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関連審決 異議2000-73825
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 243号 特許取消決定取消請求事件
原告 旭精工株式会社
訴訟代理人弁護士 鈴木修
同 岡本義則
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 澤井智毅
同 橋本康重
同 大野克人
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/09/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が異議2000-73825号事件について平成13年3月29日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「電子式の硬貨選別装置」とする特許第3031525号発明(平成7年1月27日特許出願、平成12年2月10日設定登録、以下、この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき特許異議の申立てがされ、特許庁は同申立てを異議2000-73825号事件として審理した上、平成13年3月29日、「特許第3031525号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年5月1日、原告に送達された。
2 願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨 硬貨を一枚のみ通過するための通路手段ならびに、この通路手段を通過する硬貨の各面に対向するように当該通路手段に設けられた硬貨検知用の第一ならびに第二のリング形コイル手段をもつ電子式硬貨選別装置において少なくとも、
前記第一のリング形コイル手段は第一の内部コイルと該内部コイルの外周をフェライト壁無しに囲む第一の外部コイルとを備えると共に、
前記第二のリング形コイル手段は第二の内部コイルと該内部コイルの外周をフェライト壁無しに囲む第二の外部コイルとを備え、さらに、
前記第一と第二の内部コイルは和動モードあるいは差動モードの一つで接続され、前記第一と第二の外部コイルは和動モードあるいは差動モードの他の一つで接続されていることを特徴とした電子式の硬貨選別装置。
3 本件決定の理由 本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、本件発明は、特開平4-311294号公報(本訴甲第3号証、以下「刊行物1」という。)記載の第1実施例(以下「第1実施例」という。)及び第2実施例(以下「第2実施例」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、
特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号に該当し、取り消されるべきものである(注、「特許法29条2項の規定により拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条に基づく特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消されるべきものである」との趣旨と解される。)とした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定の理由中、本件発明と第1実施例との一致点及び相違点1、2の認定(決定謄本4頁26行目〜5頁12行目)並びに相違点2についての判断(同6頁30行目〜7頁13行目)は認め、相違点1についての判断は争う。
本件決定は、刊行物1の第2実施例の認定を誤り(取消事由1)、本件発明と第1実施例との相違点1についての判断を誤る(取消事由2)ことにより、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(第2実施例の認定の誤り) (1) 本件決定は、刊行物1(甲第3号証)の【図2】に関する記載及び【図2】の図示から、第2実施例には、「複数のコイルをコイル手段の同心上の内・外周に配置する」(決定謄本5頁23行目〜24行目)、言い換えれば、「コアの内側に内部コイルを巻き、内部コイルの外側に外部コイルを巻く」という技術的思想が示されていると認定している。しかし、刊行物1の【図2】に関する記載は、単に「図2のセンサー断面図に示すように、1つのコア23に複数のコイル24、25を巻き、各々のコイル24、25が独立した発振回路26、27を接続して構成された磁気センサーを備えた構成の硬貨選別装置であれば、本発明の目的を達成することができる」(3頁3欄段落【0015】)とあるだけであり、「1つのコア23の内側に内部コイル25を巻き、内部コイル25の外側に外部コイル24を巻き」とは記載されていない。これは、同【図1】に示されるように、「コア23」に「コイル24」を巻き、「コア23」に「コイル25」を巻くことを意味する記載である。したがって、第2実施例に、「複数のコイルをコイル手段の同心上の内・外周に配置する」という技術的思想(発明)が示されているとした本件決定の認定には、刊行物1に開示された技術内容につき事実を誤認した違法がある。
