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関連審決 異議2000-71329
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  慣用技術 /  課題の共通性 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  共同出願 /  技術的意義 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  共同出願人 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 426号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社河合楽器製作所
訴訟代理人弁護士 野上邦五郎
同 杉本進介
同 冨永博之
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 江畠博
同 小林信雄
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/09/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が異議2000-71329号事件について平成12年9月22日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「オイルダンパを用いた鍵盤蓋開閉装置」とする特許第2955813号の特許(平成6年1月21日に特許出願(以下「本件出願」という。),平成11年7月23日に特許権設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について,平成12年4月4日,特許異議の申立てがなされ,その申立ては,異議2000-71329号事件として審理された。原告は,この手続の過程で,平成12年8月22日,本件出願の願書に添付した明細書の訂正の請求をした。特許庁は,平成12年9月22日に,「訂正を認める。特許第2955813号の特許を取り消す。」との決定をし,同年10月11日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(上記訂正後のもの。) 「鍵盤蓋にオイルダンパを取り付け,該鍵盤蓋を該オイルダンパにより楽器本体に回動自在に支承して成り,該オイルダンパは鍵盤蓋が閉じる方向に回動したときダンパ作用を生ずるものにおいて,前記オイルダンパは,軸方向の一端部で閉じ,他端部で開いた中空な円筒形の室とその開口端に角形のフランジとを有し,内部に粘性流体の充填が可能なケーシングと,該ケーシングに対して相対的に回転可能に組合わされ,軸周りに回転可能に前記室内に配置される軸部を中心に備えた軸支部材と,前記軸部に設けられた軸直角方向の突部に回転方向への遊びをもって係止され,かつ突部とケーシングとにより挟まれた状態で前記軸支部材とともに回転可能に設けられた可動弁と,ケーシングと前記軸支部材の相対回転の方向に応じて可動弁の一側から他側へ粘性流体を異なる抵抗で通過させるために前記可動弁と突部の接触部分に夫々形成された複数の流体通路と,粘性流体を封じるためにケーシングと前記軸支部材との間に設けられたシール手段とから成り,前記流体通路は,鍵盤蓋が閉じる方向に回動するとき,高トルクを生じ,且つ鍵盤蓋が開く方向に回動するとき低トルクを生じるように,ケーシングの角型のフランジを鍵盤蓋の凹部に隙間無く嵌合するようにしてケーシングを鍵盤蓋に固着し,前記軸支部材を楽器本体に設けた軸支部材に対して前記突部が上方に突出する位相で係止したことを特徴とするオイルダンパを用いた鍵盤蓋開閉装置。」(以下「本件発明」という。別紙図面1参照) 3 決定の理由の要点 別紙決定書の写し記載のとおり,本件発明は,特開平4-282039号公報(本訴甲第4号証。以下「引用例1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。別紙図面2参照)及び特開平1-277292号公報(本訴甲第5号証。以下「引用例2」という。)記載の発明(以下「引用発明2」という。別紙図面3参照)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,と認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「1.手続の経緯」(決定書1頁下から5行〜同頁末行),「2.訂正の適否についての判断」(2頁1行〜30行)は認める。「3.特許異議の申立についての判断」(2頁末行〜8頁末行)のうち,「(1)本件の請求項1に係る発明」(3頁1行〜25行)は認める。「(2)引用刊行物に記載された発明」のうち,3頁26行ないし4頁12行は認め(ただし,誤記がある。),4頁13行ないし22行(引用例2に記載された事項の認定)は否認し,4頁23行ないし5頁26行は認め(ただし,誤記がある。),5頁27行ないし6頁8行(引用例1に記載された事項の認定)は否認する。「(3)対比・判断」のうち,6頁9行ないし末行(本件発明と引用発明2との間の一致点及び相違点の認定)は認め(ただし,誤記がある。),7頁1行ないし8頁17行(相違点の判断)は否認する。「(4)むすび」(8頁18行〜23行)は争う。
決定は,本件発明と引用発明2との相違点の判断を誤ったものであり(取消事由1ないし4),この誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点アについての認定判断の誤り) (1) 決定は,本件発明と引用発明2との相違点の一つ(相違点ア)として,本件発明はオイルダンパであるのに対し,引用発明2はオイルを使用するもののロータリダンパであって,ダンパの種類が相違する点,を認定した上,この相違点について,まず,「オイルダンパを鍵盤蓋の開閉装置として用いることは本件特許出願前に周知慣用技術である」(決定書7頁2行〜3行),「「引用例2」はロータリダンパを用いた鍵盤蓋開閉装置であってオイルダンパでないが,前記ロータリダンパは内部にはオイルを含み,そのオイルの粘性抵抗をもって制動力を発生するもので,ダンパ要素としてオイルを用いる技術的思想がある」(決定書7頁4行〜7行)と認定し,これらの認定を前提に,「「引用例2」に記載のダンパ構成の機能に替えて,「引用例1」に記載のオイルダンパ構成の機能を用いようとすることは当業者が特段の困難性を持つことなく適宜容易に採用できるものと認められる。」(決定書7頁12行〜15行)と判断した。しかし,これらの認定判断は誤りである。
(2) 決定は,オイルダンパを鍵盤蓋の開閉装置として用いることが周知慣用技術であることの根拠として,実公平5-48238号公報(乙第5号証)を挙げる。しかし,同公報だけで,上記事項が周知慣用技術であると認定することはできない。
被告は,オイルダンパを鍵盤蓋の開閉装置として用いることが周知慣用技術であることの根拠として,特開平4-337136号公報(乙第1号証。以下「乙第1号証刊行物」という。),特開昭64-79440号公報(乙第2号証。
以下「乙第2号証刊行物」という。)及び特開平5-288234号公報(乙第3号証。以下「乙第3号証刊行物」という。)を挙げる。しかし,乙第1号証刊行物の共同出願人のうちの一人(不二精器株式会社)は,乙第2及び第3号証刊行物の出願人であるから,乙第1ないし第3号証刊行物の出願人は,実質的には一社である。しかも,これらの刊行物中の従来の技術に関する記載中には,ピアノの鍵盤蓋が挙げられているものの,これは,従来の一般的な開閉蓋の一例として挙げられているにすぎず,上記各刊行物中には,特にピアノの鍵盤蓋の問題点を指摘してそれを改良したという具体的な記載は一切存在しない。
決定が,オイルダンパを鍵盤蓋の開閉装置として用いることは,本件出願前に周知慣用技術であったと認定したのは,誤りである。
(3) 引用発明2のダンパは,同じくオイルを使用するとはいえ,本件発明や引用発明1のオイルダンパとは根本的に異なるものである。
引用発明2のダンパは,引用例2に,「本発明は鍵盤楽器の鍵盤蓋開閉用ロータリダンパに関し,特に,ロータリダンパに粘性流体とバネとを設け,初期段階におけるバネによる復元力と最終段階における粘性抵抗による制動力を発生させるものである。」(甲第5号証1頁右下欄4行〜8行),「鍵盤蓋を開状態から閉状態に至らせるべく回動させると,バネは鍵盤蓋の回動角の増加につれ次第に大きくなる復元力を発生させる。」(同号証2頁左下欄10行〜12行)と記載されていることからも明らかなとおり,ロータリダンパであって,回動の当初から終期に至るまで,そのダンパ作用は主にバネの復元力によっており,オイルは補助的に使用されているにすぎない。
これに対し,本件発明や引用発明1のオイルダンパは,内部に二つの部屋を設け,弁を通じて一方の部屋から他方の部屋にオイルが移動するときに,オイルの流れる方向により弁のオイルの通路断面積が異なるようにし,一方の方向にはほとんど抵抗が生ぜず,反対の方向には大きな抵抗を生じさせるようにした油圧式ダンパである。したがって,これらのオイルダンパは,引用発明2の粘性体の粘性抵抗を利用したロータリダンパとは,同じくオイルを使用するとはいえ,その使用している粘性流体及び構造が全く異なる。
被告は,引用例2中の「発生する摩擦抵抗の値が不安定なことから制動力が不安定になるという問題点があった。」(甲第5号証2頁右上欄5行〜6行)との記載を根拠に,引用発明2には,閉状態の途中で停止して閉まらなくなるという問題への対処も課題として内在する,と主張する。しかし,上記記載の問題点と,バネダンパにおける鍵盤蓋が浮き気味になってぴったり閉まらない,という本件発明が取り上げた問題点とは,全く関係がない。引用例2には,本件発明の課題は全く示唆されておらず,本件発明と引用例2との間に課題の共通性がある,とする被告の主張は誤りである。
(4) 以上のとおり,決定の判断の前提とされている認定は,いずれも誤りであるから,引用発明2と引用発明1とを結びつけることは,当業者において容易になしうることである,とした決定の判断は誤りである。
2 取消事由2(相違点イ(b)についての認定判断の誤り) 決定は,本件発明と引用発明2との相違点の一つ(相違点イ(b))として,本件発明は,オイルダンパの取付構成について,鍵盤蓋が閉じる方向に回動するときに高トルクを生じ,開く方向の際に低トルクを生じるように鍵盤蓋と楽器本体に固着する構成を具体的に記載,開示しているのに対し,引用例2にはそのような開示,若しくは明確な記載がない点,を認定した上,この相違点につき,「鍵盤楽器の鍵盤蓋に用いることから閉じる方向に回動する時に高トルク,開く方向に回動する時に低トルクとなる取付構成とすることは当然の構成である。」(決定書7頁19行〜21行)と判断した。
しかし,引用例2には,「鍵盤蓋13は粘性抵抗に起因する制動力で減速し,楽器本体を構成する口棒に緩やかに当接する。」(甲第5号証3頁左下欄12行〜14行)という,閉じる方向に回動するときの記載があるのみであり,開く方向に回動するときの記載はない。また,引用例2には,他に,このような取付構成について記載されたところはない。したがって,決定のように,上記構成が,当然の構成であると直ちに結論付けることはできない。
また,本件発明でいう高トルク,低トルクとは,油圧ダンパに方向性があることを示しているものであって,引用例2における単なる粘性体による粘性抵抗に起因する制動力の場合のように,方向性がなく,したがって,閉じる場合も開く場合も同じトルクとなるようなものとは,異なる。
3 取消事由3(相違点イ(c)についての認定判断の誤り) 決定は,本件発明と引用発明2との相違点の一つ(相違点イ(c))として,本件発明は,オイルダンパの取付構成につき,ケーシングを角形のフランジ形状とし,鍵盤蓋の凹部に隙間無く嵌合するように固着する構成を具体的に記載,開示しているのに対し,引用例2にはそのような開示,若しくは明確な記載がない点を認定した上,この相違点につき,まず,「「引用例2」のダンパは,ケーシング全体を鍵盤蓋に埋設固着され,その係合部(28)をピポット板(本件発明の「軸受け部材」に相当)に挟持して鍵盤蓋が楽器本体にスムーズに回動できるように取付けてある。そして,前記ケーシングは,フランジ部に設けた取付用孔に木ねじ等を差し込む事で鍵盤蓋に固定しているが・・・,前記木ねじのゆるみが生じても回動防止をするため,及び突出部をできるだけなくし表面フラット仕上として鍵盤楽器特有の美的感覚を確保する観点から,前記ケーシングのフランジ部は鍵盤蓋に凹部を設け隙間無く嵌合固定されているものと解される。」(決定書7頁22〜31行)と認定した。
しかし,引用例2には,このようなことは全く記載されておらず,引用例2の図面においても,具体的な構成は分からない。
決定は,次いで,上記相違点のうち,ケーシングにフランジ部を角形とすることにつき,「また,この際,前記フランジ部を角形形状とすることは設計上適宜なしえるし得るもの(「なし得るもの」の誤記と認める。)で,このことで特段の工夫を講じる必要のものでも顕著な効果を奏するようになるものでもない。」(決定書7頁31行〜33行),「ケーシングのフランジ部の形状を角形とし,鍵盤蓋の凹部に隙間無く嵌合する構成は当初明細書中に記載があるものでなく,図面にその旨の僅かに記載があるものであって,係る構成に伴う顕著な効果の把握ができるものでない。」(決定書8頁1行〜4行)と判断した。しかし,本件発明においては,フランジが円型の場合と比較して,フランジ自体の角型の形状によって,鍵盤蓋の凹部と,から滑りしない関係となっており,木ねじが緩みにくく,木ねじの本数も比較的少なくて済むと,いう顕著な効果が容易に把握できるのである。
4 取消事由4(相違点イ(d)についての認定判断の誤り) (1) 決定は,本件発明と引用発明2との相違点の一つ(相違点イ(d))として,本件発明は,オイルダンパの取付構成について,軸支持部を楽器本体の軸受け部に対してその突部が上方に突出する位相で係止する構成を具体的に記載,開示しているのに対し,引用例2にはそのような開示,若しくは明確な記載がない点,と認定した上,この相違点につき,「「引用例1」に記載のダンパも図3〜図4図に展開しているように,該実施例はケーシングが固定側であるが“ケーシングのストッパ12(本件発明の“突部”に相当する)を回転軸4に対して垂直方向に配置して支持する”技術の記載がある。」(決定書8頁5行〜8行)と認定した。
しかし,引用例1の図8では,ストッパ12は回転軸に対して水平方向に配置されており,これは,引用例1に,ストッパにより荷重を受けてできるだけ荷重を分散支持しよう,との技術的思想が全くないことを示している。引用例1の図面以外の記載のどこにも荷重を分散支持する配置のことについての記載がないことから考えても,引用例1の図3および図4は,たまたま書きやすかったからストッパを垂直方向に記載したにすぎず,これらの図から,引用例1にストッパで荷重を受けてできるだけ荷重を分散支持しようとの技術思想が開示されているなどと,到底言えるものではないことは,明白である。
被告は,軸受部に対する突起の突出方向が上方でなく,下方でも同じ作用効果を奏する,と主張する。しかし,軸受部に対する突起の突出方向が重量方向(上方)であるものは,重量方向でないものに比べて明らかに有利な効果を奏するものであるから,当該限定構成が特段有利な効果をもたらすものでないというのは誤りである。有利な効果をもたらす構成のうち,特定の構成のみを権利範囲にすることは出願人の自由であり,どの範囲のものを権利とするかについて出願人は拘束されるものではなく,当該効果のあるものすべてを権利範囲にしなければならないわけではない。
(2) 以下に,突部が上方に突出していることが,顕著な作用効果を奏することを理論面及び実験結果から立証する。
まず,突部が水平の位相で係止している場合に比べて,耐撓み性能がいかによいかということについて,断面2次モーメントの計算により立証する。
原告製品の数値に従い,軸部直径を6.92mm,突部高さを2,5mm,突部幅を1.7mmとすると,突部が水平の場合の断面2次モーメントは,113.58mm4となるのに対し,突部が上方の場合の断面2次モーメントは,199.49mm4となる。
梁の最大撓み量δmaxは等分布荷重で考えると,δmax=wl4/8ET(wは単位長さにかかる荷重であり,Tlは梁の長さ,Tは断面2次モーメント,Eはヤング率)であり,集中荷重で考えると,δmax=Wl3/3ET(Wは全体荷重)となり,w,l,W,Eは共通のため,いずれにしても,撓み量は断面2次モーメントに反比例するから,突部が上方を向いている方が,突部が水平の場合よりも撓み量が少なくなるのである。
突部が上方に突出していることが,顕著な作用効果を奏することは,原告の行った実験によっても裏付けられる。
試験は,原告の本件特許実施品のオイルダンパ5組(10個)を無作為に抽出して鍵盤蓋に左右に1個ずつ(合計2個)を取り付け,同一組のダンパを突部が上向きの状態と突部が横向きの状態の両方につき,鍵盤蓋が閉まる時間を初期状態で測定した。その後,この中から2組ずつを選んでそれぞれ突部を上向き及び横向きとして1万回の開閉試験を行い,1万回開閉後の落下時間を測定した。
まず,初期状態で行った結果は,突部が上方向での落下時間の平均が2.19秒であったのに対し,突部が横方向の場合は落下時間の平均が1.89秒となり,突部が上方向の方が横方向の場合より落下時間の平均が16%長いという結果になった。すなわち,突部が上方向の方が横方向の場合より,緩やかに鍵盤蓋が落下し,ダンパとしての性能が良いことが明らかとなった。
次に,鍵盤蓋を1万回開閉した後に測定した結果は,突部が上方向での落下時間の平均が1.38秒であったのに対し,突部が横方向の場合は落下時間の平均が1.24秒となり,突部が上方向の方が横方向の場合より落下時間の平均が11%長いという結果となった。落下時間が一定の時間,例えば1秒に達するまでの開閉回数を耐久性の尺度と考えれば,上記の結果は突部が上方向の方が横方向の場合より耐久性がよいということを示すものである。
被告の反論の要点
決定の認定判断は,正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点アについての認定判断の誤り)について (1) 原告は,オイルダンパを鍵盤蓋開閉装置として用いることは,本件出願前に周知慣用技術であったとすることは誤りである,と主張する。
しかし,鍵盤蓋開閉装置にオイルダンパを用いることは,乙第1ないし第3号証各刊行物に記載されており,周知の技術である。例えば,乙第1号証刊行物は,本件発明の出願人(原告)とは別の,複数の会社の出願に係る公開公報であり,その【従来の技術】の欄には,オイルダンパを「ピアノの開閉蓋」に使用するとの記載がある。
(2) 原告は,引用発明2のロータリダンパがバネダンパであると主張する。しかし,引用例2中の「ロータリダンパに粘性流体とバネとを設け,初期段階(開)におけるバネによる復元力と最終段階(閉)における粘性抵抗による制動力を発生させるものである」(甲第5号証1頁右下欄5〜8行)との記載からみて,引用発明2においては,閉方向への回動過程で,閉動作までのすべてにつき,バネ部材がダンパ機能を担っているものではないというべきである。
引用例2には,「鍵盤蓋の回動当初にはバネが復元力を発生させて鍵盤蓋の重量を支え,回動の終期においては,粘性体の粘性抵抗に起因する制動力で緩やかに鍵盤楽器本体に当接する。このように,本発明に係る鍵盤蓋の開閉装置では,固体間の摩擦は制動力の発生に使用されておらず,静粛な動作を可能にしている。」(甲第5号証3頁左下欄17行〜右下欄4行)との記載があり,オイルの制動力によって緩やかに当接する技術的思想の記載があるということができる。決定の「「引用例2」はロータリダンパを用いた鍵盤蓋開閉装置であってオイルダンパでないが,前記ロータリダンパは内部にはオイルを含み,そのオイルの粘性抵抗をもって制動力を発生するもので,ダンパ要素としてオイルを用いる技術的思想がある」(決定書7頁4行〜7行)との認定に誤りはない。
決定は,引用発明2において,ダンパ機能の主体となるのがオイルであると認定しているのではなく,オイルがダンパ機能を奏する媒体として働き,粘性抵抗に起因する制動力で鍵盤蓋が減速する旨の記載(甲第5号証3頁左下欄12行〜14行)に基づいて,上記認定を行ったのであり,引用発明2のダンパがオイルダンパであると認定しているのではない。
(3) 原告は,引用例2には本件発明の課題が記載されていないと主張する。
しかし,引用例2には,従来例の問題点として,「コイルバネ3が軸2の外面を摺動するので,摩擦に起因する雑音が発生し,演奏者,あるいは鍵盤装置の所有者に不快な感覚を与えるという問題点があった。更に,発生する摩擦抵抗の値が不安定なことから制動力が不安定になるという問題点もあった」(甲第5号証2頁右上欄1行〜6行)との記載があり,同記載は,摩擦音の発生による使用者への不快感に重点を置いてはいるものの,「制動力が不安定になる」との問題点も明確に指摘している。「制動力が不安定になる」とは,発生する摩擦抵抗が不安定なことであるから,閉状態の途中で停止して閉まらなくなるという問題への対処も課題として内在していると理解できる。
引用発明2は,これらの問題点を解消するために,働きの主体をコイルバネとしながらも,オイルを用いることで,その潤滑性により摩擦音を出さないようにするとともに,オイルの持つダンパ機能との相乗効果で微妙な調整ができるようにして,確実に蓋を閉めるように構成したものである。
原告の課題の共通性がないとの上記主張は失当である。
(4) 引用発明1と引用発明2とは,ダンパ機能を奏する構成物として技術分野で共通する。引用発明2のダンパ機能は,コイルバネとオイル粘性によるダンパであって,オイルダンパでないとしても,鍵盤蓋のダンパにオイルダンパを用いることは,本件出願前に周知となっている。しかも,引用発明1を引用発明2に組み合わせて適用することを妨げるべき阻害要件はない。
引用発明2のダンパに代えて,引用発明1のオイルダンパを適用することは,当業者が容易に想到できたものとした決定に,誤りはない。
2 取消事由2(相違点イ(b)についての認定判断の誤り)について 引用例2には,「鍵盤蓋の回動初期においては,ケースと軸との相対速度は比較的小さいので,粘性抵抗に起因する制動力も比較的小さいものの,回動の終期においてはケースと軸との相対速度は大きくなるので,粘性抵抗に起因する制動力も大きくなり」(甲第5号証2頁左下欄12行〜17行),「鍵盤蓋13が閉位置に近づくと鍵盤蓋13の回動モーメントが大きくなり,鍵盤蓋13の回動速度は大きくなる。その結果,ロータリダンパ14,15のケース21と軸体25との相対速度が大きくなり,グリース29が発生させる粘性抵抗も増加する。したがって,鍵盤蓋13は粘性抵抗に起因する制動力で減速し,楽器本体を構成する口棒・・・に緩やかに当接する」(同号証3頁左下欄7行〜14行)との記載がある。引用例2のこれらの記載から,引用発明2においては,閉動作時は回動の終期においてバネの復元力にオイルのダンパ機能が加わり閉動作を阻害して蓋体の重量とのバランスで,より緩やかに楽器本体の口棒に当接するものの,開動作時には逆にバネの復元力が開く方向に働くので,オイルに粘性抵抗があるとしても,比較的低トルクで開動作できるものであることが明らかである。
本件発明においても,オイルそのものをみた場合には,オイル自体に方向性があるわけではなく,ダンパ装置として方向性を有するのであり,引用発明2も,回動終期で,バネとオイルで構成するダンパとして機能し,全体的に見れば,方向性をもって機能する装置であるということができる。
このように,本件発明と引用発明2との間には,ダンパ装置の回動に方向性があるという点において,相違はない。
3 取消事由3(相違点イ(c)についての認定の判断の誤り)について 突出部をできるだけなくし,表面をフラット仕上げとして対向させること,フランジ部を多角形状にすることは,特開平1-296296号公報(乙第4号証)及び実公平5-48238号公報(乙第5号証)にみられるように周知慣用技術であるから,引用例2の第3図,第4図においても,フランジ部22を表面より露出形成しているとは考えられない。
角型は,多角形状の一つであるから,フランジ部を角形状とすることは設計上適宜成し得る(決定書7頁31〜32行),とした決定の判断に誤りはない。
4 取消事由4(相違点イ(d)についての認定判断の誤り)について 一般的に,管状部材の内部を軸部材が摺動する構成物において,一方の部材が他方の部材に重力方向の撓みの影響を与えるような場合,水平方向に比較して垂直方向(重力方向)に断面径があるように配置する,または,垂直軸方向への接触面積を大きくするようにして,耐撓みの影響を軽減することは技術常識である。
このことは,ダンパ装置においても例外ではなく,回動側に取り付けてある部材が軽量で固定側(支持側)に撓みの影響を与えない場合は無視できるとしても,ピアノ開閉蓋のように,重量のある蓋である場合には,回転側を通じ,固定側に撓み影響を与えていくことが明らかであり,耐撓み構成として,相互に垂直方向(重力方向)に断面径が大きくなるように,垂直軸方向への接触面積を大きくなるように配置していくものである。
したがって,引用発明1においても,ストッパ部もしくは突部を垂直方向に配置工夫することは,耐撓み影響を軽減する意味で当然のことで,困難なく設計していくものである。
原告は,突部が上方に突出していることの作用効果を主張するが,上方でなく,下方でも同じ作用効果を奏するものであって,当該限定構成が特段有利な効果をもたらすものでなく,かつ,上記技術常識を適宜採用していく範囲で予測できる程度のものである。
「「引用例1」のダンパ構造のものを軸部を固定側として「引用例2」に適用する際においても,前記配置事項を勘案して,上記相違点イ.(d)のようにすることは当業者の技術常識である。」(決定書8頁11行〜13行)とした決定の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点アについての認定判断の誤り)について (1) 原告は,相違点ア(用いられるダンパが,本件発明においてはオイルダンパであるのに対し,引用発明2は,オイルも使用するもののロータリダンパであって,両発明間で用いられるダンパの種類が相違する点)について,「「引用例2」に記載のダンパ構成の機能に替えて,「引用例1」に記載のオイルダンパ構成の機能を用いようとすることは当業者が特段の困難性を持つことなく適宜容易に採用できるものと認められる。」(決定書7頁12行〜15行)とした決定の判断は誤りである,と主張する。
(2) 引用例1には,次の各記載がある(甲第4号証)。
ア 「軸方向の一端部で閉じ,他端部で開いた中空な円筒型の室1を有し,内部に粘性流体2の充填が可能なケーシング3と,ケーシング3に対して相対的に回転可能に組合わされ,軸周りに回転可能に前記室内に配置される軸部4を中心に備えた回転部材5と,前記軸部4又は室1に設けられた軸方向の突部6へ回転方向の遊びをもって係止可能であり,かつ軸部4の周面又は室1の壁面に摺接して回転部材5又はケーシング3と共に回転可能に設けられた可動弁7と,ケーシング3と回転部材5の相対回転の方向に応じて可動弁7の一側から他側へ粘性流体2を異なる抵抗で通過させるため,前記可動弁7と突部6に夫々形成された複数の流体通路8,9,10と,粘性流体2を封じるためにケーシング3と回転部材5との間に設けられたシール手段11とからなることを特徴とする高トルク用ダンパ。」(甲第4号証の特許請求の範囲請求項1) イ 「上下開閉式の蓋や扉を操作する場合,急激に開いたり閉じたりするのを防止するために衝撃緩和装置を設けることが行われる。・・・本発明は・・・軸回りの回転力を緩和させるダンパについて,狭い部位にも取付けられる,コンパクト化の可能な形状・・・を実現し,高い減衰トルクが容易に出せるようにすることにある。」(同号証段落【0002】,【0003】) ウ 「前記ケーシング3と回転部材5とは,相対的に回転し,それにより可動弁7も粘性流体2中で回転し,位置を変える。可動弁7は突部6に,回転方向の遊びをもって係止可能であり,突部6と可動弁7には夫々段面積の異なる流体通路8,9,10が形成され,回転方向に応じて抵抗を変えるようになっている。このため一方向の回転に対しては殆んど抵抗がなく,逆方向の回転時にのみ大きな抵抗が生じるように作用する。後者の場合の抵抗は,可動弁7と突部6が接触し隙間がないため,流体通路の大きさにより変化する。故に流体通路の大きさを小さくするだけで非常に高いトルクを発生することとなる。」(同号証段落【0005】,【0006】) エ 「ケーシング3は中空な円筒型の室1を有し,その一端に取付フランジ13が設けられ」(同号証段落【0008】) オ 「回転部材5は,ケーシング3に対して回転可能に組合わされるもので,回転部材5がフランジ13で固定される側にある場合,入力軸に相当する部材となり」(同号証段落【0009】) カ 「また,突部6と可動弁7は第1,第2実施例と同様にして,ケーシング3の方を回転側とし,回転部材5の方は固定側とすることも勿論可能である。」(同号証段落【0016】) キ 「本発明は以上の如く構成され,かつ作用するものであるから,開閉機構などの回転部分に直接取り付けることが可能であり,非常にコンパクトに形成できるので,取付場所の制限も少なく,しかも高いトルクでの減衰力が得やすいという顕著な効果を奏する。また在来の高トルク型のものと異なり,中トルク,低トルクの達成も容易であり,非常に融通性が高い。このため例えば,便座カバーの軸部のように狭く,小型であることが要求される部位にも適し,蓋や扉或いは重量物のアーム型クッション等も広く適用することができる。」(同号証段落【0017】) 引用例1の上記認定の記載によれば,引用例1には,決定が認定したとおり,「オイルダンパは,軸方向の一端部で閉じ,他端部で開いた中空な円筒形の室とその端部にフランジ部とを有し,内部に粘性流体の充填が可能なケーシングと,該ケーシングに対して相対的に回転可能に組合わされ,軸周りに回転可能に前記室内に配置される軸部を中心に備えた軸支部材と,前記軸部に設けられた軸直角方向の突部に回転方向への遊びをもって係止され,かつ突部とケーシングとにより挟まれた状態で前記軸支部材とともに回転可能に設けられた可動弁と,ケーシングと前記軸支部材の相対回転の方向に応じて可動弁の一側から他側へ粘性流体を異なる抵抗で通過させるために前記可動弁と突部の接触部分に夫々形成された複数の流体通路と,粘性流体を封じるためにケーシングと前記軸支部材との間に設けられたシール手段とから成り,前記流体通路は,右(若しくは左)方向に回動するとき,高トルクを生じ,左(若しくは右)方向に回動するとき低トルクを生じるように,ケーシングのフランジ部を回動側に固着し,前記軸支部材を固定側に固定してなるオイルダンパ」(決定書5頁29行〜6頁8行)との発明が記載されていることは明らかである。
引用例1には,上記カのとおり,ケーシング3の方を回転側とし,回転部材5の方を固定側とすることも可能であることが記載されており,この場合には,ケーシング3は上記エのとおり,取付フランジ13によって回転する部材に取り付けられること,その回転する部材には,上記イの「上下開閉式の蓋」を含むことは,明らかである。したがって,引用例1には,引用発明1の高トルクダンパを,上下開閉式の蓋自体に取付けることが開示されているということができる。
(3) 引用例2には,「ロータリダンパ15(14)を鍵盤蓋13に固定している。」(甲第5号証3頁右上欄12行〜13行),及び「鍵盤蓋13が閉まろうとする力を緩和することができる。」(同号証3頁左下欄5行〜6行)との記載がある。ここにいう鍵盤蓋が引用例1にいう「上下開閉式の蓋」の一種であること,上記「閉まろうとする力を緩和する」ことが,引用例1記載の「軸回りの回転力を緩和させる」ことと異ならないことは,明らかである。
引用例2には「本発明に係る鍵盤蓋の開閉装置では,固体間の摩擦は制動力の発生に使用されておらず,静粛な動作を可能にしている。その結果,演奏者,または所有者が雑音を不快に感じることはないという効果が得られる。」(甲第5号証3頁右下欄2行〜6行)との記載がある。同引用例の同記載からすれば,鍵盤蓋の開閉装置では,固体間の摩擦を制動に用いることは,雑音を生じさせるため避けるべきである,ということになるから,固体間の摩擦を用いる制動方法は,引用発明2の技術思想と両立し得ないことになる。しかし,それ以外の制動方法であって,雑音を発生しないものにつき,それを引用発明2のダンパに置換することを妨げる事情は,引用例2を中心に本件全資料を検討しても見いだすことができない。
上記(2)で述べたところによれば,引用発明1のオイルダンパが,固体間の摩擦を制動に用いるものでないこと,及び雑音を発生させるものではないことは,その制動原理が本件発明と同一であることを考慮するまでもなく,自明であるということができるから,上下開閉式の蓋自体に取付けるものとして開示されている引用発明1のオイルダンパを,引用発明2のダンパに置換することは,当然に,当業者が試みることであるとみるべきである。
このように,引用発明2と引用発明1とを組み合わせる動機は,それら両発明自体に備わっているのであって,決定が検討した,オイルダンパを鍵盤蓋の開閉装置として用いることは本件特許出願前に周知慣用技術であるか否か,引用発明2がオイルの粘性抵抗による制動力を用いているか否かの点は,両発明を組み合わせるに当たって検討する必要すらない事項であるというべきである。
念のため,決定が検討した上記事項についてみてみる。
乙第1ないし第3号証刊行物には,ピアノの蓋開閉にオイルダンパを用いることが記載されている(乙第1ないし第3号証)。ピアノは代表的な鍵盤楽器であることは明らかであること,上記各刊行物がいずれも公開特許公報であり,それぞれの公開日が平成4年11月25日,昭和64年3月24日,平成5年11月2日であること(本件特許の出願は平成6年1月21日)などに照らすと,オイルダンパを鍵盤蓋の開閉装置として用いることは本件特許出願前に周知慣用技術である,との決定の認定に誤りはないということができる。
原告は,乙第1ないし第3号証刊行物が,実質上一社の出願に係る公報であると主張する。しかしながら,仮に,これらが実質上一社の出願であるとしても,そのことだけで,上記事項が周知でないことの理由となるものでないことは当然である。原告の主張は採用することができない。
引用例2には「鍵盤蓋13が閉位置に近づくと・・・,ロータリダンパ14,15のケース21と軸体25との相対速度が大きくなり,グリース29が発生させる粘性抵抗も増加する。したがって,鍵盤蓋13は粘性抵抗に起因する制動力で減速し,楽器本体を構成する口棒・・・に緩やかに当接する。」(甲第5号証3頁左下欄7〜14行)との記載がある。引用例2のこの記載によれば,引用発明2において,オイル(グリース29)の粘性抵抗を,制動力を発生するものとして利用していることが明らかである。確かに,このオイルの粘性抵抗による制動力は,引用発明2においては,原告が主張するとおり,補助的なものである。しかし,そうであるとしても,「「引用例2」は・・・オイルの粘性抵抗をもって制動力を発生するもので,ダンパ要素としてオイルを用いる技術的思想がある」(決定書7頁4〜7行)とした決定の認定を,それ自体誤りであるということもできない。
決定は,上記2点を踏まえた上で,「「引用例2」に記載のダンパ構成の機能に替えて,『引用例1』に記載のオイルダンパ構成の機能を用いようとすることは当業者が特段の困難性を持つことなく適宜容易に採用できるものと認められる。」(決定書7頁12行〜15行)と判断しているものの,上記2点のみを判断の根拠としたと解するよりも,引用発明2と引用発明1を組み合わせる動機は,それら両発明自体に備わっていることを前提として,上記2点が組み合わせの動機を更に強めるものとなることを述べたものと解するのが合理的である。
(4) 本件特許出願の願書に添付された明細書(以下,添付の図面と合わせて「本件明細書」という。)の【発明が解決しようとする課題】欄には,「オイルダンパを用いたものは,ダンパが大型であるので,楽器本体に埋め込んでおり,そのため,楽器本体を,ダンパのない鍵盤蓋を用いた楽器本体と共用できず,コストが低廉にならないという不具合を有する。」(甲第3号証添付の段落【0003】)との記載がある。この記載からしても,従来から鍵盤楽器にオイルダンパを用いる技術思想はあったのであり,ただし,そこでは,ダンパが大型であることが問題点とされていた,ということが明らかである。逆にいうと,小型のオイルダンパさえ得られれば,その問題点を解決できることは当然のことである。
引用例1には「狭い部位にも取付けられる,コンパクト化の可能な形状と簡潔な構造を実現し」(甲第4号証段落【0003】),「非常にコンパクトに形成できるので,取付場所の制限も少なく」(同号証段落【0017】)との記載があるから,引用発明1は,本件明細書において課題とされていることを解決したオイルダンパにほかならない。この点からみても,引用発明1のオイルダンパを鍵盤蓋に適用すること,すなわち,引用発明2のダンパに置換する動機があることは明らかというべきである。
(5) 原告は,本件発明の課題とするものが引用例2に記載されていないことを理由として,引用発明2のロータリダンパを引用発明1のオイルダンパのものに置き換えようとの考えが生じることはありえない,と主張する。しかし,仮に,本件発明の課題が上記各引用例に記載されていないとしても,そのことは,引用発明2と引用発明1の組み合わせが容易であるかどうかの検討に当たって,格別意味のあることではない。上記検討においては,引用発明1と引用発明2とを組み合わせる動機が存在するか否かが問題なのであって,その動機が何であるかは問題になるものではなく,両引用発明を組み合わせる動機が十分存することは既に述べたとおりであるからである。原告の主張は,本件発明が課題とするもの以外には,両引用発明を組み合わせる動機はあり得ない,ということを前提にして初めて成り立つものであるのに,そのような前提を認めることはできないのである。
原告の主張は失当である。
(6) 以上のとおりであるから,取消事由1には理由がない。
2 取消事由2(相違点イ(b)についての認定判断の誤り)について 原告は,相違点イ(b)(本件発明は,オイルダンパの取付構成について,鍵盤蓋が閉じる方向に回動するときに高トルクを生じ,開く方向の際に低トルクを生じるように鍵盤蓋と楽器本体に固着する構成を具体的に記載,開示しているのに対し,引用例2にはそのような開示,若しくは明確な記載がない点)について,「鍵盤楽器の鍵盤蓋に用いることから閉じる方向に回動する時に高トルク,開く方向に回動する時に低トルクとなる取付構成とすることは当然の構成である」(決定書7頁19行〜21行)とした決定の判断は誤りである,と主張する。
しかしながら,引用例1には,「一方向の回転に対しては殆んど抵抗がなく,逆方向の回転時にのみ大きな抵抗が生じるように作用する。」(甲第4号証段落【0006】)との記載があり,同引用例のこの記載によれば,引用発明1がトルクにつき方向性を有することは明らかである。そして,引用発明2のダンパを引用発明1のダンパに置換するに当たっては,閉じる方向に回動するときに高トルクとなるように取り付けるか,開く方向に回動するときに高トルクとなるように取り付けるかについて,論理的には選択肢があるとはいえ,現実には,鍵盤楽器の鍵盤蓋に用いるものであることからすれば,閉じる方向に回動するときに高トルクとなるように取り付け,開く方向に回動するときに低トルクとなるように取り付ける方が好都合であることは,当業者であるとないとを問わず,自明のことであり,選択の余地はあり得ない。決定の上記判断に誤りはない。
取消事由2には理由がない。
3 取消事由3(相違点イ(c)についての判断の誤り)について 原告は,相違点イ(c)(本件発明は,オイルダンパの取付構成につき,ケーシングを角形のフランジ形状とし,鍵盤蓋の凹部に隙間無く嵌合するように固着する構成を具体的に記載,開示しているのに対し,引用例2にはそのような開示,若しくは明確な記載がない点)について,「「引用例2」のダンパは,ケーシング全体を鍵盤蓋に埋設固着され,・・・前記ケーシングは,フランジ部に設けた取付用孔に木ねじ等を差し込む事で鍵盤蓋に固定しているが・・・,前記木ねじのゆるみが生じても回動防止をするため,及び突出部をできるだけなくし表面フラット仕上として鍵盤楽器特有の美的感覚を確保する観点から,前記ケーシングのフランジ部は鍵盤蓋に凹部を設け隙間無く嵌合固定されているものと解される。また,この際,前記フランジ部を角形状とすることは設計上適宜成しえるし得るもので(判決注・「成し得る」の誤記と認める。),このことで特段の工夫を講じる必要のものでも顕著な効果を奏するようになるものでもない」(決定書7頁22行〜33行),「ケーシングのフランジ部の形状を角形とし,鍵盤蓋の凹部に隙間無く嵌合する構成は当初明細書中に記載があるものでなく,図面にその旨の僅かに記載があるものであって,係る構成に伴う顕著な効果の把握ができるものでない。」(決定書8頁1行〜4行)とした決定の認定判断は誤りである,と主張する。
引用例2には「21は半円板状のフランジ22を有する円筒状のケースであり」(甲第5号証3頁左上欄4行〜5行)との記載があり,第3図及び第4図にはこの半円板状のフランジ22が鍵盤蓋に取付けられた状態が図示されているものの(別紙図面3参照),フランジ部を角形とすること,及びフランジ部を取付部の凹部に隙間無く嵌合することは明示されていない(甲第4号証)。しかしながら,鍵盤蓋にオイルダンパのケーシングのフランジ部を取り付ける場合においては,フランジ部が鍵盤蓋からできるだけ突出しないように,かつ,鍵盤蓋の凹部に隙間なく嵌合するのが通常であること(フランジ部を鍵盤蓋から突出させたり,凹部との間に隙間を空けたりすることは,不合理であって,このような構成が採用されることは,およそ考え難い。),この場合に,フランジの形状をどのようにするかは適宜なし得る設計事項であることは,当業者でない裁判所にも明らかなことである。
決定が,引用例2について,ケーシングのフランジ部は鍵盤蓋に凹部を設け隙間無く嵌合固定されているものと解することができ,フランジ部を角形状とすることは設計上適宜成し得るもので,このことで特段の工夫を講じる必要のものでも顕著な効果を奏するようになるものでもない,と認定判断したことに誤りはないというべきである。
原告は,フランジを角型状にすることによって,フランジが円型の場合と比較して,フランジ自体の形によって鍵盤蓋の凹部と,から滑りしない関係となっており,木ねじが緩みにくく,木ねじの本数も比較的少なくて済むという顕著な作用効果がある,と主張する。しかし,原告主張の作用効果は,角型フランジによって取付けた場合の自明な作用効果にすぎず,本件発明の顕著な作用効果ということは到底できない。
取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(相違点イ(d)についての認定判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明と引用発明2との相違点イ(d)(本件発明は,オイルダンパの取付構成について,軸支持部を楽器本体の軸受け部に対してその突部が上方に突出する位相で係止する構成を具体的に記載,開示しているのに対し,引用例2にはそのような開示,若しくは明確な記載がない点)につき,「「引用例1」に記載のダンパも図3〜図4図に展開しているように,該実施例はケーシングが固定側であるが“ケーシングのストッパ12(本件発明の“突部”に相当する)を回転軸4に対して垂直方向に配置して支持する”技術の記載がある。」(決定書8頁5行〜8行)と決定が認定したのは誤りである,と主張する。
(2) 上記相違点イ(d)に係る,本件発明の「軸支部材を楽器本体に設けた軸支部材に対して前記突部が上方に突出する位相で係止した」との構成については,本件明細書(甲第3号証参照)中には,特許請求の範囲請求項1及び発明の詳細な説明中の【課題を解決するための手段】を記載した段落【0005】に同文の記載があるだけで,他の部分には一切記載がない。
本件明細書には,「ケーシング8が図3(A)の状態から矢示の方向に回転すなわち左回転を開始すると,・・・可動弁11は,ストッパ23の回動により粘性流体7に押されて回動してその垂壁18は突部10に接し,・・・ケーシング8が図3(C)の状態から図3(D)の矢示の方向に回転,すなわち右回転を開始すると,・・・可動弁11の垂壁17は突部10に接し」(甲第3号証添付の全文訂正明細書段落【0011】)との記載がある。本件明細書のこの記載によれば,本件発明においては,可動弁は粘性流体に押されて滑らかに回動することが予定されているのであるから,ケーシング,可動弁,及び突部は,相互にわずかの隙間を有し,可動弁垂壁が突部に接しない限りにおいては自由に回動できるように構成されていると解すべきであり,ケーシング,可動弁,及び突部が鍵盤蓋荷重によって圧接された状態にあると認めることはできない。したがって,本件発明において,突部が鍵盤蓋の荷重を受けるものでないことは,明らかというべきである。
本件明細書の添付図面の【図2】(B),(C)及び【図3】(A)ないし(D)においては,突部が上方に突出するように描かれていることが認められる(甲第2号証。別紙1参照)。しかし,一般的に,特許明細書に添付された図面は,発明の理解を容易ならしめるための補助的資料であり,添付図面図において上であるものが,実際の取付状態においても上であることを意味するものであるとは,必ずしもいえないものである。上記のとおり,本件発明において,突部が鍵盤蓋の荷重を受けるものではないこと,突部が上方に突出する構成については,本件明細書中には,特許請求の範囲請求項1及び発明の詳細な説明中の【課題を解決するための手段】を記載した段落に同文の記載があるだけで,他の部分には一切記載がないこと,上記構成が補正により追加されたものであること(特許公報(甲第2号証)の上記構成に係る記載部分に下線が付されていることから明らかである。)からすると,【図2】(C)において,突部を上方に突出させて記載してあるのは,そのように描写することが説明上最も好都合である(突部を下側に突出させたのでは,突出する様子を図示できない。)からというだけのことであり,他の図においてもそのように記載されているのは,同図との整合を図るためのことにすぎない,と解するのが相当である。
さらに,本件明細書には,「可動弁11は,・・・ケーシング8の内壁面19に設けられた突部に係止され,ケーシング8とともに回転可能にしてもよい。」(甲第3号証添付の段落【0012】)との記載があり,この場合には,突部はケーシングとともに回転し,突部位置は鍵盤蓋開閉に伴い移動するのであるから,突部が常に上方に位置するわけではない。この記載からも,突部の位置の相違による作用効果の相違はないと認めるのが相当である。
以上述べたところによれば,本件明細書においては,「突部が上方に突出する位相で係止」することに技術的意義を認めることは不可能であり,本件発明が同構成を採用したのは,技術的根拠があってのことではなく,同構成は,たまたま採用されたにすぎないというべきである。
そうすると,同様の理由により,「「引用例1」に記載のダンパも図3〜図4図に展開しているように,・・・“ケーシングのストッパ12・・・を回転軸4に対して垂直方向に配置して支持する”技術の記載がある。」(決定書8頁5行〜8行)とした決定の認定は,原告の主張するとおり,誤りであるというべきである。しかし,相違点イ(d)に係る本件発明の構成が引用例1に記載されており,これを採用することに格別の困難も認められない以上,これを採用することが容易であるとの決定の結論に誤りはないということができるから,決定の上記認定の誤りは,決定の結論に影響を及ぼさないというべきである。
(3) 原告は,理論面及び実験結果に基づき,本件発明において,突部が上方に突出していることで,突部が水平の位相で係止している場合に比べて,優れた作用効果を奏する,と主張する。
しかしながら,本件明細書には,突部が上方に突出していることの技術的意義についての記載がないことは前記のとおりであり,かつ,原告が主張する作用効果を自明な作用効果であると認めることもできないから,原告の主張は,明細書の記載に基づかないもので,主張自体失当というべきである。
念のために,原告の作用効果についての主張についてみるに,次のとおり,この主張自体も,理由がないものというべきである。
ア 耐撓み性能についての主張についてみる。
原告の主張のとおり,突部が水平の場合の断面2次モーメントが,突部が上方の場合の断面2次モーメントよりも小さいとはいえても,これにより突部が上方の場合の方が撓みにくいとの結論には至らない。甲第6号証によれば,「機械工学便覧」のA4-27頁表7,1番及びA4-28頁表7,3番に,原告が主張するδmax=wl4/8ET(wは単位長さにかかる荷重であり,?は梁の長さ,Tは断面2次モーメント,Eはヤング率)及びδmax=Wl3/3ET(Wは全体荷重)との記述があることが認められる。しかし,上記の図においては荷重w及びWは鉛直荷重である。本件発明においては,前記のとおり,突部には鍵盤蓋荷重はかからないから,あり得る荷重は突部自身の重量しかあり得ない。そして,突部自身の重量が耐撓み性能に影響を及ぼすほどのものであると認めるに足りる証拠はない。仮に,鍵盤蓋荷重の一部が突部にかかるとしても,その荷重が,突部が上方に位置する場合と水平に位置する場合で,異ならないとする理由はない。原告の主張は上記式におけるw及びWが共通であることを前提としており,その前提が誤りである以上,結論も誤りというほかない。
イ 実験結果に基づく主張についてみる。
甲第7号証によれば,「鍵盤蓋オイルダンパー開閉時間に関する試験結果報告」においては,開閉1万回後の試験を行ったこと,同試験のサンプルは,横方向(判決注・突部が水平の場合と認める。)のものがNo.1及びNo.5,縦方向(判決注・突部が上方の場合と認める。)のものがNo.2及びNo.4であること,これらのサンプルについて,横方向での平均閉鎖時間はスタート時に1.795秒であったのが,1万回開閉後には1.24秒となったこと,縦方向での平均閉鎖時間はスタート時に2.235秒であったのが,1万回開閉後には1.375秒となったことが認められる。
上記認定によれば,1万回の開閉によって,横方向の場合は閉鎖時間が69%に低下したのに対し,縦方向の場合は61.5%に低下したことになり,低下率をみるかぎり横方向の場合の方が小さいから,耐久性は,横方向の方がかえって期待できるというべきである。
原告は,閉鎖時間自体縦方向の方が長いことの有利性を主張するが,単に閉鎖時間を長くするだけであれば,狭い側の流体通路面積を小さくする等することによって実現することは,さほど困難ではないというべきであり,閉鎖時間が長いということは,開閉時のトルクが大きい可能性もあるわけであるから,それだけで優れているということはできない。
実験結果に基づく原告の主張も失当である。
(4) 取消事由4も理由がない。
5 以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事
件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久