関連審決 | 異議1999-70135 |
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関連ワード | 物の発明 / 製造方法 / 29条1項3号 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 設定登録 / 請求の範囲 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
198号
特許取消決定取消請求事件
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原告 松下電工株式会社 訴訟代理人弁理士 松本武彦 同 安藤淳二 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 石井 あき子 同 柿崎良男 同 森田 ひとみ 同 林栄二 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/07/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第70135号事件について平成12年4月20日にした決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成6年8月31日、名称を「抗菌性無機塗料」とする発明(以下「本件発明」という。)につき特許出願をし、平成10年5月1日、特許権の設定登録(特許第2776259号。以下「本件特許」という。)を受けた。 本件特許のうち請求項1、2、5、6に係る特許につき特許異議の申立てがあり(平成11年異議第70135号)、原告は、平成11年8月5日付けで訂正請求をしたが、訂正拒絶理由が通知され、平成12年4月20に本件特許の請求項1、 2、5、6に係る特許を取り消す旨の決定がされ、その謄本は平成12年5月17日に原告に送達された。 2 特許請求の範囲の請求項1、2、5、6の記載【請求項1】 (この発明を「本件発明1」という。)(イ)一般式:Si(OR1) 4で表されるケイ素化合物、および/または、コロイド状シリカ、 (ロ)一般式:R2Si(OR1) 3で表されるケイ素化合物、 (ハ)一般式:R22Si(OR1) 2で表されるケイ素化合物の組成からなる無機塗料、並びに、抗菌剤を含有する抗菌性無機塗料において、 (イ)のケイ素化合物、および/または、コロイド状シリカが非水系の有機溶媒に分散した有機溶媒分散性であるコロイダルシリカを20〜200重量部、 (ロ)のケイ素化合物を100重量部、 (ハ)のケイ素化合物を0〜60重量部の割合で含有し、これらを含有した無機塗料の重量平均分子量がポリスチレン換算で900以上であり、且つ、上記抗菌剤が、光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤であることを特徴とする抗菌性無機塗料。〔上記R1 、R2は1価の炭化水素基を示す。〕【請求項2】 (この発明を「本件発明2」という。) 上記光触媒機能を有する成分が、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化錫、酸化鉄、酸化ジルコニウム、酸化タングステン、酸化クロム、酸化モリブデン、酸化ルテニウム、 酸化ゲルマニウム、酸化鉛、酸化カドミウム、酸化銅、酸化バナジウム、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化マンガン、酸化コバルト、酸化ロジウム、酸化レニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載の抗菌性無機塗料。 【請求項5】 (この発明を「本件発明5」という。)上記光触媒機能を有する、成分、又は、酸化物に金属が担持されていることを特徴とする請求項1乃至請求項4いずれか記載の抗菌性無機塗料。 【請求項6】 (この発明を「本件発明6」という。) 請求項5の金属が、銀、銅、鉄、ニッケル、亜鉛、白金、金、パラジウム、カドミウム、コバルト、ロジウム、ルテニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項5記載の抗菌性無機塗料。 3 決定の理由の要旨 決定は、別紙決定の理由写し(以下「決定書」という。)のとおり、訂正請求は認められないとしたうえ、本件発明1及び本件発明2は刊行物1(特開昭63-117074号公報、甲第3号証)に記載された発明であるから特許法29条1項3号に違反して特許されたものであり、本件発明5及び本件発明6は、刊行物1、刊行物2(特開平6-65012号公報、公開日平成6年3月8日、甲第4号証)及び周知技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項に違反して特許されたものであり、したがって、本件発明1、2、 5、6に係る特許は、特許法113条1項2号に該当し、取り消されるべきものである、とした。 |
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原告主張の決定取消事由
決定の理由中、「一.手続の経緯」、「二.訂正の適否についての判断」は認める。「三.特許異議の申立てについての判断」のうち、決定書6頁17行以下に記載されている本件発明1と刊行物1の発明との対比に関する認定・判断及び本件発明2、本件発明5及び本件発明6についての認定・判断はいずれも否認し、その他は認める。「四.むすび」は争う。 1 本件発明1についての取消事由(本件発明1と刊行物1記載の発明との同一性判断の誤り) 決定は、本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点(1)及び(2)(決定書6頁17行〜23行)はいずれも実質的なものではないとする誤りを冒し、その結果、本件発明1が刊行物1に記載された発明であるとの誤った結論に至ったものであるから、取り消されるべきである。 (1) 相違点(1)について 決定は、刊行物1に記載されたコーティング用組成物(決定書4頁34行〜5頁4行に記載の製造方法によって得られた、同3頁15行〜25行に記載のコーティング用組成物:以下「刊行物1の組成物」という。)は、本件発明1における無機塗料(抗菌剤が配合される以前の無機塗料:以下「本件塗料」という。)と一致し(決定書6頁15、16行)、さらに、刊行物1には刊行物1の組成物に充填剤として酸化チタン等を添加したコーティング用組成物の発明(以下「刊行物1の発明」という。)も記載されている(決定書5頁9行)としたうえ、本件発明1と刊行物1の発明との相違点(1)として、本件発明1には「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」が含有されているが、刊行物1の発明にはこの含有に関する特定がなされていないことを挙げ(決定書6頁20、21行)、 相違点(1)について、「前者における、『光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤』とは、『光触媒機能を有する成分』それ自体でありうるものと認められ、また、本件特許明細書には、『光触媒機能を有する成分』として、『酸化チタン、・・・』が記載されており(請求項2参照)、これらは、後者における『酸化チタン等』と一致する。したがって、刊行物1の発明は、客観的にみれば、『光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤』を含有するものであるから、(1)の相違点は実質的なものでない。」(決定書6頁26行〜34行)、と判断した。 しかし、刊行物1の発明における酸化チタンは、「抗菌剤」とはいえないものであるから、相違点(1)が実質的でないとした決定の認定・判断は誤っている。 ア まず、決定の「前者における、『光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤』とは、『光触媒機能を有する成分』それ自体でありうるものと認められ」という認定は、抗菌剤と光触媒機能を有する成分とが同義であるとする誤りを冒している。 光触媒機能と抗菌機能とは異なる能力であり、一口に、光触媒機能を有する成分といっても、本件発明1で使用されている成分のごとく抗菌能力を発揮する成分もあれば、光触媒機能を有していても抗菌機能を発揮し得ない成分もある。例えば、 酸化チタンの中で、ルチル型酸化チタンは僅かな光触媒機能しか持たず、抗菌性を発揮し得ないものであり、また、アナターゼ型酸化チタンは、光触媒機能を持つ材料であるが、その表面が光不活性な物質で覆われている場合や、粒径が大きい場合は、抗菌性を実用レベルで発揮することができない。 イ また、決定は、「本件特許明細書には、『光触媒機能を有する成分』として、『酸化チタン、酸化亜鉛、酸化錫、酸化鉄、酸化ジルコニウム、酸化クロム、酸化鉛、酸化銅、酸化マンガン』が記載されており(請求項2参照)、これらは、後者における『酸化チタン等』と一致する」と述べているが、この認定は、単に、本件発明1で使用される成分と刊行物1の発明で使用される成分との「物質名」が同じということにすぎない。物質名が同一であっても、それぞれの発揮する機能が異なることがあるから、上記認定には、決定を支える何らの意義もない。 ウ 刊行物1の発明で充填剤として使用される酸化チタンは、(1)光触媒機能を持たない可能性があり、(2)仮に光触媒機能を有するとしても、その機能が弱いために抗菌剤となり得ない可能性があり、(3)また、塗料の分解を防ぐために、表面コーティングを施すことによって光触媒機能が抑制されているはずであるから、抗菌機能は発揮しないと考えられる。さらに、(4)刊行物1の発明の実施例で使用されている酸化チタンは、その水分散態様から判断すると、粒径が0.5μm程度以上の粒子であると推測されるところ、このように巨大な酸化チタンは、仮に光触媒機能を有するとしても、無機塗料を抗菌性にするだけの抗菌機能は発揮し得ないものである。 本件発明1では抗菌剤は無機塗料材料中に混入されて使用されるものであるから、本件発明1にいう「抗菌剤」は、それが単独で存在する場合に抗菌機能を発揮するだけでは足りず、無機塗料材料で覆われた状態で無機塗料中に存在しながら、 当該無機塗料に対し抗菌性を付与することができるものである必要がある。決定は、刊行物1の発明で使用されている酸化チタンが、無機塗料中に存在している状態で抗菌機能を発揮するものであることについての検証を欠いている。 酸化チタンの抗菌性(特に粒径が抗菌性に及ぼす影響)について、原告が行った実験(甲第7号証)では、粒径が0.5μm程度の酸化チタンは、粒子が無機塗料に覆われていない裸の状態、無機塗料の塗膜中に存在する状態のいずれにおいても、抗菌性を有しないことが確認された。 エ 以上のとおり、刊行物1の酸化チタンは「抗菌剤」とは認められないものであるから、決定がした「刊行物1の発明は客観的にみれば『光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤』を含有するから相違点(1)は実質的なものではない」との認定は誤りである。 なお、刊行物1に記載された「コーティング用組成物」に充填剤を添加したものは、本件発明が対象とする塗料ではないし、充填剤は、コーティング用組成物の本質的構成要素となるものであるから、塗料としての本質に影響を与えることなく塗料に「抗菌性を付与するに足る範囲で含有させる抗菌剤」とは全く異なる成分である。決定は、この点でも誤っている。 (2) 相違点(2)について 決定は、本件発明1の無機塗料は抗菌性であるのに対し刊行物1にはこの性質の特定がなされていない点を両者の相違点(2)としながら、「本件発明1の抗菌性は、 『光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤』の存在によって達成された性質と認めらる。そして、・・・刊行物1の発明にかかる組成物にも、『光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤』が存在する。してみると、刊行物1の発明の組成物は、 抗菌性を有すると解するのが相当であり、したがって、(2)の相違点も、実質的なものではない」(決定書6頁36行〜7頁2行)と認定した。しかし、この決定の認定・判断は誤っている。 ア 刊行物1の組成物に酸化チタンを添加したものは抗菌性を有する無機塗料ではない。相違点(2)が実質的なものではないとした決定の認定は、刊行物1の発明に係る組成物にも「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」が存在することを前提としている。しかし、無機塗料中に「抗菌剤」が存在する(酸化チタンが抗菌剤である。)という前提自体が誤っていることは、前述したとおりである。 イ 刊行物1の発明に係る組成物が「抗菌性」無機塗料であり得るためには、添加されている酸化チタンがコーティング用組成物(刊行物1の組成物)に覆われた状態で同組成物中に存在しながら、コーティング用組成物に対し抗菌牲を付与するものでなければならない。ところが、刊行物1において添加されている酸化チタンは、先に述べたとおり、コーティング用組成物中に存在する状態で抗菌作用を発揮し得ないものであるから、「抗菌剤」ではなく、したがって、刊行物1の発明に係る組成物も「抗菌性」無機塗料ではあり得ない。 2 本件発明2についての取消事由(本件発明と刊行物1記載の発明との同一性判断の誤り) 決定は、「本件発明2は、本件発明1における、光触媒機能を有する成分が特定されたものであるが、この特定された成分が、刊行物1の発明における『酸化チタン等』と一致していることは前述のとおりである。したがって、本件発明2も、3-1において述べた理由と同様の理由により、刊行物1の発明と同一である。」(決定書7頁6行〜10行)と判断したが、前記1で本件発明1について述べたのと同じ理由により、決定の上記判断は誤りである。 3 本件発明5についての取消事由(本件発明5についての推考容易性の判断の誤り) (1) 決定は、本件発明5と刊行物1の発明を対比し、本件発明5が「金属を担持した光触媒機能を有する成分」を含有する「抗菌性」のものであるのに対し刊行物1の発明ではこの点の特定がなされていない点で両者は相違する旨認定(決定書7頁16行〜19行)したが、 @刊行物1には、「刊行物1の組成物」(コーティング用組成物)に、充填剤を添加すること、及び、充填剤の選択により、各種の性質を塗膜に付与することが記載されているところ(記載事項d:決定書4頁5行〜13行)、塗料(注、刊行物1でいうコーティング用組成物)に抗菌作用を有す物質を配合して、抗菌塗料とすることは周知である、 A刊行物2には、「銀、銅、亜鉛、白金の内から選ばれた少なくとも一種の金属イオンを含有した酸化チタン」(以下「刊行物2の酸化チタン」という)が記載され(記載事項a:決定書4頁24行〜26行)、これが雑菌の繁殖を防止することは、記載事項b(決定書4頁27行〜30行)から明らかである、 Bしてみれば、「刊行物1の組成物」に対して、「刊行物2の酸化チタン」を添加し、該組成物に抗菌性を付与することは、当業者にとって容易なことである、 C「刊行物2の酸化チタン」は、本件発明5でいう「金属を担持した光触媒機能を有する成分」に相当する、 という理由により、本件発明5は、刊行物1、2及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたと認められると結論している。 (2) しかしながら、決定の挙げる上記@ないしCの理由はいずれも誤っているから、これらに基づく結論も誤りである。 ア 上記@の点について 塗料に抗菌作用を有する物質を配合して抗菌塗料とすることは、周知ではない。 決定は、周知技術の認定を誤っている。 イ 上記Aの点について 決定は、刊行物2には、銀、銅、亜鉛、白金の内から選ばれた少なくとも一種の金属イオンを含有した酸化チタンが記載されているというが、刊行物2に記載されているのは、銀、銅、亜鉛、白金の内から選ばれた少なくとも一種の金属イオンを含有した「酸化チタンの層」であって、「酸化チタンの粒子」ではない。 ウ 上記Bの点について 刊行物1は、酸化チタン等の充填剤の添加により塗膜に付与する各種の性質につき、防食性、電気絶縁性、熱放射性、導電性、断熱性、防錆性などを挙げながら、 抗菌性については全く触れていない。したがって、当業者が刊行物2の酸化チタンを刊行物1の組成物に添加するとしても、上記防蝕性、電気絶縁性、熱放射性、導電性、断熱性、防錆性などを該組成物に付与するためであって、抗菌性を付与するためではない。 なお、酸化チタンが必ずしも抗菌性を与えるものでないことは、既に述べたとおりである。 エ 上記Cの点について 決定は、刊行物2の酸化チタンは、本件発明5でいう「金属を担持した光触媒機能を有する成分」に相当すると認められるというが、光触媒機能を有する成分が必ずしも塗膜に抗菌性を付与する訳ではないことは既に述べたとおりである。しかも、刊行2の酸化チタンは基板の上に積層する「層」であって「粒子」ではないから、当業者なら、そもそも、刊行物2の酸化チタンを塗料組成物中に入れてみるなどと発想するようなことはあり得ない。 4 本件発明6についての取消事由(本件発明6についての推考容易性の判断の誤り) 決定は、「本件発明は、本件発明5において、担持された金属が特定されたものであるが、該金属のうち、『銀、銅、亜鉛、白金』は、『刊行物2の酸化チタン』が担持している金属である。したがって、本件発明6も、本件発明5について述べた理由と同様の理由により、刊行物1,2及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる」(決定書8頁1行〜6行)とするが、本件発明5に関する前記認定・判断が誤りである以上、本件発明6に関する認定・判断も誤りである。 |
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被告の反論の要点
