関連審決 | 不服2002-9497 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 公知技術 / 発明の詳細な説明 / 発明の概要 / 参酌 / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 国際出願 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10008号
審決取消請求事件
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原告 ザ,プロクター,エンド,ギャンブル,カンパニー 訴訟代理人弁護士 吉武賢次 同 宮嶋学 同 弁理士 永井浩之 同 岡田淳平 同 勝沼宏仁 被告 特許庁長官中嶋誠 指定代理人 松縄正登 同 渡邊豊英 同 高木進 同 涌井幸一 同 宮下正之 同 岡田孝博 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/09/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が,不服2002-9497号事件について平成16年1月19日にした審決を取り消す |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成8年11月8日を国際出願日として,発明の名称を「柔らかい布状のバックシートを有する吸収物品」とする発明につき特許出願(特願平9-537060号,以下「本件出願」という。)をしたが,平成14年2月19日付けで拒絶査定を受けたので,同年5月27日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は,これを不服2002-9497号事件として審理した結果,平成16年1月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月30日にその謄本を原告に送達した。 2 平成14年5月27日付けの手続補正書により補正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の要旨 トップシート,バックシート,およびトップシートとバックシートとの間に位置決めされた吸収コアを有する収容組立体を備えた使い捨て吸収物品であって,バックシートが,吸収物品の最外部分に位置決めされ,吸収物品の最外部分の少なくとも一部を覆うための不織布ウェブを有する使い捨て吸収物品において,バックシートが,約11.0以下のコシの風合い値と,約5.0〜約7.0のシャリの風合い値と,約0.5以下のフクラミの風合い値とを有していることを特徴とする使い捨て吸収物品。 3 審決の理由 (1) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明が,特表平6-503983号公報(甲3-1,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知の技術手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。 (2) なお,審決は,本願発明と引用発明との対比について,「本願発明と引用発明とは,本願発明の用語を用いて記載すると,『トップシート,バックシート,およびトップシートとバックシートとの間に位置決めされた吸収コアを有する収容組立体を備えた使い捨て吸収物品であって,バックシートが,吸収物品の最外部分に位置決めされ,吸収物品の最外部分の少なくとも一部を覆うための不織布ウェブを有する使い捨て吸収物品。』において一致し,本願発明が,『バックシートが,約11.0以下のコシの風合い値と,約5.0〜約7.0のシャリの風合い値と,約0.5以下のフクラミの風合い値とを有している』のに対し,引用発明には,バックシートのコシの風合い値,シャリの風合い値,フクラミの風合い値についての具体的な言及がない点で相違する。」(審決謄本3頁第3段落)と認定した。 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明の「風合い値」の認定を誤り(取消事由1),また,本願発明と引用発明との相違点についての認定判断を誤り(取消事由2),その結果,引用発明及び周知の技術手段に基づいて当業者が容易に本願発明に想到し得たとの誤った結論を導いたものであり,違法であるから,取り消されるべきである。 1 取消事由1(風合い値の認定の誤り) (1) 審決は,風合い値を算出する基礎となる引張り,曲げ,せん断,圧縮,表面,厚さ,重さに関する16の力学的特性値のうちから一つを抽出し,これを風合い値と同等とみなし,その上で,本願発明の上記特性値が従来の不織布に比して格別顕著な数値ではないと断定し,織物の技術分野で風合い値が周知であり,「本願発明は,引用発明において,周知の風合い値から適当な値を単に抽出したにすぎない」(審決謄本5頁下から第4段落)と説示するが,誤りである。 (2) 本願発明の風合い値は,特定の好ましい特性を有する使い捨て吸収物品を特別な数値範囲の風合い値で選択したものであり,下記の式(以下「本件計算式」という。)によって計算され,コシの風合い値,シャリの風合い値,フクラミの風合い値がそれぞれ,約11.0以下,約5.0〜約7.0,約0.5以下のものを選択することにより,使い捨て吸収物品として使用した場合に,柔らかく,嵩張らず,装着者の皮膚を刺激しない好ましい使い捨て吸収物品を実現できるものである。 HV=C0+i=116[Ci・(Xi-Xi’)/σi] (なお,HVは,作用値〔風合い値〕であり,式に加えられる数と定数は,別紙第U表及び第V表に示すとおりである。) 以上のとおり,本件計算式は,iは1から16までの値をとり,Xiはこれら16個の特性値,Xi’はその平均偏差,σ iはその標準偏差であって,上記16個の特性値の全体をもって算出されるものであるから,特定の一つの特性値をもって比較することはできないのであり,審決の上記説示は,その前提において,すでに誤りである。 2 取消事由2(相違点に関する容易想到性の判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用発明との相違点,すなわち,「本願発明が,『バックシートが,約11.0以下のコシの風合い値と,約5.0〜約7.0のシャリの風合い値と,約0.5以下のフクラミの風合い値とを有している』のに対し,引用発明には,バックシートのコシの風合い値,シャリの風合い値,フクラミの風合い値についての具体的な言及がない点」(審決謄本3頁第3段落)について,「本願発明と引用発明のバックシートは,いずれもバックシートの材料として表面の滑らかさと柔らかさを提供する快適な使い心地の不織布を用いるものであり,引用発明にはバックシートの風合い値についての具体的な記載はないが,周知の技術手段を参照すると,実質的に両者は同じ範囲の風合い値を有するものといえる。」(同5頁下から第5段落),「本願発明は,引用発明において,周知の風合い値から適当な値を単に抽出したにすぎないものであって,その数値限定自体に格別な意味があるものとはいえない。」(同頁下から第4段落)として,容易想到性を肯定するが,この判断は誤りである。 (2) 風合い値の数値限定の意義 ア コシの風合い値 審決は,「コシの風合い値は上記の記載のとおりバックシートの曲げ剛性と密接な関係をもつとされるが,本願発明のバックシートの曲げ剛性値について,所定の測定方法・・・により,測定された曲げ剛性値Bは・・・Xi’=-1.644となる・・・。しかしながら,曲げ剛性値として,-1.6程度のものは本願出願前周知である・・・してみると,本願発明のコシの風合い値に影響を及ぼす最も大きなファクタである曲げ剛性値から見て,本願発明のバックシートのコシの風合い値は,従来の不織布と同程度であって,格別顕著な数値であるとはいえない。」(審決謄本3頁最終段落〜4頁第2段落)と説示する。 しかし,コシの風合い値には,曲げ剛性値のみならず,引張り特性,剪断特性,圧縮特性,表面特性,重量,厚さ等の数値が微妙に影響し合い,それゆえに「風合い値」といわれるものである。例えば,曲げ剛性値を変えずに,剪断特性を変えると,コシの風合い値は14.515から32.996に変化し,曲げ剛性値を変えずに,表面特性を変えると,コシの風合い値は14.515から16.677に変化する。このように,コシの風合い値は,審決がいうように曲げ剛性値だけで評価できるものではなく,他の特性値を加味して計算しないと評価できないのである。 なお,本願発明が対象とするおむつの生地は,柔らかさ等の点で婦人用の薄手ドレス服地にもっとも物性値が類似しているので,コシの風合い値に対する剪断特性値や表面特性値の変化の影響を示すために,婦人用の薄手ドレス服地の物性値を用いている。 また,被告は,原告の上記主張が本願発明の風合い値の範囲を逸脱したところで行われていると反論するが,原告の意図は,曲げ剛性以外の特性値を当業者が通常用いる数値範囲内で変化させたときに,コシの風合い値が大きく変動すること等を証明し,そのことから風合い値が特定の特性値によって定まるものではなく,当業者が通常用いる特性値の組合せによって予測不可能的に変動するものであり,したがって,おむつ等の吸収物品の用途に合致した適当なコシの風合い値の数値範囲を定めた本願発明に技術的な意義があり,このような数値範囲に限定したことに進歩性があることを主張しようとするものである。 以上のとおり,16の特性値の一つである曲げ剛性値をコシの風合い値に影響を及ぼす最も大きなファクタととらえ,コシの風合い値の16特性値の一つである曲げ剛性値だけを抽出して従来の曲げ剛性値と比較し,その結果,コシの風合い値が従来の数値範囲内のものであるとする審決の判断は,コシの風合い値を構成する他の特性値を看過し,コシの風合い値の認定を誤ったものであり,その結果,本願発明の特有の効果を看過したものにほかならない。 イ シャリの風合い値 審決は,「シャリ感を決める重大なファクターは,摩擦係数の平均値(MIU)であり,なめらかさ(MMD)である。シャリ感は,言い換えれば『ドライ感』ともいえる。・・・一般に,不織布における当該MIUの値が少ないほど,よりなめらかな触感を得られるものであり,本願発明のバックシートのMIUは約0.21以下の値であるとされている。しかしながら,一般に不織布において,MIUの値が約0.21以下であるものは本願出願前周知の値であって格別なものではない・・・してみれば,本願発明のバックシートの摩擦係数の平均値(MIU)が,従来の不織布のもつ摩擦係数の平均値(MIU)と差異がない上に,MIUが0.21以下である不織布は,すべりやすくなめらかである特性を有することからして,当該MIUと密接な関係をもつ本願発明のシャリの風合い値も,従来周知の数値範囲に収まることは自明のことであって,格別なものではない。」(審決謄本4頁第4段落〜下から第3段落)と説示するが,誤っている。 シャリの風合い値は,16の特性値を含み,本件計算式で計算されるものである。例えば,MIUを変えずに,曲げ特性を変えると,シャリの風合い値は7.016から9.199に変化する。また,MIUを変えずに,剪断特性を変えると,シャリの風合い値は7.016から11.364に変化する。このように,シャリの風合い値は,審決がいうようにMIUだけで評価できるものではなく,他の特性値を加味して計算しないと評価できないものである。 したがって,シャリの風合い値を構成する16の特性値の一つであるMIUだけを抽出して従来の不織布のMIUと比較し,その結果シャリの風合い値が従来の数値範囲内のものであるとする審決の判断は,シャリを構成する他の特性値の寄与を看過し,シャリの風合い値の認定を誤ったことに基づく誤った判断である。