関連審決 | 異議2000-72112 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 同一技術分野(同一の技術分野) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 相違点の認定 / 周知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 実質的に同一 / 参酌 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 非容易 / 不存在 / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 合理的な理由 / 取消決定 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
508号
特許取消決定取消請求事件
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原告 オムロン株式会社 訴訟代理人弁理士 牛久健司 同 井上正 同 高城貞晶 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 日下善之 同 小林信雄 同 西川正俊 同 林栄二 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/06/04 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が異議2000-72112事件について平成12年11月10日にした決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、特許第2982286号発明(発明の名称「データキャリア」、以下「本件発明」、「本件特許」という。)の特許権者であるが、本件特許は、平成2年10月30日に出願され、同11年9月24日にその特許の設定登録がされたものであり、その後、特許異議の申立があり(異議2000-72112号)、平成12年8月1日に取消理由通知がなされ、原告は同年10月10日に訂正請求をした。特許庁は、平成12年11月10日、「訂正を認める。特許第2982286号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし、その謄本は同年12月1日、原告に送達された。 2 本件発明の要旨(訂正後の特許請求の範囲の記載) アンテナ用の一つのコイルと、前記コイルに接続され外部ユニットとの間でデータ伝送を行うデータ伝送手段と、データを保持する不揮発性のメモリと、前記データ伝送手段より得られる信号に基づいて前記メモリに保持されたデータを読み出すメモリ制御手段とを有するデータキャリアにおいて、前記データ伝送手段と電源回路部を含むICチップ上に絶縁層を形成し、前記絶縁層の上面に前記ICチップ内の配線パターンと接続された前記コイルを形成し、前記コイルを前記ICチップより小さくしたことを特徴とするデータキャリア 3 決定の理由の要旨 決定は、別紙決定の理由写し(以下「決定書」という。)のとおり、本件発明は、刊行物2(特開平1-157896号公報、甲第4号証)に記載された発明に基づき刊行物1(特開昭63-12085号公報、甲第3号証)に記載された発明を用いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであると認定判断した。 |
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原告主張の取消事由
決定は、刊行物1に記載された発明の認定を誤り(取消事由1)、刊行物2に記載された発明の認定を誤ったため(取消事由2)、本件発明と刊行物2記載の発明との一致点、相違点の認定を誤るとともに、相違点についての判断を誤り、その結果、本件発明の進歩性の判断を誤った(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(刊行物1記載の発明の認定の誤り) 決定が、刊行物1に記載された「情報カード」が本件発明の「データキャリア」と等価であるとした認定(決定書4頁18行〜20行)は誤りである。 (1) 刊行物1にはデータキャリアに関する発明は記載されていない。 一般に、情報カード、ICカードは、ユーザー(人間)が所持ないし携帯するものであり、このために刊行物1に記載されているように、「端子接触部に汚れ、酸化、腐食、摩耗等による接触不良」(甲第3号証2頁右下欄14、15行)が問題となるものである。 一方、本件発明のデータキャリアは、工具、部品、製品等の物品を識別して管理するためのもので、ユーザーが所持ないし携帯して用いることはなく、元来、非接触型のものである。 したがって、本件発明のデータキャリアは、その利用形態において刊行物1の情報カードとは異なるものであり、両者を等価ということはできない。 (2) 被告は、乙第1、第2号証を示して、「データキャリア」は、「駐車場に入場しようとする車両に対して交付する情報送受信兼保持装置」、「身分証明カード、銀行カード、クレジットカード等」についても広く使われている技術用語であるから、物品を識別して管理するためのものに限定して解釈しなければならない合理的な理由は見いだせない旨主張する。 しかし、乙第1、第2号証によると、「データキャリア」という用語は、技術的意味が常に一義的に定まるとはいえず、多義的に用いられるものであるから、このような場合には発明の詳細な説明等を参酌して技術的意義を明らかにすべきである。