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関連審決 異議1999-70249
関連ワード 技術的思想 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  上位概念 /  発明の詳細な説明 /  発明の概要 /  明細書の記載要件 /  当業者に自明な事項 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  同意 /  設定登録 /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 446号 特許取消決定取消請求事件
原告 セイコーエプソン株式会社
訴訟代理人弁理士 下出隆史
同 五十嵐孝雄
同 市川浩
同 加藤光宏
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 鈴野幹夫
同 徳永民雄
同 小林信雄
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/07/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第70249号事件について平成11年11月15日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「コンピュータ」とする特許第2779813号の特許(昭和63年9月6日に特許出願,平成10年5月15日に特許権設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし5のすべてにつき,平成11年1月25日特許異議の申立て(2件)があり,特許庁は,これを,平成11年異議第70249号事件(以下「本件異議事件」という。)として審理した。原告は,上記事件の審理の過程で,平成11年7月13日に,本件特許の願書に添付した明細書(以下,同願書に添付した図面も含めて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は,上記審理の結果,平成11年11月15日に,「特許第2779813号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年12月6日にその謄本を原告に送達した。
2 本件特許の特許請求の範囲 (1) 本件訂正前 【請求項1】 「 実行中の処理を中断し,その後,中断した時点から再開可能なコンピューターであって, コンピュータの電源に対するオフ要求を検出する退避処理開始検出手段と, 該退避処理開始検出手段が前記電源のオフ要求を検出したとき,前記コンピューターの処理を中断し,該コンピューターの処理の続行に必要なシステム状態として,少なくともメインメモリの内容,CPUのステータスおよび入出力部の設定を,バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力するシステム状態退避手段と, 前記システム状態退避手段によるシステム状態の外部記憶装置への出力が終了した後に,前記メインメモリ,前記CPUおよび前記入出力部を含むコンピュータ内部の前記電源をオフする退避後処理手段と, 電源がオンされたとき,前記電源のオフ時に実行されていた処理を継続可能かを判断する回復処理開始手段と, 該回復処理開始手段により回復処理が可能と判断された時には,前記外部記憶装置に記憶されたシステム状態を,前記CPUにより読み出すと共に,少なくとも前記メインメモリおよび前記入出力部の状態を,該読み出したシステム状態を用いて回復するシステム状態回復手段と, 前記システム状態回復手段によりシステムの状態が回復された後に,前記CPUの内部状態を,前記中断された状態に戻すと共に,前記CPUによるプログラムの制御を,前記中断時に最後に実行された命令の直後に渡し,前記処理を継続する回復後処理手段と からなることを特徴としたコンピューター。」(以下「本件発明1」という。) 【請求項2】 「 請求項1記載のコンピュータであって, 前記退避処理開始検出手段は,使用者により操作可能なスイッチの操作状態が所定の状態となったとき,前記CPUに対して割り込み信号を出力する割込信号出力手段と, 該割込手段を受け取った前記CPUは,該割込信号をもってコンピュータの電源に対するオフ要求と判断する判断手段と からなるコンピューター。」(以下「本件発明2」という。) 【請求項3】 「 請求項1記載のコンピューターであって, 使用者により操作可能なスイッチを設けると共に, 前記退避処理開始手段は, 少なくとも文字が入力可能なキーを備えたキーボードと, 該キーボードの操作状態を判定するキー判定手段と, 該キー判定手段による処理において,前記スイッチの操作状態を判断するスイッチ判断手段と, 該スイッチの操作状態が所定の状態となったと判断されたとき,コンピューターの電源に対するオフ要求と判断する判断手段と を備えたコンピューター。」(以下「本件発明3」という。) 【請求項4】 「 請求項1記載のコンピューターであって, 少なくとも文字が入力可能なキーを備えたキーボードを備え, 前記退避処理開始検出手段は, 前記キーボードからの入力を受け付けるキー入力手段と, 該キー入力手段により受け付けられキーボードからの入力が所定の入力であるとき,コンピューターの電源に対するオフ要求と判断する判断手段と を備えたコンピューター。」(以下「本件発明4」という。) 【請求項5】 「 請求項1記載のコンピューターであって, 装置全体に電源を供給するバッテリを備え,更に, 前記退避処理開始検出手段は, 前記バッテリによる電源電圧を検出する電源電圧検出手段と, 該検出された電源電圧が所定値以下となったとき,コンピューターの電源に対するオフ要求と判断する判断手段と を備えたコンピューター」(以下「本件発明5」といい,本件発明1ないし5を一括して「本件発明」という。) (2) 本件訂正後(下線部が訂正に係る個所である。) 【請求項1】 「 実行中の処理を中断し,その後,中断した時点から再開可能なコンピューターであって, コンピューターの電源に対するオフ要求を検出する退避処理開始検出手段と, 該退避処理開始検出手段が前記電源のオフ要求を検出したとき,前記コンピューターの処理を中断し,該コンピューターの処理の続行に必要なシステム状態として,少なくともメインメモリの内容,CPUのステータスおよび電源がオフされた 場合 には 状態 が保持 されない 入出力部 の設定並 びに 退避 を制御 するための 付加情報 を,バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力するシステム状態退避手段と, 前記システム状態退避手段によるシステム状態の外部記憶装置への出力が終了した後に,前記メインメモリ,前記CPUおよび前記入出力部を含むコンピュータ内部の前記電源をオフする退避後処理手段と, 電源がオンされたとき,前記電源のオフ時に実行されていた処理を継続可能かを判断する回復処理開始手段と, 該回復処理開始手段により回復処理が可能と判断された時には,前記外部記憶装置に記憶されたシステム状態を,前記CPUにより読み出すと共に,少なくとも前記メインメモリおよび前記入出力部の状態を,該読み出したシステム状態を用いて回復するシステム状態回復手段と, 前記システム状態回復手段によりシステムの状態が回復された後に,前記CPUの内部状態を,前記中断された状態に戻すと共に,前記CPUによるプログラムの制御を,前記中断時に最後に実行された命令の直後に渡し,前記処理を継続する回復後処理手段と からなることを特徴としたコンピューター。」(以下「訂正発明1」という。) 【請求項2】 「 請求項1記載のコンピュータであって, 前記退避処理開始検出手段は,使用者により操作可能なスイッチの操作状態が所定の状態となったとき,前記CPUに対して割り込み信号を出力する割込信号出力手段と, 該割込手段を受け取った前記CPUは,該割込信号をもってコンピュータの電源に対するオフ要求と判断する判断手段と からなるコンピューター。」(以下「訂正発明2」という。) 【請求項3】 「 請求項1記載のコンピューターであって, 使用者により操作可能なスイッチを設けると共に, 前記退避処理開始手段は, 少なくとも文字が入力可能なキーを備えたキーボードと, 該キーボードの操作状態を判定するキー判定手段と, 該キー判定手段による処理において,前記スイッチの操作状態を判断するスイッチ判断手段と, 該スイッチの操作状態が所定の状態となったと判断されたとき,コンピューターの電源に対するオフ要求と判断する判断手段と を備えたコンピューター。」(以下「訂正発明3」という。) 【請求項4】 「 請求項1記載のコンピューターであって, 少なくとも文字が入力可能なキーを備えたキーボードを備え, 前記退避処理開始検出手段は, 前記キーボードからの入力を受け付けるキー入力手段と, 該キー入力手段により受け付けられキーボードからの入力が所定の入力であるとき,コンピューターの電源に対するオフ要求と判断する判断手段と を備えたコンピューター。」(以下「訂正発明4」という。) 【請求項5】 「 請求項1記載のコンピューターであって, 装置全体に電源を供給するバッテリを備え,更に, 前記退避処理開始検出手段は, 前記バッテリによる電源電圧を検出する電源電圧検出手段と, 該検出された電源電圧が所定値以下となったとき,コンピューターの電源に対するオフ要求と判断する判断手段と を備えたコンピューター」(以下「訂正発明5」といい,訂正発明1ないし5を一括して「訂正発明」という。) 3 決定の理由の要点 別紙決定書の理由の写し記載のとおり,@訂正発明1の特許請求の範囲に記載された「退避を制御するための付加情報」が,どのようなものであり,どこに保持されるものであるかが不明瞭であるから,特許請求の範囲に,訂正発明1の構成に欠くことができない事項が記載されているとは認められず,かつ,発明の詳細な説明に,訂正発明1を当業者が容易に実施することができる程度に発明の構成が記載されているものとは認められず,請求項1を引用する発明である訂正発明2ないし5についても同様であるから,訂正発明1ないし5は,平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項ないし5項(以下,同条項については,単に「特許法36条3項ないし5項」という。)の規定に反するものであって,特許を受けることはできず,本件訂正は認められない,A本件発明1,2は,特開昭62-169218号公報(以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)及び特開昭62-208151号公報(以下「刊行物2」という。)記載の発明(以下「引用発明2」という。)に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明3ないし5は,引用発明1,2及び周知技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し特許を受けることができないものであって,本件特許は,請求項1ないし5のすべてについて取り消されるべきである,と認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「T.手続きの経緯」(決定書2頁1行〜9行)は,認める。「U.訂正の請求について」中,「1.訂正請求書の補正」は,2頁10行ないし6頁16行は認め,6頁17行ないし7頁6行は争う。「2.訂正の内容」(7頁7行〜14頁4行)及び「3.訂正の目的の適否,新規事項の有無及び拡張変更の存否」(14頁5行〜末行)は認める。「4.独立特許要件の判断」(15頁1行〜16頁3行)及び「5.むすび」(16行4行〜11行)は争う。
「V.特許異議の申立てについて」中,「1.本件発明」(16頁13行〜20頁下から4行)は認める。「2.特許法第29条第2項違反について」のうち,「(1)刊行物の記載」(20頁下から3行〜33頁5行)は認め,「(2)対比・判断」(33頁6行〜43頁12行)は,本件各請求項についての記載を除き,争う。「3.むすび」(43頁13行〜44頁3行)は争う。
決定は,訂正発明1ないし5の独立特許要件について,誤って独立特許要件を具備しないものであると判断して訂正を認めず(取消事由1),本件発明1と引用発明1との一致点の認定を誤り(取消事由2),本件発明1と引用発明1との相違点についての判断を誤った(取消事由3),ものであり,これらの誤りは請求項1ないし5のすべてにつき決定の結論に影響を及ぼすものであるから,決定は,請求項1ないし5のすべてにつき違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(独立特許要件の判断の誤り) 決定は、訂正発明1の特許請求の範囲に記載された「退避を制御するための付加情報」(以下,単に「付加情報」ということがある。)について,「上記付加情報が、どのようなものであり、どこに保持されるものであるかが不明瞭である。」(決定書15頁10行〜12行)と認定判断した。しかし,この認定判断は,出願時の技術水準を見誤ったもので,誤りである。
