関連審決 | 訂正2000-39138 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 訂正明細書 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
313号
審決取消請求事件
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原告 本田技研工業株式会社 訴訟代理人弁理士 藤村元彦 同 北島恒之 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 関谷一夫 同 氏原康宏 同 舟木進 同 大野克人 同 林栄二 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/07/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が訂正2000-39138号事件について平成13年5月30日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「車載エンジン点火装置」とする特許第2857149号(昭和62年4月17日特許出願、平成10年11月27日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 原告は、本件発明について、平成12年11月9日に訂正審判(訂正2000-39138号)を請求したが、特許庁は、平成13年5月30日、「本件訂正審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年6月14日に原告に送達した。 2 特許請求の範囲の記載 (1) 登録時の明細書1. 車載エンジンにより駆動される交流発電機の交流出力を整流して得られる電力によって充電されるバッテリからの電源電圧に基づいて、前記車載エンジンの点火プラグに点火電源を印加する車載エンジン点火装置であって、 点火制御トリガに応じて前記点火電源を前記点火プラグに印加する点火コイル(3)と、 前記点火制御トリガを発する点火時期制御回路(9)と、を備え、 前記電源電圧に基づいて前記点火コイルへ電源電圧を昇圧回路により昇圧した後にこれを定電圧回路によって定電圧に降圧して得られる降圧定電圧を前記点火時期制御回路にその電源電圧として供給し、前記昇圧回路の出力を前記点火コイルへの電源としたことを特徴とする車載エンジン点火装置。 (2) 訂正審判請求書に添付された訂正明細書(下線は訂正箇所)1. 車載エンジンにより駆動される交流発電機の交流出力を整流して得られる電力によって充電されるバッテリからのバッテリ電圧に基づいて、前記車載エンジンの点火プラグに点火電源を印加する車載エンジン点火装置であって、 点火制御トリガ を発する 点火時期制御回路 (9)と、 前記点火制御トリガに応じて前記点火電源を前記点火プラグに印加する点火コイル(3)と、 前記バッテリ 電圧 をスイッチング して スイッチング 出力 を発する スイッチング 回路(22 、Q) と、 前記 スイッチング 出力 を受ける 1次巻線 (20 a) 及び2つの 2次巻線 (20b、 20 c) を有する 昇圧 トランス (20 )と、を備え、 前記2次巻線 の一方 の出力 を整流平滑回路 (D 1、D) を介して 定電圧回路 に供給することによって 定電圧に降圧して得られる降圧定電圧を前記点火制御回路にその電源電圧として供給し、他方の出力を点火用 コンデンサ を介して 前記点火コイルへ供給する ことを特徴とする車載エンジン点火装置。 3 審決の理由の要旨 審決は、別紙審決の理由写し(以下「審決書」という。)のとおり、訂正審判請求書に添付された訂正明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件訂正発明」という。)は、刊行物1(米国特許第3331986号明細書、甲第10号証)に記載された発明、刊行物2(特開昭61-255272号公報、甲第11号証)に記載された発明及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることのできないものであるから、訂正を認めることはできない、 と認定、判断した。 |
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原告主張の取消事由
審決は、本件訂正発明と刊行物1に記載された発明との相違点1、2についての判断を誤り(取消事由)、その結果、本件訂正発明は特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないから、本件訂正は認められないとの誤った判断に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。 1 相違点1の判断の誤り 審決は、相違点1「本件訂正発明では、バッテリが、車載エンジンにより駆動される交流発電機の交流出力を整流して得られる電力によって充電されるバッテリであるのに対し、刊行物1に記載された発明では、バッテリが、車載エンジンにより駆動される交流発電機の交流出力を整流して得られる電力によって充電されるバッテリであるのか否かについて特定していない点」につき、 「発電機及びバッテリを備えた内燃機関の点火装置において、バッテリ電圧が低下したり、バッテリ端子が外れるなどのバッテリ不調に際して、発電機の発生電圧を用いてエンジン始動を可能ならしめる点も、当該技術分野において、従来周知の技術的事項(必要ならば、実公昭30-12703号公報(甲第3号証)、特開昭61-294168号公報(甲第4号証)参照)であると認められることから、相違点1に係る本件訂正発明の構成は、刊行物1に記載の発明におけるバッテリを、 車載エンジンにより駆動される交流発電機の交流出力を整流して得られる電力によって充電されるバッテリとし、仮にバッテリ電圧が低下した場合であっても、交流発電機の発生電圧を用いてエンジン始動を可能ならしめるように構成したものに相当し、刊行物1、刊行物2に記載された発明及び周知の技術的事項に基づき、当業者であれば容易に想到し得るものである。」