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関連審決 異議2000-71233
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  技術常識 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 82号 取消決定取消請求事件
原告 積水ハウス株式会社
訴訟代理人弁理士 樽本久幸
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 原慧
同 高木進
同 粟津憲一
同 山口由木
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/05/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-71233号事件について平成12年11月7日にした決定中,請求項1,2,4,5に係る特許を取り消した部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「浴室の換気装置と換気扇」とする特許第2952319号の特許(平成7年3月23日特許出願,平成11年7月16日設定登録,以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし5のすべてについて,特許異議の申立てがあり,特許庁は,この申立てを,異議2000-71233号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成12年9月18日,訂正の請求をした。特許庁は,平成12年11月7日,「訂正を認める。特許第2952319号の請求項1,2,4,5に係る特許を取り消す。同請求項3に係る特許を維持する。」との決定をし,平成13年1月31日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 【請求項1】給気口を備えた浴室における天井の換気用開口部に,排気用の換気扇を設けた換気装置において,前記換気扇によって吸入された浴室の排気の一部を,浴室天井面に沿う方向に向けて設けられた出口から浴室内に環流させて,天井面に沿って流す排気環流機構を設けてなることを特徴とする浴室の換気装置(以下「本件発明1」という。)。
【請求項2】浴室とその浴室に隣接する部屋との出入口におけるドアに給気口が設けられるとともに,前記換気用開口部がこの給気口に対して平面から見て略対角状となる位置に配置してあることを特徴とする請求項1記載の浴室の換気装置(以下「本件発明2」という。)。
【請求項3】前記環流機構は,給気口から換気扇に向かって流れる換気流に対して,前記環流させた排気を,浴室とそれに隣接する給気口の設けられた部屋との仕切壁側の浴室コーナーであって,平面から見て上記換気流と交叉する方向のコーナーの一方向に向けて流すものであることを特徴とする請求項1又は2記載の浴室の換気装置(以下「本件発明3」という。)。
【請求項4】前記浴室に隣接する給気口が設けられた部屋が,脱衣室であることを特徴とする請求項2又は3記載の浴室の換気装置(以下「本件発明4」という。)。
【請求項5】浴室内の空気を吸引して浴室外に排出するファンの下流側に,排気の一部を室内側に環流させる分岐口が設けられ,この分岐口から環流した排気の浴室内の出口が,浴室天井面に沿う方向に向けられていることを特徴とする換気扇(以下「本件発明5」という。)。
3 決定の理由 決定は,別紙決定書の写しのとおり,本件発明1が実願昭62-189870号(実開平1-94853号)のマイクロフィルム(以下「刊行物1」という。)及び実願昭57-36977号(実開昭58-138594号)のマイクロフィルム(以下「刊行物2」という。)に記載された各発明に基づいて,本件発明2が刊行物1及び2並びに特開平5-295903号(以下「刊行物3」という。)及び「新住宅時代の暖(冷)房と換気設備の手引き」第2版,株式会社北海道住宅新聞社,平成4年10月15日発行,24頁(以下「刊行物4」という。)