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関連審決 審判1995-17310 審判1996-19722
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10058審決取消請求事件 判例 特許
平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 判例 特許
平成13行ケ219審決取消請求事件 判例 特許
平成13行ケ140審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  新規性 /  29条1項3号 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  下位概念 /  技術的範囲 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  明細書の記載要件 /  存続期間 /  技術的意義 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  混同 /  発明の範囲 /  訂正審判 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  独立特許要件 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 431号 審決取消請求事件
原告 コニカ株式会社
訴訟代理人弁護士 佐藤真太郎
同 根本浩
同 下野健
同 上山孝紀
同 森崎博之
同 弁理士 稲葉良幸
同 大貫敏史
被告 富士写真フィルム株式会社
訴訟代理人弁護士 中村稔
同 富岡英次
同 渡辺光
同 弁理士 小川信夫
同 平山孝二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/07/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成7年審判第17310号事件について平成11年10月29日にした審決を取り消す。
前提となる事実(争いのない事実)
1 特許庁等における手続の経緯 本件発明は、被告により発明の名称を「ハロゲン化銀カラー感光材料」として、
昭和56年3月16日に出願された(特願昭56-37374号)後、昭和63年6月3日に出願公告され(特公昭63-27701号)、その後、平成元年5月1日付け手続補正書、平成5年12月27日付け手続補正書及び平成6年5月24日付け手続補正書によって願書添付の明細書が補正され、平成6年10月21日に設定登録されたものであり(特許第1879552号。平成13年3月16日存続期間満了。以下「本件特許」又は「本件発明」という。)、被告はその特許権者であった。
原告は、平成7年8月10日、本件特許について特許無効審判の請求をしたところ(平成7年審判第17310号)、平成8年7月9日、「特許第1879552号発明の特許を無効とする。」との審決がされた(以下「第1次審決」という。)。
被告は、この審決に対して、平成8年9月30日に審決取消訴訟を提起するとともに(東京高裁平成8年(行ケ)第217号)、同年11月22日に、本件発明の特許請求の範囲の記載を含む明細書の記載の訂正を求める訂正審判を請求し(平成8年審判第19722号)、平成9年3月25日付け手続補正書を提出したところ、特許庁は、平成9年4月25日に、その訂正を認める審決をし(以下「本件訂正審決」といい、この訂正を「本件訂正」という。)、確定したため、上記審決取消請求事件について、東京高等裁判所は、平成10年12月10日に、本件訂正審決によって本件発明の特許請求の範囲の記載が訂正されたから、審決は結果的に本件発明の要旨の認定を誤ったとして、「特許庁が平成7年審判第17310号について平成8年7月9日にした審決を取り消す。」との判決をし、確定した。
そこで、上記無効審判事件は、再び特許庁に係属し、審理された結果、特許庁は、平成11年10月29日に、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし(以下「審決」という。)、その謄本は同年12月1日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨(訂正された箇所を下線で示す。) (1) 本件訂正前の特許請求の範囲の記載(以下「本件訂正前の発明」という。) 「発色現像反応によつてイエロー、マゼンタ、
又はシアンの色素を形成すると共に、カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制性を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される性質をもつ基をカップリング活性位に有する、下記一般式〔T〕で表わされるカプラーを含むハロゲン化銀乳剤層を支持体上に有することを特徴とするハロゲン化銀カラー感光材料。
一般式〔T〕 A-(L1) a-Z-(L 2-Y) b 式中、Aは、現像主薬酸化体と反応して、(L 1) a-Z-(L 2Y) bを放出するとともに、イエロー、マゼンタ、またはシアンの色素を形成するカプラー成分を表し、L1は(L 1) a-Z-(L 2Y) bとして放出された後、ただちにZとの結合が開裂する基を表し、Zは現像抑制作用を表す化合物の基本部分を表し、カプラーのカップリング位と直接(a=0のとき)または連結基のL1を介して(a=1のとき)結合され、Yは連結基L2を介してZと結合し、Zの現像抑制作用を発現させる置換基を表し、L2は現像液において開裂する化学結合を含む基であり、-COO-、-NHCOO-、-SO 2O-、-OCH 2CH 2SO 2-、-OCOO-または-NHCOCOO-を含む連結基を表し 、aは0又は1を表し、bは1または2を表し、bが2のとき2つのL 2-Yは同じまたは異なる基を表す 。
ただし、Z-(L2-Y)b がアルキルオキシカルボニル基で置換されたベンゾトリアゾリル基またはアルキルオキシカルボニル基で置換された1-フエニル-5-テトラゾリルチオ基である場合は、このアルキル基は、ハロゲン原子、ニトロ基、炭素数1〜4のアルコキシ基、炭素数1〜4のアルカンスルホニル基、炭素数6〜10のアリールスルホニル基、炭素数1〜5のアルカンアミド、ベンズアミド基、炭素数1〜6のアルキルカルバモイル基、カルバモイル基、炭素数6〜10のアリールカルバモイル基、炭素数1〜4のアルキルスルホンアミド基、炭素数6〜10のアリールスルホンアミド基、炭素数1〜4のアルキルチオ基、炭素数6〜10のアリールチオ基、フタールイミド基、スクシンイミド基、イミダゾリル基、
1,2,4-トリアゾリル基、ピラゾリル基、ベンズトリアゾリル基、フリル基、
ベンゾチアゾリル基、炭素数1〜4のアルカノイル基、ベンゾイル基、炭素数1〜4のアルカノイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基、炭素数1〜4のパーフルオロアルキル基、シアノ基、テトラゾリル基、ヒドロキシ基、カルボキシル基、スルホ基、炭素数1〜4のスルファモイル基、炭素数6〜10のアリールスルファモイル基、炭素数6〜10のアリール基、ピロリジニル基、ウレイド基、ウレタン基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、炭素数6〜10のアリールオキシカルボニル基、イミダゾリジニル基または炭素数1〜6のアルキリデンアミノ基より選ばれた少なくとも1つを有する。」 (2) 本件訂正後の特許請求の範囲の記載(以下「本件訂正後の発明」という。) 「発色現像反応によつてイエロー又はシアンの色素を形成すると共に、カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制作用を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基をカップリング活性位に有する、下記一般式〔T〕で表わされるカプラーを含むハロゲン化銀乳剤層を支持体上に有することを特徴とするハロゲン化銀カラー感光材料。
一般式〔T〕 A-(L1) a-Z-L 2-Y 式中、Aは、現像主薬酸化体と反応して、(L 1) a-Z-L 2-Y を放出するとともに、イエロー又はシアンの色素を形成するカプラー成分を表し、L 1は(L 1)a-Z-L 2-Y として放出された後、ただちにZとの結合が開裂する基を表し、Zは、2価のへテロ環基又はヘテロ環チオ基より選ばれた、現像抑制作用を表す化合物の基本部分を表し、カプラーのカップリング位と直接(a=0のとき)または連結基のL1を介して(a=1のとき)結合され、Yは連結基L 2を介してZと結合し、Zの現像抑制作用を発現させる置換基を表し、L2は現像液において開裂する化学結合を含む基であり、ここで、L2はZ及びYとともに以下の部分構造 : -Z-(CH2)d-COO-Y 又は を示し、aは0又は1を表し、dは0から5の整数を表す 。
ただし、Z-L2-Yが5-(4-エトキシカルボニルフエニル)-テトラゾリル基である場合を除く。 また、Z-L 2-Yがアルキルオキシカルボニル基で置換されたベンゾトリアゾリル基またはアルキルオキシカルボニル基で置換された1-フエニル-5-テトラゾリルチオ基である場合は、このアルキル基は、ハロゲン原子、ニトロ基、炭素数1〜4のアルコキシ基、炭素数1〜4のアルカンスルホニル基、炭素数6〜10のアリールスルホニル基、炭素数1〜5のアルカンアミド、ベンズアミド基、炭素数1〜6のアルキルカルバモイル基、カルバモイル基、炭素数6〜10のアリールカルバモイル基、炭素数1〜4のアルキルスルホンアミド基、
炭素数6〜10のアリールスルホンアミド基、炭素数1〜4のアルキルチオ基、炭素数6〜10のアリールチオ基、フタールイミド基、スクシンイミド基、イミダゾリル基、1,2,4-トリアゾリル基、ピラゾリル基、ベンズトリアゾリル基、フリル基、ベンゾチアゾリル基、炭素数1〜4のアルカノイル基、ベンゾイル基、炭素数1〜4のアルカノイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基、炭素数1〜4のパーフルオロアルキル基、シアノ基、テトラゾリル基、ヒドロキシ基、カルボキシル基、
スルホ基、炭素数1〜4のスルファモイル基、炭素数6〜10のアリールスルファモイル基、炭素数6〜10のアリール基、ピロリジニル基、ウレイド基、ウレタン基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、炭素数6〜10のアリールオキシカルボニル基、イミダゾリジニル基または炭素数1〜6のアルキリデンアミノ基より選ばれた少なくとも1つを有する。」 3 審決の理由 別紙の審決書の理由写し(以下「審決書」という。)のとおり、原告が本件発明の特許の無効理由として主張する (1) 本件訂正は、特許法126条1項ただし書き及び同条2項に違反する新規事項の追加、特許請求の範囲の実質的な拡張又は変更に当たる、
(2) 本件訂正後の発明は、甲第7号証(審判甲第1号証、米国特許第4,015,988号明細書)、甲第8号証(審判甲第2号証、特開昭49-122335号公報)、甲第10号証(審判第9号証、特公昭47-8750号公報)、甲第11号証(審判甲第10号証、米国特許第4,182,630号明細書)、甲第12号証(審判甲第11号証、特開昭52-58922号公報)に記載された発明であるか、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証(審判甲第7号証、英国特許第1,031,262号明細書)、甲第10号証、甲第11号証、甲第12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、
本件訂正は、特許法126条3項(独立特許要件)に違反する、
(3) 本件訂正後の明細書の記載は、特許法36条に規定の明細書の記載要件を満足しておらず、同条の規定に違反する、