その結果,本願発明の「シャリの風合い値」によれば,表面のツルツル感だけではなくパリパリした感触が入った感触を有するという本願発明の特有の効果を看過するものである。 ウ フクラミの風合い値 審決は,「フクラミの風合い値は,バックシートの嵩張って潤沢に形成された感触から得られる感触であるとされ・・・一般に,肌触り,暖かさや柔らかさを示す指標である。一般に,肌に直接触れるバックシートの風合いを改善し,バックシートの素材を,柔らかさや肌触りをよい感触を与える風合いのよいものを選択することは,当業者が適宜行っているところである。それを数値化したものが本願発明であるが,上記のコシ及びシャリの風合い値が従前の不織布とさしたる差異がないことからして,フクラミの風合い値を数値化したところで,格別の意味があるものとはいえない。」(審決謄本4頁最終段落〜5頁第2段落)と説示するが,上記のとおり,「コシ及びシャリの風合い値が従前の不織布とさしたる差異がない」とはいえないから,上記説示が誤りであることは明らかである。 エ したがって,上記各説示を前提とする「本願発明と引用発明のバックシートは,いずれもバックシートの材料として表面の滑らかさと柔らかさを提供する快適な使い心地の不織布を用いるものであり,引用発明にはバックシートの風合い値についての具体的な記載はないが,周知の技術手段を参照すると,実質的に両者は同じ範囲の風合い値を有するものといえる。」(審決謄本5頁下から第5段落),「本願発明は,引用発明において,周知の風合い値から適当な値を単に抽出したにすぎないものであって,その数値限定自体に格別な意味があるものとはいえない。」(同頁下から第4段落)との審決の説示も誤りである。 (3) 本願発明は,使い捨て吸収物品の技術分野において,本件出願前は肌触り感の良し悪しを主観的に経験と勘に頼って行っていたのに対し,従来全く参照しなかった織物の業界の特性の指標を適用し,これによって使い捨て吸収物品の肌触り感の良し悪しについて初めて客観的に判断できるようにしたものである。本願発明は,新規な「バックシートを有する吸収物品」を所定の風合い値で規定しており,より具体的には,本願発明は,本願発明以前に存在していたごわごわした感触あるいはかさかさした感触の吸収物品に対し,バックシートが柔軟でスリムで表面がある程度滑らかな感触を有する吸収物品を提供するものである。したがって,当業者が引用発明から本願発明へ想到することが容易でないことは明らかである。 (4) 審決は,「本願発明は,織物の風合い値を,単に不織布に転用したにすぎないものであって,格別顕著な困難性があるものとはいえない。 」(審決謄本5頁下から第5段落)と説示する。 しかし,本願発明は,風合い値による特性の指標を「不織布」に適用したものではなく,「使い捨て吸収物品」に適用したものである。そして,織布と不織布の間では布地としてある程度関連性が認められるが,使い捨て吸収物品と織物の業界の間では,市場,材料,製造技術,製造者,消費者による使用,製品に対する要求等が異なり,使い捨て吸収物品と服地とは全く非類似であり,現実に使い捨て吸収物品の業界における当業者は,織物の業界の技術を全く参照しないものであり,織物の技術分野の指標を使い捨て吸収物品の技術分野に適用することは想到が容易でないものというべきである。 |
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被告の反論
審決の認定判断は正当であって,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(風合い値の認定の誤り)について 本件計算式の意味するところは,1〜10にランク付けされた手触り判断による基準風合い値を,16の力学的な測定値の組合せにより,シミュレートしたもので,いいかえれば,本件計算式は,測定装置から導き出された力学的な測定値から,基準風合い値を予測するための近似式である。そこから算出される値は,あくまでも,手触り判断により測定された基準となる風合い値の「近似値」にすぎないのである。 このように,本件計算式は,手触り判断に依存して1〜10の範囲内にランク付けされた風合い値が基準となっているのであり,本願発明と引用発明との相違点である「バックシートが,約11.0以下のコシの風合い値と,約5.0〜約7.0のシャリの風合い値と,約0.5以下のフクラミの風合い値とを有している」との点も,その意味で考慮すれば足りるのである。 したがって,「本願発明は,引用発明において,周知の風合い値から適当な値を単に抽出したにすぎない」(審決謄本5頁下から第4段落)とした審決の認定に誤りはない。 2 取消事由2(相違点に関する容易想到性の判断の誤り)について (1) 風合い値の数値限定の意義について ア 審決は,基本的に,本願発明のバックシートの風合い値は周知であるという立場に立っている。審決は,本願発明の風合い値の周知性を立証するために,本件計算式を参照し,本件明細書の記載に基づいて,サンプル的に「曲げ剛性」と「MIU」という力学的な測定値(特性値)を抽出し,その周知性を検証することによって,本願発明の風合い値の周知性を判断したのであって,この「曲げ剛性」と「MIU」が,必ずしも「コシ」,「シャリ」の風合い値を100%左右する力学的因子(特性値)と考えたわけではない。 イ すなわち,本件明細書(甲2-1)の発明の詳細な説明には,「コシの風合い値は,バックシートの曲げ剛性に関する感触を示している。弾力のある性質は,この感触を促進する。」(17頁第2段落)と記載されており,曲げ剛性がコシの風合い値に関わる主要な因子であることを示唆しているところから,審決は,上記記載に基づいて,「曲げ剛性」をコシの風合い値の主要な因子として,他の因子も勘案しつつ,容易想到性の判断をしたものである。 また,上記発明の詳細な説明には,「シャリの風合い値は,バックシートのパリパリした粗い表面から得られる感触を示している。」(17頁第2段落),「MIUが小さくなると,バックシートと装着者の皮膚,ならびにバックシートと装着者の衣服との摩擦が減少する。」(17頁最終段落〜18頁第1段落)と記載されていることからして,本願発明において,MIU(摩擦係数の平均値)が,シャリの風合い値の主要な因子であることは明らかである。一方,発明の詳細な説明には,シャリ感について,好適な数値としてMIUのデータのみが示されているので,審決は,これらの記載に基づいて,シャリ感の主要因子MIUの好適な数値について,他の因子も勘案しつつ,容易想到性の判断をしたものである。 さらに,フクラミの風合い値については,上記のとおり,コシ及びシャリの風合い値が従前の不織布とさしたる差異がないことからして,審決は,本願発明のフクラミの風合い値に,格別の意味があるものとはいえないとしたものである。 ウ 原告は,本願発明が対象とするおむつの生地は,柔らかさ等の点で婦人用の薄手ドレス服地にもっとも物性値が類似しているので,コシの風合い値に対する剪断特性値や表面特性値の変化の影響を示すために,婦人用の薄手ドレス服地の物性値を用いているというが,一般に,布は,その素材や構造によりまったく異なる特性を有するものであり,例えば,おむつ用の不織布と服地用の毛織物とでは,当業者でなくとも,その弾力性や手触りが異なることは容易に知ることができる。 婦人用の薄手ドレスを本願発明の一例であるおむつ用の不織ウェブ(不織布)であるとして,議論すること自体,失当である。 また,原告は,追試で,「例えば,曲げ剛性値を変えずに,剪断特性を変えると,コシの風合い値は14.515から32.996に変化し」たとして審決の判断が誤りであるとするが,上記追試は,本願発明のコシの風合い値の範囲である約11.0以下という数値から逸脱したところで行われており,適正な追試とはいえない。 (2) 原告は,本願発明は,使い捨て吸収物品の技術分野において,本件出願前は肌触り感の良し悪しを主観的に経験と勘に頼って行っていたのに対し,従来全く参照しなかった織物の業界の特性の指標を適用し,これによって使い捨て吸収物品の肌触り感の良し悪しについて初めて客観的に判断できるようにしたものである旨主張する。 しかし,従来より,おむつ等の使い捨て吸収物品は,晒し木綿等の織り地でできたおむつ等を起源として発展してきているものであるから,従来技術である布製のおむつ等,織物の技術分野の指標を全く参照することがないということはいえない。そして,本件出願前より,本願発明と同じカトーテック株式会社(本件明細書では「カトー・テクノロジー社」)の測定装置(KES)を用いて風合い値を測定することが一般に広く行われていたのである。 そうすると,本件出願前,周知の測定装置(KES)を用いて布状物品の風合い値を測定することは,当業者にとって常とう手段ということができるから,上記測定装置を用いて,本願発明のような「柔らかい布状のバックシート」の風合い値を測定することに格別の困難性はない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の認定判断の誤り) (1) 原告は,本願発明の風合い値は,特定の好ましい特性を有する使い捨て吸収物品を特別な数値範囲の風合い値で選択したものであり,本件計算式によって計算され,コシの風合い値,シャリの風合い値,フクラミの風合い値がそれぞれ,約11.0以下,約5.0〜約7.0,約0.5以下のものを選択することにより,使い捨て吸収物品として使用した場合に,柔らかく,嵩張らず,装着者の皮膚を刺激しない好ましい使い捨て吸収物品を実現できる旨主張するのに対し,被告は,本件計算式が,手触り判断に依存して1〜10の範囲内にランク付けされた風合い値が基準となっているのであり,本願発明と引用発明との相違点である「バックシートが,約11.0以下のコシの風合い値と,約5.0〜約7.0のシャリの風合い値と,約0.5以下のフクラミの風合い値とを有している」との点も,その意味で考慮すれば足りる旨主張するところ,本願発明の要旨に規定する「風合い値」及びその数値限定の技術的意義を特許請求の範囲の記載のみによって一義的に明確に理解することはできないから,まず,本件明細書(甲2-1)の発明の詳細な説明についてみると,以下のとおりである。 ア 「発明の分野」 「本発明(注,本願発明)は,使い捨ておむつのような吸収物品に関し,より詳細には,柔らかい布状のバックシートを有する使い捨て吸収物品に関する。」(5頁第2段落) イ 「発明の背景」 (ア) 「幼児やその他の失禁要注意者は,尿や他の身体排泄物を受入れ収容するおむつのような使い捨て吸収物品を装着する。吸収物品は,排泄された物質を収容するとともに,装着者の身体や下着,衣服から排泄物を隔離するように機能する。基本的設計が異なる多くの使い捨て吸収物品が知られている。吸収された液体がおむつを通過して衣服や寝具等のような隣接する物品を汚すのを防止するため,使い捨ておむつの外部を可撓性で液体および蒸気不透過性のシートで被覆することも知られている。一般にバックシートと呼ばれる,これらの外部カバーはしばしば,ポリエチレンのような液体不透過性のフィルムで作られている。このようなバックシートは液体がおむつを通過するのを阻止するが,空気及び/又は湿分不透過性のため,おむつを温かく且つ不快に感じさせる。」(同頁第3段落) (イ) 「幾つかの最近の使い捨ておむつは,視覚的な呼吸可能性と改良された自然の外観及び/又は印象を提供するため,布状のバックシートを使用している。・・・このような布状バックシートは,硬かったり,嵩張ったり,或いは表面が粗かったりするので,消費者の十分な共感を得ていない。例えば,バックシートと装着者の皮膚との摩擦はしばしば,装着者の脚部の領域に発疹を生じさせる。更に,バックシートと装着者の衣服との摩擦により音が発生し,装着者に不快感を与えることもある。このような摩擦は,バックシートの表面でのパリパリした感触と粗度によって引き起こされるものと思われる。」(同頁最終段落〜6頁第2段落) ウ 「発明の概要」 「簡単に言うと,本発明は,使い捨て吸収物品に関する。本発明の或る観点では,使い捨て吸収物品は,トップシート,バックシート,およびトップシートとバックシートとの間に位置決めされた吸収コアを有する収容組立体を備えている。バックシートは,吸収物品の最外部分に位置決めされ,吸収物品の最外部分の少なくとも一部を覆うための不織布ウェブを備えている。バックシートは,約11.0以下のコシの風合い値と,約5.0〜約7.0のシャリの風合い値と,約0.5以下のフクラミの風合い値とを有している。好適には,バックシートは,約0.24mg/cm2以下のけばのレベルを有している。より好適には,不織布ウェブは,スパンボンデッドされた不織布ウェブである。」(同頁第3段落) エ 「発明の詳細な説明」 (ア) 「本発明の或る観点では,バックシートは,コシ(剛性)の風合い値が約11.0以下,シャリ(パリパリ感)の風合い値が約5.0〜約7.0,フクラミ(膨らみと柔らかさ)の風合い値が約0.5以下である。好適には,バックシートは,コシの風合い値が約7.0以下である。好適な実施例では,バックシートは,シャリの風合い値が約5.5〜約6.5である。好適には,バックシートは,フクラミの風合い値が約0.1以下である。コシの風合い値は,バックシートの曲げ剛性に関する感触を示している。弾力のある性質は,この感触を促進する。コンパクトな製織密度を有し,弾力のある糸によって織られたバックシートは,この感触を増大させる。シャリの風合い値は,バックシートのパリパリした粗い表面から得られる感触を示している。この感触は,硬く且つ強固に織られた糸によってもたらされる。フクラミの風合い値は,バックシートの嵩張って潤沢に形成された感触から得られる感触である。暖かい感触に付随する圧縮と厚みにおける弾力のある性質は,この感触に密接に関連している。風合い値は,それぞれの感触の強さの度合を示している。」(16頁最終段落〜17頁第2段落) (イ) 「好適な実施例では,バックシートは,けばのレベルが約0.24mg/cm2以下(より好適には,約0.14mg/cm2)最も好ましくは,約0.05mg/cm2)である。けばのレベルは,バックシートの表面から突出した解かれた繊維の量を示している。これは,皮膚の親和性に関連した感触を与える。けばのレベルが大きいと,皮膚の刺激ならびに皮膚の痒みに関する感触を増大させる。・・・より好適な実施例では,バックシートの摩擦係数の平均値(MIU)は,約0.21以下(より好適には,約0.18以下)である。MIUが小さくなると,バックシートと装着者の皮膚,ならびにバックシートと装着者の衣服との間の摩擦が減少する。特に好適な不織布ウェブは,(好適には2成分繊維で作られた)スパンボンデッドされた不織布ウェブである。好適な実施例では,スパンボンデッドされた不織布ウェブは,コシの風合い値が約16.0以下,シャリの風合い値が約0.5〜約9.5,フクラミの風合い値が約5.0以下である。好適な実施例では,スパンボンデッドされた不織布ウェブのけばのレベルは,約1.0以下である。これらの風合い値とレベルは,以下の測定値から得られる物理的性質に基づいて計算される。物理的性質には,1)引張特性,2)曲げ特性,3)表面特性,4)剪断特性,5)圧縮特性,6)重量と厚さ,が含まれる。これらの性質には,第I表(注,別紙第I表)に示されるように,全部で16の特性値又は詳細な性質が含まれる。」(同頁下から第2段落〜18頁最終段落) (ウ) 「16の特性値は,以下の項に記載される測定および分析方法によって得られる。(厳密には同一ではないが)繊維についての同様の測定および分析方法は,例えば『風合い評価の標準化と分析(第2版)』(カワバタ・スエオ著,日本繊維機械協会,1980年7月)(注,乙1,「日本繊維機械協会」とあるのは「日本繊維機械学会」の誤記と認める。)の第W章に記載されている。この刊行物を参考文献としてここに含める。測定から得られる16の特性値に基づき,コシの風合い値,シャリの風合い値,フクラミの風合い値は,以下の分析方法によって得られる。」(19頁第1段落〜20頁第1段落) (エ) 「(2)作用値の計算 コシ,シャリ,フクラミの作用値は,測定から得られる16の特性値を加えることによって,次式(15)(注,本件計算式と同一)から得られる。ニット高感度状態(KN-403-KTV)によって,式(15)の計算が行われる。 HV=C0+i=116[Ci・(Xi-Xi’)/σi](15) ここで,i=1〜16,HVは,作用値である。式に加えられる数と定数は,第U表および第V表に示されている。」(23頁下から第2段落) (2) 本願発明の「風合い値」の技術的意義について ア 願書に添付すべき明細書の技術用語は,学術用語を用いるべきであり,また,用語は,原則として,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すべきであるが,例外として,その意味を定義することによって特定の意味で使用することができる(特許法施行規則24条,様式29の7及び8)。 イ 証拠(甲5,乙1,3,4)によれば,手触りによる布の風合い判断は,布の性質の重要な判断法の一つであり,工場における熟練技術者や一般消費者によって広く用いられていたところ,昭和43年ころから昭和48年ころにかけて,京都大学助教授P1(以下「P1´」という。)を中心とする「風合い計量と規格化研究委員会」において,手触りによる布の風合いを「ぬめり」,「しゃり」,「こし」,「はり」,「ふくらみ」に大別し,これらを1〜10にランク付けして風合い値と称することにし,一方,手触りによってランク付けした布(男用スーツ及び婦人服地)について,引張り,曲げ,せん断,圧縮,表面,厚さ,重さに関する16の力学的特性値(別紙第T表参照)を設定した上で,これらを測定し,測定された各特性値とランク付けされた風合い値とを検討して,統計的な手法により本件計算式を導き出したこと,以上の内容は,昭和55年7月10日社団法人日本繊維機械学会・風合い計量と規格化研究委員会発行「風合い評価の標準化と解析(第2版)」(乙1。なお,甲4は英語版)に記載されていること,また,P1´は,昭和48年までに,上記力学的特性値を測定するための測定装置を開発したこと,昭和63年4月5日,繊維材料研究会(京都大学工学部高分子化学教室P1´研究室内)・風合い計量と規格化研究委員会共催により京大会館において催された「繊維材料京都基礎コース(第1回)衣服用布地の力学物性と風合い」では,布の力学特性の標準化,測定条件の標準化の必要性が述べられ,また,男用スーツ及び婦人服地に,外衣用ニット,肌着用ニットをも加えて,最新の本件計算式の定数及び特性値が公表されたことが認められる。 上記認定の事実によれば,布についての風合い値は,本件出願時までに我が国の繊維業界において周知となっていたことが認められる。 そして,本件明細書(甲2-1)の発明の詳細な説明においても,上記(1)エ(ア)のとおり,「コシの風合い値は,バックシートの曲げ剛性に関する感触を示している。弾力のある性質は,この感触を促進する。コンパクトな製織密度を有し,弾力のある糸によって織られたバックシートは,この感触を増大させる。シャリの風合い値は,バックシートのパリパリした粗い表面から得られる感触を示している。この感触は,硬く且つ強固に織られた糸によってもたらされる。フクラミの風合い値は,バックシートの嵩張って潤沢に形成された感触から得られる感触である。暖かい感触に付随する圧縮と厚みにおける弾力のある性質は,この感触に密接に関連している。風合い値は,それぞれの感触の強さの度合を示している。」(17頁第2段落)と記載され,また,上記(1)エ(エ)のとおり,「風合い計量と規格化研究委員会」が公表した本件計算式と同一の計算式を使用していることを考えると,本願発明にいう「風合い値」は,布の分野において周知の上記一般的な意味での風合い値を意味するものというべきである。 ウ もっとも,上記アのとおり,明細書中で用いる用語について,例外的に,出願人が,その意味を定義することによって特定の意味で使用することもあり得るので,その点につき更に検討すると,本願発明では,本件明細書の発明の詳細な説明において,バックシートについて,布の場合と同様に,引張り,曲げ,せん断,圧縮,表面,厚さ,重さに関する16の力学的特性値を測定し,これを本件計算式に代入して,風合い値を算出していることは,上記(1)エ(イ)〜(エ)のとおりであるが,本件明細書(甲2-1)その他本件全証拠を検討しても,手触りによるバックシートの風合い値の具体的なランク付け及びバックシートについても布の場合と同様に本件計算式を使用できることを示唆する証拠を見いだすことができない。かえって,本願発明の特許請求の範囲においては,上記第2の2のとおり,バックシートのコシの風合い値を約11.0以下と規定しているところ,布の手触り判断に基づく風合い値は上記イのとおり1〜10にランク付けされているのであるから,「11」という数値は,ランク外に位置することになり,また,原告主張に係る追試によれば,例えば,曲げ剛性値を変えずに,剪断特性を変えると,コシの風合い値は14.515から32.996に変化し,曲げ剛性値を変えずに,表面特性を変えると,コシの風合い値は14.515から16.677に変化するというのであって,「32.996」とか「16.677」とかの大きな数値が何を意味するのか不明である。 そうすると,「風合い値」の用語が,本件明細書全体を通じて特定の意味で統一して使用されているとはいい難く,出願人による定義が明りょうでない以上,原則に戻って,上記イの一般的な意味で使用されていると解するほかない。 (3) 以上によれば,本願発明にいう「風合い値」は,布の分野において周知の上記一般的な意味での風合い値を意味するものというべきであって,本願発明にいう「風合い値」が「周知の風合い値」(審決謄本5頁下から第4段落)であることを前提とする審決の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(相違点に関する容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告は,本願発明と引用発明との相違点,すなわち,「本願発明が,『バックシートが,約11.0以下のコシの風合い値と,約5.0〜約7.0のシャリの風合い値と,約0.5以下のフクラミの風合い値とを有している』のに対し,引用発明には,バックシートのコシの風合い値,シャリの風合い値,フクラミの風合い値についての具体的な言及がない点」(審決謄本3頁第3段落)について,「本願発明と引用発明のバックシートは,いずれもバックシートの材料として表面の滑らかさと柔らかさを提供する快適な使い心地の不織布を用いるものであり,引用発明にはバックシートの風合い値についての具体的な記載はないが,周知の技術手段を参照すると,実質的に両者は同じ範囲の風合い値を有するものといえる。」(同5頁下から第5段落),「本願発明は,引用発明において,周知の風合い値から適当な値を単に抽出したにすぎないものであって,その数値限定自体に格別な意味があるものとはいえない。」(同頁下から第4段落)として,容易想到性を肯定した審決の判断の誤りを主張する。 (2) 風合い値の数値限定の意義について ア 上記1(2)の検討から明らかなとおり,風合い値の数値の意味もまた不明りょうであるといわざるを得ないところ,本願発明が,「布状バックシートは,硬かったり,嵩張ったり,或いは表面が粗かったりするので,消費者の十分な共感を得ていない。例えば,バックシートと装着者の皮膚との摩擦はしばしば,装着者の脚部の領域に発疹を生じさせる。更に,バックシートと装着者の衣服との摩擦により音が発生し,装着者に不快感を与えることもある。このような摩擦は,バックシートの表面でのパリパリした感触と粗度によって引き起こされるものと思われる。」(上記1イ(イ)記載)との従来技術についての技術的課題を解決したものであること,本件明細書(甲2-1)の発明の詳細な説明中の「コシの風合い値は,バックシートの曲げ剛性に関する感触を示している。弾力のある性質は,この感触を促進する。コンパクトな製織密度を有し,弾力のある糸によって織られたバックシートは,この感触を増大させる。シャリの風合い値は,バックシートのパリパリした粗い表面から得られる感触を示している。この感触は,硬く且つ強固に織られた糸によってもたらされる。フクラミの風合い値は,バックシートの嵩張って潤沢に形成された感触から得られる感触である。暖かい感触に付随する圧縮と厚みにおける弾力のある性質は,この感触に密接に関連している。風合い値は,それぞれの感触の強さの度合を示している。」(17頁第2段落)との記載(上記1(1)エ(ア))を参酌すると,本願発明の目的は,バックシートの肌に対する感触を最適にしようとしているものと解される。 イ ところで,引用例(甲3-1)の「吸収体物品を更に快適にし,独立した手段にし,着用者にとって邪魔にならないようにするための努力が間断なく払われてきた。・・・嵩張らない失禁パッドに対する要望は,多くが年配の成人である失禁者の間で特に大きい。」(3頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落),「後シート36は,・・・好ましくは,音を立てないので着用を悟られることがない。」(7頁右下欄最終段落),「コア42は,着用者の皮膚に刺激のない快適なものでなければならない。」(8頁右下欄第2段落),「本発明の吸収体物品は着用者の身体に更にフィットすることができる。」(21頁右上欄第2段落)との記載等を待つまでもなく,使い捨て吸収物品について,嵩張ったり,音が生じたり,着用者の皮膚を刺激したりせず,肌触りを良くし,快適で着用者の身体にフィットしたものとすることが,本件出願当時,周知の技術的課題であったことは,当裁判所に顕著である。 また,特開平4-300546号(甲3-2)には,「【産業上の利用分野】本発明(注,甲3-2記載の発明)は,・・・使い捨ておむつ等の衛生用吸収性物品の表面材に関する。」(段落【0001】),「吸収性物品には,・・・皮膚へのべたつきや蒸れ感のなさなどの基本性能が要求される。更に,より快適性を追求するために,柔らかいタッチ感・・・等が挙げられ」(段落【0011】),「本発明の目的は,表面の柔らかさと表面材の強度を保持しつつ,更にドライ感を得ることができる吸収性物品の表面材を提供することである。」(段落【0012】),「吸収性物品の如き肌に直接当てて使用するものについては,・・・柔らかさやドライ感などの特性において優れたものでなければならない。」(段落【0021】),「本発明における風合いに関する数値は,KES(Kawabata-Evaluation-System)により詳細に検討できる。」(段落【0022】),「本発明によれば,従来の・・・不織布等に比べ,より柔らかく,且つ繊維の表面積を多くしてもぬめり感やべたつき感のない,独特の風合いを有する吸収物品に供される表面材を得ることができる。」(段落【0024】)との記載がある。 上記記載に照らせば,本件出願当時,使い捨ておむつ等の衛生用吸収性物品について,すべりやすく,なめらかにして肌触りを良くする技術が公知となっていたことが認められる。 ウ 上記認定の事実によると,本件出願当時,使い捨て吸収物品について,嵩張ったり,音が生じたり,着用者の皮膚を刺激したりせず,肌触りを良くし,快適で着用者の身体にフィットしたものとすることが,周知の技術的課題であったのと同時に,すべりやすく,なめらかにして肌触りを良くする技術も公知となっていたのであるから,使い捨て吸収物品のバックシートの風合い値を最適にすることは,当業者において適宜に行い得る設計事項であり,そのような最適化に格別の技術的意義があるものということはできない。 そうすると,風合い値は16個の特性値の全体から算出されるものであり,特定の一つの特性値と比較することはできないことを前提にした上で,本願発明が,コシの風合い値,シャリの風合い値,フクラミの風合い値がそれぞれ,約11.0以下,約5.0〜約7.0,約0.5以下のものを選択することにより,使い捨て吸収物品として使用した場合に,柔らかく,嵩張らず,装着者の皮膚を刺激しない好ましい使い捨て吸収物品を実現できるとする原告の主張が採用できないものであることは,明らかである。 エ 原告は,審決による,本願発明の風合い値を明らかにしようとする試みをるる論難するが,審決は,「織物に関する基本的な風合い用語であるコシ,シャリ及びフクラミは,本願発明の記載を引用すると,『コシの風合い値は,バックシートの曲げ剛性に関する感触を示している。弾力のある性質は,この感触を促進する。・・・シャリの風合い値は,バックシートのパリパリした粗い表面から得られる感触を示している。・・・フクラミの風合い値は,バックシートの嵩張って潤沢に形成された感触から得られる感触である。』・・・とされている。」(審決謄本3頁下から第3段落)として,本件明細書の発明の詳細な説明中の主要な特性値を検討しつつ,「本願発明のコシの風合い値に影響を及ぼす最も大きなファクタである曲げ剛性値から見て,本願発明のバックシートのコシの風合い値は,従来の不織布と同程度であって,格別顕著な数値であるとはいえない。」