(7頁19行〜29行)と判断するが、誤りである。 (1) 本件訂正発明は、バッテリ電圧が低下したような場合でもエンジン始動を可能にした車載エンジン点火装置を提供することを目的とする(訂正明細書:甲第9号証2頁24行〜末行)。より具体的には、交流発電機により充電されるバッテリを電源とする車載エンジン点火装置において、バッテリ電圧が低下した場合、バッテリを接続したままの状態で交流発電機の出力電圧によりエンジン始動をすることは困難であったとの従来の問題点を解決することを課題とする。 しかしながら、刊行物1及び刊行物2には、かかる問題点の指摘及び課題の認識は開示されていないので、刊行物1記載の発明に刊行物2に記載された構成を適用して本件訂正発明に至ることはできない。 (2) 審決は「発電機及びバッテリを備えた内燃機関の点火装置において、バッテリ電圧が低下したり、バッテリ端子が外れるなどのバッテリ不調に際して、発電機の発生電圧を用いてエンジン始動を可能ならしめる点」が周知事項であることを示す例として、実公昭30-12703号公報(甲第3号証)及び特開昭61-294168号公報(甲第4号証)を挙げたが、いずれも、バッテリ電圧が低下した場合でもエンジン始動を可能にすることを課題とするものではないので、本件訂正発明の課題が周知であるとはいえない。 すなわち、甲3号証のものは、「低圧磁石発電機1…の両端を夫々整流器3、4に接続し、その出力端を接続して、電池5と点火コイル6の並列回路に直結せしめて成る内燃機関の低圧着火及充電用装置の構造」(登録請求の範囲)、及び、「バッテリの電圧が極端に低下したような時は勿論、更にバッテリーを取り外したような場合でも、セレン整流器からの出力が、点火コイル及び負荷に直結されているため、従来この種の装置のようにスイッチを切替える等の手数を要せず、そのまま起動し運転することができる。」(1頁右欄7行〜13行)との記載によれば、スイッチ切換を必要とせずにエンジンの始動ができる電源形態(すなわち、本件訂正発明の従来例)を示すにすぎない。本件訂正発明の課題を初めて認識し解決したのは、 周知例1から約3年半後の出願である実公昭35-22401号公報(甲第5号証)であり(「バッテリヘの直列抵抗の挿入」によって解決した。)、甲第3号証は、この点でも、周知技術であることを示す証拠とはなりえない。 甲第4号証のものは、発振型DC-DCコンバータ(発振トランスとして自己発振用の3次コイルを必要とするコンバータ)は大型かつ高価になるとの課題に対して、小型かつ安価な構成で、低速から高速まで十分な点火エネルギーが得られ、かつバッテリ端子が外れた場合にも点火動作を継続することを目的とし(2頁右上欄2行〜左下欄15行)、3相交流発電機の2つの相にレギュレータ100Bを挿入し、残りの1相に導通制御回路2A及び遮断制御回路2Bを挿入する構成とすることにより、バッテリ3の端子が外れた場合には、発電コイル11,12の出力端子b,cをレギュレータにより短絡すると共に、短絡されない発電コイル10の出力端子a点の出力によってバッテリレスの状態にて点火動作を継続する(4頁右下欄5行〜18行)。つまり、甲第4号証は、バッテリの端子が外れた場合の点火動作の継続を目的とするもので、バッテリ電圧が低下した場合の始動を目的とするものではない。 なお、被告は、「バッテリ電圧が低下した状態」と「バッテリ端子が外れた状態」とを「バッテリ不調の状態」として一まとめにするが、誤りである。「バッテリ電圧が低下した状態」ではバッテリは発電機に対して負荷となり発電機の電力を消費してしまうのに対し、「バッテリ端子が外れた状態」では電力消費はない。むしろバッテリを外した方がエンジンの始動には好都合である。このようにエンジン始動の際の点火装置の動作に大きな相違がある上、本件訂正発明は、「バッテリ端子が外れた際」のエンジン始動とは関係がないので、一まとめとしたことは、本件訂正発明を論ずる限り誤りである。 (3) 以上、刊行物1及び刊行物2には本件訂正発明の問題点の指摘及び課題の認識は開示されておらず、審決が挙げる甲第3、第4号証も周知事項を示すものではないので、審決が相違点1についてした「刊行物1、刊行物2に記載された発明及び周知の技術的事項に基づき、当業者であれば容易に想到し得るものである。」(7頁19行〜29行)との判断は誤りである。 2 相違点2の判断の誤り 審決は、 相違点2「本件訂正発明では、昇圧トランスが2つの2次巻線を有し、2次巻き線の一方の出力を点火制御回路側へ供給し、他方の出力を点火コイル側へ供給しているのに対し、刊行物1に記載された発明では、昇圧トランスが1つの2次巻線を有し、同1つの2次巻線の出力を点火制御回路側及び点火コイル側へ供給している点」につき、 「点火装置において、変圧器の1次巻線に対して2つの2次巻線を配し、同2次巻線の一方の出力を点火制御回路側へ、他方の出力を点火コイル側へそれぞれ独立して供給する点は、当該技術分野において従来周知の技術的事項(必要ならば、実公昭47-11212号公報(乙第1号証)、特開昭58-144666号公報(乙第2号証)、特開昭58-217765号公報(乙第3号証)等参照)であると認められることから、上記相違点2に係る本件訂正発明の構成は、上記刊行物1に記載された発明に上記周知の技術的事項を適用することにより、当業者であれば容易に想到し得るものである。」(7頁31行〜末行)と判断するが、誤りである。 (1) 審決は、「点火装置において、変圧器の1次巻線に対して2つの2次巻線を配し、同2次巻線の一方の出力を点火制御回路側へ、他方の出力を点火コイル側へそれぞれ独立して供給する点」(相違点2に係る構成、以下「2巻線構成」ということがある。)が周知事項であることを示す例として、乙第1ないし第3号証の刊行物を挙げたが、わずか3件の例示では上記の点が、公知であるとはいえても、周知であるとはいえない。 相違点2に係る構成が公知であるとしても、乙第1ないし第3号証に記載された点火装置は、いずれも、発振電源又は交流電源を1次側入力電源とするものであり、交流発電機により充電するバッテリを入力電源とすることについては記載がない。 交流発電機により充電するバッテリという電源形態に対して、どのような電力中継回路(バッテリから点火系に電力を供給する回路)が最適であるかは、当業者が従来から暗中模索をしてきた課題である(このような命題に対して、例えば、 実公昭35-22401号公報(甲第5号証)では、バッテリ電圧の低下、すなわちバッテリ上がりの状態においても、あえて、エンジンの始動をなさんとするため、バッテリ3に直列に抵抗4を挿入する構成を採用する。)。 そうすると、交流発電機により充電されるバッテリと、変圧器の1次巻線に対して2つの2次巻線を配する構成を組み合わせることは容易ではない。 (2) 本件訂正発明は「整流平滑回路」も構成要件とするところ、乙第1ないし第3号証には、かかる「整流平滑回路」について開示がない。「整流平滑回路」は、点火時期制御回路へ供給される電力中の脈動を抑制し、バッテリ電圧が低下した状態での乏しい電力でもエンジン始動することに寄与するものである。 被告は、刊行物1記載の発明は「整流平滑回路」を備えている上、整流平滑回路が脈状電圧を整流平滑することも自明であると主張する。しかし、刊行物1の整流平滑回路は、1巻線構成の2次巻線に接続され点火放電系及び点火制御系に共通に挿入されているのに対し、本件訂正発明の整流平滑回路は、2巻線構成の2次巻線の一方に接続され、かつ、点火制御系にのみ挿入されている。刊行物1とは異なり、2巻線構成など他の構成要素との相互作用によって、始動時の点火制御系の動作が確実になる。したがって、被告の主張は失当である。 3 効果についての判断の誤り 審決は、本件訂正発明の効果につき、「そして、本件訂正発明の奏する作用効果は、刊行物1、刊行物2に記載された発明及び上記周知の技術的事項から当業者が予測できる程度のものであって格別なものとは認められない。」(8頁1行〜3行)と認定するが、誤りである。 (1) 前記のとおり、本件訂正発明は、交流発電機により充電されるバッテリを電源とすること、2次巻線を2巻線構成としたこと、2次巻線の一方の出力を整流平滑し(平滑整流回路)定電圧回路を介して点火制御回路に供給すること、以上の構成を採用することによって初めて、バッテリ電圧が低下した状態においてもエンジン始動を可能にするものである。個々の構成要素は公知であるとしても全体としての組合せは新規である。作用効果も各構成要素の相乗作用によるものであり、 当業者が予測することができる程度のものであるとはいえない。 (2) 甲第6号証は、2巻線構成及び整流平滑回路を備える点火装置(図1、 本件訂正発明)と、1巻線構成の点火装置(図2)との比較実験の結果であるが、 バッテリ電圧が低下した状態において、図1の回路構成では、点火放電系と点火制御系への供給電力が適切に分配されて確実に始動することが示され、図2の回路構成では、点火放電系と点火制御系への供給電力は適切に分配されず、確実に始動することや点火動作を継続することは困難であることが示される。 図1の回路構成では、始動時、2次巻線にも交流発電機の脈状電圧の二次電圧が発生し、制御電源電圧Vdは始動開始から徐々に上昇し所望電圧5.5Vを超えた後、 ピーク(約12V、約15V)に達し、徐々に低下する(図4)。この電圧変化は、2次巻線に「整流平滑回路」が接続されているためである。 このように、甲第6号証は、本件訂正発明の「平滑整流回路」がエンジン始動上重要な構成であることを裏付けるものである。 (3) 審決は、請求人の主張「バッテリ電圧が低下して、しかもエンジン始動時のエンジン低回転かつ非安定状態の故バッテリ両端の電圧が非常に不安定な状態であっても、点火制御回路への電源電圧は、整流平滑されているので、比較的安定し、その一方で、点火コイルヘの脈流電圧は、平滑されないので、エンジン始動時の交流発電機からの脈流電圧のピークがそのまま点火コイルに達するので、点火放電が生じ得る電圧にかろうじて到達し得るのである。」につき、「同点は、訂正明細書及び訂正された図面に記載されている事項でもなく、また、訂正明細書の特許請求の範囲に記載された事項、すなわち、本件訂正発明の構成が直ちに奏する作用効果とも認められないから、請求人の当該主張は採用できない。」(審決書8頁4行〜14行)と判断するが、審査基準(甲第17号証)によれば、明細書及び図面に明記されていない作用効果を主張することは認められているので、誤りである。 本件訂正発明による点火装置は、1990年頃から実施され、約300万台以上の自動2輪車に搭載された実績があり、商業的成功を収めている。 |
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被告の反論の要点