1 本件発明1についての取消事由(同一性判断の誤り)に対して 決定の認定・判断に誤りはない。 (1) 相違点(1)について ア 本件明細書には、「光触媒の触媒が活性化されるため、抗菌性が向上し好ましい。」(段落【0020】)、「光触媒の触媒が活性化されるため、抗菌性が向上し好ましい。担持した金属が抗菌性を有するものであれば、より抗菌性が向上し好ましい。」(段落【0021】)と記載されており、光触媒そのものに抗菌性が存在することが示されている。また、「抗菌性無機塗料を作製する場合、上記光触媒機能を有する成分、及び、酸化物を含有した抗菌剤は、光触媒機能を有する成分、及び、酸化物を溶媒に分散した状態や粉末の状態で用いられる。」(【0022】)と記載され、「光触媒機能を有する成分」は「光触媒機能を有する成分を含有した抗菌剤」として用いることができることが記載されている。したがって、 決定の上記判断は、本件明細書の記載を根拠として、そこから導かれた判断であって、正当なものである。 イ 原告は、本件発明の「光触媒機能を有するその他の成分」が即、「光触媒機能を有する成分を含有した抗菌剤」として用い得る訳ではないと主張するが、 その主張は明細書の記載に基づいたものではなく、失当である。 ウ また、原告は、酸化チタンが即、光触媒機能を有する成分であることはないと主張するが、本件明細書には、酸化チタン粉末が、光触媒機能を有する成分であり、抗菌剤であることが説明され、その例示として、酸化チタン粉末である商品名P-25が記載されている。酸化チタンの中の特定のもの(P-25)を含有させたときに初めて無機塗料を抗菌性にすることができるということではない。 原告は、光触媒機能を有する成分であっても、その粒径が大きすぎると、抗菌機能を発揮できないと主張するが、この主張も誤りであり、失当である。 原告は、実験結果(甲第7号証)によれば、酸化チタンは粒径が0.5μm程度では抗菌性を示さないというが、原告の主張する抗菌性の判定基準(菌数が100分の1以下に減少することをもって抗菌性ありとする)自体が根拠のないものである。さらに、上記実験結果は、酸化チタンを添加した場合に菌の増加が抑制されることを示していると評価されるべきものであって、粒径0.5μm程度の酸化チタンにも抗菌性があることを示している。 エ 以上のとおり、本件特許明細書には、酸化チタン等が、光触媒機能を有する成分であって、抗菌剤となることが記載されているのであるから、相違点(1)は実質的なものではなく、刊行物1の発明には無機塗料に「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」を含有させることが記載されているとした決定の判断に誤りはない。 (2) 相違点(2)について ア 原告は、刊行物1の発明に係る組成物にも「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」が存在するとの決定の認定が誤りであると主張するが、刊行物1の発明に係る組成物には、酸化チタン等が存在し、これが、本件発明1でいう「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」に相当することは上述したとおりであるから、決定の認定に誤りはない。 イ そもそも、本件発明1の特許請求の範囲に記載されている「抗菌性」なる記載は用途発明の要件を満たすものではなく、また、本件発明1の特許請求の範囲には抗菌性の程度については何ら記載されていない。そして、原告も認めるように、本件特許明細書においても、抗菌性の程度はなんら特定されていないのである。 そうすると、本件発明1は特定の限定的な抗菌性を要件とするものではなく、抗菌性が存在すれば、その程度が仮にわずかであっても、本件発明1に該当するということを意味しているものと解される。 したがって、相違点(1)におけるのと同様の理由により、相違点(2)に関する原告の主張も理由がない。 ウ 本件明細書においては、例えば実施例1について、酸化チタンが無機塗料に配合されて抗菌性無機塗料が製造され、塗膜を形成すると、この塗膜が抗菌性を有するものであるとされているところ、刊行物1においても、同様に、無機塗料中に酸化チタン粒子等が配合されて、塗膜が形成される。そして、「刊行物1の組成物」と「本件塗料」とにおける成分と組成は一致しているのであり、本件発明1に係る無機塗料の抗菌性は、酸化チタン等の「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」の配合によって得られる性質である。 そうすると、本件発明1の抗菌性無機塗料と、刊行物1の酸化チタン等を配合した無機塗料は、塗料を構成する成分と組成、及び、塗料という用途において何ら異なるところがないのであるから、本件発明1の無機塗料に抗菌性が付与されるならば、刊行物1のものにも当然に同じ性質が付与され、「抗菌性無機塗料」となるはずである。 エ したがって、決定が、刊行物1記載のコーティング用組成物は、抗菌性無機塗料といいうるものであって、相違点(2)は実質的相違点ではない、とした点に誤りはない。 2 本件発明2についての取消事由に対して 本件発明1についてと同様の理由により、決定の認定、判断に誤りはない。 3 本件発明5についての取消事由(容易性の判断の誤り)に対して 決定が示した3つの根拠はいずれも正当なものであり、したがって、本件発明5を刊行物1、2より容易に発明することができたと認定したのは正当である。 4 本件発明6についての取消事由(容易性の判断の誤り・取消事由4)に対して 原告は、本件発明5に関する認定・判断が誤りである以上、本件発明6の認定、 判断も誤りであると主張している。 しかし、本件発明5に関する認定・判断に誤りはなく、したがって、本件発明6に関する認定・判断にも誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明1について (1) 争点 本件発明1に係る「抗菌性無機塗料」が本件特許請求の範囲の請求項1に記載された組成からなる無機塗料(以下、抗菌剤が配合される以前のこの無機塗料を決定に倣って「本件塗料」という。)と「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」とを含有するものであること、本件塗料と「刊行物1の組成物」(決定書4頁34行〜5頁14行、5頁29行〜39行。刊行物1において、酸化チタン等の充填剤を添加する前のコーティング用組成物を指す。)とは一致していること、刊行物1には、刊行物1の組成物に酸化チタン等の充填剤を添加することが記載されていること、以上の点は、当事者間に争いがない。 決定は、本件発明1と刊行物1の組成物に酸化チタン等を添加したコーティング用組成物の発明(以下「刊行物1の発明」ということがある。)とを対比し、両者は、 (1)本件発明1には「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」が含有されているのに対し、刊行物1の発明においてはこの含有に関する特定がなされていない点、 (2)本件発明1の無機塗料は、抗菌性であるが、刊行物1の発明には、この性質の特定がなされていない点、 において一応相違すると認定した上(決定書6頁17行〜23行)、上記(1)及び(2)の各相違点はいずれも実質的なものではないと判断した。 