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関連審決 審判1999-167
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  技術常識 /  発明の概要 /  優先権 /  優先日 /  置き換え /  実施 /  加工 /  混同 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 472号 審決取消請求事件
原告 日本碍子株式会社
原告A
原告ら訴訟代理人弁理士 杉村興作
同 徳永博
同 高見和明
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 西川正俊
同 小林信雄
同 林栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/07/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成11年審判第167号事件について平成12年9月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 主文と同旨 2 被告 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは、平成5年3月5日、名称を「弾性表面波フィルタ装置」とする発明(本願発明)につき特許出願(特願平5-45368号)をした(優先権主張日平成4年3月26日)が、平成10年11月26日に拒絶査定を受けたので、平成11年1月4日に拒絶査定に対する不服の審判を請求した(平成11年審判第167号)。特許庁は、この請求について、平成12年9月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年11月13日、原告らに送達した。
2 本願発明の要旨(特許請求の範囲の請求項1の記載) トランスバーサル型の弾性表面波フィルタ装置に用いられる変換器であって、水晶又は水晶と同程度の電気機械結合係数を有する圧電性材料で構成した基板上に形成した正電極、負電極及び短絡型の浮き電極を備え、基本弾性表面波の波長をλとした場合、前記正電極の電極指をλの中心間距離を以って周期的に形成し、前記負電極の電極指を、互いに隣接する正電極の電極指間の中間位置にλのピッチで周期的に配置し、前記浮き電極の電極指を、互いに隣接する正電極の電極指と負電極の電極指との間の中間位置から一方の側にλ/12偏位した位置にλのピッチで周期的に配置し、前記正電極、負電極及び浮き電極の各電極指の弾性表面波の伝播方向の幅dを、式0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12を満たすように設定したことを特徴とする変換器 3 審決の理由の要旨 審決は、別紙審決の理由写し(以下「審決書」という。)のとおり、本願発明は、刊行物1(特開平3-133209号公報、甲第3号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないとした。
審決取消事由(原告らの主張)
審決は、刊行物1記載の発明の認定を誤り、その結果、本願発明と刊行物1記載の発明との相違点の認定を誤り(取消事由1)、相違点の判断を誤って(取消事由2)、本願発明は刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(刊行物1記載の発明の認定の誤り等) 審決は、刊行物1記載の発明につき、「なお、刊行物1の第2図の従来例には、
『開放型浮き電極3』も記載されている。しかし、その第2頁左上欄第16行-右上欄第1行には、『開放型又は短絡型の浮き電極を入れ』ること(即ち、開放型の浮き電極のみを入れるか、又は短絡型の浮き電極のみを入れること)、『その浮き電極の位置を正負電極指の中心位置からずらす』ことが記載されているので、短絡型の浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れるという技術的思想を読み取り、…認定した。」(審決書2頁34行〜3頁1行)とした上で、本願発明の用語で表現すると(審決書3頁2行)、「刊行物1には、トランスバーサル型の弾性表面波フィルタ装置に用いられる変換器であって、圧電性材料で構成した基板上に形成した正電極、負電極及び短絡型の浮き電極を具え、基本弾性表面波の波長をλとした場合、前記正電極の電極指をλの中心間距離を以って周期的に形成し、
前記負電極の電極指を、互いに隣接する正電極の電極指間の中間位置にλのピッチで周期的に配置し、前記浮き電極の電極指を、互いに隣接する正電極の電極指と負電極の電極指との間の中間位置から一方の側に偏位した位置にλのピッチで周期的に配置し、前記正電極、負電極及び浮き電極の各電極指の弾性表面波の伝播方向の幅dをλ/12に設定した 変換器、であって、挿入損失を小さくすることができる、という発明(以下、「第1の発明」という。)が記載されている。」(審決書3頁7行〜19行、下線は原告らが付加)と認定するが、この認定は誤りであり、したがって、この認定に基づく、本願発明と刊行物1に記載された発明の相違点の認定も誤り(相違点の看過)である。
(1) 刊行物1には、「短絡型の浮き電極」のみを入れ「挿入損失を小さく」した変換器の発明は記載されていない。
ア 刊行物1には、次のとおり記載されている(以下記載@、A等として引用する。) @「これに対してAらはIDTの正負電極指の間に開放型又は短絡型の浮き電極を入れ、且つ、その浮き電極の位置を正負電極指の中心位置からずらすことにより一方向性が得られることを見い出した。(文献〜電気通信学会超音波研究会技術報告。US84-18,p.95(1984)。)」(2頁左上欄16行〜右上欄1行) A「更にAらは同文献において、第2図に示すようにIDTの正負電極指1,1’の間に開放型の浮き電極2と短絡型の浮き電極3を同時に挿入すると一方向性がより強くなり低損失化に効果があることを示した。」(2頁右上欄2行〜6行) B「この浮き電極をもつ内部反射型一方向性IDTは通常のSAWフィルタ同様に唯1回の蒸着とフォトエッチング加工で電極形成ができ製造が容易であるという利点があるが、IDT対数が少なくなると反射の効果が弱まり一方向性が悪くなって挿入損失が大きくなるという欠点があり、広帯域低損失フィルタに用いるには未だ不十分なものであった。」(2頁右上欄7行〜13行) イ 刊行物1の上記記載@ABによれば、正負電極指の間に「短絡型浮き電極のみを挿入するIDT」(以下、「短絡型」ということがある。)又は「開放型浮き電極のみを挿入するIDT」(以下、「開放型」ということがある。)において、浮き電極の位置を正負電極指の中心位置からずらすことにより一方向性が得られる(記載@)ところ、「開放型浮き電極と短絡型浮き電極とを同時に挿入するIDT」(以下、「双方型」ということがある。)では、一方向性がより強くなり低損失化に効果があることが示されている(記載A)。また、「双方型」でも「IDT対数が少なくなると一方向性が悪くなって挿入損失が大きくなる」という欠点があり、広帯域低損失フィルタに使用するには不十分であることが示されている(記載B)。
