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関連審決 異議1999-74272
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10767審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 容易に実施 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 384号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社半導体エネルギー研究所
訴訟代理人弁理士 玉城信一
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 田部元史
同 青山待子
同 山口由木
同 高木進
同 林栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/07/02
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第74272号事件について平成12年8月22日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「液晶素子」とする特許第2893069号(昭和63年9月22日出願、平成11年3月5日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
本件特許につき、平成11年11月17日に特許異議の申立てがあり、特許庁は、この申立てを平成11年異議第74272号事件として審理したうえ、平成12年8月22日、「特許第2893069号の特許を取り消す。」旨の決定をし、
その謄本を同年9月11日に原告に送達した。
2 本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載) 【請求項1】 一対の基板間に、液晶とスペーサーを有する液晶素子において、
前記スペーサーは接着力と、伸縮率の限界値を有し、
前記伸縮率の限界値が10%〜35%の範囲から選択されたものを、前記スペーサーとして用いることを特徴とする液晶素子。
3 決定の理由の要旨 決定は、別紙決定の理由写し(「決定書」という。)のとおり、本件特許は、その明細書の発明の詳細な説明に、当業者が容易に実施することができる程度に発明の構成が記載されたものとはいえないから、特許法36条3項(平成2年改正前)の規定に違反してなされたものであり、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してなされたものであるから、特許法の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条1項及び2項の規定により、取り消すべきであるとした。
原告主張の決定取消事由
1 決定の理由の認否 決定書(甲第1号証)の理由中、「(1)手続の経緯」、「(2)取消理由通知の概要」及び「(3)特許権者の主張」は、認める。ただし、決定書2頁33行の「伸縮率の限界値」は「伸縮率」の誤記である。
しかし、「(4)当審の判断」の一部(「出願当時既に周知の・・・証拠はない。」(決定書4頁5行〜9行)及び「その様な記載は明細書にはなく、・・・認められない。」(同4頁17行〜26行))及び「(5)むすび」の「以上のとおり・・・認める。」(決定書4頁28行〜30行)は、争う。
2 決定取消事由(原告の主張) 決定は、本件特許が特許法36条3項の規定に違反してなされたものであるとした点において、法の適用を誤ったものであり、取り消されるべきである。
(1) 決定の理由及び本件発明の用語の意味について ア 決定の理由について (ア) 決定の理由は、2つである。
その1つは、「本件特許明細書の発明の詳細な説明には・・・出願当時既に周知のいかなるスペーサーを用いると接着力を有し、伸縮率の限界値が10%〜35%とすることができるのか、具体例が何も記載されていない。そして、出願当時、接着力を有し、伸縮率の限界値が10%〜35%のスペーサーが当業者に自明又は周知であると認めるに足る証拠はない。」(決定書3頁36行〜4頁9行)というもの(以下「第1の決定理由」という。)である。
他の1つは、「特許権者は、本件発明は、・・・個々のスペーサーの性質及び数十〜数百のスペーサーの分布状態を考慮して、スペーサーの伸縮率について調べた結果、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサーが用いられた場合、セル厚の均一性及び液晶の存在しない部分がないという効果を同時に達成することができることを発見したものである旨主張しているが、そのような記載は明細書にはなく、また当業者において明細書をそのように解釈することが自明であるとは認められない。さらに、特許権者は、本件発明は明細書の記載及び周知技術から当業者が容易に実施できる旨主張しているにもかかわらず、周知のスペーサーの中から、個々のスペーサーの性質及び数十〜数百のスペーサーの分布状態を考慮して、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサーの具体的な実施例を一つも示していない。」(決定書4頁11行〜23行)というもの(以下「第2の決定理由」という。)である。
(イ) 第1の決定理由は、要は、(@)本件発明のスペーサーはどのような材質からなるもので、(A)どのようにして第1表に記載した伸縮率を求め、
(B)どのように伸縮率の限界値を特定したのか不明である、というものであると思われる。