原告が争うのは、上記各相違点は実質的なものではないとした決定の判断であり、争点は、(1)「刊行物1の発明」に係るコーティング用組成物(無機塗料)において、添加された酸化チタンは「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」といえるか、(2)「刊行物1の発明」に係るコーティング用組成物が「抗菌性」という性質を有するか、という2点にある(なお、原告は、刊行物1の組成物に充填剤を添加したものは本件発明が対象とする「塗料」でない旨の主張もしているが、充填剤を添加したコーティング用組成物が「塗料」に当たることは明らかである。以下ではこのことを前提に判断する。)。 (2)「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」(相違点(1))について ア 甲第2号証(本件特許公報)によれば、本件明細書には、「近年、多種多様な材料に塗料を用いる必要性から、長期間使用しても抗菌性能を持続し、且つ、クラックがない、200℃以下の温度で焼き付けができる塗料が求められている。本発明は上述の事実に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、長期間抗菌性能を持続し、200℃で焼き付けでき、且つ、柔軟性を有する抗菌性無機塗料を提供することにある。」(3欄40行〜49行)と、本件発明の目的が記載され、「以下、本発明を詳細に説明する。本発明の抗菌性無機塗料は、無機塗料に抗菌剤を含有する。」(4欄50行〜5欄1行)との記載があり、これに続けて、 上記無機塗料の説明があること(5欄2行〜7欄18行)、さらに、抗菌剤及び抗菌性に関連する説明として、以下の@ないしLの各記載があること(7欄18行〜11欄39行)が認められる。 記載@:「次に、本発明の抗菌性無機塗料に含有する抗菌剤について説明する。 上記抗菌剤は、光触媒機能を有する成分を含有するものである。上記抗菌剤に含有する光触媒機能を有する成分としては、例えば、酸化チタン、・・・及び、これらの単独、または、2種以上の混合物が挙げられる。上記光触媒機能を有する成分は、無機塗料の機能、耐候性を損なわない範囲で無機塗料中に混入させる。」(【0019】7欄18行〜30行) 記載A:「さらに、抗菌性無機塗料は、抗菌剤を上記光触媒機能を有する成分に金属を担持した状態で含有してもよい。上記金属としては、・・・が挙げられる。 光触媒機能を有する成分に金属を担持した場合、電荷分離が推進され、光触媒の触媒が活性化されるため、抗菌性が向上し好ましい。担持した金属が抗菌性を有するものであれば、より抗菌性が向上し好ましい。」(【0020】7欄31〜40行) 記載B:「さらに、抗菌性無機塗料は、抗菌剤として、光触媒機能を有する酸化物を層間に挿入した粘土鉱物を含有してもよい。・・・。上記粘土鉱物に挿入される酸化物は、酸化チタン、・・・等の1種以上が挙げられる。粘土鉱物の層間に酸化物を挿入すると、酸化物は微粒子に保持され、高い光触媒活性を示し、抗菌性が向上する。さらに、層間に挿入した光触媒機能を有する酸化物に金属を担持してもよい。・・・。光触媒機能を有する酸化物に金属を担持した場合、電荷分離が推進され、光触媒の触媒が活性化されるため、抗菌性が向上し好ましい。担持した金属が抗菌性を有するものであれば、より抗菌性が向上し好ましい。」(【0021】7欄41行〜8欄12行) 記載C:「抗菌性無機塗料を作製する場合、上記光触媒機能を有する成分、及び、酸化物を含有した抗菌剤は、光触媒機能を有する成分、及び、酸化物を溶媒に分散した状態や粉末の状態で用いられる。上記粉末は、加熱乾燥、凍結乾燥、超臨界乾燥等の乾燥によって、得られる。」(【0022】8欄13行〜16行) 記載D:「・・・抗菌剤の種類や含有方法によっては、塗膜にした場合に無機塗料中のシリコーン成分が抗菌剤成分を包み込み、抗菌性を十分発揮できないことがあるので、・・・・酸又はアルカリで塗膜の表面を処理すると、上記シリコーン成分が溶出し、抗菌剤が表面に露出するので、抗菌性が向上する。」(【0024】8欄23行〜31行) 記載E:「実施例1 参考例5の抗菌剤5部に代えて、酸化チタン粉末(日本アエロジル株式会社製:商品名P-25)を20部用いた以外は参考例5と同様にして抗菌性無機塗料を得た。」(【0035】9欄50行〜10欄6行) 記載F:「実施例2 抗菌剤として、銀を担持した酸化チタン粉末を次のようにして作成した。」(【0036】10欄7行〜9行) 記載G:「この調整した液に、上記銀を担持した酸化チタン粉末を20部添加し、抗菌性無機塗料を得た。」(【0037】10欄20行〜22行) 記載H:「実施例3 抗菌剤を次のようにして作成した。・・・粘度層間にチタニアを挿入した。(・・・このチタニアを挿入したものをPILCと記す。)このPILCを・・・、PILCの乾燥粉末を得た。」(【0038】10欄25行〜36行) 記載I:「この調整した液に、上記PILCの乾燥粉末を20部添加し、抗菌性無機塗料を得た。」(【0039】10欄41行〜43行) 記載J:「実施例4 抗菌剤を次のようにして作成した。・・・銀を担持したPILCの乾燥粉末を得た。」(【0040】10欄46行〜11欄10行) 記載K:「この調整した液に、上記銀を担持したPILCの乾燥粉末を20部添加し、抗菌性無機塗料を得た。」(【0041】11欄15行〜17行) 記載L:「上記実施例1〜4、及び比較例1、参考例1〜5のアルミナ基板に塗布した塗膜の抗菌性の評価を行った。・・・結果は表1のとおり、実施例はいずれも抗菌効果が良好であった。特に、粘土層間にチタニアを挿入したものは抗菌効果が高かった。」(【0043】11欄31行〜39行) イ 本件明細書の上記各記載を検討すると、本件明細書においては、一貫して、酸化チタンが「光触媒機能を有する成分」の代表例として、計20種の例示物質の筆頭に挙げられており、また、実施例の「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」は、酸化チタン粉末(実施例1)、銀を担持した酸化チタン粉末(実施例2)、粘土層間にチタニア(二酸化チタン)を挿入したもの(PILC)の粉末(実施例3)、銀を担持したPILC(実施例4)であって、いずれも抗菌剤としての機能を発現する「光触媒機能を有する成分」が酸化チタンであるものである。 そうすると、刊行物1の発明に係るコーティング用組成物、すなわち刊行物1の組成物に酸化チタンを添加したものは、客観的にみると、まさしく、本件塗料と同じ成分・組成からなる無機塗料に「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」を配合したものであるといわざるを得ない。決定がこれと同旨の認定に立って、相違点(1)は実質的なものでない、と判断したことに誤りは認められない。 ウ 原告は、光触媒機能と抗菌機能とは異なる機能であるから、「抗菌剤」といえるためには、光触媒機能を有する成分であるというだけでは足りず、無機塗料中に存在する状態で実用レベルで抗菌性を発揮し得ることが必要であるのに、決定は、「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」とは、「光触媒機能を有する成分」それ自体でありうるものと認められ、と判断し、抗菌剤と光触媒機能を有する成分とが同義であるとする誤りを冒していると主張する。 しかし、原告の上記主張は、以下の理由により、採用することができない。 (ア) 甲第2号証から明らかなとおり、本件明細書においては、「抗菌剤」の語が何らの定義なしに用いられており、本件発明の「抗菌剤」に要求される抗菌性のレベルについても何ら言及されていなし、特定の条件や数値的限定は付されていない。 (イ) そこで、本件発明にいう「抗菌剤」とはいかなるものかを本件明細書の記載を手掛かりに検討すると、本件明細書には「光触媒機能を有する成分に金属を担持した場合・・・光触媒の触媒が活性化されるため、抗菌性が向上し好ましい。」(記載A及びB)、「抗菌剤として、光触媒機能を有する酸化物を層間に挿入した粘度鉱物を含有してもよい。・・・上記粘度鉱物に挿入される酸化物は、・・・微粒子に保持され、高い光触媒活性を示し、抗菌性が向上する。」(記載B)として、抗菌性が光触媒活性との関連で説明されている。 また、「次に、本発明の抗菌性無機塗料に含有する抗菌剤について説明する。上記抗菌剤は、光触媒機能を有する成分を含有するものである。上記抗菌剤に含有する光触媒機能を有する成分としては、例えば、酸化チタン・・・が挙げられる。上記光触媒機能を有する成分は、無機塗料の機能、耐候性を損なわない範囲で無機塗料中に混入させる。」(記載@)として、光触媒機能を有する成分を無機塗料に混入したものが、そのまま抗菌性無機塗料となることを示す記載がある。同様に、 「抗菌性無機塗料を作製する場合、上記光触媒機能を有する成分・・・を含有した抗菌剤は、光触媒機能を有する成分・・・を溶媒に分散した状態や粉末の状態で用いられる。」との記載(記載C)及び「参考例5の抗菌剤5部に代えて、酸化チタン粉末(日本アエロジル株式会社製:商品名P-25)を20部用いた以外は参考例5と同様にして抗菌性無機塗料を得た。」(記載E)も、光触媒機能を有する成分として例示された酸化チタン等を溶媒に分散したものや粉末状としたものは、それ自体が無機塗料に抗菌性を与える「抗菌剤」たり得ることを所与の前提とする説明であると認められる。 (ウ) 以上のことからすると、本件明細書において、「抗菌剤」とは「光触媒機能を有する成分」によって抗菌性を発現させるものであるとされ、また、酸化チタン等は、「光触媒機能を有する成分」であって、無機塗料に抗菌性を与える成分であることが説明されているということができる。そして、本件明細書が、 「抗菌剤」の成分として使用される酸化チタン等の結晶型、形状、粒子径等その他の条件(原告の主張によれば、これらは実用レベルでの抗菌性を発揮できるかどうかを左右する条件であるとされる。)を一切特定することなく、光触媒機能を有する成分として酸化チタンを筆頭とする20種の化合物名を挙げ、「光触媒機能を有する成分」を含有するものを「抗菌剤」と称し、光触媒機能を有する成分に金属を担持させあるいは光触媒機能を有する酸化物を粘度層間に挿入することによって抗菌性が向上することをうたっている以上、本件発明にいう「抗菌剤」とは、本件明細書に開示された上記のような内容のものとして理解するほかなく、換言すれば、 本件明細書は、「酸化チタン等の光触媒機能を有する成分」を含有しているものそれ自体を「抗菌剤」として扱っていると解するのが相当である。 エ 原告は、酸化チタン等の本件明細書等に挙げられた光触媒機能を有する物質であっても、塗料中に存在する状態で光触媒機能による抗菌性を発揮し得ず、 あるいは抗菌性があってもそのレベルが実用レベルに達しないものは、本件発明にいう「抗菌剤」ではないと主張する。 しかし、本件明細書中に抗菌性のレベルを特定する記載が存在しないことは前示のとおりであるから、本件発明における「抗菌剤」につき、抗菌性に特定のレベルが要求されていると解することはできず、およそ何らかの程度の抗菌機能を発現し得るものであれば、これを「抗菌剤」と認めることに妨げはないというべきである。一定レベル以上の抗菌性のないものは「抗菌剤」ではないという原告の主張は、明細書の記載に基づかないものであって、採用することができない。 オ 原告は、刊行物1の発明において充填剤として使用される酸化チタンは、そもそも光触媒機能を有するかどうかすら不明であり、仮に物質自体に光触媒機能があるとしても無機塗料中に存在する状態で光触媒機能を発揮することができないと考えられるから、「光触媒機能を有する成分」を含有する抗菌剤たり得ないと主張する。 しかし、酸化チタンに光触媒機能があることは本件特許出願当時、当業者に周知の事項であり、このことは、例えば「酸化チタン 物性と応用技術」(技報堂出版1991年発行、乙第5号証)に、「塗膜の暴露による劣化は、・・・酸化チタンの光触媒反応による樹脂分解の寄与が大きい。従って、塗膜劣化速度は触媒反応の面積すなわち酸化チタン粒子の大きさと酸化チタンの光触媒反応性の強弱に直接影響される。・・・このような理由から、耐候性酸化チタン顔料は光触媒活性を抑制するために多くの方法が考案・実用化されている。・・・工業製品の酸化チタン顔料には、アナターゼとルチルの2種類の結晶形があり、アナターゼの方が光化学活性が強く、・・・表面処理したアナターゼでも表面処理のないルチルより耐候性が劣るのが通常である。」(乙第5号証177頁)と記載されていることからも明らかである。上に引用した記載は、また、酸化チタンが、結晶形、大きさ等によって程度に差はあるものの、塗膜中に存在する状態でも光触媒機能を発揮することを示している。さらに、酸化チタンの1種であるチタニアについては、「チタニアの光エネルギー変換作用」セラミックス21(1986)No.4(乙第1号証)に、 「6.チタニア光触媒の応用例 以上に説明してきたようにチタニア光触媒は他の光触媒に比べてその強い酸化力に大きな特徴がある。・・・このような高い反応性を利用した幾つかの光触媒の応用が考えられ研究されている。」(同330頁右欄下から10行〜末行)として、チタニアが光触媒機能を持つ代表的物質として説明されている。 したがって、刊行物1に記載された酸化チタンが光触媒機能を有しないとする原告の主張は採用することができない。 なお、原告は、塗料中に添加される酸化チタンは光触媒作用を防止するために表面処理をされているのが普通であるから、刊行物1に記載された酸化チタンも表面処理によって光触媒機能を発揮し得ないと主張するが、刊行物1には酸化チタンが表面処理されたものであることを示す記載は存在せず、本件全証拠によっても刊行物1に記載された酸化チタンは当然表面処理されていると当業者が理解すると認めるに足る事情は認められないから、原告の上記主張は、採用することができない。 カ 原告は、刊行物1に記載された酸化チタンは、粒径が0.5μm程度以上の粒子であると推測され、その粒径から判断して、光触媒作用による抗菌機能を発揮し得ないものであるから、「抗菌剤」ではないと主張する。 本件発明に関しては、無機塗料中に配合された「光触媒機能を有する成分」を、 そのまま本件発明にいう「抗菌剤」と解すべきことは既に判断したとおりであるが、原告の上記主張にかんがみ、念のため、刊行物1に記載されている粒径0.5μm程度の酸化チタン及びその抗菌性について検討する。 (ア) 刊行物1には、「これらの充填剤の平均粒径又は平均長さは、通常、0.05〜50μm、好ましくは0.1〜5μmであり」(甲第3号証5頁右上欄1行〜3行)と記載されていることから、刊行物1において充填剤として使用される酸化チタンは、粒径が上記数値範囲のものと考えることができる(逆にいえば0.5μm以上の粒径に限られている訳ではない。)。 一方、乙第1号証(「チタニアの光エネルギー変換作用」セラミックス 21(1986)NO.4)には、「チタニア微粒子としては通常は・・・粒径0.5μm程度のチタニア粒子がよく用いられる。」(乙第1号証329頁左欄13行〜17行、なお、チタニアが二酸化チタンであることは332頁右欄1行〜3行)、 「6.2 排水処理,殺菌,匂い消し ・・・チタニア光触媒の酸化力は非常に強いため水中に存在する菌を殺すこともできる。」(321頁右欄4行〜18行)と記載されており、刊行物1において好ましいとされた粒径範囲に含まれる粒径のチタニア粒子に抗菌作用があることが示されている。 (イ) 原告は、実験(甲第7号証)によれば、@粒径0.5μmの酸化チタン分散液に菌液を添加したもの(1m当たり菌数約106個)に紫外線を30分照射した後の菌の個数(標準寒天培地を用いた混釈平板培養法・35℃2日間培養により菌数を測定)を調べた実験(表2)、A本件特許の実施例1の組成物に粒径0.5μm酸化チタン粉末を添加して作製した無機塗料の塗膜表面に菌液を接種したサンプルに、紫外線を照射しながら35℃の条件で24時間静置して後の菌の個数を調べた実験(表3)のいずれにおいても、菌の個数は初期の個数とほぼ同じか増加しており、粒径0.5μm程度の酸化チタンに抗菌性はないと主張するが、実験条件の下での菌の増殖の可能性をも考慮するときには、甲第7号証の実験結果は、原告の主張とは反対に、酸化チタンには、程度はともあれ、何らかの抗菌性があることを示しているということができる。特に、表2において、酸化チタンの添加量の多寡によって紫外線照射後の菌の個数に差異が生じていることは、酸化チタンが塗料中に存在する状態で抗菌機能を相当程度発揮していることを示すものと評価することができる。 キ 以上のとおりであるから、刊行物1において充填剤として添加される酸化チタンは、「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」と認められるものである。決定における相違点(1)の判断が誤っている旨の原告の主張は理由がない。 (3)「抗菌性無機塗料」(相違点(2))について ア 本件明細書は、「本発明の抗菌性無機塗料は、無機塗料に抗菌剤を含有する。」(甲第2号証4欄50行〜5欄1行)、「本発明の抗菌性無機塗料に含有する抗菌剤について説明する。」(記載@)と記載しており、これらの記載によれば、本件発明1の「抗菌性無機塗料」とは、無機塗料に「抗菌剤」を含有させたものを指し、その抗菌性は「光触媒機能を有する成分を含有する抗菌剤」の存在によって達成される性質であると認められる。そして、刊行物1の組成物に充填剤として添加される酸化チタン(光触媒機能を有する成分)が「抗菌剤」といえるものであることは既に認定したとおりである。 してみると、刊行物1の組成物に「抗菌剤」(酸化チタン)を添加してなるコーティング用組成物(塗料)は、本件発明1にいう「抗菌性無機塗料」であるというべきである。これと同旨の決定の判断に誤りはない。 イ 原告は、抗菌性無機塗料というためには、無機塗料に実用レベルでの抗菌性があることが必要であるところ、原告の実験結果(甲第7号証)によれば、刊行物1の組成物に充填剤として酸化チタンを添加したものは、実用レベルの抗菌性がないから、「抗菌性無機塗料」ではないと主張する。 しかし、本件明細書には原告の主張する「実用レベル」の抗菌性はもとより、抗菌性の程度について言及した記載もないことは前記(2)ウ(ア)のとおりであるから、本件発明が無機塗料に関して、原告の主張するような「実用レベル」の抗菌性があることを要求していると解することはできない。また、刊行物1の組成物に充填剤として酸化チタンを添加したものに抗菌性能があると認められることは、前記(2)オ(イ)のとおりである。原告の主張は採用することができない。 (4) まとめ よって、本件発明1について、原告主張の取消事由は理由がない。 2 本件発明2について 本件発明2は、本件発明1における「抗菌剤」に含有する「光触媒機能を有する成分」を酸化チタン等の計20種の化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種に特定したものであるが、この特定された成分が、刊行物1の発明における「酸化チタン」等と一致していることは、前示のとおりであるから、本件発明1について認定したのと同じ理由により、本件発明2は、刊行物1の発明と一致すると認められる。 したがって、本件発明2について、原告主張の取消事由は理由がない。 3 本件発明5について (1)本件発明5は、請求項1ないし4のいずれかに記載の抗菌性無機塗料において、「光触媒機能を有する成分、又は、酸化物に金属が担持されていることを特徴とする」ものであり、本件発明1と同様に、刊行物1の組成物(本件塗料)を成分とする無機塗料である点において、刊行物1の発明と一致していると認められる。両者の相違点は、前者が「金属を担持した光触媒機能を有する成分」を含有する「抗菌性」のものであるのに対し、刊行物1の発明では、この点の特定がなされていない点にある。そこで、この相違点に係る構成が当業者の容易に想到し得たことかどうかを以下に検討する。 (2)証拠(括弧内に挙示)によれば、次の事実が認められる。 ア 刊行物1(甲第3号証)には、「なお、本発明の組成物には、必要に応じて前述のようにその他の充填剤を添加することも可能である。」(甲第3号証5頁左上欄4行〜6行)、「なお、必要に応じて使用されるその他の充填剤の選択は、得られる塗膜の目的によって、例えば下記選択に基づいて行う。@防蝕膜を作るための充填剤としては、・・・Gその他、各種充填剤の持つ特性を活かした塗膜を作るためには、前記例示の充填剤を2種以上を併用することができる。」(同5頁右上欄17行〜右下欄6行)として、塗料に添加する充填剤の選択により、各種の性質を塗膜に付与することが記載されている。 イ 「機能性”塗料”こんなペンキもある」工業調査会1985年10月5日2版発行(乙第2号証)207頁及び209頁には、殺菌剤、殺虫剤を含有した耐生物塗料(防カビ塗料、殺虫塗料)についての記載があり、特開昭60-250066号公報(乙第6号証)、特開平2-251585号公報(乙第7号証)及び特開平3-122162号公報(乙第8号証)には、珪素系の塗料に殺菌成分を配合して抗菌性塗料とすることが記載されている。 これらの文献によれば、珪素系の、いわゆる無機塗料に、各種殺菌成分を配合して、抗菌性無機塗料とすることは、周知の事項であったと認められる。 ウ 特開平6-65012号公報(刊行物2・甲第4号証)には、「銀、 銅、亜鉛、白金の内から選ばれた少なくとも一種の金属イオンを含有した酸化チタン」(請求項1)の膜により、「金属イオンの作用に加えて、太陽光や電灯などの光を受けて酸化チタン膜に電子や正孔が生成して酸化還元を行うことにより、溶液中あるいは膜上の雑菌及びカビの繁殖を効果的に防止でき」ること(3欄21行〜25行)が記載されている。 エ 特開平2-225402号公報(乙第3号証)には、「抗菌作用を有する金属が、酸化チタン微粒子の表面に付着せしめられていることを特徴とする抗菌性組成物」(特許請求の範囲)が記載され、この組成物が「ペイント等の製造に際して添加され、これらの製品に抗菌性をもたらすために利用される」(1頁右欄6行〜8行)ことが示されている。 オ 特開平3-52804号公報(乙第4号証)には、「酸化チタン中のイオン交換可能なイオンの一部又は全部を抗菌性金属イオンで置換した抗菌性酸化チタン」(特許請求の範囲)の発明が記載されており、抗菌性金属イオンの例として、銀、銅、亜鉛等が挙げられ(2頁左下欄5行〜8行)、抗菌性酸化チタンは微粒子(粉体)で用いることが記載されている(3頁左下欄9、10行)。 (3) 上記各文献に記載されたところによれば、塗料に添加する充填剤の選択により、各種の性質を塗料に付与することは当業者に周知の事項であったと認められ(このこと自体は原告も特段争っていない。)、また、塗料に抗菌性を有する物質を配合して抗菌性塗料とすることも、周知であったと認められる。そして、刊行物2に記載された「金属イオンを含有した酸化チタン」が「金属を担持した光触媒」物質であることは明らかであるところ、同刊行物には、金属を担持した酸化チタンに雑菌及びカビの繁殖を防止する機能があることが記載されているのであるから、刊行物1の組成物に、刊行物2の酸化チタン(金属を担持した光触媒物質)を配合して「抗菌性塗料」とすることは、当業者が容易になし得たことであると認められる。 なお、原告は、刊行物2に記載されているものは、酸化チタンの「層」であって「粒子」ではないから、同刊行物の酸化チタンを塗料に配合することは当業者の想到し得ないことであると主張するが、層状か粒子状かで酸化チタンの持つ光触媒機能に本質的な相違があるわけではなく、また、粒子状の抗菌性酸化チタンも本件特許出願以前から知られていたところであると認められるから(上記エ、オ)、刊行物2の「金属を担持した酸化チタン」を粒子状のものとして刊行物1の組成物に配合し抗菌性無機塗料とすることに格別の困難があるとは認められない。この点に関する原告の主張は採用することができない。 (4) 以上のとおり、本件発明5は、刊行物1、刊行物2及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。 したがって、本件発明5についての原告主張の取消事由は理由がない。 4 本件発明6について 本件発明6は、本件発明5の「光触媒機能を有する成分、又は、酸化物に金属が担持されている」という構成における「金属」を特定したものであるところ、当該金属のうち、「銀、銅、亜鉛、白金」は、刊行物2の酸化チタンが担持している「銀、銅、亜鉛、白金」と一致しているものと認められる。 したがって、本件発明6は、本件発明5について判断したのと同じ理由により、 刊行物1、刊行物2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。 したがって、本件発明6についての原告主張の取消事由は理由がない。 5 結論 以上のとおり、原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく、その他、決定に取り消すべき違法は認められない。よって、原告を請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 古城春実 |