関連審決 | 無効2000-35241 |
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関連ワード | 容易に発明 / 着想 / 援用権(援用) / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 拡張 / 変更 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10171号
審決取消請求事件
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原告 株式会社グッドテック 訴訟代理人弁理士 石田喜樹 同 斉藤純子 被告 テルモ株式会社 訴訟代理人弁護士 吉原省三 同 小松勉 同 三輪拓也 訴訟復代理人弁護士 中澤直樹 訴訟代理人弁理士 向山正一 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/09/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が無効2000−35241号事件について平成13年7月18日にした審決中「特許第2528011号の請求項1に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求める裁判
1 原告 主文同旨 2 被告 (1) 原告の請求を棄却する。 (2) 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「カテーテル」とする特許第2528011号の特許(平成元年12月20日出願(以下「本件出願」という。),平成8年6月14日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は3である。)の特許権者である。 原告は,平成12年5月2日,本件特許の請求項1ないし3について特許を無効とすることについて審判を請求し,特許庁は,これを無効2000-35241号事件として審理した。その過程で,被告は,平成12年8月21日付け訂正請求書により願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。 特許庁は,審理の結果,平成13年7月18日,本件訂正を認めた上で,「特許第2528011号の請求項1に係る発明についての審判請求は,成り立たない。特許第2528011号の請求項2,3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同年8月2日,その謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲(本件訂正後の請求項1,下線部が訂正部分である。) 「本体部と先端部とを有し,内部にルーメンを有するカテーテルであって,少なくとも前記本体部が,カテーテルの基端部 で与えた 押し込み力の伝達性 を高めるために 超弾性金属管により形成されていることを特徴とするカテーテル。」(以下「本件発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開昭60-100956号公報(以下「引用刊行物1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。),国際公開第89/08472号パンフレット(1989年)(特表平3-504204号公報の記載がその訳文に相当する。以下「引用刊行物2」という。)記載の発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないとするものである。 審決が上記結論を導くに際して認定した本件発明と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。 (一致点) 「本体部と先端部とを有し,内部にルーメンを有するカテーテルであって,少なくとも前記本体部が,超弾性金属管により形成されているカテーテル。」である点 (相違点) 本件発明が,超弾性金属管について「カテーテルの基端部で与えた押し込み力の伝達性を高めるために」という限定をしているのに対し,引用発明1においては超弾性金属管についてこのような限定がなされていない点 |
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原告主張の取消事由の要点