に記載された各発明に基づいて,本件発明4が刊行物1ないし刊行物4に記載された各発明に基づいて,本件発明5が刊行物1及び刊行物2に記載された各発明に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであると認定判断した(本件発明3については,特許異議申立人が提出した刊行物に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない,と認定判断された。)。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「1.手続の経緯」,「2.訂正の適否についての判断」は認める。「3.取消理由の判断」中,「(1)訂正明細書の請求項1〜5記載の発明の認定」,「(2)取消理由の概要」,「(3)引用刊行物に記載の発明」の各認定は,いずれも認め,その余は争う。「4.特許異議の申立についての判断」中,「(1)申立の理由の概要」,「(2)特許異議申立人が提出した甲各号証記載の発明」は認め,「(3)対比・判断」については,本件発明1,2,4,5に関する部分は争い,その余は認める。「5.むすび」については,本件発明1,2,4,5に関する部分は争う。{☆原告の認否がないが,原告の主張から推認した。} 決定は,本件発明1と刊行物1記載の発明との一致点についての認定を誤り(取消事由1),本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点についての判断を誤った(取消事由2)ものであり,これらの誤りがそれぞれ本件発明1,2,4,5のそれぞれについての決定の結論に影響することは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1記載の発明との一致点の認定の誤り) 決定は,本件発明1と刊行物1記載の発明とを対比して,「浴室における天井の換気用開口部に,排気用の換気扇を設けた換気装置において,前記換気扇によって吸入された浴室の排気の一部を,浴室天井面に設けられた出口から浴室内に環流させる排気環流機構を設けてなることを特徴とする浴室の換気装置である点で一致する」(決定書5頁下から3行〜6頁1行)と認定した。しかし,この認定は,刊行物1記載の発明を誤認したために犯した誤りである。
本件発明1は,浴室壁面,特に天井面を乾燥することに目的がある。これに対し,刊行物1記載の発明は,浴室内に干した洗濯物を乾燥するものであるから,両者は目的を異にしている。刊行物1記載の発明は,分岐口から環流した排気の浴室内への出口方向を自由に変えられるようにしたものであるといっても,浴室壁面の乾燥を目的として,その出口方向を壁面に変更するものではない。刊行物1には,ヒータを使用しないで送風機のみを運転することにより,換気することが記載されてはいるものの,この場合の換気の意味するところは,室内の空気を室外に排出することでしかなく,空気を室内側に環流するといっっても,その目的は,洗濯物の乾燥であって,壁面の乾燥ではない。要するに,刊行物1記載の発明には,室内側に環流させる排気を壁面の乾燥に用いるという技術思想が存在しないのである。
被告は,刊行物1記載の換気装置が,浴室内に干した洗濯物を乾燥することを目的の1つとしているとしても,乾燥室として機能するためには,浴室内すなわち浴室の壁面や天井面が乾燥していることが必要であるから,刊行物1には,室内側に環流させる排気を壁面の乾燥に用いる技術思想が記載されているというべきである,と主張する。
しかし,刊行物1記載の換気装置は,洗濯物を,ヒータによって加熱した空気と接触させることによって乾燥させるものであるから,壁面や天井面を乾燥させる必要はない。同換気装置においては,室内側に環流する空気で室内を温めることによって,付随的に壁面が乾燥することはあり得るとしても,その空気は,壁面,天井面を乾燥させることを目的として吹き出させるものではない。要するに,刊行物1記載の発明には,室内側に環流させる空気により,壁面,特に天井面を乾燥させるという技術思想が存在しないのである。
被告は,刊行物1には,ヒータを使用しないで送風機のみを運転して室内の空気を室外に排出するとともに,一部の空気を室内に環流させる換気運転についても記載されており,このような換気運転によっても浴室内を乾燥させ得ること,その際に,浴室壁面に換気流が吹き付けられて浴室内の乾燥がより促進されることは明らかである,とも主張する。
しかし,刊行物1に記載された発明における換気は,室内の空気を単に室外に排出することのみを意味し,天井面から下方に向けて吹き出される空気については,その一部はおそらく吸い込み口に再び吸い込まれ,他の一部は下方に拡散されるのみであって,壁面,特に天井面に吹き付けられるものではないから,刊行物1記載の発明では,浴室壁面に換気流が吹き付けられて浴室内の乾燥がより促進されるという効果を期待することはできない。
2 取消事由2(本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点についての判断の誤り) 決定は,「刊行物2には,換気扇により浴室内の空気を排出する際,浴室内に給気口から空気を導入すること,及び,換気装置により浴室天井面の結露を防止すべく,浴室天井の換気用開口部に,浴室内に導入される換気流を,浴室天井面に沿う方向に向けて設けられた出口から浴室内に導入して,天井面に沿って流す機構を設けてなる浴室の換気装置が記載されており,刊行物1に記載の換気装置に,刊行物2に記載の上記各手段を適用して請求項1に係る発明のごとく構成することは当業者が容易になし得たものである。そして,請求項1に係る発明の効果は各刊行物に記載された事項から予測できることである。」(決定書6頁7〜16行)と判断したが,誤りである。
(1) 刊行物2には,外部から浴室内に導入した換気流を天井面方向に沿って流すことにより,浴室の天井面の結露を防止することは記載されているものの,浴室内から吸い込んだ空気を天井面に沿って流すことについては何ら記載されていない。また,刊行物1には,上記のとおり,室内側を環流する空気によって浴室壁面,特に天井面を気流乾燥によって効率よく乾燥するという技術思想がない。したがって,刊行物1及び刊行物2記載の各発明は,互いに目的を異にするものである以上,これらを組み合わせることはできない。
(2) 刊行物2記載の発明では,冬季には冷たい空気が浴室内に流れ込むから,これをヒータ等により温めることにより,軽くして天井面に沿わせることが必要となる。これに対し,本件発明1は,浴室内の比較的暖かい空気を利用するから,ヒータを用いることなく天井面に沿って空気を流すことができ,これにより,天井面の乾燥を効率良く行うことができるという顕著な効果を奏する。
(3) 本件発明2,4及び5についても,その構成要件に照らし,本件発明1について上に述べたのと同じ理由により,その進歩性を否定した決定は誤りであるということができる。
被告の反論
決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1記載の発明との一致点の認定の誤り)について 刊行物1(甲第5号証)の明細書1頁14行ないし16行,同3頁1行ないし13行,同4頁13行ないし19行,5頁3行ないし11行の記載によれば,刊行物1記載の換気装置の主要目的は,浴室を乾燥させて乾燥室として利用することであることが明確である。同刊行物には,乾燥する対象物が何であるか明示されていないので,原告主張のように,刊行物1記載の換気装置が浴室を乾燥室として使用して浴室内に干した洗濯物を乾燥することを目的の一つとしているということは,認められよう。しかし,たといそうであるとしても,浴室が乾燥室として機能するためには,浴室内が乾燥していること,すなわち,浴室内の壁面や天井面が乾燥していることが必要であるから,刊行物1には室内側に環流させる排気を壁面の乾燥に用いる技術思想が記載されている,というべきである。
刊行物3(乙第1号証)及び刊行物4(乙第2号証)により,浴室に換気装置を設ける一般的な目的は,入浴時に,浴室内の空気を室外へ排出して新鮮な空気を導入すること,浴室内の壁面や天井面におけるかびの発生を防止するため,入浴時に発生した水蒸気を効率よく排出し,壁面や天井面に付着した結露を乾燥させることにあることが認められる。刊行物1記載の換気装置では,乾燥効率を高めるために環流する空気を加熱するヒータを設けてはいるものの,同刊行物には,ヒータを使用しないで送風機のみを運転して室内の空気を室外に排出するとともに,一部の空気を室内に環流させる換気運転についても記載されているから,この換気運転により浴室内を乾燥させ得ること,その際に,浴室壁面に環気流が吹き付けられて浴室内の乾燥がより促進されることは明らかである。
