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関連審決 審判1997-8123
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  慣用技術 /  技術的意義 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 190号 審決取消請求事件
原告 フルーアーコーポレイション
訴訟代理人弁護士 中島敏
同 弁理士 飯田伸行
訴訟復代理人弁理士 久門享
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 舟木進
同 常盤務
同 大野克人
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/05/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成9年審判第8123号事件について平成12年1月14日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成2年8月14日、名称を「エネルギー減衰器」とする発明について特許出願(以下「本件出願」という。)をしたが、平成9年1月22日、拒絶査定を受け、同年5月19日、これに対する不服の審判を請求し、同年6月11日、本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の補正(以下「本件補正」という。)をした。特許庁は、この請求を、
平成9年審判第8123号事件として審理した上、平成12年1月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決をし、その謄本は、同年2月7日、原告に送達された。
2 本件補正後の本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(以下、この発明を「本願発明」という。) 「シリンダ(220)と、シリンダ内で該シリンダに対して相対的に軸方向に両方向に移動自在のピストン部材(222)を含むピストン部材・シリンダ組立体(212)と、該シリンダ(220)内に該シリンダに摩擦係合するように収容され、該ピストン部材に取り付けられた第1摩擦組立体(214)を有するエネルギー減衰器であって、
前記シリンダ(220)内に該シリンダに摩擦係合するように前記第1摩擦組立体(214)から離隔して収容され、前記ピストン部材(222)に取り付けられた第2摩擦組立体(215)と、
前記第1摩擦組立体(214)及び第2摩擦組立体(215)を前記シリンダ(220)に摩擦係合させ、前記ピストン部材(222)とシリンダ(220)の相対的な軸方向両方向の移動に摩擦力により抵抗するために、該第1摩擦組立体と第2摩擦組立体の間に介設されており、該第1摩擦組立体及び第2摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに係合させるための予備負荷ばね(216)と、
前記ピストン部材(222)が前記シリンダ(220)に対して相対的に軸方向の一方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第1摩擦組立体(214)によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、該ピストン部材にその一端付近に固定されており、第1摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに摩擦係合させるために第1摩擦組立体を前記ばね(216)との間で軸方向に圧縮させるべく第1摩擦組立体を軸方向の一方の方向に移動させるためのストッパー手段(218)と、
前記ピストン部材(222)が前記シリンダ(220)に対して相対的に軸方向の他方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第2摩擦組立体(215)によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、該ピストン部材にその他端付近に固定されており、第2摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに摩擦係合させるために第2摩擦組立体を前記ばね(216)との間で軸方向に圧縮させるべく第2摩擦組立体を軸方向の他方の方向に移動させるための別のストッパー手段(145)を有することを特徴とするエネルギー減衰器(200)。」 3 審決の理由 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、実願昭62-8949号(実開昭63-201230号)のマイクロフィルム(甲第3号証、以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)及び周知の技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができないものであるから、本件出願は拒絶されるべきであるとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、「1.手続の経緯及び本件発明」は認める。「2.引用例記載の発明」中、7頁3行目の「中間部材7」から8行目まで、8頁10行目から9頁8行目までを否認し、その余は認める。「3.対比」中、9頁15行目の「『第1のストッパ』」から18行目の「認められる。」まで、11頁6行目から12頁11行目までを否認し、その余は認める。「4.当審の判断」及び「5.むすび」は否認する。
審決は、引用例発明の認定及び本願発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、本願発明と引用例発明の相違点の認定を誤り(取消事由2)、その相違点の判断を誤った(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用例発明の認定及び本願発明との一致点の認定の誤り) (1) 審決は、引用例発明のストッパ5、6について、「中間部材7と協働して油圧により加えられる力の大きさに応じて半径方向外方へ押圧するものであることから、『摺動部材8,11及び付勢部材9,10,12,13等によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させる』機能を有すると解することができる。」(審決書7頁3行目〜8行目)と認定したが、誤りである。
(2) 引用例発明において、ストッパ5はロッド3に固定されており、油圧装置22によって制御される油圧によって押圧ピン16から付勢部材9に押圧力を加えると、ロッド3に螺合されたストッパ5が反力を受ける形で、楔形状の付勢部材9、10に互いに対向する方向の力が作用し、付勢部材9、10の傾斜面に沿って、摺動部材8を押し上げる力が作用するものであり、ストッパ5には反力受け部材としての機能以外の機能はなく、油圧装置22による制御がなければ、押圧ピン16、18の押圧力、ひいては、摺動部材による摩擦力の増大はない。すなわち、引用例発明は、本願発明のように、ピストン部材とシリンダの相対移動によって摩擦力を漸進的に増大させるものではなく、飽くまで、油圧装置22による油圧の増大によって摩擦力を増大させるのである。
(3) なお、本願発明において、通常の振動の際には、予備負荷ばね(216)の長さは変化しないが、水撃作用のように比較的大きな一過性の運動エネルギーが作用した場合には、ストッパー手段(218)と別のストッパー手段(145)が機能分担することにより、摩擦力を漸進的に増大させることができる。これに対し、引用例発明では、「水撃作用」のような比較的大きな一過性の運動エネルギーが作用したときにおいても、油圧の増大がなければ、第1のストッパ5と第2のストッパ6の機能分担はなく、これらに挟まれるすべての部材が共にロッド3と一体として移動し、
摩擦力の増大はない。
(4) 審決の上記認定が誤りであるから、引用例発明が「前記ロッド3が前記筒体1に対して相対的に軸方向の一方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、
前記第1の組立体によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、該ロッドにその一端付近に固定されており、第1の組立体を半径方向外方へ拡張させて該筒体に摩擦係合させるために第1の組立体を前記中間部材7との間で軸方向に圧縮させるべく第1の組立体を軸方向の一方の方向に移動させるための第1のストッパ5と、前記ロッド3が前記筒体1に対して相対的に軸方向の他方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第2の組立体によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、該ロッドにその他端付近に固定されており、第2の組立体を半径方向外方へ拡張させて該筒体に摩擦係合させるために第2の組立体を前記中間部材7との間で軸方向に圧縮させるべく第2の組立体を軸方向の他方の方向に移動させるための第2のストッパ6を有する」(審決書8頁10行目〜9頁8行目)との審決の認定も誤りである。
(5) そうすると、本願発明と引用例発明について、「前記ピストン部材が前記シリンダに対して相対的に軸方向の一方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第1摩擦組立体によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、
該ピストン部材にその一端付近に固定されており、第1摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに摩擦係合させるために第1摩擦組立体を前記押圧手段との間で軸方向に圧縮させるべく第1摩擦組立体を軸方向の一方の方向に移動させるためのストッパー手段と、前記ピストン部材が前記シリンダに対して相対的に軸方向の他方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第2摩擦組立体によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、該ピストン部材にその他端付近に固定されており、第2摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに摩擦係合させるために第2摩擦組立体を前記押圧手段との間で軸方向に圧縮させるべく第2摩擦組立体を軸方向の他方の方向に移動させるための別のストッパー手段を有することを特徴とするエネルギー減衰器」(審決書11頁6行目〜12頁6行目)である点において一致するとの審決の認定も誤りである。
2 取消事由2(相違点の認定の誤り) 審決は、本願発明と引用例発明について、「第1摩擦組立体と第2摩擦組立体の間に介設された押圧手段が、本件発明(注、本願発明)では、『予備負荷ばね』であるのに対し、引用例1記載の発明(注、引用例発明)では、『油圧による押圧ピンを有する中間部材』である点」(審決書12頁8行目〜11行目)で相違すると認定したが、誤りである。
すなわち、引用例発明において押圧手段を構成するものは、油圧による押圧ピンを有する中間部材だけではなく、これに油圧装置及び油圧を制御するためのコンピューター又は油圧制御回路を加えたものである。また、油圧装置の制御の前提として、地震や風力による建築物への振動エネルギーの作用の大きさを検出するためのセンサー等も不可欠である。
したがって、引用例発明において、本願発明の「予備負荷ばね」と対比すべき構成は、振動の検出手段、油圧制御手段を含む、油圧装置、押圧ピン、中間部材などを構成要素とする押圧手段全体であるから、押圧手段の一部にすぎない押圧ピンを本願発明の中間部材と対比して相違点とした審決の上記認定は誤りである。
3 取消事由3(相違点の判断の誤り) (1) 審決は、「相違点で摘記した本件発明の構成は、当業者にとって、引用例に記載された発明(注、引用例発明)及び周知の技術的事項に基づき容易に想到し得たものと認められる。」(審決書13頁11行目〜14行目)と判断するが、誤りである。
すなわち、引用例発明は、振動の大小に応じてセンサーなど何らかの検出手段に設定を行うことを前提として、油圧コントロールされ、これによって摩擦力の大きさを変化させるものであり、この摩擦力は、筒体とロッドの相対移動とは無関係に制御される。これに対し、本願発明における予備負荷ばねは、基本的には、
予備負荷力の大きさに対応する一定の摩擦力を与えるものである。この摩擦力は、
通常の振動におけるシリンダとピストンの相対移動では基本的に変化せず、水撃作用のような比較的大きな一過性の運動エネルギーが作用したときに、初めて、シリンダとピストンの相対移動によって変化する。
したがって、引用例発明が解決しようとした課題は、振動の大小に応じて最適な摩擦力(減衰率)を与える摩擦ダンパーとしての制震ダンパーを実現することであるのに対し、本願発明の課題は、水撃作用(ウォータハンマ)のように比較的大きな一過性の運動エネルギーを効果的に放散することであって、これら課題には全く共通性がなく、その作用効果も異なるから、本願発明によって引用例発明の課題を解決することは不可能である。
(2) また、引用例発明は、振動検出手段や制御手段を含めた油圧による押圧機構を具備するのであって、本願発明とは課題等が全く異なり、引用例発明における油圧のような能動的制御方法を、能動的制御自体が不可能な予備負荷ばねによって置き換える動機付けがない。
被告の反論
1 取消事由1(引用例発明の認定及び本願発明との一致点の認定の誤り)について (1) 本願発明の摩擦組立体は、シリンダの内周面に係合するための少なくとも一つのウエッジ(くさび)と、当該ウエッジに組み合わされた複数の隔置された圧縮リングを含むものであり、振動衝撃荷重又は一過性の動荷重を受けたとき、ウエッジは、加えられる力の大きさに応じて半径方向外方へ抑圧され、シリンダの内壁に摩擦係合するものである。
本願発明は、上記のような摩擦係合により、水撃作用のように比較的大きな一過性の運動エネルギーが静止状態から突然生ずると、非常に大きな加速度の動きとなり、ウエッジを構成する環状部材をシリンダの内面に押し付ける力、第1摩擦組立体(214)及び第2摩擦組立体(215)における摩擦力が漸増する。
(2) 引用例発明の摺動部材8、11及び付勢部材9、10、12、13等から成る第1及び第2の組立体は、本願発明の第1及び第2摩擦組立体(214,215)と実質的に同じ構成であるため、本件明細書に例示されている比較的大きな一過性の運動エネルギーがストッパ5、6から第1及び第2の組立体に作用したときに、本願発明と同様、摺動部材8、11と付勢部材9、10及び付勢部材12、13の当接する力が漸進的に増大し、第1及び第2の組立体と筒体1の間に摩擦力の漸進的な増大が生ずる。
そして、摩擦力の漸進的な増大が生ずる前の摩擦力は、本願発明においては、予備負荷ばね(216)の設定された押圧力によって決定され、引用例発明においては、中間部材7と押圧ピン16、18の間に働く油圧の設定された押圧力によって決定されるものであるが、両発明において、これらの設定された押圧力は、摩擦力の漸進的な増大に何ら寄与し、又は阻害するものではない。
(3) 原告は、引用例発明におけるストッパ5、6が反力受け部材としてのみ機能していると主張するが、本願発明のストッパー手段(218、145)も、予備負荷ばね(216)が「圧縮リング」に対して付加する押圧力の反力受け部材として常に機能しており、引用例発明におけるストッパ5、6が、本願発明のストッパー手段(218、145)」と同様、第1及び第2の組立体に対して摩擦力の漸進的な増大を生じさせることは、上記のとおりである。
2 取消事由2(相違点の認定の誤り)について 審決において対比されるべきものは、本願発明が具備する特定の構成と、その技術的意義において関係する引用例発明の構成である。審決は、本願発明の構成である、第1摩擦組立体と第2摩擦組立体の間に介設され押圧手段として機能する予備負荷ばねを引用例発明が具備しないことを前提とし、押圧手段という点で共通する機能を有するものとして、引用例発明の油圧による押圧ピンを有する中間部材を対比の対象としたものである。そして、審決の認定における「油圧による」が「押圧手段」である限度において、油圧を発生するための油圧装置を付属的に含んでいることは、当然のことであり、審決の相違点の認定に誤りはない。
3 取消事由3(相違点の判断の誤り)について (1) 原告は、課題を異にする引用例発明によって本願発明の課題を解決することは不可能であると主張する。
確かに、本願発明の課題は、水撃作用(ウォータハンマ)のように比較的大きな一過性の運動エネルギーを効率的に放散することを含むものと解されるが、
本願発明は、特にその用途を限定したものではなく、エネルギー減衰器に関するものであって、引用例発明が対象とする、地震や風による建築物への振動エネルギーを吸収する制震ダンパーを、全く排除するものではない。
また、引用例発明における、第1の組立体及び第2の組立体を筒体1に摩擦係合させ、ロッド3と筒体1の相対的な軸方向両方向の移動に摩擦力により抵抗するために、該第1の組立体と第2の組立体の間に介設されており、該第1の組立体及び第2の組立体を半径方向外方へ拡張させて該筒体に係合させるための油圧による押圧ピン16、18を有する中間部材7が、第1の組立体と第2の組立体の間に互いに反対方向の押圧力を付与していることは、当業者にとって容易に認識することができる周知の技術的事項であり、これをばねの技術に置き換えることは、当業者にとって何ら困難ではない。
(2) 油が可燃性であるため危険であるなど油圧装置の欠点は、既に知られたものであり、これを他のものに置換して解消しようとすることは、油圧装置を省略する動機ということができる。また、オイルダンパーを建築物に適用した場合、火災時の燃焼、油の劣化、漏油に対する補給等の問題があるといった油圧装置の欠点を背景として、地震に対応する制震ダンパーにおいて、油圧装置を省略する動機がある。したがって、審決の相違点の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例発明の認定及び本願発明との一致点の認定の誤り)について (1) 本件補正後の本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の「シリンダ(220)と、シリンダ内で該シリンダに対して相対的に軸方向に両方向に移動自在のピストン部材(222)を含むピストン部材・シリンダ組立体(212)と、該シリンダ(220)内に該シリンダに摩擦係合するように収容され、該ピストン部材に取り付けられた第1摩擦組立体(214)を有するエネルギー減衰器であって、・・・前記第1摩擦組立体(214)及び第2摩擦組立体(215)を前記シリンダ(220)に摩擦係合させ、・・・該第1摩擦組立体及び第2摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに係合させるための予備負荷ばね(216)と、前記ピストン部材(222)が前記シリンダ(220)に対して相対的に軸方向の一方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第1摩擦組立体(214)によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、該ピストン部材にその一端付近に固定されており、第1摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに摩擦係合させるために第1摩擦組立体を前記ばね(216)との間で軸方向に圧縮させるべく第1摩擦組立体を軸方向の一方の方向に移動させるためのストッパー手段(218)と」の記載に照らすと、本願発明は、摩擦力を漸進的に増大させるために第1摩擦組立体を前記ばね(216)との間で軸方向に圧縮させる構成を有するものと認められる。また、「漸進」とは段階を追って次第に進むことであるから、
「軸方向の一方の方向に移動する際、・・・摩擦力を漸進的に増大させる」とは、
軸方向の一方の方向に移動するほど次第に摩擦力が大きくなることを意味することは、文理上明らかであって、静止状態からの移動開始時又は移動開始直後に摩擦力を増大させるとの意味には解し得ない。
(2) 他方、引用例(甲第3号証)には、以下の記載がある。
ア「上記ロッド3には、第1のストッパ5と第2のストッパ6を螺合により設けており、この両ストッパ5、6間のほぼ中央部に油圧付勢手段を構成した中間部材7を当該ロッド3に一体に設けている。更に、ロッド3と筒体1との間には、
ストッパ5と中間部材7との間において摺動部材8とその付勢部材9、10を摺動可能に設け、ストッパ6と中間部材7との間において摺動部材11とその付勢部材12、13を摺動可能に設けている。」(4頁17行目〜5頁6行目) イ「上記中間部材7には、付勢部材9の端面に作用する押圧ピン16及びその油圧室17と、付勢部材13の端面に作用する押圧ピン18及びその油圧室19と、油路20を設けている。そして、上記油路20は・・・油圧装置22に連結されている。従って、油圧装置22の制御によって油圧を変えれば、油圧室17、19において押圧ピン16、18に作用する圧力が変わり、付勢部材9、13に対する押圧力、ひいては摺動部材8、11の筒体1側への付勢力すなわち摺動部材8、11の筒体1との間の摩擦力を変えることができる。その摩擦力を変えることは、筒体1とロッド3との間の減衰率を変えることになり、つまり油圧装置によって筒体1とロッド3との間の減衰率を自由に可変できることとなる。」(6頁1行目〜17行目) (3) これらの記載と第1図を総合すると、以下の事実が認められる。
ア 引用例発明において、通常時には、油圧によって押圧ピン16からの第1図右向き(以下、単に「右向き」という。「左向き」も同様。)の押圧力、それと釣り合うストッパ5からの左向きの力が加わることにより、付勢部材9、10及び摺動部材8から成る第1の組立体が静止しており、同様に、押圧ピン18からの左向きの押圧力、及びそれと釣り合うストッパ6からの右向きの力が加わることにより、
付勢部材12、13及び摺動部材11から成る第2の組立体が静止しているものと認められる。
イ また、ロッド3に外力が加わった場合には、その外力が右向きであれば、ストッパ6から第2の組立体に加わる力が増加することにより、押圧ピン18からの力との均衡が崩れ、それら力の差が第2の組立体と筒体1間の最大静止摩擦力を超えることにより、第2の組立体が右方向へ移動し、同時に、ストッパ5から第1の組立体に加わる力が減少することにより、押圧ピン16からの力との均衡が崩れ、それら力の差が第1の組立体と筒体1間の最大静止摩擦力を超えることにより、第1の組立体も右方向へ移動するものと認められる。
ウ さらに、ロッド3並びに第1及び第2の組立体が移動を開始すると、第1の組立体においては、押圧ピン16からの右向きの押圧力とストッパ5からの左向きの力の合計に比例した摩擦力が、第2の組立体においては押圧ピン18からの左向きの押圧力とストッパ6からの右向きの力の合計に比例した摩擦力が生ずるところ、上記のとおり、油圧装置22の制御によって油圧を変えれば摺動部材8、11の筒体1との間の摩擦力を変えることができると記載されており、上記摩擦力は油圧装置を制御して油圧を変えることによって増減するのであって、ロッド3並びに第1及び第2の組立体が移動しても、それによって摩擦力が増大するものではない。
(4) 被告は、比較的大きな一過性の運動エネルギーが静止状態から突然生じた際の引用例発明の動作について主張するので、判断する。
被告の主張は、本願発明において、水撃作用のように比較的大きな一過性の運動エネルギーが静止状態から突然生ずると、非常に大きな加速度の動きとなり、ウエッジを構成する環状部材をシリンダの内面に押し付ける力、第1摩擦組立体(214)及び第2摩擦組立体(215)における摩擦力が漸増するとした上、これを前提として、引用例発明の動作も同様であると主張する。その主張は、要するに、摩擦力はストッパからの力と押圧手段(本願発明では予備負荷ばね、引用例発明では油圧)からの力の和に比例し、押圧手段からの力が変化しなくとも、ストッパからの力が増大することによって摩擦力が増大することをいうものと解される。
しかしながら、加速度は力が加わることによって生ずるものであり、運動エネルギーによって生ずるのではない。また、被告の主張する運動エネルギーを、
一過性の大きな衝撃力の意味であると善解しても、水撃作用のように比較的大きな一過性の運動エネルギーは、シリンダの移動開始時にのみ生ずるものであって、移動開始後は存在しないから、これが一方向への移動に伴って増大することはなく、
摩擦力を漸進的に増大させるとも認めることはできない。
また、一過性の大きな衝撃力が作用した場合であっても、ロッド(本願発明ではピストン部材)及びそれに固定されたストッパは、一方向のみに移動するのではなく、振動を繰り返した後に停止し、振動の両端において加速度が最大となるのであって、振動端に当たる移動開始点から移動するにつれて、ストッパの加速度は小さくなるから、この点からも、ストッパの移動につれてストッパからの力が増大すると認めることはできない。
したがって、被告の主張は失当である。
(5) また、被告は、引用例発明の摺動部材8、11及び付勢部材9、10、12、13等から成る第1及び第2の組立体は、本願発明の第1及び第2摩擦組立体(214、215)と実質的に同じ構成であるとか、摩擦力の漸進的な増大が生ずる前の摩擦力は、本願発明においては、予備負荷ばね(216)の設定された押圧力によって決定されると主張するので、検討を加える。
ア 本件明細書(甲第4号証)において、本願発明の実施例とされている第4図のものについて見ると、そのストッパの移動の開始が、各組立体に左右から加わる力の均衡が同時に崩れることによるものであることは明らかであり、また、これに加え、本件明細書(甲第4号証)に、第4図のものに関し、「ばね216の長さは変化せず(圧縮も伸長もせず)、従ってばねに及ぼされる抵抗力は一定である。」(8頁左下欄19行目〜右下欄1行目)との記載があることからすれば、各組立体の移動中は、これをストッパに押圧する力は変化しないものと認められる。
イ 他方、本件明細書(甲第4号証)には、第3図の実施例について、「エネルギー減衰器100は・・・ピストン・シリンダ組立体112のシリンダ120内に1対の摩擦組立体114、115が配設されており・・・予備負荷ばね116及び摩擦組立体114、115の移動を制限するための2つのストッパ117、118を備えている」(7頁右上欄8行目〜15行目)、「ピストン122がシリンダ120内へと前方へ押進められると、ストッパ118の前端135が摩擦組立体114に衝接して摩擦組立体114をシリンダの内周面121に摩擦係合した状態で前方へ駆動しそれによってエネルギーを放散させる。ピストン122のこの前方移動中摩擦組立体115の移動は、ストッパ117によって阻止されている。」(同頁右下欄12行目〜19行目)との記載がある。これらの記載に第3図の図示を総合すれば、ストッパ117は、ピストンが移動しても摩擦組立体115を移動させないための部材であり、摩擦組立体115が移動せず摩擦組立体114のみが移動することから、その間のばねは圧縮されることが明らかである。
ウ ところで、本件補正後の本件明細書(甲第2号証)の特許請求の範囲の請求項2は、「ピストン部材(122)が前記シリンダ(120)に対して相対的に軸方向の一方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第1摩擦組立体(114)によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、第1摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに摩擦係合させるために第1摩擦組立体を前記ストッパー手段(118)と前記ばね(116)との間で軸方向に圧縮させるための該ストッパー手段(188)による第1摩擦組立体の軸方向の一方の方向の移動を制限するために該シリンダの他端に結合された別のストッパー手段(117)を有する」(3頁末行〜4頁7行目)というものであり、ピストン部材が一方の方向に移動する際に摩擦力を漸進的に増大させるために、別のストッパー手段(117)が要件とされている。別のストッパー手段(117)が存在する場合には、上記のとおり、ピストンの移動の際に予備負荷ばねが圧縮されて、ばねの力が増大し、摩擦力も増大することが認められるから、請求項2記載の発明については、上記第3図に係る各部材の動きと整合する。
エ そうすると、本願発明は、別のストッパー手段(117)等の存在を明記していないが、特許請求の範囲において、「ピストン部材(222)が前記シリンダ(220)に対して相対的に軸方向の一方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第1摩擦組立体(214)によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させる」構成及び「ピストン部材(222)が前記シリンダ(220)に対して相対的に軸方向の他方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第2摩擦組立体(215)によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させる」構成が記載されている以上、本件補正後の本件明細書(甲第2号証)に接した当業者は、別のストッパー手段(117)のような、上記摩擦力を漸進的に増大させるために必要な周知慣用技術を適宜採用するものとして本願発明を理解するものと認められる。上記周知慣用技術に係る具体的構成が特許請求の範囲に明記されていないことが、本願発明の進歩性とは別個の不登録事由となるかどうかはさておき、進歩性の有無のみが争点である本件訴訟においては、本願発明の要旨を上記のような機能的構成を有するものとして認定するほかはない。
オ したがって、引用例発明の摺動部材8、11及び付勢部材9、10、12、13等から成る第1及び第2の組立体は、本願発明の第1及び第2摩擦組立体(214、215)と実質的に同じ構成であると認めることはできず、また、本願発明において、摩擦力の漸進的な増大が生ずる前の摩擦力が予備負荷ばね(216)の設定された押圧力によって決定されると認めることもできないから、被告の上記主張は採用することができない。
(6) そうすると、引用例発明のストッパ5、6について、「中間部材7と協働して油圧により加えられる力の大きさに応じて半径方向外方へ押圧するものであることから、『摺動部材8,11及び付勢部材9,10,12,13等によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させる』機能を有すると解することができる。」(審決書7頁3行目〜8行目)とする審決の認定は誤りである。
審決は、また、上記認定に続けて、引用例発明につき、「前記ロッド3が前記筒体1に対して相対的に軸方向の一方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第1の組立体によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させる・・・第1の組立体を前記中間部材7との間で軸方向に圧縮させるべく第1の組立体を軸方向の一方の方向に移動させる」(同8頁10行目〜18行目)と認定し、「軸方向の他方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第2の組立体によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させる・・・第2の組立体を前記中間部材7との間で軸方向に圧縮させるべく第2の組立体を軸方向の他方の方向に移動させる」(同8頁19行目〜9頁7行目)と認定するが、審決の前段落の認定が誤りである以上、これらの認定もまた誤りである。したがって、審決が、本願発明と引用例発明について、「前記ピストン部材が前記シリンダに対して相対的に軸方向の一方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第1摩擦組立体によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、該ピストン部材にその一端付近に固定されており、第1摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに摩擦係合させるために第1摩擦組立体を前記押圧手段との間で軸方向に圧縮させるべく第1摩擦組立体を軸方向の一方の方向に移動させる」(同11頁6行目〜14行目)点、「ピストン部材が前記シリンダに対して相対的に軸方向の他方の方向に移動する際、その相対移動に抵抗し、前記第2摩擦組立体によって与えられる摩擦力を漸進的に増大させるために、該ピストン部材にその他端付近に固定されており、第2摩擦組立体を半径方向外方へ拡張させて該シリンダに摩擦係合させるために第2摩擦組立体を前記押圧手段との間で軸方向に圧縮させるべく第2摩擦組立体を軸方向の他方の方向に移動させる」(同11頁16行目〜12頁4行目)点において一致すると認定したことも誤りであるといわざるを得ない。
2 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由1は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点につき判断するまでもなく、審決は取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利