そして、「開放型又は短絡型の浮き電極を入れ」たIDTに関する記述(記載@)の直後に、これとの比較で、開放型の浮き電極2と短絡型の浮き電極3を同時に挿入したIDT(「双方型」)の低損失化の効果についての記載Aがあることは、短絡型の浮き電極又は開放型の浮き電極のどちらか一方のみを入れたIDTでは、低損失化が必ずしも達成されず、広帯域低損失フィルターには使用ができないことを示唆している。「短絡型」及び「開放型」の一方向性が「双方型」に比べて劣ることは、出願時における当業者の常識であった。
ウ 以上のとおり、刊行物1は、「短絡型」を記載しているということはできても、その記載の全趣旨から判断すると、「短絡型」の一方向性が「双方型」に比べて劣り、広帯域低損失フィルタに使用し得るものではない旨を記載したものというべきであるから、刊行物1に「短絡型」で「挿入損失を小さくすることができる変換器」が記載されている旨の審決の認定は誤りである。
(2) 審決は、刊行物1の「第2図」及び記載@を参照し、「短絡型の浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れるという技術的思想を読み取り、」(審決書2頁34行〜3頁19行)、この技術思想を前提として審決のいう「第1の発明」を認定したが、かかる前提は誤りであるから、「第1の発明」が刊行物1に記載されているとした審決の認定も誤りである。
ア 刊行物1の第2図に記載されたものは、開放型浮き電極と短絡型浮き電極とを必須の要素とする「双方型」である。第2図が開放型浮き電極と短絡型浮き電極との双方を必須の要素とする以上、開放型浮き電極を除外した認定をすることは、第2図の本質を無視するものである。
また、「短絡型」又は「開放型」の一方向性は「双方型」に比べて劣るというのが技術常識である。第2図について開放型浮き電極を除外し「双方型」を「短絡型」にした認定をすることは、当該技術常識とも相容れない。
イ 審決は、刊行物1の記載@及び第2図から「『短絡型の浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れる』という技術的思想を読み取り」というが、「浮き電極を正負電極指の中心位置からずらして入れる」ことは、記載@において説明されている従来例に固有の特徴であり、記載Aにおいて説明されている第2図のもの(双方型)に関連する特徴ではない。
したがって、第2図からは「短絡型の浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れるという技術的思想を読み取」ることはできない。
ウ 以上のとおり、刊行物1のいずれの箇所にも、「『短絡型の浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れる』という技術的思想」に基づく審決認定の「第1の発明」は、記載されていない。審決は、刊行物1に上記技術思想が記載されているという誤った前提に基づき、刊行物1に記載された発明として審決のいう「第1の発明」を認定したものであり、前提が誤りである以上、刊行物1に記載された発明の認定も誤りである。
(3) 刊行物1には、第2図のもの(「双方型」)において電極指幅をλ/12にすることは記載されているが、「短絡型」において電極指幅をλ/12とすることは記載されていない。
ア 被告は、刊行物1における「この浮き電極を有する内部反射型一方向性IDT」(記載B)には、「短絡型」、「開放型」及び「双方型」の3タイプが含まれると主張し、これを前提として、第2図に電極指幅を「λ/12」とする「双方型」の記載があるから、電極指幅を「λ/12」とする「短絡型」も記載されていると主張する。
しかし、刊行物1は、「開放型」及び「短絡型」の問題点に鑑み、広帯域低損失SAWフィルタを提供するという目的を達成するために、「双方型」の構成を前提とした上で、「浮き電極をもつ内部反射型一方向性IDTの開放型浮き電極はライン幅をλ/12より広くし、短絡型浮き電極はライン幅をλ/12より狭くした構成」(甲第3号証の2頁左下欄(発明の概要)3行〜8行参照)を提案するものである(注、「ライン幅」は「電極指幅」に相当する。)。この文脈からすれば、上記「浮き電極をもつ内部反射型一方向性IDT」は「双方型」のみを特定したものであり、「短絡型」又は「開放型」を含むものではない。
イ 電極指幅は、変換器のタイプや圧電材料等が決定されて初めて特定できるものである。被告は、「短絡型」、「開放型」及び「双方型」のいずれのタイプのものも、浮き電極を正負電極指の中心位置からずらして入れる内部反射型一方向性IDTである点において関連性があると主張するが、電極指幅についてまで関連性があるということできない。
第2図の電極指幅「λ/12」は、「正負IDT電極指2、2’の間に開放型浮き電極3及び短絡型浮き電極4を配置し、これら各電極のライン幅と電極間スペースの幅を全て同一」(2頁左下欄18行〜右下欄2行)にした結果である。すなわち、「双方型」に依存するものである。
したがって、刊行物1の第2図に示される「双方型」の電極指幅は、短絡型浮き電極のみを入れた「短絡型」にそのまま当てはまるものではない。
ウ 刊行物1が2頁左上欄16行〜右上欄1行で引用する文献(甲第4号証第98頁左側欄第15行参照)中に記載された「短絡型」又は「開放型」は、電極指幅が「λ/8」である。それゆえ、第2図からあえて「短絡型」を認定するとしても、その電極指幅は「λ/8」となるはずであり、審決のように「λ/12」と解釈すべき理由はない。
エ 以上述べたところから、刊行物1に電極指幅を「λ/12」とする「短絡型」の発明が記載されているという被告の主張が誤りであることは明らかである。
(4) 以上のとおり、審決は、刊行物1に審決のいう「第1の発明」が記載されていると誤認し、本願発明と刊行物1には記載されていない「第1の発明」とを対比した結果、本願発明と刊行物1に記載された発明との相違点を看過し、本願発明の推考容易性について誤った結論に至ったものであるから、取り消されるべきである。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り) (1) 相違点(1)(基板材料)について 審決は、本願発明と刊行物1記載の発明との相違点(1)として、「前記圧電性材料で構成した基板として、前者(本願発明)が、温度変化による影響を受け難くするために、水晶又は水晶と同程度の電気機械結合係数を有する基板を採用しているのに対して、後者(刊行物1記載の発明)がLiNbO3の基板を採用している点」(審決書4頁1行〜4行)を認定した上、この相違点(1)について、「圧電性材料で構成した基板として、水晶又は水晶と同程度の電気機械結合係数を有する基板を用いること、及び水晶は温度変化による影響を受け難いことは、弾性表面波フィルタ装置の分野では例示するまでもなく周知であるので、引用刊行物1に記載された第1の発明において、温度変化による影響を受け難くするために、前記圧電性材料で構成した基板として、水晶又は水晶と同程度の電気機械結合係数を有する基板を採用して本願発明のようにすることは、当業者が容易になし得たことである。(原査定の理由において提示された、B、A「正負反射型弾性表面波反射器及び共振器」(US85-11)〔注、甲第5号証〕にも、圧電性材料で構成した基板として水晶基板を用いることが記載されている)」(4頁20行〜31行)と判断したが、以下のとおり誤りである。
ア 圧電性基板材料として水晶が周知であるとしても、水晶は、電気機械結合係数が比較的小さく電気的摂動の利用ができないため、浮き電極を有する一方向性変換器の基板としては使用することができないと一般に考えられていた(甲第5号証の第1図、2頁右側7行〜9行)。一方、LiNbO3のような電気機械結合係数が比較的大きく電気的摂動の利用ができる材料に限り、「双方型」の一方向性変換器の基板として使用することができると考えられており、刊行物1の第2図のものに使用されている基板もLiNbO3である。したがって、LiNbO3基板を使用する上記第2図のものにおいて、基板として電気機械結合係数が比較的小さい「水晶又は水晶と同程度の電気機械結合係数を有する基板」(以下、「水晶等基板」という。)を採用することは当業者の予想を超えるものである。
イ 同じく、甲第5号証の図2及び図3によれば、水晶基板の反射効率は、LiNbO3と比較して1/3程度低いことが認められる。そうすると、反射効率の向上及び挿入損失の低下防止の観点から、反射係数の低い「水晶等基板」は好ましくなく、採用し得ない。
ウ さらに、刊行物1には、「水晶等基板」を採用する動機付けとなり得る記載もない。
エ したがって、基板として「水晶又は水晶と同程度の電気機械結合係数を有する基板」を採用することは当業者が容易になし得たことである、とした審決の判断は誤りである。
(2) 相違点(2)(短絡型浮き電極の電極指の偏位量)について 審決は、本願発明と刊行物1記載との発明の相違点(2):「前記浮き電極の電極指の偏位量を、前者が、λ/12としているのに対して、後者が明示していない点」(4頁5行〜6行)について、「引用刊行物1の第2図従来例の「短絡型浮き電極4」及び「開放型浮き電極3」の電極指の偏位量は、共にλ/12に設定されており、前記偏位量を大きくすると方向性が大きくなることは、引用刊行物2にも記載されて周知であり、本願明細書には、前記浮き電極の電極指の偏位量をλ/12に特定すると最適な挿入損失及び位相特性が得られるとしか記載されておらず、前記偏位量と挿入損失及び位相特性の関係は明記されていないので、引用刊行物1に記載された第1の発明において、前記浮き電極の電極指の偏位量をλ/12として本願発明のようにすることは、当業者が容易になし得たことである。」(審決書4頁32行〜5頁3行)と判断したが、以下のとおり、誤りである。
ア 審決が認定する周知事項「(浮き電極の)偏位量を大きくすると方向性が大きくなる」によれば、当業者は、浮き電極の偏位量を最大にすること(浮き電極の電極指を正負電極の電極指に接触する寸前まで偏位させること)が有利であると考え、浮き電極の偏位量を「λ/6」前後に設定するはずである。「λ/12」とすることは容易になし得ることではない。
被告は、審決のいう「偏位量を多くすると方向性が大きくなる」は、浮き電極の位置が正負電極指の中間位置を中心として「少しずれたときの偏位量」について述べたものであると主張するが、「少しずれた」とはどの程度の偏位をいうのかの基準が不明である。また、刊行物1中の第2図に関連する記載「これら各電極のライン幅と電極間スペースの幅を全て同一」に従えば、短絡型浮き電極のみを入れた場合の偏位量は「λ/10」となるから、「λ/12」は当業者が全く想定しないところである。。
イ さらに、本願発明の弾性表面波フィルタ装置における偏位量と位相特性の関係図(甲第7号証)に示すように、「水晶等基板」上に電極指幅「0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12」の短絡型浮き電極を形成する場合は、偏位量がλ/12であるとき、すなわち、取り得る最大偏位量の半分であるときに最も方向性が大きくなり挿入損失も少なくなる。このような特性は、「偏位量が大きくすると方向性が大きくなる」という審決認定の「周知事項」に従い、取り得る最大偏位量で最も方向性が大きくなると考えると、当業者が容易に予測し得ないことである。
ウ したがって、偏位量を「λ/12」とすることは当業者が容易になし得たことである、とした審決の判断は誤りである。
(3) 相違点(3)(各電極の電極指幅)について 審決は、相違点(3)「(正電極、負電極及び浮き電極の各電極指の)前記幅dを、
前者が、λ/12の前後に範囲を広げ、具体的には式0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12を満たすように設定しているのに対して、後者がλ/12に設定している点」(審決書4頁7行〜9行)について、「引用刊行物1には、正電極、負電極及び浮き電極の各電極指の幅dをλ/12に設定することが記載されており、前記幅dを、小さくすると電気抵抗が大きくなるので挿入損失が大きくなり、大きくするとGDT(群遅延時間)や波形歪が大きくなることが周知であり、これらを考慮して前記幅dをλ/12の前後に適宜設定することは容易になし得ることであるので、引用刊行物1に記載された第1の発明において、前記幅dを、λ/12の前後に範囲を広げ、具体的には式0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12を満たすように設定して本願発明のようにすることは、当業者が容易になし得たことである。」(審決書5頁5行〜10行)と判断するが、以下のとおり誤りである。
ア 審決のいう「電極指幅を小さくすると電気抵抗が大きくなり挿入損失が大きくなり、同幅を大きくするとGDT(群遅延時間)や波形歪が大きくなる」は、一概に言えることではなく、ましてや当業者に周知の事項でもない。したがって、審決のいう上記の点を考慮して電極指幅を「λ/12」前後に設定することは容易になし得ることではない。
また、前記1に述べたとおり、刊行物1の第2図は、短絡型浮き電極と開放型浮き電極の双方を具えた「双方型」であるが、浮き電極として短絡型浮き電極のみを配置した場合、刊行物1の第2図に関連する記載「これら各電極のライン幅と電極間スペースの幅を全て同一」に従うと、電極指幅は「λ/10」となるべきであり、刊行物1記載のものにおいて、電極指の幅dを「0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12」に設定すべき動機付けは何ら認められない。
イ したがって、刊行物1記載の発明において電極指幅dを「0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12」に設定することは当業者が容易になし得たことである、とした審決の判断は誤りである。
(4) 顕著な効果(相異点の相乗効果)の看過 本願発明は、@「水晶等基板」を採用すること、A短絡型浮き電極のみを挿入すること、B浮き電極を正負電極の中間位置から「λ/12」偏位させること、C各電極指幅を0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12とすること、という@ないしCの構成の相乗効果により、「短絡型」の一方向性は「双方型」に比べてよくないという当業者の常識に反して、短絡型のもので「双方型」に比べて一方向性が向上し、挿入損失の低減を達成するという顕著な効果を奏する。このことについては、
本願明細書の図4に関連する説明(段落【0016】)において、水晶基板上に短絡型浮き電極のみを形成した本願発明の変換器を備える弾性表面波フィルタ装置では、
比較例のものにおける挿入損失9.8dBに比べて、挿入損失を5.08dBまで低下させることができたことが明記されている。
審決は、このような当業者の予測を超えた顕著な効果を看過し、本願発明が刊行物1記載の発明から推考容易であるという誤った判断をしたものである。
被告の反論の要点
審決の認定及び判断に誤りはない。
1 取消事由1(刊行物1に記載された発明の認定の誤り等)に対して (1) 審決は、刊行物1(甲第3号証)の第2図を参照するものの、同図に記載された構造が「短絡型」であると認定したわけではなく、第2図記載の構造が電極指幅を「λ/12」とする「双方型」であることを認めた上で、浮き電極を有する内部反射型一方向性IDTに「短絡型」、「開放型」及び「双方型」の3タイプがあることは技術常識であること、及び刊行物1にはこれら3タイプが並列に記載されていることを勘案し、刊行物1には電極指幅を「λ/12」とする「短絡型」が記載されているに等しいと認定したものであり、その認定に誤りはない。
ア 甲第4号証、乙第2、第5及び第6号証によれば、本件出願の優先日(平成4年3月26日)の時点で、浮き電極を有する内部反射型一方向性IDTには、@「短絡型」、A「開放型」及びB「双方型」の3タイプがあることは当該技術分野の技術常識となっていた。
刊行物1には、従来例として、「短絡型」、「開放型」(2頁左上欄16行〜右上欄1行)、及び「双方型」(2頁右上欄2行〜6行及び第2図)が記載されているから、上記技術常識を勘案すれば、引用刊行物1には上記3つのタイプが従来例として並列に記載されているということができる。刊行物1には「短絡型」又は「開放型」の図面の記載はないものの、第2図に対応する「短絡型」又は「開放型」の図面が記載されているに等しい。
イ そこで、刊行物1の記載(第2図、2頁左下欄16行〜右下欄2行)を参照すると、圧電基板1、正負電極指2、2’、開放型浮き電極3及び短絡型浮き電極4がそれぞれ記載され、正電極指2をλ(SAWの波長)のピッチで周期的に配置するとともに、負電極指2′を互いに隣接する正電極指2の中間位置に同じくλのピッチで周期的に配置すること、正負電極指2、2’、開放型浮き電極3及び短絡型浮き電極4の幅をいずれもλ/12とすることが記載されている。また、開放型浮き電極3と短絡型浮き電極4は、それぞれ、正負電極指2、2’の中間位置から偏位していることが第2図から読み取れる。
以上のとおり、第2図は、浮き電極を正負電極指の中間位置から偏位した位置に配置する内部反射型一方向性IDTの上記3つのタイプのうちの「双方型」について、正負電極及び浮き電極の電極指幅をλ/12とする例を示すものであり、残る2つのタイプについても、同様に、正負電極及び浮き電極の電極指幅をλ/12とすることが記載されているということができる。
ウ したがって、浮き電極として短絡型浮き電極のみを有し、短絡型浮き電極を正負電極指の中間位置からずらして配置し、正負電極及び浮き電極の電極指幅を1/12λとする内部反射型一方向性IDTが記載されているということができる。
(2) 原告らは、第2図から「短絡型の浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れるという技術的思想」を読み取ることは誤りであると主張するが、前記のとおり、いずれのタイプも、浮き電極を正負電極指の中心位置からずらして入れる内部反射型一方向性IDTに属する点において互いに関連性を有することは当業者の技術常識である。
また、短絡型浮き電極をずらす配置やその電極指幅の値は、「双方型」に反映されるものであり、例えば、「双方型」でも、短絡型浮き電極の配置が正負電極指の中心位置からずらしたものではない場合には、一方向性がより強くなるとはいえないなど、「短絡型浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れる」ことが「双方型」とも関連性を有することは、技術常識である。
このように、浮き電極を正負電極指の中心位置からずらして入れることはいずれのタイプにも関連する特徴であるから、審決が第2図から「短絡型の浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れるという技術的思想」を読み取ったことに誤りはない。
(3) 刊行物1には、「短絡型」において電極指幅をλ/12とすることが実質的に記載されている。
ア 原告らは、刊行物1の文脈全体からすれば、同刊行物に記載の「この浮き電極をもつ内部反射型一方向性IDT」は「双方型」のみを特定し、「短絡型」又は「開放型」までを含むものではないと主張する。
しかし、技術用語「浮き電極をもつ内部反射型一方向性IDT」は、浮き電極を正負電極指の中心位置からずらした位置に配置することにより内部反射により一方向性を得るIDTを意味し、「短絡型」、「開放型」及び「双方型」を含む概念である。この定義からしても「双方型」のみを特定するものではない。
また、利点「唯1回の蒸着とフォトエッチング加工で電極形成ができ製造が容易」や、欠点「IDT対数が少なくなると反射の効果が弱まり一方向性が悪くなって挿入損失が大きくなる」、「広帯域フィルタに用いるには不十分なものである」(甲第3号証2頁右上欄8行〜14行)も、「短絡型」、「開放型」及び「双方型」に共通するものである。
したがって、「浮き電極をもつ内部反射型一方向性IDT」は「双方型」のみを特定するとは言えない。
イ 原告らは、第2図の電極指幅「λ/12」は、「正負IDT電極指2、
2’の間に開放型浮き電極3及び短絡型浮き電極4を配置し、これら各電極のライン幅と電極間スペースの幅を全て同一」(甲第3号証の2頁左下欄18行〜右下欄2行)にした結果であると主張する。
当該記載は「双方型」に関するもので「短絡型」とは関係のない記載であり、刊行物1の認定とは無関係の記載である。
ウ 原告らは、刊行物1が引用する文献(電子通信学会超音波研究会技術報告、US84-18、p.95(1984)、甲第4号証)によれば、「短絡型」又は「開放型」の電極指幅は「λ/8」であるから、あえて「双方型」の第2図を参照して「短絡型」を認定しても、その電極指幅は「λ/8」であって「λ/12」と解釈すべき合理的な根拠はないと主張する。
上記文献に記載の電極指幅が「λ/8」であるとしても、「電極幅は特にλ0/8とする必要はなく」(甲第4号証98頁左欄下から3行〜2行)とも記載されているので、「電極指幅を限定しない短絡型」を認定することができる。したがって、上記出典の「λ/8」は、刊行物1記載の発明の認定には直接の関係はない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)に対して (1)相違点(1)(基板材料)について ア 甲第5号証(図2と図3)には、LiNbO3基板と水晶基板の反射エレメントが記載されており、審決の「圧電性材料で構成した基板として水晶基板を用いる」との認定に誤りはない。また、基板として水晶基板を用いること、及び水晶は温度変化による変化を受け難いことは、乙第1号証(社団法人電子通信学会編「弾性表面波工学」昭和58年11月15日初版発行)又は乙第2号証(日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会編「弾性波素子技術ハンドブック」、平成3年11月30日発行)に記載されており、加えて、正負電極指を有する弾性表面波装置の最初の発明(ベル研、乙第3号証)の基板も水晶であるから、審決が「例示するまでもなく周知である」としたことに誤りはない。
イ 原告らは、水晶の反射効率はLiNbO3に比較して1/3程度低いので(甲第5号証)、挿入損失の低下防止の観点から、水晶は基板として好ましくなく採用することが容易であるとはいえないと主張する。
しかし、甲第5号証には、結合係数が小さくとも水晶の場合に採用すべき構成(図1(b)、(c)、(d))が記載されており(図3。同図に対応する記載箇所は40頁右欄1行〜9行)、水晶は好ましくないとはいえない。
また、単に、水晶の反射効率が相対的に低いことをもって、水晶は好ましくないとはいえない。
ウ 原告らは、刊行物1には、「水晶等基板」を採用する動機付けを認めるに足る記載が見られないと主張するが、この主張にも根拠がない。
また、刊行物1記載の発明は、電極指の位置や幅や偏位量を特定する発明であり、特定の基板材料に依存した発明ではないから、その基板として周知の「水晶等基板」を採用することに、何ら阻害要因はない。
エ したがって、「水晶又は水晶と同程度の電気機械結合係数を有する基板」を採用することは当業者が容易になし得たことである、とした審決の判断に誤りはない。
(2) 相違点(2)(短絡型浮き電極の偏位量)について ア 原告らは、審決認定の「偏位量を大きくすると方向性が大きくなること」に従えば、当業者は最大偏位量である「λ/6」前後に定めるはずであるから、「λ/12」とすることは容易になし得ることではないと主張する。
イ 審決の「偏位量を大きくすると方向性が大きくなる」は、浮き電極が正負電極間の中間位置から少し偏位した場合に関するものである。一方、「λ/6」は、浮き電極が正負電極指に接触するまで偏位した場合の値である。偏位量の領域が異なるのであるから、原告らの主張は失当である。
ウ 偏位量「λ/12」の位置は、正負電極間の距離「λ/2」を三等分した点である。刊行物1の第1図(同刊行物の実施例)及び第2図(同刊行物の従来例「双方型」)でもこの位置に浮き電極が配置されている。刊行物1の「短絡型」において、三等分した位置に浮き電極を配置すること(偏位量「λ/12」)は当業者が容易になし得たことであり、審決の判断に誤りはない。
(3) 相違点(3)(各電極の電極指幅)について ア 原告らは、「電極指幅を、小さくすると電気抵抗が大きくなるので挿入損失が大きくなり、大きくするとGDT(群遅延時間)や波形歪みが大きくなる」とは一概にいえない(周知の事項でもない)ので、この点を考慮して電極指幅を「λ/12」の前後に設定することは当業者が容易になし得たことではないと主張する。
イ しかし、電極指幅が小さくなると、正負電極から基板へ電流が流入・流出する際の電気抵抗が大きくなり挿入損失が大きくなること、及び、電極指幅が大きくなると、基板を伝播する距離が短いものから長いものまで広く分布し、全体としての群遅延時間が大きくなることは、当業者が予測し得ることである。
したがって、挿入損失特性及び群遅延特性を考慮して装置設計を行うことは当業者が容易になし得ることである。
ウ また、本願明細書の記載によれば、「0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12」は、ユーザの要求する基準に適合するように設定したものである。本願の図5及び図6を参照すると、電極幅にほぼ比例して挿入損失やGDTが変化しており、「0.8」や「1.3」が臨界的意義を有する数値であるとはいええない。
同範囲は「λ/15≦d≦λ/9.2」と書き換えられるところ、乙第4号証(特開昭61-144911号公報)及び乙第2号証には、上記範囲近隣の値λ/8、
λ/12、λ/16(以上乙第4号証)や、λ/10〜λ/12(以上乙第2号証)が記載されており、通常の使用範囲であるといえる。
エ 以上のとおり、「0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12」は、単に、ユーザ基準に適合するように選択したものにすぎず、また、同範囲の境界値にも特別の意味はなく、さらに、通常の範囲に設定したものにすぎないから、当業者が容易になし得たものである、とした審決の判断に誤りはない。
(4) 顕著な効果(相違点の相乗効果)の看過に対して 本願発明の各構成はいずれも公知であり、刊行物1記載の発明にも適用可能なものである。各構成の相乗効果が顕著であるともいえない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(刊行物1記載の発明の認定の誤り)について 審決は、その理由において、刊行物1(特開昭3-133209号公報)には審決の認定に係る「第1の発明」、すなわち、「トランスバーサル型弾性表面波フィルタ装置に用いられる変換器であって、圧電性材料で構成した基板上に形成した正電極、負電極及び短絡型の浮き電極を具え、・・・前記浮き電極の電極指を、互いに隣接する正電極の電極指と負電極の電極指との中間位置から一方の側に偏位した位置にλのピッチで周期的に配置し、前記正電極、負電極及び浮き電極の各電極指の弾性表面波の伝播方向の幅dをλ/12に設定した変換器、であって、挿入損失を小さくすることができるという発明」が記載されていると認定し(審決書3頁8行〜19行)、この認定を前提として、本願発明は、刊行物1に記載された「第1の発明」に基づいて当業者が容易に発明し得たものである旨判断した。これに対し、原告らは、刊行物1には審決の認定した「第1の発明」は記載されておらず、
審決は、刊行物1に記載された発明の認定を誤ったものであると主張するので、まず、この点について判断する。 (1) 刊行物1の記載事項 甲第3号証によれば、刊行物1には、以下の各記載@〜Eが認められる。
@「トランスバーサル型SAWフィルタは双方向性損失のために挿入損失が大きくなる欠点があり、低損失化を図るためには一方向性IDTを用いる必要がある。」(1頁右欄8行〜11行) A「この一方向性IDTとして広く使われている方法には3相一方向性IDTやグループ型一方向性IDTがある。しかしながら、前者は…製造が困難であり、後者も…狭帯域フィルタを要求された場合IDT対数の増大によって対応することが事実上不可能であるという欠陥があった。」(1頁右欄12行〜2頁左上欄3行) B「内部反射型一方向性IDTは外部に移相器を要しないという利点はあるが…製造工程が増える上に…製造の歩留りが悪いという欠点があった。」(2頁左上欄5行〜15行) C「これに対してAらはIDTの正負電極指の間に開放型又は短絡型の浮き電極を入れ、且つ、その浮き電極の位置を正負電極指の中心位置からずらすことにより一方向性が得られることを見い出した。(文献〜電気通信学会超音波研究会技術報告。US84-18,p.95(1984)。)」(2頁左上欄16行〜右上欄1行) D「更にAらは同文献において、第2図に示すようにIDTの正負電極指1,1’の間に開放型の浮き電極2と短絡型の浮き電極3を同時に挿入すると一方向性がより強くなり低損失化に効果があることを示した。」(2頁右上欄2行〜6行) E「第2図は上記従来の内部反射型一方向性IDTの構成を示す図であって、圧電基板1表面に形成した正負IDT電極指2、2’の間に開放型浮き電極3及び開放型浮き電極4を配置し、これら各電極のライン幅と電極間スペースの幅を全て同一、即ちライン幅もスペース幅も全てλ/12(λは励起したSAWの波長)とする。このように構成した内部反射型一方向性IDTを128度Yカット、X方向伝搬のLiNbO3基板上に形成すると励起したSAWは大部分が図上5で示す方向に伝搬する。」(2頁左下欄16行〜右下欄6行) (2) 刊行物1に記載された発明 ア 上記@ないしEの各記載によれば、刊行物1には、「正負電極指の間に短絡型浮き電極のみを入れ、その浮き電極の位置を正負電極指の中心位置からずらすことにより一方向性が得られる内部反射型一方向性IDT」(「短絡型」)が記載されていると認められる(上記記載C)。しかし、この「短絡型」の構造において、各電極指幅を「λ/12」とすることは、刊行物1のいずれの箇所にも記載がない。
イ また、刊行物1には、第2図として、「従来の内部反射型一方向性IDTの構成を示す図」が示されているが、同図に示されたものが「双方型」の内部反射型一方向性IDTであることは図示の構成及び記載D、Eに照らして明白である。すなわち、第2図のものは、「短絡型」、すなわち浮き電極として短絡型の浮き電極のみを備えた構造において、浮き電極電極の位置を正負電極指の中心位置からずらし、かつ、電極指幅をλ/12とした構成ではない。
ウ したがって、刊行物1に審決の認定した「第1の発明」が記載されているということはできない。
(3) 被告の主張について 被告は、内部反射型一方向性IDTに、「短絡型」、「開放型」及び「双方型」の3つのタイプがあることは周知の事項であり、刊行物1にもこれら周知の3タイプが並列に記載されているところ、第2図には「双方型」につきその各電極指幅を「λ/12」とすること、及び、短絡型浮き電極を正負電極の中心位置よりずらして配置することが示されているから、「短絡型」についても同様の事項が記載されているに等しいと主張する。しかし、被告の主張は、以下の理由により、採用することができない。
ア 甲第4号証及び乙第2、第5、第6号証によれば、内部反射型一方向性IDTに「短絡型」、「開放型」及び「双方型」の3つのタイプがあることは周知の事項と認められ、刊行物1にもこれら3タイプについての言及がある。
しかし、刊行物1に記載された「双方型」に関する事項(構成又は設計基準等)が、必然的にそのままタイプの異なる「短絡型」にも当てはまることを認めるに足りる証拠はない。被告は、3つのタイプは関連性があると主張するが、単に関連性があるというだけでは、「双方型」につき記載された事項と同様の事項が「短絡型」についても記載されているとはいえない。
むしろ、以下の@.ないしB.に摘示する「短絡型」又は「開放型」に関する乙第5号証の記載、「双方型」に関する乙第6号証の記載及び全てのタイプに関する甲第4号証の記載を参照すると、各タイプは、それぞれの基準に基づき設計されることがうかがわれるのであり、あるタイプの構成又は設計基準等が他のタイプの構成又は設計基準等に当然当てはまるとする理由は見当たらない。
@. 乙第5号証(特公平3-20929号公報) 「xの値は浮き電極幅員をλ/8とすればλ/8<x<λ/4の間で適当に選び」(2頁右欄16行〜17行) 「更に本発明は例えば第4図に示す如く変形してもよい。即ち、前述した第1図乃至第3図の実施例はIDT電極指の幅員を(λ/8)としたものであるが、IDT電極指10、11の幅員を大に、例えばλ/8以上λ/4以下とし浮き電極12の幅員をλ/8以下としてもよく、又この浮き電極は夫々独立したものでも第4図に示す如く2本をペアとして短絡しても全てを連続させてもよいことはいうまでもない。」(2頁右欄39行〜3頁左欄3行) A. 乙第6号証(特公平3-70933号公報) 「以上、正負IDT電極4、5、第1及び第2浮き電極6及び7は幅員を全てλ/8とした場合について説明したが、本発明はこれに限定される必要はなく、例えば正負IDT電極指の幅員を大とし第1及び第2浮き電極の幅員を小としてもよく、或は逆に正負IDT電極指の幅員小として第1及び第2浮き電極の幅員を大としてもよい。」(3頁左欄24行〜右欄4行) 「第1及び第2浮き電極を正負IDTとの中心距離夫々y1及びy2は理論的には零とλ/4との間で適宜選択することができる。」(3頁右欄8行〜10行) B. 甲第4号証(電子通信学会技術研究会報告、信学技報Vol.84 No.58、US84-5〜18(1984年)、審判における刊行物2) 「以上は、λ0/8電極を中心に説明したが、図9(注:開放型)、10(注:短絡型)、11(注:双方型)のような一波長以内で対称性を持たない電極構造とすることにより、電極幅は特にλ0/8とする必要はなく、最適電極幅が存在すると考えられる。」(98頁左欄下から5行〜末行) イ 刊行物1の図2に示された電極指幅「λ/12」は、「双方型」の構造において「各電極のライン幅と電極間スペースの幅を全て同一とする」(前記(1)の記載E)ことにより設定される数値であると認められる。すなわち、「双方型」では正ITD電極指2(又は負ITD電極指2’)の間隔λの間に6つの電極指と6つのスペースが置かれるところ、これらの幅を全て同一としたため除算数「6+6=12」に対応して「λ/12」となったことが認められる。したがって、第2図の「λ/12」は「双方型」に由来する数値であるというべきであり、
第2図の「双方型」につき「λ/12」の記載があるからといって「短絡型」でも電極指幅が「λ/12」になるということにはならない。
ウ 審決は、「刊行物1の第2図に記載の従来例には、「開放型浮き電極3」も記載されている。しかし、その第2頁左上欄第16行〜右上欄第1行には「開放型又は短絡型の浮き電極を入れ」ること、…「その浮き電極の一を正負電極指の中心位置からずらす」ことが記載されているので、短絡型の浮き電極のみを正負電極指の中心位置からずらして入れるという技術的思想を読み取り」(審決書2頁33行〜3頁1行)、刊行物1に記載された「第1の発明」(審決書3頁8行〜19行)を認定したとする。確かに、刊行物1には審決の指摘する記載があり、また、短絡型浮き電極のみに着目してみれば、刊行物1の図2においては、短絡型浮き電極が正負電極の中心位置から偏位して配置されているということもできないわけではない。しかし、そもそも、第2図の従来例は、短絡型と開放型の2種類の浮き電極の存在を必須とする「双方型」の構造であって、その2種類の浮き電極の存在が不可分一体のものとして弾性表面波フィルタ装置の特性(一方向性、挿入損失等)を実現しているものであるから、そのなかの短絡型浮き電極のみを取り出して、短絡型浮き電極の配置を論ずることは、技術的に無意味であり、誤りであるというべきである。
なお、審決のいう「技術的思想を読み取り」は趣旨が明確でないが、仮に、刊行物1の他の箇所の記載(2頁左上欄16行〜右上欄1行)を念頭に置いて第2図をみると、「開放型浮き電極3」を除外した構成が思い浮かび、同構成を読みとることができるという趣旨であれば、それは、「開放型浮き電極の除外」という思考過程の容易性を刊行物記載事項の認定と混同したものといわざるを得ない。
(4) 小括 以上認定のとおり、刊行物1には、「短絡型」の装置において、短絡型浮き電極を正負電極指の中心位置よりずらして配置し、かつ、電極指幅をλ/12とする構成は、記載されていない。また、その構成が刊行物1に記載されているに等しいということもできない。
したがって、刊行物1に「第1の発明」、すなわち、(1)「短絡型」で、(2)浮き電極を偏位させ(偏位量は明示なし)、(3)電極指幅をα/12とし、(4)基板としてLiNbO3を採用した発明が記載されているとした審決の認定は、誤りであり、この認定を前提とする本願発明と刊行物1に記載された発明との相違点の認定も、誤り(相違点の看過)があったことに帰する。
2 審決がした推考容易性の判断について 上記1に判示した認定の誤りが本件発明の推考容易性の判断の結論に影響を及ぼすかどうかを検討する。
(1) 本願発明について ア 本願発明の要旨は、前記第2の2のとおりである。そして、甲第2号証の1及び2によれば、本願明細書に以下の各記載が認められる(イタリックは判決注)。
「【従来の技術】・・・この弾性表面波フィルタ装置では、挿入損失をできるだけ小さくするため入力側及び出力側変換器として一方向性トランスジューサが用いられている。」(段落【0002】) 「このような一方向性トランスジューサとして、例えば特公平3-20929号公報(乙第5号証)に記載・・・の一方向性トランスジューサは圧電性基板として大きな電気結合係数を有するLiNbO3単結晶体が用いられ、・・・及び負電極並びに浮き電極の電極指の・・・幅はλ/8に設定され、浮き電極と正及び負電極との間の中心間距離dは、λ/8実施例】・・・正電極10の電極指と負電極11の電極指との中心間距離はλ/2に設定する。浮き電極12及び13は、それぞれ対をなす電極指12a、12b及び13a、13bを有し、これら電極指間のピッチはそれぞれλ/2に設定する。・・・浮き電極の各電極指12a、12b、13a、13bは、これら電極指が隣接する正電極の電極指と負電極の電極指との間の中間点から・・・λ/12の距離だけ離間し、・・・」(段落【0014】)「挿入損失についての実験結果について説明する。・・・図4から明らかなように、図1に示す本発明による弾性表面波フィルタ装置の挿入損失は5.0dBであり、これに対して図3に示す混在型(注、双方型)のフィルタ装置の挿入損失は9.8dBであり、約4.8dBだけ挿入損失を小さくすることができた。」(段落【0016】) 「・・・図5は電極幅と挿入損失との関係の実験結果を示すグラフである。・・・挿入損失の実用上の基準は6dB以下であるから、この基準を満たすには電極幅dは0.8×λ/12以上でなければならない。」(段落【0017】)「・・・図6は電極幅(×λ/12)とGDT(μ秒)との関係の実験結果を示す。・・・GDTの実用基準を満たすには電極幅は1.3×λ/12以下に設定する必要がある。これら挿入損失及びGDTについての検討結果より・・・ユーザ仕様基準を考慮すると、電極幅dは、0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12を満たすように設定することが好ましい。」(段落【0018】及び【0019】) イ 本願明細書の上記各記載によれば、本願発明は、温度変化に対する帯域変動及び挿入損失の小さい弾性表面波フィルタ装置を提供することを目的とし、圧電性基板材料として温度係数の小さい「水晶又は水晶と同程度の電気機械結合係数を有する基板」(以下「水晶等基板」と略す。)を採用することとし、かかる基板材料の採用を前提として、短絡型浮き電極のみを挿入すること、短絡型浮き電極を正負電極指の中間位置から「λ/12」偏位させること、及び各電極指幅を0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12とすることという、最適な構成の組合せを見いだしたものと認められる。
(2) 推考容易性に関する審決の判断について ア 審決は、本願発明は刊行物1に記載された発明から当業者が容易に推考し得たものであるとしたが、その判断の理由付けは、要するに、
(ア) 刊行物1には、「短絡型」の構造で、浮き電極を偏位させ、電極指の幅dをλ/12とした、審決の認定に係る「第1の発明」が記載されていると認定した上で、本願発明と「第1の発明」とを対比し、
(イ) 両者の相違点として、
相違点(1): 基板として、本願発明が水晶等基板を採用しているのに対し、第1の発明がLiNbO3を採用している点、
相違点(2): 浮き電極の電極指の偏位量を、本願発明がλ/12としているのに対し、第1の発明が明示していない点、及び 相違点(3): 各電極指の電極指幅を、本願発明がλ/12の前後に広げ、0.8×λ/12≦d≦1/1.3×λ/12としているのに対し、第1の発明はλ/12に設定している点、
を認定し、
(ウ) 相違点(1)については、圧電性材料で構成した基板として水晶基板を用いること、及び水晶が温度変化による影響を受け難いことは周知であるから、LiNbO3基板に代えて水晶等基板を採用し、本願発明のようにすることは当業者が容易になし得たことである、
相違点(2)については、
偏位量を大きくすると方向性がよくなることは周知であり、本願明細書には偏位量をλ/12に設定することと損失特性及び位相特性との関係は明記されていないので、偏位量をλ/12とすることは当業者が容易になし得たことである、
相違点(3)については、
電極指のdを小さくすると電気抵抗が大きくなるので挿入損失が大きくなり、大きくするとGDT(群遅延時間)や波形歪が大きくなることが周知であり、これらを考慮して幅dをλ/12の前後(具体的には0.8×λ/12≦d≦1.3×λ/12の範囲)に適宜設定することは当業者が容易になし得たことである、
と判断したものである。
イ しかしながら、刊行物1には、短絡型の装置において、浮き電極の電極指の偏位量をλ/12とし各電極指幅dをλ/12にすることが記載されていないことは、前記1で認定したとおりであるから、審決が推考容易性の判断において依拠した理由のうち、相違点(2)についての判断の理由付け部分の少なくとも一部(「刊行物1の第2図の従来例では電極指の偏位量がλ/12に設定されており」との部分)、及び相違点(3)についての判断の理由付け部分の少なくとも一部(「刊行物1に電極指の幅をλ/12に設定することが記載されており」の部分」)は、
妥当せず、本願発明が刊行物1に記載された発明から推考容易であったとする理由とはなし得ないものである。
ウ また、審決は、相違点(1)について、甲第5号証を引用して、圧電性基板として水晶等基板を用いること、水晶は温度変化による影響を受け難いこと、以上は周知であるから、刊行物1に記載された「第1の発明」において、温度変化の影響を受け難くするために、その圧電性基板として水晶等基板を採用することは当業者が容易になし得たことであるとするが、刊行物1に審決にいう「第1の発明」が記載されていないことは前示のとおりであり、審決のした上記判断は、前提において既に誤っているというべきである。
(3) 被告の主張について ア 被告は、@刊行物1には「短絡型」の内部反射型一方向性IDTにおいて浮き電極の位置を正負電極指の中間位置より偏位させることが記載されている、
A温度変化による影響を受け難い圧電性基板として水晶等基板は周知であり、「短絡型」のものにおいても水晶等基板を採用することに阻害要因は存在しないから、LiNbO3基板に代えて水晶等基板を採用することは、当業者が容易になし得たことである、B浮き電極の偏位量「λ/12」は、正負電極間の距離「λ/2」を三等分したというにすぎず、当業者が容易になし得たことであり、C各電極指幅を「λ/12」前後とする点は、電極指幅と挿入損失及びGDT(群遅延時間)との関係を考慮し、通常の範囲に設定したという程度のことにすぎないから、当業者が容易になし得たことである、Dしたがって、本願発明は刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものであるとした審決の判断は正当であり、誤りはない旨主張する。
イ 上記主張について検討すると、確かに、被告主張の上記@の点、及び上記Aのうち、水晶等基板が温度変化を受け難い圧電性基板として周知であることは、これを認めることができる。しかし、審決が圧電性基板としての水晶等基板の周知性を示す文献の一例として挙げている(審決書4頁29、30行)B、A「正負反射型弾性表面波反射器及び共振器」信学技報Vol.85 NO.65、1985)US85-6〜13(甲第5号証)には、「正負反射型反射期を実現するためには、反射エレメントの反射位相や反射量が基板材料やストリップの材質、膜厚などによってどのように変化するかを知る必要があるが実用性の高い種々の基板についてこの点を検討した研究は少ない。」(39頁左欄下から12行〜8行)との記載、反射エレメントの特性(反射位相や反射量)が基板材料、ストリップの材質、幅及び厚さにより変化することを示す図2及び図3、及び「図1は、正負反射型反射器の基本的な構成を示したものである。(a)は電気的摂動を用いた構成、(b)(c)(d)は弾性的摂動を用いた構成である。結合係数K2の大きい基板では電気的摂動と弾性的摂動の両効果を利用できる」(40頁左欄1行〜5行)、「LiNbO3のようにK2が大きい基板に対しては、電気的摂動だけで十分な反射量が得られるので、図1(a)の構成が有効である。」(40頁左欄31行〜35行)、「K2の小さい水晶の場合には電気的摂動を利用できないので、図1(b)(c)(d)の構成を用いる必要がある。」(40頁右欄7行〜9行)と)、「・・・LiNbO3構造の場合、弾性的摂動効果によるroの符号は負である。」(40頁左欄下から8行〜同6行)、「水晶基板の場合、弾性的摂動によるroの符号は正である。」(40頁右欄3、4行)等の記載があり、これらによると、LiNbO3基板を用いる装置構成と水晶等基板を用いる装置構成とでは、装置設計に際して考慮すべき条件が大きく異なることが認められる。
そうすると、LiNbO3基板における電極構成を、単純に「水晶等基板」に置き換えるということは、当業者が通常想定しないことといわざるを得ず、また、圧電性基板の材料を変更すれば、特定の特性を実現するために最適な電極構成も当然異なってくると予想されるのであって、LiNbO3基板に形成された電極構成がそのまま水晶基板にも適用可能であると直ちにいうことはできない。
ウ そこで、刊行物1に立ち戻って、同刊行物に記載された発明においてLiNbO3に代え水晶等基板を採用し、本願発明のようにすることが容易であったかどうかを検討すると、まず、刊行物1の第2図に記載されたものは「双方型」の構造であるから、その構造中の開放型浮き電極を捨象し、単純に基板を水晶等に代えることは当業者の通常想定しないことであるといわざるを得ない。
また、刊行物1の開示中、「短絡型」の構成に関する事項は、正負電極指の間に短絡型の浮き電極を入れ、その浮き電極の位置を正負電極指の中心位置から「ずらす」というもの(刊行物1の記載事項C、前記1(1)参照)にとどまるものと認められるところ(前記1(2)ア)、この開示された構成のもの(刊行物1記載の発明)において、圧電性材料の基板として水晶等を採用し、挿入損失の小さい弾性表面波フィルタ装置を実現することが当業者の容易になし得たことであるとする根拠は、本件全証拠を検討しても、見いだすことができない。
エ そうすると、本件においては、審決の判断の結論には誤りはないとする被告の主張は、被告の主張するその余の構成の容易性(前記(3)のB、C)について検討するまでもなく、理由がないというべきである。
3 結論 以上認定のとおり、審決における刊行物1に記載された発明の認定には誤りがあり、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものと認められるから、審決は、これを取り消すべきである。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実