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関連審決 不服2001-7652
関連ワード 技術的意義 /  実施 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 80号 補正却下決定取消請求事件
原告 株式会社三洋物産
訴訟代理人弁理士 川口光男
同 山田強
被告 特許庁長官太田 信一郎
被告指定代理人 久保竜一
同 村山隆
同 山口由木
同 高木進
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/09/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2001-7652号事件についてした補正の却下の決定(平成13年5月29日付けの手続補正の却下の決定)を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成2年8月16日,発明の名称を「パチンコ機」とする特許出願(特願平2-216536号)をし,平成11年1月25日に,同出願を分割して新たな特許出願とした(平成11年特許願第15135号。以下「本件出願」という。)。原告は,本件出願について平成11年9月2日付けで拒絶理由通知を受けたため,同年12月6日に同出願の願書に添付した明細書の補正をしたが,補正の却下はされないままに,拒絶査定を受けた。原告は,平成13年5月10日に,これに対する不服の審判を請求するとともに,平成13年5月29日に,特許請求の範囲の補正を含む上記明細書の補正(以下「本件補正」という。)をした。特許庁は,この請求を不服2001-7652号事件として審理し,その過程で,平成13年12月6日に「平成13年5月29日付けの手続補正を却下する。」との補正の却下の決定(以下「決定」という。)をし,平成14年1月21日にその謄本を原告に送達した。
2 本件出願に係る発明の特許請求の範囲 (1) 出願当初 「複数の始動入賞口と,該始動入賞口への打球の入賞に基づいて開閉部材を所定回数開閉する変動入賞装置と,その所定回数の開閉中に受け入れられた打球が変動入賞装置内に設けられる特定入賞口に入賞したときに大当り状態を発生させる大当り発生手段と,を備えたパチンコ機において,前記複数の始動入賞口のうちの少なくとも1つであって電気的駆動源によって開放する電動始動入賞口と,落下する打球を検出する玉検出器と,該検出器の検出出力に基づいて変動表示する変動表示器と,該変動表示器の表示停止時の図柄が予め定めた図柄と一致した場合に前記電動始動入賞口を開放する開放駆動手段と,が設けられていることを特徴とするパチンコ機。」(以下,この発明を「当初発明」という。) (2) 本件補正後 「所定条件の成立した場合に,駆動源によって球受部材が作動して遊技者にとって不利な状態から有利な状態に変換可能な変動入賞装置と,当該変動入賞装置を電気的に制御する電気的制御手段とを少なくとも備えたパチンコ機において,遊技盤には,変動入賞装置を配設すると共に当該変動入賞装置の変換条件に関わる球検出器が臨む始動検出手段と,駆動源の作動によって遊技者に利益を付与可能な普通電動役物と,該普通電動役物の作動条件に関わる作動スイッチが臨む特定検出手段とを配設し,前記普通電動役物と前記始動検出手段とを電気的に独立して作動可能とし,更に,前記特定検出手段を他の遊技機器とは独立した部品として前記遊技盤に取り付けたことを特徴とするパチンコ機」(以下,この発明を「補正後発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書のとおりである。要するに,補正後発明の構成は,本件出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(甲第2号証参照。以下,これらを併せて「当初明細書」という。)に記載した事項の範囲内のものではなく,本件補正は明細書の要旨を変更するものであるから,特許法159条1項で準用する同法53条1項の規定により却下されるべきである,としたものである。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「1.補正の内容」(決定書1頁下から17行〜2頁4行)は認める。「2.当審の判断」(2頁5行〜3頁20行)及び「3.むすび」(3頁21行〜28行)は争う。
決定は,補正後発明における「始動検出手段」と「普通電動役物」との関係についての認定判断を誤り,かつ,「特定検出手段」の遊技盤取付についての認定判断をも誤って,その結果,本件補正について,明細書の要旨を変更するものである,との誤った判断をして,本件補正を却下したものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 「始動検出手段」と「普通電動役物」との関係についての認定判断の誤り (1) 決定は,本件補正による補正後の特許請求の範囲に,「前記普通電動役物と前記始動検出手段とを電気的に独立して作動可能とし,」の記載以外に普通電動役物と始動検出手段の関係が記載されていないことのみを根拠に,補正後発明につき,「したがって上記手続補正(判決注・本件補正)の結果,本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,あたかも上記普通電動役物と上記始動検出手段が互いに関係を有しないパチンコ機に係るものといわざるを得ないものとなった。」(決定書2頁8行〜11行)と認定した上,当初明細書等に記載された事項につき,「当方(判決注・「当初」の誤記と認める。)明細書に記載された「始動入賞口9a〜9c」が上記始動検出手段に,同「始動入賞口9a及びチューリップソレノイド16」が上記普通電動役物に,夫々相当し,上記始動入賞口9a〜9cの内の始動入賞口9b,9cは,上記始動入賞口9a及びチューリップソレノイドと電気的に独立して作動するのみならず,当該パチンコ機による遊技の上でも独立していると認められる。」(決定書2頁13行〜18行)としながらも,「上記始動入賞口9a〜9cは,該始動入賞口9a〜9c個々ではなく,全体として上記始動検出手段に相当するものであるから,「変動入賞装置の変換条件に関わる球検出器が臨む始動検出手段と駆動源の作動によって遊技者に利益を付与可能な普通電動役物が,電気的に独立して作動可能であるのみならず,上記始動検出手段と上記普通電動役物が,当該パチンコ機による遊技の上でも独立しているパチンコ機」が当初明細書等に記載されているとも,当初明細書等に記載された事項から自明であるとも認められない。」(決定書2頁22行〜29行)と認定判断した。しかし,決定のこれらの認定判断は誤りである。
(2) 補正後発明は,「・・・変動入賞装置の変換条件に関わる球検出器が臨む始動検出手段と,・・・普通電動役物・・・とを配設し,前記普通電動役物と前記始動検出手段とを電気的に独立して作動可能とし・・・たことを特徴とするパチンコ機」(第2の2の(2)特許請求の範囲参照)であり,普通電動役物と始動検出手段との関係については,「電気的に独立して作動可能とした」だけであるから,常に普通電動役物と始動検出手段の一方が他方に電気的に従属しているものを排除する意味しかなく,決定が認定するように「遊技の上でも独立している」(決定書2頁21行)と言い切ることはできない。
補正後発明の上記始動検出手段は,決定も認めるとおり,当初明細書には,始動入賞口9a〜9cとして示されている。このうち,始動入賞口9b,9cは始動入賞口9aのチューリップ開閉機能(補正後発明における普通電動役物)とは電気的に独立して作動できるものである。したがって,当初明細書においても,「普通電動役物と前記始動検出手段とを電気的に独立して作動可能とした」ことは開示されている。
(3) 決定は,当初明細書の記載においては,「上記始動入賞口9a〜9cは,該始動入賞口9a〜9c個々ではなく,全体として上記始動検出手段に相当するものである」(決定書2頁22行〜23行)ということを挙げ,このことを根拠に,そこには,補正後発明の「変動入賞装置の変換条件に関わる球検出器が臨む始動検出手段と駆動源の作動によって遊技者に利益を付与可能な普通電動役物が,電気的に独立して作動可能であるのみならず,上記始動検出手段と上記普通電動役物が,当該パチンコ機による遊技の上でも独立しているパチンコ機」(決定書2頁24行〜27行)は記載されていない,と認定した。この認定は,補正後発明においては,すべての始動入賞口9a〜9cが普通電動役物と遊技の上でも独立しているとの認定を前提にするものである。しかし,この認定は,補正後発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,誤りである。
(4) 被告は,補正後発明は,普通電動役物と始動検出手段とが電気的に独立して作動することが可能であって,両者が,電気的に独立して作動することが可能であること以外の関係を有しないパチンコ機に係る発明を「包含する」と主張する。
しかし,この主張は,決定で示された理由とは異なる新たな理由を述べるものである。この理由は決定の内容を精査しても読み取ることができない。決定取消訴訟において,決定が述べていない新たな理由を提示するのは許されない。
2 「特定検出手段」の遊技盤取付けについての認定判断の誤り (1) 決定は,補正後発明が,前記普通電動役物の作動条件に関わる普通電動役物の作動条件に関わる作動スイッチが臨む特定検出手段を他の遊技機器とは独立した部品として遊技盤に取り付けた,という構成を採用することにより奏する,「普通電動役物の作動条件に関わる作動スイッチが臨む特定検出手段を,他の各種遊技機器とは独立した部品として遊技盤に取り付けるようにしたことから,他の各種遊技機器の設置個所に従属した位置に当該特定検出手段を配置しなければならなくなる不都合を回避して当該特定検出手段の設置位置の自由度を高めることができ,これによって例えば普通電動役物の作動による遊技者の利益が高い仕様であれば特定検出手段の配置として打球を検出し難い位置にするとか,逆の場合には特定検出手段の配置として打球を検出し易い位置にする等の最適な配置設計を実現することができる。」(決定書2頁33行〜3頁5行参照)という効果につき,「入賞口を有する遊技機器の配置を調整することにより,該入賞口への打球の入賞し易さを調整することが周知であるとしても,上記効果を生じさせるために上記特定検出手段を他の遊技機器とは独立した部品として上記遊技盤に取り付ける点が,当初明細書等に記載されているとも,当初明細書等に記載された事項から自明であるとも認められない。」(決定書3頁15行〜20行)と認定判断した。しかし,決定のこの認定判断は誤りである。
(2) 当初明細書には,「遊技盤6には,打球を誘導するとともに遊技領域7を区画形成する・・・」(甲第2号証・段落【0008】),「更に,遊技領域7には,・・・入賞口10a,10b・・・が設けられている。・・・入賞口10a,10bには,入賞した打球を検出する玉検出器17a,17bが内蔵されている。・・・」(段落【0010】)と記載されており,決定も認めるとおり(決定書3頁7行〜8行),これら記載中の「入賞口10a,10b」が,補正後発明の「特定検出手段」に相当する構成である。入賞口10a,10bが,変動入賞装置20等の他の遊技機器とは独立した部品として取り付けられていることは,当初明細書の図1に示されているとおりである。
普通電動役物の作動条件に関わる作動スイッチ(玉検出器17a,17b)が臨む特定検出手段(入賞口10a,10b)が他の遊技機器(遊技領域7に取り付けられる変動入賞装置20等)とは独立した部品として遊技盤に取り付けられている構成は,当初明細書の記載から当業者に自明の事項である。
上記構成が当初明細書の記載から自明である以上,当初明細書に記載されている構成から,「特定検出手段の設置位置の自由度を高めることができ,これによって例えば普通電動役物の作動による遊技者の利益が高い仕様であれば特定検出手段の配置として打球を検出し難い位置にするとか,逆の場合には特定検出手段の配置として打球を検出し易い位置にする等の最適な配置設計を実現することができる。」(甲第4号証・段落【0038】)との効果が生じることも,当初明細書の記載から自明である。
被告の反論の要点
1 「始動検出手段」と「普通電動役物」との関係についての認定判断の誤りについて (1) 当初明細書には,「遊技領域7には,その下方に始動入賞口9a〜9cが設けられている。この始動入賞口9a〜9cのうち中央の始動入賞口9aは,電気的駆動源であるチューリップソレノイド16によって開閉制御されるチューリップ式始動入賞口となっており」(甲第2号証・段落【0008】)との記載があり,本件補正後の明細書(甲第3,第4号証。以下「補正明細書」という。)には「遊技領域7には,その下方に始動検出手段としての始動入賞口9a〜9cが設けられている。・・・始動入賞口9aはチューリップソレノイド16とともに普通電動役物を構成している。」(甲第3号証・段落【0008】)との記載がある。
当初明細書及び補正明細書のこれらの記載からみて,@当初明細書に記載された「始動入賞口9a〜9c」は,いずれも,当初発明の「始動入賞口」であるとともに,補正後発明の「始動検出手段」であり,A当初明細書に記載された「始動入賞口9a」は,当初発明の「電動始動入賞口」であるとともに,補正後発明の「普通電動役物」の一部を構成する,と解することができる。
当初明細書の特許請求の範囲には,「複数の始動入賞口のうちの少なくとも1つであって電気的駆動源によって開放する電動始動入賞口」の記載があり,これにより,補正明細書の用語でいえば,「複数の始動検出手段のうちの少なくとも一つが普通電動役物の一部を構成する」,という,上記普通電動役物と上記始動検出手段との関係が記載されていると解することができる。
他方,補正後発明の特許請求の範囲には,「普通電動役物と前記始動検出手段とを電気的に独立して作動可能とし」の記載以外に,普通電動役物と始動検出手段の関係は記載されていない。したがって,本件補正は,当初発明から,複数の始動入賞口のうちの少なくとも一つが「電動始動入賞口」を構成するとの構成(補正明細書の用語でいえば,複数の始動検出手段のうち少なくとも一つが普通電動役物の一部を構成するとの構成)を削除するとともに,「普通電動役物と始動検出手段とを電気的に独立して作動可能」とする構成(当初明細書の用語でいえば,電動始動入賞口及びチューリップソレノイドから始動入賞口としての機能を除去した構成)を加入するものである,と解することができる。
(2) このように,補正後発明は,普通電動役物(当初明細書の用語でいえば始動入賞口9a及びチューリップソレノイド16)と始動検出手段(当初明細書の用語でいえば,始動入賞口9a)とが電気的に独立して作動することが可能であって,両者が,それ以外の関係を有しないパチンコ機に係る発明を包含すると解するのが相当である。普通電動役物と始動検出手段とが,電気的に独立して作動することが可能であるという以外の関係を有しないパチンコ機とは,遊技の上でも,普通電動役物と始動検出手段とが,互いに独立しているパチンコ機のことである,ということができる。
決定が,「手続補正の結果,本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,あたかも上記普通電動役物と上記始動検出手段が互いに関係を有しないパチンコ機に係るものといわざるを得ないものとなった。」(決定書2頁9行〜11行)と説示したのは,この趣旨であって,この認定判断に誤りはない。
(3) 当初明細書中には,始動入賞口9a及びチューリップソレノイド16を合わせたもの以外に,補正後発明の普通電動役物に相当する構成を見出すことができないから,当初明細書において,補正後発明の普通電動役物に相当するものが,始動検出手段と遊技の上で独立している,ということはできない。したがって,「「変動入賞装置の変換条件に関わる球検出器が臨む始動検出手段と駆動源の作動によって遊技者に利益を付与可能な普通電動役物が,電気的に独立して作動可能であるのみならず,上記始動検出手段と上記普通電動役物が,当該パチンコ機による遊技の上でも独立しているパチンコ機」が当初明細書等に記載されているとも,当初明細書等に記載された事項から自明であるとも認められない。」(決定書2頁23行〜29行)との決定の認定判断にも誤りはない。
2 「特定検出手段」の遊技盤取付についての認定判断の誤りについて 原告の主張は争う。「普通電動役物の作動条件に関わる作動スイッチが臨む特定検出手段を他の遊技機器とは独立した部品として遊技盤に取り付けた」構成は,当初明細書に開示されていない。この点についての決定の認定判断(決定書2頁30行〜3頁20行)に誤りはない。
当裁判所の判断
1 「始動検出手段」と「普通電動役物」との関係についての認定判断の誤りについて (1) 当初明細書には,次の記載がある(甲第2号証)。
ア「【従来の技術】 従来,複数の始動入賞口と,該始動入賞口への打球の入賞に基づいて開閉部材を所定回数開閉する変動入賞装置と,その所定回数の開閉中に受け入れられた打球が変動入賞装置内に設けられる特定入賞口に入賞したときに大当り状態を発生させる大当り発生手段と,を備えたパチンコ機が多数市場に提供されていた。このようなパチンコ機にあっては,始動入賞口は,その大きさが変化しない入賞口として形成されていた。」(段落【0002】) イ「【発明が解決しようとする課題】 このため,始動入賞口の上方に植立される障害釘の調整によって始動入賞口に打球が入り易いか否かが決定され,障害釘の調整の辛いものは,遊技者が遊技しないという問題があった。」(段落【0003】) ウ「【課題を解決するための手段】・・・複数の始動入賞口のうちの少なくとも1つであって電気的駆動源によって開放する電動始動入賞口と,落下する打球を検出する玉検出器と,該検出器の検出出力に基づいて変動表示する変動表示器と,該変動表示器の表示停止時の図柄が予め定めた図柄と一致した場合に前記電動始動入賞口を開放する開放駆動手段と,が設けられていることを特徴とするものである」(段落【0004】,【請求項1】と同じ内容) エ「(作用)落下する打球が玉検出器を作動させると,変動表示器が変動表示し,その変動が停止したときに,ある表示結果を導出する。その表示結果が予め定めた図柄と一致した場合には,電動始動入賞口が開放され,打球が入賞し易くなる。そして,この電動始動入賞口に打球が入賞すると変動入賞装置の開閉部材が所定回数開閉し,その間に開閉部材に受け入れられた打球が特定入賞口に入賞すると大当り状態となる。」(段落【0005】) オ「本発明に係るパチンコ機においては,始動入賞口のうちの少なくとも1つが電動始動入賞口とされるので,その電動始動入賞口が開放すれば,その電動始動入賞口の上部に植立される障害釘の調整に関係なく打球が電動始動入賞口に入賞する。」(段落【0006】) カ「【発明の実施の形態】以下,図面を参照して,本発明の実施例を説明する。」(段落【0007】) キ「始動入賞口9a〜9cのうち中央の始動入賞口9aは,電気的駆動源であるチューリップソレノイド16によって開閉制御されるチューリップ式始動入賞口となっており」(段落【0008】) (2) 当初明細書中には「普通電動役物」の語の記載はない(甲第2号証)。
これに対し,補正明細書には,「【発明の実施の形態】以下,図面を参照して,本発明の実施例を説明する。」(段落【0007】),「遊技領域7には,その下方に始動検出手段としての始動入賞口9a〜9cが設けられている。この始動入賞口9a〜9cのうち中央の始動入賞口9aは,電気的駆動源であるチューリップソレノイド16によって開閉制御されるチューリップ式始動入賞口となっており,その翼片部分に動作ランプが内蔵されている。従って,始動入賞口9aはチューリップソレノイド16とともに普通電動役物を構成している。」(甲第3号証・段落【0008】),「本実施例によれば,普通電動役物を構成しているチューリップソレノイド16と,変動入賞装置20の作動にかかわる始動入賞検出スイッチ31a〜31cとを,電気的に独立して作動可能としている」(同号証・段落【0033】)との記載がある(甲第3,第4号証)。
補正明細書のこれらの記載によれば,当初明細書と補正明細書に共に記載されている「始動入賞口9a」(「電動始動入賞口」と表現されることもある。)及び「チューリップソレノイド16」を合わせたものが,補正明細書に記載された「普通電動役物」に相当することは明らかである。他に当初明細書に「普通電動役物」に相当するものの記載は見当たらない(甲第2号証)。
(3) 当初明細書の上記(1)で認定した記載によれば,同明細書は,従来のパチンコ機における始動入賞口の大きさが固定的であることに伴う問題を述べた上で((1)の記載ア,イ),そのうちの少なくとも一つを電動始動入賞口,すなわち,大きさが可変である始動入賞口とすることで,上記問題を解決できることを述べ((1)の記載オ,カ),電動始動入賞口の大きさを可変とする態様として,別途の玉検出器と変動表示器を用いることを述べ((1)の記載ウ),さらに,電動始動入賞口に入賞した際の変動入賞装置の作動態様を記述したもの((1)の記載エ)である,ということができる。
そうすると,当初発明の技術的意義は,補正明細書に記載されている「普通電動役物」に唯一相当するものとして当初明細書に記載されている「電動始動入賞口」及び「チューリップソレノイド」を,「変動入賞装置」の作動にかかわる始動入賞口の一つとして構成したことにある,というべきであり,このことを捨象して,すなわち,「変動入賞装置」の作動との関係を切り離して,電動始動入賞口の入賞口の大きさが可変であるとの技術思想のみを当初明細書の記載から把握することは許されない,というべきである。
(4) 補正後発明の「始動検出手段」は,当初明細書記載の「始動入賞口」と同義であることは,当事者間に争いがない。
補正明細書の特許請求の範囲においては,「普通電動役物」と「始動検出手段」との関係について,「前記普通電動役物と前記始動検出手段とを電気的に独立して作動可能とし」という以外に限定が付されていないことは,当事者間に争いがない。そうすると,補正後発明の特許請求の範囲にいう「普通電動役物」は,「始動検出手段」として機能するものに限られないことが明らかである。
このように,補正後発明の特許請求の範囲に記載された「普通電動役物」は,始動検出手段の一つであるものに限られず,それとは無関係に遊技者に利益を付与することが可能なものを包含する。
当初明細書においては,補正明細書における「普通電動役物」の構成要素の一つに相当する「電動始動入賞口」は,補正明細書における「始動検出手段」に相当する「始動入賞口」の一つとしてのみ記載されており,「普通電動役物」(電動始動入賞口及びチューリップソレノイド)と「始動検出手段」(「始動入賞口」)とが電気的に独立して作動することが可能であって,互いに関係を有しないものについては記載されていないことは,前に述べたところから明らかである。
原告は,当初明細書において,始動入賞口9b,9cは補正明細書における普通電動役物である始動入賞口9a(及びチューリップソレノイド16)と電気的に独立して作動できるから,当初明細書においても,補正明細書における普通電動役物と始動検出手段である両者を互いに電気的に独立して作動することが可能であることは開示されている,と主張する。しかしながら,当初発明は,補正明細書における普通電動役物に相当する「電動始動入賞口」(及び「チューリップソレノイド」)を,「変動入賞装置」の作動にかかわる始動入賞口の一つとして構成したことに技術的意義を有するものであることは前記のとおりである。電動始動入賞口以外の始動入賞口が電動始動入賞口と電気的に独立して作動することは,電動始動入賞口(及びチューリップソレノイド)が上記技術的意義を有することとは無関係のことである。原告の主張は,採用することができない。 以上述べたところによれば,補正後発明は,当初明細書に記載のない発明を含むものであり,本件補正は,明細書の要旨を変更するものというべきである。
(5) 決定の「あたかも上記普通電動役物と上記始動検出手段が互いに関係を有しないパチンコ機に係るものといわざるを得ないものとなった。」(決定書2頁9〜11行)との認定判断は,上記説示したところと同じ趣旨を述べたものと解することができる。
原告は,決定は,補正後発明を普通電動役物と始動検出手段とが「常に」互いに関係を有せず独立しているものと認定したものであって,普通電動役物と始動検出手段とが互いに関係を有せず独立しているものを「包含する」,と認定したものではない,と主張する。
しかしながら,決定は,補正後発明において,普通電動役物と始動検出手段とが「常に」,互いに関係を有せず独立している,との表現を用いているわけではないこと,補正の要件が満たされるか否かの検討においては,補正後発明の中に要件を満たさないものが包含されるか否かが問題なのであって,同発明の中に要件を満たすものが包含されるか否かは問題とならないこと,決定が,上記認定判断に先立って「補正された本願の特許請求の範囲には,「前記普通電動役物と前記始動検出手段とを電気的に独立して作動可能とし,」の記載以外に上記普通電動役物と上記始動検出手段の関係は記載されていない。」(決定書2頁6行〜8行)と認定していることからすれば,決定は,補正後発明には,少なくとも,「普通電動役物」と「始動検出手段」の関係として,「電気的に独立して作動」するものが包含されている,との趣旨を述べているものと解するのが相当である。
原告の主張は採用することができない。
(6) 以上のとおりであるから,「始動検出手段」と「普通電動役物」との関係についての認定判断の誤りをいう原告の主張は成り立たない。
そうすると,その余の原告主張について検討するまでもなく,原告の本訴請
求に理由がないことは明らかである。そこで,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