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関連審決 無効2000-35329
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18ネ10051特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成14ワ13726損害賠償請求事件 判例 特許
平成22行ケ10277審決取消請求事件 判例 特許
平成20ネ10083損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成19ワ2980損害賠償請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  上位概念 /  下位概念 /  技術的範囲 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 239号 審決取消請求事件
原告 旭硝子株式会社
訴訟代理人弁理士 萩原亮一
同 内田明
同 加藤公清
被告 美濃窯業株式会社
訴訟代理人弁理士 木下茂
同 石村理恵
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/08/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2000-35329号事件につき平成13年4月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「セメント工業用回転筒窯」とする特許第2698816号の特許(昭和62年4月30日に出願された特願昭62-107874号(以下「もとの出願」という。)を分割して,その一部を新たな特許出願として,平成8年8月28日に出願され(以下「本件出願」という。),平成9年9月26日に設定登録されたものである。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
(2) 被告は,平成12年6月20日,本件特許を無効にすることにつき審判を請求した。特許庁は,これを無効2000-35329号事件として審理し,その結果,平成13年4月16日,「特許第2698816号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をして,同月26日,その謄本を原告に送達した。
2 本件特許の特許請求の範囲 「10〜50重量%のスピネルクリンカー(MgO・Al2O 3),50〜90重量%の焼結マグネシア,及びスピネルクリンカーと焼結マグネシアの全量の100重量%に対して,付着物の形成を促進する0.5〜4重量%の酸化ジルコニウム成分を有する,マグネシアスピネルを主材とする耐火素地が内張りされていることを特徴とするセメント工業用回転筒窯。」 3 本件審決の理由 本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,次のようにいうものである。
(1) もとの出願の願書に最初に添付された明細書(以下,同願書に最初に添付された図面も併せて,「原明細書」という。)には,耐火素地の成分として,酸化ジルコニウムが「0.1oよりも小さな粒度領域にある」ことが記載されており,0.1oよりも小さい粒度領域にある酸化ジルコニウム以外の酸化ジルコニウムについては,何ら記載されていない。また,0.1oより小さい粒度領域にある酸化ジルコニウム以外の酸化ジルコニウムも,付着物の形成を促進できるという作用効果を有しており,耐火素地の成分として用いることができることが,自明であるとすることもできない。
(2) 本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)中の「付着物の形成を促進する・・・酸化ジルコニウム」という記載は,酸化ジルコニウムの形成を促進するという効果,或いは付着物の形成を促進する添加物としての用途を記載しているにすぎず,酸化ジルコニウムの特性を限定するものではない。
本件発明は,酸化ジルコニウムが「0.1oよりも小さい粒度領域にある」ことを必須の構成要件としない。すなわち,本件明細書は,0.1oよりも大きい粒度領域にある酸化ジルコニウムを用いる場合をも包含している。
(3) 以上のとおり,本件発明は,もとの出願に包含されていない発明を包含するものであるから,特許法44条1項の,もとの特許出願の一部を新たな特許出願にするものではなく,同条2項の適用を受けることができない。
したがって,本件発明の出願日は,現実の出願日である平成8年8月28日となる。
(4) 甲第3号証(特開昭62-260765号公報,昭和62年11月13日公開)には,「10ないし50重量%のスピネルクリンカー(MgO・Al2O 3),50ないし90重量%の焼結マグネシア,及びスピネルクリンカー,及び0.5ないし4重量%の焼結マグネシアの全量に関連させて,100重量%に対してとられた,付着物の形成を促進する金属酸化物成分を有する,マグネシアスピネルを主材とする,耐火素地において,該金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする耐火素地」を,内面に内張りしたセメント工業用回転円筒窯が記載されている。
他方,本件発明は,酸化ジルコニウムとして0.1oより小さい粒度領域にある酸化ジルコニウムを用いる場合をも包含する。
以上によれば,本件発明は,出願前に頒布された刊行物である甲第3号証に記載された発明であるから,特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができない。
原告主張の取消事由の要点