発明の詳細な説明を参酌すると、本件明細書(甲第2号証)には、データキャリアに関して、「工作機の工具や工場に於ける部品、製品の管理又は物流システム等の物品識別システムに用いられるデータキャリア」(1欄下から2行〜2欄1行)、「識別対象物にメモリを有するデータキャリアを設け」(2欄7行)と記載されているのであるから、本件発明のデータキャリアは、物品識別システムにおいて個別対象物に設けられているものと解釈すべきである。 2 取消事由2(刊行物2記載の発明の認定の誤り) 決定は、刊行物2には、「アンテナ用のコイルと、前記コイルに接続され外部ユニットとの間でデータ伝送(及び電力供給)を行う情報処理回路とを有するデータキャリアにおいて、前記情報処理回路を含むICチップ上に絶縁層を形成し、前記絶縁層の上面に前記ICチップ内の配線パターンと接続された前記コイルを形成して、前記コイルを前記ICチップより小さくしたデータキャリアであって、データキャリアを小型化することができるという発明が記載されている。」(決定書5頁19行〜26行)と認定しているが、次の(1)、(2)の点で刊行物2記載の発明の認定を誤り、その結果、本件発明と刊行物2記載の発明との一致点、相違点の認定を誤っている。 (1) データキャリアについて 決定は、刊行物2記載の発明の認定に当たり、「刊行物2記載の「非接触型ICカード」は本件発明の「データキャリア」と等価である」(決定書5頁13、14行)と認定したが、決定のいう「等価」の意味内容は不明確であり、この認定は誤りであるから、これを前提として、「両者(本件発明と刊行物2記載の発明)が、 データキャリアを小型化すること、を目的効果とし、・・・データキャリア、を構成要件としている点で一致しており」(同頁30行〜37行)という一致点の認定も誤りである。 刊行物2記載の発明は、「非接触型ICカード」に関するものであって、「データキャリア」に関するものではない。 確かに、識別情報をメモリに保持しておき、外部機器と近接した位置でメモリから識別情報を読み出して外部機器に伝達するという機能の観点からいえば、データキャリアを情報カードやICカードと同一視することは可能であるが、本件発明は、前記機能の観点からではなく、データキャリアの物理的構造から把握されるべき発明である。そして、情報カード、ICカードといわれるものは、ユーザー(人間)が所持ないし携帯するものであるのに対し、データキャリアは、工具、部品、 製品等の物品を識別して管理するために識別対象物に設けられて用いられるものであるから、用途、取扱い、そして物理的構造の観点からみて、刊行物2記載のICカードとは別異のものであり、データキャリアと等価であるとはいえない。 (2) 絶縁層について 決定は、刊行物2には「前記情報処理回路を含むICチップ上に絶縁層を形成し、前記絶縁層の上面に前記ICチップ内の配線パターンと接続された前記電磁コイルを形成し・・・たデータキャリア」が記載されている(5頁18行〜26行)と認定したが、誤りである。 刊行物2には、ICチップ上に絶縁層を形成することは一切記載されていない。 すなわち、刊行物2には、「電磁コイルの一部あるいは全部を論理回路(3a)に重なるように形成すれば」との記載(甲第4号証4頁左欄下から6行ないし4行)はあるが、「絶縁層」という用語すら出現していない。 3 取消事由3(推考容易性の判断の誤り) 決定は、本件発明は、刊行物2記載の発明に基づき刊行物1記載の発明を用いて当業者が容易に発明をすることができたとするが、誤りである。 (1) 刊行物1及び刊行物2には、前記1、2のとおり、本件発明の「データキャリア」に相当するものが記載されていない。したがって、刊行物2記載の発明に刊行物1記載の発明を適用しても、本件発明に到達することはできない。決定は、刊行物1及び2にデータキャリアの発明が記載されていることを前提としている点において、既に誤っており、結論も誤っている。 (2) 決定は、本件発明と刊行物2記載の発明とを比較したときの両者の一致点について、「アンテナ用のコイルと、前記コイルに接続され外部ユニットとの間でデータ伝送(及び電力供給)を行う情報処理回路とを有するデータキャリアにおいて、前記情報処理回路を含むICチップ上に絶縁層を形成し、前記絶縁層の上面に前記ICチップ内の配線パターンと接続された前記コイルを形成して、前記コイルを前記ICチップより小さくしたデータキャリアを構成要件としている点で一致しており」(決定書5頁32行〜37行)と認定し、相違点について、「(1)コイルの個数を、本件発明が1個しか設けていない(データ伝送用と電力供給用に共用している)のに対して、刊行物2記載の発明が2個設けている点、(2)情報処理回路として、本件発明が、データ伝送を行うデータ伝送手段と電源回路部を設けているのに対して、刊行物2記載の発明が「論理回路3a」としか明記しておらず、その構成内容を明記していない点、及び(3)データキャリアに、本件発明がデータを保持する不揮発性のメモリと、データ伝送手段より得られる信号に基づいてメモリに保持されたデータを読み出すメモリ制御手段を設けているのに対して、刊行物2記載の発明がそのようなメモリ及びメモリ制御手段を設けているかいないか明記していない点で相違する」(決定書5頁38行〜6頁8行)旨認定したうえ、本件発明は、 「刊行物2に記載された第2の発明において、(1)’前記コイルの個数を1個とし、(2)’前記情報処理回路として、データ伝送を行うデータ伝送手段と電源回路部を設け、(3)’前記データキャリアにデータを保持する不揮発性メモリと、前記データ伝送手段より得られる信号に基づいて前記メモリに保持されたデータを読み出すメモリ制御手段とを設けることにより、発明をすることができたもの」(同6頁9行〜14行)であり、(1)’に係る構成は周知であり、(2)’及び(3)’に係る構成は、刊行物1に記載されているので、刊行物2記載の発明において(1)’ないし(3)’の構成を採用して本件発明の構成に至ることは当業者が容易になし得たことである旨判断した。 