(4) 本件訂正後の発明は、上記(2)と同じ理由により、特許法29条1項3号の規定又は同条2項の規定に違反する、
との各主張について、いずれも原告の主張は認められないから、本件特許を無効とすることはできないと判断したものである。
原告主張の審決の取消事由の要点
審決は、原告の無効理由の主張に関して、本件訂正が、新規事項を追加し(取消事由1)、特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものである(取消事由2)のに、この判断を誤り、また、本件訂正後の発明について、新規性の判断を誤り(取消事由3)、進歩性の判断を誤り(取消事由4)、その結果、出願の際に独立して特許を受けることができるものであると誤って判断し、同じく、本件訂正後の発明の特許性の判断を誤り、さらに、本件訂正後の明細書の記載不備についての判断を誤ったものであり(取消事由5)、本件発明の無効理由を看過したもので違法であるから取り消されるべきである。
1 取消事由1(新規事項の追加)及び2(特許請求の範囲の実質的拡張又は変更)について (1) 本件訂正審決によって認容された本件訂正は、本件発明の明細書の特許請求の範囲の記載を、次の@ないしBのように訂正することを含むが(以下、それぞれ「訂正事項@」、「訂正事項A」、「訂正事項B」という。)、これらの訂正は、いずれも、平成5年改正特許法126条2項(特許請求の範囲の実質的拡張変更の禁止)の規定に違反し、A及びBの訂正は、同条1項ただし書き(新規事項の追加の禁止)の規定に違反するものである。
@ 「実質的に写真性に影響を与えない化合物」を「実質的に現像抑制作用を有しない化合物」に訂正すること。
A 一般式〔T〕について、Z(現像抑制作用を表す化合物の基本部分)を「2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基より選ばれたもの」に限定することB 一般式〔T〕について、L2(現像液において開裂する化学結合を含む基)をZ及びYとともに以下の部分構造: -Z-(CH2) d-COO-Y 又は -Z-Phe-(CH2) d-COOY (Pheはベンゼン環を表す。以下同じ。)を示すものに限定すること。
(2) 訂正事項@について ア 本件訂正前の明細書の特許請求の範囲に記載された「実質的に写真性に影響を与えない化合物」と、訂正後の特許請求の範囲に記載された「実質的に現像抑制作用を有しない化合物」とでは、意味するものが異なり、後者の方が前者より広く、少なくとも、両者が包含する基の範囲が一致しない。
写真性に影響を与えない化合物に分解される性質は、処理液の汚染(現像抑制剤の蓄積)による写真性への悪影響を防ぐための必要条件ではあるが、十分条件ではない。現像抑制性化合物の分解速度が遅ければ、同じ現像処理液を使って感光材料を連続処理していく過程で、未分解の現像抑制性化合物が蓄積し、「写真性への影響」が生じるのである。
イ 本件訂正前の明細書の「写真性に影響を与えない化合物に分解される性質をもつ基」が、単に分解性の有無及び分解の結果生じた生成物の現像抑制性にのみ着目した要件でないことは、実施例及び比較例に用いられている評価基準からも明らかである。すなわち、本件明細書では、実施例及び比較例に使用したカプラーの評価を、ランニング現像処理後における感度低下の比較によって行っている。感度の低下は、感光材料の層から発色現像液中に流出する離脱基の量(離脱基の拡散性、層の性質等に依存する)、処理液中での離脱基の分解速度、分解生成物の現像抑制性の程度、分解生成物の感光層への浸透度といった種々の要素が総合して生じる結果であり、とりわけ離脱基の分解速度に影響されるところが大きい。
このように、感度低下という種々の要素の複合した結果がカプラーの評価基準として採用されている事実は、「写真性に影響を与えない化合物に分解される性質を持つ基」が、分解生成物の現像抑制性の有無だけに着目した要件でないことを明瞭に示している。
ウ 特許請求の範囲に含まれる対象物の範囲という観点から見ると、本件訂正前の「写真性に影響を与えない化合物に分解される性質を持つ基」との要件の下では、最終的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質があっても、
分解速度が充分でないために、結果として写真性に影響が生じるような離脱基を放出するカプラーは、本件発明の範囲外である。ところが、本件訂正後の「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」という要件の下では、離脱基の分解速度が遅いために写真性に有害な程度にまで現像抑制剤の蓄積が生じるカプラーも本件発明の範囲に入ることになりかねない。
このような結果をもたらす訂正は、明らかに、特許請求の範囲を実質的に変更又は拡張するものといわざるを得ない。
(3) 訂正事項A及びBについて ア 訂正事項A及びBは、訂正前の明細書に記載された事項の範囲内における訂正ではない。本件訂正後の発明における、限定された特定のZ、L2及びYの組合せからなる離脱基-Z-L2-Yを有するカプラー(化合物群)の概念は、訂正前の明細書には存在しない。
被告は、本件訂正後の発明は、本件訂正前の特許請求の範囲に記載の一般式〔T〕のZ、L2及びYのそれぞれについて記載された広範囲な選択肢の中から特定のものを選択して組み合わせたことによって、本件訂正前の発明における他の組合せでは得られなかった格別な作用効果を奏するものであって、いわゆるスーパーDIRカプラーに該当する旨主張している。
しかし、そのような訂正は、広範な選択肢の組合せからなる一群のカプラーを区別することなくすべて同等・同列のものとしていた本件訂正前の発明の技術思想を、特定のZ、L2及びYを組み合わせたものだけが優れているという、別の技術思想に変更するものである。本件訂正前の明細書には、Z、L2及びYのそれぞれにつき、選択肢の中から特定のものを選択してなる特定の組合せが特に優れた作用効果を奏することについては全く開示がなく、そのような技術思想が存在していたと認めることはできないから、発明をそのようなものに訂正することは、技術思想を実質的に変更するものとして許されるべきでない。
イ 具体的には以下のとおりである。
(ア) Z(訂正事項A)について 審決は、本件訂正前の明細書には、Zにつき、「2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基から選ばれたもの」に言及した記載や、11例の化学式、例示化合物、合成例及び実施例の化合物として、Zが2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基に属するものが記載されていることを理由に、「Zについて、「2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基より選ばれたもの」と規定することは、明細書の記載の範囲内の訂正であって、特許請求の範囲を実質上変更するものではない。」(審決書18頁7行ないし10行)としている。
しかしながら、審決が指摘する11例の化学式は、本件訂正前の一般式〔T〕におけるZの例として、2価のヘテロ環基及びヘテロ環チオ基を示すにとどまるものであり、A、L2及びYが限定された本件訂正後の一般式〔T〕におけるZが、
「2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基」でなければならないことは、本件訂正前の明細書には示されていない。
(イ) L2(訂正事項B)について 審決は、本件訂正前の明細書(甲第6号証9欄下から7行ないし10欄3行)には、L2について、具体的化学結合(6種)中の例として-COO-が明記され、
L2として部分構造(Z及びYとともに示す): 「-Z-(CH2) d-COO-Y -Z-Phe-(CH2) d-COO-Y」が明記されている(同10欄19行及び21行)という(審決書18頁12行ないし19頁3行)。このうち、L2として部分構造(Z及びYとともに示す)「-Z-(CH2) d-COO-Y」及び「-Z-Phe-(CH 2) d-COO-Y」が明記されていることは認めるが、L2について、具体的化学結合(6種)中の例として-COO-が明記されていることは誤りである。
上記明細書(甲第6号証)10欄19行以下に示された8個の式の1番目と2番目、3番目と4番目、5番目と6番目とを各対比すれば明白なように、-COO-は、Zの側から-COO-のものも、Zの側から-OCO-のものも同列に扱われ、9欄左下の表では両者を-COO-で代表させて、結合の開裂反応が説明されている。
このように、本件訂正前の明細書には、構造的にも機能的にも-OCO-とは区別されるものとしての-COO-が明記されているとはいえない。
また、審決は、本件訂正前の明細書には、上記部分構造に合致する合成例(例示化合物14、16、29、40)及び実施例(例示化合物15、16、18)が記載されているという(審決書19頁4行ないし15行)。
しかしながら、本件訂正前の明細書における実施例及び合成例に記載された例示カプラー化合物のZで表される部分は、ベンゾトリアソリル基(例示化合物14、
15、16、18、40)、テトラゾリルチオ基(例示化合物29)だけであり、
Yに相当するものは、置換基を有するアルキル基とアリール基に限られている。
したがって、審決が挙げる例示カプラーからは、Z及びYとともに示されるL2の部分構造として、(a)ベンゾトリアソリル基-COO-置換アルキル又はアリール基、(b)テトラゾリルチオ基-Phe-COO-置換アルキル又はアリール基、が本件訂正前の明細書に記載されているということはできても、これより上位の概念で表されるZ(2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基)及びY(各種のものを含む)とともに示されるL2の部分構造: 「-Z-(CH2)d-COO-Y -Z-Phe-(CH2) d-COOY」が記載されているとはいえない。
このように、化合物の例示も実施例も存在しない組合せに係る本件訂正後の発明について、本件訂正前の明細書中に概念として存在していたといえるのかについては問題があるというべきである。
(ウ) 現像液で開裂する化学結合について 本件訂正は、本件訂正前の特許請求の範囲に「現像液において開裂する化学結合」として明記されていた6種の化学結合の中から5種(-NHCOO-、-SO2O-、-OCH 2CH 2SO 2-、-OCOO-、-NHCOCOO-)を削除し、残る一種の-COO-についても、これをZの側から「-CO-O-」であるものに限定してZの側から「-O-CO-」であるものを除外することをその内容として含むものである。
被告は、本件訂正後の発明は、L2に含まれる「現像液において開裂する化学結合」がZの側から「-CO-O-」であることを特徴とするものであって、現像液において開裂する化学結合がZの側から「-O-CO-」であるカプラーに比較して、「実質的に現像抑制性に影響を与えない化合物に、より速やかに、分解されるため、現像液に蓄積されることがない」という優れた予期することができない効果を有する旨主張している。
しかし、「現像液において開裂する化学結合」がZの側から-CO-O-であるものが他の構造(Zの側から-O-CO-や一NHCOO-、-SO2O-等)のものに比べて特に良いということは、本件訂正前の明細書には全く記載されていない事項であり、当業者が明細書の記載から当然に理解し得る事項でもない。
かえって、
@ 本件訂正前の明細書の特許請求の範囲に「現像液において開裂する化学結合」として-NHCOO-、-SO2O-、-OCH 2CH 2S0 2-、-OCOO-、
-NHCOCOO-や-O-CO-が、-CO-O-と一緒に一般的に規定され、
これらのものは発明の詳細な説明中においても「-CO-O-」と同列に説明され(甲第6号証(公告公報)9欄26行ないし10欄15行)、「開裂する化学結合」の好ましい例として、-CO-O-、-O-CO-、-NHCOO-が挙げられていること(同10欄19行以下の8例参照)、
A 特に、-COO-に関しては、発明の詳細な説明中に、-CO-O-と-O-CO-とが並記され(例えば、甲第6号証(公告公報)10欄19行の-Z-(CH2)d-COO-Yと同欄21行の-Z-(CH 2)d-OCO-Yなど)、両者は、「処理液中に現像抑制性を示す化合物は蓄積されず、処理液を繰り返し再生使用できる」という効果に関して、全く区別されることなく、同等のものとして扱われていること、及び、
B 現像液において開裂する化学結合として-CO-O-とそれ以外のもの(たとえば-O-CO-)のどちらを選ぶかによって効果に差があることを示唆する記載は、本件訂正前の明細書中に一切存在せず、例示化合物についても、現像液において開裂する化学結合が「-O-CO-」であるもの2例、-NHCOO-であるもの3例が挙げられていること、
等に徴すれば、「現像液において開裂する化学結合」は、-CO-O-も他の構造のもの(-O-CO-、-NHCOO-、-SO2O-等)も同列、同効のものであると理解するのが、本件訂正前の明細書に接した当業者の自然な理解であり、その中の特定の「-CO-O-」のものだけがよいという思想は、本件訂正前の明細書には何ら教示されていない。
このように、本件訂正は、本件訂正前の明細書に記載がなく、当業者に自明でもない新規な技術的知見に基づいて、発明の構成に新たな技術的事項を付加している。本件訂正前の明細書に記載されたカプラーを実質上比較例に等しいものにしてしまうような訂正は、一見、特許請求の範囲下位概念で示される発明に減縮しているようにみえて、実は、発明の技術的思想を、訂正前明細書の技術思想から別の新たな思想へと変更したものといわざるを得ない。
(4) 以上のとおり、本件訂正は、平成6年改正特許法の附則6条1項によって本件訂正に適用される平成5年改正特許法126条1項ただし書きの規定及び同条2項の規定に違反してなされたものであり、審決には法適用における判断の誤りがある。
2 取消事由3(新規性の判断の誤り)について (1) 本件訂正発明は、甲第7号証(審判甲第1号証)、甲第8号証(審判甲第2号証)、甲第10号証(審判甲第9号証)、甲第11号証(審判第10号証)及び甲第12号証(審判甲第11号証)の少なくとも一に記載された発明である。
(2) 甲第7号証(審判甲第1号証)について ア 甲第7号証(審判甲第1号証)は、本件訂正前の発明を無効とした第1次審決において、本件訂正前の発明の新規性を阻却する公知文献とされたものであり、下記一般式(W)で表されるカプラーを含むハロゲン化銀カラー感光材料が記載されている。
イ 本件訂正後の発明のカプラーは、一般式〔I〕: A-(L1)a-Z-L2-Yで表され、L2が特定の部分構造であるイエロー又はシアンの色素を形成するカプラーに限定されているが、その中には、Zが1-ベンゾトリアソリル基であり、Z及びYとともに表されるL2が次の部分構造 -Z-(CH2) d-COO-Y であって、d=O、Yがアルキル基(ただし、各種の置換基で置換されたもの)又はアリール基であるもの、すなわち、1-ベンゾトリアソリル基に置換基を有するアルキルオキジカルボニル基(-COOR:アルコキシカルボニル基と同義)又はアリールオキジカルボニル基(-COOAr)が結合した下記構造のカプラーが含まれる。
本件訂正後の発明に含まれる上記カプラーは、甲第7号証に記載されたカプラーのうち、第1次審決で「一般式(W)で表され、そのZ1からZ 4の3個が水素原子で、1個が・・・アルコキシカルボニル基(そのアルキル基が各種の置換基で置換されたもの)、アリールオキシカルボニル基、または・・・であるもの」(甲第17号証添付の別紙2、第1次審決書29頁1行ないし8行)と説示されたものに該当し、両者は、化学構造の点で区別することができない。
また、甲第7号証に記載されたカプラー(式(W)においてZ1ないしZ3が水素原子で、Z4が置換アルキル又はアリール基のもの)は、その離脱基中に現像液中で開裂する化学結合である「-COO-」を有しており、このカプラーの離脱基が発色現像液中で分解して生成する化合物(-COOHで置換されたベンゾトリアゾール)は、本件訂正後の発明の実施例で用いられている(6)のカプラー(注、本件訂正前の(16)のカプラーと同じ)が分解して生成する化合物と同一であるから、「実質的に現像抑制性を有しない化合物」である。
すなわち、甲第7号証に記載のICCカプラーは、審決も認めるとおり本件発明と同じ現像抑制剤放出型カプラーであるところ、同号証には、同号証記載のカプラーから放出された離脱基が発色現像液中で「実質的に現像抑制作用を有しない化合物」に分解される性質をもつか否かについて記載されていない。
しかしながら、Z-L2-YのZとしてベンゾトリアゾリル基、-L2-Yとしてアリールオキシカルボニル基を有する本件発明のカプラー(例えば、本件訂正後の実施例の例示化合物6(本件訂正前の(16))から放出される離脱基が「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質」をもつのであるから、同号証記載のカプラーから放出される離脱基のL2-Yに相当する部分が本件発明と同一の「アリールオキジカルボニル基」である場合には、当然に、その離脱基は「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質」をもつことになる。なぜならば、化学構造が同一である以上、その性質は同じなのであって、同号証中に「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質」についての記述がないことは、同一であるとすることの妨げにならないからである。
ウ 以上のとおり、本件訂正発明は、甲第7号証に記載された発明と同一であり、両者が異なるものと判断した審決は誤りである。
(3) 甲第8号証(審判甲第2号証)について ア 甲第8号証(審判甲第2号証)には、現像抑制性を有する化合物を離脱基として放出するDIRカプラーを使用した写真感光材料が示されている。
そして、同号証の一般式〔I〕のイエローカプラー又は〔V〕のシアンカプラーにおいて、ZHの具体例として引用された英国特許1031262号明細書(甲第9号証、審判甲第7号証)に挙げられた化合物A及びEを採用したものは、アルコキシカルボニル基で置換されたトリアゾールが結合したカプラーである。
このものは、本件発明の一般式〔I〕に対応させて表すと、Zとして2価のヘテロ環基に当たるトリアソリル基を、L2-Yとして-COORを有するものであるから、化学構造の点で本件発明のカプラーと区別することができない。
イ 甲第8号証に示された上記カプラーの離脱基が現像抑制作用を有することは、前記カプラーがDIRカプラーであることから明らかである。
上記カプラーの離脱基が現像液中で実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつことについては、同号証には明示されていないが、上記カプラーの離脱基が本件発明の一般式〔I〕に該当する化学構造を有し、かつ、L2中に開裂する化学結合である「-CO-O-」を有している以上、このものが本件明細書に説明されているとおりの反応経路を辿って現像抑制作用の少ない化合物に分解される性質をもつことは明らかである。この分解される性質について記述がないことは、両者が同一であるとすることの妨げにならない。
(4) 甲第10号証(審判甲第9号証)について ア 甲第10号証(審判甲第9号証)には、DIRカプラーを含むハロゲン化銀カラー感光材料が記載されているところ、この感光材料に使用される一般式(T)のDIRカプラーのうちR1、R 3及びR 4が水素、R 2がアルコキシカルボニル基であるものの離脱基は、訂正後の本件発明の一般式〔I〕における離脱基の部分構造 Z-(CH2)d-COO-YのZが2-ベンゾトリアゾリル基、d=0、L2が-CO-O、Yがアルキル基である場合に相当する。
イ 上記一般式のカプラーでR1、R 3及びR 4が水素、R 2がアルコキシカルボニル基であるもの等から放出された離脱基は、現像抑制作用を有する。このことは、上記カプラーのZが本件訂正後の発明の例示化合物(17)と同じ2-ベンゾトリアソリル基であること及び「(本発明の目的は)本発明のベンゾトリアソリル基をもつ2当量カップラーを放出する新規現像抑制剤の合成と使用により達成される」(甲第10号証3欄9ないし12行)との記載により明らかである。
このカプラーの離脱基が発色現像液中で実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつことについては、同号証に明示されていないが、その離脱基の化学構造は、2-ベンゾトリアソリル基に「-CO-O-R」が結合している点において本件訂正後の発明のものと同一であり(特に現像液中で開裂する化学結合として本件発明の明細書に説明されている「-CO-O-」をL2中に有する点)、このことからみて、放出された離脱基は、現像液中で現像抑制作用の少ないZ-CO-OHに分解されることは明らかである。
ウ 審決は、甲第10号証には、カプラーが現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつことにつき開示するところがないという(審決書48頁16行ないし49頁1行)が、上記のとおり、同号証に記載されたカプラーの離脱基が現像液中で現像抑制作用の小さい基に分解することは客観的に明らかである。離脱基の分解する性質についての記述がないことは、同号証に記載されたカプラーと本件発明のカプラーとが同一でないとする理由にはならない。
(5) 甲第11号証(審判甲第10号証)について ア 甲第11号証(審判甲第10号証)には、カプラーの例として、化合物3、4、5、21及び43が記載されているところ、これらのカプラーは、審決も認めているとおり(審決書49頁6行ないし18行)、化学構造上、本件訂正後の発明の一般式[I〕の化合物に包含される。
イ 審決は、甲第11号証に記載されたカプラーは、その機能において、現像抑制剤放出型カプラーであることが明らかでないという(審決書49頁18行ないし20行)。
しかしながら、トリアゾール環が現像抑制作用を有することは、甲第8号証(審判甲第2号証)の記載から明らかである。審決は、同号証(甲第8号証)にトリアゾール環が現像抑制作用を有していることは記載されていないことを理由に「トリアゾール環が現像抑制作用を有していることが当業者が予測し得たものとはいえない」というが(審決書50頁10行ないし14行)、同号証の発明は、現像抑制剤放出型カプラーに関するものであり、放出される現像抑制剤として「トリアゾール環」を発明の主題として含んでおり、例えば、「…トリアゾール環がカプラーのカプリング位置に結合していることを特徴としている・・・」(同号証の特許請求の範囲)、「本発明に用いられる上記の化合物は、実質上無色の層間効果を与える「色補正」の機能をもつカプラーで、その特徴は1位の窒素原子をもって母核カプラーと結合されたトリアゾール環またはジアゾール環を含むヘテロ環をもつことにある。」(同号証174頁左上欄6行ないし10行)、「これは、試料Bの第3層に含まれている本発明のカプラー2が、現像に応じて、現像抑制剤を放出するカプラーとしての機能を充分に果たしていることを示している。」(同号証181頁右下欄9行ないし12行)との記載がある。
以上のように、甲第8号証には、トリアゾール環が現像抑制性を有することが記載されているのであって、同号証にトリアゾール環が現像抑制作用を有することが記載されていないとした審決の認定は誤りである。
ウ また、審決は、甲第11号証には「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質」について開示するところがないという(審決書50頁末行ないし51頁5行)。
しかしながら、同号証に記載されたトリアゾール環を有するカプラー(3、4、
5、21)は、その離脱基中に本件訂正後の発明のL2-Yに相当するアルキルオキジカルボニル基を有しているから、当然に、「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質」を持つ。「分解する性質」についての記述がないことは、カプラーが同一でないとする理由にはなり得ない。
(6) 甲第12号証(審判甲第11号証)について ア 甲第12号証(審判甲第11号証)にイエローカプラーの例として記載された番号(14)、(15)のカプラー(トリアゾール環に-COOC2H 2が結合した離脱基を含む)は、審決が認定しているとおり(審決書51頁14行ないし52頁1行)、化学構造上、本件発明の一般式〔I〕の化合物に包含される。
イ 審決は、甲第12号証に記載されたカプラーについても、トリアゾール環が現像抑制性を有することは甲第16号証(審判参考資料8)及び甲第8号証(審判甲第2号証)から自明ないし当業者に予測し得ることではないという(審決書52頁1行ないし6行)。
しかしながら、この点に関する審決の認定は、上記(5)の甲第11号証について述べたものと同じ理由により誤っている。
また、甲第12号証に記載されたカプラーは、化学構造において本件発明の一般式〔I〕に含まれるカプラーと同一であって、その離脱基中に「-CO-O-R」を有するのであるから、離脱基が「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質」をもつことは明らかである。そのような性質について同号証中に記述が存在しないことは、同号証に記載されたカプラー(化合物(14)、(15))が本件訂正後の発明と同一でないとする理由にはなり得ない。
3 取消事由4(進歩性の判断の誤り)について (1) 本件訂正後の発明は、甲第7号証(審判甲第1号証)、甲第8号証(同第2号証)、甲第10号証(同第9号証)、甲第11号証(同第10号証)、
及び甲第12号証(同第11号証)から推考容易な発明である。これらの公知刊行物には、取消事由3で述べたとおり、本件訂正後の発明の一般式〔I〕のA、Z、
L2-Yに当たる基をそれぞれ選択肢として具体的名称で示した現像抑制剤放出型カプラー(DIRカフラー)が記載されているのであるから、当業者がそれらの選択肢の中から本件発明の一般式〔I〕に該当する化合物となるものを選ぶことに格別の困難はない。
(2) そして、本件訂正後の発明の一般式〔I〕に化学構造上包含される化合物は、その現像抑制作用を有する基に含まれる「現像液中で開裂する化学結合-COO-」の開裂反応により、処理液中で実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解されるものであるから、発色現像液中で実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解されることも当然といわねばならない。
してみると、本件訂正後の発明は、上記甲号各証から格別の困難なく当業者が想到し得たものというべきである。
4 取消事由5(記載不備)について (1) 原告は、審判手続において無効理由として、本件訂正後の明細書の特許請求の範囲の「発色現像液中に流れ出した後は実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」は、一定の化学構造を特定し得る記載ではなく、その意味も不確定ないし不明瞭であって、発明の範囲を画する基準を提供し得ないから、発明の構成を特定しているとはいえず(特許法36条5項違反)、また、発明の詳細な説明中の一般説明及び例示化合物からでは例示化合物以外のどのようなカプラーが「発色現像液中に流れ出した後は実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」を有するカプラーであるのかが判然としないから、明細書の開示が不十分である(同法36条4項違反)との主張を行った。
これに対して、審決は、「本件明細書の特許請求の範囲は、「カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制作用を有する化合物となる」及び「それが発色現像液中に流れ出した後は実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」のように機能的に記載されている部分があるとしても、その意味する技術内容は明瞭であり、発明を特定するための表現として充分なものである。」(審決書56頁10行ないし17行)旨説示して、原告の上記主張を斥けた。
ここで、審決が「その意味する技術内容は明瞭である」ことの理由として挙げているのは、本件発明の課題、すなわち新規なDIRカプラーの使用により発色現像液を汚染せず連続的に発色現像液を再使用する処理方法に適したカラー写真感光材料を提供するということと、発明の詳細な説明に述べられた「一般式〔I〕により表される化合物は、・・・-Z-L2-Yとなる。-Z-L 2-Yは、・・・一部発色現像処理液中に流出する、処理液中に流出した-Z-L2-Yは、L 2に含まれる化学結合部分において速やかに分解し、すなわちZとYの連結が切断されて現像抑制性の小さいZに水溶性基のついた化合物が現像液中に残ることになり現像抑制作用は実質的に消失する。結局、処理液中に、現像抑制作用を有する化合物は蓄積されず、・・・」という作用効果の説明である(審決書56頁17行ないし57頁16行)。
しかしながら、「・・・実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」の技術的意味が本件発明の課題及び作用効果の説明に照らして明瞭に理解することができるかということと「実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」という表現によって一定の化学構造を指示することができるか(化学構造の特定)ということとは、全然別の問題である。
審決は、言葉の意味が明瞭かという問題と言葉によって指示される対象物の範囲が明確かという問題とを混同する誤りを冒している。
(2) 本件発明は、使用するカプラー(化学物質)に特徴のある発明である。それゆえ、発明に使用するカプラーの構成は、特許請求の範囲にカプラーの化学物質名又は化学構造式を記載することにより特定すべきであり、それが不可能な場合には、間接的にであれ一定の化学構造を特定指示するに足るメルクマールを特許請求の範囲に記載することによって特定するのが原則である。
ところが、「現像液中に流れ出た後に実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」は、一定の化学構造を示すものとして確立した概念ではない。これは、「処理液中に現像抑制作用をもつ化合物は蓄積されず、処理液を繰り返し再利用することが可能となる」という本件発明の目的ないし発明の課題を達成するために望ましい離脱基の性質ないし機能を、そのまま述べたものにすぎず、
それ自体としては何ら特定の化学構造を示すものではない。言い換えれば、「現像液中に流れ出た後に実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」という要件は、本件発明のカプラーに望まれる性質を、[○○の性質をもつ基」という一見化学構造らしき形で規定しているにすぎないのである。
審決は、新規性の判断において、一般式〔I〕で表される構造を有するカプラーの中に、その離脱基が処理液中で「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質」を持つものと持たないものとがあるという前提に立った判断を行っているが、
仮に、そのような立場をとるなら、本件発明のカプラーは、一般式〔I〕で表される構造を持つものの中で、さらに、離脱基が処理液中で現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつものと定義されることになる。してみると、「現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」という要件は、本件発明の構成にとって決定的に重要な要件ということになるはずである。
ところが、本件訂正後の発明の特許請求の範囲では、そのような発明の重要な構成が、単に、発明の目的を達成するためのカプラーの離脱基の望ましい性質ないし作用によって規定されている。
これでは、到底、一定の化学物質を特定するに足りる記載とはいえない。
(3) また、審決は、「実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」の意味は明瞭であるというが、「実質的に現像抑制作用を有しない」や「分解される」の意味は必ずしも明瞭ではない。
たとえば、「実質的に現像抑制作用を有しない」とは、どの程度のことを指しているのであろうか。また、「分解される」とはどの程度の分解性を意味するのであろうか。本件訂正後の明細書にはこれらの点に関する説明が一切存在せず、例示化合物も一般式〔I〕に包含される化合物のうちの特定のものに偏っているから、解釈の手がかりがない。
結局、「実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」がどの範囲のものを指すのかは、不明といわざるを得ないのである。
(4) 以上、いずれの点からしても、本件訂正後の明細書の記載は、特許法36条5項及び4項の要件を満たしていないというべきである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(新規事項の追加)及び2(特許請求の範囲の実質的な拡張又は変更)に対して (1) 訂正事項@について 本件訂正前の明細書には、本件発明において現像抑制作用を有する化合物が「写真性に影響を与えない化合物に分解される」のに要する時間と、同化合物が「現像抑制作用を有しない化合物に分解される」のに要する時間は同一であることが示されている。
本件発明では、現像抑制作用を有する化合物が分解される時間が同一であるから、「実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される性質をもつ基」と「実質的に現像抑制性を有しない化合物に分解される性質をもつ基」とは意味するものが同一であり、カプラーの離脱基が最終的に現像抑制作用のない化合物に分解されれば写真性への影響が生じることはない。
訂正後の明細書の特許請求の範囲に記載された「実質的に現像抑制性を有しない化合物に分解される」という文言が、上記と同様の意義で使用されていることは、
同明細書の発明の詳細な説明中の上記の点に関する説明に変化がないことからも明らかである。
また、原告が指摘するように、実施例及び比較例の評価に「感度の低下」を使用することは、本件訂正前の明細書における「実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される性質をもつ基」と本件訂正後の明細書における「実質的に現像抑制性を有しない化合物に分解される性質をもつ基」とが異なるとする根拠にならない。なぜならば、適切に現像抑制作用のない化合物への分解が行われたことを感度の低下の程度という別の面からも再確認しているにすぎないからである。
結局本件訂正は、実質的に同じ意味の用語を、その作用をより具体的で明確な用語に置き換えたものであって、明りょうでない記載の釈明に相当するものであり、
特許請求の範囲を実質的に変更又は拡張するものではない。
(2) 訂正事項A及びBについて 訂正事項@及びAは、いずれも本件訂正前の明細書に記載された事項の範囲内においてなされた訂正である。
本件訂正後の発明の一般式〔T〕において、Zが「2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基より選ばれたもの」であることは、本件公告公報(甲第6号証)の7欄18行ないし20行に、L2がZ及びYとともに、部分構造-Z-(CH 2)d-COO-Y、-Z-Phe-(CH2)d-COO-Yを示すことは、本件公告公報の10欄19行及び25行に、それぞれ記載されている。
一般に、願書添付の明細書の発明の実施例には、出願人が最良と思う実施形態(ベストモード)を記載することとされており(特許法施行規則24条、同様式29)、本件訂正前の明細書には、「現像液において開裂する化学結合」として「-CO-O-」を有するカプラーが実施例として、つまりベストモードとして記載されており、その効果も本件訂正前の明細書の表1及び表2に明瞭に記載されている。
本件訂正後の発明は、本件訂正前の発明に含まれていた特定のカプラー、すなわち-CO-O-を含むスーパーDIRカプラーに減縮されたものである。このような補正は、いわゆるベストモードへの減縮であって、かかるベストモードへの減縮の結果、発明の効果のレベルがより高いものになるのもまた当然である。すなわち、技術思想としての発明には、効果において様々なレベルのもの、つまり効果の極めて大きいものから比較的効果の小さいものまで含まれることは当然であり、特定の構成のものへの減縮(通常はより好ましい実施態様への減縮)によって、結果的に発明のレベルがより高いものになるのもまた当然であり、このような減縮が直ちに発明のレベルを変更したことになるから、特許請求の範囲拡張し、又は変更するもの、あるいは新規事項を追加するものとして許されないとすれば、訂正審判の趣旨は事実上全く生かされることがなくなってしまう。
本件訂正によって本件発明について新たな技術目的、効果が加えられたわけではなく、本件訂正は、事実上特許請求の範囲拡張し、又は変更するものではなく、
新規事項を追加するものでもない。
2 取消事由3(新規性の判断の誤り)に対して (1) 甲第7号証(審判甲第1号証)記載の発明について 甲第7号証(審判甲第1号証)に記載された発明と本件訂正後の発明は、色画像の鮮鋭度、粒状性及び色再現性に優れたカラー写真感光材料を提供すること、及び、高温度で迅速現像処理を施すのに適したカラー写真感光材料を提供することを目的とする点で共通するが、甲第7号証には、本件訂正後の発明の他の重要な目的である「発色現像液を汚染せず、連続的に発色現像液を再使用する処理方法に適したカラー写真感光材料を提供する」という目的については記載されていない。
また、甲第7号証で使用されるカプラーは、一般式(T)及び(U)で表され、
これらのうち、一般式(W)で表されるカプラーを使用することが特に有用であるとされているが、一般式(W)には、Z1ないしZ 4として、多数の選択肢が示され、それらの1つとして、「Z4がアルコキシカルボニル基又はアリールオキシカルボニル基である化合物」が含まれるが、これに該当する化合物は、実施例はもちろんのこと、具体的な化合物の例すら記載されていない。
したがって、「Z4がアルコキシカルボニル基又はアリールオキシカルボニル基である化合物」(すなわち、本件訂正後の発明のスーパーDIRカプラー)が、甲第7号証に発明として容易に実施可能な程度に記載されているということはできない。
まして、ここでいう容易に可能な「実施」とは、本件発明の明細書に記載されている本件発明の主目的である「発色現像液を汚染せず、連続的に発色現像液を再使用する処理方法に適したカラー写真感光材料を提供する」ことでなければならないところ、甲第7号証には、このような発明を容易に実施し得るような記載がなく、
ICCカプラー(DIRカプラーと同義)から離脱する現像抑制剤に対する吸着層を設けるという、本件発明の技術思想とは全く無縁の感光材料の記載しかない。
以上のとおり、そもそも甲第7号証には、本件発明と対比すべき「発明」自体が記載されているということはできない。まして、上記のような新しい課題を解決し、顕著な作用効果を有する新規な構成を内容とする本件発明の技術思想と同一の発明が、甲第7号証の刊行物に記載されているとは到底いえない。
よって、本件訂正後の発明が甲第7号証記載の発明と同一であるとの原告の主張は全く理由がない。
(2) 甲第8号証(審判甲第2号証)記載の発明について 甲第8号証(審判甲第2号証)には、一般式〔T〕、〔U〕、〔V〕で示されるカプラー母核の骨格が記載され、各一般式に共通する離脱基のZについてZHの具体例が記載されている文献として、甲第9号証(審判甲第7号証)を含む11の文献が引用されている。そして、甲第9号証には、アルコキシカルボニル基で置換した縮合していないトリアゾール化合物A及びEが記載されている(このうち、審決は、化合物Eにのみ言及している。)。
しかし、甲第8号証には、トリアゾールのカルボン酸メチルエステルを離脱する具体的なカプラーについては全く記載がなく、「カプラーの活性位より離脱したときは現像抑制作用を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、
実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」を有するカプラーについても、このような加水分解型DIRカプラーを使用することにより奏される効果についても、これを開示ないし示唆する記載はない。
よって、原告の主張は全く理由がない。
(3) 甲第10号証(審判甲第9号証)記載の発明について 甲第10号証(審判甲第9号証)には、DIRカプラーとして一般式(T)で示されるものが記載され、具体例として、化合物8(イエローカプラー)が記載されている。原告は、この一般式(T)において、R1、R 3及びR 4が水素原子であり、R2がアルコキシカルボニル基であるものの離脱基は、本件訂正後の発明の一般式〔T〕における離脱基の部分構造 Z-(CH2) d-COO-YのZが、2-ベンゾトリアゾリル基、d=0、L2が「-CO-O-」、Yがアルキル基である場合に該当し、当業者の常識からすると、このアルコキシカルボニル基は置換又は無置換アルコキシカルボニル基を意味し、当然、置換基を有するものも含むものである旨主張している。
しかしながら、「アルコキシカルボニル基が置換又は無置換アルコキシカルボニル基を意味し、当然、置換基を有するものも含む」という常識は存在しないし、甲第10号証にR2がアルコキシカルボニル基であるものとして唯一具体的に開示された化合物8は、無置換アルキル基を有するものである。一方、本件訂正後の発明の特許請求の範囲には、そのただし書きにおいて、「Z-L2-Yがアルキルオキシカルボニル(=アルコキシカルボニル)基で置換されたベンゾトリアゾリル基である場合は、このアルキル基は特定の置換基で置換されたものである」として無置換アルキルオキシカルボニル基で置換されたベンゾトリアゾリル基を明瞭に除外しており、甲第10号証記載の化合物は本件訂正後の発明の範囲に含まれないものである。また、甲第10号証には、本件訂正後の発明の特定の化学構造を有するカプラーについては全く記載がなく、「カプラーの活性位より離脱したときは現像抑制作用を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」を有するカプラーについても、このような加水分解型DIRカプラーを使用することにより奏される効果についても、これを開示ないし示唆する記載はない。
よって、原告の主張は全く理由がない。
(4) 甲第11号証(審判甲第10号証)記載の発明について 甲第11号証に記載されているカプラーはメインカプラーであって、本件発明のようなDIRカプラーではない。
甲第11号証記載の発明の課題(目的)は、ピバロイルアセトアニリド系の(イエローの)メインカプラーを開発することであり、発明の課題(目的)としてDIRカプラーを開発することは、全く記載も示唆もされていない。
甲第11号証の25欄の表6及び26欄の表7の特性試験結果から、カプラー5をはじめとする同号証記載のカプラーは、高い最高発色濃度(Dmax)を示すことが明らかであり、このことは同号証記載のカプラーがメインカプラーとして機能し、
DIRカプラーとしては機能しないことを明瞭に示している。
そして、甲第8号証(審判甲第2号証)に記載されているのは芳香族環が縮合したアゾール類(1-ベンゾトリアゾール、1-ベンズイミダゾール、1-インダゾール、プリン)であって、1,2,4-トリアゾールの記載はない。さらに、甲第16号証(審判参考資料8)にも芳香族環が縮合していないトリアゾール環に現像抑制作用があることは記載されていない。
また、甲第11号証には、本件訂正後の発明の特定の化学構造を有し、「カプラーの活性位より離脱したときは現像抑制作用を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」を有するカプラーについても、このような加水分解型DIRカプラーを使用することにより奏される効果についても、これを開示ないし示唆する記載はない。
よって、原告の主張は全く理由がない。
(5) 甲第12号証(審判甲第11号証)記載の発明について 甲第12号証(審判甲第11号証)に記載されているカプラーもメインカプラーであって、本件発明のようなDIRカプラーではない。
甲第12号証記載のカプラーは色素形成2当量カプラーであり、これはメインカプラーとして機能し、DIRカプラーとしては機能しないものである。同号証2頁左上欄下から3行ないし左下欄6行には、「DIRカプラーは一般に最大発色濃度あるいは階調の低下をともなう。・・・本発明のカプラーは色カブリやステインを与えることなく高い感度、階調および最高感度を与えることができ、しかも比較的短時間の処理でも充分な最高感度を与えることができる。」と記載されており、この記載は、甲第12号証記載の発明が、DIRカプラーではなく、メインカプラーを開発することを意図したものであることを明瞭に示している。
また、甲第8号証及び甲第16号証にトリアゾール環に現像抑制作用があるとの記載がないことは前記のとおりである。
また、甲第12号証には、本件訂正後の発明の特定の化学構造を有し、「カプラーの活性位より離脱したときは現像抑制作用を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」を有するカプラーについても、このような加水分解型DIRカプラーを使用することにより奏される効果についても、これを開示ないし示唆する記載はない。
よって、原告の主張は全く理由がない。
3 取消事由4(進歩性の判断の誤り)に対して (1) 原告は、甲第7、8号証及び甲第10ないし12号証には、本件訂正後の発明の一般式〔T〕のA、Z、L2-Yに該当する基をそれぞれ選択肢として具体的名称で示した現像抑制剤放出型カプラーが記載されているから、当業者がそれらの選択肢の中から本件発明の一般式〔T〕に該当する化合物となるものを選ぶことに格別の困難はなく、本件発明の一般式〔T〕に化学構造上包含される化合物が、
発色現像液中で実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解されることも当然であるから、本件訂正後の発明は、上記各甲号証から当業者が容易に想到し得たものである旨主張している。
(2) しかしながら、これらの証拠には、本件訂正後の発明の特定の化学構造を有するカプラーについては全く記載がなく、「カプラーの活性位より離脱したときは現像抑制作用を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」を有するカプラーについても、このような加水分解型DIRカプラーを使用することにより奏される効果についても、これを開示ないし示唆する記載はない。
よって、本件発明が上記各甲号証から当業者が容易に想到し得るものであるとの原告の主張は全く理由がない。
4 取消事由5(記載不備)に対して 原告は、本件訂正後の発明の特許請求の範囲の記載は、カプラーが機能的に表現されているために発明を特定するに足りる記載ではなく、明細書の開示も不十分である旨主張している。
しかしながら、本件訂正後の発明のカプラーは、「カプラーの活性位より離脱したときは現像抑制作用を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」を有するカプラーであり、機能的に表現されているとしても、その意味する技術内容は明瞭であり、発明を特定するための表現として十分なものである。
本件訂正後の発明は、甲第6号証(本件公告公報)の4欄4行ないし24行に記載の課題を解決するために、上記構成のカプラーを使用することを特徴とするものであり、これにより、甲第6号証の6欄12行ないし27行に記載の作用効果を奏するものである。
したがって、本件訂正後の明細書には、原告が主張するような記載不備はない。
理 由 1 取消事由1(新規事項の追加)及び2(特許請求の範囲の実質的拡張又は変更)について (1) 原告は、本件訂正審決によって認容された訂正は、下記の@ないしBの内容を含むところ、これらの訂正のうち、@は、特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものであり、A及びBは、特許請求の範囲を実質的に変更するとともに、新規事項を追加するものである旨主張している。
@ 「実質的に写真性に影響を与えない化合物」を「実質的に現像抑制作用を有しない化合物」に訂正すること。
A 一般式〔T〕について、Z(現像抑制作用を表す化合物の基本部分)を「2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基より選ばれたもの」に限定することB 一般式〔T〕について、L2(現像液において開裂する化学結合を含む基)をZ及びYとともに以下の部分構造: -Z-(CH2)d-COO-Y 又は -Z-Phe-(CH2) d-COO-Y(Pheはベンゼン環を表す。)を示すものに限定すること。
(2) 訂正事項@が「特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更」に該当するとの原告の主張(取消事由2)について ア 甲第6号証(本件発明の公告公報)及び甲第5号証(特許法64条及び17条の3の規定による補正の掲載の公報)によれば、本件訂正前の明細書には、前記「事実」欄の第2の2の(1)に記載の本件訂正前の発明の特許請求の範囲の記載があるほかに、「発明の詳細な説明」として、次の各記載があることが認められる。
(ア) 「本発明は写真用カプラー、特に現像薬の酸化生成物と反応して現像抑制剤を放出しうる新規なDIRカプラー(Development Inhibitor Releasing Coupler)を含むカラー写真感光材料に関するものである。」(甲第6号証の2欄18行ないし3欄2行) (イ) 「DIRカプラーは・・・周知のごとく、エッジ効果による色像の鮮鋭度の向上、重層効果による色再現性の向上などの目的のために用いられる。」(同3欄44行ないし4欄3行) (ウ) 「公知のDIRカプラーは、ある程度の性能を有してはいるが、性能的にさらに改良することが望まれていた。とくに公知のDIRカプラーでは、発色現像時に放出される現像抑制剤が感光材料より処理液中に拡散すると処理液中に蓄積される結果、処理液が現像抑制作用を示すという欠陥があった。大量の感材を連続的に処理する方法、すなわち商業的に普通行われる処理方法では、常に一定の階調を得ることが困難であり、DIRカプラーより放出される現像抑制剤による処理液汚染は重大な問題であった。」(同4欄4行ないし14行) (エ) 「この問題を解決するため、以前より便宜的な対策が行われていたがいずれも欠点があり、根本的な解決策は知られていない。たとえば、DIRカプラーの使用量を制限するという方法、発色現像処理液を頻繁に新しいものと取り換える方法、あるいはあらたに微粒子乳剤層を感材に設け、感光層より流出する現像抑制剤を捕獲する方法などである。これらの方法はDIRカプラーによる写真性改良を小さくする、またはコストの大幅な増加を伴うなどの欠点があった。」(同4欄15行ないし24行) (オ) 「本発明のDIRカプラーは前記の問題を根本的に改良するものである。すなわち、本発明の目的は・・・新規なDIRカプラーを使用することにより、色画像の鮮鋭度に優れ・・・色再現性に優れ・・・発色現像液を汚染せず、連続的に発色現像液を再使用する処理方法に適したカラー写真感光材料を提供することにある。」(同4欄25行ないし36行) (カ) 「本発明のこれらの目的は、以下に述べるハロゲン化銀カラー感光材料によって達成された。
即ち、本発明は、発色現像反応によってイエロー、マゼンタ、又はシアンの色素を形成するとともに、カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制性を有する化合物となり、それが発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される性質をもつ基をカップリング活性位に有する、下記一般式〔T〕で表わされるカプラーを含むハロゲン化銀乳剤層を支持体上に有することを特徴とするハロゲン化銀カラー感光材料である。
一般式〔T〕 A-(L1) a-Z-(L 2-Y) b 式中、Aは、現像主薬酸化体と反応して、(L 1) a-Z-(L 2-Y) bを放出するとともに、イエロー、マゼンタ、またはシアンの色素を形成するカプラー成分を表し、L1は(L 1) a-Z-(L 2-Y) bとして放出された後、ただちにZとの結合が開裂する基を表し、Zは現像抑制作用を表す化合物の基本部分を表し、カプラーのカップリング位と直接(a=0のとき)または連結基のL1を介して(a=1のとき)結合され、Yは連結基L2を介してZと結合し、Zの現像抑制作用を発現させる置換基を表し、L2は現像液において開裂する化学結合を含む基であり、
-COO-、-NHCOO-、-SO2O-、-OCH 2CH 2SO 2-、-OCOO-または-NHCOCOO-を含む連結基を表し、aは0又は1を表し、bは1または2を表し、bが2のとき2つのL2-Yは同じまたは異なる基を表す。」(甲第5号証の【手続補正書】の「2」項) (キ) 「一般式〔T〕により表わされる化合物は発色現像薬の酸化生成物とカップリングした後、-Z-(L2-Y) bまたは-L 1-Z-(L 2-Y) bを放出する。後者はただちにL 1がはずれ-Z-(L 2-Y) bとなる。-Z-(L2-Y) bは現像抑制作用を示しながら感光層を拡散し、一部発色現像処理液に流失する。処理液中に流失した-Z-(L2Y)はL 2に含まれる化学結合部分において速やかに分解し、すなわちZとYの連結が切断されて現像抑制性の小さいZに水溶性基のついた化合物が現像液中に残ることになり現像抑制作用は実質的に消失する。」(甲第6号証の6欄12行ないし23行) (ク) 「結局、処理液中に、現像抑制性をもつ化合物は蓄積されず、
処理液を繰り返し再利用することが可能となるばかりでなく、感光材料中に充分な量のDIRカプラーを含ませることが可能となった。」(同6欄24行ないし27行) イ 上記アの本件訂正前の明細書の各記載によれば、本件訂正前の発明は、DIR(現像抑制剤放出型)カプラーから放出される「現像抑制剤」が、その本来の機能である「現像抑制作用」を感光材料中において発揮した後、処理液中に流れ出てその本来の機能を保持したまま蓄積する結果、その後現像される感光材料に対して有害な「現像抑制作用」を示す、との問題点を解決することを目的ないし課題とするものであり、その解決のために、(A)「カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制作用を有する」化合物となり、(B)「発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される」、との性質をもつ基(離脱基)をカップリング活性位に有する一般式〔T〕で表わされるDIR(現像抑制剤放出型)カプラーを使用するものであること、換言すれば、DIR(現像抑制剤放出型)カプラーとして、 一般式〔T〕で表わされ、(B)「発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される」との性質を有する「現像抑制剤」を放出するものを使用するとの構成を採用したものであることが認められる。
そして、本件訂正前の発明において、一般式〔T〕で表されるカプラーから放出された「現像抑制剤」が(B)「発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される」とは、当該「現像抑制剤」が、その分解によって本来の機能である現像抑制作用を実質的に失うことを意味することは、上記明細書の記載内容から認められる本件訂正前の発明の目的ないし課題とそのために採られた構成の内容に照らして、明らかである。
そうすると、この訂正前の発明に規定された(B)「発色現像液中に流れ出した後は、実質的に写真性に影響を与えない化合物に分解される」との要件と、本件訂正後の発明に規定される「実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される」との要件には、実質的な差異は存在しないことが明細書の記載上明らかであると認められるから、訂正事項@は、本件訂正前の発明の特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものということはできない。
したがって、これと同旨の審決の判断は相当であり、原告が訂正事項@について特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものであるとする取消事由2の主張は、理由がない。
(3) 訂正事項A及びBが「新規事項の追加」に当たるとの原告の主張(取消事由1)について ア 訂正事項Aについて (ア) 甲第6号証によれば、本件訂正前の明細書には、一般式[I]の化合物の「Z」について、「Zで表される現像抑制剤の基本部分としては、二価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基があり、たとえば次に示す例が挙げられる。・・・・(11個の具体的な一般式)」(甲第6号証の7欄18行ないし8欄36行)との記載があること、及び本件訂正前の明細書の全体をみても、Zについて一般化された定義は、上記の箇所以外には記載されていないことが認められる。
また、本件訂正前の明細書(甲第6号証)において、本件訂正前の発明に含まれるものとして、上記のとおり具体的に例示された11個の一般式、同じく甲第6号証の13欄ないし15欄に記載された一般式、及び同11頁(21、22欄)から21頁(41、42欄)にかけて記載された(1)ないし(43)の具体的な化合物(ただし、(4)、(27)、(42)の化合物は、甲第5号証(補正掲載の公報)で削除されている。)のいずれをみても、これらはすべて、「二価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基」の概念に包含されるものであることが明らかである。
(イ) 上記(ア)の本件訂正前の明細書の記載内容によれば、訂正事項Aは、Zの定義として、本件訂正前の明細書に記載された下位概念を新たに上位概念として定めて特許請求の範囲に加えたものではないし、一般化された定義として記載された複数のものの中から選択したものでもなく、単に、本件訂正前の明細書に、Zの説明として唯一記載されていた一般化された定義を、そのまま特許請求の範囲に加えて更に限定したものにすぎないものと認められるのであるから、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであるというべきであり、新規事項に該当しないことは明らかである。
したがって、原告の取消事由1の主張は、理由がない。
(ウ) なお、原告は、審決が指摘する11例の化学式は、本件訂正前の一般式[I]におけるZの例としての2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基を示すにとどまるものであり、A,L2,Yが限定された訂正後の一般式[I]におけるZが「2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基」でなければならないことは、本件訂正前の明細書には示されていない旨主張している。
しかしながら、上記(ア)のとおり、本件訂正前の明細書には、Zの一般化された定義としては、A、L2、Yの種類にかかわらず、唯一「2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基」と記載されていると認められるのであるから、原告の上記主張は、失当である。
イ 訂正事項Bについて (ア) 甲第6号証によれば、本件訂正前の明細書に、一般式[I]の化合物の「L2」について、「L 2で表される連結基としては、たとえば次に示す例が好ましい。・・・(8つの具体的な一般式)」(10欄16行ないし40行)との記載があることが認められ、Z及びYとともに示すものとして、L2で表される連結基について、部分構造「-Z-(CH2) d-COO-Y」及び「-Z-Phe-(CH2) d-COO-Y」の一般式が明記されていることは、原告において争わないところである。
したがって、本件訂正Bは、本件訂正前の明細書に明記された上記(ア)の8つの具体的な一般式のうち、「-Z-(CH2) d-COO-Y」及び「-Z-Phe-(CH2) d-COO-Y」の一般式を選択して、本件訂正後の発明の特許請求の範囲に定めたこととなる。
(イ) また、甲第6号証によれば、本件訂正前の明細書には、上記(ア)のとおり、L2で表される連結基について、部分構造「-Z-(CH 2) d-COO-Y」及び「-Z-Phe-(CH2) d-COO-Y」の一般式が明記されているほかに、一般式[I]に該当する具体的な化合物について、合成例(1)〜(6)が記載され、それぞれ、例示カプラー(14)、(16)、(27)、(29)、(37)、(40)が合成されていることが記載されており(44欄ないし49欄)、当該各例示カプラーの構造式について14頁ないし20頁に記載されていること(ただし、(27)の構造式は、甲第5号証(補正掲載の公報)で削除されている。)、さらに、実施例として、化合物(16)、(38)、(18)、
(15)を用いたものが記載され(52欄ないし60欄)、当該各化合物の構造式について14頁ないし20頁に記載されていることが認められる。
そして、上記のとおり本件訂正前の明細書に合成例あるいは実施例として記載されたカプラーのうち、(14)、(16)、(40)、(38)、(18)、(15)は、二価のヘテロ環基にCOO基が結合していることから、上記(ア)の8つの具体的な一般式のうち「-Z-(CH2) d-COO-Y」の一般式を具体化したものであり、(29)は、二価のヘテロ環基にベンゼン環を介してCOO基が結合していることから、上記(ア)の8つの具体的な一般式のうち「-Z-Phe-(CH2) d-COO-Y」の一般式を具体化したものであることは明らかである。
(ウ) 上記(ア)、(イ)によれば、訂正事項Bは、本件訂正前の特許請求の範囲におけるL2の定義を、本件訂正前の明細書において、合成例ないし実施例として具体的に記載されていた化合物の部分構造について、これらを一般化した式として明記されていた「-Z-(CH2) d-COO-Y」及び「-Z-Phe-(CH2) d-COO-Y」に、更に限定して定めるものであると認められるから、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであると解するのが相当であり、新規事項に該当するとは認めることはできない。
したがって、原告の取消事由1の主張は、理由がない。
(エ) なお、原告は、本件訂正前の明細書には、本件訂正後の特許請求の範囲で特定されたZの側から-COO-であるもの、すなわち、構造的にも機能的にも-OCO-とは区別されるものとしての-COO-が明記されているとはいえないこと、審決の指摘する実施例及び合成例に記載された例示カプラー化合物のZで表される部分は、ベンゾトリアソリル基(例示化合物(14)、(15)、
(16)、(18)、(40))、テトラゾリルチオ基(例示化合物(29))だけであり、Yに相当するものは、置換基を有するアルキル基とアリール基に限られているから、Z及びYとともに示されるL2の部分構造として、(a)ベンゾトリアソリル基-COO-置換アルキル又はアリール基、(b)テトラゾリルチオ基-Phe-COO-置換アルキル又はアリール基が本件訂正前の明細書に記載されているということはできても、これより上位の概念で表されるZ(2価のヘテロ環基又はヘテロ環チオ基)及びY(各種のものを含む)とともに示されるL2の部分構造「Z-(CH 2) d-COO-Y」及び「Z-Phe-(CH 2) d-COO-Y」が記載されているとはいえない旨主張している。
しかしながら、上記判示のとおり、本件訂正前の明細書には、本件訂正後のL2の定義に相当する一般式が明記されていることは明らかであるところ、審決は、その一般式に含まれる合成例及び実施例の記載だけではなく、当該一般式の記載と合成例及び実施例の具体的な化合物の記載とを総合的に判断した結果、本件訂正後のL2に相当する式は本件訂正前の明細書に記載されていた事項の範囲内のものであると結論づけており、その審決の判断に特段の誤りはないものと認められるから、
原告の上記批判は当たらないものというべきである。
さらに、原告は、化合物の例示も実施例も存在しない組合せが訂正前の明細書中に概念として存在していたといえるのかという点を問題にしている。
しかしながら、本件訂正後のZ及びL2の定義について、本件訂正前の明細書に明確に記載されており、また、その定義に該当する具体例も記載されていたことは、前判示のとおりであって、本件訂正前の明細書には、本件訂正後の発明に係る技術的思想が示されていたと優に認めることができるから、原告の上記主張は失当である。
(4) 訂正事項A及びBが「特許請求の範囲の実質的変更又は拡張」に当たるとの原告の主張(取消事由2)について ア 原告は、被告が、訂正後の一般式〔T〕で定義されるZ、L2及びYを組み合わせたものは、ベストモード(いわゆるスーパーDIRカプラー)であって、他の組合せでは得られない格別優れた作用効果を奏するものである旨主張することを根拠に、本件訂正事項A及びBは、本件訂正前には広範な選択肢の組合せからなる一群のカプラーを区別することなくすべて同等・同列のものとしていた訂正前の発明の技術思想を、特定のZ、L2及びYを組み合わせたものだけが優れているという、別の技術思想に変更するものであるから、特許請求の範囲の実質的な変更に該当する旨主張している。
甲第5、第6号証によれば、本件訂正前の明細書には、本件訂正後の一般式〔T〕で定義されるカプラーが、本件訂正前の一般式〔T〕に含まれるその他のカプラーより特性に優れる旨の記載は存在しないことが認められる。
そうすると、原告が指摘している、本件訂正がいわゆるベストモードに限定することによって他の組合せでは得られない格別優れた作用効果を奏するものであるとの被告の主張自体は、明細書の記載に基づかないものであって採用することができないものといわざるを得ない。
イ そして、前記(3)に判示したところによれば、本件訂正は、本件訂正前の明細書に記載されていた事項の範囲内で、特許請求の範囲減縮したものと認められるところ、上記アのとおり、この減縮によって、本件訂正前の発明に比べ、本件訂正前の明細書に記載されていなかったような格別に優れた作用効果を奏する発明が新たに構成されたものということはできないから、本件訂正の前後の発明の技術思想が異なるものであるとすることはできない。
したがって、訂正事項A及びBについて、特許請求の範囲の実質的変更又は拡張に当たるということはできず、原告の取消事由2の主張も理由がない。
2 取消事由3(新規性の判断の誤り)について (1) 本件訂正前の発明に関する前記1の(2)の認定事実及び甲第3号証(本件訂正明細書)によれば、本件訂正後の発明は、DIR(現像抑制剤放出型)カプラーから放出される「現像抑制剤」が、その本来の機能である「現像抑制作用」を感光材料中において発揮した後、処理液中に流れ出てその本来の機能を保持したまま蓄積する結果、その後現像される感光材料に対して有害な「現像抑制作用」を示す、との問題点を解決することを目的ないし課題とするものであり、その解決のため、
(A)「カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制作用を有する」化合物となり、
(B)「発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される」との性質をもつ基(離脱基)をカップリング活性位に有することを必須の要件として規定し(この要件について、審決は、「カップリング活性位に特定の機能性基を含有することの要件」(審決書45頁1、2行)と呼んでいる。)、その要件を充たす一般式〔T〕で表わされるDIR(現像抑制剤放出型)カプラーを使用するという構成を採用したものであると認められる。
したがって、本件訂正後の発明で使用されるDIR(現像抑制剤放出型)カプラーは、単にその化学構造が一般式〔T〕に該当することのみを要件とするのではなく、上記(A)及び(B)の両者を充たすことをも要件とするものである(以下、
それぞれ「要件(A)」、「要件(B)」という。)。
(2) 原告は、本件訂正後の発明は、甲第7号証(審判甲第1号証)、甲第8号証(審判第2号証)、甲第10号証(審判第9号証)、甲第11号証(審判第10号証)及び甲第12号証(審判第11号証)に記載された発明であると主張している。
しかしながら、原告が引用するこれらの各証拠を精査しても、そのいずれにも、
本件訂正後の発明の要件(B)の構成、すなわち、「発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される」との構成を充たすことについて、全く明示されていないばかりか、この構成を充たすことを示唆する記載も見い出すことができない。
したがって、原告の引用する上記の甲各号証には、要件(B)の構成について開示されていると認めることはできず、本件訂正後の発明が上記の甲各号証に記載された発明と同一であるとすることはできない。
よって、これと同旨の審決の判断は相当であって、原告の上記の主張は、この点において、明らかに失当であるというべきである。
なお、原告の主張に鑑み、以下の(3)ないし(7)において、原告が引用する上記の甲各号証につき、本件訂正後の発明のその余の構成の開示の有無を含めて判断を加える。
(3) 甲第7号証(審判甲第1号証)について ア 甲第7号証(米国特許第4,015,988号明細書)には、ハロゲン化銀カラー感光材料が記載され、この感光材料は原告主張のとおりの一般式(W)で表されるICCカプラー(現像抑制剤放出型カプラーの一種)を含むものであることが認められる。
イ 原告は、原告主張の一般式(W)において、Z1からZ4の3個が水素原子で、1個がアルコキシカルボニル基(そのアルキル基が各種の置換基で置換されたもの)、又はアリールオキシカルボニル基であるものは、本件訂正後の発明の一般式〔T〕に包含されるから、この場合において甲第7号証に記載された発明と本件訂正後の発明は、同一である旨主張している。
確かに、甲第7号証には、一般式(W)のZ1ないしZ 4の定義として、「Z 1からZ4は、同じであっても異なっていてもよく、それぞれ水素原子 、・・・ハロゲン原子、あるいは、たとえばニトロ基、シアノ基、チオシアノ基、ヒドロキシ基、
アルコキシ基、アリールオキシ基、アシルオキシ基、アルキル基、アルケニル基、
アリール基、アミノ基、カルボキシ基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基 、カルバモイル基、アシルアミノ基、イミド基、イミノ基、スルホ基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、アルコキシスルホニル基、アリールオキシスルホニル基、スルファモイル基、スルホンアミド基、ウレイド基、チオウレイド基、複素環基等・・・を表わす。」(9欄65行ないし10欄12行、訳文3頁下から10ないし1行。下線は判決)と記載され、これによれば、一般式(W)のZ1からZ 4が原告主張のようなものである場合には、一般式(W)は、本件訂正後の発明の一般式〔T〕に該当するものと認められる。
しかしながら、甲第7号証に記載された発明と本件訂正後の発明が同一であるというためには、甲第7号証に記載されたカプラーの一般式に含まれる化合物が本件訂正後の発明の一般式〔T〕に該当するだけでは足りず、さらに、甲第7号証中に示されたカプラーが、本件訂正後の発明における要件(B)の構成を充たすことを要するところ、甲第7号証を精査しても、要件(B)の構成を充たすカプラーは、
一例も具体的に記載されておらず、その構成を充たすことを明示又は示唆する記載はなく、要件(B)の構成について何ら開示されていないものと認められる。
したがって、これと同旨の審決の判断は相当であり、原告の主張は、採用することができない。
(4) 甲第8号証(審判甲第2号証)について ア 原告は、甲第8号証(特開昭49-122335号公報)には、現像抑制性を有する化合物を離脱基として放出するDIRカプラーを使用した写真感光材料が開示されるとともに、該DIRカプラーに含まれ得る離脱基の例を記載した文献として甲第9号証(英国特許第1,031,262号明細書)が示されているところ、甲第8号証記載のカプラーの離脱基として、甲第9号証記載の化合物A又はEを採用したものは、本件訂正後の発明の一般式〔I〕のカプラーと化学構造の点で区別することができず、同一である旨主張している。
イ しかしながら、これらの証拠には、本件訂正後の発明の一般式〔I〕に該当するカプラーについて、一例も具体的に記載されていないことが認められ、
また、要件(B)の構成を充たすカプラーについては、何ら記載されておらず、その構成を充たすことを明示又は示唆する記載はなく、要件(B)の構成について何ら開示されていないものと認められる。
したがって、甲第8号証に記載された発明と、本件訂正後の発明とが同一であると認めることはできず、原告の主張は、採用することができない。
(5) 甲第10号証(審判甲第9号証)について ア 原告は、甲第10号証(特公昭47-8750号公報)に記載されたDIRカプラーを含むハロゲン化銀カラー感光材料において、一般式(T)で表されるカプラーの一般式(T)のR1、R 3及びR 4が水素原子であり、R 2がアルコキシカルボニル基であるものは、本件訂正後の発明の一般式〔T〕に該当し、したがって、甲第10号証に記載された発明と本件訂正後の発明は、同一である旨主張している。
イ しかしながら、甲第10号証には、本件訂正後の発明の一般式〔I〕に該当するカプラーについて、具体的な記載がないことが認められ、また、要件(B)の構成を充たすカプラーについては、何ら記載されておらず、その構成を充たすことを明示又は示唆する記載はなく、要件(B)の構成について何ら開示されていないものと認められる。
したがって、甲第10号証に記載された発明と、本件訂正後の発明とが同一であると認めることはできず、原告の主張は、採用することができない。
(6) 甲第11号証(審判甲第10号証)について ア 原告は、甲第11号証(米国特許第4,182,630号明細書)には、ハロゲン化銀カラー感光材料が記載され、該感光材料に含まれるカプラーの例として記載されている化合物3、4、5、21及び43は、化学構造上、本件発明の一般式〔I〕の化合物に包含されるから、甲第11号証に記載された発明と、本件訂正後の発明は同一である旨主張している。
イ しかしながら、前判示のとおり、本件訂正後の発明で使用されるDIR(現像抑制剤放出型)カプラーは、単にその化学構造が一般式〔T〕に該当することのみを要件とするのではなく、要件(A)及び(B)の両者を充たすことをも要件とするものである。
ところが、甲第11号証の記載を精査しても、化合物3、4、5、21又は43が、上記要件(A)及び(B)の両者の構成をそれぞれ充たすことについて、明示又は示唆する記載を見い出すことができない。
したがって、甲第11号証記載の発明と、本件訂正後の発明が同一であるということはできず、原告の主張は、採用することができない。
ウ なお、原告は、本件訂正後の発明の一般式〔T〕に含まれるトリアゾール環が現像抑制作用を有することは甲第8号証、第15号証及び第16号証の記載から明らかであるから、化合物3、4、5、21及び43も要件(A)を満たすことは明らかである旨主張している。
しかしながら、甲第8号証、第15号証及び第16号証には、一般論として、種々のトリアゾール環を含む離脱基が現像抑制作用を有する可能性があることを開示するにすぎず、化合物3、4、5、21及び43が具体的に要件(A)を充たすことを明らかにする記載はなく、かえって、甲第11号証の第6表(25欄)、第7表(26欄)によれば、同号証記載のカプラーは、高い最高発色濃度を示すことが明らかであり、したがって、現像を抑制しないことこと、すなわち、要件(A)を充たさないことが示唆されているのであって、他に、化合物3、4、5、21及び43から離脱する基が現像抑制作用を示すものと認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の上記主張は、失当である。
(7) 甲第12号証(審判甲第11号証)について ア 原告は、甲第12号証(特開昭52-58922号公報)に記載の番号(14)及び(15)のカプラーは、トリアゾール環に-COOC2H 2が結合した離脱基を含み、化学構造上、本件発明の一般式〔I〕の化合物に包含されるから、甲第12号証記載の発明と本件訂正後の発明は、同一である旨主張している。
イ しかしながら、甲第12号証には、番号(14)及び(15)のカプラーが、本件訂正後の発明のDIR(現像抑制剤放出型)カプラーの要件(A)及び(B)を充たすことを明らかにする記載はなく、このことを示唆する記載も認めることができない。
かえって、甲第12号証には、「・・・エッヂ効果による色像の鮮鋭度向上や・・・色補正効果を目的とした現像抑制剤放出型カプラー、いわゆるDIRカプラーが知られている。しかし、DIRカプラーは一般に最大発色濃度あるいは階調の低下をともなう。・・・本発明のカプラーは色カブリやステインを与えることなく高い感度、階調および最高感度を与えることができ、しかも比較的短時間の処理でも充分な最高感度を与えることができる。」(2頁左上欄下から3行ないし左下欄5行)と記載されており、甲第12号証に記載のカプラーは、通常のカプラーであって、DIRカプラーではない旨記載されていることが認められる。
したがって、原告の主張は、採用することができない。
3 取消事由4(進歩性の判断の誤り)について (1) 原告は、本件訂正後の発明は、甲第7号証(審判甲第1号証)、甲第8号証(審判第2号証)、甲第10号証(審判第9号証)、甲第11号証(審判第10号証)及び甲第12号証(審判第11号証)から推考容易な発明である旨主張している。
(2) しかしながら、上記2に判示したように、これらの証拠のいずれにも、本件訂正後の発明の要件(B)、すなわち、「発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される」との性質を持つ離脱基をカップリング位置に有するDIR(現像抑制剤放出型)カプラーを使用するとの構成は、全く開示されておらず、また、この構成に係る技術思想を示唆する記載もない。
また、これら証拠の一部には、本件訂正後の発明に使用されるDIRカプラーの一般式〔T〕の定義に包含されるもの、あるいは、その上位概念に当たるもの等が記載されていることは認められるものの、それらの記載から、当業者が要件(B)の構成ないしその構成に係る技術的思想を容易に抽出し得ると認めるに足りる証拠もない。
したがって、当業者にとって、これら証拠から本件訂正後の発明を想到することが容易であると認めることはできず、これと同旨の審決の判断は相当である。
原告の取消事由4の主張は、理由がない。
4 取消事由5(記載不備)について (1) 前記2の(1)に判示のとおり、本件訂正後の発明は、DIR(現像抑制剤放出型)カプラーから放出される「現像抑制剤」が、その本来の機能である「現像抑制作用」を感光材料中において発揮した後、処理液中に流れ出てその本来の機能を保持したまま蓄積する結果、その後現像される感光材料に対して有害な「現像抑制作用」を示す、との問題点を解決することを目的ないし課題とするものであり、その解決のため、(A)「カプラーの活性位より離脱されたときは現像抑制作用を有する」化合物となり、(B)「発色現像液中に流れ出した後は、実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される」との性質をもつ基(離脱基)をカップリング活性位に有する一般式〔T〕で表わされるDIR(現像抑制剤放出型)カプラーを使用する、との構成を採用したものである。
そして、上記の要件(A)及び(B)の構成、及び一般式〔T〕の定義を含めて、本件訂正後の発明の構成要件に係る技術的意義は、当業者にとって明確であって、本件訂正後の発明の構成要件は、当業者にとって明瞭であるものと認められ、
この認定を覆すに足りる事情及び証拠はなく、これに反する原告の主張は、採用することができない。
そして、当業者は、本件訂正後の明細書に具体的に示されているカプラーを使用することによって、本件訂正後の発明を容易に実施することが可能であると認められ、この認定に反する証拠はない。
したがって、本件訂正後の発明に係る明細書の記載について、原告主張の不備があるということはできず、これと同旨の審決の判断は相当であって、原告の取消事由5の主張は、理由がない。
(2) この点に関し、原告は、本件訂正後の発明は使用するカプラー(化学物質)に特徴のある発明であるから、発明に使用するカプラーの構成は、特許請求の範囲にカプラーの化学物質名又は化学構造式を記載することにより特定すべきであり、それが不可能な場合には、間接的にであれ一定の化学構造を特定指示するに足りるメルクマールを特許請求の範囲に記載することによって特定することが原則であるところ、「現像液中に流れ出た後に実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」という要件は、一定の化学物質を特定するものではなく、また、その要件は必ずしも明瞭ではないから、特許法36条5項及び4項の要件を満たさない旨主張している。
しかしながら、本件訂正後の特許請求の範囲には、前記「事実」欄の第2の2の(2)のとおり、L2について、「L 2は現像液において開裂する化学構造式を含む基である」と記載され、甲第3号証(平成9年3月25日付け補正書)によれば、
本件訂正後の明細書には、「一般式[I]により表される化合物は発色現像薬の酸化生成物とカップリングした後、-Z-L2-Yまたは-L1-Z-L 2-Yを放出する。後者はただちにL1がはずれ-Z-L2-Yとなる。-Z-L 2-Yは現像抑制作用を示しながら感光層を拡散し、一部発色現像抑制処理液に流出する。処理液中に流出した-Z-L2-YはL 2に含まれる化学結合部分において速やかに分解し、すなわちZとYの連結が切断されて現像抑制性の小さいZに水溶性基のついた化合物が現像液中に残ることになり現像抑制作用は実質的に消失する。」(6頁10行ないし16行)との記載があることが認められる。
これらの記載によれば、原告の指摘する「現像液中に流れ出た後に実質的に現像抑制作用を有しない化合物に分解される性質をもつ基」の中心をなすのは、L2であることが明らかに認められるところ、前記「事実」欄の第2の2の(2)のとおり、本件訂正後の特許請求の範囲において、L2は一般式によってその化学構造が特定されているのであるから、結局のところ、カプラーは、性質のみで定義された基によって特定されているわけではなく、性質に加え化学構造によって定義された基によって特定されていることとなり、化学物質の特定として不明確であるとはいえないものである。
以上のとおり、本件訂正後の発明の構成は、要件(B)を含めて明瞭であって、
当業者は、その技術的範囲について明確に把握することができ、また、前判示のとおり、当業者は本件訂正後の発明を容易に実施することが可能であると認められる。
以上によれば、原告の上記主張は、失当であるというべきであり、他に、本件訂正後の明細書に、法定の記載不備があることを肯定するに足りる主張及び立証はない。
5 結論 以上の次第で、原告主張の審決の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 橋本英史
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