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関連審決 異議1998-73625
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  技術的手段 /  発明の詳細な説明 /  特許出願日 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 409号 特許取消決定取消請求事件
原告 シャープ株式会社
訴訟代理人弁理士 野河信太郎
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 松本悟
同 森田ひとみ
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/07/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年異議第73625事件について平成12年9月7日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「二次電池」とする特許第2703350号の特許(平成元年6月21日に特許出願,平成9年10月3日に特許権設定登録,以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
本件特許について,平成10年7月24日に特許異議の申立てがなされ,その申立ては,平成10年異議第73625号事件として審理された。特許庁は,平成12年9月7日に,「特許第2703350号の特許を取り消す。」との決定をし,同月27日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「正極層,有機電解液を含むセパレータ層及び負極層が順に積層され,電池容器に封入されてなり,前記負極層が炭素質材料と高分子固体電解質との複合体で構成されてなる二次電池。」 3 決定の理由の要点 別紙決定書の理由の写し記載のとおり,本件発明は,特開昭62-73559号公報(以下「甲第3号証刊行物」という。)記載の発明(以下「引用発明」という。)及び周知の事実に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,と認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「1.手続きの経緯と本件特許発明」(決定書1頁下から5行〜2頁4行),「2.取消理由通知で引用した刊行物と記載事項」(2頁5行〜3頁5行)は認める。「3.対比・判断」(3頁6行〜5頁10行)のうち,本件発明の目的に関する記載(3頁7行から12行),本件発明の負極複合体に関する記載(3頁13行〜18行),引用発明の非水系二次電池に関する記載(3頁19行〜30行),本件発明と引用発明の高分子固体電解質が文言上同等であるとの認定(3頁31行〜33行),本件発明と引用発明との文言上の相違点についての認定(3頁37行〜4頁2行)は認める。本件発明と引用発明との一致点の認定(3頁34行〜37行),本件発明と引用発明との相違点についての判断(4頁3行〜5頁6行),本件発明が引用発明から当業者が容易に発明することができるとの認定(5頁7行〜10行)は争う。「4.むすび」(5頁11行から14行)は争う。
決定は,本件発明と引用発明との相違点を看過し(取消事由1),相違点についての判断を誤った(取消事由2)ものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点の看過) 決定は,本件発明と引用発明とは,「正極層,有機電解液を含むセパレータ層及び負極層が順に積層され,電池容器に封入されてなり,前記負極層が負極材料と高分子固体電解質との複合体で構成されてなる二次電池。」(決定書3頁下から5行〜2行)である点で一致すると認定したのみで,両発明が,金属イオン二次電池であるか否かについては,何ら述べるところがない。
しかし,本件発明は,二次電池の電極間の金属イオンの移動のみを充放電反応に利用する金属イオン二次電池である。これに対し,引用発明は,@負極材料にアルカリ金属又はその合金を使用した金属二次電池及びA負極材料及び正極材料に導電性高分子を使用した二次電池であり,金属イオン二次電池ではない。
このように,本件発明と引用発明とは,二次電池である点では同じであるとはいえ,全く構成が異なる。決定は,この相違点を看過した結果,この相違点について必要な判断を何ら行わないまま,結論に至っているのである。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)) (1) 決定は,高分子固体電解質(固体状イオン導電体)とともに負極層複合体を構成する負極材料が,本件発明では,炭素質材料であるのに対し,引用発明においては,アルカリ金属イオンを吸蔵放出する他の(固体状イオン導電体以外の)負極材料とされているという相違点について,「引例(判決注・甲第3号証刊行物。)では,負極材料として,導電性高分子と並列の関係でグラファイトの問題が論じられている・・・から,負極層を導電性高分子と高分子固体電解質(固体状イオン導電体)との複合体にすれば,サイクル寿命や自己放電率等に効果があるのであれば,導電性高分子と同様の問題のあるグラファイトのような炭素質材料について,引例の実施例と同様の負極複合体を形成し,そして,その効果を確認してみることに格別の困難性があったとは認められない。」(決定書4頁18行〜24行)と認定判断した。
(2) 甲第3号証刊行物の「発明が解決しようとする問題点」の欄には,導電性高分子とグラファイトが併記されているものの,同欄には両者の問題点が記載されているだけであって,両者が置換可能であることは論じられていない。
引用発明の発明者は,「発明が解決しようとする問題点」の欄にグラファイトを挙げているのであるから,導電性高分子とともにグラファイトについても十分に意識してしていたはずである。導電性高分子に代えてグラファイトを,固体状イオン導電体と複合化される負極活物質として用いることが容易であるならば,引用発明においても,当然にグラファイトを用いたはずである。ところが,甲第3号証刊行物の引用発明についての説明の欄(「問題を解決するための手段」,「発明の効果」及び「実施例」)には,グラファイトについての記載が全くない。これは,引用発明の発明者自身が,負極活物質として用いる複合化の対象物として導電性高分子とグラファイトとは別の範疇の材料であると考えており,置換可能な材料とは考えていなかったことを示すものである。
甲第3号証刊行物は,むしろ,当業者においては,導電性高分子とグラファイトについて,両者を置換可能な材料とは考えていなかったということを示したものであるとみるべきである。引用発明を本件発明の容易想到性の根拠とするのは相当でない。
(3) 決定は,導電性高分子とグラファイトとに共通する問題点として,「充放電効率及びサイクル寿命が充分ではないこと」(決定書4頁8行〜9行)を挙げている。しかし,上記問題点が生じる原因は,導電性高分子とグラファイトとで,全く異なる。
導電性高分子において上記問題点が生じる原因は,導電性高分子それ自身が不安定であるため,溶媒と反応したり,自分自身が分解したりしてしまうことによるものである。これに対し,グラファイトにおいて上記問題点が生じる原因は,グラファイトの層間が押し広げられることに起因して黒鉛層が剥離してしまうことによるものであり,導電性高分子のように,それ自身が分解されて,違う物質に変わってしまうことによるものではない。
導電性高分子とグラファイトとは,有機物と無機物という,構造においても,物理化学的性質においても,全く共通点のない範疇の異なる物質であり,上記のとおり,両者は,問題点を引き起こす原因が異なっているのであるから,甲第3号証刊行物に接した当業者において,両者を置換することに容易に想到できるとはいえない。
本件出願当時,グラファイトは,安定性の悪い負極活物質とされており(乙第2号証の比較例4,乙第3号証の比較例2,5,8,乙第4号証の比較例9,乙第6号証の参考例1,同号証の2頁右上欄9行〜15行),これを負極活物質として使用することは,できないこと又は極めて困難なことであると考えられていた。
以上のとおり,甲第3号証刊行物において,発明の説明の欄でグラファイトの例示がないのは,そもそも,当業者が,グラファイトを負極活物質として使用することを,できないこと又は極めて困難なこととして,排除していることを意味していると理解すべきである。当業者が引用発明の導電性高分子をグラファイトに置き換えることに想到することが,容易であるとすることはできない。
(4) 鑑定書(甲第8号証)によれば,@引用発明は,デンドライトの発生を防止するため非水系二次電池の負極活物質としてポリパラフェニレンのような導電性高分子を固体状イオン導電体で複合化する技術を開示したものであり,本件発明の出願(平成元年6月21日)当時,当業者は,デンドライトの発生の防止を目的とする甲第3号証刊行物記載の上記技術を,デンドライトの発生がなく,目的を全く異にする本件発明における炭素質材料に適用することを考えていなかったこと,A本件発明の出願時において,甲第3号証刊行物に記載された複合化の技術(本件発明とは目的を全く異にする技術である。)を,炭素質材料に行ってみたとしても,それによりどのような効果が生じるのかは確かめてみないとわからなかったこと,が認められる。
このことからも,当業者は,引用発明から,本件発明を容易に想到することができたとすることはできない,というべきである。
(5) 本件発明の出願後の特許出願についての特開平7-134989号公報(甲第9号証)の記載によれば,その特許出願の時点においても,高分子固体電解質と炭素質材料との複合化の技術が特許出願するに足りるものであることを示すものであるから,これよりも4年も前に出願された本件発明も当業者にとって格別の技術効果を奏するものであることは明らかである。
被告の反論の要点
決定の認定判断は,正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点の看過)について 本件発明は,その特許請求の範囲に記載された構成から成る「二次電池」の発明であり,本件発明を原告主張のように「金属イオン二次電池」であると限定的に解釈する理由はない。
本件発明のうち,リチウムイオンのみが反応に関与するリチウムイオン二次電池と,引用発明のうち負極材料に導電性高分子(ポリアセチレン,ポリパラフェニレン)を用いたものとを比較してみても,両者は,リチウムイオンのようなアルカリ金属イオンを吸蔵放出するという,負極における電池反応において差異はないから,リチウムイオン二次電池である点において差異はない。
決定の一致点の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 甲第3号証刊行物には,従来技術の問題点の項(甲第3号証2頁左下欄17行〜3頁左上欄20行)で,負極材料である「リチウム金属・合金」及び「導電性高分子・グラファイト」の欠点が記載され,これに続く問題点を解決する手段の項に,「本発明者らは,前記従来技術の欠点を解決すべく鋭意検討した結果,負極として固体状イオン導電体とアルカリ金属イオンを吸蔵放出する他の負極材料との複合体を用いることによって,充・放電の可逆性が良好であり,サイクル寿命が長く,高エネルギー密度を有し,自己放電率が極めて低い,高性能の非水系二次電池が得られることを見出し,本発明を完成するに至った。」(3頁右上欄2行〜9行)との記載がある。
この記載は,負極用のアルカリ金属イオンを吸蔵放出する材料と固体状イオン導電体(本件発明の高分子固体電解質と同じ)とを複合体化すれば,上記材料のうち導電性高分子材料については,この材料が電解液と反応したり,材料が分解することに起因する保存特性,充放電効率,サイクル寿命等の劣化の問題を解決できたと述べているのと同義である。そうすると,この導電性高分子と同様の原因による問題点を有することが既に知られ,かつ,引用例において,これと並列の関係で記載されているグラファイト(黒鉛)にも,同様の考えが及ぶのは自然のことである。
すなわち,リチウム二次電池の分野において,負極材料である導電性高分子とグラファイト(黒鉛)には,程度の差こそあれ,同じような現象に起因する問題があると当業者間で認識されているのであるから,このような場合において,この導電性高分子負極材料と高分子固体電解質とを複合体化したとき効果があるのであれば,従来からこれと同じ問題を抱えているグラファイト(黒鉛)についても同様の複合体化を試みることは,当業者にとって容易なことというべきである。
(2) 負極炭素質材料の一種であるグラファイト(黒鉛)は,充電によって層間化合物を形成し,極めて不安定であり,電解液と極めて高い反応性を有し,負極自身が分解したりする(乙第4号証第2頁右下欄〜第3頁左上欄)ため,貯蔵安定性が悪く,充放電効率の低下やサイクル特性が劣化するため,実用に耐えうるものではないと考えられており,その解決策として,黒鉛より乱層構造をもつ炭素質材料が使用されている,というのが,本件出願当時の技術水準である(乙第2ないし第7号証)。
グラファイト(黒鉛)の改良材料である,グラファイトよりも乱層構造を有する炭素質材料について,上記導電性高分子に対して有効とされる甲第3号証刊行物に開示された技術的手段を適用してみることも,当業者であれば,容易に想到し得るものである。
決定が,「非水系二次電池用の負極材として,有機物焼成体のような炭素質材料は安定性の点も含めてグラファイトよりも優れることは既に確認されており,そのような炭素質材料は本件出願前に公知のものであるから,このような焼成体炭素質材料を引例でいう複合体の他の負極材料として採用することは当業者にとって容易になし得ることでもある」(決定書5頁2行〜6行)と判断したことにも誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について 原告は,本件発明が二次電池の電極間の金属イオンの移動のみを充放電反応に利用する金属イオン二次電池であるのに対し,引用発明は,@負極材料にアルカリ金属又はその合金を使用した金属二次電池及びA負極材料及び正極材料に導電性高分子を使用した二次電池であって,金属イオン二次電池ではない点において両者は異なるとし,これを前提に,決定は,上記相違点を看過したものである,と主張する。
しかしながら,本件発明の特許請求の範囲として記載されているところは,上記のとおり,「正極層,有機電解液を含むセパレータ層及び負極層が順に積層され,電池容器に封入されてなり,前記負極層が炭素質材料と高分子固体電解質との複合体で構成されてなる二次電池。」であって,発明の対象となる二次電池を金属イオン二次電池に限定する文言を何ら含まないものであるから,本件発明が金属イオン二次電池に限られるものでないことは,特許請求の範囲の記載自体から明らかなことというべきである。念のために本件出願の願書に添付された明細書の発明の詳細な説明の欄の記載を検討しても,本件発明を金属イオン二次電池だけに限定して解釈すべき根拠は見当たらない。
原告主張の点を相違点とすることはできない。取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 決定は,本件発明と引用発明との相違点について,「引例(判決注・甲第3号証刊行物。)では,負極材料として,導電性高分子と並列の関係でグラファイトの問題が論じられている・・・から,負極層を導電性高分子と高分子固体電解質(固体状イオン導電体)との複合体にすれば,サイクル寿命や自己放電率等に効果があるのであれば,導電性高分子と同様の問題のあるグラファイトのような炭素質材料について,引例の実施例と同様の負極複合体を形成し,そして,その効果を確認してみることに格別の困難性があったとは認められない。」(決定書4頁18行〜24行)と認定判断した。
(2) 甲第3号証によれば,同号証刊行物(特開昭62-73559号公報)には,次の記載があることが認められる。
ア「産業上の利用分野 本発明は,エネルギー密度が高く,自己放電が小さく,サイクル寿命が長く,かつ充・放電効率(クーロン効率)の良好な非水系二次電池に関するものである。」(甲第3号証2頁左上欄3行〜6行) イ「従来の技術 ・・・Liを負極活物質として二次電池反応を行なう場合には,充電時にLi+が還元されるときにデンドライトが生じ,充・放電効率の低下及び正・負極の短絡等の問題がある。そのため,デンドライトを防止し,負極の充・放電効率,サイクル寿命を改良するための技術開発も数多く報告されており,・・・負極活物質として,アルカリ金属やLi/Alのごとき,アルカリ金属合金の他に主鎖に共役二重結合を有する導電性高分子を用いることも知られている。・・・またグラファイトや他の層間化合物を負極活物質に用いることも知られている。」(甲第3号証2頁左上欄7行〜左下欄15行) ウ「発明が解決 しようとする 問題点 ・・・アルカリ金属イオンの還元時に生ずるデンドライトを防止するためには,アルカリ金属とAlやMg等との合金を負極に用いることでデンドライトの発生をかなり改善できる。しかし,この場合,Liの利用率が低い場合にのみ可逆性が得られ,Liの利用率を高くするとデンドライトを生じるとともに,電極自身の崩壊が起こり,実用化には不十分である。また,負極活物質表面をポリエチレンオキサイド等のイオン導電性保護膜で覆うことでもデンドライト発生を防止できるものの,その効果は小さく,合金化にイオン導電性保護皮膜の被覆を併用しても充分な改善には至らない。その理由としては,従来技術のイオン導電性保護皮膜では,負極上を皮膜が一様に完全に覆っているわけではなく,空孔の多い皮膜と考えられ,皮膜自身のイオン導電性が充分でないためと考えられる。さらに,アルカリイオンの還元反応においては,反応律速が合金中のアルカリ金属イオンの拡散速度に依存すると考えられ,塊状の合金表面のみを保護皮膜で覆っても合金表面近くのアルカリ金属イオン濃度が合金内部に比べて高濃度になり,合金の内部と表層部の相状態が異なり,合金中に内部応力が発生し,合金に亀裂が生じたり,皮膜を通過してデンドライトが成長するものと考えられる。
また,主鎖に共役二重結合を有する導電性高分子やグラファイト等を負極に用い,アルカリ金属イオンのドーピング・アンドーピング反応を利用する方法は,デンドライトを防止することには有効ではあるが,高ドーピングレベルで電流密度を高くした場合には,上記と同様にデンドライトを生じたり,電解液と副反応を生じたり,また電極自身の劣化を引き起こしたりして,充・放電効率及びサイクル寿命が充分ではない。」(同号証2頁左下欄16行〜3頁左上欄16行) エ「問題点を解決 するための 手段 本発明者らは,・・・負極として固体状イオン導電体とアルカリ金属イオンを吸蔵放出する他の負極材料との複合体を用いることによって,充・放電の可逆性が良好であり,サイクル寿命が長く,高エネルギー密度を有し,自己放電比率が極めて低い,高性能の非水系二次電池が得られることを見出し,本発明を完成するに至った。
即ち,本発明は,正極,負極及び電解質を主要構成要素とする非水系二次電池において,負極として固体状イオン導電体とアルカリ金属イオンを吸蔵放出する他の負極材料との複合体を用いることを特徴とする非水系二次電池に関する。
負極用複合体電極を作製するために用いられる固体状イオン導電体は,エーテル系化合物とアルカリ金属塩からなる複合物,リン酸エステルとアルカリ金属塩とからなる複合物,エーテル系化合物,リン酸エステル及びアルカリ金属塩からなる複合物である。・・・」(同号証3頁右上欄1行〜20行) オ「複合体を製造するために用いられるもう一つの構成要素であるアルカリ金属イオンを吸蔵放出する他の負極材料は,Li,Na,K等のアルカリ金属:これらのアルカリ金属とAl,Mn,Sn,Zn,Bi,Si,Pb,Cd及びMgからなる群から選ばれた少なくとも1種の金属からなるアルカリ金属合金:ポリパラフェニレン,ポリ-2,5-アルコキシフェニレン,ポリキノサリン及びポリアセチレンからなる群から選ばれた少なくとも1種の導電性高分子:アルカリ金属またはアルカリ金属合金と導電性高分子との複合体があげられる。ここでいう複合体とは,アルカリ金属またはアルカリ金属合金と導電性高分子との均一な混合物,積層体及び基体となる成分を他の成分で修飾した修飾体を意味する。」(同号証4頁右下欄5行〜19行) カ「本発明の非水系二次電池は,従来知られている非水系二次電池に比べて,充・放電の可逆性が良好であり,サイクル寿命が長く,高エネルギー密度を有し,自己放電が極めて低いという利点を有し,」(同号証5頁右下欄10行〜14行) (3) 上記(2)ウ,エ,オで認定したとおり,甲第3号証刊行物には,非水系二次電池の負極材料として用いられる導電性高分子やグラファイトについて,デンドライトを生じたり,電解液との間に副反応を生じたり,また電極自身の劣化を引き起こしたりするため,充・放電効率及びサイクル寿命が十分ではない,という問題点があること,この問題点を解決するため,負極として固体状イオン導電体とアルカリ金属イオンを吸蔵放出する他の負極材料との複合体を用いる構成を採用したこと,アルカリ金属イオンを吸蔵放出する他の負極材料として,@アルカリ金属,Aアルカリ金属合金,B導電性高分子,Cアルカリ金属又はアルカリ金属合金と導電性高分子との複合体を用いることが記載されている。
原告は,引用発明の発明者は,甲第3号証刊行物の「発明が解決しようとする問題点」の欄に導電性高分子とともにグラファイトを挙げ,グラファイトについても十分に意識してしていたはずであるのに,引用発明において,固体状イオン導電体(本件の高分子固体電解質に当たることは,当事者間に争いがない。)と複合化される負極活物質としてグラファイトを用いなかったことを指摘し,このことは,引用発明の発明者を含む当業者は,負極活物質として用いる複合化の対象物として導電性高分子とグラファイトとは別の範疇の材料であると考えており,置換可能な材料とは考えていなかったことを示すものであるから,引用発明を本件発明の容易想到性の根拠とするのは相当でない,と主張する。
しかしながら,甲第5ないし第7号証,乙第2ないし第4号証,第7号証によれば,本件特許出願時(平成元年6月21日)前に公開された特許公報あるいは同出願時前の出願に係る特許公報中に,二次電池の負極材料として用いられる導電性高分子及びグラファイトの問題点について,次の記載があることが認められる。
ア 特開昭63-26953号公報(乙第2号証) 「負極材として使用しうる導電性ポリマーとしては,・・・共役二重結合を有する直鎖状の高分子化合物があげられる。・・・上記の導電性ポリマーは,アルカリ金属イオンをドープした状態,すなわち充電状態において化学的に不安定であり,溶媒と反応したり,あるいは自分自身が分解したりするため,二次電池としての自己放電が非常に大きくなるばかりでなく,充放電のサイクル特性をも劣化せしめるという問題がある。
一方で,負極を構成する炭素質材料として,共役二重結合が二次元的に広がった構造を有するグラファイトを使用し,グラファイト層間にアルカリ金属イオンを電気化学的に還元することによりインターカレートしたグラファイト層間化合物を負極活物質とした二次電池が報告されている。しかし,かかる二次電池においては,充電によって形成されるアルカリ金属-グラファイト層間化合物が化学的に不安定であり,グラファイト構造の破壊を伴なって溶媒と反応してしまうので,貯蔵安定性が悪く,かつ,充放電効率の低下ならびにサイクル特性の劣化を招来するという不都合がある。」(2頁左上欄2行〜右上欄14行) イ 特開昭62-122066号公報(乙第3号証) アと同一の記載がある(2頁左上欄13行〜左下欄5行。アと同一出願人の特許出願に係る公報である。)。
ウ 特開昭62-90863号公報(乙第4号証) 「一方Li+イオン等の陽イオンを取り込んだ黒鉛層間化合物を負極として用いることは当然考えられ,事実,例えば特開昭59-143280号公報に,陽イオンを取り込んだ黒鉛層間化合物を負極として用いることが記載されている。しかしながら,かかる陽イオンを取り込んだ黒鉛層間化合物は極めて不安定であり,特に電解液と極めて高い反応性を有していることは,エイ・エヌ・デイ・・・等の「ジャーナル・オブ・エレクトロケミカル・ソサエティー・・・1970年」の記載から明らかであり,層間化合物を形成しうる黒鉛,グラファイトを負極として用いた場合,自己放電等電池としての安定性に欠けると共に,前述の利用率も極めて低く実用に耐え得るものではなかった。」(2頁右下欄17行〜3頁左上欄12行) エ 特開昭60-170163号公報(甲第5号証) 「近時,有機半導体である薄膜状ポリアセチレンに電子供与性物質又は電子受容性物質をドーピングしたものを電極活物質として用いた電池が開発されている。この電池は2次電池として高性能で且つ薄形化,軽量化の可能性を有しているが,次に述べる様な大きな欠点がある,即ち,有機半導体であるポリアセチレンが極めて不安定な物質であり,空気中の酸素により容易に酸化を受け,又熱により変質することである。」(2頁右上欄11行〜20行) オ 特開昭63-289764号公報(甲第6号証) 「近年,各種有機材料からなる導電性ポリマーを電極材料とした二次電池が提案されている。・・・この種の導電性ポリマーのうちポリアセチレンは,ドーピング及びアンドーピング状態において空気中の酸素によって非常にたやすく酸化され易いという欠点をもつ。このため,これを電極材料とした場合,電極作製環境の管理が重大となり,電極作製作業が困難且つ煩雑化し,また電極自身の保存性が悪い等という不都合がある。更に,電池内に組込んだ場合,微量の酸素や水分が存在するだけで変成あるいは分解を起こして電池特性劣化を引き起す他,過充電を行うとポリマーが変成,分解する可能性がある等の欠点があり,充電電圧の急上昇,充放電効率の低下や電池サイクル寿命の減少等を招く」(2頁右上欄4行〜右下欄2行) カ 特開昭60-65478号公報(甲第7号証) 「ポリアセチレンを電極とする2次電池はエネルギー密度(Wh/Kg)が大きく,かつ出力密度(W/Kg)が大きいことから最近注目を集めている。しかしながら,この種の電池の最大の欠点は寿命,即ち,充放電の繰返し寿命が極めて短かく,2次電池として実用に供し難い点である。・・・充放電の繰返しによる寿命特性の低下の主要因が電池反応,特に充電の際,電解質が副反応を起して分解したり,あるいは電解質を溶解している有機溶媒が分解し,生成したこれら活性な分解生成物によってポリマ電極中の共役2重結合が少しづつ破壊されるためであることが判明した」(甲第7号証2頁左上欄9行〜右上欄13行) キ 特開平2-82466号公報(昭和63年9月20日出願。乙第7号証) 「黒鉛化度の非常に高い黒鉛粉末は,充放電に対する安定性が悪く実用には適さない。これは,アニオンがドープすることで炭素層の面間隔が増大するが,黒鉛粉末は構造的安定性に乏しく,このc軸方向の膨張に耐えられず崩壊するためである。」(2頁右上欄10行〜15行) 上に認定したところによれば,本件出願の当時,2次電池の負極材料として知られていた導電性高分子及びグラファイトは,共に,アルカリ金属イオンをドープした状態では化学的に不安定であり,電解液と反応したり,負極自身が分解したりするため,貯蔵安定性が悪く,充放電効率が低下したり,電池としてのサイクル特性が劣化したりするという問題点を有していることは,周知の事項であったというべきである。上記2(2)ウで認定した,甲第3号証刊行物中の「また,主鎖に共役二重結合を有する導電性高分子やグラファイト等を負極に用い,アルカリ金属イオンのドーピング・アンドーピング反応を利用する方法は,デンドライトを防止することには有効ではあるが,高ドーピングレベルで電流密度を高くした場合には,上記と同様にデンドライトを生じたり,電解液と副反応を生じたり,また電極自身の劣化を引き起こしたりして,充・放電効率及びサイクル寿命が充分ではない。」との記載は,デンドライトの発生の点を除き,上記の周知の事項と同様の問題点を指摘したものということができる。
このように,導電性高分子やグラファイトは,電解液と反応したり,負極自身が崩壊したりなどするため,充放電効率や電池としてのサイクル寿命に問題があるという共通の問題点を有していることが周知であり,そのことが甲第3号証刊行物にも開示されているのであるから,同号証刊行物に開示された二次電池の負極材料として導電性高分子と高分子固体電解質とを複合体化する技術に接した当業者において,導電性高分子に代えて,これと共通の問題点があるグラファイトを用いて,高分子固体電解質と複合体化することに想到することは,他にこれを妨げる事情が主張,立証されない限り,容易である,というべきである。
甲第3号証刊行物において,引用発明の二次電池の負極材料としてグラファイトを用いるとの記載がないことは,そのことだけでは,上記の想到容易性の判断を左右するに足りるものものではないというべきである。
原告は,導電性高分子とグラファイトとでは,これを負極材料に用いた二次電池の「充放電効率及びサイクル寿命が十分ではないこと」の原因が異なり,導電性高分子を用いた負極材料において上記問題点が生じる原因は,導電性高分子それ自身が不安定であるため,溶媒と反応したり,自分自身が分解したりしてしまうことによるのに対し,グラファイトを用いた負極材料において上記問題点が生じる原因は,グラファイトの層間が押し広げられることに起因して黒鉛層が剥離してしまうことによるものである,と主張する(上記認定のエないしキには同旨の記載がある。)。しかしながら,原告の主張する上記の相違点が上記想到容易性の判断を妨げるというためには,上記の相違点のゆえに,甲第3号証刊行物に開示された負極材料の複合体化の技術が,導電性高分子には有効であるが,グラファイトには有効でない,と当業者において認識されていたことが必要であり,かつ,そのためには,上記技術が導電性高分子に有効であるその機序が明らかにされていたことが必要である,というべきであるのに,甲第3号証によれば,甲第3号証刊行物中に上記機序についての説明は一切存在しないことが明らかであり,その他,本件全証拠によっても,本件特許出願日当時,上記機序が明らかとされていたと認めることはできない。原告主張の上記相違点は,前記想到容易性の判断を左右するものではないというべきである。
原告は,導電性高分子とグラファイトとは,有機物と無機物という,構造においても,物理化学的性質においても,全く共通点のない範疇の異なる物質である,と主張する。しかしながら,甲第3号証刊行物に記載された負極材料の複合体化の技術が導電性高分子には有効であるが,グラファイトには有効でないということを,有機物か無機物かという両者の相違によって根拠付けることは,不可能である。同刊行物においては,上記技術は,有機物である導電性高分子のみならず,無機物であるアルカリ金属及びアルカリ金属合金にも有効であることが明示されていることは前記のとおりであるからである。この点の相違も,前記想到容易性の判断を左右するものではないというべきである 原告は,乙第2ないし4号証,第6号証の各刊行物において,グラファイトは安定性の悪い負極活物質として挙げられていることを根拠に,本件出願当時,当業者には,グラファイトを,負極活物質として使用することは,できないこと又は極めて困難なことと考えられていたとして,引用発明の導電性高分子をグラファイトに置き換えることを試みることが容易とはいえない,と主張する。しかしながら,導電性高分子も安定性の悪い負極活物質であるとされていたことは,前記のとおりであり,この点において,引用発明の導電性高分子とグラファイトとの間に異なるところはない,というべきである。引用発明の技術は負極活物質を単独で用いる技術ではなく,高分子固体電解質との複合体とする技術であるから,単独では安定性が悪いと考えられてい負極活物質であっても,そのことだけから,他の物質との複合体とする技術を適用することが困難であるということができないことは,明らかである。
原告は,甲第8号証の鑑定書の記載を挙げ,引用発明は,デンドライト発生の防止のため,導電性高分子を固体状イオン導電体で複合化したものであるから,当業者は,この技術をデンドライトの発生しないグラファイトを始めとする炭素質材料に適用することは考えない,と主張する。
しかしながら,引用発明は,デンドライトの発生を防止することだけでなく,充・放電効率の低下やサイクル寿命の劣化の原因として挙げられている,負極材料と電解液との間の副反応の発生,及び電極自身の劣化を防止することをも目的としていることは,前記認定の甲第3号証刊行物の記載から明らかである。甲第8号証の記載内容は,引用発明の技術がデンドライトの発生以外の原因とは無関係であることを認めさせるに足りるものではなく,引用発明の技術をグラファイトにも適用することが想到容易であるとの前記判断を左右するものではないというべきである。
原告は,本件発明が特許性を有する根拠として,本件出願後の特許出願についての特開平7-134989号を挙げる。しかし,他の特許出願の事実がそれ自体で本件の想到容易性の判断を左右するものではないことは,事柄の性質上当然のことである。
原告の主張は,いずれも採用することができない。
3 以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由は,いずれも理由がなく,その他決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事
件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