関連審決 | 異議2000-71744 |
---|
関連ワード | 頒布された刊行物 / インターネット / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 相違点の認定 / 公知技術 / 発明の概要 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
13年
(行ケ)
218号
特許取消決定取消請求事件
|
---|---|
原告 アーキヤマデ株式会社 訴訟代理人弁理士 鎌田文二 同 東尾正博 同 鳥居和久 同 田川孝由 同 北川政徳 被告 特許庁長官太田信一郎 指定代理人 宮崎恭 同 田中弘満 同 大野克人 同 大橋良三 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/09/12 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-71744号事件について平成13年3月27日にした決定中,特許第2971149号の請求項1に係る特許を取り消す,との部分を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
|
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「建築用防水シート施工法」とする特許第2971149号の特許(平成3年2月7日特許出願,平成11年8月27日設定登録。以下「本件特許」といい,その出願を「本件出願」という。)の特許権者である。 本件特許に対し,特許異議の申立てがあり,その申立ては,異議2000-71744号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,平成12年11月27日,本件出願に係る願書の訂正の請求をした(以下「本件訂正」といい,本件訂正による訂正後の明細書を「訂正明細書」という。)。特許庁は,上記事件につき審理した結果,平成13年3月27日,「訂正を認める。特許第2971149号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成13年4月18日にその謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの。これにより特定される発明を,以下「本件発明」という。) 【請求項1】防水施工面1の全面に亘ってこの施工面1を被う防水シート2を張り,この防水シート2の全周囲を前記防水施工面1に接着固定すると共に,その防水シート2の周囲内側の所要位置を前記防水施工面1に接着固定する建築用防水シート施工法であって,上記防水シート2の周囲内側の上記防水施工面1の不連続な所要位置に,上面に工場等で前もって形成した熱溶着材層5を有する導体片3をアンカー固着し,前記防水シート2上から電磁誘導加熱により,前記導体片3を加熱し,この熱により溶けた熱溶着材層5でもって前記防水シート2を導体片3に接着固定して,防水シート2を導体片3を介して防水施工面1に固定することを特徴とする建築用防水シート施工法。 3 決定の理由 決定は,別紙決定書の写しのとおり,本件訂正を認めた上,本件発明は,いずれも本件出願前に頒布された刊行物である特公昭58-36705号公報(以下「刊行物1」という。)及び特開昭63-303720号公報(以下「刊行物2」という。)にそれぞれ記載された発明(以下,それぞれを「引用発明1」,「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると認定判断した。 |
|
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「1.手続の経緯」,「2.訂正の適否についての判断」は認める。「3.本件特許異議の申立について」は,「3-1.本件発明」は認める。「3-2.引用刊行物記載の発明」の(1)については,4頁26行の「防水シートとフィルムとを溶着する」との認定を否認し,その余は認める。同(2)については,5頁13行ないし18行の認定判断を争い,その余は認める。「3-3.対比・判断」については,5頁20行ないし26行の認定判断及び6頁31行ないし39行の原告の主張記載部分は認め,その余は争う。 決定は,本件発明と引用発明1との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに,本件発明と引用発明1の相違点の認定判断を誤った(取消事由2ないし4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定の誤り) (1) 決定は,「本件発明の「上面に前もって形成した熱溶着材層を有する導体片」と刊行物1に記載された発明の「上面に前もってフィルムが張り付けられた中間接合片(周縁接合片)の鋼板製の本体」は共に,上面に前もって形成した接着部(本件発明においては「熱溶着材層」,刊行物1に記載された発明においては「フィルム」)を有する固定部材(本件発明においては「導体片」,刊行物1に記載された発明においては「鋼板製の本体」)である」(決定書5頁27行〜32行)と認定したが,誤りである。 本件発明の「熱溶着材層」は,防水シートを導体片の上面に接着するための接着剤として使用するものである。これに対し,引用発明1の「フィルム」は,鋼板製の本体に設けられているとしても,これによって防水シートを鋼板製の本体の上面に接着するための接着剤として使用されるものではない。引用発明1では,防水シートの上から突き刺した接着剤注入器を用いて,このフィルムと防水シートの間に注入した接着剤によって,このフィルムと防水シートを接着するのである。 したがって,引用発明1において,防水シートと中間接合片(周縁接合片)を接着するものは,この「接着剤」であり,「フィルム」ではない。引用発明1においては,「フィルム」は,鋼板製の本体の上面と防水シートとの間に単に介在して,接着剤による両者の接着固定を容易ならしめるためのものにすぎないから,これをもって本件発明の「熱溶着材層」に相当するとすることはできない。 (2) 被告は,刊行物1の接着剤注入器によって注入される接着剤は,それ自体に接着機能を有するものではなく,防水シートとフィルムとを溶かして着ける溶剤である,と主張する。 しかし,刊行物1には,「この接着剤により防水シート11を中間接着片16,17に接合する」(甲第5号証1欄35行〜37行)との記載があり,これと同旨の記載が他の数個所(2欄20行〜21行,6欄10行ないし11行,6欄23行ないし24行,及び6欄40行ないし41行)にもある。被告の主張は,同引用例のこれらの記載と矛盾する。 高分子辞典には,接着剤とは,「同種または異種の物質を接合するために,界面に塗布して用いる第三物質のこと.接着剤に要求される基本的な条件は,流動性を持ち,固体表面をぬらし,そして固化するという三つの点である.」(甲第7号証360頁,361頁)と記載されている。また,接着剤の種類の一つとして,溶媒又は分散媒の蒸発によって固化する「溶液およびエマルジョン型接着剤」が周知であり(甲第7号証361頁),これに属する接着剤の具体例として,例えば,塩化ビニル樹脂をテトラヒドロフラン・メチルエチルケトンなどの溶剤(溶媒ともいう。乙第1号証の溶媒の項参照)に溶かした溶液形の塩ビ管用接着剤がある(甲第8号証)。 被告が根拠とする刊行物1の「接着剤には,防水シートと接合片のフィルムとを溶着しうるテトラヒドロフラン(THF)等の溶剤を使用する。」(甲第5号証5欄27行〜29行)との記載も,接着剤の一種として周知の溶液型接着剤があることを念頭におくと,接着剤には,その成分の一つである溶剤(溶媒)としてテトラヒドロフラン等を使用した溶液型接着剤を用いることを意味するものであると,容易に理解することができる。このように,刊行物1にいう「接着剤」は,溶剤(溶媒)としてテトラヒドロフラン等を使用した溶液型接着剤であることが明らかである。 したがって,引用発明1が「接着剤注入器によって接着剤を注入して防水シートとフィルムとを溶着することにより防水シートを中間接合片の鋼板製の本体に固定」(決定書4頁25行〜26行)するものであるとの決定の認定も,同発明が,防水シートとフィルムを「接着」するものであるのに,「溶着」するものであると認定している点で,誤りである。 (3) 決定は,上記の誤った認定に基づき,「両者は,防水施工面の全面に亘ってこの施工面を被う防水シートを張り,この防水シートの全周囲を前記防水施工面に接着固定すると共に,その防水シートの周囲内側の所要位置を前記防水施工面に接着固定する建築用防水シートの施工法であって,上記防水シートの周囲内側の上記防水施工面の不連続な所要位置に,上面に前もって形成した接着部を有する固定部材をアンカー固着し,前記防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定して,防水シートを固定部材を介して防水施工面に固定する建築用防水シート施工法である点で一致しており,」(決定書5頁33行〜6頁1行)と認定した。しかし,決定は,両者の「固定部材」について,「上面に前もって形成した接着部を有する」と認定した点,及び,「防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定」する点で一致すると認定した点において,誤っているのである。 2 取消事由2(相違点1の認定の誤り又は同相違点についての認定判断の誤り) (1) 決定は,「上面に前もって形成した接着部を有する固定部材について,本件発明では,工場で前もって形成しているのに対して,刊行物1に記載された発明は,どこで形成しているかは明確には記載されていない点。」(決定書6頁2行〜4行)を,本件発明と引用発明1との相違点の一つ(決定のいう「相違点1」)として認定した。しかし,決定が,本件発明と引用発明1との一致点の認定を誤り,引用発明1が「上面に前もって形成した接着部を有する固定部材」を有しないことは,1で述べたとおりであるから,上記誤った一致点認定を前提とするこの相違点1の認定も誤りである。 (2) 仮に,決定の上記相違点認定に誤りはないとしても,同相違点についての決定の認定判断は誤りである。すなわち,決定は,「本件発明や刊行物1,2に記載された発明のようなシートの施工に用いる固定部材をいつどこで形成するかは当業者が適宜決定できる設計的事項に過ぎず,・・・製品や部品を工場でつくることは例をあげるまでもなく周知の事項であるから,上記相違点1に係る構成は,当業者が適宜なし得たことに過ぎない。」(決定書6頁11行〜18行)と判断したが,誤りである。 本件発明の「熱溶着材層」は,決定も認定しているとおり,「工場で前もって形成している」ものであるのに対し,引用発明1の「接着剤」は,防水シートをかぶせた後に,現場で,その防水シートの上から突き刺した接着剤注入器を用いて防水シートと鋼板製の本体上面に設けた接合片フィルムとの間に注入しているものであり,工場で前もって形成することができないものである。また,引用発明2においては,後述するように,金属板4を釘によってコンクリートスラブ8にあらかじめ固定し,この固定した金属板4の上面に熱溶融性接着剤3を現場で塗布して乾燥させるものであるから,この熱溶融性接着剤3も,現場でしか金属板4の上面に塗布することはできないものである。 このように,引用発明1,2においては,いずれの接着剤(接着剤注入器で注入する接着剤,塗布する熱溶融性接着剤)も,現場で注入され,塗布されるものであり,決定がいうように「いつどこで形成するかは当業者が適宜決定できる設計的事項」であるということはできないから,この相違点1に係る構成を当業者が適宜なし得たことにすぎないとした決定の判断は,誤りである。 3 取消事由3(相違点2の認定の誤り又は同相違点についての認定判断の誤り) (1) 決定は,「防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定するために,本件発明は,防水シートの上から電磁誘導加熱により前記導体片を加熱してこの熱により溶けた熱溶着材層でもって接着固定しているのに対して,刊行物1に記載された発明は接着剤注入器によって接着剤を注入して防水シートと中間接合片のフィルムとを溶着することにより接着固定している点」(決定書6頁5行〜9行)を相違点の一つ(決定のいう「相違点2」)として認定した。しかし,引用発明1が,「防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定する」ものではないこと,及び,引用発明1は「防水シートと中間接合片のフィルムとを溶着する」ものではないことは,既に述べたとおりであるから,上記相違点の認定も,誤った前提に立つものとして,誤りである。 本件発明と引用発明1との一致点は,「防水シートを固定部材に接着固定すること」であるにすぎない。そして,決定が相違点2として認定しているのは,防水シートを固定部材に接着固定するための具体的手段における差異であり,この差異は,正確には,本件発明が,前もって固定部材(導体片)の上面に熱溶着材層を形成しておき,防水シートの上から電磁誘導加熱により固定部材(導体片)を加熱してこの熱により溶けた熱溶着材層でもって防水シートを固定部材(導体片)に接着固定しているのに対し,引用発明1は,防水シートの上から接着剤注入器を突き刺し,防水シートと固定部材(鋼板製の本体)の上面に設けたフィルムとの間に接着剤を注入して,防水シートとフィルムとを接着することにより,この注入した接着剤でもって防水シートを固定部材(鋼板製の本体)にフィルムを介して接着固定している点に,あるのである。 決定には,相違点2の認定において,防水シートを固定部材に接着固定するための具体的手段についての本件発明と刊行物1との上記差異を看過した誤りがある。 (2) 仮に,決定の上記相違点認定に誤りはないとしても,同相違点についての決定の認定判断は誤りである。すなわち,決定は,相違点2について,「固定部材の上面に熱溶融性接着剤を設け,シートを置き,シートの上から誘導加熱装置によって熱溶融性接着剤を溶融させて接着固定することは刊行物2に記載されており公知の技術である。そして,上記刊行物2に記載された公知技術を刊行物1に記載された発明の防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定するための手段に代えて適用することに格別困難な点が見あたらず,当業者が容易になし得たことである。」(決定書6頁19行〜27行)と認定判断したが,誤りである。 (ア) 上記認定判断は,「刊行物2には,シートを固定部材を介してシート施工面(コンクリートスラブ上)へ接合する施工法において,シートをシート施工面(コンクリートスラブ上)に固定された固定部材(金属板)に接着固定するために,固定部材の上面に熱溶融性接着剤を設け,シートを置き,シートの上から誘導加熱装置によって熱溶融性接着剤を溶融させてシートと固定部材とを接着固定する技術が記載されている」(決定書5頁13行〜18行)との引用発明2の認定を前提とするものである。しかし,引用発明2の決定の上記認定自体が誤りなのである。決定が認定した上記技術とは,「第3図には,・・・尚,この実施例において,金属板4を釘(図示せず)によってコンクリートスラブ8に予め固定しておき次いで接着剤3を塗布した積層体を用いることもできる。」(甲第6号証2頁左下欄14行〜右下欄4行)との記載のうち,「尚」以降に記載された実施例(以下「第3-2実施例」という場合がある。)として示されているもののことである。 ところが,この第3-2実施例は,「金属板4」と「積層体」との関係がどのようなものであり,「接着剤3を塗布した積層体」をどのように用いるか,について具体性に欠け,技術的な内容として著しく不明瞭である。あえていえば,金属板4を釘によってコンクリートスラブ8にあらかじめ固定し,この固定した金属板4の上面に熱溶融性接着剤3を現場で塗布して乾燥させ,この熱溶融性接着剤3によって金属板4の上面に2枚のシート1,2の各端部を接着することによって,2枚のシート1,2の各端部を接合すると同時に,2枚のシート1,2の各端部を金属板4を介してコンクリートスラブに接着固定する技術にすぎない。このように,刊行物2は,シートをコンクリートスラブに固定する汎用の技術として開示しているのではなく,2枚のシート1,2の端部を接合する場合に,併せてこの端部をコンクリートスラブに固定するための技術を開示しているにすぎないにもかかわらず,決定は,これをコンクリートスラブにシートを接合する汎用の技術であると誤って認定したものである。 (イ) 引用発明1と引用発明2とは,シート施工面に設けた固定部材にシートを接着する点では一致するものの,そのシートの施工部位において顕著に相違する。引用発明1において,防水シートの上から接着剤注入器を突き刺して接着剤を注入しているのは,防水シートの接着部位が防水シートの裏面の内側にあるために,接着剤を塗布することができないからである。これに対して,引用発明2では,両シートの端部を接着するものであるから,端部をめくり上げて固定部材に容易に接着剤を塗布することができるのである。したがって,接着剤注入器を用いて防水シートの内側の部位に接着剤を注入しなければならない引用発明1の接着剤注入手段に代えて,シートの端部を接着する引用発明2の接着剤塗布手段を適用することはできないのである。 4 取消事由4(顕著な作用効果の看過) 決定は,「本件発明の効果も刊行物1に記載された発明の効果,および,刊行物2に記載された発明の効果・・・に比べて格別のものでもない。」(決定書6頁28行〜30行),及び「防水シートであれば,「水密性を維持しつつ固定する」ということは常に考慮する事項であって,刊行物1に記載された発明においても当然考慮されていると考えられ,また,シートの機能や種類が異なっていても,シート施工面への固定方法に大きな差異があるものではなく,刊行物2に記載されたシートの固定技術を刊行物1に記載されたような防水シートの施工法に適用することによって、該防水シートに何ら不都合を生ずるものでもない」(決定書7頁1行〜7行)と判断したが,誤りである。 本件発明は,訂正明細書に記載されているとおり,「この発明は,以上のように構成し,・・・防水シート表面を熱損傷することが少なく,接着部分に剥れやピンホール等を生じさせ難く,施工も簡単で漏水等を起すことが少ない。」(甲第4号証段落【0022】)という効果を奏する。 これに対して,引用発明1は,防水シートの上から接着剤注入器を突き刺して接着剤を注入するものであるから,接着剤注入器の針痕が防水シートにピンホールとして残り,本件発明の特に「ピンホール等を生じさせ難く」という効果は奏し得ず,水密性に劣る。 次に,刊行物2の,「本発明のシートの接合方法によれば,・・・加熱状態が一定でむらがないため接着力が均一で安定したものを得ることができ,また火気等を用いた場合のようにシートが過熱されるようなことはないため局部的な劣化を生ずることはない。さらには火気を用いないため火災等の心配がなく安全であり,作業も熟練を要することなく簡単に行うことができる等種々の利点を有するものである。」(甲第6号証3頁左上欄2行〜13行)との記載によれば,引用発明2の効果は,両シートの端部同士の接合に関する効果であって,シートに「ピンホール等を生じさせ難く」というようなシート施工面に対するシートの水密性に関する効果ではない。しかも,引用発明2は,2枚のシート1,2の端部を接合する場合に,併せてこの端部をコンクリートスラブに固定するためのものであるから,この両端部間の水密性を考慮するものではなく,水密性に劣る。 このように,本件発明の奏する「ピンホール等を生じさせ難く」という作用効果は,引用発明1及び引用発明2からは予想もし得ない意外なものである。したがって,決定は本件発明の顕著な作用効果を看過したものというべきである。 |
|
被告の反論
決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)について 刊行物1には,「接合片は,鋼板製の本体に防水シートと同効質のフィルムを接着剤で貼り付けたものである。」(甲第5号証5欄3行〜5行),「これらの接合片14,16,17は,鋼板製の本体18にポリ塩化ビニル製防水シート11と同じポリ塩化ビニル製のフィルム19を接着剤で貼り付けたものであり」(同号証6欄2行〜5行),「接着剤には,防水シートと接合片のフィルムとを溶着しうるテトラヒドロフラン(THF)等の溶剤を使用する。」(同号証5欄27行〜29行)と記載されている。さらに,テトラヒドロフランがポリ塩化ビニルの溶剤として用いられる物質であることは,技術的に周知である(化学大辞典(乙第1号証)1495頁)。 これらの記載及び周知事項からみて,引用発明1の接着剤注入器によって注入される接着剤は,それ自体が接着機能を有するものではなく,防水シートとフィルムとを溶かして着ける溶剤であることが明らかである。 そうすると,引用発明1のフィルムは接着剤すなわち溶剤によって溶かされて防水シートと接合片とを接着固定するための部材であり,その点では,本件発明において熱によって溶かされて防水シートと導体片とを接着する「熱溶着材層」とともに,防水シートと固定部材との接着部であるということができるから,決定における引用発明1の認定に誤りはない。 引用発明1のフィルムが上記のとおりのものである以上,「両者は,・・・上面に前もって形成した接着部を有する固定部材をアンカー固着し,前記防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定して,防水シートを固定部材を介して防水施工面に固定する建築用防水シート施工法である点で一致しており」(決定書5頁33行〜6頁1行)との,決定の一致点の認定にも誤りはない。 2 取消事由2(相違点1の認定の誤り又は同相違点についての認定判断の誤り)について 本件発明の「上面に前もって形成した熱溶着材層を有する導体片」と引用発明1の「上面に前もってフィルムが張り付けられた中間接合片(周縁接合片)の鋼板製の本体」とが共に「上面に前もって形成した接着部を有する固定部材」である点で一致することは,1で主張したとおりである。 決定は,本件発明の上面に前もって形成した接着部を有する固定部材である「上面に前もって形成した熱溶着材層を有する導体片」が工場等で前もって形成しているものであるのに対して,引用発明1のそれである「上面に前もってフィルムが張り付けられた中間接合片(周縁接合片)の鋼板製の本体」がどこで形成されているのか明確に記載されていない点を相違点1として認定したものであり,この認定に誤りはない。 決定は,訂正明細書の「熱溶着材層5は,工場等で前もって形成しておいても良いが,現場で形成するようにしても良い。」(段落【0012】)の記載を摘示するなどして,シートの施工に用いる固定部材をいつどこで形成するかは当業者が適宜決定できる設計的事項であることを示し,相違点1についての判断を行っており,この判断にも誤りはない。 3 取消事由3(相違点2の認定の誤り又は同相違点についての認定判断の誤り)について (1) 本件発明の「上面に前もって形成した熱溶着材層を有する導体片」と引用発明1の「上面に前もってフィルムが張り付けられた中間接合片(周縁接合片)の鋼板製の本体」とが,ともに「上面に前もって形成した接着部を有する固定部材」である点で一致することは,1で主張したとおりである。決定が相違点2の認定の前提とした,本件発明と引用発明1が「防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定する」ものである点で一致するとの認定に誤りはない。 決定は,防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定するための手段として,本件発明では,防水シートの上から電磁誘導加熱により導体片を加熱してこの熱によって接着部である熱溶着材層を溶かして接着固定しているのに対して,引用発明1では,接着剤注入器によって接着剤を注入してこの接着剤(溶剤)によって接着部であるフィルムおよび防水シートを溶かして着けることにより接着固定している点で相違することを,相違点2としてあげたのであり,この認定にも誤りはない。 (2) 刊行物2には,「本発明では,磁性金属と熱溶融性接着剤とからなる接合手段が積層体の場合には,例えば第1図に示すように実施できる。この接合方法では,合成樹脂シート1,2の端部を上下に重ね合わせ,その間に接着剤3と金属板4と接着剤5を順次積層した積層体6を挟み,シート1の上方から誘導加熱装置7によって積層体6の接着剤3,5を加熱,溶融させてシート1,2を接合する。また第2図には他の実施例が示されており,この実施例では,シート1の端部上部を切欠した切欠部に,シート2の端部下部を切欠した切欠部を両シートの上下面が面一となるように重ね合わせ,両切欠部の間に第1図と同様の積層体6を挟み,誘導加熱装置7によって積層体6を加熱,溶融させて両シート1,2を接合する。この実施例では2枚のシート1,2の上下面を面一にすることができる。第3図には,2枚のシート1,2を接合すると共にコンクリートスラブ8にシート1,2を接合する方法が示されている。この場合には,コンクリートスラブ8に前述した実施例と同様の積層体6を置き,この積層体6の上面にシート1,2の接合部が位置するようにシート1,2を置き,前述の実施例と同様にシート1,2を接合する。尚,この実施例において,金属板4を釘(図示せず)によってコンクリートスラブ8に予め固定しておき次いで接着剤3を塗布した積層体を用いることもできる。」(甲第6号証2頁右上欄18行〜右下欄4行)と記載されている。決定が引用例2に記載されている技術(引用発明2)として認定したのは,第3図に示された実施例(以下「第3-1実施例」という。)の変形例(以下「第3-2実施例」という。)であり,第3-1実施例は第1,2図に示された実施例と同様にシートを接合するものであるから,結局,第3-2実施例(引用発明2)も,金属板の上面に設けられた接着剤の上にシートを置き,シートの上方から誘導加熱装置によって積層体の接着剤を加熱,溶融させてシートと金属板を接合するものであることが明らかである。 (3) 原告は,引用発明2について,刊行物2は,シートをコンクリートスラブに固定する汎用の技術を開示しているのではなく,2枚のシート1,2の端部を接合する場合に,併せてこの端部をコンクリートスラブに固定するための技術を開示したにすぎないにもかかわらず,決定は,コンクリートスラブにシートを接合する汎用の技術が開示されていると誤って認定した,と主張する。しかし,決定が刊行物2を引用したのは,そこに開示されているものとして認定した発明(引用発明2)と,本件発明とを直接に対比するためではなく,本件発明と引用発明1との相違点の検討に際して必要な刊行物として用いるためである。決定は,このような観点の下に,同刊行物の明細書及び図面の記載を基に具体的な摘示を行い,そこに開示されている発明として,「シートを固定部材を介してシート施工面(コンクリートスラブ上)へ接合する施工法において,シートをシート施工面(コンクリートスラブ上)に固定された固定部材(金属板)に接着固定するために,固定部材の上面に熱溶融性接着剤を設け,シートを置き,シートの上から誘導加熱装置によって熱溶融性接着剤を溶融させてシートと固定部材とを接着固定する技術」(決定書5頁13行〜18行)を認定したものであって,その認定に誤りはない。また,引用発明2がシートをコンクリートスラブに固定する汎用の技術ではないことをいう原告の主張は,そのことがどのような理由で引用発明1に引用発明2を適用することを妨げる原因になるのかを具体的に示しておらず,根拠に乏しいという以外にないものである。 (4) 決定では,相違点2に係る本件発明の構成は,引用発明1における,フィルムが張り付けられた接合片の上にシートを置き,接着剤注入器によって接着剤(溶剤)を注入してフィルムと防水シートとを溶着してシートを接合片に固定する固定手段に代えて,引用発明2,すなわち,上面に熱溶融性接着剤が設けられた金属板の上にシートを置き,誘導加熱装置によって熱溶融性接着剤を溶融させてシートを金属板に固定する固定手段を適用することによって,当業者が容易になし得たことであるとの判断を行ったものである。引用発明1と引用発明2がともにシートの施工面に設けた固定部材にシートを接着する点で一致すること(このことは,原告も認めるところである。)を考えると,引用発明1に引用発明2を適用することに困難があるということはできない。 相違点2についての決定の認定判断にも誤りはない。 4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について 訂正明細書には,「シート表面は熱による損傷を受け,例えば表面が熱収縮を起こし,接着面に剥れを生じたり,ピンホール等が生じて,漏水の原因となる場合があった。」(甲第4号証・段落【0006】),「防水シート表面に高温を加えずに行えるので,防水シート表面を熱損傷することが少なく,接着部分に剥れやピンホール等を生じさせ難く,施工も簡単で漏水等を起こすことが少ない。」(段落【0022】)と記載されているから,本件発明でいうところのピンホールとはシートが熱によって損傷等をうけて生じるものであると考えられ,「ピンホール等を生じさせ難く」という効果は電磁誘導加熱によって導体片を加熱し,この熱により溶けた熱溶着材層でもって防水シートを接着固定することでシートに直接高温を加えることを防ぐことによって生じる効果であると考えられる。 そうすると,上記「ピンホール等を生じさせ難く」という効果は,誘導加熱装置によって熱溶融性接着剤を溶融させてシートと固定部材とを接着固定している引用発明2においても,当然奏する効果であり,刊行物2の記載事項から当業者であれば充分予想できるものであるから,決定に原告の主張する誤りはない。 |
|
当裁判所の判断
1 本件発明の概要について (1) 訂正明細書には次の記載がある(甲第4号証)。 【0002】【従来の技術】従来,建築工事の防水作業,例えば陸屋根等の防水工事において,ならしモルタル上に防水シートを張り,そのシートを目地材頂部に接着固定する施工法として,例えば特開昭56-20260号公報で開示の技術がある。 【0003】この技術は,躯体コンクリート層上に防水シートの幅で目地材を配置して,・・・熱溶着材層を形成し・・・その上に防水シートを張るとともに,・・・防水シート上から熱風を吹き付けて,内側の目地材頂部の熱溶着材層を溶融し,目地材と防水シート縁とを接着固定する。 【0004】また,特開昭60-80650号公報には,目地材頂部ではなく,コンクリート下地又は断熱材の所要位置に,上面にホットメルト型接着剤を有する金属片の上から防水シートを張り,その防水シート上から電気ヒータによって加熱し,前記接着剤を溶融して,防水シートを金属片を介して下地等に固着する技術が開示されている。 【0005】これらの施工法では,熱溶着材の溶融によって防水シートを接着固定するため,接着面は,糊接着のように,水気によって接着力が左右されることがなく,施工時に,モルタル層の乾燥を待つ必要がない。また,雨天時の施工も可能である等の利点がある。 【0006】【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上記の施工法では,熱風又は電気ヒータにより防水シート上面から熱を加えるため,直接に熱にさらされる防水シート表面は,・・・熱による損傷を受け,例えば表面が熱収縮を起こし,接着面に剥れを生じたり,ピンホール等が生じて,漏水の原因となる場合があった。 【0007】そこで,この発明では,溶着材層加熱の際,防水シート表面に高温が加わらないようにすることを課題とする。 【0008】【課題を解決するための手段】(特許請求の範囲とほぼ同文。ただし,「工場等で前もって形成した」との要件は,ここには記載されていない。) 【0009】【作用】・・・電磁誘導加熱によるため,防水シート表面が高温となることなく,導体が発熱して熱溶着材層が溶け,防水シートが接着固定される。 【0012】・・・熱溶着材層5は,工場等で前もって形成しておいても良いが,現場で形成するようにしても良い。・・・ 【0013】・・・防水シート2上から棧fに,図3で示すアイロン型の溶着工具6を当てる。前記工具6は内部に誘導コイル7が設けられており,誘導コイル7は,交番電流により励磁され,その発生磁界の電磁誘導作用により,導体片3にうず電流を生じさせる。このため,導体片3はうず電流損により発熱し,上面の熱溶着材層5が溶けて,防水シート2を接着固定する。 【0014】このように,この施工法は,溶着工具6で熱溶着材5を溶かす迄は,防水シート2が施工面1に固定されないため,防水シート2を施工面1上で何度でも動かし,ずれを直してから接着できる。このため,従来のごとく乾燥接着材を用いた施工法では,シート2を小分けにし,慎重に「ずれ」を生じないように少しずつ貼り付けていたのに対し,この施工法は,施工工程数も少なくて済み,しかも,特別な接着技術がなくてもきれいに仕上げることができる。・・・ 【0015】一方,導体片3加熱時の工具本体6は,発熱せず,安全でしかも防水シート2内側の導体片3の発熱により熱溶着材層5を溶かすため,防水シート2表面は高温にならず,熱による損傷,すなわち,熱収縮やピンホール等を起さない。・・・ 【0022】【効果】この発明は,以上のように構成し,防水シート表面に高温を加えずに行なえるので,防水シート表面を熱損傷することが少なく,接着部分に剥れやピンホール等を生じさせ難く,施工も簡単で漏水等を起すことが少ない。 (2) 訂正明細書のこれらの記載によると,従来から,コンクリート下地等の防水工事として,コンクリート下地等と防水シートとの間に熱溶着材層を配置し,防水シートの上から加熱することにより,熱溶着材層を溶かしてその働きにより防水シートをコンクリート下地等に接着すること,この接着のために,上面にホットメルト型接着剤を有する金属片を,コンクリート下地等の所用位置に配置して用いること,ホットメルト型接着剤を溶かすために,熱風又は電気ヒータにより防水シート上面から加熱することが行われていたこと,熱風又は電気ヒータにより加熱すると,防水シート自体も加熱し,防水シートが熱による損傷を受けるという問題があったこと,本件発明は,この問題を電磁誘導加熱を用いることで解決したものであり,これにより,熱風や電気ヒータによる場合に生じる,加熱による防水シートの熱収縮を回避し,剥れやピンホール等を生じ難くさせるといった作用効果を奏するものであることが,明らかである。 2 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)について (1) 刊行物1には,「接合片は,鋼板製の本体に防水シートと同効質のフィルムを接着剤で貼り付けたものである。」(甲第5号証5欄3行〜5行),「接着剤には,防水シートと接合片のフィルムとを溶着しうるテトラヒドロフラン(THF)等の溶剤を使用する。」(5欄27行〜29行),及び「接合片14,16,17は,鋼板製の本体18にポリ塩化ビニル製防水シート11と同じポリ塩化ビニル製のフィルム19を接着剤で貼り付けたものであり,このフィルム19の上面がシート接合面19aとなされている。」(6欄2行〜6行)との記載がある(甲第5号証)。 インターネット(http://www.ppfa.gr.jp/seihin/yogo4/index3.htm)から採録した「塩ビ管用接着剤」の項目欄(甲第8号証)には,「塩ビ樹脂をテトラヒドロフラン・メチルエチルケトンなどの溶剤に溶かした溶液形の接着剤である。」と記載されている。化学大辞典の「テトラヒドロフラン」の項にも「工業的には,高分子の溶剤として,特に,ポリ塩化ビニルの溶剤として用いられている.」(乙第1号証1495頁)と記載されている。「塩ビ樹脂」(塩化ビニル樹脂)と刊行物1記載の「ポリ塩化ビニル」とは同一物であることは当裁判所にも顕著である。 これらの事実と刊行物1の上記記載を総合すれば,引用発明1においては,溶剤であるテトラヒドロフラン等により,フィルム及び防水シート(これらはいずれもポリ塩化ビニル製である。)が溶けることにより,フィルムと防水シートが溶着するものと認められる。 したがって,引用発明1の中間接合片は,鋼板製の本体上面にポリ塩化ビニル製のフィルムを貼り付けたものであり,そのフィルムはテトラヒドロフラン(THF)等の溶剤によって溶けることにより,フィルム上面に位置する防水シートと接着するものであり,引用発明1における「フィルム」は,「接着剤」(判決注・正確には溶剤である。)の作用により溶け,その結果,接合片のうちの鋼板製の本体と防水シートを接着させるものとして機能するものと認められる。そうである以上,引用発明1についての,「接着剤注入器によって接着剤を注入して防水シートとフィルムとを溶着することにより防水シートを中間接合片の鋼板製の本体に固定」(決定書4頁25行〜26行)する,との決定の認定に誤りはない,というべきである。また,本件発明の「熱溶着材層」が導体片と防水シートを接着させるものとして機能することは上記のとおり明らかであるから,引用発明1の「フィルム」と本件発明の「熱溶着材層」は,金属と防水シートを接着するという機能において差異がなく,これらが「上面に前もって形成した接着部(本件発明においては「熱溶着材層」,刊行物1に記載された発明においては「フィルム」)」(決定書5頁29行〜31行)であるとの決定の認定に誤りはない。さらに,引用発明1の「中間接合片17は,陸屋根に取付ける前に,鋼板製の本体18にフィルムが貼り付けられて形成されている」(決定書4頁14行〜16行)との認定は当事者間に争いがないのであるから,結局,「本件発明の「上面に前もって形成した熱溶着材層を有する導体片」と刊行物1に記載された発明の「上面に前もってフィルムが張り付けられた中間接合片(周縁接合片)の鋼板製の本体」は共に,上面に前もって形成した接着部(本件発明においては「熱溶着材層」,刊行物1に記載された発明においては「フィルム」)を有する固定部材・・・である」(決定書5頁27行〜32行)との決定の認定にも誤りはないことになるのである。 (2) 原告は,高分子辞典によれば,接着剤とは,「同種または異種の物質を接合するために,界面に塗布して用いる第三物質のこと」であり,引用発明1において,接着剤注入器により注入される「接着剤」は,溶剤(溶媒)としてテトラヒドロフラン等を使用した溶液型接着剤である,と主張する。しかし,インターネットから採録した「塩ビ管用接着剤」の項目欄(甲第8号証)と,化学大辞典の「テトラヒドロフラン」の項の前記記載と刊行物1の前記記載からすれば,引用発明1においては,溶剤であるテトラヒドロフラン等により,フィルム及び防水シート(これらはいずれもポリ塩化ビニル製であることは前記のとおりである。)が溶けることにより,このテトラヒドロフランに溶けたフィルムが通常の意味での接着剤となるものと解するのが合理的である。 原告は,刊行物1には,「この接着剤により防水シート11を中間接着片16,17に接合する」(甲第5号証1欄35行〜37行,及び2欄20行〜21行)との記載があり,これと同旨の記載が甲第5号証6欄10行ないし11行,6欄23行ないし24行,及び6欄40行ないし41行にもあり,被告の主張は,これらの記載と矛盾する,と主張する。確かに,学術的な意味での接着剤とは,同種又は異種の物質を接合するために,界面に塗布して用いる第三物質であり,その意味では刊行物1において,テトラヒドロフラン等を「接着剤」と表現したことは適切ではなく,本来,これは「溶剤」あるいは「溶媒」と表現されるべきものである。しかし,特許文献において,用語が学術的意味で厳密に用いられるとは限らない。刊行物1には,前記のとおり,「接着剤には,防水シートと接合片のフィルムとを溶着しうるテトラヒドロフラン(THF)等の溶剤を使用する。」(甲第5号証5欄27行〜29行)との記載もあり,これと接着剤についての一般的な知識をもって刊行物1を読めば,当業者であれば,テトラヒドロフランを溶剤として,ポリ塩化ビニルから成るフィルムが防水シートと溶着するものであることが十分に理解できるものである。刊行物1の「接着剤」との用語は,引用発明1における「フィルム」についての前記認定を左右するものではない。 (3) 原告は,決定の引用発明1の上記認定が誤りであることを前提として,決定の本件発明と引用発明1との一致点の認定に誤りがあると主張する。しかし,引用発明1の上記認定には,前記のとおり誤りがない。したがって,原告の主張は採用することができない。取消事由1には理由がない。 3 取消事由2(相違点1の認定の誤り又は同相違点についての認定判断の誤り)について (1) 決定は,「上面に前もって形成した接着部を有する固定部材について,本件発明では,工場で前もって形成しているのに対して,刊行物1に記載された発明は,どこで形成しているかは明確には記載されていない点。」(決定書6頁2行〜4行)を相違点の一つ(決定のいう「相違点1」)として認定した。原告は,引用発明1が「上面に前もって形成した接着部を有する固定部材」を有しないことを理由として,この認定が誤りであると主張する。しかし,引用発明1が「上面に前もって形成した接着部を有する固定部材」を有することは,前記2で認定したとおりであるから,原告の主張は,採用することができない。 (2) 本件発明は,「上面に工場等で前もって形成した熱溶着材層5を有する導体片3をアンカー固着し」(甲第4号証1頁【請求項1】)との構成要件を有するものである。この構成要件は,導体片3の上面に熱溶着材層5を形成する時期が,アンカー固着より前であり,その場所が工場等であることを意味している。引用発明1が,「上面に前もってフィルムが張り付けられた中間接合片の鋼板製の本体をカールプラグを利用して取り付け」(決定書4頁23行〜25行)るものであることは原告も争わないところであるから,熱溶着材層あるいはフィルムの形成時期について,前記アンカーあるいはカールプラグによる取り付けよりも前であり,この点において,本件発明と引用発明1には差異がないことは明らかである。また,その形成場所については,「工場等」は「工場」に限られないこと,及び,訂正明細書に「熱溶着材層5は,工場等で前もって形成しておいても良いが,現場で形成するようにしても良い。」(甲第4号証段落【0012】)と,「工場等」と「現場」を対比して記載されていることからすれば,「工場等」は,施工現場以外であることを意味するものと解すべきである。 そうすると,上記決定の認定は,「本件発明では,工場で前もって形成している」(決定書6頁2行〜3行)と認定した点において,正確さを欠くというべきではあるものの,そのほかに誤りはなく,上記の点で正確さを欠くことが決定の結論に影響を及ぼすものでないことは明らかである。 そして,引用発明1におけるフィルムの貼着が,中間接合片の取り付けよりも「前もって」行われる以上,貼着をどこで行うかは自由であり,施工現場で行わねばならない事情を認めることはできず,施工現場以外で貼着すること,すなわち,引用発明1の積層体を施工現場以外で形成することを困難であるということはできない。 したがって,「相違点1に係る構成は,当業者が適宜なし得たことに過ぎない。」(決定書6頁17行〜18行)との決定の判断に誤りはない。 (3) 決定は,「刊行物1,2に記載された発明のようなシートの施工に用いる固定部材をいつどこで形成するかは当業者が適宜決定できる設計的事項に過ぎず」(決定書6頁11行〜13行)と判断した。刊行物2中に,引用発明2に関するものとして,「積層体6の上面にシート1,2の接合部が位置するようにシート1,2を置き・・・金属板4を釘・・・によってコンクリートスラブ8に予め固定しておき次いで接着剤3を塗布した積層体を用いることもできる。」(甲第6号証2頁左下欄18行〜右下欄4行)と記載されていることから分るように,刊行物2には,釘による固定の後に接着剤3が塗布される実施例が示されているものであり,この実施例では,接着剤3の塗布は,施工現場でしかできないものである。したがって,決定の上記判断は,刊行物2における上記実施例との関係においては,固定部材をいつどこで形成するかは当業者が適宜決定できる設計的事項であると判断した限度においては誤りというべきである。しかし,決定が,本件発明と引用発明1との相違点1について,上記のとおり,当業者が適宜決定できる設計的事項であると判断している点に誤りはなく,本来,相違点1について,引用発明2は無関係であり,これを論じる必要はないのであるから,この誤りが決定の結論に影響を及ぼすものでないことは明らかである。 (4) 原告は,引用発明1においては,現場で,防水シートの上から接着剤注入器を突き刺すのであるから,この接着剤は,工場等で前もって形成することができない,と主張する。しかし,原告のこの主張は,相違点1における本件発明の「熱溶着材層」に相当する引用発明1の構成が「フィルム」ではなく,薬剤注入器20により注入される「接着剤」であることを前提とするものであって,その前提が誤りであることは前記2で述べたとおりである。したがって,原告の上記主張もその前提において理由がない。 (5) 以上のとおりであるから,取消事由2にも理由がない。 4 取消事由3(相違点2の認定の誤り又は同相違点についての認定判断の誤り)について (1) 決定は,「防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定するために,本件発明は防水シートの上から電磁誘導加熱により前記導体片を加熱してこの熱により溶けた熱溶着材層でもって接着固定しているのに対して,刊行物1に記載された発明は接着剤注入器によって接着剤を注入して防水シートと中間接合片のフィルムとを溶着することにより接着固定している点で相違している。」(決定書6頁5行〜10行)ことを相違点の一つ(決定のいう「相違点2」)として認定した。 原告は,この相違点2の認定について,引用発明1が,「防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定する」ものであること,及び,引用発明1は,「防水シートとフィルムとを溶着する」ものであることを前提にする点において,誤った前提に立つものとして,誤りである,と主張する。しかし,引用発明1のフィルムが接着部であること,及び,引用発明1のフィルムが防水シートと溶着されるものであることは,前記2で述べたとおりであり,引用発明1の中間接合片の鋼板製の本体が固定部分と称し得るものであることも明らかであるから,上記決定の認定には何の誤りもない。原告の主張は失当である。 原告は,引用発明1は,防水シートの上から接着剤注入器を突き刺し,防水シートと固定部材(鋼板製の本体)の上面に設けたフィルムとの間に接着剤を注入して,防水シートとフィルムとを接着することにより,この注入した接着剤でもって防水シートを固定部材(鋼板製の本体)にフィルムを介して接着固定していることを前提として,決定の相違点2の認定が誤りであると主張する。しかし,原告の前提とするところが誤りであることは,前記のとおりである。 (2) 相違点2は,本件発明と引用発明1が,「防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定」する点で一致することを前提とした上での相違点であり,要するに,接着部と防水シートの接着方法についての相違をいうものである。決定は,本件発明と引用発明1との一致点として明示してはいないものの,本件発明が「熱により溶けた熱溶着材層でもって接着固定」するものであり,引用発明1が「防水シートと中間接合片のフィルムとを溶着」するものである以上,本件発明の「熱溶着材層」と引用発明1の「フィルム」とは,常態では固体であるものが,何らかの処理を施されることにより溶け,その結果,防水シートと固定部材が接着固定される,という機能・作用においても一致することが明らかである。そうである以上,相違点2は,常態では固体である接着部の溶かし方,及び,その溶かし方に応じた接着部の材料選択に関する相違であるということができる。 刊行物2には,決定も認定しているとおり,「本発明では,磁性金属と熱溶融性接着剤とからなる接合手段が積層体の場合には,例えば第1図に示すように実施できる。この接合方法では,合成樹脂シート1,2の端部を上下に重ね合わせ,その間に接着剤3と金属板4と接着剤5を順次積層した積層体6を挟み,シート1の上方から誘導加熱装置7によって積層体6の接着剤3,5を加熱,溶融させてシート1,2を接合する。」(甲第6号証2頁右上欄18行〜左下欄5行)との記載がある。ここに示されている方法は,合成樹脂シート(相違点2における「防水シート」に相当する。)と金属板(相違点2における「固定部材」に相当する。)の間に存在する接着剤5が,誘導加熱(本件発明における「電磁誘導加熱」に相当する。)されることによって溶け(接着剤5は常態では固体であり,「熱溶融性接着剤」であると認められる。),その結果合成樹脂シートと金属片が接着固定されるというものである。 刊行物2には,さらに,決定も認定しているとおり,「第3図には,2枚のシート1,2を接合すると共にコンクリートスラブ8にシート1,2を接合する方法が示されている。この場合には,コンクリートスラブ8に前述した実施例と同様の積層体6を置き,この積層体6の上面にシート1,2の接合部が位置するようにシート1,2を置き,前述の実施例と同様にシート1,2を接合する。尚,この実施例において,金属板4を釘(図示せず)によってコンクリートスラブ8に予め固定しておき次いで接着剤3を塗布した積層体を用いることもできる。」(甲第6号証2頁左下欄14行〜右下欄4行)との記載がある。ここで「尚」以降に記載された実施例(第3-2実施例)においても,シートと金属板間の接着剤3は,常態では固体であるものが,誘導加熱されることにより,シートと金属板を接着固定させるものと認めることができる。 そうすると,刊行物2には,シート施工面に固定された金属板とシートとの接着に当たり,常態では固体である接着部として熱溶融性接着剤を採用し,常態では固体である接着部の溶かし方として電磁誘導加熱を採用した発明が記載されていると認めることができるから,これと同旨の「刊行物2には,シートを固定部材を介してシート施工面(コンクリートスラブ上)へ接合する施工法において,シートをシート施工面(コンクリートスラブ上)に固定された固定部材(金属板)に接着固定するために,固定部材の上面に熱溶融性接着剤を設け,シートを置き,シートの上から誘導加熱装置によって熱溶融性接着剤を溶融させてシートと固定部材とを接着固定する技術が記載されているものと認められる。」(決定書5頁13行〜18行)との決定の認定に,誤りはない。これに反する原告の主張は失当である。 原告は,第3-2実施例は,「金属板4」と「積層体」との関係がどのようなものであり,「接着剤3を塗布した積層体」をどのように用いるか,について具体性に欠き,技術的な内容として著しく不明瞭であると主張する。しかし,刊行物2に前記のように記載されている以上,第3-2実施例の技術内容が不明瞭であるとすることはできないというべきである(原告自身も,前記第3・3(2)(ア)において,第3-2実施例について,「あえていえば」との断りがあるものの,上記認定と同様の構成であるとの主張をしている。)。 (3) 原告は,刊行物2は,シートをコンクリートスラブに固定する汎用の技術として開示しているのではなく,2枚のシート1,2の端部を接合する場合に,併せてこの端部をコンクリートスラブに固定するための技術を開示したにすぎないにもかかわらず,決定は,コンクリートスラブにシートを接合する汎用の技術であると誤って認定したものである,と主張する。しかし,前示のとおり,相違点2は,常態では固体である接着部の溶かし方,及びその溶かし方に応じた接着部の材料選択に関する相違であるにすぎず,この相違点に係る構成として,引用発明2において,シート端部に関して採用された技術が,端部以外でのシートとコンクリートスラブの固定に採用できることは当然であり,これをできないと解することは不可能である。 (4) 刊行物2には,「本発明のシートの接合方法によれば,・・・加熱状態が一定でむらがないため接着力が均一で安定したものを得ることができ,また火気等を用いた場合のようにシートが過熱されるようなことはないため局部的な劣化を生ずることはない。さらには火気を用いないため火災等の心配がなく安全であり,作業も熟練を要することなく簡単に行うことができる等種々の利点を有するものである。」(甲第6号証3頁左上欄2行〜13行)との記載もあり,ここに記載された作用効果は,シート端部以外の固定においても奏される作用効果であることが明らかであるから,引用発明2を引用発明1に適用する動機は存在するというべきである。 原告は,接着剤注入器を用いて防水シートの内側の部位に接着剤を注入しなければならない引用発明1の接着剤注入手段に代えて,シートの端部を接着する引用発明2の接着剤塗布手段を適用することはできない,と主張する。しかし,原告の主張が採用することができないものであることは,上記に説示したところから明らかである。 (5) したがって,「刊行物2に記載された公知技術を刊行物1に記載された発明の防水シートを接着部でもって固定部材に接着固定するための手段に代えて適用することに格別困難な点が見あたらず,当業者が容易になし得たことである。」(決定書6頁24行〜27行)との決定の判断に誤りはない。 取消事由3にも理由がない。 5 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本件発明の奏する「ピンホール等を生じさせ難く」という作用効果は,引用発明1及び引用発明2からは予想もし得ない意外なものである,と主張する。しかし,原告が本件発明の奏する効果として主張するものは,シートと固定部材の固定方法として,従来技術における熱風又は電気ヒーターによる加熱に換えて電磁誘導加熱を採用することから生ずる自明の効果というべきものであり,これをもって,構成自体に進歩性を認めることのできない発明に進歩性を与えるものとすることはできない。 取消事由4にも理由がない。 6 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
---|---|
裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |