関連審決 |
審判1999-35345 審判1999-35352 異議1997-71178 |
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関連ワード | 技術的思想 / 新規性 / 29条1項3号 / 引用発明の認定 / 技術常識 / 先行技術 / 優先権 / 構成要件 / 混同 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
211号
審決取消請求事件
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原告A 被告 株式会社フジクラエンタープライズ 訴訟代理人弁理士 米田潤三 同 皿田秀夫 同 齊藤晴男 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/07/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第35352号事件について平成12年5月1日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ゴルフクラブセット」とする特許第2533856号(昭和61年8月19日出願。平成8年6月27日登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 本件特許について,美津濃株式会社から特許異議の申立てがなされ,特許庁は,これを平成9年異議第71178号事件として審理した。原告は,その審理の過程において,願書に添付した明細書の訂正を請求した。特許庁は,同事件につき,審理の結果,「訂正を認める。特許第2533856号の特許を維持する。」との決定をした(以下,上記訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。 被告は,平成11年7月12日付けで,本件特許を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を平成11年審判第35352号事件とし,ヤマハ株式会社が請求した本件特許の登録を無効とすることについての審判の事件である平成11年審判第35345号事件と併合して審理し,その結果,平成12年5月1日に,「特許第2533856号の特許を無効とする。」との審決をし,同月29日にその謄本を原告に送達した(なお,甲第5号証によれば,ヤマハ株式会社は,審決の後である平成12年5月23日付けで平成11年審判35345号事件の請求を取り下げたことが認められる。)。 2 審決の理由の要点 別紙審決書の理由の写し記載のとおりである。要するに,本件発明は,審判甲第1号証(発行日を1986年(昭和61年)1月7日とする米国特許第4563007号の公報。本訴甲第1号証。以下「引用例」という。甲第6号証は,引用例におけるのと同一の出願人による,同一内容の発明の,日本国内における出願であり,甲第1号証の訳文に相当するものとして提出されたものである。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない,というものである。 3 本件特許の特許請求の範囲(上記訂正後のもの) 「セット内のクラブ番数毎に,それぞれのクラブの要求特性に応じた特性を有するクラブシャフトを選択してセット化したゴルフクラブセットにおいて,クラブシャフトの特性をトルク角によって特定し,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,クラブシャフトのトルク角が大きいものから小さいものに順に変化させたことを特徴とするゴルフクラブセット。」 |
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原告の主張の要点
審決の理由のうち,「1.本件発明」,「2.請求人主張」,「3.刊行物の記載内容」,「4.被請求人の主張」(審決書2頁10行〜8頁15行)は認める。「5.当審の判断」(同8頁16行〜11頁21行)中,「(5-1)甲第1号証の従来例A,Bについて」のうち,8頁18行の「被請求人は」から26行の「記載されており」までは認め,その余は争う。「(5-2)本件発明と甲第1号証記載の発明との対比」,「(5-3)トルク角について」(同8頁17行〜10頁16行)は認める。「(5-4)相違点について」のうち,11頁8行の「被請求人は」から18行の「主張している。」までは認め,その余は争う。「6.むすび」(審決書11頁30行〜34行)は争う。 審決は,本件発明及び引用発明の認定を誤り,その結果,本件発明の構成(「クラブシャフトの特性をトルク角によって特定し,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,クラブシャフトのトルク角が大きいものから小さいものに順に変化させた」構成)が,引用例に実質的に開示されていると誤って認定し(取消事由1),本件発明が奏する顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を与えることは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件発明及び引用発明の認定の誤り) (1) スチールシャフトと合成素材のシャフトについて ゴルフクラブのシャフトには,木製に始まり,スチール製,石油石炭を原料とする人工合成素材(炭素繊維,エポキシ樹脂など)へと順に変遷した歴史がある。合成素材のシャフトが実用化され,市場に出回り始めた時期は,引用例が発行され,かつ原告が本件発明について出願をした昭和61年ころである。スチール製のシャフトは,鉄のパイプを延伸しつつ,グリップ部の太い直径から多段階に絞りをいれて,クラブヘッド部の細い直径まで絞り込んで製作されるものであるから,グリップ側からヘッド側に向けて多くの段差により縮径する形状的な特徴を生じる。 引用発明は,引用例の図面の記載からみて,このようなスチールシャフトを対象とするものである。 引用発明がスチールシャフトを対象とするものであることは,引用例に「ねじりこわさ」を与える式として記載されている(甲第1号証2欄。甲第6号証3頁左上欄2行〜8行参照。), ねじれこわさ=LT/θ=JC (Lはシャフトの長さ,Tはシャフトにかかるねじれ荷重,θはシャフトのたわみ角,Jはシャフトの平均2次面積モーメント,Cは素材のねじれ係数。) からも,明らかである。ここでは,Cは,シャフト全体の材料についての定数とされており,このようなことは,均質材料であるスチールシャフトを前提としてのみ成立するものである。引用発明がスチールシャフトを対象とするものであることは,引用例に,モーメント力の算出式Jとして示されている式(甲第6号証3頁左上欄11行〜右上欄3行参照)によっても,明らかである。この式は,段部の内外の直径とシャフトの長さを変数とする式であるから,材料の強度,巻き方,巻き数がシャフトの特性を決めるカーボンシャフトには全く当てはまらないからである。 これに対し,本件発明は,カーボンシャフトを主流とする人工合成素材を複合的に使ったシャフトを前提とするものである。このようなシャフト軸では,芯となる芯材繊維とシャフト軸に直交又は斜め方向に数層に巻かれ織られた繊維及びこれらを被覆する樹脂で作製されているから,これらの素材を工夫して,シャフトの引張強度,曲げ強度,トルク角などを容易に調整することにより,スチールシャフトでは実現できない特性を付与することが可能である。 以上のように,引用例にはスチールシャフトを前提とする発明の記載はあっても,スチールシャフトとは技術思想が異なるカーボンシャフトについての発明は何ら記載されていない。したがって,カーボンシャフトを前提とする本件発明は,引用発明によって新規性が否定されるものではない。 (2) ねじりこわさとトルク角について 引用例においては,「ねじりこわさ」をいっているだけで「トルク角」の表示はないから,ねじりこわさを問題にしているのであって,トルク角を問題にしているものではない。 引用例の図4(甲第6号証7頁左上欄の図参照。)には,確かに,従来例を示す線A(以下,この従来例を「従来例A」という。)及び線B(以下,この従来例を「従来例B」という。)により,シャフトの長さが短くなると,ねじりこわさの数値が大きくなるという,ゴルフクラブの特性が図示されている。 しかし,従来例Bでは,同一の仕様のスチールシャフトをただ切断しただけでロフト角を異なるものとしたそれぞれのクラブに合わせて,クラブの長さを異ならせたものであるから,シャフトを切断したことにより,必然的にトルク角が減少しただけのことである。また,従来例Aでは,引用例記載のTABLEUA(4欄。甲第6号証5頁左上欄の第2表参照。)によれば,シャフトの長さによって壁厚が異なるものであり,その理由は,TABLEV(5欄。甲第6号証5頁右下欄の第5表参照。)に示されたように,シャフトの長さが変化してもその重さが一定(4.25オンス)となるようにするためである。その結果,従来例Aのゴルフクラブセットは,トルク角のばらつきが更に大きくなってしまう,という失敗例として記載されたものである,ということができる。 これに対し,本件発明は,異なるトルク角を持つ複数の仕様のシャフトの中から,ロフト角が異なるクラブの使用目的に合ったものを,個々に採用してゴルフクラブセットを構成するものであって,クラブの飛距離調整手段としてシャフトのトルク角を利用する有効性に着目し,ロフト角が大きくなるとトルク角が小さくなるようにシャフトを選択することに特徴がある。このような,クラブヘッドのロフト角毎にトルク角を調整するというゴルフクラブの設計理論は,引用例には開示も示唆もない。 パーゴルフ特別編集「ゴルフクラブチューンアップカタログ」(学習研究社1994年12月15日発行)(甲第9号証)には,グラファロイ社の製造ラインで,品質管理と最新技術の利用・保全のすべての活動を統括するロビン・アーサー部長が語ったところとして,「硬さとトルクの範囲の相互作用についての話が今までなかったのです。スチールシャフトでは無視できる範囲であったため話題になりませんでした。」(141頁)との記載が,また,「95年版ゴルフ用品総合カタログ」(株式会社ユニバーサルゴルフ社平成7年3月1日発行)に掲載された川田泰三著「データ重視か?感性か?」(甲第15号証)には,「カーボンシャフトが出てから計られるようになったのが,トルク。シャフトのねじれやすさを表す数字だ。スチールシャフトもねじれは皆無ではなかったが,ねじれ度合いが少なく,しかもどのシャフトでも大した差がなかったため問題にされていなかった。」(38頁左欄19行〜24行)との記載があり,これらの記載によれば,スチールシャフトでは,トルク角は無視できる範囲であったため,トルク角の効用は問題にされることがなかったことが,当時の業界において周知の事実であることが分かる。スチールシャフトを前提とする引用発明において,トルク角の認識がなかったことは,この周知事実によっても,明らかである。 引用例に記載された従来例A及び従来例Bにおいては,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,角度θは大きいものから小さいものに変化しているのは事実である。しかし,これは,偶然の一致であって,それ自体,何らの技術的思想も有していないのである。 引用発明は,飛距離の異なるクラブセットを製作するために,クラブ長さの調整から成る2次元の変数を用いる従来の技術思想を用いることを前提とした,シャフトの特性及び仕様だけを問題としたシャフト自体の発明である。これに対し,本件発明は,ヘッドのロフト角とシャフトのトルク角のそれぞれを,クラブ長さとともに3次元の独立変数として活用できる,ゴルフクラブ全体の設計方法に関する発明である。したがって,本件発明と引用発明とは,互いに比較や対比の余地のない異なる技術思想に基づくものである。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過) 従来のゴルフクラブの設計思想は,クラブヘッドのロフト角とクラブ長さとを調整することにより,飛距離の異なるクラブセットを製作する,というものである。これに対し,本件発明は,ゴルフクラブの飛距離調整手段として,従来からのロフト角とクラブ長さの調整に加え,第3の独立の変数であるトルク角を用いることで,クラブの要求特性をより自由に付与できるという設計手段を提供するもので,クラブの設計に格段の自由度を与えて,初心者から上級者までのスイング特性に合わせたゴルフクラブセットの製造を可能にしたものであり,プレーヤーが短い飛距離を実現したいときに用いるロフト角が大きいクラブに,飛距離の削減と同時に,打球方向の安定性を増大させるという一石二鳥の効果を奏するものである。さらに,トルク角の特性が大幅に異なるシャフトを採用することにより,シャフト長さの調整幅を従来のクラブの半分以下として,プレーヤーのクラブ毎の打撃姿勢の調整を少なくすることできるので,プレーヤーのスイングの安定性を高めるという効果も奏することができる。 原告は,本件発明を応用して,ゴルフクラブセットを構成する各クラブの長さが同じアイアンセットを発売している。ここでは,「クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,クラブシャフトのトルク角が大きいものから小さいものに順に変化させた」ものを採用している。引用例において,従来例を示す「線A」,「線B」の原理を用いれば,シャフト長さを一定にすれば,クラブセットを構成する各クラブのトルク角はすべて一定となってしまうから,本件発明の構成要件である「クラブシャフトの特性をトルク角によって特定し,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,クラブシャフトのトルク角が大きいものから小さいものに順に変化させたこと」を構成することはできない。したがって,引用例が開示する設計思想は,本件発明の3次元の設計自由度を持つ革新的な設計理論とは異なるものであって,引用発明に本件発明の作用効果を期待することはできない。 引用例には,スチールの厚みを変えてトルク角を調整した事例が紹介されているものの,TABLEV(5欄。甲第6号証5頁右下欄の第5表参照。)に示されたものは,シャフトの重さがすべて4.25オンスであり,長さが39インチのものでも,34インチのものでも同じ重さとするために,厚みを調節したものにすぎない。引用例には,「ボールに当たる前のある瞬間には,ヘッドの運動量は,反対の方向にシャフトをねじりつつ,ヘッドをシャフトの前方に運ぶ。このシャフトのねじれはその後ヘッドがボール又は地面に当たることで反転し最大となる。組になったシャフトの均り合いをとるときに,このシャフトのねじれを考慮に入れないと,セットのシャフト毎に生ずるたわみの度合いに大きなバラツキが生ずることになろう。」(甲第1号証1欄。甲第6号証2頁左下欄7行〜15行参照。)と記載されているから,ゴルフクラブセットの各クラブのトルクの変化は,バラツキをなくすための調整であり,すべて同一とすることが好ましいという認識の下での微調整の領域のことである。これに対し,本件発明では,トルク角を最大限有効に生かすものであり,大幅なトルク角の変化が望ましいものであるから,引用発明とは逆の発想である。したがって,本件発明の顕著な効果を引用発明に期待することはできない。 |
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被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(本件発明及び引用発明の認定の誤り)について (1) スチールシャフトと合成素材のシャフトについて 引用例には,引用発明の対象をスチールシャフトと限定する記載はなく,引用発明は,スチールシャフトとカーボンシャフトとを共に対象としていると考えられる。 本件明細書には,「Z線で示す上級者のようにロングクラブでも正確さが要求される際には,たとえばスチールのようにトルク角が3〜4°程度のシャフトを使用し,ロフト角が55°のショートクラブには,多層ハイカーボン質のようにトルク角が1.7〜1.5°程度の小さいシャフトを使用し」(甲第10号証14頁2〜6行)と記載されている。これは,本件発明はスチールシャフトを使用する場合をも想定していることを意味するから,本件発明が合成素材のシャフトのみを前提とするものであるとの原告主張は失当である。仮に引用発明がスチールシャフトを前提としているとしても,そのことは,本件発明が引用発明と同一であることを何ら妨げるものではない。 (2) ねじりこわさとトルク角について 1組のゴルフクラブにおいて,シャフトが短くなる方向で変化する場合には,ヘッドのロフト角が大きくなる方向で変化することを必然的に伴うことは,「日本ゴルフクラブ史」(斉藤今朝雄著,廣済堂出版平成9年11月1日発行)(乙第1号証),「クラブ修理の秘訣」(ラルフ・モルトビー著,日刊スポーツ出版社昭和55年1月10日発行)(乙第2号証),「78年版ゴルフ用品総合カタログ」(ユニバーサルゴルフ社昭和53年2月25日発行)(乙第3号証),「79年版ゴルフ用品総合カタログ」(ユニバーサルゴルフ社昭和54年2月20日発行)(乙第4号証)の記載からみて,ゴルフクラブの製造業者にとって周知の事項であり,一般ゴルフ愛好家にとっても常識であることが,明らかである。 引用例に,クラブシャフトの特性をねじりこわさによって特定する線A及び線Bからなるクラブシャフトが,従来例として記載されていることは明らかである。「材料力学」(川田雄一著,裳華房昭和59年4月10日発行)(甲第2号証)には,長さl,半径rの真直丸棒の左端が固定され,右端に偶力Tを受けてねじられる場合,右端のねじられた角をψとすると,ψ=Tl/GIpの関係が成立することが材料力学の技術分野では周知であることが記載されており,この式から導かれる,GIp=Tl/ψ(式1)のねじりこわさ(GIp)と,引用例に開示された,ねじりこわさ=LT/θ(式2)(ここで,Lはシャフトの長さ,Tはシャフトにかけられるねじり荷重,θはシャフトの角度偏向)におけるねじりこわさとは,同一のものと認められる。 そこで,引用例に開示された線A,線Bからなるクラブシャフトで,上記式2を変形した,T=θ・ねじりこわさ/L=一定(式3)を適用すると,シャフトにかけられるねじり荷重Tを一定とした場合,シャフトの長さLが短くなるにつれ,ねじりこわさが大きくなるという引用例の図4が図示する関係では,ねじりこわさ/Lの値が大きくなるから,角度θは反対に小さいものに変化する。 したがって,上記一般ゴルフ愛好家の常識を勘案すれば,引用例には,1セットのゴルフクラブにおいて,「シャフトが短くなるほど,すなわち,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,角度θ,すなわち,トルク角が小さくなる」クラブセットが,従来例A,従来例Bとして開示されているということができる。 引用例の図4に示された線Aは,TABLEUA(4欄。甲第6号証5頁左上欄の第2表参照。)に示されているように,39インチから34インチまでの長さの6本のシャフトにおいて壁厚が異なるものであるから,これを同一仕様のシャフトをただ切断しただけのものに関するものとすることはできない。従来例Aのゴルフクラブセットは,各ロフト角に応じた仕様の異なる6本のシャフトを準備し,これを所定の長さに切断したものである。引用例の図4に示された線Bは,TABLEUAに示された37インチのシャフトの壁厚の値で一定に維持されたものであるから(甲第1号証4欄。甲第6号証4頁右上欄1行〜8行参照。),従来例Bのゴルフクラブセットは,確かに同一仕様のシャフトを切断したものである。しかし,これは「ねじれこわさ」のばらつきを小さくする,すなわち,線Aと比べて線Bの傾きを小さくすることを目的としたものである。したがって,引用例には,従来例A,従来例Bにより,シャフトの外径と厚みにより「トルク角」を調整することが明確に示されている。 原告は,「ゴルフクラブチューンアップカタログ」(パーゴルフ特別編集,1994年12月15日発行)(甲第9号証)を提出して,スチールシャフトでは,トルク角は無視できる範囲であったため,トルク角の効用は話にならなかったことが,当時の業界の周知事実であった,と主張する。 しかし,甲第9号証は,1994年12月15日の発行であり,引用発明が優先権主張の基礎となる第1国である英国に出願された1980年当時や,米国に出願された1981年当時の周知事実を証明するものではない。 原告は,本件発明は「異なるトルク角を持つ複数の仕様のシャフトを用い」たことを特徴とする,と主張する。 しかし,本件発明の構成(特許請求の範囲の記載)からは,同一仕様のシャフトから長さを番手毎に設定して切り出したシャフトでクラブセットを構成するのか,複数の仕様のシャフトを用いてクラブセットを構成するのか,明らかでない。原告の主張は明細書の記載に基づかないものであるというべきである。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について 原告の主張は争う。審決には,本件発明の顕著な作用効果の看過はない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明及び引用発明の認定の誤り)について (1) スチールシャフトと合成素材のシャフトについて 原告は,引用発明は,スチールシャフトを前提とするものであるのに対し,本件発明は,合成素材のシャフトを前提とするものであるから,この点において,両発明は異なる,と主張する。 しかしながら,本件発明を特定する特許請求の範囲の記載は第2の3のとおりであり,そこでは,ゴルフクラブセットのクラブシャフトの材料については,何らの限定も加えられていない。このように,特許請求の範囲にシャフトの材料について限定を加える記載がない以上,本件発明がスチールシャフトを排除するものであるとする根拠はないというべきである。 念のために本件明細書の他の部分をみても,本件発明がスチールシャフトを排除するものであることを示す記載は見出すことができない(甲第10号証)。 むしろ,本件明細書には「本発明におけるシャフトのトルク特性は,クラブのグリップ側の先端から35mmの個所を固定し,シャフトの細い側の先端から35mmの個所に1.4kg・cmのトルク荷重を加えたとき,シャフトの捩れが進み,それが静止した時の捩り角を以てトルク角として表わしたものを使用する。以下の第1表に,上記測定法によって得た107cmの長さのシャフトのトルク角を各材質毎に示す。」(甲第10号証12頁6行〜12行)と記載され,第1表には,シャフトの材質が「スチール」では,トルク角が「3〜5°」(同12頁)であるものと記載されていて,少なくとも自然に読む限り,本件発明にはシャフトの材質がスチールであるものも含まれることを意味するものとなっている。 そうすると,仮に,引用発明がスチールシャフトを前提とする発明であるとしても,本件発明と引用発明とは,スチールシャフトについて,共通の発明であると認められる。原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,採用することができない。 (2) ねじりこわさとトルク角について 原告は,引用例(甲第1号証)について,@「ねじりこわさ」を問題としているものであって,「トルク角」を問題としているものではない,Aクラブヘッドのロフト角毎にトルク角を調整するというゴルフクラブの設計理論については開示がない,と主張する。 審決の,「甲第1号証記載の「角度θ」は本件発明でいう「トルク角」に相当する」との認定(審決書10頁5行)については,当事者間に争いがなく,引用例の第4図の線Aには,ゴルフクラブセットを構成する各ゴルフクラブシャフトの長さが長いものから短いものに向かうにしたがって,ねじりこわさが小さいものから大きいものに順に変化したゴルフクラブの特性が示されていることについても,当事者間に争いがない。 甲第2号証によれば,「材料力学」(川田雄一著,裳華房昭和59年4月10日発行)には,「GIpは,単位長さの棒に単位ねじり角を与えるためのねじりモーメントでねじりこわさ(torsional rigidity)という。・・・軸の全長のねじり角ψは ψ=θl=Tl/GIp・・・から・・・材料の軸のねじり角を求めることができる。」(82頁20行〜末行)と記載されていることが認められる。 上記認定の記載によれば,GIp=Tl/ψ の式が成立し,ここで,ねじり角ψ,軸の長さl,軸に加わるねじりモーメントTは,引用例(甲第1号証)記載のシャフトの偏向角度θ,シャフトの長さL,シャフトにかけられるねじり荷重T,にそれぞれ相当し,上記成立した式は,引用例記載の,「ねじりこわさ=LT/θ=JC」の式(甲第1号証2欄1行)と同じものであるから,引用例に記載された「ねじりこわさ」は,材料力学上のねじりこわさであると認められる。 そうすると,前記のとおり,引用例の第4図に開示された従来例Aのゴルフクラブセットでは,シャフトの長さLが短くなるにつれてねじりこわさが増加するという特性が開示されているから,ねじりモーメントTを一定としてこの特性をみれば,ねじり角θは,Lが短くなれば,小さくなる方向に変化することは,必然の結果であると認められる。 そして,乙第1ないし第4号証によれば,斉藤今朝雄著,廣済堂出版平成9年11月1日発行の「日本ゴルフクラブ史」(乙第1号証)の21頁ないし23頁によれば,1800年代のクラブメーカーであるトム・モリス作成のアイアンクラブが写真で紹介され,同写真中の1組のアイアンクラブにおいては,シャフトが短くなるほどヘッドのロフト角が大きくなっている様子が撮影されていること,ラルフ・モルトビー著,日刊スポーツ出版社昭和55年1月10日第1刷発行の「クラブ修理の秘訣」(乙第2号証。同号証は,平成9年8月25日発行の第8刷であるものの,第1刷から改訂が行われた形跡はない。)の94頁には,Table A3-7に,ゴルフクラブにおいて番手が大きくなる(シャフトの長さが短くなる)ほどヘッドのロフト角が大きくなることを示す表が掲載されていること,ユニバーサルゴルフ社昭和53年2月25日発行の「78年版ゴルフ用品総合カタログ」(乙第3号証)の125頁及び同社昭和54年2月20日発行の「79年版ゴルフ用品総合カタログ」(乙第4号証)の142頁にも,同様の表が掲載されていることが認められ,これらの文献の記載によれば,ゴルフクラブセットを構成するゴルフクラブについて,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,クラブシャフトの長さが短くなることは当業者の技術常識であるということができる。 この技術常識を踏まえてみるならば,引用例(甲第1号証)には,ゴルフクラブセットにおいて,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,クラブシャフトのトルク角が大きいものから小さいものに順に変化させたゴルフクラブセットが実質的に開示されているというべきである。引用発明がトルク角を直接問題としているものではないとしても,引用例が開示する特性のゴルフクラブセットは,本件発明のゴルフクラブセットと実質的に同じものであることに変わりはないというべきである。両者で異なるのは,同一の事項をどのように表現するかの点においてのみである,というべきである。 原告は,引用例中の従来例Aが,トルク角のばらつきが更に大きくなってしまうという失敗例であると主張する。しかしながら,引用例中の従来例Aは,シャフトの長さが短くなるにつれてねじりこわさが増加するという特性を開示するものであることは前記のとおりであるから,これが失敗例であるか否かは,従来例Aが上記新規性の判断の比較対象となる先行技術としての意味を有することに影響を及ぼすものではないというべきである。原告の主張は採用することができない。 原告は,パーゴルフ特別編集「ゴルフクラブチューンアップカタログ」(学習研究社1994年12月15日発行。甲第9号証)中の記載,「95年版ゴルフ用品総合カタログ」(株式会社ユニバーサルゴルフ社平成7年3月1日発行)に掲載された川田泰三著「データ重視か?感性か?」(甲第15号証)中の記載を引用して,スチールシャフトでは,トルク角は無視できる範囲であったため,トルク角の効用は問題にされることはなかったことが,当時の業界では周知であり,この事実によっても,スチールシャフトを前提とする引用発明においてトルク角の認識がなかったことは明らかである,と主張する。 しかし,前記のとおり,引用例に,従来例Aにより,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,クラブシャフトのトルク角が大きいものから小さいものに順に変化させたゴルフクラブセットが実質的に開示されていると認められる以上,当業者には,トルク角という概念そのものについてはともかく,トルク角によって示される事柄について認識がなかったと認めることはできない。上記引用例の開示内容に照らすと,原告の引用する上記記載から,うかがうことのできるのは,ねじれに種々変化を生じさせることの可能なカーボンシャフトの出現により,それまでは積極的に変化を生じさせることが困難であったため,余り関心の向けられなかったねじれやすさ(すなわちトルク角)への関心が高まり,これを積極的に活用しようとの認識が生まれてきた,ということであり,引用発明においてトルク角によって示される事柄についての認識そのものがなかったとすることはできない,というべきである。 原告の主張は,トルク角という概念についての認識と,トルク角によって示される事柄についての認識とを混同するものであり,採用できない。 原告は,引用例記載の従来例A及び従来例Bには,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,角度θは大きいものから小さいものに変化するという事実がみられるとしても,偶然の一致であって,それ自体は何ら技術的思想を有するものではないと主張する。しかしながら,引用例には,クラブシャフトの長さが長いものから短いものに向かうにしたがって,ねじりこわさが小さいものから大きいものに順に変化させたゴルフクラブセットが開示されていることに当事者間に争いはなく,この事実から,前記のとおり,そこに示されているゴルフセットには,ねじり角,すなわち,トルク角が大きいものから小さいものに順に変化するという特性があることは当業者には自明であるということができるから,角度θが大きいものから小さいものに変化するという事実について,これが偶然の一致であるとする根拠は何もないというべきである。原告の主張は採用することができない。 原告は,引用発明は,飛距離の異なるクラブセットを製作するために,クラブ長さの調整からなる2次元の変数を用いる従来の技術思想を用いることを前提とした,シャフトの特性及び仕様だけを問題としたシャフト自体の発明であるのに対し,本件発明はヘッドのロフト角とシャフトのトルク角のそれぞれを3次元の独立変数として活用できるゴルフクラブ全体の設計方法に関する発明であるから,本件発明と引用発明とは,比較や対比の余地のない異なる技術思想であると主張する。 しかしながら,引用発明は,ゴルフクラブセットにおいて,クラブヘッドのロフト角が小さいものから大きいものに向かうにしたがって,クラブシャフトのトルク角が大きいものから小さいものに順に変化させたゴルフクラブセットを実質的に開示していると解すべきであること,シャフトの長さが短くなるにしたがって,ヘッドのロフト角が大きくなることは当業者の技術常識であることは前記のとおりであるから,引用発明も,上記3つの変数を用いてゴルフクラブを設計する技術思想は,既に開示されているというべきである。 原告の上記各主張は,全体として,引用発明においては,結果的にトルク角に変化が生じている(同じ材質であるなら,シャフトの長さが長くなるほどたわみやすくなる)ことが示されているにすぎず,本件発明のように,積極的にトルク角を変化させて利用するという技術思想は開示されていない,と主張しているとも理解することができる。しかしながら,本件発明を特定する特許請求の範囲の記載は第2の3のとおりであり,本件発明が,ヘッドのロフト角ないしシャフトの長さの変化により結果的にトルク角に変化を生じる場合を排除するものであることを示す記載を,そこに見いだすことはできない。したがって,仮に引用発明が積極的にトルク角を変化させて利用するものでないとしても,そのことをもって,引用発明が本件発明と異なるものである,ということはできないのである。 原告の主張は,採用することができない。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について 本件発明と引用発明との間に構成上の差異が認められないことは,上記のとおりであるから,本件発明に,特許性が認められるか否かの検討において,本件発明の顕著な作用効果を論ずる余地はないというべきである。原告の主張は,結局のところ,本件発明の構成が引用発明の構成とは異なることを効果の面からいわんとするものにすぎず,採用することができない。 取消事由2は理由がない。 |
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以上のとおりで,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他審決に
は取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |