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関連審決 審判1999-39003
関連ワード 発明者 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  訂正明細書 /  相当期間 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 4065号 特許権侵害差止請求事件
原告A
訴訟代理人弁護士 伊神喜弘
同 柳瀬陽子
補佐人弁理士 樋口武尚
被告 ロオルス株式会社
訴訟代理人弁護士 藤田健
補佐人弁理士 小谷悦司
同 植木久一
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2002/06/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は、別紙イ号物件目録記載の物件を製造し、譲渡し、譲渡のために展示してはならない。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
被告は、別紙イ号物件目録記載の物件を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、譲渡又は貸渡しのために展示してはならない。
事案の概要
本件は、「ズボン等のウエスト伸縮構造」に関する特許発明に係る特許権者である原告が、被告に対し、被告が製造、販売しているズボンが上記特許発明技術的範囲に属するとして、特許権に基づき同ズボンの製造等の差止めを求めた事案である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない。) (1) 本件特許権 ア 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲請求項1記載の発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 第2578079号 発明の名称 ズボン等のウエスト伸縮構造 出 願 日 平成6年10月12日(特願平6-246201号) 公 開 日 平成8年5月7日(特開平8-113805号) 登 録 日 平成8年11月7日 イ 本件発明の特許登録時の特許請求の範囲請求項1は次のとおりであった(特許登録時の特許請求の範囲が記載された別紙特許公報(甲3)を以下「本件公報」という。)。
「【請求項1】 ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって、
一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された弾性材を備え、
この弾性材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造。」 ウ 原告は、平成11年1月12日、本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を別紙訂正明細書(甲4添付のもの、以下「訂正明細書」という。)のとおり訂正するよう求める審判(平成11年審判第39003号)を請求したところ、特許庁は、平成11年8月19日付けで、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決をした。原告は、上記審決を不服として、同年10月30日、東京高等裁判所に審決取消訴訟(東京高等裁判所平成11年(行ケ)第349号)を提起したところ、東京高等裁判所は、平成12年11月20日、上記審決を取り消す旨の判決をし、特許庁は、同年12月27日、「特許第2578079号に係る明細書及び図面を本件審判請求書に添付された訂正明細書及び図面のとおり訂正することを認める。」とする審決をし、この審決は、平成13年2月22日確定した(甲4〜6、弁論の全趣旨、以下、この訂正を「本件訂正」という。)。
本件訂正により訂正された特許請求の範囲請求項1の記載は、下記のとおりである(下線部分が訂正箇所)。
「【請求項1】 ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって、
一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された弾性材及び前記弾性材の最大伸びを抑制する伸び止め材 を備え、
前記弾性材及び前記伸び止め材 と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造。」 (2) 本件発明は、次の構成要件に分説することができる。
A ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって、
B 一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された弾性材及び前記弾性材の最大伸びを抑制する伸び止め材を備え、
C 前記弾性材及び前記伸び止め材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆した D ことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造。
(3) 被告は、別紙イ号物件目録記載のズボン(以下「イ号物件」という。)を製造販売し、その所有にかかるイ号物件を占有している。
イ号物件は、本件発明の構成要件A及びDを充足する。
2 争点-イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属するか。
(1) 構成要件B及びCにいう「ポケットの上側の布地」「ポケットの下側の布地」の意義 (2) 構成要件B、C充足性 イ号物件は、「ポケットの下側の布地」が弾性材、伸び止め材等の表側を被覆しているか。
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(構成要件B及びCにいう「ポケットの上側の布地」「ポケットの下側の布地」の意義)について 【原告の主張】 (1) 訂正明細書には、各実施例のまとめとして、
@ 上側の布地12の上端部にウエスト部20を構成する上側のウエスト布地12aを縫い着けて、全体として「ポケット10の上側の布地」を構成する「上側の布地12」とし、
A 下側の布地11の上端部にウエスト部20を構成する下側のウエスト布地11aを縫いつけて、全体として「ポケット10の下側の布地」を構成する「下側の布地11」とした との記載があり(【0033】)、本件発明にいう「ポケット10の上側の布地」は、上側の布地12自体、及び上側の布地12にウエスト部20を構成する上側のウエスト布地12aを縫い着けたものを含むこと、「ポケット10の下側の布地」は、下側の布地11自体、及び下側の布地11にウエスト部20を構成する下側のウエスト布地11aを縫い着けたものを含むことが記載されている。
明細書の特許請求の範囲以外の記載及び図面を考慮して特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すると、本件発明は、ポケットを構成する布地の位置関係によって「上側」及び「下側」を定義するものであるということができ、本件発明の構成要件B及びCにいう「ポケットの上側の布地」とは、ポケット袋の上側に縫製された布地であり、「ポケットの下側の布地」とは、ポケット袋の下側に縫製された布地であると解するのが相当である。
(2) 被告の主張に対する反論 ア 被告は、本件公報の図2には、前身頃に属する「脇布」が「11」すなわち「ポケットの下側の布地」として示されているにすぎないから、「後身頃の布地」は「ポケットの下側の布地」となり得ないと主張する。
しかし、本件発明はポケットを基準として「ポケットの下側の布地」、
「ポケットの上側の布地」を定義するものであり、イ号物件の実施物の構成部分の呼称である「前身頃の布地」、「後身頃の布地」、「脇布」とは異なる概念であるから、「脇布」が「前身頃の布地」になるか「後身頃の布地」になるかは本件発明の本質には無関係である。
イ 被告は、原告の主張に従えば「ポケットの下側の布地」とされた「後身頃の布地」が「後ポケットの上側の布地」となり、言葉の概念が混乱すると主張する。しかし、特許請求の範囲には、「ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって、」と特定されており、「後ポケット」はウエスト部分のポケットに該当しないから、被告の主張は失当である。また、被告は、「布地」という言葉は縫製前に使うものであるから、「上側の布地」や「下側の布地」とは、縫製に当たって所定部位に用いることを意図して用いられる各所定部材に対する呼び名であり、縫製前の部材名称が縫製後に拡張・変化していくこと自体、普遍妥当性に欠ける旨主張する。しかし、特許出願においては、発明の概念をいかにまとめるかによって、その表現形式が大きく変化するものであり、商品としての名称を使用しないからといって問題視される理由がない。本件発明のように、ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造においては、基準位置がウエスト部分のポケットであり、当該ポケットとの関係をいかに表現するかは発明者の自由である。
【被告の主張】 (1) 本件発明の構成要件B及びCにいう「ポケットの上側の布地」、「ポケットの下側の布地」の意義は、次のとおりである。
ア 本件発明において、「弾性材」「伸び止め材」及び「ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位」は、前身頃の別紙参考図の図7-6のe部分に限定される。
イ 本件発明にいう「ポケットの下側の布地」の範囲は、最大限に解しても、次の範囲に限定される。
(ア) 「ポケット」とは「衣服における物入れ」であり、本件発明においては参考図7-2のaの袋状部分に該当し、イ号物件においては同図8-2のaの袋状部分に該当する。「ポケットの下側」とは、常識に従って解釈すれば、「ポケットの肌側」を指し、同様に「ポケットの上側」とは「ポケットの表側(外側)」を指すから、「ポケットの下側の布地」は「ポケットの袋状の布地」の「肌側」を指し、「ポケットの上側の布地」は「ポケットの袋状の布地」の「表側(外側)」を指すことになる。
(イ) ただ、本件発明では、本件公報・図7のように、ポケットの入口が斜めになっているので、
@ 「ポケットの下側の布地(aの部分)」と「(表側の布地である)bの部分の布地」が一枚の布地で形成される場合 あるいは、
A 「ポケットの下側の布地(aの部分)」が「薄手の布地」に「表地の布地」が縫い着けられたものからなり(参考図の図7-2’参照)、この「ポケットの下側の布地(aの部分)」の「表地の布地」部分と「bの部分の布地」が二枚の布地で形成されている場合 には、「ポケットの下側の布地(aの部分)」の全体あるいは一部が「bの部分の布地」と一枚の布地でできていることになるので、「bの部分の布地」もポケット下側の布地ということまでは認容できる。
(ウ) 仮に、訂正明細書【0033】の「下側の布地11の上端部にウエスト部20を構成する下側ウエスト布地11aを縫い着けて、全体としてポケット10の下側の布地を構成する下側の布地11とした」との記載を参酌しても、「ポケットの下側の布地」は、「b部分の布地」の上端部に縫い着けられたウエスト部の布地までに限定される。そして、ウエスト部の布地であっても、「b部分の布地」の上端部に縫い着けられたウエスト部の布地と一枚の布地でないものは、いかなる意味においても「ポケットの下側の布地」とはいえない(本件公報の図2においても、上側のウエスト布地12aと下側のウエスト布地11aは共にウエスト部の布地であるが、上側のウエスト布地12aは決して下側のウエスト布地11aの一部ではない。)。
なお、別紙参考図の図8のように、ポケットの入口が前身頃と後身頃の縫い代に沿って縦に形成されている場合は、外側から見えるウエスト布地は「上側のウエスト布地」のみであり、「下側のウエスト布地」は存在しないか、存在してもイ号物件のように外から見えない。
(2) 原告の主張に対する反論 ア 原告は、訂正明細書【0033】の記載を参酌すると、「ポケットの上側の布地」はポケット袋の上側に縫製された布地、「ポケットの下側の布地」はポケット袋の下側に縫製された布地と解される旨主張する。しかし、訂正明細書【0033】の「下側の布地11の上端部にウエスト部20を構成する下側のウエスト布地11aを縫い着けて、全体としてポケット10の下側の布地を構成する下側の布地11とした例を示した」との記載は、これに続く「ウエスト部20を含む上側の布地12または下側の布地11を、適宜一枚の布地から形成してもよい」との記載からみて、ズボンには、
@ 腰回り部分を別布で構成して、これをズボン本体の上周縁に沿って縫着一体化したタイプのズボン(ウエスト布縫着けタイプ)、
A ズボン本体の前身頃側の布地や後身頃側の布地の上部を、そのまま腰回り部分とするタイプのズボン(共布タイプ) の2種類があるが、本件発明はどちらのタイプでもよいと言っているにすぎない。
ポケットは、縫製プロセスから見ると、前身頃側の布地の構成部分として裁断準備されるものであり、別紙参考図の後身頃の布地cやその直上の布地fは、ポケットと全く無縁に形成されるものであるから、これを「ポケットの下側の布地」と解釈するのは非常識な飛躍といわざるを得ない。
イ 仮に、原告の主張に従って、「袋状のポケット布地」に縫い着けられたものが「ポケットの下側の布地」になるとしても、「ポケットの下側の布地」になるのは、前身頃の一部を構成する「脇布」であって、「後身頃の布地」ではない。
訂正明細書【0024】の記載は、ポケットの下側の布地として上記(1)、イ(イ)Aの「薄手の布地」を使用した一部実施例(図2)の説明にすぎない。しかも、この実施例においても、「袋状のポケット布地に縫い着けられた布地」は、前身頃の一部を構成するものとして縫製される「脇布」であり、図2は、前身頃に属する「脇布」を「11」すなわち「ポケット下側の布地」として図示したものにすぎないから、「『袋状のポケット布地』に縫い着けられた布地」が「後身頃の布地」であるはずがない。「前身頃の布地」、「後身頃の布地」などは、ズボンなどにおける特殊な構成部品ではなく、たまたま本件発明に係る明細書や図面では格別に明示の説明や表示がなかっただけであり、本件発明がズボンなどに関するものである以上、
これらは必須的に存在するとの前提のもとで解釈されなければならない。
ウ 下側のポケット布地に縫着された布地はすべて「ポケットの下側の布地」であるという原告の主張に従うと、ズボンのあらゆる部分が「ポケットの下側の布地」になり、後身頃の布地のうち膝の裏の部分も「ポケットの下側の布地」になるが、これは誰が見ても容認し得ない論理である。また、原告の主張によれば、
上側のポケット布地に縫着された布地はすべて「ポケットの上側の布地」となり、
ズボンのあらゆる部分が「ポケットの上側の布地」となるから、ズボンのすべての部分が「ポケットの上側の布地」であって、かつ「ポケットの下側の布地」となる。そうすると、本件発明は、外延が不明確で特許請求の範囲が明確でないものとして、無効理由(特許法123条1項4号)を有する特許となる。
エ 原告の主張によれば、後身頃の布地も「ポケットの下側の布地」になるが、イ号物件の後身頃にも通常のパンツと同じく「後ポケット」が形成されているから、「ポケットの下側の布地」とされた「後身頃の布地」は、「後ポケットの上側の布地」となり、言葉の概念が混乱したものとなる。また、「布地」という言葉は縫製前に使うものであり、その意味でも、「上側の布地」や「下側の布地」とは、縫製に当たって所定部位に用いることを意図して用いられる各所定部材に対する呼び名であって、縫製前の部材名称が縫製後に拡張・変化していくこと自体、普遍妥当性に欠けるものといわなければならない。
2 争点(2)(構成要件B及びC充足性)について 【原告の主張】 (1) イ号物件は、本件発明の構成要件B及びCを充足する。
ア イ号物件の構成(b)(別紙イ号物件目録の「4.イ号物件の構成」記載のものをいう。以下同様。)は、本件発明の構成要件Bに相当し、両者間に差異は存在しない。
(ア) イ号物件の構成(b)-1の「前身頃布地1」及び「前部ベルト布地10」は、共にポケット入口6で袋状のポケット布地(外側)13bに位置し、ポケットの上側を形成する布地であるから、本件発明の構成要件Bにいう「ポケットの上側の布地」に相当する。
(イ) イ号物件の構成(b)-2の「後身頃布地2」及び「後部ベルト布地20」は、共にポケット入口6で袋状のポケット布地(肌側)13a側に位置し、ポケットの下側を形成する布地であるから、本件発明の構成要件Bにいう「ポケットの下側の布地」に当たる。
(ウ) イ号物件の構成(b)-3の「前部ベルト布地10から後方へ延出する延出部4」は、ポケットの上側の布地(ポケット布地(外側)13bに縫着されている前身頃布地1及び前身頃布地1の上端に縫着された前部ベルト布地10)におけるポケット入口6側から延出する延出部4であることから、本件発明の構成要件Bにいう「ポケットの入口部分から延出する部位」(延出部)に相当する。
(エ) イ号物件の構成(b)-3の「…延出部4に一端が縫着され」は、延出する部位に連結されていることを意味し、「他端が後部ベルト布地20内の心材(芯地)12に縫着されることにより後部ベルト布地20に縫着された」は、ポケットの下側の布地に縫着した心材(芯地)12を介して弾性材9及び伸び止め材11の一端を縫着するものであるから、一端が「ポケットの下側の布地に連結」されていることは明らかである。
(オ) そうすると、イ号物件の構成(b)は、本件発明の構成要件Bにいう「一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された弾性材及び前記弾性材の最大伸びを抑制する伸び止め材」に相当する。
イ イ号物件の構成(c)の「後部ベルト布地20」は、後身頃布地2と共にポケットの下側を形成するポケットの下側の布地であることから、構成要件Cにいう「ポケットの下側の布地」となる。したがって、イ号物件の構成(c)は、弾性材9及び伸び止め材11と前記延出部4との少なくとも意匠面となる表側を「ポケットの下側の布地」によって被覆したものとなり、本件発明の構成要件Cに相当する。
(2) 被告の主張に対する反論 ア 被告は、イ号物件には、本件発明の実施例の「下側のウエスト布地11a」(訂正明細書【0033】)に相当する『X』(別紙「右ポケットの図」)の布地はあるが、『X』は弾性材等を被覆していないので、本件発明の技術的範囲に属しないと主張する。
しかしながら、被告の主張によっても、イ号物件の後身頃の上の布地『Y』(別紙「右ポケットの図」)は、イ号物件目録図4、図6、図11の後身頃布地2に縫着され、弾性材9及び伸び止め材11を被覆する後部ベルト布地20の表側の布地に相当するものであり、しかも、後身頃布地2は袋状のポケット布地に縫着されているから、『Y』は、訂正明細書【0024】【0033】に記載された実施例の「下側のウエスト布地11a」に当たり、本件発明にいう「ポケットの下側の布地」を構成する。
イ 被告は、イ号物件における「伸び止め材」は、イ号物件目録図11におけるスライド部8であるが、これは「ポケットの下側の布地」によって被覆されていないと主張する。
しかし、「伸び止め材11」がイ号物件における伸び止め材として機能しないのであれば、それを設けることには意味がなく、被告主張は一般常識に反する。しかも、スライド部8は、両端に力を加えればウエスト部に皺が発生し、かつ、簡易に止められているから、「伸び止め材」の機能を持たせたものでないことは明らかである。さらに、本件発明の「伸び止め材」は弾性材の延びを制限するために使用するものであり、そのためには、@古くなって弾性が弱くなった弾性材においては、弾性材が伸びすぎて弾性材や接続部の一部が露出しないよう最大伸びを制限する機能、A弾性材に大きな張力が加わっても弾性が弱くならないようにする機能を必要とするが、スライド部8は、これらの機能を果たすことはできないから、本件発明にいう「伸び止め材」ということはできない。
【被告の主張】 (1) イ号物件は、「ポケットの下側の布地」が弾性材、伸び止め材及び延出部の表側を被覆しておらず、本件発明の構成要件Cを充足しない。
ア イ号物件の特徴は、以下のとおりである。
@ 別紙参考図の図8のように、ポケットの入口が前身頃と後身頃の縫い代に沿って縦に形成されている。
A このため、同図7のbに相当する部分がない。
B このため、同図7のようにbの上端に縫い着けられたウエスト布地もない。
C 「ポケットの下側の布地」は、同図8-2’のように、奥は「薄手の布地」のみであるが、入口部分はこの「薄手の布地」に「表地の生地」が「脇布」として上から積層される形で縫い着けられている。
D 「ポケットの下側の布地」の上のウエスト部には、別紙「右ポケットの図」の『X』(原告は「補助ベルト」と称している。)の布が縫い着けられている。
E この『X』は、外部からは見えず、かつ、弾性材、伸び止め材及びポケットの入口部分から延出する部分を被覆していない。
F 外側のウエスト布地(『X』は含まれない)は、前身頃と後身頃では別の布地になっている。
イ(ア) イ号物件においては、上記Cのとおり、ポケットの入口部分は「薄手の布地」に「表地の布地」が「脇布」として上から積層される形で縫い着けられている。仮に訂正明細書の【0024】の説明に従ったとしても、「ポケットの下側の布地」に相当するのは「脇布」であり、これが弾性材、伸び止め材等の表側を被覆していないことは明らかである。
(イ) また、仮に訂正明細書の【0033】の「下側の布地11の上端部にウエスト部20を構成する下側のウエスト布地11aを縫い着けて、全体としてポケット10の下側の布地を構成する下側の布地11とした」との記載を参酌するとしても、イ号物件において「下側のウエスト布地」に相当するのは、別紙「右ポケットの図」の『X』であるところ、『X』は、外部からは見えず、しかも、弾性材、伸び止め材及び延出部を被覆していない。
(ウ) イ号物件において、弾性材、伸び止め材及び延出部を被覆しているのは、別紙「右ポケットの図」の『Y』であるが、『Y』は、ポケットが形成されている(したがって「ポケットの下側の布地」がある)前身頃とは全く別の製縫工程で作られた後に縫着される後身頃の更にその上に縫着された布地であって、「ポケットの下側の布地」からは遠く離れた布地であり、到底「ポケットの下側の布地」といえない。
ウ イ号物件においては、伸び止め材11が伸びきる前に、11がたるんだ状態のままで、スライド部8の2枚の布片が互いに引っ掛かる状態となり、その状態が最大伸長状態となる。すなわち、イ号物件の伸び止め材11は、本件発明の構成要件B、Cにいう「伸び止め材」の役割を果たしているとはいえないものである。
(2) 原告は、本件公報の図2において、「下側のウエスト布地11a」が後身頃の上の部分にまで延びていることを根拠に、イ号物件の後身頃の上の布地『Y』も「下側のウエスト布地」であると主張しているようでもある。しかし、図2の実施例においては、たまたま「下側のウエスト布地11a」が前身頃から後身頃にかけて一枚の布地でできているが、イ号物件においては、弾性材等の表側を被覆している後身頃の上のウエスト布地『Y』と前身頃のウエスト布地(「ポケットの上側の布地」に縫い着けられたウエスト布地、「ポケットの下側の布地」に縫い着けられた『X』の布地」)は別体の布地で構成されており、後身頃の上のウエスト布地『Y』はポケットの構成とは全く無縁のものである。
当裁判所の判断
1 争点(1)(構成要件B及びCにいう「ポケットの上側の布地」「ポケットの下側の布地」の意義)について (1) 訂正明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載に基づき、本件発明の構成要件B及びCにいう「ポケットの上側の布地」及び「ポケットの下側の布地」の意義について検討する。
訂正明細書の特許請求の範囲【請求項1】には、「一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された弾性材及び前記弾性材の最大伸びを抑制する伸び止め材を備え、」「前記弾性材及び前記伸び止め材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造。」との記載があるが、
「ポケットの上側の布地」、「ポケットの下側の布地」の意味を明らかにした記載はない。
「ポケット」とは、「衣服における物入れ」を意味する語(JISハンドブック繊維L0112 1401)であることが認められるが(乙1)、「ポケットの上側の布地」及び「ポケット下側の布地」という語は、ズボン等を構成する部品の名称としても、洋服の製造工程を表す語としても、当業者間における技術常識として一般的に使用される語とはいえない(乙4の1・2、弁論の全趣旨)から、その意義については、専ら明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を参酌して解釈せざるを得ない。
イ 上記「ポケットの上側の布地」、「ポケットの下側の布地」に関連して、訂正明細書発明の詳細な説明の項には、次の記載がある。
(ア) 【従来の技術】の項に、「従来より、…ズボン等のウエスト部の横側、或は後ろ側やウエスト部全周を、ゴム等の弾性材により形成し、この弾性材によってウエスト部を伸縮させることができるようにしたウエスト伸縮構造があった。」(【0004】)との記載がある。
(イ) 【発明が解決しようとする課題】の項に、「従来のズボン等のウエスト伸縮構造にあっては、着用者のウエストの寸法に応じてズボン等のウエスト部を伸縮させることができ、着用に際して快適性を十分に確保することができるものの、ウエスト部の横側等に備えられた弾性材が露呈して見栄えが悪く、また、弾性材が縮んだ状態では、弾性材の下側の布地にシワが生じて美感を損ね、デザイン的に良好なものではなかった。」(【0005】)、「本各発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、着用者のウエストの寸法に応じてウエスト部を伸縮させることができるばかりでなく、デザイン的にも良好なズボン等のウエスト伸縮構造を、簡単な構造によって提供することである。」(【0006】)との各記載がある。
(ウ) 【発明の作用】の項に、「ウエスト部20の伸縮は、ポケット10部分においてなされるため、ウエスト部20が伸縮しても、ポケット10の深さが変更されるだけであり、布地自体にシワが生じることはなく、美感を何等損なうことがない。」(【0012】)、「ウエスト部20の伸縮がポケット10部分においてなされることから、例えば腹部が突出した体形の者等が着用した場合、この腹部の形状に倣ったウエスト部20の伸縮によってポケット10の深さが変化することになるため、ズボン等の前側や後ろ側のデザインが崩れることはなく、この理由からも美感に優れることになる。」(【0013】)、「請求項1の発明に係るズボン等のウエスト伸縮構造においては、例えば図3(a)、(b)に示すように、
弾性材32とこの弾性材32の一端が連結された上側の布地12におけるポケット10の入口部分10bから延出する部位12bとの少なくとも表側が、下側の布地11によって被覆されているため、弾性材32等が露呈することはなく、見栄えが良くなる。」(【0016】)との各記載がある。
(エ) 【実施例】の項に、
a 「図2に示すように、ポケット10の下側の布地を構成する下側の布地11とポケット10の上側の布地を構成する上側の布地12とには、袋状のポケット布地10aが縫い着けられている。」(【0024】)、
b 「下側の布地11の上端部には、ポケット10部分より後ろ側のウエスト部20を構成する下側のウエスト布地11aが縫い着けられており、上側の布地12の上端部には、ポケット10部分より前側のウエスト部20を構成する上側のウエスト布地12aが縫い着けられている。ここで、上側のウエスト布地12aは、ポケット10の入口部分10bから延出する部位12bを有するものとなっている。そして、上側のウエスト布地12aにおける前述した延出する部位12bには、ゴムにより形成された弾性材32の一端が連結されており、下側のウエスト布地11aには、弾性材32の他端が連結されている。」(【0025】)、
c 「本実施例においては、下側のウエスト布地11aが、弾性材32と上側のウエスト布地12aにおけるポケット10の入口部分10bから延出する部位12bとの表裏を被覆するように折曲られており、弾性材32と上側のウエスト布地12aにおけるポケット10の入口部分10bから延出する部位12bとの各々の表面が露呈せず、美感に優れたものとなっている。」(【0026】)、
d 「このように構成されたウエスト伸縮構造は、図3(a)、(b)に示すように、上側のウエスト布地12aの延出する部位12bにおける弾性材32の一端が連結された部位と、下側のウエスト布地11aにおける弾性材32の他端が連結された部位との間のウエスト部20が伸縮する。」(【0027】)、
e 「本各実施例においては、上側の布地12の上端部にウエスト部20を構成する上側のウエスト布地12aを縫い着けて、全体としてポケット10の上側の布地を構成する上側の布地12とし、下側の布地11の上端部にウエスト部20を構成する下側のウエスト布地11aを縫い着けて、全体としてポケット10の下側の布地を構成する下側の布地11とした例を示したが、ウエスト部20を含む上側の布地12または下側の布地11を、適宜一枚の布地から形成してもよい。」(【0033】) との各記載がある。
(オ) 【発明の効果】の項に、「以上説明したように、まず、請求項1の発明に係るズボン等のウエスト伸縮構造は、ポケットの入口部分より後ろ側に弾性材を備え、この弾性材の少なくとも表側を下側の布地によって被覆したものであり、ウエスト部の伸縮が弾性材によってポケット部分においてなされるようにし、
しかも、弾性材が露呈しないようにしたものである。」(【0042】)との記載がある。
(カ) 本件公報の【図2】には、本件発明に係るズボン等のウエスト伸縮構造の一実施例を示す分解斜視図として、ポケットの脇布(向う布)に相当する部分(11の符号が付された部分)をズボンの後身頃と縫い合わせた布地の全体を前身頃及び後身頃の上端部よりも更に上側に延伸させた部分(11aの符号が付された部分)が、ウエスト布地(12aの符号が付された部分)のうちポケット入口(10b)の上端部と接する箇所よりも後方の部分(12bの符号が付された部分)及びその後方に縫着された弾性材(32)の表側を被覆している図が示されており、訂正明細書の【符号の説明】には、「10 ポケット」、「10a ポケット布地」、「10b 入口部分」、「11 下側の布地」、「11a 下側のウエスト布地」「12 上側の布地」、「12a 上側のウエスト布地」、「12b 延出する部位」「32 弾性材(第二の弾性材)」との記載がある。
ウ 上記ア、イによれば、本件発明は、従来の弾性材を用いたズボン等のウエスト伸縮構造については、弾性材がウエスト部から露呈したり、弾性材が縮んだ状態において、弾性材の下側に位置するズボン本体(身頃)の布地にシワが生じたりして美感を損ねるという問題点があることから、その課題を解決する手段として、
@ 弾性材と共に弾性材の最大伸びを抑制する伸び止め材を設ける(構成要件B)ことにより、弾性材がウエスト部の伸縮可能範囲以上に延伸することを防止し、
A 弾性材及び伸び止め材の一端を「ポケットの上側の布地」のうちポケットの入口部分から延出する部位(以下「延出部」という。)に連結し、他端を「ポケットの下側の布地」に連結する(構成要件B)ことにより、ズボンのウエスト部が延伸するに従ってウエスト部分のポケット(脇ポケット)の深さを変える、
すなわち、ポケット入口部分の位置、傾斜を変えることによって「ポケットの上側の布地」と「ポケットの下側の布地」が重なり合う範囲を次第に狭める(ポケット入口後ろの「ポケットの下側の布地」部分が広く現われる)こととし、もって、ポケット部のみにおいてウエスト部の変化を調整し、ズボン等の本体の布地に影響を及ぼさないこととし、
B 弾性材、伸び止め材及び延出部の少なくとも表側を「ポケットの下側の布地」によって被覆する(構成要件C)ことにより、弾性材、伸び止め材及び延出部がズボン表面に露呈することを防止する ことを目的とした発明といえる。
そうすると、ズボン等を構成する布地のうち、いかなる部分が本件発明にいう「ポケットの上側の布地」であり、いかなる部分が「ポケットの下側の布地」であるかは、ウエスト部の延伸をポケットの深さを変えることにより調整するという目的を達成するためには、弾性材及び伸び止め材の一端をどの部分に連結し、他端をどの部分に連結すればよいかという見地から決せられるべきである。
エ そして、「ポケット」は、一般に、一枚のポケット布地を中央で折り曲げて二枚にし袋状に縫い合わせて製作される(乙5)から、結局、構成要件Bのうち、弾性材及び伸び止め材の一端を「ポケットの上側の布地」の延出部に連結し、
他端を「ポケットの下側の布地」に連結するとの構成は、弾性材の伸びに従って、
ポケットを構成する中央で折り曲げられた外側(表側)と内側(肌側)の二枚のポケット布地が互いに重なり合う範囲を変えるための手段ということができる。訂正明細書において、本件発明にいう「ポケットの上側の布地」「ポケットの下側の布地」が、ポケットを構成する二枚のポケット布地との関係でいかなる意味を持つか示されているのは、本件公報・図2に示された実施例及びその説明に係る次の記載のみであり、この語の解釈に当たっては、これらの記載を参酌するのが相当である。
(ア) 本件公報・図2に示された実施例では、袋状のポケット布地10aを構成する二枚のポケット布地のうち、完成したズボン等の表側(外側)に位置するポケット布地(以下「外側のポケット布地」という。)が、ポケット入口において「ポケット10の上側の布地を構成する上側の布地12」に縫着され、内側(肌側)に位置するポケット布地(以下「内側のポケット布地」という。)が、「ポケット10の下側の布地を構成する下側の布地11」に縫着されている(訂正明細書【0024】)。そうすると、本件発明において、袋状のポケット布地を構成する二枚のポケット布地のどちらが「ポケットの上側」であり、どちらが「ポケットの下側」であるかについては、専ら完成品のズボンにおいて外側と肌側のどちらに位置するかという位置関係を基準として決せられ、完成品のズボンにおいて外側に来るものを「ポケットの上側」、内側に来るものを「ポケットの下側」と称しているものと解される。
(イ) また、本件公報・図2に示された実施例では、前身頃に当たる「上側の布地12」の上端部にウエストベルトに当たる「上側のウエスト布地12a」を縫着したものも、「ポケットの上側の布地」に含まれるとされており、ポケットの脇布に当たる「下側の布地11」の後方に後身頃を縫着した布地全体の上端部にウエストベルトに当たる「下側のウエスト布地11a」を縫着したものも「ポケットの下側の布地」に含まれるとされている(訂正明細書【0025】【0033】)。加えて、訂正明細書には、ズボン等の衣服を構成する部材の一般的な名称である「前身頃」「後身頃」等の用語が全く記載されていないことを考慮すると、
本件発明にいう「ポケットの上側の布地」、「ポケットの下側の布地」とは、「前身頃」、「後身頃」のような衣服の構成部材を表す名称とは異なる概念であり、衣服の構成部材を基準とすると、複数の部材にまたがるものでも、ある部材の一部でもよいと解するのが相当である。
オ 以上によれば、本件発明にいう「ポケットの上側の布地」、「ポケットの下側の布地」は、完成したズボン等を基準とした場合におけるポケット布地の位置関係を基準として決せられる概念であり、具体的には、次のものをいうと解すべきである。
(ア) 「ポケットの上側の布地」は、「外側のポケット布地」そのもののほか、外側のポケット布地とポケット入口で縫着された前身頃布地及びこれらの布地の上端に縫着されたウエストベルトのように、ポケット下端よりも上側(頭側)で「外側のポケット布地」と一体化され、かつ、「内側のポケット布地」と直接連結されていない布地をいう。
(イ) 「ポケットの下側の布地」は、「内側のポケット布地」そのもののほか、内側のポケット布地の表面に縫製された脇布、内側のポケット布地に脇布を重ねたものの後側に連結された後身頃及び、内側のポケット布地(脇布を含む)と前記後身頃を合わせた布地の上端に縫着されたウエストベルトのように、ポケット下端よりも上側(頭側)において「内側のポケット布地」と一体化され、かつ、
「外側のポケット布地」とは直接連結されていない布地をいう。
(ウ) 「ポケットの上側の布地」と「ポケットの下側の布地」の外延は、
前記(ア)、(イ)で規定した部分のうち、弾性材及び伸び止め材の一端を前者に連結し、他端を後者に連結することによって、弾性材の延伸に従って二枚のポケット布地が重なり合う範囲を狭め、もってポケット入口の傾斜を拡大することを可能とすることに寄与する範囲に限定される。
(2) この点につき、被告は、「ポケットの下側の布地」は、最大限に解しても、別紙参考図の図7-3の「b部分の布地」(脇布)の上端部に縫い着けられたウエスト部の布地までであり、ウエスト部の布地であっても、「b部分の布地」の上端部に縫い着けられたウエスト部の布地と一枚の布地でないものは、いかなる意味でも「ポケットの下側の布地」とはいえないと主張する。
しかしながら、本件発明にいう「ポケットの上側の布地」「ポケットの下側の布地」は、前記(1)、エのとおり「前身頃」「後身頃」のような衣服を構成する部材とは異なる概念であり、複数の部材にまたがっていても、また、特定の部材の一部でもよいと解されるところ、被告の上記主張は、縫製の対象とされる個々の部材を基準として「ポケットの上側の布地」「ポケットの下側の布地」を決することを前提とし、ポケット布地又は脇布の上側(完成したズボン等においては頭側)に直接縫い合わされていない部材は「ポケットの上側の布地」「ポケットの下側の布地」に当たらないとする主張であるから、採用することができない。
2 争点(2)(構成要件B、C充足性)について (1) イ号物件の構成(b)-3によれば、イ号物件の弾性材9及び伸び止め材11は、一端が前部ベルト布地10から後方へ延出する延出部4に縫着され、他端が後部ベルト布地20内の心材(芯地)12に縫着されることにより後部ベルト布地20に縫着されていることが認められる(イ号物件目録図10)。また、イ号物件の構成(c)によれば、イ号物件の弾性材9、伸び止め材11及び前記延出部4は、少なくとも表側が後部ベルト布地20によって被覆されているといえる(図10、図11)。
そこで、前部ベルト布地10が本件発明の構成要件B、Cにいう「ポケットの上側の布地」に含まれるか、また、後部ベルト布地20が本件発明の構成要件B、Cにいう「ポケットの下側の布地」に含まれるかについて、以下検討する。
ア 前部ベルト布地10について、ポケットを構成する二枚のポケット布地である「外側のポケット布地」及び「内側のポケット布地」を基準とした位置関係を検討すると、次のとおりである。
(ア) 前部ベルト布地10は、ポケット入口6よりも前方に位置する部分が前身頃布地1の上端部に縫着されているのに対し、ポケット入口6よりも後方に位置する延出部4は、前身頃布地1とも後身頃布地2とも直接連結されていない(図2、図4、図5、図7)。
(イ) 前身頃布地1は、その後端部がポケット入口6を構成しており、ポケット入口6において外側のポケット布地に縫着されてこれと一体化した布地であり(図8)、ポケット下端よりも上側(頭側)で「外側のポケット布地」と一体化され、かつ、「内側のポケット布地」とは連結されていない布地であるから、本件発明にいう「ポケットの上側の布地」に当たる。
(ウ) 前記(ア)、(イ)によれば、前部ベルト布地10は、外側のポケット布地のみに連結されることにより「ポケットの上側の布地」となった前身頃布地1の上端部に連結された布地であり、「内側のポケット布地」と連結された部分がないから、「ポケットの上側の布地」ということができる。
イ 後部ベルト布地20について、ポケットを構成する二枚のポケット布地である「外側のポケット布地」及び「内側のポケット布地」を基準とした位置関係を検討すると、次のとおりとなる。
(ア) 後部ベルト布地20は、後身頃布地2の上端部に縫着されている(図1、図2、図4、図6、図10)。
(イ) 後身頃布地2は、ポケット下端よりも上側(完成したズボンの頭側)において、袋状のポケット布地(内側)13aの表面に重ねて縫着された脇布14の後方に縫着され、ポケット下端よりも下側において、前身頃布地1と縫着されている(図8)。脇布14は、「内側のポケット布地」である袋状のポケット布地(内側)13aの表面に縫着されることによりこれと一体化した布地であるから、本件発明にいう「ポケットの下側の布地」に当たる。また、後身頃布地2のうち脇布14に縫着された部分は、ポケット下端よりも上側において「内側のポケット布地」にのみ連結され、「外側のポケット布地」には全く連結されていないから、「内側のポケット布地」と一体化された「ポケットの下側の布地」に当たるといえる。
(ウ) そうすると、後部ベルト布地20は、「ポケットの下側の布地」である後身頃布地2の上端に連結されることにより、脇ポケットを構成する二枚のポケット布地のうち、「内側のポケット布地」のみに連結され、「外側のポケット布地」には全く連結されていない布地となるから、「内側のポケット布地」と一体化したものとして、「ポケットの下側の布地」に当たるものといえる。
ウ 以上によれば、イ号物件は、一端が「ポケットの上側の布地におけるポケット入口部分から延出する部位」である前部ベルト布地10から後方へ延出する延出部4に縫着され、他端が「ポケットの下側の布地」である後部ベルト布地20に連結された弾性材及び伸び止め材を備えているから、本件発明の構成要件Bを充足し、弾性材と伸び止め材と「ポケットの上側の布地におけるポケット入口部分から延出する部位」である延出部4の少なくとも表側を、「ポケットの下側の布地」である後部ベルト布地20により被覆したものであるから、本件発明の構成要件Cを充足する。
(2) 被告は、イ号物件において「ポケットの下側の布地」となるのは、脇布の上側に縫着された別紙「右ポケットの図」の『X』(イ号物件目録の「補助内ベルト7」に当たる。)であるが、『X』は、弾性材、伸び止め材及び延出部の表側を被覆していないから、イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足しないと主張する。
イ号物件目録によれば、被告主張の『X』の布地すなわち補助内ベルト7は、「内側のポケット布地」である袋状のポケット布地(肌側)13aの表面に重ねて縫着された脇布14とその後方に縫着された後身頃布地2にまたがった部分の上端に縫着された布地であるから(図2〜7、図10)、本件発明にいう「ポケットの下側の布地」に当たり、この『X』が弾性材、伸び止め材及び延出部の表側を被覆していないことは確かである。しかし、イ号物件には、弾性材、伸び止め材及び延出部の表側を被覆する布地として、被告主張の『Y』の布地すなわち後部ベルト20が存在しており、『Y』を含む後部ベルト20が本件発明にいう「ポケットの下側の布地」に当たることは、前記(1)のとおりである。
以上によれば、被告主張の『X』こと補助内ベルト7が弾性材、伸び止め材及び延出部の表側を被覆していないことをもって、イ号物件が本件発明の構成要件Cを充足しないとする被告の主張は失当である。
(3) また、被告は、イ号物件において、弾性材の伸びを抑制するのはスライド部8であり、伸び止め材11は弾性材9の最大伸長状態を抑制するものではないから、イ号物件は構成要件B及びCを充足しないと主張する。
イ号物件目録によれば、スライド部8は、前部ベルト布地10の長さ方向に配置した布テープと、補助内ベルト7の長さ方向に対して直角方向に配置した布テープを互いに離脱できないように交差させ、前部ベルト布地10の長さ方向に摺動自在としたものであり、ウエスト部がある程度延伸すると、長さ方向の布テープの後端に直角方向の布テープが係止され、それ以上ウエスト部が延伸しないようにする機能を有している(図5(b))。
しかし、本件発明がズボン等、相当期間にわたり日常的に着用される衣類のウエスト伸縮構造に関する発明であることを考慮すると、本件発明の構成要件B、Cにいう「伸び止め材」は、弾性材が経年変化により劣化したり、着用時の動作等により弾性材に一時的に大きな張力が掛かったりする場合であっても、弾性材がウエスト部の伸縮可能範囲以上には延伸することがないようにする意味も有していると解するのが相当である(なお、イ号物件(検甲1ないし3、4の1ないし3、検乙1)のスライド部8は、その材料や縫製の態様からみて、強い力が加わったり、経年変化で劣化したりすることにより、前示のような機能を果たし得なくなることも十分考えられる。)。そうすると、スライド部8がウエスト部の延伸を防止する機能を有しているとしても、上記の経年変化や使用状況をも考慮すれば、直ちに、イ号物件の伸び止め材11が弾性材の最大延びを抑制する機能を果たすことがないとはいえず、本件発明にいう「伸び止め材」に当たらないということはできない。
(4) 以上によれば、イ号物件は、本件発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属するものというべきである。
3 以上によれば、被告がイ号物件のズボンを製造し、譲渡(販売)する行為は本件特許権を侵害するものというべきであり、また、被告がイ号物件を譲渡のために展示し、又はこれをするおそれがあることも弁論の全趣旨により認められるから、原告は、被告のこれらの行為の差止めを求めることができる。しかし、被告がイ号物件を使用し、貸し渡し、又は貸渡しのために展示すること、ないしはそのおそれがあることについては、立証がない。
よって、原告の請求は主文第1項の限度で理由があるが、その余は理由がない(訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条ただし書を適用)。
追加
イ号物件目録1.図面の説明図1は、ウエスト伸縮構造を備えたイ号物件(ズボン)の左側から見た正面図である。
図2は、図1のウエスト部分の要部斜視図である。
図3は、図1のウエスト部分の伸縮自在な構造を内側からみた要部斜視図である。
図4(a)は、図1の左側ウエスト部分の伸縮自在な構造を外側から見た通常状態のウエスト部分の要部正面図、(b)は、図1の左側ウエスト部の伸縮自在な構造を外側から見た伸長状態のウエスト部分の要部正面図である。
図5(a)は、図1の左側ウエスト部分の伸縮自在な構造を内側から見た通常状態のウエスト部分の要部正面図、(b)は、図1の左側ウエスト部の伸縮自在な構造を内側からみた伸長状態のウエスト部分の要部正面図である。
図6は、図4(a)の切断線A-AによるA-A断面図である。
図7は、図4(b)の切断線B-BによるB-B断面図である。
図8は、図4(a)の切断線C-CによるC-C断面図である。
図9は、図4(a)の切断線D-DによるD-D断面図である。
図10は、図1のウエスト部分の伸縮自在な構造を展開し、各部品と縫合との関係を内側から示す説明図である。
図11は、図1のウエスト部分の伸縮自在な構造を上部から展開し、それを内側上部から見た要部展開斜視図である。
2.図面符号の説明1前身頃布地2後身頃布地3境界線3a端部4延出部5ベルト通し6ポケット入口7補助内ベルト8スライド部9弾性材11伸び止め材12心材(芯地)13a袋状のポケット布地(肌側)13b袋状のポケット布地(外側)14脇布15切れ目10前部ベルト布地20後部ベルト布地3.イ号物件の説明(1)各部材の縫着関係前身頃布地1は、ポケット入口6において、袋状のポケット布地(外側)13bに縫着されている。
後身頃布地2は、袋状のポケット布地(肌側)13a及び脇布14に縫着されており、その縫着線は通常状態においてポケット入口6上にある。
前部ベルト布地10は、前身頃布地1の上端表側に縫着されている。
後部ベルト布地20は、後身頃布地2の上端表側に縫着されている。
袋状のポケット布地(肌側)13aの切れ目15の後ろの部分から後身頃布地2にかけて、上端に補助内ベルト7が縫着されている。
前部ベルト布地10の後端には延出部4が設けられており、延出部4の後端には弾性材9及び伸び止め材11が縫着されている。
弾性材9と伸び止め材11は、共に、一端が前部ベルト布地10の後方に伸び出した延出部4に接続され、他端が後部ベルト布地20に縫着した心材(芯地)12及び補助内ベルト7の後端に縫着されている。
(2)ウエスト伸縮構造の説明前身頃布地1に縫着された前部ベルト布地10と、後身頃布地2に縫着された後部ベルト布地20とが互いに離れる方向に張力を加えると、弾性材9の弾性力に抗して、補助内ベルト7上に、前部ベルト布地10から伸び出した延出部4が現れる。このとき、弾性材9の伸びを制限する伸び止め材11によって、最大伸びが決定される。
即ち、前部ベルト布地10と後部ベルト布地20及び補助内ベルト7との接続状態をパンツの上側から見ると、前部ベルト布地10と、後部ベルト布地20から延出した補助内ベルト7との間に、スライド部8が設けられている。
スライド部8は前部ベルト布地10の長さ方向に布テープの両端を縫着し、
また、補助内ベルト7の長さ方向に対して直角方向に布テープの両端を縫着し、それらを互に離脱できないように交差させ、前部ベルト布地10の長さ方向に摺動自在としている。
袋状のポケット布地(肌側)13a及び補助内ベルト7の先端の端部3aは、スライド部8によって前身頃布地1及び前部ベルト布地10から離れないように、ウエストベルトの長さ方向に摺動自在になっている。
また、補助内ベルト7と後部ベルト布地20により形成された空間内には、
前部ベルト布地10の後方に伸び出した延出部4が挿入されており、延出部4の端部には弾性材9と伸び止め材11の一端が縫着されている。弾性材9と伸び止め材11の他端は、前記のとおり、後部ベルト布地20に縫着した心材(芯地)12及び補助内ベルト7の後端に縫着されているため、その表側が後部ベルト布地20により被覆されている。
4.イ号物件の構成(a)ウエスト部分にポケットを備えたウエスト伸縮構造のズボンであって、
(b)-1ポケット入口6で袋状のポケット布地(外側)13bに前身頃布地1が縫着され、前身頃布地1の上端に前部ベルト布地10が縫着され、
(b)-2ポケット入口6で袋状のポケット布地(肌側)13aに後身頃布地2が縫着され、後身頃布地2の上端に後部ベルト布地20が縫着され、後部ベルト布地20から補助内ベルト7が延出して成るウエスト部において、
(b)-3前部ベルト布地10から後方へ延出する延出部4に一端が縫着され、他端が後部ベルト布地20内の心材(芯地)12に縫着されることにより後部ベルト布地20に縫着された弾性材9及び該弾性材9の最大伸びを制限する伸び止め材11と、
(b)-4前部ベルト布地10と前記補助内ベルト7との間にスライド部8が設けられ、
(c)前記弾性材9及び前記伸び止め材11と前記延出部4との少なくとも表側を、後部ベルト布地20によって被覆した、
(d)ことを特徴とするウエスト伸縮構造を備えたズボン。
図1図2図3図4図5図6、7図8図9図10図11参考図(図7)参考図(図8)右ポケットの図別紙〔訂正明細書
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