2 取消事由2(本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点についての判断の誤り)について (1) 刊行物1には,上記のとおり,浴室内から吸い込んだ空気を室外に排出するとともに,吸い込んだ空気の一部を再び浴室内に環流させて,浴室内を乾燥させる換気装置が記載されている。刊行物2には,外気を加熱して温風を天井方向に吹き出すことが記載されている。ここで温風を吹き出すのは,乾燥効率を高めるためであることが明らかであるから,刊行物2には,天井方向へ空気を流すことにより天井面の結露を防止することが記載されているということができる。
刊行物1及び2記載の各発明は,共に浴室用換気装置であって,しかも浴室内を乾燥させることを目的として,天井から浴室内へ空気を導入することで共通している。したがって,このような浴室換気装置において,浴室内へ空気を導入する手段として,刊行物1記載の案内羽根と回転グリルによる手段,及び,刊行物2記載の天井面方向に沿って空気を流す手段のいずれを採用するかは,浴室内の広い範囲を乾燥しようとするのか,浴室内の特定の箇所を重点的に乾燥しようとするのかに応じて,当業者が適宜選択する事項である。そうすると,刊行物1記載の換気装置において,天井面を重点的に乾燥させるために,浴室内への空気吐出口に,刊行物2記載の上記手段を適用することは,当業者であれば格別の困難もなく想到できたことである。
(2) 冬季のような空気の冷たい時期であっても,ヒータを使用しなくても天井面に沿って空気が遠くまで流れることとなり,天井面の乾燥を効率よく行うことができるという本件発明1の作用効果は,当業者であれば当然に予測できることである。刊行物1には,浴室内の空気を乾燥に使用する換気装置が,刊行物2には,天井面の結露を防止する手段がそれぞれ記載されており,かつ,後者の手段を前者の装置に適用すれば,浴室内の空気が環流することとなって,冬季においても暖かい空気が環流されることは自明であるからである。
(3) 本件発明5についても,本件発明1についてと同じ理由により,刊行物1及び刊行物2記載の各発明に基づいて,当業者が容易になし得たものである,ということができる。
本件発明2及び4は,いずれも本件発明1の構成をそのまま構成要件とする,同発明に従属する発明である。そして,その従属部分の構成については,本件発明1について上記した論拠がそのまま当てはまる。したがって,本件発明2及び4は,刊行物1記載の換気装置に刊行物2記載の天井面の結露を防止する手段,並びに刊行物3及び刊行物4記載の各発明の技術手段を適用することにより,当業者であれば容易になし得たものである,ということができる。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1記載の発明との一致点の認定の誤り)について 甲第3号証の1・2によれば,本件明細書(訂正後のもの)には,「本発明は,浴室及びこの浴室に隣接する脱衣室を換気するために用いられる換気装置と換気扇に関する。」(【0001】),「本発明に従えば,浴室の換気用開口部に排気用の換気扇を設け,前記換気扇によって吸入された排気の一部を,排気環流機構によって,浴室内に環流させて,天井面に沿って流すようにする。このように,換気扇で排気中の排気を浴室内側に供給できるようにして取り出し,強制環流として天井面に沿って流すので,乾燥に時間が必要であった天井面側を早期に乾燥させることができる。」(【0013】)と記載されていることが認められる。本件明細書のこれらの記載によれば,本件発明1は,浴室内を乾燥するために,乾燥に時間がかかる天井面を早期に乾燥させるようにした浴室の換気装置に関するものと認められる。
甲第5号証によれば,刊行物1には,「本考案は浴室の天井裏に取付け,浴室の換気,乾燥,暖房,送風等を行なう換気装置に関するものである。」(1頁14行〜16行),「従来の構成では,部屋Cへ吐出する第1吐出口13は本体11を設置すると位置が限定され吐出方向も一定となるため必ずしも乾燥に一番良い位置にこないので乾燥効率が落ちるという問題点を有していた。本考案はこのような問題点を解決するもので,換気装置の設置位置などに関係なく効率良く乾燥を行なうことが可能な換気装置を提供することを目的とするものである。」(2頁16行〜3頁4行)と記載されていることが認められる。刊行物1のこれらの記載によれば,同刊行物記載の発明(考案)は,浴室における換気装置の設置位置などに関係なく,浴室を効率よく換気し,乾燥する換気装置に関するものと認められる。
そうすると,本件発明1と刊行物1記載の発明とは,共に浴室内の換気,乾燥を効率よく早期に行うことを目的とする換気装置であるという点で共通するものである,ということができる。
