関連審決 | 異議1998-72099 訂正2000-39081 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17ワ3668特許権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件 平成17ワ9357売掛代金等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ8435特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10775審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ90審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 物の発明 / 方法の発明 / 製造方法 / 新規性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 技術的手段 / 共有 / クレーム / 参酌 / 技術的意義 / 置き換え / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 侵害 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 変更 / 訂正明細書 / 合理的な理由 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
84号
審決取消請求事件
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原告 三菱瓦斯化学株式会社 訴訟代理人弁理士 佐伯憲生 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 中島次一 同 谷口浩行 同 森田 ひとみ 同 大橋良三 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/06/11 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が訂正2000-39081号事件について平成13年1月16日にした審決を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告とソニー株式会社(以下「ソニー」という。)は,発明の名称を「光ディスク用ポリカーボネート成形材料」とする特許第2672094号の特許(昭和62年年7月29日特許出願,平成9年7月11日設定登録,以下「本件特許」という。)の共有特許権者であった。 本件特許に対し,特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを,平成10年異議第72099号事件として審理し,その結果,平成11年11月15日,「特許第2672094号の特許を取り消す。」との決定をし,平成11年11月29日にその謄本を原告とソニーに送達した。 原告とソニーは,平成11年12月27日に,同決定の取消しを求める訴訟を東京高等裁判所に提起した(同裁判所平成11年(行ケ)第437号)。原告は,平成12年8月7日,ソニーから同社が有する本件特許の持分全部を譲り受け,その登録を了した。 原告は,平成12年7月25日に,本件特許の願書に添付した明細書又は図面(以下「本件明細書」という。)を訂正すること(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「本件訂正明細書」という。)につき審判を請求した。特許庁は,これを訂正2000-39081号事件として審理し,その結果,平成13年1月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,平成13年2月5日,その謄本を原告に送達した。 2 本件訂正に係る特許請求の範囲(以下「本件訂正発明」という。) 「ジクロロメタンを溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒として,n- ヘプタン ,シクロヘキサン ,ベンゼン 又はトルエン を沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって,該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。(下線は訂正個所を示す。) なお,本件訂正前の特許請求の範囲は,次のとおりである。 「ハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって,該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」 3 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,本件訂正発明は,刊行物である特開昭61-250026号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。),日本プラスチック工業連盟誌「プラスチックス」7月号第38巻第7号14頁ないし23頁・昭和62年7月1日株式会社工業調査会発行(以下「刊行物2」という。)に記載された発明,特開昭58-126119号公報に記載された発明及び特開昭49-28642号公報(以下「刊行物4」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるので,本件訂正は,特許法126条3項の規定に違反し,認められない,と判断した。 |
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原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「[1]請求の趣旨」及び「[2]訂正拒絶の理由及びそれに対する請求人の主張」及び「[3]刊行物の記載事項」は認める。「[4]対比」については,審決書7頁4行ないし9行及び13行ないし19行を争い,その余は認める。「[5]当審の判断」及び「[6]むすび」は争う。 審決は,本件訂正発明と引用発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1),本件訂正発明と引用発明1との相違点を看過し(取消事由2),本件訂正発明と引用発明1との相違点についての判断を誤り(取消事由3ないし5),本件訂正発明の予想外の顕著な効果を看過し(取消事由6)たものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件訂正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り) 審決は,本件訂正発明と引用発明1との一致点について,「刊行物1には「滴下」或いは「噴霧」という語は記載されていないが,「この溶液を,加熱化(判決注・「加熱下」の誤記と認める。)の温水に添加しつつ,溶媒及び固形化用溶媒を通常0.1〜1.0時間,好ましくは0.5〜1.0時間で留去するように添加する」(摘示事項g)と記載されていることから,刊行物1に記載された発明も「滴下」しているものと解することが相当であり,この点で,両発明は一致する。」(審決書7頁4行〜9行)と認定したが,誤りである。 (1) 刊行物1に記載された「留去するように添加する」方法が「滴下或いは噴霧」であるとは限らない。刊行物1には,どっと入れても,少しづつ連続的に入れても,また,バッチ式に入れても,要するに「留去するように添加する」ことができればよいことが開示されているにすぎず,どのような方法で添加したかということについては,何も記載されていない。 本件訂正発明が,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とするために,「非或いは貧溶媒として,n-ヘプタン・・・を・・・滴下或いは噴霧してゲル化」することを特徴とするものであることは,本件訂正明細書の特許請求の範囲に記載されているとおりである。 したがって,本件訂正発明と引用発明とが,この点で一致しているとした審決の認定は,誤りである。 (2) 被告は,刊行物1に記載された「添加しつつ」が滴下する操作を意味することは,当業者には当然のこととして理解できる,と反論している。 しかし,刊行物1には,「好ましくは0.5〜1.0時間で留去するように添加する」(甲第5号証3頁左下欄17行〜18行)と記載され,実施例-1では,メチレンクロライド(ジクロロメタンと同義)1260l,n-ヘキサン380l,合計1640lの溶媒が1分間に27.3l,1秒間に約455ml添加されている。仮に,被告が主張するように,上記溶媒を小液滴として添加しなければビーズ状にならないということであれば,10mlの小液滴として添加しても,1秒間に少なくとも45滴を添加しなければならず,約20ミリ秒に10mlを機関銃のように滴下しなければならないことになる。一方,本件訂正明細書の実施例1の記載では,溶媒24lが約1時間で滴下され,これは1分間に400ml,1秒間に約7mlであり,問題なく滴下できる量である。 このように刊行物1に記載された実施例をみても,上記溶媒を「滴下」したものでないことは明らかである。したがって,被告の主張は誤りである。 2 取消事由2(本件訂正発明と引用発明1との相違点の看過) 審決は,「刊行物1に記載された発明は,固形化の際に,「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程を必須の構成要件としているのに対し,訂正後の本件発明は,該工程を必須の構成要件としていない点で一応相違するが,訂正後の本件明細書に「この水スラリーを製造する際に,ゲル化粒子を適宜,拡散翼や湿式粉砕機によって粉砕しつつ行うことは・・・好ましい方法である。」(特許公報4欄10行〜14行)と記載されていることから,実質的な相違点ではない。」(審決書7頁13行〜19行)と認定したが,誤りである。 