(1) 「退避を制御するための付加情報」が「どのようなものであるか」について ア 訂正発明1の「退避を制御するための付加情報」について,訂正後の全文訂正明細書(以下「訂正明細書」という。)の〔実施例〕には,「前記ハードディスク72内にある前記システム状態記憶領域73は,前記メインメモリー74,CPUステータス75,I/Oステータス76,及び退避を制御及び完全に行うための付加的な情報を記憶するだけの容量が論理的なフォーマットを行う際に予約されており,DOS,その下で動くプログラム及びデータとは別の領域である。」(甲第3号証中の全文訂正明細書13頁10行〜15行)との記載があり,同記載によれば,「付加情報」とは,各種のデータ退避を制御しかつ完全に行うための情報であるということができる。
「付加情報」は,訂正発明1の特許請求の範囲では,「システム状態退避手段」を定義する用語の一つとして使用されており,この記載は,同情報が,バックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置にメインメモリの内容,CPUのステータス及び入出力部の設定などを出力する処理(退避処理)を制御するための情報であること,これらメインメモリの内容,CPUステータス及び入出力部の設定などの主要な情報に対して,付加的な情報であること,を明確に示している。
「付加情報」の具体例としては,ファイルシステムを用いない第1実施例(システム状態退避手段12a)では,「保存するデータの保存箇所を示すデータ(ハードデイスクのトラック番号やシリンダ番号など)」や「可変長データにおいてはデータの終了を示すエンドオブファイル(EOF)」の情報がこれに該当し,ファイルシステムを用いる第2実施例(システム状態退避手段12b)では,「ファイルアロケーションテーブル(FAT)」の情報がこれに該当する。ハードディスクにデータを保存する際に,こうした付加的な情報も保存されることは,出願時の技術水準から見て当業者には自明の事項である。EOFやFATの記載がなくとも,発明の詳細な説明の記載として不足はなく,記載不備には該当しない。
以上によれば,「退避を制御するための付加情報」との記載だけで,当業者が容易に実施できる程度に記載されていること,発明の構成に欠くことができない事項が記載されていること,という記載要件(特許法第36条3項,4項)は満されているというべきである。
イ 被告は,原告が本件訴訟において「付加情報」として主張するFATやEOFは,原告が審判段階で提出した特許異議意見書(乙第1号証)で,上記付加情報として主張した,「どのような条件で退避を行なったか」(乙第1号証6頁下から3行〜2行)「退避がどの時点でおこなわれたものであるか」(同7頁6行)という情報とは異なる,と主張する。
しかし,上記特許異議意見書で主張した情報は,「付加情報」を具体化したものである。FATは,DOSの制御において最も基本的なものであり,DOS上で動作するソフトウェアを開発する当業者には自明の事項である。DOSでは,FATとディレクトリとが一体となってディスク上のファイルの位置を管理している。ディレクトリには,ファイルが読み取り専用か,読み書き可能などの属性情報(「どのような条件で退避するか」に該当)や,ファイルが格納された日付や時間(「退避がどの時点で行なわれたものであるか」に該当)などの情報が格納される(甲第7号証)。
「付加情報」についての,原告の特許異議意見書での主張と本件訴訟における主張との間に矛盾はない。
(2) 「退避を制御するための付加情報」が「どこに保持されるものであるか」について 「付加情報」は,コンピュータ外部の記憶装置に出力する前に,コンピュータ内部で生成されるものである。
「付加情報」は,前記のとおり,当業者には自明の事項であるので,それが「どこに保持されるものであるか」まで,明細書に記載する必要はない。
「付加情報」がディレクトリやFATである場合,それらを構成する「ファイルの属性」,「変更時刻」,「クラスタ番号」などの情報は書込みの時点で生成される情報であって,ハードディスクヘの書込みに備えてメモリ上などにまとまった形で存在する情報であるとは限らない。しかし,これらの情報もCPUの処理により生成されるからにはどこかに保持されることは明らかである。
(3) まとめ 以上によれば,決定は,独立特許要件についての誤った判断に基づき,訂正請求を排斥し,これに基づき結論を導いたものであるから,取り消されるべきである。
2 取消事由2(本件発明1と引用発明1との一致点の認定の誤り) (1) 決定は,本件発明1と引用発明1とは,「実行中処理を中断し・・・少なくともCPUのステータスおよび入出力部の設定を,記憶装置に出力するシステム状態退避手段と・・・からなるコンピューター。」(決定書34頁下から5行〜36頁6行)である点で一致する,と認定した。
しかし,引用発明1は,中断したプログラムを再開することを目的とし,再開に必要な情報を,電源によるバックアップをしたメモリに保存しておくものであるのに対し,本件発明1は,中断したプログラムを再開することを目的とし,再開に必要な情報をバッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力するものである。引用発明1には,「再開に必要な情報をバッテリによるバックアップを要しないメモリに出力する」という技術的思想はなく,本件発明1とは技術的思想を異にする。
引用発明1における,表示フォント/中断RAM35へのデータの保存は,本件発明1の「バッテリによるバックアップを要しない不揮発性に外部記憶装置に出力するシステム状態退避手段」とは一致しないから,上記認定は誤りである。
(2) 本件発明2ないし5の請求項2ないし5は,すべて,請求項1に従属するものであるから,本件発明2ないし5についても,本件発明1について(1)で述べたのと同じ理由から,特許法29条2項に該当することはなく,決定は取り消されるべきである。
3 取消事由3(本件発明1と引用発明1との相違点についての判断の誤り) 決定は,引用発明1,2の認定を誤った結果,本件発明1と引用発明1との相違点についての判断を誤ったものである。
(1) 引用発明1は,中断したプログラムを再開することを目的とする点において本件発明1と共通点を有するものの,再開に必要な情報を電源によるバックアップをしたメモリに保存しておく,という技術的思想の範囲にとどまるものであって,本件発明1のように,再開に必要な情報をバッテリによるバックアップを要しないメモリに保存しておく,という技術的思想を有しない。
このことは,刊行物1(甲第5号証)において,「表示フォント/中断RAM」に代えてデイスケット駆動装置26,27(バッテリによるバックアップを要しないメモリ)を利用することが可能であることには触れられていないことからも明らかである。