原告は,本件発明1が,浴室壁面,特に天井面を乾燥することに目的があるのに対し,刊行物1記載の発明は,浴室内に干した洗濯物を乾燥するものであるから,両者は目的を異にしていると主張する。浴室の換気装置である本件発明1において,浴室の排気の一部を天井面に沿って流すことをその構成の一部とした,その技術的理由は,本件明細書[0013]の上記記載(甲第3号証4欄40行〜47行)によれば,浴室内で天井面が特に乾燥に時間がかかるという認識により,その乾燥しにくい箇所に排気の一部を流すことにしたということであるから,そこには,乾燥の対象自体としては,天井面のみでなく浴室全体を考え,その乾燥を図るという目的の認識があることが認められる。一方,刊行物1には,浴室内に干した洗濯物を乾燥することのみを目的とするとの趣旨の記載はなく,同刊行物記載の発明は,上記認定のとおり,「浴室の換気,乾燥,暖房,送風を行う換気装置」に関するもので,浴室の乾燥を効率よく早期に行うことを目的としたものである。そうである以上,本件発明1と刊行物1記載の発明とは,浴室を効率よく早期に乾燥するという目的において共通するものであるというべきである。原告の主張は採用できない。
原告は,刊行物1記載の換気装置は,ヒータによって加熱した空気を洗濯物に接触させることによって乾燥させるものであるから,洗濯物を乾かすのに壁面や天井面が乾燥している必要がない,同乾燥装置においては,室内側に環流する空気は,壁面,天井面を乾燥させることを目的として吹き出させるものではない,刊行物1記載の発明には,室内側に環流させる空気により,壁面,特に天井面を乾燥させるという技術思想が存在しない,と主張する。
しかし,刊行物1の上記「本考案は浴室の天井裏に取付け,浴室の換気,乾燥,暖房,送風等を行なう換気装置に関するものである。」(甲第5号証1頁14行〜16行)との記載によれば,刊行物1記載の発明が,浴室の換気,乾燥,暖房,送風を行う換気装置に関するものであることが明らかであり,このような装置によって,浴室の換気,乾燥,暖房,送風を行えば,その結果,浴室内の壁面や天井面が乾燥することになるのは,当業者でなくとも経験上明らかな技術常識であるということができる。また,甲第5号証によれば,刊行物1には,「浴室Aを乾燥するときは・・・ヒータ6および送風機2に通電する。この状態で浴室Aより空気が送風機2に吸い込まれ,ヒータ6により加熱され・・・回転グリル8を通じて吐出し浴室A内を乾燥室として利用することが可能となる。・・・また前記ヒータ6に電源を投入しない状態で送風機2を運転することにより,換気として・・・利用することが可能である。」(4頁13行〜5頁6行)と記載されていることが認められ,これによれば,刊行物1記載の発明は,ヒータにより加熱した空気により乾燥を行い,加熱しない空気により換気をする,というものであることが認められる。したがって,刊行物1には,壁面,特に天井面を乾燥させるという技術思想が存在しないという原告の主張は,経験上明らかな自明の効果及び刊行物1の前記記載を無視した主張というべきであって失当である。
原告は,刊行物1記載の発明では,天井面から下方に向けて吹き出される空気については,その一部はおそらく吸い込み口に再び吸い込まれ,他の一部は下方に拡散されるのみであって,壁面,特に天井面に吹き付けられるものではないから,浴室壁面に換気流が吹き付けられて浴室内の乾燥がより促進されるという効果を期待できない,と主張する。
しかし,決定は,本件発明1と刊行物1記載の発明とは,「換気扇によって吸入された浴室の排気の一部を,浴室天井面に設けられた出口から浴室内に環流させる排気環流機構を設けてなることを特徴とする浴室の換気装置である点で一致する」(決定書5頁下から2行〜6頁1行)と認定しているのである。決定は,その上で,本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点の一つ(相違点2)として,「請求項1に係る発明(判決注・本件発明1)が浴室に導入する換気流を浴室天井面に沿う方向に向けられた出口から天井面に沿って流すようにしたのに対し,刊行物1(判決注・刊行物1)に記載の発明では換気流方向が自由に変えられるようにした点」を認定しているのである。したがって,本件発明1と刊行物1記載の発明との一致点の上記認定に何ら誤りはない。原告の上記主張は,決定が一致点として認定していない点を論難するものであり,失当である。
以上のとおり,本件発明1と刊行物1記載の発明との一致点についての決定の認定(決定書5頁下から3行〜6頁1行)に,原告主張の誤りはない。
2 取消事由2(本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物2には,室外から浴室内に導入した換気流を天井面方向に沿って流すことにより,浴室の天井面の結露を防止することが記載されているが,浴室内から吸い込んだ空気を天井面に沿って流すことについては何ら記載されていない,また,刊行物1には,室内側を環流する空気によって浴室壁面,特に天井面を気流乾燥によって効率よく乾燥するという技術思想がない,したがって,刊行物1及び刊行物2記載の各発明は互いに目的を異にするものであって,これらを組み合わせることはできない,と主張する。
確かに,甲第5号証によれば,刊行物1記載の発明の目的は,「換気装置の設置位置などに関係なく効率良く乾燥を行うことが可能な換気装置を提供すること」(3頁2行〜3行)であり,甲第6号証によれば,刊行物2記載の発明の目的は,「天井面の結露防止を行うことのできる浴室換気装置を提供すること」(2頁3行〜5行)である。しかし,甲第6号証によれば,刊行物2には,「天井に取付けられて天井面に沿って吹出す温風出口を有する本体ケースと,前記温風出口に風を送り出すファンと,このファンの送り出し経路に設けられたヒータとを備えた浴室換気装置」(1頁,実用新案登録請求の範囲)との記載があることが認められ,この記載によれば,刊行物2記載の発明は,ファンを用いた浴室の換気装置であることが明らかであり,刊行物1記載の発明は,前示のとおり,浴室を効率よく乾燥する換気装置であるから,両者は共に浴室の換気装置として技術分野が共通するものであり,また,浴室の乾燥を効率よく行うとの目的においては共通しているものである。そうすると,このような浴室換気装置において,刊行物1記載の「案内羽根と回転グリル」(甲第5号証1頁8行〜9行)による手段,及び,刊行物2記載の「天井面に沿って吹出す温風出口・・・と,前記温風出口に風を送り出すファン」(甲第6号証1頁5行〜7行)による手段のいずれを採用するかは,当業者が適宜選択しうる事柄であり,刊行物1記載の換気装置において,刊行物2記載の上記手段を適用することについて,当業者であれば格別の困難はないというべきである。原告の主張は採用することができない。
(2) 原告は,刊行物2記載の発明では,冬季には冷たい空気が浴室内に流れ込むから,これをヒータ等により温めることにより,軽くして天井面に沿わせることが必要となるものであるのに対し,本件発明1は,浴室内の比較的暖かい空気を利用するから,ヒータを用いることなく天井面に沿って空気を流すことができることにより,天井面の乾燥を効率良く行うことができるという顕著な効果を奏する,と主張する。
しかし,刊行物2には,ヒータが装備された浴室換気装置が開示されていることは明らかであるものの,もともと,天井面に沿って空気を流す際に,常にヒータの電源を入れなければならないとする技術的理由はなく,その記載もない。例えば,外気が十分に乾燥している季節の日中などでは,ヒータを使用しなくとも,乾燥した外気により結露防止の作用効果を奏することは当業者でない者にも自明の事項であると認められる。そうすると,刊行物2記載の発明が常にヒータを使用するものであることを前提する原告の主張は失当であり,原告が本件発明1の顕著な効果と主張するものも,浴室内の空気を,天井面に沿って流すことにより奏される自明の効果にすぎない,ということができる。このような効果を,構成に容易推考性の認められる発明に特許性をもたらすような格別顕著な効果であるとは,およそ認めることができない。
したがって,本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点についての決定の判断(決定書6頁7行〜16行)に,原告主張の誤りはない。
(3) 本件発明2,4及び5についての原告の主張は,本件発明1の進歩性についての決定の認定判断に誤りがあることを前提とするものである。本件発明1の進歩性についての決定の認定判断に誤りがないことは上述のとおりであるから,本件発明2,4及び5についての原告主張も採用することができない。
3 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