(2) 仮に、第2実施例が、「複数のコイルをコイル手段の同心上の内・外周に配置する」構成、すなわち、内部コイルと外部コイルを用いる構成であるとしても、これを実用的なものとするには、内部コイルと外部コイルとの間にフェライト壁を必要とするものであり、第2実施例に関する記載と【図2】の図示から「『フェライト壁』を設けているとは到底認められない」(5頁25行目〜26行目)とした本件決定の認定は誤りである。なぜなら、フェライト壁が設けられていなければ、発振周波数を離したとしても、内部コイルと外部コイルとに干渉が生じてしまい、【図2】の構成では刊行物1(甲第3号証)にいう本件発明の「一つのセンサーで硬貨の複数の特性を検知する」(1頁【目的】)との目的を達成することはできないからである。この点につき、例えば、特許第2904579号公報(甲第4号証)において、「米国特許第3,918,563号において、同一コアに巻かれ異なる周波数で動作する2個の送信コイルを備えることが提案されたが、コイン受納性に対して望ましい検査を適用する目的のため、包含された2つの周波数を個々にモニターできるように互いに分離するために周波数フィルター回路網を追加する必要があった」(3頁5欄47行目〜6欄2行目)という問題点が示され、その解決手段として、2個のコイル間に高透磁率材料を配置する構成が示されている。このように、2個のコイルを同心上の内周、外周に配置した構成では、フェライト壁のような高透磁率材料を、内部コイルと外部コイルの間に入れて、干渉を防止する等の処置を講ずる必要がある。第1実施例においても、相互インダクタンスが「正」になるように接続したものと、相互インダクタンスが「負」になるように接続したものを組み合わせて干渉を防止している。いずれも、相互インダクタンスを共に「正」又は「負」にする構成は、干渉が生じてしまうので採られていない。第2実施例のようにコアを対向させて配置していない場合には、フェライト壁がなければ、磁界が同方向に生じ、干渉が生ずることは当業者にとって明らかである。このことは、実験データによっても明らかにされている。すなわち、原告の従業員である大友博作成の「干渉に関する実験結果報告書」(甲第5号証、以下「干渉実験報告書1」という。)には、2個のコイルを同心円状に重ねて巻いた構成では、フェライト壁を持たないと、高い周波数の方が低い周波数と干渉して低い周波数となってしまうことが示されており、2個のコイルを、コイルの上に直接コイルを巻いた場合には、外側コイルと内側コイルとの間に干渉が生じてしまうのである。周波数の組合せを変えた場合についての追加実験に関する大友博作成の「干渉に関する実験結果報告書2」(甲第8号証、以下「干渉実験報告書2」という。)によれば、どのような周波数の組合せを行っても干渉が生じ、2個のコイルを設けた意味がなくなり、何を測っているのかすら分からない状態となることが明らかである。
刊行物1の段落【0016】は、和動接続・差動接続を用いて干渉を抑制している第1実施例であっても、発振周波数を離して初めてコイルの干渉の影響が硬貨通過時の1%以下になるという記載である。第2実施例は、フェライト壁がないとすれば、発振周波数を離したとしてもコイルの干渉の影響が硬貨通過時の1%以下になることはないばかりでなく、測定不能になる。したがって、上記段落【0016】は第1実施例に関する記載であって、第2実施例に関する記載ではなく、同段落【0017】の記載も同様である。刊行物1の出願を優先権の基礎とした米国出願(甲第10号証)においても、刊行物1の段落【0017】に対応する部分の記載は、第2実施例ではなく、第1実施例に関する記載となっている。
また、以下の理由によっても、第2実施例がフェライト壁なしに発振制御回路を設けて発振を時間的に制御するものと解することはできない。
@ 第2実施例のコイルを2個設ける意味がない。
第2実施例が発振するコイルを適当なタイミングで切り換えることができるようにして干渉を防止したものであるとすれば、そもそも複数のコイルを設けるまでもなく、各々の発振回路をスイッチで切り換えることにより、1個のコイルで実現できるのに、あえて複数のコイルを用いることは、コイルの追加による組立ての工数が増えてコストの増加につながるばかりか、センサー(フェライトコア)の大型化を招き、大きなデメリットがある。
A 刊行物1の【図2】には発振制御回路が存在しない。
B 発振制御回路に関する記載は第2実施例には結び付かない。
当業者が同段落【0017】の記載に接しても、これを一般のコイン識別装置の記載と受け止めることはない。
C 1個のコアに巻かれた複数のコイルが同時に発振しないように制御したり、発振するコイルを適当なタイミングで切り換えることは、刊行物1記載の発明の効果及び目的に整合しない。
D 発振を時間的に制御する機構の詳細は刊行物1に開示されていない。
E 発振を時間的に制御しても硬貨の複数の特性を同時に検知できない。
第2実施例の構成で発振を時間的に制御しても、差動接続を用いていないので、硬貨の「厚み」を検知することは原理的に不可能であるから、硬貨の複数の特性を同時に検知できない。
