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関連審決 異議2000-70844
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事件 平成 13年 (行ケ) 58号 取消決定取消請求事件
原告 株式会社日立製作所
訴訟代理人弁理士 井坂光明
同 稲毛諭
同 中村守
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 鈴木久雄
同 神崎潔
同 大野克人
同 林栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/09/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が異議2000ー70844号事件について平成12年12月22日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称(訂正前)を「真空処理装置及びその搬送システム」(訂正後は「真空処理装置用搬送システム及びその運転方法」)とする特許第2942527号(平成2年8月29日にした特許出願(特願平2-225321号)の一部を分割して平成8年12月16日にした特許出願(特願平8-335329号)の一部を更に分割して平成9年12月1日特許出願(特願平9-329873号)、
平成11年6月18日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき、特許異議の申立てがあり(平成12年6月14日特許取消理由通知、原告から平成12年8月28日訂正請求)、特許庁は、この申立てを異議2000-70844号として審理した上、平成12年12月22日、「訂正を認める。特許第2942527号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」旨の決定をし、その謄本を平成13年1月15日に原告に送達した。
2 本件発明の要旨(訂正後の特許請求の範囲) ((イ)ないし(チ)、(ニ)’及び(チ)’の符合を付して構成要件に分説する。下線は、請求項1の記載と請求項2の記載の相違する部分を示す。)「【請求項1】(イ)被処理基板を一枚毎真空処理する複数の真空処理室に連結さ れた搬送室と、
(ロ)被処理基板もしくは処理済基板を複数枚収納できるカセットを大気中で載置するカセット台と、
(ハ)前記搬送室に連結され、該搬送室を介していずれかの真空処理室との間で前記被処理基板を搬入するためのロードロック室及び前記搬送室を介していずれかの真空処理室との間で処理済基板を搬出するためのアンロードロック室と、
(ニ)前記大気中のカセットと前記ロードロック室及びアンロードロック室の双方との間で前記被処理基板もしくは処理済基板を搬送する搬送装置と、
(ホ)前記ロードロック室及びアンロードロック室の大気側及び真空側にそれぞれ設けられ、該ロードロック室及びアンロードロック室を大気雰囲気もしくは真空雰囲気に切り替えるために前記被処理基板もしくは処理済基板を搬入出する毎に開閉される隔離弁とを備え、
(ヘ)前記ロードロック室及びアンロードロック室の大気側の隔離弁と前記搬送装置との間に仕切りを設け、
(ト)前記搬送装置は、清浄度の良い大気雰囲気に設置されており、
(チ)大気雰囲気の前記ロードロック室と前記大気中の複数のカセットの1つとの間で前記被処理基板を一枚毎搬送し、真空雰囲気の前記ロードロック室及びアンロードロック室と前記いずれかの真空処理室との間で、前記被処理基板もしくは処理済基板を一枚毎搬入出し、前記アンロードロック室と前記1つのカセットとの間で前記処理済基板を一枚毎搬送し該カセットの元の位置に収納することを特徴とする真空処理装置用搬送システム 。」【請求項2】(イ)被処理基板を一枚毎真空処理する複数の真空処理室に連結され た搬送室と、
(ロ)被処理基板もしくは処理済基板を複数枚収納できるカセットを大気中で載置するカセット台と、
(ハ)前記搬送室に連結され、該搬送室を介していずれかの真空処理室との間で前記被処理基板を搬入するためのロードロック室及び前記搬送室を介していずれかの真空処理室との間で処理済基板を搬出するためのアンロードロック室と、
(ニ)’前記大気中のカセットと前記ロードロック室及びアンロードロック室との間で前記被処理基板もしくは処理済基板を搬送する搬送装置と、
(ホ)前記ロードロック室及びアンロードロック室の大気側及び真空側にそれぞれ設けられ、該ロードロック室及びアンロードロック室を大気雰囲気もしくは真空雰囲気に切り替えるために前記被処理基板もしくは処理済基板を搬入出する毎に開閉される隔離弁とを備え、
(ヘ)前記ロードロック室及びアンロードロック室の大気側の隔離弁と前記搬送装置との間に仕切りを設け、
(ト)前記搬送装置は、清浄度の良い大気雰囲気に設置されており、
(チ)’大気雰囲気の前記ロードロック室と前記大気中の複数のカセットの1つとの間で前記被処理基板を一枚毎搬送し、真空雰囲気の前記ロードロック室及びアンロードロック室と前記いずれかの真空処理室との間で、前記被処理基板もしくは処理済基板を一枚毎搬入出し、前記アンロードロック室と前記1つのカセットとの間で前記処理済基板を一枚毎搬送し該カセットの元の位置に収納することを特徴とする真空処理装置。」 3 決定の理由の要旨 決定は、別紙決定の理由写し(以下「決定書」という。)に記載のとおり、請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)及び請求項2に係る発明についての特許は、刊行物1(特開昭62-207866号公報、甲第4号証)記載の発明、刊行物2(特開昭63-153270号公報、甲第5号証)記載の発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明及び請求項2に係る発明についての特許は、特許法29条2項の規定により拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたことになると認定、判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由の「1.[手続の経緯]」、「2.[訂正請求の認容と本件特許発明]」及び「3.[引用例とその記載事項の概要]」は全て認める。
しかし、「4.[発明の対比]」、「5.[相違点の検討]」及び「6.[請求項2に係る発明について]」の一部並びに「7.[むすび]」は争う。
決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との一致点の認定を誤り、相違点及び作用効果についても誤った認定、判断を行ったため、本件発明及び請求項2に係る発明が想到容易であるとの誤った結論を導いたものであるから、違法であり、取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明の想到容易性に関する判断の誤り) (1) 「搬送室」についての対比の誤り(一致点の誤認) 決定は、「刊行物1・・・記載の「バッファ室10」及び「前処理室20」は、
刊行物1・・・に記載されているように、未処理の試料もしくは処理済みの試料を搬送する手段を有しているものである点で、本件発明の「搬送室」に相当するということができる。」(決定書7頁28行〜32行)と認定している。
しかしながら、本件発明における「搬送室」は、被処理基板を一枚毎真空処理する複数の真空処理室に連結されており(構成要件(イ))、かつ、ロードロック室及びアンロードロック室が連結され、搬送室を介していずれかの真空処理室との間で被処理基板が搬入され、搬送室を介していずれかの真空処理室との間で処理済基板が搬出される(構成要件(ハ))ものであるところ、刊行物1記載の発明には、
これに該当する室は存在しない。決定は、刊行物1における「バッファ室10」と「前処理室20」とが本件発明の「搬送室」に相当するとしているが、これが誤りであることは明らかである。
さらに、刊行物1に記載された「バッファ室10」と「前処理室20」とは独立排気されるべき全く別の機能を備えた独立した「二つの室」であり、それらを本件発明の「一つの室」である「搬送室」に相当するとした認定自体がそもそも誤っており、このような誤った認定に基づいて本件発明の想到容易性の判断をすれば、当然のこととして、誤った結論に至ることは避けられない。
(2) 「仕切り」についての対比の誤り(一致点の誤認) 決定は、「「刊行物1・・・に記載の「仕切壁300」、「清浄領域」は、本件発明の「仕切り」、「清浄度の良い大気雰囲気」に相当し、刊行物1・・・には、
本件発明の構成要件(へ)及び(ト)に相当する事項が、実質的に記載されている。」(決定書8頁7行〜10行)と認定している。しかしながら、この認定は誤ったものである。
すなわち、本件発明においては、ロードロック室及びアンロードロック室の大気側の隔離弁と搬送装置との間に仕切りを設け(構成要件(へ))、前記搬送装置は、清浄度の良い大気雰囲気に設置(構成要件(ト))されているのに対して、刊行物1に記載されている「仕切壁300」は、単なるクリーンルームの仕切壁にすぎず、本件発明のようなロードロック室・アンロードロック室の大気側の隔離弁と搬送装置との間に設けた「仕切壁」に相当するものではない。
したがって、刊行物1記載の発明に用いられている試料搬送手段190及び191は、清浄度の良い大気雰囲気中に設置されているものではない。
刊行物1には、「仕切壁300」が「ロードロック室びアンロードロック室の大気側の隔離弁と搬送装置との間に仕切りを設け」とした「仕切り」であるとする明確な記載はなく示唆もない。
刊行物1記載の発明においては、試料搬送手段190及び191は、「仕切壁300」の配置延長線上を越えて保守領域と清浄度の良い領域の両方に伸び出しており、つまりクリーンルーム内外に跨いで設置されている。これは、刊行物1記載の発明で採用されている試料搬送手段190及び191がベルト駆動の搬送装置であるがゆえの必然的な構成であるが、それによって、保守領域と清浄度の良い領域を基板搬送のためにベルトを通す開口を常に開放しておく必要があり、これによって保守領域と清浄領域を仕切ることは到底できないものである。つまり、刊行物1記載の「仕切壁300」は試料搬送手段190及び191が設置されている領域を保守領域から仕切るためのものではないし、刊行物1の第3図からしても、保守領域と試料搬送手段が設置されている領域を仕切る何らかの手段を設けることは不可能である。
(3) 相違点1についての判断の誤り ア 決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点1として、「搬送室に関して、本件発明では、搬送室が1つの室として構成されているのに対して、刊行物1記載の発明では、搬送室に相当する室が、バッファ室10と前処理室20とから構成されている点」(決定書8頁末行〜9頁2行)を認定した上、「搬送室を1つの室として構成することは、刊行物2にも記載されているように従来周知の技術であり、刊行物1記載の発明においても、前処理を必要としない真空処理装置であれば、当業者が上記周知の技術を採用して、搬送室を1つの室として容易に構成し得るものである。」(決定書9頁28行〜31行)と判断している。
イ しかしながら、上述の通り、この認定は技術的に明らかに誤っている。
すなわち、独立排気されるべき全く別の機能を備えた独立した「二つの室」を「一つの室」と対応させて比較検討すること自体がそもそも誤っており、それに加えて、その判断においても以下のとおりに誤ったものである。
刊行物2(甲第5号証)記載の発明では、単に「バッファ室3を1つの室として構成されている装置」が開示されているにとどまるものであり、独立した二つの室である「前処理室」と「バッファ室」を一つの「搬送室」として構成するとの記載があるわけではなく、その示唆があるものでもない。刊行物2には、単に、「バッファ室が1つの装置」が開示されているにすぎず、未処理ウエハあるいは処理済ウエハを装置に対して搬入出するロック室も1つであり、本件発明のようにロードロック室とアンロードロック室とを独立して設ける構成ではない。したがって、このような装置の場合、該一つのロック室に腐食性ガスや反応性生成物などが付着して内壁面が汚染されることとなる。そうすると、ロック室に反応生成物が堆積した状態で大気状態となると、堆積した反応生成物と大気中の水分とが反応して異物が発生しやすく、また気流によって堆積物の一部が舞い上がり大気中の水分との反応などで異物が発生しやすい状態になり、その結果、異物によって未処理ウエハに対しても処理済ウエハに対しても悪影響が大きくなるものである。つまり、大気中での異物の挙動と真空中での異物の挙動は大きく異なり、堆積異物により製品ウエハ(未処理ウエハ及び処理済ウエハ)への汚染が発生し、製品歩留まりを低下させ、
さらに、スループットが低下することとなるものであり、刊行物2記載の発明を採用することによっては、本件発明において解決しようとしている課題を解決し得ない。
また、決定は、前掲のとおり、「刊行物1記載の発明においても、前処理を必要としない真空処理装置であれば、当業者が上記周知の技術を採用して、搬送室を1つの室として容易に構成し得るものである。」としながらも、刊行物1記載の発明(スパッタリング装置)に対して刊行物2記載の発明(CVD装置)をいかに採用すれば、「搬送室を1つの室として構成すること」が当業者にとって容易に想到し得るかについて全く言及していない。
以上のことから、刊行物2記載の発明が、独立した二つの室(「前処理室」と「バッファ室」)を「1つの室として構成する」ことが当業者にとって容易になし得るとの理由にはなり得ないことは明らかである。
ウ 決定における「搬送室を1つの室として構成することは、従来周知の技術である」(決定書9頁28行〜29行)という認定は認める。しかし、刊行物1記載の発明は、従来技術の問題点を認識した上で、それを防止するために生まれたものである。とすれば、前処理が不要な場合があるとしても、刊行物1記載の発明からは、前処理室自体が不要であるとの発想は到底導き出されるものではない。
(4) 相違点3についての判断の誤り 決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点3として、
「搬送装置に関して、本件発明では、搬送装置が、大気中のカセットとロードロック室及びアンロードロック室「の双方」との間で被処理基板もしくは処理済基板を搬送する(本件発明の構成要件(ニ))ものであって、当該搬送装置により、本件発明の構成要件(チ)のように、大気雰囲気のロードロック室と大気中の複数のカセットの1つとの間で被処理基板を搬送し、アンロードロック室と「前記1つのカセット」との間で処理済基板を搬送し「該カセットの元の位置に収納する」ものであるのに対して、刊行物1記載の発明では、搬送装置に相当する装置が、2つの試料搬送手段190及び191から構成されており、当該2つの試料搬送手段のうち、試料搬送手段190により、ロード室160とカセットローダ180上のカセットとの間で未処理の試料を搬送し、試料搬送手段191により、アンロード室162とカセットアンローダ181上の別の空のカセットとの間で処理済みの試料を搬送し回収するものである点」(決定書9頁12行〜24行)を認定し、その上で、相違点3に関する検討においては、従来技術を引用して、
「そうすると、刊行物1記載の搬送装置としての2つの試料搬送手段190及び191に替えて、上記周知の技術の1つの搬送装置を採用して、本件発明の構成要件(ニ)及び(チ)のようにすることは、当業者が容易に想到できたことである。」(決定書10頁12行〜15行)と判断している。
しかしながら、本件発明と刊行物1記載の発明の構成全体を比較すると、両者は搬送系が基本的に相違するものである。
決定は、両発明の搬送系の相違に関して、「真空処理装置において、1つの搬送装置により、ロック室と複数のカセットの1つとの間で被処理基板を搬送したり、
ロック室と前記1つのカセットとの間で処理済基板を搬送し該カセットの元の位置に収納することは、従来周知の技術であり(例えば、特開昭63-133521号公報(甲第6号証))、しかも、上記従来周知の技術のように、処理済基板を元のカセットの元の位置に収納するようにするか、処理済みの試料を別の空のカセットに回収するようにするかことは、従来から知られている選択的事項である(例えば、特開昭62-216315号公報(甲第7号記))。」と認定している(決定書10頁1行〜11行)。
しかし、甲第6号証に記載された発明は、ロック室が1つの単一チャンバ方式、
つまり、1つの真空処理室を備えた基板の熱処理装置である。
また、甲第7号証に記載された発明は、複数のカセットと、3つの搬送経路と、
1つの搬送経路上に設置された1つのカセットと、1つのロック室と、該1つのロック室内に設置された2つのカセットとを有し、かつ真空処理室は1つでバッチ処理である。このため、1つのロック室に2つのカセットを内蔵し、搬送経路にも1つのカセットを設置しており、装置構成を大型かつ複雑化した技術である。このような構成において、真空処理後、戻されたウエハを元のカセット内における順序が元の状態に戻るというカセット単位の管理とカセット内の順番による管理を行うものである。この場合、通常のカセットの基板収納枚数は25枚であり、カセット内に25枚の基板が一杯に挿入されている場合には、結果的に元の位置に戻されることになるが、甲第7号証刊行物にも記載されているように「途中のプロセスで不良品が発生したりして・・・ウエハ枚数が減る場合」(5頁右下欄5行〜7行)には、カセット内に順次詰めて入れられることになり、「順番による管理」はできても、カセット内の「位置による管理」はできない。つまり、甲第7号証の発明では、最終カセット内の上から3枚目に収納されている基板であっても、カセットに最初に収納された時は、何段目に入っていた基板なのかの「位置による管理」はできていない。
以上のように、甲第6号証記載の発明も甲第7号証記載の発明も、本件発明とは全く相違した搬送系を備えた装置であるにもかかわらず、決定のように本件発明の搬送系に関する構成要件を細分化し、それぞれの構成要件が各刊行物において周知技術あるいは選択的事項とであるとしてしまえば、特許性が担保される特許発明は皆無といっても過言ではない。
被告が主張するように、結果的に基板が「カセットの元の位置」に戻っているというだけの点が周知であるという理由によって本件特許が取り消されるとするならば、甲第6号証や甲第7号証を引用するまでもなく、ウエハを人手によって戻そうと、ベルトコンベアによって戻そうと、「カセットの元の位置に戻す」ことは、カセットを採用したときから周知であったということができる。しかしながら、本件発明は、ロット管理をカセット単位で行ってきたものを、複数カセットを備えて複数真空処理室の内のいずれかの真空処理室で処理するものにおいては、ロット管理をウエハ単位で行うことが重要であることを知覚したことによって発明として完成させたものなのである。
(5) 作用効果の看過 決定が「本件発明が奏する作用効果も、上記各刊行物記載の発明及び上記周知の技術から予測される程度以上のものでもない。」(決定書10頁16行〜17行)とした認定も、誤った認定である。
本件明細書の「発明の効果」の欄には、「本発明によれば、装置全体をクリーンルーム内に設置するのに比べてクリーンルームを小さくできるので、クリーンルームの設備費を軽減できる。また、クリーンルーム内の維持管理費を軽減できる。」と記載しており、決定は、本件発明の上記従来技術にない格別な作用効果を看過したものである。
(6) 想到容易性の判断の誤り 以上のとおり、決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との一致点の認定及び相違点の対比判断を誤り、本件発明の顕著な作用効果を看過したため、本件発明が刊行物1及び2記載の発明並びに周知技術から容易に想到し得たものである旨誤った判断に至ったものである。
すなわち、本件発明は、構成要件(イ)ないし(チ)を備えることによって、初めてコンタミネーション(汚染)を防止しかつスループットの高い真空処理装置用搬送システムを提供することができるようにしたものである。にもかかわらず、決定は、本件発明の構成要件を分説し、各構成要件間の有機的関連は無視して個々の構成要件を更に細分化して、各刊行物記載の発明及び周知技術構成要件と比較し、各構成要件が「各刊行物記載の発明」、「従来周知の技術」あるいは「従来から知られている選択的事項」であるから「上記各刊行物記載の発明及び上記周知の技術に基いて、当業者が容易に発明することができたものである」としているものであり、誤ったものである。
2 取消事由2(請求項2に係る発明についての想到容易性の判断の誤り) 決定は、「本件請求項2に係る発明は、上記本件発明と同様の理由により、上記各刊行物記載の発明及び上記周知の技術に基いて、当業者が容易に発明することができたものである。」(決定書10頁27行〜29行)と判断しているが、この判断は誤ったものである。
上述したとおり刊行物1記載の発明と本件発明とは大きく異なるのであり、請求項2に係る発明は、本件発明と同様の理由により、当業者といえども全く想到し得ない。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本件発明の想到容易性判断の誤り)に対して (1) 「搬送室」についての対比の誤り(一致点の誤認)に対して 原告主張の主旨は、刊行物1記載の発明の「バッファ室10」と「前処理室20」とは、独立して減圧排気される別々の機能を備えた室として構成されるものであるから、決定において、上記「バッファ室10」及び「前処理室20」が本件発明の「搬送室」に相当するとした認定は誤りである、というものである。
確かに、刊行物1に、「バッファ室10」と「前処理室20」とが、独立して減圧排気される別々の機能を備えた室として記載されていることは、原告主張のとおりである。
原告は、搬送室が複数の真空処理室に連結されており(構成要件イ)、ロードロック室及びアンロードロック室が連結され、搬送室を介していずれかの真空処理室との間で被処理基板が搬入搬出されるものである(構成要件ハ)点が刊行物1に記載されていない旨の主張をする。
しかし、この刊行物1記載の発明における「バッファ室及び前処理室」からなる「搬送室」は、「複数の真空処理室に連結」されていて、また「ロードロック室及びアンロードロック室が連結され、搬送室を介していずれかの真空処理室との間で被処理基板が搬入・・・搬出される」のであって、上記の構成は刊行物1にも記載されていることが明らかであるから、原告の上記主張は当を得たものとはいえない。
(2) 「仕切り」についての対比の誤り(一致点の誤認)に対して 原告主張の主旨は、刊行物1記載の「仕切壁300」は、単なるクリーンルームの仕切壁であり、本件発明のようにロードロック室及びアンロードロック室の大気側の隔離弁と搬送装置との間に設けた「仕切り」に相当するものではないから、刊行物1に、本件発明の構成要件(ヘ)及び(ト)に相当する事項が実質的に記載されているということはできないというものである。
そこで検討すると、まず、本件発明の構成要件(ヘ)には、「仕切り」に関して、「前記ロードロック室及びアンロードロック室の大気側の隔離弁と前記搬送装置との間に仕切りを設け」と規定され、さらに、構成要件(ト)に「前記搬送装置は、清浄度の良い大気雰囲気に設置されており」と規定されているが、上記仕切りに関する実施例としては、本件明細書の段落番号【0017】に、「隔離弁12a、12bを境にして仕切りを設け、カセット台2a、2bとそこに載置されたカセット1a、1b及び第1搬送装置13のみを清浄度の高いクリーンルーム側に置き、残りの部分は清浄度の低いメインテナンスルーム側に置くことができる。」(なお、符号12bは、12dの誤記と認められる。)と記載されているのみであって、【図1】には、仕切りに関して何ら記載されていない。
さらに、ウエハ(基板)を搬送するためには、仕切りに少なくともウエハ(基板)1枚が通過することのできる開口を設ける必要があり、一方、仕切りの機能として、清浄度の高いクリーンルーム側と清浄度の低いメインテナンスルーム側とを遮蔽する必要がある。そうすると、本件発明の仕切りは、大気側の隔離弁に対しては開口する開口部を備えるとともに、クリーンルーム側とメインテナンスルーム側とを区分けするものであると解すべきである。
一方、刊行物1には、クリーンルームの仕切壁300に関して、「第3図で、・・・バッファ室10と前処理室20とロード室160とアンロード室162は、架台200上に設置されている。カセットローダ180とカセットアンローダ181とを含む筐体210は、架台200に着脱可能に設けられる。これにより、・・・仕切壁300を境にして架台200側をスパッタ装置の保守領域に、また、筐体210側を清浄領域つまりクリーンルーム内に置くことができる。このため、試料への塵埃の付着を防止できる。また、他設備と連結し自動搬送ライン化する場合でも、・・・容易に対応できる。」(4頁左上欄7行〜20行)と記載されている。また、試料の搬送に関しては、「大気真空間遮断手段170の大気側には、・・・大気真空間遮断手段170を介して試料を試料搬送手段161に渡すベルト搬送装置等の試料搬送手段190が設けられている。」(3頁右下欄5行〜10行)、「試料搬送手段190を作動させることで未処理の試料はカセットから取り出され大気真空間遮断手段170に向って搬送される。・・・試料は、開けられている大気真空間遮断手段170を介して試料搬送手段161に渡されてロード室160内に搬入される。」(第4頁左下欄第5行〜第12行)及び「その後、大気真空間遮断手段171を開け試料搬送手段163、191を作動させることで、処理済みの試料は、アンロード室162外に搬出されて空のカセットに回収される。」(6頁左上欄5行〜8行)と記載されている。
刊行物1の上記各記載事項と第1図及び第3図の記載とを総合すると、刊行物1記載の「クリーンルームの仕切壁300」は、試料の搬送のために、大気真空間遮断手段170、171に対して開口する開口部を備えていることが明らかであり、
また、試料への塵埃の付着を防止することができるものであることから、上記仕切壁300により、保守領域と清浄領域(クリーンルーム)とに区分けされ、試料搬送手段190、191は、上記清浄領域(クリーンルーム)に設置されていることも明らかである。
そうすると、本件発明の「仕切り」と刊行物1記載の「仕切壁300」とは、実質的に同じ機能を果たすものであり、「刊行物1・・・には、本件発明の構成要件(ヘ)及び(ト)に相当する事項が、実質的に記載されている。」とした決定の認定に誤りはない。
(3) 相違点1についての判断の誤りに対して 原告主張の主旨は、刊行物1記載の連続スパッタ装置に関する発明は前処理室とバッファ室とを独立した別の室として構成することが必須要件であり、独立した二つの室である「前処理室」と「バッファ室」を一つの「搬送室」として構成することが従来周知の技術でないにもかかわらず、審決が「前処理室」と「バッファ室」とをまとめて本件発明の「搬送室」に相当するとして、「搬送室を1つの室として構成することは、刊行物2にも記載されているように従来周知の技術であり、刊行物1記載の発明においても、前処理を必要としない真空処理装置であれば、当業者が上記周知の技術を採用して、搬送室を1つの室として容易に構成し得るものである。」と判断したことは誤りである、というものである。
そこで検討すると、まず、上記(1)で詳述したとおり、決定においては、試料の搬送という観点から、刊行物1記載の発明の「バッファ室10」及び「前処理室20」が本件発明の「搬送室」に相当すると認定したものである。
次に、決定において認定したとおり、搬送室を1つの室として構成することは、
刊行物2にも記載されているように従来周知の技術である。なお、上記従来周知の技術は、乙第1号証(前田和夫著「VLSIプロセス装置ハンドブック」1990年6月10日、株式会社工業調査会発行、149頁〜165頁)にも、157頁図3.50及び158頁8行〜13行に、ロボットRが配置された「ランダムアクセス枚葉式装置」として記載されている。
そして、原告提出の甲第8号証にも明示されているように、もともと搬送室は1つの室として構成されていたものを、刊行物1に記載されているように、前処理を必要とする真空処理装置においては、搬送室としても機能する前処理室20を付加して設けるようにしたものである。
そうすると、前処理を必要としない真空処理装置においては、当業者であれば、
従来から周知の技術であった、搬送室を1つの室として構成したものを当然採用するところである。
なお、原告は、刊行物2は未処理ウエハ或いは処理済ウエハを装置に対して搬入出するロック室も1つであり、本件発明のようにロードロック室とアンロードロック室とを独立して設ける構成ではないと主張しているが、当該主張は、ロック室に関する主張であり、搬送室に関する相違点1の判断と直接には関係しない主張というべきである。
(4) 相違点3についての判断の誤りに対して 原告主張の主旨は、本件発明は「真空処理装置用搬送システム」であるにもかかわらず、夫々の搬送系を構成する個々の搬送手段のみに着目し、相違点3に関して決定が、「刊行物1記載の搬送装置としての2つの試料搬送手段190及び191に替えて、上記周知の技術の1つの搬送装置を採用して、本件発明の構成要件(ニ)及び(チ)のようにすることは、当業者が容易に想到できたことである。」とした判断は誤っている、というものである。
大気中の複数のカセットとロードロック室/アンロードロック室との間の搬送系について検討すると、一般的に、ウエハ(基板)の搬送手段として、刊行物1に記載されているようなベルトを用いた搬送装置及び甲第6号証に記載されているようなアームを用いた搬送機構は、共に周知のものであって、しかも、これらの搬送装置や搬送機構は、互いに置換ができないというものではない。
そして、甲第6号証に記載されているように、真空処理装置において、1つの搬送装置により、ロードロック室/アンロードロック室と複数のカセットの1つとの間で被処理基板を搬送したり、ロードロック室/アンロードロック室と前記1つのカセットとの間で処理済基板を搬送し該カセットの元の位置に収納することも、従来周知の技術であり、しかも、特開昭62-216315号公報(甲第7号証)に記載されているように、処理済基板を元のカセットの元の位置に収納するようにするか、処理済みの試料を別の空のカセットに回収するようにするかは、従来から選択的に行われている設計事項である。
そして、ロードロック室/アンロードロック室と複数の真空処理室との間の搬送系についての従来周知の技術、及び、大気中の複数のカセットとロードロック室/アンロードロック室との間の搬送系についての従来周知の技術を、刊行物1記載の発明に適用することに、特段の妨げとなる事情は見あたらず、上記本件発明の搬送系は、決定においても述べているように、刊行物1記載の発明に、上記それぞれの従来周知の技術を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものである。
(5) 作用効果の看過に対して 原告は、決定が本件発明の従来技術にない格別な作用効果を看過したものであると主張する。
しかしながら、本件明細書の「発明の効果」の欄に記載の効果は、本件発明の構成要件の内の「(ヘ)前記ロードロック室及びアンロードロック室の大気側の隔離弁と前記搬送装置との間に仕切りを設け」及び「(ト)前記搬送装置は、清浄度の良い大気雰囲気に設置されており」という構成により奏される効果であるから、上記本件発明の構成要件(ヘ)及び(ト)に相当する事項を備えた刊行物1記載の発明から予測されるものである。
したがって、原告の主張は失当であり、決定における作用効果についての認定、
判断に誤りはない。
(6) 想到容易性の判断の誤りに対して 原告は、決定は本件発明を個々の構成要件に細分化して認定したもので、誤ったものであると主張し、また、本件発明の「ゴミの発生や残留ガスなどによる製品の汚染をなくし、高い生産効率と高い製品歩留まりを実現する真空処理装置用搬送システムを提供すること」とした目的は、上記構成要件が有機的に組み合わされて初めて達成できるものであると主張している。
しかしながら、発明の認定や対比に際しては、発明を各構成要件毎に区分する手法が通常とられており、決定においても、大気中の複数のカセットとロードロック室/アンロードロック室との間の搬送系、及び、ロードロック室/アンロードロック室と複数の真空処理室との間の搬送系等、それぞれの機能や配置等を勘案した合理的な根拠の下に、本件発明の各構成要件を区分して認定したものであり、技術的な意味もなく過度に細分化して認定したものではない。また、それぞれの構成要件を組み合わせることや、当該組合せに基づく作用効果が格別のものとはいえないことも、既に決定において指摘したとおりである。
2 取消事由2(請求項2の発明の想到容易性についての対比判断の誤り)に対して 請求項2に係る発明は、構成要件(ニ)’において「の双方」という限定が付されていない点、及び、構成要件(チ)’の末尾が「真空処理装置」である点でのみ本件発明と相違しており、上記1で詳述したのと同様の理由により、各刊行物記載の発明及び周知の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
決定における、「刊行物1記載の連続スパッタ装置が、真空処理装置の一種であることは、上記したとおりであり、本件請求項2に係る発明は、上記本件発明と同様の理由により、上記各刊行物記載の発明及び上記周知の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項2に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定により、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたことになる。」との判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明の想到容易性についての判断の誤り)について 原告は、決定が、本件発明と刊行物1記載の発明との対比において、本件発明の「搬送室」及び「仕切り」という2点において一致点の認定を誤り(取消事由1の(1)及び(2))、さらに、相違点1及び相違点3の対比判断を誤り(同(3)及び(4))、顕著な作用効果を看過した(同(5))ため、これら相違点に係る構成の想到容易性ついての判断を誤った(同(6))と主張するので、以下、順次判断する。
(1) 「搬送室」について 原告は、決定における「刊行物1・・・に記載の「バッファ室10」及び「前処理室20」は、刊行物1・・・に記載されているように、未処理の試料もしくは処理済みの試料を搬送する手段を有しているものである点で、本件発明の「搬送室」に相当するということができる。」(決定書7頁28行〜32行)との認定が誤りであると主張する。
ア 本件特許請求の範囲の請求項1(本件発明)には、搬送室に関して、
「被処理基板を一枚毎真空処理する複数の真空処理室に連結された搬送室」(構成要件(イ))、「搬送室に連結され、該搬送室を介して・・・基板を搬入するためのロードロツク室及び前記搬送室を介して・・・基板を搬出するためのアンロードロツク室」(構成要件(ハ))と記載されている。
一方、刊行物1には、決定が認定したとおり、「バッファ室10の五角形の各辺の外側には、各開口11によりバッファ室10内と連通して前処理室20と4室の処理室30〜60が配設されている。」(決定書4頁23行〜25行)、「処理室20には、試料搬送手段21に対応した位置でゲートバルブ等の真空間遮断手段150を介してロード室160が設けられている。」(同頁26行〜28行)、及び「一方、処理室20には、試料搬送手段26に対応した位置でゲートバルブ等の真空間遮断手段151を介してアンロード室162が設けられている。」(同頁35行〜5頁1行)、という事項が記載されており、このことは原告も争わないところである。また、刊行物1の「処理室」、「ロード室」、「アンロード室」が各々本件発明の「真空処理室」、「ロードロック室」、「アンロードロック室」に相当することについても争いはない。
そうすると、刊行物1において、「バッファ室10及び前処理室20」は、全体として、本件発明の「真空処理室」に相当する「処理室」に連結される一方で、本件発明の「ロードロック室」及び「アンロードロック室」に相当する「ロード室」及び「アンロード室」にも連結されているものであって、本件発明の構成要件(イ)及び(ハ)に示されている「搬送室」の記載に対応しており、この点で本件発明に記載されている「搬送室」に相当するということができる。
したがって、刊行物1のバッファ室10及び前処理室20は本件発明の「搬送室」に相当する旨の決定の認定、及びこれを前提とする本件発明と刊行物1記載の発明との一致点に関する決定の認定に誤りはない。
イ 原告は、刊行物1に記載された「バッファ室10」と「前処理室20」とは独立排気されるべき全く別の機能を備えた独立した「二つの室」であり、それらを本件発明の「一つの室」である「搬送室」に相当するとした認定がそもそも誤っていると主張する。
しかしながら、本件発明における「搬送室」は、その文言のとおり、被処理基板の搬送が行われる室を意味するものと解されるところ、請求項1の記載には「搬送室」が「一つの室」でなければならないとの限定はない。また、本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載によれば、本件発明の目的は、「ゴミの発生や残留ガスなどによる製品の汚染をなくし・・・」、「ドライクリーニングが効率的に行える真空処理装置用搬送システムの運転方法を提供する」(本件明細書段落【0007】【0008】)ことであり、発明の効果は、「クリーンルームを小さくできる・・、クリーンルーム内の維持管理費を軽減できる」(段落【0026】)というものであり、このような目的、効果からみても、「搬送室」が「一つの室」から構成されるものでなければならないと解すべき理由はない。したがって、本件発明の「搬送室」は、「一つの室」から構成されるものに限定されないと解することが相当であり、隣接して設けられた2つの室のうち一方がロードロック室及びアンロードロック室に連結され、他方が真空処理室に連結されていて、被処理基板が両方の室を通過して真空処理室とロードロック室・アンロードロック室との間を搬送されるようになっている場合は、2つの室をあわせて「搬送室」とみることに妨げはないというべきである。
しかも、決定においては、「搬送室に関して、本件発明では、搬送室が1つの室として構成されているのに対して、刊行物1記載の発明では、搬送室に相当する室が、バッファ室10と前処理室20とから構成されている点」を本件発明と刊行物1記載の発明との「相違点1」として挙げ(決定書8頁38行〜9頁2行)、相違点1については別に判断しているのであり、原告の主張する点は、相違点1についての決定の判断において考慮されているということができる。
したがって、決定が「バッファ室10」及び「前処理室20」を本件発明の「搬送室」の相当すると認定し、これに基づいて本件発明と刊行物1記載の発明の一致点を認定したことに誤りは認められない。
(2) 「仕切り」について 原告は、決定が「「刊行物1・・・に記載の「仕切壁300」、「清浄領域」は、本件発明の「仕切り」、「清浄度の良い大気雰囲気」に相当し、・・・刊行物1・・・には、本件発明の構成要件(へ)及び(ト)に相当する事項が、実質的に記載されている。」(決定書8頁7行〜10行)と認定したことに対して、刊行物1に記載されている「仕切壁300」は、単なるクリーンルームの仕切壁であり、
本件発明のようにロードロック室及びアンロードロック室の大気側の隔離弁と搬送装置との間に設けた「仕切壁」に相当するものではないと主張し、その主張の根拠として、刊行物1には「仕切壁300」が「仕切り」であるとする明確な記載も示唆もないこと、及び、刊行物1記載の発明においては、試料搬送手段190及び191は、「仕切壁300」の配置延長線上を越えて保守領域と清浄度の良い領域の両方に伸び出しており、保守領域と清浄領域を仕切ることは到底できないものであること、を挙げる。
ア そこでまず、本件発明について検討すると、請求項1には、仕切りに関して、「前記ロードロック室及びアンロードロック室の大気側の隔離弁と前記搬送装置との間に仕切りを設け」(構成要件(ヘ))と記載され、清浄度に関して、
「前記搬送装置は、清浄度の良い大気雰囲気に設置されており」(構成要件(ト))と記載されていることが認められる。
一方、刊行物1には「大気真空間遮断手段170、171」、「試料搬送手段190及び191」が記載されており、これらが各々本件発明の「隔離弁」、「搬送装置」に相当すること(決定書7頁36行〜8頁5行)は、原告の争わないところである。
また、刊行物1に記載された事項について、決定は、@「ロード室160には、・・・大気真空間遮断手段170が設けられている。大気真空間遮断手段170の大気側には、カセットローダ180から試料を受け取り搬送し大気真空間遮断手段170を介して試料を試料搬送手段161に渡すベルト搬送装置等の試料搬送手段190が設けられている。」(決定書4頁30行〜35行)、A「アンロード室162には、・・・大気真空間遮断手段171が設けられている。大気真空間遮断手段171の大気側には、カセットアンローダ181I試料を渡し大気真空間遮断手段171を介して試料を試料搬送手段163から受け取り搬送するベルト搬送装置等の試料搬送手段191が設けられている。」(決定書5頁3行〜8行)、及びB「第3図で、処理室30〜60が設けられたバッファ室10と前処理室20とロード室160とアンロード室162は、架台200上に設置されている。カセットローダ180とカセットアンローダ181とを含む筐体210は、架台200に着脱可能に設けられる。これにより、スパッタ装置が設置されるクリーンルームの仕切壁300を境にして架台200側をスパッタ装置の保守領域に、また、筐体210側を清浄領域つまりクリーンルーム内に置くことができる。」(決定書5頁12行〜18行)と認定しており、これらの認定についても、争いはない。
イ 以上の争いのない刊行物1の記載事項によれば、大気真空間遮断手段170を有するロード室160及び大気真空間遮断手段171を有するアンロード室162は、架台200上に設置され、保守領域にあり、カセットローダ180とカセットアンローダ181とを含む筐体210はクリーンルームの仕切壁300を境にして清浄領域つまりクリーンルーム内にあり、試料搬送手段190、191は大気真空間遮断手段170、171の大気側に設けられているのであるから、試料搬送手段190、191(本件発明の搬送装置に相当)は保守領域にある大気真空間遮断手段170、171(本件発明の隔離弁に相当)の大気側であって清浄領域にあり、保守領域と清浄領域の間には境となる仕切壁が存在するということができる。
そうすると、刊行物1に記載された「仕切壁300」及び「清浄領域」は、各々本件発明の「仕切り」及び「清浄度の良い大気雰囲気」に相当すると認められ、刊行物1には、本件発明の構成要件(へ)及び(ト)に相当する事項が実質的に記載されているということができる。したがって、これと同旨の決定の認定に誤りは認められない。
(3)相違点1についての判断について 原告は、決定が、相違点1:「搬送室に関して、本件発明では、搬送室が1つの室として構成されているのに対して、刊行物1記載の発明では、搬送室に相当する室が、バッファ室10と前処理室20とから構成されている点」につき、「搬送室を1つの室として構成することは、刊行物2にも記載されているように従来周知の技術であり、刊行物1記載の発明においても、前処理を必要としない真空処理装置であれば、当業者が上記周知の技術を採用して、搬送室を1つの室として容易に構成し得るものである。」(決定書9頁28行〜31行)と判断したことについて、
上記判断は誤りであると主張する。
ア しかしながら、搬送室を1つの室として構成することが従来周知の技術であることは、原告も争わないところである。
そうすると、相違点1に係る構成につき、周知技術である「搬送室を1つの室として適用する」という技術的事項を採用して本件発明の構成とすることに格別の困難があるとは認められない。
イ 原告は、刊行物2(特開昭63-153270号公報、甲第5号証)には「前処理室」と「バッファ室」を一つの「搬送室」として構成するとの記載や示唆はなく、刊行物2記載の発明を採用することによっては本件発明において解決しようとしている課題を解決し得ないと主張するが、決定は搬送室を1つの室として構成することの周知性を指摘したものであって、刊行物2はその例示としたものにすぎず、刊行物2に記載された装置の構成そのものを相違点1に係る構成について採用し得るか否かは、上記判断を左右するものではない。
また、原告は、前処理室自体が不要であるとの発想は刊行物1記載の発明からは到底導き出されるものではないとも主張するが、前処理室が不要で搬送室を1つの室として構成することが従来周知の技術であることを考慮すれば、前処理を必要としない真空処理装置において搬送室を1つの室とすることは、当業者が当然に採用する構成であると認められる。したがって、このような搬送室を1つの室として構成する周知技術を刊行物1記載のものに適用することが格別困難であるということはできない。
以上のとおり、相違点1についての決定の判断に誤りがある旨の原告の主張は、
採用することができない。
(4) 相違点3についての判断について 原告は、相違点3(搬送装置に関して、本件発明では、搬送装置が、大気中のカセットとロードロック室及びアンロードロック室「の双方」との間で被処理基板もしくは処理済基板を搬送する(本件発明の構成要件(ニ))ものであって、当該搬送装置により、本件発明の構成要件(チ)のように、・・・「該カセットの元の位置に収納する」ものであるのに対して、刊行物1記載の発明では、・・・試料搬送手段190により、ロード室160とカセットローダ180上のカセットとの間で未処理の試料を搬送し、試料搬送手段191により、アンロード室162とカセットアンローダ181上の別の空のカセットとの間で処理済みの試料を搬送し回収するものである点)について、決定が、
「真空処理装置において、1つの搬送装置により、ロック室と複数のカセットの1つとの間で被処理基板を搬送したり、ロック室と前記1つのカセットとの間で処理済基板を搬送し該カセットの元の位置に収納することは、従来周知の技術であり(例えば、特開昭63-133521号公報・・・)、しかも、上記従来周知の技術のように、処理済基板を元のカセットの元の位置に収納するようにするか、刊行物1記載の発明のように、処理済みの試料を別の空のカセットに回収するようにするかは、従来から知られている選択的事項である(例えば、特開昭62-216315号公報・・・)。そうすると、刊行物1記載の搬送装置としての2つの試料搬送手段190及び191に替えて、上記周知の技術の1つの搬送装置を採用して、
本件発明の構成要件(ニ)及び(チ)のようにすることは、当業者が容易に想到できたことである。」(決定書10頁1行〜11行)と判断したことにつき、特開昭63-133521号公報(甲第6号証)に記載の発明及び特開昭62-216315号公報(甲第7号証)に記載の発明は、いずれも本件発明とは全く相違した搬送系を備えた装置であり、甲第7号証記載の発明では「位置による管理」はできておらず、決定の上記判断は誤りであると主張する。
ア しかし、決定が周知技術の例として挙げた甲第6号証には、「本実施例はウェーハ収納カセット1より未処理ウェーハ11を取り出し、・・・ロードロック室4、ウェーハ搬送室3を経て熱処理室12に搬入して熱処理し、この処理済ウェーハ11を逆の過程で取り出し、再びウェーハ収納カセット1に収納するという動作を全て自動で行う」(6頁左下欄2行〜8行)、「これでウェーハ11はカセット1からロードロック室4へ移されたことになる。ウェーハ11をカセット1へ収納する場合はこの逆の動作を行えばよい。・・・第1、第2図例ではカセット1が1個の場合を示してあるが、・・・複数個(本例では最大5個)設置しておけば、1個のカセットが終了しても連続して作業を行うことができる。」(7頁左上欄2行〜12行)との記載が認められ、これによれば、搬送装置によりロック室と複数のカセットの1つとの間で被処理基板を搬送したり、ロック室と前記1つのカセットの1つとの間で処理済基板を搬送し該カセットの元の位置に収納することは従来周知の技術であるとした決定の認定に誤りは見いだせない。
そして、搬送系の他の部分が異なるとしても、このような周知の搬送装置を引用例1記載の発明に適用することに阻害要因は認められない。
イ 原告は、また、甲第7号証記載の発明では処理済みウエハを元のカセット内の元の位置に戻すという「位置による管理」はできていないと主張する。
しかしながら、決定は、甲第6号証を例示として、ロック室と1つのカセットとの間で処理済基板を搬送し該カセットの元の位置に収納することは従来周知の技術であるとした上で、処理済基板を元のカセットの元の位置に収納するか別の空のカセットに回収するかは適宜選択される事項であることを示すものとして甲第7号証を挙げているのであり、しかも、同号証の「さらにまた、前述した各カセット21,22,25,26,31に対するウエハ4の搬出入を各カセット内のウエハ4の順序が途中で入れ替わらないようにカセット単位で行い、かつ搬出はカセットの下側からとし、搬入はカセットの上側からとすれば、第1のカセット25から出て再び第1のカセット25に戻されたウエハ4は、第1のカセット25内における順序が元の状態に戻るので、カセット単位の管理のみならずカセット内の順番による管理も可能である。」(5頁右上欄14行〜左下欄3行)との記載は、処理済みのウエハが元のカセット内の「順序が元の状態」に戻ることを明確に記載しているから、処理済みのウエハを元のカセット内の元の位置に収納することを明らかに示唆しているということができる。したがって、甲第7号証についての原告の主張は、
甲第6号証に記載されたような周知の搬送装置を引用例1記載の発明に適用することに阻害要因はないとの前記判断を左右するものではない。
(5) 作用効果について 原告は、本件明細書の「発明の効果」の欄記載の「本発明によれば、装置全体をクリーンルーム内に設置するのに比べてクリーンルームを小さくできるので、クリーンルームの設備費を軽減できる。また、クリーンルーム内の維持管理費を軽減できる。」との効果は従来技術にない格別な作用効果であり、決定は、これを看過したものであると主張する。
しかし、刊行物1に「第3図で、・・・スパッタ装置が設置されるクリーンルームの仕切壁300を境にして架台200側をスパッタ装置の保守領域に、また、筐体210側を清浄領域つまりクリーンルーム内に置くことができる。」(決定書5頁12行〜18行)との記載があることは既に認定したとおりである。原告主張の効果は、刊行物1記載の発明も奏する効果であるということができ、格別のものと認めることはできない。
(6) 想到容易性の判断について 原告は、本件発明の構成要件を細分化し各々の構成要件が各刊行物において周知技術あるいは選択的事項としてしまえば、特許性が担保される特許発明は皆無となると主張するが、構成を細分化することは、発明の対比を行うときに通常行われる手法であり、対比を厳密に行うためのものであり、この手法自体に誤りはない。原告の主張は失当である。
(7) まとめ 以上のとおりであるから、本件発明についての原告主張の取消事由は、理由がない。
2 取消事由2(本件請求項2に係る発明の対比判断の誤り) 原告は、本件請求項2に係る発明は本件発明(本件請求項1に係る発明)と同様の理由により当業者といえども全く想到することができないものであると主張する。
本件発明についての取消事由1に理由がないことは上記のとおりであり、本件請求項2に係る発明についての取消事由2についても、同様に、理由のあるものということはできない。
3 結論 以上のとおりであるから、 原告主張の決定取消事由は理由がなく、その他決定に取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利