(同4頁第2段落),「本願発明のバックシートの摩擦係数の平均値(MIU)が,従来の不織布のもつ摩擦係数の平均値(MIU)と差異がない上に,MIUが0.21以下である不織布は,すべりやすくなめらかである特性を有することからして,当該MIUと密接な関係をもつ本願発明のシャリの風合い値も,従来周知の数値範囲に収まることは自明のことであって,格別なものではない。」(同頁下から第3段落),「フクラミの風合い値は,バックシートの嵩張って潤沢に形成された感触から得られる感触であるとされ(明細書第14頁第20行参照),一般に,肌触り,暖かさや柔らかさを示す指標である。一般に,肌に直接触れるバックシートの風合いを改善し,バックシートの素材を,柔らかさや肌触りをよい感触を与える風合いのよいものを選択することは,当業者が適宜行っているところである。それを数値化したものが本願発明であるが,上記のコシ及びシャリの風合い値が従前の不織布とさしたる差異がないことからして,フクラミの風合い値を数値化したところで,格別の意味があるものとはいえない。」(同頁最終段落〜5頁第2段落)としているのである。 これによれば,審決が織物に関する周知の風合いを前提としていることは明らかであり,本件明細書の発明の詳細な説明に示されている物性値を手掛りに,本願発明の風合い値の数値限定の意義を少しでも明らかにしようと試み,その上で,公知技術と比較して格別の技術的意味があるとはいえないとしているものと解されるから,その判断に誤りがあるとはいえない。また,原告主張の「風合い値」の数値限定に格別の技術的意義を見いだし難く,採用できないものであることは前示のとおりであるから,いずれにせよ,原告の上記主張は,採用の限りでない。 (3) 原告は,織布と不織布の間では布地としてある程度関連性が認められるが,使い捨て吸収物品と織物の業界の間では,市場,材料,製造技術,製造者,消費者による使用,製品に対する要求等が異なり,使い捨て吸収物品と服地とは全く非類似であり,現実に使い捨て吸収物品の業界における当業者は,織物の業界の技術を全く参照しないものであり,織物の技術分野の指標を使い捨て吸収物品の技術分野に適用することに想到することは容易ではないと主張する。 特開平6-128852号(甲3-6,出願日平成4年10月16日)によれば,同号証は,使い捨ての作業着や外科の手術着等の用途に使用される不織布の改良に関する発明についての公開特許公報であるところ,その明細書の発明の詳細な説明には,「【実施例】本発明を次の実施例で更に具体的に説明する。本実施例で行った各種試験法は次の通りである。(耐毛羽立ち性試験)測定はカトーテック(株)社製の摩擦感テスターKES-SE型を用いた。この機器は人間の肌で感ずる物質の肌ざわりをすべりやすさ(MIU)となめらかさ(MMD)の2種類の数値で定量的に測れるもので,紙おむつやティッシュ等の評価にも良く使用されている。当然毛羽立ちの多いものはざらつき感があり逆に毛羽立ちの無いものは表面もなめらかであるのでMIU,MMD共に数値が小さい程毛羽立ちが少ないことを表わすものである。メーカーでの紙おむつやティッシュの測定実績からMIU,MMD各数値の有意差はMIU:0.02以上,MMD:0,002以上とされている。」(段落【0039】,【0040】)との記載がある。 上記記載によれば,本件出願当時,使い捨ての作業着や外科の手術着等の用途に使用される不織布,紙おむつ又はティッシュの力学的特性の評価のために,摩擦感テスターKES-SE型を用い,MIU(すべりやすさ),MMD(なめらかさ)の数値を測定することが公知となっていたことが認められる。 これに,上記(2)イのとおり,昭和63年4月5日に催された「繊維材料京都基礎コース(第1回)衣服用布地の力学物性と風合い」で,布の力学特性の標準化,測定条件の標準化の必要性が述べられ,また,男用スーツ及び婦人服地に,外衣用ニット,肌着用ニットをも加えて,最新の本件計算式の定数及び特性値が公表されていることを併せ考えると,使い捨て吸収物品と織物の業界の間に技術的な関連性がないとも,使い捨て吸収物品と服地とが非類似であるともいい難いから,使い捨て吸収物品の業界における当業者が,織物の業界の技術を全く参照しないとする原告の上記主張は,採用することができない。 (4) なお,特開平5-179558号(甲3-3)には,「(柔軟性試験)測定はカトーテック(株)社製の摩擦感テスターKES-SE型を用いた。この機器は人間の肌で感ずる物質の肌ざわりをすべりやすさ(MIU)となめらかさ(MMD)の2種類の数値で定量的に測れるもので,紙おむつやティッシュ等の評価にも良く使用されている。MIU,MMD共に数値が小さい程すべりやすく,なめらかであることを表わすものである。メーカー資料の紙おむつとティッシュの測定例から判る様にMIU,MMD各数値の有意差はMIU:0.02以上,MMD:0.002以上である。基準として,MIUが0.26を下廻り,MMDが0.012を下廻るものでは,すべりやすく,なめらかであると言える。」(段落【0033】)との記載がある。 上記記載によれば,本件出願当時,紙おむつ等の品質をすべりやすさ,なめらかさという風合いの観点から評価する技法が公知となっていたことが認められる。 この事実に,上記(2)ウ判示の,本件出願当時,使い捨て吸収物品について,嵩張ったり,音が生じたり,着用者の皮膚を刺激したりせず,肌触りを良くし,快適で着用者の身体にフィットしたものとすることが,周知の技術的課題であったのと同時に,すべりやすく,なめらかにして肌触りを良くする技術も公知となっていたとの事実を併せ考えると,当業者において,織物の技術分野の指標を使い捨て吸収物品の技術分野に適用してみようと考えることに格別の困難性があるとはいえない。したがって,これと同旨の審決の判断に誤りはない。 3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 青柳馨 |
裁判官 | 宍戸充 |