引用発明1においては,「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程こそが,発明の中核部分である。このことは,刊行物1に,「配管中の移送〜固形化物の粉砕による「ゴミ」の発生の実質的にない方法について鋭意検討した結果,固形化と同時に湿式粉砕する方法を見出し,本発明を完成させた。」(甲第5号証2頁左上欄15行〜18行)と記載されていることからも,明らかである。 一方,本件訂正発明においては,審決においても摘示されているように,湿式粉砕をする工程は,任意に選択すれば足りる工程にすぎない。本件訂正明細書に記載された実施例においても,この工程を採用したことは記載されていない。 審決は,両発明の構成にしか着目していないため,本件訂正発明と引用発明1との間に存在する,目的についての相違点を看過したのである。 引用発明1は,ポリカーボネート樹脂の配管中の移送ないし固形化物の粉砕による「ゴミ」の発生を防止することをその目的(課題)とするものであり,この目的(課題)を解決するためにポリカーボネート樹脂の「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程を必須とするものである。このことは,刊行物1に,「固形化物の水スラリー液の移送工程〜固形化物の粉砕工程において,配管および機器からの「ゴミ」の発生,混入という問題点があり,より高品質-すなわち「ゴミ」の少ないものの要求される用途-特に光学用途などのポリカーボネート樹脂を製造する方法としては不十分な場合もあった。 [問題点を解決するための手段] 本発明者らは,配管中の移送〜固形化物の粉砕による「ゴミ」の発生の実質的にない方法について鋭意検討した結果,固形化と同時に湿式粉砕する方法を見出し,本発明を完成させた。」(甲第5号証2頁左上欄7行〜18行)と記載されていることからも,明らかである。 これに対し,本件訂正発明は,ジクロロメタンなどのハロゲン化炭化水素が除去されたポリカーボネート樹脂を提供することを目的(課題)としているものである。このことは,本件訂正明細書に,「[発明が解決しようとする問題点] この記録膜の長期信頼性の改良すべく,ポリカーボネート樹脂に種々の化合物を添加して,高温多湿環境での試験(環境試験)をしたところ,コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出した。ハロゲン化炭化水素を芳香族ポリカーボネート樹脂より除去する方法としては,充分に乾燥する方法があるが,実用的な乾燥方法によりこれを実現しようとする場合には,粉体状で得られたポリカーボネートをより微粉砕し,乾燥することが必須となるが,微粉砕すると,粉砕工程で必然的に「ダスト」が増加し,光ディスク用の成形材料とすることは困難であった。又,金属腐食防止剤類を配合して腐食を防止する方法もあるが,ポリカーボネート樹脂に無害でかつ記録膜の保護を充分に行う添加剤は,未だ見出されていない。」(甲第2号証2頁3欄5行〜21行)と記載されていることによって,明白である。 このように,審決は,本件訂正発明と引用発明1との目的(課題)の相違を看過し,その構成の点のみから判断したため,引用発明1が「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程を必須とする点を,実質的な相違点ではないと看過したものである。 3 取消事由3(相違点2(多孔質体の形成の有無)についての判断の誤り) 審決は,本件訂正発明と引用発明1との相違点の一つとして,「訂正後の本件発明は,「多孔質」とされているが,刊行物1には,「多孔質」とは記載されていない点」(審決書7頁28行〜29行)を認定し,これを「相違点2」とした上で,この相違点2について「刊行物1には,「多孔質」という語はないが,ポリカーボネート樹脂溶液を撹拌下の温水中に添加,溶媒を留去しながら,ポリカーボネート樹脂を固形化しているのであるから,該ポリカーボネート樹脂は,溶媒の留去により生じた多孔質の粉粒体であるものと解することが相当である。」(審決書8頁7行〜10行)と判断したが,誤りである。 (1) 刊行物1には,発明の名称が「ビーズ状ポリカーボネート固形粒子の水スラリー液の製造法」(甲第5号証1頁左欄3行〜4行)であることが明記され,この「ビーズ状ポリカーボネート固形粒子」について,「このものは,水スラリーの状態に於ける配管中の移送による抵抗が小さく,且つ,後処理工程における水分離および乾燥も効率よく行え,かつ乾燥粉体としても形状がビーズ状であることから,配管や機器壁との接触による「ゴミ」の発生や混入も低減されるものである。」(甲第5号証3頁右下欄12行〜18行)と記載されている。ビーズとは,一般に,小さくて固い粒子であり,その表面はツルツルのものである。刊行物1に記載されたポリカーボネート樹脂は,このようなビーズ状であるからこそ,抵抗も小さく,配管中の移送によるゴミの発生や混入も少ないのである。このように,刊行物1には,むしろ,引用発明1が多孔質ではないことが記載されているのであり,同発明が多孔質であることについては全く記載も示唆もされていないのである。 審決は,上記のとおり,引用発明1と本件訂正発明とで方法が同じであるとして,これを前提に引用発明1のポリカーボネート樹脂も,「多孔質の粉粒体であるものと解することが相当である」(審決書8頁10行)と認定判断しているが,両発明の方法が同じであるとする前提そのものが誤りなのである。審決自体,本件訂正発明と引用発明1との間には,五つもの相違点があると認定していることからも分かるように,両者の方法は異なるのである。それゆえにこそ,引用発明1のものはビーズ状であり,本件訂正発明のものは多孔質の粉粒体となるのである。 (2) 本件訂正発明は,多孔質の粉粒体とすることを特徴とするものであり,これによりジクロロメタンの含有量が1ppm以下となるポリカーボネート成形材料を得ることができたのである。 本件訂正発明により多孔質の粉粒体が得られた詳細な理由は明らかではない。おそらく,その主要な原因は,ポリカーボネートを製造する際に使用されているジクロロメタンの沸点が約40℃であるのに対して,非あるいは貧溶媒として用いられるものの沸点が80℃以上であること(非あるいは貧溶媒として用いられるもののジクロロメタンとの沸点差が40℃以上であること)であり,溶媒を留去するときに,この沸点差のために,ジクロロメタンと非あるいは貧溶媒とがほぼ同時に留去されるのではなく,段階的に留去されることになるためであろう,と考えられる。 本件訂正発明におけるこのような段階的な溶媒の留去は,刊行物1に記載されているn-ヘキサン(沸点68.8℃でジクロロメタンとの沸点差は28.8℃しかない。)を用いた場合には生起しない。 本件訂正発明においては,前述したように,「滴下或いは噴霧してゲル化」させることも特徴の一つであり,同発明と引用発明1とは,溶媒の沸点差や添加の仕方などの相違により,得られるポリカーボネート樹脂が異なってきているのである。 したがって,溶媒の沸点差や添加の仕方などが相違している引用発明1のポリカーボネート樹脂を,本件訂正発明の「多孔質の粉粒体であるものと解することが相当である」(審決書8頁10行)とした審決の認定判断は誤りである。 (3) 被告は,特公昭46-31468号公報(乙第2号証。以下[乙第2号証公報]という。)を挙げて,刊行物1に記載された粉体が多孔質であることは同号証からも立証される,と主張する。 しかし,乙第2号証公報は,ポリカーボネート樹脂に関するものであるとはいえ,食器などの成形材料として使用される昔の成形用ポリカーボネート樹脂に関するものにすぎず,そこで問題とされるポリカーボネート樹脂は,本件訂正発明における 光ディスク用ポリカーボネート樹脂とは,同じものではない。刊行物2にも記載されているように,ポリカーボネート樹脂は透明性や機械的強度において優れた樹脂ではあるものの,流動性が悪く,そのため,ビットを形成する小さな穴などを再現して成形することが困難である,複屈折率などの光学特性が十分でない,という欠点を有していた(甲第6号証14頁〜15頁)。ポリカーボネート樹脂の流動性や光学特性を改善するために,実用的な機械的強度を保ち得るぎりぎりまで分子量を低下させ,またその分子量分布を極めて厳格に制御している(同16頁左欄下から3行〜1行)のが光学用のポリカーボネート樹脂である。従来の成形材料用のポリカーボネート樹脂も,光ディスク用のポリカーボネート樹脂も,同じポリカーボネート樹脂の範疇には入るとはいえ,両者は,分子量やその分布が明確に相違しており,化学物質としてはむしろ異なるものなのである。このことは,「エンジニアリングプラスチック」平井利昌監修,株式会社プラスチックス・エージ,1984年発行(甲第11号証)からも明らかである。したがって,乙第2号証公報に記載された事項を刊行物1に記載された光学用ポリカーボネート樹脂に直ちに適用して両者に相違はないとすることはできない。 乙第2号証公報に記載された方法は,刊行物1に記載された方法では,ポリカーボネート樹脂の塩化メチレン溶液に固形化用溶媒を添加し,この混合物を水中に添加しているのに対し,ポリカーボネート樹脂の塩化メチレン溶液にトルエンなどの膨潤剤及び水を添加している点で,刊行物1に記載された方法と相違しているのみならず,刊行物1に記載された方法では湿式粉砕機に循環して溶剤を留去しているのに対し,ポリカーボネート樹脂の塩化メチレン溶液にトルエンなどの膨潤剤及び水を添加して成る混合物から,強力な溶剤回収装置を用いて減圧下に溶剤を回収している点においても,刊行物1に記載された方法とは相違している。そして,刊行物1においては,乙第2号証公報に記載された「トルエン」や「低級アルキル基置換ベンゼン」については何ら記載されておらず,この点においても乙第2号証公報に記載された事項と刊行物1の開示とは相違している。このように,乙第2号証公報に記載された方法は,刊行物1に記載された方法とは方法として異なるのである。刊行物1に記載されたビーズ状ポリカーボネート粒子が多孔質であることが乙第2号証公報により何等裏付けられるものではないことは,このことからしても明らかというべきである。 被告は,乙第2号証公報に記載された方法と刊行物1に記載された方法が基本的に同じ原理によるものであるから,引用発明1も多孔性である,と主張している。しかし,溶媒に溶解している物質を貧溶媒中に加えて物質を析出させ溶媒を揮発させる,という点が同じであるからといって必ずしも析出した物質が多孔性になるとは限らないことは化学常識である。事実,刊行物1ではビーズ状になると記載されていることは前記のとおりである。まして,前述したように,乙第2号証公報に記載されている物質と刊行物1に記載されている物質とは異なるものであり,その操作方法も異なるものであるから,乙第2号証公報に記載されたポリカーボネート樹脂と刊行物1に記載されたポリカーボネート樹脂とが,同じ状態になるか否かは不明というほかない。 被告のこの点に関する主張は,化学常識に反するものであり,その前提において既に誤っており,失当である。 4 取消事由4(相違点5(残存溶媒量の相違)についての判断の誤り) 審決は,本件訂正発明と引用発明1との相違点の一つとして,成形材料中のジクロロメタンの残存量について,「訂正後の本件発明は,「1ppm以下」とされているが,刊行物1には,残存溶媒の量について何も記載されていない点」(審決書7頁下から1行〜8頁1行)を認定し,これを相違点5とした上で,この相違点5について,「刊行物2には,「反応溶媒がディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性」(摘示事項1,(4))を指摘し,第4表には,「ユーピロンH-4000」のペレット中の不純物分析例として,反応溶剤(重合溶媒と同義)のガスクロマトグラフーによる分析値を「検知限界以下」(第4表)としていることから,ペレット中の反応溶剤の量をガスクロマトグラフィーの検知限界以下のできる限り小さい値に設定することは,当業者が容易にできることである。そして,訂正後の本件明細書において,「上記で得たポリカーボネート乾燥粉体に・・・押出してペレット化し,塩化メチレンは1ppm以下で検出されず(ND),・・・成形材料を得た。」と記載されていることを勘案すれば,前記できる限り小さい値として,1ppmとすることは,当業者が容易に想到できることである。したがって,成形材料中の重合溶媒を1ppm以下に限定することは当業者が容易にできることである。」(審決書8頁28行〜9頁2行)と判断したが,誤りである(審決は,上記判断に続いて,カッコ書きで 「(なお,請求人は,意見書で,この1ppm以下にすること自体についての容易性について認めた。)」(審決書9頁3行〜4行)とするが,誤りである。原告(請求人)は,そのようなことを認めていない。)。 刊行物2には,反応溶剤の量をガスクロマトグラフィーで測定した結果が「検知限界以下」であったことが表として記載されているのみであり,反応溶剤が何であるかということも,「1ppm以下」という具体的な数値もいずれも記載されていない。また,刊行物2には,反応溶媒が1ppm以下のものを製造するための手段も全く記載されていない。 刊行物2に記載されている「光ディスクグレード・H-4000」は,光ディスクグレードの要求を満たした初めてのポリカーボネート樹脂であり,極めて高度の技術の結晶であることは刊行物2の記載からも明らかである。そうであるから,刊行物2に記載された事項を達成するためには,極めて高度の技術的手段が要求されるのであり,刊行物2の記載から直ちにその記載事項が,その当時の当業者にとって容易であったということもできない。 審決は,本件訂正明細書の記載を引用して,本件訂正発明が容易であったとしている。しかし,上記記載で示されているのは,本件訂正発明(本件発明)により達成された効果そのものであり,同記載は,本件訂正発明に係る構成を採用した結果,当業者が容易に反応溶剤を1ppm以下とすることを達成することができたものであることを述べているまでのことである。 ある発明の容易性の判断において,当該発明に係る出願明細書において初めて開示された事項を参酌することは,一般に,許されないことである。審決が本件訂正明細書の記載を参酌しなければならないことは,本件訂正発明の困難性を示している,というべきである。 本件特許の出願日当時,ガスクロマト分析による反応溶媒(ジクロロメタン)の検出限界が「10ppm」であったことは,特公平7-94544号公報(甲第12号証)から明らかである。したがって,当時,ポリカーボネート樹脂に含まれる反応溶媒の濃度を1ppm以下とすることに想到することは,当業者といえども困難であった。 引用発明2に基づいて,当業者が容易に本件訂正発明における相違点5に係る構成を発明することができたとした審決の判断は誤りである。 5 取消事由5(相違点1(固形化溶媒の相違)についての判断の誤り) 審決は,本件訂正発明と引用発明1との相違点の一つとして,「訂正後の本件発明の「非或いは貧溶媒」は,「n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン又はトルエン」と限定されているのに対し,刊行物1に記載された発明では,「固形化溶媒」の具体例として,n-ヘキサンが記載されているだけで,n-ヘプタン等の上記限定された化合物名が記載されていない点」(審決書6頁25行〜28行)を認定し,これを相違点1とした上で,この相違点1について,「刊行物1に記載された発明において,「固形化用溶媒」として,n-へキサン以外の物質を用いようとするときに,甲第4号証(判決注・刊行物4)に記載されたポリカーボネート樹脂の貧溶媒を,なかでも,実施例として用いられている物質をまず用いてみることは,当業者が容易に想到することである。」(同9頁19行〜22行)と判断したが,誤りである。 (1) 引用発明1は,前述のとおり,「ゴミ」の少ないポリカーボネート樹脂を提供することをその目的(課題)とするものであり,本件訂正発明は,ジクロロメタンの少ないポリカーボネート樹脂を提供することを目的(課題)とするものであるから,両者はその目的(課題)を異にしている。したがって,「刊行物1に記載された発明において,「固形化用溶媒」として,n-へキサン以外の物質を用いようとする」(同9頁19行〜20行)ということ自体,そもそも想定することのできることではない。仮に,そのような想定がなされたとしても,引用発明1によって得られるのは,「ゴミ」の少ないポリカーボネート樹脂だけであるから,上記想定に従って行うことにより,本件訂正発明の目的を達成し,本件訂正発明の課題を解決することができるなどということは,想定できないのである。 この点についての審決の認定判断は,その前提において既に誤っている。 (2) 刊行物4に,審決が摘示しているように各種の貧溶媒が列記されていることは,事実である。 しかし,刊行物4に具体的に記載されている沈殿法は,ポリカーボネート樹脂のジクロロメタン溶液にn-ヘプタンなどの貧溶媒を直接添加して,ポリカーボネート樹脂の沈殿を得るというものである(刊行物4の実施例1〜4)のに対し,本件訂正発明における沈澱法は,ポリカーボネート樹脂のジクロロメタン溶液に非あるいは貧溶媒を「沈殿が生じない程度の量」添加し,この混合溶液を温水中に滴下あるいは噴霧してゲル化する,というものであり,これら二つの沈殿法は,相違しているのである。そうである以上,ある貧溶媒が刊行物4に記載されている沈殿法で使用されているからといって,その貧溶媒を,そのまま,本件訂正発明で採用されている上記沈殿法に適用できるということが,当業者に予測できることになるわけではないのである。 刊行物4には,本件訂正発明で採用されている特定の非あるいは貧溶媒を特定する記載も示唆もされていない。まして,ジクロロメタンの含有量の少ないポリカーボネート樹脂を提供するための非あるいは貧溶媒としてどのようなものがあるかということについては,全く記載も示唆もされていない。 刊行物4の実施例1ないし4では,n-ヘプタン,酢酸エチル,イソプロピルアルコール,n-ヘキサンがそれぞれ使用されているものの,刊行物4には,これらを使用することによりジクロロメタンの含有量の少ないポリカーボネート樹脂を提供することができることは何ら記載も示唆もされていない。むしろ,刊行物4にはこれらの貧溶媒は同等なものとして使用することができることが示唆されているのである。 したがって,仮に,審決で説示されているように,刊行物1に具体的に記載されている「n-ヘキサン」に代えて,貧溶媒として刊行物4の実施例に記載されている「n-ヘプタン」や,「酢酸エチル」や,「イソプロピルアルコール」を用いたとしても,その結果(効果)は,刊行物1に記載されている程度と同等であると想到されるのである。 しかしながら,原告の提出した「実験報告書-3」(甲第9号証の添付書類)によれば,本件訂正発明の構成によれば,貧溶媒が刊行物1に記載された「n-ヘキサン」である場合(「実験報告書-3」の参考例1)と,刊行物4に記載された「n-ヘプタン」である場合(「実験報告書-3」の実施例1)とでは,その結果が異なってくることが明らかである。 したがって,ジクロロメタンの含有量の少ないポリカーボネート樹脂を提供する本件訂正発明の目的(課題)を達成するために,刊行物1に記載された「n-ヘキサン」に代えて,貧溶媒として刊行物4の実施例に記載されたものを用いてみようと考えることは,当業者にとって容易なことではないのである。 (3) 審決は,また,「ポリカーボネート成形材料中のジクロロメタンの残存量は,その製造中において,乾燥条件,押出の条件等を変えることにより変化するものであって,貧溶媒として特定した物質を用いた結果であるものとは認められない。」(審決書9頁28行〜31行)と認定判断している。しかし,訂正審判で原告が提出した平成12年11月21日付け意見書(甲第9号証)に添付された「実験報告書-3」には,乾燥条件,押出の条件等が同じであっても,貧溶媒の種類が相違することにより目的を達成することができる場合とできない場合があることが明らかにされている。すなわち,同じ操作条件で,貧溶媒としてn-ヘプタンを用いた場合(「実験報告書-3」の実施例1)と,n-ヘキサンを用いた場合(「実験報告書-3」の参考例1)の実験結果が報告されており,それによれば,実施例1ではジクロロメタンは1ppm以下であったが,参考例1では3ppmである。このことは,ポリカーボネート成形材料中のジクロロメタンの残存量は,その製造中における乾燥条件,押出の条件等が同じであっても,異なり得るものであり,好ましい結果が得られるのは,貧溶媒として特定の物質を用いた結果である,ということを,明らかにするものであり,審決の前記認定判断が誤りであることを証明している。 したがって,審決の上記認定判断は誤りである。 (4) 審決は,「請求人が主張する効果は,n-へプタン等を用いた場合には,n-へキサンを用いた場合より,ジクロロメタンが,ポリカーボネート樹脂粉末中に,ひいては,ポリカーボネート成形材料中に残存しにくいという製造工程中に得られた効果(製造方法の発明の効果)であって,物自体により得られた効果(物の発明の効果)ではない。したがって,請求人が主張する効果は,訂正後の本件発明により得られた効果とは認められない。」(審決書9頁下から3行〜10頁4行)と認定判断している。 しかし,発明の効果とは,目的の達成,又は達成の程度であるから,物を目的とした発明の効果は物の提供であり,方法を目的とした発明の効果は方法の提供である。そして,本件訂正発明は製造方法で特定された物を目的にした発明であり,特定された製造方法で得られた物の効果は,すなわち本願発明の効果である。 ある特定の溶媒を用いて製造された物が,他の溶媒を用いて製造された物と異なる性質を有しているということは,物を目的にした発明においては物の効果であり,製造方法を目的にした発明においては方法の効果である。したがって,本件訂正発明においては,n-ヘプタン等の特定の非あるいは貧溶媒を用いることにより,多孔質の粉粒体が得られることによって,ジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料を提供するという目的(課題)を達成することができたのであるから,これそのものが本件訂正発明の効果であるというほかない。本件訂正発明の「製造工程中に得られた効果(製造方法の発明の効果)」であったとしても,それを製造工程の効果ととらえることもできるし,それを当該製造工程で得られた物の効果ととらえることもできる。いずれでとらえるかということは,法に規定されるものではない。 したがって,仮に,製造工程中に得られた効果であったとしても,これを製造方法の発明の効果に限定して解釈すべき合理的な理由はなく,前記審決の認定判断は誤りである。 (5) 被告は,本件訂正発明は,「物」に係る発明であり,それを製造するための製造方法に係る発明ではないのであるから,ある技術が本件訂正発明に該当するとするためには,ペレット化した後のものが,ジクロロメタンの含有量1ppm以下を実現していればよいのである,と主張している。 しかし,本件訂正発明は,本件明細書の特許請求の範囲に記載されているとおり,製法限定付きの「物」の発明である。このような製法限定付きの「物」の発明も,多数特許されているのであり,かつ,このような製法限定に全く技術的意義がないというものではない。とりわけ,本件訂正発明のようなポリマー樹脂についての発明においては,ポリマーの各種の特性が,単純にポリマーの繰り返し単位や分子量のみにより特定されることなく,ポリマーの密度や結晶性や立体的な配置などの各種の複雑な性状により特定されることが多々あり,それらの複雑な性状のすべてが常に解明されるとは限らないことから,製造方法によりポリマー樹脂を特定するほうがより好ましい場合や,製造方法によらなければ,十分な特定ができない場合もあることは,よく知られているところである。本件訂正発明は,製造方法により特定されたポリマー樹脂からなる成形材料に関するものであり,このような製造方法が,本件訂正発明のポリマー樹脂を技術的に特定しているのである。 被告は,本件明細書の特許請求の範囲の記載における製法部分を合理的な理由もなく無視して主張しているのであり,このような主張が本件明細書の特許請求の範囲の記載の解釈を誤っているものであることは,明らかである。 (6) 以上のとおりであるから,引用発明1及び刊行物4に記載された発明に基づいて,相違点1に係る本件訂正発明の構成に想到することが,当業者に容易であった,とした審決の認定判断は誤りである。 6 取消事由6(本件訂正発明の顕著な効果の看過) 審決は,「請求人が主張するこの効果(判決注・残存ジクロロメタンの量が1ppm以下と少なくなるという効果)は,上記「刊行物1に記載された発明において,「固形化用溶媒」として,n-へプタン等訂正後に限定された物質を用いることは,当業者が容易に想到することであるもの」とした判断を妨げるものではない。」(審決書10頁5行〜8行)として,本件訂正発明の効果が顕著でなく,仮にその効果があったとしても審決の判断を左右するものではない,と認定判断しているが,誤りである。 本件訂正発明は,本件訂正明細書にも記載されているように, 「この要求を満たす光学用熱可塑性樹脂としては・・・ポリカーボネート樹脂・・・などが挙げられる。これらの中でポリカーボネート樹脂は,コンパクトディスクにおける実績などより最も可能性のある材料として開発,改良が行われているが,アルミニウム・・・ガドリニウム及びこれらの合金をポリカーボネート基板上に蒸着又はスパッタリングして形成される記録膜の長期信頼性の点では必ずしも満足されるものではなかった。 [発明が解決しようとする問題点] この記録膜の長期信頼性を改良すべく,ポリカーボネート樹脂に種々の化合物を添加して,高温多湿環境での試験(環境試験)をしたところ,コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出した。」(甲第2号証2欄8行〜3欄11行) という事実に基づいている。 このような問題点については,刊行物1ないし4のいずれにも記載も開示もされていない。 本件訂正発明は,このような問題点の認識の下に,特定の非あるいは貧溶媒を選び,沈殿が生じない程度の量だけこれを加え,得られた均一溶液を45ないし100℃に保った撹拌下の水中に滴下あるいは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とすることにより,ジクロロメタンなどのハロゲン化炭化水素が1ppm以下であるポリカーボネート成形材料を提供することができることを見いだしたのである。ジクロロメタンの含有量を1ppm以下にすることにより,ディスクの欠陥の数が大幅に改善されることは,例えば,本件訂正明細書に記載された実施例及び比較例に示される試験結果から,明らかである。 刊行物1の実施例1に記載された方法で得られたポリカーボネート成形材料では,ジクロロメタンが4ppm含有されており(甲第9号証に添付された実験報告書-2),刊行物4の実施例1ないし4に記載された方法で得られたポリカーボネート成形材料ではジクロロメタンが7ないし8ppm含有されている(甲第9号証に添付の実験報告書-1)。この7ないし8ppmの含有量は,前記本件訂正明細書に記載の「比較例E」とほぼ同程度の値である。 本件訂正発明は,このように,非あるいは貧溶媒としてn-ヘプタン等の特定の溶媒を用いることにより,記録膜の長期信頼性を維持することができるポリカーボネート成形材料を提供することができたのである。このような本件訂正発明の顕著な効果は,刊行物1ないし4のいずれにも記載も示唆もされておらず,本件訂正発明は製造時の非あるいは貧溶媒としてn-ヘプタン等の特定の溶媒を用いるという簡便な構成により,予想外に顕著な効果を奏したものである。 審決は,本件訂正発明のこの予想外に顕著な効果を看過したものである。 |
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被告の反論の要点
審決に,原告主張の誤りはない。 1 取消事由1(本件訂正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)について 原告は,引用発明1においては,ポリカーボネート溶液を「留去するように添加」すればよいのであって,その手段は,「どっと入れても」,「少しづつ連続的に入れても」,「バッチ式に入れても」よい,と主張する。 しかし,刊行物1には,審決で摘示したとおり,「この溶液を,加熱下の温水中に添加しつつ・・・留去するように添加する」と記載されているのであり,この「添加しつつ」は,「添加しながら」と同義語であって,「どっと入れる」(一時に入れる)という意味でも,「バッチ式に入れる」という意味でもないのである。 実施例は,当業者が追試できる程度に記載されるものであって,「どっと入れる」のであれば,「どっと入れる」と,「バッチ式に入れる」のであれば,入れる時間も含めて「バッチ式に入れる」と記載されるものである。 引用発明1においては,ポリカーボネート樹脂は,ビーズ状の粉末として得られている。上記「添加」も,このことを前提に理解すべきであることは,いうまでもないところである。 仮に,ポリカーボネート樹脂溶液を,「どっと入れる」とすると,添加された樹脂液は,攪拌下の温水中では,「大液滴」として混合されることになる。そうなると,ポリカーボネート樹脂は,「大液滴」から「大きな塊」となってその形で固形化されやすく,後に湿式粉砕機に循環することにより粉砕するとしても,湿式粉砕機に大きな負荷を与えることになり,必ずしも均一な粉体が得られないこととなる。 一方,「滴下」すれば,添加された樹脂溶液は,攪拌下の温水中で,「小液滴」として混合される。「小液滴」からは,小さい塊(粉体)として固形化されることになり,ビーズ状の粉体を得る引用発明1の目的とも合致するのである。したがって,刊行物1の「添加しつつ」が,「どっと入れる」(小液滴としないで入れる)でも,「バッチ式に入れる」でもなく,滴下する操作であることは,当業者には当然のこととして理解できるところである。 2 取消事由2(本件訂正発明と引用発明1との相違点の看過)について 原告は,「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程を必須の工程とする刊行物1の発明と,同工程を必須の工程とはしない本件訂正発明とは,発明の目的が異なるものである,と主張する。 しかし,引用発明1のビーズ状ポリカーボネート固形粒子は,最終的には乾燥され,光学用ポリカーボネート樹脂となるのであるから(甲第5号証1頁右下欄参照),これを,本件訂正発明とその目的を全く異にするものとすることはできない。 訂正請求に添付された本件訂正明細書3頁17行ないし19行には,「この水スラリーを製造する際に,ゲル化粒子を適宜,撹拌翼や湿式粉砕機によって粉砕しつつ行うことは,乾燥工程による溶媒の留去をより容易に行うために好ましい方法である。」と記載されている。一方,刊行物1にも「湿式粉砕機に循環しつつ固形化する」と記載されており,本件訂正発明において,「湿式粉砕機」を用いたときには,この点で両発明は一致するものとなる。 したがって,上記の点を相違点としなかった審決の認定に誤りはない。 3 取消事由3(相違点2(多孔質体の形成の有無)についての判断の誤り)について 原告は,本件訂正発明のポリカーボネート樹脂は「多孔性の粉粒体」であるのに対し,引用発明1のポリカーボネート樹脂は「ビーズ状」のものである点で,両発明は相違すると主張する。 しかし,「多孔性」が,内部又は表面に多数の空隙を持つという意味の語であるのに対し,「ビーズ状」の語は,外形がビーズ状(球形)であることを意味するにすぎず,内部又は表面に多数の空隙を持つか否か,あるいは,内部が中実(空隙がない)であるか否か,ということとは無関係である。したがって,引用発明1のポリカーボネート樹脂がビーズ状であるからといって,同樹脂が多孔性であることがそれによって否定されることになるわけではない。 引用発明1において,得られた粉体が多孔性であることは,乙第2号証公報から明らかである。 乙第2号証公報には,「ジヒドロキシジアリールアルカンとホスゲンとの縮合反応によって得られる高分子量ポリカーボネートの低沸点溶剤溶液にポリカーボネートの膨潤剤として低級アルキル基置換ベンゼンおよび水を加え,往復回転式撹拌機の如き強力撹拌機により充分攪拌混合し,一定速度で昇温して大半の低沸点溶剤および若干の低級アルキル基置換ベンゼンを回収して,内容物は,糊状ゲルを経て球状ゲルとして水相に分散せしめ,次で強力の溶剤回収装置を用いて減圧下溶剤類回収をなし球状ゲルを多孔質球状となし,さらに加熱して溶剤類回収を終了して得られた樹脂を水分を分離した後乾燥することを特徴とする,ポリカーボネートの多孔性成形材料の製造方法。」(補正後の特許請求の範囲)が記載されている。 ここで,「ジヒドロキシジアリールアルカン」とは,「ビスフェノールA」を包含する語であり,「低沸点溶剤」とは,「ジクロロメタン」を包含する語であり,「低級アルキル基置換ベンゼン」とは,「トルエン」を包含する語である(第7欄実施例1参照)。 乙第2号証公報に記載された粉体を得る方法は,溶剤中に溶けた状態のポリカーボネート樹脂を,温水中で溶剤を揮発させることにより粉体の状態に変える,というものであり,そのよって立つ原理は,引用発明1の粉体を得る方法におけるものと,基本的に同じであるから,引用発明1においても,得られた粉体は同じように多孔性であると解することができる。 ジクロロメタンの含有量が1ppm以下であることは,後の工程(乾燥,ペレット化)で達成されたことであって,多孔質であることとは無関係である。 4 取消事由4(相違点5(残存溶媒量の相違)についての判断の誤り)について ポリカーボネートの反応溶媒としては,通常,ジクロロメタンが使用されているのであるから(刊行物1の実施例1及び刊行物4の実施例1参照),当業者は,刊行物2の反応溶媒として,まず,ジクロロメタンを想起するものである。その含有量の許容値が検知限界以下であるということは,その物質が存在しないことが,その用途に使用される樹脂の理想の性質であることを示している。また,刊行物2には反応溶媒がディスクの長期安定性に悪影響を及ぼすことが明記されている(甲第6号証16頁左下欄C)。 これらのことを前提にすれば,本件訂正発明において,ジクロロメタンの含有量を1ppm以下とすることは,有害であるとされる不純物である反応溶媒の含有量の限界値を設定したということ以上の意味を持ち得ないことが,明らかである。このような値の設定は,分析機器の性能及び不純物の除去のための費用を勘案することにより決定されることであって,当業者が当然に行うことである。 ジクロロメタンの含有量を1ppm以下とすることは容易ではない,ということはできない。 5 取消事由5(相違点1(固形化溶媒の相違)についての判断の誤り)について 原告は,「固形化溶媒」としてn-ヘキサン以外の物質を用いようとすること自体,想定することができないことである,という。しかし,原告自身,刊行物1に係る出願(特願昭60-91850)の審査の過程において,n-ヘプタン及びシクロヘキサンを用いた実施例5,6を追加することにより,両者が固形化溶剤として同等に扱われ得ることを明らかにしている(乙第1号証)。 原告は,同じ条件で操作すれば,n-ヘプタンを用いたときの効果は,n-ヘキサンを用いたときの効果より優れ,n-ヘプタンを用いたときに,ジクロロメタンの含有量1ppm以下を達成できても,n-ヘキサンを用いたときには達成できないことがある,と主張している。 一方,本件特許の特許異議申立事件において,特許異議申立人は,実験報告書で,刊行物1の実施例1の方法を追試し,ビーズ状固形物を得,そのビーズ状固形物をペレットとし,この追試の結果として,ビーズ状固形物中のメチレンクロライド(判決注・ジクロロメタンと同義語)含有量7.3ppm,ペレット中のメチレンクロライド含有量0.7ppmを報告している。(乙第4号証,実験報告書。なお,該実験報告書の2頁最終行の「n-ヘプタン」は,「n-ヘキサン」の誤記である。) この報告書の上記二つの値は,前記原告作成の甲第9号証の意見書に添付された実験報告書-3の実施例1(n-ヘプタンを用いたもの)の値とほぼ同一である。すなわち,特許異議申立人の実験結果からは,n-ヘキサンをn-ペプタンに変更しても結果は変わらないことになる。 本件訂正発明は,あくまでも,「物」に係る発明であり,ジクロロメタンの含有量1ppm以下を実現するための具体的な方法に係る発明ではない。ペレット化した後に,ジクロロメタンの含有量1ppm以下を実現していれば,同発明の要件は満たされることになるのである。 ジクロロメタンの残存量は,使用した固形化溶媒の種類によって決まってしまうというものではなく,使用した溶媒の種類が同じであっても,乾燥,ペレット化の条件を変更すれば変わってしまうものである。すなわち,乾燥温度を高くあるいは乾燥時間を長く,ペレット化温度を高くあるいはペレット化時間を長く,ペレット化するための押出機のベンド圧を低くすることにより,ジクロロメタンの含有量を減ずることができる。 固形化溶媒としてn-ヘキサンを用いている引用発明1を出発点として,用いる固形化溶媒をn-ヘキサンからn-ヘプタンに変えることは,当業者が容易にできたことというべきである。 6 取消事由6(本件訂正発明の顕著な効果の看過)について ジクロロメタン(反応溶媒)がディスクの長期安定性に悪影響を及ぼす可能性があることは,刊行物2(甲第6号証16頁左下欄C)が示すところであり,原告の主張は,ジクロロメタンの残存量とその有害の程度との関係を数値化したものにすぎない。 刊行物2により,ジクロロメタンの残存量を少なくすることは,当業者が容易に想到することであり,本件請求項1の発明は,その残存量を規定したものにすぎず,しかも,その残存量を規定することに創意或いは工夫があるものとすることができないことは,前述したとおりである。 |
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当裁判所の判断
1 本件訂正発明について 本件訂正発明を特定する特許請求の範囲の記載が,「ジクロロメタンを溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒として,n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン又はトルエンを沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって,」との表現により,発明とされるのがポリカーボネート樹脂成形材料であることを明らかにしつつ,そのポリカーボネート樹脂成形材料の製造方法を規定した上で(以下「本件製法要件」という。),「該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」との表現により,発明とされるポリカーボネート樹脂成形材料の用途を特定しつつ,同樹脂中のジクロロメタンの含有量が1ppm以下であるとの構造を規定しているものである(以下「本件構造要件」という。)。 本件訂正発明が,製造方法の発明ではなく,物の発明であることは,上記特許請求の範囲の記載から明らかであるから,本件訂正発明の上記特許請求の範囲は,物(プロダクト)に係るものでありながら,その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含するという意味で,広い意味でのいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものである。そして,本件訂正発明が物の発明である以上,本件製法要件は,物の製造方法の特許発明の要件として規定されたものではなく,光ディスク用ポリカーボネート成形材料という物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味は有し得ない。そうである以上,本件訂正発明の特許要件を考えるに当たっては,本件製法要件についても,果たしてそれが本件訂正発明の対象である物の構成を特定した要件としてどのような意味を有するかを検討する必要はあるものの,物の製造方法自体としてその特許性を検討する必要はない。 発明の対象を,物を製造する方法としないで物自体として特許を得ようとする者は,本来なら,発明の対象となる物の構成を直接的に特定するべきなのであり,それにもかかわらず,プロダクト・バイ・プロセス・クレームという形による特定が認められるのは,発明の対象となる物の構成を,製造方法と無関係に,直接的に特定することが,不可能,困難,あるいは何らかの意味で不適切(例えば,不可能でも困難でもないものの,理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは,その物の製造方法によって物自体を特定することに,例外的に合理性が認められるがゆえである,というべきであるから,このような発明についてその特許要件となる新規性あるいは進歩性を判断する場合においては,当該製法要件については,発明の対象となる物の構成を特定するための要件として,どのような意味を有するかという観点から検討して,これを判断する必要はあるものの,それ以上に,その製造方法自体としての新規性あるいは進歩性等を検討する必要はないのである。 本件訂正発明は,光ディスク用ポリカーボネート成形材料において,含有される重合溶媒であるジクロロメタンが記録膜を腐食させる原因となっていることを見いだし,同成形材料中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンを1ppm以下とするとの構成により,記録膜の腐食による劣化,破壊が生じにくいように改善したものであって,本件製法要件は,含有されるジクロロメタンが1ppm以下であるとのポリカーボネート成形材料を製造するための製造方法であるものの,このこと以外に,本件訂正発明の対象であるポリカーボネート成形材料の構造ないし性質,性状その他の構成自体を特定するための要件としての特段の意味を有するものであると解することはできない。このことは,本件訂正明細書の次の記載から明らかである。 〔産業上の利用分野〕 本発明は,レーザー光の反射や透過によって信号の記録や読み取りを行う光ディスク用のポリカーボネート成形材料であり,記録膜の腐食による劣化,破壊を大幅に改善したものである。(甲第2号証1欄14行〜2欄3行,甲第10号証。なお,甲第10号証は,原告が平成12年2月10日に本件訂正と同趣旨の訂正を求めて審判を請求したときの審判請求書であり(この請求は,原告がソニーから本件特許の持分を譲り受ける前に単独で請求したものであったため,同年5月24日に却下された。),原告が平成12年7月25日に本件訂正を求めて審判を請求したときの審判請求書ではないものの,これら二つの審判請求書の内容が同趣旨のものであることは,甲第1,第3,第4号証及び弁論の全趣旨から明らかである。) 〔発明が解決しようとする問題点〕 この記録膜の長期信頼性の改良すべく,ポリカーボネート樹脂に種々の化合物を添加して,高温多湿環境での試験(環境試験)をしたところ,コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出した。 ハロゲン化炭化水素を芳香族ポリカーボネート樹脂より除去する方法としては,充分に乾燥する方法があるが,実用的な乾燥方法によりこれを実現しようとする場合には,粉体状で得られたポリカーボネートをより微粉砕し,乾燥することが必須となるが,微粉砕すると,粉砕工程で必然的に「ダスト」が増加し,光ディスク用の成形材料とすることは困難であった。又,金属腐食防止剤類を配合して腐食を防止する方法もあるが,ポリカーボネート樹脂に無害でかつ記録膜の保護を充分に行う添加剤は,未だ見出されていない。(甲第2号証3欄5行〜21行,甲第10号証) 〔問題点を解決するための手段〕 本発明者らは,このハロゲン化炭化水素の低減と,許容限界について検討した結果,「ダスト」の増加を実質的に防止したハロゲン化炭化水素の除去法を見出し,本発明に到達した。すなわち,本発明は,ジクロロメタンを溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒として,n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン又はトルエンを沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45〜100℃に保った撹拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂であって,該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料である。 (甲第2号証3欄22行〜37行,甲第10号証) 〔発明の作用および効果〕 以上,本発明のポリカーボネート樹脂成形材料による光ディスクは,記録膜の材質によらず長期信頼性に優れたものとなることが明瞭であり,高温多湿環境下において使用することを余儀無くされる場合にも,安心して使用可能なものであり,その工業的意義は極めて高いものである。(甲第2号証7欄3行〜8欄4行,甲第10号証) 本件訂正発明においては,本件訂正発明の対象となる物は,本件構造要件により十分に特定されている。このことは,本件訂正明細書の上記記載から明らかである。本件訂正発明における本件製法要件は,本件特許の対象である光ディスク用ポリカーボネート成形材料の構成を特定するための要件としては,ポリカーボネート樹脂中に含まれる量が1ppm以下とされているジクロロメタンが,ビスフェノールとホスゲンとの反応によってポリカーボネート成形材料が得られる際の重合溶媒であることを意味する以外には,特段の意味を有するものと解することはできない。 要するに,本件製法要件は,本件特許の対象である「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」を製造するための方法を単に特許請求の範囲に記載したものにすぎず,それ以上に出るものではないのである。 そうである以上,物の発明である本件訂正発明に特許を付与する要件となる新規性あるいは進歩性等を判断するに当たっては,本件製法要件は,本件訂正発明の構成を特定する要件としては,上記の程度の意味しか有していないことを前提とした上で,これを判断すべきことになるのは,当然である。 2 取消事由1(本件訂正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り),取消事由2(本件訂正発明と引用発明1との相違点の看過),取消事由3( 相違点2(多孔質体の形成の有無)についての判断の誤り)及び取消事由5(相違点1(固形化溶媒の相違)についての判断の誤り)について (1) 原告は,@取消事由1として,審決は,本件訂正発明と引用発明1との一致点について,「刊行物1には「滴下」或いは「噴霧」という語は記載されていないが,「この溶液を,加熱化(判決注・「加熱下」の誤記と認められる。)の温水に添加しつつ,溶媒及び固形化用溶媒を通常0.1〜1.0時間,好ましくは0.5〜1.0時間で留去するように添加する」(摘示事項g)と記載されていることから,刊行物1に記載された発明も「滴下」しているものと解することが相当であり,この点で,両発明は一致する。」(審決書7頁4行〜9行)と認定したが,誤りである,刊行物1に記載された「留去するように添加する」方法が「滴下或いは噴霧」であるとは限らない,刊行物1には,どっと入れても,少しづつ連続的に入れても,また,バッチ式に入れても,要するに「留去するように添加する」ことができればよいことが開示されているにすぎず,どのような方法で添加したかということについては,何も記載されていない,と主張し,A取消事由2として,審決は,「刊行物1に記載された発明は,固形化の際に,「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程を必須の構成要件としているのに対し,訂正後の本件発明は,該工程を必須の構成要件としていない点で一応相違するが,訂正後の本件明細書に「この水スラリーを製造する際に,ゲル化粒子を適宜,拡散翼や湿式粉砕機によって粉砕しつつ行うことは・・・好ましい方法である。」(特許公報4欄10行〜14行)と記載されていることから,実質的な相違点ではない。」(審決書7頁13行〜19行)と認定したが,誤りである,審決は,本件訂正発明と引用発明1との目的(課題)の相違を看過し,その構成の点のみから判断したため,引用発明1が「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程を必須とする点を,実質的な相違点ではないと看過したものである,と主張している。 しかしながら,本件訂正発明の「滴下或いは噴霧」との要件(取消事由1),は,本件製法要件中の要件であり,また,固形化過程において「湿式粉砕機」によって粉砕する行程を必須の要件とするかどうかも(取消事由2),製造方法そのものに関する事柄であり,いずれも本件訂正発明の対象となる物の構成,すなわち「重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では特段の意味を有しない要件であることは,本件訂正明細書の上記記載から明らかである。原告の上記主張は,本件製法要件中の前記の各要件が,製法として刊行物1に開示されていないとの主張,あるいは,両発明が製造方法として異なるものであるとの主張であるにすぎない。前に述べたところから明らかなように,物の発明である本件訂正発明の特許要件を論ずるに当たり,このような物の構成を特定する上で特段の意味のない製法要件に関し,製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかについての議論をする必要は全くないのであるから,原告の主張する上記取消事由は,いずれも主張自体において既に失当である。 審決は,本件訂正発明の進歩性を判断するに当たって,本件構造要件のみならず,本件製法要件に係る上記要件についても判断している。しかし,審決のこの判断手法を客観的に評価すれば,審決は,本来判断すべき他の論点に加え,本来判断する必要のない論点についても念のために判断した,ということになるにすぎない。 (2) 原告は,@取消事由3として,審決は,本件訂正発明と引用発明1との相違点の一つとして,「訂正後の本件発明は,「多孔質」とされているが,刊行物1には,「多孔質」とは記載されていない点」(審決書7頁28行〜29行)を認定し,これを相違点2とした上で,この相違点2について「刊行物1には,「多孔質」という語はないが,ポリカーボネート樹脂溶液を撹拌下の温水中に添加,溶媒を留去しながら,ポリカーボネート樹脂を固形化しているのであるから,該ポリカーボネート樹脂は,溶媒の留去により生じた多孔質の粉粒体であるものと解することが相当である。」(審決書8頁7行〜10行)と判断したが,誤りである,審決自体,本件訂正発明と引用発明1との間には,五つもの相違点があると認定していることからも分かるように,両者の方法は異なるのである。それゆえにこそ,引用発明1のものはビーズ状であり,本件訂正発明のものは多孔質の粉粒体となるのである,と主張し,A取消事由5として,審決は,本件訂正発明と引用発明1の相違点の一つとして,「訂正後の本件発明の「非或いは貧溶媒」は,「n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン又はトルエン」と限定されているのに対し,刊行物1に記載された発明では,「固形化溶媒」の具体例として,n-ヘキサンが記載されているだけで,n-ヘプタン等の上記限定された化合物名が記載されていない点」(審決書6頁25行〜28行)を認定し,これを相違点1とした上で,この相違点1について,「刊行物1に記載された発明において,「固形化用溶媒」として,n-へキサン以外の物質を用いようとするときに,甲第4号証(判決注・刊行物4)に記載されたポリカーボネート樹脂の貧溶媒を,なかでも,実施例として用いられている物質をまず用いてみることは,当業者が容易に想到することである。」(同9頁19行〜22行)と判断したが,誤りである,引用発明1は,前述のとおり,「ゴミ」の少ないポリカーボネート樹脂を提供することをその目的(課題)とするものであり,本件訂正発明は,ジクロロメタンの少ないポリカーボネート樹脂を提供することを目的(課題)とするものであるから,両者はその目的(課題)を異にしている,刊行物4に具体的に記載されている沈殿法は,ポリカーボネート樹脂のジクロロメタン溶液にn-ヘプタンなどの貧溶媒を直接添加して,ポリカーボネート樹脂の沈殿を得るというものである(刊行物4の実施例1〜4)のに対し,本件訂正発明における沈澱法は,ポリカーボネート樹脂のジクロロメタン溶液に非あるいは貧溶媒を「沈殿が生じない程度の量」添加し,この混合溶液を温水に滴下あるいは噴霧してゲル化するものであり,両者の沈殿法は,相違しているのである等,と主張している。 しかしながら,本件訂正発明の「ゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」するとの要件(取消事由3)及び「非或いは貧溶媒として,n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン又はトルエンを・・・加え」との要件(取消事由5)は,いずれも,本件製法要件中の要件であって,本件訂正発明の対象となる「重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では特段の意味を有しない要件であることは,前述のとおり,本件訂正明細書の記載から明らかである。原告の上記主張は,本件製法要件中の前記の各要件が,製法として刊行物1に開示されていないとの主張,あるいは,両発明は製造方法として異なるものであるとの主張であるにすぎない。物の発明である本件訂正発明の特許要件を論ずるに当たり,このような物の構成を特定する上で特段の意味のない製法要件に関し,製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかについて議論をする必要は全くないこと,及び,審決が,本来,判断する必要のない本件製法要件に係る上記要件についても念のために判断したにすぎない,と評価し得るものであることは,前述のとおりである。 原告は,取消事由5に関し,本件訂正発明は,製法限定付きの「物」の発明である,本件訂正発明のようなポリマー樹脂についての発明においては,ポリマーの各種の特性が,単純にポリマーの繰り返し単位や分子量のみにより特定されることなく,ポリマーの密度や結晶性や立体的な配置などの各種の複雑な性状により特定されることが多々あり,それらの複雑な性状のすべてが常に解明されるとは限らないことから,製造方法によりポリマー樹脂を特定するほうがより好ましい場合や,製造方法によらなければ,十分な特定ができない場合もあることは,よく知られているところである,本件訂正発明は,製造方法により特定されたポリマー樹脂からなる成形材料に関するものであり,このような製造方法が,本件訂正発明のポリマー樹脂を技術的に特定しているのである,と主張する。 本件訂正明細書の現実の記載を離れて,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(原告のいう「製法限定付きの「物」の発明」)についての一般論としてみる限り,本件訂正発明のポリマー樹脂を原告主張のようなものとして理解するのが合理的である場合も十分存在し得るということができよう。しかし,問題は,本件訂正明細書において,本件製法要件がどのような意味を有するものとされているか,ということである。この問題を離れて,一般論のみによって,本件製法要件が本件訂正発明のポリマー樹脂を技術的に特定していると認めることはできないのである。そして,本件訂正明細書には,本件製法要件の有する技術的意義に関するものとしては,「コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出し」(甲第2号証3欄8行〜11行,甲第10号証),ハロゲン化炭化水素を低減させる本件製法要件記載の製法により,「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成型材料」(甲第2号証3欄34行〜37行,甲第10号証)との構成の本件訂正発明に至ったとの記載はある反面,原告主張のように,本件訂正発明のポリカーボネート樹脂が,ポリマーの密度や結晶性や立体的な配置などの各種の複雑な性状等によりその特性が特定されるものであることを述べた記載も,このことを示唆する記載もなく,まして,このことを前提に,本件訂正発明は,「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成型材料」すべてであるわけではなく,その中の一部である本件製法要件により製造されたものに限られることを述べた記載,あるいは,これを示唆する記載はない。いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形により特許を得ようとする者は,発明の対象を製法としないで物とすることを何らかの理由で自ら選択した以上,当該物は当該製法によって製造されたものに限られることを主張しようとするなら,そのことを出願に係る明細書において明示すべきであり,それをしないで,明細書の記載を他の解釈の余地を残すものとしておきながら(例えば,侵害訴訟において,当該発明の対象となる物は,当該製法によって製造されたものには限られない,等の主張をすることが考えられる。),このような主張をすることは,許されないというべきである。結局のところ,原告の本件訂正発明に関する上記主張は,本件訂正明細書に基づかない主張というべきであり,同主張を採用することはできない。 (3) 以上によれば,原告の取消事由1,取消事由2,取消事由3及び取消事由5の各主張は,本件訂正発明の対象となる物の構成を特定する上で特段の意味のない本件製法要件に関し,製法としての新規性,進歩性についての議論をすべきであるとの主張であるから,これらの取消事由が,審決の結論に影響を与える瑕疵ということができないものであることは,明らかであり,いずれもその主張自体失当であるという以外にない。 3 取消事由4(相違点5(残存溶媒量の相違)についての判断の誤り)について 原告は,審決は,本件訂正発明と引用発明1との相違点の一つとして,成形材料中のジクロロメタンの残存量について,「訂正後の本件発明は,「1ppm以下」とされているが,刊行物1には,残存溶媒の量について何も記載されていない点」(審決書7頁下から1行〜8頁1行)を認定し,これを相違点5とした上で,この相違点5について,「刊行物2には,「反応溶媒がディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性」(摘示事項1,(4))を指摘し,第4表には,「ユーピロンH-4000」のペレット中の不純物分析例として,反応溶剤(重合溶媒と同義)のガスクロマトグラフーによる分析値を「検知限界以下」(第4表)としていることから,ペレット中の反応溶剤の量をガスクロマトグラフィーの検知限界以下のできる限り小さい値に設定することは,当業者が容易にできることである。そして,訂正後の本件明細書において,「上記で得たポリカーボネート乾燥粉体に・・・押出してペレット化し,塩化メチレンは1ppm以下で検出されず(ND),・・・成形材料を得た。」と記載されていることを勘案すれば,前記できる限り小さい値として,1ppmとすることは,当業者が容易に想到できることである。したがって,成形材料中の重合溶媒を1ppm以下に限定することは当業者が容易にできることである。」(審決書8頁28行〜9頁2行)と判断したが,誤りである,刊行物2には,反応溶剤の量をガスクロマトグラフィーで測定した結果が「検知限界以下」であったことが表として記載されているのみであり,反応溶剤が何であるかということも,「1ppm以下」という具体的な数値もいずれも記載されていない,と主張する。 原告が主張する上記取消事由4は,本件訂正発明の本件構造要件である「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である」に関するものである。プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて,前述したところによっても,原告主張の上記取消事由は,本件訂正発明の構成要件自体にかかわるものとして,それが認められるか否かが検討されなければならない。 (1) 刊行物2には,原告の従業員による「光ディスク用特殊プラスチック ポリカーボネート」との表題の論文が掲載され,その中に次の記載がある(甲第6号証)。 @「現在光ディスク用基板材料としては,CD用にはポリカーボネート(PC)・・・が用いられている。本報では,・・・光ディスク用PCの特徴ならびに最近の技術動向について概括する。」(15頁左欄3行〜9行) A「三菱瓦斯化学(株)の光ディスクグレード「H-4000」(判決注・ポリカーボネート樹脂の商品名)では,以下のような材料設計を行なっている。」(15頁右欄下から15行〜14行) B「揮発成分および不純物の除去 反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性があるため,樹脂の精製および乾燥に充分配慮されている。」(16頁左欄下から7行〜4行) C「第4表 「ユーピロンH-4000」のペレット中の不純物分析例」,「反応溶剤 ガスクロマト 検知限界以下」(16頁第4表) 刊行物2の上記各記載によれば,同刊行物は,光ディスクに使用するポリカーボネート樹脂(上記@)において,樹脂中に残留する「反応溶媒」(重合溶媒),「反応副生物」,「未反応モノマー」等の「揮発成分」及び「不純物」が,「ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性がある」こと(B),それゆえ,光ディスクの長期安定性を改善するには,揮発成分である反応溶媒の残留濃度は,「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」(C)とすべきことを教示するものと認めることができる。 (2) 刊行物1には,「本発明は,ポリカーボネート樹脂の固形化方法に関し,・・・特に,光学用のポリカーボネート樹脂を製造する方法として好適なものである。」(甲第5号証1頁右下欄11行〜19行),「本発明のポリカーボネート樹脂溶液とは,従来のポリカーボネート樹脂の製法と同様の製法,即ち,・・・二価フェノール系化合物・・・を・・・ホスゲンと反応させることによって作られる芳香族ポリカーボネート樹脂のホモ-もしくはコーポリマーの溶液である。」(2頁左下欄1行〜8行),及び,「反応に使用する溶媒としては,塩素化された脂肪族または芳香族の炭化水素・・・特にメチレンクロライド(判決注・ジクロロメタンの同義語である。)が好ましい。」(3頁右上欄9行〜13行)との記載がある。刊行物1の上記各記載によれば,同刊行物には,「光学用」の「ポリカーボネート樹脂」が記載されていること,当該ポリカーボネート樹脂は,ハロゲン化炭化水素の1種であるジクロロメタンを反応溶媒として使用する反応により製造されるものであること,及び,上記反応に使用された「反応溶媒」であるジクロロメタンは,「重合溶媒」であること(上記反応が,重合によりポリカーボネートを製造する反応であることは明らかである。)が認められる。 刊行物4の実施例1(甲第8号証3頁左下欄)にも,光学用のポリカーボネート樹脂の製造において,メチレンクロライド(ジクロロメタンの同義語である。)が反応溶媒として使用されていることが記載されている。 刊行物1及び同4の上記各記載によれば,刊行物2の上記「反応溶媒」の代表的なものが「ジクロロメタン」であることは,本件当業者にとっては明らかなことであったと認められる。 そうすると,刊行物2の上記教示に接した当業者は,光学用ポリカーボネート樹脂を代表的な光学用途の一つである光ディスクに使用する際には,光ディスクの長期安定性を改善するためには,樹脂中に残留する反応溶媒(重合溶媒),すなわち,ジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素の量を,「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」とすべきことに,容易に想到し得るものというべきである。 (3) 本件訂正明細書の実施例1においては,重合溶媒(反応溶媒)のハロゲン化炭化水素である塩化メチレン(判決注・ジクロロメタンの同義語である。)の残留量について,「1ppm以下で検出されず(ND)」(甲第2号証5欄15行〜16行,甲第10号証)と記載され,また,実施例1及び2の結果をまとめた第6欄の第1表及び第2表の「塩化メチレン」の欄に,「ND」と表示され,これら表の略号の説明には,「表中の略号は,下記である。 塩化メチレン ・ND:検出されず」(甲第2号証5欄42行〜44行,甲第10号証)と記載されていることから,本件訂正発明の「1ppm以下」との規定の技術的意義は,何らかの分析方法による検出(検知)限界を規定することにあるものと認められる。本件訂正明細書の他の記載中に,この認定の妨げとなるものは見当たらず(甲第2,第10号証),この認定を妨げる資料は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。 本件訂正明細書には,反応溶媒の残留量の検出にどのような分析法を使用したかは記載されていない。しかし,訂正審判での平成12年11月21日付け原告の意見書(甲第9号証)に添付された「実験報告書-1」ないし「実験報告書-3」(いずれも,原告の従業員により作成されたものである。)には,ポリカーボネート樹脂中に残留する反応溶媒(ジクロロメタン)の分析限界(検知限界)は,ガスクロマト分析による場合,「1ppm」であることが明記されていることが認められる。また,本件全証拠によっても,ガスクロマト分析以外の分析法で,ポリカーボネート樹脂中に残留するジクロロメタンの量を1ppm以下の検知限界で分析することが可能であると認めるべき根拠を見いだすことはできない。 そうすると,本件訂正発明における,重合溶媒(反応溶媒)の残留量を「1ppm以下」とする限定は,刊行物2が教示する「ガスクロマト分析」における「検知限界以下」との残留量を,単に数値に置き換えて表現したにすぎないものということになる。 以上によれば,本件特許の出願日当時におけるガスクロマト分析法による塩化メチレンの検出限界値は,およそ1ppm程度であったことが認められるから,刊行物2の上記教示に接した当業者が,光ディスクにおける長期安定性を改善するために,本件訂正発明におけるこのような限定をすることは,容易になし得るものということができる。 原告は,本件特許の出願日当時,ガスクロマト分析による反応溶媒(ジクロロメタン)の検出限界は「10ppm」であったとし,このことは甲第12号証(特公平7-94544号公報)から明らかであり,したがって,ポリカーボネート樹脂に含まれる反応溶媒の濃度を1ppm以下とすることを想到することは,当業者といえども困難であった,と主張する。 しかしながら,甲第12号証には,同号証に記載された実施例1及び2で製造されたポリカーボネート樹脂中の残留溶媒の濃度をガスクロマト分析により測定したところ,その濃度が「10ppm」以下であったことが記載されているにとどまり,ガスクロマト分析による残留溶媒の「検出限界」が「10ppm以下」であるとの記載はない。したがって,原告の上記主張も,採用することができない。 (4) 原告は,刊行物2には,反応溶媒をどのような手段で除くかということについて,何ら記載も示唆もされていない,と主張する。しかし,本件訂正発明は,物の発明であり,製法の発明ではないのであるから,刊行物2に反応溶媒の残留量を1ppm以下とする手段が記載されていないとしても,このことは,本件訂正発明の「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である」との構成に,当業者が想到することが容易かどうかとは,関係のない事柄である。 4 取消事由6(本件訂正発明の顕著な効果の看過)について 原告は,審決は,「請求人が主張するこの効果(判決注・残存ジクロロメタンの量が1ppm以下と少なくなるという効果)は,上記「刊行物1に記載された発明において,「固形化用溶媒」として,n-へプタン等訂正後に限定された物質を用いることは,当業者が容易に想到することであるもの」とした判断を妨げるものではない。」(審決書10頁5行〜8行)として,本件訂正発明の効果が顕著でなく,仮にその効果があったとしても審決の判断を左右するものではない,と認定判断しているが,誤りである,本件訂正発明は,ジクロロメタンの含有量を1ppm以下にすることにより,ディスクの欠陥の数を大幅に改善し,非あるいは貧溶媒としてn-ヘプタン等の特定の溶媒を用いることにより,記録膜の長期信頼性を維持することができるポリカーボネート成形材料を提供することができたのである,このような本件訂正発明の顕著な効果は,刊行物1ないし4のいずれにも記載も示唆もされていない,と主張する。 しかしながら,審決が本件訂正発明の構成自体が想到の容易なものであったと認定判断し,その認定判断に誤りがないことは,既に認定したとおりであり,このように構成につき容易想到性が認められる発明に対して,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するものというべきである。そして,本件全証拠によっても,本件訂正発明が現実に有する効果が,本件訂正発明の構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを認めるに足りる証拠はない。 すなわち,「反応溶媒,反応副生物および未反応モノマー等は,ディスクの長期安定性に悪作用を及ぼす可能性がある」(甲第6号証16頁左欄下から6行〜5行)ことは刊行物2に記載されており,この反応溶媒の代表的なものがジクロロメタン(塩化メチレン)であることは,前記認定のとおりであるから,本件訂正発明の「含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」との構成及びそれによる効果が,当業者にとって容易に想到し得るものであることは,明らかであり,結局,原告の上記主張は,採用することができないのである。 5 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |