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関連審決 異議1998-72099
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ3668特許権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件 平成17ワ9357売掛代金等請求事件 判例 特許
平成11ワ8435特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17行ケ10775審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ90審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 承継 /  発明者 /  物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  共有 /  クレーム /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  混同 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 437号 異議決定取消請求事件
原告兼脱退原告権利承継人(以下単に「原告」という。) 三菱瓦斯化学株式会社
訴訟代理人弁理士 佐伯憲生脱退原告 ソニー株式会社
訴訟代理人弁理士 佐伯憲生
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 中島次一
同 谷口浩行
同 森田 ひとみ
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/06/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が平成10年異議第72099号事件について平成11年11月15日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告と脱退原告ソニー株式会社(以下「ソニー」という。)は,発明の名称を「光ディスク用ポリカーボネート成形材料」とする特許第2672094号の特許(昭和62年年7月29日特許出願,平成9年7月11日設定登録,以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の共有特許権者であった。
本件特許に対し,特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを,平成10年異議第72099号事件として審理し,その結果,平成11年11月15日,「特許第2672094号の特許を取り消す。」との決定をし,平成11年11月29日にその謄本を原告とソニーに送達した。
原告は,平成12年8月7日,ソニーから同社が有する本件特許の持分全部を譲り受け,その登録を了して,権利承継人として訴訟参加し,ソニーは,本件訴訟から脱退した。
2 特許請求の範囲 「ハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって,該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」 3 決定の理由 決定は,別紙決定書の写しのとおり,本件発明は,刊行物である特開昭61-250026号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び日本プラスチック工業連盟誌「プラスチックス」7月号第38巻第7号14頁ないし23頁・昭和62年7月1日株式会社工業調査会発行(以下「刊行物2」という。)に記載された発明及び特開昭58-126119号公報(以下「刊行物3」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,と認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「[1]手続の経緯」は認める。「[2]本件発明」は争う。「[3]引用刊行物の記載事項」は認める。「[4]本件発明と引用刊行物に記載された発明との対比・判断」は争う。「[4]むすび」(判決注・[5]の誤記と認められる。)は争う。
決定は,本件発明と引用発明1との相違点を看過して,一致点でないものを一致点と認定し(取消事由1,2),本件発明と引用発明1との相違点についての判断を誤り(取消事由3),本件発明の予想外の顕著な効果を看過し(取消事由4),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明と引用発明1との相違点の看過-その1) 決定は,「本件発明の「非或いは貧溶媒」は,刊行物1に記載された発明の「固形化溶媒」と一致する」(決定書11頁16行〜17行)と認定しているが,誤りである。
(1) 本件特許の願書に添付した明細書(以下,同明細書に添付された図面も含めて「本件明細書」という。)には,ポリカーボネート樹脂に用いられる各溶媒につき,その沸点は具体的には記載されていない。これらの溶媒の実際の沸点は,次のとおりである。
溶 媒 沸 点 塩化メチレン 40 ℃ (重合溶媒) n-ヘプタン 98.4℃ (本件発明の溶媒) シクロヘキサン 80.8℃ (同上) ベンゼン 80.1℃ (同上) トルエン 110.8℃ (同上) n-ヘキサン 68.8℃ (刊行物1記載の溶媒) 本件発明は,重合溶媒と比較的して沸点の高い「非或いは貧溶媒」を使用することにより,「多孔質の粉粒体」として目的のポリカーボネート樹脂成形材料を得ることができることを見いだしたものである。本件発明で用いられる「非或いは貧溶媒」の沸点そのものは,本件明細書に記載されていないとはいえ,これらの溶媒が重合溶媒と比較して沸点が高いものであることは,本件明細書の発明の詳細な説明の欄に,引用発明1において使用されている,従来法における溶媒である「n-ヘキサン」を使用することは記載されておらず,「本発明の非或いは貧溶媒とは,n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン,トルエンなどが挙げられ,特にn-ヘプタンが好適である。」(甲第2号証3欄42行〜44行)として,これまでに使用されていないn-ヘプタンなどの溶媒のみが列記されている,との事実から客観的には明らかである。
当業者であれば,本件明細書の上記の具体的な記載から,本件発明で使用される「非或いは貧溶媒」が従来使用されている固形化溶媒に比べて比較的高い沸点を有するものであることが認識できる,というべきである。
決定は,本件明細書の「発明の詳細な欄の記載では,アルコール系,エーテル系の非或いは貧溶媒を不適当であるとしているだけで」(決定書10頁下から2行〜11頁1行)あると認定している。しかし,決定の指摘する本件明細書の記載は,溶媒の沸点が高いことが必要であるということに加えて,化学反応性の乏しい溶媒の方がより適切であることをも記載したものにすぎない。このような記載があるからといって,比較的高い沸点の非あるいは貧溶媒を選定したという本件発明の趣旨が,否定されることになるわけのものではない。
したがって,本件発明の「非或いは貧溶媒」は,引用発明1の「固形化溶媒」と一致すると認められるとした決定の認定は,本件発明における「非或いは貧溶媒」と引用発明1における「固形化溶媒」の相違点を看過したものであり,誤りである。
(2) 被告は,特公昭36-22448号公報(乙第1号証。以下「乙1刊行物」という。)及び「プラスチック材料講座D ポリカーボネート樹脂」17頁及び62頁ないし77頁,昭和44年9月30日,日刊工業新聞社発行(乙第2号証。以下「乙2刊行物」という。)を挙げて,本件発明の「非或いは貧溶媒」と引用発明1の「固形化溶媒」とが同じである,と主張する。
しかし,使用する溶媒の種類が両者で相違していることは明らかである。
本件発明において使用される溶媒は,本件明細書に「本発明の非或いは貧溶媒とは,n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン,トルエンなどが挙げられ,特にn-ヘプタンが好適である。」(甲第2号証3欄42行〜44行)と記載されていることから明らかなように,従来から「非或いは貧溶媒」として知られていた溶媒の中でも,重合溶媒との沸点差の大きい特定の溶媒を使用するものである。これに対し,刊行物1や乙1刊行物には使用すべき溶媒として多数の「非或いは貧溶媒」が記載されていて,これらは同等に使用するものとされている。これらの溶媒を同等に使用することなく,それらの中の特定の溶媒のみを使用することこそが,本件発明の特徴の一つなのである。この意味において,従来から知られている「非或いは貧溶媒」であればどのようなものでも使用できるとされている引用発明1の「固形化溶媒」と,それらの中の特定の溶媒が選択的に優れた効果を奏することを見いだした本件発明の「非或いは貧溶媒」とは,相違しているのである。
刊行物1に記載されている特定の「固形化溶媒」は,実施例で使用するものとされているn-ヘキサンだけである。乙1刊行物では,炭化水素類であれば何でもよいとされ,その実施例においてもガソリン成分の使用が記載されているのみである。これに対して,本件発明では,n-ヘキサンでは所期の目的が達成できずn-ヘプタン,シクロヘキサンなどの重合溶媒との沸点差が大きいもののみが選択的に使用されるのであり,この点で両者は相違する。
本件明細書の特許請求の範囲の記載では「非或いは貧溶媒」が特定されていないのは,事実である。しかし,明細書の記載にこのような不備があるとしても,それは明細書の記載上の問題であり,本件発明が特定の「固形化溶媒」を選択して使用することを特徴とするものであることは,本件明細書の発明の詳細な説明の欄の前記記載からも明らかというべきである。
2 取消事由2(本件発明と引用発明1との相違点の看過-その2) 決定は,「刊行物1には,得られたポリカーボネート固形粒子が,「多孔質」であることは記載されていないが,上記したとおり,その製造方法は,本件発明の製造方法と差がないのであるから,それら2つの製造方法により得られたポリカーボネート粉粒体は差がないものと解するほかなく,刊行物1に記載されたポリカーボネート粉粒体も「多孔質」であるものと認めざるをえない。」(決定書15頁下から5行〜16頁3行)と認定している。しかし,本件発明の製造方法と引用発明1の製造方法とは,次のとおり異なるものであるから,決定は,このような相違点を看過したものであって,誤りである。
(1) 引用発明1のポリカーボネート粉粒体の製造方法は,「固形化と同時に湿式粉砕する方法」(甲第3号証2頁左上欄17行〜18行)であり,固形化と同時に湿式粉砕することにより「ビーズ状ポリカーボネート固形粒子」を得る方法である。これに対して,本件発明のポリカーボネート粉粒体の製造方法は,「得られた均一溶液を45〜100℃に保った撹拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」(甲第2号証3欄31行〜33行)する方法であり,これにより得られた粉粒体は,「このポリカーボネートの粉粒体はそのまま或いは必要に応じてさらに「ダスト」が増加しない条件で粉砕した後,乾燥し」(甲第2号証4欄19行〜21行)てもよいものである。
このように,本件発明の製造方法と引用発明1の製造方法とは,「非或いは貧溶媒」と「固形化溶媒」とが相違しているのみならず,本件発明の製造方法においては「ゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」するものであるのに対して,引用発明1の製造方法では,「固形化と同時に湿式粉砕する」ものである点において相違し,その製造方法自体が相違するのである。決定は,このような相違点を看過したため,「多孔質の粉粒体」である本件発明のポリカーボネート成形材料と引用発明1の「ビーズ状ポリカーボネート固形粒子」との間に差異がない,と誤って認定したものである。
(2) 刊行物1には,「ビーズ状ポリカーボネート固形粒子であり,かつ該ビーズの平均直径が0.5〜2mm,嵩比重が0.3〜0.6g/ccであるものとして得られ,このものは,水スラリーの状態に於ける配管中の移送による抵抗が小さく,且つ,後処理工程における水分離および乾燥も効率よく行え,かつ乾燥粉体としても形状がビーズ状であることから,配管や機器壁との接触による「ゴミ」の発生や混入も低減されるものである。」(甲第3号証3頁右下欄9行〜18行)と記載されている。刊行物1のこの記載によれば,引用発明1のビーズ状ポリカーボネート固形粒子は,単に形状がビーズ状であるだけでなく,表面がツルツルに近く,移送の際の抵抗が小さく,水の分離性がよく,さらに乾燥も早いものであって,表面に多数の空隙を有してザラザラした多孔性のものではない。
多孔性であるなら「水の分離性がよく」ということもできないからである。したがって,引用発明1のビーズ状ポリカーボネートは,この点においても,本件発明の「多孔質の粉粒体」とは異なる。
(3) 被告は,特公昭46-31468号公報(乙第3号証。以下「乙3刊行物」という。)を挙げて刊行物1記載のポリカーボネート粉粒体が多孔性であることを立証しようとしている。
しかし,乙3刊行物は,ポリカーボネート樹脂に関するものであるとはいえ,食器などの成形材料としての昔の成形用ポリカーボネート樹脂に関するものである。
このような従来からの成形材料用のポリカーボネート樹脂も光ディスク用のポリカーボネート樹脂も,同じくポリカーボネート樹脂ではあるものの,光ディスク用ポリカーボネート樹脂においては,その光学特性などを担保するために,従来からの成形材料用ポリカーボネート樹脂では必須とされる機械的強度などを犠牲にして分子量の低いものが使用されており,そのため,両者は,分子量やその分布が明確に相違しており,化学物質としてはむしろ互いに異なるものという方がふさわしいのである。
したがって,乙3刊行物に記載された事項を,引用発明1の光学用ポリカーボネート樹脂に直ちに適用することはできない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り) 決定は,本件発明と引用発明1との相違点の一つとして,「本件発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると,前者が・・・該成形材料のカーボネート樹脂中に含有されるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である点・・・が構成要件とされているのに対し,後者が,それらの点が明記されていない点」(決定書16頁4行〜11行)を認定し,これを相違点2とした上で,この相違点につき,刊行物2に,「C揮発成分および不純物の除去 反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪影響を及ぼす可能性があるため,樹脂の精製および乾燥に充分配慮されている。」(決定書7頁6行〜10行)こと,及び,「「ユーピロンH‐4000」のペレット中の不純物分析例として,反応溶剤をガスクロマトグラフで分折し,検知限界以下の分析結果」を得たこと(第16頁第4表)」(決定書7頁15行〜17行)が記載されている点を挙げ,「ペレット中の反応溶剤の量をガスクロマトグラフィーの検知限界以下のできる限り小さい値に設定することは,当業者が容易にできることである。そして,本件明細書において,「上記で得たポリカーボネート乾燥粉体に・・・押し出してペレット化し,塩化メチレンは1ppm以下で検出されず(ND),・・・成形材料を得た。」と記載されていることを勘案すれば,前記できる限り小さい値として,1ppmとすることは,当業者が容易に想到できることである。」(決定書17頁下から2行〜18頁7行)と判断しているが,誤りである。
(1) 刊行物2には,反応溶媒がハロゲン化炭化水素であることも,それをどのような手段で除くのかということについても,何ら記載も示唆もされていない。
本件発明は,本件明細書に,「この記録膜の長期信頼性の改良すべく,ポリカーボネート樹脂に種々の化合物を添加して,高温多湿環境での試験(環境試験)をしたところ,コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出した。」(甲第2号証3欄6行〜11行)と記載されていることから分かるように,「ハロゲン化炭化水素」が腐食などの原因になっていることを見いだし,「ハロゲン化炭化水素」を溶媒として使用するポリカーボネート樹脂成形体の製造方法において当該「ハロゲン化炭化水素」を1ppm以下にするための簡便でかつ効率的な改善手段を見いだしたものである。
刊行物2には,単に反応溶媒などが長期安定性に影響する可能性があること,及び「ユーピロンH‐4000」という特定の樹脂の反応溶剤が検知限界以下であることが記載されているのみであり,このような記載は,本件発明の前記改善点を示唆するものではない。
(2) 被告は,刊行物2に記載された「反応溶媒」が「ハロゲン化炭化水素」であることは,乙2刊行物により立証される,と主張する。
しかし,刊行物2には,そこに記載された反応溶媒の製造方法は何ら記載されていない。乙2刊行物をみても,光学用途のポリカーボネート樹脂はエステル交換法ではできないとは記載されておらず,そのような示唆もされていない。同刊行物には,ホスゲン法については,溶媒として塩化メチレンが好ましい旨は記載されているものの,そこでも,それでなければならないとは記載されていない。従来の工業的に製造される安価なポリカーボネート樹脂は,価格の点からも安価な原材料でなければ価格競争力がなくなるものであるのに対し,本件発明に係る光学用ポリカーボネート樹脂は,精密材料であり,この点において,両者は大きく異なるのである。
したがって,被告の上記主張は,単なる推測にすぎないというべきである。
4 取消事由4(本件発明の顕著な効果の看過) (1) 本件発明は,本件明細書に,「本発明者らは,このハロゲン化炭化水素の低減と,許容限界について検討した結果,「ダスト」の増加を実質的に防止したハロゲン化炭化水素の除去法を見出し,本発明に到達した。」(甲第2号証3欄23行〜26行)と記載されていることから分かるように,新規な方法により製造された光ディスク用ポリカーボネート成形材料に関するものであり,従来のハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,本件発明に係る「ダストの増加を実質的に防止したハロゲン化炭化水素の除去法」という改良を加えることにより,ポリカーボネート成形材料からなる記録膜を腐食破損させる原因となっていたハロゲン化炭化水素の含有量が1ppm以下という優れた光ディスク用ポリカーボネート成形材料を提供することができた,という顕著な効果を奏したものである。
(2) 刊行物1には,ゴミの発生の実質的にないポリカーボネート固形粒子については開示されているものの,重合溶媒が1ppm以下であるようにすることについては何らの記載も示唆もされていない。
刊行物2には,確かに,原告の光ディスクグレード「ユーピロンH-4000」のペレット中の不純物として反応溶剤がガスクロマト分析法で検知限界以下であることが記載されている。しかし,この「ユーピロンH-4000」がどのような製造方法で製造されたポリカーボネート樹脂であるかということについては,何ら記載も示唆もされていない。一口にポリカーボネート樹脂といっても種々のものがあり,原料や重合条件(重合溶媒,重合方法など)などによって異なるポリカーボネート樹脂が得られることは,当業者には周知のことである。したがって,たとい,反応溶剤がガスクロマト分析法で検知限界以下であるポリカーボネート樹脂が刊行物2に記載されていたとしても,本件発明に係るハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液からハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料が得られることが,それによって示唆されるなどということはあり得ない。
刊行物3には,亜リン酸エステルを含有して成るポリカーボネート樹脂が開示されているが,重合溶媒が1ppm以下にすることについては,何ら記載も示唆もされていない。
このように,刊行物1ないし3のいずれをみても,本件発明の顕著な効果を予測させる記載もこれを示唆するものも見いだし得ないから,本件発明は,刊行物1ないし3の記載内容からは当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏したものというべきである。
(3) 本件発明がこのような当業者が予測することができない顕著な効果を奏したということは,とりもなおさず,本件発明の構成に係る「ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った撹拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした」ということが当業者にとって技術的に困難であったということであり,本件発明の構成が当業者にとって容易に想到することができないものであったということである。
(4) 被告は,刊行物2の塩酸キャッチャーに関する記載を挙げている。しかし,同刊行物の該当個所には,「光ディスク用PC(判決注・PCはポリカーボネートの略である。)の場合には,複屈折低減化のために300℃から400℃と高温で成形が行われることから,とくに樹脂の安定化は重要なテーマである。・・・反応溶剤あるいはクロロホーメート等の分解による塩酸キャッチャー剤としてホスフィンを添加するもの等があげられる。しかし一方で,これらの安定剤が高温多湿下で酸性物質となり,光デイスクの記録膜腐蝕の原因となるので,これらを添加しないことを特徴とする材料という特許が出願されている。」(甲第4号証22頁右欄下から6行〜23頁左欄6行)と,ディスクの高温での成形時における樹脂の安定化が重要であることが記載され,300℃から400℃という高温において反応溶媒あるいはクロロホーメート等の分解による塩酸キャッチャー剤が必要であることが記載されているにすぎない。そのような塩酸キャッチャー剤がディスクの通常の使用時において高温成形時と同様な安定剤を必要とするような状況になるとはだれしも考えない。また,ディスクの通常の使用時における記録膜腐蝕の原因が,高温成形時と同様に樹脂に含有されている反応溶媒やクロロホーメート等の分解によるものであるとは,当業者といえども容易に予測することはできない。
被告の主張は,ディスク自体の安定性という問題と,記録膜の腐食という問題を混同しているものである。ディスクの安定性はディスクの機械的な強度,透明性,屈折率,ひび割れなど樹脂についての各種のトラブルの生起を防止することであり,記録膜の腐食はディスクに接着された金属膜がそこに記録された情報の読み出しが不可能になるように変性することであり,平たく言えば主に金属の「さび」によるものである。長期使用によりプラスチックにひび割れや曇りが生じてくることと,金属が錆びることとが異なるものであることは,技術者でない者にもよく知られていることである。したがって,これらを混同して両者を同一視することを前提にした被告の主張が失当であることは,明白である。
本件発明は,「コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出した。」(本件明細書,甲第2号証3欄8行〜11行)ことに基づくものであり,本件発明によって得られる,ハロゲン化炭化水素の含有量が1ppm以下であるというポリカーボネート材料により,添加剤を添加することなく高温成形が可能となるばかりでなく,ディスクそれ自体の長期安定性はもとより,ディスクに接着された記録膜が長期間にわたって安定する,すなわち,ディスクの記録膜に記録された情報が破壊されなくなるという,予想外に顕著な効果を奏したものである。
被告の反論の要点
決定に,原告主張の誤りはない。
1 取消事由1(本件発明と引用発明1との相違点の看過-その1)について 原告は,「本件発明の「非或いは貧溶媒」は,引用発明1の「固形化溶媒」と一致する」(決定書11頁16行〜17行)とした決定の認定は誤りである,と主張する。
しかし,本件明細書には,「低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈澱が生じない程度の量を加え」(甲第2号証3欄29行〜31行),「固形化用の非溶媒であるn-ヘプタン」(同4欄49行),「比較のため,ポリカーボネート樹脂溶液よりポリカーボネートを分離する際に固形化用の非溶媒を使用しない・・・方法で得た粉粒体を・・・」(同5欄29行〜32行)との記載があり,本件発明でいう「ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒」は「固形化用溶媒」であることが明記されている。
「ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒」は,むしろ,一般に「固形化用溶媒」であることが,乙1刊行物及び乙2刊行物から明らかである。
乙1刊行物には,「適当な物理的特性(ポリカーボネエトを溶かす溶媒とは充分に混和することができ,ポリカーボネエトに対しては非溶媒であること)を示す脂肪族炭化水素は主として5〜20個の炭素原子を有する常態で液体の脂肪族炭化水素であり,とりわけ6〜8個の炭素原子を有する炭化水素である。前記炭化水素をいちいち挙げると,n-ペンタン,n-ヘキサン・・・ノルマルヘプタン(判決注・「n-ヘプタン」の異表記である。)と異性体とを含む種々のヘプタン・・・,並に前記の比較的長鎖の炭化水素の種々の異性体である。(乙第1号証2頁右欄8行〜23行)」として,炭素原子数が5〜20個,特に6〜8個,の脂肪族炭化水素(n-ヘキサン,n-ヘプタン等)がポリカーボネートに対して,非溶媒であり,ポリカーボネートを溶かす溶媒とは混和することが記載されている。
乙2刊行物には,アルカリ水溶液法によるポリカーボネートの製造方法が記載され,「重縮合反応が終了すると塩化メチレン相を水洗し,・・・・・非溶剤である脂肪族炭化水素またはアルコールなどを添加すると重合体が単離できる。(72頁5〜7行)」とされている。
これらの乙1刊行物あるいは乙2刊行物の記載から,n-ヘキサン,n-ヘプタンが共にポリカーボネートに対して「非溶媒」であることは本件出願前既に周知であった,ということができる。
したがって,本件発明の「非或いは貧溶媒」が,刊行物1に記載された「固形化溶媒」と同一であるとした,決定の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明と引用発明1との相違点の看過-その2)について 原告は,本件発明の成形材料である「多孔質のポリカーボネート粉粒体」と,刊行物1に記載された「ビーズ状ポリカーボネート固形粒子」とは異なる,と主張するが,失当である。
刊行物1には,「ポリカーボネート樹脂溶液に,通常,室温下に固形化用溶媒を添加混合し,ついで加熱下の温水中に該混合溶液を添加しつつ」(甲第3号証3頁左下欄4行〜6行),「該ビーズの平均直径が0.5〜2mm,嵩比重が0.3〜0.6g/ccである」(特許請求の範囲4,2頁右上欄13行〜14行)と記載されている。これに対し,本件発明では,粉末を粉砕機で粉砕したものの平均粒子径,嵩密度につき,「平均粒子径1〜1.5mm・・・嵩密度0.53g/cc」(甲第2号証5欄9行〜12行)であるものとされており,両者は,平均粒子径,嵩密度(嵩比重)とも,ほぼ一致している。
「多孔質」が,内部又は表面に多数の空隙を持つという意味の語であるのに対し,「ビーズ状」の語は,外形がビーズ状(球形)であることを意味するにすぎず,内部又は表面に多数の空隙を持つか否か,あるいは,内部が中実(空隙がない)であるか否か,ということとは無関係である。したがって,引用発明1のポリカーボネート樹脂がビーズ状であるからといえ,同樹脂が多孔質であることが,それによって否定されることはあり得ない。
引用発明1において,得られた粉体が多孔質であることは,乙3刊行物から明らかである。
同刊行物には,「ジヒドロキシジアリールアルカンとホスゲンとの縮合反応によって得られる高分子量ポリカーボネートの低沸点溶剤溶液にポリカーボネートの膨潤剤として低級アルキル基置換ベンゼンおよび水を加え,・・・充分攪拌混合し,一定速度で昇温して大半の低沸点溶剤および若干の低級アルキル基置換ベンゼンを回収して,内容物は,糊状ゲルを経て球状ゲルとして水相に分散せしめ,次で強力の溶剤類回収装置を用いて減圧下溶剤類回収をなし球状ゲルを多孔性球状粒子となし,更に加熱して溶剤類回収を終了して得られた樹脂を水分を分離した後乾燥することを特徴とする,ポリカーボネートの多孔性成形材料の製造方法。」(乙第3号証・昭和50年7月23日発行の補正後の特許請求の範囲)と記載されている。
ここで,「ジヒドロキシジアリールアルカン」とは,「ビスフェノールA」を包含する語であり,「低沸点溶剤」とは,「塩化メチレン」を包含する語であり,「低級アルキル基置換ベンゼン」とは,「トルエン」を包含する語である。
乙3刊行物に記載された方法は,溶剤中に溶けた状態のポリカーボネート樹脂を,温水中で溶剤を揮発させることにより粉体の状態に変えるというものであり,そのよって立つ原理は,引用発明1の粉体を得る方法におけるものと,基本的に同じであるから,引用発明1においても,同じように多孔質のポリカーボネート固形粒子が得られると解することができる。
したがって,本件発明の「多孔質の粉粒体」は,引用発明1の「ビーズ状固形粒子」と一致するとした決定の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点2ついての判断の誤り)について 原告は,刊行物2には,反応溶媒がハロゲン化炭化水素であることについてもその除去手段についても,記載も示唆もないと主張する。
しかし,刊行物2の「反応溶媒」が,「ハロゲン化炭化水素」であることは,乙2刊行物に記載された周知技術から明らかである。
乙2刊行物には,ポリカーボネートの工業的規模での製造法には,「エステル交換法(溶融法)」,「ピリジン法」,「ホスゲン法」がある旨記載されている(乙第2号証17頁5行〜14行,62頁)。
「エステル交換法」は,ビスフェノールAとジフェニルカーボネートとを溶融状態としてエステル交換反応を生じさせ,これによりポリカーボネートを合成するものであって,別名溶融法ともいわれ,そこでは反応溶剤は不要とされている(乙第2号証67頁6行の(iii)項)。
乙2刊行物には,「ホスゲン法」について,「ビスフェノールAを酸結合剤および溶剤の存在下ホスゲンと反応させてポリカーボネートを製造する方法で,溶剤を用いることから溶剤法ともよばれる。これには酸結合剤としてピリジンを用い非水系で行なうピリジン法と,酸結合剤としてアルカリ水溶液を用いるアルカリ水溶液法があり,とくに後者でアルカリとしてカセイソーダを用い,溶剤として塩化メチレンを用いる方法を特に限定してホスゲン法と称することもあり,この方法がエステル交換法と並んで工業的製法として採用されている。」(乙第2号証67頁14行〜下から4行)と記載され,また,「(a)ピリジン法」の説明中で,「ピリジン自体を溶剤を兼ねて多量に用いることもできるが,ピリジンは高価な化合物であるのでピリジンを酸結合剤として適量用い,溶剤として塩化メチレンを用いる方法が工業的には採用される。」(乙第2号証68頁7行〜10行)とも記載されている。
これらの記載から,ホスゲン法(ピリジン法であれ,アルカリ水溶液法であれ)によるポリカーボネートの製造には,溶剤として塩化メチレンが用いられること,工業的製法としては,エステル交換法とアルカリ水溶液法が採用されること,及び,エステル交換法では溶剤は不要であることは,当時の技術常識であったことが明らかである。
上記の技術常識により,当業者は,刊行物2に記載された「反応溶剤」という用語を見れば,同刊行物に記載された「ユーピロンH-4000」のポリカーボネートは,反応溶剤を用いる工業的な生産物であることから,ホスゲン法で製造されたものであること,及び,この「反応溶剤」とは,工業的に採用されている溶剤である「塩化メチレン」のことであることを,直ちに理解することができるのである。
刊行物2に記載された「ユーピロンH-4000」は,「光学用」の一つである「光ディスク用」であり,光学特性について厳重に管理されており(甲第4号証16頁右欄下から8行〜3行,17頁第1図),この第1図を見ると可視光線の波長(ほぼ400〜800nm)の部分での分光光線透過率は,ほぼ同一の(凹部のない)大きい値を示しており,このことから,「ユーピロンH-4000」は,無色透明性の点で極めて高い品質のポリカーボネートであることが理解できる。当業者は,このような高品質のポリカーボネートである「ユーピロンH-4000」を,上記の「エステル交換法」によっては製造することができず,「ユーピロンH-4000」は上記の「ホスゲン法」で製造されていることを,容易に理解することができるのである。
このことは,光学的特性の優れた成形物の製造法につき記載した刊行物3(甲第5号証)の第4頁において,ポリカーボネート樹脂の製造例(右上欄15行〜右下欄11行)がいずれもホスゲン法である,ということからも裏づけられる。
刊行物2に記載された反応溶媒を塩化メチレンが含まれるハロゲン化炭化水素とした,決定の認定判断に誤りはない。
4 取消事由4(本件発明の顕著な効果の看過)について 原告は,本件発明は,従来のポリカーボネート樹脂溶液に,ハロゲン化炭化水素の除去法という改良を加えることにより,その含有量を1ppm以下という優れた光デイスク用ポリカーボネート成形材料を提供することができた,という顕著な効果を奏したものである,と主張する。
しかし,ポリカーボネートの工業的製造の反応溶媒(重合溶媒)として塩化メチレンが通常使用されているものであることは前記のとおりであるから(乙第2号証),当業者は刊行物2の16頁の第4表に記載された「反応溶媒」として,まず,塩化メチレンを想起するものである。その含有量の許容値が検知限界以下であるということは,その物質が存在しないことが,その用途に使用される樹脂の理想の性質であることを示している。また,刊行物2には反応溶媒が光ディスクの長期安定性に悪影響を及ぼすことが明記され(甲第4号証16頁左下欄下から6行〜5行参照),「とくに樹脂の安定化は重要なテーマである。・・・反応溶媒あるいはクロロホーメート等の分解による塩酸キャッチャー剤としてホスフィンを添加するもの等があげられる。しかし一方で,これらの安定剤が高温多湿下で酸性物質となり,光デイスクの記録膜腐蝕の原因となるので,これらを添加しないことを特徴とする材料という特許が出願されている。」(22頁右欄下から4行〜23頁左欄6行)との記載もなされているから,反応溶剤の分解に由来する塩酸が安定剤に由来する酸性物質と同様,記録膜腐蝕の原因になり得ることは当業者が容易に予測しうるところである。
これらのことを前提にすれば,光デイスク用材料に適したポリカーボネート樹脂を得るにあたり,有害であることが知られている不純物である反応溶媒の含有量を可能な限り低く設定することは当業者が普通に行うことであって,不純物の除去のための費用等を勘案することによりその含有量が決定され,その値を例えば1ppmとすることに格別これを困難とする事情も見当たらない。そして,反応溶媒の低減による安定化効果,あるいは記録膜の腐食の防止は刊行物2から十分に予測可能である。
したがって,「ハロゲン化炭化水素の含有量1ppm以下」とすることには顕著な効果があり,ハロゲン化炭化水素の含有量を限定することが容易ではない,とすることはできない。
当裁判所の判断
1 本件発明について 本件発明を特定する特許請求の範囲の記載が,「ハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって」との表現により,発明とされるのがポリカーボネート樹脂成形材料であることを明らかにしつつ,そのポリカーボネート樹脂成形材料の製造方法を規定した上で(以下「本件製法要件」という。),「該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」との表現により,発明とされるポリカーボネート樹脂成形材料の用途を特定しつつ,同樹脂中のハロゲン化炭化水素の含有量が1ppm以下であるとの構造を規定しているものである(以下「本件構造要件」という。)。
本件発明が,製造方法の発明ではなく,物の発明であることは,上記特許請求の範囲の記載から明らかであるから,本件発明の上記特許請求の範囲は,物(プロダクト)に係るものでありながら,その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含するという意味で,広い意味でのいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものである。そして,本件発明が物の発明である以上,本件製法要件は,物の製造方法特許発明の要件として規定されたものではなく,光ディスク用ポリカーボネート成形材料という物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味は有し得ない。そうである以上,本件発明の特許要件を考えるに当たっては,本件製法要件についても,果たしてそれが本件発明の対象である物の構成を特定した要件としてどのような意味を有するかを検討する必要はあるものの,物の製造方法自体としてその特許性を検討する必要はない。発明の対象を物を製造する方法としないで物自体として特許を得ようとする者は,本来なら,発明の対象となる物の構成を直接的に特定するべきなのであり,それにもかかわらず,プロダクト・バイ・プロセス・クレームという形による特定が認められるのは,発明の対象となる物の構成を,製造方法と無関係に,直接的に特定することが,不可能,困難,あるいは何らかの意味で不適切(例えば,不可能でも困難でもないものの,理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは,その物の製造方法によって物自体を特定することに,例外として合理性が認められるがゆえである,というべきであるから,このような発明についてその特許要件となる新規性あるいは進歩性を判断する場合においては,当該製法要件については,発明の対象となる物の構成を特定するための要件として,どのような意味を有するかという観点から検討して,これを判断する必要はあるものの,それ以上に,その製造方法自体としての新規性あるいは進歩性等を検討する必要はないのである。
本件発明は,光ディスク用ポリカーボネート成形材料において,含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食させる原因となっていることを見いだし,同成形材料中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素を1ppm以下とするとの構成により,記録膜の腐食による劣化,破壊が生じにくいように改善したものであって,本件製法要件は,含有されるハロゲン化炭化水素が1ppm以下であるとのポリカーボネート成形材料を製造するための製造方法であるものの,このこと以外に,本件発明の対象であるポリカーボネート成形材料の構造ないし性質,性状その他の構成自体を特定するための要件としての特段の意味を有するものであると解することはできない。このことは,本件明細書の次の記載から明らかである。
〔産業上の利用分野〕 本発明は、レーザー光の反射や透過によって信号の記録や読み取りを行う光ディスク用のポリカーボネート成形材料であり、記録膜の腐食による劣化、破壊を大幅に改善したものである。(甲第2号証1欄14行〜2欄3行) 〔発明が解決しようとする問題点〕 この記録膜の長期信頼性の改良すべく、ポリカーボネート樹脂に種々の化合物を添加して、高温多湿環境での試験(環境試験)をしたところ、コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出した。
ハロゲン化炭化水素を芳香族ポリカーボネート樹脂より除去する方法としては、充分に乾燥する方法があるが、実用的な乾燥方法によりこれを実現しようとする場合には、粉体状で得られたポリカーボネートをより微粉砕し、乾燥することが必須となるが、微粉砕すると、粉砕工程で必然的に「ダスト」が増加し、光ディスク用の成形材料とすることは困難であった。又、金属腐食防止剤類を配合して腐食を防止する方法もあるが、ポリカーボネート樹脂に無害でかつ記録膜の保護を充分に行う添加剤は、未だ見出されていない。(3欄5行〜21行) 〔問題点を解決するための手段〕 本発明者らは、このハロゲン化炭化水素の低減と、許容限界について検討した結果、「ダスト」の増加を実質的に防止したハロゲン化炭化水素の除去法を見出し、本発明に到達した。すなわち、本発明は、ハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ、低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に、ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈殿が生じない程度の量を加え、得られた均一溶液を45〜100℃に保った撹拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し、溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後、水を分離し、乾燥し、押出して得られるポリカーボネート樹脂であって、該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料である。(3欄22行〜37行) 〔発明の作用および効果〕 以上、本発明のポリカーボネート樹脂成形材料による光ディスクは、記録膜の材質によらず長期信頼性に優れたものとなることが明瞭であり、高温多湿環境下において使用することを余儀無くされる場合にも、安心して使用可能なものであり、その工業的意義は極めて高いものである。(7欄3行〜8欄4行) 本件発明においては,本件発明の対象となる物は,本件構造要件により十分に特定されている。このことは,本件明細書の上記記載から明らかである。本件発明における本件製法要件は,本件特許の対象である光ディスク用ポリカーボネート成形材料の構成を特定するための要件としては,ポリカーボネート樹脂中に含まれる量が1ppm以下とされているハロゲン化炭化水素が,ビスフェノールとホスゲンとの反応によってポリカーボネート成形材料が得られる際の重合溶媒であることを意味する以外には,特段の意味を有するものと解することはできない。要するに,本件製法要件は,本件特許の対象である「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」を製造するための方法を単に特許請求の範囲に記載したものにすぎず,それ以上に出るものではないのである。
そうである以上,物の発明である本件発明に特許を付与する要件となる新規性あるいは進歩性等を判断するに当たっては,本件製法要件は,本件発明の構成を特定する要件としては,上記の程度の意味しか有していないことを前提とした上で,これを判断すべきことになるのは,当然である。
2 取消事由1,2(本件発明と引用発明1との相違点の看過)について 原告は,@決定は,「本件発明の「非或いは貧溶媒」は,刊行物1に記載された発明の「固形化溶媒」と一致する」(決定書11頁16行〜17行)と認定しているが,誤りである,と主張し,その理由として,引用発明1は,「固定化溶媒」として従来法における「n-ヘキサン」等を使用するものであるのに対し,本件発明は,従来の溶媒と比べて比較的高い沸点の「n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン,トルエン」等を使用する点で相違するにもかかわらず,決定は,この相違点を看過した,A本件発明は,「ゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」する方法であるのに対して,引用発明1は,「固形化と同時に湿式粉砕する」方法である点において相違し,両者は製造方法自体が相違するのに,決定は,このような製造方法上の相違点を看過し,「多孔質の粉粒体」である本件発明のポリカーボネート成形材料と,引用発明1の「ビーズ状ポリカーボネート固形粒子」を,製造方法上の差異がないから差がないものと誤って認定した,と主張する。
しかしながら,本件発明の「非或いは貧溶媒」及び「ゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」するとの要件は,いずれも本件製法要件中の要件であり,いずれも本件発明の対象となる物の構成,すなわち「重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では何らの意味も有しない要件であることは,前述のとおり本件明細書の記載から明らかである。原告の上記主張は,本件製法要件中の前記各要件が,製造方法として刊行物1に開示されていないとの主張であるにすぎない。上記に述べたところから明らかなように,物の発明である本件発明に,このような物の構成を特定する上で意味のない製法要件に関し,製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかの議論をする必要は全くないのであるから,原告の主張する前記取消事由は,いずれも失当である。
決定は,本件発明の進歩性を判断するに当たって,本件構造要件のみならず,本件製法要件に係る上記要件についても判断している。しかし,決定のこの判断手法を客観的に評価すれば,決定は,本来判断すべき他の論点に加え,本来判断する必要のない論点についても念のために判断した,ということになるにすぎない。これを,決定の結論に影響を与える瑕疵ということができないことは,当然である。
以上によれば,原告の取消事由1の主張は,本件発明の対象となる物の構成を特定する上で特段の意味のない本件製法要件に関し,製造方法としての新規性,進歩性についての議論をすべきであるとの主張であるから,その主張自体失当であるという以外にない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について 原告は,決定は,本件発明と引用発明1との相違点の一つとして,「本件発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると,前者が・・・該成形材料のカーボネート樹脂中に含有されるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である点・・・が構成要件とされているのに対し,後者が,それらの点が明記されていない点」(決定書16頁4行〜11行)を認定し,これを相違点2とした上で,この相違点につき,刊行物2に,「C揮発成分および不純物の除去 反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪影響を及ぼす可能性があるため,樹脂の精製および乾燥に充分配慮されている。」(決定書7頁6行〜10行)こと,及び,「「ユーピロンH‐4000」のペレット中の不純物分析例として,反応溶剤をガスクロマトグラフで分折し,検知限界以下の分析結果」を得たこと(第16頁第4表)」(決定書7頁15行〜17行)が記載されている点を挙げ,「ペレット中の反応溶剤の量をガスクロマトグラフィーの検知限界以下のできる限り小さい値に設定することは,当業者が容易にできることである。そして,本件明細書において,「上記で得たポリカーボネート乾燥粉体に・・・押出してペレット化し,塩化メチレンは1ppm以下で検出されず(ND),・・・成形材料を得た。」と記載されていることを勘案すれば,前記できる限り小さい値として,1ppmとすることは,当業者が容易に想到できることである。」(決定書17頁下から2行〜18頁7行)と判断しているが,誤りである,刊行物2には,反応溶媒がハロゲン化炭化水素であることは,何ら記載も示唆もされていない,と主張する。
原告が主張する取消事由2は,本件発明の本件構造要件である「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である」に関するものであるから,プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて,前述したところによっても,原告主張の上記取消事由は,本件発明の構成要件自体にかかわるものとして,それが認められるか否かが検討されなければならない。
(1) 刊行物2には,原告の従業員による「光ディスク用特殊プラスチック ポリカーボネート」との表題の論文が掲載され,その中に次の記載がある(甲第4号証)。
@「現在光ディスク用基板材料としては,CD用にはポリカーボネート(PC)・・・が用いられている。本報では,・・・光ディスク用PCの特徴ならびに最近の技術動向について総括する。」(15頁左欄3行〜6行) A「三菱瓦斯化学(株)の光ディスクグレード「H-4000」(判決注・ポリカーボネート樹脂の商品名)では,以下のような材料設計を行なっている。」(15頁右欄下14行〜15行) B「揮発成分および不純物の除去 反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性があるため,樹脂の精製および乾燥に充分配慮されている。」(16頁左欄下から7行〜4行) C「第4表 「ユーピロンH-4000」のペレット中の不純物分析例」,「反応溶剤 ガスクロマト 検知限界以下」(16頁第4表) 刊行物2の上記各記載によれば,刊行物2は,光ディスクに使用するポリカーボネート樹脂(上記@)において,樹脂中に残留する「反応溶媒」(重合溶媒),「反応副生物」,「未反応モノマー」等の「揮発成分」及び「不純物」が,「ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性がある」こと(B),それゆえ,光ディスクの長期安定性を改善する方策の一つとして,揮発成分である反応溶媒の残留濃度は,「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」(C)とすべきことを,教示するものと認めることができる。
(2) 刊行物1には,「本発明は,ポリカーボネートの固形化方法に関し,・・・特に,光学用のポリカーボネート樹脂を製造する方法として好適なものである。」(甲第3号証1頁右下欄11行〜19行),「本発明のポリカーボネート樹脂溶液とは,従来のポリカーボネート樹脂の製法と同様の製法,即ち,・・・二価フェノール系化合物・・・を・・・ホスゲンと反応させることによって作られる芳香族ポリカーボネート樹脂のホモ-もしくはコ-ポリマーの溶液である。」(2頁左下欄1行〜8行),及び,「反応に使用する溶媒としては,塩素化された脂肪族または芳香族の炭化水素・・・特にメチレンクロライド(判決注・塩化メチレンと同一物質である。)が好ましい。」(3頁右上欄9行〜13行)との記載があり,上記各記載によれば,刊行物1には,「光学用」の「ポリカーボネート樹脂」が記載され,当該ポリカーボネート樹脂は,ハロゲン化炭化水素の1種である塩化メチレンを反応溶媒として使用することにより製造されるものであること,及び,上記反応は,重合によりポリカーボネートを製造する反応であることからして,上記反応に使用された「反応溶媒」は,「重合溶媒」であることが認められる。
乙第2号証によれば,ポリカーボネートの工業的規模の製造方法としては,エステル交換法,ピリジン法,ホスゲン法があること,このうち反応溶剤を使用するのは,ピリジン法とホスゲン法だけであること,いずれも反応溶剤として塩化メチレンを使用していることは,当業者にとって周知の技術であることが認められる。
乙2刊行物に示される周知技術を前提に刊行物2を読めば,刊行物2の「反応溶媒」とは,工業的に使用されている塩化メチレンのことであることが,当業者にとっては,容易に理解することができるのである。
そうすると,刊行物2の上記教示に接した当業者は,刊行物1に記載された光学用ポリカーボネート樹脂についても,これを代表的な光学用途の一つである光ディスクに使用する際には,光ディスクの長期安定性を改善するためには,樹脂中に残留する反応溶媒(重合溶媒),すなわち,塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素の量を,できるだけ少なくすべきこと,その一つの指標として「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」とすべきことに,容易に想到し得るものと認められる。
(3) 本件明細書の実施例1においては,重合溶媒(反応溶媒)のハロゲン化炭化水素である塩化メチレンの残留量について,「1ppm以下で検出されず(ND)」(甲第2号証5欄16行)と記載され,また,実施例1及び2の結果をまとめた第6欄の第1表及び第2表の「塩化メチレン」の欄に,「ND」と表示され,これら表の略号の説明には,「表中の略号は,下記である。 塩化メチレン ・ND:検出されず」(甲第2号証5欄42行〜44行)と記載されていることから,本件発明の「1ppm以下」との規定も,何らかの分析方法による検出(検知)限界を規定したものと認められる。
本件明細書には,反応溶媒の残留量の検出にどのような分析法を使用したか記載されていないが,甲第8号証(審判での原告の意見書)に添付の「実験報告書-1」ないし「実験報告書-3」(いずれも,原告の従業員により作成されたものである。)には,ポリカーボネート樹脂中に残留する反応溶媒(塩化メチレン)の分析限界(検知限界)は,ガスクロマト分析による場合,「1ppm」であることが明記されていることが認められる。また,本件全証拠によっても,ガスクロマト分析以外の分析法で,ポリカーボネート樹脂中に残留する塩化メチレンの量を1ppm以下の検知限界で分析することが可能であると認めるべき根拠を見出すことはできない。
そうすると,本件発明における,重合溶媒(反応溶媒)の残留量が「1ppm以下」との限定は,刊行物2が教示する「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」との残留量を,単に数値に置き換えて限定したにすぎないものと認められる。
以上によれば,本件発明の出願時におけるガスクロマト分析法による塩化メチレンの検出限界値は,およそ1ppm程度であったことが認められるから,刊行物2の上記教示に接した当業者が,光ディスクにおける長期安定性を改善するために,本件発明におけるこのような限定をすることは,容易になし得るものということができる。
(4) 原告は,刊行物2には,反応溶媒がハロゲン化炭化水素をどのような手段で除くかということについて,何ら記載も示唆もされていない,と主張する。しかし,本件発明は,物の発明であり,製法の発明ではないのであるから,刊行物2に反応溶媒の残留量を1ppm以下とする手段が記載されていないとしても,このことは,本件発明の「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である」との構成に,当業者が想到することが容易かどうかとは関係のない事柄である。
4 取消事由3(本件発明の顕著な効果の看過)について 原告は,本件発明は,従来のポリカーボネート樹脂溶液に,ダストの増加を実質的に防止したハロゲン化炭化水素の除去法という改良を加えることにより,ポリカーボネート成形材料からなる記録膜を腐食破損させる原因となっていたハロゲン化炭化水素の含有量が1ppm以下という優れた光ディスク用ポリカーボネート成形材料を提供することができた,という顕著な効果を奏したものである,と主張する。
しかしながら,決定は,本件発明の構成自体,想到の容易なものであったと認定判断していること,その認定判断に誤りがないことは,既に認定したとおりであり,このように構成につき容易想到性が認められる発明に対して,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するものというべきである。そして,本件全証拠によっても,本件発明が現実に有する効果が,本件発明の構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを認めるに足りる証拠はない。
原告は,本件発明は,コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見いだし,その含有量が1ppm以下という優れた光ディスク用ポリカーボネート成形材料を提供することができ,これにより,ディスクの記録膜に記録された情報が破壊されなくなったことは,当業者の予測できない顕著な効果である,などと主張する。しかし,「反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性がある」(甲第4号証16頁下から6行〜5行)ことは刊行物2に記載されており,この反応溶媒がハロゲン化炭化水素の一種である塩化メチレンであることは,前記認定のとおりであるから,本件発明の「ハロゲン化炭化水素の含有量が1ppm以下」との構成及びそれによる効果が,当業者にとって容易に想到し得るものであることは,前記認定のとおりであり,結局,原告の上記主張は,採用することができないのである。
5 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