したがって、第2実施例の技術的思想はフェライト壁を用いないものであるとした本件決定には、刊行物1に開示された技術内容を誤認した違法がある。
(3) また、第2実施例において、仮に、フェライト壁がコイル間に存在しないとした場合、第2実施例は、当業者にとって測定不能なものであって、技術的に意味をなさないものであり、これを第1実施例と組み合わせて本件発明に至ることは不可能である。なぜなら、上記のようにフェライト壁が設けられていなければ、発振周波数を離したとしても、内部コイルと外部コイルとに干渉が生じ、そもそも内部コイルと外部コイルとを独立に設けた意味が失われ、刊行物1記載の発明の目的であるコインの複数の性質の測定が不可能となるからである。
当業者が、第2実施例及び刊行物1(甲第3号証)の【図2】を理解しようとした場合には、記載が省略されているがフェライト壁がコイル間に設けられていると理解するか、あるいは、【図2】にはフェライト壁がコイル間に明示されていないことから、全く意味のないセンサーが記載されていると理解するほかない。
刊行物1中の第2実施例に関する記載は、「本実施例ではコア10、11を対向して配置した場合について述べたが、図2のセンサー断面図に示すように、1つのコア23に複数のコイル24、25を巻き、各々のコイル24、25が独立した発振回路26、27を接続して構成された磁気センサーを備えた構成の硬貨識別装置であれば、本発明の目的を達成することができる」(3頁3欄段落【0015】)の部分のみであるところ、上記のようにフェライト壁が設けられていなければ、干渉が生じてしまい、まともに測定など行えないので、この記載自体が誤りである。
加えて、当業者にとって、単に1個のコアに内部コイルと外部コイルを巻いただけで、間にフェライト壁も設けていない場合には、干渉が生じ、測定が不可能であることは明らかである。すなわち、当業者は、第2実施例及び【図2】の図示は、発明の目的を全く達成し得ない構成が記載されているととらえるだけであり、第2実施例は一つの技術的思想として把握する余地のないものである。したがって、フェライト壁が2個のコイル間に存在しないとすれば、第2実施例は引用例となり得る技術的思想ではなく、これを他の発明と組み合わせて本件発明に至ることはできない。
2 取消事由2(本件発明と第1実施例との相違点1についての判断の誤り) (1) 第2実施例が、「内部コイルと該内部コイルの外周をフェライト壁無しに囲む外部コイル」(決定謄本5頁27行目〜28行目)という構成を示したものであるとしても、本件発明は、第1実施例に第2実施例の技術的思想を組み合せることによって当業者が容易に想到することができたものとはいえない。すなわち、第1実施例の技術的思想は、和動接続・差動接続を用いており、これが、結果としてコイル間の干渉を防止することになっているのに対して、第2実施例の技術的思想は、和動接続・差動接続に依拠する方式ではなく、内部コイルと外部コイルとの干渉を防止するためにフェライ卜壁を挿入するなど、両者の干渉防止措置が必要である。すなわち、コイル間の干渉を防止するために、第1実施例は和動接続・差動接続を用いる方式であるのに対し、第2実施例はこれらに依拠しない方式である。したがって、両者は技術的に根本的な相違を有する方式であって、両者を組み合わせる技術的な必然性は存在しない。
(2) さらに、本件決定は、「小型化」という共通の課題の解決に向け、第1実施例と第2実施例の技術的思想を組み合わせることは容易であると判断するが誤りである。第1実施例の「小型化」とは、コアを対向して配置して、和動接続・差動接続を用いて材質と厚みという異なる特性を1個のセンサーで検知することによるものであるのに対し、第2実施例の「小型化」は、単に1個のコアに2個のコイルを巻くことでセンサーの数を減らすものにすぎない。このように、「小型化」の意味が異なっているから、「小型化」という共通の課題に向けて第1実施例と第2実施例の技術的思想を組み合わせることが容易であるとする本件決定の判断は、誤りである。
加えて、刊行物1(甲第3号証)において、第2実施例は、第1実施例のコアを対向して配置する構造を用いなくてもよいし、第1実施例とは異なりコアを対向して配置しない方法として挙げられている。このように、第2実施例の全体の構成は、コアを対向して配置しないことにより一層の小型化が実現することを示唆するものであるから、刊行物1に接した者が装置の小型化を図ろうとする場合に、
第2実施例の技術的思想と第1実施例を組み合わせることを妨げる事情が存在する。
(3) 本件発明は、第1実施例にはない特有の効果を有する。すなわち、本件発明は、第1実施例とは異なり、コイルの同心上の内、外周に複数のコイルを配置しているため、バイメタルコイン(同心上の内側と外側で異なる材質を用いるコイン)の識別に効果を発揮する。これに対して、第1実施例は、「コア10、11は識別しようとする最小の硬貨7の外径より小さい外径のものを用い、最小外径の硬貨7の中心がコア10、11の中心付近を通過するような位置に配置している」(甲第3号証2頁2欄段落【0010】)とするが、2個のコイルをコイルの同軸上の内側と外側に配置しているため、コインの周辺部に対する反応が鈍く、バイメタルコインの識別には適していない。バイメタルコインにおいては、異なる材料を用いた内側部と外側部の境の内径が識別に重要であり、大友博作成の「バイメタルコインに関する実験結果報告書」(甲第6号証、以下「バイメタルコイン実験報告書」という。)によれば、本件発明の方式においては、異なる内径のバイメタルコインにおいて電位差が大きく出るのに対し、第1実施例記載の方式においては、異なる内径のバイメタルコインにおいて電位差が小さなものにとどまっている。
被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(第2実施例の認定の誤り)について (1) 原告は、刊行物1においては、内部コイル、外部コイルという文言は使用されておらず、単にコアに複数のコイルを巻くという技術的思想を示すものにすぎず、第2実施例は、「複数のコイルをコイル手段の同心上の内・外周に配置する」(決定謄本5頁23行目〜24行目)という技術的思想を示すものではない旨主張する。しかしながら、刊行物1に、文言上、内部コイル、外部コイルなる用語が直接使用されていなくとも、刊行物1の【図2】には、複数のコイルをコイル手段の同心上の内周、外周に配置する点が明確に図示されているから、第2実施例に上記技術的思想が示されていない旨の原告の主張は失当である。すなわち、乙第1〜第3号証によれば、□内に×を用い電磁コイルの断面図を表記することが一般的であることが認められ、これを前提に刊行物1の【図2】を見ると、「コア23」内に配置される一方の「コイル24」は、同じ「コア23」内に配置される他方の「コイル25」の外周に位置している。換言すれば、この2個の「コイル24、25」は、同一の「コア23」内の同心状の内周、外周に配されるものであるといえる。
さらに、特開昭59-43349号公報(乙第1号証)、特開平5-26603号公報(乙第2号証)及び特開平3-292207号公報(乙第3号証)には、複数のコイルが刊行物1の【図2】のような断面図で表される場合、その複数のコイルの配置構成として、これら複数のコイルは同心上の内周、外周に配置されるものであることを示している。
(2) また、原告は、第2実施例の技術的思想はフェライト壁を必要としないものではないと主張する。しかし、刊行物1(甲第3号証)は、そもそもフェライト壁について何ら示唆するところも言及するところもなく、原告が主張するようなフェライト壁と干渉との関係について触れるところもない。他方、刊行物1には、
「他のコイルによる影響については、実験および電子計算機による発振回路のシミュレーションにより、発振周波数を離せばこの影響を硬貨通過時の発振レベル変化に対して1%以下に抑えられることを確認している。また検知しようとする硬貨の特性に対して最適な(例えば硬貨通過時の変化量が最大になるような)発振周波数をそれぞれの発振回路で選んだ方がよいのは当然である」(3頁3欄段落【0016】)、「他のコイルの影響がわずかでも問題となるような場合には、各々の発振回路の電源部や帰還部などにスイッチを設けて、発振させたり発振を止めたりできるような構成とし、このスイッチを制御する発振制御回路を設ければ、1つのコアに巻かれた複数のコイルが同時には発振しないように制御したり、発振するコイルを適当なタイミングで切り換えることができるようになる」(同3欄〜4欄段落【0017】)と記載され、要するに、本件明細書(甲第2号証)において指摘されると同様、発振周波数を離すことにより干渉が抑制されること、さらに、わずかな干渉が問題となる場合には、個々のコイルの発振のタイミングを変えることを干渉を抑制する手段として挙げている。このように、刊行物1には、複数のコイルの干渉を抑制する手段として、原告が主張するようなフェライト壁に依拠するような記載や示唆は何らなく、別の手段として、発振周波数を離すこと及びそのタイミングを変えることを挙げている以上、刊行物1は、フェライト壁以外の手段により、
干渉を抑制しようとするものであることは明らかである。したがって、第2実施例にフェライト壁の記載が何らないのにこれがあるものとし、第2実施例の技術的思想はフェライト壁を必要としないものではないとする原告の上記主張は失当である。
(3) 原告は、第2実施例は、仮にフェライト壁がコイル間に存在しないとする場合、当業者にとって測定不能なものであって、技術的に意味をなさないものであり、これを第1実施例と組み合わせて本件発明に至ることは不可能であると主張する。しかしながら、原告の、フェライト壁が設けられていなければ、発振周波数を離したとしても内部コイルと外部コイルとに干渉が生じてしまうとの主張の技術的根拠及び本件発明のように和動・差動接続したものであればこうした干渉が生じ得ないとする技術的根拠は明らかではない。すなわち、本件明細書の【発明の詳細な説明】の段落【0017】及び段落【0021】には干渉に関する記載があるが、
同記載は、干渉発生及びその抑制のメカニズムは周波数との関係でのみ論じており、和動・差動接続による干渉抑制のメカニズムの記載はない。また、原告は、上記主張により、あたかもフェライト壁のみが干渉を抑制する手段であるかのごとく主張するが、上記のとおり、刊行物1(甲第3号証)には、干渉を抑制する手段として、段落【0016】及び段落【0017】に、発信周波数を離すことにより干渉が抑制されること、さらに、わずかな干渉が問題となる場合には、個々のコイルの発振のタイミングを変えることを干渉を抑制する具体的な手段として挙げているのであるから、原告の上記主張は失当である。
2 取消事由2(本件発明と第1実施例との相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は、コイル間の干渉を防止するために、第1実施例は和動接続・差動接続を用いる方式であるのに対し、第2実施例はこれらに依拠しない方式であるとして、第1実施例と第2実施例の技術的思想は根本的に異なっていると主張し、その根拠として、第2実施例の技術的思想は、和動接続・差動接続に依拠する方式ではなく、内部コイルと外部コイルとの干渉を防止するためにフェライト壁を挿入するなど、両者の干渉防止措置が必要であると指摘している。しかしながら、上記のとおり、第2実施例にはフェライト壁に関する何らの示唆もないから、この点に関する原告の主張は失当である。
また、本件明細書(甲第2号証)の【発明の詳細な説明】には、「本実施例においては和動接続には低い周波数として30kHz付近が用いられ差動接続には高い周波数として180kHz付近が用いられた。本発明者の実験によると高い周波数が低い周波数の2倍以上に設定されると互いの干渉がなくなりそれぞれに良好な電圧降下が示された」(3頁5欄〜6欄段落【0017】)、「低い周波数LFと高い周波数HFとの関係を2倍以内(2LF>HF)とすると例えば図8に示されるように干渉Kが生じてインピーダンスの変化を良好に読み取ることができなかった」(同6欄段落【0021】)と記載され、たとえ和動・差動接続であっても、周波数によっては干渉が生じ得ることが記載されている。それにもかかわらず、和動・差動接続こそが干渉防止手段のごとく主張し、それに基づき両者が根本的に相違するとする原告の主張は失当である。上記のとおり、第2実施例から引用すべき技術的思想は、単にコア(コイル手段)内部の複数のコイルの配置構成のみであり、このような配置構成の適用に際し、原告が主張するような干渉の存否や干渉抑制手段を前提とする議論には意味がない。
さらに、刊行物1記載の個々の実施例の技術的思想が根本的に異なるとする原告の主張は、これら個々の実施例により説明される個々の発明の産業上の利用分野や解決しようとする課題等が同一である以上、当たらない。
(2) 原告は、さらに、第1実施例の「小型化」とは、コアを対向して配置して、和動接続・差動接続を用いて材質と厚みという異なる特性を1個のセンサーで検知することによるものであるのに対し、第2実施例の「小型化」は、単に1個のコアに2個のコイルを巻くことでセンサーの数を減らすものにすぎないとして、
「小型化」の意味は異なっており、「小型化」という共通の課題に向けて、第1実施例と第2実施例の技術的思想を組み合わせることが容易であるとする本件決定の判断は誤りであると主張し、また、第2実施例の全体の構成は、コアを対向して配置しないことにより、一層の小型化が実現することを示唆するものであるから、刊行物1に接した者が装置の小型化を図ろうとする場合に、第2実施例の技術的思想と第1実施例を組み合わせることを妨げる事情が存在するとも主張している。しかしながら、刊行物1は、個々の実施例の「小型化」を個別に説明するものではなく、両実施例を包含する一つの発明の効果としてとらえている。一方、原告の上記主張は、いずれも、個々の実施例の「小型化」を、狭義に、かつ、個別に解釈するものであり、失当である。また、本件発明は、【発明の詳細な説明】によれば、技術的課題として、従来技術が「硬貨の通路に沿って発振コイルが複数個並べられている」(段落【0004】)ため、「投入された硬貨の判定に時間が掛かる」(同項)、「硬貨の通路を硬貨の移動方向に沿って長くしなければならない」(同項)及び「電子式硬貨選別装置の形状が大形化してしまう」(段落【0005】)との問題点を挙げ、本件発明の効果として、「本発明は複数個の発振コイルを硬貨の通路に沿ってそのまま複数個並べる必要が無いため硬貨の通路を短縮(注、「通路短縮」とあるのは「を」の脱落と認める。)できると共に硬貨の判定時間を短く出来るという大きな効果が得られる」(段落【0023】)としている。一方、刊行物1(甲第3号証)は、技術的課題として、「多くの硬貨識別装置は、複数のセンサーを備えている。この種のセンサーは、コアに巻いたコイルを硬貨の通路に沿って配置し」(2頁1欄段落【0002】)ていることを挙げ、効果として、「本発明の硬貨識別装置は、1つのコアに複数のコイルを巻き、各々のコイルが独立した発振回路を構成するように形成された磁気センサーを備えた構成とすることにより、
1つの磁気センサーで硬貨の複数の特性を同時に検知することができるようになり、そのため、磁気センサーの数を減らし小型化やコストダウンの可能な硬貨識別装置を提供することができる」(3頁4欄段落【0018】)としている。このような複数個の発振コイルを硬貨の通路に沿ってそのまま複数個並べる必要をなくし、もって小型化に寄与するという技術的思想は、本件発明と刊行物1記載の発明とで共通しているだけではなく、第1実施例と第2実施例にも当然に共通するところである。そして、コアの軸方向(コアの幅)の小型化に寄与する第2実施例記載の同心上のコイルの配置を、コアの半径方向(コアの径)の小型化に寄与する第1実施例記載の同軸上のコイルの配置に換えて用いることは、いずれの方向(幅又は径)のコアの小型化を望むかにより、当業者により選択されるべきものであって、
実施例記載のものが共に複数のコイルにより硬貨を識別するという機能で共通する以上、これらを組み合わせることに格別の困難性はない。
(3) 原告は、本件発明は、第1実施例とは異なりコイルの同心上の内、外周に複数のコイルを配置しているため、バイメタルコインの識別に効果を発揮するとして、第1実施例にはない特有の効果を奏すると主張する。しかしながら、第2実施例に「内部コイルと該内部コイルの外周をフェライト壁無しに囲む外部コイル」との構成が記載されている以上、その構成と同様の「コイルの同心上の内・外周に複数のコイルを配置している」ことを根拠とした効果が、本件発明に特有のものであるということはできず、原告の上記主張は失当である。
また、原告は、第1実施例のコアの径と硬貨の径とに言及し、「コイン周辺部に対する反応が鈍く」と主張し、バイメタルコイン実験報告書(甲第6号証)において径の異なるバイメタルコインについてその実験結果を示している。しかし、そもそも本件特許の特許請求の範囲にはコイル手段の直径や硬貨の直径との関係は何ら記載されていないから、上記の実験やコイル手段の径の相違に基づく原告の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(第2実施例の認定の誤り)について (1) 本件決定が、相違点1として認定した点、すなわち、「『第一及び第二のコイル手段』内の複数のコイルの配置と接続に関し、本件発明が、『内部コイルと該内部コイルの外周をフェライト壁無しに囲む外部コイル』、即ち、同コイル手段の同心上の内・外周に複数のコイルを配置し、対向する内部コイル同士と外部コイル同士をそれぞれ接続するのに対し、上記刊行物1(注、本訴甲第3号証)記載の実施例1(注、第1実施例)は、『複数のコイルをコイル手段の同軸上の内側と外側に備え』、対向する内側コイル同士と外側コイル同士をそれぞれ接続している点」(決定謄本5頁3行目〜9行目)の判断につき、「かかる記載及び図2の記載から、複数のコイルをコイル手段の同心上の内・外周に配置すると共に、・・・当該刊行物1記載のものは当該第2実施例(注、第2実施例)も含めて『フェライト壁』を設けているとは到底認められないことから、同第2実施例には、複数のコイルの配置構成にのみ着目すれば、『内部コイルと該内部コイルの外周をフェライト壁無しに囲む外部コイル』が記載されていると言える」(決定謄本5頁23行目〜28行目)と認定した点につき、原告は、第2実施例は、「複数のコイルをコイル手段の同心上の内・外周に配置する」という技術的思想を示すものではないから、
本件決定の上記認定は誤りであると主張する。
しかしながら、刊行物1(甲第3号証)には、「本実施例ではコア10、
11を対向して配置した場合について述べたが、図2のセンサー断面図に示すように、1つのコア23に複数のコイル24、25を巻き、各々のコイル24、25が独立した発振回路26、27を接続して構成された磁気センサーを備えた構成の硬貨選別装置であれば、本発明の目的を達成することができる」(3頁3欄段落【0015】)と記載され、【図2】には第2実施例の断面図が示されている。また、
特開昭59-43349号公報(乙第1号証)、特開平5-26603号公報(乙第2号証)及び特開平3-292207号公報(乙第3号証)によれば、□内に×を用い電磁コイルの断面図を表記することが一般的であること、複数のコイルが刊行物1の【図2】のような断面図で表される場合、その複数のコイルの配置構成として、これら複数のコイルは同心上の内周、外周に配置されるものであることを示していることが認められ、これを前提にして上記【図2】を見るに、断面「ヨ」字状の「コア23」の中央部の突出部分の上下に各々2個のコイル断面が図示されており、最上部のコイル、すなわち「コア23」の中央部の突出部分から見て外周側のコイルの左方に「24」の符号が付され、このコイルの右方にブロック「26」へ至る2本の線が図示され、下から2番目のコイル、すなわち「コア23」の中央部の突出部分から見て内周側のコイルの左方には「25」の符号が付され、このコイルの右方にブロック「27」へ至る2本の線が図示されている。上記【図2】の図示と上記段落【0015】の記載とを併せて考えると、第2実施例では、「コア23」の外周側に「コイル24」が、内周側に「コイル25」が各々配置され、
「コイル24」が「発振回路26」に、「コイル25」が「発振回路27」に接続されているというべきであるから、第2実施例は複数のコイルを同心上の内周、外周に配置するという技術的思想を示すものではないとの原告の主張は採用することができない。
(2) 原告は、本件決定が、上記のように、相違点1の判断に関して「かかる記載及び図2の記載から、・・・当該刊行物1(注、本訴甲第3号証)記載のものは当該第2実施例(注、第2実施例)も含めて『フェライト壁』を設けているとは到底認められないことから、同第2実施例には、複数のコイルの配置構成にのみ着目すれば、『内部コイルと該内部コイルの外周をフェライト壁無しに囲む外部コイル』が記載されていると言える」(決定謄本5頁23行目〜28行目)と認定した点につき、第2実施例の技術的思想はフェライト壁を必要としないものではなく、
本件決定の上記認定は誤りであると主張するので検討する。
刊行物1(甲第3号証)における第2実施例に関する記載は上記のとおりであり、フェライト壁に関する記載は認められない。また、刊行物1には、「他のコイルによる影響については、実験および電子計算機による発振回路のシミュレーションにより、発振周波数を離せばこの影響を硬貨通過時の発振レベル変化に対して1%以下に抑えられることを確認している。また検知しようとする硬貨の特性に対して最適な(例えば硬貨通過時の変化量が最大になるような)発振周波数をそれぞれの発振回路で選んだ方がよいのは当然である」(3頁3欄段落【0016】)、「他のコイルの影響がわずかでも問題となるような場合には、各々の発振回路の電源部や帰還部などにスイッチを設けて、発振させたり発振を止めたりできるような構成とし、このスイッチを制御する発振制御回路を設ければ、1つのコアに巻かれた複数のコイルが同時には発振しないように制御したり、発振するコイルを適当なタイミングで切り換えることができるようになる」(3頁3欄〜4欄段落【0017】)との記載がある。そうすると、刊行物1には、発振周波数を離すという手段、発振制御回路によって複数のコイルが同時には発振しないように制御したり、発振するコイルを適当なタイミングで切り換えるという手段が記載され、フェライト壁以外の手段によって他のコイルによる影響を抑制することが示されているのであり、第2実施例がフェライト壁を必要とする技術的思想であるということはできない。
原告は、干渉実験報告書1、2(甲第5、第8号証)によれば、2個のコイルと同心円状に重ねて巻いた構成では、どのような周波数の組合せを行っても外側コイルと内側コイルとの間に干渉が生じてしまうと主張し、干渉実験報告書1(甲第5号証)には1通りの周波数の組合せによる実験結果が示され、同2(甲第8号証)には9通りの周波数の組合せによる実験結果が示されている。しかし、これらの実験結果報告書には、高々10通りの周波数の組合せによる実験結果が示されているにすぎず、また、この10通りの周波数の組合せについても、測定結果は各々異なっているのであり、それだけでは、原告の上記主張ひいては第2実施例が硬貨識別装置として効用を果たし得ないものであることを認めるに足りない。
原告は、第2実施例は、フェライト壁がないとすれば、発振周波数を離してもコイルの干渉の影響が硬貨通過時の1%以下になることはないばかりでなく、
測定不能になり、したがって、刊行物1(甲第3号証)の上記段落【0016】は第1実施例に関する記載であって、第2実施例に関する記載ではなく、上記段落【0017】も、第2実施例に関する記載ではないと主張するとともに、刊行物1の出願に基づく優先権を主張した米国出願(甲第10号証)において、刊行物1の段落【0017】に対応する部分の記載は、第2実施例ではなく、第1実施例に関する記載となっていることもその根拠となる旨主張する。しかしながら、刊行物1の上記段落【0016】及び段落【0017】は、第2実施例に関する記載である段落【0015】に続くものであり、他のコイルによる影響とその対策について記載するものであるから、2個のコイルを用いる第1実施例及び第2実施例の双方に関する記載というべきである。また、上記米国出願は、本件特許の出願とは別個の出願であり、同出願には、本件特許の出願には含まれていなかった新たな事項をも含み得るのであるから、上記判断を左右しない。
さらに、原告は、第2実施例が発振制御回路を設けて発振を時間的に制御するものと解することはできないとし、その理由として、@第2実施例のコイルを2個設ける意味がないこと、A刊行物1の【図2】には発振制御回路が存在しないこと、B発振制御回路に関する記載は第2実施例には結び付かないこと、C1個のコアに巻かれた複数のコイルが同時に発振しないように制御したり、発振するコイルを適当なタイミングで切り換えることは、刊行物1の発明の効果及び目的に整合しないこと、D発振を時間的に制御する機構の詳細は刊行物1に開示されていないこと及びE発振を時間的に制御しても硬貨の複数の特性を同時に検知できないことを挙げ、大友博作成の陳述書(甲第9号証)には同旨の記載がある。
しかしながら、上記主張について順次検討するに、@第2実施例においてコイルを2個設ける意味がなく1個のコイルで実現できるとの主張は、刊行物1の記載とは異なる技術手段を論ずるものであり、第2実施例において発振を時間的に制御することとは何ら関係するものではない。A発振制御回路は、刊行物1の実施例についての付加的な選択肢を示すものであるから、【図2】に発振制御回路が示されていないことは、第2実施例に発振制御回路を適用する妨げとはならない。B刊行物1には、「他のコイルの影響がわずかでも問題となるような場合には・・・発振制御回路を設ければ・・・切り換えることができるようになる」(3頁3欄〜4欄段落【0017】)と記載されているのであるから、同記載が2個のコイルを用いる第2実施例に結び付かないということはできない。C刊行物1記載の「本発明は・・・一つの磁気センサーで硬貨の複数の特性を検知する・・・ことを目的とするものである」(2頁1欄段落【0005】)との目的の達成は、硬貨の通過速度、発振するコイルを切り換える速度にも依存するものであるから、原告の上記Cの主張には十分な根拠がない。D発振を時間的に制御する機構の詳細の開示がないからといって、第2実施例へ発振制御回路を適用することの妨げとなるものではない。E硬貨の複数の特性の検知は、他のコイルによる影響の抑制のための発振の時間的制御とは何ら関係しない。上記甲第9号証も、これを裏付ける客観的証拠はなく、原告の上記@〜Eの主張は、いずれも理由がない。
以上のとおり、刊行物1にはフェライト壁を用いることの記載はなく、フェライト壁以外の手段についての記載がされているのであって、本件決定が、上記のように、「かかる記載及び図2の記載から、・・・当該刊行物1記載のものは当該第2実施例も含めて『フェライト壁』を設けているとは到底認められないことから、同第2実施例には、複数のコイルの配置構成にのみ着目すれば、『内部コイルと該内部コイルの外周をフェライト壁無しに囲む外部コイル』が記載されていると言える」(決定謄本5頁23行目〜28行目)と認定した点に誤りはない。
(3) 原告は、第2実施例は、当業者にとって測定不能なものであって、技術的に意味をなさないものであり、これを第1実施例と組み合わせて本件発明に至ることは不可能であると主張する。しかしながら、刊行物1には、発振周波数を離すという手段、発振制御回路によって複数のコイルが同時には発振しないように制御したり、発振するコイルを適当なタイミングで切り換えるという手段が記載され、フェライト壁以外の手段によって他のコイルによる影響を抑制することが示されていることは、上記のとおりである。したがって、第2実施例が技術的に意味をなさないものであるということはできず、原告の上記主張は失当である。
2 取消事由2(本件発明と第1実施例との相違点についての判断の誤り)について (1) 本件決定は、「相違点1に基づく本件発明は、上記刊行物1記載の第1実施例に、同第2実施例の技術的思想を適用し、当業者が容易に発明することができた」(決定謄本6頁9行目〜11行目)と判断するところ、原告は、第1実施例の技術的思想が、和動接続・差動接続を用いているのに対し、第2実施例の技術的思想は、これらに依拠する方式ではなく、内部コイルと外部コイルの干渉防止措置が必要であり、両者は技術的に根本的な相違を有する方式であり、両者を組み合わせる技術的必然性が存在しないと主張する。しかし、刊行物1(甲第3号証)には、
「本発明は・・・硬貨識別装置に関するものである」(2頁1欄段落【0001】)、「本発明は・・・一つの磁気センサーで硬貨の複数の特性を検知することができるようにした磁気センサーを備えた硬貨識別装置を提供することを目的とするものである」(同段落【0005】)、「この構成により・・・磁気センサーの数を減らし装置の小型化を図ることができる」(同2欄〜3欄段落【0007】)と記載されている。そして、第1実施例及び第2実施例は、共に刊行物1の出願に係る発明の実施例であるから、いずれも「硬貨識別装置」という共通の技術分野に属し、1個の磁気センサーで複数の特性を検知するという共通の目的、「装置の小型化」という共通の作用効果を奏するものである。そうすると、第2実施例に示された技術手段の一部を第1実施例に適用することが格別困難なものということはできない。
(2) 原告は、さらに、刊行物1の第1実施例と第2実施例とでは「小型化」の意味は異なっており、第1実施例と第2実施例を組み合わせることが容易であるとする本件決定の判断は誤りであると主張する。しかし、第1実施例と第2実施例とは、具体的な小型化の態様が異なるとしても、「小型化」という作用効果では共通するのであり、また、上記のように技術分野、目的を共通とするものである。そうすると、第2実施例の技術手段の一部を第1実施例に適用することが困難ということはできない。
また、原告は、第2実施例は、第1実施例とは異なりコアを対向して配置しない方法として挙げられており、第2実施例と第1実施例を組み合わせることを妨げる事情があると主張する。しかし、コアを対向して配置することは第1実施例に示されているところであり、第2実施例はコアを対向するものではないが、複数のコイルを同心上に配置することを示しており、第2実施例のコイル配置に関する技術手段を第1実施例に適用することを妨げる事情があるということはできない。
したがって、本件発明は第1実施例に第2実施例の技術的思想を組み合せることによって当業者が容易に発明をすることができるものとした本件決定の判断に誤りはない。
(3) 原告は、本件発明は第1実施例とは異なりコイルの同心上の内、外周に複数のコイルを配置しているため、バイメタルコインの識別に効果を発揮し、第1実施例にはない特有の効果を奏すると主張する。しかし、コイルの同心上の内、外周に複数のコイルを配置することは、上記説示のとおり、第2実施例に示されているところであり、原告主張の効果は格別のものということはできない。
3 以上のとおり、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 宮坂昌利