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関連審決 審判1994-19733 審判1998-39035
関連ワード 発明者 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  遡及 /  分割出願 /  実施 /  侵害 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 256号 審決取消請求事件
原告 三菱マテリアル株式会社
訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣
訴訟代理人弁理士 富田和夫
同 鴨井久太郎
同 檜山典子
被告 住友電気工業株式会社
訴訟代理人弁護士 久保田穣
同 増井和夫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/06/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成6年審判第19733号事件について平成12年6月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
当事者が求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、発明の名称を「高硬度工具用焼結体およびその製造法」とする特許第1400032号(本件特許)の特許権者である。
本件特許に係る発明は、昭和51年12月21日に出願された特願昭51-154570号(原出願)の一部を新たな特許出願として昭和56年3月16日に出願(分割出願)され、昭和57年10月22日に特公昭57-49621号として出願公告され、昭和62年9月28日にその特許権の設定登録がなされたものである。
原告は、平成6年11月24日、被告を被請求人として、特許庁に対し、本件特許につき無効審判を請求した。特許庁は、この請求を平成6年審判第19733号事件として審理し、平成9年5月16日に「本件発明の明細書の特許請求の範囲第1項、第5項ないし第7項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決(第1次審決)をした。
これに対して、被告は、第1次審決の取消しを求める審決取消訴訟(平成9年(行ケ)第158号)を提起するとともに、訂正審判(平成10年審判第39035号)を請求した。その後、この訂正審判請求について、平成10年12月2日に「特許第1400032号発明の明細書および図面を本件審判請求書に添付された訂正明細書及び図面のとおり訂正することを認める。」との審決(平成10年12月24日確定)がされ、前記審決取消訴訟において、平成11年3月3日、「特許庁が平成6年審判第19733号事件について平成9年5月16日にした審決を取り消す。」との判決があった。
原告は、特許庁における無効審判(平成6年審判第19733号)の再度の審理手続において、請求の趣旨は「特許第1400032号の明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許は、これを無効とする。」である旨陳述し(平成12年2月16日口頭審理)、特許庁は、この陳述に基づき訂正後の特許請求の範囲第1項に記載された発明について審理したうえ、平成12年6月7日に「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(第2次審決。以下、単に「審決」という。)をし、その謄本を平成12年6月27日に原告に送達した。
2 訂正後の明細書の特許請求の範囲第1項の記載(以下、この発明を「本件発明」という。) 立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し残部が周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体を第1の結合相とし、Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第2の結合相として、該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、前記周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であることを特徴とする高硬度工具用焼結体。
3 審決の理由の要点 審決の理由は、別紙の審決書の理由写し(以下「審決書」という。)のとおりである。その要点は、原告(請求人)は本件出願が原出願の適法な分割出願とはいえないから出願日の遡及は認められないと主張するが、本件発明は、原出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「原出願当初明細書」という。)に記載された発明と認められるから、本件出願は特許法44条1項の規定に適合する適法な分割出願であって、その出願日は原出願の出願日である昭和51年12月21日とみなされるところ、原告が本件発明の新規性欠如を理由づける証拠として提出した特開昭53-77811号公報(原出願の公開特許公報:審判甲第1号証、本訴甲第3号証)及び特開昭55-31517号公報(審判甲第3号証)は、いずれも本件出願の後に頒布された刊行物であるから、それらの内容につき検討するまでもなく、本件発明が特許法29条1項3号に該当するということはできず、原告の主張する理由及び証拠によっては本件特許を無効とすることはできない、というものである。
原告主張の審決取消事由