審決は,相違点についての容易想到性の判断を誤ったものであって,その誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。 1 審決は,引用発明1について,「超弾性金属管より成るカテーテルをピン等の拘束手段で強制的に変形拘束し,生体内に挿入後にピン等の拘束手段を除去し変形を除去するものである。・・・したがって,甲第1号証記載の発明(判決注・引用発明1)は,超弾性金属と拘束手段を用いたカテーテルの形状の変形・復元を利用したものと解され,カテーテルの挿入時に必要となる超弾性金属の柔軟性やプラスチックに比べての座屈応力の大きい点を利用したものではない。」と認定している。 確かに,引用刊行物1の実施例においては,超弾性金属と拘束手段を用いたカテーテルの形状・復元を利用したものとなっているが,だからといって,押し込み性が不要であるということにはならず,押し込み性の確保,向上はカテーテルという製品にとってみれば常に要求される恒常的,永久的な課題であるといえる。引用刊行物1の実施例における拘束手段は,湾曲したカテーテルを真直にするために必要な部材であって,カテーテルに要求される押し込み性とは無関係である。したがって,たとえ拘束手段によってカテーテルを真直にできたとしても,押し込み性の小さいカテーテルでは生体内へ挿入することは難しいのである。 引用刊行物2に,「有効な拡張カテーテルは血管系の極めて屈曲した経路内の小さな曲率を通るための充分な可撓性を有する必要がある。他の有効な拡張カテーテルの要件は押し動かし性能である。これは長手方向の力をカテーテルに添って近端から遠端まで伝達し,これによって外科医はカテーテルを血管系と狭窄内を通って押し得る。」(引用刊行物2の訳文に相当する特表平3-504204号公報2頁左下欄下から6行〜末行。以下,引用刊行物2を引用する場合は同公報の頁・行で特定する。),「拡張カテーテルの小直径と可撓性の増加の必要性のために,特にワイヤ上でないカテーテルの押し動かし性能とトルク性能の妥協が必要であった。拡張カテーテルに対して小直径とししかもトルク応答,カテーテル遠端制御,カテーテルの押し動かし性能を犠牲にせずに可撓性をよくする要求がある。」(2頁右下欄8〜12行)といった記載があることから明らかなように,カテーテルの技術分野において押し込み性(押し動かし性能)の確保,向上という課題は,容易に着想し得る周知な課題である。 また,カテーテルにおける可撓性の確保と押し込み力の伝達性の並立という課題も,甲6,7,11,23号証などによって,周知の課題であることが示されている。 そうすると,「本体部と先端部とを有し,内部にルーメンを有するカテーテルであって,少なくとも前記本体部が,超弾性金属管により形成されているカテーテル。」である引用発明1に,引用刊行物2等に示された周知の課題である「カテーテルの基端部で与えた押し込み力の伝達性を高める」事項を付加して本件発明をなすことは,当業者であれば,極めて容易になし得たことである。 2 また,本件発明は,引用発明2を主引用例とし,これに引用発明1を適用して,容易に発明をすることができるものである。 すなわち,引用刊行物2には「本体部と先端部とを有し,内部にルーメンを有するカテーテルであって,少なくとも前記本体部が,カテーテルの基端部で与えた押し込み力の伝達性を高めるためにステンレス管により形成されていることを特徴とするカテーテル」が記載されている。 一方,カテーテルにおいて超弾性金属管を用いることは引用刊行物1に記載されており,更にカテーテルに超弾性金属を用いることは特開昭61-193670号公報(甲11号証)に,医療機器の分野において超弾性金属管を用いることは特開昭60-249788号公報(甲25号証)に,カテーテル用ガイドワイヤにおいて超弾性金属を用いることは特開昭63-171570号公報(甲20号証),特開昭60-7862号公報(甲21号証),特開昭60-63065号公報(甲22号証),特開昭62-258675号公報(甲23号証)にそれぞれ記載されている。 このような本件出願前の技術状況からすると,カテーテルの基端部で与えた押し込み力の伝達性を高めることばかりでなく,押し込み力の伝達性と共に可撓性にも配慮すること,すなわち押し込み力の伝達性と可撓性とのバランスを考慮することは,本件出願前周知の課題であり,そのために超弾性金属を用いることも周知の技術である。 審決は,引用発明2のカテーテルは,「周知の合成樹脂製のカテーテルと対比した場合,カテーテルの基端部で与えた押し込み力の伝達性を高めることは確かではあるが,合成樹脂製のカテーテルと対比した場合の柔軟性(湾曲の容易性)については考慮されていないか,柔軟性を犠牲としているものであると解される。」として引用発明1と2の組合せを否定している。しかし,引用刊行物2に,「本発明の好適な実施例によって,・・・押し性能トルク性能を犠牲にせずにカテーテルの遠端に可撓性を与える。」などと記載されているように,押し動かし性能ばかりではなく可撓性についても十分に考慮されているのであって,柔軟性について考慮されていないか,柔軟性を犠牲にしているとの審決の上記認定判断は誤りである。 したがって,引用発明2において,周知の課題に基づいて管の材質をステンレスから引用発明1の超弾性金属に変更することは,少なくとも当業者であれば容易になし得るものである。 |
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被告の反論の要点
1 引用発明1は,形状記憶合金としての性質を利用したものであって,超弾性金属と拘束手段を用いたカテーテルの形状の変形・復元を利用したものと解され,カテーテルの挿入時に必要となる超弾性金属の柔軟性やプラスチックに比べての座屈応力の大きい点を利用したものではない。すなわち,少なくとも引用刊行物1の実施例においては,拘束手段によってカテーテルを挿入しているのであり,カテーテルの形状を拘束手段によって無理矢理変形し,これによってカテーテルは拘束手段に張り付いて一体となっているのであって,このような状態では,カテーテルに押し込み性は不要である。 また,引用発明2において,金属管を用いた中空可撓性トルク伝達軸を有するカテーテルの好適な例として挙げられているのは,ステンレス鋼管にポリ四弗化エチレンを被覆したものである。一般的に押し込み伝達性を高くするためには曲げ剛性が高いものの方が優れていることは,広く知られている。したがって,引用刊行物2では,従来のプラスチック管よりも剛性の高いステンレス鋼管を主軸に用いた発明が開示されていることから,押し込み伝達性をさらに高くするためには,ステンレス鋼よりも曲げ剛性が高いものを用いることの方が一般常識の延長線にあると考えるのが自然である。これに対し,本件発明は,ステンレス鋼管よりもしなやかで曲がり易くかつ復元性のある超弾性金属管をカテーテルに用いるという,正に逆転の発想に基づく発明なのである。 以上のとおり,引用刊行物1は,超弾性金属を用いることは開示しているものの,押し込み性能については積極的に否定しており,また,引用刊行物2は,押し込み性能は開示しているものの,一般的には押し込み性能に直結する剛性の高いステンレス鋼を用いているものであって,押し込み性について両者は全く正反対の開示をしているものであるから,両者を組み合わせることには無理があり,仮に組み合わせても超弾性金属管をカテーテルに用いて押し込み性を高める本件発明を容易に想起することはできない。 2 原告は,甲6,7号証,甲11号証,甲20ないし23号証,甲25号証を,容易推考であることの証拠として援用している。 しかし,上記各証拠は審決で言及されなかった証拠であり,しかも,原告は,本件審判手続において「甲第2号証ないし甲第7号証及び口頭審理陳述要領書に添付の参考資料に記載された事項に基づく主張はしない。」と陳述していた(第1回口頭審理調書。審判手続における甲2ないし7号証は,本訴における甲6ないし11号証である。)ものである。したがって,これらの証拠に基づいて,審決を攻撃することはできない。 しかも,甲7号証には超弾性金属に関する開示は全くなく,甲6号証,甲11号証あるいは甲20ないし23号証には,超弾性合金線の開示はあるが,超弾性合金のみで液体等を流すことができる管を形成できる開示もないし,甲25号証にはカテーテルに用いることが開示されていないなど,本件発明と上記甲号各証とでは,利用している超弾性金属の形状,構造,性質が全く異なるものである。 |
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当裁判所の判断
1 引用発明1と本件発明との相違点は,本件発明が,超弾性金属管について「カテーテルの基端部で与えた押し込み力の伝達性を高めるために」という限定をしているのに対し,引用発明1においては超弾性金属管についてこのような限定がなされていない点である。そこで,上記相違点に係る構成の容易想到性について検討する。 (1) 引用刊行物2(甲5号証)には次の記載がある。 ア「バルーンカテーテルであって,近端から遠端まで内部を延長するルーメンを有し細長中空薄壁の管と,第1端を金属管の遠端に接続し管のルーメンに連通する内部連通流通ルーメンを有する中空可撓性トルク伝達軸と,軸の第2の端部から遠端方向に延長するコアと,近端を軸の第2の端部に接着し遠端をコアに接着しコアを囲む膨張可能バルーンとを含み,バルーンの内部を流通ルーメンに連通させたことを特徴とするバルーンカテーテル。」(請求の範囲1。1頁左欄2〜10行) イ「背景技術」 「小さな開口の緊密な狭窄を処理するために,カテーテルの外形を減少する連続的努力が行はれ,カテーテルは緊密な狭窄に到達し横切ることが可能となった。有効な拡張カテーテルは血管系の極めて屈曲した経路内の小さな曲率を通るための充分な可撓性を有する必要がある。他の有効な拡張カテーテルの要件は押し動かし性能である。これは長手方向の力をカテーテルに沿って近端から遠端まで伝達し,これによって外科医はカテーテルを血管系と狭窄内を通って押し得る。」(2頁左下欄17行〜末行) 「拡張カテーテルの小直径と可撓性の増加の必要性のために,特にワイヤ上でないカテーテルの押し動かし性能とトルク性能の妥協が必要であった。拡張カテーテルに対して小直径とししかもトルク応答,カテーテル遠端制御,カテーテルの押し動かし性能を犠牲にせずに可撓性をよくする要求がある。」(2頁右下欄8〜12行) ウ「本発明の好適な実施例によって・・・・・・,押し性能トルク性能を犠牲にせずにカテーテルの遠端に可撓性を与える。」(2頁右下欄下から4〜2行) 上記記載によれば,引用刊行物2には「本体部と先端部とを有し,内部にルーメンを有するカテーテルであって,少なくとも前記本体部が,金属管により形成されているカテーテル」が開示されているところ,このようなカテーテルにおいては,可撓性,押し動かし性能,トルク性能などの確保,向上が必要とされているものの,従来,可撓性の増加のためには押し動かし性能,トルク性能の妥協が必要であったという背景技術の下で,可撓性の向上と同時に,押し動かし性能,トルク性能をも十分に確保すること(このことは,可撓性の増加のために従来犠牲とされていた押し動かし性能等を向上させることを意味するものといえる。)を課題として,「押し動かし性能,トルク性能を犠牲にせずにカテーテルの遠端に可撓性を与える」ための技術が開示されていることが認められる。そして,相違点にいう「押し込み力」は,上記「押し動かし性能」に含まれるといえる。 (2) 一方,引用発明1においてカテーテルの管の材質として用いられている超弾性金属に関し,次の刊行物の記載がある。 ア 特開昭61-193670号公報(甲11号証) 「カテーテルに要求される特性としては,@末端部からのねじりが先端部に容易に伝達されること。A血管を通して目的部位に導かれるため,しなやかさを有していること。B血管を傷付けないために導入先端部は他の部分に比べてより高いしなやかさを有すること。が要求される。」(1頁右欄9〜15行) 「本発明の目的はカテーテル自体に柔軟性,しなやかさを持たせ,カテーテルと一緒に用いられるガイドワイヤの構造を簡単にすることができるカテーテルを提供することにある。」(2頁左上欄5〜8行) 「本発明によれば,熱弾性マルテンサイト変態を示す形状記憶合金線によって網状に編まれた,あるいはコイル状に形成された管状部材に熱可塑性樹脂がコーティングされて構成されていることを特徴とするカテーテルが得られる。」(2頁左上欄10〜14行) イ 特開昭63-171570号公報(甲20号証) 「先端部の柔軟性が大きく,かつ,座屈変形を生じ難く,さらに基端部は剛性が大きく先端部へのトルク伝達性のすぐれたカテーテル用ガイドワイヤを提供することを目的とする。」(2頁左下欄10〜13行) 「カテーテル用ガイドワイヤの芯材として弾性合金,好ましくは超弾性合金からなる線状体」(同15〜17行) ウ 特開昭60-7862号公報(甲21号証) 「本発明は先端部の柔軟性,復元性が高く,カテーテルおよび血管内への挿入性が良く,安全性の高いカテーテル用ガイドワイヤを提供する」(2頁右上欄18〜20行) 「少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに,・・・・・・本体側内芯部も,超弾性金属体によって形成し,座屈強度が比較的大なる弾性ひずみ特性を,本体部に備えるようにした」(2頁左下欄7〜16行) エ 特開昭60-63065号公報(甲22号証) 「本発明はカテーテルを案内可能とするカテーテルガイドワイヤに係り,治療用もしくは検査用カテーテルを,血管もしくは消化管,気管その他体腔内の所定部位にまで導入,留置可能とするカテーテル用ガイドワイヤに関する。」(1頁右欄7〜11行) 「比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部とを有してなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて,本体部と先端部の少なくとも一部が超弾性金属体によって形成されてなることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。」(1頁左欄5〜9行) 「ガイドワイヤ10をカテーテル,血管内へ挿入する際に,本体部11に比較的大きな曲げ変形を生じても,塑性変形域に達して座屈を生ずることがなく,本体部11の座屈限界を向上させることが可能となる。すなわち,ガイドワイヤ10に加える手元操作によって本体部11に大きな変形を生じても,その変形部が容易に真直状に復元し,カテーテルの進行に対する抵抗となることがない。」(4頁右上欄3〜11行) 「上記ガイドワイヤ10は,・・・両ねじり方向において,そのトルク伝達性が良好であり,本体部11に加えるトルクによって先端部12を所定血管部位へ向けて確実かつ容易に指向可能となり,複雑な血管部位への挿入操作性が良好である。」(4頁左下欄20行〜右下欄5行) オ 特開昭62-258675号公報(甲23号証) 「本発明はたとえば血管造影用カテーテルや内視鏡挿入部などの生体内挿入用長尺物に関する。」(1頁左欄10〜11行) 「本発明は・・・・・・座屈や曲りぐせが付きにくいにも拘らず,生体への挿入性能を向上できる生体内挿入用長尺物を提供する」(1頁右欄10〜13行) 「本発明はオーステナイト域が使用状態温度にある超弾性合金からなる芯材をその挿入部内に配設してなる生体内挿入用長尺物である。上記芯材の超弾性効果により挿入部の座屈や曲りぐせを防止する。」(同15行〜末行) 「・・・・・・超弾性的性質を示すことになる。このため,血管内に挿入して使用する場合,座屈や曲りぐせが発生しにくくなるとともに,挿入性を向上できる。」(2頁右上欄12〜15) 「本発明によれば,・・・・・・挿入性が向上し,特に挿入部の押込み操作時の生体への追従性が良好で,容易かつスムーズに挿入できる。」(3頁左上欄13〜19行) 上記各記載によれば,カテーテル及びこれと同様の課題が要求されるカテーテル用ガイドワイヤを超弾性金属によって形成することにより,柔軟性,しなやかさを持ち,座屈を生ずることがなく,変形部の復元が容易となりカテーテルの進行が改善し,トルク伝達性を良好とし,挿入性を向上させることなどが示されており,超弾性金属が押し込み力やトルクの伝達性の向上などの特性を有することが明らかにされているのであって,上記各刊行物はいずれも本件出願前に公開されていたものであり,超弾性金属の上記特性は,本件出願当時周知のものであったと認めることができる。 (3) 以上のとおり,引用刊行物2に,カテーテルにおいて,可撓性の増加と並んで押し込み力を確保,向上させるという課題が開示されているのであるから,その課題を解決するために,カテーテルの管の材質として超弾性金属を用いるに際し,超弾性金属の特性として周知であったもののうちから押し込み力の伝達性の向上という点を選択してこれを用いることとすることは適宜なし得る事項といえるのであって,引用発明1の超弾性金属管について,相違点に係る「カテーテルの基端部で与えた押し込み力の伝達性を高めるために」という限定を付加することは,当業者にとって容易になし得るものであるということができる。 (4) 被告は,引用刊行物1は,超弾性金属を用いることは開示しているものの,押し込み性能については積極的に否定していると主張し,審決も,引用発明1について,「超弾性金属管より成るカテーテルをピン等の拘束手段で強制的に変形拘束し,生体内に挿入後にピン等の拘束手段を除去し変形を除去するものである。・・・したがって,甲第1号証記載の発明(判決注・引用発明1)は,超弾性金属と拘束手段を用いたカテーテルの形状の変形・復元を利用したものと解され,カテーテルの挿入時に必要となる超弾性金属の柔軟性やプラスチックに比べての座屈応力の大きい点を利用したものではない。」と認定している。 確かに,引用刊行物1(甲4号証)の実施例2には,気管穿刺カテーテルを例にとり,カテーテル軸へ真直なピンを挿入することでカテーテル形状を真直にでき,当該ピンを徐々に引き出すことで予め与えた所望形状に復帰できる旨が記載されている(6頁右上欄19行〜左下欄17行)。しかし,引用刊行物1の特許請求の範囲第3項には,「器具はカテーテルであり,合金要素はカテーテルを屈曲形状にするカテーテルまたはその一部分である第1項記載の器具。」と記載されており,引用発明1のカテーテルが実施例2の気管穿刺カテーテルへの利用のみに限定されていると解することはできず,超弾性金属の性質を利用している引用発明1のカテーテルが血管用として用いられる場合において,カテーテルとしての機能を発揮するために必要とされる可撓性や押し込み力などが得られることを全く想定していないということはできないのであって,審決の上記認定は妥当でなく,被告の上記主張は採用できない。したがって,引用発明1において,相違点に係る限定を付加することを阻害する特段の事由はない。 また,被告は,引用刊行物2は,押し込み性能は開示しているものの,剛性の高いステンレス鋼を用いてるものであって,引用発明1と2を組み合わせることには無理があるなどと主張する。 しかし,本件においては,前記のとおり,引用発明1に引用発明2をそのまま組み合せるのではなく,引用刊行物2に示された課題を前提として,その課題を解決するために,超弾性金属の周知の特性の一つに着目して,引用発明1に相違点に係る限定を加えて本件発明のようにすることが,当業者にとって容易になし得ると認められるものであるから,被告の上記主張は理由がない。 さらに,被告は,超弾性金属に関する刊行物として引用した前記甲号各証は,審判手続で言及されなかった証拠であるから,これらの証拠に基づいて,審決を攻撃することはできない旨主張する。 しかし,本件において,上記甲号各証の刊行物は,引用発明1においてカテーテルの管の材料となっている超弾性金属が有する周知の特性を認定するための資料として用いられているにすぎないのであって,それらの刊行物に記載された構成を容易想到性の根拠として用いるものではないから,審判手続で引用されていなかったとしても,本件訴訟においてこれらを採用することに何ら問題はないというべきである。なお,被告は,甲11号証,甲20ないし23号証は超弾性金属の管に関するものでないとも主張しているが,超弾性金属の有する特性という点では,それらが超弾性合金線であるか管であるかによって異なるところはないから,被告の上記主張は理由がない。 2 結論 以上のとおりであるから,本件発明の容易想到性を否定した審決は相当ではなく,取消を免れない。 したがって,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 若林辰繁 |
裁判官 | 沖中康人 |