上記(@)については、本件発明は、本件明細書にスペーサーの材料、物性等に関する記述がないことからも明らかであるように、スペーサーの材料、物性に関するものではなく、スペーサーとして本件特許出願前周知の材質からなるものを用いるものである。上記(A)については、そのスペーサー特性(例えば、スペーサーの材質がゴムである場合にはゴムの伸縮性)あるいはスペーサーの分布状態、すなわち、スペーサーの数(分布密度でも同じ)を変更してそれぞれの伸縮率を求めることができるものである。上記(B)については、求めたそれぞれの伸縮率から伸縮率の限界値である液晶セルのセル厚が不均一にならない値及び液晶セル内に液晶が存在しなくならない値である10%〜35%の伸縮率の範囲を特定することができるものである。スペーサーの材質、伸縮率を求める手法並びに伸縮率の限界値の特定の仕方は、本件特許公報(甲第2号証)に示される本件明細書の記載事項、具体例としての第1表、第2表、本件特許出願前の技術常識、更には従来周知の技術をも合わせ読めば、本件明細書に記載されているものである。
第2の決定理由は、上記(A)の「第1表に記載した伸縮率の求め方」がもともと本件明細書に明示されていれば記載不備はないが、その旨の記載がないため不明であるとするものであると思われるが、上に記載したように複数個の伸縮率は簡単に求めることができるとともに、スペーサーの伸縮特性あるいはスペーサーの分布状態を変更して伸縮率を求める手法は、本件特許出願前の技術常識、更には従来周知の技術をも合わせ読めば実質的に本件明細書に記載されていたものである。
イ 本件発明の用語の意味について ここで、本件明細書の記載内容を理解する上で必要と思われるため、請求項1等に記載される以下の用語について説明する。
(ア) 「伸縮率」は、スペーサー単体で見れば、伸縮した長さが伸縮前のものと比べてどのくらいの割合になっているかを示すもの、すなわち、伸縮した長さを伸縮前の長さで割り、その値に100を掛けた数値であり、これを本件発明のスペーサーでみると、本件発明でいうスペーサーの伸縮率は、スペーサー単体でのものをいっているのではなく、液晶セル内に介在された複数個のスペーサーによって引き起こされるものを対象にしていることは明らかであり、液晶の注入時の問題及び注入後の問題の原因である温度変化によって液晶セルが内部に封入した複数個のスペーサーとともに伸縮するのであるから、温度変化が生じる前の状態の液晶セルの厚さあるいはスペーサーの高さを基準にして温度変化後に液晶セルあるいはスペーサーがどれだけ伸縮したかの割合を示すもの、すなわち、温度変化後の液晶セルあるいはスペーサーの伸縮した高さを温度変化前の液晶セルの厚さあるいはスペーサーの高さで割り、100を掛けた値となる。
(イ) 「伸縮率の限界値」の「限界値」という用語は、本件明細書の請求項1以外には用いられていないが、本件明細書の「ただし接着力と伸縮性を有するスペーサーの伸縮率が大きすぎる(35%以上)場合、・・・第1図に示す測定点A〜Lの12ケ所のデータを第2表に示す。」(4欄5行〜15行)との記載事項については、伸縮率の限界値の特定手法が読みとれるのであり、この記載内容は、
正に液晶セルの品質にとってスペーサーの伸縮率に大きくもなく小さくもない適正な限界となる値があることを示すものである。
すなわち、本件発明で用いている「伸縮率の限界値」は、液晶セルの品質を落とさないスペーサーの伸縮率の上下限値を示すもので、結局のところ、「伸縮率の限界値」は、スペーサーがこれ以上伸びたり縮んだりしない限界値、別言すれば、スペーサーがこれ以上伸びたり縮んだりしたら液晶セルの品質が保てなくなる限界値を意味するものである。
(ウ) 以上をまとめると、被告の前記「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」に対する解釈は、以下のとおりとなる。
「スペーサーの伸縮率」は、スペーサー単体の物性としての伸縮率であり、スペーサーの「伸縮率の限界値」はスペーサー単体がこれ以上伸びたり縮んだりしない限界値である。
液晶素子を対象にしたディスプレイの技術分野においては、「スペーサー」は基板間に介在され、基板間のギャップを保持するために用いる多量のスペーサーを指していることは本件特許出願時において技術常識である。スペーサーの散布密度を示す周知例として新たに甲第21号証(特開昭60-260022号公報)、甲第22号証(特開昭62-150224号公報)及び甲第23号証(特開昭63-155128号公報)を提示する。してみると、本件明細書に記載される「セル」、
特に「セル厚」が少なくともスペーサー群と表裏一体な関係にあることは明らかであり、第1表に記載される「スペーサーの伸縮率」の「スペーサー」は「スペーサー群」を指しており、第1表に記載される「スペーサーの伸縮率」は、「スペーサー群の伸縮率」、更には「「セル厚の伸縮率」と読み替えても何ら不自然なものではない。
(2) 本件発明の実施について ア 本件明細書の発明の詳細な説明の[発明の構成]の項には、(@)10個の伸縮率を求め(ただし、どのようにそれらの伸縮率を求めたかの記載の明示がないことは確かである。)、(A)それら伸縮率のセル厚への分布を第1図に示す12ケ所の測定点A〜Lのセル厚を測定することにより調べ、(B)そのデータに基づきセル厚の均一性を求め、(C)伸縮率が35%以上ではセル厚の均一性が保てないことを見つけ、(D)その値を伸縮率の上限の限界値とし、次いで、(E)10個の伸縮率のそれぞれについて液晶セルの温度を下げて液晶セル内に液晶の存在しない部分が現れるか否かについて調べ、(F)伸縮率を10%以下にした場合液晶セル内に液晶の存在しない部分が現れたことを確認し、(G)その値を伸縮率の下限の限界値とする、という一連の作業により、伸縮率の限界値の特定の仕方が示されている。してみると、決定の指摘する「どのように伸縮率の限界値を特定したのか不明である。」については本件明細書に記載されているものである。
スペーサーがどのような形状でどのような材質からなるものかについては、本件明細書には記載されていないが、従来知られていたスペーサーを用いることにより発明を充分構成し得るものである場合は、スペーサーの製法あるいは材質が特に明示されていなくても許されるものであり、本件発明の場合も正にそれに該当するものである。すなわち、接着力あるいは伸縮性を有するスペーサーについては、特開昭57-176022号公報(甲第14号証)、特開昭54-92339号公報(甲第13号証)に示されている。伸縮性を有するスペーサーについては、特開昭60-83917号公報(甲第11号証)、実願昭61-43288号(実開昭62-154427号)のマイクロフィルム(甲第12号証)に示されている。
本件発明は、スペーサーとして用いるものは従来知られていたものであることを前提とし、その材料もゴム等の使用ができるため、決定の理由の1つである「どのような材質からなるものか不明である。」については、その理由がないものである。
イ 本来液晶セル内に介在されるスペーサーは、温度変化等により引き起こされる基板の収縮を抑制するため基板内に複数個のものをほぼ均一に配置して用いるものであるところ、基板内にどのように配置されるかについては本件明細書の発明の詳細な説明の[従来の技術]の項には、具体的にどのように配置されるかにつき必ずしも明確にしていないものの、従来技術を参照すると、特開昭58-100122号公報(甲第18号証)、特開昭59-201022号公報(甲第19号証)、特開昭56-48616号公報(甲第20号証)に記載されているように、
本件特許出願前においてスペーサーを均一に配置する技術が広く知られていた。本件発明もこれらの従来技術を用いて基板内に所定数のスペーサーを均一に配置することができる。
ウ 本件発明がどのようにして種々の伸縮率を算定することができたかについては、以下に説明するとおりである。
まず、スペーサーを用いた場合の液晶セルの温度変化に対する液晶セルあるいはスペーサーの変動について概観すると、従来周知のガラス製の基板を用い、その基板内に従来周知のスペーサーを均一に配置する技術(例えば甲第18ないし第20号証に記載される技術)によって接着力と伸縮性とをともに有するスぺ一サーを基板内に配置し、従来周知の溶融による基板張り合わせ手法で2枚の基板を貼り合わせ、本件明細書にも記載した真空注入法によって液晶を注入し、封入することにより液晶セルを形成することができるところ、液晶セルには、温度変化に起因した液晶注入時の問題及び液晶注入後の問題が生起されることになる。これらの問題は、
液晶注入時には液晶セルが膨張し、液晶注入後には液晶セルが収縮しようとすることであるが、いずれにしても温度変化に起因した液晶セルの伸縮とは、液晶セルの伸縮方向に力が作用していることを意味し、液晶セルに伸縮方向の力が作用するということは、液晶セル内面には内部に介在したスペーサー自身が有する接着力により液晶セル内面に接着しているのであるから、液晶セル内に介在するすべてのスペーサーは、液晶セルの伸縮に併せて伸縮していることになる。スペーサーの伸縮は液晶セルの伸縮力に対し反力として作用し、液晶セルの伸縮力を抑制し、両者の力はいずれ等しくなり、等しくなった時点で液晶セルの変形は止まる。その場合液晶セルの厚みは、温度変化が始まる初期の状態に対し一定量変形していることになり、その時の変形量を初期の液晶セルの厚さあるいはスペーサーの高さで割り、100を掛けることによりその時のスペーサーの伸縮率を計算することができることになる。本件発明は、上記したようにその明細書に「接着力と適当な伸縮性とをともに有するスペーサーのみを、あるいは接着力を有さないスペーサーと同時に使用することにより、」(甲第2号証4欄1行〜3行)と記載されているのであり、少なくとも1つの伸縮率は求められることになる。
エ 次いで、その他の伸縮率はどのように求めるのかであるが、決定の主たる理由も要はこの点に尽きるものと思われる。
その他の伸縮率であるが、本件明細書には、第1表に示すように例1から例10と10個の伸縮率を求めその伸縮率より上記温度変化に起因した液晶注入時の問題及び液晶注入後の問題を解決するための伸縮率の限界値を実験により求め発明を完成させているのであり、何らかの手段で第1表の例1から例10の10個の伸縮率を求めたのは確かな事実である。本件明細書にはそれらl0個の伸縮率をどのように求めたかの具体的な手法についての明示はないが、本件明細書の示唆及び技術常識並びに周知技術をも合わせ読めば実質的に本件明細書に記載されていたものである。
すなわち、スペーサーは所定数が均一に配置されているため、個々のスペーサーで液晶セルの抑圧力を等分して支えていることになり、個々のスペーサーが受ける力をすべて合わせたものがスペーサーの反力となる。ところで、ある力を複数の点で受ける場合、点の数が少なければ個々の点に作用する力は大きく、点の数が多ければその逆に個々の点に作用する力は小さくなるという力関係があることは力学的分野においては技術常識にすぎず、これを本件発明の液晶セルとスペーサーとの力関係についてみると、前記技術常識と同様に液晶セルの力が点としての複数個のスペーサーに作用しているのであり、してみると、スペーサーの総数を減らせば個々のスペーサーで受ける液晶セルの押圧力は大きくなり、受ける液晶セルの押圧力が大きくなるということはスペーサーの伸縮率が大きくなることであり、逆にスペーサーの総数を増やせば個々のスペーサーで受ける基板の抑圧力は小さくなり、受ける基板の抑圧力が小さくなるということはスペーサーの伸縮率が小さくなることであり(以下「第1の変動要因」という。)、このような変動要因が生じることは当業者にとって自明なことである。なお、この点については甲第11号証に、スペーサーの数により基板の押圧力が変わることが明示されていることからも明らかである。
そして本件発明がこの第1の変動要因を利用する場合には、スペーサーの総数を増減することによりその時の伸縮率を求め、それを順次繰り返すことで本件明細書に記載される10個の伸縮率を求め、その10個の伸縮率の中からその値が10%〜35%の範囲内のものを選定し、その範囲内に入るスペーサーの総数を本件発明のスペーサーとして用いることができる。
次いでスペーサーの性質あるいは特性でみると、本件発明の個々のスペーサーは適当な伸縮性を有するものであり、伸縮性を有するものとして例えば上記各周知例に記載されているようなその全てがゴム等の弾性体からなるかあるいはゴム等の弾性体が被覆されたものを用いることができるため、本件発明のスペーサーにおいても所定の伸縮性を有しており、この伸縮する力で液晶セルの抑圧力を支えているものである。ところで一般に弾性体としてのゴムは、同じゴム製品であっても種々の伸縮性を有する製品が作られていることは技術常識であるとともに、ゴム充てん剤について「分析化学辞典」(分析化学辞典編集委員会編、1987年9月20日初版6刷、共立出版株式会社発行。698頁右欄9行〜15行。甲第16号証。)、
さらに「GENRE JAPON1CA 万有百科大事典 15 化学」(相賀徹夫編集著作出版、昭和58年6月20日初版第21刷、株式会社小学館発行、317頁。甲第17号証。)に記載されているように、ゴムの製造時に充てん剤を用いることによりゴムの硬さあるいは弾性を変えることが本件特許出願前周知の技術であることが示されている。
してみると、本件発明のスペーサーとしてよく伸び縮みするゴムを用いれば個々のスペーサーは大きく伸び縮みし、スペーサーが大きく伸び縮みするということはスペーサーの伸縮率が大きくなることであり、逆にあまり伸び縮みしないゴムを用いれば個々のスペーサーはあまり伸び縮みせず、スペーサーがあまり伸び縮みしないということはスペーサーの伸縮率が小さくなることであり(以下「第2の変動要因」という。)、このような変動要因が生じることはやはり当業者にとって自明なことである。
一方、本件明細書の発明の詳細な説明の[発明の構成]の項に記載される「かかる問題解決のため本発明は、接着力と適当な伸縮性とをともに有するスペーサーのみを、あるいは接着力を有さないスペーサーと同時に使用することにより、」(甲第2号証4欄1行〜3行)との記載事項中、「適当な伸縮性」は1つの伸縮性をいっているのではなく、ある1つの伸縮性の値を中心により広い範囲の伸縮性の値を含むものと解することができるため、本件明細書には複数種類の伸縮性を持つスペーサーの使用は示唆されていたものである。
そして本件発明がこの第2の変動要因を利用する場合には、スペーサーをゴムで形成するとともに、そのゴムの伸縮性が異なるものを複数種類用意することによりある1種類の伸縮率を求め、それを順次繰り返すことで本件明細書に記載される10個の伸縮率を求め、その10個の伸縮率の中からその値が10%〜35%の範囲内のものを選定し、その範囲内に入るスペーサーを本件発明のスペーサーとして用いることができる。
オ 被告は、本件明細書の記載からは、本件発明の「伸縮率の限界値」が上記第1、第2の変動要因を利用した実験により求められるものであることすら当業者において分からないのであるから、依然として、本件明細書はその発明の詳細な説明に、当業者が本件発明を実施することができる程度に、その発明の構成が記載されていないといわざるを得ないと主張する。
確かに「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」については、被告が主張するように、温度、圧力等に起因した力が特定できなければ伸縮率が定まらないことになるところ、いずれにしてもそれらの変動要因が、液晶セルを製品に組み込んでの通常の使用形態時には想定されないもので、液晶注入時あるいは注入後特有なものであり、かつそれらの変動要因に起因した力を特定することができればよいはずである。
この点について新たに甲第25号証(特開昭61-249025号公報)、甲第26号証(特開昭62-247327号公報)及び甲第27号証(特開昭62-247327号公報)を提出する。これら証拠をみると、強誘電性液晶において粘性が低く注入が可能な状態である等方相への転移温度が概略70数度〜100℃であることは、本件特許出願時には広く知られていた数値であり、本件発明もこの数値を用いてセル内に液晶を注入しているのである。してみると、前記温度は、液晶セルを製品に組み込んでの通常の使用形態時にはほとんど想定されない温度であり、
かつ強誘電性液晶において粘性が低く注入が可能な状態である等方相への転移温度として特定ができるから、その結果生じる力は、一義的な力として特定し得る力である。
次に圧力に起因した変動要因について述べると、この点について新たに甲第28号証(特開昭60-129728号公報)及び甲第29号証(特開昭60-254118号公報)を提出する。これら証拠をみると、セル内に液晶を注入する圧力として概略10-3〜5×10-4Torrの真空度が必要であることは、本件特許出願時には広く知られていたことであり、本件発明もこの数値を用いてセル内に液晶を注入しているのである。そしてこの圧力は、真空ポンプを使用して人為的に容易に作り出せる圧力ではあるが、液晶セルを製品に組み込んでの通常の使用形態時にはほとんどといっていいぐらいに想定されない圧力であり、かつ液晶を注入するために必要な圧力として特定ができるから、その結果生じる力は、一義的な力として特定し得る力である。
スペーサーをセル内に均一に散布する技術について更なる証拠として新たに甲第30号証(特開昭57-132117号公報)及び甲第31号証(特開昭58-176621号公報)を提出する。所定数のスペーサーを再現性良く均一に散布する技術は、本件特許出願時には既に周知慣用であるため、本件発明を実施する場合の手法としてスペーサーの数を変えて「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」を求めることもできるのである。
(3) その他 被告は、本件の特許異議に先立つ拒絶査定に対する不服審判手続の中では、特許法36条3項違反の拒絶理由通知に対する原告の意見を容れ、特許を付与しておきながら、異議手続においては、特許法36条3項違反を理由として、本件特許を取り消した。このようなことは同じ行政庁としての一体性に欠けるものであり、許されない。
被告の反論の要点
1 決定の理由に対する原告の主張はいずれも失当である。
(1) 本件発明の用語の意味について 原告は、原告の主張する用語の意味を前提として、本件明細書には、スペーサーの「伸縮率」及び「伸縮率の限界値」を求める方法が実質的に示されている旨主張するが、失当である。
ア 原告は、本件発明でいうスペーサーの伸縮率は、スペーサー単体でのものをいっているのではなく、液晶セル内に介在された複数個のスペーサーによって引き起こされるものを対象にしていることは明らかであり、本件スペーサーの伸縮率は、温度変化後の液晶セルあるいはスペーサーの伸縮した高さを温度変化前の液晶セルの厚さあるいはスペーサーの高さで割り、100を掛けた値となり、伸縮率の限界値はスペーサーがこれ以上伸びたり縮んだりしたら液晶セルの品質が保てなくなる限界値を意味するものであると主張している。すなわち、「スペーサーの伸縮率」、「伸縮率の限界値」なる用語をそれぞれ「セル厚の伸縮率」、「セル厚の伸縮率の限界値」の意味である旨主張している。
イ しかしながら、そもそも、「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」なる用語を、上記原告主張の意味において当業者が慣用しているとする証拠はないし、またそのような定義は本件明細書に全く記載がない。
そして、本件明細書には、「第1表にスペーサの伸縮率の大きさとセル厚の均一性・・・との関係を示す。」等の記載があり、「スペーサの伸縮率」という用語と「セル厚」という用語をはっきり区別して使用しているのであるから、当業者であれば、「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」なる用語は、むしろ「セル厚の伸縮率」、「セル厚の伸縮率の限界値」とは違う、別の用語であると解するのが自然である。
そうすると、本件明細書中の「スペーサーは接着力と、伸縮率の限界値を有し」(請求項1)及び「接着力と伸縮性を有するスペーサーの伸縮率」(4欄5行〜6行)なる記載は、通常の日本語として理解するしかなく、「スペーサーの伸縮率」は、単にスペーサー自体の物性としての伸縮率であり、スペーサーの「伸縮率の限界値」は単にスペーサー自体がこれ以上伸びたり縮んだりしない限界値と解する他はない。
ウ 原告は、甲第21ないし第24号証を提出し、「スぺーサーの伸縮率」は「スペーサ群の伸縮率」すなわち「セル厚の伸縮率」であり、スペーサーの「伸縮率の限界値」は「セル厚の伸縮率の限界値」と読み替えるべきである旨主張している。
しかしながら、原告の提出した上記証拠は、本件明細書において積極的にそのように解釈すべきである、あるいはそのように解釈すべきことが自明であることを立証するものではないから、原告の主張は失当である。
すなわち、甲第21号証ないし甲第23号証には、セルの基板間に多量のスペーサーが散布されることが記載されているが、これら多量のスペーサの伸縮率、スペーサの伸縮率とセル厚の関係については何ら記載されていない。そして、スペーサーがセルの基板間に多量に散布されるものであることと、これらのスペーサーに、
これ以上伸びたり縮んだりしない限界値があることには何の矛盾もなく、被告の「スペーサーの伸縮率の限界値」は、スペーサー自体がこれ以上伸びたり縮んだりしない限界値であると解する他はないとの主張には不合理な点はない。
また、「伸縮率の限界値」なる用語は、甲第24号証に示す手続補正書において請求項1に挿入されたものであるが、甲第24号証と同日に提出された意見書(甲第4号証)において原告は、「明細書の記載・・・における数値の技術的意味は、
スペーサーがこれ以上伸びたり縮んだりしない限界値であると解すべきであり」(3頁末行〜4頁1行)と主張しているのであり、原告の「伸縮率の限界値」に関する主張は、前記意見書における主張とも矛盾するものである。
(2) 本件発明の実施について ア 原告は、原告の主張する用語の意味を前提として、接着力あるいは伸縮性を有するスペーサーが従来周知であり、本件発明は、本件特許出願前に周知であった伸縮性を有するスペーサーにやはり本件出願前に周知であったスペーサーの表面に接着剤をコーティングして介在させる技術を適用し、まずは本件明細書に記載したごとくの「接着力と適当な伸縮性とをともに有するスペーサー」を用いることを思い至ったと主張している。すなわち、原告が主張する用語の意味を前提としても、原告は接着力と伸縮率の限界値を有し、かつ伸縮率の限界値が10%〜35%の範囲内のスペーサーは従来周知でないことを認めている。
したがって、原告が主張する用語の意味を前提としても、本件発明の場合、当業者が容易にその実施ができるには、接着力を有し、伸縮率の限界値が10%〜35%の範囲内のスペーサーの構造、材料等を記載する必要があることは明らかである。 イ 原告は、原告の主張する用語の意味を前提として、「どのようにして第1表に記載した伸縮率を求めたか不明である。」という点に対し、温度変化に起因した液晶セルの伸縮とは、液晶セルの伸縮方向に方向に力が作用することを意味し、スペーサーの伸縮は液晶セルの伸縮力に対し反力として作用し、液晶セルの伸縮力を抑制し、両者の力はいずれ等しくなり、等しくなった時点で液晶セルの変形は止まることになり、その時の変形量を初期の液晶セルの厚さあるいはスペーサーの高さで割り、スペーサーの伸縮率を計算することができることになると主張している。
原告主張のように、「スペーサーの伸縮率」が、「温度変化に起因する変形が止まった時点で液晶セルあるいはスペーサーの高さを温度変化前の液晶セルの厚さあるいはスペーサの高さで割り、100を掛けた値」であるとすると、温度変化の条件によって伸縮率が変わることは明らかであり、更にセル内外に圧力差があればそれによっても伸縮率が変わることは明らかであるから、温度変化等どのような条件で伸縮率を測定するかにより、伸縮率が変わることになり、やはり第1表に記載した伸縮率をどのようにして求めるのか明らかでない。
ウ 原告はさらに、本件発明は、第1の変動要因(スペーサの総数による伸縮率の変動)を利用する場合には、スペーサーの総数を増減することによりそのときの伸縮率を求め、それを順次繰り返すことで本件明細書に記載される10個の伸縮率を求め、その10個の伸縮率の中からその値が10%〜35%の範囲内のものを選定し、その範囲内に入るスペーサーの総数を本件特許のスペーサーとして用いることができると主張している。
しかしながら、本件明細書には、第1表に記載の10個の伸縮率が、同一のスペーサーを、総数を増減して求めたものであることは記載されておらず、上記したように、1個の伸縮率をどのようにして求めたか明らかでない上、そもそも「スペーサーの伸縮率」は、原告主張のようなものではなく、スペーサー自体の伸縮率と解すべきことは前述のとおりであるから、スペーサーの伸縮率とスペーサーの総数は何ら関係のないものであり、上記主張は失当である。
エ また、原告は、本件発明は、第2の変動要因を利用する場合には、スペーサーをゴムで形成するとともに、そのゴムの伸縮性が異なるものを複数種類用意することによりある1種類の伸縮率を求め、それを順次繰り返すことで本件明細書に記載される10個の伸縮率を求め、その10個の伸縮率の中からその値が10%〜35%の範囲内のものを選定し、その範囲内に入るスペーサーの総数を本件特許のスペーサーとして用いることができると主張している。すなわち、原告は、スペーサーをゴムで形成し、そのゴムの伸縮性を選択することによっても、本件発明を実施し得る旨の主張をしている。
しかしながら、本件発明のスペーサーは接着力をも有するものであるところ、そもそも、接着力と伸縮率の限界値が10%〜35%の範囲に入るような伸縮性とをともに有するゴムのスペーサーが周知慣用であるとする証拠はないのである。
そして、原告の主張によれば、伸縮率は、適当な伸縮性を有するゴムのスペーサを選択し、適当な数を使用して液晶セルを形成し、温度変化を与えて測定するものと認められるが、上で述べたように、伸縮率を測定する条件が不明であり、しかも、第1表の例には、具体的な材料、スペーサーの数も示していないのであるから、単にスペーサーをゴムで形成し、そのゴムの伸縮性を選択することによっても本件発明を実施し得る旨の上記主張は、原告が主張する用語の意味を前提としても失当である。
オ 仮に本件発明の「伸縮率の限界値」が原告主張の第1また第2の変動要因を利用した実験により求めることができるものであるとしても、スペーサーの伸縮率の定義や、順次伸縮率を求める実験をする際の温度変化等の条件、そして、本件明細書記載の表1の例1〜10に示された10個の伸縮率が求められた時の、スペーサーの材料や総数あるいはゴムの伸縮性が異なる複数種類のスペーサを用いた場合の具体例が明細書には記載されておらず、ましてや、本件明細書の記載からは、本件発明の「伸縮率の限界値」が上記第1また第2の変動要因を利用した実験により求められるものであることすら当業者において分からないのであるから、依然として、本件明細書はその発明の詳細な説明に、当業者が本件発明を実施することができる程度に、その発明の構成が記載されていないといわざるを得ない。
したがって、原告の、本件明細書の詳細な説明の項には当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されているものと認められるとする主張には何ら理由がない。
カ 原告は、甲第25ないし第31号証及び参考資料1を提出して、本件発明は、液晶として注入時に加熱を加える必要のないものでは、セル内部に液晶を注入する時の圧力のみが変動要因となり、また、強誘電性液晶のように注入時に加熱を加える必要のあるものでは、セル内部に液晶を注入するときの圧力と強誘電性液晶を加熱する温度との複合が変動要因となるが、いずれにしてもそれらの変動要因が、液晶セルを製品に組み込んでの通常の使用形態時には想定されないもので、液晶注入時あるいは注入後特有なものであり、かつそれらの変動要因に起因した力は特定することができるものであり、そして、所定数のスペーサを再現性良く均一に散布する技術は、本件特許出願時には既に周知慣用であるため、本件発明を実施する場合の手法としてスペーサーの数を変えて「スペーサの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」を求めることもできるのであり、原告のような解釈であっても不合理であるとする被告の反論は、原告の主張を覆すものではないと主張している。
しかしながら、本件明細書の記載からは、本件発明の液晶が、注入時に加熱を加える必要のあるものなのか、あるいはそうでないものなのか全く不明であり、また、甲第25ないし第27号証には、注入される液晶の種類により液晶注入温度が異なること、温度と圧力が共に変動する場合あることが示され、また、甲第28、
第29号証には、真空注入法による真空度が異なるものが記載されているから、本件明細書からは原告の主張する変動要因に起因した力を特定することができず、この点をもって既に原告の主張は失当である。
すなわち、所定数のスペーサを再現性良く均一に散布する技術が、原告の提出した甲第18ないし第22号証、甲第30、第31号証及び参考資料1に記載されているように、本件特許出願時には既に周知慣用であったとしても、本件発明を実施する場合の手法としてスペーサーの数を変えて「スペーサの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」を求めるための上記変動要因等の実験の条件は、依然として不明であるので、原告の上記主張は失当である。
(3) その他について 原告は、本件発明に対して特許法36条3項という同じ理由について一方では特許を認め、他方では認めないと判断することは、同じ行政庁としての一体性に欠けるものであり、この点においても決定は取り消されるべきものであると主張している。
しかしながら、そもそも、拒絶査定不服審判の手続と異議申立事件における手続とは、互いに独立した手続である。仮に、行政庁が前者の手続において一度下した判断を変更することができないとすれば、審査、審判の不備を公衆により是正するという異議申立制度自体の意義を失いかねないものである。
ちなみに、審判手続でなされた拒絶理由通知(特許法36条3項違反)の具体的な理由は、伸縮性、伸縮率の定義が不明瞭であり、発明の数値限定の意味、根拠が不明であるというものであったのに対し、異議手続における取消理由通知(特許法36条3項違反)の具体的な理由は、本件明細書の発明の詳細な説明にはスペーサーとしていかなる材料からなるものを用いると、接着力を有し、伸縮率の限界値を10%〜35%とすることできるのかが開示されていないし、接着力や、伸縮率の意味が明確に定義されていないというものであるので、両者の具体的な理由は異なる。
2 以上のとおりであるから、決定の理由に対する原告の主張はいずれも失当であり、決定に何ら誤りはない。
当裁判所の判断
1 争点について 原告主張の決定取消事由は、前記第3の2に摘示したとおりであり、要するに、
@ 決定が、「出願当時既に周知のいかなるスペーサーを用いると接着力を有し、
伸縮率の限界値が10%〜35%とすることができるのか、具体例が何も記載されていない。そして、出願当時、接着力を有し、伸縮率の限界値が10%〜35%のスペーサーが当業者に自明又は周知であると認めるに足る証拠はない。」(決定書4頁5行〜9行)としたことは誤りであり、また、A 特許権者(原告)が、本件発明は、スペーサーそのものを作製したのではなく、周知のスペーサーの中から、
個々のスペーサーの性質及び数十〜数百のスペーサーの分布状態を考慮して、スペーサーの伸縮率について調べた結果、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサーが用いられた場合、セル厚の均一性及び液晶の存在しない部分がないという効果を同時に達成することができることを発見したものである旨主張したことに関し、 決定が「そのような記載は明細書にはなく、また当業者において明細書をそのように解釈することが自明であるとは認められない。さらに、特許権者は、本件発明は明細書の記載及び周知技術から当業者が容易に実施できる旨主張しているにもかかわらず、周知のスペーサーの中から、個々のスペーサーの性質及び数十〜数百のスペーサーの分布状態を考慮して、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサーの具体的な実施例を一つも示していない。」(決定書4頁17行〜23行)とした点は誤りであるから、
本件特許が特許法36条3項の規定に違反してなされたものということはできず、決定は法の適用を誤ったものであって取り消されるべきものである、というものである。
2 本件明細書の記載について (1) 本件発明の構成は、前記第2の2のとおり、「一対の基板間に、液晶とスペーサーを有する液晶素子において、前記スペーサーは接着力と、伸縮率の限界値を有し、前記伸縮率の限界値が10%〜35%の範囲から選択されたものを、前記スペーサーとして用いることを特徴とする液晶素子。」というものであるところ、甲第2号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明欄の[発明の構成]の項に、
「[発明の構成]かかる問題解決のため本発明は、接着力と適当な伸縮性とをともに有するスペーサーのみを、あるいは接着力を有さないスペーサーと同時に使用することにより、セル厚の均一性と、セルが液晶の収縮、膨張に追随できることを達成した点に特徴がある。ただし接着力と伸縮性を有するスペーサーの伸縮率が大きすぎる(35%以上)場合、液晶注入工程によりセルが膨張し、結局接着力を有するスペーサーを使用しない場合と同様な結果となる。第1表にスペーサーの伸縮率の大きさとセル厚の均一性、セル内の液晶の存在しない部分の有無との関係を示す。第1表中の例1、例2においてはセル厚の均一性は良好であるがスペーサーの伸縮率が小さいために注晶(注 「液晶」の誤記)注入後にセル内に液晶の存在しない部分が現れたことを示している。また、例8〜例10ではスペーサーの伸縮率が大きすぎてセルが膨張してしまったことを意味している。従ってスペーサーの伸縮率は10〜35%が適当であることがいえる。例1、例5、例10のセル厚の分布について第1図に示す測定点A〜Lの12ヶ所のデータを第2表に示す。」(甲第2号証4欄1行〜末行)との記載があることが認められる。
(2) 本件明細書の「発明の構成」の記載は上記のとおりであり、本件明細書にスペーサーの材料、物性に関する記載がないこと、及びスペーサーについてどのような形状でどのような材質からなるものかについても記載がないことは、原告の自認するところである。
そうすると、「出願当時既に周知のいかなるスペーサーを用いると接着力を有し、伸縮率の限界値が10%〜35%とすることができるのか、具体例が何も記載されていない。」(決定書4頁5行〜7行)との決定の認定に誤りは認められない。
(3) また、原告は、本件発明は、「個々のスペーサーの性質及び数十〜数百のスペーサーの分布状態を考慮して、スペーサーの伸縮率について調べた結果、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサーが用いられた場合、セル厚の均一性及び液晶の存在しない部分がないという効果を同時に達成することができることを発見した」ものである旨主張するが、本件明細書の発明の詳細な説明中の「発明の構成」の項には、原告の主張する趣旨の記載はないことが認められ、「従来の技術」及び「発明の効果」のいずれの項にも同旨の記載は見いだすことができない。また、原告の主張するように本件明細書を解釈することが当業者に自明であるとする事情も認められない。したがって、原告の主張する上記事項が本件明細書に実質的に記載されていたということはできない。
そうすると、決定が、原告の主張する上記事項について、「そのような記載は明細書にはなく、また当業者において明細書をそのように解釈することが自明であるとは認められない。」(決定書4頁17、18行)と認定したことにも誤りは認められない。
3 周知技術について (1) 原告は、本件発明は、周知の材質からなるスペーサーを用いるものであり、接着力を有するスペーサーや伸縮性を有するスペーサーは、周知であると主張する。
しかし、原告が周知のスペーサーを示すものとして引用する証拠を検討すると、
甲第11号証には、請求項1に、「スペーサ(5)としてゴム状弾性粒子(5)を使用する液晶電池。」(1頁左下欄10、11行)、「ゴム状弾性粒子(5)の基質材料としてシリコンエラストマーを使用する」(1頁右下欄8、9行)と記載され、甲第12号証には、「硬質粒子の表面に軟質材を被覆して前記スペーサとしたことを特徴とする液晶表示素子。」(1頁10行、11行)、「硬質粒子5Aとしては、ガラス、ファイバー、セラミック、アルミナなどの結晶、粉、球を用い、軟質材5Bとしては、ゴム、ポリプロピレン、テフロン、ポリエチレンなどを用いる。」(3頁16行〜20行)と記載され、甲第13号証には、「前記粒子を直径が2枚の平板間の距離に等しい硬質材料製の球状コアで構成し、該球状コアを熱可塑性材料層で包囲したことを特徴とする表示装置」(1頁左下欄6行〜10行)、
「上述した本発明による表示装置では、支持平板の離間距離を球状コア粒子によって決定する。この場合粒子は、装置を封止する際に多少軟化され、かつ押しつぶされる熱可塑性の包囲物によって所定位置に保持される。」(2頁左上欄6行〜10行)と記載され、甲第14号証には、「大形の液晶表示装置においては特にこの間隔を保持するため液晶中にスペーサを介在させたり、スペーサに接着剤をコーティングして介在させたり、点状のスペーサを混入した接着剤層を印刷などにより電極基板の対設面に形成して間隔を均一にする方法が取られている。」(2頁左上欄17行〜右上欄2行)と記載され、スペーサーにゴムなどの弾性体を用いることや熱可塑性材料や接着剤を用いることが示されていることは認められるものの、「接着力を有し、伸縮率の限界値が10%〜35%のスペーサー」については何ら示されていないことが認められる。
そうすると、決定が、「そして、出願当時、接着力を有し、伸縮率の限界値が10%〜35%のスペーサーが当業者に自明又は周知であると認めるに足る証拠はない。」(決定書4頁7行〜9行)と認定したことに誤りはない。
(2) また、「伸縮率の限界値が10%〜35%の範囲から選択されたスペーサー」を示す証拠は異議手続において提出されていなかったと認められ(弁論の全趣旨)、当審においてもその証拠は提出されていないから、決定が、「さらに、特許権者は、本件発明は明細書の記載及び周知技術から当業者が容易に実施できる旨主張しているにもかかわらず、周知のスペーサーの中から、個々のスペーサーの性質及び数十〜数百のスペーサーの分布状態を考慮して、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサーの具体的な実施例を一つも示していない。」(決定書4頁18行〜23行)とした点に誤りがあったということもできない。
4 「伸縮率」及び「伸縮率の限界値」について (1) 原告は、本件明細書の第1表の伸縮率について、本件明細書にはそれらl0個の伸縮率をどのように求めたかの具体的な手法についての明示はないが、本件明細書の示唆及び技術常識並びに周知技術をも合わせ読めば、スペーサーの「伸縮率」及び「伸縮率の限界値」を求める方法は実質的に本件明細書に記載されていたものであると主張する。
しかし、「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」について、温度、圧力等に起因した力を特定することができなければ伸縮率が定まらないことは、原告の自認するところである。また、本件明細書に、第1表の10個の伸縮率について、
これをどのように求めたかの具体的な手法についての明示がないことについても争いはない。
(2) 原告は、甲第25ないし第27号証を見ると、強誘電性液晶において粘性が低く注入が可能な状態である等方相への転移温度が概略70数度〜100℃であることは本件特許出願時には広く知られていた数値であり、本件発明もこの数値を用いてセル内に液晶を注入しており、甲第28、29号証をみると、セル内に液晶を注入する圧力として概略10-3〜5×10-4Torrの真空度が必要であることは、本件特許出願時には広く知られていたことであり、本件発明もこの数値を用いてセル内に液晶を注入しているのであり、生じる力は一義的な力として特定し得る力であると主張する。
しかしながら、本件発明は強誘電性液晶を構成要件とするものではなく、第1表の例が強誘電性液晶の例であって加熱が行われるということは記載されていないし、自明であるということもできない。また、概略70数度〜100℃という温度の範囲、概略10-3〜5×10-4Torrという真空度の範囲は数値の幅が極めて広く、この幅と第1表の伸縮率との関係が明確であるということもできない。
そうすると、第1表の伸縮率の数値は、この数値を定めるために必要な温度、圧力等の条件を特定することなしに示されたものであり、それらが特定されなければ、数値自体に意味がないといわざるを得ない。
(3) 以上によれば、原告が周知技術を示すと主張する証拠を考慮しても、本件明細書にスペーサーの「伸縮率」及び「伸縮率の限界値」を求める方法が当業者に理解可能な程度に記載されているとは認められない。
5 特許法36条3項違反の有無 以上2ないし4に認定したところによれば、本件明細書には、「接着力と、伸縮率の限界値を有し、前記伸縮率の限界値が10%〜35%の範囲」にあるスペーサーの具体例が一例を示されていない上、周知技術を考慮しても、周知のいかなるスペーサーが上記要件を満たすものに該当するのかが本件明細書の記載からは不明であるといわざるを得ない。そして、本件明細書に上記要件を満たすスペーサーの具体例が示されていないという事情の下では、本件発明を実施しようとする当業者は、接着力を有する個々のスペーサーについて、その「伸縮率の限界値」を知り、
その数値が「10%〜35%」の範囲にあるものの中からスペーサーを選択する必要があるところ、前記4で認定したとおり、本件明細書には伸縮率の数値を定める前提となる温度、圧力等の条件が特定されておらず、スペーサーの「伸縮率の限界値」を求める方法が不明なのであるから、結局、「接着力を有し、伸縮率の限界値が10%〜35%」の範囲にあるスペーサーを得て、本件発明を実施することは、
当業者の容易になし得ることではないというべきである。
してみると、本件特許が特許法36条3項(平成2年改正前)に違反してなされたものであるとした決定の判断は、正当であり、何ら誤りは認められない。
なお、原告は、拒絶査定に対する不服審判事件においては特許法36条3項違反はないとして特許を認められたものが、異議事件において同じ36条3項違反を理由に特許を取り消されることは、一貫性を欠き、違法であると主張するが、両事件は独立した事件であって、前者における判断が後者の判断を拘束すべき理由はない。また、一旦成立した特許に対して特許異議の申立てがされたときに、特許権者と異議申立人双方の主張を考慮して新たな判断を下すことは、法の当然に予定するところである。原告の主張は失当である。
6 結論 以上のとおり、本件明細書は、その発明の詳細な説明中に、当業者が発明を容易に実施することができる程度に発明の構成及び効果を記載したものということができないから、本件特許が特許法36条3項(平成2年改正前)の規定に違反してなされたものであるとした決定の認定、判断に誤りはなく、その他、決定に取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実