審決は、以下の1ないし3の点について認定を誤り、本件発明が原出願当初明細書に記載されていたとする誤りを冒した結果、本件発明の出願日は原出願の出願日である昭和51年12月21日とみなされるとして、出願日の認定を誤ったものである。この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取り消されるべきである。
1 「Al化合物」について 本件発明の第2の結合相成分として特許請求の範囲第1項に規定された「Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」は、原出願当初明細書に結合相成分として記載されていなかったAl化合物を含むことになるから、本件発明は、少なくともその一部に原出願当初明細書に記載されていなかった発明を包含する。この点を反対に解した審決は、誤りである。
(1) 審決は、「本件特許請求の範囲第1項に記載された「Al化合物」は、焼結体中に生成した化合物を原材料化合物を特定することによって特定したものに相当する」(審決書9頁6行〜9行)との認定を前提に、原出願当初明細書の実施例に特定の焼結条件下で作成されたAl化合物の具体例が記載されていることを根拠として、本件発明の「Al化合物」は原出願当初明細書に記載されていると認定した。
(2) しかしながら、「焼結体の原料粉末は、焼結条件に応じた焼結反応を生じ、焼結前の原料粉末における化合物形態を必ずしも維持するものでないことは当業者の技術常識」(審決書8頁37行〜9頁1行)であるところ、本件発明の焼結体は、何ら焼結条件を特定していない。
そうすると、本件発明の「Al化合物」が特許請求の範囲において特定された原料化合物から「得られる」Al化合物であるという審決の前記認定を前提とする限り、
出発原料を同一として、原出願当初明細書に具体例として記載された焼結条件以外の焼結条件で焼結体が作成され、原出願当初明細書に具体的に開示されたA?化合物とは異なる化合物が得られた場合にも、それは、特許請求の範囲において特定された原料化合物から「得られる」A?化合物であるから、本件発明の第2の結合相をなす「Al化合物」たり得ることになる。
このことは、それだけでも、本件発明が原出願当初明細書に記載されていなかった発明を包含していることを意味する。
(3) 本件発明が原出願当初明細書に記載されていなかった発明を包含することは、被告が別件の侵害訴訟において、原出願当初明細書に記載されていないAl2O 3が本件発明の第2の結合相をなす化合物に該当すると主張していたことからも明らかである。
2 結合相中の第2の結合相の存在形態について 原出願当初明細書は、結合相について、第2の結合相が第1の結合相中に「分散相」として存在する場合、すなわち、第1の結合相のみで「連続」し、第2の結合相が第1の結合相の連続を阻害しないような態様で存在する場合のみを開示し、これ以外の第2の結合相の存在態様は開示していない。これに対し、本件発明は、第1の結合相と第2の結合相の関係について、「該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし」と規定するのみであるから、第1の結合相と第2の結合相がそれぞれ非連続ではあるが全体としてみれば連続している場合も含むことになり、第1の結合相が連続した中に第2の結合相が分散している場合だけを記載した原出願当初明細書に記載のない発明を包含することになる。
(1) 本件発明における第1の結合相と第2の結合相とを合わせた「結合相」に対応するものは、原出願当初明細書においては、その特許請求の範囲第1項に、
「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体を主体としたものからなり、この化合物が焼結体組織中で連続した結合相をなす」と記載されていたものである。
しかるに、原出願の審査において、審査官から「主体とした」という以上は、
「第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体」(以下、「耐熱性化合物」ということがある。)以外のものを含む趣旨であると解釈できるから、その点を明らかにすべきであるとの指摘を受け、その機会に本件特許出願が分割出願された。
このことからも分かるとおり、原出願当初明細書に記載されていたのは、「第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体を主体としたものからなる」結合相(耐熱性化合物を主体としたものからなる結合相)に限られる。
そこで、「・・・を主体としたものからなる」結合相であって、それ以外の成分を含む結合相として、原出願当初明細書に何が開示されていたかをみると、原出願当初明細書には、実施例4について「焼結体を、・・・X線回析により結合相の状態を調べたところ、Hの焼結体は結合相がTiNを主体とし、小量のTi2AlN,TiAl,TiAl3と思われる化合物からなっており、Iの焼結体はTiN以外にTi2NiもしくはTiNi化合物が小量結合相中に分散していった。」(甲第3号証6頁左上欄下から9行〜5行)との記載があるのみである。この記載は、原出願当初明細書における「・・・を主体としたものからなる」結合相が、「第4a、
5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体」(耐熱性化合物)からなる結合相中にそれ以外の成分が分散しているものを意味していたことを示している。
そうすると、結局、原出願当初明細書は、「・・・を主体としたものからなる結合相」、すなわち、本件発明の第1の結合相に当たる耐熱性化合物相が連続し、その中に本件発明の第2の結合相に相当する成分が分散相として存在する形態のものしか開示していないのである。
これに対し、本件発明は、前述のとおり、「該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし」とのみ規定しているから、文理上、第1の結合相と第2の結合相がそれぞれ非連続ではあるが結合相全体としてみれば連続している場合(言い換えれば、第2の結合相が第1の結合相の連続を阻害する態様の発明)を含むものであり、例えば結合相中に占める「第1の結合相」の体積割合が50%、
「第2の結合相」の体積割合が50%というような焼結体を包含する。このような態様のものを含む本件発明は、第1の結合相の連続を阻害しない第2の結合相の存在態様(第2の結合相が分散相として存在するもの)しか開示していない原出願当初明細書の記載の範囲を超えるものであり、原出願になかった発明を包含するものである。
3 第1の結合相の体積割合 審決は、「本件発明の『第1の結合相が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であること』との記載は、原出願明細書に開示されていた第1の結合相の体積割合を、単に数値をもって表現したにすぎず」(審決書14頁26行〜28行)と認定しているが、以下に述べるとおり誤りである。
(1) 審決は、上記認定の根拠として、原出願当初明細書の「本発明による焼結体ではCBNの結合体として前記した耐熱性化合物を用いるものであるが、更に必要により耐熱性化合物以外のNi,Co,Fe等の金属相を第3相として含むものであっても良い。但し結合相の主となる成分は耐熱性化合物相でありこれ等金属相は焼結体中の体積比で耐熱性化合物相の量以下とする必要がある。」(甲第3号証4頁右上欄9行〜15行)という記載(審決摘示の記載事項(イ)、審決書6頁26行〜31行参照)を挙げる(審決書14頁14行〜25行)。しかし、これは原出願当初明細書に記載された内容を誤解したものである。
すなわち、先に2で述べたように、本件発明における第1の結合相と第2の結合相とを合わせた「結合相」に対応するものは、原出願当初明細書においては、
「・・(耐熱性化合物)・・を主体としたものからなる」結合相であり、原出願当初明細書は、第1の結合相と第2の結合相を区別することなく、これらを合わせて「主体としたもの」と記載していたのである。原出願当初明細書には、どこにも、
「第1の結合相」、「第2の結合相」という表現はない。
したがって、原出願当初明細書の上記記載事項(イ)において、「第3相」というのは、「結合相」における「第3相」という意味ではなく、CBN相である「第1相」、「・・・を主体としたものからなる」結合相(耐熱性化合物相)である「第2相」に対して、耐熱性化合物以外の「Ni、Co、Fe等の金属相」を「第3(の)相」と記載したものである。
以上のとおりであるから、原出願当初明細書には、本件発明にいう「結合相」における「第1の結合相」と「第2の結合相」との体積割合に関する記載は一切ないのである。しかも、原出願当初明細書では、特許請求の範囲第1項にある「・・(耐熱性化合物)・・を主体とした結合相」という表現により、「耐熱性化合物以外の化合物からなる結合相」が「耐熱性化合物からなる結合相」に比べてはるかに少ないことが記載されていたのである。したがって、結合相における「第1の結合相」の体積割合が50%、「第2の結合相」の体積割合が50%というような焼結体(特許請求の範囲の記載によれば、このような焼結体も本件発明の焼結体に含まれる。)は、原出願当初明細書には記載されていないことが明らかである。
(2) このことは、実施例の検討からも明らかである。
原出願当初明細書において、アルミニウムを含む実施例は、実施例4の焼結体H、実施例5及び実施例6である。これらの実施例における「耐熱性化合物」に対するアルミニウムの量は、
実施例4H 耐熱性化合物 35体積%(全体に対して) Al2O 3 5体積%(同上) 実施例5 耐熱性化合物 90重量%(結合相中) Al 10重量%(同上) 実施例6 耐熱性化合物 100% Al 2重量%(耐熱性化合物に対して)であり、「・・・を主体とした結合相」(耐熱性化合物相)に対して、Alの量ははるかに少ない。すなわち、焼結体中で耐熱性化合物からなる第1の結合相の占める体積よりもアルミニウム化合物(第2の結合相)が占める体積は、はるかに小さいのである。
したがって、連続した「結合相」において、「第1の結合相」の体積割合が50%、「第2の結合相」の体積割合が50%というような発明は、原出願当初明細書には記載されていないことが明らかである。
4 以上のとおり、本件発明は、原出願当初明細書に記載されていなかった発明を包含するものであり、審決は本件発明の分割出願の適否の判断を誤った違法があるから、その取消しを求める。
被告の反論
原告の主張に理由はなく、審決に誤りはない。
1 「Al化合物」に関する主張に対して (1) 原告の主張は、原出願当初明細書に記載された発明とは、それに記載された実施例によって得られる焼結体のみに限られるとの解釈を前提としているようである。しかし、原出願当初明細書に開示された発明とは、一般的説明も含めた原出願当初明細書全体に開示された発明であるから、原告の主張は、前提自体が誤っている。
原出願当初明細書には、(i)焼結体にAlを含有させると、耐摩耗性、靱性が向上するという作用効果、(A)焼結体にAlを含有させる手段として、例えば第4a族窒化物とAlを混合し、反応させて、該金属とAlとの金属間化合物とし、その粉末をCBNと混合する結合材原料とすること、及び(B)焼結体にAlを含有させる別法として、予めM-Al(例えばTiとAl)の金属間化合物粉末を作成して原料混合時に添加する方法が記載されている(甲第3号証4頁右上欄17行〜右下欄19行)。
すなわち、これらの記載は、(A)又は(B)の方法によって、金属間化合物などを加えた材料を焼結して得た焼結体を記載している。したがって、原出願当初明細書に開示されたAl化合物とは、焼結条件を実施例の条件に限定することなく、
(A)又は(B)の方法に従って製造された焼結体中に含まれ得るAl化合物を包含することは自明である。そして、原料として加えたAlの金属間化合物などは、そのまま残っている部分もあるかもしれないが、焼結工程において更に反応して形を変え得ることも技術常識であり、当業者には自明であるから、焼結体に係る発明を特許請求の範囲に記載するに際して、当該原料から得られるものとしてAl化合物を記載することは、極めて妥当であり、原出願当初明細書の記載に基づいていることはいうまでもない。
(2) Alという金属は、非常に酸化されやすい物質であるから、本件明細書記載の方法によって焼結体を作る場合に、Al2O 3が必然的に生成する。その生成を完全に防止することは実際上不可能であり、必ず実質的な量のAl2O 3が生成する。このように、発明を実施する過程において特許請求の範囲に規定された材料から生じ、あるいは材料中に必然的に含まれるAl2O 3は、本件発明の焼結体に含まれてよい成分である。原告にとって意味があるのは、焼結の際の出発材料としてAl2O 3を添加することによって得られた焼結体が本件発明の技術的範囲に属するか否かであるが、それは、侵害訴訟の裁判所が判断する問題であって、無効審判手続で判断する問題ではない。
審決は、無効審判における問題は、本件発明の特許請求の範囲の記載が原出願当初明細書に記載された発明として認められるか否かであり、原告の主張する理由は意味がないと説示したのであり、そのことは正当な判断である。
2 結合相中の第2の結合相の存在形態に関する主張に対して 原告は、原出願当初明細書は、「・・・を主体としたものからなる結合相」すなわち、本件発明の第1の結合相が連続し、その中に本件発明の第2の結合相に相当する成分が「分散相」として存在しているものしか開示していなかったと主張する。原告のいう第2の結合相が「分散相として存在する」とは、何を意味するのかが不明であるが、原出願当初明細書には、Al化合物が「分散相」として存在するなどとは、そもそも記載されていない。
また、第1の結合相が結合相全体の主体であるからといって、2つの相の存在状態が必然的に規定されるわけでもない。
原出願では、本件発明において第1の結合相とされている耐熱性化合物のみでの連続は記載されておらず、「耐熱性化合物を主体とした」ものが連続した結合相をなすとされていた(第1、第2の結合相の区別はなかった)。本件発明においても耐熱性化合物が主体であることに変わりはない。したがって、本件発明において第1の結合相と第2の結合相とを合わせての連続(主体はやはり第1の結合相である)をいったところで、原出願当初明細書に含まれていない態様が加わったということにはならない。
原告の主張は失当である。
3 第1、第2の結合相の体積割合に関する主張に対して 原出願当初明細書に開示されている主たる発明は、Al化合物の存在を必須としておらず、「・・・を主体としたものからなる」と記載されていることから明らかなように必須成分は耐熱性化合物のみであるから、原出願当初明細書の記載における「第3相」というのは、「・・・を主体としたものからなる」における「主体」である耐熱性化合物以外のものを指していることは明らかである。原出願当初明細書では、第1の結合相と第2の結合相とを合わせて「主体としたもの」と記載していたという原告の主張は、誤りである。
そして、原出願当初明細書には、この「第3相」は、「・・・を主体としたものからなる」における「主体」、すなわち耐熱性化合物の量以下とすべきことが記載されているのであるから、主体である耐熱性化合物が結合相の少なくとも50%以上を占めることになる。つまり、それが主体とするということの内容である。
そして、原出願当初明細書では、上記記載に続いて、Alの小量の添加で効果が発揮されると記載している。したがって、これら一連の記載(甲第3号証4頁右上欄9行〜右下欄下から2行)を読めば、Al化合物を副成分として加える場合にも、耐熱性化合物はやはり結合相の50%以上存在しなければならないことが理解される。また、耐熱性化合物についての上限値99.9%は、副成分であるAl化合物が技術常識的に無意味でない量(0.1%以上)存在すべきことを意味している。
当裁判所の判断
本件特許出願が適法な分割出願ではないという原告の主張は、本件発明が、@第2の結合相成分の「Al化合物」、A結合相中の第2の結合相の存在形態、及びB第1の結合相と第2の結合相の体積割合、という3点において、原出願当初明細書に記載されていなかった発明を包含するというものであるが、以下では、原告主張のBの点につき検討する。
1 「第1の結合相」と「第2の結合相」の体積割合について (1) 争点 甲第1号証(本件審決謄本)及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の「第1の結合相が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であること」との記載について、原告は、審判手続において、原出願当初明細書の記載事項との間に整合性がなく、本件発明は原出願当初明細書に記載された範囲外のものであると主張していたことが認められ、また、当審において、原出願当初明細書には「第1の結合相」と「TiAlN又はAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」(以下「・・・Al化合物」と略す。)からなる「第2の結合相」の体積割合に関する記載は一切存在せず、「・・・Al化合物」が結合相中の体積で50%にも達するような焼結体は記載されていないと主張する。 原告の上記主張は、要するに、本件発明では「結合相」中に占める「第2の結合相」の体積割合が原出願当初明細書に開示された範囲をはるかに超えているというものであるところ、これを判断するには、本件発明において「第2の結合相」をなす「・・・A?化合物」の体積割合がどの程度のものかが前提となるので、まず、この点について検討することにする。
(2) 本件発明における「Al化合物」(第2の結合相)の体積割合 ア 本件発明は、その特許請求の範囲の記載を、「立方晶型窒化硼素(判決注、CBN)を体積%で80〜40%含有し残部が周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物もしくはこれらの混合物または相互固溶体を第1の結合相、Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第2の結合相として、該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、前記周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物もしくはこれらの混合物または相互固溶体が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であることを特徴とする高硬度工具用焼結体」とするものであるところ、甲第2号証によれば、本件明細書(訂正審判による訂正後の訂正明細書)には、本件発明の結合相に関して、
「本発明は、このような金属で結合した焼結体でなく、高強度で耐熱性に優れた硬質金属化合物を結合相とした切削工具等の工具用途に適した新しいCBN焼結体に関するものである。」(甲第2号証26頁左欄16行から19行)、
「このような耐熱性化合物としては周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物、又これらの混合物もしくはこれ等の相互固溶体化合物が考えられる。」(同26頁左欄37行〜40行)、
「本発明による焼結体の非常に注目すべき、また本発明を有用ならしめる特徴として前記耐熱性化合物が焼結体組織上で連続した相をなすことが挙げられる。即ち、
本発明の焼結体では強靱な耐熱性化合物が、あたかもWC-Co超硬合金の結合相である金属Coの如く、高硬度のCBN粒子間の隙間に浸入して連続した結合相の状態を呈し、このことにより焼結体に強靱性が付与せしめられたものである。」(同26頁右欄24行〜31行)、及び「本発明による焼結体ではCBNの第1の結合相として前記した耐熱性化合物を用いるものであるが、さらに第2の結合相としてTi2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第1の結合相に含有させることを特徴とする。これら第1及び第2の結合相は焼結体組織中で均一に混合して連続した結合相をなし、該耐熱性化合物が結合相中で50〜99.9体積%を占める。すなわち、結合相の主となる成分は、該耐熱性化合物である。・・・ この場合、原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるNi、Co、Feのようないわゆる不可避的成分は本発明の焼結体の特徴を失わない範囲で含有することができる。
また、前記した耐熱性化合物以外Al2O 3、AlN等の化合物も焼結時に生成する場合がある。」(同27頁右欄9行〜25行)と記載されていることが認められる。 なお、本件明細書の発明の詳細な説明においては、本件特許請求の範囲における「周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物もしくはこれらの混合物または相互固溶体」を指して「耐熱性化合物」の語が使用されているので、以下では上記「周期律表・・・相互固溶体」を「耐熱性化合物」ということがある。
イ 以上によると、本件発明の「結合相」に関する構成は、@焼結体中の「結合相」が耐熱性化合物からなる「第1の結合相」と、「・・・Al化合物」からなる「第2の結合相」とを有し、A第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、B耐熱性化合物が「結合相」中の体積で50%以上99.9%以下を占める、というものであると認められる。
ところで、本件で原告が問題にしているのは、第2の結合相をなす「・・・Al化合物」の「結合相」中における体積割合、特にその上限値であるところ、特許請求の範囲に記載された本件発明の「結合相」に関する上記@〜Bの構成は、直接には「結合相」中の「第2の結合相」の体積割合を規定していない。
しかし、「結合相」中で「第1の結合相」をなす耐熱性化合物の体積が50%〜99.9%であるということは、「結合相」の残部、すなわち、「第1の結合相」以外の部分が、0.1%以上50%以下の範囲にあることを意味することは自明の理である。そうすると、本件発明は、第1の結合相以外の結合相である「第2の結合相」の体積割合として、「0.1%以上50%以下」の範囲を含むものと一応解することができる。
上記のように解すると、本件発明は、例えば、「結合相」における「第1の結合相」(耐熱性化合物)と「第2の結合相」(・・・Al化合物)の体積割合がそれぞれ50%であるような焼結体を含むということになるが、本件明細書の記載に照らしても、そのように解することに不合理な点は認められない。すなわち、結合相中の第1、第2の結合相の体積割合がそれぞれ50%であるような焼結体においては、結合相が「耐熱性化合物」を相としたもの「・・・Al化合物」を相としたものの2種のみからなることとなるところ、本件明細書には上記2種のみからなる結合相を本件発明から排除する趣旨の記載はどこにも見いだすことができないからである(この点に関しては、被告も、第1の結合相をなす耐熱性化合物の結合相中における体積割合の上限値である99.9%は、A?化合物が技術的に無意味でない量である0.1%以上存在すべきことを意味すると主張しているから、結合相が耐熱性化合物及びAl化合物の2相のみからなり、他の第3成分の相を含まない場合のあることを当然視しているということができる。)。
また、本件明細書の「原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるNi、
Co、Feのようないわゆる不可避的成分は本件発明の焼結体の特徴を失わない範囲で含有することができる。」(甲第2号証27頁右欄20行〜23行)との記載及び「また前記した耐熱性化合物以外Al2O 3、AlN等の化合物も焼結時に生成する場合がある。」(同24、25行)との記載は、本件発明の結合相が「耐熱性化合物」及び「・・・Al化合物」以外の第3成分ないし第3成分の相を含む場合のあることを示唆しているが、これら第3の成分は、本件発明の構成において必須成分とされているものではないうえ、それが含有される場合においても、発明の詳細な説明において不可避的混入物や副生成物と位置づけられているところからみて、その量は、少量にとどまるものと認められる。
そうすると、上記第3の成分の存在を考慮に入れるとしても、耐熱性化合物からなる第1の結合相と「・・・Al化合物」からなる第2の結合相を必須の構成とする本件発明は、「結合相」中における「・・・Al化合物」相の体積割合が上限値で50%に近いものを包含するものというべきである。
(3) 原出願当初明細書の記載事項 本件発明における「・・・A?化合物」相(第2の結合相)の体積割合についての上記(2)の認定を前提として、本件発明が原出願当初明細書に記載されていたかどうかを検討する。
ア 甲第3号証によれば、原出願当初明細書には、
(ア) 特許請求の範囲に、
「(1) 立方晶型窒化硼素(判決注、CBN)を体積%で80〜40%含有し残部が周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物を主体としたものからなり、この化合物が焼結体組織中で連続した結合相をなすことを特徴とする高硬度工具用焼結体。」(甲第3号証1頁左下欄5行〜10行)、
「(4) 連続した結合相をなす化合物が周期律表第4a族のTi、Zr、Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物を主体としたものからなり、焼結体中にAlもしくはSi、
もしくはこの双方を重量で0.1%以上含有しこのAlもしくはSiが上記第4a族金属MとM-Al、M-Si相図上に存在する金属間化合物の形で結合相中に存在することを特徴とする特許請求の範囲(1)項記載の焼結体。」(同1頁左下欄18行〜右下欄5行)と記載され、
(イ) 発明の詳細な説明欄に、
@「・・・、また、切削用途にはCBNを金属Coなどで結合した焼結体が一部に使用されている。このCBNを金属で結合した焼結体は切削工具として使用した場合、結合金属相の高温での軟化による耐摩耗性の低下や、被削材金属が溶着し易い為に工具が損傷するといった欠点がある。本発明は、このような金属で結合した焼結体でなく、高強度で耐熱性に優れた硬質金属化合物を結合相とした切削工具等の工具用途に適した新しいCBN焼結体に関するものである。」(同2頁右上欄15行〜左下欄4行)、
A「発明者等は、・・・CBNと種々の耐熱性化合物の複合焼結体を作成した。
目的とした複合焼結体を得るための耐熱性化合物に要求される特性は、先ず高強度であること、及び複合焼結体とした場合に前記したCBNの有する熱伝導率が高いという特徴を維持する為に組み合わせる耐熱性化合物自体も熱伝導の高いものが要求される。このような耐熱性化合物としては周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物、もしくはこれ等の相互固溶体化合物が考えられる。」(同2頁左下欄15行〜右下欄7行)、
B「このようにして選択された耐熱性化合物とCBNの複合焼結体を製造する方法は、先ず、このCBN粉末と、耐熱性化合物粉末の1種もしくは2種以上をボールミル等の手段を用いて混合し・・・焼結する。」(同2頁右下欄18行〜3頁左上欄4行)、
C「本発明による焼結体の非常に注目すべき、また、本発明を有用ならしめる特徴として前記耐熱性化合物が焼結体組織上で連続した相をなすことが挙げられる。・・・このような組織を有する焼結体を得る為にはCBNの含有量を体積で80%以下とする必要があることが実験の結果明らかになった。本発明による焼結体中のCBN相量の下限は体積で40%までである。」(同3頁左上欄15行から右上欄7行)、
D「本発明による焼結体ではCBNの結合体として前記した耐熱性化合物を用いるものであるが、更に必要により耐熱性化合物以外のNi、Co、Fe等の金属相を第3相として含むものであっても良い。但し結合相の主となる成分は耐熱性化合物相でありこれ等金属相は焼結体中の体積比で耐熱性化合物相の量以下とする必要がある。」(同4頁右上欄9行〜15行、審決摘示の記載事項(イ) )、
E「本発明の焼結体の原料として使用するCBNは、・・・超高圧下で焼結する場合においても、・・・この間の加熱によっても六方晶型窒化硼素への逆変態を起こす可能性もある。このような場合に前記した六方晶型窒化硼素に対して触媒作用を有する元素が混合粉末中に添加されていると、この逆変態を防止する効果がある。発明者等は、この考えに基づいてAl、Siについて効果を確認する実験を行った。Alを添加する方法としては・・・相対的に過剰なMとAl又はSiを反応せしめてM-Al、M-Si相図上に存在する金属間化合物・・・を生成させ、この粉末をCBNと混合する結合材原料とした。この方法では加えたA?、Siが結合材中に均一に分散した状態となり、少量の添加でその効果が発揮される。別の方法としては、あらかじめM-Al、M-Si間の金属間化合物粉末を作成して原料混合時に加えてもよい。・・・このようにして作成したAl、Siを添加した焼結体と、これ等を含まない焼結体とを比較してみた。焼結体を研磨して組織観察を行うとAl、Siを含む焼結体の方が・・・CBN粒子と結合相との結合強度が強いと考えられる。
また切削工具としての性能を比較すると、やはりAl,Siを含有する方が耐摩耗性、靱性ともに優れていた。尚、このような効果が現れるのは焼結体中に重量%0.1%以上のAl又はSiを含む場合であった。」(同4頁左下欄3行〜右下欄19行)、
と記載されていることが認められる。
(ウ) さらに、実施例として記載された、焼結体原料にアルミニウムを添加して得た焼結体について、以下の内容が記載されている。
@ 実施例4 平均粒度7μのCBN粉末が体積で60%、残部(40%)が第2表のHとして記載された結合材(TiN0.73 35%、Al 2Ti5%、いずれも混合粉末中に占める体積比)からなる混合粉末を作成し、これを圧力40Kb、温度1100℃で焼結して焼結体を得たことが記載され、得られた焼結体につき、「焼結体をダイヤペーストで研磨し組織観察を行い、又X線回折により結合相の状態を調べたところ、Hの焼結体は結合相がTiN を主体とし、少量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物からなっており、」(6頁左上欄下から11行〜下から7行)との説明がある。
A 実施例5 TiN0.73 粉末(平均粒度1μ)90重量%とAl 2Ti粉末10重量%を混合し、この混合粉末を1t/cm2の圧力でペレットに型押成型し、1000℃に加熱、30分保持したものを粉砕して粉状としたAl化合物を含むTiN粉末(40体積%)とCBN粉末(60体積%)を、実施例1と同条件で焼結して焼結体を得たことが記載され、焼結体材料に使用したAl化合物を含むTiN粉末につき、「X線回折によって調べたところ、TiN以外にTiAl3、TiAl及びTi 2AlNと思われる回折ピークが得られ、金属Alは検出されなかった。」(6頁右上欄4行〜7行)との説明がある。
B 実施例6 平均粒度1μのTi(C0.4 ,N 0.4 ) 0.8 粉末に重量で平均粒度30μのAl粉末を2%を加え、実施例5と同様の方法によりAl化合物を含むTi(C,N)粉を作成し、この粉末とCBN粉末を体積%で各々35%、65%に配合し、実施例1と同じ条件で焼結体を作成したことが記載されている。
イ 上記アの(ア)ないし(ウ)摘示の各記載(特に、(イ)Dの審決が記載事項(イ)として摘示する事項)によると、原出願当初明細書には、高硬度工具用焼結体において、「耐熱性化合物」である「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物」を相としたものの量を、「焼結体中の体積比」で、「Ni、Co、Fe等の金属相」の量以上のものとすること、すなわち、「耐熱性化合物相」(本件発明の第1の結合相)と「金属相」との体積比の関係が記載されていることが認められる。
しかし、上記「Ni、Co、Fe等の金属相」が、「Ti2AlNまたはAlと第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」を相としたものを意味するものでないことは明らかである。
そうすると、審決が、「本件発明の『第1の結合相が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であること』との記載は、原出願明細書に開示されていた第1の結合相の体積割合を、単に数値をもって表現したにすぎず」(審決書14頁26行〜28行)と認定するに当たって、その根拠とした「・・・更に必要により耐熱性化合物以外のNi、Co、Fe等の金属相を第3相として含むものであっても良い。但し結合相の主となる成分は耐熱性化合物相でありこれ等金属相は焼結体中の体積比で耐熱性化合物相の量以下とする必要がある。」との記載(前記(1)イD、審決摘示の記載事項(イ))は、本件発明における「第1の結合相」である「第4a・・・相互固溶体(耐熱性化合物)」の相と、第2の結合相である「Ti2AlNまたはAlと第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」の相との体積比を表したものではないといわざるを得ない。
ウ そこで、上記記載事項以外に、耐熱性化合物相(本件発明の「第1の結合相」)と「・・・Al化合物」の相(本件発明の「第2の結合相」)との体積割合に関連する記載が原出願当初明細書に存在するかどうかを検討すると、アルミニウムを加えた焼結体原料で作成した焼結体に関しては、実施例4の焼結体H、実施例5及び実施例6に関する記述が存するのみであること、及び、実施例4の焼結体Hについては、「Hの焼結体は結合相がTiNを主体とし、少量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物からなっていた。」として、焼成した焼結体の結合相中におけるAl化合物の量に関して「少量の」という記載があるが、実施例5及び6については、焼結体原料となる耐熱性化合物粉末中に添加するAl化合物又はAlの重量について記載されているのみで、焼成した焼結体の結合相中でAl化合物がどのような形で存在するか及びその量(体積)についての記述はないことが認められる。
これらの記載内容を総合すると、本件発明の焼結体中の結合相中に存在する「・・・Al化合物」の具体的な量(体積)は、必ずしも明らかでないものの、「少量」である旨の記載(実施例4のH)、及び原料粉末中に添加されたAl化合物又はAlの重量(実施例5、6)から判断して、焼結体生成後の結合相中に占めるAl化合物の体積は、比較的少量にとどまるものであって、耐熱性化合物の体積に到底比肩し得るようなものではないと認められる。
むしろ、焼結工程を完了した後の焼結体結合相中に存在する「・・・Al化合物」量に関して原出願当初明細書中に存在する唯一具体的な記載が「結合相がTiNを主体とし、少量のTi2AlN、TiAl、TiAl 3と思われる化合物からなっていた。」(実施例4H)というものであることや、実施例5、6においてAlの添加量が重量%で表示されていること(焼結体中で相をなすCBNや耐熱性化合物については体積%で表示されている。)は、これらの実施例におけるAl化合物が、焼結体中で「相」(物質系において、明確な境界で他と区別され、その内部で状態の均一な領域をいう。培風館発行「物理学辞典」)として存在しているかどうかすら疑いを抱かせるものであるといってよい。
なお、仮に、原出願当初明細書に開示された焼結体におけるAl化合物が相を形成していたとしても、原出願当初明細書に記載された耐熱性化合物相(第1の結合相)と「金属相」との体積比の関係が、耐熱性化合物相と「・・・Al化合物」の体積比に当てはまるものでないことは論をまたない。なぜなら、原出願当初明細書において「耐熱性化合物以外のNi,Co,Fe等の金属相を第3相として含むものであっても良い。」と記載された「金属相」は、従来技術の「CBNを金属などで結合した焼結体」における結合相としての金属相と共通するものであると考えられ、その量も焼結体中の体積比で表されているのに対し、原出願当初明細書に記載された技術において焼結体原料中にAl化合物を加える目的は、「六方晶型窒化硼素に対して触媒作用を有する元素が混合粉末中に添加されていると、この逆変態を防止する効果があると考えられる。」(甲第3号証4頁左下欄11行〜14行)と記載されているとおり、触媒作用を有する元素を原料中に加えることにあり、またその量も「尚、このような効果が現れるのは焼結体中に重量%0.1%以上Al又はSiを含む場合であった。」(同頁右下欄18行〜20行)として、重量%で表示されているものであって、「Ni,Co,Fe等の金属相」と「Al化合物」とは、その目的・作用において全く異なるものと認められるからである。
エ 被告は、本件発明における結合相中の耐熱性化合物の体積の上限値である99.9%は、「・・・Al化合物」(被告のいう「副成分」)が技術常識的に無意味でない量である「0.1%以上」存在すべきことを意味している旨主張し、本件発明においても結合相の主成分が耐熱性化合物であることは原出願当初明細書と変わっていないのであるから、本件発明は原出願に記載された発明であると主張する。しかし、本件発明においても結合相の主体が耐熱性化合物であることは原出願と変わらないといっても、本件発明は「第2の結合相」をなす「・・・Al化合物」が結合相の相当部分(50%に近い値)を占めるような焼結体を含むものと解されることは前示のとおりであり、これに対して、原出願当初明細書には結合相中の体積割合がそのような大きな「・・・Al化合物」を示唆する記載は存在しないのであるから、被告の主張は、採用することができない。
(4) 結局、原出願当初明細書には、「Ti2AlNまたはAlと第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」を相としたものとの比較において、耐熱性化合物相(第1の結合相)が「結合相中の体積で、50%以上99.9%以下」であるとすること(逆にいえば、「・・・Al化合物」が結合相中の体積で0.1%以上50%以下の範囲、少なくとも上限値で数十%の値をとり得ること)は、記載も示唆もされていないといわざるを得ない。
してみると、審決が、第1の結合相の体積割合について、原出願当初明細書には、「4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物もしくはこれらの混合物又は相互固溶体」(耐熱性化合物)を第1の結合相とし、「Ti2AlNまたはAlと第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」を第2の結合相とし、第1、第2の結合相を合わせた「結合相」において、第1の結合相をなす耐熱性化合物が結合相中の体積で50%以上99.9%以下とするもの(すなわち、第2の結合相をなす「・・・Al化合物」が結合相中の体積で数十%から50%に近い相当部分を占めるようなもの)が記載されていると認定したことは、誤りというべきである。
2 結論 以上1に認定したとおり、本件発明は、結合相中の第1の結合相の体積比の点で、原出願当初明細書に記載されていない発明を包含するものであると認められるから、その余の原告主張の点について判断するまでもなく、本件発明の分割出願は、原出願に記載された発明の一部を新たな出願としたものとは認められない。この点について反対に解し、原出願の出願日が本件特許の出願日であると認定した審決は、誤っており、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
よって、原告主張の取消事由は理由があるから、審決を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利