しかし、決定の上記論理は、刊行物2に本件発明の技術思想が記載されており、 かつ、上記(1)’、(2)’及び(3)’に係る構成を刊行物2記載の技術に結びつけるヒントが刊行物2に記載ないし示唆されているという前提がなければ成り立たない。 この前提は、以下の理由により、本件発明と刊行物2記載の発明との間には成立しない。 ア まず、本件発明は、刊行物2及び1記載の発明とは目的が異なる。すなわち、本件発明の目的であるデータキャリアの小型化とは、識別対象物への取付面積の極小化である。これに対し、刊行物1記載の発明の目的は、「信頼性が低い点について解決した情報カードを提供する」(甲第3号証2頁右下欄末行〜3頁左上欄1行)ことにある。また、刊行物2記載の発明の目的は「小型かつ薄形でありながらも高効率でデータの送受信や電力の授受等を行うことができる非接触ICカード」(甲第4号証2頁左下欄13行〜15行)を提供することであり、「・・・特に薄形化が達成される」(同4頁右下欄18行)との記載からすると、主目的は薄形化である。そして、小型化とは非接触型ICカードとしての小型化の意味であるから、本件発明の目的である取付面積の小型化とは技術的意義が異なる。 結局、本件発明の目的(取付面積の小型化)は、刊行物1、刊行物2のどちらにも記載されていない。 イ また、データキャリアにおいてアンテナ用の1つのコイルが周知であるという点も立証されていない。決定が周知技術を示すものとして引用する甲第5号証(DE 3721822 C1公報)は、ICカードにおいて、一個のアンテナ用コイルを設けることが既に知られていることを示すにすぎず、識別対象物に取り付けて用いられるデータキャリアにおいてアンテナ用のコイルを1つとすることが周知であることを示すものではない。同様に、甲第6号証(特開昭62-129476号公報)もICカードに関するものにすぎない。 ウ さらに、刊行物1に(2)’及び(3)’の構成が記載されているから、これを刊行物2記載の発明に使用することにより本件発明に到達することができるという認定は、刊行物1にデータキャリアに関する発明が記載されていないから、誤りである。 エ 以上のように、刊行物2に記載の事項に、@データキャリアと情報カード、ICカードとが等価であること、A(1)’の構成の周知性、B刊行物1に(2)’及び(3)’の構成が記載されていること、という3段階にもわたる積み上げをしなければ本件発明に到達しないのであるから、本件発明は刊行物2及び刊行物1に基づき容易になし得たものではない。 |
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被告の反論の要点
1 取消事由1(刊行物1記載の発明の認定の誤り)に対して (1) 本件明細書の特許請求の範囲には、単に「データキャリア」とだけ記載されている。「データキャリア」は、文理解釈すると、単に「データを運ぶもの」を意味するだけである。しかも、当該技術分野において、「データキャリア」はデータを運ぶものという意味で広く使用されている用語であるから、原告主張のように「工作機の工具、工場における部品、製品の管理又は物流システム等の物品識別システムに用いられるもの」と用途を限定して解釈すべき理由はない。 (2) 原告は、「データキャリア」という用語は、乙第1号証(特開昭63-64200号公報)、第2号証(特開昭62-100887号公報)の用語例に見られるように多義的に用いられるものであるから、その意義は明細書の発明の詳細な説明を参酌して定めるべきであり、詳細な説明を参酌すれば、データキャリアは、「工作機の工具、工場における部品、製品の管理又は物流システム等の物品識別システムに用いられるもの」に限られると主張する。しかし、「データキャリア」は、「データを運ぶもの」という広い概念を表すものであるから、その概念に含まれるものとして、情報送受信兼保持装置、身分証明カード、銀行カード、クレジットカードなど多くの具体例を挙げることができるのは当然であって、多くの具体例を挙げることができるから概念自体が一義的でないということはできない。また、本件明細書にデータキャリアの用途が記載されていないからといって、データキャリアの「技術内容が一義的に理解できない」ということにもならない。原告の主張は、失当である。 2 取消事由2(刊行物2記載の発明の認定の誤り)に対して (1) データキャリアについて 原告は、刊行物2に記載されているのは非接触ICカードであり、「データキャリア」ではないと主張するが、非接触ICカードも「データを運ぶもの」であるから、「データキャリア」である。刊行物2に記載されている非接触ICカードが「データキャリア」と等価であるとした決定の認定に誤りはない。 (2) 絶縁層について 刊行物2には、論理回路とコイルパターンとの間に絶縁層を形成することは明示的には記載されていないが、コイルパターンを論理回路(3a)に重なるように形成することが記載されている。このような構成において、コイルパターンが論理回路と短絡することを防止するために、両者の間に絶縁層を設けていることは自明であるし、絶縁層を設けることが当業者の常識である。 したがって、刊行物2にはコイルパターンと論理回路との間に絶縁層を形成することが実質的に記載されているということができるから、決定の認定に誤りはない。 3 取消事由3(推考容易性の判断の誤り)に対して (1)「データキャリア」と刊行物1及び2に記載されたICカードとの間に実質的差異がないことは前記1及び2(1)のとおりであるから、刊行物1及び2に「データキャリア」が記載されているとした決定の認定に誤りはない。 (2) 決定の推考容易性の判断に誤りはない。 ア 本件発明の目的に関して、本件明細書の詳細な説明には、「データキャリアを小型化することができれば例えばプリント基板の製造工程等においてプリント基板のバージョンやプリント基板上に実装される部品の識別等を容易に行うことができ」(甲第2号証3欄2行〜5行)と記載されているのみであり、「小型化」が原告の主張するような「識別対象物への取付面積の小型化」であることの記載はない。本件発明の目的と刊行物2記載の発明の目的との間に共通性がないという原告主張は理由がない。 イ 甲第5号証には、集積回路の上にアンテナコイルを取り付けたチップカードが示されており、1つのアンテナコイルから信号とエネルギーを受け取ることが記載されている。また、甲第6号証には、CPU及びメモリを備えたICカードにおいて1つのコイルで電力と信号とを受けるものが記載されている。甲第5号証のチップカードや甲第6号証のICカードは、本件発明のデータキャリアと同一の技術分野に属するものである。このように、データキャリアの分野において、アンテナコイルの個数を1個としてデータ伝送用と電力供給用に共用することは、周知技術である。 ウ 刊行物1に記載された情報カードは、データキャリアといい得るものであるから、刊行物1にデータキャリアに関して、決定にいう(1)’及び(2)’の構成(決定書6頁9行から4行)が記載されているとした決定の認定に誤りはない。 エ 以上のとおりであるから、刊行物2記載の発明において、アンテナコイルの個数を周知技術のように1個とし、刊行物1に記載された(1)’(2)’の構成を採用して、本件発明に至ることは容易であり、「三段階にわたって積み上げなければ本件発明に到達しない」から本件発明は容易に想到し得たものではない旨の原告主張は、理由がない。 |
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当裁判所の判断
1 データキャリアについて 原告は、本件発明の「データキャリア」は、工具、部品、製品等の物品を識別して管理するためのもので、ユーザーが所持ないし携帯して用いることはなく、元来、非接触型のものであるところ、そのような「データキャリア」の発明は刊行物1、2に記載されていないと主張する。そこで、まず、原告主張の取消事由1(刊行物1の認定の誤り)及び取消事由2(刊行物2の認定の誤り)とに関して問題となる「データキャリア」の意味について検討する。 (1) 甲第2号証(本件特許公報)及び甲第7号証(訂正請求書)によれば、 本件明細書の発明の詳細な説明欄に、 「〔従来の技術〕従来工作機の工具の管理や工場における組立搬送ラインでの部品、製品の識別等を機械化するためには、工具、部品、製品等の種々の物品を識別して管理するシステムが必要となる。そこで、特開平1-151832号のように識別対象物にメモリを有するデータキャリアを設け、外部からデータ転送によってデータキャリアのメモリに必要な情報を書込んでおき、必要に応じてその情報を読出すようにした物品識別システムが提案されている。従来の物品識別システムでは、データキャリアと書込/読出制御ユニットとの間は電磁結合によって各々コイルを用いてデータ伝送及び電力伝送を行っている。」(甲第2号証2欄2行〜13行)との記載、 「〔発明が解決しようとする課題〕しかるにこのような従来の物品識別システムにおいては、データキャリアはできるだけ小型化することが要求される。・・・本発明は、・・・データキャリアとデータキャリア内の電子回路とを一体化して小型化できるようにすることを技術的課題とする。」(同2欄14行〜3欄14行)との記載、 「〔課題を解決するための手段〕」(甲第7号証2頁下から6行から3頁3行)に請求項1と同旨の記載、及び「〔作用〕このような特徴を有する本発明によれば、データキャリアのデータ伝送手段をIC化し、その上面に絶縁層を介してコイルを形成しており、その上面よりリードライトヘッドを近接させることによってデータキャリア内のメモリに必要なデータを書込み又は読出すようにしている。」(甲第2号証3欄24行〜30行)との記載が認められる。 これらの本件明細書中の記載は、工場における組立搬送ライン等において種々の物品を識別して管理するために、「データキャリア」を用いて物品の識別をするようにしたシステム(物品識別システム)が従来技術として存在することを説明したうえ、そこで使用される「データキャリア」について、「データキャリアとデータキャリア内の電子回路とを一体化して小型化できるようにする」ことを本件発明の技術的課題として掲げ、その解決手段及び作用を説明しているものと認められるが、それら一連の説明の中で、「データキャリア」という語を、何ら定義したり説明を加えたりすることなく用いていることからすると、本件明細書においては、 「データキャリア」という語が広く使われている技術用語であることを当然の前提とした上で、従来使われている「データキャリア」の語と同様の意味で「データキャリア」の語を用い、「データキャリア」を物品識別システムに用いる場合の「小型化」の要請に対応するための解決手段を提示しているものと解される。 (2) そこで、技術用語としての「データキャリア」が従来どのように使われているかを見ると、次の@ないしCのような用例が認められる。 @ 乙第1号証(特開昭63-64200号公報): 「送信アンテナおよび受信アンテナを含む送受信設備とメモリを内蔵すると共に、そのメモリ内容の表示部を備え、受信アンテナを介して取り込んだ情報を前記メモリに貯え、前記メモリから読み出した内容を前記表示部に表示すると共に送信アンテナを介して送信することを可能にした携帯型の情報送受信兼保持装置(以下、データキャリアと言う。)