決定は,刊行物2(甲第6号証)には,外部記憶装置がバッテリによるバックアップを要しない不揮発性の記憶装置であること,オフする電源にメモリの電源も含むことについて,明細書全体及び図面の記載から明らかであると認定した。
しかし,この認定は,どの文言や図示に基づいてこの認定を行っているのかの根拠を示しておらず,誤りである。
仮に,刊行物2に,電源オフ後再投入するときにオフ時の状態から継続して処理することを可能とするため,電源オフ時のメモリの内容及びCPUのレジスタの内容を,バックアップ電池を使用せずに外部記憶装置に退避して保存する構成が記載されているとしても,刊行物2には,「入出力装置の設定を保存する」という観点が欠けている。メモリの内容とCPUのレジスタの内容とを回復するだけでは,単純な計算プログラムは再開できるとしても,様々な入出力装置を用いた処理は再開できない。引用発明2においては,CPUとメモリのみで動作する処理しか再開することはできず,本件発明が目指した,コンピュータ動作の,入出力装置の再開も含めた完全な再開,という技術的思想はない。
以上によれば,引用発明1と2とを組み合わせても,本件発明1には至らないことが明らかである。本件発明1が引用発明1及び2から容易に発明をすることができたとの決定の判断は,誤りである。
(2) 本件発明の請求項2ないし5は,すべて,請求項1に従属するものである。本件発明2ないし5についても,本件発明1について(1)で述べたのと同じ理由で,特許法29条2項該当性は否定されるから,決定は取り消されるべきである。
(3) 訂正発明1におけるシステム退避手段の「電源がオフされた場合には情報が保持されない入出力部の設定並びに退避を制御するための付加情報を,バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力する。」という構成は,訂正発明1がメインメモリの内容をバッテリによって保持するものではなく,システムの電源をすべて落としてしまう構成を採用しているからである。
引用発明1は,メインメモリやフォント/中断RAMなどの電源を落とすことがないから,刊行物1には,上記付加情報を外部記憶装置に出力する構成は記載されていない。
刊行物2にも,「退避を制御するための付加情報」については,何ら記載はなく,当然に上記付加情報が外部記憶装置に記憶されているものとはならない。
したがって,訂正発明1は刊行物1及び刊行物2から当業者が容易に想到できたものとは認められない。
被告は,原告が,「退避を制御するための付加情報」は外部記憶装置に記録する情報として当業者に自明な事項であるから訂正は認められるべきであると主張しながら,「退避を制御するための付加情報」を外部記憶装置に記憶することは当業者にとって容易ではないと主張することは矛盾していると,主張する。
しかし,原告の,「退避を制御するための付加情報」は,当業者に自明な事項であるとの主張は,当業者が容易に発明実施できる程度に記載しなければならないという明細書の記載要件(特許法36条)に係る問題である。他方,「退避を制御するための付加情報」を外部記憶装置に記憶することは当業者にとって容易ではないとの主張は,コンピュータの状態情報のうちどのような情報を保存すればコンピュータの動作を再開できるか,という発明の構成要件に係る問題である。明細書の記載要件の問題と発明の構成要件の問題とは,それぞれ個別に判断されるべきものであるから,原告の主張に矛盾はない。
被告の反論の要点
決定の認定判断は,正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(独立特許要件の判断の誤り)について (1) 「退避を制御するための付加情報」が「どのようなものであるか」について ア 訂正明細書中に「退避を制御するための付加情報」に関する記載として存在するのは,「前記ハードディスク72内にある前記システム状態記憶領域73は,前記メインメモリー74,CPUステータス75,I/0ステータス76及び退避を制御及び完全に行なうための付加的な情報を記憶するだけの容量が論理的なフォーマットを行う際に予約されており,」(甲第3号証中の全文訂正明細書13頁10行〜14行)というものである。この記載から,「退避を制御するための付加情報」が,原告の主張する「EOF」や「FAT」等であることを読み取ることはできない。
イ 原告が,本件訴訟において,「退避を制御するための付加情報」として主張するEOFやFATは,原告が審判段階で特許異議意見書で「付加情報」として主張した,「どのような条件で退避を行なったか」,「退避がどの時点でおこなわれたものであるか」という情報とは異なっており,このことは,「付加情報」がどのようなものであるかが不明瞭であることを示すものである。
(2) 「退避を制御するための付加情報」が「どこに保持されるものであるか」について 「付加情報」がどのようなものであるかが不明瞭である以上,「どこに保持されるものであるか」(出力前の保持箇所)も不明瞭である。
(3) したがって,決定の独立特許要件の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)について 刊行物1(甲第5号証)には,実行中の処理を中断してシステムの現状態を保管する動作が開始されると,システムの現状態として,CPU11内のスタック・セグメント・レジスタ及びスタック・ポインタ・レジスタの内容等,キーボード制御装置17のレジスタの状態,伝送すべき情報を含むレジスタの内容等を,表示フォント/中断RAM35に保管させる旨の記載がある(決定書27頁16行〜28頁9行参照)。刊行物1の,CPU11内のスタック・セグメント・レジスタ及びスタック・ポインタ・レジスタの内容等,キーボード制御装置17のレジスタの状態,伝送すべき情報を含むレジスタの内容等は,本件発明1のCPUのステータス及び入出力部の設定に相当し,同じく,刊行物1の「表示フォント/中断RAM35」は,本件「記憶装置」に相当する。
刊行物1の,表示フォント/中断RAMに保管させるために,何らかの「制御手段」が存在することは明らかであり,この「制御手段」が各レジスタの内容(又は状態)を「表示フォント/中断RAM35に保管させる」のは,中断したプログラムを再開させるためにシステムの現状態を保管するためである。
以上によれば,刊行物1において,表示フォント/中断RAM35に保管させることは,本件発明の「システム状態退避手段」に対応するというべきであるから,決定の一致点の認定に誤りはない。
3 取消事由3(本件発明と引用発明1との相違点の判断の誤り)について (1) 引用発明1,2は,いずれも,処理中断時のシステムバックアップに関する技術であり,引用発明1における「表示フォント/中断RAM35」も同2における「外部記憶装置」も記憶装置という点では同一であるから,引用発明1,2を組み合わせることに格別な困難性は認められず,引用発明1の「フォント/中断RAM35」を同2の「外部記憶装置」に置き換えることは当業者が容易になし得たことである。相違点についての決定の判断に誤りはない。
(2) 原告は,刊行物1からは,データは何らかの電源でバックアップすることで保持するという技術的思想しか読み取れない旨主張する。
しかしながら,引用発明1におけるデータの保持は,単に電源バックアップにより保持するというものではなく,再開に必要なデータ(CPUの内部状態及び入出力部の状態など)を,電源を供給したままのメモリ(フォント/中断RAM)に退避させるものである。原告の主張は失当である。
(3) 原告は,刊行物2には「入出力装置の設定を保存する」との記載がない旨主張する。
しかし,決定が刊行物2を引用した趣旨は,入出力装置の設定保存が記載されている引用発明1と本件発明1との相違点(本件発明1が不揮発性の外部記憶装置に退避するのに対し,引用発明1がフォント/中断RAMに退避するものである点,本件発明1が退避後の処理としてコンピュータ内部の電源をオフするのに対し,引用発明1がフォント/中断RAMなどに電源を供給したままとする点であり,「入出力装置の設定を保存する」点ではない。)を填補し,本件発明は容易になし得たものであることを示すことにある(決定書36頁7行〜37頁7行参照)。
原告の主張は,審決の理由の範囲外のことをいうものであり,失当である。
(4) 原告は,「退避を制御するための付加情報」は外部記憶装置に記録する情報として当業者に自明なものであるから訂正は認められるべきであると主張する一方で,「退避を制御するための付加情報」を外部記憶装置に記憶することは当業者にとって容易ではない旨主張する。これらの主張は矛盾しており失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(独立特許要件の判断の誤り)について (1) 訂正発明の概要 甲第3号証によれば,本件訂正後の全文訂正明細書に記載された,訂正発明の概要は,次のとおりであると認められる。
ア〔産業上の利用分野〕 「本発明は(判決注・コンピュータの電源オン時に)パーソナルコンピュータの状態を前回又はそれ以前の電源のオフ時の状態にし,電源のオフ時の直前の処理を継続させるコンピューターに関する。」(甲第3号証中の全文訂正明細書3頁5行〜6行) イ〔従来の技術〕 「パーソナルコンピューターのコンティニューとは電源のオン時にシステムの状態を前回の電源オフ時の状態にもどし,前回電源をオフした時に実行中の処理を継続させるようにする電源のオン/オフの方法である。コンピュータの小型化及び電池駆動により,使用場所,時間が限定されることなく使える携帯型コンピュータができるようになった。例えば,列車や飛行機の待ち時間や,会議の前の少しの時間等である。このような限られた時間のあいだに全ての処理を終了させることはむずかしい。このようなときは,とりあえず電源を切り,時間ができたときにそのつづきを行うことができればコンピュータはより使い易くなる。一方,使用中又は使用者の不注意による電源の切り忘れ中の電源電圧の低下(LOW BATTERY)が起った場合,充電ができない状況下では,現在の処理を中断して再度充電後に処理を再開するか,最悪の場合には処理の途中で電源が切れてしまい今までのデータを全て失うことになる。このような時でも現在の状態を退避した後に電源を切りLOW BATTERY状態が回復した後に継続して処理が行えれば便利である。・・・従来のコンティニュー方式はメインメモリー上のデータの保持は基本的にメインメモリーの電源バックアップによって実現されていた。すなわち,メインメモリーにSRAMを使い,電源のオフ時でも電力を供給し,SRAMの内容を保持させたり,DRAMを使った場合では電源のオフ時でもリフレッシュを行ない内容がこわれないようにした。しかし,この様な方法では,1.回路の構成が複雑化又はデバイスが特殊化してシステムのコストが高くなる。2.長期にわたる電池だけでのデータの保存は不可能である。等の問題点があり,高価なシステムではあるが,完全なコンティニューを実現することができなかった。」(3頁8行〜4頁12行) ウ〔発明が解決しようとする課題〕 「本発明はかかる問題点を解決し,安価で確実なコンティニュー方式を提供すると同時に,単に前回の電源のオフ時の状態へのコンティニューだけでなく,それ以前の状態にシステムをもどし使えるより一般的なコンティニュー装置を提供するものである。すなわち,電源のオフ時又は使用者が指定した時のシステムの状態を外部記憶装置に記録させておき,それ以後の電源のオン又は使用者の指定により以前の状態を回復させ,継続的にシステムを使える安価で確実なコンティニュー方式を提供することを目的とする。」(4頁14行〜21行) エ〔課題を解決するための手段〕 「このコンピューターは,・・・コンピューターの電源に対するオフ要求・・・を退避処理開始検出手段11により検出し,この検出がなされた時には,システム状態退避手段12により,コンピューターの処理を中断し,コンピューターの処理の続行に必要なシステム状態として,少なくともメインメモリの内容,CPUのステータスおよび電源がオフされた場合には状態が保持されない入出力部の設定並びに退避を制御するための付加情報を,バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力する。・・・こうしてシステム状態が外部記憶装置に出力されると,退避後処理手段13が,・・・コンピュータ内部の電源をオフする。」(5頁20行〜6頁5行) オ〔実施例〕 「・・・前記ハードディスク72内にある前記システム状態記憶領域73は,前記メインメモリー74,CPUステータス75,I/Oステータス76及び退避を制御及び完全に行うための付加的な情報を記憶するだけの容量が論理的なフォーマットを行う際に予約されており,・・・」(13頁10行〜14行) カ〔発明の効果〕 「本発明は,コンピューターで何らかの処理を実行中であっても電源のオフ要求を出すことができ,かつ電源を投入すると,電源のオフ要求を出した時点の状態にコンピューターを回復し,中断した処理をそのまま継続することができる。
したがって,コンピューターの使い勝手を格段に向上するということに関してその効果は絶大である。」(24頁12行〜16行) (2) 決定は,@訂正発明1の特許請求の範囲に記載された「退避を制御するための付加情報」について,訂正明細書の〔実施例〕には,前記(1)オの記載があるだけで,上記付加情報が、どのようなものであり、どこに保持されるものであるかが不明瞭であるから,訂正発明1の特許請求の範囲には,訂正発明1の構成に欠くことのできない事項が記載されているものとは認められないとともに,発明の詳細な説明には,訂正発明1を当業者が容易に実施することができる程度に発明の構成が記載されているものとは認められない,A請求項1を引用する発明である訂正発明2ないし5についても同様である,から,訂正発明1ないし5は,特許法36条3項ないし5項の規定に反しており,独立して特許を受けることができない,と認定判断した(決定書15頁2行〜16頁3行)。
甲第3号証によれば,本件訂正明細書中には,「退避を制御するための付加情報」に関し,「退避を制御するための付加情報を,バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力する」(甲第3号証中の全文訂正明細書1頁10行〜12行,5頁3行〜5行,27行〜29行),「前記ハードディスク72内にある前記システム状態記憶領域73は,前記メインメモリー74,CPUステータス75,I/Oステータス76及び退避を制御及び完全に行うための付加的な情報を記憶するだけの容量が諭(判決注・論の誤記と認める。)理的なフォーマットを行なう際に予約されており,DOS,その下で動くプログラム及びデータとは別の領域である。」(同13頁10行〜15行)との記載があるだけで,他に記載はないことが認められる。本件訂正明細書中の「退避を制御するための付加情報」に関する上記認定の記載内容からは,訂正発明における「退避を制御するための付加情報」を知ることができないことが明らかであるから,本件訂正明細書自体には,「退避を制御するための付加情報」がどのような内容のものであるかは記載されていないということができる。
(3) 原告は,データの終了を示すEOF(エンドオブファイル)やFAT(ファイルアロケーションテーブル)が「退避を制御するための付加情報」に当たり,ハードディスクにデータを保存する際に,これらの情報も保存されることは,出願時の技術水準から見て当業者に自明の事項であるから,「退避を制御するための付加情報」との記載があれば,EOFやFATが明示されていなくとも,発明の詳細な説明の記載として不足はなく,記載不備とはならない,と主張する。
特許請求の範囲に記載されたところが,当業者にとって,その文言に接しさえすれば,それ以上に格別の説明はなくとも容易にその意味を理解して実施できるという程度に自明の事項である場合には,それ以上の説明を明細書に記載する必要はなく,その記載を欠くことは記載不備には該当しないと解すべきである,との立論は,一般論としては正当である。
しかしながら,本件異議事件の手続における原告の主張内容を前提にして検討するときは,訂正発明における「退避を制御するための付加情報」につき,上記一般論を当てはめることはできないというべきである。
甲第3号証及び乙第1号証によれば,原告は,本件異議事件の手続において,訂正発明1,2は刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて,訂正発明3,4は刊行物1,2及び周知技術に基づいて,訂正発明5は刊行物1,2及び特開昭57-25023号公報に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項に該当し特許を受けることができず,取り消されるべきものであるという内容の取消理由通知を受けたことから,平成11年7月13日付け特許異議意見書(乙第1号証)及び,本件訂正(「入出力部の設定」を「電源がオフされた場合には状態が保持されない入出力部の設定並びに退避を制御するための付加情報」へと変更する訂正)を内容とする同日付け訂正請求書(甲第3号証)を提出したこと,同意見書には,「刊行物1にも刊行物2にも,システム状態退避手段が,退避を制御する付加情報を保存するという点については何ら記載がありません。実際にシステムのほどんどの情報を外部記憶装置に退避する場合,どのような条件で退避を行ったかを保存しておかないと,コンピューターのその後の使用がスムーズに行えない場合があります。本件請求項1の発明では,こうした付加情報を併せて保存しているので,再開時などにおいて参照することができます。なお,この点は,出願時明細書に記載されていた事項です。例えば,本件実施例のシステム状態退避手段12b(出願時明細書等20頁ないし21頁に記載)では,上記の情報を何度も退避しておき,所望の退避時点から再開させることができる構成が記載されています。かかる処理を行うために,この実施例では,ファイルシステムを利用して退避を行なっており,退避がどの時点で行われたものであるかという付加情報を保存しておき,使用者が指定した時点の状態から再開できるものとしています。・・・以上・・・まとめた通り,本件請求項1の発明と,刊行物1および刊行物2に記載の技術とには,看過し得ない相違があり,本件請求項1の発明は,その独自の構成に基づく独自の作用・効果を奏するものです。したがって,本件請求項1の発明は,刊行物1および刊行物2に記載の各発明に基づいて容易に発明することができたものとは認められず,特許法第29条第2項の規定により特許を受けられないとされるものではありません。」(乙第1号証6頁24行〜7頁14行)との記載があること,が認められる。
上記の認定のとおり,原告は,本件異議事件手続において,本件訂正の「退避を制御するための付加情報」は,引用発明1にも同2にもない,訂正発明の独自の構成であり,その進歩性の根拠となる構成であると主張していたものであり,本件訴訟においても,同旨の主張をしている(前記第3の3の(3)。この主張が,本件訂正前の本件発明の進歩性に関する主張としては,主張自体失当であることは,論ずるまでもないことである。)。
原告は,このように,異議手続において,本件発明1の進歩性は引用発明1及び同2に基づき否定されるとの取消理由通知を受けて,特許請求の範囲につき,「バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力する」対象となる「システム状態」を,それまでの「メインメモリの内容,CPUのステータスおよび電源がオフされた場合には状態が保持されない入出力部の設定並びに退避を制御するための付加情報」と訂正することにより,すなわち,「外部記憶装置に出力する」対象となる「システム状態」に「退避を制御するための付加情報」を加えることにより,進歩性が肯定されることになると主張していたのであるから,そこでの「退避を制御するための付加情報」は,「外部記憶装置に出力する」対象となる「システム状態」の中に,それまでのものに加えてそれが含まれることにより,それを欠いているままでは進歩性の認められない発明(本件発明1)に進歩性が生まれてくるようなものであることを主張していたことになる。
そして,そうである以上,原告は,異議手続において,「退避を制御するための付加情報」が,訂正発明1の進歩性を根拠付けるに足りる構成を開示したものとして,記載要件を満たしていることを主張,立証しなければならないというべきであり,そのような主張,立証がない以上,特許庁において,記載不備があるとして,訂正を認めないとすることが許され,原告が,取消訴訟において,進歩性の根拠となるか否かを離れて,記載不備はないとして決定の取消を求めることはできない,と解するのが相当である。そうでなければ,原告は,進歩性の根拠となると主張していた構成について,その主張に基づいて記載不備の有無を検討した特許庁により,決定において記載不備を指摘されるや,決定の取消訴訟においては,当該構成につき,進歩性の根拠となるか否かを離れて,これとは無関係に,当業者にとって自明の事項であると主張して決定の取消しを求める,ということになり,このような主張は,それ自体,著しく信義に反する行為であり,特許制度そのものに対する信頼をも損ないかねないものとして,許されない,と考えるのが合理的である,ということができるからである。
引用発明1も同2もシステム状態と記憶装置に出力するものであり,とりわけ,引用発明2はシステム状態を「バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力するもの」であるから,もし,「退避を制御するための付加情報」の語が,当業者にとって,その語に接しただけで,格別の説明がなくとも当然のこととして把握できる程度に自明な事項であるとするならば,そのようなものが出力の対象となるシステム状態に加えられたからといって,原則として,そのことのみによって進歩性が生まれることはあり得ないことは明らかというべきである(逆にいえば,「退避を制御するための付加情報」の語が,当事者にとって,その語に接しただけで,格別の説明がなくとも当然のこととして把握できる程度に自明な事項であるのは,それが,出力の対象となるべきシステム状態に含まれることが自明であるからこそであるのが,通常であるということができるのである。)。本件全証拠を検討しても,「退避を制御するための付加情報」が上記原則の例外の場合に当たることをうかがわせるものを見いだすことはできない。
以上述べたとおりであるから,訂正発明の特許請求の範囲に記載された「退避を制御するための付加情報」の構成が不明瞭であり,特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項が記載されているものとは認められず,発明の詳細な説明に発明を容易に実施することができる程度に発明の構成が記載されているものとは認められない,とした決定の判断に誤りがあるとすることはできないというべきである。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1と引用発明1との一致点の認定の誤り)について 決定は,本件発明1と引用発明1とは「実行中の処理を中断し,その後,中断した時点から再開可能なコンピューターであって,コンピューターの電源に対するオフ要求を検出する退避処理開始検出手段と,該退避処理開始検出手段が前記電源のオフ要求を検出したとき,前記コンピューターの処理を中断し,該コンピューターの処理の続行に必要なシステム状態として,少なくともCPUのステータスおよび入出力部の設定を,記憶装置に出力するシステム状態退避手段と前記システム状態退避手段によるシステム状態の記憶装置への出力が終了した後に,前記CPUおよび前記入出力部の前記電源をオフする退避後処理手段と,電源がオンされたとき,前記電源のオフ時に実行されていた処理を継続可能かを判断する回復処理開始手段と,該回復処理開始手段により回復処理が可能と判断された時には,前記記憶装置に記憶されてシステム状態を,前記CPUから読み出すと共に,少なくとも前記入出力部の状態を,該読み出したシステム状態を用いて回復するシステム状態回復手段と,前記システム状態回復手段によりシステムの状態が回復された後に,前記CPUの内部状態を,前記中断された状態に戻すと共に,前記CPUによるプログラムの制御を,前記中断時に最後に実行された命令に直後に渡し,前記処理を継続する回復後処理手段とからなるコンピューター。」(決定書34頁16行〜36頁5行)である点において一致する,と認定した。
原告は,再開に必要な情報について,本件発明は,バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に出力するのに対し,引用発明1は,電源によるバックアップをしたメモリに保存しておくものであるから,決定の上記一致点の認定は誤りである,と主張する。
しかしながら,決定は,本件発明1と引用発明1とは,「a.電源オフ時のシステム状態を保持するに際して,本件請求項1に係る発明が,少なくともメインメモリの内容,CPUのステータス及び入出力の設定を,バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置に退避するのに対して,引用発明は,メインメモリ,表示RAMおよびフォント/中断RAMに電源を供給したままとするとともに,CPUの内部状態および入出力部の状態をフォント/中断RAMに退避するものである点,b.システム状態退避後の処理として,本件請求項1に係る発明が,メインメモリ,CPUおよび入出力部を含むコンピュータ内部の電源をオフするのに対して,引用発明は,CPUおよび入出力部を含むコンピュータ内部の電源をオフし,メインメモリ,表示RAMおよびフォント/中断RAMには,電源を供給したままとする点」(決定書36頁8行〜37頁7行)において相違すると認定している。
決定は,本件発明1の「バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の外部記憶装置」と引用発明1の「表示フォント/中断RAM」とを包含する上位の概念である「記憶装置」の概念をとらえ,この上位概念の抽象度において,本件発明1と引用発明1とは「記憶装置に出力する」点において一致すると認定したうえで,原告主張の点については,相違点であると認定したことは,明らかである。
決定の一致点の認定に誤りは認められず,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(本件発明と引用発明1との相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1は,中断したプログラムを再開することを目的とはするものの,再開に必要な情報を電源によるバックアップをしたメモリに保存しておく,という技術的思想の範囲にとどまり,再開に必要な情報をバッテリによるバックアップを要しないメモリに保存しておく,という技術的思想はないから,引用発明1の「表示フォント/中断RAM」を引用発明2の「外部記憶装置」に置き換えることは,当業者に容易であるとはいえない,と主張する。
しかしながら,甲第5,第6号証によれば,刊行物1には,「本発明の別の目的は,電源オフ前にソフトウエア・アプリケーションが実行されていたのと厳密に同じ点からソフトウエア・アプリケーションを再開するための装置および方法を提供することにある。」(甲第5号証2頁右下欄11行〜15行)との記載があること,刊行物2には,「本発明はかかる点に鑑みてなされたもので,メモリにCMOSタイプのスタティックRAMやバックアップ電池を使用しないで,プログラムが暴走した時でもある時点に遡って継続処理を可能としたバックアップ機能を有した情報処理装置を提供することを目的としている」(甲第6号証2頁右上欄5行〜10行)との記載があること,が認められる。
刊行物1及び同2の上記認定の記載によれば,引用発明1及び引用発明2は,いずれも,訂正発明の目的である,電源のオフ時点又は使用者が指定した時点のシステムの状態を記憶装置に記憶させておき,それ以後の電源オン又は使用者の指定により以前の状態を回復させ,継続的にシステムを使える安価で確実なコンティニュー方式を提供するという点において,共通しており,このことから,引用発明1の,電源によるバックアップを要する「表示フォント/中断RAM」に保存する構成に代えて,引用発明2の,電源によるバックアップを要しない「外部記憶装置」に保存する構成を採用することは,他に,引用発明1に引用発明2の構成を適用することが困難であることを認めるに足りる特段の事情のない限り,当業者において容易であったというべきである。
(2) 原告は,引用発明1は,バッテリによるバックアップを要しないメモリであるディスケット駆動装置を備えるにもかかわらず,再開に必要な情報を「表示フォント/中断RAM」に代えてこのディスケット駆動装置に保管することについて触れていないので,引用発明1には,再開に必要な情報をバッテリによるバックアップを要しないメモリに保存しておく技術的思想はない,と主張する。
しかしながら,引用発明1が,バッテリによるバックアップを要しないメモリに保存しておく技術的思想を開示していないとしても,そのことから,直ちに,引用発明1に上記技術的思想を開示した他の発明の構成を適用することができない,ということはできない。
引用発明1が,再開に必要な情報をディスケット駆動装置に保管することに触れていないことが,上記技術的思想を適用することを積極的に排除したことによるものであることを認めるに足りる証拠はなく,かつ,引用発明1と引用発明2とは,その目的を共通とすることは,上記(1)で述べたとおりであるから,引用発明1がディスケット駆動装置に情報を保管することに触れていないことは,何ら引用発明1の電源によるバックアップを要する「表示フォント/中断RAM」に保存する構成に代えて,引用発明2の電源によるバックアップを要しない「外部記憶装置」に保存する構成を採用することを妨げるものではない,というべきである。
原告の主張は,採用することができない。
(3) 原告は,引用発明2には,「入出力装置の設定を保存する」という観点が欠けているため,メモリの内容とCPUのレジスタの内容とを回復するだけでは単純な計算プログラムは再開できるとしても,様々な入出力装置を用いた処理は再開することができず,本件発明が目指したコンピュータの入出力装置の再開も含めた完全な再開という技術的思想はないので,引用発明1と引用発明2とを組み合わせても,本件発明1には至らない,と主張する。
しなしながら,「入出力装置の設定を保存する」点は,引用発明1について刊行物1に記載がある。引用発明2は,本件発明1と引用発明1との相違点である「バッテリによるバックアップを要しないで不揮発性の外部記憶装置に出力する」点について,引用発明2の電源によるバックアップを要しない「外部記憶装置」を適用することができるかどうかについて引用されたものであって,「入出力装置の設定を保存する点」に関して引用されたものではない。引用発明2に「入出力装置の設定を保存する」記載がないことをもって,引用発明1と引用発明2とを組み合わせることができないということにはならないというべきである。
原告の主張は,主張自体失当というべきである。
(4) 原告は,決定が,引用発明2について,外部記憶装置がバッテリによるバックアップを要しない不揮発性の記憶装置であること,オフされる電源がメモリの電源も含むこと,を認定するに当たり,明細書及び図面の記載から明らかである,とするだけで,どの文言や図示に基づいてこの認定を行っているかについての根拠を示していない,と主張する。
しかしながら,甲第6号証によれば,刊行物2には,第1図において,外部記憶装置4がフロッピーディスクを示す記号で表されていることが認められ,この記載から,刊行物2における外部記憶装置は,バッテリによるバックアップを要しない不揮発性の記憶装置であることは明らかである。
また,甲第6号証によれば,第1図において,電源5からの電源ライン11は他の回路と同様にメモリ2にも接続されていることが認められ,この記載から,電源のオフに伴いメモリ2の電源もオフされることは明らかである。
(5) 以上のとおりであるから,原告の主張は,いずれも採用することができない。
取消事由3は,理由がない。
4 請求項2ないし5について 請求項2ないし5に係る原告主張の決定取消事由は,いずれも,請求項1に係る決定取消事由に理由があることを前提とするものである。請求項1に係る決定取消事由に理由がないことは上述のとおりである。請求項2ないし5に係る決定取消事由も,いずれも理由がないことに帰する。
5 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は,いずれも理由がなく,その他決定には,その一部にせよ,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事
件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸
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