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事件 平成 13年 (行ウ) 285号 却下処分無効確認請求事件
原告 ジェネンテク・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁護士 弘中 惇一郎
同 喜田村 洋一
同 林陽子
同 加城千波
同 西岡弘之
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 松下貴彦
同 菊地原 正彦
同 小林進
同 佐藤一行
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/06/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許番号第2136547号の特許権に係る第04年分から第07年分特許料納付書について被告がした平成12年4月19日付け却下処分が無効であることを確認する。
事案の概要
本件は,原告が被告に対し,原告の保有に係る特許番号第2136547号の特許権(以下「本件特許権」という。)につき,被告がした特許料納付書についての却下処分が無効であることの確認を求めている事案である。原告は,同却下処分は,特許法112条の2第1項の解釈を誤ってなされた違法なものであり,かつ,その違法性が重大顕著であるから無効であると主張し,被告は,同処分は適法なものであって,無効でないと主張して争っている。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実,弁論の全趣旨に加えて該当部分末尾掲記の各証拠により認められる。) (1) 本件特許権については,昭和58年3月8日に特許出願(特願昭58-38116)が,平成8年3月27日に特許出願公告(特公平8-29111)がされ,同10年5月29日に,原告を特許権者として,設定の登録がされた。(乙1,3) (2) 本件特許権については,平成11年9月27日までに第04年分の特許料が納付されなかったことを理由として,同11年12月1日,抹消登録がされた。
(乙3) (3) 原告は,本件特許権に係る第04年分〜第07年分の特許料につき平成11年11月9日付け受付の特許料納付書(以下「本件納付書」という。)を,同日,被告に提出した。これに対し,被告は,同年12月21日,「特許法第112条の2第1項の規定による特許料納付書とは認められません。」ということを理由に,本件納付書に係る手続を却下すべきものと認める旨の,同年12月10日付け却下理由通知を原告代理人Aあてに送付した。原告は,上申書を3通,弁明書を3通提出したが,同12年4月19日,被告は,同却下理由通知書に記載した理由が解消されていないとして,本件納付書について手続却下の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の(注)には,「特許法第112条の2第1項に規定する原特許権者の責めに帰する事ができない理由があるものとは認められないので,同条同項の規定を適用することはできません。」と記載されている。(甲1〜3) (4) 原告は,平成12年6月23日,本件処分につき,行政不服審査法による異議申立てをした。これに対し,被告は,同13年7月18日,本件納付書による特許料の納付について特許法(以下「法」という。)112条の2第1項の規定が適用されるべきであるとする異議申立人(原告)の主張はいずれも採用することができないとして,異議申立てを棄却する旨の決定をした。(甲4) 2 争点 本件処分が,法112条の2第1項の「責めに帰することができない理由」があるものと認められないとしたことは,同条項の解釈を誤った違法なものであり,かつ,その違法性が重大顕著であるから,本件処分は無効であるか 3 争点に関する当事者の主張 【原告の主張】 被告による本件処分は,本件納付書による第04年分の特許料納付について法112条の2第1項の「責めに帰することができない理由」が認められるにもかかわらず,同条項の解釈を誤り,「責めに帰することができない理由」があるとは認められないとしたものであって,同条項の解釈を誤った違法なものであり,かつ,その違法性が重大顕著であるから,無効である。
(1) 法112条の2第1項は,特許料の不納により失効した特許権の原特許権者に対し,特許料追納期間が経過した後についても,特許権の回復を認めることとした規定であるところ,同規定は,GATT・TRIP協定(知的所有権の貿易に関連する側面に関する協定)に対応するために導入されたものであるから,その解釈は,国際調和(ハーモナイゼーション)を実現する方向でなされなければならない。したがって,法112条の2第1項を解釈する際には,ハーモナイゼーションを先進的に体現している米国特許法及び欧州特許条約の規定が参考とされるべきである。そして,まず,米国特許法施行規則1.378(a)は,遅延納付が避けられないものであったこと又は故意でなかった場合には,特許権は消滅していなかったものとみなされると規定するところ,この規定の運用においては,故意でない旨を陳述すれば,故意でなかった場合とされ,この場合,遅延納付の申請書を6か月の猶予期間の経過後24か月以内に提出すれば,救済される途が開かれる。次に,欧州特許条約においては,特許料追納期間が経過しても,「相当の注意」を払ったにもかかわらず納付期間を遵守できなかった場合であれば,当該理由が消滅した日から2か月以内に請求すれば,特許権の回復が認められるとされている。そうすると,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」は,ハーモナイゼーションを実現する方向から米国特許法及び欧州特許条約の規定を参考にして解釈すると,遅延納付が故意でなかった場合,相当の注意を払ったにもかかわらず特許料追納期間が経過する前までに特許料を納付することができなかった場合を指すと考えるべきである。
(2) 本件特許権は昭和58年に出願されたものであり,平成6年法律第116号特許法等の一部を改正する法律(以下「平成6年改正法」という。)の施行日(平成8年1月1日)前である平成7年12月5日に公告決定を受けたため,平成6年改正法附則の経過措置規定により新法の適用がなく,特許料納付期限は公告日から起算される一方,平成8年6月5日特許異議の申立てがされたため,これが棄却されて登録査定を受けたのは平成10年4月21日であり,この時点において,存続期間3年の期間が満了する日である平成11年3月27日まで1年もなかった。加えて,平成10年当時,特許庁から代理人弁理士事務所に送付される特許権の登録査定は,その99%以上が平成6年改正法に基づく登録査定であり,特許料納付期限は登録日から起算されるものであった。このような状況を前提に考えると,本件特許権の管理を行う原告の代理人弁理士においては,「相当の注意」を払っても所定の時期までに第4年分の特許料を納付することはできなかったといえるから,本件特許権について特許料納付期限を徒過したことについては法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」が認められるというべきである。
そして,原告の特許部長であるBは,平成11年10月30日,C弁理士からの連絡で本件特許権の第4年分の特許料が未納であることを知り,A国際特許事務所にこの旨を連絡し,同事務所所属の原告の代理人弁理士は,これを受けて同年11月9日,本件納付書を提出した。そうすると,原告にとって法112条の2第1項にいう「その責めに帰することができない理由」が「なくなつた日」は,平成11年10月30日であるとみるべきところ,本件納付書が提出された日は同年11月9日であるから,これは「その責めに帰することができない理由」が消滅した日である同年10月30日から2か月以内で,かつ,追納期間(同年3月28日から同年9月27日までの期間)の経過後6か月以内である。したがって,本件納付書の提出は,法112条の2第1項の要件をすべて充たすものである。
しかるに,被告は,本件においては法112条の2第1項に規定する原特許権者の責めに帰することができない理由があるものとは認められないとして本件処分を行ったものであるから,本件処分は法112条の2第1項の解釈を誤ってなされた違法なものであり,かつ,その違法性が重大顕著であるから,無効である。
(3) 被告は,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」の意味は,法121条2項における「その責めに帰することができない理由」と同一であると主張して,狭く解釈するが,この2つの条文は別個の規定であり関係者の利害状況も異なるから,これらを同一の意味であるとみるのは誤りである。
すなわち,法112条の2追納期間経過後の特許権の回復の場合と法121条拒絶査定に対する審判の請求期間の場合とを比較すると,これらの手続をとりうる期間がともに6か月であるという点においては共通性があるが,第三者保護規定の有無という点においては異なっている。法112条の2においては,既に存在していた特許権が追納期間の満了により消滅したと考える第三者の期待が問題となり,法121条においては,既に出願されていた特許出願が拒絶査定の送達後30日の経過により無意味なものとなったと考える第三者の期待が問題となる。これら2種類の第三者の期待は,いずれも存在していたもの(特許権と特許出願)が消滅したことに対する期待であるから等価であり,両者を区別することはできない。
そうすると,立法者が,法112条の2の場合には法112条の3を設けて第三者を保護し,法121条の場合にはそのような規定を置かず第三者を保護しなかったのは,「その責めに帰することができない理由」の解釈に広狭があると考えていたためである。
そうすると,法121条2項の「その責めに帰することができない理由」の文言は狭く,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」の文言は広く解釈するべきである。なお,法112条の2の場合においては中用権が認められているが,このこと自体,立法者が,追納期間経過後の特許権回復の場合は適用が広く,何も規定しなければ第三者に不測の損害が生じることを想定し,これに対する救済規定が必要と考えたことを示すものである。そして,上記のとおり,法112条の2第1項はハーモナイゼーションの潮流に従った解釈がなされるべきであるのに対し,法121条2項は専ら国内法のことを考慮する規定であることからも,両者を同様に解釈することは誤りである。
したがって,仮に,法121条2項の「その責めに帰することができない理由」との文言が,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお期間を徒過せざるを得なかったような場合と解されるとしても,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」もこれと同一の意味であると考えることはできず,法112条の2第1項の同文言は,法121条2項の文言より,広い範囲をカバーしているというべきである。
そして,本件においては,原告は外国法人であって,日本国特許法の専門家ではないから,日本国内の代理人弁理士の職務を直接コントロールすることはできない。したがって,仮に代理人に何らかの過失があったとしても,その過失を本人の過失とみることは許されない。さらに,原告の代理人弁理士の事務所は,日本国内において著名な特許事務所であり,特許料支払の方式も長年にわたって遵守し,その間事故も起きていない。このような同代理人が本件特許権の特許料を支払わなかったのは,平成6年特許法改正があり,本件特許権の登録が特許異議の申立ての関係から遅れたことに起因するものであって,同代理人は,専門家として期待される限りの注意を払って特許料の納付業務を行ってきたものであるから,それにもかかわらずその納付ができなかった本件には,「その責めに帰することができない理由」が存在したというべきである。
【被告の主張】 本件処分には,何ら違法はないから,重大顕著な違法があるとして無効とされる余地はない。
(1) 法112条の2は,平成6年改正法において新たに設けられた規定であり,わが国に特許権の回復の制度を導入するに当たり,その特許権の回復について,原特許権者の責めに帰することができない理由により特許料追納期間が経過する前に特許料を納付することができなかった場合に限ってこれを認めることとしているところ,「その責めに帰することができない理由」については,天災地変のような客観的な理由に基づいて手続をすることができない場合ばかりでなく,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお特許料追納期間を徒過せざるを得なかったという主観的な理由をも含むと解される。したがって,特許料追納期間内に特許料を納付することができない「その責めに帰することができない理由」があったか否かは,当該事案ごとに個別具体的に判断されるべきであるものの,原特許権者の主観的な事情を考慮してもなお,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払っても特許料追納期間を徒過せざるを得なかったというだけの理由が存しない場合には,「その責めに帰することができない理由」があったという余地はない。
(2) 法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」と法121条2項の「その責めに帰することができない理由」とは,同一の意味である。すなわち,法112条の2第1項は,平成6年改正法により特許法が改正される前に,既に法121条2項及び法173条2項に「その責めに帰することができない理由」との文言が存在していたことに照らし,これらと同様の理由がある場合に追納期間経過後の特許権の回復を認めることとするとの趣旨から,法112条の2第1項においても「その責めに帰することができない理由」との文言を使用したというのが立法の経緯である。
また,原告は,法112条の2の場合では,追納期間中に追納がないと考えて消滅した特許を利用した者は,たとえ後に同条の適用が認められて特許権が復活しても中用権が認められるから不測の損害を被ることはないと述べるが,法112条の2によって回復した特許権については,再審による回復の場合に善意で発明を実施した者に対して法定の通常実施権を認めた法176条に相当する規定は存在せず,その趣旨はまさに第三者には中用権は認めないというところにあるのであるから,原告の主張は,そもそもその前提を欠く。
この点,原告は,法112条の3が存在することを指摘するが,同条は,特許料追納期間の経過後から特許権の回復があった事実が公示される回復の登録までの間における第三者の一定の行為について回復した特許権の効力が及ばないとしているにすぎない。すなわち,法112条の2による特許権の回復の場合には,仮にその回復までの間に第三者が当該特許権に係る発明を実施したとしても,再審による回復の場合と異なり中用権としての法定通常実施権は認められていないのであるから,例えば,その実施のために投下した設備投資等の費用は保護されない結果となる。したがって,法112条の3が存在するからといって,第三者が不測の損害を被ることがないということはできない。
(3) 本件において,原告は,本件処分の無効確認を求めるところ,無効確認訴訟とは,取消訴訟の出訴期間経過後等であってもなお処分の効力を否定せざるを得ないほど著しい瑕疵があるため,客観的には公定力を有しない行政処分について,その処分の外形を取り除くことを目的とする訴訟であり,その無効事由は,行政処分の単なる違法では足りず,重大かつ明白な違法が存するなど,取消訴訟の出訴期間経過後等であってもなお救済に値するとの評価を受ける違法でなければならない。
この点について,原告は,本件処分の無効事由として,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」は,相当の注意を払っても特許料追納期間に特許料を納付することができなかったというもので足りるところ,本件特許権については,特許異議の申立てが棄却されたのが平成10年4月21日であり,この時点において本件特許権の存続期間のうち3年の期間が満了するまで1年もなかったことなどに照らすと,相当の注意を払っても第4年分の特許料等を納付することができなかったなどと主張するが,このような事由をもって,本件処分に,客観的に公定力を有しないほどの重大かつ明白な違法があるということはできない。なお,原告には,本件特許権の特許料追納期限である平成11年9月27日までに特許料を納付することができなかった「その責めに帰することができない理由」が存在しなかったから,本件処分は,そもそも何ら違法というべき事由さえ存在しないといわざるを得ない。
(4) 原告は,米国特許法や欧州特許条約における特許権の回復に係る要件を指摘したうえ,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」はこれらに従って解釈しなければならないから,この要件は,遅延納付が故意でなかった場合や「相当の注意」を払ってもなお追納期間内に特許料等を納付できなかったという場合であれば足りると考えられるところ,本件特許権については,平成6年改正法の施行日より前に公告決定を受けたために同改正法の適用がなく,平成8年3月27日の出願公告日から存続期間が起算され,登録査定を受けた平成10年4月21日の時点では本件特許権の存続期間のうち3年の期間が満了するまでに1年もなかったこと,平成10年当時に特許庁から代理人弁理士事務所に送付される特許権の登録査定は99%以上が平成6年改正法に基づく登録査定であって登録日から起算されるものであったことから,本件特許権の管理を行う代理人において相当の注意を払っても,所定の時期までに第4年分の特許料を納付することができなかったなどと主張する。
しかし,わが国においては,パリ条約5条の2第2項が規定する特許権の回復の制度を設けるに際し,既に設けられている拒絶査定不服審判や再審の請求期間を徒過した場合の救済についての規定や他の法律との整合性を考慮するとともに,そもそも特許権の管理が特許権者の自己責任の下で行われるべきものであること及び失効した特許権の回復を無期限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることになることを踏まえて「その責めに帰することができない理由」等の要件を付したものであるところ,特許権の回復についてどのような要件の下でこれを容認するかは,もともと各締結国の法の規定等に照らしてそれぞれの判断にゆだねられるべきものであり,その要件を統一しなければならないという種類のものではない。このことは,パリ条約5条の2第2項自体,「同盟国は,料金の不納により効力を失った特許の回復について定めることができる」と規定しているにとどまること,特許料の不納付によって失効した特許権の回復を認める制度を有する国においても,その要件は各国ごとに異なるものであり,例えば原告の指摘する米国と欧州でも異なっていることに照らしても明らかである。
したがって,法112条の2第1項の要件を充たすか否かは,あくまでも同項の規定の解釈問題として考えられるべきであり,これを米国や欧州における特許権回復の要件と同一に解釈しなければならないということはできず,原告の主張は,そもそもその前提を欠くものである。
また原告は,本件においては,本件特許権の管理を行う代理人において相当の注意を払っても,所定の時期までに第4年分の特許料を納付することができなかったなどと主張するが,原告が主張するような事由で特許料追納期間に第4年分の特許料等を追納することができなかったとすれば,それは,まさに法及び特許庁における手続の代理等の業務に関する実務に精通し,公正かつ誠実にその業務を行わなければならない職責を有する弁理士(弁理士法3条参照)において,相当の注意を払わなかった証左といわざるを得ない。この点に関する原告の主張も,失当である。
当裁判所の判断
当裁判所は,本件処分は適法であって,原告主張のような違法はなく,したがって本件処分の無効をいう原告の主張は,その前提を欠くものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 法は,特許料の納付期限について,第1年から第3年までの各年分の特許料を納付して特許権の設定の登録が行われた後の第4年以後の各年分の特許料は,前年以前に納付しなければならないと定め(法108条2項本文),この納付期間内に特許料を納付することができないときは,その期間が経過した後であっても,その期間の経過後6月以内にその特許料追納することができると定めている(法112条1項)。しかし,この6か月の追納期間内に,納付すべきであった特許料を納付しないときは,その特許権は,本来の納付期間の経過の時にさかのぼって消滅したものとみなされる(法112条4項)。しかるに,法112条の2第1項は,法112条4項の規定により消滅したものとみなされた特許権の原特許権者は,その責めに帰することができない理由により法112条1項の規定により特許料追納することができる期間内に同条4項に規定する特許料等を納付することができなかったときは,その理由がなくなった日から14日(在外者にあっては,2月)以内でその期間の経過後6月以内に限り,その特許料等を追納することができると定めている(法112条の2第1項)。
そして,前記第2の1(前提となる事実)によれば,本件特許権の第4年分の特許料の納付期限は平成11年3月27日であり,その追納期限は同年9月27日であるところ,原告は,同追納期限までに第4年分の特許料を納付しておらず,原告が本件納付書を提出したのは,追納期限が経過した後である同年11月9日であったというのである。そうすると,原告が本件納付書を提出したのは,本件特許権の特許料追納期限が経過した後であるから,法112条4項により,本件特許権は,平成11年3月27日の経過の時にさかのぼって消滅したものとみなされる。したがって,原告の本件納付書の提出による第4年分の特許料の納付が,法112条の2第1項の要件を充たす追納と認められない限り,原告が本件納付書の提出による特許料の納付によって本件特許権を回復することはできないこととなる。
2 本件処分は,原告に法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」があるとは認められないことを理由として,本件納付書を却下したものであるところ,原告は,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」との文言の解釈は,ハーモナイゼーションを実現する方向でなされなければならないから,これを先進的に体現していると考えられる米国特許法及び欧州特許条約の規定を参考にして解釈しなければならないと主張し,また,法112条の2の場合は,法121条の場合と異なり第三者保護規定(法112条の3)を有するから,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」は法121条2項の同文言より広く解釈すべきであると主張する。
そこで検討するに,法112条の2第1項にいう「その責めに帰することができない理由」とは,これが本来の特許料の納付期間の経過後,さらに6か月間の追納期間が経過した後(法112条1項参照)の特許料納付という例外的な取扱いを許容するための要件であり,その文言の国語上の通常の意味に照らしても,これと同一の文言である法121条2項の「その責めに帰することができない理由」と同様,天災地変等のように,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってなお追納期間内に納付できなかった場合のことを意味するものと解するのが相当である。この点に関し,原告は,同文言は,米国特許法,欧州特許条約の規定などと同様に,故意でなかった場合や相当な注意を払った場合を指すものと解すべきである旨を主張するが,パリ条約5条の2第2項の規定に照らしても,特許権の回復についてどのような要件の下でこれを容認するかは各締結国の判断にゆだねられているものであって,米国特許法や欧州特許条約の規定とわが国の法の規定とを同一に解釈しなければならないというものではない。原告は,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」は,法121条2項の「その責めに帰することができない理由」より広く解釈すべきであると主張し,その理由として,法112条の2の場合は第三者保護規定(法112条の3)が設けられており,影響を受ける第三者が広く生じることを前提としているのに対し,法121条の場合は,そのような規定は設けられていないと主張する。しかし,法112条の3は第三者に法定実施権を認めたものではないから,原告主張のように法112条の2を第三者に中用権を認めた規定ということはできない。また,法112条の2の場合は既に存続していた特許権が納付期間の経過により消滅し,これが特許登録原簿の記載により第三者に公示されることから第三者保護規定が必要であると考えられるのに対し,法121条の場合はいまだ設定登録がされず特許権が発生していない場合(法66条1項参照)であるから第三者保護規定が置かれていないと解することができるのであって,法121条の場合について法112条の3のような第三者保護規定が設けられていないことを理由に法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」を法121条2項の「その責めに帰することができない理由」よりも広く解すべきものということもできない。原告の主張は,採用できない。
3 原告は,本件特許権の管理を行う代理人において所定の時期までに第4年分の特許料を納付することができなかった理由として,@本件特許権は平成6年改正法の施行日(平成8年1月1日)より前に公告決定を受けたために同改正法の適用がなく,平成8年3月27日の出願公告日から存続期間が起算されるものであったこと,A平成8年6月5日の特許異議申立てを受けてこれが棄却されて登録査定を受けたのが平成10年4月21日であり,平成8年3月27日から3年の期間(最初に納付した特許料によって本件特許権が有効である期間)が満了するまでに1年もなかったこと,Bこの平成10年当時に特許庁から代理人弁理士事務所に送付される特許権の登録査定は,その99%以上が平成6年改正法に基づく登録査定であり,登録日から起算されるものであったこと,という事情があるから,本件においては法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」が認められると主張する。また原告は,仮に代理人弁理士に過失があったとしても,これを外国法人である原告の過失とみることはできないなどと主張する。
しかし,特許料の納付を行う代理人弁理士は,その職務として平成6年改正法の内容について承知しているはずであるから,本件特許権の特許料の納付を行う原告の代理人弁理士としては,個々の特許権について,平成6年改正法が適用されるのかどうかについて考慮したうえで,特許料の納付につき万全の管理をする注意義務があるというべきであるところ,本件においては,原告主張のような上記@〜Bのような事情が存在したことを考慮しても,代理人弁理士において,通常の注意力を有する者が万全の注意を払ってもなお追納期限内に納付できなかった事情が存在するとは到底いうことができない。その他,原告の提出する全証拠を含め一件記録を精査しても,本件事情の下において原告に「その責めに帰することができない理由」があると認めることはできない(原告の代理人弁理士としては,平成10年5月の設定登録時に第4年分の特許料の納付期限を確認することも容易にできたはずであるのに漫然納付期間を徒過し,さらに6か月間の追納期間をも徒過したものであって,その過失は明らかといわざるを得ない。)。
また,原告は,代理人弁理士の過失を本人の過失とみることはできないと主張するが,代理人は本人により選任され,本人の委託を受けて本人の名をもって特許料等の納付行為を行うのであるから,このような代理人が過失により追納期限を徒過した場合に本人がその責めを負うのは当然であって,たとえ本人に過失がなかったとしても法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」がある場合には該当しない。
4 以上のとおり,本件において,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」があるということはできないから,本件処分は適法に行われたものというべきであって,何らの違法をも認めることができない。したがって,本件処分の違法性が重大顕著であることを理由として本件処分が無効であるとする原告の主張は,そもそもその前提を欠き,失当である。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一