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関連審決 審判1999-4224
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 323号 審決取消請求事件
原告 株式会社豊振科学産業所
訴訟代理人弁理士 角田芳末
同 磯山弘信
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 森本克郎
同 村本佳史
同 大野克人
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/09/10
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第4224号事件について平成12年7月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成2年7月9日,発明の名称を「殺菌装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について,特許出願(特願平2-180938号)をしたが,平成11年2月16日拒絶査定を受けたため,同年3月18日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,同請求を平成11年審判第4224号事件として審理し,その結果,平成12年7月11日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同年8月4月付けで発送し,そのころ原告に送達した。
2 特許請求の範囲 前記特許出願(以下「本件出願」という。)の願書に添付された明細書(平成12年5月30日提出の手続補正書で補正されたもの。以下,添付の図面と併せて「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の欄には,次の記載がある。
「 キャップシーマーによりキャップが装着されるネジ部を有する開口部を備えた樹脂製容器が搬送される生産ラインに配置される殺菌装置であって, 上記樹脂製容器内に所望の内容物を充填させるフィラーの前段に設けられ,且つ上記内容物が充填される前の上記樹脂製容器の上記開口部に対して紫外線領域に属する波長の光を照射させる光照射手段を設け,当該光照射手段は多数の光源を有し,当該多数の光源が上記生産ラインに沿って所定長さの範囲に渡って配置されたことを特徴とする殺菌装置。」 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,本願出願前に公開された刊行物である特開昭63-174658号公報(甲第4号証。以下「引用例」という。)に,従来技術として記載されている発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができない,とするものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,<1>本願発明,<2>引用例の記載(審決書1頁下から17行〜2頁8行)は,認める。<3>対比・判断(2頁9行〜3頁20行)のうち,2頁10行から17行の「開示されている。」まで,2頁21行の「さらに,」から24行の「記載されている。」まで(引用発明の認定の一部),2頁下から8行ないし3頁1行(相違点1ないし3の認定),3頁10行ないし20行(相違点2,3についての認定判断)は認め,その余は争う。<4>むすび(3頁21行〜26行)は,争う。
審決は,引用発明の認定を誤り,その結果,本願発明と引用発明の一致点の認定を誤り(取消事由1),本願発明と引用発明の相違点の一つ(審決のいう相違点1)についての判断を誤り(取消事由2),本願発明と引用発明の相違点を看過し(取消事由3),本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由4)ものであり,これらの誤りが,それぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明と引用発明の一致点の認定の誤り) (1) 審決は,引用例における,「特に,瓶2の開口が小さいときや内部に凹凸があるときには,紫外線の照射されない部分が多くなる。」(甲第4号証2頁右上欄2行〜4行)との記載を根拠に,「引用発明も「容器の上記開口部に対して紫外線領域に属する波長の光を照射させる光照射手段を設け」たものであると認められる。」(審決書2頁19行〜21行)と認定し,これを前提として,本願発明と引用発明とは,「「容器が搬送されるラインに配置される殺菌装置であって,内容物が充填される前の上記容器の上記開口部に対して紫外線領域に属する波長の光を照射させる光照射手段を設け,当該光照射手段は上記ラインに沿って所定長さの範囲に渡って配置されたことを特徴とする殺菌装置。」である点で一致」(審決書2頁26行〜29行)する,と認定した。しかし,審決の,引用発明についての上記認定は誤りであり,これを前提とする一致点の認定も誤りである。
引用例中の上記記載は,一般的な現象又は事実を描写したものにすぎず,この記載から,ほっておけば紫外線の照射されない部分をも照射する必要性があること,及び,その部分のための光照射手段を設けることが暗示されていることは,認められるとしても,「容器の上記開口部に対して・・・光を照射させる光照射手段を設け」ることまでを,読み取ることはできない。「容器の開口部」は,「紫外線の照射されない部分」というよりは,むしろ,紫外線が照射されやすい部分というべきであるからである。
(2) 被告は,引用発明は容器の内部を殺菌の対象としており,開口部を殺菌の対象としていないことは認めるものの,容器の内部を殺菌するために光を照射すると,結果的に容器の開口部にも光が照射され,結果的に容器の開口部を殺菌することになる,と主張する。
引用例の第4図に示されているように,容器の内部に光を照射すると,容器の構造上の理由により,必ず,容器の開口部にも光が照射される。しかしながら,本願発明では,必須の構成要件として,容器の開口部に光を照射するための光照射手段を設けたものであるのに対し,引用発明においては,その必須の構成は,容器の内部に光を照射することであり,容器の開口部に光を照射することは,必須の構成ではない。引用発明が容器の開口部に対し,光照射手段を設けた,とすることには,無理がある。
引用例には「このようにすれば,低圧水銀ランプ1からの紫外線は矢印Bの如く瓶2の内側に入射されるので,内部の紫外線殺菌が行なえることになる。」(甲第4号証2頁左上欄16行〜19行)との記載がある。この記載によれば,引用発明は,容器の内部を殺菌することを意図しており,容器の開口部を殺菌することを予定していないということができる。
(3) 以上によれば,審決が,引用発明も「容器の上記開口部に対して紫外線領域に属する波長の光を照射させる光照射手段を設け」たものである,と認定したのは誤りであり,この誤りを前提とした,審決の本願発明と引用発明の一致点の認定は,誤っている。この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) (1) 審決は,「本願発明における殺菌の対象が「キャップシーマーによりキャップが装着されるネジ部を有する開口部を備えた樹脂製容器」の開口部であるのに対し引用発明の殺菌の対象が「瓶」の内部である点。」(審決書2頁31行〜33行)を本件発明と引用発明との相違点の一つ(相違点1)として認定した上,これについて,「樹脂製容器がネジ部を有する開口部を備えることは通常のことであり,そのような箇所にも殺菌が必要であることは当然である」(審決書3頁3行〜4行)と判断した。
しかし,「樹脂製容器がネジ部を有する開口部を備えること」は,通常であるとしても,「そのような箇所にも殺菌が必要であること」は,「当然」であるとはいえない。
従来,いわゆる無菌充填を実現するために,容器の内部を殺菌することは,必要であると考えられていたものの,本件発明のように,フィラーの充填口の汚染を防止することによって,より確実で衛生的な充填を実現するため,容器の開口部を殺菌することは,必ずしも必要であるとは考えられていなかった。本件発明は,容器の開口部に菌が存在すると,その菌によって,フィラーの充填口が汚染されることから,これを防止するため,フィラーの充填口に対し,適正な殺菌が行われるように,開口部を適正かつ確実に殺菌できる殺菌装置を提供することを目的としている。引用発明は,瓶の内部を殺菌することを目的としており,本願発明と目的を異にするから,本願発明を,引用発明から容易に想到し得たものとすることはできない。
被告は,無菌充填のために,容器のネジ部を有する開口部を殺菌することが,当業者において当然考慮しなければならない技術であることは,実願昭63-28168号(実開平1-134003号)のマイクロフィルム(乙第1号証。以下「乙第1号証刊行物」という。)にも記載されていることである,と主張する。
しかし,乙第1号証刊行物には,噴霧ノズルを使用してガラス瓶等を滅菌剤接触によって滅菌するための滅菌剤噴霧装置において,開口部の殺菌が不十分であることから,開口部を別途滅菌剤に浸して滅菌することが記載されているにとどまり,ペットボトル等の樹脂製容器を外側から紫外線によって非接触的に殺菌する場合において,容器の開口部を殺菌する必要性があることは記載されていない。
紫外線殺菌装置を使用する場合に,フィラーの充填口の汚染を防止し,確実で衛生的な充填を行うため,開口部を殺菌することは,本件出願当時,必ずしも必要とは考えられていなかった。このことは,引用発明において,容器の内部を殺菌することが記載されているにとどまり,開口部を殺菌することが記載されていないことからも明らかである。
したがって,開口部の殺菌が必要であることが当然であることを前提とした,審決の相違点1についての判断は誤りである。
(2) 被告は,容器の開口部を殺菌するためには引用発明の殺菌装置を採用すれば十分である,と主張する。
しかし,フィラーの充填口の汚染を防止するためには,瓶の開口部のうち,フィラーの充填口が接触する部分及び接近する部分,すなわち開口部の上面及び外周面を殺菌する必要がある。本願発明の光照射手段は,容器の開口部に光を照射するように構成されており,甲第3号証(本願発明についての平成9年7月3日付け手続補正書)の第1図に示されているように,光照射部(1)の本体(1a)の直径は,容器の開口部(20a)の直径より大きい。このため,容器の開口部の外周面にも全面的に光を照射することができる。
これに対し,引用発明の紫外線照射装置は,瓶の内部に紫外線を照射するように構成されているため,甲第4号証の第4図に示されているように,低圧水銀ランプの直径は,瓶の開口部の直径よりも明らかに小さい。このため,引用発明では,瓶の開口部の内周面に紫外線を照射することはできても,瓶の開口部の外周面全面に紫外線を照射することはできず,瓶の外周面の殺菌を十分に行うことはできない。
3 取消事由3(相違点の看過) (1) 本願発明においては,紫外線殺菌装置がフィラーと連結しているのに対し,引用発明においては,紫外線殺菌装置から離れたところにフィラーが存在する点で相違している。審決は,この相違点を看過している。
本願発明の特許請求の範囲における「フィラーの前段」の「前段」は,具体的には,「直前の前段」の意味である。このことは,本願明細書の第1図において,容器20の開口部は,フィラー40に入る直前まで紫外線により殺菌されていることから分かる。これにより,容器の開口部が外気を巻き込んで汚染されるのを防止することができるのであるから,本願発明において,フィラーが殺菌装置と連結していることは非常に重要な事項である。
これに対し,引用例(甲第4号証)の第4図では,図面の右側が大きくあいており,このことは,引用発明においては,容器は,紫外線殺菌装置を通り抜けた後は,次の装置までの経路において殺菌されていない状態が継続していることを示唆するものというべきである。また,引用例には,フィラーと紫外線殺菌装置との位置関係についての記載も,その示唆もない。引用例のこのような記載状況を基に,本件出願当時の当業界の技術常識から類推すると,引用発明においては,紫外線殺菌装置から,離れたところにフィラーが存在すると考えるのが素直である。このような場合には,紫外線殺菌装置とフィラーとの間の搬送経路において,外気を巻き込んで容器の開口部が汚染されるおそれが非常に大きく,本願発明の効果を奏することはできない。
(2) 審決は,上記相違点を看過したものであり,このことが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過) 審決は,本願発明のように構成することによって,格別の効果が生ずるものとは認められない,とした。
しかしながら,本願発明は,フィラーの充填口の菌による汚染を防止するために容器の開口部を殺菌するものであり,その構成により,フィラーの充填口を菌の汚染より保護するという,引用発明によっては達成することができない顕著な作用効果を奏するものである。
審決は,この顕著な作用効果を看過している。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本願発明と引用発明の一致点の認定の誤り)について 審決が本願発明と引用発明との一致点として認定したのは,引用発明においても,容器の開口部に向けて(対して)紫外線を照射している点,すなわち紫外線を照射する容器上の位置(個所)についてである。審決は,引用発明が容器の開口部を殺菌の対象としている,と認定したものではない。審決は,殺菌の対象については,本願発明と引用発明の相違点とした上で,その相違点について検討している。したがって,審決の一致点の認定に誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について (1) 無菌充填を完全に行おうと思えば,容器の開口部を含めて内面外面のすべてを殺菌するのが望ましく,特にネジ部を備えた開口部は,ネジの凹凸構造のため,内容物が溜まりやすく,洗浄液も行き届きにくいから,殺菌が必要となることは,技術常識から考えても当然である。
無菌充填のために容器のネジ部を有する開口部を殺菌することが,当業者において当然に考慮しなければならない技術であることは,殺菌装置に紫外線を使用したものについてではないものの,乙第1号証刊行物(実願昭63-28168号(実開平1-134003号)のマイクロフィルム)にも記載されているところである。乙第1号証刊行物には,次のように記載されている。
@「以上のように,従来の滅菌剤の噴霧装置は,(1)容器包材の口附近の内外表面の滅菌が不十分なことが多い。・・・等の欠点を有していた。」(乙第1号証2頁4行〜11行) A「以下便宜上びんの場合について説明する。上記状態にびん7を保持して,噴霧ノズル4より気化滅菌剤を噴霧すると,滅菌剤は,びん7内に充満して内面に付着する。更に噴霧を続けると,外筒6とびん7のキャッピングネジ部外側とで形成される凹部11内の流路を滅菌剤が流れ,びん7の口部であるキャッピングネジ部7’の外表面にも滅菌剤を行き渡らせて付着させることができる。」(同5頁16行〜6頁4行) 乙第1号証刊行物の上記記載によれば,容器開口部を殺菌するという課題は,従来から知られていたことであるということができるから,容器の開口部を殺菌することは無菌充填のため必ずしも必要であるとは考えられていなかった,との原告の主張は失当である。開口部にも殺菌が必要であることは当然である,とした審決の判断に誤りはない。
(2) 引用発明の殺菌装置は,容器の内部を殺菌するには十分ではないものの,容器の開口部を殺菌するには十分なものである。原告も認めているように,一般に容器の開口部は紫外線が照射されやすい部分であり,しかも,引用例の第4図において,低圧水銀ランプの紫外線の一部が容器の開口部に照射されていることは,明らかであるからである。したがって,容器の開口部を殺菌するためには,引用発明の殺菌装置を採用すれば十分であることは,当業者であれば容易に理解できることである。
無菌充填のために容器の開口部を殺菌するための殺菌装置として,引用発明の装置を採用することに格別の困難性はない,というべきである。
(3) 原告は,本願発明の目的は,容器の開口部に菌が存在すると,その菌によってフィラーの充填口が汚染されるので,フィラーの充填口に対して適正な殺菌が行われるように,容器の開口部を適正かつ確実に殺菌できる殺菌装置を提供することにあり,瓶の内部を殺菌することを目的とする引用発明とは目的を異にするから,本願発明は,引用発明に基づいて容易に想到し得たものであるとした審決は誤っている,と主張する。
しかし,容器の開口部に菌が存在すると,その菌によってフィラーの充填口が汚染されるという点は,本願明細書に全く記載のない事項である。仮に,本願発明の最終的な目的がフィラーの充填口の殺菌を保つことにあったとしても,それは開口部の殺菌を通してのことであって,本願発明は,少なくとも,直接的には,そのための前段階として,開口部が適正かつ確実に殺菌できる殺菌装置を提供することを目的とするものである。特許請求の範囲の記載から把握される本願発明の技術的事項は,開口部の殺菌に関する事項であることから考えて,本願発明の本質的な目的は,「開口部が適正かつ確実に殺菌できる殺菌装置を提供すること」にあるというべきである。
(4) 原告は,甲第3号証(本願発明についての平成9年7月3日付け手続補正書)の第1図によれば,本願発明の光照射部の本体の直径は容器の開口部直径より大きいのに対し,引用発明の紫外線照射装置は,瓶の内部に紫外線を照射するように構成されているため,甲第4号証の第4図に示されているように,低圧水銀ランプの直径は,瓶の開口部の直径よりも明らかに小さいため,引用発明では,瓶の開口部の内周面に紫外線を照射することはできても,瓶の開口部の外周面全面に紫外線を照射することはできず,瓶の外周面の殺菌を十分に行うことはできない,と主張する。しかし,原告の主張は,そもそも,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。また,原告の主張を本件明細書の図面に基づくものであるということもできない。特許明細書の図面は,発明の理解を補助するために模式的に記載されるものであり,必ずしも実寸法に比例して記載されるとは限らないからである。
3 取消事由3(相違点の看過)について (1) 特許請求の範囲の記載が明確である場合には,特許請求の範囲に係る発明は,その記載どおりの意味のものとして認定すべきである。本願発明の特許請求の範囲における「前段」の記載の意味するところは,それ自体で明確な記載であるから,これを「直前の前段」と限定的に解釈することは許されないというべきである。
(2) 原告は,引用例(甲第4号証)の第4図によれば,引用発明において,図面の右側が大きくあいていること,引用例には,フィラー及び紫外線殺菌装置とフィラーとの位置関係の記載がされていないことを根拠に,引用発明が「紫外線殺菌装置から離れたところにフィラーが存在する」ものである,と主張する。しかし,特許明細書の図面は,発明の開示の上で発明の理解を補助するために必要な部分を模式的に記載するものであって,発明の理解の上で必要がない部分は省略して記載されることも可能なものであるから,引用例の上記記載は,原告の主張の根拠にはならない。
仮に,引用発明が「紫外線殺菌装置から離れたところにフィラーが存在する」ものであるとしても,紫外線殺菌装置とフィラーとの間に空間があれば,そこから菌を巻き込んでフィラーが汚染される可能性が大きくなることは当然の技術常識であるから,そのような汚染を防ぐためにこの空間をできるだけ小さくすることは当業者が当然に想到することであって,空間が大きいか小さいかは設計上の微差に過ぎず,これを発明の実質的な相違点であるということはできない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について 充填前の容器開口部を殺菌すれば,充填時に開口部と接する(又は実質的に接するといえるほど接近する)充填口が菌によって汚染される可能性がなくなる,又は,減少することは,技術常識から考えて当然であり,当業者が容易に予測し得る事項にすぎない。原告の主張する上記作用効果は,当業者が容易に予測しうる事項であって,当業者の予測を超える格別の作用効果であるということはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明と引用発明の一致点の認定の誤り)について 原告は,審決が,「容器の上記開口部に対して紫外線領域に属する波長の光を照射させる光照射手段を設け」たものである点で,本願発明と引用発明とが一致すると認定したことは誤りである,と主張する。
甲第4号証によれば,引用例には,「第4図は従来装置による殺菌方法の一例を示す図である。図示の通り,水平に配設された低圧水銀ランプ1の下方には複数の瓶2が並べられ,この瓶2はライン3上を矢印A方向に移動するようになっている。このようにすれば,低圧水銀ランプ1からの紫外線は矢印Bの如く瓶2の内側に入射されるので,内部の紫外線殺菌が行なえることになる。しかしながらこの方法では,瓶2の内部に入り込む紫外線の量は少なく,また殺菌の効率も悪い。特に,瓶2の開口が小さいときや内部に凹凸があるときには,紫外線の照射されない部分が多くなる。」(同号証2頁左上欄12行〜右上欄4行)との記載があることが認められる。この記載と同号証の第4図とによれば,同図に示された引用発明において,低圧水銀ランプ1からの紫外線が瓶の内部だけでなく,開口部にも照射されていることは,明らかである。原告も,引用発明において,容器の内部に光を照射すると,容器の構造上の理由により,必ず,容器の開口部にも光が照射されることは認めている。したがって,審決の上記一致点の認定に誤りはないというべきである。
原告は,本願発明は,必須の構成要件として,容器の開口部に光を照射するための光照射手段を設けたものであるのに対し,引用発明においては,その必須の構成は,容器の内部に光を照射することであり,容器の開口部に光を照射することは,必須の構成ではないから,引用発明が容器の開口部に対し,光照射手段を設けたものであるとすることには無理がある,と主張する。しかしながら,審決が引用発明としているのは,現に引用例(甲第4号証)で従来例として説明され,その第4図に図示された発明自体のことであって,そこに必須の構成要件とそうでないものとの区別はない。原告の上記主張は,引用発明についての誤った理解を前提とするものというべきであり,採用することができない。
原告は,引用発明は,容器の内部を殺菌することを目的としており,容器の開口部を殺菌することを目的としていないことを理由に,上記一致点の認定は,誤りであると主張する。しかしながら,引用発明が容器の内部を殺菌することを目的としていることは,同発明において,瓶の開口部に対しても紫外線が照射されると認めることを妨げるものではない。原告の主張は採用することができない。
以上のとおりであるから,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について (1) 原告は,相違点1(本願発明における殺菌の対象が「キャップシーマーによりキャップが装着されるネジ部を有する開口部を備えた樹脂製容器」の開口部であるのに対し,引用発明の殺菌の対象が「瓶」の内部である点。)について,審決が,「樹脂製容器がネジ部を有する開口部を備えることは通常のことであり,そのような箇所にも殺菌が必要であることは当然である」と認定判断したのに対し,「樹脂製容器がネジ部を有する開口部を備えること」は,通常であるとしても,「そのような箇所にも殺菌が必要であること」は,「当然」であるとはいえない,と主張する。
しかしながら,容器を殺菌するに当たり,殺菌の対象を内部に限ったのでは殺菌の目的を達するに不十分であり,「ネジ部を有する開口部」をも対象に加えることが必要となるであろうことは,当業者ではない一般人にとっても容易に推測できることである。現に,本願発明の出願前に公開された乙第1号証刊行物(実開平1-134003号)には,無菌充填機等の容器包材への滅菌剤噴霧装置に関し,「従来の滅菌剤の噴霧装置は,(1)容器包材の口附近の内外表面の滅菌が不十分なことが多い。・・・等の欠点を有していた。」(乙第1号証2頁4行〜11行),「以下便宜上びんの場合について説明する。上記状態にびん7を保持して,噴霧ノズル4より気化滅菌剤を噴霧すると,滅菌剤は,びん7内に充満して内面に付着する。更に噴霧を続けると,外筒6とびん7のキャッピングネジ部外側とで形成される凹部11内の流路を滅菌剤が流れ,びん7の口部であるキャッピングネジ部7’の外表面にも滅菌剤を行き渡らせて付着させることができる。」(同5頁16行〜6頁4行)として,「容器包材の口附近の内外表面」についても滅菌が必要であることを当然の前提とした記載がなされている。本願発明の出願当時,ねじ部を有する容器の口部の滅菌が必要であることは,当業者において,自明の課題であったというべきである。
原告は,乙第1号証刊行物には,噴霧ノズルを使用してガラス瓶等を滅菌剤接触によって滅菌するための滅菌剤噴霧装置において,開口部を別途滅菌剤に浸して滅菌することが記載されているにとどまり,ペットボトル等の樹脂製容器を外側から紫外線によって非接触的に殺菌する場合において,容器の開口部を殺菌する必要性があることは記載されていないから,紫外線殺菌装置を使用する場合に,開口部を殺菌することは,本願発明の出願当時,必ずしも必要とは考えられていなかった,と主張する。乙第1号証刊行物が,滅菌剤による滅菌装置に関するものであって,紫外線殺菌装置に関するものではないことは,原告主張のとおりである。しかしながら,ねじ部を有する容器の口部の滅菌が必要であるとの課題は,紫外線殺菌装置を含む,この種容器の殺菌装置一般に共通する課題であるというべきである。紫外線殺菌装置において,特に,この課題が認識されていなかったことを示す特段の事情を認めるに足る主張,立証は,ない。
原告の主張は,採用することができない。
(2) 原告は,本願発明においては,フィラーの充填口の汚染を防止することによって,確実で衛生的な充填を行うことを目的としている点において,引用発明と目的を異にするから,本願発明を,引用発明から容易に想到することができたとはいえない,と主張する。しかしながら,仮に,本願発明が,フィラーの充填口の汚染を防止することを目的とするものであったとしても,それは,ねじ部を有する開口部を備える樹脂製容器の開口部を紫外線により殺菌する構成を採用することにより,自動的に達成されるものである。前記のとおり,ねじ部を有する容器の口部の滅菌が必要であるとの課題は自明であり,この課題に直面した当業者においては,それがフィラーの充填口の汚染防止の効果を奏することまで認識しなくとも,この課題を達成するために,引用発明から本願発明の構成に想到することは容易であるというべきである。仮に,同構成を採用することがフィラーの充填口の汚染防止のために有用であることを見出して,これに着目しこれを発明の目的としたのは,本願発明が初めてであったとしても,そのことは,同構成の採用の容易性の判断に何らの影響も及ぼすものではないことが,明らかである。
原告の主張は,採用することができない。
(3) 原告は,本願明細書中の図面によれば本願発明の光照射部の本体の直径は容器の開口部直径より大きいのに対し,引用例の第1図によれば引用発明の紫外線照射装置の低圧水銀ランプの直径は,瓶の開口部の直径よりも明らかに小さいから,引用発明では,瓶の外周面の殺菌を十分に行うことはできない,と主張する。
しかしながら,特許明細書の図面は,発明の理解を補助するために模式的に記載されるものであり,必ずしも実寸法に比例して記載されるとも限らないものであるから,上記図面の記載のみから寸法の大小を比較することはできないというべきである。本願明細書(甲第2,第3号証参照)中には,本願発明の光照射部の本体の直径の大きさを限定する記載はなく,引用例(甲第4号証)中の引用発明を示す部分にも,紫外線照射装置のランプの直径の大きさを限定する記載はないから,原告の主張は,その前提を欠くものであるというべきであり,採用することができない。
(4) 以上のとおりであるから,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点の看過)について 原告は,本願発明の特許請求の範囲中の「前段」とは,本願明細書の第1図の記載からみて,「直前の前段」と解釈すべきであるとし,この解釈を前提として,審決は,本願発明と引用発明との相違点を看過した,と主張する。
しかしながら,特許出願に係る発明の要旨の認定は,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明に照らして明らかであるなど,発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載によってなされるべきである(最高裁平成3年3月8日判決民集45巻3号123頁参照)。
本願発明の特許請求の範囲の記載によれば,そこに記載された「前段」とは,樹脂製容器が搬送される生産ラインにおいて,フィラーから樹脂製容器内に内容物が充填される「前の段階」を意味することは明らかであり,その技術的意義は,特許請求の範囲の記載自体から明確であるから,発明の詳細な説明の記載を参酌して,ここにいう「前段」を「直前の前段」と限定解釈することは許されないというべきである。
原告の主張は採用することができず,取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本願発明は,フィラーの充填口の菌による汚染を防止するために容器の開口部を殺菌するという構成により,フィラーの充填口を菌の汚染より保護するという,顕著な作用効果を奏する,と主張する。
しかしながら,上記作用効果は,本願発明の構成を採用したことによる自明の効果であり,発明の進歩性を根拠付けるに足りる顕著な作用効果であるとはいえないというべきである。
取消事由4は,理由がない。
5 以上によれば,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
結論
以上のとおりであるから,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