1 相違点1の判断の誤りに対して (1) 相違点1に係る訂正発明の構成は、刊行物1、刊行物2に記載された発明及び従来周知の技術的事項に基づき、当業者であれば容易に想到し得るものであるとした審決の判断に誤りはない。 (2) 原告は、「発電機及びバッテリを備えた内燃機関の点火装置において、 バッテリ電圧が低下したり、バッテリ端子が外れるなどのバッテリ不調に際して、 発電機の発生電圧を用いてエンジン始動を可能ならしめる点」は周知事項ではないと主張する。しかし、審決における周知事項の認定に誤りはない。 ア 甲第3号証(実公昭30-12703号公報)には、「本案は内燃機関の着火及充電用装置に関するもので、図中1はフライホイール型低圧磁石発電機のステーター部を示し、2はステーター上の電機子コイルであり、…3、4はセレン整流器で、電機子コイル2の両端が夫々その入力側に接続され、…バツテリー5、 点火コイル6及び負荷10は並列接続となりこれが前述のセレン整流器からの出力線と直結されている。」(1頁左欄4行〜17行)、及び「バツテリーの電圧が極端に低下したような時は勿論、更にバツテリーを取り外したような場合でも、セレン整流器からの出力が、点火コイル及び負荷に直結されているため…そのまゝ起動し運転することができる。」(1頁右欄7行〜13行)の記載があり、これによれば、 「発電機(フライホイール型低圧磁石発電機)及びバッテリ(バツテリー5)を備えた内燃機関の点火装置(内燃機関の着火及充電用装置)において、バッテリ電圧が極端に低下した場合であっても、バツテリを取り外したような場合であっても、 そのようなバッテリ不調に際して、発電機の発生電圧を用いてエンジン(内燃機関)始動を可能ならしめる」ことが記載されている。 甲第4号証(特開昭61-294168号公報)には、「本発明はバッテリを直流電源とするコンデンサ放電式の内燃機関用点火装置に関する。」(2頁左上欄5行〜6行)、「1は内燃機関によって駆動される12極の磁石式三相交流発電機の発電子で…3はバッテリ、4は点火プラグ…100は発電コイル1の出力を全波整流してバッテリ3を充電するための充電回路」(3頁右上欄1行〜9行)、「発電コイル1の発生電圧が…充電回路100を介してバッテリ3を充電する。」(4頁左下欄14行〜17行)、及び「バッテリ端子が外れた場合においても、…発電コイルの発生出力が…供給されて、…バッテリレスの状態にて通常と同様な点火動作ができるという優れた効果がある。」(6頁左上欄16行〜右上欄3行)の記載があり、 これによれば、「発電機(磁石式三相交流発電機)及びバッテリ(バッテリ3)を備えた内燃機関の点火装置(内燃機関用点火装置)において、バッテリ端子が外れた状態においても、そのようなバッテリ不調に際して、発電機の発生電圧を用いてエンジン(内燃機関)始動を可能ならしめる」ことが記載されている。 これらの事項によれば、審決が、甲第3、第4号証を挙げて、上記周知事項を認定したことに誤りはない。 イ 審決は、上記周知事項に基づき、「相違点1に係る本件訂正発明の構成は、刊行物1に記載の発明におけるバッテリを、車載エンジンにより駆動される交流発電機の交流出力を整流して得られる電力によって充電されるバッテリとし、仮にバッテリ電圧が低下した場合であっても、交流発電機の発生電圧を用いてエンジン始動を可能ならしめるよう構成したものに相当し、刊行物1、刊行物2に記載された発明及び従来周知の技術的事項に基づき、当業者であれば容易に想到し得るものである。」(7頁23行〜29行)と判断したものであり、誤りはない。 (3) 原告は、本件訂正発明は、「バッテリが低下した場合」でも、バッテリを接続したままでエンジン始動を可能にすることを目的とするものであり、「バッテリ外れの際」のエンジンの始動とは関係がないと主張する。 しかし、甲第3号証の「バッテリの電圧が極端に低下したような時は勿論、更にバッテリーを取り外したような場合でも、…そのまま起動し運転することができる。」(1頁右欄7行〜13行)との記載によれば、「バッテリーの電圧が極端に低下した時」のエンジンの始動につき開示が認められるので、上記周知事項の認定に誤りはない。 2 相違点2の判断の誤りに対して (1) 原告は、審決が、「点火装置において、変圧器の1次巻線に対して2つの2次巻線を配し、同2次巻線の一方の出力を点火制御回路側へ、他方の出力を点火コイル側へそれぞれ独立して供給する点」は周知事項ではないので、この認定に基づく「相違点2にかかる本件訂正発明の構成は、上記刊行物1に記載された発明に上記周知の技術的事項を適用することにより、当業者であれば容易に想到し得るものである。」との判断は、誤りであると主張するが、上記3件の刊行物(乙第1ないし第3号証)に加え乙第4号証及び乙第5号証によれば、上記周知事項の認定に誤りはなく、これに基づく相違点2の判断にも誤りはない。 (2) 原告は、甲第5号証を挙げ、交流発電機により充電されるバッテリという電源形態に対して、どのような電力中継回路が最適であるかは、当事者が従来から暗中模索をしてきた命題でもあるので、「変圧器の1次巻線に対して2つの2次巻線を配し・・・それぞれ独立して供給する」点を交流発電機により充電されるバッテリと組み合わせることは容易ではないと主張する。 しかし、甲第5号証の「バッテリ上がりの状態においても、あえて、エンジンの始動をなさんとするために、バッテリに直列に抵抗を挿入する構成を採用する」ことは、刊行物1記載の発明に周知事項である上記点を適用することを妨げる特段の事情には当たらない。 (3) 原告は、本件訂正発明は「整流平滑回路」により、バッテリ電圧が低下した状態での乏しい電力でもエンジンを始動することに寄与すると主張する。 しかし、刊行物1の「前記2次巻き線14の出力をダイオード15及びコンデンサにより整流平滑して降圧抵抗17及びツェナーダイオード18に供給することによって定電圧に降圧して得られる降圧定電圧を前記トリガリング回路にその電源電圧として供給し」の記載(審決書5頁28行〜31行参照)によれば、刊行物1記載の発明も「整流平滑回路」を備えている。また、整流平滑回路が脈状電圧を整流平滑することも自明である。原告の主張する点は、相違点2とは無関係の主張である。 3 本件訂正発明の効果の判断の誤りに対して (1) 本件訂正発明の奏する作用効果は、刊行物1、刊行物2に記載された発明及び周知の技術的事項から当業者が予測し得る程度のものであって、格別なものではない。審決の判断に誤りはない。 (2) 原告は、実験報告書(甲第6号証)を示し、「本件訂正発明の奏する作用効果が、刊行物1、刊行物2に記載された発明及び上記周知の技術的事項から当業者が予測できる程度のものであること」(審決書8頁1行〜3行)を否定する。 しかし、上記実験報告書は、実験の条件(昇圧トランス、抵抗、コンデンサ等の各回路要素の具体的な値)を明らかにしていない。また、図1の点火装置(本件訂正発明、2巻線構成)は「定電圧回路」を備えていない一方、図2の点火回路(比較例、1巻線構成)は、「定電圧回路」(降圧抵抗とツェナーダイオード)を備えており、図1、図2の各点火装置では、「定電圧回路」につき条件が一致しない。 したがって、1巻線構成と2巻線構成との差異を把握することができない。仮に、 2巻線構成の方がより効果的であるとしても、それは、2巻線構成による当然の効果にすぎない。実験報告書は、上記審決の認定を否定する根拠となり得ない。 (3) 原告が主張する「バッテリ電圧が低下して、しかもエンジン始動時のエンジン低回転かつ非安定状態の故バッテリ両端の電圧が非常に不安定な状態であっても、点火制御回路への電源電圧は、整流平滑されているので、比較的安定し、その一方で、点火コイルへの脈流電圧は、平滑されないので、エンジン始動時の交流発電機からの脈流電圧のピークがそのまま点火コイルに達するので、点火放電が生じ得る電圧にかろうじて到達し得るのである。」との作用効果は、訂正明細書及び図面に記載した事項でもなく、特許請求の範囲に記載された構成が直ちに奏する作用効果とも認められない。 |
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当裁判所の判断
1 原告の主張第1点(相違点1の判断の誤り)について 原告は、本件訂正発明は、交流発電機によって充電されるバッテリを電源とする車載エンジン点火装置において、バッテリ電圧が低下した場合、バッテリを接続したままの状態で交流発電機の出力電圧によりエンジン始動をすることは困難であったとの従来の問題点を解決することを課題とするところ、刊行物1及び刊行物2には、かかる問題点の指摘及び課題の認識は開示されておらず、バッテリ電圧が低下した場合に発電器の発生電圧を用いてエンジン始動を可能にすることは周知事項でもないので、刊行物1及び刊行物2に記載された発明及び周知の技術的事項に基づいても、本件訂正発明に至ることは当業者にとって容易ではない旨主張する。 (1)刊行物等の記載について ア (刊行物1) 甲第10号証によれば、審決が認定するとおり、刊行物1には「自動車のエンジンに現在用いられている従来の点火装置は、…一対のブレーカポイントを有する」(甲第10号証の1欄22行〜25行、訳文1頁下から3行〜末行)、「上述したように、本発明の無接点式点火装置はエンジン用の従来の配電器で用いるために適用できる。従来の配電器及び点火プラグと関連づけられるべき電子回路ユニットは3つの主要な電子回路要素から成る。それらは電源供給部、トリガリング回路、及びコンデンサ放電システムであって、そのすべては第4図に示してある」(2欄42行〜49行、訳文の段落1.1行〜4行)、「第4図に示した電源供給部の具体例では、…従来の自動車用の12ボルト[v]のバッテリ11から電源供給され」(3欄14行〜21行、訳文の段落2.1行〜4行)等の記載及び点火装置の回路構成を示す第4図が認められる。これらによれば、刊行物1に記載された発明は、バッテリを電源とする「自動車の内燃エンジンの点火装置」に関するものであることが認められる。 イ (刊行物2) 甲第11号証によれば、刊行物2に記載された発明は、「交流出力を発生する発電機の出力により充電されるバッテリを直流電源とする内燃機関用点火装置」(特許請求の範囲参照)であると認められる。 ウ 審決が周知技術を示す例として挙げる甲第3号証(実公昭30-12703号公報)及び甲第4号証(特開昭61-294168号公報)、並びに原告が指摘する甲第5号証(実公昭35-22401号公報)には、以下に引用する記載があり、内燃機関(車のエンジンを含む)において、バッテリ電圧が低下したり、 バッテリ端子が外れたりした場合に、交流発電機の発生電圧を用いてエンジンを始動することが示されている。 (甲第3号証) 「登録請求の範囲… 内燃機関の低圧着火及充電装置の構造」 「図中1はフライホイール型低圧磁石発電機のステータ部を示し、・・・ステータ上の電機子コイル…の中点が…車体に接地されており」(1頁左欄5行〜8行)、「不断は発電器電流と、電池側電流とを重畳させて、点火コイルにかけるものであるが、始動時、例えばエンジンのキックペダルを踏みつける時には・・・マグネトー1(判決注、低圧磁石発電機)の発生電流は少ないために点火コイル6の1次線輪には、主として電池5より電流が流れて点火を行うが、」(1頁左欄18行〜右欄2行)、「バッテリーの電圧が極端に低下したような時は・・・セレン整流器からの出力が、点火コイル及び負荷に直結されているため、・・・そのまま起動し運転することができる。」(1頁右欄7行〜13行)及び図1 (内燃機関(車両を含む)において、キックにより起動すること、発電器1に接続された整流器の発生電流は少ないこと、及び、整流器からの出力が点火コイルの2次側にも直結されていることが記載されて、バッテリー電圧が低下した場合にも上記直結構造により起動し得ることが開示されている。) (甲第4号証) 「本発明はバッテリを直流電源とするコンデンサ放電式の内燃機関用点火装置に関する。」(2頁左上欄5、6行)、「1は内燃機関によって駆動される12極の磁石式三相交流発電機の発電しで・・・3はバッテリ、4は点火プラグ・・・100は発電コイル1の出力を全波整流してバッテリを充電するための充電回路」(3頁右上欄1行〜9行)、「発電コイル1の発生電圧が・・・充電回路100を介してバッテリ3を充電する。」(4頁左下欄14行〜17行」、「バッテリ端子が外れた場合においても、・・・発電コイルの発生出力が・・・供給されて、・・・バッテリレスの状態にて通常と同様な点火動作ができるという優れた効果がある。」(6頁左上欄16行〜右上欄3行) (発電器及びバッテリを備えた内燃機関の点火装置において、バッテリが外れた状態でも、発電器の発生電圧を用いてエンジン始動を可能にすることが開示されている。) (甲第5号証) 「登録請求の範囲…内燃機関の着火装置の構造」 「車輌に常備の蓄電池」(1頁左欄7行) 「蓄電池が放電の状態にあるときは、発電子線輪1からの電流は…一次線輪6には少しの電流しか流れないので…起電力を発生することができない場合が起り得る。これでは…起動を円滑に行うことができない」(1頁左欄末行〜右欄7行) 「本案によれば発電子線輪1及び蓄電池3と直列に調整抵抗4が接続してあるので…一次線輪6には…二次高電圧を発生するだけの電流がながれ、」(1頁右欄7行〜13行) (内燃機関(車輌を含む)において、発電子線輪の出力により起動を行なうこと、蓄電池が放電状態にあるときは発電子線輪1から一次線輪6には少しの電流しか流れないこと、直列の調整抵抗により一次線輪6への電流を増大させることが記載され、蓄電池(バッテリー)が放電状態でも「調整抵抗」構造により起動し得ることが開示されている。) (2) 上記(1)のア、イで認定した刊行物1、2の各記載事項によれば、刊行物1に記載された発明は、バッテリを電源とする自動車の内燃エンジンの点火装置に関するものであり、刊行物2記載の点火装置は、交流発電機の出力により充電されるバッテリを直流電源とする内燃機関用点火装置であることが認められる。そして、刊行物2の記載内容が自動車への適用を排除するものでないことは明らかであるから、刊行物1記載の発明と刊行物2記載の点火装置とは、「バッテリを電源とする車載用内燃機関の点火装置」という技術分野において共通するものであるということができる。 このような刊行物1及び刊行物2の技術分野の共通性にかんがみれば、刊行物1の発明に刊行物2に記載された構成を適用して、刊行物1のバッテリを交流発電機の出力で充電する構成(相違点1に係る構成)とすることは、当業者であれば容易に想到し得たものであると認められる。 また、バッテリ電圧が低下した場合又はバッテリが外れた場合に、発電機の発生電圧を用いてエンジン(内燃機関)を始動させることは、上記(1)ウの刊行物を例に挙げるまでもなく、内燃機関の点火装置に関する技術分野において、周知の技術的事項と認められる。そして、上記周知の技術的事項は、当然それに対応する「バッテリ電圧が低下したときに交流発電機の出力だけでエンジンを始動させる」とい課題の存在を前提としているものであることも論をまたない。 (3) ところで、相違点1に係る本件訂正発明の構成が「刊行物1に記載の発明におけるバッテリを、車載エンジンにより駆動される交流発電機の交流出力を整流して得られる電力によって充電されるバッテリとし、仮にバッテリ電圧が低下した場合であっても、交流発電機の発生電圧を用いてエンジン始動を可能ならしめるように構成したものに相当」する(審決書7頁23行〜27行)ことについては、 原告も明らかに争っていないところ(原告の主張の2(2)における「整流平滑回路」についての主張も、刊行物1に整流平滑回路が存在すること自体を争うものではないと認められる。)、刊行物1のバッテリを交流発電機の出力で充電される構成とすることが容易と認められることは前示のとおりであり、さらに、バッテリ電圧が低下した場合に、発電機の発生電圧を用いてエンジンを始動させることも前示のとおり、周知の事項と認められる。 そうすると、相違点1に係る構成は、刊行物1及び刊行物2に記載された事項並びに従来周知の技術的事項に基づき、当業者であれば容易に想到し得たものというべきである。 (4) 原告は、刊行物1及び刊行物2には本件訂正発明の課題が提示されていないし、審決が周知例として引用する刊行物(甲第3、第4号証)にも本件訂正発明の課題は示されていないと主張する。しかし、前記(1)ウのとおり、甲第3号証及び甲第5号証には、バッテリ電圧が低下した場合に交流発電機の出力によりエンジンを起動すること、及びその場合に、交流発電機の出力は小さいのでエンジンを始動させることができないことが記載され、これを解決する手段として、交流発電機に接続された整流器からの出力を点火コイルの2次側に直結する構成(甲第3号証)、あるいは、「調整抵抗」を入れる構成(甲第5号証)が示されており、これらに照らすと、「バッテリ電圧が低下した場合でもエンジン始動を可能にすること」という原告主張の本件訂正発明の課題は、車を含む内燃機関の点火装置の分野において普遍的ないし当業者に周知の課題であったと認められる。このような普遍的ないし周知の課題が存在する状況においては、刊行物1、2に本件訂正発明の課題が提示されていると否とにかかわりなく、刊行物1の発明に刊行物2の構成を適用する動機付けは存在するといってよい。そして、共通の技術分野に属する刊行物1の発明に刊行物2記載の構成を適用して、刊行物1のバッテリを交流発電機の出力で充電する構成とすることに、阻害要因があるとも認められない。 原告の上記主張は、本件訂正発明の想到容易性に関する前記(3)の判断を左右するものではない。 (5) 以上のとおり、本件訂正発明の課題の周知性並びに刊行物1及び刊行物2の発明における技術分野の共通性を考慮するとき、「刊行物1に記載の発明におけるバッテリを、車載エンジンにより駆動される交流発電機の交流出力を整流して得られる電力によって充電されるバッテリとし、仮にバッテリ電圧が低下した場合であっても、交流発電機の発生電圧を用いてエンジン始動を可能ならしめるように構成」して相違点1に係る構成とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことと認められる。相違点1について審決の判断が誤りであるとの原告の主張は、理由がない。 2 原告の主張第2点(相違点2の判断の誤り)について (1) 原告は、乙第1号証(実公昭47-11212号公報)、乙第2号証(特開昭58-144666号公報)及び乙第3号証(特開昭58-217765号公報)に記載されたCDI点火方式の点火装置は、いずれも、発振電源又は交流電源を1次側入力電源とするものであり、交流発電機により充電されるバッテリを入力電源とすることにつき記載がないので、これらの「点火装置において、変圧器の1次巻線に対して2つの2次巻線を配し、同2次巻線の一方の出力を点火制御回路側へ、他方の出力を点火コイル側へそれぞれ独立して供給する」点を交流発電機により充電するバッテリと組み合わせることは容易ではないと主張する。 ア 乙第1ないし第3号証の記載を検討すると、これらの刊行物に記載されたものは、いずれも、直流バッテリ電源を交流に変換してトランスの一次側に入力し、トランスの2次側に2巻線構成により2つの出力を得るものであると認められる(なお、乙第3号証には、商用の交流電源10の外、電池の直流電圧をインバータにより交流にし、トランスで昇圧したものを全波整流するようにした構成も記載されている(3頁左下欄13行〜16行))。一方、刊行物1(甲第10号証)は、直流バッテリ電源を交流に変換してトランスの一次側に入力し、トランスの2次側に1巻線構成により1つの交流出力を得た後2つの出力を得るものである(同号証の図4及び3欄14行〜38行)。 刊行物1に記載の発明と乙第1ないし第3号証に記載のものとは、トランスの1次側において直流バッテリ電源を交流変換するという点において共通するものであり、1次側の入力電源が発振電源であることは、むしろ「変圧器の1次巻線に対して2つの2次巻線を配し、同2次巻線の一方の出力を点火制御回路側へ、他方の出力を点火コイル側へそれぞれ独立して供給する」点を刊行物1に適用する可能性を担保するものであり、適用の妨げになるものではない。 イ また、刊行物1に記載の発明も乙第1ないし第3号証に記載のものも、 バッテリを備える点において共通するところ、審決は、同バッテリを交流発電機で充電することについては刊行物2(甲第11号証)を挙げてその容易性を検討しているのであり、乙第1ないし第3号証にバッテリの充電形態につき記載がないことは、上記適用を妨げる要因であるとまではいえない。 そして、刊行物1においてそのバッテリを交流発電機により充電することは刊行物2を参照すれば容易になし得るとともに(前記1)、刊行物1において2次側を2巻線構成とすることは乙第1ないし第3号証に示される周知事項を参照すれば容易になし得ることであるから、それらの組合せも結果的に容易になし得ることと認められる。原告の主張は理由がない。 (2) なお、原告は、3件の例だけでは、「トランスの1次巻線に対して2つの2次巻線を配し・・・それぞれ独立に供給する」という事項(2巻線構成)が周知であるとはいえないと主張するが、仮にこれらが単なる公知事項であるとしても、これを刊行物1の発明に適用することが容易であることは、既に判断したとおりである。また、原告は乙第1ないし第3号証には「整流平滑回路」につき開示がないと主張するが、「整流平滑回路」は刊行物1記載の発明が既に備えている構成であるから、原告の主張する上記点は、何ら刊行物1記載の発明に2巻線構成を適用して相違点1に係る構成とすることの容易性についての判断を左右するものではない。原告は、本件訂正発明の整流平滑回路が、刊行物1(点火放電系及び点火制御系に共通に挿入される整流平滑回路)とは異なり、2巻線の一方に接続され、かつ点火制御系にのみ挿入されると主張するが、この点も上記容易性の判断を左右するものではない。原告の主張はいずれも採用することができない。 3 原告の主張第3点(効果の顕著性についての判断の誤り)に対して (1) 原告は、本件訂正発明は、個々の構成要素は公知であるとしても全体としての組合せは新規であり、その作用効果も各構成要素の相乗作用によるものであり、当業者が予測し得る程度のものであるとはいえないと主張する。 ア 訂正明細書に記載された効果 訂正明細書(甲第9号証)には、昇圧コイルの二次コイルを2巻線とすることに関する記載(4頁14行〜5頁14行)中に、「更に、前述の如く、バッテリ電圧の低下の結果、キック若しくは押し掛けによってエンジン始動する場合においても昇圧回路11によって昇圧された電圧が定電圧回路8に供給され、定電圧回路8の出力電圧は十分高い故、点火時期制御回路9が動作せしめられて点火動作がなされるのである。」(5頁10行〜14行)との記載、及び「発明の効果 以上述べたように、本発明による車載エンジン点火装置においては、エンジンによって駆動される交流発電機によって充電されるバッテリ電圧を一旦昇圧して点火コイルの電源とし、該昇圧電圧を整流平滑した後、降圧して安定化せしめてこれを点火時期制御回路の電源としている故、バッテリ電圧が低下した場合でもエンジン始動を効果的になすことができると共に、エンジン回転数の変動があっても、点火時期制御回路の動作が安定である。」(5頁15行〜21行)との記載がある(3頁2行〜9行、 4頁8行〜13行にも同趣旨の記載がある)。 以上の記載によれば、本件訂正発明は、「バッテリ電圧が低下した場合でもエンジン始動を効果的になす」及び「エンジン回転数の変動があっても、点火時期制御回路の動作が安定である」との効果を奏するものとされていることが認められる。 そして、上記記載によれば、これらの効果は、専ら、「昇圧トランス」によりバッテリ電圧を昇圧し、この昇圧された電圧を「定電圧回路」により降下・安定化して点火時期制御回路に供給することによるものであると認められる。 イ 刊行物1(甲第10号証)に記載された効果 刊行物1に記載の発明においては、「電源変換器Tの一次巻線10の発振により、 電源変換器Tの二次巻線14に高電圧の交流が誘起され、…この具体例では、電源変換器Tの一次巻線と二次巻線との巻線比率は、バッテリ11から供給される12ボルト[v]が、ダイオード15で全波整流された後の接続点16で、150ボルト[v]に増大されるものである。」(甲第10号証3欄21行〜28行、訳文の2.4行〜9行)との記載に示されるように、第4図に示された電源変換器Tが「バッテリ電圧を昇圧する」作用を行っていることが認められる。 また、「この接続点16から、電源が降圧抵抗17及びツエナーダイオード18を介してトリガリング回路へ供給される。抵抗17及びツエナーダイオード18は、周囲温度の変化、充電状態、又はその他の原因によるバッテリ電圧の変動に対して、接続点19の電圧を常に12ボルト[v]一定に保つ。」(甲第10号証3欄29行〜35行、訳文の2.10行〜13行)との記載に示されるように、降圧抵抗17及びツエナーダイオード18が「昇圧されたバッテリ電圧を降下・安定化してトリガリング回路(本件の点火時期制御回路)に供給する」作用を行っている。 そうすると、刊行物1に記載された発明においても、バッテリ電圧が低下した場合でも降圧抵抗17及びツエナーダイオード18に規定以上の電圧が供給され、トリガリング回路が正常に動作し、その結果「バッテリ電圧が低下した場合でもエンジン始動を効果的になす」「点火時期制御回路の動作が安定である」との訂正明細書に記載した上記効果を奏することは明らかである。 ウ 上記ア、イによれば、訂正明細書に記載された本件訂正発明の効果は、 刊行物1記載の発明が奏する効果と格別異なるものとはいえない。 さらに、刊行物1の上記効果に加え、刊行物2には、交流発電機により充電されるバッテリと昇圧トランスとを備える構成が記載され、甲第3号証によれば交流発電機の発生電圧を用いて始動することは周知の事項であり、乙第1ないし第3号証によれば点火コイル及び点火制御回路にそれぞれ独立して電力を供給する2巻線構成が記載され、しかも、2巻線構成による独立した電力供給により点火プラグ及び点火制御回路への電力供給がそれぞれ安定することは当然のことと認められる。そうすると、原告の主張する、交流発電機により充電されるバッテリと2巻線構成との組合せによる効果は、刊行物1、刊行物2及び各周知事項から当業者が予測し得る程度のものであると認められる。審決の認定に誤りはない。 (2) 原告は、本件訂正発明は、甲第5号証において開示されたごとき2次1巻線の構成によっては不可能なバッテリ上がり状態におけるエンジン始動を確実にするという顕著な効果を奏すると主張し、これを証するものとして甲第6号証の実験報告書を提出する。そして、上記効果は、平滑整流回路(D1,C2)の存在によってもたらされるものであり、そのことは甲第6号証の実験結果にも表れているとも主張する。 しかしながら、甲第6号証の実験報告書には、回路素子の諸定数など実験条件が記載されていない。しかも、同報告書が、1巻線構成と2巻線構成との比較を目的とするものであれば、少なくとも、同じ回路素子の諸定数により比較を行なうべきところ、そのような条件についても言及がない。さらに、2巻線構成につき、本件訂正発明の図面(第3図)によれば、巻線20b、20cの一方の端部がいずれも接地され独立に電流が流れる構成となっているのに対して、実験報告書の図1では、2次巻線の中間から制御電源Vdを得ており、独立して電流が流れる構成とはなっておらず、1図の回路構成による実験では本件発明の2巻線構成を忠実に実施したということもできない。上記実験報告書は、原告主張の本件訂正発明の効果を実証するものとは認めがたい。 また、原告は、図1の回路構成における制御電源電圧Vdの変化(図4)は、本件訂正発明の「平滑整流回路」の重要性を裏付けるものであると主張するが、制御電源電圧Vdの変化は平滑整流回路の通常の動作を示すにすぎない。しかも、刊行物1記載の発明は「整流平滑回路」を備えているものであって、結局のところ、上記電圧変化は刊行物1記載の発明から予測し得る程度のものであり、本件訂正発明の効果が格別顕著であることを示すものではなく、原告の主張は当を得ない。 原告は、刊行物1の発明は、整流平滑回路が1巻線構成の2次巻線に接続され点火放電系及び点火制御系に共通に挿入されているのに対し、本件訂正発明では、整流平滑回路がが2巻線構成の2次巻線の一方(点火制御系)にのみ挿入されているため、点火制御系の動作が確実になると主張するが、点火制御回路への電源電圧のみを整流平滑する構成は、乙第1号証、乙第5号証に記載のように2巻線構成の一つの例であることが認められるから、かかる構成による効果も周知技術から予測することができる程度のものと認められる。 以上によれば、原告が本件訂正発明の顕著な効果として主張する点は、いずれも、刊行物1、刊行物2及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到しうる構成のものについて予測し得る程度のものにすぎないと認められる。したがって、本件訂正発明の効果が顕著であるとの原告主張は、採用することができない。 4 結論 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見いだせない。よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 田中昌利 |