものがない旨主張する。しかし、上記2の(1)のとおり、刊行物8(甲第10号証)には、充填剤であるシリカ粉末を82〜86体積%配合した実施例1〜4(5頁第1表)及び実施例7(6頁第2表)が記載されているのみならず、そもそも、一般に、ある発明に係る明細書記載の実施例と引用例である明細書記載の実施例とが重なっていないからといって、直ちに、その発明が、当該引用例の記載から当業者が容易に想到できるものではないと断定し難いから、原告らの上記主張はいずれにしても採用することができない。
なお、本件発明1の効果が格別のものでないことは後記4(取消事由4について)のとおりである。
4 取消事由4(進歩性の判断の誤り)について (1) 相違点@、Aに係る構成の組合せについて 原告らは、本件発明1が、相違点@に係る「エポキシ樹脂がビフェニール骨格あるいはナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂から選ばれる」構成と、相違点Aに係る構成を含む「硬化剤が分子内にフェノール性水酸基を2個以上含むフェノール系化合物であり、前記エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、150℃における粘度が3ポイズ以下」にあるとの構成を同時に備えることにより、高い流動性を確実に維持することができるとした上、刊行物1〜8には、相違点Aに係る「エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、150℃における粘度が3ポイズ以下」にあるとの技術事項が記載されていないのみならず、樹脂組成物の充填剤を高充填しても高流動性を維持できるという上記のような具体的な技術思想も何ら記載されていないと主張する。
しかしながら、刊行物2〜6(甲第4〜第8号証)に、半導体封止に使用されるエポキシ樹脂として、ビフェニール骨格又はナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂を用いることが記載されていることは、当事者間に争いのない本件決定の相違点@についての判断(決定書14頁5行目〜16頁6行目)のとおりである。
また、刊行物2(甲第4号証)には、「封止材料に用いられるエポキシ樹脂は、液体から固体まで種々の形態を有しており、それと併用する硬化剤の種類の選択によって変化に富んだ硬化物物性を発現できることから広範囲の分野で使用されている。」(2頁左上欄17行目〜右上欄1行目)、「エポキシ樹脂は、一般にある程度大きな分子量を有しているため、溶融粘度が高く、半導体素子の封止材料に用いた場合、被封止物である半導体素子との濡れ性、充填性に劣り、封止材料としては不適当である。そこで、上記溶融粘度を低下させる目的で分子量を小さくすることが考えられるが、分子量を小さくした場合、融点が低下しエポキシ樹脂を主成分とする封止材料の粉体化が困難になる」(2頁右上欄6行目〜14行目)、
「本発明者らは・・・流動性に富み、溶融粘度が低く、チップに加わる応力の低減ができ、しかも粉体化可能で、耐熱性、密着性等の諸特性に優れたエポキシ樹脂組成物が得られることを突き止めた」(同頁右下欄12行目〜19行目)、「上記A成分のエポキシ樹脂は、融点が50〜150℃の固体の結晶性エポキシ樹脂である・・・この発明に用いられる結晶性エポキシ樹脂としては、その融点よりも20℃高い温度での溶融粘度が0.5〜2ポイズ以下である結晶性エポキシ樹脂を用いることが好ましい」(3頁右上欄1行目〜11行目)との各記載があり、さらに、
昭和47年2月25日日立評論社発行の「日立評論第54巻第2号」掲載の鈴木宏外2名による「集積回路用トランスファ成形材料」と題する論文(甲第28号証の3)には、「電子部品用成形材料の流動性は繊細な構造の素子、特にコネクタワイヤ、端子など・・・に損傷を与えることなく成形できるかどうかを支配する重要な性質である。粘度が低く、流動性の良い材料を低い圧力でゆっくり流し込むことが好ましい。」(165頁右欄7行目〜10行目)との記載がある。
これらの記載によれば、半導体素子の封止材料に用いられるエポキシ樹脂としては、樹脂組成物の流動性を高めるために、粉体化が困難にならない限度で、
できるだけ溶融粘度が低いものを使用することが、本件出願当時、周知の技術事項であったものと認められる。そして、その具体的な溶融粘度として、刊行物2には、融点(50〜150℃)よりも20℃高い温度で0.5〜2ポイズ以下とすることが開示されている。また、エポキシ樹脂について、できるだけ溶融粘度が低いものを使用することが周知の技術事項である以上、エポキシ樹脂と混合して使用する硬化剤についても、できるだけ粘度が低いものを使用することを想到することは当業者にとって容易であるものと認められる。
そうすると、相違点@に係る「エポキシ樹脂がビフェニール骨格あるいはナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂から選ばれる」構成に、相違点Aに係る「エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、150℃における粘度が3ポイズ以下」にあるとの構成を組み合わせて、高い流動性を維持しつつ高充填を実現しようとすることは、当業者が容易に想到し得るものであり、本件発明1に特有の技術事項であるということができないことは明らかである。
原告らは、相違点@及びAに係る構成を同時に備えることにより、高い流動性を確実に維持することができるのであり、このことは甲第18号証及び甲第31号証の追試の結果より明らかである旨主張するが、樹脂組成物の流動性を高めるために、できるだけ溶融粘度が低いものを使用することが、本件特許出願当時、周知の技術事項であったことは上記のとおりであるから、原告ら主張の追試により、
樹脂成分の粘度が3ポイズ以下のものは、それより高粘度のものより流動性に優れることが示されたとしても、このことが本件発明1に特有の技術事項であり、当業者が予測できないものということはできない。加えて、甲第18号証及び甲第31号証は、相違点@及びAに係る要件を満たすエポキシ樹脂と硬化剤の組合せを含む少数の樹脂組成物、及び相違点@及びAの要件を満たさない組合せを含む少数の樹脂組成物について試験をしたにすぎないところ、このような少数の組合せについてされた試験の結果が、本件発明1に包含されるぼう大な組合せに共通する効果を示すことを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
(2) 相違点@〜Bに係る構成の組合せについて 原告らは、本件発明1が、相違点@、Aに係る構成に加えて、相違点Bに係る「充填剤である球状の溶融シリカ粉末が・・・『その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μm』である」(決定書13頁5行目〜8行目)構成を同時に備えることにより、充填剤の最大充填分率を90%以上の高い値にでき、高い流動性を維持できるのであるから、相違点@〜Bに係る構成も有機的に結合して、本件発明1の効果を実現している旨主張する。
しかしながら、相違点@、Aに係る構成を組み合わせることが容易に想到し得るものであることは上記(1)のとおりであり、また、相違点Bに係る構成を採用すること自体が容易であることは上記1のとおりである。
そして、相違点@に係る構成に相違点Aに係る構成を組み合わせること及び相違点Bに係る構成を採用することは、いずれも樹脂組成物の流動性を高める目的ですることであって、これらの各構成を組み合わせることにつき格別の障害事由も見当たらないから、相違点@、Aに係る構成に加えて、相違点Bに係る構成を同時に備えることは、当業者において容易に想到し得るものであり、その効果も予測し得るものといわざるを得ない。
(3) 相違点B〜Dに係る構成の組合せについて 原告らは、いずれの刊行物においても、1.0×10-5/℃未満の熱膨張係数を実現していないとした上、本件発明1の相違点Dに係る「加圧後は熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲にある」との構成を要件とすることができるのは、主に、相違点Cに係る構成の充填剤の配合量が「80vol%を超え92.5vol%以下の範囲」であるという要件を満たすことによるものであり、相違点Cに係る構成の充填剤の配合量を実現するためには、相違点Bに係る構成の充填剤の粒径分布及び平均粒径等の要件を満たさなければならないのであるから、相違点B〜Dに係る構成は有機的に結合して、本件発明1の効果を実現している旨主張する。
しかしながら、相違点B〜Dに係る各構成を個別に採用すること自体が容易であることは上記1〜3(取消事由1〜3について)のとおりである。
そして、相違点Bに係る充填剤の粒径分布及び平均粒径等の構成、相違点Cに係る充填剤の配合量の範囲の構成及び相違点Dに係る加圧後の樹脂組成物の熱膨張係数の範囲の構成は、各刊行物の記載により、いずれも好ましい構成として採用し得るものであることも上記1〜3のとおりである。そうすると、そのような好ましい構成を組み合わせ、全体としてより好ましい効果を実現しようとすることは、当業者が通常行うことであって、相違点@〜Bに係る各構成を組み合わせるにつき特段の阻害事由も見当たらないから、相違点@〜Bに係る各構成を組み合わせることは容易にし得るものであり、その効果も予測し得るものといわざるを得ない。
(4) 相違点@〜Dに係る構成の組合せについて ア 原告らは、「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフ(甲第27号証)、各実験成績証明書(甲第29、第36号証)及び「追試実験(甲第36号証)の充填剤について」と題する書面(甲第48号証)を引用し、本件発明1の各実施例が、他の刊行物の実施例に比べ、充填剤の配合量の範囲がかなり大きいにもかかわらず、他の刊行物の実施例と同等又はより高い流動性を有しているとした上、このような顕著な効果を奏するためには、相違点@〜Dに係る構成の組合せを必要とする旨主張する。
イ しかしながら、上記(1)〜(3)のとおり、本件発明1の相違点@に係る構成(エポキシ樹脂がビフェニール骨格あるいはナフタレン骨格を有する2官能型のエポキシ樹脂から選ばれるものであること)、相違点Aに係る構成(エポキシ樹脂及び硬化剤からなる樹脂成分は、150℃における粘度が3ポイズ以下にあること)、相違点Bに係る構成(充填剤である球状の溶融シリカ粉末が、その95%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあると共に平均粒径が2〜20μmであること)、相違点Cに係る構成(充填剤である球状の溶融シリカ粉末が、組成物全体に対して80vol%を超え92.5vol%以下の範囲で配合されていること)及び相違点Dに係る構成(加圧後は熱膨張係数が1.0×10-5/℃以下から0.3×10-5/℃の範囲にあること)のうち、相違点@、Aに係る構成を組み合わせること、相違点@〜Bに係る構成を組み合わせること、相違点B〜Dに係る構成を組み合わせることはいずれも容易に想到し得るところであり、また、相違点B、
C、Dに係る各構成は、各刊行物の記載により、いずれも好ましい構成として採用し得るものである。相違点Bに係る構成と同様、樹脂組成物の流動性を高める目的で相違点@に係る構成に組み合わされる相違点Aに係る構成についても、好ましい構成として採用し得るものであることは、相違点B、C、Dに係る各構成と同様である。
そうすると、そのような好ましい構成を組み合わせ、全体としてより好ましい効果を実現しようとすることは、当業者が通常行うことであって、相違点@に係る構成に、相違点A〜Dに係る各構成をそれぞれ組み合わせるにつき特段の阻害事由も見当たらないから、結局、相違点@〜Dに係る各構成を組み合わせることは容易にし得るものであり、その効果も予測し得るものといわざるを得ない。
ウ 「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフ(甲第27号証)には、本件明細書(甲第2号証)記載の実施例1〜6及び刊行物1、3、5〜7、10(甲第3、第5、第7〜9、第12号証)にそれぞれ記載された各実施例につき、原告らがした追試の結果として、充填剤(シリカ粉末)配合量(重量%)と流動性(スパイラルフロー値)とが表示されており、本件明細書記載の実施例1〜6は、刊行物1、3、5〜7、10記載の各実施例に比べ、スパイラルフロー値はおおむね同程度であるが、充填剤の配合量は多くなっていることが示されている。
しかしながら、本件明細書(甲第2号証)には、実施例1〜3につき「充填剤として全体の99重量%が0.1〜100μmの範囲にあって、しかも平均粒径がそれぞれ15μmで粒度分布をRRS粒度線図にプロットした場合の直線の傾きが、それぞれ0.75の球状溶融シリカ」(【0017】項)を使用したことが、また、実施例4〜6につき「充填剤として表面を予めエポキシシラン系カップリング剤で処理し、かつ、全体の99重量%が0.1〜100μmの範囲にあって、しかも平均粒径がそれぞれ15μmで粒度分布をRRS粒度線図にプロットした場合の直線の傾きが、それぞれ0.75の球状溶融シリカ」(【0019】項)を使用したことが、それぞれ記載されている。
そして、本件明細書の「充填材(注、充填剤の誤記と認められる。以下同じ。)としてその95重量%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあり、かつ、
平均粒径が2〜20μmの実質的に球状の粉末を使用する理由は、このような充填材はその最大充填分率が高いため、樹脂組成物に高充填した場合に粘度上昇や流動性の低下を起しにくいためである。特に、粒度分布をRRS粒度線図・・・にプロットした場合に、分布が直線性を示し、その勾配nが0.6〜1.0の範囲の値を示す、換言すると、粒度分布が広い充填剤は充填剤自体の最大充填分率が90%以上の高い値を示し、樹脂組成物の粘度上昇、流動性の低下が起こりにくく、本発明の目的を達成するのに有利である」(【0009】項)との記載のほか、刊行物7(甲第9号証)の「粒度分布をRRS粒度線図で表示した場合に粗粒及び細粒部分を除いた中間粒径の少なくとも60重量%以上が直線性を示しその勾配nが1.0以下にするのは充填剤の細密充填を可能にし、充填剤の配合量を増やした場合の材料の粘度上昇や流動性低下が少なくし」(3頁左上欄4行目〜9行目)との記載、刊行物11(甲第13号証)の「充てん剤を多量に配合した場合封止樹脂の溶融粘度の上昇や流動性の低下をなるべく少なくするためには・・・充てん剤の粒度分布をなるべく広くする必要がある。そのためには充てん剤の粒度分布をロジン-ラムラー・・・の粒度分布式で表した場合に粒度分布の広がりを示す勾配(n)が0.5〜1.5の範囲で直線性を示すことが望ましい」(5頁左上欄6行目〜15行目)との記載並びに平成元年2月発行の「高分子論文集」Vol.46,No.2所収の尾形正次外4名による「低熱膨張性エポキシ樹脂系成形材料」と題する論文(甲第28号証の2)の「フィラの形状ならびに粒度分布が成形材料の溶融粘度、流動性に及ぼす影響について検討した。その結果、Fig.5及びFig.6に示すように・・・粒度分布の影響はnが小さい、すなわち粒度分布が広いフィラを用いた場合ほど樹脂粘度が低く、流動性も良好である。このように成形材料の溶融粘度、流動性にはフィラの形状及び粒度分布が著しく影響し」(116頁右欄下から7行目〜117頁左欄2行目)との記載及びFig.5、Fig.6の各表示にかんがみれば、RRS粒度線図上における勾配nが、充填剤を含む樹脂組成物の流動性等の特性に大きく影響することは、本件出願当時、技術常識であったものと認められる。
そうすると、本件明細書の実施例1〜6において、充填剤を、「全体の99重量%が0.1〜100μmの範囲にあって、しかも平均粒径がそれぞれ15μmで粒度分布をRRS粒度線図にプロットした場合の直線の傾きが、それぞれ0.75の球状溶融シリカ」とすることは、各実施例の樹脂組成物の流動性(スパイラルフロー値)に大きな影響を与える要因となることが明らかであるところ、本件明細書の請求項1の特許請求の範囲の記載に照らして、粒度分布をRRS粒度線図にプロットした場合の直線の傾きを0.75とすることは、本件発明1の構成要件ではない。
したがって、上記「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフに表示された本件明細書の実施例1〜6及び刊行物1、3、5〜7、10の各実施例に係る充填剤(シリカ粉末)配合量(重量%)及び流動性(スパイラルフロー値)の値が正確であるとしても、上記グラフは、本件発明1の実施例の効果を表すにすぎず、本件発明1自体の効果を示すものということはできない。
なお、この点につき、原告らは、本件明細書の「勾配nが0.6〜1.0の範囲が好ましい理由は、粒度分布を0.1〜100μmの範囲に限定した場合、n=0.6が直線がとりうる最小の勾配であり、また、nが1.0以上になると粒度分布が狭すぎて充填剤自体の最大充填分率があがらないためである」(【0010】項)との記載を引用し、本件発明1の相違点B〜Dに係る各要件をともに満たせば、勾配nが0.6〜1.0の範囲となるから、本件発明1の効果はn=0.75の実施例と同等であるか、又は大きく外れるほどの差異は生じない旨主張する。
しかしながら、本件明細書の上記「充填材としてその95重量%以上が粒径0.1〜100μmの範囲にあり、かつ、平均粒径が2〜20μmの実質的に球状の粉末を使用する理由は、このような充填材はその最大充填分率が高いため、樹脂組成物に高充填した場合に粘度上昇や流動性の低下を起しにくいためである。特に、粒度分布をRRS粒度線図・・・にプロットした場合に、分布が直線性を示し、その勾配nが0.6〜1.0の範囲の値を示す、換言すると、粒度分布が広い充填剤は充填剤自体の最大充填分率が90%以上の高い値を示し、樹脂組成物の粘度上昇、流動性の低下が起こりにくく、本発明の目的を達成するのに有利である」(【0009】項)との記載に照らして、原告ら主張の上記記載が、本件発明1の相違点B〜Dに係る各要件をともに満たせば、当然に勾配nが1.0を超えないとの趣旨であるものと断定することはできない。のみならず、上記のとおり、RRS粒度線図上における勾配nが、充填剤を含む樹脂組成物の特性に大きく影響することが認められるのであるから、本件発明1において勾配nが1.0であるときに、上記「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフに表示された本件明細書の実施例1〜6に係るような充填剤(シリカ粉末)配合量(重量%)及び流動性(スパイラルフロー値)の値を示すかどうかも明らかではない。
したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
エ さらに、各実験成績証明書(甲第29、第36号証)には、本件明細書(甲第2号証)記載の実施例1〜6及び刊行物8(甲第10号証)記載の各実施例につき、原告日立化成工業株式会社従業員がした追試の結果として、充填剤(シリカ粉末)配合量(体積%)と流動性(スパイラルフロー値)とが表示されているが、これらの値が正確であるとしても、その実験結果は、本件発明1の実施例の効果を表すにすぎず、本件発明1自体の効果を示すものということができないことは、上記ウの「図 本件及び引例の充填剤配合量と流動性の関係」と題するグラフの場合と同様である。
(5) 原告らは、本件発明1の相違点@〜Dに係る技術事項が有機的に結び付くことによって、樹脂組成物の流動性を損なわずに充填剤を高充填し、従来技術に比べて熱膨張係数が極めて小さな成形品を得ることができるという顕著な効果を奏するものであるとした上、本件決定は、各構成の有機的な結合の困難性及びこれらの有機的な結合により奏される格別顕著な効果についての判断を看過したものであるから、その進歩性の判断は誤りである旨主張する。しかしながら、本件発明1の相違点@〜Dに係る各構成を組み合わせることは当業者が容易にし得る事項であり、
本件発明1の効果も、予測し得るものであって、格別顕著であると認めることができないことは、上記のとおりである。また、樹脂組成物の分野において、いわゆる相乗効果を明確にした上、数多くの特許が成立していることは、当裁判所に顕著な事実であるところ、本件発明1において、このような相乗効果を明確にすることができない特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
5 以上のとおりであるから、原告ら主張の本件決定取消事由は理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 宮坂昌利
裁判官 石原直樹