関連審決 | 無効2003-35237 |
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関連ワード | 製造方法 / 引用発明の認定 / 相違点の認定 / 周知技術 / 慣用技術 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 出願公開 / 技術常識 / 実質的に同一 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 新たな無効理由 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10182号
審決取消請求事件
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原告 シチズン時計株式会社 訴訟代理人弁理士 高宗寛暁 同 宮島明 被告 株式会社明電舎 訴訟代理人弁護士 光石忠敬 同 光石俊郎 訴訟代理人弁理士 田中康幸 同 松元洋 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/09/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求める裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2003-35237号事件について平成15年11月26日にした審決を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文同旨 |
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当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「水晶振動子及びその製造方法」とする特許第2036779号の特許(昭和60年8月7日出願,平成8年3月28日設定登録。以下「本件特許」という。発明の数は2である。以下,設定登録時の明細書と図面を「本件明細書」という。)の特許権者である。 原告は,平成15年6月9日,本件特許のうち特許請求の範囲第1項の発明を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を無効2003-35237号事件として審理し,その結果,平成15年11月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年12月3日,その謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲 「1 リード端子を有する水晶振動子片を金属ケースよりなる保持容器内に封入して水晶振動子本体を構成し,保持容器の底部から同じ側に導出された2本のリード端子に外部端子を接続してモールドするものにおいて, 前記保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片と,前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片とを設け, 前記外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドすると共に,前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子としたことを特徴とする水晶振動子。」(以下「本件発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,本件特許出願当時の周知・慣用技術及び当業者の技術常識を勘案しても,本件特許出願の日前の実用新案登録出願であって本件特許出願後に出願公開された実願昭59-125839号(実開昭61-40032号)のマイクロフィルム(以下「引用刊行物」という。)に記載された考案(以下「引用発明」という。)と同一であるとは認められないから,特許法29条の2の規定に違反してなされたものとすることはできないというものである。 審決が上記結論を導くに当たり認定した引用発明の内容,これと本件発明との一致点・相違点は,次のとおりである。 (1) 引用発明の内容 「リード線(12)を有する水晶振動子片を金属ケースよりなる円筒形状の保持容器内に封入して水晶振動子本体を構成し,保持容器の底部から同じ側に導出された2本のリード線(12)にリードフレーム(13)を熱硬化性の導電性固着部材(24)で固着して接続し,樹脂等の物質(15)でモールドするものにおいて, 前記リードフレーム(13)とは反対側にあるリードフレーム(13’)に圧電振動子(11)を位置合わせした後,導電性の固着部材(26)により圧電振動子(11)を固着し, モールド時に,圧電振動子(11)は物質(15)によるモールドの際の高圧でも該リードフレーム(13’)と位置ズレを起こすことなくモールドさせ, 該リードフレーム(13’)を水晶振動子本体アース用外部端子とした水晶振動子。」 (2) 一致点 「リード端子を有する水晶振動子片を金属ケースよりなる保持容器内に封入して水晶振動子本体を構成し,保持容器の底部から同じ側に導出された2本のリード端子に外部端子を接続してモールドするものにおいて, 前記保持容器の外周面の形状に適合する保持容器外周面位置決め用片と, 保持容器頂面位置決め用片とを設け, 前記外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドすると共に, 前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とした水晶振動子」である点。 (3) 相違点 本件発明にあっては,保持容器外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片が,「前記保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片と,前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片」であり,水晶振動子本体の位置決めを,「前記外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片」により行うものであるのに対して,引用発明にあっては,保持容器外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片に相当する「リードフレーム(13’)」が,保持容器の外周面の形状に適合する「曲面を有する」ものであるか明らかでなく,また「保持容器の頂面に当接する」ものであるかも明らかではなく,さらに水晶振動子本体の位置決めを,「リードフレーム(13’)と導電性の固着部材(26)」により行うものである点。 |
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原告主張の取消事由の要点
1 取消事由1(手続違法) 審決は,原告が審判請求において主張した無効理由について何ら判断を示していないばかりか(特許法157条2項4号違反),職権で取り上げた無効理由について審理するに当たり,原告に対し,通知をせず,意見を申し立てる機会を与えなかった(同法153条2項違反)ものであるから,違法として取り消されるべきである。 (1) 引用刊行物には,「従来技術の記載及び第2図に係る考案」(以下「従来考案」という。)と「従来考案の改善の記載及び第1図に係る考案」(以下「出願考案」という。)とが記載されている。 原告は,審判請求書(甲16)において,従来考案が特許法29条の2の「本件特許出願の日前の他の実用新案登録出願」に該当し,この従来考案と本件発明とが実質的に同一であることを本件発明に係る特許の無効理由として主張した。 しかるに,審決は,出願考案を引用発明として認定し,これと本件発明とを対比して,これらが同一でないとの判断をしたものの,原告が主張した従来考案との同一を根拠とする無効理由については,何らの判断も示していない。このことは,審決に理由が付されていない場合に該当するから,審決には,「審決の結論及び理由」を記載しなければならないとした特許法157条2項4号に違反する違法がある。 (2) 審決は,原告が申し立てていない出願考案を引用発明として認定し,これと本件発明とを対比して,審決の結論に至ったものであり,このように原告の申し立てていない無効理由を,無効請求排斥の理由とするためには,その前提として,当該新たな無効理由に関して,審判請求人(原告)に対し,通知をし,意見を申し立てる機会を与えることが必要である(特許法153条2項)。 しかるに,本件においては,原告に対し,そのような通知がなく,意見を申し立てる機会も与えられなかったから,審決には,特許法153条2項に違反する違法がある。 2 取消事由2(不適格な引用発明の認定) 審決は,本件発明と対比判断すべき引用発明として,従来考案の内容を認定すべきであるのに,適格性を欠く出願考案を引用発明として認定したものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 (1) 引用刊行物に示された従来考案の構成は,次のとおりである。 a リード端子(リード線12)を有する水晶振動子片を金属ケースよりなる保持容器内に封入して水晶振動子本体を構成し,保持容器の底部から同じ側に導出された2本のリード端子に外部端子(リードフレーム13)を接続してモールドするものである。 b 前記保持容器の外周面の形状に適合する保持容器外周面位置決め用片(リードフレーム13’)を有している。ただ,保持容器の外周面の形状に適合する「曲面を有する」ものであるかは明らかでない。 c 前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片(リードフレーム13’)を有している。 d 前記外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドしている。 e 外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とすることができる水晶振動子である。 (2) 上記従来考案の構成のb,c及びeについて補足する。 ア 上記構成bの「曲面を有する」構成とすることは,当業者に周知・慣用の技術的事項ないし自明の事項であり,審決も同様の判断をして,この構成は引用刊行物に実質的に開示されていると認められるとしている。 イ 上記構成cについては,引用刊行物に「圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置合わせされているものである」(2頁19行〜20行)と記載されており,さらに第2図を見れば,他のリードフレーム13’が保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片として設けられていることが明らかである。 審決も認定しているように(審決書22頁27行〜29行),「保持容器の頂面に当接する」構成とすることは従来より周知の技術的事項であるから,そのような周知技術の存在の下で,従来考案と出願考案を対比し,当業者の技術常識に照らして引用刊行物の記載及び図面に基づき判断すれば,上記の「圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置合わせされている」とは,「圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置決めされている」と同じ意味であり,リードフレーム13’によって保持容器の外周面を保持し,頂面を当接して,圧電振動子11が位置決めされていることは明白である。 また,出願考案は,従来考案において,圧電振動子11が他のリードフレーム13’によって位置決めされて実施又は実施可能な一定の技術的効果を有していたものを,導電性の固着部材26で固着して保持容器が動かないように完全に固定するようにして,更に改善したものである。したがって,従来考案において,位置決めがなされていないのであれば,そもそも実施又は実施可能な技術とはなり得ないものである。位置決めがされていないと,リード線を所定の位置に半田等で固着することができないし,モールドも所定形状にできないからである。以上のことから,従来考案においても,位置決めのために,保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片を有していたことは明らかである。 ウ 上記構成eについて,従来考案も,出願考案と同様にかかる構成を有していることは明らかである。 外周面位置決め用片及び保持容器頂面位置決め用片は金属製のリードフレーム(13’)により構成され,保持容器は金属製ケースからなっているために,それらが接触すると電気的に導通する。そして,外周面位置決め用片は,位置決めのために保持容器の外周面の形状に適合している。したがって,外周面位置決め用片は保持容器の外周面と接触しており,外周面位置決め用片と保持容器とが電気的に導通していることは明らかである。さらに,保持容器頂面位置決め用片は,上記イのとおり,位置決めのために,保持容器の頂面に当接している。当接とは機械的に接触していることであるから,ともに金属製からなる保持容器頂面位置決め用片と保持容器とは当接によって電気的に導通していることは明らかである。そして,保持容器外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片の位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とすることは,引用刊行物に記載されており(審決も認定している。審決書22頁4〜5行),保持容器の位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とすることは,本件特許出願当時既に周知・慣用の技術である。 (3) 本件発明の構成要件を分説すると, A リード端子を有する水晶振動子片を金属ケースよりなる保持容器内に封入して水晶振動子本体を構成し,保持容器の底部から同じ側に導出された2本のリード端子に外部端子を接続してモールドするものにおいて, B 前記保持容器の外周面の形状に適合する曲面を有する保持容器外周面位置決め用片と, C 前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片とを設け, D 前記外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片により水晶振動子本体を位置決めしてモールドすると共に, E 前記外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子としたことを特徴とする水晶振動子。 となる(以下「構成要件A」などという。)。 そして,構成要件A,C,D,Eは従来考案の構成a,c,d,eと同一であり,構成要件Bは従来考案の構成bと実質的に同じである。 (4) したがって,従来考案を引用発明として認定しなかった審決の誤りは,その結論に影響を及ぼすものであることが明らかである。 3 取消事由3(引用発明認定の誤り) 審決は,出願考案を前提とした引用発明の認定を誤り,その結果,一致点・相違点の認定を誤って,本件発明と引用発明の同一性を否定したものであるから,取り消されるべきである。 (1) 審決は,引用刊行物には,引用発明の「該リードフレーム(13’)は,圧電振動子(11)ケースの頂面と導電性の固着部材(26)で固着されるものの,ケースの「頂面に当接する」との記載は認められない。」(審決書21頁29行〜31行)とし,引用発明と本件発明との相違点として,引用発明にあっては,保持容器外周面位置決め用片と保持容器頂面位置決め用片に相当する「リードフレーム(13’)」が,「保持容器の頂面に当接する」ものであるかも明らかではないと認定している。 (2) しかし,前記2(2)イのとおり,従来考案においても,リードフレーム13’によって保持容器の外周面を保持し,頂面を当接して,圧電振動子11が位置決めされていることは明白である。そして,出願考案は,従来考案において,保持容器頂面位置決め用片を保持容器の頂面に当接させて,水晶振動子本体を位置決めしているものを,保持容器の頂面の当接部分を導電性の固着部材により水晶振動子本体が動かないように完全に固定したものであり,モールドの際の高圧によっても位置ズレを起こさないようにしたものである。したがって,出願考案は従来考案のすべての構成要件を共通に有しているのであり,固着部材に関する構成は,本件発明との対比でいえば,単に追加的なものであるにすぎず,固着部材の追加がなくても,保持容器の頂面は位置決めされていたものである。すなわち,リード線を所定の位置に半田等で固着し,さらに樹脂により所定形状でモールドするためには,かかる位置決めが必要であり,従来考案においてもかかる実施の効果を生じさせていたはずだからである。よって,出願考案にも,本件発明の構成要件に該当する技術思想がすべて開示されているのであり,出願考案も本件発明と同一であることが明らかである。 上記のとおり,出願考案に係る引用発明を前提としても,本件発明は引用発明と同一であり,審決の上記認定判断は,誤りである。 |
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被告の反論の要点
1 取消事由1(手続違法)に対し 原告は,審判手続において,引用刊行物が特許法29条の2に規定する他の実用新案登録出願に該当すると主張し,引用刊行物に記載された考案と対比するとして,構成要件A,B,C,Dについては引用刊行物の従来技術と対比し,同Eについては引用刊行物の出願考案と対比しているのであって,引用刊行物の明細書又は図面に記載された考案が特許法29条の2の「考案」に該当すると主張していたものである。 審決は,出願考案及び従来技術をすべて考慮して判断したものであって,原告主張の違法はない。 2 取消事由2(不適格な引用発明の認定)に対し 従来考案を本件発明と対比すべき引用発明として認定しなかった審決に何ら違法はない。そもそも従来考案には,アースについての一切の開示,示唆がなされておらず,「モールド後に圧電振動子がモールドした表面より浮き出る恐れも生じていた」などの記載もあり,従来考案においては導通できないのに対し,出願考案は,従来考案の不具合を解消し,アースについても開示されているのであって,出願考案を中心に判断した審決は正当である。 3 取消事由3(引用発明認定の誤り)に対し 引用刊行物には,保持容器頂面位置決め用片が保持容器の頂面に当接していることは明記されていないのであるから,第2図を見ても当接されているかどうかは分かるはずはないのである。 そもそも従来考案において,リードフレーム13’が保持容器の頂面に当接しているのであれば,出願考案において,固着部材として「絶縁性」のものと「導電性」のものとの双方を示し,「導電性」ものの場合に導通する,と記載する必要は全くない。当接していてかつ固着部材が両者の固定状態を確実にするだけのものであるならば,接触により導通でき,「絶縁性」の固着部材でも導通は確保できるからである。あえて固着部材として「絶縁性」のものと「導電性」のものとの双方を示し,「導電性」のものの場合には導通するということは,「絶縁性」のものでは導通を確保できないということである。また,引用刊行物の「従来技術」の説明にアースについて一切の開示,示唆がなされていない点からも接触がないことは明らかである。 なお,上記のことは,「リードフレーム」と「圧電振動子」が直接接触している部位が存在しないこと,つまり「適合」もないことをも示している。 いずれにしても,従来考案にも出願考案にも,本件発明と同一の構成が示されていないことは明らかである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(手続違法)について (1) 原告は,審判請求において,従来考案と本件発明とが実質的に同一であることを本件発明に係る特許の無効理由として主張したのに,審決がこの点について判断していない(特許法157条2項4号違反)旨主張する。 しかし,原告の審判請求書(甲16)には,「特許無効の理由の要点」として,「本件特許の特許請求の範囲第1項に係る発明は,本件特許出願前の実用新案登録出願に係る願書に最初に添付した明細書・図面に記載された考案である甲第1号証(判決注・引用刊行物)に,・・・・・・に開示されている本件出願時の周知・慣用技術を付加したものにすぎず,したがって,本件特許の特許請求の範囲第1項に係る発明は,甲第1号証に記載された考案と実質的に同一であるから,特許法第29条の2の規定により特許を受けることができず,・・・・・・無効とすべきである。」と記載されており(2頁),これによれば,原告は,引用刊行物(実願昭59-125839号(実開昭61-40032号)のマイクロフィルム)を引用し,本件発明が引用刊行物に記載された考案と実質的に同一であり,特許法29条の2に該当することを理由に無効審判を請求しているものであって,引用刊行物に記載された考案のうち特に従来考案のみに基づいて無効を主張したものでないことは明らかである(なお,審判請求書には,本件発明と引用刊行物に記載された発明の対比として,本件発明の構成が「甲第1号証において,実用新案登録出願に係る従来技術として記載されている。」とする記載部分(6頁〜8頁)があるが,同時に「甲第1号証に記載されている」との記載部分(8頁)もあるのであって,原告が本件発明と従来考案との対比のみに限定して本件発明と引用刊行物に記載された発明との同一を主張していたものでないことも明らかである。)。 そして,審決は,別紙審決書写しのとおり(17頁〜25頁),従来考案を含めて引用刊行物の記載事項について検討し,本件発明と対比判断した上で,本件発明は引用刊行物に記載された考案と同一であるとは認められないと判断したものであって,審決に,「審決の結論及び理由」が記載されていないということはなく,特許法157条2項4号に違反した違法はない。 上記のとおり,審決が原告の主張した無効理由について何ら判断していないとの原告の主張は,その前提において誤っているものであって,失当である。 (2) また,原告は,審決は原告の申し立てていない無効理由について,原告に通知し,意見を申し立てる機会を与えないで判断したものである(特許法153条2項違反)旨主張する。 しかし,前記のとおり,原告は,本件発明が引用刊行物に記載された考案と実質的に同一であり,特許法29条の2に該当することを理由に無効審判を請求しているものであり,審決は,その申し立てられた理由の範囲内で,原告が引用した引用刊行物に記載された考案を認定し,無効理由の存否について判断したものであって,原告の申し立てていない無効理由について判断したものではないから,特許法153条2項所定の手続を執る必要はなく,原告の上記主張は,その前提において誤っているものであり,失当である。 2 取消事由2(不適格な引用発明の認定)について 原告は,本件発明と対比すべき引用発明として,従来考案の内容を認定すべきであるのに,適格性を欠く出願考案を引用発明として認定したのは誤りである旨主張する。 (1) 引用刊行物には,次の記載等がある(甲1)。 ア 「圧電振動子のリード線をリードフレームに固着し該リードフレームの一部を残して全体を物質でモールドする圧電体において,該リード線を熱硬化性の導電性固着部材で固着し,かつ該圧電振動子を他のリードフレームに固着部材で固着したことを特徴とする圧電体。」(実用新案登録請求の範囲) イ 「[従来技術の説明]・・・第2図に示す断面図のように,既に気密封止されている円筒形状の圧電振動子11のリード線12をリードフレーム13に,ハンダ14で固着し,リードフレームの一部を残して圧電体10全体を金型に入れ樹脂等の物質15でモールドすることが出来る。これにより,IC基板の形状となり自動装着等に便利な形状となっているものである。しかし,モールドする際,高温高圧が加わるために圧電振動子11のリード線12とリードフレーム13とのハンダ付け14部分がハンダであり,ハンダは熱可塑性のために熱くなりはずれてしまうおそれがある。また,圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置合わせされているものであるが,モールドの際の高圧により移動してしまいモールド後に圧電振動子がモールドした表面より浮き出る恐れも生じていた。」(2頁6行〜3頁3行) ウ 「[本考案の目的・構成]本考案は,前述した欠点を改善したものでモールドの際の高温により生じるリード線固着部分の剥がれによる導通不通を防ぎ,また,圧電振動子のリードフレームからの位置ずれを防ぐことを目的としている。 本考案の目的を達成させる為,本考案では,圧電振動子のリード線をリードフレームに固着し該リードフレームの一部を残して全体を物質でモールドする圧電体において,該リード線を熱硬化性の導電性固着部材で固着し,かつ該圧電振動子を他のリードフレームに固着部材で固定した構成の圧電体である。」(3頁4行〜16行) エ 「[実施例の説明]第1図は,本考案の実施例を示す断面図である。圧電振動子11は,内部に励振電極を施された圧電振動板が支持具により固着され,真空雰囲気かN2封止された気密構造であり,リード線12が引き出されリードフレーム13に載置されている。これに高温にも堪えられるようポリイミド系やエポキシ系の熱硬化性の導電性固着部材24により導通を保たせてある。これによって物質1によるモールドの熱が加わっても,導電性固着部材24は熱硬化性であるため熱可塑性のハンダのように溶融することがないため,モールドの際に固着部分のはずれを起こすことがない。一方,リード線12を固着したリードフレーム13とは反対側にあるリードフレーム13’は圧電振動子11の位置合わせに使われているものであるが,物質15によるモールドの際の高圧により位置がズレてしまい,最悪の場合には圧電振動子の一部がモールドの表面から浮き出てしまう等の不具合があった。そこで,リードフレーム13’に圧電振動子11を位置合わせした後,固着部材26により圧電振動子11を固着する。これにより圧電振動子11は物質15によるモールドの際の高圧が加わってもリードフレーム13’との位置ズレを起こすことなくモールドさせることができる。」(3頁17行〜5頁2行) オ 「[本考案の効果]本考案は,圧電振動子をリードフレームに固着した後,リードフレームの一部を残して全体を物質でモールドした圧電体が,モールドの際の高温高圧により生じる不具合を改善したものであって,・・・。また,圧電振動子は他のリードフレームに位置合わせがなされて固着部材で固着されているため,モールドの際の高圧によって圧電振動子とリードフレームとに位置ズレを起こすことがなく,モールドさせることが出来る。・・・圧電振動子と他のフレームとの固着部材としては,導電性,絶縁性のどちらのものでも良い。もし,導電性のものを使用した場合圧電振動子のケースとリードフレームが導通するためシールドのための端子として使用できる。」(5頁3行〜6頁8行) カ 図面第1図,第2図は,いずれも概略の断面図であり,寸法が明示され,相互の位置関係が明確にされた設計図ではない。また,各図面からは,リードフレーム13’と圧電振動子11が接触しているか明確でなく,リードフレーム13の一部と圧電振動子11が接触しているかも明らかでない。 (2) 以上によれば,引用刊行物には,審決が認定した前記第2の3(1)記載のとおりの発明(出願考案)が記載されていることが認められ,本件発明との同一性を検討するに当たって対比すべき引用発明として,適格性に欠けるところはない。 原告は,引用刊行物の[従来技術の説明]及び第2図に係る考案である従来考案を引用発明として認定すべきであると主張する。しかし,引用刊行物の上記記載によれば,従来考案においては,「圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置合わせされているものであるが,モールドの際の高圧により移動してしまいモールド後に圧電振動子がモールドした表面より浮き出る恐れも生じていた」ものであるのに対し,本件発明は,「水晶振動子本体の位置決めが容易で,しかもモールド時の樹脂の流れにより水晶振動子本体が傾いてリードの溶接がはずれたりすることがなくなる・・・・」(本件明細書(甲9)2頁4欄12〜14行)という目的のための構成をもつものである。そうすると,従来考案は,本件発明が解決しようとする課題を残したままのものであるといわなければならず,本件発明と対比すべき引用発明として適切とはいえないことが明らかである。 なお,原告は,従来考案を引用発明として認定すべきであるとする前提として,従来考案の構成(a〜e)は本件発明の構成要件のすべてを実質的に有している旨主張するもののようである。 しかし,原告が主張する従来考案の構成c(前記保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片(リードフレーム13’)を有している)についてみれば,前記のとおり,引用刊行物の[従来技術の説明]に,「圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置合わせされているものである」との記載があるものの,「モールドの際の高圧により移動」してしまう可能性があるものであり,その位置合わせもどのようにされているのか明らかでなく,圧電振動子11が他のリードフレーム13’に接触しているかどうかも記載されていないのであるから,それが保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片として設けられているものとは認められず,また,前記のとおり,第2図は概略の断面図にすぎず,同図からは,他のリードフレーム13’が保持容器の頂面に当接していると認めることもできないのであって,従来考案が原告主張の構成c(本件発明の構成要件Cに相当する。)を有するとはいえない。原告は,「保持容器の頂面に当接する」構成とすることは周知の技術事項であるから,従来考案において,リードフレーム13’によって保持容器の外周面を保持し,頂面を当接して,圧電振動子11が位置決めされていることは明白であるとも主張するが,周知の技術事項であっても,常に自明的に採用されるとは限らないのであり,モールドの際の高圧により移動してしまう可能性がある従来考案において,位置決めのためにリードフレーム13’を保持容器の頂面に当接する構成が当業者に自明の技術事項として実質的に開示されていると認めることはできないから,原告の上記主張は採用できない。従来考案が実施又は実施可能な一定の技術的効果を有していたことは,上記判断を何ら左右するものではない。 また,原告が主張する従来考案の構成eについても,上記のとおり,引用刊行物の[従来技術の説明]及び第2図からは,圧電振動子11が他のリードフレーム13’に接触しているかどうかが明らかでないのであるから,従来考案において,外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子とすることができるとは認められず,従来考案が原告主張の構成e(本件発明の構成要件Eに相当する。)を有するとはいえない。 したがって,従来考案が本件発明の構成要件のすべてを実質的に有していることを前提に,従来考案を引用発明として認定すべきであるとする旨の原告の主張は,その前提において失当であるというほかない。 (3) 以上のとおり,審決が,引用刊行物の記載から出願考案を引用発明として認定したことは相当であり,原告の主張は採用の限りでない。 3 取消事由3(引用発明認定の誤り)について 原告は,出願考案は,従来考案において,保持容器頂面位置決め用片を保持容器の頂面に当接させて,水晶振動子本体を位置決めしているものを,保持容器の頂面の当接部分を導電性の固着部材により水晶振動子本体が動かないように完全に固定したものであり,モールドの際の高圧によっても位置ズレを起こさないようにしたものであるから,従来考案のすべての構成要件を共通に有していると主張する。 しかし,従来考案において,保持容器頂面位置決め用片が保持容器の頂面に当接する構成を有していると認めることはできないことは前記のとおりであり,従来考案がそのような構成を有していることを前提とする原告の主張は失当である。 また,前記引用刊行物の記載によれば,出願考案は,従来考案において「圧電振動子11は他のリードフレーム13’に位置合わせされているものであるが,モールドの際の高圧により移動して」しまう可能性があることから,その移動等を防ぐために,圧電振動子を他のリードフレームに固着部材で固定する構成を採ることとしたものであって,出願考案において,固着部材に関する構成は必須の構成要件であり,固着手段として,保持容器の頂面に当接する保持容器頂面位置決め用片を設けることは前提とされておらず,また,引用刊行物には,リードフレーム13’が圧電振動子11の頂面に当接しているとの記載もない。 したがって,出願考案においては,保持容器頂面位置決め用片を保持容器の頂面に当接させて,水晶振動子本体を位置決めするという構成を有していないことは明らかであり,少なくともこの点で引用発明が本件発明と実質的に同一の構成をもつものと認めることはできない。 原告の上記主張は理由がなく,審決の引用発明の認定及び一致点・相違点の認定に誤りはない。 4 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決にこれを取り消すべき誤りは認められない。 したがって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 若林辰繁 |
裁判官 | 沖中康人 |