を用意し、駐車場に入場せんとする車両に対して該データキャリアを交付するようにする」(同号証2頁右上欄15行〜左下欄3行) A 乙第2号証(特開昭62-100887号公報): 「本発明は、半導体データキャリアに関し、特に詳しくいえば、身分証明カード、銀行カード、クレジットカードなどのようなデータカードとして、また、生化学分析などにおけるサンプルを同定するデータラベルとして、その他2進データの形で各種データを保持するメモリとして使用される半導体データキャリアと、このデータキャリアに対するデータの書き込みおよび読み出し方式に関する。」(1頁右欄9行〜17行)、 「(従来技術の説明)半導体メモリを使用したデータキャリアとしては、種々の形式が知られているが、データのリードライト方式から見ると、接触型と非接触型とがあり、後者の非接触型には高周波結合型、・・・が知られている。また、電源方式から区別すれば、・・・とがある。使用する半導体メモリの種類としては、ROMからPROM、そして最近ではEPROMかやEEPROMも知られている。この分野の最近の動きを示す代表的な例は次のとおりである。」(1頁右欄18行〜2頁左上欄10行)、「(発明の作用効果)本発明によるデータキャリアは動作電源を必要とせず、またCPUも必要とせず、その構成は小形薄型コイルとICチップ、それと場合によってはRAMデータ内データ保持用のバックアップ用電池だけであるから、その形状は指定が少ない。・・・また、非接触でデータの受け渡しを行うことが可能なため、・・・。また、・・・コンパクトで人が携帯することもできる。これによりデータキャリアは、ものに対してメモリを取付けることができるから、センサなどを介して、取付けたものの識別や状態を記録したりでき、その応用は各ユーザーのニーズによって与えられるものである。」(6頁左下欄11行〜右下欄8行) B 甲第15号証(特開昭63-57154号公報): 「11は、各製品材料2に付帯せしめられているデータキャリア(後述するが、送信アンテナおよび受信アンテナを含む送受信設備とメモリを内蔵しており、固定無線局より送信されてきたデータを受信してそのメモリに記憶し、また該メモリから読み出したデータを固定無線局に対して送信することの出来る携帯可能な装置)、・・・、である。」(3頁右上欄10行〜18行) C 甲第16号証(特開平2-235104号公報): 「ワーク6に関する情報を格納しているデータキャリア5がワーク6の移動に伴い所定の位置に到達すると、リード・ライトヘッド4は、データキャリア5内のデータを非接触通信により読取を開始する。」(同号証2頁右下欄11行〜15行) (3) これらの用語例を検討すると、「データキャリア」とは、その文字どおり、「データを保持し運ぶ(carry)ことのできるもの」を意味して使用されているものと認められ、また、「データキャリア」と呼ばれているものの中には、形態、データの読み書き方式、メモリの種類、用途等の点で他種多様なものが含まれていることが分かる。技術用語としての「データキャリア」が、その形態、 方式、用途等を問わず、広く「データを保持し運ぶ(carry)ことのできるもの」を意味して用いられる広義の概念であることは、例えば、乙第1号証において、駐車場に入場しようとする車両に対して交付する情報送受信兼保持装置を「データキャリア」と呼んでいること、乙第2号証では、身分証明カード、銀行カード、クレジットカード等のユーザー(人)が携帯して用いるものを「データキャリア」と呼んでいること(乙第2号証1頁右欄9行〜17行)、さらに、乙第2号証の従来技術の説明の項に、「半導体メモリを使用したデータキャリアとしては、種々の形式が知られている」との説明に続けて(同1頁右欄19、20行)、データキャリアの種々の形式として、人が携帯するもの(例えば、カード)と物に付けられるもの(例えば、データラベル)、データの読み書き方式において接触型のものと非接触型のものなどを挙げていることに表れている。 (4) 以上認定したところによれば、各種のデータを記憶(保持)し運ぶことのできる機能を持ち、そのためのデータ送受信用アンテナ(アンテナ用コイル)、 データ伝送手段、メモリ、メモリ制御手段等を具備したものが「データキャリア」に当たることは明らかであり、刊行物1、2に記載された情報カードやICカードが「データキャリア」の一形態であることもまた明白であるというべきである。 したがって、刊行物1及び刊行物2には「データキャリア」が記載されており、 本件発明と引用例1、2の各発明とは「データキャリア」である点において等価であるとした決定の認定に誤りはない。 なお、原告は、決定において「上記発明(刊行物2記載の発明)の「非接触型ICカード」は本件特許発明の「データキャリア」と等価であり」との表現がされていることを捉えて、「等価」の意味内容がはっきりしないというが、決定にいう「等価」とは、刊行物2の「非接触型ICカード」が「データを保持し運ぶことができるもの」という点において本件発明の「データキャリア」と共通する機能、構造を有すること、言い換えれば両者が概念の内包において一致することを言い表したものと解されるのであり(このことは「等価である」旨の記載の前後の文脈に照らして明らかである。)、結局、両者が同一であるという趣旨(通常の用語例により表現するなら、非接触型ICカードは「データキャリア」に相当する、というのと同旨)であるから、この点に関する原告の主張は当を得ないものというべきである。 (5) 原告は、「データキャリア」について、本件明細書には物品識別システムに用いられる非カード型、非接触型の「データキャリア」しか開示されていないことを理由として、本件発明の「データキャリア」は、@ユーザーが所持ないし携帯して用いるものや非接触型のものは含まず、また、A物品を識別管理するためのものに限定された意味であると主張する。 しかし、本件明細書(甲第2、第7号証)には、特許請求の範囲及び課題を解決するための手段の欄に、「アンテナ用の1つのコイルと、前記コイルに接続され外部ユニットとの間でデータ伝送を行う伝送手段と、データを保持する不揮発性のメモリと、データ伝送手段より得られる信号に基づいてメモリに保持されたデータを読出すメモリ制御手段とを有するデータキャリアであって」(甲第7号証)と記載されており、それ以外の箇所の全記載を検討しても、本件明細書中で用いられている「データキャリア」の語に一般の用語例と異なる特別の意味が付与されていることや「データキャリア」の概念に用途や形態による制限が内在していることを示唆する記載を見いだすことはできない。 また、原告は、「データキャリア」の語は多義的であるから、その意味は、本件明細書の詳細な説明記載を参酌して解釈すべきであると主張するが、前示のとおり、既存の技術用語としての「データキャリア」は、その方式、形態、用途等を問わず、広くデータを保持し運ぶことのできる機能を持ち、そのためのデータ伝送手段、メモリその他の手段を具備したものを指して用いられる広い概念と解されるものであるから、その広い概念に含まれる個々の具体例の中に、データの読み取り・書き込みの方式や使用形態(人が携帯するか物に付属せしめられるか等)において異なる種々のものが存在し得ることは当然であり、異なる形態の具体例があるという理由によって「データキャリア」の概念自体が多義的あるいは不明確であるということはできない。したがって、「データキャリア」の技術的意義が明確でないから本件発明の「データキャリア」は本件明細書中に具体例としてあげられた物品識別の用途に用いられるものに限定して解釈すべきであるという原告の主張は、立論の前提を欠くものであり、理由がない。 2 刊行物1記載の発明について 上記1に認定したデータキャリアの意味を前提として、刊行物1の記載事項について検討する。 (1) 甲第3号証によれば、刊行物1に、 「(A)第7〜第9図の磁気結合給電・磁気結合送受信方式の情報カード 第7図は回路構成ブロック図である。第4図と異なる点は、電気信号/伝送信号変換器14,27,及び伝送信号/電気信号変換器15,24を磁気結合方式にしたことである。 すなわち、各電気信号/伝送信号変化器(注、変換器の誤記)14,27はそれぞれ変調回路14ー11、27ー11、増幅回路14-12、27-12、及び磁気結合コイル14-13、27-13で構成され、また各伝送信号/電気信号変換器15,24はそれぞれ磁気結合コイル15-11、24-11及び復調回路15-12、24-12で構成されている。これらの回路24-12、27-11を含む電源回路27、メモリ制御回路25、及びメモリ26はIC30-2で構成されている。」(5頁左上欄2行から16行)との記載、及び「情報カード2では、外部装置に差し込む」(2頁右下欄6、7行)との記載が認められる。 上記記載における磁気結合コイルがアンテナの作用をし、データ伝送が電気信号/伝送信号変換器により行われることは明らかである。また、この情報カードは、 「外部装置に差し込む」ことにより使用するのであるから、携帯可能なものであると認められる。 してみると、刊行物1の「情報カード」は、本件発明の「データキャリア」と同様に、「アンテナ用コイル」、「データ伝送手段」、「メモリ」、「メモリ制御手段」を具備した構造を持ち、しかも小型で携帯可能であって、各種のデータを記憶(保持)し運ぶことのできるものであるから、「データキャリア」に当たるということができる。 したがって、決定が、刊行物1の「情報カード」が本件発明のデータキャリアと等価(実質的に同一)であるとした認定に誤りがあるとは認められない。 3 取消事由2(刊行物2の認定の誤り)について (1) データキャリアについて 甲第4号証よれば、刊行物2には、実施例欄に、 「ここで、カードリーダライタ(9)のカードリーダライタ本体(13)内にはICカード(1)のチップ(3)と同様の構造を有するICチップ(14)が埋設されている。このICチップ(14)内には、データ入出力及び電力供給の機能を司る論理回路(15)が形成されると共に、ICカードのICチップの電磁コイル(4)及び(5)にそれぞれ対応して電力供給用電磁コイル(10)及びデータ送受信用電磁コイル(11)が形成されている。」(3頁左下欄3行〜12行)、「このようにして論理回路(3a)を作動させた後、カードリーダライタ(9)のデータ送受信用コイル(11)とICカード(1)の電磁コイル(5)との電磁結合を用いてデータの送受信を行う。すなわち、論理回路(15)の作動によりカードリーダライタ(9)の電磁コイル(11)に変換電流を流すと、ICカード(1)の電磁コイル(5)に誘起電力が生じてこれによりカードリーダライタ(9)からICカード(1)へのデータ伝送が行われる。逆に論理回路(3a)の作動によりICカード(1)の電磁コイル(5)に交流電流を流すと、カードリーダライタ(9)の電磁コイル(11)に誘起電力が生じてこれによりICカード(1)からカードリーダライタ(9)へのデータ伝送が行われる。」(3頁右下欄14行〜4頁左上欄7行)との記載が認められる。 上記実施例のものにおいて、電磁コイルがアンテナの作用を行うこと、及びデータ伝送が論理回路により行われることは自明である。さらに、「ICカード」から、又は「ICカード」へと、データが伝送されるのであるから、ICカードには伝送されるべきデータ保持手段、すなわち、メモリ手段及びメモリのアドレス等の管理手段が具備されていることは、当業者にとって技術常識である。 してみると、刊行物2に記載された「ICカード」は、本件発明の「データキャリア」と同様に、「アンテナ用コイル」、「データ伝送手段」、「メモリ」、「メモリ制御手段」を具備した構造を持ち、しかも小型で携帯可能なものであって、データを保持し運ぶことのできる機能を持ったものであるから、決定が、刊行物2の「非接触型ICカード」を本件発明の「データキャリア」と等価である(データキャリアに相当する。)と認定したことに誤りがあるとは認められない。 (2) 「絶縁層」について 甲第4号証によれば、刊行物2には第3実施例について、「また、第5図及び第6図に示す如く、電磁コイルの一部あるいは全部を論理回路(3a)に重なるように形成すれば、よりICチップ(3)の集積度が向上して小型のICカード(1)を実現することができる。なお、第5図及び第6図にはデータ送受信用の電磁コイル(5)のみを有するICチップ(3)が示されているが、電力供給用の電磁コイル(4)も同様に論理回路(3a)に重ねて形成することができる」(同号証4頁左下欄15行〜右上欄3行)として、ICカードにおいて電磁コイルと論理回路を重ねることが記載されている。 複数の電気回路を重ねて形成する場合、当該回路相互の接触を防止するために当該回路間に絶縁層を介在させることは電気回路の常識である。 してみると、電気回路を重ねる旨の記載に接した当業者は、電気回路間の絶縁層の介在を当然想起するものであるから、電磁コイルを論理回路(3a)に重ねて形成する際、その間に絶縁層を形成することは、当業者に自明であるというべきである。 したがって、刊行物2には絶縁層を形成することが記載されている旨認定した決定は正当であり、その認定に誤りがあるとは認められない。 (3) 以上認定の事実によれば、本件発明と刊行物2記載の発明とは、「アンテナ用のコイルと、前記コイルに接続され外部ユニットとの間でデータ伝送(及び電力供給)を行う情報処理回路とを有するデータキャリアにおいて、前記情報処理回路を含むICチップ上に絶縁層を形成し、前記絶縁層の上面に前記ICチップ内の配線パターンと接続された前記コイルを形成し、前記コイルを前記チップより小さくしたデータキャリア」という点で一致していると認められ、これと同旨の決定の認定に誤りがあるということはできない。 したがって、原告主張の取消事由2は、理由がない。 4 取消事由3(推考容易性の判断の誤り)について (1) 本件発明が刊行物2記載の発明及び周知技術から想到容易なものではないとする原告主張は、@刊行物1、2のいずれにも「データキャリア」に関する発明は記載されていない、A本件発明と刊行物1、2に記載の各発明とは目的が相違する、Bアンテナ用のコイルを1個とすることは周知技術ではない、C刊行物2記載の発明に刊行物1の記載事項及びアンテナの個数を1個とすることを結びつける動機付けが存在しない、という4点に要約することができる。 なお、原告は、決定の認定した本件発明と刊行物2記載の発明との相違点(2)に係る構成(2)’及び相違点(3)に係る構成(3)’が刊行物1に記載されていること自体は争っていない(弁論の全趣旨。原告は、刊行物1には「データキャリア」が記載されていないと主張することによって、刊行物1に記載された(1)’、(2)’の各構成が「データキャリア」における構成ではないというようであるが、この点については、前記2において、刊行物1の情報カードが「データキャリア」に該当するものであることを既に判断したところである。)。 以下、原告主張の上記各点について検討する。 ア @(データキャリア)について 刊行物2に「データキャリア」が記載されていることは前示のとおりであるから、この点に関する原告の主張は失当である。 イ A(目的の相違)について 前記1(1)で認定したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、[発明が解決しようとする課題]欄に、「しかるにこのような従来の物品識別システムにおいては、データキャリアはできるだけ小型化することが要求される。・・・本発明は、このような従来のデータキャリアの問題点に鑑みてなされたものであって、データキャリアとデータキャリア内の電子回路とを一体化して小型化できるようにすることを技術課題とする。」(甲第2号証2欄末行〜3欄14行)と記載され、また、[発明の効果]欄に「以上詳細に説明したように本発明によれば、データキャリアのコイル部がデータ伝送・電源回路部と一体に形成されるため、極めて小型のデータキャリアを実現することができる。さらにコイル部の組立や電子回路との接続が不要となり、低価格化が可能となる。・・・。この場合にはデータキャリアを超小型化することができ、低価格化も可能となる。」(同4欄28行〜37行)と記載されている。 他方、甲第4号証によれば、刊行物2には、[発明が解決しようとする課題]欄に、「従来ICカード(1)の電磁コイル(4)及び(5)は・・・電磁コイル(4)及び(5)が大型化し、ひいてはカード全体が大型化するという問題点があった。・・・また、 プリント基板(2)上にICチップを搭載していたので、ICカード(1)が厚くなり、 カード本来の目的である薄形化の妨げとなっていた。この発明は、このような問題点を解消するためになされたもので、小型且つ薄形でありながらも高効率でデータの送受信や電力の授受等を行うことができる非接触型ICカード及びこのようなICカードを適用することができる非接触型カードリーダライタを提供することを目的とする。」(2頁右上欄14行〜左下欄17行)と記載され、[発明の効果]欄に、「非接触型ICカードの大幅な小型化、特に薄形化が達成される。また、従来用いられていたプリント基板等は不要になり部品点数が削減されるので少なく、安価な非接触型ICカードを実現できるという効果がある」(4頁右下欄、下から4行〜5頁左上欄2行)と記載されていることが認められる。 両者を比較すると、本件発明も刊行物2記載の発明もデータキャリアの「小型化」を目的とすることにおいて共通しており、しかも、刊行物2において従来技術につき問題点として指摘された電磁コイルの大型化によるカード全体の大型化とは「面積の大型化」を意味しているから、刊行物2記載の発明が面積の小型化をも目的としていることは明らかである。よって、両者の目的に差異があるとは認められない。 原告は、本件発明の目的は、物品識別装置に使用するデータキャリアにおける「識別対象物への取付面積の小型化」にあり、他方、刊行物2にいう「小型化」とは情報カードの小型化すなわち「薄形化」であるから、両者は「小型化」といっても技術的意義が異なる旨主張する。しかし、本件明細書には、コイル部とデータ伝送・電源回路部を一体化することでデータキャリアを「小型化」することができる旨説明されているにとどまり、本件発明の目的が「識別対象物への取付面積の小型化」にある旨の記載はない。一方、刊行物2記載の発明の目的とする「小型化」が面積の小型化も含むことは前示のとおりである。したがって、「物品識別システムにおけるデータキャリア」と「情報カード」とで「小型化」の技術的意義が截然と区別されると考えるべき理由は何ら見当たらないのであって、刊行物2の発明が本件発明とは目的が異なるとの理由に基づく原告の想到非容易の主張は採用することができない。 ウ B(アンテナ用コイルを1個とすることの周知性)について 甲第5号証によれば、1988年(昭和63年)11月10日発行のドイツ共和国特許公報DE-3721822-C1号(発明の名称:チップカード)の要約欄には、「非接触式電磁気的エネルギ伝達装置および/あるいは信号伝達装置を介して別の定置式装置と協働し、かつ少なくとも1つの集積回路と、および該集積回路と結合されたアンテナコイルとを含んでいるところのチップカード」と記載され、 図面を参照すると、1つのアンテナコイルから信号とエネルギーを受けるものであることが記載されていると認められる。そして、チップカードはアンテナを介して信号伝達するものであるから、伝送手段及び伝達される信号をチップカード内に保持する保持手段を具備することは明らかである。 また、甲第6号証によれば、特開昭62-129476号公報(昭和62年 6月11日発行)には、CPU及びメモりを備えたICカードにおいて、1つのコイルで電力と信号を受けるものが記載されている。これら甲第5号証のチップカードや甲第6号証のICカードは、本件発明のデータキャリアと同一の技術分野に属するものである。 以上認定の事実によれば、「データキャリア」の分野において、アンテナ用のコイルの個数を1個としてデータ伝送用と電力供給用に共用する技術は、甲第5、第6号証の公知刊行物に記載されているものであるから、決定が認定したとおり、刊行物2記載の発明においてアンテナ用のコイルの個数を1個として本件発明のようにすることは、当業者が容易になし得たことと認められる。 原告は、前記コイルを1個とすることは周知技術ではないと主張するが、昭和62年に公開公報が発行された甲第6号証記載の発明において既に1つのコイルをデータ伝送用と電力供給用に共用するようにしたICカードが採用されていることからすると、アンテナ用コイルの数を1個とすることは周知の技術であったと一応推認することができ、仮に周知ではないとしても、コイルの個数を1個としてデータ伝送用と電力供給用に共用する甲第5、第6号証の技術を刊行物2記載の発明に適用することを妨げる事情があるとは認められないから、刊行物2記載の発明においてアンテナ用のコイルの個数を1個とすることは当業者が容易に想到し得たことであるとした決定の認定は、結局正当なものとして、これを是認することができる。 したがって、コイルを1個とする構成が周知でないことを理由とする原告の想到非容易の主張は採用することができない。 エ C(動機付けの不存在等)について 刊行物2に「この状態でカードリーダライタ(9)の論理回路(15)の作動により電力供給用の電磁コイル(10)に交流電流を流すと、この電磁コイル(10)と電磁結合するICカード(1)の電磁コイル(4)に誘導起電力が生じ、交流の誘導電流が流れる。この誘起電流を論理回路(3a)内の整流回路により整流に変換して論理回路(3a)の電源用電力とする。」(甲第4号証3頁右下欄7〜13行)と記載されているように、刊行物2に記載される「データキャリア」は電源を要し、当該電源を利用し論理回路によってデータ伝送を行うものである。 そして、このような装置において、データキャリアの小型化等の目的に即して、 電源、アンテナコイルの数、メモリ等を適宜選択する必要性は充分考えられるところであるから、当該アンテナの数、不揮発性メモリ等が記載された刊行物1を適用する動機が存在することは明らかであり、適用することが困難であるとは認められない。 また、コイルの個数を1個とすることは、前記のとおり既存の技術であり、刊行物2記載の発明において、コイルを1個とする構成を採用することに、技術的困難があるとも認められない。 したがって、本件発明が刊行物2記載の発明に基づき刊行物1記載の発明を用いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはない。 5 結論 以上のとおり、原告主張の取消事由1ないし3はいずれも理由がないから、本訴請求は、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 田中昌利 |