審決は,0.1oより大きな粒度領域にある酸化ジルコニウムについては,原明細書に記載がなく,酸化ジルコニウムであれば,0.1mmより大きな粒度領域にあるものであっても,付着物の形成を促進することができることが自明であったとすることもできない,と誤って認定し,その結果,本件特許は,もとの出願に包含されていた出願の一部を新たな特許出願とするものではなく,特許法44条第2項規定の適用を受けることができないとの誤った判断に至り,ひいては,本件発明の新規性を否定するいう誤りを犯したものであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 特許制度及び分割出願制度の趣旨 特許制度及び分割出願制度の趣旨は,特許出願により自己の発明内容を公開した出願人に対して,第三者に対して不当に不測の損害を与えるおそれのない限り,できるだけこれらの発明について特許権を取得する機会を与えることにある(最高裁昭和53年(行ツ)第140号,昭和56年3月13日判決参照)。ここで,「もとの出願から分割して新たな出願とすることのできる発明」とは,もとの出願の願書に添付された明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず,要旨とする技術的事項のすべてが当業者が正確に理解し,かつ,容易に実施することができる程度に記載されているならば,明細書の発明の詳細な説明ないし図面に記載されているものであっても差し支えない(最高裁昭和53年(行ツ)第101号,昭和55年12月18日判決参照)。
2 本件発明の実質的価値(本質的な特徴) 本件発明の実質的価値は,本件発明に最も近い先行技術である米国特許第4389492号明細書に記載された,酸化鉄添加マグネシア・スピネルれんがでは達成することができなかった「高温時の付着物の形成促進能力」の確保を,酸化鉄の代わりに酸化ジルコニウムを添加することにより可能にしたところにある。
セメント工業用回転窯(以下「ロータリキルン」という)の内張りれんがは,中に入れるセメント原料が塩基性であるため,耐食性が要求され,焼成窯であるため,耐熱性が要求され,窯自体が回転し,かつセメント原料が窯内面を転動するため,機械的強度が要求される。また,ロータリキルンのバーナーは,燃焼の制御が難しく,焼成帯の温度変動を避けることができず,また,回転円筒窯のたびたびの冷却及び再度の加熱により,れんがに熱衝撃が発生しやすい。そのため,ロータリキルン内張りれんがは,耐食性,耐熱性,機械的強度に加え,耐熱衝撃性に優れたものを使用する必要があった。
これらの特性を備えたれんがとして,従来から使用されていたのは,マグネシア・スピネルれんがであった。
マグネシアれんがは,マグネシア(MgO(融点:2800℃))を主成分とする代表的な塩基性れんがであり,製鋼炉,精錬炉やガラス蓄熱室の内張りに使用されてきた。このれんがは,耐食性,耐熱性及び機械的強度には優れているものの,熱膨脹係数が大きくクラックが入りやすいため,耐熱衝撃性(耐スポーリング性)に劣る。そのため,ロータリーキルンに適用することはできない。
そこで,マグネシアれんがにスピネル(MgO・Al 2O 3(融点:2135℃))を添加することにより,弾性が付与され耐スポーリング性が改善されて,ロータリーキルンヘの適用が可能となった。このれんががマグネシア・スピネルれんがである。
一方,ロータリキルン内では,セメント原料のうち,CaO・SiO2を主成分とするセメント成分がれんがの表面に付着する。この付着物は高温のセメント原料の熱衝撃を緩和する重要な働きをする。しかし,この付着物は高温のセメント原料の熱的・機械的衝撃を受け,れんがの表面から脱離する危険性が常にある。脱離は付着物の緩衝機能を急激に低下させる。そこで,この付着物の形成促進能に優れたれんが組成の選択が求められてきた。
米国特許第4389492号明細書に記載された酸化鉄添加マグネシア・スピネルれんがは,正しく付着物の形成促進能に優れたれんがである。この酸化鉄添加マグネシア・スピネルれんがは,ロータリキルンの焼成バーナーが安定して燃焼するときには,付着物の形成促進能を相当な程度で発揮する。しかし,セメント原料がロータリキルン内を転動するなどして,燃焼条件が変動して燃焼温度が上昇することがある。このような高温時には,付着物が熔融して消失するため,高温のセメント原料がれんがに直接作用して熱的・機械的衝撃を与え,れんがの寿命を大幅に短縮するという問題を,本件発明の発明者(以下「本発明者」という。)が初めて見いだした。
発明者は,上記知見に基づき研究を重ねた結果,米国特許第4389492号明細書記載の「セメント工業用回転筒窯用の酸化鉄添加マグネシア・スピネルれんが」の欠点である,高温時に付着物が熔融するという問題を,酸化鉄に代えて酸化ジルコニウムを添加することにより解決したのである。
3 原明細書の記載 (1) 原明細書の内容を示す公開特許公報(特開昭62-260765号,甲第3号証)により,上記の点が原明細書にどのように記載されているかをみる。
ア 上記公報の特許請求の範囲の中には,「(1)10ないし50重量%のスピネルクリンカー(MgO・Al2O 3),50ないし90重量%の焼結マグネシア,及びスピネルクリンカー,及び0.5ないし4重量%の焼結マグネシアの全量に関連させて,100重量%に対してとられた,付着物の形成を促進する金属酸化物成分を有する,マグネシアスピネルを主材とする,耐火素地」との記載(以下,「記載ア」という)が含まれている。
上記公報の1頁右下欄8ないし18行には,(発明の詳細な説明)の一部として(以下,同じ),「本発明は耐火組成物に関し,特に,10ないし50重量%のスピネルクリンカー(MgO・Al2O 3),50ないし90重量%の焼結マグネシア,並びにスピネルクリンカーと,焼結マグネシア(Sintermagnesia)の全量に関連させて,100重量%に対して0.5ないし4重量%の,付着物の形成を促進する金属酸化物を有するマグネシアスピネル基材のセメント工業用の回転円筒窯の内面内張り用耐火組成物及びそのような組成物を用いて作られた耐火れんがに関しており」と記載されている(以下,「記載ア’」という)。
イ 同2頁左上欄14行ないし左下欄11行には,米国特許第4389492号明細書記載の「セメント工業用回転筒窯用の酸化鉄添加マグネシア・スピネルれんが」は,マグネシアが抵抗体として働き,スピネルが弾性付与体として働き,酸化鉄が付着物の形成促進剤として働くことにより,セメント回転窯用のれんがとして約1450℃までの比較的低い操業温度では一定の特性を維持するが,上記の温度より高い温度になると,酸化鉄の付着物形成促進能が喪失するばかりでなく,酸化鉄添加物が純粋なマグネシア・スピネルれんがのほかの特性に悪影響を及ぼす,との趣旨の記載(以下,「記載キ」という)がある。
同公報には,その直後に,2頁左下欄12行ないし17行に,「はじめに述べた種類の公知の耐火組成物及び耐火れんがを,高い温度のときも,特にセメント工業用回転円筒窯の焼結帯における加熱時に,付着物の形成の促進を達成することができるという,趣旨に沿って改良するという課題が本発明の基礎になっている。」と記載されている(以下,「記載イ」という)。
2頁右下欄第10行ないし3頁左上欄第7行には,「酸化鉄の代りに,酸化ジルコニウムが付着物の形成を促進するための添加物として用いられるとき・・・酸化鉄添加物の欠点を回避することが成功するという意外な認識が,本発明の基礎になっている。これによって,正常な窯の操業温度よりも高い温度のときもすぐれた付着物の形成がもたらされ,その結果,すぐれた緊急作動特性を生じる。付着物の形成が促進されるのみならず,セメントクリンカー熔融物によるれんがの浸透深さも,低下せしめられ,その結果として,特に,例えば,回転円筒窯のたびたびの冷却及び再度の加熱が行なわれ,その結果としてその度毎に付着物の減少もしくは流れ落ち(zerriesela)を生じ,それと共にセメント回転円筒窯に使用される耐火れんがのあきらかに延長せしめられた耐用年数(Standzeiten)がもたらされることが明らかとなった。」と記載されている(以下,「記載ウ」という)。
ウ 2頁左下欄18行ないし右下欄1行には,「この課題は,金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする,はじめに述べた種類の耐火組成物による本発明によって解決される。」と記載されている(以下,「記載イ’」という)。
エ 3頁左上欄8行ないし右上欄11行では,「西独特許公開公報第2646430号に酸化ジルコニウムを添加したマグネシアれんが(マグネシア・スピネルれんがではない)は記載されているが,マグネシアれんがにおいて酸化ジルコニウムが付着物の形成に影響を及ぼすことを示唆する記載はないと説明し,また,西独特許公開公報第2507556号にも上記と同様のマグネシアれんがが記載されていると説明し,さらに,西独特許公開公報第2249814号には,マグネシアれんがにおいて酸化ジルコニウムを弾性付与体として使用することが記載されている」と説明している(以下,「記載エ」という)。
オ 記載エに続けて,3頁右上欄12行ないし17行には,「特にそこでは,酸化ジルコニウムは,不規則に(erratisch)分配された大きな粒形状で使用されるのに対して,本発明に従った利用の場合,酸化ジルコニウムは,0.06oよりも小さな径の微細粒度のものを使用することが必要不可欠である。」と記載されている(以下,「記載エ’」という)。
カ 3頁左下欄4行ないし4頁右上欄9行の例1〜3には,「0.06oよりも小さな粒度」の酸化ジルコニウムを使用したマグネシア・スピネルれんがが記載されている(以下,「記載オ」という)。
(2) 以上のように,原明細書には,特定の組成の耐火素地に関する発明(これを「本件上位概念の発明」という。)が「記載ア」に,本件上位概念の発明において,「付着物の形成を促進する金属酸化物」として,酸化鉄の代わりに酸化ジルコニウムを用いる発明(以下「本件中位概念の発明」という。)が「記載ウ」に,付着物の形成を促進する「酸化ジルコニウム」の粒度を「0.1oよりも小さな粒度領域にある酸化ジルコニウム」に特定した発明(以下「本件下位概念の発明」という。)が「記載イ'」に開示されている。原明細書で特許請求されているのは,本件下位概念の発明であり,本件発明で特許請求されているのは,本件中位概念の発明である。
4 審決の誤り (1) 審決は,上記の記載ウについて「『基礎になっている』という記載は,『酸化ジルコニウム』であれば,如何なる酸化ジルコニウムでも従来技術における課題の解決が可能であるということを意味するのか,或いは,従来技術における課題解決のためには,『酸化ジルコニウム』というだけではなく,更なる条件(すなわち「0.1oより小さなもの」を使用するという条件)を必要とすることを意味するのかは,該記載だけでは,直ちには判断できない。」(審決書10頁31〜37頁)としている。
しかし,上記の当該箇所の記載だけからでも「酸化ジルコニウムをマグネシアスピネルれんがに添加することにより付着物の形成が促進されること」が当業者にとっては明らかである。なぜなら,耐火物では,その基礎をなすのは化学組成であり,粒径等は副次的な要素であるからである(甲第5号証,吉木文平著「耐火物工学」68〜97頁,特に68頁1〜18行)。
また,上記の記載ア,ア’,ウ,特に上記の記載ア’,ウからも,審決のいう更なる条件が必要不可欠のものでないことが明らかである。
(2) 審決が,上記の記載エ及び記載エ’を根拠にして,上記の更なる条件を必須と判断したことは誤りである。
記載エは,3件の西独特許公開公報の記載内容を説明したものである。これらはいずれも,マグネシアれんがについて記載したものであって,マグネシア・スピネルれんがについて,さらにはマグネシア・スピネルれんがにおける付着物形成促進手段については何も記載されていない。したがって,記載エを,上記の判断の根拠にすることはできない。
記載エに続く記載エ’には「0.06oよりも小さな酸化ジルコニウムを使用することが必要不可欠である」とした記載はあるが,この記載を唯一の根拠にして,上記の判断を導くとしたら,あまりにも短絡した思考であり,特許制度及び分割出願制度の趣旨に反することは明らかである。
したがって,上記の審決の認定判断は誤りである。
(3) 一方,上記の記載イ,イ’,ウ,キから明らかなように,原明細書には,抵抗体としてのマグネシア及び弾性付与体としてのスピネルからなるマグネシア・スピネルれんがに,付着形成促進剤としての酸化ジルコニウムを添加することにより,高温時の付着物の形成を促進することができるということが明記されており,耐食性及び耐熱性に加えて耐熱衝撃性を向上させたマグネシア・スピネルれんが及びこれを用いたセメント工業回転筒窯を提供できることが記載されていることは明らかである。改めてその実施の可能性についてみても,これを妨げる理由を見いだすことはできない。したがって,原明細書には,上記の酸化ジルコニウム添加マグネシア・スピネルれんが及びこれを用いたセメント工業用回転筒窯の発明が記載され,かつ,当業者がその実施を容易にできる程度に記載されていたと解するのが相当である。なお,本件は,特許法第36条の無効事由により,特許が無効であると判断された事件ではないのである。
(4) 分割出願制度の趣旨が,第三者に対して不当に不測の損害を与えるおそれのない限り,公開の代償として,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に開示した発明についてはできるだけ特許権の取得の機会を与えることにあるところからすれば,分割の対象とされる発明が,原明細書の特許請求の範囲に記載されてはいないものの,発明の詳細な説明ないし図面も含め,原明細書の記載全体から把握することができ,かつ,その発明を当業者が容易に実施することができる程度に記載されているときには,原明細書中の表記の場所や表記方法にとらわれることなく,出願の分割を認めるべきである。そして,原明細書の開示の範囲で,第三者に対する不当で不測の損害を与えるおそれがない限り,できるだけ特許権の取得の機会を与えようとする趣旨からすると,分割出願の要件の判断における,原明細書からの発明の把握は,特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明技術的範囲を特定する作業とはおのずから相違することになるというべきである。他方,分割出願に係る発明が,原明細書から把握できるか否かの検討において,公知の事実や出願時の技術水準がその前提になることは,同発明が新規性,進歩性を備えるか否かの検討におけると同様であることは,改めて述べるまでもないことである。なぜならば,これらを無視しては,発明の実質的価値を評価することができないからである。
本件発明において,原明細書中に記載されている公知文献(米国特許第4389492号明細書)の記載を前提にして本件発明の実質的価値を評価して原明細書に記載されている発明を特定することに,格別の問題はないはずである。そして,第三者に対して不当で不測の損害を与えるおそれを防止するために,本件発明のすべての構成が当業者に正確に理解され,かつ,容易に実施することができる程度に記載されていることを要することは当然であるものの,上記(3)で指摘したように,本件発明がこれらすべての条件を満たしていることは,明らかである(前記のとおり,本件は,特許法第36条に係る無効事由を指摘された事件ではない。)。
5 以上のとおり,審決は,特許制度の趣旨及び分割出願制度を設けた趣旨を誤って理解し,かつ,原明細書の記載を曲解した結果,本件は,もとの出願に包含されていない発明を包含するものであるから,もとの出願の一部を新たな特許出願とするものではなく,もとの特許出願の時に出願したものとみなすという規定の適用を受けることができないので,本件発明は,本件出願前に頒布された刊行物である甲第3号証に記載された発明に該当し,特許を受けることができない,と誤った結論を導いたものであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,審決に原告主張のような誤りはない。
1 原告は,審決が,原明細書の記載全体を見ず,原明細書の記載の一部の表現方法にとらわれて,酸化ジルコニウムを「0.1oより小さい粒度領域にあるもの」と「0.1oより大きな粒度領域にあるもの」に分け,後者については,原明細書に記載もなく,自明であるとすることもできない,との誤った結論を導いたものである,と主張する。
しかし,審決は, 「原明細書の記載には,『0.1oよりも小さな粒度領域にある酸化ジルコニウム』以外の酸化ジルコニウムについては,何ら記載されておらず,また,原明細書の記載からでは,『0.1oよりも小さな粒度領域にある酸化ジルコニウム』以外の酸化ジルコニウムも,付着物の形成を促進するという作用効果を有しており,耐火素地の成分として用いることができることが,自明であるとすることもできない。
よって,原明細書,すなわち原出願の願書に最初に添付された明細書又は図面には,「0.1oより小さい粒度領域にあるもの」以外の酸化ジルコニウムを用いる発明については記載されていないとするのが妥当である。』(審決書11頁27行〜36行) として,原明細書の記載全体に照らして認定したものであり,決して,原告のいうように原明細書の記載の一部の表現方法にとらわれて結論に至っているわけではない。
2 特許請求の範囲の必須要件項には,自らが発明した,特許を受けようとする事項のみが記載され,かつ特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のすべてが記載される。したがって,本件発明の特許請求の範囲(1)に,原告のいう本件上位概念の発明と本件下位概念の発明が同時に記載されていると解することはできない。
原明細書の特許請求の範囲(1)に記載された文言中の「10ないし50重量%のスピネルクリンカー(MgO・Al2O 3),50ないし90重量%の焼結マグネシア,及びスピネルクリンカー,及び0.5ないし4重量%の焼結マグネシアの全量に関連させて,100重量%に対してとられた,付着物の形成を促進する金属酸化物成分を有する,マグネシアスピネルを主材とする,耐火素地,特にセメント工業用回転円筒窯の内面内張りのための耐火れんが用の耐火素地において」は,発明の特徴部分を明確化するための前提条件を示す部分である。前提条件を示すこの部分が,独立して,本件発明の特許請求の範囲(1)にかかる発明の要旨と解されることはなく,まして,他の部分とは別の一つの発明を構成するものなどということはあり得ない。
上記前提部分を「10ないし50重量%のスピネルクリンカー・・・耐火素地」と,「特にセメント工業用回転円筒窯の内面内張りのための耐火れんが用の耐火素地において」に分離して把握する原告の解釈も不合理である。後者は,前者の用途を限定しているものであって,二つの部分は一体として解釈されるべきである。
以上のとおりであるから,もとの出願において開示されているのは,「10ないし50重量%のスピネルクリンカー(MgO・Al2O 3),50ないし90重量%の焼結マグネシア,及びスピネルクリンカー,及び0.5ないし4重量%の焼結マグネシアの全量に関連させて,100重量%に対してとられた,付着物の形成を促進する金属酸化物成分を有する,マグネシアスピネルを主材とする,耐火素地,特にセメント工業用回転円筒窯の内面内張りのための耐火れんが用の耐火素地において,金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする耐火素地」という一つの発明にすぎない。
3 原告は,本件発明の価値は,これに最も近い先行技術である米国特許第4389492号明細書に記載の,酸化鉄添加マグネシア・スピネルれんがでは達成することができなかった「高温時の付着物の形成促進能力」の確保を,酸化鉄の代わりに酸化ジルコニウムを添加することにより可能にしたところにある,と主張し,また,甲第4号証を提示し,本件発明の発明者は,米国特許第4389492号明細書に記載されている「セメント工業用回転筒窯用の酸化鉄添加マグネシア・スピネルれんが」の欠点である,高温時に付着物が熔融するという問題を,酸化鉄に代えて酸化ジルコニウムを添加することにより解決したものである,と主張している。
しかし,原告自身が主張しているとおり,原出願から分割して新たな出願とすることのできる発明は,原出願の願書に最初に添付された明細書又は図面に,その要旨とする技術事項のすべてが,当業者が正確に理解し,かつ,容易に実施することができる程度に記載されていることが必要であり,原明細書に記載されていない甲第4号証をもって,本件発明の実質的価値を認定する必要はない。
本件で,分割出願が,原出願時になされたものとみなされるか否かは,本件発明を,本件明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて認定し,このように認定された本件発明の要旨とする技術的事項のすべてが,原出願の出願当初の明細書又は図面(原明細書)に記載されているか否かについて認定して決めれば足りることである。
4 原告は,「酸化ジルコニウムをマグネシアスピネルれんがに添加することにより付着物の形成が促進されること」が,「記載ウ」の記載だけからでも,当業者にとっては明らかであるとし,その理由として,「耐火物では,その基礎をなすのは化学組成であり,粒径等は副次的な要素である」(甲第5号証)ことは,当業者にとっても周知のことであるからである,と主張する。
しかし,酸化ジルコニウムと原明細書で開示されている発明との関係につき,記載ウから理解することができることは,「酸化鉄の代わりに,酸化ジルコニウムが付着物の形成を促進するための添加物として用いられるとき,技術の水準に従って,付着物の形成を促進するための,よく知られた酸化鉄添加物の欠点を回避することが成功するという意外な認識が,本発明の基礎になっている」(甲第3号証2頁右下欄10行目〜15行目)ということにすぎない。
「基礎になっている」という記載だけで,「酸化ジルコニウム」であれば,いかなる酸化ジルコニウムでも従来技術における課題の解決が可能であるということを意味するのか,あるいは,従来技術における課題解決のためには,「酸化ジルコニウム」というだけでなく,更なる条件(すなわち「0.1oより小さなもの」を使用するという条件)をも必要とすることを意味するのかを,直ちに判断することはできないのである。
記載ウで,「0.1oよりも小さな粒度領域にある酸化ジルコニウム」以外の酸化ジルコニウムについては,何ら具体的に記載されていない以上,原告の主張は,当を得ないものであることが明らかである。
記載ウの後半「これによって,正常な窯の操業温度よりも高い温度のときもすぐれた付着物の形成がもたらされ,その結果,すぐれた緊急作動特性を生じる。・・・」の「これ」は,その前文の「本発明」を指すものであるから,原告の主張する,酸化ジルコニウムの粒度を限定しない本件上位概念の発明の効果を述べたものではない。
5 原告は,上記の記載ア,ア’,ウ,特に上記の記載ア’,ウからも,上記の更なる条件が必要不可欠のものでないことが明らかである,と主張する。
しかし,原告が,記載アとして引用した部分は,甲第3号証の特許請求の範囲に記載された発明の前提部分にすぎない。
すなわち,特許請求の範囲の記載は, 「(1)10ないし50重量%のスピネルクリンカー(MgO・Al2O 3),50ないし90重量%の焼結マグネシア,及びスピネルクリンカー,及び0.5ないし4重量%の焼結マグネシアの全量に関連させて,100重量%に対してとられた,付着物の形成を促進する金属酸化物成分を有する,マグネシアスピネルを主材とする,耐火素地,特にセメント工業用回転円筒窯の内面内張りのための耐火れんが用の耐火素地において,金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする耐火素地」 というものであるから,そこには,酸化ジルコニウムとの関連では,「金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする耐火素地」が示されているにすぎない。
また,原告が記載ア’として引用した部分には,その「本発明は耐火組成物に関し,特に,・・・組成物を用いて作られた耐火れんがに関しており・・・」との記載自体から明らかなように,単に,本件発明の技術分野が記載されているにすぎない。
記載ウにおいて,「0.1oよりも小さな粒度領域にある酸化ジルコニウム」以外の酸化ジルコニウムについては,何ら具体的に記載されていないことは,前述のとおりであり,したがって,これとア,ア’の記載を併せ考慮しても,原告が主張するような,「付着物の形成を促進する金属酸化物を特定しない本件上位概念の発明」が開示されているとは認められない。
6 原告は,審決が記載エ及びエ’を根拠にして,上記の更なる条件を必須と判断したことは誤りである,と主張する。
しかし,分割出願することのできる発明は,原出願の願書に最初に添付された明細書又は図面に,その要旨とする技術的事項のすべてが,当業者が正確に理解し,かつ容易に実施することができる程度に記載されていなければならない。そうである以上,分割出願することのできる発明の認定に当たって,発明の詳細な説明の一部を判断の根拠としないことは,妥当でない。
記載エ,エ’においては,マグネシアスピネルれんがについて,付着物の形成を促進する手段としては,酸化鉄に代えて酸化ジルコニウムを用いること,及び,酸化ジルコニウムは小さい粒度領域にあること,の両方を必須の要件であるとしていると解釈される。そこには,単に,酸化ジルコニウムを使用すればよい,などとということは示されていない。
7 原告は,記載イ,イ’,ウ,キから明らかなように,原明細書には,抵抗体としてのマグネシア及び弾性付与体としてのスピネルからなるマグネシア・スピネルれんがに,付着形成促進剤としての酸化ジルコニウムを添加することにより,高温時の付着物の形成を促進することができるということが明記されており,耐食性及び耐熱性に加えて耐熱衝撃性を向上させたマグネシア・スピネルれんが及びこれを用いたセメント工業回転筒窯を提供できることが記載されていることは明らかである,と主張している。
しかし,記載イ,イ’として原告が挙げる部分には, 「はじめに述べた種類の公知の耐火組成物及び耐火れんがを,高い温度のときも,特にセメント工業用回転円筒窯の焼結帯における加熱時に,付着物の形成の促進を達成することができるという,趣旨に沿って改良するという課題が本発明の基礎になっている。
この課題は,金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする,はじめに述べた種類の耐火組成物による本発明によって解決される。」 と記載されているにすぎない。
言い換えれば,原出願の出願当初の明細書には,「金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする」発明が記載されているにすぎず,「0.1oよりも小さな粒度領域にある酸化ジルコニウム」以外の酸化ジルコニウムについては何も記載されていない。
記載ウは,「0.1oよりも小さな粒度領域にある酸化ジルコニウム」以外の酸化ジルコニウムについて何も開示していない。0.06oよりも小さな粒度領域の酸化ジルコニウムを添加物として用いた場合に,酸化鉄添加物の欠点を回避できることが示されているにすぎない。同様に,記載キについても,その記載は認められない。
原告の主張は,当を得ないものである。
当裁判所の判断
1 もとの出願の明細書の記載について 甲第3号証によれば,原明細書には,以下のとおりの記載があることが認められる。
(1) 特許請求の範囲 「(1) 10ないし50重量%のスピネルクリンカー(MgO・Al2O 3),50ないし90重量%の焼結マグネシア,及びスピネルクリンカー,及び0.5ないし4重量%の焼結マグネシアの全量に関連させて,100重量%に対してとられた,付着物の形成を促進する金属酸化物成分を有する,マグネシアスピネルを主材とする,耐火素地,特にセメント工業用回転円筒窯の内面内張りのための耐火れんが用の耐火素地において,金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする耐火素地。
(2) 酸化ジルコニウムが0.06oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の耐火組成物。
(3) 酸化ジルコニウムの含有量が1ないし2重量%であることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の耐火組成物。
(4) 上記特許請求の範囲第1項ないし第3項のうちの1項に記載の耐火組成物を用いて製造された耐火れんが,特にセメント工業用回転円筒窯の内面内張りのための耐火れんが。」 (2) 発明が解決しようとする課題 ア 「セメント工業において,・・・回転円筒窯の内面を内張りするとき,・・・マグネシアスピネル基材・・・耐火れんが・・・が使用されている。・・・マグネシアスピネルれんがは,・・・付着物の形成を下げるという特性を有する。しかし,ある一定の付着物の形成は,その生成によってセメントクリカー熔融物の化学熱的攻撃から本来の耐火れんがを守り,且つ外部への熱絶縁を良くするために望ましい。」(1頁右下欄18行〜2頁左上欄13行) イ 「その理由から,・・・マグネシアスピネル組成物の付着物の形成を良くするために,酸化鉄が添加された・・・耐火組成物,及びそれを用いて作られたれんが(Stein)が,米国特許4389492号からすでに知られている。このような酸化鉄添加物は,・・・付着物の形成を促進するのに適しているが,しかし約1450℃迄の比較的低い操業温度・・・のときだけ適するのみである。」(2頁左上欄14行〜右上欄6行) ウ 「それに加えて,このような酸化鉄添加物は・・・純粋なマグネシアスピネルれんがのほかの特性に影響を及ぼし・・・マグネシアスピネルれんがを・・・古くから知られた酸化鉄含有マグネシア製品に近いものにしてしまう」(2頁右上欄16行〜左下欄6行) エ 「はじめに述べた種類の公知の耐火組成物及び耐火れんがを,高い温度のときも・・・付着物の形成の促進を達成することができるという,趣旨に沿って改良するという課題が本発明の基礎になっている。」(2頁左下欄12行〜17行) (3) 課題を解決するための手段 ア 「この課題は,金属酸化物が酸化ジルコニウムであり,且つ0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする,はじめに述べた種類の耐火組成物による本発明によって解決される。
加うるに,本発明は酸化ジルコニウムが0.06oよりも小さな粒度領域にあることを備えることができる。」(2頁左下欄下3行〜右下欄4行) イ 「酸化鉄の代りに,酸化ジルコニウムが付着物の形成を促進するための添加物として用いられるとき・・・よく知られた酸化鉄添加物の欠点を回避することが成功するという意外な認識が,本発明の基礎になっている。これによって,・・・すぐれた付着物の形成がもたらされ,その結果・・・セメント回転円筒窯に使用される耐火れんがのあきらかに延長せしめられた耐用年数・・・がもたらされることが明らかとなった。」(2頁右下欄10行〜3頁左上欄7行) ウ 「酸化ジルコニウム添加物を有するマグネシアれんがは,西独特許公開公報(DE-OS)第2646430号からすでに知られているが,しかし,このマグネシアれんがの場合,酸化ジルコニウム添加物は過剰のカルシウムを無害にするのに役立つものであるが,そこにおいて,酸化ジルコニウムが,その任意の仕方で,付着物の形成に影響を及ぼすというような指示は見つけ出されてはいないようである。」(3頁左上欄8行〜3頁左上欄16行) エ 「西独特許公開公報(DE-OS)第2249814号から,マグネシアれんがの場合,酸化ジルコニウムを弾性付与体・・・として使用することが知られている。しかし・・・マグネシアスピネルれんがの場合の付着物の形成を促進する手段として,酸化ジルコニウムを使用することに関して何らの指示も認識されていない。特にそこでは,酸化ジルコニウムは,不規則に(erratisch)分配された大きな粒形状で使用されるのに対して,本発明に従った利用の場合,酸化ジルコニウムは,0.06oよりも小さな径の微細粒度のものを使用することが必要不可欠である。」(3頁左上欄19行〜右上欄下17行) (4) 実施例の記載について 「例1: 78重量%のマグネシアクリンカー,20重量%のスピネルクリンカー及び0.06oよりも小さな粒度を有する2重量%のZrO2(判決注・酸化ジルコニウム)の混合物1000Kgを・・・強制混合機で混合し,1.5重量%の水及び2重量%の50%亜硫酸廃液・・・と混ぜ,次いで・・・水圧プレスにより圧縮した。得られた成形物・・・を通常のように乾燥させ,次いで1700℃で,トンネル窯内で,保持時間8時間で焼いた。このようにして作製した耐火れんがを,セメント回転円筒窯の焼結帯の試験区間・・・を内張りするために使用した。・・・ 本発明に従った耐火れんがは,窯の停止後(運転期間3ヶ月),一様な付着物の形成を示した。」(3頁左下欄4行〜右下欄9行) 「例2: 例1の方法に従って,一定の隔たりをおいて,0.5ないし5重量%の酸化ジルコニウム含有量の例1に示された本発明に従った組成の試験れんが10個を作った。続いて,次のようにして,クリンカー付着試験によって付着物の形成を測定した。・・・ 7cmの稜長さを有する二つの立方体をセメント原料粉の錠剤・・・を間に介在させて重ねておき,電気的に加熱されたナーバー炉・・・で,5時間の間,1450℃の温度にさらした。冷えたのち,セメントクリンカーとれんが間の付着強度・・・を・・・調べた。・・・ ・・・付着物の形成の最適条件は1ないし2重量%のZrO 2含有量にあり,・・・良好な付着物の生成は0.5ないし4.5重量%の本発明に従って定められた全領域にわたって認められた。」(3頁右下欄15行〜4頁左上欄17行) 「例3: 例1の方法に従い且つ例1のマグネシアスピネル組成物をもって,ZrO2の添加量2%の耐火れんがの,例2と同様な7cmの稜長さを有する1個の立方体と,酸化ジルコニウムを含まない対照れんがを作った。・・ 12時間加熱後,酸化ジルコニウムを含まないれんがと比較して,本発明に従った・・・れんがの場合,50%の浸透深さの減少が明らかになった。」(3頁左上欄18行〜4頁右上欄9行) 2 もとの出願に係る発明の内容 (1) 上記認定事実によれば,原明細書には,マグネシアスピネルを基材とする耐火れんがの表面への付着物の形成の促進が課題として記載され(上記(1)アないしウ),この課題は,付着物の形成を促進する成分として「0.1oよりも小さな粒度領域」にある酸化ジルコニウム(上記(1)特許請求の範囲(1)項,及び(3)ア),あるいは「0.06oよりも小さな粒度領域」(上記(1)特許請求の範囲(2)項,(3)ア,及び同エ)にある酸化ジルコニウムを使用することにより達成できる旨記載されていることが認められる。
その実施例(例1ないし3)においても,いずれも,0.06oよりも小さい粒度を有する酸化ジルコニウムが使用されていることが認められる。
(2) 原明細書には,酸化ジルコニウムの粒度について,「0.1oよりも小さな粒度領域にあることを特徴とする」(上記(3)ア)と記載される一方,「0.06oよりも小さな径の微細粒度のものを使用することが必要不可欠である。」(上記(3)エ)とも記載されるなど,整合しないと疑われる点も見られる。しかし,いずれにしても,原明細書記載の発明においては,酸化ジルコニウムの粒度が特定値以下であることが明記されている。このことは,(3)エにおいて引用されている,西独特許公開公報第2249814号に記載されている酸化ジルコニウムが「弾性付与体」として使用されている「マグネシアれんが」では,酸化ジルコニウムは,「大きな粒形状で使用される」のに対して,「本発明に従った利用の場合」,すなわち,マグネシア・スピネルれんがの付着物形成促進剤として使用する場合には,「酸化ジルコニウムは,0.06oよりも小さな径の微細粒度のものを使用することが必要不可欠である。」と,酸化ジルコニウムの粒径が,れんがの種類の相違,及び酸化ジルコニウムの機能の相違,と関連づけて明確に記載されていることからも,明らかである。
(3) 以上のとおりであるから,原明細書に,マグネシアスピネルを基材とする耐火素地の表面への付着物の形成を促進する金属酸化物として記載されているのは,粒度が特定値(0.1o)以下の酸化ジルコニウムのみであるものと認められる。
(4) 原告は,耐火物では,その基礎をなすのは化学組成であり,粒径等は副次的な要素であるから,原明細書に記載された発明において,酸化ジルコニウムの粒径が,「0.1o以下」との条件が不可欠なものでないことは明らかである旨主張し,その根拠として甲第5号証(「耐火物工学」)を挙げる。
しかし,甲第5号証には,「耐火物の本質をつかむためには,(1)どんな成分から成り立っているかという化学的構成,(2)それらの化学成分がどんな結合状態にあるかという相的構成,ならびに(3)それらの相がどんな集合状態をなすかという組織的構成の3つの観点から耐火物を理解することが必要であろう。」(68頁6行〜9行),「4.3.2 不均質組織 2種またはそれ以上の構成相が交雑して不均質な集合状態を呈する組織で,一般耐火煉瓦はほとんどこの組織に属する。」(83頁20行〜22行),「(i)結合組織・・・一般の耐火煉瓦は・・・結合方式には焼結によるものと,化学的結合によるものとがある。・・・いずれも結合組織により所定の強度を与える点では変りがない。これらの結合煉瓦では特別の場合を除いては原料の粒度調整を行い,しかも高圧成形によって組織の緻密化を図ることが近来の耐火煉瓦製造の一般的傾向とされている。このためには原料の粒度分布が重要な因子をなし,通常粗粒と微粒とがある割合に配合され不連続粒度分布がとられている。」(83頁26行〜84頁3行)と記載されていることが認められる。上記記載によれば,むしろ,「原料の粒度分布が重要な因子」をなすことは,耐火れんがの分野においては技術常識であったものと認められる。
この点についての原告の主張は,採用できない。
(5) 原告は,原明細書の「記載ウ」,すなわち,「酸化鉄の代りに,酸化ジルコニウムが付着物の形成を促進するための添加物として用いられるとき・・・酸化鉄添加物の欠点を回避することが成功するという意外な認識が,本発明の基礎になっている。これによって,・・・付着物の形成が促進されるのみならず,・・・セメント回転円筒窯に使用される耐火れんがのあきらかに延長せしめられた耐用年数がもたらされることが明らかとなった。」との記載は,本件発明の基礎をなすものに係るものであり,酸化ジルコニウムが特定粒度のものに限られない本件中位概念の発明が原明細書に記載されていることは,この記載から明らかである,と主張する。
確かに,「記載ウ」には,酸化ジルコニウムの粒度が特定値以下でなければならない旨の記載は含まれない。しかし,そこには,逆に,特定値以下であることが必要とされない旨の記載もなく,それ自体,酸化ジルコニウムの粒度について,なんらの開示を含むものではない。
そうすると,原明細書に接した当業者は,当然のこととして,「記載ウ」と,原明細書のその他の部分の記載,及び技術常識に基づいて「記載ウ」を理解することとなる。
前示のとおり,原明細書のその他の部分に,れんがの種類の相違,及び酸化ジルコニウムの機能の相違,と関連づけて,その粒度が特定値以下であることが不可欠である旨,明確に記載されていること,耐火れんがの分野において,「原料の粒度分布が重要な因子」をなすことが技術常識であったことに照らすと,原明細書の「記載ウ」に接した当業者が,原明細書には,酸化ジルコニウムの粒度が特定値以下であることを要件としない発明が開示されているものと理解することはあり得ない,というべきである。
したがって,この点に関する原告の主張も採用できない。
(6) 原告は,分割出願制度の趣旨は,第三者に対して不当に不測の損害を与えるおそれのない限り,公開の代償として,原出願の願書に最初に添付された明細書又は図面に開示した発明についてはできるだけ特許権の取得の機会を与えることにあり,分割の対象とされる本件発明が,原明細書の記載全体から把握することができ,かつ,その発明を当業者が容易に実施することができる程度に記載されているときには,原明細書中の表記の場所や表記方法にとらわれることなく,出願の分割を認めるべきである旨,及び,本件発明は,原明細書中に記載の公知文献(米国特許第4389492号明細書)の記載を前提とすれば,当業者がその構成を理解し,容易に実施することができる程度に記載されているから,出願の分割が認められるべきである旨,主張する。
確かに,原明細書には,米国特許4389492号に記載の酸化鉄に代えて,酸化ジルコニウムを付着物の形成促進剤として使用することが記載されている。しかし,原明細書には,同時に,酸化ジルコニウムを付着物の形成促進剤として使用する場合には,特定値以下の粒度のものを使用することが「必要不可欠」であることが明記されていることは前示のとおりである。
このような記載のある原明細書に基づいては,その記載全体によっても,耐火れんがにおいて「原料の粒度分布が重要な因子」との技術常識を有する当業者が,酸化ジルコニウムの粒径が特定値以下であることを必要としない,との本件発明の構成を把握し,容易に実施できるということはできない。
したがって,この点についての原告の主張も採用できない。
3 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の本件請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久